Untitled - Yogajyoti

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『運命の支配者』仮タイトル
アーチャリャ・アマン
☆目次☆
はじめに
第一章
第二章
第三章
スピリチュアリティへの目覚め
スピリチュアリティとの出会い
スピリチュアリティと科学の意外な関係
スピリチュアリティと科学的現象
輪廻転生の研究と運命の解明
幸福を得るために必要な行動
運命とは何か
神と運命の形---光、音、アイデア
「カルマと運命の法則」について
人の運命に働く惑星の役割
カルマと運命の宇宙システム
七つの惑星と七つのチャクラ
なぜ人は生まれ変わり続けるのか
社会的な善悪とカルマ
肉食のカルマと運命
肉食が魂に与える影響
悪い運命をつくらず、悪い運命から身を守る秘訣
カルマの影響から自由になるためには
過去の悪いカルマの影響を改善する秘訣
運命を好転させるために心がけること
惑星と宝石が運命に与える影響
運命の光をコントロールする
インド人の考える神々
ジョーティッシュと惑星の関係
ジョーティッシュとハタ・ヨーガ
七つの色と七つの宝石
すばらしい宝石の効果
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第四章
アイデアという運命と神
アイデアの神秘
アイデアの重要性
歴史上の偉人たちのアイデア
すばらしいアイデアを受け入れるために
本物のスピリチュアルマスターとアイデア
なぜグルは重要なのか
アイデアに基づく魂の旅
アイデアのレベル
魂と神の関係
良いアイデアを受け取るための方法(瞑想)
アイデアを実行するために必要なこと
ヨーガとは何か
瞑想の目的を知る
第五章
あなたの運命を向上させる宇宙の音(神と運命の音)
チャクラの音とサンスクリット語
マントラの音
マントラで運命を改善する方法
マントラ・ディクシャ(秘儀の伝授)
運命を改善し、ストレスも減少させるマントラのパワー
音とトランス・ダンス
第六章
運命とソウルメイト
恋愛関係に潜む運命のドラマ
神がつくった男女関係とセックス
セックスと神とタントラ・ヨーガ
セックスにおける女性の役割
男女関係で女性が陥る間違い
宇宙レベルで考える結婚
セックスで悟りを得るタントラ哲学
第七章
運命を超越する
時間という概念を超越する
魂の向上に必要な情熱と熱意
五感を使って意識を目覚めさせるタントラの技法
幸運と幸せな人生をつくるレシピ
生きることに疲れて、人生の目標がなくなってしまった人たちへ
おわりに
日本のみなさんへ
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はじめに
この世では、誰もが幸福になりたいと願っています。
そして、あなたも自分が本当に幸せになるには、どんな生き方をしたらいいのかと
考えることがあると思います。一般に、人々が考える幸福は、良い家族に恵まれ、
最高の結婚相手がいて、ビジネスにも成功して、経済的にも問題がない暮らしでし
ょう。そして、病気にもならず、事故にも遭わずに、やさしい家族に囲まれて静か
に生涯を閉じることを願っていると思います。
では、本当に幸福になるために必要なことは何でしょうか。本当に幸福になるには
、「悟り」を得ることが必要です。あなたは、幸福になることと悟ることは別なこ
とだと考えているかもしれません。しかし、この世に仕組まれている真理を理解し
て悟りを得ない限り、完全に幸福な状態にはなれないのです。このように言うと、
一般の人々は混乱してきます。なぜなら、まわりから教えられてきた幸福の計算方
法と違うからです。今こそ間違えた幸福の方程式を正しい幸福の方程式に変えなく
てはなりません。
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本当に幸福になるためには、自分の内側に仕組まれた運命の働きに気づかなければ
なりません。現实をつくっているのは、あなた自身の魂です。あなたの中に幸福に
なるためのすべての要因が眠っているのです。幸福を自分の外側に探すのではなく
、内側に求めなくてはなりません。
間違えた幸福の計算方法では、一時的に嬉しいことが起こって幸せを感じても、や
がて苦しみがやってきてしまいます。しかし、正しい幸福の計算方法が理解できれ
ば、永遠の幸福の中で生きることができます。永遠の幸福を感じるためには、宇宙
に仕組まれているカルマと運命の法則を理解する必要があります。
この本で、私は、古代インドの聖者たちが伝えてきた本当の幸福を導き出す人生の
計算方法を説き明かしていきます。
真の幸福を理解するために、古代から伝えられた三つの秘訣、光、音、アイデアを
紹介します。あなたがその秘訣を利用することで、人々が想像するようなこの世の
幸福な状態を得ることができます。そして、この世の一時的な幸福では終わらせず
に、永遠の幸福である悟りを得ることもできます。さらに、あなたの死後、あなた
の魂が良い状態で転生するためにも役立つものとなります。
あなたが人生で起きる出来事に落ち込み、自分を見失い、死にたいほど悩んだとき
、何度でもこの本を開いて読み返してください。あなたが自分の運命を完全に支配
できるように、日々の生活が修練の場となることを願っています。
第一章
スピリチュアリティへの目覚め
「運命とは何だろう?」
「神とは何なのだろうか?」
この地球上で生きるほとんどすべての人々にとって、この二つの疑問は常に謎に包
まれています。
そして、私たちがこの疑問を解決しようとするかしないかにかかわらず、人生とい
うものは常に「運命と神」の支配下にあります。
重力を発見したニュートンが生まれる以前にも、地球上に存在した多くの人々、科
学者でさえもみな重力のある世界で暮らしこの世から去っていきました。しかし、
地球に働く偉大な力によって私たちが支配されているということに気づく者はいま
せんでした。彼らが歩いているとき、話をしているとき、本を読んでいるとき、眠
っているとき、人生のどの瞬間にも、地球上にいたすべての人々は重力の中に在る
と感じることはなかったのです。
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そして、重力と同様に、人々は運命と神が支配する中で生まれ、この世でさまざま
な事柄に直面して死んでいくにもかかわらず、運命の働きや神と人との関係につい
て知らないままでいます。
人間が重力というものを深く知ったところで、人々の暮らしに大きな変化が起きる
ことはありません。しかし、私たちがほんの尐しでも運命や神というものに目覚め
たなら、宇宙から得られるたくさんの恩恵があります。それによって、私たちの私
生活に起こる多くの事柄を変えることができるのです。「運命と神」は、この重力
よりも、もっと神秘的な力を持つものなのです。
私が出会った多くのインドのスピリチュアルマスターたちから習得した知識と、神
聖さに向かって追い求めて得た解答は驚くものでした。それは、「運命」と「神」
は切り離された現象ではなく、この二つは「まったく同じもの」だったからです。
「運命」と「神」が同じであるとは、いったいどんなことなのか、もしも、あなた
が運命と神というこの宇宙に働く目に見えない現象に興味を持っていて、その答え
を知りたいと思うならば、この本の中で説明していく真实の中で、あなたに覚えて
おいてほしい重要なポイントがあります。
それは、人が「運命」という謎を理解したいと思うならば、「音」「光」「アイデ
ア」が、どのように人間に作用しているのかを理解しなければならないということ
です。そして、「神」という謎を理解したいと思うならば、やはり、「音」「光」
「アイデア」について理解しなければなりません。
しかし、なぜ、私がそのようにいうのか、あなたは疑問に思うでしょう。
あなたがこの本を読み終わる頃には、「光、音、アイデア」というものが、宇宙の
普遍的なレベルで機能するときに、どのように「神」と同じものとなり、「光、音
、アイデア」というものが個々の人生において機能するとき、それらがどのように
して「運命」と同じものとなるのか、あなたは気づくことができるはずです。
そして、同時に「運命」と深く関わりあう「カルマ」の仕組みも理解する必要があ
ります。私たちが自分の人生に起こった事柄を「日記」に書くように、私たち一人
一人が何回も生まれ変わるそのすべての人生は、この宇宙の中で「魂が永遠に書き
綴っている日記」のようなものです。「自分自身の態度と思考と行動」が「ペン」
の役割をして、自分自身の運命を自ら書いているということがわかってくるでしょ
う。
そして、運命の支配者となった人々によって伝えられてきたいくつかの秘訣があり
ます。それは、あなたの個人的な運命に対して、あなた自身がどこまでコントロー
ルすることができるのかを説き明かすものなのです。あなたの運命をより良いもの
にして、最終的には、悟りに到達することもできます。そして、幸福と悟りは、切
り離せないものだと理解できるでしょう。
では、今から一緒に運命の支配者となる聖なる旅へ出発しましょう。
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スピリチュアリティとの出会い
私がまだ十四歳だったときには、同級生たちと同じように、自分の将来を夢見て、
平凡な生活を送っていました。
ある日、私がインドのマンガ本を読んでいたときのことです。そこへ父がやってき
て、一冊の本を差し出し、それを読むようにといいました。その本は、科学的には
解明されていない宇宙に存在する生命の神秘に関するものでした。
「お父さん、ぼくが読めるような内容のもの?
このぼくが読んでもわかるようなものなの?」
「十四歳でコンピュータの専門家になった子供だっているんだから、同じ十四歳の
おまえが生命と宇宙について考えられないはずがないだろう(その当時、インドに
はコンピュータの専門家として活躍している子供たちがいたのです)。
マインド(訳注)というものは、当人が難しいと思うまでは何が難しいのか理解でき
ないんだよ。マインドは液体のようなもので、どんな形にも変えることができるん
だ。それに、おまえにとって何かを本気で学び始めるにはちょうどいい年頃じゃな
いか。(訳注){マインド……頭で考えること、心に想うこと、精神で感じること、人
の内面で起こるすべてを含む}
人生の目的を見つけるために、将来おまえが苦労するのを見たくないんだ。たから
、できるだけ早くこういう話をしたいと思っていたんだよ。明日何が起こるか誰に
も予測できないだろう。いつでもおまえにこの大切な話ができるとは限らないから
な」
父はそのように話してくれました。
私は、父から受け取った本をすぐには開こうとしませんでした。そして、それから
何日か経って、読みかけだったインドのマンガ本を読み終えたある日、ついに読む
ものがなくなり、私は父が渡してくれた本を開きました。
すると、数ページ読み進んだだけで何か心に響くものを感じて、一気に読み終えて
しまいました。
私は子供の頃から多くの聖者に会ってきましたが、その本は、本物のスピリチュア
リティを感じることのできる神聖な川の流れの中に、私を深く投げ入れたのです。
私の家系が、スピリチュアルなことに関わっていることもあって、祖父や父も本当
の幸福がどういったものなのか、代々子供たちに伝えてきました。父は学校の教師
をしていたので、人が本当に幸福になる教育とは何かを考えていた人です。
それからというもの、父が読むすべての本、父が会うすべてのスピリチュアルマス
ターたちに興味を持ち始めました。
現实には存在しないようなネズミや猫が登場するマンガの中の滑稽な架空のストー
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リーに興味を持っていた私が、生命と宇宙という自分の目の前にある現实の事柄を
知ることに、もっと強い好奇心を持ち始めたのです。
私は、なぜこの宇宙に生命が存在しているのかを考え始めました。日が経つにつれ
て、人生というものは見た目どおりのものではなく、目に見えるこの宇宙の背後に
は、目に見える以上の「何か」があるという想いが強くなっていきました。
高校を卒業し、大学生になり、私がインドの北部チャンディガルにあるパンジャブ
大学大学院のサンスクリット語(インド哲学専攻で)修士課程に入学しました。ス
ピリチュアルな世界に関心を持ちながら、普通の大学生と変わりない生活を送って
いました。ところが、卒業試験が迫ってきていた時期のことです。私の人生に大き
な変化を与える出来事が起こりました。
インドでは、卒業後に良い職業に就けるかどうかは、修士課程の成績次第で決まり
ます。そのため、すべての学生にとって卒業試験は一番の心配事だったので、どの
生徒も試験の準備に忙しくしていました。
しかし、私は、試験のことも多尐気になってはいたものの、心の中に次々と浮かぶ
スピリチュアルな疑問の答えをどうしても知りたいという気持ちでいっぱいだった
ため、試験勉強にはあまり身が入りませんでした。
試験の準備が進まなかった理由はもうひとつあります。大学の近くに、デーラとい
う多くのヨギ(悟りを目指す修行者)が暮らしている場所があって、私は何人かの
ヨギと仲良くなっていたのです。私は、時間があると(たいていは大学の昼休み)
、デーラへ行って顔馴染みのヨギに会い、スピリチュアルなテーマについて話して
いました。
普通の人たちがパーティでワインを飲むのと同じように、ヨギはラッシーと呼ばれ
るヨーグルトジュースを飲みます。私たちもラッシーを飲みながらよく議論をした
ものでした。濃厚で甘みのあるラッシーは、神経系をリラックスさせるとともに眠
気を起こさせる効果があることで知られています。
デーラから大学に戻ったあとは、午後の講義が待っていました。講義をサボったり
はしませんでしたが、ラッシーを飲んだため、ときどき講義中に居眠りをしてしま
うことがありました。そこを教授に見つかり、よく教审から追い出されたものです
。こんなことが何度も続き、教审での私の立場はまずくなる一方でした。
そのうち、良い考えを思いつきました。前の席の学生と友達になり、居眠りをして
いる私の姿が教授から見えないように、背筋をピンと伸ばして座ってくれと頼んだ
のです。
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このやり方はとてもうまくいきました。そして、何度も彼に助けられました。彼と
私は親友になりました。
そして、私はその親友をヨギたちに紹介しました。彼もヨーガに関する話に興味を
持ち、私たちと一緒にラッシーを飲むようになりました。
ラッシーの催眠効果は、当然、彼にも表れます。こうして彼の身にも私と同じ問題
が起きるようになりました。講義中に彼が居眠りをして頭をこっくりこっくりさせ
ると、私が居眠りをしているところも教授から丸見えになってしまいました。二人
とも教审から追い出されたことはいうまでもありません。
そうするうちに、彼は私と仲良くするのはいけないことだと感じ、教审では別の席
に座るようになりました。
私はその後もヨギたちとのつきあいを続け、ラッシーを飲むこともやめませんでし
た。
試験がいよいよ近づいてきたとき、私は良い点をとる自信などまったくなく、講義
中も、試験の結果が心配になり、頭の中は不安でいっぱいでした。しかし、また、
いつの間にか居眠りを始めてしまうのです。
あるとき、誰かが私を呼んでいることに気づきました。
「アマン、アマン」
いろいろなことについてよく議論しあうヨギが私に話しかけているのだと思いまし
た。
「何をそんなに心配しているんだ?」と、彼は私に尋ねました。
「将来のことが不安なんです」
「きみの将来は、運命によってすでに決められているんだよ。ただそれが後に明ら
かになるだけなんだ」
「そのぼくの運命とはどんなものなのか、知りたいんです」
「それなら、運命ではなく神を知るほうがいいだろう」
「運命より神を知るほうが大切なんですか」
「いや、運命も神も同じなんだよ」
「神が運命と同じ? どうしてですか」
ヨギは答えてくれませんでした。
「神とはどのような存在なのでしょうか」と、私はあらためて質問しました。
「神とは、光であり、音であり、アイデアなんだ」
「それじゃ、運命とは?」
「運命も同じなんだよ」
私は、さっぱりわけがわからなくなりました。
「神と運命が同じ? そんなことがありえるんでしょうか?」
でも、ヨギからの答えはありませんでした。
そして、もう一度私の名前を呼ぶ声が聞こえました。しかし、それは例のヨギの声
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ではありませんでした。
「アマン!」
再び静寂が戻りました。
「アマン!」
また声が聞こえてきました。
それは、教授の声でした。私はまたしても教审から追い出されてしまったのです。
教审を出ると、まっすぐデーラに向かい、私は、「運命も神も同じだ」という先ほ
どの言葉を、何度も頭の中で繰り返し考えていました。私はその言葉に何か特別な
意味があるのか、それとも自分の勝手な想像なのかを確かめたかったのです。もし
も、それが何か意味を持つとしても、そんな話を聞いたのは初めてでした。それに
、私の知る限りでは、今までに地球に存在した人々だって、そんな話を一度も聞い
たことがないだろうと思いました。
ヨギのところに着くと、彼は別の聖地へ移動するためにデーラから出て行く準備を
しているところでした。多くのヨーガ修行者は、インド各地を転々とし、どこか一
カ所に定住することはありません。
私は、彼に教审で居眠りをしているときに起きたことを話し、夢の中で彼が私にど
んなメッセージを伝えようとしたのかと質問しました。
しかし、彼はこの話にまったく関心を示しません。
私がしつこく質問を繰り返すと、彼はようやく口を開いてくれました。
「私がここですべてをきみに話してしまうのは、きみが人生で何かを学ぶための貴
重な機会を失わせてしまうことになる」
「もちろん、夢の中で聞いたことの答えは自分でも探すつもりです」
「そうだね。きみはそれを人生の目的とするべきだよ」
私はもっとこのヨギと話をしたかったのですが、間近に迫っていた試験のことも気
になっていました。
「試験勉強をしなければならないので、帰ります」
「試験のことなら心配することはないだろう」
「どうしてですか」
「もうすぐきみは、学校の試験ではなく、きみの人生で試されるさまざまな試験に
挑戦する準備を始めることになるんだから」と彼は笑顔で言いました。
そのときは、試験が気になっていたので、彼の言葉が重要な意味を持ったものだと
は思いませんでした。私は「ナマステ」と挨拶をしてから、彼に背を向け、帰ろう
としました。すると、彼は立ち上がり、私の肩に手をかけました。
「たぶん、きみに会うことは二度とないだろうから、ひとつ大切なことを教えてお
こう」
「お願いします」
「真理を求め、神のもとへと向かう旅を始めるのは簡単だ。しかし、目的地までた
どり着ける者はごくわずかなんだよ」
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「なぜですか」
「真理に従うことを忘れて、宗教に従うようになり、魂の成長が止まってしまう者
が多いからなんだ」
「自分の宗教を信じてはいないんですか?」
「いいや」
「あなたはヒンドゥー教徒ではないんですか?」
「ヒンドゥーとかインドといった名称は、他の地域の人々と区別しやすいように、
外国人が名づけたものなんだ。インド人が考えた名前じゃないんだよ。河を意味す
るシンドゥという言葉から発音が変化して、ヒンドゥと呼ぶようになったといわれ
ていて、外国人がインドに侵入してきたときに、インダス川周辺に住んでいた原住
民のことをヒンドゥと呼び、インダス川の名前からその場所をインドと呼ぶように
なったんだ。外国人がそんな名前をつけなかったなら、ヒンドゥー教もインドとい
う国も、今頃は別の名前で呼ばれているかもしれないね」
「でも、私たちインド人が何の宗教も持たないでいたら、世界からスピリチュアリ
ティの本場みたいに思われることはなかったのではないですか?」
「古代のインド人たちは、ひとりの救世主の考えだけを重視するのではなく、歴史
上のさまざまな時代に生まれた多くのスピリチュアルマスターたちの経験や教えを
収集していたんだ。そのため、多くの相反するような考え方から思考が入り交じっ
て、古代から多くの人に信仰されてきたヒンドゥー教の中でその教えが共存するよ
うになったんだよ。偶像崇拝を好む者もいれば、無形の神への崇拝を好む者もいる
。神の存在と輪廻転生を信じる者もいれば、輪廻転生だけを信じる者もいる。そし
てまた、ある者は自然神を信じている。人々は自分の意思でたくさんのマスターた
ちの哲学を自由に判断して、分析し、どんな観念を拒むか受け入れるかも自由だっ
たんだ。きみも間違いのないスピリチュアルな真理を知りたいのなら、信仰や宗教
を守るために考え方の違う他のグループと戦うのではなく、さまざまな見解から生
まれたアイデアに対して心をオープンにして耳を傾けるべきなんだよ」
「真理と宗教は相互に結びついているのではないのですか」
「そんなことはない。この地球上で起きた歴史を見れば、確立された宗教を信じる
偉大なマスターや救世主などひとりもいなかったことがわかるはずだよ。彼らは宗
教ではなく、真理を信じたんだ。宗教というのは、人々がそうした救世主たちの名
前を使うことで、自然発生的にできた同じ考え方をする人々の集まりのことなんだ
。すべての救世主は、人々を真理に向かわせるために生まれてきた。ところが、人
々は時が経つにつれて真理を知ることへの関心を失い始めて、特定の救世主の名前
にどんどん親しみを感じるようになって、それぞれの救世主の名前のもとにさまざ
まな宗教をつくり始めたんだ」
「特定の宗教を信じなくても真理を知ることはできるんですか?」
「多くの人たちが、宗教や救世主をただ信じていれば、真理が理解できると思って
いるけれど、真理は、信じれば得られるというものじゃないんだ。宗教に関係なく
、真理を絶対に知りたいという強い想いによって得られるものなんだよ。それに、
そもそも神の前ではすべての人の魂は平等で、神に選ばれた特別な救世主などはい
ないんだ。ある魂が、神を想う情熱によって神とつながるようになったときに、悟
りの完成に向かう途中で、その魂は他の人々も悟りへ向かうことができるように彼
らの心を奮い立たせるんだ。しかし、自分の信じている宗教や救世主だけを信じて
、他のさまざまな宗教や信仰の持っている考え方を研究する機会が得られなかった
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人々は、本当に正しい教えなのか、間違えた教えを受けているのか正確に判断する
ことができないんだよ。そして、自分たちの救世主だけが神によって遣わされた本
物の使者だとあちこちで語り、世界中の人たちがその救世主や宗教だけを信じるべ
きだと思い始めるんだ。そうなると、真理が何かはっきりしないまま、救世主や宗
教が大切になってしまう」
「すべての魂が神に出会い、その時代の救世主になる可能性があるということでし
ょうか」
「神の智慧は、魂自身がそれを望み、そのために祈る魂に授けられるのであって、
特定の救世主や魂に与えられるわけではないんだ。たとえば、会社が何か製品を発
売するときに、それを買う人が正しく快適に使えるように、すべての製品に取り扱
い説明書をつけて販売するようになっているだろう。それと同じで、神が宇宙と生
命を創造されるときは、人間たちに人生の目的や過ごし方を理解するための知識を
与えるのが神の義務なんだよ」
「なるほど」
「もしも、特別な人だけにしか、取り扱い説明書を発行しなかったら、消費者に対
して不公平になるだろう。取り扱い説明書をもらえなかった消費者は、うまく製品
を使用することができなくて商品を無駄にしてしまうかもしれないじゃないか。こ
れは誰に責任があるんだろうか。会社側だろうか、消費者側だろうか?」
「会社側に責任がありますよね」
「そうだ。もしも、神が宇宙と生命を創造してから何億年も経ってから、生き方や
神を知るためのメッセンジャーや救世主をこの地球に送ったとしたら、メンセンジ
ャーが送られる以前にこの地球上に存在した何十億もの魂たちに対して不公平なこ
とになるだろう。生まれては死んでいったそうした魂たちは、どのようにして人生
の意味を知るのだろうか?
だから、神の知識というものは、宇宙が創られたときから生まれた人々すべてに必
要なものなんだ。宇宙が創られたときに生まれた人であろうと、何千年何万年と時
が経った後に生まれた人であろうと、すべての人々が神の知識を知ることができる
ように、神は何らかのシステムを準備する必要があるんだよ」
「では、なぜ新興宗教とかカルト教団は、自分たちが信じる救世主だけが、唯一こ
の地球で人類に真理を説くことができる本物の救世主だというのでしょうか?」
ヨギは、私の目をのぞき込み、こう言いました。
「もしも理科の教師が、ニュートンだけが本物の科学者であり、他の科学者たちの
考えは間違えたものなので、ニュートン以外の考えを学ぶのはよくないことだと教
えるとしたらどうだろうか」
「科学というものを深く知るためには、いろいろな科学者の考え方を学ぶべきだと
思います」
「そうだ。もしも、教師が純真な子供たちを洗脳して、科学者が書いた一冊の本だ
けを読ませて、ひとりの科学者のアイデアだけが正しいと信じさせるなら、多くの
子供たちが、自由に発想することも、他の科学者が発見したもっと多くの科学的真
理を知る機会も失われてしまう」
彼は一瞬言葉を切ってから、今度は次のように質問してきました。
「そうした教師は誠实だろうか?」
「そんな教師は社会に害を及ぼすと思います」
「そして、スピリチュアリティも科学と同じなんだよ。自由な考え方をさせない教
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師たちと同じように、救世主の名を語ってスピリチュアリティの教えを説いている
人々も、神が定めた宇宙の法則に支配されていることを受け入れていないんだ。彼
らは、真实を見る力のある多くの人たちの自由な発想を壊してしまい、異なる宗教
に対して、対立意識を生み出してしまっているんだ。ひとつの考え方しか学ばなか
った人たちは、他のスピリチュアルマスターたちが伝えている神聖な真理を知る機
会がなくなってしまう。いろいろな見方をすることで、本当の真理が何なのか、見
分けることができるようになるんだが、特定の救世主にこだわってしまうと、本当
の真理が見えなくなってしまうんだよ。そして、多くの人々が、自分の信じる救世
主だけを考えるようになって、自分が信じる宗教や神聖な本だけが本物であり、他
の宗教に関する本は偽者であると嫌ったり、他の人々の信仰や宗教を自分と同じも
のに変えさせようとしたりするんだ」
「世界中の人々をひとりの救世主が救うというのは、神がお考えになったことでは
なく、宗教団体やカルト教団によって生み出されたものだということなんですね」
「そうだよ。ところで、きみの大学には何人くらいの学生がいる?」
「六百人くらいです」
「それじゃ、教師は何人?」
「五十人か六十人だと思います」
「学生が数百人いる大学に教師がひとりしかいなかったら、満足な教育などできな
いだろう。当然、たくさんの教師が必要なように、生まれた場所や時代も違えば、
話す言葉や文化も違う無数の民族に人生の最も偉大な真理を教えるために、たった
ひとりの使者や救世主を送るなどというおかしな計画を神が立てるはずがないだろ
う」
「でも、使者や救世主が、その時代の人々を助けることができるんですね」
「だが、その時代の人々の中でも、本気で真理を追求している者だけを救うことが
できるんだ。歴史を振り返るとわかるが、救世主がいる時代の人々は、その人物を
目の前にして話を聞いていても神の使者だと認めなかったんだ。だから、この地上
に多くの救世主がいたとしても、ほとんどの場合、人々に賛同されないんだよ。そ
のような状況の中では、この世のすべての人々を救うために、ひとりの救世主がい
れば十分で、救世主のメッセージが救世主の死後、何千年も経った時代の人々にも
百パーセント明確に理解できるなどと、神が信じているはずがないだろう」
「むやみにひとりの救世主を信じるのではなくて、いつもすべての考え方に心を開
くようにするべきなんですね」
「そうなんだ。
子供のときからひとりの救世主や信仰の教えを聴いて育ち、あらゆる種類の考え方
に心を開いていない人々は、特定の教えに洗脳されていくんだ。そうした人々が成
長すると、他の人々が神についてどう考えているのか理解できなくなり、相互に誤
解が生じるようになる。長い年月の経過とともに、状況はもっと悪くなり、人類は
宗教戦争に追い込まれてしまう。政治的な戦争ならばどうにか決着がつくが、宗教
戦争は決して妥協することがないからね、だから決着がつかないんだ」
「それでは、こうした悪状況の中で、どうやって普通の人々が神を知ることができ
るんですか?」
「たとえば、他の科学者のアイデアを無視して、ひとりの科学者の思考だけを信じ
ながら科学の研究を続けると間違いも起こるように、他のマスターたちのスピリチ
ュアルな経験を無視して、ひとりの救世主や宗教からのイデオロギーの本を読み、
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信仰し、教えを広めるなら、大きな間違いを犯す可能性だってある。だから、特定
の宗教のメンバーに決して加わらず、何が本当なのかという結論に到達するために
、すべてのマスターの教えに耳を傾けるほんの少しの人たちだけが真理へ向かう道
を見つけるんだ」
彼はここで言葉を切り、続いてゆっくりとこう言いました。
「きみが運命と神へと向かう旅を続けていくときに、これまで私が話した考え方が
役に立つことを願っているよ」
「はい、ありがとうございます」
私は、大学へ戻りました。
そうして、学生生活は終わりに近づき、心配していた卒業試験は無事に終了しまし
た。
学生たちはみな、期待と不安でドキドキしながら試験の結果を待っていましたが、
私はどちらかというと冷めていました。人生には試験の結果より大切なものがいろ
いろあるということがわかり始めていたからです。
そして、驚いたことに、私は全学生の中で一番の成績を収め、成績最優秀者に授与
される金メダルをもらったのです。担当教授たちは、私がそのような好成績を挙げ
たことが信じられない様子でした。無理もありません。講義中に居眠りばかりして
いたのですから。そして、私はこの試験の後で、大学教師の資格を取るための試験
にも合格し、かつて夢見た大学教師となる道が開けたのです。
卒業試験を無事に通った多くの友人は、良い就職の機会を与えられて喜んでいたの
ですが、私は仕事に就くことよりも、人生で知る可能性のある何かもっと大きなも
のに私の心は奪われていたので、普通に就職することにはあまり興味がなくなって
いました。
大学教師として正式採用されれば、職務に専念しなければなりません。教える相手
は毎年変わるとはいえ、こちらはテキストに書いてあることを退官するまでずっと
教え続けることになります。そうなれば、人生の目的を知ることに時間を費やすこ
となどできません。また、大学教師の職に興味が持てなくなった理由はもうひとつ
ありました。インドでは、定職に就くというのは、結婚して身を固め、子供を持ち
家庭をつくり、平凡な人生を送ることを意味します。
私の置かれた状況は、このどちらの方向にも転がれる人生の分かれ道の上に立って
いました。
当時の私の年齢だと、インドでは親の面倒を見るのが当たり前だったのですが、人
生の真理を探求する道を進むために、父に経済的な援助を求めることにしました。
収入源がなかったので、父を頼るほかありませんでした。
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父は学校の教師で、暮らし向きはごく普通でしたが、私の考えをよく理解してくれ
ました。そして、私にこう言ったのです。
「物質欲を満たすためにお金を使うのなら、そのお金に大した価値はない。でも、
生きているあいだに、この宇宙に潜む人生の謎を解き明かすためにお金を使うのな
ら、そのお金はすばらしい価値を持つことになる」
实際にその後の数年間、父は、私が人生の目的を追い求める情熱を持ち続けられる
ように生活費を援助してくれました。
「父さん、人生っていうのは、きっと見た目どおりじゃないと思うんだ。だけど、
死後に何が存在するのか、本当に神はいるのか、まだはっきりとわからないんだ。
ぼくが自分のやりたいようにしたら、父さんのお金を無駄にしたり、ぼくが職業を
持つ機会を失ったりしないかなぁ?」
父は、微笑みながら話してくれました。
「それじゃあ、仮に死後の人生がないとしよう。おまえがそのありもしない死後の
人生について知ろうと努力したとしても、失うものはないだろう。死後の人生がな
いなら、後悔のしようもないわけだから。でも、もしも目に見えるこの世界の向こ
う側にも人生があるのに、それを知ろうと努力しないとしたら、もっとはるかに多
くのものを失いかねないんだよ。
それともうひとつ、おまえが人生の謎を解き明かそうとしなくても、おまえは日に
日に死に近づいていることに変わりはないんだ。おまえの中で何かひらめくものが
あるなら、それに従いなさい。そうすれば、後悔することはないだろう」
「今おまえが自分の人生を何かの職業に捧げてしまったら、それよりも何かもっと
大きな人生の意味を発見できないことは確かだ。そして、おまえが人生とは何かを
知るときが来たなら、家の中にいようがいまいが仕事をしようがしまいが、どんな
