論文題目:仲介業者と取引の効率性

論文題目:仲介業者と取引の効率性
−計算機を用いた仲介市場と分権市場の比較実験−
京都大学大学院経済学研究科修士課程
年経済システム分析専攻 入学 氏名:小川 一仁
学生番号 提出年:¾¼¼¾ 年 ½ 月
概 要
本論文では、実物市場マーケットマイクロストラクチャー 理論に基
づいた仲介業者モデルを提示することを通じて 市場経済における仲介業者の存
在の重要性について議論する。このモデルでは仲介業者が市場での取引を維持、
促進するという重要性を裏付ける多様な機能を考察することができる。モデル
構築では計算機実験をも援用し、独占的仲介業者が介在する市場と完全分権市
場 )の比較を行う。
その結果、以下のことが明らかになった。 情報収集能力の高い仲介業者が
いる方が一回あたりの取引にかかる時間が少ない、 仲介業者が大量の独占利
潤を手にするために一回あたりの消費者厚生と生産者厚生は減少する。これは
仲介業者の存在の重要性と共に独占の弊害を浮き彫りにしている。しかし取引
時間短縮の結果、仲介業者を介在させた取引を連続して行うと分権取引の場合
よりも多くの取引を実施できるので、一定時間内に買い手と売り手が手にする
厚生の総計は仲介業者が存在するほうが多くなる。仲介業者が存在することで
取引数も多くなり、消費者余剰、生産者余剰も増加する。これは仲介業者の存
在意義の一つであると言える。更に、理論では予想されない結果として仲介市
場における構造変化に対する頑健性が示唆された。これも仲介業者の存在の重
要性を示す結果である。
マーケットマイクロストラクチャー,仲介業者,計算機実験
目次
第 章 研究目的および論文の概要
第 章 仲介業者に関して
仲介業者とは 仲介業者の役割 第 章 既存理論の検討
一般)均衡理論 流通の経済学−二重マージンを例に−
第 章 マーケットマイクロストラクチャー()理論
理論とは 基本モデル 応用モデル−売り手、買い手の探索と仲介業者− 理論の問題点・拡張の方向性 第 章 理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
モデルの概要 各市場の特性 市場間比較 第 章 結語−および今後の展望−
第 章 研究目的および論文の概要
年代は世界的に見ればインターネットが爆発的に普及した 年であった。
インターネットは世界の人々をほぼ瞬時に結びつけることが可能である。この
ような特性は物流・流通体制、販売のあり方などに大きなインパクトを与えてい
る。特に 年代後半にはインターネット上でのオークション、 コマース(電
子商取引)が盛んとなってきた 。平成 年度に内閣府経済社会総合研究所が
実施したアンケートでも、殆どの企業が を持っていること、インターネッ
ト広告やインターネット直販に興味を持っているという結果が出ている。
このような現状をふまえ、 コマースが売り手と買い手、生産者と消費者の
取引する市場として効率的に機能すれば、仲介業者 を経由して取り引きする必要がなくなる、即ち仲介業者の中抜きが可能になる
と言う議論が存在する。効率的に機能することは短い時間で買い手と売り手が
マッチングし、取引が成立するという意味である。中抜きされると言うことは
新古典派経済学、特に一般均衡理論で想定される状況が達成されると言うこと
である。
! の進展で仲介業者の中抜きが進むことは否めない。実際にデルは代理店を
経由せずに直接販売を行っている 。先ほどのアンケートでも ! を導入し、企
業間電子取引や消費者向け電子商取引が進展することで流通過程における中抜
きが今後進むという解答が寄せられている。しかし、 ! の進展、 コマースの
発達は仲介業者の存在意義がなくなると言うことを意味するのだろうか。現実
にはポータルサイト、プラットフォームビジネス 、 ショップといったニュー
ミドルマンも コマースの発展の中で台頭している。また、 コマースとは直接
関連しないが漁業組合が直販体制を構築しようと模索した結果やはり卸売や小
売に任せた方が良かったという事例もある。
第章
研究目的および論文の概要
以上のように仲介業者に関する議論では一方に仲介業者はいずれ不要になる
という意見があり、他方で コマース上でも新たな仲介業者が登場し、注目を集
めているという現実がある。そこで本研究では、仲介業者はそもそも必要なの
だろうか、と言う観点に立ち返り、その存在意義について新たな角度から議論
することを目的とする。仲介業者の存在理由については商業論や流通論におい
て議論されている 。当然それらの議論は傾聴に値する。しかし本研究ではマー
ケットマイクロストラクチャー 理論という新たな経済理論や、近年盛
んになっている計算機実験を中心に用いて仲介業者の存在意義を議論していく。
具体的には仲介業者が介在する市場とそうでない、分権的な市場 の比較を行う事を通じて仲介業者の役割を検討する。これについては
5章で詳しく議論する。
本稿の概要は以下の通りである。第 章では仲介業者の果たす様々な役割に
ついて整理する。第 章では既存理論、特に産業組織論や伝統的な均衡理論を
取り上げ仲介業者がどのように扱われているか確認する。続く第 章では企業
の仲介機能を取り上げた理論として 理論を紹介し、理論の適用範囲や発
展可能性を検討する。そして第 章では理論の拡張の一環として計算機実験を
行う。これを通じて仲介業者の役割を議論すると共に仲介業者にアプローチす
る新たな方法を開拓する。最後の第 章では全体を総括する。
第 章 仲介業者に関して
本章では分析に先だって仲介業者について議論しておく。仲介業者とはどのよ
うな業種を指すのか、仲介業者が市場経済で果たす役割は何か、これらを考え
ることで仲介業者はどのような存在かを明確にしたい。
仲介業者とは
本節では仲介業者とは具体的に如何なる職業を指すのかを説明する。端的に
言うと財の供給者 売り手 と消費者 買い手 の間の橋渡しをする経済主体は
全て仲介業者 である。このように考えると仲介業者
の範疇は非常に広く、また昔から存在している。仲介業者には、小売業,卸売
業,金融業,保険業、不動産仲介などがある。以下ではこれらを細かく検討す
る。すると彼らは財(または資金)と情報の仲介をしている事が分かる。仲介
業者は生産者と消費者の間で財の移動(金融業であれば資金の移動)を担って
いる。加えて仲介業者は情報の仲介も行っている。彼が提供する情報はハイエ
ク の言う「ある時と場所における特有の状況についての」情報である。
仲介業者が市況に関する情報、商品の質に関する情報、生産者の評判、消費者
の嗜好等の情報を出来る限り収集し、彼らなりに加工・編集する。それらを価
格に反映させたり、取引相手に直接情報を提供したりする。こうして仲介業者
は情報仲介を行う。
・卸売業・小売業
卸売には生産者から財を直接購入し、一段下の卸売に売却する者と、一段上
の卸売から財を購入し小売に売り渡す者がある。小売業では零細な大多数の商
店と共に、様々な大手小売業が存在している。これらの小売業は卸売から財を
第章
仲介業者に関して
購入し それを最終消費者に販売するという意味で仲介業を行っている。取引の
中で情報も流れる。小売業者が手に入れた需要情報(今どんな商品が売れてい
るかなど)が卸売業者から生産者に渡る場合、小売業者と卸売業者は生産者に
対して情報仲介をしていることになる。逆に生産者から財に関する情報が発せ
られる場合(新製品の性能、味 )、小売業者は店頭などでそれを説明し、消
費者に情報を伝える。この時小売業者は消費者に対して情報仲介をしている。
・金融業
銀行業は預金を広く集めて、それを預金利子率よりも高い金利で投資、融資
するという意味で仲介業を行っている。最近ではアメリカを中心にベンチャー
キャピタルが盛んであるが、これも金融仲介業である。彼らは機関投資家や個
人投資家から "#$ %& などの形で資金を集め、高い技術やヒットするで
あろう商品を持ってはいるが設立間もなく評判も弱いために資金調達がままな
らない企業に対して、その将来性を熟慮して投資する 。証券会社も投資家と企
業の間を取り持つことで金融仲介を行っている。このような金融仲介は卸売・小
売とは異なり、資金を移動させることで仲介を行っている。その際情報も仲介
している。銀行なら金利の変化によって景気情報が伝わる。証券会社なら企業
に関するに関する情報を調べて、どの企業の株式を買うのが儲かるかという情
報を顧客に伝達する。金融仲介業も資金の仲介と共に情報の仲介を行っている。
・不動産仲介
不動産に関して売り手(貸し手)と買い手(借り手)の間のマッチングを助
けることで利益を上げる不動産仲介業も仲介業者である。彼らは売りたい(貸
したい)という物件情報を多く仕入れ、それを買いたい(借りたい)という人
に提供し仲介手数料を得る。彼らが今までの業種と決定的に異なる点は財や資
金の移動を伴わず、情報仲介のみに携わる点である。不動産仲介業者が不動産
を所有している場合は少ない。財を所有することなく、需要情報と供給情報を
提供する対価として利益を得る。
・商人
歴史的に仲介業者的役割を果たしたのは商人で、日本では近江商人が有名で
ある。彼らは事業が大きくなると全国規模で市場を開拓し、創造しようとした。
彼らは支店を全国各地に配置し、支店の間で「産物廻し 」と呼ばれる商法を用
いて全国各地の需要に応じた商品を融通しあうことで利益を上げていった。近
第章
仲介業者に関して
江商人の多くは商品が余っている地域から需要の高い地域に商品を回して利鞘
を稼いだ。両地域を「仲介」したのである。世界的に見ても商人の仲介活動は
非常に多く存在する。例えば大航海時代なら、ヨーロッパの人々は香辛料をは
じめとしたアジア物産を猛烈に欲していた。しかし消費者一人一人が直接アジ
アまで出かけて目当ての財を購入するのは困難だった。というのはアジアまで
無事にたどり着けるかどうか、莫大な費用等を考えると実現可能性は低かった
からである。しかし冒険的商人は仲介業者としての役割を果たすことでこれを
解消した。彼らは大規模な船隊を用いて大量に品物を仕入れることができ、ア
ジアからヨーロッパまでの輸送コストも安くつく。規模の経済性を発揮したの
である。彼らには遭難のリスクもあるが、うまくアジアまでたどり着き安値で
香辛料や絹製品 綿製品を買い付けて帰欧出来れば莫大な利益が転がり込む。彼
らも需要側と供給側の物理的な距離に架橋することを通じて仲介業者としての
役割を果たし、利益を上げたのである。
仲介業者の役割
