経済学の基礎(古屋) 「プリント#6」 市場の失敗 市場による効率的資源配分のための必要条件(再考) ①完全競争 (cf. 企業による厳しい競争, 消費者による自由な選択) 市場に無数の需要者(買い手)と供給者(売り手)が存在し, どの市場参加者(買い手 or 売り手)の行動(購入 or 生産活動)も個別では市場価格に影響を与えられない状態. ⇒ このとき各市場参加者はプライス・テーカー(price taker)である, という. 価格を所与(与えられたもの)として行動する者 <例>ホウレン草: 生産者数が非常に多く, 個別生産者が出荷量を調整して価格を操作することは困難. 買い手も非常に多く, 一消費者が購入量を調整して価格を操作することも困難. ② 完全情報 市場参加者に, 商品の価格・品質・売買高など取引に直接関連する情報が完全に行き渡っていること. ③ 外部効果の不在 ある経済主体の活動が市場を介さずに(= 市場の外部で)他の経済主体に影響を与えること. 外部経済 <例> 養蜂業(ハチミツ製造業)者の営業 → 花の受粉を促進して隣接する果樹園の利潤を増加させる. 外部不経済 <例> 鉄道の運行 → 騒音・振動によって鶏の産卵を妨げ隣接する養鶏場の利潤を低下させる. 市場の失敗 [参考書 pp.144-148] ・市場が最も効率的な資源配分の実現を達成できない状況. ・代表例 原因(上記①〜③との関連) 1) ダム建設工事入札時の応札業者 不完全競争(独占・寡占) (=少数の建設業者)間の談合 (上記①が未成立) 対策 独占禁止規制 公正取引委員会による監視 ⇒競争圧力が働かないため無駄な 工事が行われ, 建設費をつり上げる 結果になる ⇒最終的に高い電気代という形で 消費者の負担となる 2) 耐震強度偽装事件 不完全情報(上記②が未成立) 建築依頼主(<例>ホテルオーナー) 安全規制の強化 専門家による検査の徹底 は建築請負者(<例>構造設計者) の仕事の質を判別できない ⇒耐震強度が過小の建築物が 供給されてしまう ⇒最終的には人的・物的被害 ないし多額の補修費用が発生 3) 大気汚染(公害), 地球温暖化 外部効果の存在(上記③が未成立) ディーゼル車の排ガス規制 排ガス・温暖化ガスを排出する主体 これに関する 浄化装置設置への補助金 が生産量を決定する際, 他の経済主体 市場が欠落 温暖化ガスの排出権市場 に与える外部不経済が価格に反映 の創設 されない⇒生産量が社会的に望ましい 水準よりも過大になってしまう 1 : 中古車市場における逆選択 不完全情報による市場の失敗の代表例 ・出典: アカロフ (George Akerlof) The Market for ‘Lemons’ 見た目はきれいだが中身はすっぱい→不良品の中古車を指す慣用表現 ・中古車オークション−見た目や年式は全く同じだが品質の異なる 5 台の中古車(A〜E)が出品されている. ・売り手(出品者) − 各自自分の車の品質と価値を知っている(下表 1 参照). 買い手 − 5 台の品質が異なる(= 価値が 150 万円〜20 万円に分布している)ことは知っているものの 個別の車の品質は判別できない. ⇒ 経済取引の当事者の間に情報の格差がある状態 = 情報の非対称性 上記の例では中古車の売り手と買い手 という 不完全情報の一種 表1 品質・状態 価値 A 超優良(新車同然) 150 万円 B 優 100 万円 C 良 80 万円 D 可 60 万円 E 超劣悪(事故車) 20 万円 ・均衡決定へのプロセス ①買い手は A〜E の品質を判別できないので, 5 台に同じ買値を提示せざるをえない. ただし, 150 万円の買 値を付けると A 以外の車に当たったときに評価損(<例>B=150−100=50 万, C=150−70=80 万)が出るので, 150 万円よりも低い価格しか提示しない. ②上記①を予想すると, 中古車 A(超優良車)の売り手は出品を取り下げる(←本来 150 万円の価値のあ る車が 150 万円より低い値段でしか売れず, 損をするため) ③上記②の結果, オークションに出回る車は B〜E の 4 台のみになり, 買い手は 100 万円よりも低い価格し か提示しなくなる → 中古車 B の売り手も出品を取り下げる ④上記の議論を繰り返すと, 結局, オークションに残るのは E(事故車)のみになり, 販売価格は 20 万円 になることがわかる. ⇒ 本来は売られるべき品質の良い財が市場に出回らず, 品質の悪い財のみが残る. = 逆選択 (adverse selection) が発生 本来は市場競争を通じて品質の良いものが選別されるはずが, 品質の悪いものが選別されるので「逆」がつく 逆選択の他の例: 医療保険 ・保険加入者(買い手)は各自自分の健康状態(発病リスク)を知っているが, 保険会社(売り手)は発病リスク の低い人とリスクの高い人がいることは分かっていても, 個別のリスクは判別できない. ⇒情報の非対称性が存在 ・保険会社は高リスクの人に当たると損をするので, 保険料を低く抑えられず, 低リスクの人が保険に加入 しなくなる ⇒結局, 高リスクの人ばかり残り保険料が猛烈に高くなる or 保険自体が存続し得なくなる. (参考)不完全情報による市場の失敗の別例 : モラル・ハザード(moral hazard) ・ある経済主体が, 情報の不完全性に乗じ, 利己的かつ無責任な行動を取る結果, (当人を含め)多数の人が 被害を受ける現象. ・<例>耐震強度偽装マンション事件 2
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