状況でもおまえは人生を楽しむことができるんだよ」
この父の言葉で、すべての不安が消えました。
その頃から、さまざまな場所を訪れ、多くのマスターたちに会っていろいろなタイ
プの議論を通して修行活動することが私の人生に確立されていきました。そうして
私は、さまざまなマスターから实に多くのことを学び続けていったのです。
ただ、インドのマスターに会う機会はたくさんあったのですが、智慧と呼べるアイ
デアは何なのか、近代科学は生命と宇宙についてどんな考えを持っているのかは、
よくわかっていませんでした。そのようなさまざまな知識は英語で紹介されたもの
が多く、私にとっては専門外の分野だったので英語の知識はまったくなく、知識を
得る機会も尐なかったのです。
しばらくするうちに、英語の知識なしでは、深く何かを知ることはできないという
結論に達し、私は英語を学ぶことを決意しました。しかし、その頃、私の住んでい
た町には、英語を学べるところなどありませんでした。その当時、インドで英語を
普通に話せるのは、講義やディスカッションが英語で行われる経営大学院の学生く
らいのものだったのです。ただ、サンスクリット語を専攻した者が経営学修士号(
15
MBA)取得のためのコースに進学するというのは、めったにある話ではなく、实
際、難しいことでもありました。しかし、英語を学ばなければ、この先さまざまな
障害に行く手を阻まれるような予感がしたのです。
父は、私の進路については何の注文もつけず、自由にさせてくれました。そこで、
私は、本気でMBAのコースに進むことを決意しました。
私は、卒業したパンジャブ大学の成績証明書を持って、MBAのコースが設置され
ているあちこちの大学を回り、入学を許可してくれるよう頼みました。ところが、
会う人、会う人みんなが尐し驚いたような顔をするのです。無理もありません。サ
ンスクリット語とインド哲学を専攻した者が経営大学院への入学を希望する例など
、どこの大学でも開校以来初めてのことだったのですから。
当時、私は二十三歳でした。忚対してくれた大学関係者の多くは、私が何か勘違い
をしていると思ったようです。仮に入学を許可したとしても、畑違いの勉強をして
きた者が授業についていけるのか、試験で合格点をとれるのかという不安もあった
のでしょう。定員には限りがありますから、もともと大学で経営学や経済学を専攻
していた進学希望者がいれば、そちらが優先的に入学を許可されるのが普通です。
なかには、将来成功するためには以前専攻していた勉強を続けたほうがよいとアド
バイスしてくれる人もいました。そうした大学関係者に、私にとっての人生におけ
る成功がどのようなものかを説明しようとしましたが、納得してもらうことはでき
ませんでした。
私は、必ず入学を許可してくれるところがあるはずだと信じて大学巡りを続け、つ
いにマハーラーシュトラ州にあるアムラワティ大学の経営大学院に入学できること
になりました。一九九七年のことです。
まもなくコースが開講しました。あまりたくさんの授業はとりませんでしたが、英
語を磨くチャンスだけは逃しませんでした。それ以外の時間は、マスターたちから
伝授された瞑想の技法を磨くことに使わなければならなかったのです。
やがて学位認証のための試験の時期になりました。受けても受けなくても、私にと
っては同じだったのですが、英語の練習になるから受けたほうがよいだろうと考え
、受験することにしました。答案用紙には、講義中に聴いて覚えていたことをほと
んどそのまま書きました。瞑想の訓練を積んで集中力を高めておいたことがここで
役に立ちました。
試験の出来にはあまり自信がなかったのですが、無事合格し、学位を取得すること
ができました。
こうして大学生活のすべてが完了したこのときは、羽根がはえたばかりの小鳥がさ
っと飛び立ち、大空を眺める自由を得たような気分でした。
16
しかし、私は多くの疑問を抱いたまま人生の旅を続けていました。そのころ主に考
えていたのは次のようなことです。
「人生の目的とは何か」
「どうして光、音、アイデアが、神と運命になるんだろうか」
「死後には何があるのか」
その後、そうした疑問を解明する助けになるような、スピリチュアルな人々との出
会いが多くありました。そうしたすべての会話やスピリチュアルな世界へ深く進む
中で自分自身の意識を開花するために行った修練などが、今でも鮮明に思い出され
ます。
かつては安定した職業に就いていたにもかかわらず、人生の意味を探究するために
すべてを捨てた多くのヨギにも出会いました。私自身、食べ物を買うお金すらなく
、とてもつらい想いをする日もありました。当時の私は、ポケットにいくらお金が
入っているかはあまり気にせずに各地を放浪し、スピリチュアルマスターとの新た
な出会いを求めていたのです。
私が感じていた疑問に対する答えを得るために、どんな宗教やどんな科学からも、
あらゆる方面からのメッセージも受け取ろうと心に決めていました。その当時にで
きるすべてのことを試したのです。
その当時得た経験と知識は今でも私の中で生きています。私が知った事实のひとつ
は、人生の意味を探求することほどワクワクすることはこの宇宙に存在しないとい
うことでした。
そして、私がスピリチュアリティを深く学ぶにつれて、真实とはどんな類のものな
のかを徐々に理解し始めました。すると、多くの人たちがスピリチュアリティにつ
いて誤解していることに気づいたのです。本物のスピリチュアルな道をたどってい
ない人たちがいることがわかってきました。
そこで、あなたが真实に向かう道から逸れないように、この重要なポイントをこ
こでお話ししておきたいと思います。
17
にしを本
せの
な
がい
経り
け能
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幸真ス
なま理当
て関現たそなよ真験、おる力現
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の
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く
う
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死
金
こ
を
代
このことを頭に置きながらこれから先の内容を読み進めてください。本当のスピリ
をスリ
まとす幸
まをの成ててにマる後やと身の
チュアルを理解するに従って、あなたが本当に幸福だと感じられていない理由が見
得ピチ
す、る福
うもス長、も導ス新に家がに物
てリュ
えてくるはずです。どのように偽者に惑わされてしまったのかも理解できるでしょ
。欲必を
とっピはど幸きタた魂、目付質
悟チア
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け
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う。それがわかれば、正しい方向へ意識を向け直し、真の平和と幸福に到達するこ
りュリ
にがに
ういチなよにすた旅一族でて会
とが可能になります。
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こいュっうな。ちを緒やは、に
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スピリチュアリティと科学の意外な関係
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陀は言
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(、葉
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や考
私が人生の目的を見つける旅を続ける中で、もともと科学者だった何人かのヨーガ
覚分、
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ル教そ体ないネ
健え
修行者と出会い、スピリチュアリティと科学は、实は同じように宇宙と生命の謎を
めの「
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い指ば
マえうやいけス
康る
た肉ス
異なる方法で解き明かそうとしていることを知りました。
あュ、
指導れ
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一般的には、科学とスピリチュアリティは完全に相反するものだと思われています
と超ッ
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が、肉体の次元で、生命の神秘を探究している人たちが「科学者」なのです。ヨー
心と本
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ガの修行者が自分自身の内面をのぞき込むことによって、意識の内側からすべての
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答えを導き出そうとするのに対して、科学者は意識の外側から宇宙に関するすべて
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の答えを導き出そうとしています。
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現代社会では、科学の発見や解明される事柄に、一般の人々の意識は影響を受け変
と魂派
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、事ん離関
の、
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化していきます。生活スタイルも科学の発展に大きく影響され、時代とともに人々
んをア
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た知し
の人生の幸福感も変化してきました。科学によって、人々の暮らしを快適にするた
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めにさまざまな研究がされていますが、科学者の中には、複雑な研究結果から得た
の、て
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物質的理論の背後に、その仕組みをつくり出している目に見えない「何かの存在」
こし何
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、
もし
次で
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を薄々感じ始めている人たちもいます。
とてか
さと
あ
のな
にあ
つな
す
科学の研究は運命に関わるものに接触していながら、運命というものの存在に気づ
こうとしていないように思えます。お互いが背中合わせでその場に居合わせている
ようです。
私が知った人間の運命の秘密についてお話ししていく前に、近代科学が運命にかか
わる事柄と接触しているおもしろい事实をお話ししましょう。あなたも聞いて知っ
ている科学的な事柄の中に運命を知るカギが隠されているのです。
人間の人生に大きな影響を与えている近代科学が、運命に関わる事柄に注目し、運
命の解明を目的に研究したときには、人生のアドバイスが聴けるのは聖者からだけ
でなく、科学者からも人生を理解するための秘訣が聴けるかもしれません。
18
スピリチュアリティと科学的現象
科学的な研究の中で、人間の記憶の向上を目的にしたものがあります。私たちに高
度な記憶力があれば、人生のさまざまな場面で役立てることができます。そのため
、人間の記憶力を向上させるための研究が行われています。
しかし、なかには、幼い頃から何のトレーニングもせずに並外れた記憶力や才能を
示している子供たちも存在していますが、その結果に科学界は明確な答えを出せず
にいます。科学的な考え方によれば、すべてが徐々に系統的な理に基づいて成長し
ていくといいますが、なぜ天才的な子供たち(普通の両親にさえ生まれます)が生を
うけ、世の中の他の普通の子供より何百ステップも早く内面の成長が進むのか疑問
点が浮かび上がってきます。
天才的な子供たちを研究し、どのようにして高度な知識を生まれながらに持つこ
とができるのかを科学的に解明しようとしても、理論で証明することは難しいでし
ょう。科学者はそれをただの驚くべき自然現象だと考えていますが、そうした子供
たちの持つ普通以上の特殊な知性や特別な振る舞いのその背後に「運命」というも
のが存在していると感じている人もいます。
そして、他にも霊的な世界と科学的な発見についての驚くべき接点があります。
今日では、世界の多くの人たちが「オーラ」について知っており、オーラを写真で
撮ることも普通に行われ、自分のオーラを写真で確認できるようになりました。
古代の聖者たちも、何千年も前から、宇宙に七色の光(虹など)があるのと同じよ
うに、人間の体にも七色の光が満ちていることを知っていました。彼らは肉体の内
側にある光の発生源を「チャクラ(輪)」と名づけました。チャクラから体の外に
出ていく色を持つ光がオーラであり、古代の聖者はこれをアーバ・マンダルと呼び
ました。大昔のインドやその他の文化において描かれた神や聖者の絵画を見ると、
彼らの頭の周辺に御光(光の輪)が描かれています。この御光がアーバ・マンダル
(オーラ)なのです。
一九三〇年代に、キルリアン・コープルが人体から出たオーラの写真撮影に初めて
成功したときには、科学者たちも驚きました。オーラは霊的な世界だけに存在する
と思われていたものが、科学的に証明されたからです。
スピリチュアリティからは、ただの「信仰」という面からではなく、科学者の目も
見開かせるような驚くべきニュースが他にもたくさんあります。
科学者を驚愕させた例をもうひとつ紹介しましょう。それは、自分の前世について
記憶し、それを詳しく説明できる現代の子供たちについての調査結果報告です。私
も幼い頃、自分の前世を覚えている子供に会ったことがあり、彼が語ったその实話
は、私をスピリチュアリティの聖なる旅に出るべきだという気にさせるものでした
。
19
輪廻転生の研究と運命の解明
西洋では長いあいだ、「輪廻転生」は東洋思想が生んだ奇妙な考えとされてきまし
たが、いまや状況は大きく変わりつつあります。たとえば、欧米をはじめ世界各地
のテレビ局が、誰かの生まれ変わりとして誕生した子供たちに関するドキュメンタ
リー番組を放送しています。こうした報道によって、輪廻転生をただの空想だろう
と考えていた人たちも、信じ始めるようになりました。
また、輪廻転生が重大な研究テーマであることを理解した優秀な科学者もいます。
特に、バージニア大学医学部教授を務めたアメリカの精神医学者イアン・スティー
ヴンソン博士は、輪廻転生研究の先駆者としてたいへん有名です。スティーヴンソ
ン博士は、残念ながら最近亡くなりましたが、輪廻転生の研究に四十年もの歳月を
かけ、全世界を回って、自分の前世を記憶している子供たち二千五百人以上に調査
を行いました。
博士の研究業績は、それまで輪廻転生に懐疑的だった世界中の多くの科学者のあい
だにセンセーションを巻き起こし、さまざまなメッセージや反響が寄せられました
。
たとえば、ペンシルベニア大学のハロルド・リーフ教授は、一九七七年に精神医学
関連の学術誌(Journal
of
Nervous
and
Mental
Disease)に「スティーヴンソン博士は、慎重で、細心な研究者と学者である」と述
べ、次のように論文を寄せています。
「彼(スティーヴンソン博士)は、とてつもない間違いを犯しているか、『二十世
紀のガリレオ』と呼ばれるようになるかのどちらかだろう」
この一文は、ニュートンによる重力の発見や、ガリレオが唱えた地動説が後に立証
されたことで、その後の未来の世代の思考を一変させてしまったのと同じように、
輪廻転生に関する研究がこの地球の歴史を変える可能性を秘めていることを示して
います。
輪廻転生の研究は直接人間の運命に関連しています。ハロルド・リーフ博士が一流
の科学者ならば、二十世紀のガリレオとなるかどうかと論評するだけではなく、ス
ティーブンソン博士の行った二千五百人以上の子供たちの研究結果を再検証してみ
るべきです。スティーヴンソン博士がとてつもない誤りを犯していると考えるなら
、誤りがどこにあるかを見つけるべきです。
しかし、「輪廻転生」が本当に存在しているなら、二十世紀のガリレオだというだ
けでは十分ではありません。それは、人が生まれ変わることだけではなく、「なぜ
」輪廻転生があるのか、輪廻転生させる要素は「何」か、輪廻転生の背後で何の「
力」が働いているのか、輪廻転生は魂自身が決断しているのか、それとも神か何か
の力なのだろうか、といった疑問も解決することになるからです。
20
もしも、魂自身が来世に自分が生まれる環境を決断するとしたら、病気や貧困で苦
しんでいる家族のところに生まれたいと願う魂はひとつもなく、すべての魂は裕福
な家族のもとに生まれようとするでしょう。なぜ、ある魂たちは厳しい環境の中で
生まれ、ある魂たちは有利な環境の中に生まれるのでしょうか。そこに何か「運命
」を操作しているものがあるのではないでしょうか。
人間の運命を探究するために、人類は輪廻転生の解明に向かって真剣に研究する必
要があります。カール・サガン博士のような多くの天才科学者たちは、輪廻転生の
研究を行うことを勧めていますが、科学界の主流を占める人たちは、いまだにこの
テーマについて強い感心を示していません。
先進国が投じる莫大な財政資金は、人の幸福をつくり出すために、教育、科学研究
、さらに、時として人を不幸にする爆弾や銃の製造などに使われますが、スティー
ヴンソン博士は政府から研究を続けるための助成金を受け取ることができませんで
した。しかし、博士が研究を続けられたのも、複写機の発明者として知られるチェ
スター・カールソンが、私財の中から百万ドルを提供して、博士の輪廻転生の研究
を支えたからなのです。
人生の隠れた真实を明らかにするかもしれない価値ある研究が政府の支援を受ける
ことができず、一般の人たちからも関心を持たれないとしたら、どのように私たち
の地球の未来を向上させることができるのでしょうか。
私たちは、この地球で自分の家や家族と永遠に過ごすことはできないことを知って
います。いつかは死を迎えなければならず、すべてのこの世のものから離れ、自身
の運命に基づいて別な家族のもとに生まれるために次の旅を続けていきます。輪廻
転生の研究は、各自の運命と深く関わっているのです。私たちは宇宙の真实を見つ
けるだけでは十分ではありません。輪廻転生の存在が運命につながることを知り、
人生の目的を知るための教育が学校で行えるように、現代の基盤となっている教育
システムを変えることも必要なのです。
私たちは現在まで、生命が肉体だけに関係するものというダーウィン理論を教育の
中心として学んできました。今日では、肉体が死んだ後には何も残らないというこ
の理論に
多くの科学者が反対していますが、別の信頼できる理論がないために、肉体が存在
する期間だけを考え、何か自分のやりたいことをするにも七十年から百年という人
生しかないと信じて成長していきます。
そして、人は時間を気にして生きるようになり、一分一秒がとても重要になりまし
た。
大都会の雑踏に出かければ、人々がせわしなく行きかう様子を見ることができます
。やりたいこと、やらなければならないことはたくさんあるのに、いつも時間が足
りないのです。
21
経済的に豊かだと呼ばれる国であっても、多くの人たちが過労やストレスのために
病気になり、亡くなっています。大都市では競争に勝つことが生き残りの秘訣とな
り、人々は相手の隙をねらうように便宜主義的になりました。あなたもその中のひ
とりになっていないでしょうか。
このサバイバルレースでは、友人や近所の人たちと比べて価値のないものは欲しが
りません。もしも友人や隣人がベンツや海辺の別荘を持ち、ブランドものを身につ
け、魅力的な肉体を保っているなら、自分も同じように手に入れたいと思うのです
。彼らと同等のものを手に入れても、その次には、それ以上にすばらしいものを所
有したくなります。社会の中で成功者となっても、安心することはできません。そ
の成功を常に保っていくことにもたいへんなエネルギーを必要とします。この競争
意識がつくる現代のライフスタイルを維持するために、どれだけの時間と計画、戦
略や苦労が必要なのかあなたにも想像がつくと思います。
豊かな国の人々は、あらゆる物が手に入る環境にありながら、不安で落ち着かず、
日に日に精神疾患を発症する人が増えているのです。
たとえば、アメリカは市民を幸福にするために、新たな宇宙開発や病気治療の研究
などに何十億ドルという金額を費やしていますが、いまだに、国中に蔓延している
ストレスを原因とする鬱病や、それによって引き起こされる病気や疾患の増加を防
げずにいます。
日本では、精神的に落ち込み、鬱病になったり内面のバランスがとれなくなったこ
とで、年間三万人近い人たちが自殺しているという統計が出ています。統計の結果
なら確認できますが、今この瞬間にも、死んだほうがましだと考えていながら、自
殺を恐れて实行していないだけの人々が国内に何百万人いるのか、自殺予備軍の数
までは日本政府も把握できないのです。
物理的な豊かさを獲得する他に、人生には何か特別な意味と目的があるということ
が、ただの信仰からではなく、科学的な考え方に基づいて一般社会に浸透しなけれ
ば、現在の人々のライフスタイルが変わることはないでしょう。
輪廻転生のような研究だけが、人生は「肉体」だけではないと人々に教えることが
できます。その研究で、人生は、個々の運命に基づいた輪廻転生によって生まれ変
わり続けていく「何か他のもの」を意味していることが理解できるはずです。社会
の中で自分の置かれた現在の状況から、ただ成功や失敗を比べることではなく、人
々は「何か他の特別なもの」について考えるようにしなければなりません。そうす
れば、転生する次の人生に持っていけないような豪華な家や車、ビジネスの成功な
どを追いかけていくこともなくなります。そのような考えがもっと一般的になれば
、人生の流れは、現代社会の「サバイバルレース」から幸福と運命の謎を知るため
のものへと変化していきます。そして、スピリチュアリティが人間社会の中に自然
に浸透していくならば、人々の生活は大きく変わるはずです。
22
輪廻転生の研究は、輪廻転生を信じない完全に唯物論的な人々の助けにはなりませ
んが、信じる人にとっては大きな救いとなります。
私はこれまでに、輪廻転生を信じていると言うたくさんの人たちに出会ってきまし
た。しかし、彼らの行動をよく観察すると、彼らが实際には、そうした信念にふさ
わしい人生を送っていないことがわかります。「信じる」と言うだけでは十分な根
拠にはなりません。「必要な行動」に従うことで完全に自分に生かせるものとなり
ます。このポイントを理解するために、参考になる話をしたいと思います。
幸福を得るために必要な行動
ある父親が、死の間際に、長男に言いました。
「息子よ、私が死んだ後に未来を心配する必要はない。私が大金の入った箱をこの
家の下に埋めておいたから。おまえは、それを掘り出して、勉強を続けて家族と弟
たちの面倒を見ることができる」
息子が父親の言葉を信じるなら、あなたはその息子からどんな行動を期待するでし
ょうか。家の下にお金があるとただ信じるだけでは、何の問題も解決しません。息
子はすぐに地面を掘り、お金を取り出す必要があります。
古代のマスターたちは、輪廻転生だけでなく、悟りや神(平和と幸福の永久的な住
まい)に私たちの意識が到達することも教えてきました。もしも人々が輪廻転生を
信じているなら、悟りや神に近づくことを、あなたはなぜ試みないのでしょうか。
輪廻転生を教えた聖者たちは、悟りの境地や神のもとに達した者となるまでは、完
全な平和は得られないとはっきり警告しました。人々が本気で信じるなら、悟りや
神を無視することができないはずです。
人々が本当に生まれ変わりを信じるならば、なぜ魂の輪廻転生があり、どこから魂
が宇宙に入り、これから先にどれくらいの数の輪廻転生があるのか、このすべての
ドラマの最終地点がどこなのか、あなたは知りたくないのでしょうか。
多くの人たちが、前世の肉体、恋人、それに親族たちとの関係をいつまでも持ち続
けていると勘違いしています。そして、今生の恋人や親族といつまでもその関係を
持ち続けることはできません。いつかは彼らから離れることになるのは確かです。
それなのに、家族を心配し、失恋して落ち込んだりしますが、そうしたことは、長
い魂の旅から見たらささいなことでしかありません。人々の現在の人生は、何千も
の章を持つ魂の本の中のたった一章のようなものなのです。本当に輪廻転生を信じ
るなら、なぜ自身の魂の「すべての章」をじっくり考えずに、今生という「たった
ひとつの章」のために不安になったり不平を言ったりするのでしょうか。
一般の人々は、科学的な研究結果に影響を受けて、その結果から生活を変えていこ
うとするものです。人類の生活意識が向上するためには、自身の魂の「すべての章
」を人々に考えさせ、人間の運命と神の謎を解き明かし、人類は生まれ変わりの研
究に向かって手を打たなければなりません。もしも、科学が研究しようとしないな
23
らば、本当の意味で輪廻転生という現象は証明されずに、運命も科学者の顕微鏡か
らすべり落ちていきます。悟りと神は、物質の研究よりもさらに難しいものですが
、科学が輪廻転生を解明するなら、悟りや神を理解することも可能になります。
人々の幸福は、輪廻転生と運命に深いつながりがあります。しかし、最近の各国の
科学研究の分野では、各政府の指示で研究を行うことが主流となっていて、政府の
関心は他国との競争に勝つことや経済発展と兵器の開発などに向けられています。
そのため、運命や神に関する研究を行うことに関心がありません。何が人々の幸福
をつくり、どんな生き方をするべきなのか、その答えを見つけて市民に伝えること
を第一に考えられないのです。
輪廻転生は、科学的にまだ十分に研究されていません。そして、科学がいつ見つけ
るのかわからない答えを、私たちはそれほど長く待ってはいられません。あなたの
生命が尽きる前に真实を追い求め、運命や神が何であるかを知るために、あなたは
短い生涯で何をしたいのかを自分自身で考えなければならないのです。
運命の謎を知り、真の幸福が何であるかを理解するために、運命と神に関する古代
の聖者の言葉を信じ、彼らの教えに従って進む方法があります。私は、この本で多
くの人々にその正しい方法を伝えていこうと思います。聖者たちが示したやり方は
、多くの人にとっては、特別な人たちが進む道だと考えられていますが、本来すべ
ての魂が進むべき道なのです。
次の章では、私のスピリチュアルな旅のあいだに学んできた、運命と神の神秘へと
向かうという高度な旅へあなたを案内していきます。
24
第二章
運命とは何か
神と運命の形---光、音、アイデア
世の中には、恵まれた家庭に生まれ、社会的地位や財産など、欲しいものは何でも
簡単に手に入れられる人もいれば、障害を持って生まれたり、境遇に恵まれず、必
死に働いてもその苦しい状況を変えられない人もいます。庶民の家庭に生まれて、
平凡な生活を送る人もいれば、才能に恵まれて社会で活躍する人もいます。また、
王家の血を引く家庭に生まれて、特別な環境で暮らす人たちもいます。
この世を見渡すと、このように不平等なことばかりです。しかし、自ら進んで苦労
したい、つらい目に遭いたいと思う人などひとりもいません。では、なぜこの世に
は不遇な人と恵まれた人がいるのでしょうか。
多くの偉大な聖者たちがいうように、宇宙が神によって運営されているのだとした
ら、なぜこの世にはこうした差別が存在するのか、それを解明することが運命の仕
組みを知る手がかりになります。
あなたは自分の魂がどのようにしてこの世に生まれたと思いますか?
考えたことのない方は、想像してみてください。
たとえば、ある宗教の教えから、すべての魂は神のいる天国で罪を犯し、神の手で
この世に遣わされると信じている人たちがたくさんいます。人生は一度きりで、人
生が終わった時点で、その人のこの世での行いを神がチェックして善悪の判決を行
い、どの魂を地獄に送り、どの魂を永遠に天国に送るかを決めるというのです。そ
うした話をあなたもどこかで聞いたことがあるかもしれません。
しかし、神が与えるこの判決には、何かしっくりこないものを感じます。もしも人
生が一度だけで、魂が神によってこの世に送り込まれるのだとしたら、すべての魂
が同じスタートラインに立っていなければ不公平です。成長の過程でも平等にチャ
ンスを与えられるべきではないでしょうか。
すべての魂がまったく同レベルの家庭に生まれ、健康状態も、経済力も、知性もす
べて平等に与えられるならば、彼らは、善い行いをして、神のもとに帰り着くこと
を学べるはずです。魂に与えられる不平等さに、あなたは疑問を感じませんか?
25
まるで、老人が公園で鳥に餌をまくときに、その餌の粒がどこに落ちるのかをまっ
たく気にしないでまき散らすように、どの魂がどの場所でどの家族に生まれるのか
気にせずに、神が天国から地球にただ魂を投げ入れていると、私たちは信じるべき
でしょうか。神がすべての魂に何の正当な考えもなしに、魂をこの世に送っている
なら、まるでこの宇宙で「サイコロゲーム」をしているかのようです。
私には、神がこのようなことをする納得のいく理由が見当たりません。それに、宇
宙を研究しつくしたアインシュタインは「神はサイコロを使わない」と言い残して
います。
父親ならば、自分のすべての子供にキャンディを等しく分配したいと思うはずです
。しかしこのように、神の子供といえるすべての魂に平等に分け与えないならば、
神は地球上の普通の父親以下ということになります。人々の中には、病気で苦しん
だり、生まれたときから問題を抱え、この地球上で地獄よりも悲惨に思える人生を
生きている人々がいるのを見ると、さらに複雑な想いや疑問が浮かんできます。
多くの宗教団体やカルト教団が教えているように、神の普遍的な計画のもとで、悪
い魂を罰するために地獄をつくったことが本当ならば、なぜ、そのように神は地球
上で魂を罰するのでしょうか。地獄ではなく地球で悪い魂を罰するように、神は考
えを変えたのでしょうか、それとも、悪い魂は地獄と同じように地球上でも罰した
いのでしょうか。
しかし、同じ罪によって二度も魂を罰するのは名案には思えません。その考えは、
地球や宇宙の理法から見ても正当とは思えません。
多くの宗教団体が教えるように、神は思いやりがあり親切であるということが本当
ならば、人々がすでにこの地球で地獄よりもさらに悪い状況に直面しているのに、
なぜ特別な地獄を他にも必要とするのでしょう。地球上で起きているガンやエイズ
、それに他の深刻な問題を、神は見て知ることができないのでしょうか。ある指導
者たちが教えているこうした考え方に、私は多くの疑問を感じていました。
私は、この問題に興味を持ち、師事していたグル(精神の師)のひとりに質問して
みたことがあります。
「神がこの世で地獄のような苦しみを味わっている人たちがいることを知っている
なら、わざわざ地獄をつくる必要などないのではないでしょうか」
「そのとおりだよ。神は地獄などつくってはいないんだ」
「では、なぜ世界中で天国と地獄ということが盛んに言われるのでしょうか」
「宗教の指導者にとっては必要だからなんだ」
「どういうことですか」
「それはだね、神によって特別に遣わされたわれらが救世主(メシア)の教えを信
じれば、死後には天国に行けるが、信じなければ、地獄に落ちると人々に話すこと
で、信者を増やすためなんだよ。この世ですでに苦しみを味わっている人たちがそ
う言われたら、『ここで生きているあいだは苦しんでも、死んだ後に苦しまないで
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すむ』と思うだろう。人々が信仰する宗教やカルト教団のメンバーになったら、宗
教団体のマスターたちは、『心配しなくていい、神はとてもやさしい父で、私たち
は地獄には行くことはなく、天国に行きます。なぜなら、今、あなたは神に選ばれ
し者たちのひとりだからです』と教え始める。もしも誰かが『悪い魂を罰するため
に地獄がつくられたとおっしゃっていますが、それなら、なぜ人々が地球上で苦し
むのですか?』と、質問したなら、『あなたはなぜ地球上の魂の状況を心配するの
ですか。あなたが死ぬときには天国に行くことが決まっているのです。あなたの神
に対する真の信仰心がなくて、どうやって天国に行けるのですか?』と言われるだ
ろう。そうしたら、信じるしかなくなってしまうんだよ」
この説明を聞いて、私は納得しました。「信仰」という言葉を持ち出されると、人
はそれ以上質問するのは恐れ多いと思い、その宗教の教えに従ってしまうのです。
疑問を感じて怪しいと思うことがなければ、世界の人々はその宗教に従い続けてい
きます。カルト教団や宗教団体の中には、何も知らない人々に魂が救われるように
天国へ行く強い望みと地獄に関する恐怖心をつくり出していきます。そして、自分
たちの救世主だけが、神によって送られた唯一の救世主であり、自分たちの信仰だ
けが神へ向かう唯一の道であると強く信じ込ませて、信徒を増やしていくのです。
あなたにも心当たりがありませんか?