本節では 仲介業者の役割を検討する。仲介業者の役割は本質的には消費者と
生産者の懸隔を架橋し、両者のマッチングを補助する存在である。消費者と生
産者はいろいろな意味で離れているが、それを結合させるのが仲介業者である。
その意味で仲介業者はハブの役割を果たしている。具体的には仲介業者は消費
者と生産者の所有権懸隔、距離的懸隔、時間的な懸隔を架橋している。さらに
仲介業者は情報の懸隔をも架橋している。
所有権懸隔の架橋
かつて生産したものを自分で消費していた時代は財の所有権が一人の人間に
あった。しかし生産と消費が分離されると、財の所有権が消費する者にないと
いう状況が多く生じる。すなわち、生産活動が行われた当初は財を所有してい
るのは生産者であるが、消費者は財を持っていない。しかし生産者はいくら財
を所有しているだけでは利益にはならない。同じく消費者も財を所有して消費
しない限り満足しない。このように、所有権がふさわしい経済主体に付与され
ていない状態では双方とも不満を持っている。そこで仲介業者が登場する。彼
第章
仲介業者に関して
'
が財の所有権を生産者から消費者に、貨幣を消費者から生産者に移動させるこ
とで両者の不満を解消する。その報酬として仲介業者は利潤を得る。
距離的懸隔の架橋
仮に生産者と消費者の距離が近い場合、仲介業者は存在する必然性を持たな
い。取引当事者が負担する輸送費用がそれほど大きくないからだ。しかし現代
のように生産者(売り手)と消費者(買い手)の距離が遠く離れ、さらにいろ
いろな場所で消費されている場合はどうであろうか。仲介業者がいなければ売
り手と買い手が世界中を自らの足で目当ての相手を探して回らなければならな
い。それは壮大な無駄である。このような状態では条件の合う売り手と買い手
が見つかることは少なく、作ったところで買い手が現れないのだから売り手は
財を生産しないだろう。生産は滞り、直接取引が困難になり、経済はたちまち
行き詰まる。そのような状況にあって仲介業者が存在すれば生産者と消費者の
間を架橋することで取引が円滑化するように対処出来る。具体的には仲介業者
が消費者の需要情報を収集して生産者から財を大量に買い付け、輸送費用を軽
減する。この結果システム全体にかかる取引費用を軽減できる。
時間的懸隔の架橋
生産される時と消費される時は異なっている。現在では、まだ見込み生産が
主流なので需要増を織り込んで生産しても消費はそれほど伸びないかも知れな
い。そのため、需要と供給が完全に一致することはあり得ない。そこで仲介業
者は在庫を用いて需要と供給の変動を平滑化できる。価格が安いときに多めに
商品を購入し、価格が高くなったときに在庫を放出して利益を上げる。仲介業
者が在庫を通じて財の量を調整しなければ、財が過小なときは価格が上がりっ
ぱなしになってしまうし、逆の場合は価格が下がりっぱなしとなってしまう。価
格の大きな変動は生産者にとっても消費者にとっても迷惑な話だが、彼らが在
庫の増減を行うことで市場価格は大きくは変動しない。よって仲介業者は在庫
調節を通じて市場を維持していると言える。
情報の懸隔の架橋
消費者が生産者や彼の作る商品に関する情報が多く持つ場合、仲介業者が財
に関する情報を調べる必要はない。消費者が嘘を見抜ける力を持っているので、
生産者にうそをつく誘因は存在しないからだ。しかし消費者が生産者の情報を
知っていることはそう多くない。消費者側は生産者に対する情報が不足してい
第章
仲介業者に関して
るのが常だし、費用や時間の面で個人で情報を集めることは難しい場合が多い。
このような状態では、商品や契約に対してより多くの知識を持っている生産者
(売り手)が意図的に粗悪な品を消費者(買い手)に売りつける可能性もでてく
る.現在でもインターネット上のオークションで売り手が商品に対して嘘の情
報を公開し、売り逃げるという行為が増えてきているという。このような状況
が頻発しては健全な取引が行われない。市場が縮小したり、ひどい場合には崩
壊してしまう。どの生産者が正直に情報を発しているかが消費者には分からな
いからである。
以上の生産者側と消費者側の情報の非対称性に由来するアドバースセレクショ
ンやモラルハザードを軽減する役割も(誠実に行動する)仲介業者には期待で
きる。仲介業者が、生産者から粗悪な品を購入したり 法外な値段の品を購入し
て それを消費者に売れば、いずれその業者の評判はおちる.そのために 仲介
業者は生産者の行動や品質を監視し 生産者のモラルハザードやアドバースセ
レクションの可能性を軽減するであろう.これは消費者個人ではとうていでき
ないことである.企業の監視コストを個人で負担するのはなかなか大変である.
例えば、もしも銀行の活動を個人が監視しようとしても完璧にすることが不可
能なのは容易に想像できる.仲介業者は以上の行動を通じて市場を維持すると
いう役割を果たす。仲介業者がいることで市場での取引が活発となり、結果的
に市場が拡大する場合もあるだろう。
仲介業者の役割に通底するのは規模の経済性である。距離的懸隔の架橋では、
買い手と売り手が取引相手を捜すのではなく、仲介業者が「ある時と場所にお
ける特有の状況についての情報」を一手に収集し、それを用いて取引を成立さ
せる。また、大規模に商品を仕入れることで輸送費の軽減も可能である。大航
海時代の冒険的商人が行ったのはこれである。出資者を募りインドまで香辛料
を求めて旅立ち、大量に香辛料を買い付け帰ってきた。仮に、一人一人がイン
ドに行けば莫大なコストがかかる。それを大規模に商うことで軽減したのであ
る。情報の懸隔を架橋する際にも規模の経済性が働いている。消費者一人一人
が売り手の情報を調査するのは非常にコストがかかる。仲介業者が生産者に関
する情報を収集すれば調査費用は激減する。
さらに仲介業者は市場を維持、形成する機能も担っている。仲介業者は在庫
第章
仲介業者に関して
の管理、調整を通じて市場の変動を緩和する。生産者の情報を収集することで
情報の非対称性を軽減する。これらを通じて仲介業者は市場の崩壊を防いでい
る。また、仲介業者は市場を形成する役割も果たす。彼らも根源的により多く
の利潤を追求する経済主体であるから、ある地域やある商品に関して需要があ
るものの供給がない(=市場が確立されていない)状況にあれば生産者側から
財を購入し、それを消費者側に売却するという行動を通じて利潤を得る。同時
に彼らは存在しなかった市場を形成する役割を果たす。
商品数が多い状況や、売り手と買い手がたくさん存在する場合に仲介業者が
全く存在しないならば、市場自体が存在しなかったり、存在しても非常に限ら
れ、市場経済の発展が妨げられる可能性が出てくる。例えば仲介業者が生産者
を監視しないならばレモンが出回り市場の失敗が発生する可能性が高くなる.
生産者と消費者が距離的に遠く離れている場合 両者の間に入って商品の流通を
円滑にする仲介業者が存在しないならばその財は取り引きされないかもしれな
い.また、在庫を保有することで市場価格の変動を小さくすることでも市場を
維持している。このように仲介業者の役割は重要で市場を形成し、維持してい
るのだ。
第 章 既存理論の検討
本章では既存理論を検討し、仲介業者を理論の中でどう位置づけているかを考
察する。検討するのは主に新古典派経済学、特に、
(一般)均衡理論と新産業組
織論の2つである。検討の結果本章で目指す仲介業者を扱っている理論ではな
いことが分かるだろう。
一般)均衡理論
ここでは一般均衡理論における仲介業者の存在について議論する。この理論
は ' 年の『純粋経済学要論』において一般均衡理論を順次体系的に展開した
ワルラスに端を発し、全市場の需給均衡を論じたものである。
ワルラスの一般均衡体系は「理論的ないし数学的解法」と「経験的ないし実
際的解法」の二つに分けられるが、本稿においては後者が重要である。後者は
現実の市場がいかに均衡価格に到達するかを考察するものである。彼は一般均
衡の問題は日々実際に市場において解かれていると考え、その解法を模索理論
によって与えようとした。市場をある種の競り市のように考え、価格を上げ下
げする競売人がいると仮定したのである。彼は卸売市場での競り人のイメージ
でモデルを構築した。競売人は超過需要が存在する財の価格を上げ、超過供給
が存在する市場では財の価格を下げる、という模索過程を全ての市場で行う。
それを全ての市場で需要と供給が一致し、均衡価格が得られるまで行う。その
間はいっさい取引は行われないと仮定していた。
このようにワルラス一般均衡理論は経済主体の意思決定が価格シグナルのみ
に依存する集中的な市場像を模写している。しかし、現実の市場経済を必ずしも
反映したものとは言えない 。結局のところワルラスと彼の理論を精緻化した後
第章
既存理論の検討
進の研究では仲介業者は明示的に登場しない。かろうじてモデルの外に「オー
クショナー」の存在が仮定されているだけだ。彼は市場に関するすべての情報
を中央集権的に手にして その上で需給を一致させるように行動するとされて
いる.更にこの「オークショナー」は非常に高潔な人物である。彼は需要と供
給を一致させたとしてもそれに対する報酬は得られない。無償で非常に大事で、
しかも極度に困難な仕事をしているという敬服すべき存在である。
このような「オークショナー」が現実的な妥当性を持たない場合が多いのは
明らかであろう。確かに卸売市場での競りなどを考えればオークショナーが非
現実的とは言えない。しかし多くの市場はオークショナーなしで機能している。
市場はワルラスの言う売値と買値の一致、需要量と供給量の一致が常に成り立っ
ているわけでもない。現実には様々な市場でワルラス均衡以外の点でも取引を
している経済主体がある.それは前章で検討した仲介業者であり 商人であっ
た。彼らが活動することで市場が機能しているのだ。
また 他の財市場との関連をないものと仮定して1財の需要と供給のみに焦
点を当てた部分均衡分析であっても均衡点がいかにして達成されるかは明示的
ではない.その財の需要曲線と供給曲線の交点で均衡数量と均衡価格が決定さ
れるという程度の言及である.うまくストーリーを構成するには やはり一般均
衡と同じくオークショナー的な存在をモデルの外に仮定しなければならないで
あろう.市場に参加する経済主体の数が少ないならばオークショナーも存在可
能であろう.卸売市場での競りなどはこの場合に当てはまる.市場に参加する
人々の情報を集めることもまだ可能だし均衡価格を計算することもできるかも
しれない.しかし、ひとたび参加する経済主体の数が多くなると彼らに関する