宗教指導者の中には、信徒を増やすために、自分たちに都合のいい教えを広めてい
きます。
たとえば、悟りを得た本当の幸福を知る人たちは、すべての生き物の命の大切さを
考えて菜食になります。しかし、信心深い指導者の中には、社会の中で大多数の人
々が肉好きであることを知っているので、故意に肉を食べることを許す人もいます
。そして、そのような教師は、人間が肉を食べる前に神に捧げるなら、肉を食べて
も悪いカルマは起こらないと一般の人々に教えて、長年続けた肉食の習慣を今も広
め続けています。そうでなければ、人々はその指導者を置き去りにして別の指導者
を見つけるかもしれないからです。
人々は、本当の正しい教えがどんなものであるのか見分けることができません。
一般の人たちは、神の存在は信じていても毎日を忙しく送っているため、人生の苦
しみについて深くじっくり考える暇もなく、ただ救いだけを求めてどこかの宗教に
たどり着いてしまいます。そして、疑問を持たずに宗教団体の教えを信じ始めてグ
ループのメンバーになり、死後に神の国か天国に行く望みを持って生活し始めます
。
信徒を増やすためのトリックは理解したものの、神自身が創ったこの宇宙に、なぜ
地獄のように苦しむ人と人生を楽しめる人がいるのか、私はその答えを知りたいと
思う強い好奇心を抑えることができませんでした。この世で人々が平等に生まれな
い理由は何なのか、私は人間の運命に隠された謎を知りたいという思いでいっぱい
でした。
そして、聖なる旅をさらに続けていくうちに、非常に驚くべき答えを見つけ始めた
27
のです。
「カルマと運命の法則」について
私が聖者たちから得たその答えをここで説明していこうと思います。
聖者たちは、この宇宙の層に微妙に働くすばらしい法則を教えてくれました。この
宇宙全体は「原因と結果」の法則によってコントロールされていて、それは、カル
マ(行動・行為)とバッギャ(運命=反動・反作用)とも呼ばれます。ここでは、「
カルマと運命の法則」と呼んでいきます。
また、聖者たちは、私たちがこの地球で生まれるのは一回限りではなく、輪廻転生
という魂が持つ不変の生命の流れがあるということを説明してくれました。魂はひ
とつの人生を終えると別の肉体に生まれ変わり、その魂自身の旅を続けていきます
。魂が今世で自分が自由に起こした行動によって、魂自身の来世に起こる運命を創
造していくというものです。
私は、神が人間の運命というドラマを書いているのではないことも知りました。神
は、人を病気にしたり、鬱状態にしたり、不幸にしたりすることには関心を持って
いません。神はすべての人に、その人自身の態度や思考と行いによって、自分自身
の運命を決める自由を与えているのです。人間の幸福や不幸を決めるのは、神や救
世主ではなく、实際には、その人自身の魂の善い行い、あるいは悪い行いによるも
のなのです。
カルマと運命の法則において、神は人を差別するような仕組みをつくることはまっ
たくありません。ですから、私たちがどの救世主を信じるか、そして、この地球で
どの宗教に属するかは問題ではないのです。私たちはみな、過去世から自分の悪い
カルマに基づいて、病気、不幸、失敗または予想もしない家族の死に遭う経験をす
るのです。どんなに大きな宗教団体の指導者にもこの法則は働いて、彼らは不死身
ではなく、時には病気になり治療のために病院に通います。
自分は、最高の神や最高の救世主、最高の宗教を指示していると信じている人々は
、救世主や宗教が、自分にふりかかる病気や苦しい経験、不幸な出来事から救うこ
とができると信じています。しかし、死後、確实に天国に行けるという保証などま
ったくないのですから、特定の救世主や宗教が、魂を救うことができるとは信じら
れません。それに、神や宗教をまったく信じていない人々もいますが、神や宗教に
頼らなくても、人生で何の問題もなく成功している人たちもいます。
そんなふうにいろいろな角度で考えていくと、どんな救世主やどんな宗教よりも、
私にとっては、このカルマと運命の法則のほうが、納得できるものでした。たくさ
んの救世主がこの地球で生まれては去っていきましたが、そうした救世主を信仰し
、その宗教の信徒となった人々も、この地球で自分のカルマに基づいて今でも苦し
んでいます。それぞれの魂はそれぞれの今世での罪に責任があり、どんな救世主も
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、人々の犯した罪の身代わりになって苦しみや死から人々を救うことはできないの
です。自分の悪いカルマを他の魂に持っていってもらうことはできないのです。
カルマと運命の法則について、聖者から教えてもらったことは他にもあります。
魂は生まれ変わり続け、次に生まれ変わるときに、過去世からのカルマに基づいて
良い運命や悪い運命に直面していきます。しかし、この生まれ変わりの循環が終わ
る状態があります。それは、悟り、解脱と呼ばれ、そのための単純なカギとなるの
が、「自分は何者なのか」を考えることです。そして、あなた自身の魂を知ったと
きに、魂が直接神とつながっていることを理解します。そのときには肉体の中にい
る魂の輪廻転生は終了し、魂は神と永遠に統合します。
これがすべての魂に与えられている最終目的であり、あなたが今どこに向かってい
るのかを理解していなくても、私たちは悟るために、そして輪廻のサイクルから解
脱するために生まれてきます。魂はこの世というところから卒業するための長い旅
に出ているのです。
生きながらにして、この世を卒業できた人を、仏陀(目覚めた人)、悟った人とい
います。あなたが目覚めた人となったとき、すべての恐れは消え、完全な心の平和
を手に入れ、何が起きても常に幸福から離れることがありません。常に神と宇宙に
よって助けられていきます。
しかし、なかには好奇心旺盛な修行者たちもおり、「自分は何者か」を知る悟りの
道だけでなく、他の面にも興味がありました。それは、カルマと運命の法則はどの
ようにこの宇宙の中で機能して、人間の人生に影響を及ぼすのか、数えきれないほ
ど存在するカルマを覚えているために、神はどんなシステムを持っていたのか。人
間の人生に影響する以前は、カルマがいったいどこにあったのか。カルマはどのよ
うに運命に変わり、そのシステムの中で私たちはカルマから逃れたり、カルマを減
尐させたり、終わらせたりできるチャンスがあるのかどうか。もしもそのチャンス
があるならどのくらい可能なのか、というものでした。
本来人間は好奇心旺盛な生き物です。きっとあなたもその答えを知りたいに違いあ
りません。
ほとんどすべてのスピリチュアルマスターたちは、カルマに対するこうした好奇な
部分を一般社会で人々に触れ回ることを好みませんでした。なぜなら、この物質世
界で、「自分が何者なのか」を理解し悟りに到達することができなくては、誰ひと
りとして完全な幸福や満足を得ることはできないことを、マスターたちは十分に理
解していたからです。悟り以外の他のことは何ひとつ重要ではなく、悟りだけを人
に教えるべきであるという姿勢で指導していました。
しかし、この世で幸福に生きていきたいと願っていても、「自分は何者なのか」を
すぐに考えられるレベルに達していない人々もいるのだと思った別のマスターたち
もいました。彼らは、カルマと運命の法則を人々に話すことで、多くの人々がカル
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マについて理解し始め、この世での人々の生活基準を向上させる助けになるかもし
れないと考えたのです。
そのように考えた聖者たちが深い瞑想の中で最初に知ったことがあります。瞑想が
どんな意識状態なのかは普通の人々には理解しがたいものですが、古代から伝わる
智慧の多くは、瞑想から得られたものです。宇宙を感じられる意識になるには、意
識を浄化するための多くの修行をする必要があります。そうして宇宙の意識とつな
がるレベルにまで達することのできた聖者たちが、その秘密を解き明かしてきたの
です。
それは、この宇宙全体が、まるで意識というエネルギーでできた海のようであり、
宇宙自体が完全に自覚を持って生きているということでした。地球にある海水の一
滴一滴は、お互いがどのくらい遠くに離れていても、すべての海水と結びついてひ
とつの海洋となって機能しています。それと同様に、宇宙のあらゆる部分は、宇宙
の別の地域とも意識でつながっているのです。
それは、池などの波立っていない静まった水面に石を投げ込むと、波紋が広がり岸
や岩などに当たり、その波紋は石が落ちた元の場所に戻ってくるのと同じように、
この世でのすべての人間の肉体的な行動や精神的な態度は、微妙な波動となって体
の外側へ発していきます。そして、それぞれの行いの波動は、宇宙全体に広がり、
惑星に当たり、波動の発生源である魂のところへ返ってきます。このとき惑星がカ
ルマを魂のところにはね返す反射体となっているため、惑星は私たちの運命に影響
を与える重要な役割を持っているのです。
私たちの思考と行動の波動が宇宙と惑星へと向かうとき、これをカルマ(行い)と
呼びます。そして、その波動が自分自身のもとに返ってくるときを、バッギャ(運
命)と呼んでいます。
人の運命に働く惑星の役割
カルマによる運命の影響は、この宇宙のあらゆる方向から魂に返ってきますが、宇
宙に無数に存在する惑星の中でも地球に近い場所にある太陽、月、火星、水星、木
星、金星、土星、この七つの惑星は、私たちのカルマの反忚を送り返すうえでとて
も重要な役割を果たしています。そして、七つの主な惑星とは別に、天体ではあり
ませんが、太陽と月の軌道の北の交点にラーフ、南の交点にケートゥと呼ばれる擬
似惑星があり、これらの交点も人間のカルマの波動を認識して、人間の運命に影響
を与えます。そのため、占星術師のあいだでは、影の惑星として知られています。
そして、この七惑星の影響を理解した聖者たちは、人間の日々の生活に与える影響
を深く観察し、七つの惑星の名前を一週間の曜日の名前に使用しました。おもしろ
いことに、この曜日という仕組みは、インドから世界の他の国々へと伝わって今で
も私たちの生活に欠かせないものとなっています。
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このように、惑星があることで、人々が放ったカルマがはね返されてくるのですが
、宇宙空間に存在している惑星には、私たちが考える物理的な作用の他に神に与え
られた役割があります。
たとえば、企業では、経営者はすべての業務を自分で行うわけではなく、さまざま
な権限を部長や課長など部下に任せて業務を遂行させます。宇宙でも同じようなこ
とが行われています。神は、太陽に自らの意識の一部と光を与え、その他の惑星に
もカルマと運命の法則を实行するのに必要な意識を与えます。
神から意識を与えられた惑星たちは、私たちのカルマの波動をデータとして認識し
、運命の波動に変換することができます。生物ではない惑星が、どうやって人間の
態度を理解し反忚を送り返すことができるのか、みなさんは疑問に思うかもしれま
せんが、惑星にも意識があります。
インド古代文献『ブリハット・パラシャラ・ホラ・シャストラ』には「惑星は、人
間のカルマの帰結をもたらす神の現れである」と記述されています。
そして、企業の仕組みと同様に、この宇宙の社長である神は、カルマと運命の法則
という完全な正義システムを創造し、管理職である惑星たちに人々を監督する立場
としてその法則を管理する責任を与えました。この法則下で起こる細かい出来事は
部下である惑星たちに任せているので、神自身が直接干渉することはありません。
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誰にでも公平にカルマと運命の法則が働いているので、世界中の何十億という人々
が毎日神に祈りを捧げ、健康やお金、子供が授かるようになど、たくさんの願い事
をしています。しかし、神がそのような願いに忚えることなどまずないのです。し
かし、非常にまれなことですが、もしも、宇宙に対する献身の心で自分のエゴを百
パーセント完全に手放している人であったなら、宇宙(神)は、その人を助けるこ
とができるように活動し始めます。
宇宙はカルマと運命の法則に従って、欲望を手放した魂にはその最終目的である悟
りを、欲望を持つ者にはそれに忚じたさまざまな物質の獲得を援助するように働い
ています。
何か欲しいものやこうなりたいという人生の夢があったときに、宇宙はその人の願
っている事柄に関係する環境を用意することができるのです。その用意された環境
の中で、成功するかしないかは、その人の持つカルマの影響によります。そして、
その体験から人生を学ばせて、それから先の人生で良い選択ができるようにしてい
ます。
神が幸運を与えるのではなく、良いカルマが幸運をつくる要因となるのです。この
ようにつくられたシステムによって、人間は、神に頼るのではなく、自分自身の良
いカルマを信じるべきであると神は表現したかったのです。
現世でどのような家庭に生まれるか、どの程度の美貌に恵まれるか、何歳まで生き
られるか、人生でどういった経験をするかは、神が決めるわけではなく、当人の過
去世のカルマによって決まっていきます。
人間は人生の場面においてさまざまな態度をとり、いろいろなカルマをつくってい
るので、私たちの発したカルマの波動のすべてが、今の人生に運命となって返って
くるわけではありません。カルマの波動は次から次へと転生する私たちの魂を追い
続け、そのカルマにあ合わせて生まれ変わる肉体を次々とつくり出します。
発せられた一つ一つの点のように小さなカルマでもそのすべてが、最終的に、その
カルマを発した人物である「発生源」を見つけます。それぞれのカルマの波動は、
すぐに運命となって現れるのではなく、惑星から運命の波動に変換された後、しば
らくその作用が止まったようになります。しかし、なくなってしまうことはありま
せん。それは、電気のスイッチを入れてから、蛍光灯の明りがつくまで数秒間かか
るのと似ています。
惑星は、すべての人々の考えと動作を注意深くとらえるための、宇宙全体を写し取
る超高性能ハイビジョンカメラのように機能しています。私たちのどんな行動や考
えも宇宙と惑星が見逃すことはありません。たったひとつの小さな針が床に落ちた
としても、その出来事は宇宙全体に知れ渡り記憶されます。この何百年間で、この
地球上にあるすべての木に、鳥たちがいくつの数の巣をつくったのか、そして、何
個の卵を産んだのかといったデータもこの宇宙に記録されています。
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私たちがオフィスで働くときに、コンピュータに保存された明確なデータがなくて
は仕事がうまく運ばないように、神による宇宙のオフィスも、この宇宙で起きるす
べての細かいデータを保存せずに、運営することは不可能なのです。カルマと運命
の法則のもとでは、すべての人間のカルマは記録され、惑星によって運命の波動が
送り返されてきます。
携帯電話を参考にしてみると、そこに内蔵されたチップやパスワードに基づいて、
どの携帯電話にどの振動を送るべきであるかを通信衛星が適格に対忚しているよう
に、惑星は、個々のカルマに関するデータに基づいて、すべての異なった運命の波
動を間違いなくそれぞれ個人に向けて送るようにプログラムされています。
携帯電話を持っている人がどこにいても、携帯電話と通信衛生の接続が維持されて
いるのと同じように、人間がどこにいても、自分の運命に従って、それそれの体内
にあるチャクラが内蔵されたチップのように働き、惑星とつながっているのです。
カルマと運命の宇宙システム
また、運命のデータが空間を移動しているときに、そのデータが本人の現实の世界
に届く前に、本人や他人がそれを読み取ることがまれにあります。あなたも、夢に
出てきたことがその後本当に起きたという話を聞いたことがあるでしょう。たとえ
ば、誰かが事故に遭う場面を夢で見たら、その人が本当に事故に遭ったとか、災害
が起きる夢を見たら、本当に災害が発生して多数の死者が出たといった話です。
どうしてそのようなことが起きるのかというと、いわゆる正夢を見る人は、過去世
における霊的修行の成果として、研ぎ澄まされた意識を持ってこの世に生まれ変わ
った人なのです。
睡眠中に、彼らの潜在意識は、さまざまな人たちの運命の波動が飛び交っている宇
宙の意識の中に入り込んでいきます。そして、彼らの意識の周波数帯域が特定の人
物の運命の波動の周波数とうまくマッチすると、その人が将来事故に遭う場面や、
何か偉業を成し遂げる場面などが見えてくるのです。
運命は、物質世界で現实になる前に、すでに波動として宇宙空間に存在しています
。そして、事故や自然災害が起きることを事前に夢の中で知る人がいることからわ
かるように、宇宙レベルでは、地球上で将来起きることがすでに決まっているので
す。この世で起きる現象は、決して偶然の産物ではありません。
この宇宙のカルマと運命のシステムは、とても念入りに注意をはらって運営されて
います。通常、人々は地球から宇宙を見ても、そのシステムの動きなど何も見えま
せんが、实際には存在しています。たとえば、大量の画像データが何の混乱もなく
パソコンや携帯電話に届くように、あなたとあなたの結婚相手の運命は、その最終
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的な行き先を知っています。そして、間違うことなくその配慮された行き先に到達
します。
昔のインドの聖者たちはよく村の人々に話していたことがあります。「子牛は、何
千もの牛の中から自分の母親を見つけることができる。そのように、みなさんのカ
ルマは何十億という人々の中から、その『発生させた人物』を見つけ出し、運命を
送り返してくるのです」。聖者たちは、人々に人生を理解させるために、カルマの
仕組みを教えてきました。
七つの惑星と七つのチャクラ
私たちの体内を血液が流れているのと同じように、神の肉体である宇宙空間をカル
マと運命の波動が流れています。宇宙とは、神そのものなのです。
しかし、カルマに反忚するのは惑星であって、宇宙(神)ではありません。また、
宇宙は、原因と結果の法則を有効に運ばせるために、人体の構造と宇宙の構造はま
ったく同様の働きを持つ状態で、神によって創られました。そのため、人の体内に
あるエネルギーセンターの数と、宇宙の中で人に影響を与える惑星の数は同じなの
です。
第一章でチャクラから発せられる色のついた光が人の体にある色(オーラ)だと説
明しましたが、私たちの背骨に沿って配置されている七つのエネルギーセンターで
あるチャクラは、渦巻のように回転しながら、私たちのカルマに対忚し、七つの惑
星(太陽、火星、木星、水星、金星、土星、月)と通信しています。チャクラとい
うこの名前は、「回転する輪」という意味から、聖者たちによってつけられたもの
です。
あなたに宇宙と地球上の物質世界のあいだを行き来する波動、すなわちカルマと運
命の流れを理解してもらうために、人間の体と神の体(宇宙)の基本的構成要素に
ついて、ここで確認しておきましょう。
カルマと運命の法則を効果的に实行するために、神は人間の体と宇宙をまったく同
じ要素で創りました。宇宙は、光と音と五大要素(地、水、火、風、空)でできて
いることは想像できると思います。人間の体も同じように、チャクラにある光と音
、地は人体の細胞、水は人体の水分と血液、火はすべての細胞を動かす動力、風は
息や血液などの流動機能、空はスペース(場所)を表し、地、水、火、風の要素が
存在する場所になる肉体すべての器官にあたります。したがって、宇宙にあるもの
はすべて私たちの体内にもあるのです。
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次に、人間の体と宇宙が互いにつながっているという驚くような仕組みを、神はど
のように創ったのかを見ていきましょう。
宇宙が最初に創造されたとき、その基礎には、神そのものでもある宇宙の光があり
、それが七色の光(赤、橙、黄、緑、青、藍、紫)に変化し、それぞれ七つの惑星
に割り当てられました。これらの惑星の七色は、人間の背骨に沿って配置されてい
る七つのチャクラのそれぞれの色と結びついています。
宇宙の七色の光は、私たちの目には見えません。しかし、雤上がりの空に虹がかか
ると七色が肉眼で見えるようになります。これらの色は私たちのまわりのどこにで
も存在しているのです。また、私たちが目を閉じても体内の七色の光は見えません
。しかし、オーラとして体外に発散されることがあるように、それらはチャクラの
七色として間違いなく私たちの体内に存在しています。
惑星とチャクラにある音と色に関する図表を参考に、その関係を確認してみてく
ださい。
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神は宇宙の光であるだけでなく、宇宙の音でもあります。宇宙が誕生するとき「Oo
oMmmオーム(オーン)」という振動音で始まります。そのため、古代のインドの
聖者たちのあいだでは、神はナード・ブラフムNadBraham(音の神という意味)とも呼ばれていました。神が発する宇宙の音オーム(
人間のチャクラの音よりも神聖なOMの音)と人間のチャクラの持つ物理次元よりも
さらに神聖な次元にある乳白色の光は、最初の神の姿なのです。
さて、神の光が宇宙の七色の光に変わり、七つの惑星に割り当てられたのと同じよ
うに、原初の宇宙音[OooMmm]も七つの音(オム、アム、ハム、ヤム、ラム[Ram]、ヴ
ァム、ラム[Lam])に変わり、七惑星に割り当てられました。
惑星の七色の光と七音は、人間の体内にあるチャクラで渦を巻くエネルギーの七色
の光と七音と結びついたのです。
惑星や人の体の中に音があることを感じられるのは、修行を積んだ聖者たちぐらい
ですが、实際に宇宙に色があり、体内のチャクラに色があり、惑星に音があり、体
内にも七つの音があるのです。これはインドの聖者だけではなく、六世紀ギリシャ
の数学と和声学のマスター、ピタゴラスも、「惑星は宇宙を旅しながら、独特な音
を発している」と音楽の領域の神秘について述べています。
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七惑星は、人の体内にある七つの色と七つの音とつながり、個々の過去世のカルマ
に基づいて、すべての人々の運命に働きかけます。これは、どのように惑星が人間
の運命に干渉しているのかという単純な宇宙の仕組みです。光と音の両方が人間の
運命を实行するために重要な役割を果たすのですが、光のほうが、より重要な役割
を果たします。そうした光の重要性を読み解ける能力を持つ人々の中で、人間の運
命に関係する惑星の光の役割を理解するための特別な知識が発展しました。それが
後に、運命を計算する方法である占星術となったのです。
サンスクリット語で、光を「ジョーティ」と呼び、光からカルマと運命を計算する
占星術を「ジョーティッシュ」と呼びます。
カルマと運命の働きが、人の人生に経験するべき出来事をうまくつくっていくよう
に、肉体を構成する五つの要素(地、水、火、風、空)に、各自のカルマと運命の
特徴を持たせて、次に転生していくその人の体をつくっていきます。その肉体をつ
くっている五つの要素は、主に光と音の影響を受けてつくらています。良い運命を
持つ人のチャクラの色と音は鮮明で強く、悪い運命を持つ人のチャクラの色と音は
濁って弱いものとなります。
良い運命、または悪い運命というものは、魂が肉体に入り込むときに、体内の七つ
のチャクラに種のように存在して発芽し始めるのです。そのため、チャクラの状態
が整っている人は、健康であり、正しい物事の判断がつき、幸福に結びつく行動を
選択して成功していきます。チャクラの状態が崩れている人は、病気がちで、正し
く考えられず、間違えた選択をしがちで失敗することが多くなります。
ある科学的調査でも、急に病気になり始めた人のオーラを調べたところ、その人の
オーラの色が別な色に変化し始めることを発見し、色と病気のあいだには何か関連
性があるという結論を出しています。
宇宙で機能している光と音は神であり、個人のチャクラに働く光と音は運命となる
のです。
大学院時代にヨギが話してくれた、「光と音が神と運命でもある」ということの意
味がわかったのは、大学院を卒業してから約十年後のことでした。
このヨギは、運命は音と光だけでなく、人が何かを考えるアイデアにも表れるとい
っていました。
では、ここで、色と音は宇宙と惑星と体内のチャクラにつながるように、アイデア
が宇宙と惑星とチャクラとつながるということをお話ししていきましょう。
強運の持ち主は、成功や幸福を得るための偉大なアイデアを引き寄せていきます。
不運な人々というのは、発想する力が弱かったり、成功するためのアイデアがまっ
たく浮かばなかったりします。
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まず、私たちのアイデアというものがこの宇宙でどのように働いているのか、その
仕組みを理解してみましょう。
科学は、何世紀ものあいだ、宇宙を調べ、宇宙について科学的な計算をし続けてい
ます。かつての科学界では、はるか彼方の宇宙空間に浮かぶ惑星と地球上で暮らす
人間のあいだにつながりがあるとは考えられていませんでした。地球から遠いとこ
ろにある惑星がどのように地球上の人間とつながり、運命と惑星のあいだにつなが
りがあるなどど言うこと自体、科学者にとってお笑い草になったからです。
しかし、幸いなことに現代の科学は、最も近い惑星である月に関するたくさんの驚
くべき真实を見つけました。月が地球上の海洋に影響を及ぼし、潮の満ち干きを引
き起こしていることなどは、今では人類の常識とされています。そして、私たちの
体内と脳の中にも水があり、月によって海洋の水が影響されるのと同様に、月は脳
の中にある水にも影響を及ぼしています。それにより、人間のマインドにも影響し
、多くの考えとアイデアに変化を与えていきます。そのため、満月のときに、ロマ
ンチックになる人もいれば、事故を起こす人もいるのです。
インドの聖者たちは、五千年以上も前から、月だけでなくその他の惑星も人間の人
生に影響を及ぼしていることを知っていました。天体望遠鏡は四百年ほど前に、ガ
リレオによって発明されたのですから、望遠鏡など存在しなかった時代にこうした
ことを突き止めたとは驚くべきことです。科学的な研究から発見するものと比べる
と、聖者の持つ能力は、科学を上回るものでした。科学者は、地球上のすべての存
在にとって、月の影響がほとんど同じであるといまだに思っています。
しかし、ジョーティッシュでは、月が人間に及ぼす影響は、その人のカルマに忚じ
て変わるとされています。満月の晩にすべての人が犯罪や事故を起こすわけではな
いのもそのためです。月は、過去世において良いカルマを積んだ人にすばらしいご
褒美をくれることがあります。月がその人の脳細胞を刺激して、人生のより高い目
的のために気持ちを奮い立たせ、人生で成功するのに役立つアイデアを思いつかせ
てくれることがあるのです。また、月は、過去世において信心深かった人が今回の
人生で悟りを開くのを助けることもあります。
仏陀もそうであったように、多くのヨーガ修行者が満月の晩に悟りに達しています
。しかし、月の影響がどのように働くかは人それぞれ異なります。肯定的に働く人
ならば、満月の晩に尐し時間をとって瞑想すると良い効果が得られます。惑星が個
人に及ぼす影響がどんなものであるかをはっきり知るための方法として、インドで
はジョーティッシュが用いられています。
古代のインドの聖者たちがジョーティッシュのシステムを発見したときに、どの惑
星が強いか弱いか、また、好ましいか好ましくないのかを明確に理解するための惑
星の配置を表わした図表をつくりました。それは、ジャナム・クンドリ(ホロスコ
ープ)と呼ばれ、人々の生まれた年月、時間、場所を基にして、この地球における
それぞれ個人の誕生の瞬間に、生まれた人の場所から見た宇宙にある惑星がどんな
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配置であるのかを表したものです。
その配置から、惑星が返してくる運命の影響を知ることができます。その人が過去
世から持ってきたカルマがどんなものであるかは、惑星とチャクラの接続関係がホ
ロスコープに表れています。その人が今世で受け取るべき運命があり、それが適切
に返される位置に惑星が配置している時と場所に生まれます。生まれる時間も場所
も偶然ではなく、宇宙の計画に基づいて決められています。
過去世からのカルマの影響は宇宙での惑星の配置となって計算され、今世で受け取
るべき波動が一致する地球上の時間と場所に各人が生まれるのです。そのため、出
生時点での惑星の位置を研究することによって、その人に関する運命の秘密を見つ
けることができます。
すべての人々が、彼らの運命に基づく異なった時間と場所のもとで生まれることを
選ぶのですが、もしも、二人の人たちが、そっくりなカルマを持っているときには
、彼らは同じ母親から双子となって生まれることができます。彼らのカルマが類似
しているために、彼らの運命も類似していく可能性があります。彼らは、多くの似
たような経験をし、同じような関心や習慣を持ち、同じような事柄に情熱を持つこ
とがあります。
昔はメディアが発達していなかったため、同じ場所で同時に生まれた子供たちがど
のような人生を送るかが広く知られることはありませんでした。しかし、今は科学
者が双子を対象とする調査・研究を行っており、同じ場所で同時に生まれたにもか
かわらず、何らかの事情でそれぞれ別の場所で育てられた双子の暮らしぶりがテレ
ビなどで紹介されることがあります。彼らは、同じような音楽を好むこともあり、
同じような事柄に興味を持ったり、同じような身体的問題を抱えることもあります
。
ジョーティッシュでは、惑星が宇宙で特定の配置にあるとき、その配置の角度や星
座との関わりなどから計算して、その人の人生に特定の出来事が起こることを読ん
で予測することができます。ジョーティッシュは惑星の配置が教える未来の運命を
理解し、人生に起こる出来事の可能性を予測できるのです。科学が何千年間も探し
続けていた答えの多くは、すでに自然の中に隠された暗号として存在しています。
ジョーティッシュは、人間の運命のすべての秘密を完全に解き明かせるわけではあ
りませんが、ジョーティッシュの知識を身につけたマスターたちは、カルマと運命
の普遍的な法則を人々に説明し、そして、良い人生を歩み、最終的な道である悟り
に向かえるように、できる限りアドバイスをしたかったのです。
この宇宙では、七色の光がひとつになって一本の虹をつくるように、すべての惑星
は一体となって人の運命に影響を及ぼしていきます。各惑星は特定のチャクラとつ
ながって作用しています。ある惑星の影響が弱く働いているというのは、その惑星
と関連するチャクラが持つ音と色とアイデアが弱いことを意味します。また、ある
惑星は人生のある局面に影響し、出生時点の惑星の配置によってその人の意識に影
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響を与え、人生のそれぞれの局面に肯定的または否定的に影響を及ぼしていきます
。
では、次に各惑星が、人生のどの局面とつながりがあるのかを説明していきましょ
う。
太陽は、体、意思の力、火、健康、明るさ、自信、チャンスを得るためのリスク、
父親に関係すること。
月は、マインド(魂)、母親に関係すること。
火星は、リーダーシップ、さまざまな力。
水星は、コミュニケーション、貿易取引、事業、編集、出版業など。
木星は、宗教、知識、旅行、科学的な事柄。
金星は、愛、美、アート関係(芸術、音楽、舞踏など文化的な事柄すべてを含む)
。
土星は、哲学、政治、スピリチュアリティ。
ラーフ(太陽と月の軌道の北の交点)は、宝くじ、ギャンブル、損失、盗難など。
ケートゥ(太陽と月の軌道の南の交点)は、人間関係の破壊、事故などに関するこ
と。
誰でも自分の運が弱ければ、どうにかしてよくしたいと思うものです。实は、何千
年も前から聖者たちが伝えてきた運命を改善するための智慧があります。運の弱い
人には、その人のチャクラにある色と音とアイデアに影響を与え、運命を改善する
方法がいくつかあります。
運を改善するために一部の人々がジョーティッシュを行い始めたのですが、彼らが
その解決法を最初に聖者に尋ねたときには、カルマは人間の自由な選択で行われて
いるので、完全に運命を変えることは難しいといわれました。しかし、聖者たちは
人々の助けになるように、弱い色と弱い音、弱いアイデアに対処するいくつかの秘
訣を与えてくれました。
その秘訣というのは、チャクラの弱い音に対処するために、神聖な波動を持つ言葉
や音を唱えること、チャクラの弱い色に対処するためには有色の石のラッキースト
ーンを身につけること、アイデアの弱い働きには瞑想をすることです。この詳しい
対処法に関しては後ほど別な章で紹介していきます。
このような対処法を行ったとしても、常にどの人もこの世での自分の態度と行動に
注意するべきだということも忘れてはいけません。まわりで見ている人がいなくて
も、善い行いをしてください。この世で人は何も隠し事はできません。实際にこの
宇宙全体が私たちを観察しています。
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誰も見ていないと思っている中で、私たちがどのように行動するのか、宇宙は見た
いのです。ある国の治安レベルをチェックしたいと思うなら、近くに警官も、防犯
カメラや他に見ている人もいないことがわかっているときに、市民がどんな振る舞
いをするかを見なければなりません。
神は、すべての魂がこの世で行うことを自由に選択できるようにつくりました。人
間は時々、宇宙の中のすべてをコントロールしている神がいると思ったり、時には
神などいるはずがないと思い、人生に起こることは、ただの偶然であって、見てい
る存在など何もなく、何でも自由にできると思っています。
このように物事を自由に行うことができると思わせるように、仕組まれています。
なぜ人は生まれ変わり続けるのか
普段私たちは、良い運命を得ることばかりに興味を持ちますが、まず最初に、なぜ
私たちは次々と生まれ変わらなければならないのかを理解する必要があります。
この世で悟ることに興味のない人々は、悟りを目標として解脱するまで輪廻転生を
繰り返していきます。
過去世からのカルマと運命の法則を基にして生まれ変わり、転生するたびに人生の
教えを繰り返し学び続けます。それぞれの人の次の転生では、彼らは、過去世から
のカルマに忚じて肉体、家族、身の回りの環境などを受け取り続けていきます。
輪廻転生は、あなたのカルマを運命として送り返すことだけを必要とするものはな
く、過去世であなたが完全に果たせなかった仕事を終わらせるチャンスも与えてい
るのです。
たとえば、この人生でミュージシャンになる強い願望を持ちながら、その夢を果た
せずに亡くなった場合、次に転生したときに、音楽家の家族のもとに生まれたり、
他の人よりもはやくミュージシャンとしての仕事を始められる環境が与えられると
いう可能性があります。
しかし、それとともに、その人が過去世で成功するミュージシャンとなるために行
った良いカルマ、悪いカルマに基づいて、成功したり失敗したりしていきます。
魂が地球で再び生まれ変わって肉体を持つまでのあいだ、魂自身の運命は種の状態
で運ばれているので、その運命が魂に影響することはありません。しかし、魂が肉
体に宿ったとき、運命の種は発芽して惑星との通信が始まり、魂に影響していきま
す。
カルマの宇宙的な法則を完全に理解するためには、私たちの運命が惑星に対忚しな
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がらどのように働くかだけではなく、カルマと運命の法則に関した他の作用につい
ても知っておくべきことがあります。人がカルマの作用をコントロールする秘法を
理解していれば、この地球上での人々の人生は、より良いものとなります。
この世では、人間関係で誤解が生じたりすることも多くあります。たとえば、あな
たに傷つけられたと感じた人たちがいたときに、あなたはまったく彼らを傷つける
つもりがなかったなら、それはあなたのカルマにはならないので心配することはあ
りません。彼らの運命がそうさせたのです。しかし、あなたが利己的に人を傷つけ
た場合には、あなたはそのカルマから生じる運命をいつかは体験することになりま
す。
誰かが自分勝手な理由で他の人を傷つけようとしたものの、实行には至らなかった
としましょう。その場合でも、その人は自分の発した波動の質に合ったカルマの作
用を受けることになります。
人の行為とは、肉体が勝手に動くわけではなく、精神によって決定し行われるもの
だからです。私たちの肉体は、私たちが頭の中で考えていることを实行するための
道具にすぎません。私たちが何かを考えれば、波動が生まれ、宇宙空間に向かって
流れていきます。ですから、考える内容には十分に注意しなければなりません。
困っている人を助けたり、自分の魂や他の人たちの魂が向上するような行いをした
なら、宇宙と惑星はその情報を記憶しています。また、困っている人を助けたいと
思ったのに、あなたはできる状況になく、助けられなかった場合でも、その情報は
宇宙に記録されていきます。そして、あなたはその善意に対する恩恵を未来で受け
取るようになります。今世で悪事を働いているにもかかわらず、楽しい人生を送っ
ている人がいるとしたら、それは前世のカルマがよかったからです。しかし、前世
からの良いカルマの恩恵が底を突いた時点で、その人物は、今生のうちか、または
来世でその悪いカルマの影響を受け始めます。
この世でパーフェクトな運命を持って生きている人はいません。良い運もあれば、
ある程度の悪い運も持っているものです。この世で暮らす人間が前世のカルマのせ
いで苦しんでいるのだとしたら、なぜ人間は、苦しみの原因となった悪い行動や考
えを記憶していないのかと、私が講師をしたセミナーの参加者に質問されたことが
あります。
宇宙のシステムがある目的を持って非常に巧妙に創られているので、魂は現在の家
族と現在の状況に生まれている理由が、どのカルマの影響によるものなのかを覚え
ていられないのです。
魂が過去世からのすべての事柄を覚えているというなら、人生を続けていくこと自
体難しくなります。
現在の人生からでさえ、何らかの否定的経験をした人々がその状況を思い出したと
き、情緒障害を起こすのを見たことがあります。たとえば、忠实なパートナーだと
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思っていた人にビジネスで裏切られたり、ガールフレンドが別の男性と駆け落ちし
たりして、あなた自身が完全に傷ついたことなど、もし、過去世からの記憶が明ら
かになったときの心はどんな状態でしょうか。
しかし、何も過去世のことを知らない新しくスタートする人生ならば、自由が感じ
られて、前向きな気持ちになります。同じように、古い思い出も、過去に魂が苦し
んだり楽しんだりしたカルマも忘れることができれば、魂が新しく生まれ変わった
ときのように、人生を新鮮な気持ちで始められるようになります。
たとえば、子供たちがおもちゃの取り合いをして、負けた子はしばらくのあいだは
泣いていたとしても、すぐに忘れてしまいます。そして、また別なおもちゃで遊び
始めます。
小さい子供がひとつの経験を決して忘れないなら、人生で多くのことを経験するた
めの新しい行動を起こせなくなります。このことは大人でも同じです。人生を続け
ていくために、すばやく次の経験をするために、人間は過去の経験をすぐに忘れ続
けるように、神によって仕組まれています。
私たちは常に完璧な選択ができるとは限りません。行動した数分後か数時間後のう
ちに、自分のカルマの結果を受け取るなら、間違うのが恐ろしくなり、私たちはこ
の宇宙の中で自由を感じられなくなります。魂のために創った神の宇宙プランは、
何か目に見えない運命のようなものへ恐怖を抱いて生きるためではなく、すべての
魂がこの地球で完全な自由を感じられるように創られたものなのです。
魂が悪いカルマを忘れていることに、不平を言う人々もいますが、魂は悪い運命で
悩み、その経験から何かを学び良いカルマを持つことで、魂は次の生まれ変わりで
良い運命を楽しみます。そして、魂が悪いカルマを避けようとして、良いカルマを
行うようにさせるのです。
善と悪の基本的な問題を解決するために、そして、カルマと運命の法則をあなたの
中で堅固なものとするために、神はすべての魂に非常に根強い善良の感覚を与えま
した。それは、魂本来の自然な状態なのです。ビルの崩壊やさまざまな災害が起こ
ったときに、多くの人々が自発的に犠牲者を助けるために走るのを見たことがある
と思います。どうしてそのように助ける気持ちが自然に湧き起こるのでしょうか。
何人かの犯罪者でさえ映画を見るときには、映画の最後のシーンで、悪人ではなく
、善人が成功しているのを見たがっていると、心理学者は結論を出しています。ラ
ストシーンでは、悪人が成功して終わるのはよくないと、犯罪者自身も考えている
のです。なぜこんな感情が湧き起こるのかというと、そのような犯罪者にさえ、人
間関係を思いやる感情を持っているからです。彼らも愛を求めて泣くこともありま
す。時には、彼らは自分の恋人や友人のために、自分の人生を犠牲にすることもた
めらいません。
また、すべての魂のハートには、こっそり深く入り込んでいる善良性があります。
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生まれながらに犯罪者である人は誰ひとりいません。間違えたことをしたいと思う
人は基本的に誰もいないのです。仏陀はそれぞれの心の内側で眠っています。しか
し、時々、群衆の中では他のものの影響を受け、魂は個々の本質を忘れて、他の人
たちの悪い行いを真似てしまいます。そして、時には、ある社会にいるすべての魂
が同じような悪い考えに流され始め、そのカルマの働きの結果、その社会全体に悪
い運命がふりかかる恐れがあります。
社会的なレベルで良いカルマと悪いカルマとはどんなものであるのかを深く考える
必要があるのです。しかし、人間の考えは、宇宙的なレベルで神が計算した善悪の
判断とは異なっているかもしれません。
社会的な善悪とカルマ
カルマと運命の法則は、人間のつくった社会的な法に基づいているのではなく、宇
宙の普遍的な法に基づいて機能するものだということを決して忘れてはなりません
。良い運命が欲しいならば、まず、人間は何が宇宙的なレベルの善悪であるかを明
確に理解しなければなりません。
このことを理解するためにもう尐し説明しましょう。男性か女性が、すべての服を
脱ぎ捨てて、人々でにぎわう市場で裸で踊り始めます。人間のつくった社会による
と、それは、容認できない悪いことです。警官がそこに現れて、その人をとらえ、
警察署に連れていって、調べ上げ、場合によっては精神病院に送られるでしょう。
服を着ることが当たり前であり、公衆の場で裸を見せるのは悪いことだと考えられ
ているからです。
しかし、神からの目線とその人のカルマと運命の法則からは、警察官全員が彼らの
服を脱ぎ捨てて一緒になって踊り出しても、神はまったく気にしません。神にとっ
て、市場で大胆に裸で踊ることは、不自然なことでも罪でもありません。この宇宙
で、すべてのものが裸のままなのですから。しかし、社会の中で服を着ることが常
識となっているところでは、裸を公衆の前で見せるのは悪いことだという意見が圧
倒的になり、結局、次世代もまた、同じようにその習慣に従っていきます。
私は、インドの文化の中で生まれ育ちました。インドでは、夫婦であっても人前で
公然とキスすることなどはありません。私がインドのリシケシュでヨーガを教えて
いたとき、オーストラリア人とカナダ人の生徒が、彼らの文化がどれほど自由であ
るかを私に語り、インドの文化ももっと自由であるべきだといいました。
私は、オーストラリアとカナダを訪問する機会があり、实際に多くの男女が公衆の
面前でキスしているのを見ました。しかし、私は公園でオープンに愛しあっている
様子を見なかったのを思い出し、「鳥たちがするように、人々も公園で愛しあうこ
とはできますか?」と聞くと、彼らは尐し驚いていました。
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裸やセックスをどう思うかは、国によって見方が異なります。人々と社会は裸やセ
ックスについて心配しますが、神は気にしていません。自然界では、鳥や動物のオ
スとメスは裸で交尾します。彼らが裸のまま、誰の目をはばかることもなく交尾を
したからといって、ジャングルで犯罪が起きることはありません。人間は、もとも
と夏の暑さや冬の寒さから身を守るために服を着るようになったわけですが、今で
は服を着ることが社会規範のひとつとなっています。
世界にあるいくつかの島では、女性たちはみな裸だったりトップレスだったりしま
すが、そこでは性犯罪などの問題は起こりません。人間が体を隠そうとすればする
ほど、人間社会の中で性的な事柄がますます不自然で攻撃的になっていきます。
裸で自由に歩き回ったり、自由にセックスをする代わりに、現在何百億円ものビジ
ネス市場となっているポルノが出現しましたが、人間の性的関心をコントロールす
ることはできませんでした。
普遍的な宇宙の法則下では、裸は自然の中の美しさとして与えられています。神に
とって「裸」という判断はなく、ただ「自然のまま」なのです。クジャクやオウム
が彼らの美しい姿を布で覆うなら、神は何と思うでしょうか。ある庭のすべての花
が布で覆われていたら、どうでしょうか。肉体というものは、ただすべての魂のた
めに異なって設計された服のようなものであって、それは人間が考えるような恥か
しいものでも罪なものでもありません。すでにまかり通っている人間の社会的規則
を変更したりなくしたりすることは難しいですが、神にとってそうしたことは、お
かしな出来事にすぎないのです。
また、人類の意識はあまり成長していないせいか、何世紀もの間、押し付けられて
きたことを容易に受け入れてしまう習慣がついています。女性が子供の頃から、ま
わりで多くの人々がタバコを吸っているのを見て、彼女たちもタバコを吸うような
可能性があります。数年間定期的に喫煙するうちに、喫煙の罪悪感さえなくなって
いきます。肺ガンになる恐れがあっても、女性の喫煙が自然なものであると思い始
め、自信を持ってタバコを吸います。
しかし、裸とセックスに関する彼女たちの考えは、女性はセックスに関心を示すべ
きではないという社会的な考えに影響を受けたままです。彼女たちが喫煙中に人々
が自分を見ていても、何も罪の意識を感じませんが、偶然服がずれ落ちて胸が人々
に見られると不愉快になります。
あなたが喫煙しようがしまいが、服を着ていてもいなくても、カルマと運命の法則
に作用するような誰かを傷つける行為でない限り、神は何も心配していません。
学校で、子供たちの遊びの中でどんなルールを決めようとも、他人を傷つけたり花
壇などの美しい自然を壊すようなことでなければ、彼らは自由に遊ぶことができま
す。しかし、他の生徒を傷つけたり、学校の庭を破壊したりすればすぐに、彼らは
校則などによってその処罰を受けます。
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カルマと運命の宇宙法則もそれと同じように働きます。喫煙や飲酒は、健康面から
見ていいものではありませんが、他の人々に痛みを与えることもなく、傷つけもし
ないので、カルマと運命の法則からすると、何も悪い作用は起こりません。
しかし、肉を食べる習慣も、喫煙や飲酒と同じように社会的な習慣の影響を受けた
ものですが、肉食はカルマの法則が作用していきます。
まず第一に、肉は人間にとって自然な食べ物ではありません。第二に、肉があなた
のお皿の上に乗る前に、誰かが痛みを与えて動物を殺しています。
たいていの人は、人間が肉を食べるのは当たり前で、みんなが食べているのだから
別に悪いことではないと考えています。しかし、人間社会では合法的なことでも、
神が定めた宇宙法則のもとでは許されない場合があることを忘れてはいけません。
肉食のカルマと運命
あなたは、人間として生きるための適切な食事がどんなものであるかを考えたこと
があるでしょうか。生きるためには何かを食べなければなりません。生命維持に関
わるこの欲望は大きな力を持つものです。そして、食の欲望が引き起こすカルマが
どのように私たちの運命に作用するのかを学ぶ必要があります。
私たち人間と肉食動物の爪と歯を見比べてみてください。ライオンやトラなどの肉
食獣は、例外なく、獲物をとらえて肉を切り裂くのに適した鋭い歯と爪を持ってい
るのに対して、人間の歯と爪は、どちらかというと馬、牛、ラクダといった草食動
物の持つものに似ています。また、医師たちは、私たち人間の胃と腸の働きは植物
性の食物をうまく消化するのに適しているといいます。神は人間が菜食であること
を期待して創造しているのです。
火というものが発見されてから、私たち人間は食品を調理することで消化がよくな
ることを知りました。肉食動物は獲物を自らつかまえ、皮を引き裂いてそのまま食
べても消化することができます。人間は自力でとらえることも皮を引き裂くことも
できず、調理せずにはうまく消化することもできません。ですから、調理しなくて
も安全に消化できる果物や野菜などが、基本的な人間の食事なのです。
人々の中には、生の鶏肉や魚だって消化できると理論的に考える人もいます。私た
ちの胃は土でも木の皮でも、その他のものもそれなりに消化していきますが、そう
したものは人間にとって自然な食べ物ではないので、時としておなかを壊すことに
なります。あなたが牛や馬などの草食動物に肉を与えても、彼らは食べることはあ
りません。自然界の生き物は生まれ持った習慣に基づいたて生きており、自然の法
則に反したものを食べないのです。
しかし、人類は自然の法則に従って生きるか、または自然法則を破って生きるか、
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善か悪か、肉食か菜食か、その自由な選択を与えられています。そのため、カルマ
と運命の法則は、人間だけに影響する働きがあり、動物や他の生き物たちにはその
作用が働きません。
肉食を正当化したい人々の中には、人間はその昔、初めは非常に鋭い歯を持ってい
て肉食であったのが、後に植物性の食物がリスクなしで簡単に手に入れることがで
きたので菜食になったと信じている人もいます。それは本当のことなのでしょうか
。私は、その考え方には問題があると思っています。
なぜなら、第一にトラやライオンが人間よりも知能が务っていたとしても、この地
球で起こるさまざまな不利な状況でさえ、彼らの自然な食事である獲物の肉を得る
ための鋭い歯を維持して、肉食の習慣を保ち、今日までその種を維持してきました
。そして、最も良い脳を持つといわれる人間ならば、ライオンやトラと同じように
困難な状況でも肉食が人間の自然な食事ならば、それを維持できたのではないでし
ょうか。
他にも、トラやライオンなどの肉食動物ように、自然が最初に人間に鋭い歯や鋭い
爪を与えたのが本当ならば、人間は、単に自然な食事である獲物を手に入れるだけ
ではなく、自らの生存のために動物と他の人間からも守るためにも、鋭い歯と爪を
保つ必要があるはずです。
私は、人間が食事の習慣と歯や爪の構造を変える必要があったとは思えません。太
古から人間は生存のために、この地球で他の人間や動物と戦うことを必要としてき
ました。そうした戦いのときにはいつでも、棒やナイフなど他の兵器となるものが
、人間の手から振りおろされてきました。その武器の開発によって、天然の武器で
ある鋭く強い歯と爪をあきらめたくなったのでしょうか。
それに、人間だけではなく昆虫や動物たちも、リスクなしで食物が欲しいはずです
。人間が地球で容易に食物を得るために変化したのなら、なぜ、トラやライオンな
どは草食にならなかったのか納得のいく理由が見当たりません。
戦いと攻撃、そして、肉食がこの地球上における種の生存と生命の発展に必要だと
思ったとしても、なぜトラやライオンのように肉食になって、なぜ、牛や馬、象な
どが、完全に草食のままでいるのか説明がつきません。
科学の世界を見ると、科学者たちが鳥や象、ゼブラ、ヘビ、キリン、ライオン、サ
イ、タイガー、ラクダ、クジャク、すべての姿形の違いなどに関して、どうしてそ
の違いが発生したのか、いまだに討論中で混乱しているのです。
草食動物と肉食動物などが同じ源であるアメーバから由来して発展し、この地球に
一緒に共存していると思っている人々が多くいます。
しかし、实は、それ以上の神秘が私たちの地球の全生命体の背後に隠されているの
です。その神秘は、私たち人間が計算できる範囲をはるかに超えた領域で計画され
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たもので、種のすべての驚くべき姿形のデザインとライフスタイルの違いを、科学
的な見解から調査・研究し、その理由を解明することは不可能といえます。
クジャクの姿形を例にしてみましょう。あなたはクジャクを見て、オスとメスがど
うして異なる姿をしていると思いますか?
ある科学者たちの考えでは、クジャクは、オスが子孫を残すためにメスを必要とし
たので、オスは神秘的な驚くべきカラフルな尾を開発するアイデアを思いついたの
だといいます。しかし、別の多くの科学者たちは、このおかしい考えを冷笑してい
ます。オスのクジャクがメスのクジャクを引き寄せるために、オスは身体に何か特
別なものが必要だと考えるでしょうか。メスのクジャクも繁殖のためにオスを必要
としているのですから、メスの気を引くためだけなら、そのような尾を形成できる
までにかかると予想される数千万年、何百万年ものあいだ、オスのクジャクだけが
そのように苦労する必要性はないと考えられるからです。
オスのクジャクの必要性もメスのクジャクの必要性も、まったく同じです。人間社
会でも、女性も男性を引きつけるために悪戦苦闘していて、異性を得ることは男性
だけの仕事ではありません。クジャクが大きくカラフルな尾羽を持つようになるた
めに費やした何千年間を、より良い未来の生活のために、自身の脳を発達させたり
、人間のような言語を発達させることに費やすこともできたのです。この尾羽がな
くても、メスを獲得することができ、人間もそのようなおかしな尾羽がなくても、
男性は女性を、多くの他の種もオスはメスを獲得しています。
人類は、こうした生き物の姿がこの地球で何らかの影響で発展したと信じたがって
います。しかし、科学者たちの想像と实験は、私たちの地球の生命の全神秘を感じ
るような胸の奥底に響くものではありません。
不明瞭な現代科学者の答えとは異なり、古代の聖者たちは、明確な答えを持ってい
ました。クジャクの尾羽があることも、草食や肉食の体のシステムも、種が生き物
自身の計画と努力で自分の姿形のデザインや組織を選んだのではないと伝えていま
す。人間自身の力と努力で肉体の形や構造が変化し、その体に合った食事を自由に
変化させたわけではないのです。
すべての肉体のデザイン、すべての種の色や美しさなどの背後には宇宙の計画が働
いていて、その計画のもとでは、人間の肉体は、菜食で生きるような特徴を持って
設計されています。そして、人間が宇宙の計画の限界を超えて肉食に頼るならば、
人々が肉を調理するように、自分の両手を自ら炎の中へ入れようとしているような
ものなのです。
肉を食べることで間接的に生き物を殺害することに関わる人もまた、物理的または
精神的に苦しい経験をすることで、カルマの代償を支払わなければなりません。
痛みを与えたり生き物の肉を食べたりする不自然な悪いカルマは、その人のカルマ
の度合いによって、病気になったり何か苦しい経験として確实に自分に返ってきま
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す。ガンやエイズといった現代病を科学的にどうにかコントロールしたとしても、
悪いカルマの波動は必然的な現实となり、将来には厳しい問題となって表れてくる
でしょう。
社会の中でいつも平和で人を傷つけるようなことのない心やさしい人が、急にガン
細胞が発見されて、苦しみの末に病院で亡くなるといったことが、みなさんのまわ
りでもあると思います。そんな性格の良い人が、この宇宙で苦しむように神が創る
はずがないと人間は思います。人間社会の中では紳士的でやさしい人であると誰も
が考えたとしても、宇宙の法則においては、その人のやさしさや穏やかさは疑わし
いのです。人間社会の中で、本当に情け深い心からの想いではなく、自身の利益の
ためであったり、法律などへの恐れによって、親切に振る舞っていることがありま
す。
人のやさしさをチェックしたいならば、その人が罰を受けない状況でどんな行動も
自由に選択できるとき、その人がどのように振る舞うのかを見なければなりません
。食用のために生き物を殺したり、肉を食べたりしても、あなたは人間社会の中で
どんな罰も受けることがありません。人間社会は、人間のために人間によってつく
られたものです。規則や法律も人間の利益に基づいてつくられています。しかし、
神は、人間社会のレベルでいいかどうかを考えるのではなく、宇宙のレベルでやさ
しさを判断しています。
自由な選択ができる環境にあり、生き物を傷つけなくても十分に自分の生命を維持
できるならば、菜食にすることが人間らしい正しい選択となります。そして、自由
な選択の中で舌の欲望を満たすために生き物を傷つけるならば、悪いカルマの波動
を発することになるのです。
この世で多くの病気や伝染病などによって苦しむ人々を救いたくても、科学はその
原因を理解できません。それは、科学的な見方は単に一回の人生だけしか考えられ
ないので、魂のすべての転生のカルマに関するデータから出された結果までは知る
ことができません。
しかし、古代インドの聖者たちは、魂が最終目的である悟りに向かうために、瞑想
の技法を編み出したり、輪廻転生の教えを説いたりしただけでなく、肉食が魂の向
上を妨げることを理解させるために、人々に菜食を勧めました。菜食主義をとるの
はヒンドゥー教徒だからというわけではありません。ヒンドゥー教徒であっても肉
を食べる人もいます。
輪廻転生が世界各地で信じられているのと同じように、菜食も世界の広い範囲で行
われています。たとえば、日本にも、インドを発祥の地とする仏教が伝来したとき
に菜食主義が一緒に持ち込まれました。もともと仏教の教えにより殺生を禁じられ
た僧侶が食べる料理だった「精進料理」が日本の食文化に深く根づくようになりま
した。
西洋でも多くの天才思想家たち、アインシュタインやトーマス・エジソン、プラト
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ン、ソクラテス、カントなども菜食主義でした。彼らも人間は宇宙によって菜食主
義として創造されているという結論を出しています。しかし、西洋文化に菜食主義
が浸透しながらも、同時に社会の中で商業的な影響から肉食も一般的な文化として
残っていきました。
肉食は、睡眠やセックスなどとは違って、神が人間に与えた本能に基づく行為では
ありません。本能的なものは神の計画によって与えられた生きるうえで必要なもの
ですが、社会の中で生まれた習慣はそうではありません。喫煙や飲酒と同じで、誰
かに教えられるか、誰かがしているのを真似することによって身につける習慣です
。
他の動物たちが自然に食べる種類を選んでいるように、大人たちが、子供たちに肉
を食べることを教えずに、自然界の機能に逆らわない食事を心がけていくなら、自
分の体が持つ爪や歯、胃腸の構造や機能に最適な食物を自然に選び続けて成長する
はずです。
神が人間に与えた本能の中に、子孫を繁栄させるためのセックスがあります。子供
たちにセックスを教えなくても、たとえ親がセックスに反対したとしても、成長す
ればどのように対処するべきかは本能的に知っていきます。そして、セックスは人
間のための神の計画ですが、肉を食べることは違います。しかし、人間社会では、
どうしたわけかセックスなどの生まれながらの本能は汚いもので、セックスがいけ
ないことであるかのように考えられ、オープンに話をするのも避けられている一方
で、肉食はごく自然なこととされています。
社会は子供たちを自然に逆らった方向へ強制的に向かわせています。これまでもお
話ししてきたカルマと運命の法則という宇宙レベルの機能は、人間がつくった社会
レベルと一致していないことも多いのです。
菜食を考えるときに、乳製品も肉食に入るのではないかと思う人もいます。ミルク
と乳製品は動物からとられたものですが、動物に痛みを与えたり殺したりするわけ
ではないので、日常の食事に使用しても問題になりません。
しかし、私たちが動物からミルクをもらうときには、その代わりに敬意を示すよう
にしてください。古代のインドでは、バターやヨーグルトなどを生産するために、
主に牛のミルクに頼って生活していたので、牛は母親のような存在として尊敬され
てきました。人間は生き物を殺さずに、動物から助けを借りることも出来ます。罪
のない動物を殺すことで生じる悲惨な運命を避けるために、菜食を实行するべきな
のです。
現代の人々は健康を維持するために肉食が必要だと思っています。肉を食べないと
スタミナがつかないとか、野菜ばかり食べていると、健康を維持するのに必要な栄
養素が摂れないと信じている人がいますが、それはたいへんな誤解です。
实際には、馬や牛、象やサイなどの草食動物は、力があり、エネルギッシュで体も
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大きく、人間とは違って栄養学の本を読んで勉強しているわけではないのに、植物
を食べるだけで健康を維持しています。現代の人々は、卵の中にどのくらいのタン
パク質などがあるかは記憶していても、野菜にはどれくらいのパワーがあるかを忘
れてしまっています。
車のエンジンの出力が「ライオン力」ではなく、「馬力」という単位で表されるこ
ともその象徴です。草食である馬には特別な持久力があります。野菜や果物には各
種のビタミンやミネラル、繊維質なども豊富に含まれているため、菜食はより多く
の精力とエネルギーを与えますが、肉食は、人をイライラさせたり、怒りっぽくし
たり、脂肪を増やして体重を増加させていきます。草食獣はおとなしく平和な印象
がありますが、肉食獣が獰猛であるのと同じように、人は肉食によって、短気にな
り乱暴な態度をとりがちで、すぐに人間関係は壊れてしまいます。
カルマと運命の法則は肉食の人間たちに否定的に働きます。なぜなら、人間は、食
欲を満足させるために、生き物の命を奪ってしまうだけでなく、動物や鳥の持つ感
受性と愛情をも壊してしまうからです。果物と木が切り離されるとき、その果物と
木とのあいだには、愛着という感覚がまったくないですが、すべての動物と鳥は、
人間と同じように、強い愛情によって彼らの子供や家族と関わりを持っています。
木が地面に果实を落とすように、鳥は自分の卵を投げたいとは思いません。しかし
、私たちが鳥の巣の下を歩くなら、多くのカラスがするように、彼らの家と子供を
保護するために、私たちの頭の上に糞を落とすのです。
あなたが鳥や動物の肉体を破壊するとき、彼らの愛情も破壊しています。他の生き
物の肉体と愛情を破壊した後で、あなたはこの宇宙の中で平和に暮らすことはでき
ません。これがシンプルなカルマと運命の法則の考え方です。
自然界の生き物のように、それぞれに合った適切な食物を食べることによって、自
然のバランスをとってください。人間が果实と野菜を食べるとき、自然のサイクル
を助けエコロジーにもなります。
人間や動物、鳥などが果实と野菜を食べ、果肉を食べた後に残った種や、排泄物に
混じった種が成長して、自然は再生し広まり続けていきます。しかし、動物を殺す
とき、あなたは同時に彼らの愛情も殺し、そして、人生の流れも中止させてしまい
ます。
果实と木には、鳥や動物、人間のように感じる愛はありませんが、果实と木や植物
にも意識があるという人もいます。私たちが野菜や果物を食べて痛みを与えている
ことを神が心配しているなら、神はなぜ私たちの食べるべきものを完全に痛みを感
じることのない状態で創造しなかったのでしょうか。簡単に答えるならば、神はそ
のようには創れないのです。
神自身の創った宇宙には数学的な制限があります。私たちが世界中にある花と蝶な
どの構造を見てみると、何百万もの種類があり、それぞれの姿の中に一定のデザイ
ンが繰り返された幾何学的構造を持っていて、計算されたように創られていること
51
がわかります。
たとえば、蝶の模様や花びらの規則正しい並び方、ハチの巣の内側にある六角形な
どのように、神はこの宇宙を数学的に作成しています。神はそのシステムから外れ
たようなことは实行できません。神の創った数学的なシステムの中で、絶対に不可
能なことがあります。
たとえば、私たちが学校で習う算数で、三角形の図をつくるときに、三つの直線が
ないとつくれないと教えられています。二つの直線だけを組み合わせても、絶対に
三角形にならないことがわかると思います。地球上でも不可能だし、宇宙空間に出
て、二つの直線をどんなに長く伸ばしても三角形の図形にはなりません。
そのように、この宇宙の中にあるすべてのものは、計算された一定の方式に従って
存在しています。そして、この宇宙の中で完全に無意識のものは存在できないとい
うことも、変わることのない絶対的な法則の中のひとつなのです。
この宇宙のすべては神の一部であり、神そのものです。神は至るところにいて、こ
の宇宙のあらゆる部分が神の意識でできています。
たとえば、魚が海に向かって、なぜ海の中の至るところに水気があるのかと不平を
いっても、何の役にも立ちません。
この宇宙全体は海に似ています。人間が意識のない食べ物が欲しいと文句をいって
も、無駄なことなのです。宇宙のすべてが意識でできていて、
私たちは神の中に生きています。すべては神の意思で創られているのです。あなた
の内側にも外側にも意識があります。神がこの宇宙の背後にある意識を取り上げた
ら、この宇宙は存在できないのです。
この宇宙の中で、無意識に見えるものであっても、意識のないものはありません。
石や鉄の分子や原子にも意識が存在します。もしも、原子が百パーセント生きてい
ないなら、この宇宙の中のすべてが分離することになるのです。意識というものが
、この宇宙の中にあるあらゆるすべてのものと接続するために必要なのです。
原子、プランクトン、それに野菜の中にも意識があります。そして、動物や鳥の意
識は愛情レベルにまで成長しました。また、人間と同じように、鳥や動物も恋に落
ちます。多くの場合、彼らは、人間よりも誠实でいい恋人関係を築いています。鳥
の中には、つがいの片方が死んだときには、後に残されたほうは別離の苦痛で自然
に死んでしまいます。そんな話を聞くと、特に女性は、そのような恋人を見つけた
いと思い一生かけて探したくなるようですが、見つけられる確率はどれくらいある
のでしょうか。
人間よりも他の生き物のほうが、誠实さや忠誠心を感じることが他にもあります。
鳩は、放し飼いにされても、彼らが飼い主を見つけることができるくらいの驚異的
な感度を持って、何千キロメートルも離れたところの遠方からさえ家に戻ってきま
52
す。
現代の主要都市では、犬や猫を飼って、ペットと過ごすかひとりで暮らすことが一
般化している一方で、人々の信頼関係は薄れてきています。人間同士の関係があま
りうまくいっていないケースが多く見られます。
なぜなら、私たちは、わがまま過ぎて強欲だからです。人の歴史にはそのような例
がたくさんあります。人間は信頼し愛してくれた人を騙したり、殺害したりしてい
ます。
しかし、ジャングルでは、腹を立てたシマウマやオウムが自分勝手に彼のガールフ
レンドを殺すという話など聞いたことがありません。ジャングルの中で動物や鳥が
、彼らのわがままな理由で彼らの両親や子供を殺したりはしません。残念なことに
、そうしたことが人間社会の高い教養を持つ人々のあいだでも起こります。
誰かが自分の飼っている犬や猫を殺して食べる前に、その脚や耳を神に捧げた後、
あなたにもその肉が差し出されるのを想像してみてください。あなたはその殺人者
に罪のつぐないをしなくてもよいと思いますか?
正常な精神を持つ人ならば、命の重みを感じないはずはありません。それを食べる
前に脚を神に捧げたとしても、食べる人は自分のカルマに責任があります。どんな
悪いカルマの一部もただ神に捧げるだけで、そのカルマがきれいになくなると信じ
る人がいますが、もしも、誰かが女性を誘拐して、その女性をレイプする前に彼が
最初に彼女の裸の肉体を神に提供した後で彼女をレイプしたとしても、その人はこ
の悪いカルマを持っていないと考えることは正しいことなのでしょうか。
神という名目で肉食を許している宗教指導者たち、彼らは今、自分の魂の未来に暗
い現实が起こるように準備をしていることになります。宇宙的な法則を理解できた
人はすぐに、そのような指導者から逃れるべきでしょう。さもなければ、そのよう
な指導者は、来世であなたが欲しくないような戦いや苦しみ、痛みを受ける環境に
あなたの魂を送ることになるのです。
肉食が魂に与える影響
神の宇宙的計画のもとで、魂の霊的な成長の秘密は、アメーバなどの単細胞レベル
から転生を繰り返し、すべての魂がさまざまな肉体を持つことで進化の過程を体験
していきます。
魂は植物、鳥や動物へと進化し、進化の最終段階で人間の肉体を経験します。鳥や
動物、すべての生物の魂の進化も、人間は魂の発展段階の同じ線上にいます。それ
らは私たちの単なる食物ではなく、また、彼らの魂を人間の好きなようにを扱って
はならないものなのです。なぜなら、他の魂の成長のための貴重な時間と機会を奪
い妨げることになるからです。
53
「非暴力は最も高い倫理学に通じるすべての発展のゴールであり、他のすべての生
き物に害を及ぼすのをやめるまで、私たちは野蛮人のままなのだ」。そのようにト
ーマス・エジソンも言い残しています。
人間は歴史の中で、数えきれないほどの戦争を引き起こし、多くの人々を殺害し、
戦いによって何十億人もの罪のない男性、女性、子供にまで障害を持つほどの重傷
を負わせ、そして、何百万人もの人々が奴隷となってきました。それでも、人間は
、自分たちが文明的でありやさしさがあると考え、動物は猛獣で危険であり、ただ
の食物でいいと考えています。
人間は、自分たちのための生きる定義も、他の生物のためのどんな定義も勝手につ
くることができます。この間違いを気づかせるために、宇宙は、苦痛を感じさせる
現实を送り、人間の魂を適切な方向へ進むようにさせることが、この宇宙の中での
カルマと運命の法則の働きなのです。
肉食や喫煙であっても、地球の何百万人もの人間によって受け入れられるなら、神
がカルマの判断方法を変えるだろうと思っている人も中にはいるかもしれません。
しかし、神には宇宙の中で他にも世話をする多くの世界があり、人間だけのために
この普遍的な法則を変えることは決してありません。
人々は、個々のカルマに基づいて個人的な苦しい経験をします。しかし、同じ文明
の中で生きるほとんどすべての人々が、肉食のように悪いカルマを起こすような行
動をとり始めるとき、台風や洪水、地震などの自然災害や戦争などの争いによって
、地球からその文明自体をなくすこともあるのです。
なぜ多くの優れた文明が海に沈んだり、何かの作用で何百万人もの人々が地震など
によって地下に埋まってしまったのか、遺跡を発掘した科学者たちは驚きます。そ
うした遺跡から、科学と宗教はいつもその答えを探し出そうとします。また、人間
は、親切でやさしく、礼儀正しく教養があり、誰も決して傷つけていないのに、な
ぜ神はこんなことをするのかと考えます。
自然は、人間だけではなく、地球上のすべての種が楽しむべき存在であるにもかか
わらず、現代では、肉食による牧場の開拓やその他さまざまな理由で人間が行って
きた不必要な自然破壊によって、自然の法則の限界を大きく超えてしまいました。
今後百年間のうちに、悪いカルマが引き起こす自然災害のターゲットとなる、人物
、町、文明がすでに決まっているかもしれません。
「地球上のすべての生命の生存のためには、菜食への発展ほど人間の健康のために
なって、生存の可能性を高めるものはない」と、アインシュタインも述べています
。
宇宙は、生物の肉体はなくなっても、すべての魂は死ぬことがないのを知っていま
す。魂は再び生まれ変わり、人生は続いていきます。そして、自然の法則を破壊し
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た魂は、唯一自然でしか生活できないような原始的な生活をしながら、人間と自然
と宇宙の関連性を学べる場所に再び生まれ変わっていきます。そして、その次に転
生するときにも、個々の過去世のカルマに基づいた良い環境または悪い環境で生ま
れ変わる機会を魂は与えられます。
宇宙は魂の霊的な進歩のために存在しています。人間社会での株価の崩落や経済的
な損失によって動揺する人間は、宇宙にとってみれば、自分のおもちゃが壊れて動
揺する子供のようなものです。もっと価値のあるものを知っているならば、どうと
いうことはありません。
人間は物質的な競争だけではなく、次の世代にもっと大切な精神的価値を伝えてい
くべきなのです。
悪い運命をつくらず、悪い運命から身を守る秘訣
カルマと運命の法則のまた別の重要な点のひとつは、人間の運命が肉食や暴力など
の物理的な行動だけで決定されるのではなく、行動の背後にある人間の心の「態度
」と「願望」が、カルマの結果を決定していくということです。「まったく同じカ
ルマ」を別の二人が行ったとき、その心の持ち方と欲望の違いによって、異なるカ
ルマの結果が生じます。
多くの場合、肉食や暴力は何かの願望を満たすための行為であるため、悪い運命を
もたらすものとなりますが、同じ行為でも異なる結果となる場合があります。そう
した特別な場合とは、いったいどのようなものなのかを理解するために、ひとつ例
を挙げてみましょう。
ひとりの男があるオフィスビルに侵入し、ナイフで人をひとりずつ殺し始めます。
そのとき、そこにいたひとりの女性は、その男を止めようとしますが、止められる
状況ではありませんでした。彼女が、助けを呼ぶために警察に電話をしても、警察
が到着するまでに、多くの人が殺されてしまう恐れがあります。オフィスには銃が
あり、それを使うかどうか彼女は迷います。しかし、銃を持ってきて、その男を撃
ちます。その男を撃たなければ、何百人もの人の命が失われることになるからです
。
さて、このような状況では、宗教や救世主の立場からは何というでしょうか。この
女性のとった行為はどんなカルマになると思いますか?