情報を収集したり、それに基づいて計算を行うことは非常な困難となる。
流通の経済学−二重マージンを例に−
流通の経済学において卸売業や小売業といった仲介業者が登場するのは二重
マージン、流通チャネル構築の文脈である。以下では、二重マージンモデルを
紹介することで仲介業者がどのように扱われているかを検討する。「メーカー
→小売業者→消費者」という市場の垂直構造において仲介業者たる小売業者は
第章
既存理論の検討
どのような特色を持つのだろうか。このモデルではメーカー、小売業者とも独
占的な地位にある。焦点はプレイヤーの個別合理性と集団合理性の問題である。
最初に個別合理性を見ていこう。まず、小売業者は需要関数 ( に直面
している。ただし 、 である。ここでメーカーが出荷価格 を設定
し、小売業者はそれを所与として商品の仕入れ量を決定すると設定する。する
と小売業者の利潤関数は ( となる。これを について最大化
すると (
となる。これはメーカーの出荷価格 が与えられたもとで
の小売業者の仕入れ量であり、小売業者の需要関数と解釈できる。メーカーは、
この関係を所与として自らの利潤を最大化する。メーカーの費用関数を ( とすると利潤は
( ( であり、これを最大化する を選択すると (
)
となり、メーカーの利潤、小売業者の利潤はそれぞれ
になる。仕入れ量は
、
) となる。
集団合理性下ではメーカーと小売業者の結合利潤を最大化するように販売量 が決まる。結合利潤は ( ( であり、これを について
最大化すると (
、小売価格は ( となる。販売数量は先ほどの場
合と比べて増加し、小売価格は減少している。利潤は (
)
である。メーカーと小売業者が別々に利潤を最大化するのは社会厚生上望まし
くない。これが「二重マージン」問題である。
このモデルでは小売業者消費者と生産者の間に存在しているが、メーカーか
らの価格をそのまま受容するという点で、メーカーに対してはプライステイカー
である。さらに仲介業者がいない方が厚生が増えるという結論は仲介業者不要
論にも通じる。よって本稿で目指すようなマーケットメイキングをする仲介業
者をモデル化したものではない。
また、製品の流通チャネルモデルにも仲介業者(小売業)は登場する。流通
チャネルは大きく言って「開放的チャネル」
(日用雑貨等)と「選択的チャネル」
(自動車や電化製品等)の2つがある。このモデルはどの場合にどんなチャネル
第章
既存理論の検討
選択が行われるかを扱っている。ただ、チャネル選択のイニシアチブを握るの
はメーカーであり、仲介業者はそのチャネルをもとに小売価格を設定すること
になる。ここでも仲介業者は財の購入価格についてプライステイカーである。
以上で分かるように、仲介業者は一段上流にいる供給者が提示する価格をそ
のまま受け入れ、その価格と彼の直面する需要関数をもとに利潤を最大化する
という行動をとっている。このような仲介業者の描写は、小規模な小売業では
妥当する面が多い。小規模な小売業が、供給者の提示する売値を変えるほどの
交渉力を持つことはあまり考えられない。中規模から大規模な仲介業者(スー
パーマーケットや大規模専門店)に関するモデルは産業組織論の教科書にはな
い。彼らは買い手に対する価格設定 売値 はもちろん、財の供給者に対しても
多くある論文でもある程度の価格設定 買値 を行うことが出来る。この種類の
仲介業者は前章で指摘したような市場を形成、維持する機能を持つ 。そのよ
うなマーケットパワーを持つ仲介業者を扱った研究は数多くの論文がある中で
も、多くはない。そのようなテーマを扱った研究を次章前半では紹介する。
第 章 マーケットマイクロストラク
チャー()理論
前章で分かったように、マーケットパワーを持つ仲介業者に関する研究は標準
的理論にはない。だが、仲介業者がマーケットパワーを持ち、消費者(財の買
い手)に対して価格を提示すると共に、供給者(財の売り手)に対しても価格
を提示できるという設定をもとに様々な問題に取り組んでいる研究が存在する。
本章では、そのような理論を導入する。前半では研究の流れを説明し、後半で
は基本的なモデルの設定、応用モデルの簡単な解説を行う。
理論とは
売値と買値を設定する仲介業者に関する理論として、マーケットマイクロス
トラクチャー理論( 理論)というものがある。 理論に関しては大き
く二つの流れが存在する。それは金融市場におけるものと実物市場におけるも
のである。現段階では金融市場に対する分析が発達しているが、実物市場にお
いても理論化が進んでいる。以下、それらを整理しながら紹介していく。
金融分野の 理論
一つは金融分野における 理論である。この理論の問題意識は根元的に
は株価はどのように決定されるのか、というものである。株式市場の参加者達
の行動関数を特定化すると同時に,市場の売買制度や規制等の市場の仕組みを
モデルに組み込むことで株価形成メカニズムを明らかにしようしている。実際
第章
マーケットマイクロストラクチャー()理論
にはマーケットメーカー が株式市場には存在し、彼らが売買を円滑にする機
能を果たしている。彼らが投資家やその代理人であるトレーダーに株式の売値
と買値を提示し,その差(#$* #+)で利益を上げる。具体的には、モデ
ルには情報トレーダーと流動性トレーダー、マーケットメーカーの3者が存在
したものが多い。情報トレーダーは、金融商品についての情報を他の 者より
も多く持っている。流動性トレーダーは金融商品についての情報をほとんど持
たず、何よりもまず金融商品を売買したいと思っている。彼らと取引するのが
マーケットメーカーである。当然、情報トレーダーは自分に有利なように金融
商品に関する情報を操作しよう、情報を偽ろうとする。それに対処するために
マーケットメーカーは売値と買値に幅を持たせるのである。しかし、それでも
情報トレーダーとの取引はマーケットメーカーにとって損失となる。利用でき
る情報量が大きく異なるためだ。それを補填するのが流動性トレーダーとの取
引である。流動性トレーダーはマーケットメーカーより情報量が少なく、彼ら
との取引によってマーケットメーカーは利潤をあげることが出来る。
さて、最初に「マーケットマイクロストラクチャー」を論文の題名としたのは
,' である。ファイナンス分野での発展は 年代以降顕著に進ん
だ。当初は素朴にミクロ経済学的な需給均衡モデルを当てはめただけだったため,
トレーダーしか存在しなかったが 年の - が執筆した論文以降マーケット
メーカーが登場するようになり,その後様々なバリエーションのモデルが提示さ
れるに至った。そして 年には,./010 によって『
"#
&
&
2"』が刊行された。日本でも 年に『株式市場のマイクロストラクチャー』
が刊行され 日経経済図書文化賞を受賞したことは記憶に新しいであろう。
実物市場の 理論−サーチと仲介業者−
金融分野の他に存在するもう一つの潮流は実物市場において仲介業者を明示
的に導入した理論群である。これに関しては +&*1&*#
らによって多
くのモデルが 年代以降発表されている。しかし、金融分野と別々に生まれた
理論ではなく、金融分野の 理論に影響を受けて発達してきた 。その意
味では金融分野に導入されたミクロ経済学の理論がそこで発達し、そのエッセ
第章
マーケットマイクロストラクチャー()理論
ンスが再び逆輸入されたと言える。実物市場で仲介業者を導入した研究の内容
としては生産者,消費者双方が取引相手をサーチするモデルの中に を導入したもの、情報の非対称性が存在する中に仲介業者を介在させたもの等
がある。
まず、サーチモデルの中に仲介業者を導入したモデル、なかでも仲介業者の
間の競争をも導入した +&* を検討する。このモデルでは異なる嗜好
を持つ消費者群 供給者群 価格設定を行う仲介業者群が登場し、消費者、供給
者共に直接取引はできず仲介業者経由の取引しかできないとされている。さら
に消費者と供給者は最善の価格を提示する仲介業者を求めて探索を行い、割引
率を導入することで時間と共に彼らの手にする余剰は減少するものと仮定され
ている。この状況下では一意な対称均衡価格戦略が存在し、均衡ではワルラス
均衡を挟む売値と買値についての "$3
な分布が存在する事が示され
る。割引率が に近づくにつれて、時間をかけて探索してもあまり費用がかか
らないために消費者が一層容易に仲介業者を探索することが出来るようになる。
そのために中間業者間の競争(価格設定)が激しくなり買値と売値の差は狭ま
り ワルラス均衡価格に収束し、取引量もワルラス均衡に近づく。これに伴い生
産者との取引にかかる費用が高い仲介業者は淘汰されてしまう。また、割引率
が大きくなると探索するのに追加的な費用がかかるため消費者はそれほど探索
しなくなる。その結果、取引費用が高く、その結果買値を高くつけざるを得な
い仲介業者でも市場で生き残り、買値と売値の差は広がってしまう。割引率の
上昇は均衡において生存できる仲介業者の数 仲介業者一つあたりの利潤を増や
し 買値と売値の平均価格差 買値と売値の分散を広げる 。
サーチモデルと関連して、生産者と消費者の(ランダム)マッチングを助け
る役割を担う存在として仲介業者を導入したモデル(,231&*#
4"#')もある。特に ,23 については後に詳しく取り上
げる。一連の論文から、仲介業者が買値と売値を提示することで、市場におい
て取引相手を探索している買い手と売り手の間を取り持つ手助けをするという
重要な役割を果たしていることが分かる。仲介業者が存在することで、売り手
も買い手も探索する手間がある程度省けるのである。
さらに商人の仲介契約と、ブローカーの仲介契約の比較を行っている研究
も存在する。商人的仲介業者は契約が成立時に購入数量にコミッ
第章
マーケットマイクロストラクチャー()理論
'
トする。彼は需要の分散が小さく仲介業者の努力に大きく反応するときにもっ
とも適している。一方、ブローカーは仲介する財に対して所有権を持たない。ブ
ローカー的形態は需要の分散が大きく、彼の努力とは独立である場合にもっと
も適しているという。これは直観的にも納得できる。どれだけの人が買ってく
れるか分からない状況では、なるべくなら財の所有権を持ちたくはない。財の
所有権を持つと売れなかった場合、自分で責任をとらなければならないからだ。
実物市場の 理論−非対称情報と仲介業者−
次に検討するのは情報の非対称性が存在する状況に置いて仲介業者がどの
ような役割を果たしているかについて検討した文献である。仲介業者は売り手