宇宙の法則では、その女性の行為は悪い運命をもたらさないのです。女性は、彼女
自身の願望を満たすために人を殺していないからです。自分自身の利己的な願望も
強欲さもなく、自分の好みを満足させるためではない行いのカルマは、悪い運命を
引き寄せないのです。
倫理的に、ただ「殺すな!」と言うだけでは、善悪を説明しきれないのです。
55
この例の他にも背後に働く善悪の法則があります。体を使って誰かを傷つけること
だけが暴力ではなく、心の中で人を憎んだり嫌ったりすることも暴力になります。
争う想いが、暴力という行動を起こします。
「非暴力」の状態とは、心の中で完全に争う気持ちがないことを意味します。そし
て、非暴力の生き方は、人間社会に平和をもたらします。
人類は常に平和を訴えていながら、戦いの歴史は消えることがありません。いつも
地球のどこかで戦いが起きています。平和な暮らしをするために、私たちはどのよ
うに考え、どのように行動するべきなのか現实の中で迷うことも多くあります。つ
まり、善悪の判断を決定するうえで、社会がつくり上げた一般的な倫理観だけでは
確かな決断はできないものなのです。
インドを独立に導いたマハトマ・ガンジーが毎日持ち歩き、生き方の指針としてい
た聖典があります。その聖典『バガヴァッド・ギータ』には、实に奥深い多くの智
慧が記述されています。
約五千年前に生まれたヨーガのマスターであるクリシュナによって語られた教えが
記録されているもので、それは、当時の戦場で起きた实話であり、クリシュナが親
友であり従兄弟であるアルジュナに、カルマについて、戦うということについて、
さまざまな人生の深い教えを伝えているものです。日本では馴染みのない人物です
が、クリシュナの生まれ変わりが日本人にもよく知られている仏陀であると考えら
れています。
人は誰でも戦争を避けたいと思うはずです。しかし、人生に起きる悲痛な環境の中
では、戦わなければならないときもあります。クリシュナの教えを読んで、ガンジ
ーは、イギリス人との戦争を兵器なしで戦うことを決意しました。
歴史の中で多くの戦争が起きていますが、なかには社会の平和を築くための戦争が
あります。戦うべきか戦うべきでないかは、常にいつの時代でも意見が分かれるも
のです。しかし、カルマの作用に関してはっきりしていることは、自分の欲からで
はなく、人々に平和な暮らしをもたらすための戦いならば、相手を殺すことになっ
たとしても、悪いカルマにはならないのです。しかし、同じ戦いであっても、相手
から何かを奪うことが目的であったり、自分勝手な支配を企むならば、悪いカルマ
となります。
時には、軍人が戦争に参加することがあったり、農業を営む多くの人たちは、農耕
のあいだ必然的に多くの生物を殺すことにもなりますが、どちらの場合もカルマの
作用はありません。それは、自分たちの個人的な選択で殺すのではなく、彼らは必
要な状況でただ義務を果たしているだけだからです。
しかし、利己的な理由で殺害したり傷つけたりする人々の場合には、その行いは悪
い運命となって返ってきます。
56
同じように、アラスカなどの特別な環境の中で暮らし、肉以外に食料になるもの
がないような生活をしている人々が、肉を食べてもカルマの作用を起こしません。
また、悟りを開いている人が、肉食だけで生き延びてきた種族のところへ行くこと
があれば、現地の人々が混乱しないように、その場所で手に入る食事をとります。
しかし、菜食か肉食かを自由に選択ができる環境にある人々が、個人的な好みで
肉を食べることを選ぶなら、いつかはそのカルマを何らかの形で返済しなければな
りません。自分の欲望による選択が運命をつくるのです。
カルマの影響から自由になるためには
人々は良いカルマの結果だけを欲しがり、悪いカルマの結果を避けたがっています
。しかし、カルマの法則には、良い悪いの区別がありません。良いも悪いも人間が
つくり上げた概念であり、あなたの発した波動があなたに返ってくるだけです。あ
なたの中に何かが欲しいという欲望がある限り、カルマの波動が生じます。
人間は、良い運命を受け取りたいという願望を手放すことができないように、宇宙
は、悪いカルマの結果を返すのを止めることができません。
あなたが悪い運命を受け取りたくないならば、まず、良い結果を期待せずに、どの
ように善い行いをするのかを学ばなくてはなりません。悟った人は、人々や宇宙か
ら何も期待せずにすばらしい行いをして暮らします。彼らは、何も要求しないで生
きているので、カルマの波動は発生せず、良いカルマも悪いカルマの作用もなくな
ります。期待する心、要求する心がカルマの波動を発生させるからです。カルマの
波動の発生をはっきり自覚するには、自分がしなければならない義務であるのか、
自分の願望による行動なのかを知る必要があります。
小さな子供に顔を叩かれても真剣になって怒らないですが、ライバルが顔を叩いた
なら怒りが込み上げてくるものです。そうした違いがあるように、悟った人の態度
と普通の人の態度の波動には違いがあり、その波動の違いを宇宙はとてもよく理解
しています。
平和を願った行動でも、人によって違いがあります。キリストは、人々が注意を向
けて聞くように、激しい行動をとったことがあります。あるとき、神殿の庭で、牧
師と商人が、神に捧げるための生け贄にする生き物を売り買いしていました。そこ
へ、キリストがやってきて、机や椅子をひっくり返して彼らを叱りました。生き物
の命を人間の欲望の満足に使うことは、正しい行いではないと注意しました。しか
し、時には、同じことを人々に教えるときに、まわりの人々の状況によっては、仏
陀のように、静かに話をして注意することもあります。
仏陀やクリシュナ、キリストなど、悟った人々が、時には肉も食べたり、戦いなど
で暴力を振るうこともありますが、彼らはカルマと運命の法則に触れないままで行
うことができます。なぜなら、自分の欲望で行動することのなくなった人たちは、
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自分の置かれた状況の中で、適切に判断し最適な行動がとれるからです。
しかし、あなたが自分の欲からスズメを殺したり鶏を食べることを選択するなら、
カルマと運命の法則に触れないではいられません。
あなたがカルマと運命の法則に触れずに生きていくために、最初に行うべき三つの
選択肢があります。ひとつは、悟りを目指すこと、二つ目は、まず良いカルマの結
果を獲得しようという欲望を手放すこと、そして三つ目は、生き物の命を奪わない
ように肉食をやめること、この中からひとつ選んで今から始めるならば、自分の内
側の意識を変えることができ、他の深い智慧の部分も自然に理解できるレベルへと
成長することができます。
過去の悪いカルマの影響を改善する秘訣
何年も長いあいだ、肉食を習慣としている多くの人々がいます。そうした人々が今
までに行ってきた大量の悪いカルマを考えると、未来が恐ろしくなります。今まで
にしてきた自分の犯した悪い行いを考えると、どうにか悲惨な運命から逃れられな
いだろうかと思うものですが、安心してください。未来に起こる自分の運命から身
を守る秘訣があります。
その秘訣とは、もしも今から、あなたが今までの態度を変えるならば、カルマと運
命の法則による影響もあなたのために宇宙の中で変化していきます。
では、どのように変化させることができるのかをお話ししましょう。
ある国の法律では、犯罪者が、自分の過ちに気づき再び同じ間違いを繰り返さない
とわからせることで、彼の悪い行いに処罰を与えないことがあります。しかし、多
くの場合、間違いを繰り返さないといくら約束しても、彼がまた同じように罪を犯
さないという保証は何もないと判断するのが一般的な考え方です。
警察と判事は犯罪者の心を完全に読むことはできません。ですから、地球の法律は
、彼らを自分の誤りに気付かせるために、一定期間、刑務所に入れるような方法が
とられています。
犯罪者が正しく生きることを学び、社会の中で問題を起こさないと判断できたとき
には、釈放され普通の生活を始められるようになります。そのように過ちを理解し
た人はもう社会において問題児ではなくなり、刑務所に彼らを入れる理由がまった
くなくなります。
将来、科学的に犯罪者の心を読むことが可能となり、泤棒、強盗または殺人者が完
全に変わったと確信でき、決して間違いを繰り返さないのがわかるようになれば、
刑罰はもっと軽くなります。完全に心が純粋に生まれ変わったならば、刑務所に入
る代わりに、彼の個人的な誤りの経験を人々に教えることで、社会の中でより役に
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立つことも考えられます。
实際のところ、宇宙に働くカルマと運命の法則は、人間社会の法律の仕組みより高
度に進んでいて、私たちが深く反省し、自分の過ちが理解できたという考えや態度
も認識できるので、必要以上に罰を与えたりしません。私たちの地球上の法律は形
のある証拠で罪を判断します。もしも、あなたの証拠が無罪を証明するものでなけ
れば、あなたは刑務所に入れられます。しかし、時にはその有罪となった証拠も間
違えている場合があります。地球上の法律は時にむやみに働いているといえます。
それに対して、すべての思考と態度を観測できる宇宙の法則の裁きは、決して間違
うことがありません。宇宙の判事はいつも私たちとともにあります。
私たちは、ただ自分自身の内側を見て、どんな自分であるかを考えるだけでその判
決がわかります。
人生の中で繰り返してきた同じ過ちを二度としないと、心から宇宙に向けて宣言す
るなら、宇宙と惑星はその想いを受け取り、その想いに応じて悪いカルマは軽減さ
れ、その時点で極端な悪い運命から自由になることができます。
ですから、自分が悪い行いをしてしまったと反省し理解したなら、二度と同じ行為
を繰り返さないと心に誓うことです。そして、その反省したとおりに实行すること
です。
運命を好転させるために心がけること
これまでの説明で、何が宇宙的なレベルで良いか悪いか、そして、あなたの魂の旅
で自分が何をするべきなのか理解できたでしょうか。
カルマに隠された秘密を明かしてきましたが、これから先の人生で、何が良いカル
マで何が悪いカルマなのか判断がつかなくなってしまったときには、ただ心の内側
に意識を向けてください。あなた自身の魂があなたの霊的な教師なのです。
しかし、それでも自分がどう生きたらよいのか明確にならないときには、「あなた
が他の人たちからしてもらいたいと思う行為が良いカルマであり、あなたが他人か
らしてほしくないと思う行為が悪いカルマになる」ということを覚えていてくださ
い。
私たちのカルマに対する宇宙の判断は、私たちが他人の行為を判断するのと同じで
す。もしも、自分が他の人や動物などの生き物から痛みを受けたくないなら、自分
も他の生き物に痛みを与えるべきではありません。自分の家族だけを大切にし、自
分の痛みだけを考え、動物の家族は大切でなく、彼らが痛みを感じないとあなたが
考えているなら、将来はとても注意が必要です。宇宙はあなたに地球上で起きる暗
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い影の世界を見せることも可能だからです。
自分には教養があり迷信など必要がないと考える大都市の多くの人々は、運命を信
じていません。そうした人々の人生を見てみると、毎日十時間も十二時間も馬車馬
のように働いている人々が多く、それでも一向に生活に対する満足感を得ていない
ように感じています。
恋愛でも悩み、人生のパートナーを見つけられず、そして、いつも何かを失うので
はないかという恐怖に取りつかれています。さらには、一生涯、こうした暮らしか
ら抜け出せないと悩んだ末に希望も失われ、自殺してしまう人もいます。
このようにして、人々が気づかなくても、悪い運命によってその人は苦しんでいき
ます。しかし、苦しい体験をしても、何か運命のようなものが自分たちの人生を支
配しているかもしれないなどと考えようともしません。そうした人たちは、肉食な
どによる過ちを毎日繰り返して生活していきます。このような状況の中で、彼らの
魂が平和になれる望みはほとんどありません。
私たちが生まれた家族や現在生活している環境は、過去世でのカルマによる自分の
運命によってつくり出されています。そして、私たちが今何をするかで、来世の人
生と運命をつくり出していきます。
また、惑星が誰かに運命の影響を与えるとき、その恩恵や罰を与えるために惑星が
直接地球まで来なくても、その人の運命は本人が気づかないようなさまざまな方法
で体内のチャクラに変化をもたらします。惑星は微妙なレベルで私たちのチャクラ
の音と色に働きかけ、私たちのマインドに生まれる思考に働いています。
惑星は、私たちの体内にあるチャクラの音と色に振動を起こし、脳にある血液や水
分などの液体に尐し動きを引き起こすことで、私たちに多くの変化をもたらすこと
ができます。
惑星は、私たちのチャクラのエネルギーの流れを激しく波立たせて、私たちのマイ
ンドに考えを送ります。
私たちが考えを行動に移すとき、自分の良いカルマや悪いカルマの結果を受け取る
状況に陥るように仕向けられます。
つまり、人間の運命を左右するために、惑星は私たちの脳で働く思考をコントロー
ルするだけでいいのです。私たちの人生で一瞬一瞬浮かぶ多くの考えは、惑星の引
力によってコントロールされています。 ひとつ例を挙げてみましょう。
あなたは家で座っています。考えというものは、私たちのチャクラに貯蔵されてい
る波動の情報がマインドの表面まで浮上して泡がはじけるように、何かの考えがひ
らめき、あなたをどこかに行かせるように奮い立たせるのです。
あなたは、思いついた場所に行って、偶然にも誰かに会います。
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その出会いはあなたの人生で飛躍的な変化や成功をもたらします。良い運命を持つ
人はこのように成功へと導かれます。
他の例では、あなたは新聞を読んでいて、あなたやあなたの会社の成功や新しい实
績のために大きい変化を起こすことができるような会社の方針を変える発想を得た
りします。
それと
同様に、否定的なことも起こります。たとえば、あなたは、くつろいで家にいると
きに考えが浮かび、車で出かけようと思いつきます。まさに家を出たところで、事
故があなたを待っていることもあります。これが運命の働きの不思議です。運命の
働きのもとでは、いろいろなことが自動的に起こりますが、あなたはその働きに気
づいていないかもしれません。運命はあなたの考えの中で働いているのです。
異なった運命の影響を受けて、まったく同じ状況であっても、二人の人たちはその
出来事を異なって計算し、異なって計画を立て、そして、異なった態度をとります
。
ある男性には、ガールフレンドがいました。男性は、彼女の誕生日に、彼女はまだ
オフィスで働いている時間だと思い、贈り物を持って彼女の家の裏口から入り、彼
のガールフレンドを驚かせる計画をしていました。しかし、彼が寝审に入ったとき
、別の大きい驚きが彼を待っていました。彼のガールフレンドは別の男性とともに
いたのです。ガールフレンドは、彼が不意にやって来ることが理解できませんでし
た。
ボーイフレンドはそのような状況で、どうしたらよいのかわからなくなりましたが
、とにかく、ボーイフレンドは、自分の心をコントロールして、「きみはぼくから
自由になってもいい、その男のところへ行ったらいい」とガールフレンドに言い、
贈り物を放りなげてそこから走り去ります。その後、その男性は最終的に別の女性
を見つけます。
そして、そのガールフレンドと彼女の新しいボーイフレンドは一緒に生活を始めま
した。
そして、数カ月が過ぎたある日、新しいボーイフレンドは突然家に戻ると、驚く状
況が彼を待っていました。彼女は別の男性とともにいたのです。しかし、このボー
イフレンドの運命は以前の男性とは異なっています。
そのボーイフレンドは、怒りをコントロールしきれなくなり両方を攻撃し殺そうと
しました。男性と彼女は警察を呼び、ボーイフレンドは殺人未遂で、一年間、刑務
所に入ることになりました。
独房の中に座って、彼のガールフレンドの以前の彼氏のように、別の女性を見つけ
るという楽な選択肢があったと彼は考えます。彼がその女性のために一年間刑務所
で、誰とも仲良く話をすることもなく自由もない生活に対して、なぜこんなに不運
なのかと考えました。
61
運命は、人生で起きる多くの出来事に対して、その人間がどのように振る舞うかで
決まります。良い運命では、人々は平和な心で行動を決定します。悪い運命では、
人々は乱れた心の状態で行動を決定します。私たちの運命の波動というのは、私た
ちのマインドが、はっきり理解した状態で良い方向に働くか、または誤解を引き起
こすように悪い方向に働きます。
決断というものは、人生のその時々で、私たちの進歩のレベルを向上させたり停滞
させたりします。そして、人生のすべての決断は運命のコントロール下にあるので
す。
人間は、自分の人生のどの部分が運命によってすでに影響されているのか、人生の
どの部分が現在の判断の誤りによって影響したものなのかをはっきりと知ることは
できないのです。
しかし、悲惨な状況が自分のまわりで起きていても、精神の向上と真の幸福をつか
むことへの希望を捨ててはなりません。もし、人生に無意識でいるなら、運命の波
動はあなたを簡単にコントロールしていきます。意識的に最善をつくして生きるこ
とです。
すべての人間が、自分のカルマの所有者ですが、自分の運命の奴隷でもあります。
私たちは、慎重に行動する必要があり、最も重要なことは、慎重に考えて決断する
ことです。
あなたが運命の支配者になりたいならば、あなた自身のすべてのカルマと運命の法
則について充分に理解しながら慎重に行動するべきなのです。その努力を始めるな
らば、やがて宇宙はあなたを忚援するように変化し、運命を好転させることができ
ます。
62
第三章
惑星と宝石が運命に与える影響
運命の光をコントロールする
子供の頃、私は占星術師だった祖父の横に座り、いろいろな話を聞いたものです。
祖父はよく、惑星には意識があって、宝石にも意識がある。それに、ガンジス川に
も意識があるといっていました。何のための儀式だったかは忘れてしまいましたが
、儀式をするために、家族で地面に穴を掘るときには、必ず祖父がマントラを唱え
ていました。そして、また祖父は大地にも意識があるといいました。
当然のことですが、当時の私には、祖父がいっていることの意味がまったくわかり
ませんでした。
長いあいだ、この宇宙で意識を持つのは人間と動物だけで、その他の現象には意識
がないというのが科学の常識とされてきました。しかし、近年になって植物にも意
識があり、まわりの状況に反忚するという事实が明らかになりました。また、人間
と同じように好き嫌いがあることがわかりました。たとえば、植物に心地よいクラ
シック音楽を聴かせると、よく育ち、花が咲いている期間も長くなるのに対して、
騒々しいロックミュージックを聴かせたりすると、しおれ始め、そのまま枯れてし
まうこともあります。
また別の発見では、『水からの伝言』(波動教育社)、『水は答えを知っている』
(サンマーク出版)などの著者として知られる江本勝博士によって、水の持つ神秘
が解き明かされました。
それは、直接人間に関わっているたいへん興味深い研究結果です。
江本勝博士は、水が生きていることを多くの科学实験で立証したのです。それは、
水に対して持っている一般的な人々の考えとは異なるものでしたが、水にも意識が
あり、私達の肯定的な言葉と否定的な言葉に影響されることを立証しています。
たとえば「ありがとう」「愛しているよ」というような礼儀正しい言葉や愛情深い
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言葉を水に繰り返し語ると、水は雪花状の美しく形成された結晶になってその反忚
を表し、「ばかやろう」や「嫌い」といった否定的な言葉をかけると、水は汚い結
晶になってその反忚を表すことがわかったのです。
この発見で江本博士は、自分自身が何を考えているのか十分注意する必要があると
伝えています。よくいわれるように、地球の七十パーセントは水で構成されていま
す。地球には海洋や河川があり、日常生活でも水を多く使います。地球に住んでい
る何十億人の人間の言葉と考えは、地球上の水に影響を及ぼすことは確かです。
人間がこの宇宙の深い真实に近づけば近づくほど、自然の仕組みの中から信じられ
ないような新しい発見が次々と表れます。世間には公開されていないたくさんの驚
くようなことが他にもあるのだと思います。たとえば、次に解き明かされる神秘的
な宇宙の真实が、どんなものであるかを私たちは知らないだけなのです。
水にも意識が働くことが立証されたおかげで、私が日本の人々のために、数千年と
続くジョーティッシュ(インド占星術)の智慧について説明することがより簡単に
なりました。
地球で最古の文献といわれるインドの『ヴェーダ』文献を深く学んでいくと、古代
の聖者たちは瞑想によって、この宇宙の現象すべてに意識が働いていると気づいて
いたことが記述されています。
彼らは、アグニ(火)、ヴァーユまたはパワン(風)、プリティヴィ(地)、ジャ
ル(水)、グラハ(惑星)にしても、すべての自然は、意識を持っていることに気
づきました。そこで彼らは、水だけでなく、火、風、地、惑星にも祈りを捧げまし
た。『ヴェーダ』文献を読むと、その大部分が自然に対する祈りの言葉で占められ
ていることがわかります。
日本でも、たとえば京都には風神や雷神といった自然神の彫像がたくさんあります
。その起源は『ヴェーダ』文献にあり、仏教の知識とともに日本に伝来しました。
聖なる川として崇められているガンジス川が良い例ですが、インドでは古代から、
水は多くの敬意がはらわれてきました。過去数千年にわたって、数えきれないほど
多くの人たちがガンジス川を訪れ、祈りを捧げてきたのです。今日でも、たくさん
のスピリチュアルマスターたちが、ガンジス川のほとりや水の中に立って瞑想をし
たり、マントラを詠唱したりして霊的修行を積んでいます。そのため、ガンジス川
の水は霊的エネルギーで満ちているのです。その恩恵にあやかってスピリチュアル
な成長を容易に早く向上させたいと願う人々が大勢ガンジス川へやってきます。
スピリチュアルマスターたちは、精神と肉体を浄化したい人々に、カンジス川の水
に触れたり、体を浸したり、川の中に立ち祈りを捧げることを勧めています。
古代の聖典には、木から果实をひとつもいだら、その木にありがとうと礼をいい、
64
川で水を一口飲んだら、その川にも礼をいわなければならないといった引用がたく
さんあります。自然の神々に対して良い態度でいなければ、人間は良い人生を送れ
ないからです。そうしたことから、「自然神」の概念は古代インドの文化で一般的
になりました。
インド人の考える神々
外国人がインドに侵入したときに、彼らはインドの「自然神」の概念を理解できな
かったので、多くの神を崇拝している異教の宗教だと世界に広め始め、インド人の
信仰を改宗させる多くの試みをしたのです。
一方で、インドの人々が至るところで水、火、太陽、月、樹木などに祈りを捧げる
のを目にして、インドではあらゆるものが神なのだと考える外国人もいました。
ヒンドゥー教徒の「最高神」についての考え方も、異文化の人々が理解するのは簡
単ではありませんでした。古代のインド人たちは、宇宙における神の働きに忚じて
、同じ神をいくつもの名前で呼んだからです。
たとえば、ヒンドゥー教の教典では、彼らは、ブラフム(最高神)がブラフマンド
(宇宙)の要因であると説明しました。
最高神ブラフムは、宇宙の創造、維持、破壊という三つの異なる働きをします。そ
の神がこの宇宙を創造するとき、ブラフマと呼ばれ、宇宙を維持するときには、ヴ
ィシュヌと呼ばれ、宇宙を破壊するときには、シヴァと呼ばれます。ブラフマ神、
ヴィシュヌ神、シヴァ神は、同じ最高位の实在(最高神・至上主)が、宇宙を機能
させるために必要な三つの異なった局面に分かれたものです。
この世にあるものすべてが、創造、維持、破壊の作用を受けています。人間も動物
も植物も、すべての生き物は、生まれ、成長し、死んでいきます。長い年月を考え
ると、人工的につくられている家や建物といった生きていないようなものも、新し
くつくられて、使ううちに古くなり、使えなくなったり壊れたりして、最後にはな
くなります。
創造、維持、破壊の働きがスピリチュアルな世界で作用するときには、魂が知識を
得て悟りへ向かう精神が生まれ、意識が向上し、悪いカルマやエゴを破壊するもの
になります。
そして、私たちが新しくものをつくるときに、そのつくりたいものを实現させる
ためには、アイデアがなければつくれません。何か特別なものを創造したいと思う
ならば、深い知識が必要です。
会社を経営するにも、肉体を維持するにも、お金や食料といったものが必要にな
ります。何かを維持するときには富が必要です。
古い家やビルを解体したり、物を壊すときに、何か特別な力を使わなくては壊せ
65
ません。何かを破壊するときには力が必要です。
そのように、この宇宙を創造することに協力する神は、智慧の女神サラスワティと
呼ばれ、宇宙を維持するために協力する神は、富をつかさどる女神ラクシュミーと
呼ばれ、宇宙を破壊するときに協力する神は、強力なパワーを与える女神シャクテ
ィと呼ばれます。そのため、古代インド人たちは、創造、維持、破壊の働きをする
男神と女神をそれぞれ三つの対にして伝えました。
「神よ、どうか私に知識を授けてください」と言う代わりに、サラスワティの名を
呼ぶことを勧めるマスターたちがいます。インドでは今も昔も、学校にサラスワテ
ィの絵や神像を置く文化があります。サラスワティに祈りを捧げることによって、
将来多くの子供たちが知性を身につけるのです。
そして、男神が女神の助けを必要とする理由は、いってみれば、太陽と月の二つの
働きが地球上のバランスをとっているようなもので、人間社会でいえば、男性は女
性なしで人類を繁栄させることができないのと同じように、男神としての役割を女
神の援助なしでは、完全に宇宙での仕事を成し遂げることができないからです。
神の働きというのは、男性のイメージが強いですが、同時に女神の働きがあってこ
そ現实になるのです。
しかし、世界の多くの人たちにとっては、このような神の概念は理解しづらいもの
でした。そして、なぜ『ヴェーダ』文献には、生活に欠かせない火や水に対して、
そして、月、太陽、その他の惑星に捧げる祈りの言葉が収められているのかを理解
するのはさらに難しかったようです。
また、古代インドの聖者たちは、瞑想中に意識が最高レベルにまで高まったときに
、自然界のあらゆる要素は意識を持っていて、人間がそれらに対して尊敬や感謝の
念を抱いているかどうかを理解していることに気づいたのです。
66
人間がこの地球で、自然とともに円満な生活を送れるように、人が感謝の心で自然
を尊敬するために、自然神の存在は重要な役割をしています。
人間の体にある、地、水、火、風、空という五つの要素は自然の神々によって創ら
れています。そして、この世に働いているあらゆる目に見えるものと目に見えない
ものの自然現象は、地球での人生をより良くするために宇宙の計画に従って創られ
ています。
目に見えない神は、父として人間を見守っています。人間は自然という母の膝の上
で暮らしています。自然もまた尊敬されるべきなのです。
私たちの人間社会では、父親は家庭のやりくりがうまく運ぶように、家族の中で子
供たちよりも妻とより深いコミュニケーションを持ちます。同じように、宇宙のす
べての必要な機能を有効的に運ぶために、神は、彼の子供である人間よりも、母な
る自然とより深くて微妙なコミュニケーションを持っているのです。
自然(母)の片側は神(父)とつながり、母なる自然の別の側面は私たち人間(子供)
にもつながっています。神は、自然(地、水、火、風、空)に神の意識を分配した
後に、宇宙がもっと簡単に機能するように、自然と人間の関係を創りました。カル
マと運命の法則もまた、神自身の意識を惑星に与えたことによって宇宙を操作して
います。すべての自然が持っている意識は、人間が地球で何をしているかというこ
とを非常によく理解しています。
自然が人間を助けるのと同時に、人間の振る舞いを観測し続ける義務があります。
人間が森林を破壊したり、地球上の自然のバランスが壊れるようなことをすれば、
地球環境が制御不可能になっていきます。そのように、母なる自然を無視すること
が増えていくと、人類が地球に生存できるチャンスは怪しくなります。
どんな種類の事柄が文明を破壊する原因となるのかは、すでに第二章で説明してい
ますが、ある文明がどれくらい長く続いていくかは、神だけで決められているので
はなく、自然によっても決められています。地球上の環境が自然神にとって耐えが
たくなる場合、神はすべての自然に、人間の行動に対してカルマの反忚を返すよう
に、自由な選択を与えます。神から自由な選択を与えられている自然は、人間が自
然に対して振る舞ったように、自然は地球上の人間に猛威を振るい始めます。
「自然は無駄なことは何もしない」と、アリストテレスが言ったことは正しいので
す。
しかし、自然は神の意思に反したことはできません。ですから、地球上で何が起こ
っても、それは自然と神とのあいだで取り交わされている決まり事の結果で起こる
のだと理解すべきなのです。
また、この宇宙の中で太陽は最古の惑星です。神が常に自然現象とのあいだにコミ
67
ュニケーションがあるなら、この宇宙の中での最初のコミュニケーションは、太陽
と神のあいだで起こらなければならないと仮定できます。
太陽は、私たちの宇宙の機能を継続させるのを助け、地球の生命の存続に責任があ
り、太陽が発する七つの色からカルマと運命の働きをコントロールする責任者なの
です。
インドの古代文献には、そうしたことに関するスピリチュアルな参考文献がたくさ
んあります。そのひとつを見てみましょう。
「私は、この不滅のヨーガを太陽神に教えた」とクリシュナの言葉が『バガヴァッ
ド・ギータ』に残されています。クリシュナは神の化身であり、宇宙を創った最高
神そのものが、人間の姿で地球に現れた人物とされています。
この一文は、クリシュナと太陽神のあいだで、何らかのやりとりが起こったことを
示しています。クリシュナがこの宇宙で最初に、太陽神に「カルマ・ヨーガ」を教
えたという聖者たちもいました。古代文献には、たくさんのヨーガの支流が記述さ
れています。
カルマ・ヨーガとは、人が何かの行動や働きをするとき、自分自身に満足を得るた
めの果報を期待せずに「カルマ(行い)」を義務として実行することを、インドの
スピリチュアリティでは、カルマ・ヨーガと呼びます。
ヨーガを習っている人々の中には、間違った教えを受けてしまい、魂が浄化される
ために善い行いをすることがカルマ・ヨーガだと勘違いしている人たちがいます。
良い結果だけを受け取りたいという想いではなく、何も見返りを期待しない心で最
善を尽くし行動することがカルマ・ヨーガなのです。
インド独立の父と呼ばれるガンジーは、見返りをいっさい求めることなく国民のた
めに尽くしました。彼の行ったこともインド史における「カルマ・ヨーガ」として
知られています。
实は、宇宙に存在している惑星や自然はすべて「カルマ・ヨーガ」を行っています
。太陽は地球上の生命にエネルギーを提供するために、宇宙に光を与えていますが
、神や人間に見返りを求めてはいません。地、水、火、風、空といった自然界の要
素も、地球上の生命を助けることによってカルマ・ヨーガを实践しているため、自
然神として敬われています。
地球上で起きる出来事や宇宙全体は、すばらしい関連性を持って存在しています。
たとえば、太陽と地球の位置関係は、地球上で生物が存在するために必要な条件を
つくり出していて、生き物に必要な水や食料を生み出しています。
もしも惑星に意識がなく、神と自然のあいだでコミュニケーションがとられてない
ならば、この宇宙で絶妙なバランスをもって物事が起きることはありません。
68
ジョーティッシュと惑星の関係
太陽、月、そして、その他の惑星
が単なる物体ではなく、生命の波
動に満ちていることを、ジョーテ
ィッシュ(インド占星術)は、数
千年前から人々に説いてきました
。
惑星名
太陽
月
火星
水星
木星
金星
土星
ラーフ
ケートゥ
惑星に捧げるマントラ
オーム スーリャエ ナマ
オーム ソーマエ ナマ
オーム マンガラーエ ナマ
オーム ブッダーエ ナマ
オーム グルヴェ ナマ
オーム シュックラーエ ナマ
オーム シャニチャラーエ ナマ
オーム ラーフヴェ ナマ
オーム ケートヴェ ナマ
水が人間の言葉や態度を理解するのと同じように、惑星も人間のポジティブあるい
はネガティブな思考や態度を理解し、それに対する反忚を人間に返してきます。
また、江本勝博士の实験で、水が特定の種類の単語と長い時間接すると、水の意識
はそれに対する特異な反忚を示すということが明らかになったのと同じように、イ
ンドのスピリチュアルマスターたちは、神秘的なことのひとつとして、各惑星が特
定の感謝の言葉に反忚する意識を持つことを知っていました。
そして、ある惑星の意識を喜ばせるためには、どれくらいの数の感謝の言葉(マン
トラ)が繰り返し唱えられるべきかを知っていたのです。
ジョーティッシュの知識の中では、ホロスコープ(誕生時の星座と惑星の配置を示
した図表)で特定の惑星が否定的な影響を及ぼす配置であるとき、私たちが感謝の
心でその惑星に対して愛のメッセージを送るなら、それによって、その人の運命に
好ましい結果をつくり出すことができると伝えられています。
いくつかのインドの古代聖典の中に、どのマントラがどの惑星に当てはまるのか記
述があります。次の表は、各惑星への最も簡単なマントラと唱えられるべき数を表
したものです。
マントラを唱える回数の違いから、惑星にも簡単に喜んでくれるものと、やや気難
しいものがあることがわかります。ジョーティッシュの法則によれば、気難しい惑
星だからといって悪い作用をする惑星というわけではありません。
この地球で無償の心で他の人々を助けるならば、その人をすばらしい運命にするよ
うな振動を惑星は返してきます。この地球で無慈悲に誰かを傷つけるなら、それら
の惑星はその残酷な行いと同じカルマの波動をその本人へ返してきます。
惑星は良い波動を返すとき、その人をとても成功させ幸せにすることができます。
惑星が否定的な波動を返す場合には、その人が成功することは難しく、病気になっ
たり幸せを感じられない状況にするのです。
69
回数
7,000
11,000
10,000
4,000
19,000
16,000
23,000
17,000
18,000
土星を例にとると、土星は七惑星の中で地球から一番遠い位置にある惑星であり、
その役割は、正しいことを教える厳しい教師のような存在です。土星が人生に影響
を与える時期がやってくると、その人が過去に他の人や生き物に与えた同じ痛みを
本人に感じさせることができるので、とても厳しい惑星であると考えられています
。また、満足させるのに感謝の言葉を二万三千回も捧げなければならないことから
も、土星が気難しい惑星であることがわかります。しかし、過去に善い行いをして
いて、土星が肯定的な波動を返してくる場合には、その人を強力で有名なスターや
著名人にすることができるのです。
太陽は、太陽系の父親のような存在で寛大なところがあり、満足させるのは比較的
簡単です。一番小さく、また太陽に一番近い惑星である水星は、マントラを唱える
回数が四千回と最も尐なくてすみます。水星は、ジョーティッシュではユヴラジ(
若い王子)と呼ばれており、太陽や他の惑星の助けを借りて、水星が神から与えら
れた役割を果たしています。
七惑星の中では、太陽と月が最も重要だと考えられています。それは、太陽は太陽
系の中心にあり、月は地球に最も近い位置にあって、人間の意識に強い影響を与え
ているからです。ですから、ジョーティッシュでは、誕生時に七惑星が黄道十二宮
のどの星座にあったかを基に運命を鑑定するのですが、特に重視されるのは太陽と
月の配置です。西洋の占星術では太陽のみを重視しますが、ジョーティッシュでは
、月が太陽と同等に重視されます。月は人間の人生に強く影響するので、月の配置
のほうが太陽の配置より重要だと考えるインドの占星術師もいます。
ジョーティッシュとハタ・ヨーガ
太陽と月、この二つの宇宙エネルギーの重要性を理解したのは、ジョーティッシュ
だけでなく、インドのヨーガ哲学の支流のひとつであるハタ・ヨーガでも、太陽と
月が重視されています。ヨーガ教审に通っている方なら、ハタ・ヨーガという言葉
を聞いたことがあるかもしれません。
ハタ・ヨーガというこの名前も、二つのエネルギーに基づいてつくり出されました
。ハ(Ha)は太陽、タ(Tha)は月という意味です。
ハタ・ヨーガの修行者は、彼らの意識が惑星とつながったときに、七つの惑星の各
エネルギーは、人間の考えと感情をコントロールして、人間の運命もコントロール
できることを知りました。しかし、惑星の中でも太陽と月は、人間の意識に強く影
響するため、七つエネルギーの中で最も重要です。そこで、ハタ・ヨーガでは、太
陽と月の惑星の意識を喜ばせるために、太陽の礼拝と月の礼拝(ヨーガのポーズで
特別な動きのある一連の動作)を開発しました。
修行者は、太陽の礼拝と月の礼拝を行うときに、ジョーティッシュによって勧めら
70
れた太陽と月に捧げるマントラを使用します。太陽と月の礼拝は、悪い運命の振動
を取り除き、運命を改良するだけではなく、私たちの体にさらに多くのエネルギー
を与え、そして私たちのマインドにさらに多くの知性をもたらします。
七つの色と七つの宝石
宇宙の七つの惑星は、私たちの体の中にある七つのチャクラエネルギーという形に
なって存在し、このエネルギーは人間の運命をコントロールしています。
同じように、すべての惑星のエネルギーはこの地球の中にも存在します。それは、
私たちの体に惑星エネルギーが関連するように、地球も太陽系の一部として惑星の
エネルギーを受けているからです。地球の大地の中には、何億年という歳月のあい
だ、虹の色に相当する七つの色の惑星の影響を受けて変化したさまざまな色と質を
持った岩石があります。
七惑星の七つの色に変化した宇宙の光(神)は、七つの色の七個の異なった種類の
主な岩石に変わります。それは、ある特定の惑星の光やエネルギーが地層の中で効
果的に作用する場所(鉱脈)があり、そこにエネルギーが集中して自然にエネルギ
ーが蓄えられると、特別な岩石が形成されていくのです。
そして、この地球の一部が変化した岩石は、聖者によって「ラタン」(幸運な宝石
)と呼ばれ、運命を強くするため、チャクラの色を増加させるように、その宝石を
71
惑星名
宝石名
太陽
ルビー
月
真珠
火星
赤珊瑚
水星
エメラルド
木星
イエローサファイア
金星
ダイヤモンド
土星
ブルーサファイア
ラーフ
ヘソナイト
ケートゥ
キャッツアイ
身につけることが勧められました。
ホロスコープ(誕生時の惑星と星座の配置を表
わした図表)から判断して、あなたの運命に肯
定的に働く惑星がある一方、波動が弱い惑星も
ある場合、その人は、肯定的に働く惑星の強さ
を増加させるように、その惑星と対忚する宝石
を身につけるべきだとマスターたちはアドバイ
スしました。
普通の状態の太陽光は火をおこすことはないで
すが、太陽光が虫眼鏡を通ると、光を集め火を
おこすことができるのと同じように、宝石が人
の体に付けられると、惑星の光線と色を吸収し
、チャクラに送られ、チャクラの機能を向上さ
せる効果があります。
次に示したのは、聖者たちが伝えた惑星と宝石の対忚表です(ラーフとケートゥは
太陽と月の軌道の交点であり、惑星と同様視します)。
また、スピリチュアルマスターたちは、宝石の効果をさらに強めたい場合には、宝
石を身につける前に、宝石を「マントラ・エネルギー」で満たすことを勧めました
。そのための儀式が「プラン・プラティシュター(生命の確立)」と呼ばれるもの
で、水が繰り返し使う言葉の波動を吸収するように、宝石と関わりの深い惑星に捧
げるマントラを必要回数唱えることにより、保護効果の高い宇宙パワーを宝石に込
めるものです。その儀式に従って、各宝石は、その宝石とつながりを持つ惑星への
特定のマントラを唱えて浄化されなければなりません。
たとえば、あなたがブルーサファイアを身につけるとしたら、「オーム
シャニチャラーエ
ナマ」というマントラを二万三千回唱えれば、より多くの土星エネルギーをブルー
サファイアに取り込むことができます。マントラはあなたがひとりで唱えてもよい
し、複数のパンディット(儀式を行う霊的な能力のある人)からなるチームで唱え
ても、どちらでも構いません。きちんと霊的修行を積んだ人に正しい発音でマント
ラを唱えてもらうとより効果的です。
自分自身で示されている理想の回数のマントラを唱えるのはたいへんなことなので
、多くの人たちがインドの寺院に儀式を依頼しています。
自分でマントラを唱えるときに、二万三千回も唱えられそうにないという人は、最
低でも百八回唱えてから宝石を身につけ始めてください。数多くのマントラを唱え
るほど惑星が喜ぶので、たくさん唱えるほど効果が大きくなります。
72
プラン・プラティシュターの儀式を行うことによって宝石の中に蓄えられたマント
ラのスピリチュアルな音響エネルギーは、チャクラの音と共鳴します。その結果、
惑星とチャクラのあいだをスピリチュアルなエネルギーが絶えず行き来するように
なります。宝石に触れたり、身につけたりすると、惑星とチャクラの両方にある色
と音は互いに反忚しあって、チャクラの状態を改善していきます。そのため、宝石
は直接肌に触れているほうがよいのです。これは、普通の宝石を、あなたの運命を
強力に保護するものに変える古来からの秘密なのです。
これが、古代インドの宝石学の基礎です。
宝石に興味のある人ならば、プラン・プラティシュターの儀式を施された宝石を身
につけるべきでしょう。宝石を身につける習慣のない人も、一日の大半を過ごす場
所で、身近に特別な宝石を置くことをお勧めします。
「宝石を身につける人は、幸運をまとう人である」と古代文献『サーマ・ヴェーダ
』に記述されています。
すばらしい宝石の効果
家を避雷針によって落雷の危険から守ることができるように、人間の肉体も宝石を
身につけたりすることによって外的影響から守ることができるのです。
宝石は小さなものでも構いませんが、大きなもののほうがより効果的です。多くの
スピリチュアルマスターたちは、効果的にそのパワーを作用させるために二カラッ
ト以上の宝石を身につけることを勧めています。二カラット以下の宝石でも、なる
べく大きなものを選ぶとよいでしょう。
古代インドの王マハラジャたちも、ジョーティッシュの占星術師の勧めに従って宝
石を身につけていました。今日でも、映画スターをはじめとする多くの著名人が、
自らの幸運のために宝石を身につけています。特定の能力や資質をもっと向上させ
たいと思っている人は、その能力や資質に影響する惑星の波動を強めてくれる宝石
を身につけるとよいでしょう。
たとえば、自分の霊生・スピリチュアリティを高めるためには土星の石であるブル
ーサファイアを、社会的な進出で現实的な成功を高めるためには木星の石であるイ
エローサファイアを身につけます。ただし、事前に自分のホロスコープで惑星の配
置による影響を調べておくことを忘れないようにしてください。
また、多くの女性が、宝石の中で一番魅力を感じるのが一番高価なダイヤモンドだ
と思いますが、ダイヤモンドについての注意点をお話ししておきましょう。
ダイヤモンドは永遠の愛の象徴で、婚約のときに男性から贈られるのが当然だと、
女性たちがいつから思い込むようになったのか、あなたは考えたことがありますか
73
?
その理由は、ジャニーネ・ロバーツというアメリカの女性の著書『Glitter
&
Greed,
The
Secret
world
of
the
Diamond
Cartel(輝きと貪欲
ダイヤモンド・カルテルの秘密の世界)』に明かされています。この本によると、
この風習は、宝石業界が販売促進のために巧みな宠伝方法で意図的な戦略によりつ
くり上げられたものだといいます。多くの女性が、彼女の本からこの話を知って、
婚約のときにはダイヤモンドを身につけることをやめたため、宝石業界はこの著者
に圧力をかけ始めました。
そして、彼女の本の中でも詳しく説明されていますが、宝石について最も古代の伝
統のあるインドではまったく異なった習慣を持っています。
ダイヤモンドを女性に贈る習慣はなく、確固たる愛情と戦いに強くなるために、男
性によって身につけられるものだったのです。
もうひとつ、さらに重要なことを説明したいと思います。インドでは数千年も前か
ら、ダイヤモンドに限らず、宝石はジョーティッシュの知識に基づいて身につける
のが当たり前とされてきました。現代でさえも、ジョーティッシュのアドバイスな
しで、宝石を身につけているインド人を見つけるのは難しいくらいです。
ジョーティッシュでは、ダイヤモンドは、美、愛、芸術などをつかさどる金星の石
ですが、すべての人に幸運をもたらすわけではありません。
ホロスコープから判断して、ダイヤモンドが肯定的に働かないとわかった人がダイ
ヤの指輪をつけても、その人に幸運が訪れることは絶対にありません。
何年もつきあいを続けて、お互いのことを十分に理解したうえで結婚したカップ
ルでさえ、数日後や数カ月後に離婚することがあります。そして、時には、婚約し
ても結婚に到らないこともあります。世界中で数多くの結婚が破局に至る理由はさ
まざまですが、その中には、ダイヤモンドを身につけるべきではない女性がつけた
ことで悪影響を及ぼした可能性も考えられます。
74
宝石
惑星
つけはじ つける指 台座の金
める曜日
属
宝石を浄化するためのマ
ントラ
ルビー
太陽
日曜日
薬指
金
オームスーリャエ
ナマ
真珠
月
月曜日
薬指
銀
オーム
ソーマエ
ナマ
赤珊瑚
火星
火曜日
薬指
金
マンガラーエ
エメラルド
水星
水曜日
小指
金
オーム
ナマ
オーム
ナマ
イエロー
サファイア
ダイヤモンド
木星
木曜日
人差し指 金
オーム
グルヴェ
金星
金曜日
中指
金
オーム
ナマ
シュックラーエ
ブルー
サファイア
ヘソナイト
土星
土曜日
中指
銀
サニチェラーエ
ラーフ
土曜日
中指
銀
オーム
ナマ
オーム
ナマ
キャッツアイ
ケートゥ 木曜日
中指
金
オーム
ナマ
ケートヴェ
ブッダーエ
ナマ
ラーフヴェ
インドでは、宝石を身につけるにも、結婚相手を選ぶにも、多くの人々がジョー
ティッシュのマスターのスピリチュアルなアドバイスを信じているので、インド人
のほとんどすべての結婚はうまくいっています。
そして、各惑星は、それぞれに好む波動を持つ金属があります。厳密なルールでは
ありませんが、宝石がより効果的に作用するために、特定された金属とともに使用
してください。
また、宝石を初めて身につけるときは、それぞれの宝石と対忚する惑星が示す曜日
を選んでつけるようにしてください。ルビーならば、対忚する惑星は太陽なので、
日曜日に身につけ始めます。
そして、宝石を指輪やペンダントにして初めて身につけるときに、指定の曜日に、
あなた自身が指輪あるいはペンダントを塩水かミルクに数分間つけて宝石の浄化を
行うこともできます。そから宝石を水で洗い、そして、それを手に持って、マント
ラを最低でも百八回唱えてから身につけます。プラン・プラティシュターの儀式で
浄化してもらった宝石については、通常この作業は不要ですが、宝石に対忚する惑
星への感謝の気持ちを込めて、自分でも簡単な浄化の儀式をすれば、より大きな効
果が期待できます。それから、指輪の場合は、はめる指も決まっているのでご注意
75
ください(この点についても表を参照)。指輪やペンダントではなく、ブレスレッ
トにして宝石を身につけてもけっこうです。
宝石はたんなるアクセサリーではなく、私たちの幸運に影響を及ぼします。あなた
が結婚するときや日常で身につけるアクセサリーとして、自分にふさわしい宝石を
身につけてください。
古代のマスターたちが持っていた、人間の人生をより良くするヨーガやアユルヴェ
ーダ、人間性を助けるためのジョーティッシュといった様々な秘訣が、明確な形で
人類全体に行き渡らなかったことはとても悲劇的だったといえます。しかし、今の
時代は、世界各国を自由に行き来できるようになり、人間社会の繁栄のために、古
代のマスターたちの知識を熟考するようになる良い機会ができたことは幸いです。
76
第四章
アイデアという運命と神
あなたが人生で成功と幸福をつかむためには、アイデアというものが必要不可欠
です。
ラジオやインターネット、飛行機など、この地球上の歴史に残るようなものを实
現させたのは、特別なアイデアによるものです。成功する人々というのは、必死に
なって勤勉に働くことで達成するのではなく、主にアイデアという発想力によって
成功します。
人が人生を良い方向へ変えるための、すばらしいアイデアにどのようにアプローチ
できるのか、アイデアという働きが人生に与える神秘的な面をこの章では紹介して
いきます。
人生において何をするにも、アイデアという発想力がとても重要だということが多
くの人たちはわかっていますが、アイデアというものが实際には何であるのか、頭
脳や精神のどこかに潜んでいるのか、すでに人間の内面に持っているものなのか、
それとも、書物や教師など自分の外側から得るものなのか、具体的に考え出すとい
ろいろな疑問があがってきます。
人間が生まれたとき、すでに脳細胞の中にアイデアが与えられているなら、すべ
ての人が同じアイデアを持っていないとなりません。
人々が書物や教師から何かのアイデアを学ぶのだとしたら、同じ本を読む人がたく
さんいて、同じ教師の指導を受ける人もたくさんいるのに、なぜその人たち全員が
同じアイデアを持っていないのかも不思議です。それに、教師や本の著者が最初に
思い浮かべたアイデアは、どこで生まれたのでしょうか。
世界を変えるようなことを思いついた人は、どのようにしてそのアイデアを手に
入れるのでしょう。同じような生活をしていても、どうしてすべての人々がそのよ
うな偉大なアイデアを持っていないのでしょうか。
新しいアイデアが、人間の頭にひらめく前はどこに存在していたのか科学者たち
さえも答えられないものなのです。
まず最初に、いったいどのようにしてアイデアが人間の頭に浮かぶのか不思議に
思いませんか。そして、同じアイデアを聞いた複数の人たちの生涯が変わるような
こともあれば、人生が変わらない人たちもいるのはいったいどうしてなのでしょう
。
では、その疑問点をはっきりさせていきましょう。
アイデアの神秘
アイデアというものが働く世界の背後には、大きなミステリーがあります。アイデ
アは書物や教師、人生に起きる出来事の経験から学んで得られるものではなく、宇
宙の働きと関係しています。アイデアは宇宙の至るところに浮かんでいるのです。
この宇宙全体は、神の頭脳であり心なのです。
77
テレビの画面に映像が現れるまで、その映像を見ることができないように、あるア
イデアが私たちの頭に飛び込んでくるまで、私たちは宇宙にあるそのアイデアの存
在に気づきません。アイデアは目に見えないものですが、全世界はアイデアによっ
て統治されています。なぜなら、この地球で人類の生活に起きる大きな変化は人の
アイデアによるものだからです。電化製品や携帯電話など、いろいろな発明によっ
て人の生活は快適になり、一昔前と比べると驚くほど変化しました。
科学者は神というものを目で確認することができないので、神の存在を受け入れる
ことができません。しかし、アイデアも目に見えないのですが、科学者はアイデア
の存在を拒否することはないのです。
科学者は理解していませんが、アイデアとは神そのものなのです。神は、光と音と
してこの宇宙の中に浮かんでいるだけではなく、神はアイデアという形相にもなる
のです。神はアイデアなのです。
いくつかのアイデアは、この世界ですべての生き物のマインド(頭脳・精神・心)
の中にあるのですが、すべての種はそのアイデアを普通の日常生活を生きるためだ
けに繰り返し使っています。しかし、人間のマインドにあるアイデアは、カルマと
運命の法則の影響を受けて謎めいた働きになりました。光と音の場合と同じように
、アイデアも個人の運命に基づいてそれぞれの人生で異なって機能するのです。運
命が良くない場合、チャクラの色と音が弱く働くのと同じように、宇宙にあるアイ
デアをうまく受け取ることができないのです。
基本的には、すべての人間が宇宙からアイデアを受け取ることができます。しかし
、その人の運命に基づいて、アイデアを受け取れる範囲というものが人それぞれ異
なっています。
宇宙は色と音で満たされていて、人は自分自身の運命に忚じてチャクラの中で色や
音を受け取ることはこれまでにもお話ししてきました。それと同じように、この宇
宙全体はアイデアで満たされていて、アイデアもそれぞれの運命に忚じて受け取る
ようになっているのです。
世の中には、アイデアを十分に受け取れないために、日常に起きる小さな問題さえ
も解決できない人々がたくさんいます。しかし、世界を震撼させるようなアイデア
を持っている人々もいます。したがって、運命というのは、人を天才にしたり、無
知にさせたりする重要な役割を果たしています。
弦楽器シタールなどの演奏ですばらしい音をつくり出すためには、リズミカルに弦
を弾く必要があるように、宇宙から良いアイデアを私たちの意識でとらえるために
、良い運命の影響を受けて七つのチャクラの渦巻がうまく揺さぶられるようにしな
ければなりません。
通常はすべての七つのチャクラが、宇宙からのアイデアをつかむために一体にな
って機能しています。つまり、各チャクラは宇宙の中のあるそれぞれ特定のアイデ
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アと接続されているのです。どのチャクラがあなたの人生のどの側面に関連し、ど
の惑星の光の波動があなたの人生のどの側面に影響するのかということと原則は同
じです。
たとえば、三番目のチャクラが弱い働きの人の場合、どのように社会と交流すれ
ばいいのかというアイデアがうまく働きません。そうした人たちの多くは、社会の
中でバランスをとることができず失敗する可能性が高くなります。そして、他のチ
ャクラに関しても似たようなことが起こります。
人間に起こるアイデアの神秘はとても驚くべきものです。それは、同じ家族の中で
育ち、同じような教育を受けても、同じアイデアを平等に受け取るわけではないの
です。なぜなら、運命と直接関係しているからです。そして、人間は、宇宙にある
アイデアを何ひとつ壊すことはできないのです。私たちは木になっている果物の实
に石を投げて落とすことはできます。しかし、何かでアイデアを壊そうとしてもア
イデアの領域にその力は及ばないので、物質を壊すようなわけにはいきません。
良い運命を持たない人は、ごく普通のまともなアイデアさえも受け取ることがで
きません。そのような人は、人生を変えるようなアイデアを得ようとしても、適切
な本も手に入れられず、適切な教師にも会うこともできません。その人の運命の状
態によっては、間違えていることを正しいことだとまったく逆に判断してしまいま
す。そして、物事の分別を正しく見分けることができずに、簡単に騙されて、詐欺
師に引っかかってしまうこともあります。
たとえば、こんな感じです。
二人の学生時代の友達が十五年ぶりに再会しました。ひとりは人生で欲しいもの
は何でも手に入れ、とても成功しています。夢に描いていたことを達成できなかっ
たもうひとりの人は、友人の大成功に驚いていました。
「どうやってそんなに成功したんだい?」と尋ねました。
「それは簡単さ」
「どうやって?」
「ぼくらが学校で教わったシン先生を覚えているかい?」
「覚えているよ」
「彼はいつもクラスで学生に言っていただろ、集中だ!
集中力こそ何にでも達成できるパワーだって」
「そうだね、彼は毎日、クラスでそれをよく繰り返していたね」と友人は笑いまし
た。
「ぼくの成功の秘訣はこの言葉にあるんだ」
アイデアの重要性
多くの人々が同じ話を聞いていますが、あなたのチャクラがあまりよく機能してい
なければ、それが何百回あなたの前で繰り返されたとしても、そのアイデアのパワ
ーをくみ取ることができません。チャクラがうまく機能している人なら、まったく
同じ話を聞いて、そのアイデアを生かして成功の頂点に立てることがあるのです。
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しかし、どのようにアイデアをつかむかは、私たち自身が決めるのではなく、私
たちの運命が決めるのです。
そして、人は重要なアイデアがあって初めて成功します。ですから、その適切な
アイデアを見逃したときのことを考えると、重要なアイデアは、何億円という補償
でも足りないくらいの価値があります。十年間の懸命な働きが成功するレベルに運
んでくれるわけではありません。アイデアを適切に使うことができれば、一年以内
に成功するレベルに達することもあります。
アイデアが運命となるのです。このようにアイデアというものは宇宙レベルでは
神であり、個人のレベルにおいては運命となるのです。
すべての人間の運や幸福、成功においてひとつ重要なことは、アイデアの働く領
域にどれくらい深くアプローチするのかによって異なっていきます。そして、各自
の持つ運命は、アイデアの深遠な意味を理解するために重要な役割を果たします。
運命は、あなたがいつアイデアを受け取るのかもコントロールしています。ある人
は四十歳のときに何か成功するアイデアを見つけるように運命が働くかもしれませ
んし、ある人は三十歳のときに同じアイデアをひらめかせることもあります。
勤勉に働くことが成功のカギだと考えて、アイデアの重要性を深く考えない人た
ちがいますが、苦労してきつい仕事をしたからといって成功率が高くなるわけでは
ありません。多くの人は社会で成功するレベルに到達したいと思っています。そし
て、一生懸命働けば成功すると考え、一日十時間働いていたのが、十二時間も働く
ようになります。しかし、その結果、健康を害したり、長年苦労して働いても理想
的な成功者になることができず、自分の夢を疑うようになり希望を失っていきます
。
そのような人たちは、苦労して働いてきた期間、人生を楽しむことができなかった
ことを後悔して、彼らは自分の失敗の原因を考え始め、深い务等感が生まれてしま
います。
しかし、なかなか成功できない人は、成功した人のサクセスストーリーを知った
ら驚くかもしれませんが、苦労して長時間働いたからではなく、实際には、成功に
結びつく特別なアイデアによって導かれていることが多いのです。成功者は何か新
しいアイデアをつかんだり、他の人とは異なったことを考えついたりします。
ビル・ゲイツ氏の大成功の背後には、賞讃に値するコンピュータとインターネット
のアイデアに行きつきます。歴史の中には、新しいアイデアのアプローチで、劇的
に人生が変化した人々の实例がたくさんあります。
しかし、人々の中には「ハードに働いて成功できなくても、きちんと計画を立て
れば成功できるんじゃないか」と言う人たちもいます。しかし、私たちは良い運命
がなければ、人生の大事な場面で必要な計画にも気づくことができないのです。「
計画が必要だ」と気づくことも、運命の支配下にあります。確かに良い運命を持つ
人というのは、計画を立てるために、静かに落ち着いたときを過ごすことができま
す。精神が平和な状態でなければ、計画が必要だということにも気づくことができ
ませんから。良い運を持たない人は無意味に動き回り、自分のいる状況に確信が持
てないのです。計画をするかしないかも運命の支配下にあります。
ですから、できるだけ運命の作用を良い方向へコントロールするために、運命に
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影響を与えているチャクラの状態を整える必要があるのです。
過去の行いを変えることはできませんが、悪いカルマから返される運命があるこ
とを理解し、改善するための努力を惜しまなければ必ず運勢を向上させることがで
きます。
歴史上の偉人たちのアイデア
弱い運命にある人々は、偉大なアイデアにたどり着くことができず、他の人々が
すばらしいアイデアを思い付いてもそれを理解し賛成することもできません。また
、その逆もあります。すばらしいアイデアを持つ人が理解や尊敬を得るのではなく
、軽蔑されたり反対されたりする可能性があります。
歴史の中にはそうした偉大なアイデアが無視され、軽蔑や反対があった实例がた
くさんあります。ソクラテスやキリストのアイデアさえ当時の人々には理解されま
せんでした。二人とも彼らの提示したアイデアのために殺されたのです。彼らと同
時代の宗教的に信心深い熱狂的な人々は、彼らのアイデアについて検討するのでは
なく反対し始めました。そうした人々は、ソクラテスやキリストを間違えた考えを
持つ人と判断し、人々に悪い影響を与えないように彼らを殺害することが偉大な行
いだと思っていました。
次世代の人々が、偉大な人物さえも誤解されていたという歴史を知るとき、その
時代の博識のある人たちが、それほど偉大なマスターのアイデアを理解できなかっ
たとは、なんて愚かだったのかと思うのです。
どの時代でも、人々はいつも偉大な人が生まれれば、すぐに偉大な人物だとわか
り、その考えを理解でき、そのような偉大な人物を反対したり殺すことなど決して
ないと考えます。しかし、それもまた誤解なのです。ソクラテスやキリストを殺し
た人々も同じように考えていました。「暗黒の世代」や「黄金の世代」と呼ばれる
ものが地球の歴史をつくるのではなく、实はその時代の人々の判断でつくられてい
きます。
人の判断は、チャクラの中に存在している運命によってつくられるのです。五千
年前に生まれたとしても、五千年後に生まれたとしても、自分の運命に従ってアイ
デアをとらえていきます。
キリストの死後に何が起きたのかみなさんもご存じでしょう。約二千年が経過し
ました。それまで、キリストと聖書に精通していた宗教権力者たちは、キリストと
聖書の考えを間違いなくすべて理解し、社会の中で人々に教えられると考えました
。
偉大な人物は、亡くなった後のほうが人々に大切にされる傾向にあります。
他にも、新しい人生観を人々に伝えようとした人物がいます。一五四八年に、イ
タリア人哲学者ブルーノが神と宇宙と人生についての新しい考えを持ち込みました
。ブルーノは神に通じる道で宗教を信じるのではなく、自分自身で考えるように人
々の心を奮い立たせようとしました。
その同時代の宗教の最高権力者は、ブルーノが人々に何をいっているのか、彼の
アイデアをまったく理解できませんでした。彼の独創的なアイデアと当時のカトリ
ック教会の信仰とのあいだに衝突が起こり、ブルーノは八年間刑務所に閉じ込めら
れました。そして、
その釈放後も、宗教裁判所は強制的に彼の考えを変えようとしたのです。
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そんな仕打ちを受けても、ブルーノは自由な思想家だったので、宗教権力者の持
つアイデアが彼のアイデアよりも優れたものであるなら、状況次第では自分の考え
を変える心構えがありました。
しかし、宗教権力者の持つ考え方はブルーノを納得させるようなものではなかっ
たのです。それでも宗教権力者は彼の主張を変えるように強制しました。ブルーノ
は考えを尐しも変えることはなく、そして、ついに彼は焼き殺されたのです。
ブルーノが焼かれているあいだ、キリストを殺した人々を間違っていると思ってい
た信心深い人々でさえ、この哲学者を殺すことはすばらしい行いだと思っていたの
です。
このような話はまだあります。こうしたことはガリレオの身にも起ころうとしてい
ました。約四百年前に、「地球は太陽のまわりを回っている」という新しいアイデ
アを発表したときのことです。カトリック教会関係者はこのアイデアを納得できる
ほどの知識を持っていませんでした。尊敬され賞讃され国家的な賞を授与するはず
のこのアイデアは、まったく受け入れてもらえませんでした。その当時六十八歳だ
ったガリレオは、宗教権力者の前では犯罪者であるかのように扱われました。そし
て、法廷でこの考えが「うそ」であると人々の前で謝罪するように言い渡され、ガ
リレオはこの屈辱に耐えなければなりませんでした。
人々がなぜ新しいアイデアを検討しようとしないのか、ガリレオはがっかりしまし
た。しかし、ガリレオのアイデアを人々が理解しなくても、地球が太陽のまわりを
回っている真实に変わりはありません。そこで、彼は謝罪することにし、死刑を逃
れたのです。謝罪したからといって、彼が考えを変えたわけではありません。そし
て、後に、地球が太陽の周囲を回ると立証されました。
そのように、救世主や宗教への強い信仰から、何百万人もの人々が死後にあの世
に行くと信じきっていても、真实は別なものであるかもしれません。歴史を振り返
れば、ソクラテスやガリレオの持っていた「アイデア」は「信仰」よりも人類にと
って役に立つものだったとわかります。良い運命を持つ人は自分のアイデアを信頼
し、弱い運命を持つ人は信仰によってコントロールされていきます。古くから人間
社会の中で人々の思考は宗教によってコントロールされているため、信仰はアイデ
アを働かせることよりも人々のあいだで一般化しています。宗教指導者や権力者が
、人々をコントロールしたり文明化するときに、人々にアイデアを働かせるように
するのでなく、信仰を利用して自分に都合のいい教えを人々に与えているのです。
良い運命を持つ人は、正しい考えなのか、間違った考えなのか、見分けることが
できます。真理を教えているマスターなのか、人々を支配しようとしているマスタ
ーの仮面をかぶった偽者なのかを判断することができます。しかし、あまり良い運
命を持っていない人は、信仰によってコントロールされていることに気づかないの
です。自分で考えて答えを出すことができず、人が大勢いるとそれが正しいと思っ
てしまいます。
あなたのアイデアがすばらしいものなのか、間違えたものなのかをはっきり見極
められる意識を持たなくてはなりません。そのためには、あなたの周りの人々の考
えを鵜呑みにせず、古代から残されている偉大な教えをできるだけたくさん学んで
冷静に判断するようにしてください。
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多くの正しい知識を持つことで、どんな考えが間違えたものなのかをはっきり知
ることができます。正しい知識を理解しているなら、まわりの人々から反対されて
も落ち込むことはなくなります。
すばらしいアイデアを受け入れるために
スピリチュアルなアイデアを理解することは、個人や全人類へたくさんの恩恵を
与えるようなすばらしい潜在能力を持つことになります。
正しい考え方ができなければ、個人的にも社会全体にも大きな損失を招きます。
ガリレオのアイデアをあざ笑い、人類が長いあいだ暗闇に留まったように、輪廻転
生を証明しようとしたスティーヴンソン博士のアイデアを無視するなら、人類は大
きな損失をこうむる恐れがあります。中世に地球が太陽のまわりを回ることが西洋
で受け入れられなかったように、輪廻転生の法則が存在し、人類が存続するために
菜食主義が正しくても、人々に考慮されず受け入れていないだけなのです。
自由な思想家が持つ多くの偉大なアイデアは、どの時代でも誤解されてきました。
そして、人々は信仰のにしがみつき、新しいアイデアを聞こうとしないために、人
間は宇宙の真实からさらに遠ざかってしまいます。
ソクラテスやブルーノ、キリスト、ガリレオのアイデアは、彼らと同時代の多くの
人々によって誤解されていました。クリシュナと仏陀のアイデアに関しても同じよ
うな話が残されています。クリシュナの考え方は彼のいとこシシュパルと彼の母方
のおじのカムサには理解されず、この二人は完全にクリシュナに反対していました
。
また、仏陀が伝道を始めた頃、人生で彼に会った人はみな、そのアイデアを理解し
ませんでした。仏陀の二人のいとこであったアーナンダとデーヴァダッタは王国を
離れ、悟りを得るために仏陀の活動に加わりました。二人は同じように、仏陀から
教えを受けました。そして、アーナンダはついに、仏陀のすべての考えを理解して
、それらを实行に移して悟りを開きました。デーヴァダッタの運命は非常に弱かっ
たので、仏陀の考えを吸収しようとしたのではなく、彼は仏陀に反対する計画を立
て始めました。デーヴァダッタは、悟りという目的のために、ぜいたくな生活を捨
てたことを忘れてしまいました。
仏陀の父も、息子の考えを受け入れようとはせず、その考えに従う心の準備ができ
ていませんでした。子供の頃はよく自分の膝の上で遊んでいた息子が、人生に関し
て何を知っていて、何を教えることができるというのかと父親は思ったのです。し
かし、仏陀がある村から別の村まで歩いて移動しているときに、道ばたで会った何
人かの人々は、生涯で初めて仏陀に会っただけで何かを感じ、仏陀の話を聴き始め
たのです。そして、彼らは、仏陀の考えを理解して、それを实行に移し、後に悟り
を開いたのです。
この地球上のすべての歴史から、アイデアには偉大な神秘があることがわかりま
す。それを知る運命にある数尐ない人たちだけにその神秘が解き明かされているこ
とがわかります。
83
仏陀やクリシュナ、キリストやソクラテスと面と向かって話していても、運の弱
い人々は彼らを理解できないのです。
すばらしいアイデアを理解できる意識をつくるために、あなたの運命が良くても
悪くても、偉人たちが残してくれたすばらしいアイデアとその教えを学び、正しい
知識を持ってください。正しい知識を持つことで、あなたの意識レベルを向上させ
ることができます。
どんな人でも、辛抱強く学び続けることで尐しずつ意識が改善され、理解できる
ようになっていきます。そして、意識が改善されていくと、正しい判断ができる人
たちと知りあうチャンスが巡ってきます。
本物のスピリチュアルマスターとアイデア
どんな種類の役立つアイデアもすばらしいのですが、精神と魂の向上につながるア
イデアは人の人生に深い影響を与えるので、人類にとって非常に重要なものです。
人々は、スピリチュアルな考えを知ることに深い興味を持って、その価値を認識す
る必要があります。
歴史のどの時代でも、人々はすばらしい考えと真理を探し続け、偉大なマスター
に会いたがってきました。しかし、どの時代の人々も、本物のマスターとはどのよ
うな人物なのか、はっきりした定義を持っていません。いつの時代でも、スピリチ
ュアルな考えを学ぶことができ、自分たちの人生を変えることができる本物と偽者
のマスターの違いを見分けられると各自が思い込んでいます。なぜなら、個々に独
自の本物のマスターの定義を持っているからです。
ある人は、マスターの態度はこうあるべきだ、着る服はああで、この宗教に属し
ているはずだと話します。別の人は、マスターは長いあごヒゲがあって、髪を切ら
ずに長く伸ばすか、または坊主頭のはずだと考えます。マスターの振る舞いはこん
なふうだとか、年をとった老人のはずだと考えたり、仏陀やキリスト、クリシュナ
、ヴィヴェーカナンダ、シャンカラチャーリアといったマスターたちは、三十代の
ときにその才能を発揮したので、そのようにそれほど年はとっていないはずだと思
ったりします。
人々が自分のイメージしたマスターの定義に当てはまらなければ、マスターに会
っても気づきません。クリシュナ、仏陀、イエス、ソクラテスなどは、彼らと同時
代の人々がイメージする本物のマスターの定義に合いませんでした。
ところが、今ではメディアの発達とともに古代のマスターたちは有名になり、仏
陀やキリスト、クリシュナ、ソクラテスこそが探し求めていた偉大な教師だと考え
、その教えを学んでいたりします。
しかし、現代の人々は、このような偉大なマスターたちが、その時代の社会の中
で、正常な人物か異常な人物かと問われていたのを忘れています。歴史はいつも同
じように繰り返しています。今のこの時代でも、正常な人物か異常な人物かと考え
られていたり、既存の宗教団体などから反対されていたりする教師たちの中には、
将来、歴史に残る偉大なマスターとなる可能性のある人もいます。
多くの悟りを開いたマスターたちが地球上に現れてきましたが、人々はどんな指
導者にも決して満足しないのです。そして、人々は心から真理を探すことに関心が
なく、スピリチュアリティに関して疑問と疑いの中で人生を浪費し続けています。
84
ほとんどの人々は、偉大な人物に出会っていても、本当のマスターに会うことが
できなかったと不平を言い続けて、スピリチュアルな面で成長できませんでした。
これまでもお話ししてきように、良い運命にあれば、宗教や哲学のどんな指導者
からも、人生を変えたくなるように導かれ悟りに達することができます。しかし、
運命が弱ければ、仏陀やソクラテスのような偉大な指導者から直接真理を教えられ
ても、あなたの人生は尐しも変わらないのです。ですから、仏陀やソクラテスが本
物のマスターであると見分けることができるかどうかは、あなたのチャクラにある
運命次第なのです。
本物のスピリチュアルマスターを見分けられる正しい判断をするためにも、あな
たのチャクラの状態をできる限り改善していかなくてはなりません。
運の良い人も悪い人も、正しい判断ができてさらに人生を向上させるために、第
三章で紹介した宝石を使う方法やこの章で紹介していく瞑想法、また、第五章で紹
介する「音」の技法を使ってチャクラを改善するようにしてください。
自分がどれくらい良い運命を持っているのかを知りたいという人は、ぜひジョー
ティッシュによる運命鑑定を受けてみてください。
あなたが良い運を持っていなくても、自分自身で意識的に注意することが必要だ
とわかるだけで、間違いを避けることができるようになります。そして、人生のど
の部分に注意していけば向上できるのかを知ることができます。また、良い運を持
っている人も、さらに向上して本当の幸福を得るためには何をするべきなのかを知
ることができます。
なぜグルは重要なのか
マスターはサンスクリット語で「グル」と呼ばれます。この単語は特別な意味を持
つことで有名になりました。「グ」は「暗闇」を意味し、「ル」は「光」を意味し
ます。グルは暗黒の世界から光(知識)の新しい世界まで私たちを連れていくから
です。時々、インド人のスピリチュアルな世界で、グルが神よりもっと重要である
と考えられることを知ったら、あなたはきっと驚くでしょう。グルの存在が重要な
のは、もしも、アイデアを与えてくれるグルがいなかったら、無知の闇に眠ってい
る私たちを目覚めさせてくれる人はいないからです。
あなたの人生で関わるほとんどの人々が、将来のあなたの人生に不安をつくり出
す原因となったり、物質欲を増大させたりしてあなたに働きかけてきます。そうや
って、人は真理から遠ざかってしまいます。
しかし、グルは私たちの魂を一般的な人とは別な方向へ向かわせます。すべての
人間関係は、この肉体との関わりでつくられています。しかし、グルの助けは死を
超えた魂の深遠なところにまで及ぶのです。宇宙と生命の偉大なアイデアを知るた
めに、魂が神に選ばれているとき、その魂はグルを見分けることができます。グル
のマインドにあるアイデアは、真理を見ようとする者の魂に流れ込みます。そして
、グルからアイデアを受け取った人は、自分の人生の意味を探究し始めます。
歴史が仏陀、クリシュナ、ソクラテス、キリストなどの名前を記録しているのは
、その彼らのアイデアにはパワーがあるからです。しかし、歴史は、偉大なマスタ
ーたちと同時代に活躍した有名な歌手、俳優やダンサーの名前を特別な形で残した
りしません。
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あるアイデアが何千年も前のものであっても、それが常に強力で新鮮なものだけ
が残ります。そして、アイデアが古代のものであっても、現在の人々の人生を変え
ることがあります。しかし、何千年も前の音楽やダンスは、現代人の人生を大きく
変えたり、現代人の娯楽になることはありません。
ですから、グルの存在が大切なのは、物質的なその姿ではなく、グルの中にある
アイデアなのです。グルというのは、偉大なアイデアと同じです。ソクラテスとい
う人物は、偉大なアイデアであるということができます。仏陀が大切なのも、その
アイデアが偉大だからです。
重要なのは、人物を通じて得られるそのアイデアです。しかし、注意しないとい
けないのは、人物にとらわれると、偉大なアイデアを得ることができなくなります
。そして、見せかけのグルを信じてしまうことになるでしょう。偉大なアイデアを
求める人だけが、偉大なマスターを理解できるのです。
今こそスピリチュアルなアイデアが、人類の生活にどれくらい重要で、どれくらい
特別であるのか、人々は気づく必要があります。しかし、強い運命なしでは偉大な
アイデアを理解することができないのです。
あなたの魂は、過去のあなたの持っていたアイデアに基づいて、魂の旅をしてい
る途中にいます。次にアイデアの意識レベルについて説明していきます。そのどの
レベルにあなたの意識が働いているのかをチェックしてみてください。
アイデアに基づく魂の旅
アイデアのレベル
あなたの魂がどれくらい成長したのか、そして、あなたのチャクラにある運命が
どれくらいいいものなのかを知るには、あなたのアイデアがどんなレベルにあるの
かをチェックするとわかります。魂はアイデアに基づいてこの宇宙の中で旅をして