と買い手から私的情報を正しく引き出すことで,アドバースセレクションを防
いだり緩和する と言うモデルが発表されている。, や #"
& 25
は、情報の非対称性下での仲介業者やブローカーに言
及したモデルを提出している。, は単一の仲介業者を想定し 仲介
業者が高品質の財を購入できるようなシグナルやスクリーニングが存在しない
状況下であってさえ、仲介業者が価格設定をランダマイズして売り手に提示す
るなら、仲介がうまくいくことが示される。#" & 25
()
はアドバースセレクションについて議論した契約理論の論文である。この論文
では、最初に買い手と売り手の直接取引について検討し 誘因両立制約と参加制
約を満たす取引条件を導出しているが、この条件が事後的効率性を満たさない
ことを示している。その際にブローカーが登場し、彼が取引に対して補助金を
支出すれば誘因両立・個人合理的メカニズムを見たし、事後的な効率性も達成
される、と論じている。非対称情報が存在し、直接取引ではうまくいかない状
況でも、ブローカーが介入することで売り手と買い手の取引がスムーズに行く
のである 。
さらに生産者に関するモラルハザードが存在する状況で仲介業者が品質保証
を行う状況を分析した論文として 63# & 7 がある。この論
文では、仲介業者がいない市場と仲介業者がいる市場を比較し、直接販売より
も仲介業者を通じた方が安く財が売られる条件を探っている。生産者と仲介業
第章
マーケットマイクロストラクチャー()理論
者の利潤が共に となるような長期均衡では、生産者の財の品質が自ら宣言し
た品質よりも低ければ(モラルハザード)、仲介業者はその財を廃棄し 、他か
ら適正な財を得て、それを売ることで品質保証者としての評判を手にする。仲
介業者が財を棄てることで情報を偽った生産者には利益が入ってこない。よっ
て生産者は品質を偽る誘因が減退する。その結果、仲介業者がいない市場より
も生産者に品質をシグナルさせる費用が減少し、消費者により安く財が供給さ
れることになる。
以上で仲介業者が非対称情報という現実的な仮定の下でどのような役割を果
たすか分かるだろう。仲介業者は買い手と売り手の私的情報をうまく引き出す
状況を構築し、その結果レモンばかりが出回るといった市場の失敗を防ぐ役割
を果たしている。その対価として彼は利潤を得るのだ。
これら生産財市場の諸理論をまとめたのが +&* である。彼は企業
の持つ仲介活動に着目し、企業が現実には価格を設定している点を考慮しつつ
研究を進めている。仲介業者としての企業は売り手、買い手に買値、売値を提示
するという意味でプライスメーカーである。そのような企業は様々な方法で取
引を調整し,生産者と消費者の間の探索費用 取引費用を軽減する見返りに利潤
を得る。このように生産者と消費者が繋がる場を設定し、価格を設定すること
で、仲介業者は結果的に市場形成や市場維持活動をしているのだ。以上のよう
な仲介活動を行う企業こそ市場という市場経済に本質的な制度を動かしている
大きな要因のひとつである,と考えられる。そして、彼はこのような仲介業者
の活動及び制度を,金融分野から借りて「マーケットマイクロストラクチャー」
と呼ぶ。これが理論名の由来であり、この理論を基礎にして議論を進めていく。
基本モデル
ここでは 理論の基本モデル +&*89 を説明する。最初に 理論との比較のため、新古典派モデルの結果を述べておく。ここでは具体的に
需要関数を ( 供給関数を ( として、ワルラス的な均衡点を導出し
よう。ワルラス的な均衡点は需要曲線と供給曲線の交点 ( ( ( であ
る。一般均衡理論ではオークショナーが価格を調整し、この点に到達するまで
第章
マーケットマイクロストラクチャー()理論
取引はいっさい行われないと考えている。それは究極的 仮想的な到達点として
は意味があるが 実際の市場分析を行うには不十分であろう。それ故、本稿では
ワルラス均衡点をベンチマークとして扱う。
次にこの需要曲線 供給曲線の下で仲介業者が登場した場合を検討する。仲介
業者は生産者から財を仕入れて、消費者に転売することで利潤を最大化する。
今仲介業者が で数量 を生産者から購入し、同数の量を で消費者に転売す
るとしよう。このとき仲介業者が解くべき問題は以下のようになる。
: #
これを解くと ( ( ( となる。仲介業者の利潤は となる。図
を参照されたい。4。; はワルラス均衡 である。"<
は仲介業
者の利潤であり、図にかかれている長方形に等しい。社会的総余剰について述
べておこう。完全競争市場では消費者余剰)生産者余剰は に等しくなるが、
仲介業者が存在すると社会的総余剰は消費者余剰)生産者余剰)仲介業者の利
潤、即ち合計 となる。死荷重が存在するため、社会的な総余剰は減少する。
図 基本図(独占的仲介業者が導入された場合)
第章
マーケットマイクロストラクチャー()理論
ここで仲介業者が得る利潤は消費者 生産者双方に即時性や利便性を提供する
対価と考えられる。ベンチマークとしてのワルラス均衡と比較すると売値にお
いてはワルラス均衡より高く 買値においてはワルラス均衡より低い すなわち
から,買値と売値はワルラス均衡価格を挟み込む形となる事が分か
る。二重マージンモデルでも価格にはスプレッドが存在した。しかしスプレッ
ドの源は小売業者と生産者の利潤最大化行動であった。それに対してここでの
売値と買値の乖離は仲介業者の利潤最大化行動の結果生じたものである。販売
数量に関しては であり,ワルラス均衡での販売数量 よりも少ない。
上記の例は非常に具体的であったが,ここではより一般的に書き換えてみ
よう。仲介業者は需要者集団と供給者集団に,取引量が等しくなると言う制約
のもとで を提示する。これを一般的に表すと以下のようになる。ただし
(
は需要の価格弾力性 ( は供給の価格弾力性で
ある。
:
#
これを同様の方法で解くと
(
)
これを基本方程式と呼ぶ。比較静学を少し行っておくと、買値と売値の差(*$
# #+)は売値に需要関数の価格弾力性を除したものと買値に供給関数の
価格弾力性を除したものを加えた値に等しくなる。 、 が小さくなる、即ち
価格変化に対して数量が敏感には変化しなくなると価格のスプレッドは大きく
なることがわかる。
(
これは需要量と供給量が等しい条件である。均衡では取り引きされる量は等し
くなることを示している。もし等しくないならば,仲介業者は買値()を下
げる(または売値 を上げる)ことでより利潤を上げようとするであろう。以
上のような基本モデルをふまえて、次節では応用モデルを紹介する。
第章
マーケットマイクロストラクチャー()理論
応用モデル−売り手、買い手の探索と仲介業者−
前節の基本モデルの他に応用モデルとして位置づけられるものがいくつか発
表されている。ここでは後の章での議論との関連を考慮してサーチモデルに仲
介業者を取り入れた ,23 を紹介する。,23 では仲介業者を
介した取引と生産者と消費者の直接取引の間の関係を取り扱っている。消費者
と生産者は仲介業者と取引するか、分権的市場 に参加し
て直接取引をするを選択できる。直接取引の場合は取引相手を自ら探索する必
要がある。探索には時間がかかり、時間と共に消費者は購買意欲が薄れ、生産
者は生産された財の保管費用などがかさむ。その意味で取引相手を捜すことは
費用がかかる。そこに仲介業者が登場する余地が生まれる。彼が価格を提示す
ることで売り手と買い手は取引相手の探索にかかる費用及び交渉にかかる費用
が削減できるかも知れない。以下では、以上の視点に立ったモデルを説明する。
消費者(買い手)の留保価格は 8 9 で一様に分布しており、一単位の財
を購入する。 は買い手の私的情報である。財の購入価格が のとき、彼の効
用は ( である。この設定の結果集計的需要は ( となる。
これは売り手にも買い手にも共有される情報である。生産者(売り手)の留保
価格は 8 9 であり、一様に分布している。売り手と同様に は私的情報で
ある。彼の効用は売却価格が の時、 ( となる。集計的供給関数は
( となる。これは需要関数同様共有情報である。
以上の設定をふまえて、最初に売り手と買い手が直接取引する場合を検討す
る。この場合彼らは市場に出て取引相手を探索するが、市場に参加している売
り手と買い手の数が一致しているとは限らない。そのため、 8 9 の確率で
多い方の経済主体と少ない方の経済主体が出会う。そのため、数が多い方の経
済主体の中には取引できない者も出てくる。売り手と買い手が出会うと財の価
格に関する交渉が始まる。,23 のモデルでは価格交渉は極めて単純化
されており、売り手と買い手の一方が価格を提示し、それに相手が同意すれば
交渉が成立するが、相手がその価格を拒絶すれば双方とも市場から退出する形
を取る。
と を直接取引市場に存在する買い手及び売り手の分布とする。こ
の時買い手の期待効用、売り手の期待効用は以下のようになる。
第章
マーケットマイクロストラクチャー()理論
(
(
)
)
買い手の期待効用の第一項は買い手の方が価格を提示する場合の効用で、第
二項は売り手の方が価格を提示してくる場合の効用である。売り手の場合も同
様である。 は買い手の価格提示スケジュール、 は売り手の価格提示ス
ケジュールを表している。
次に仲介業者を導入しよう。,23 では当初独占的仲介業者を仮定し
て議論を進め、ついで複数の仲介業者の場合を議論しているが、ここでは独占
的仲介業者の場合を紹介するにとどめる 。独占仲介業者は売値 と買値 を
提示してその利鞘で利益を稼ぐ。仲介業者を訪れる売り手と買い手の数が等し
いとは限らないので、彼は数が少ない方に合わせて取引を行う。そのため彼の
利潤は となる。この時仲介業者と取引する買い手の効用は
売り手の効用は となる。仲介業者を訪れたが取引に漏れてしまっ
た者は直接取引市場に行くことが出来る。モデルの流れは3段階のゲームで表
される。
「 仲介業者が価格を提示する。 売り手と買い手が直接取引市場に参
加するか、仲介業者のもとを訪れるか決定する。実際に売り手と買い手が仲介
業者を訪れたときに、数が合わなければ仲介業者は人数の制限を行う。 直接
取引市場が清算される。」である。この結果達成される均衡は完全ベイズ均衡と
なる。
均衡ではある留保価格 よりも低い買い手 ある留保価格 =
よりも高い売
り手 は直接取引市場に参加しても仲介業者に参加しても取引できない。また、
ある留保価格 =
よりも高い買い手 ある留保価格 # よりも低い売り手 は仲
介業者を訪れて取引することが示される。さらに 8 =9 の買い手と 8# =9