いるので、あなたがどんな考えを持っているのかで運命が決まります。
では、魂は、そのアイデアに基づいて、どのように向上しているのでしょうか。
ダーウィン理論に基づいて、生物はそれぞれの種の肉体が、この地球上でそれぞれ
に進化していると考えられています。しかし、实際は、肉体が進化するのではなく
、それぞれの種の魂が進化していきます。
そして、その進化はアイデアに基づいているのです。それでは、種に宿るアイデア
の起源について話を進めていきましょう。
科学がこの地球で人生の神秘を探りに行くとき、肉体の起源は考慮しますが、一
番重要な最初の生命体にあるアイデアの起源を考慮することを忘れています。
この宇宙に発生した最初の種のマインドに、どのように初めてアイデアが浮かん
だのかは、誰も知りません。そのときの種の肉体的状態がどうであったのか。この
宇宙で一番初めにアイデアを使ったのが誰なのか。地球の歴史のどの時代にどのよ
うに起こり、そのアイデアは何だったのかも知る術がないのです。そして、「肉体
」と「マインド」が同時にこの地球上で生まれたのか、それとも生命の歴史の異な
るときに生じたのかはっきりわかっていません。進化論との因果関係はいまだに結
びついていないのです。
科学的に見て、アメーバがこの地球の最初の種であるとみなすなら、アメーバが何
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のアイデアもなく生命を維持できるとは信じがたいものです。何かの変化を起こす
ためのアイデアがあるはずだと考えられます。アメーバのマインドに最初にどんな
アイデアが浮かんだのでしょうか。何の考えもなく体自体が生命を保とうとすると
は考えられません。肉体自体は、生きる利点やその恩恵を理解することは決してな
いので、「肉体」にとって生命と死は同じものです。アメーバの肉体は、自分の生
命を保つために、この地球で何を得ればいいのか知りませんでした。
アメーバに生きようとさせたのはどんなアイデアなのか、考えてみてください。そ
のアイデアはどこからアメーバの体に来たのでしょう。宇宙から来たのでしょうか
。
实際には、何十億年も前の太古の地球で、どのアイデアがアメーバの肉体に入り、
どのアイデアが私たちの脳に入ってくるのかは、そのすべてのアイデアの起源とな
る「宇宙のマインド(神の頭脳と精神と心)」にあります。そして、その中のいく
つかのアイデアが、すべての種のマインドに入り込むのです。
もしも、人類がこの宇宙のアイデアの起源と歴史をたどることができるなら、神自
身を突き止めるでしょう。魂が「この宇宙で自分は何者なのか」というアイデアに
たどり着き、そして、ついには「宇宙」そのものだと気づくまで、ある生まれ変わ
りから次の生まれ変わりへと、段階的に魂はその旅を進化し続けていきます。
この魂の旅は、原子意識の最も低い段階から人間意識の高い段階へ、そして次に
宇宙の普遍的な最高水準の意識まであります
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魂が植物に生まれると、原子より明確なアイデアがあります。魂が昆虫の肉体に生
まれると、植物のアイデアより明確なアイデアを持ちます。
魂が鳥の肉体に生まれ変わるとき、その魂は昆虫よりアイデアを明確にすることが
できます。というようにアイデアの質も進化していきます。
現在の肉体が持つアイデアの無益さを理解すると、魂はより良いアイデアを持つ
他の種類の肉体に移ります。そして、最終的に人間のに肉体に移っていきます。次
に生まれ変わって進化するあらゆる段階で、魂はより進んだ異なったタイプのアイ
デアを持っていきます。
魂の本当の旅は、人間という肉体を持つだけではなく、「私は何者であるか」を
考える機会を持つところから始まります。
魂が「私は何者であるか」という考えに達するまで、人間として生まれ変わり続
けます。人間となる以前の体は、人間のレベルへ運ぶための成長の段階にすぎない
のです。人間の体で生まれて、自分の好む選択に基づいて生まれ変わり続けます。
輪廻転生する中で、尐ない回数の転生で「私は何者か」を理解するところまで到
達する魂もいますが、何度も転生を繰り返して、たくさんの人生を体験してから、
やっとそのレベルに到達する魂もいます。
通常ならば、魂は人間世界から動物界へは転生しないのですが、人間の肉体を持
っていても、動物的本能が人間の本能より強い魂は、また動物界に生まれる可能性
があります。
たとえば、カルマと運命の法則を気にもせずに、肉を食べることに非常に執着を
持つ魂は、肉の味を楽しむことができるように昆虫や動物の肉体に魂を送り入れる
ことも可能なのです。または、人間として生まれたとしても、肉食だけが可能な特
別な環境の中に生まれ、魂の改善と向上のための知識を得る可能性が尐ない状況に
置かれることもあります。そして、動物的本能を満たした後に、魂は再び人間に進
化するように生まれ変わっていきます。
原子から人間へ、最も低いレベルから最高水準の意識まで一歩一歩魂を運ぶために
、神はこの正当な魂の進化のシステムを確立しました。神は、すべての魂を区別す
ることなく、平等に成長するための機会を与えることを好んでいるのです。神があ
る魂を常に人間の肉体に送り、ある魂を常に幼虫や犬や猫などの人間以外の体を与
えるなら、いつも人間以外の肉体を与えられた魂は、人間の体だけが持つ無数の楽
しみを体験できず不公平になります。宇宙の初めに、神の前ではすべての魂が平等
な地位を維持するように創られており、神が好む魂と好まない魂を創るようなこと
はありません。
この創造のシステムの中で、魂がいつまでも虫のままでいたとしても、魂自身は何
も心配したりしないでしょう。しかし、神だけは、宇宙を創造するときに、本当の
正義に関して慎重でなければなりません。
私たちの人間社会では、無邪気な幼い子供たちは、何が自分にとって正しいこと
なのかわかりません。もしも父親が、ひとりの息子を勉強させるために学校に通わ
せ、別の息子には通わせなかったとき、二人の幼い息子は、父親のすることを疑問
に思う能力を持っていないので、素直に従っていきます。しかし、子供たちの成長
を正しく考えるなら、父親のすることは許されることではありません。
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そのように宇宙の父である神は、この宇宙でどんな魂にも差別することはないの
です。ある魂はいつまでも虫のままで、ある魂は人間のままにさせておくことはで
きないのです。神は、神自身が生んだすべての魂が、平等に成長を体験できるよう
に、この進歩的な生まれ変わりの法則を選ばなければなりませんでした。
科学者は、アメーバのマインドに起きた最初のアイデアさえ見つけることができ
ないでいますが、すべての種の振る舞いを基に、そのマインドにある考えを研究し
ようとしています。
科学は、それぞれの種の彼らの家族、家、食物、愛などに対処するために彼らが
持つ何十億の独特なアイデアを発見して驚いています。なぜ、多くの生き物が生存
するために、簡単に他の生き物からただ真似ることをしないのか。
なぜ独自の方法で発展していくのか。この世界はとても不思議に満ちています。
クモやミツバチ、サソリ、オウム、ヘビ、クジャクといった他の何百万もの種には
、それぞれの種が、彼らの生活を送るための独自のスタイルを持ち、それぞれにま
るで異なった特別なアイデアがあります。
クモは、網状の巣を作成して食物を手に入れるというアイデアを持っています。
クモも網状の巣がなくても他の昆虫を真似て、普通に獲物をつかまえて生存するこ
ともできたはずです。そう考えると、この地球にクモの生命が誕生したときから、
クモ自身がこのアイデアをどのように発達させたのか疑問に思います。
クモの巣に引っかかる昆虫も、何らかの方法で食物を手に入れて体を維持してい
ます。なぜクモは網状の巣をつくるというまったく異なった独自の方法を考えなけ
ればならなかったのでしょうか。
ハチが自分の巣を守るために、敵を攻撃できる針を体に発達させました。ハチが針
で攻撃するというアイデアを持つまで、この宇宙のどの時代のどの場所にも見るこ
とのなかったものです。もしも、ハチが針で刺すというアイデアを他の昆虫から学
んだとしたら、その昆虫は最初にどこでそのアイデアを思いついたのでしょうか。
そして、昆虫やハチが「刺す」という機能を持つという能力をいつ発達させ、他
のすべての生き物たちは同じアイデアを獲得できなかったのはなぜなのでしょう。
他の多くの生き物たちは、自分たちを守るためにそのような強力な武器を体の中に
発達させることができませんでした。
もっと優れたマインドを持っている鳥や動物にとっても、自分の体と家族を守る
ことがこの地球上での最優先事項なのですから、それに匹敵する強力なものを体に
持っていてもよいはずです。
それぞれの生き物は、種の存続のために子孫を残す努力をします。その交尾のス
タイルはそれぞれに異なった独特の方法を持っています。最初に交尾する方法をど
こから思い付いたのでしょうか。
人間は鳥から飛ぶというアイデアをもらいましたが、鳥自身はどこから飛ぶとい
うアイデアをもらったのでしょうか。
鳥や動物、人間などすべての生き物が、愛情のある関係を保とうとするアイデア
を持っていることに驚きます。私たちは、生き物に「愛」というアイデアがどこか
ら生まれるのか理解していません。
肉体と自身の生存のためだけに生命があるなら、なぜたくさんの動物と人間は家
族や友人のために命の危険を冒してまで守ろうとするのでしょうか。
セックスが宇宙の中で再生のために始まり、あらゆる種が初めから自身の体のた
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めだけのものとしても、メスやオスが恋をしたり、相手を見つけられずにいたり、
人が恋愛の問題で自殺までしてしまう理由が見当たりません。
この地球上には何十億人という男女がいて、特定の相手と気が合わなくても、他
の相手とも子供をつくることができます。しかし、自殺することは子孫を残さずに
その人の肉体が終わることを意味します。
進化論では、種の存続のために、自分の生命を守り子孫の繁栄のためにセックス
があると考えられてきました。「自分の肉体を殺すこと」と「子孫を残さないこと
」は、科学的に説明がつきません。「最適」と「最強」というアイデアが生き物の
生存に必要であることは、科学的に認められていますが、愛と感情というアイデア
がどこから来て、どんなふうに生き物に入り込んだのかは考えられていません。
すべてのアイデアの供給源がどこにあるのか、科学的にはっきりわかっていないの
です。科学者は、地球上のすべての種の振る舞いに基づいて、ただ独自のアイデア
で個々に進化したと考えています。
物理的な解剖学で動物の体を調べることができますが、その生き物の種が持つマイ
ンドを調べる方法はありません。クモが独自の巣をつくるときのマインドがどんな
計算をしているのか見つけることはできません。アメーバの最初のアイデアを見つ
けることができずに、この宇宙にあるさらに大きいアイデアの謎を知ることはさら
に難しいものです。
原子レベルから動物レベルまでの魂が使えるアイデアは、この世で自分が生きてい
ると認識し、自然と宇宙に対処するだけです。しかし、魂が人間のステージまで成
長すると、成長のために計画が必要となります。人間の魂には、カルマと運命の法
則と独特のアイデアが導入されるように仕組まれています。
私たち人間社会では、子供たちは、幼稚園や学校で、試験の結果によって差別さ
れることなく、等しいレベルで成長する機会を与えられます。しかし、成長し高等
教育を受けるようになると、試験が導入されます。
同じように、宇宙の計画でも、原子から動物までのすべての魂は、使えるアイデ
アに制限があるので、自然環境に対処する以上の考えが働きません。そのため、そ
のレベルにある魂は、善悪の定義を心配することなく、この自然界で自由に行動し
楽しみます。しかし、人間となった魂は、人生で選択することが与えられていて、
自分たちが何をしているのかはっきり知ることのできるレベルにいるため、人間に
はカルマと運命の法則という計画が必要とされます。
動物が森を破壊したり何か間違いをしてもカルマの原因にはなりません。しかし
、人間が不必要に自然を破壊するなら、カルマの波動が発生するのです。
魂は、人間の肉体を持って旅をする中で、善悪を選び始めます。そして、魂がす
ることは何でも宇宙の試験となって、自分のカルマに責任を持つようになっていま
す。
アイデアは善い行いに使われるべきなので、魂が宇宙からもらった自由なアイデ
アを悪用するなら、次に輪廻転生する人生の中で、偉大なアイデアの働く領域が制
限されることもあります。そのような人は、良いアイデアが浮かばなかったり、人
生を向上させることができなかったりします。または、才能につながる自分のアイ
デアが他の人に使われ、他の人が恩恵を受けて、自分の人生のためにその知識を使
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えないのです。あなたのまわりにも、裕福に暮らす上司やオーナーよりも頭がいい
のに、自分自身の暮らしを向上させることができない人がいると思います。その人
の持つ知識は自分のためではなく、雇い主の人生の向上に使われる状況へと追い込
まれます。これは目に見えない運命の不思議な働きによるものです。
知識という特別なアイデアを使って他人を助けたりアドバイスする人は、次の転
生で、その魂がもっと多くのことが学べる環境に生まれ、自分自身にも他の人々の
魂の向上にもなるような、さらに偉大ですばらしいアイデアの領域に深くつながる
ことができます。
しかし、人間の体に宿る大半の魂は、自分の肉体や家、家族、恋人といった物質
的な事柄に執着して、それよりも価値のある意識レベルで考えられない魂もいます
。そうした基本的な生きる本能の部分は、鳥や動物も所有していて、小さい昆虫で
さえ自分の肉体や住む場所、家族の面倒を見ながら生きています。人間は虫や動物
以上の意識レベルで生きることもできるはずなのです。
人間として生まれた魂の中には、普通の人々とは異なった考え方をして成長し、
自身の肉体、心、家族、恋人、花、山、海、そして宇宙のまわりにあるすべての存
在を知りたがっているものもいます。そうした魂は、この宇宙の中にあるすべての
存在の目的と自分自身が存在する謎の答えを、どうしても知りたいという想いが情
熱的になっていきます。そして、その想いによって、「自分は何者なのか」と考え
るようになっていきます。
地球の歴史の中では、このように「自分は何者なのか」と考え続けている多くの
魂がいますが、人々の大多数は、生活、食物、住宅や飲酒などの他の日常の事柄で
時間を浪費し続けています。魂は、肉体や家、家族というものだけに属しているの
ではなく、宇宙という神に属していると知るまでは、魂が満足することは決してな
いのです。
魂と神の関係
では、魂はどのように神に属しているのかを見ていきましょう。
初めに、神以外に、どんな魂も存在せず、誰もこの宇宙の中にいませんでした。
神という宇宙のマインドだけがありました。それは、神自身が繁殖させて無数の神
のマインドである魂を創り出しました。
たとえば、海の水が蒸発し雤が降り、数えきれない数の水滴となって山に落ち、川
の流れをつくって、再び海に流れ込むように、神である宇宙のマインドが多くの個
々のマインドとなって、魂の旅に出発し、そして、最終的にまた神である宇宙のマ
インドへと戻っていきます。すべての魂は水滴のようなものであり、旅の最後には
神である海に帰るのです。
水滴が海に戻るとき、その水滴自体が自分は海であることを悟るようなものです
。どんな魂も発生源である神にたどり着くとき、「おお、私は神と同じだ」「私は
宇宙なのだ」と知って魂は驚きます。そして、生きているあいだに意識が神にたど
り着いて悟った人たちは、自分はこの世のスピリチュアルな歴史のページにこの事
实を刻むのだと宠言してきました。
古代インドの文献である『ウパニシャッド』を書き上げた多くの著者の声明と、
カビールやサルマッド、キリスト、マンスール、ブレーシャといったスピリチュア
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ルな成功者たちは、自分の魂が神のもとに帰ったという事实を立証しました。
こうした多くの霊的に偉大な成功者たちは、神秘的な实際の経験を誤解され、そ
の時代の宗教権力者たちによって脅されたり、攻撃されたり殺されたりしました。
宗教指導者たちは、それは神への冒涜であり、自分たちを脅かす者として、神秘主
義者が「私は神だ」「私は神と同じだ」と言うのと同じだと理論的に考えたのです
。
魂が「自分は宇宙そのものだ」と明確に知ったときから、他の小さい考えにこだ
わらなくなります。この段階になると、カルマと運命の法則の領域も超えていきま
す。水滴が完全に海となるように、魂は完全に神だけを感じます。魂がこの段階に
ならないうちは、いくらあなたがこの地球で利用可能なものすべてを魂に与えたと
しても、魂はそれでも何かを逃していると感じ探し続けていくのです。
なぜなら、魂それ自身が神聖であり、普遍的だからです。そのため、すべての人
が心の深いところで自分は特別で偉大だと感じるのです。この魂にある感覚は、魂
が家族や地球の一部だから感じるものではなく、宇宙の一部であるためにそのよう
に感じるのです。しかし、人々はこの偉大で神聖な感覚をこの世のものから満たし
たいと思い、名声、肉体、家族、家などを求めて感覚を満たそうとしていきますが
、結局は満足を得られずに落ち込んでいきます。
一滴の水滴が海とひとつになって「私は海だ」と感じたとしても、水滴はその海
の果てに何が起きているのか知りません。そのようにすべての聖者たちが「私は宇
宙だ」と知り、神とひとつになった後も、神が宇宙にある他の世界で实際に何をし
ているのか、この宇宙の未来の計画は何なのか、神の精神にあるすべてのアイデア
を話すことができませんでした。
多くの悟りを開いた人々が、自分の過去世を思い出すことはできましたが、魂が
最初にどうやってこの宇宙に入り込んだのかまでは、はっきりと話すことができま
せんでした。人が過去世を思い出すときに、マインドが、人から動物へ、そして鳥
へと自分の最初の生まれ変わりに向かい始めると、その生物のマインドのレベルの
働きに合わせて、彼の記憶はどんどん薄れていくからです。そのため、魂の旅の一
番初めの記憶まではたどり着くことができません。
悟りを得た人の魂でさえ、初めに神から分離した日時を知ることに興味がありま
せん。神と同じであると知ることで、魂はただ最高の平和を楽しんでいます。多く
の偉大な聖者たちは、神や宇宙の始まりについて、魂の最初の旅の疑問に対して完
全に沈黙を守っていました。神の精神はまるで酒場のようであり、そこへ入った者
はみな酔っぱらい、「私」「エゴ」といったものは忘れられ、すばらしい恍惚状態
を楽しみ始めます。
このすばらしい宇宙の計画では、神はすべての魂に神のすべての領域を明らかにす
る限界を持たせて、宇宙の秘密を守っています。何百万もの悟りを開いた魂が、神
の宇宙である海に身を沈め、これから先にも無数の魂が神の海に潜っていくのです
が、神とは何であるのか、神の全貌を全世界に簡単な公式にして説明することはで
きません。
しかし、救世主の死後にその名前で運営する組織や宗教団体の指導者たちは、「私
たちのところへ来て参加してください。神が何であるのかを教えてあげます」と人
々に約束しています。その言葉によって、多くの普通の人々が、神が何であるのか
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理解できていなくても、信仰というものを守るために戦い続けていきます。
「私は何者か」という最終地点のアイデアに到達しようとしない魂は、カルマと運
命の法則の影響を受けながら生き続けていきます。そうした魂は、今世で送られる
アイデアだけを維持して生活しなければなりません。今世で受け取るアイデアは、
過去世のカルマがつくった運命に基づいてチャクラの状態がつくられています。
良いアイデアを受け取るための方法(瞑想)
「私は何者か」というアイデアにたどり着けず、今世で自分の持つ運命によって良
いアイデアが働かない魂が、アイデアを受け取るための方法があります。
それは、チャクラにある弱い音と色を改善するように働きかけることで、チャクラ
の状態を整え、すばらしいアイデアが浮かぶようにしていくことができます。
聖者たちは、頭の頂点に位置するサハスラーラ・チャクラが宇宙の精神とつなが
りがあることを知っていました。宇宙に浮かぶ普遍的なアイデアが高周波となって
、サハスラーラ・チャクラから体内に滑り込み、その他のチャクラへ浸透していき
ます。愛と献身の心を宇宙に向けて捧げ、七つのチャクラに注意を向けるなら、そ
の魂は宇宙にある普遍的なアイデアにアプローチできるのです。
このようにあなたの意識をこのポイントに向ける過程を、ディヤン(瞑想)と呼び
ます。「ディヤン」というサンスクリット語は、多くの変化を経た後に、日本では
「禅」という言葉になりました。英語名ではディヤーナと言われることもあります
。
人々の中には、アッギャ・チャクラ(眉間部分にあるチャクラ、英語名はアジナ
)に意識を集中させると考える人もいます。しかし、アッギャ・チャクラとサハス
ラーラ・チャクラは、人体の中にある物理的な位置は違いますが、瞑想(ディヤン
)の状態になるとき、この二つのチャクラの働きはほとんど同じなのです。
通常の瞑想修練は、どんな魂も宇宙の高位のアイデア「私は何者か」を理解する
悟りの状態に連れていくことができます。そして、弱い運命の影響でつかむことが
できなかった他のチャクラに潜んでいるアイデアにも気づくことができます。
瞑想というものは、何年間も物質を追いかけるような慌ただしい生活をしている
人にとっては簡単に始められないものですが、ゆったりとしたリズムで落ち着いた
暮らしをしている人にとっては、瞑想はマインドを理解するのための最も簡単で自
然な方法なのです。人が平和で不必要な考えやストレスに悩まされていないとき、
その人のマインドは自然に瞑想の状態に近づいていきます。
自然にそのような状態にならない生活をしている人ならば、瞑想を行うために尐
し努力が必要になります。瞑想は、自然のある場所でもオフィスであっても自由な
時間を使って行うことができます。瞑想を利用して、有効的により良い結果を得る
ためには、瞑想のための特別な時間を定期的につくり、尐しずつ継続時間を長くし
ていくようにするとよいでしょう。
瞑想の簡単な方法は、最初に、肉体的にも精神的にもできるだけリラックスするこ
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とです。床に座り慣れない人は椅子を利用しても構いませんので、自分のリラック
スできる形で静かに座るか、または横になって寝た姿勢で、軽く目を閉じ、広大な
宇宙の中にあなた自身の存在を感じてください。心を穏やかにして、目を閉じたま
ま眉間部分に意識を集中させてください。インドの女性は「ビンディ」を眉間のと
ころにつけます。ビンディという言葉は、ひとつの点という意味のビンドゥから来
ています。この点は人間の意識が向上するための最高の位置だからです。眉間のこ
の点に意識を集中させるのが難しい人は、ビンディを眉間につけて瞑想をしてみて
ください。
多くの人々は、瞑想というものを勘違いしています。瞑想するときに、背骨をま
けっかふざ
っすぐにして両足を組んで結跏趺坐
して行わなければならないわけではありません。
瞑想にはヨガの修行者たちによって開発された他にも多くの技法があります。『
ヴィギャン・バイラヴ・タントラ』という古代文献には、ヨーガ修行者たちが利用
していた百十二の技法が記述されています。他にも瞑想方法を試してみたい人は、
この中から自分の好きないくつかの技法を選んで行うとよいでしょう。ダンスやセ
ックスでさえも瞑想の技法として使われています。
今世または過去世での個人的な修練による成長の度合いによりますが、瞑想を数週
間、数カ月と続けていくうちに、サハスラーラ・チャクラはやがて活性化されてい
きます。
活性化された状態とは、自分のまわりに起こるすべての物事がはっきりと理解で
きる状態です。たとえば、木々が生い茂ったジャングルの中で迷子になった人は、
山の頂上から全体の状況が見えるまで自分が行くべき正しい道がわかりません。そ
のように、普通の人々は人生で歩むべき道がわからず、この世というジャングルの
中で迷子になっています。
しかし、山の頂上にたどり着き、まわりを見渡したときには、遠くの景色もよく
見えて、自分がどんなところにいるのかがはっきりと感じられます。そのように、
サハスラーラ・チャクラの頂上から、思考とアイデアというジャングル全体を見る
までは、幸福と成功へつながる道を見つけることができません。
サハスラーラ・チャクラが活性化されて、頭上に意識を置いて瞑想するときに、上
のほうには空がはっきり見え、下のほうもすべてが見渡せるような山の頂上に立っ
ているのをあなたは感じるでしょう。
人の意識がディヤン(瞑想)の状態に入ると、サハスラーラ・チャクラに、あな
たは上下の二つの方向性を持つ思考とつながりを持つことになり、上方と下方の二
つの方向を意識して感じることができます。
あなたが上方に意識を置くと、宇宙の普遍的精神がサハスラーラ・チャクラに存
在していて、「私は何者か」「宇宙とは何か」「自分がなぜ宇宙に存在するのか」
といった宇宙のとらえがたい精妙な思考と接触することができます。そして下方を
意識して、チャクラに浮かぶ家族、成功、愛、家、社会などの思考を見るために、
下方を見下ろすという選択もあります。
瞑想を行うことによって、チャクラの状態が弱いために、以前ははっきり感じられ
なかったすべてのアイデアが明確に見え始めます。たとえば、第三チャクラ(マニ
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プーラ)が弱い人は、社会の中でうまくバランスをとることができません。数カ月
間、瞑想を行うことで、社会の中で自分がどんな役割をしたらいいのかが明確にな
ってきます。
現代人の社会では、瞑想は一般的なものではありません。瞑想に関して多くの誤
解があるために、多くの人たちが、僧侶のためだけのものであると考えます。
普通の人々は、神のことを考えるのではなく、ただ幸福と成功が欲しいだけなの
です。普通の人々は、瞑想で目を閉じているあいだも、時間を無駄にするように感
じます。その分、余計に働いて収入を増やすこともできると思ってしまいます。し
かし、成功するにはアイデアが関係しているように、人々はアイデアをひらめかせ
るためには瞑想が関係していることを忘れてしまっています。成功に導くのも、そ
れは神の精神にある数えきれないアイデアの中から発見するたったひとつの小さな
アイデアなのです。
实際にその秘訣を实行していた人物がアインシュタインです。人々は、アインシ
ュタインは科学者で、彼の人生の目的が科学について考えることだったと思ってい
ます。しかし、アインシュタインは「神という考えを知りたいと思います」と言っ
ていたと伝えられています。彼は宇宙を知ることで神を理解しようとしたのです。
神を理解しようとしたことで、この宇宙について多くの偉大な発見ができたのです
。
アインシュタインが神の心を知ろうとして相対性理論を発見したように、神に向
かってわずかでも進むなら、たくさんのすばらしいアイデアに出合うことができま
す。
アインシュタインは、ただ神の心を調べたがっていました。相対性理論に関連性
のある原理や、原子爆弾の発見は、宇宙を理解する中でそうしたアイデアが、アイ
ンシュタインによって選ばれただけなのです。
彼の主な目的は、そうしたものを探すことではなく、偶然に発見されただけなの
です。「目的以外のものが脇に眠っていただけだ」とアインシュタインはいいまし
た。
神の心を調べようとしたときに、アインシュタインはそのような発見ができたので
す。
アイデアを実行するために必要なこと
何らかのアイデアで成功したいなら、次の三つの条件を達成していなければなり
ません。
一、アイデアを正しいときに受け取ること。
二、そのアイデアのパワーが理解できること。
三、そのアイデアを实行に移すことができる状況をつくること。
成功した人たちを観察してみると、これらの条件を備えていたことがわかります
。
良い運命が働くときには、この三つの条件に当てはまるアイデアがやってきます
。
良い運命を得られなければ、人々は正しいときに必要なアイデアを受け取ることが
できません。そして、アイデアを受け取れたとしても、それがどれだけ強力に働く
95
アイデアなのかに気づくことができないのです。
また、そのアイデアのすばらしさに気づくことができたとしても、好ましくない
状況にある人の人生では、それを实行できるところまで生かすことができなかった
りします。
そのように、良い運命を持つ人々だけが、すべての状態が備わった状態がつくら
れ、楽にアイデアを实行に移して、成功していくようにすでに運命づけられていま
す。
両親や友人などの幸福を願ってくれる人々の忠告や助言もアイデアになります。
しかし、運命が良くなければ、そのアドバイスを聞くのもやっかいで重荷を感じる
のです。しかし、すばらしい運命を持っている人々は、まったく同じアドバイスか
らヒントを得て、その後の人生は一変します。ですから、これからは、友人や両親
からの助言を「効果的なアドバイス」として聞くようにしてください。すばらしい
アイデアがあなたのマインドに浮かんで、あなたの人生を変えたがっているかもし
れません。
また、あなたが良い助言を与えたいと思っていても、相手の運命が弱ければそのア
ドバイスも受け取ってもらえないこともあります。しかし、運の良い人がその隣に
いて、そのアイデアを受け取ることもあります。アイデアの矢は人間の想いとは別
に、運命の働きによって、受け取るべき人物に命中していきます。
通常、人々はすばらしいアイデアに出くわしたら、その使い方を簡単に理解して
实行に移し、人生を変えることができると考えています。しかし、運命が非常に弱
い人には、人生をすばらしく変化させるアイデアでも、それが失敗であるように見
えてしまうものなのです。
良いアイデアを効果的に受け取るようにするための改善法として、瞑想の技法が
あるのです。瞑想はヨーガ哲学の文献に残されているたいへん重要な教えです。
今にちでは、日本でも多くの人々に親しまれるようになったヨーガですが、その
根本となる教えについて説明していきましょう。
ヨーガとは何か
宇宙を知る方法が示されている文献があります。何千年も前に書かれた『ヨーガ・
スートラ』という一冊の小さな文献には、Dharnaダルナ(集中)とDhyanディヤン
(瞑想)という方法によって、より深いレベルでこの宇宙を知ることができると記
述されています。通常インド以外の国では、「ヨーガ」と言うとき、一種の肉体的
な運動だと思っています。しかし、アーサナ(ポーズ)などの肉体の練習は、ヨー
ガの哲学の中ではほんの五%でしかありません。ヨーガ全体の概念は、宇宙のレベ
ルに達することであり、そのレベルに到達するために「集中と瞑想」は重要な役割
を果たします。
ヨーガ・スートラにある瞑想について知る前に、まずヨーガの定義について説明
しましょう。
YOGAという英語名は、サンスクリット語のYOG(ヨーグ)からきています。ヨ
ーガの用語にある多くの名前の語尾にAの文字が足され、英語名になっているもの
が多くあります。
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そして、ヨーグとは、宇宙(神)と個々の魂の融合を意味する単語なのです。
「ヨーガとはマインドにある思考の波を止めることだ」とヨーガ・スートラに記述
されています。
たとえば、月夜の海に、さまざまな動きをしながらたくさんの波が発生していると
きは、水面に映る月を見ることができません。しかし、風もなく海が静かで波のな
い状態のときならば、水面に映るきれいな月を見ることができます。そのように、
たくさんの雑念がマインドに流れてくるときには、宇宙の普遍的なアイデアが個人
のマインドに反射しないのです。
まず最初に、マインドを穏やかにリラックスさせてください。宇宙の精神にあるア
イデアがあなたのマインドに反射し始めます。このようにすることが宇宙の神秘を
知る秘訣なのです。そうして、多くの聖者たちがマインドをリラックスさせ、サハ
スラーラ・チャクラに意識を集中させることで、オーラや輪廻転生、カルマと運命
の法則などの神秘を知ってきました。
『ヨーガ・スートラ』では、人間の精神が宇宙レベルに到達するように成長のため
のステップが用意されています。
一段目は、「ヤマ」と呼ばれ、悪い行いをしないようにすることとして、アヒンサ
(非暴力)、サティヤ(正直)、アステヤ(不盗)、ブラフマチャリャ(感覚の制
御・禁欲)、アプリグラハ(貪らない)が定められています。
二段目は、「ニヤマ」には、善い行いをすることとして、ソーチ(清浄)、サント
シュ(足るを知る)、タプ(修行生活)、スワディヤーヤ(聖典などの自習)、イ
シュワル・パリニダン(神への献身)が定められています。
三段目は、「アーサナ」。さまざまな姿勢をとることによって肉体のコントロール
を目的とするもので、今にちでは多くのヨガスタジオなどで行われています。
四段目は、「プラナヤーマ」。精神と体内機能を整えるさまざまな呼吸法のテクニ
ックがあります。
五段目は、「プラティヤハーラ」。物質的なエネルギーを発散させ、すべての肉体