の売り手は直接取引市場に参加することも示される。ここでは証明の概略を示
しておこう。まず、 の買い手と の売り手は仲介業者と取
第章
マーケットマイクロストラクチャー()理論
引しても損をする。よって彼らは直接取引市場に参加する。 の買い
手と の売り手がいる限りこの市場は存在する。
次に 8 の買い手と # 9 の売り手が取引できず、 =
9 の買い手
と 8 #9 の売り手が仲介業者と取引する理由を説明しよう。もしも の買い
手が取引できないとしよう。その場合 よりも低い留保価格を持つ買い手も取
引が出来てはいけない。というのは、もし彼らが取引できるとすれば の買い
手は自分よりも低い留保価格である振りをして取引に参加し、利益をあげるだ
ろう。そうすれば の買い手が取引可能となるので矛盾が生じる。よって、 の
買い手は取引不可能ではない。同様の理由で # の売り手も取引可能である。次
に = よりも高い買い手が仲介業者と取引する理由を示そう。= の買い手が直接
取引市場で取引するとしよう。そのとき = 以下の買い手は仲介業者と取引する
インセンティブはない。というのは彼らは仲介業者と取引をしても利益を上げ
られないからだ。同様のことが # より高い売り手にも言える。
これを踏まえた上で独占的仲介業者は利潤を最大化する価格を設定する。均
衡においては の買い手、 の売り手は仲介業者と取引を行い,
8 9 の買い手と 8 9 の売り手は直接取引市場に参入する。そ
れ以外の売り手と買い手は取引を行わない(行えない)。以下、証明の概略を示
す。まず、#=
=
の 変数が均衡を特徴付ける事を述べておく。 ==
の買
い手と売り手は直接取引市場に参加しても取引相手を見つけられないから、均
衡において直接取引市場に参加する売り手と買い手の集合は同じである。よっ
て ( #=
( = となる。均衡では 8# =9 の範囲にある買い手と売り手が直接取引
市場で取引を行い、取引にあぶれる者はいない。このため と は同じ
分布を持ち、さらに買い手と売り手の分布が 8 9 の一様分布であったことを考
慮すると と は 8# =9 の一様分布となる。買い手と売り手はそれをふま
えて利潤を最大化するので
(
:
( :
= #
(
:
# =
#
'
第章
マーケットマイクロストラクチャー()理論
最後の式を について微分すると
(
)#
が得られる売り手についても同様に
(
:
から
(
=) が得られる。これらを売り手および買い手の期待効用関数に代入し、計算す
= # となる。
ると以下のようになる。これらは =
( # (
(
(
(
(
#
=
8
=
# 8 =
# ) = # 9
)
) )
= # 9
,23
は均衡で仲介業者の提示価格が市場を清算することを示してい
る。仲介業者が均衡で提示する価格をそれぞれ とすると、 ( が
成立する。ここで = の買い手と # である売り手が、仲介業者と取引した場合の
効用は =
( = および # ( # となる。先ほど彼らの効用が等し
いことを示しているのでこれらを連立して計算し、さらに ( を考慮
すると
= ( # ( 第章
マーケットマイクロストラクチャー()理論
が得られる。これは仲介業者が取り扱う取引量である。よって仲介業者の利潤
は > ( # ( # となる。利潤を最大にするように を選ぶと
(
(
)
となる。仲介業者の取引量は ? となる。よって 9 の買い手と 8 の売り手は仲介業者を訪れる。結果的に人数制限は行われない。8 9
の売り手と買い手は直接取引市場に参加して取引相手を探索する。
最後にワルラス均衡、基本モデルとの比較を行う。集計的需要関数と集計的
供給関数は ( 及び ( なのでワルラス均衡は ( ( , ( である。これと比べると直接取引市場での効率性がいくら上昇 しても
買値と売値は等しくならない。これは仮に直接取引市場が最も効率的 ( であったとしても仲介業者はワルラス均衡価格を挟む価格設定をすることで利
鞘を稼ぐことが出来る( ( 、 ( )ことを示している。また、基本モ
デルの独占的仲介業者は売値を 、買値を と設定した。,23 で
は直接取引市場での取引の効率性が最も低いとき ( に相当する。この時
直接取引市場に参加しても買い手、売り手は効用が となってしまい、直接取
引市場はないに等しい。よって仲介業者は独占価格を設定できる。しかし が
大きくなると仲介業者の利鞘は小さくなる。それは直接取引市場の効率性が上
昇し、そこでの価格設定と仲介業者の価格設定が競争する、即ち仲介市場と直
接取引市場が競争するのである。効率性が高まるにつれて、仲介業者の価格差
は小さくなる。直接取引市場が最も効率的でもなお仲介業者は存在できるので
ある。
理論の問題点・拡張の方向性
これまでは 理論のサーベイ、基本モデル、応用モデルの紹介をしてき
た。この理論は商店街に見られるような小規模仲介業(小規模小売業)に適用
されるというよりも、売値や買値を設定できる権限を持つ大規模仲介業者(専
第章
マーケットマイクロストラクチャー()理論
門店やスーパー)の理論として適用可能だろう。大規模な仲介業者は大量の商
品を仕入れるので生産者に対して値引きの交渉等を通じて買値 に対して発言
権を持つ。また消費者に対しては売値 を設定できる。このような 理論
は企業の仲介活動が市場にどのような影響を持つかを考えさせてくれた。だが
まだまだ理論的な発展も可能である。ここでは 理論の問題点、将来的な
拡張の可能性について少し展望しておこう。
問題点は、 理論では具体的で興味深い事例を分析したものが少ない点
である。基本的には仲介業者が存在し、サプライヤーと消費者に売値と買値を
提示するというものであるため現段階での仲介業者のモデル抽象的な段階にと
どまっている。モデル構築に関してはまだまだ発展の余地があるのだ。
一つの方法は産業組織論や流通の経済学の成果を用いる事だ。この分野では
前章で紹介したモデルの他にもさまざまな具体例を含んだものが発表されてい
る。企業の立地競争モデル、広告や研究開発などの持続的な効果を扱った長期
戦略モデルといった様々な例が 理論に応用可能だと考えられる。 理
論にこれらの分析手法を盛り込むことで理論がより豊かになるだろう。次に、
理論の拡張可能性について論じよう。これについては大きく三点ほど考
えられるだろう。一つは先述したように産業組織論モデルの導入による拡張で
ある。繰り返しになるので詳しく論じないが、産業組織論のセットアップを用
いることで具体的なケースを論じられるだろう。
二点目は計算機実験の導入である。計算機実験といっても新古典派マクロ経
済学で用いられるような数値解析もあれば、エージェントベースシミュレーショ
ンもあるが、基本的には複雑で挙動の予想が難しいモデルに使用する。このよ
うなモデルに対して遺伝的アルゴリズムや強化学習などを用いれば、仲介業者
間の競争過程を研究することが出来るだろう 。理論の予想とは異なる結果を
もたらすことも考えられる。さらに計算機実験は理論を検証する際にも使用可
能である。このように計算機実験は発見的な文脈でも、検証的な文脈でも様々
な成果をもたらすものと考えられる。次章では 理論を広げていくための
一方法として計算機実験を行う。具体的には売り手と買い手しかいない完全な
相対取引の市場(分権市場)と仲介業者,買い手、売り手の3者が存在する市
場 仲介市場 の間で比較を試みる。
三点目は実験経済学との連携可能性である。実験経済学において深い蓄積の
第章
マーケットマイクロストラクチャー()理論
'
あるダブルオークションの実験では、実施された当初は市場均衡との乖離(例え
ば @2*89)を問題にし、その後は取引情報を共通知識にすることで
市場均衡の達成が可能になると言う議論が展開されてきた 2 など。
しかし現実の市場は取引情報が市場参加者の共有知識となっているとは言えな
い。そこでダブルオークションに仲介業者を導入する実験が考えられる。ダブ
ルオークションで被験者に与えられる費用と 53## " + に対して 分
経ったら価値が一割減る、生産費が 割増えるといった割引率を作用させ、仲
介業者がいる場合といない場合で市場厚生や取引数を比較するといった実験が
実施できるだろう。さらには実験経済学の結果を計算機実験で再現することを
通じて、どのような戦略を実際に被験者が採ったかを検討することもできるだ
ろう。以上のように 理論は拡張・応用可能性に富むもので、様々な手法
の導入によって一層の成果が期待されるであろう。
第 章 理論を基礎とした分権市
場と仲介市場の比較
前章後半では 理論の拡張可能性について論じ、その一つとして計算機実
験を挙げた。経済学において計算機実験を用いたアプローチは近年盛んになっ
ている 。そこで本章では、 理論の枠組みを基礎に計算機実験を実施し、
仲介業者の存在する市場と存在しない市場の比較を行う。その結果仲介業者が
存在する市場の方がよい結果をもたらすならば、彼が経済システムにおいて果
たす役割の重要性を示唆することになる。さて、計算機実験を行う以上その正
当性が問われなければならない。通常の経済理論で構築できる、予想できるも
のならば、計算機実験を行う必要はない 。本章で構築するモデルは一部予想
を立てられる。それは取引終了時間で、最も長くかかる場合の時間は予想可能
である。しかし、実際にどの程度の時間で取引が終了するかは予想しがたい。
さらに仲介市場と分権市場の市場厚生、取引成立数に関しても、費用が減少し
たりマッチング率が上昇すれば増加するのは容易に予想できる。とはいえ増加
の仕方が比例的となるか指数的となるかは予想しがたい。その意味で計算機実
験を行う意義が存在し、計算機実験を用いてモデルを構築する事に無理はない
と言える。なおプログラムは A#& 6# で制作した。
モデルの概要
市場の間の比較を行うために計算機上に仲介業者が存在しない市場 分権市
場 と独占的仲介業者が存在する市場(仲介市場)の2つを構築する。市場の違
いは図 で示される。
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
図 市場の違い
分権市場
基本となるのはこのモデルである。分権市場においては仲介業者は存在せ
ず(勿論ワルラシアンオークショナーも存在しない)、買い手と売り手の直接取
引が行われる。まず買い手と売り手の効用関数について述べよう。効用関数に
ついては両モデルに共通である。買い手の効用関数は
( !
!
!
の時
の時
である。 は買い手 が取引開始時点で考えている購買意思額 53## "
+ で 市場に参加している経済主体の数を " とすると 8 "9 の一様分布に従
う。買い手は ならばどんな価格 でも財を購入してもよいと考え
ている。その意味で買い手は効用最大化原理に従うというより、サイモンの言う
満足化原理に従うといえる。 は 期間当たりの探索費用、 ! は時間である。
取引相手を見つけることが出来ずに探索に長い時間がかかると ! が増加す
る。そのため実質購買意思額 ! は減少する。 ! となると買い手は市場から退出する。初期時点で財を購入する意思が低い買い
手ほど退出する時間は早い。 に関してはパラメータを変更できるように設計し
てある。
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
売り手の効用関数は
( 8
) !
" 9
である。売り手も満足化原理に従い、
であればどのような価格で
も財を売却する。売り手は財を 単位当たり の費用で生産する。
も 8 "9 の
一様分布に従う。" は財の保管費用である。時間と共に保管費用が大きくな
るので、実質費用 ) ! " は時間と共に増加する。取引を早く行わ
ないと費用が大きくなり、その分売り手が納得できる価格も上昇する。また買
い手も市場から退出するので取り引きが困難になる。 買い手の 同様 " も操
作可能である。
上記の効用関数を持つ経済主体が取引相手を探索する。ここでは買い手のみ
が売り手を探索すると想定する。買い手の方は店を構えて待っていると考えれ
ばいい。買い手の探索はくじで行われる。買い手が探索を行っても常に売り手
が見つかるとは限らない。,23 でモデルの中に組み込まれていた分権
市場におけるマッチング率の考え方を導入している。プログラム上ではマッチ
ング率も操作できる。マッチング率が高いと買い手は売り手を見つけやすい。
ただし、出会った時点では売り手が既に誰かと取引したかどうかは分からない。
次に買い手と売り手が出会ったあとの価格交渉を説明する。まず、売り手が
以前に誰かと取引したかどうかが分かる。売り手が誰とも取引していなければ
交渉過程に入る。買い手は売り手の費用を知らず、売り手も買い手の購買意思
額を知らない 。そのため、どちらかが価格を提示し、それを見て提示された
方も受け入れられる価格であれば取引が成立する、という方式を採用する。受
け入れられない価格であれば、先ほど価格を提示された方が今度は価格を提示
する。受け入れられる価格であれば交渉が成立し、そうでなければ交渉は決裂
する。取引が終了した買い手は市場から退出する(売り手は閉店するが、店自
体は残るので後々他の買い手が訪れる可能性はある)。なお、売り手の価格提示
戦略は 8
"9 の一様分布に、買い手の価格提示戦略も 8 9 の一様分布に従う。
市場の終了条件は「市場に存在している買い手の最大実質購買意思額<売り
手の最小実質費用」となる(下図参照)か、買い手が全て市場から退出するか
である。この状態になるまで市場で取引することが可能である。本実験ではこ
のどちらかが成立することを取引終了条件とする。
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
図 取引終了状態
以上をフローチャートで示すと以下のようになる。
図 分権市場のアルゴリズム
仲介市場
買い手、売り手の設定、買い手と売り手が出会ったときの取引形式は分権市
場と全く同じである。大きく異なる点は独占的仲介業者が導入されている点で
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
ある。仲介業者が利潤最大化行動をとるという点は +&* と同じであ
るが、異なるのは仲介業者が需給情報を全て握っているわけではないという点
である。情報をどれだけ持つことが出来るかを仲介業者の能力と呼ぶ。これが
大きいほど、多くの需給情報を持つことが出来る。また、独占的仲介業者の導
入時期は ,23 と同様第 期である。
独占的仲介業者がどのように振る舞うかを説明する。前章までは、仲介業者
はおおむね全ての市場情報を手にしていた。それに対して本章では仲介業者の
情報収集力に制限を加えることが出来ると想定する。情報収集力は操作可能な
パラメータとし、最小 %から最大 %までの値をとる。 %の場合は全て
の市場情報を手に入れることになり、前章までの想定と変わらない。では情報
収集力はどんな役割を果たすのだろうか。例えば %の場合、独占的仲介業者は
需要のうち %について実質購買意思額を知ることが出来る。同時に供給のう
ち %について実質費用を知ることが出来る。この情報を手に入れた後、独占
的仲介業者は手に入れた情報をもとに利潤を最大にする売値 と買値 を提
示する。なお、仲介業者の利潤は取引数を "# とすると > ( "# となる。
そして価格を見た買い手と売り手が行動を開始する。 であれば買い
手は仲介業者を訪れる。そうでない買い手は分権市場で直接取引を行う。同様
に であれば売り手は仲介業者を訪れるが、この条件を満たさない売り
手は分権市場に参加する。
この時点で仲介業者は、自分のもとを訪れた買い手、売り手の数を確認する。
仲介業者は買い手と売り手を一対一にマッチングさせるので買い手と売り手の
数が等しくなければ、数が等しくなるまで多い方の経済主体から分権市場に参
加してもらう。例えば買い手が20人、売り手が14人仲介業者を訪れたとし
よう。そのときは取引にあぶれた買い手が6人分権市場に参加する。どの買い
手が取引にあぶれるかはランダムに選ばれる。仲介業者は需要情報は分かって
も個々の経済主体の情報は分からない。人数が等しくなったところで仲介取引
が実施される。その後分権市場での取引が始まる。この設定は ,23 に
則っている。また、1&*#
& 4"#' でも同様の市場を想定して
いる。しかし、彼らの論文では仲介市場と分権市場のパフォーマンスの比較を
詳しく行っているわけではない。この様な方式に近いものとして東証などの株
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
式市場における板寄せ方式があげられる。板寄せにおいては売呼値の株数と買
呼値の株数が異なる場合には最低売買単位の数量を執行することにより売買取
引を成立させる 。以上をフローチャートで示すと以下のようになる。
図 仲介市場のアルゴリズム
各市場の特性
各市場では買い手と売り手の直接取引が確率的になされる。そのために分権
市場の方が取引が早く終了し、市場厚生も高い場合も考えられる。逆に仲介市
場の方がすぐに終了するかも知れない。よって、両市場の持つ特性は統計的に
把握される必要がある。本節では各市場において、様々なパラメータを変更し
て実施した市場の傾向を説明する。
買い手、売り手がともに 人ずついる状況を分析する 。探索費用、保管
費用、マッチング率、仲介業者の能力は比較のために変更される。
分権市場
分析したのは保管費用及び移動費用が の 通り×マッチング率が
%の 通り、即ち 通りである。費用の高低、マッチング率の高低で
市場厚生はどうなるか、市場での取引数はどうなるか、取引が終わるまでの時
間はどうなるかを検討する。各ケースについて 回ずつ試行を行った。取引は
確率的になされるために、各ケースの統計的な傾向を取り上げて議論する。各
ケースの結果を表したのが図 である。
経済厚生比率は「実際に発生した消費者余剰+生産者余剰」を「理論的な消
'
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
費者余剰+生産者余剰(需要曲線と供給曲線で挟まれる三角形の面積)」で除し
た値を%表示している。理論値は需要関数が ( 供給関数が ( で近似できることから、 前後となる。理論値はワルラシアンオークショ
ナーが存在する場合に成立する値である。図 からは非常に明瞭な結果が読
みとれる。マッチング率が高く、取引費用が小さければ実際に発生した余剰は
理論値に近づき、その逆は逆である。取引費用も高くマッチング率が低い場合
は理論値の %しか実現していない。この結果は直感とも合致する。また、費
用が高くともマッチング率が高ければ余剰はそれほど低くならないことも分か
る。取引割合は「実際の取引数」/「理論的な取引数(需要曲線と供給曲線の
交点より左で取引可能な組み合わせ)」を%表示したものである。理論値は 組前後である。ここでも取引費用が低く、マッチング率が高ければより多く取
引がなされることが分かる。取引費用が高くともマッチング率が高ければ多く
の買い手と売り手が取引可能である。
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
図 分権市場での取引割合・取引時間・経済厚生
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
取引終了までの時間について検討しよう。市場でのマッチング率が上昇し、取
引相手が見つけ安くなれば早く取引が終了するという傾向がある。これは直感
的にも明らかであろう。この結果は取引費用が の場合には統計的にも支持さ
れる。しかし取引費用が高くなればなるほどその効果は薄れていき、市場で価
格交渉を行うまでの費用が高いためにマッチング率が高くても影響を及ぼさな
いと解釈できる。以上の結果から、本実験では
マッチング率が高ければ実現する市場厚生も大きく取引数も増えること。
取引費用が低ければ実現する市場厚生も大きく取引数も増えること。
マッチング率が高い場合には取引が早く終わること。
取引費用が高い場合には(市場から買い手が早く退出してしまうために)
取引が早く終了すること
が分かった。
仲介市場
分析したのは保管費用及び移動費用が の 通り×マッチング率が
' %の 通りに加え、仲介業者の情報収集能力が %、' %、 %に
加え、 %の計 通り、即ち 通りである 。各一通りに対して 回の試行
を行った。ここでは仲介業者が導入された場合の市場厚生、取引が実施された
数、取引が終了するまでの時間の変化を検討する。前節と異なるのは総市場厚
生比率が登場している点である。これは「現実に発生した消費者余剰+現実に
発生した生産者余剰+仲介業者の利潤」を理論的な市場厚生 で除した値であ
る。表には掲げていないがこの値はおおむね ' %を越えており、半分以上を独
占的仲介業者の利潤が占める。
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
図 仲介市場(能力 %)での取引割合・取引時間・経済厚生
'
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
図 ' 仲介市場(能力 ' %)での取引割合・取引時間・経済厚生
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
図 仲介市場(能力 %)での取引割合・取引時間・経済厚生
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
図 仲介市場(能力 %)での取引割合・取引時間・経済厚生
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
仲介市場での計算機実験の傾向を述べる。仲介業者の能力が異なっていても、
傾向は分権市場の場合と全く同じである。分権市場でのマッチング率が上昇す
れば各指標は上昇する。取引にかかる費用が高まると各指標は減少する。また、
仲介業者の能力変化に関係なく経済厚生比、総市場厚生比、取引割合は殆ど変
化しない。これは市場に参加する売り手、買い手がそれぞれ 人であり、非
常に多いために、たとえ仲介業者が手に入れられる情報が 組であったとし
ても実際に利潤を最大化する価格に近い値をはじき出せるからだと考えられる。
とはいえ、仲介業者の利潤は能力が %の時には他の場合と比べて、若干減少
する。
しかし、費用の変化、マッチング率の変化という経済主体の環境変化に対し
て経済厚生、取引数は大きくは変化しないこと、即ち市況の変化に対する頑健
性も読みとれる。仲介業者は自分の情報をもとに価格提示するので、各経済主
体の置かれる環境が変わっても仲介業者の行動パターンには影響を与えない。
その結果、取引開始時点の仲介業者の価格提示によって、仲介業者と取引する
経済主体がどのような環境でもある程度存在する。この点は節を改めて議論す
るが仲介業者の存在意義として非常に重要な位置を占めることになる。
他の場合と傾向が異なるという点で詳しく述べる必要があるのは独占的仲介
業者の情報収集能力が %の場合である。この場合、彼は買い手、売り手とも
人分のデータが入手できるのみなので、サンプルの中に最適値が含まれてい
る場合は非常に少ない。各回の結果が大きく異なってくるので分散が大きくな
る。実際には仲介業者が高い情報収集能力を持つことは少なく、同じ戦略を採っ
ていても常に結果が同じとは限らない。そう考えると分散が大きいこともうな
ずける。
他の ケースと各項目を比較していこう。経済厚生比率に関してはこれらの
場合と比べておおむね良好な値を出していることが分かる。仲介業者が需給に
関して正確な予測を立てられないために一回一回の試行ではばらつきが出るが、
独占的仲介業者が余剰の大部分を手にする事が少なくなる。そのために分権市
場での直接取引で得られる余剰が多くなる。それがこの結果を生む。総市場厚
生は仲介業者が得られる利潤が ケースと比べて大きく変動するために小さく
なっている。仲介業者の利潤が全て仲介業者の手に渡る場合はこの結果を重視
する必要はないが、仲介業者の利潤を後に買い手と売り手で分配すると言う場
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
合には、他のケースと比べると不利となる。取引割合は他の ケースと比べて
それほど代わりはない。しかし取引費用が 、マッチング率が ' %の場合は本
ケースの方が取引割合が高くなっている。取引費用が マッチング率が ' %と
言うケースは、後述するように、仲介業者が介在しない方がよいケースである
ので仲介業者の情報収集能力が高い方が好都合なのである。
さて、取引時間について検討する。予想したとおり分権市場と比べて非常に
短くなった。しかし、仲介業者の能力によって取引終了時間が変化しているこ
とも分かる。それを述べるために統計的検定を実施した上で議論する。最初に 検定を用いて平均終了時間に差があるかどうかを検討すると、費用が マッチ
ング率が %および %の時は仲介業者の能力が高いほど平均終了時間が短
くなることが有意であった。' %では仲介業者の能力が ' %と %の時で
は平均には統計的な差は出なかった。費用が の時、マッチング率に関係なく
仲介業者の能力が異なると平均終了時間に有意な差があった。費用が の時は
仲介業者の能力が ' %と %では有意な差は出なかった。また %の場合は
他のどのケースと比べても長くなっている。仲介業者を訪れる買い手、売り手
が少なくなる結果、多くの買い手と売り手が分権市場に流入する。分権市場で
の直接取引のために時間が他のケースよりも長くなる場合が多くなるためだ。
以上の様に平均終了時間に関しては仲介業者の能力がそれなりに影響を与え
ていることが分かる。即ち、仲介業者の能力が低いと取引が長くかかると言う
ことである。この点については以下のように説明できるだろう。仲介業者の利
潤は能力が %の時、理論的な市場厚生の約 %を占め、' %と %では
約 %を占める。前述したように仲介業者の能力が低くなると若干仲介業者の
利潤が減る。そのために、直接取引の余地が若干大きくなる。その結果、若干
ではあるが実質 4! が高い買い手、実質 .@ が低い売り手が分権市場に参
入するのである。彼らが参入する分だけ分権市場での参加人数は増加する。特
に実質 .@ が高い買い手は長く分権市場で取引相手を捜すことが出来る。彼
らが取引相手を見つけることが出来なければその分終了時間は長くなる。その
ために平均的な終了時間が長くなるのである。
本節で分かったことを簡単にまとめておこう。 仲介業者はある程度の情報
収集能力があれば利潤最大化値に近い利潤を手にする。能力が低ければ手にす
る利潤は少なくなる、 費用やマッチング率に関する市場の振る舞いはおおむ
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
ね分権市場と同じ、 市況の変化に対する頑健性が示唆された、 平均終了時
間は仲介業者の能力が高いほど短くなる傾向を持つ。
市場間比較
前2節の結果を受けて、ここでは分権的市場と仲介市場の比較を行う。焦点
となるのは仲介業者は如何なる状況では重要な役割を果たし、いかなる状況で
は無用の長物となるかである。この議論を通じて論文の目的である仲介業者の
存在意義について何らかの主張をすることが出来る。
まず、費用が と高く、マッチング率も %と低い場合では経済厚生比率
(消費者余剰+生産者余剰を理論的な市場厚生で除したもの)は仲介業者が介在
する方が高い事が分かる。このような性質を持つ市場は取引相手を捜す費用も、
財を保管する費用も高く、さらに費用を払って取引相手を捜したとしても見つ
かる可能性が低い。そのため基本的に取引が成立しにくい市場であると言える。
たとえ情報収集能力が %のような低いレベルでも仲介業者が存在し、売り手
と買い手のマッチングを補助するならば、分権市場よりも市場厚生を増加させ
ることが出来る。
ただし、費用が であってもマッチング率が高くなると、市場厚生の面で仲
介業者のメリットは失われていく。費用が高くても、市場で取引相手をたやす
く見つけることが出来るのならば売り手と買い手の直接取引を行った方が消費
者余剰と生産者余剰の合計は高くなる。この傾向は費用が安くなっても変わら
ず、仲介業者を介さずに取り引きする方が経済厚生比率は高い。この意味では
+&* 流の仲介業者は無用である。
独占的仲介業者の利潤も考慮した総市場厚生比率を検討する。この値は先述
したようにどの場合でも ' %を越えていたので、全ての場合で分権市場の市
場厚生比率を上回っている。ただ、厚生の大半は独占的仲介業者の利潤である
という難点を持っている。もしも、事前に独占的仲介業者と買い手、売り手が
「利潤の一部は取引を成立させた後に買い手、売り手に還元する」という契約を
結ぶことが出来れば、分権市場よりも厚生が高くなる場合が多くなる。例えば、
利潤の半分を仲介業者が(配当などの形で)還元するという契約を結ぶことが
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
できたとすれば、保管費用、探索費用が最も安い場合以外は全て仲介業者が存
在した方が市場厚生は高くなる。
次に取引割合を検討しよう。取引費用、保管費用が安くマッチング率が高い
場合は分権市場の方が多く取引を成立させていることが見てとれる。このよう
な、取引相手が容易にみつかる市場では仲介業者は重要な役割を果たせない。
他方、費用が高い場合やマッチング率が低い場合は情報収集能力が低くとも仲
介業者を介在させた方が多くの取引を成立させている。このことから、取引相
手を探索するために費用が多くかかる場合には仲介業者が存在した方が有利で
あると言える。
次に取引時間を比較しよう。予想に違わず仲介業者が介在した方が劇的に取
引時間が短くなる。情報収集能力が %であっても分権市場よりも2割程度早
く取引が終了していることや仲介業者の情報収集能力が %の場合では、分
権市場と比べて取引時間が約半分で終了している事から明らかであろう。これ
は買い手の費用、売り手の費用、マッチング率に関係なく当てはまる。仲介業
者が存在すると取引開始時点で多くの買い手、売り手が仲介業者と取引するの
で、分権市場で取り引きする人々は少なく、そのために完全な分権市場の場合
よりも早く取引が終了するのである。
以上の考察から、
「費用が低い、またはマッチング率が高いならば +&* 流の
仲介業者は不要であり、費用が高い場合やマッチング率が低い場合には +&*
流の仲介業者は取引総数や市場厚生を分権市場よりも増加させる役割を果たす」
とひとまず結論づけることが出来る。
しかし、この結論ではまだ不十分である。というのは、予想内の結果であった
取引時間の減少を厳密に考えるとこの結論は変更を迫られるためだ。以下、こ
の点を説明する。仲介業者が介在する市場と分権市場を比べると、前者では一
回当たりの取引時間は劇的に減少する。この結果を踏まえて、ある一定時間内
で出来るだけ多くの回数を行うという場合を考えよう。この時、仲介市場では、
約 倍から約 倍の回数だけ多く取引を行うことが出来る。費用が マッチ
ング率が ' %の場合を例に取ると分権市場では ' %の市場厚生が平均的に
実現している。理論値を とすると、実現した市場厚生は約 である。
一回当たりの取引時間は平均的に 期である。仲介市場で、仲介業者の能力
が %の時は平均的に ' %の市場厚生が平均的に実現している。同様の計
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
算を行うと である。取引時間は である。仮に 期間と言う時間を
考えると分権市場では約 回の取引が出来、仲介市場では約 回の取引が出来
ることになる。 回分の市場厚生は ' であり、 回分の市場厚生は '
である。よって、一定時間の中では仲介業者が存在する方が多くの市場厚生が
買い手と売り手にもたらされると言えるであろう。取引数でも同様のことが言
える。取引割合は仲介業者のいない市場では一回当たり %で約 ' 組であ
る。仲介業者(情報処理能力 %)が介在する市場では一回当たり %で
組であるから、仲介業者がいる方が一定時間ではより多くの取引を実現さ
せる事が可能になるのは自明である。よって、市場が "$#2"
で閉鎖されるの
ではなく、継続して存在する場合には仲介業者は必要なのである。
さらに、前節で少し指摘したが、仲介市場の方は費用のマッチング率の変化と
いった環境変動に対する影響をあまり受けない事が分かる。仲介市場は、取引
費用が低い場合やマッチング率が高い場合は、ワンショットの取引では分権市場
に遙かに劣る。しかし分権市場は取引費用やマッチング率が低くなるとそのパ
フォーマンスを激しく低下させる。それに比べて仲介市場は取引費用やマッチン
グ率が低くなってもパフォーマンス自体はそれほど低下せず、仲介市場の方が
市場厚生や取引数が高くなる。仲介業者が存在することによって市場パフォー
マンスの急激な落ち込みが回避される。この結果から仲介業者は市場環境の変
化に対するバッファーとしての効果を持つと解釈できる。そのため仲介市場は
売り手、買い手の環境変化に対して相対的にロバストであると言える。その結
果費用が高くなったり、取引相手と出会えない場合でも市場を成立させること
ができる。このように仲介業者が存在することで、より多くの売り手から買い
手に財が受け渡しされる。彼らは満足化原理に従っていたので、効用が非負で
ある限り 取引が実施されることを望む。そのために取引が多く実施されること
は彼らにとって望ましいことである。取引は実際には一度きり "$#2"
であ
ることは少なく さまざまな経済主体が入れ替わり立ち代り市場に参加し、取引
は連続的に行われる。そう考えると費用が低い場合や 分権的市場でのマッチン
グ率が高い場合でも仲介業者の存在意義は保証されると言える。しかし この論
理は費用が低く かつ分権市場でのマッチング率が高い場合では成り立たない。
このような市場では仲介業者の存在する余地はない。仲介業者がいなくても十
分に市場が機能する。これを表にまとめると以下のようになる。
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
図 計算機実験の結果
この抽象的な市場実験の結果がどの程度説明力を持つか、それを考えて本章
を閉じよう。まず、取引費用が低く、マッチング率も高い状況を考えよう。こ
の場合は仲介業者が必要なかった。市場は完全に近く、新古典派経済学が想定
する状況に近い。ただ、このような市場がどれだけ存在するかは疑問である。
取引費用が低く、マッチング率が低い状況は、インターネット上の取引を想
定できる。インターネットを用いることで各種の取引費用が激減したことは事
実である。しかし、ウェブサイトが数多く存在し、その中から自分にあった取
引相手を捜すのは困難である。偶然取引相手が見つかる場合があるかも知れな
い。しかし、マッチング率が低い状況では常に見つかるとは限らない。そのよ
うな場合に仲介業者がウェブに関する情報を集めて紹介するサービスを始めれ
ば、市場は活性化するであろう。ただ、大手メーカーは自らを知らしめる活動
を広告などを通じて行う。そのためメーカーが小規模で知名度が低い場合に仲
介業者が情報発信の手助けをする仲介業者が必要となるだろう。
取引費用が高いがマッチング率も高い状況はどうだろうか。これは地理的に
遠い市場 と考えることが出来る。歴史的には大航海時代が当てはまる。取引相
手がいる場所は分かっているが、其処に辿り着くまでに費用がかかる場合であ
る。この場合は宅配便などの流通面での仲介業者が必要となってくる。大航海
時代にも冒険的商人が香辛料をアジアから買い付けてヨーロッパに帰ってきた。
第章
理論を基礎とした分権市場と仲介市場の比較
'
取引費用も高く、マッチング率が低い場合は市場経済が社会全体を覆う前の
状態に近いと考えられる。その頃自由な移動が出来た人々は非常に少なかった。
また、仮に取引相手を求めて遠くに出かけられたとしても何処に行けば目当て
の財を入手できるかは定かではない。そのような状態では直接取引は非常に低
迷する。代わりに仲介業者(おそらくは様々な知識を有する商人だろう)が登
場すれば取引が盛んになり、市場が維持されるのである。現代では、やや文脈
は異なるが大型ゴミの廃品回収が近いのではないだろうか。ゴミを引き取って
欲しいが粗大ゴミの場合遠くまで移送する事は費用がかかる。また、粗大ゴミ
を自家用車などを使って移送させることが可能でも誰に引き取ってもらえばい
いか分からない。そのような場合に仲介業者が登場すればうまく市場が機能す
るであろう。
第 章 結語−および今後の展望−
本論文では仲介業者の存在意義を議論してきた。前半では主として仲介業者の
役割の検討と既存理論の検討を行い後半では ,23、+&* を
基礎にしたモデルを用いて仲介業者の存在意義を議論した。その際にマーケッ
トマイクロストラクチャー理論と、近年盛んになってきている計算機実験を用
いて議論を行った。特に第 章の議論では、様々な形態の市場に関して分析を
行った。そして市場がある条件のとき 取引費用が低く市場でのマッチング率が
高い 以外は仲介業者の存在意義を見いだせることを示唆した。また、費用の変
化、マッチング率の変化等の環境変化に対しても仲介市場のパフォーマンスが
安定していることも示唆された。この点は予想外のものであった。この性質か
らは仲介業者が取引を安定化させる作用を持つことが主張できるだろう。なお、
これらはモデルの枠組みを提供した2論文では論じられていない結果である。
翻って現実に目を向けると、市場経済では仲介業者は多く存在する。「中抜
き」に関する議論も繰り返し登場しては消えていった。仲介されるステップは
短絡化する可能性は大きいが、仲介そのものが消失してしまうことは、おそら
くない。というのは取引費用が低く市場でのマッチング率が高い形態の市場が
少ないからである。このような現実をも考慮すると仲介業者は市場経済におい
て重要な役割、すなわち「市場取引を拡大させる」役割を担っていることが分
かる。仲介業者は基本的に市場経済に対してプラスの影響を及ぼすのである。
本稿では独占的仲介業者のおける存在意義を確認することに議論を集中させ
た。そのために本研究で焦点を当てたタイプの仲介業者の研究に関して多くが
残されている。そこで今後の展望としては、4章でも述べたように仲介業者間の
競争や仲介業者がモラルハザードを緩和すると言った議論のモデル化、被験者実
験の導入などに取り組みたい。最初に挙げた仲介業者間の競争は +&*
B.!;
に基本モデルが描かれている。このモデルは差別化された財を扱う2つの仲介
業者の間の価格競争である。+&* では意思決定が同時であるが、これ
を逐次の意思決定に変更することや、7&*3 & !" にあるような
長期戦略を導入することでより現実味を帯びた議論を展開することが可能だろ
う。次に挙げた情報の非対称性の導入は本研究では紹介にとどまったが、プリ
ンシパル−エージェント理論を援用する事で可能となる。被験者実験について
はダブルオークションの実験と比較可能な実験形式の開発が求められる。被験
者実験の結果と本稿でなされた計算機実験の結果を比較させることが出来ると
考えられる。これらは今後の課題とする。
その理由はパソコンや携帯電話でネットと繋がってさえいれば買い手と売り手の間の物理的
距離がなくなること、店舗の営業時間を考える必要がなくなること、ネット上にホームページと
して仮想商店を設置すれば店舗がなくても営業できるといった簡便性が考えられる。
実際は販売のみ成らずアフターケアもできる限り直接行うという方針をとっている。
セゾン総研、セゾン情報システムズ編 によると、プラットフォームビジネスと
は「仲介者が知らない者同士を連携させ、取引を活発化させるインフラストラクチャーのこと」
であり、ビジネスとして定着しつつある。プラットフォームビジネスの機能の第一は機能化であ
る。売り手や買い手が発信する情報の形を統一することでコンピュータにマッチング処理を行わ
せ、取引を成立させる。第二の機能は多数の売り手と買い手を集めるだけでなく、仲介業者が確
実に取引を成立させることである。売り手と買い手の情報を仲介し、取引に問題が生じないよう
に相互の情報を発信し、決済を仲介し、取引の円滑化、迅速化を支援する。
例えば取引数単純化の原理など。矢作(
)等を参照。
ベンチャーキャピタルに関する概略は & を参照。
「産物廻し」の実際の具体例は末永國紀(),
を参照せよ。
実際には存在しない交換経済の一般均衡から始めて、生産、資本、貨幣という重要な経済の
要素を順次導入して現実の経済に一歩一歩近づいていく。これは市場交換、生産、資本、貨幣の
それぞれの原理を他から切り離して純粋に考察するための工夫であった。
ワルラスは証券取引所を想定し模索理論を構築した。その意味で彼が机上の空論を展開した
わけではないが、証券取引所のような取引は現実社会では多くはない。その意味で現実の市場経
済を反映したものとは言えない。
詳しいモデル展開に関しては丸山・成生 , 章を参照。
仲介業者が供給者の言い値を受容しているなら、供給者が財の品質を偽って提供するような
場合に対応できない。
金融分野でのマーケットメーカーとは,投資家の注文を売買する「場」を設定し,価格を決
定するルールに則って顧客の注文に約定機会を与える仕事をする者のことである。マーケット
B.!;
メーカーの提供するサービスは即時性の供給,価格変動の緩和,価格発見機能,オークション機
能である。
。 !"#$。%& $ & '( )(*
+
仲介業者を扱った論文の参考文献として、金融分野の % 理論が挙げられることが多い。
このモデルはさらに消費者 供給者の連続的な参入 退出を考慮した定常状態市場均衡を検討
するモデルに拡張される。
仲介業者がいることによって消費者は自分の購買意欲をうそをつかずに表明し 生産者は自
らの機会費用を正直に表明する
この他にも仲介業者を考慮した論文は存在する。$#( はエージェントを ((#
(仲介業者)と考えて、プリンシパルとの契約形態を論じている。彼のモデルではエージェント
にはハイタイプとロウタイプが存在し、彼らを区別する均衡(分離均衡)は存在せず、代わりに
一括均衡(エージェントのタイプで契約を区別しない均衡)が実現することになる。しかし、こ
の論文では仲介業者はアドバースセレクションを防ぐ立場ではなく、むしろ実行する立場でとら
えられている。その意味で % 理論が想定する仲介業者とは異なっている。ただ、現実には
$#( が想定する仲介業者も存在することは確かである。
廃棄したあとに財を棄てた量だけ補填する必要があるがこの論文ではその補填費用は であ
ると仮定されている。
応用の一形態として仲介業者間の競争も扱われるべきトピックであるがその紹介は %#
,- に譲る。
複数の仲介業者が導入されると、彼らはベルトラン流の価格競争を行い最終的にワルラス均
衡に収束することが -* で示されている。
$ の経済理論、特に産業組織論への応用は . を参照せよ。
例えば、/ ( $0##
しかし、理論の予想する結果と計算機実験の結果を比較することならば意義はあるだろう。
実験経済学でのダブルオークションに典型的である。
板寄せに関する詳しい説明としては東京証券取引所 第 章 から を参照
実際に 組 人でダブルオークション的な実験を行うことは非常に難しいだろう。
仲介業者は能力に応じて各々 組 組 組のサンプルをとり、そこから利潤を最大に
する価格設定を行う。
ワルラシアンオークショナーが存在する場合の市場厚生。
例えば大阪から見た、青森のリンゴ。リンゴ農家が大阪に直売に来るわけにもいかないし、
大阪の消費者がわざわざリンゴを青森に買いに行くわけにもいかない。
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会−複雑系とマルチエージェント・シミュレーション−』 共立出版 ! " 8'9 7E &2 @*3 KG#
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秋永利明訳,
『実験経済学の原理と方法』,同文舘,
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* 新装版ハイエク全集第3巻所収
春秋社
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