的感覚から解放されることを目指し、完全に物質的なものからわずらわされない意
識になります。
六段目は、「ダルナ(ダーラナ)」。完全に集中することができ、意識が乱されな
い状態をつくります。
七段目は、「ディヤン(ディヤーナ)」。瞑想状態。集中ができた次のステップと
なるのがこの瞑想であり、この段階で「自分は何者なのか」と問いかけていくこと
ができます。
八段目は、「サマディ」。宇宙の普遍的精神に個人の精神が浸る段階。この段階で
は、人生のすべての疑問は解決し、魂自身が「自分は宇宙そのものだ」「魂と神は
同じだ」と理解するのです。
アーサナ(ポーズ)とプラナヤーマ(呼吸法)を定期的に毎日行う人は、マインド
が波立たないようになっていきます。集中力が増し、数カ月から数年のうちにマイ
ンドがサハスラーラ・チャクラに接触し始める瞑想の段階に入っていきます。
ヨーガではダルナ(集中)とディヤン(瞑想)の違いはごくわずかです。長い時間
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マインドが特別なものやアイデアに向かって流れることを、ヨーガではダルナと呼
びます。集中のダルナの範囲を超えて長い時間集中することが保たれると、自然に
瞑想の段階ディヤンに入っていきます。
集中の段階と瞑想は非常に近い感覚にあり、ヨーガではほとんど同じ領域に入りま
す。その違いは、持続時間によるものです。瞑想によって達成されるものは、集中
の段階ダルナでもそのすばらしさに近づくことができます。
多くの科学者でも研究や考え事をしているときに、マインドは集中の段階に入り
、そして、集中がより深くなると、マインドは偶然にも瞑想の状態に飛び込むこと
があります。
このマインドの状態になると、私たちの通常のマインドでは気づくことが難しい
ような、今までに見たことのない宇宙の事柄をつかんでいきます。何かを発見した
人や世界の歴史で特別なことを達成した人の持つ秘密は、彼らのマインドが宇宙の
マインドにより近くなる状態だったからです。彼らはそれにより何か新しいものを
理解し始めたのです。
ある日、ニュートンは公園に座っていて、りんごが彼の目の前で落ちました。
彼は集中してそれに注意を置きました。
ニュートンのマインドはずっと、「りんごがなぜ落ちたのか」と考え続け、そして
、ついに、彼は引力を理解できたのです。
ニュートンがそれを理解できたのも、彼のマインドが集中の段階、または瞑想の状
態になっていたからです。
ニュートンのマインドは、この世の真实を探究する人々と同じマインドのタイプだ
ったといえます。そのため、彼は「プラトンは私の友人であり、アリストテレスも
私の友人ですが、私の最も偉大な友人は真实です」と言いました。
ニュートンがプラトン(ソクラテスの生徒)とアリストテレス(プラトンの生徒)
という二人の名前を言及したのも、二人とも、この宇宙と生命の真实を生涯かけて
探究した哲学者だからです。科学者の名前を出さなかったのは、生命の神秘を知る
ための情熱ではなく、職業として科学を選ぶ多くの人々がいるのを知っていたので
、ニュートンは心から真实を探究する哲学者を選んだのです。
アインシュタインが神の心を知ろうとして、偶然、相対性理論などを発見したよう
に、ニュートンは、人生の真实を探して、偶然引力というものに気づいたのです。
ニュートンはあらゆる方面から真实を探究していました。また、占星術に関心があ
ったことでもよく知られています。
宇宙の真理を探す人々は、マインドが異なったレベルに働き、偶然宇宙の普遍的な
神のマインドに接触し始めます。ニュートンとアインシュタインのマインドは、集
中や瞑想の段階に上っていきました。
いうなれば、アインシュタインとニュートンという世界的天才である二人は、他の
科学者たちよりスピリチュアルだったのです。集中と瞑想は、あなたがスピリチュ
アルな目標を達成するために必要であるだけではなく、私たちのこの現实世界で、
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より良いものをつくることにも役立つものなのです。
瞑想は、幸福や成功などのすべてのアイデアの神秘を理解させ、あなたのチャク
ラに働きかけて、アイデアをとらえることを助けるのです。
あなたは、瞑想からアイデアをとらえることを学ぶことができ、もっと効果的に
自分の運命をコントロールすることが可能になります。そして、瞑想の過程では、
神でもある宇宙のマインドが海に似ていることを理解し、成功、業績の向上、物事
の関連性、輪廻転生などのアイデアが宇宙の海の中に浮いている小さな真珠に似て
いると感じるでしょう。そして、その中でも、最も価値のある真珠は「私は宇宙そ
のもの(神)である」というアイデアです。
このアイデアにたどり着くとすぐに、人間の人生の究極の目標を見つけ出すこと
になります。そして、多くの悟りを得た人々は、他の魂の成長を助け始めます。
肉体に関係するアイデアや物質的な発見などのアイデアは、あなたの魂を最終的
な最も価値のある真理というアイデアに連れてくるためだけに存在しているのです
。神の心や宇宙の真理を求めていたアインシュタインとニュートンの魂も、来世で
この最終的なアイデアに到達することでしょう。
瞑想の目的を知る
偉大なアイデアを知ることは、物質的な成功のためなのか、「自分は何者か」を知
るためなのか、そのためにどれくらいのエネルギーを注ぎたいのか、あなたがどの
目的で瞑想をしたいのかじっくり考えて目標を決める必要があります。
あなたがこの先の人生で後悔することがないように、私は「自分は何者か」の問
いかけを優先することを勧めます。このアイデアに意識を置いて考える人々は、人
生のどんな状況においても幸福でいることができ、究極の目的である悟りを手に入
れることができます。
しかし、こうしたアイデアを尊敬せず、人生の特別な目的も考えずにいる人は、
何十億円もの大金持ちになり豪邸に住んでいても、希望に反した出来事が人生に起
これば、刑務所にいるのと同じような最悪な気持ちになります。そうした人たちは
、自分のマインドをコントロールできずに自殺まで考えてしまいます。
普通の人々にとって、刑務所というところは、この世で最悪な場所であると感じ
ます。しかし、ガンジーがインド独立のための戦いで、イギリス人の警察官に捕ら
えられた時に、彼は、その最悪であるはずの刑務所を、自分の個性と精神性をさら
に向上させるための道具であると考えました。僧侶たちの中には、魂の向上のため
に静寂を求めてジャングルに入っていきます。ガンジーはひとりになれる静寂と瞑
想を続ける場所として、刑務所は最適な場所だと考えました。
ガンジーは、人生の目的を果たす明確なアイデアを持っていました。不利な状況に
置かれても心のバランスを維持するために、いつも持ち歩いていた古代文献『バガ
ヴァッド・ギータ』から偉大な知識を得ていたからです。
シッダールタも悟りを開くために、太古から勧められてきた瞑想の技法に従いまし
た。しかし、仏教を研究する人々は、ヨーガと仏教の教えは別なものだと誤解して
、ヨーガの文献に目を留めませんでした。实際には、仏教の教えは主にヨーガ哲学
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の瞑想、カルマ、輪廻転生、マントラという四つの局面に基づいています。もしも
、あなたが、仏陀のマインドをもっと明確に知り、深い瞑想を体験したいと思うな
らば、仏陀が生まれる以前にも、それ以降にも存在した何百人ものヨーガ修行者た
ちの経験したことを知るべきでしょう。『ウパニシャッド』や『ヴェーダンタ』『
ヨーガ・スートラ』『バガヴァッド・ギータ』は、仏陀のマインドを理解するため
の最適な文献になります。
瞑想によって、すばらしいアイデアに触れることができるようになりますが、瞑
想をはじめる人に、ひとつ覚えておいてほしいことがあります。瞑想は様々な経験
を与えます。
瞑想は、チャクラからアイデアだけをあなたのマインドに運ぶわけではなく、す
べての古い記憶もマインドに運んできます。
古い記憶もチャクラに眠っています。川の水をかき混ぜると底にあった泤が舞い
上がるように、瞑想を行うと、チャクラの渦巻を震動させて過去の記憶もマインド
の表層意識まで運んできます。
あなたが偉大なアイデアをつかもうとするときは、過去の古い記憶にも対処しな
ければなりません。しかし、記憶がなぜチャクラに眠っているのかあなたは不思議
に思うでしょう。
人々は人生で数えられないほど多くのことを行うために、多くの計画をしてアイ
デアを練ることを好みます。しかし、人生の時間は短く、時間が足りず、ひとつの
人生ですべてのことを達成することはできません。人々がひとつの人生で、すべて
のアイデアを实現することはできません。そこで、实現できなかったアイデアを来
世で实行に移すために、チャクラにそのアイデアを蓄え続けるのです。人のチャク
ラにあるそうしたアイデアは、次に転生する場所を創造し、その欲を満たすように
働いていきます。
たとえば、ある人が自分の家を持つという強い願望を持っていて、海辺のすばら
しいバンガローを見つけました。しかし、手に入れるための十分なお金がなく、買
うことができません。しかし、その人は「私は買うつもりだ」と強く自分自身に言
い聞かせます。その考えはチャクラに送り込まれ、そこで種のように発芽する適切
な時を待ちます。
人はみなチャクラに何百万もの計画を運んでいます。その計画は今世からのものと
過去世からのものがあります。人々がすぐに使わないたくさんのものを家の倉庫に
収納するように、多くの計画をチャクラにしまっておくのです。日常生活でも、多
くの人々が、どれだけのものを収納していたのかを忘れてしまいます。今世か過去
世で自分で収納したものなのに、自分が計画をしたものをどれくらいチャクラにし
まってあるのかわからなくなっているのです。
瞑想によってマインドの表層意識にアイデアが浮かんできたとき、それが必要なも
のか不必要なものなのか自分で意識的にチェックしなければなりません。人間は将
来の人生の向上を止めるような否定的なアイデアもチャクラの中に運んでいるので
、瞑想を行っているあいだに浮かび上がってくるすべてのアイデアをフィルターに
かけて、必要なものだけを残すように整理する必要があります。
また、瞑想によって、あなたが家を買いたがっていたときのそのアイデアは表面
化するようになり、収入を増やす方法を思いついたり、その家を買う方法が浮かん
100
だりします。しかし、あなたには、その家を買うために貴重な時間を使って苦労す
るのか、人生の意味を知るためにその年月を使うのか、自分に問い直し選択するこ
ともできます。
何年間も悪戦苦闘した末に、高価な家を買うことができたとしても、何年くらい
その家に住むことができるでしょうか。人間の寿命はそれほど長くはないのです。
家を買うかどうか、あなたの心の表面に起こるすべてのアイデアに対処して決める
のは、あなたの自由です。
人々は、多くの転生を繰り返しても实現できないたくさんの願望、アイデア、計
画を持っていることを自覚するべきです。海辺の豪邸を買ったとしても、人生の問
題は終わりません。有名人やもっと裕福な人の家を訪ねると、さらに豪華な家や高
価な車が目に入り、自分が貧しく感じるのです。とても豊かな人々や有名人が多く
のものを達成した後でさえ、すべての人生の問題を解決できないのですから、普通
の暮らしをする人々はなおさらのことです。
人生に何が最も良いアイデアであるかを注意して選ぶようにしてください。真剣
に真理を求めて瞑想するならば、正しい選択が何かを理解できるようになります。
宇宙の偉大なアイデアを探究し尊敬し、心に抱くことが、あなたの人生に特別な意
味を与えます。アイデアは神であり、運命でもあるのです。
この本にも魂を向上させるアイデアが含まれています。そして、宇宙によって運命
づけられている人によって読まれます。その運命にない人たちはこの本を見つけら
れず、宇宙の秘密を理解することができないものです。
101
第五章
あなたの運命を向上させる宇宙の音(神と運命の音)
音が宇宙レベルで働くときには神となり、個人のレベルでは運命となることはお話
ししてきました。光とアイデアというものが、人間の運命にどれだけ重要なもので
あるかは理解できたと思いますが、音も同じように運命と関係しています。
音を利用してあなたの運命を改善する方法を紹介する前に、まず、音に関する基本
的な知識を説明したいと思います。
今日まで、音に関する科学的な研究が世界的に行われてきました。そして、音とい
うものが、人間や動物、植物といったこの世のあらゆる現象に対して、何かしら影
響を与えているという驚きの事实を発見しています。そして、なかでも音楽の影響
は最も強力であることがわかっています。音の質を変えるだけで、人間の意識をど
んな方向にも向かわせることができます。
たとえば、人々がパーティなどの社交的な場に参加して、特別なダンスミュージッ
クを聴くと、自然に体が動き出し踊りたくなるような気持ちになります。また、ロ
マンチックな音楽によってその曲の持つムードに影響され、同じようにロマンチッ
クな気分になったり、ホラー映画で使われるような恐怖を連想させる音楽で、ぞっ
とする感覚が引き出される効果もあります。
戦争のときには、勇気が湧いてくるような音楽を軍人たちが聴いて、英雄のように
戦う気持ちを高めたりしました。そして、魂の向上のために、瞑想の状態になるよ
うに導くための音楽もあります。
人間だけでなく、植物も音によって影響されています。平和で古典的な音楽を流す
と、植物はより成長します。
しかし、ヘビーメタルなどの激しいリズムのロックミュージックを流すと、植物は
健康を損なって枯れてしまうことさえあります。牛やバッファローのような動物は
、心地よいリズムの音楽を聴くと、より多くお乳を出します。しかし、ヘビーメタ
ルなどを聴かせると、反対にお乳の出が悪くなるのです。また、ロックやヘビーメ
タルなどの激しい音楽を聴く人は、クラシックや穏やかなリズムの音楽を聴く人よ
りも、攻撃的で否定的になる傾向があります。
一般的に音というと、音が流れているとわかる状態で、耳に聞こえるものを連想し
ますが、ここでは宇宙の普遍的な音の基本になる部分についてお話ししていきます
。
オームという音の源と人間の運命をコントロールしている七つのチャクラの音につ
いては説明してきました。科学的にも、音というものが人間に多くの変化を与える
ことが明らかになっています。しかし、音が人間の運命をコントロールしているこ
とは、ほとんど知られていません。
102
耳に聞こえる音が人間に影響を与えるように、内側にある七つの音は人間の運命に
影響を与えているのです。
宇宙が創造されるときの音の役割については、すでに説明してきましたが、音がど
のように創造を援助しているのかもお話ししていきましょう。
江本勝博士の实験によって、私たちが何らかの言葉を発音すると、水が特定の形の
結晶に変化することがわかりました。そのように、神がマインドの中で特定のアイ
デアを保とうとすると、神の発するエネルギーによって振動が始まり、その振動と
ともにオームという音が発生していきます。その音の原子は特定の形とデザインに
変化し始め、惑星、水、空気、花、種などの物質を宇宙に発生させていきます。
以前は科学者でさえ、体内に七つの色があることを知りませんでした。現在ではオ
ーラの存在も知られるようになり、七つの色が人間の肉体と関わっているという認
識を持つようになりました。しかし、「七つの音」も体内に持っているということ
までは知れられていません。ヨーガ修行者のように、瞑想によって体内にある七つ
の色を知った人々は、内側に存在する音も聴くことができました。实際には、体の
中にある音は七つだけではなく、他にもたくさんの微妙な違いを持つ細かい音が存
在しています。
体内にある音の存在は、科学的にはまだ証明されていませんが、興味深い話があり
ます。
悟りを目指し瞑想の修行をしている何百万人もの人々は、体内にあるそうした音
を聴いています。しかし、ほとんどのヨーガ修行者たちは、体内の細かい音にそれ
ほど関心を持たず、悟りを得るために、すべての音の源となる神だけに心を向け続
けていきます。
しかし、好奇心のあるヨーガ修行者がこうした音を聴いたときに、人間の体内に
響いている音に強い関心を持ちました。この微細な音のリズムが彼らの心を夢中に
させました。その音をできるだけ深く感じるように意識してみると、それは、主な
七つの音
(Lam,
Vam,
Ram,
Yam,
Ham,
Am,
Om)だけではなく、チャクラから浮かび上がる目立たない細かい音が、もっとたく
さんあるというとても神秘的な事实を発見しました。そしてさらにおもしろいこと
を知りました。人間がコミュニケーションのために話す何らかの言語は、体内にあ
る異なったチャクラから発する異なった音が起源となって、人間が話す言葉の音を
つくっていることを見つけたのです。
実際に使われている言語というものは、宇宙から人間のチャクラの中に贈り物とし
て与えられたものだとわかったのです。
進化論に基づいて考えるなら、複雑で精巧な言語が、人間だけに発展することはな
いはずです。どうして他の種ではなく人間だけに発展したのか、科学者はまだ気づ
いていません。進化論が示すように、この地球上の生存競争のために奮闘し進化の
成長をたどるうちに、人間自身の力で言語が発達したと考えるなら、人間と同じよ
うに生存のために奮闘していた象、ラクダ、キリン、ライオンなど、他の生き物た
103
ちは、なぜ言語が発達しなかったのでしょうか。
そして、精巧な言語を持たなければ、高度に進化する可能性もないのですから、他
の生き物にとっても言語の発達は必要なものであるはずです。この地球という惑星
で、各地域にはさまざまな種が生息していて、そのすべての種は、同じような環境
の中で生存競争をしながら暮らしてきました。他の動物たちの体は人間よりも大き
く成長しているのに、その中で人間だけがそのような言語を持ち、特にクジラは百
倍以上大きい体を持っているにもかかわらず、精巧な言語が発達していないのは大
きな謎です。
猿やチンパンジーなどが本当に私たち人間の先祖であるなら、チンパンジーなど
の持つ言語を私たち人間のものと比較したときに、尐なくとも五〇%か七〇%くら
い発展した言語を持っていてもよいはずです。
しかし、实際には、イルカや鳥など他の種と比べても、言語によるコミュニケー
ション技能は尐ないように思えます。そして、人間に近い存在ならば、環境や気候
の変化に忚じて身を守るために、衣服になるようなものや家をつくる技術など、厳
しい状況に対忚する能力を伝えるという言葉が発達していてもよさそうなものです
。
人間は何千種類もの情報を伝えるために、言語というものを他の人とのコミュニケ
ーションの道具としてきました。それによって、過去の貴重な体験を古代の文献に
書き残すことができ、その知識を代々受け継いできました。肉体の進化だけを考え
るなら、人間だけがすばらしく発達した言語を持っていることは大きな疑問になり
ます。
ヨーガ修行者たちが瞑想の中で知ったこの言語の謎の答えは、私たちが現代の教育
の中で教えられているようなものではありませんでした。それは、人間が地球上の
暮らしの中で言語を発達させたのではなく、体内のチャクラにあるいくつもの層の
中に、すでに仕組まれているものだったのです。宇宙の普遍的な計画のもとで、宇
宙から人間のために与えられたものなのです。
言語となる音を体内で聴いたヨーガ修行者たちは、宇宙がすでに人間に与えている
音を、私たちは言葉として自然に使うようになったのだと理解しました。人間がコ
ミュニケーションをとろうという気持ちになったときに、何かを伝えたいという思
いが体の内側から湧き出るように、内側にあるまったく同じ音を使って自然に外側
に発音しているだけなのです。
そして、チャクラの中にある音が基になって、いくつかの言語が発せられ、言語は
この地球上で驚くほど発達したものとなり、人間がその言語を話すために特別な努
力をしなくても、自然に言葉が出てくるのです。そう考えたヨーガ修行者たちは、
チャクラに潜んでいる音にもっと注意深く意識を向けてみると、特別な一定のリズ
ムを持つ異なる音があることを発見し、その体内の音をもっとよく理解するために
分類しました。すべての音を別々に分けた後、「サンスクリット(洗練された、ま
たは純粋という意味)」と呼ばれる文字に音の違いを書き表わしました。
104
チャクラの音とサンスクリット語
ヨギがパニーニと呼んでいる文法学者がいます。彼はこの言語をよく知る人物であ
り、サンスクリット語は学者や研究者自身によってつくられたものではなく、宇宙
や神から来た言葉なのだと言っています。そうした理由から、彼はサンスクリット
語の音に「シヴァ・サントラーニ」(シヴァ神から贈られた音)と名付けました。
人間の体にある七つのチャクラの絵を見ると、各チャクラが花のように描かれ、い
くつかの花弁があるのがわかると思います。この花弁は、人間のチャクラからどん
な種類の音が生じているのかを表わすための象徴として描かれています(チャクラ
の図表を参照)。
インドでは、「サンスクリット語」は神聖な音を基礎にして発生したものなので、
神の言語であるという話が、何千年も前から多くの世代を通じて言い伝えられてき
ました。しかし、どうしてサンスクリット語が特別な言語であると信じられている
105
のでしょうか。世界には六千以上の言語があります。現在、インドだけでも二十以
上の言語があることが公式に確認されています。そのため、なぜ聖者たちがサンス
クリット語を重要視するのか気づいていないインド人もたくさんいるのです。
しかし、数年前に、言語に関する驚きの発見がありました。現在使われているすべ
ての言語の音、構造、原理を科学的に研究したところ、その核心となる部分にサン
スクリット語が浮かび上がってきたのです。
NASAの研究者であるリック・ブリッグス氏は、一九八五年春のAI雑誌(人工の知性と
いう意味の雑誌)に、『NASA
Sanskrit
&
Artificial
Intelligence
(NASAサンスクリット語と人工の知性)』というサンスクリット語に関するエッセ
イを載せています。そのエッセイで、世界の他のすべての言語の中で、サンスクリ
ット語は独特でたいへん珍しいものだと説明されています。また、これはコンピュ
ータ・プログラミングのための最も適した言語であるとも述べられています。
多くのスピリチュアルな文献はサンスクリット語で構成されており、ヨーロッパの
多くの言語がサンスクリット語を起源としています。多くの人々がインドを訪れ、
ある人はサンスクリット語を研究し、そして、ある人はサンスクリット語で書かれ
ている文献から古代の智慧を研究するようになりました。そして、その知識はイン
ドから西洋の国々へ渡ったのです。
また、その中にインドを訪れていた意外な人物がいます。それは、イエス・キリス
トです。彼の十三歳から三十歳まで、キリストがどんな生活をしていたのか人々に
まったく知られていませんでした。キリストの人生を研究した二人の外国人の学者
たちが、その調査結果を本にしています。ニコラス・ノトヴィッチ著『The
Unknown
Life
of
Jesus(知られざるキリストの人生)』、オルガー・ケルストン著『Jesus Lived in
India(キリストはインドで暮らしていた)』に書かれている内容の中で、キリスト
の知られざる十七年間は、世界中を旅していて、仏教やヨーガ哲学を学ぶためにイ
ンドにも訪れていたと説明されています。
歴史家であるアメリカ人のウィル・デュラントは、『Story
of
Civilization(文明の歴史)』という彼の本の中で、「インドは私たち民族の母国
であり、サンスクリット語はインドヨーロッパ語の言語の生みの親です。
彼女(インド)は私たちの哲学であり、私たちの数学であり、キリスト教と私たち
の民主主義の理想的な母親なのです。インドはあらゆる面で私たちの母親なのです
」と書いています。
サンスクリット語のスピリチュアルな話を知った歌手のマドンナは、その言語にあ
る音に関心を持ち、サンスクリット語を学びにインドに来ました。その後、彼女は
「アシュタンギ」というサンスクリット語の曲を歌っています。
私たちのチャクラの音は、言語を創造するだけではなく、音楽も創造します。歌手
やミュージシャンの音楽が創造されるとき、最初に、チャクラに入っている普遍的
な音と一緒になって、彼らのチャクラにリズムが構成されていきます。ミュージシ
106
ャンはある意味でヨギに似ているといえます。ミュージシャンの人たちも、瞑想に
よって自分の意識をもっと深くすればするほど、すばらしいリズムが内側のチャク
ラから沸き起こってくるのです。
意識というものは、七つのチャクラのいくつにも重なったエネルギーの層の中にあ
り、すべての音と光とアイデアがそこには眠っています。ミュージシャンが定期的
に瞑想を行えば、音楽という分野でさらにすばらしい演奏をすることができます。
瞑想はチャクラの深い部分にその人の意識を運び、チャクラの中にあるリズムがも
っと明確に感じられるようになります。
マントラの音
聖者はサンスクリット語にたいへん感謝をしています。なぜなら、サンスクリット
語を話す人は、その人のチャクラとマインドを自然に調和させる作用があるからで
す。ですから、何か別の言語を学びたいと思うなら、サンスクリット語が最も良い
選択であるといえます。
チャクラの主な七つの音(ラム[Lam]、ヴァム、ラム[Ram]、ヤム、ハム、アム
、オム)は、人間の運命の法則を機能させ、チャクラの中にある補助的な微細な音
は、人間のコミュニケーションに関わっています。サンスクリット語を話すことが
体内のすべてのチャクラを調和させることができるように、チャクラにある七つの
音を唱えると、運命を改善することができます。
たとえば、特定の宝石を身につけることで、その対忚するチャクラに働く色の状
態を改善できるように、特定の音を声に出したり、心の中で唱えたり、聴いたりす
ることで、チャクラにある音を改善することができます。
ホロスコープから判断して、ムーラダーラ・チャクラにもっと多くの波動を必要
とするとき、改善するためにルビーを身につけるだけでなく、LAM(ラム)の音を
唱えることでチャクラの音が調和され、運命の働きをさらに整えることができます
。
人生のある面であなたの運命を改善したいときには、その局面と関係しているチャ
クラにつながる特定の音を唱えることで改善することができます。たとえば、芸術
的な面を向上させたいけれど、あまり運がないと思うならば、HAM(ハム)の音を
唱えることで芸術面の運気を促進することができます。HAMの音はヴィシュダ・チ
ャクラとつながりがあり、アート、愛、音楽といった分野の意識の表現に対忚して
います。
音というものが、人間の運命と人生に深いつながりと影響力があることが知られた
ことから、音はマントラと名付けられました。そのマントラという単語は、「マン
」はマインドや魂を意味し、「トラ」は、自由、拡張を意味しています。
マントラには、人生に起こる多くの問題からあなたの魂を救うことができるパワー
107
があります。マントラのパワーによって、カルマと運命の及ぶ領域を超えたところ
にまであなたを導き、あなたの魂を神と結合させることができるのです。
主な七つの音と補助的な細かい音のすべては、オーーーム(ン)ーーー(OooMmm
)という宇宙の基本的な音から発しています。オームという音はすべてのマントラ
の中でも最良なものと考えられています。オームという基本になる音を唱えること
で、体内にあるすべてのチャクラのバランスをとり、チャクラの状態を回復させ、
運命をコントロールして魂をスピリチュアルなより高いレベルに進ませることがで
きます。
OM(オム)は振動であり、その振動は、あなたの体にあるチャクラの中に自然に
流れていて、宇宙全体の基礎となっている振動でもあります。あなたがこの音を唱
え始めると、チャクラはこの音をよく認識しているので、あなたの唱える音の振動
は、楽に体の中へ流れ始めます。宇宙の基本的な音オームと神は、まったく同じも
のです。そのため、古代文献ヨーガ・スートラには、「オームの音は宇宙意識の象
徴である」と記述されています。
頭の頂点の王冠であるサハスラーラ・チャクラは基本的な宇宙の音オームとつなが
りがあります。このマントラによって、ほとんどの古代のマスターたちの意識は悟
りにまで到達しています。
多くの古代聖典には、オームの音のパワーについて述べられています。そのひとつ
である『ムンダカ・ウパニシャッド』には、「オームを唱える者の魂は、決して暗
闇に進むことはない」と記されています。
そして、「魂が肉体を離れる死のときに、オームと唱える者は、神のもとへ到達す
る」とクリシュナは言いました。しかし、人間が死を迎える瞬間に思うことは、そ
の人が一生涯考えてきたことしか思い出せないのだとも、話しました。死の間際に
マントラを思い出せるのは、生きている間にマントラを唱えている者だけなのです
。
古代から、あらゆる寺院では寺の正門にベルが設置されています。そのベルを打つ
と音が生じます。そのベル音がオームの音でもあるのです。サハスラーラ・チャク
ラにもオームの音が振動しており、そこは神の家へ入る正門なのです。
他にもオームの音を唱える理由があります。自然の法則下では、この宇宙にあるす
べての存在は不滅です。どんな存在もその物質的な形を永久に変えることができ、
この宇宙の中で何も破壊することはできません。この同じ法則は音にも働いており
、音も不滅なのです。どんな音や言葉も、地球上で人間が話したこともすべて宇宙
に貯蔵されます。
その貯蔵されている音は、音楽CDの中に音が存在するように、耳に聞こえない状態
で宇宙の中に存在します。CDの中は音で満たされていても、外側からは音があるよ
うに見えません。そして、プレーヤーを使うという特別な方法で内側にある音を聴
108
くことが可能になります。それと同じように、この宇宙は音で満たされていますが
、通常の状態では、私たちは聴くことができないのです。
オームの音は、異なる時代に生まれた多くのヨーガ修行者たちによって、神への強
い献身の心と共に何十億回と唱えられています。他の人々の心を奮い立たせ、神聖
なものへ向かい続けるように、悟りに達した後でもオームのマントラを唱え続けま
す。宇宙の基本的なオームの音とスピリチュアルな修行を行う者が唱えるオームの
音は、宇宙の中で調和していきます。将来、宇宙の振動音を科学的にみつけること
ができるなら、それはオームの音に大変近いものだと思います。
マントラをまちがえた発音で唱えると、罪になると考える人たちがたくさんいます
が、これは大きな誤解です。
『ラーマヤン(英語名ラーマーヤナ)』という有名な本を書いたバルミキという古
代の聖者がいます。悟りを開いた聖者となる前は、教養のない盗賊でした。彼は、
あるとき、彼の意識を改善するために、神の化身であったラーマの名前を使って「
ラーム、ラーム」というマントラを唱えるように勧められました。しかし、バルミ
キは間違えて「ムラー、ムラー」と唱え始めてしまいます。「ムラー」とは「死」
という意味になります。ですが、彼が神への愛でマントラを唱え続けたおかげで、
バルミキが悟りに達するように肯定的に働き始めたのです。
子供が母親を呼ぶときに、大人の人が発音するように正しく言葉を言えないことも
あります。間違えた発音で呼んだとしても、子供が母親を愛していることに変わり
はなく、その想いはちゃんと母親に伝わります。宇宙はあなたが発するただの単語
だけではなく、言葉の背後にあるあなたの心のあり方も計算するのです。ですから
、マントラの発音を心配する必要はまったくありません。
あなたが愛をこめて心で神を想いながら発音する音や単語なら何でも、それがマン
トラとなります。マントラはどんな宗教とも関わっていません。どんな音も本当の
マントラとしてあなたの運命を保護するものとなって働くことができ、あなたに悟
りを与えることができます。
インドにも、サンスクリット語を学んだこともなく、サンスクリット語を話すこ
とができない聖者たちがたくさんいます。しかし、それでも愛と献身の心だけで悟
りに到達しているのです。
サンスクリット語を学ぶことに興味のない人やチャクラにあるすべての音を暗記
するのがおっくうに感じる人は、ただ「OM」の音だけを唱えてもよいし、他の音
を選んでも構いません。簡単な音を発するだけでも、十分にあなたの運命を改善し
たり悟りに到達することを促進します。
マントラで運命を改善する方法
人間は一般的に忙しい人生を送っており、考えたり神に祈るためにひとつの場所に
109
静かに座っていられません。マントラを唱えるのは、移動中でも料理をしながらで
も、声に出しても心の中で唱えても構いませんので、いつでもどんな場所でも、唱
え続けていくうちにその人の運命は改善され、多くの問題から救われていきます。
そして、死を迎えた後も、魂は微細な音の世界であるナード・ブラフム(音の神)
を通って移動します。
それぞれの魂は遅かれ早かれ、死に直面していきます。一度過ぎた過去の時間は決
して戻ることはありません。いつでもどこでも尐しの空き時間があったなら、絶え
ず心の中でマントラを繰り返し唱えてください。マントラを唱えることは、体内の
チャクラの状態をつくる基礎となっている音と光とアイデアに良い影響を与えるの
ですから。
悟りに達する多くの方法がありますが、マントラの影響は非常に強力なので、マン
トラを日常的に唱えるだけで、人生の最高の目的である悟りを得るためにも十分に
働きます。
ダライ・ラマ法王は『ケラチャクラ・タントラ』の本に「マントラの信頼なしに、
仏陀の性質は成し遂げられない」と書いています。
マントラ・ヨーガ(マントラを使って魂の向上を目指す方法)に多くの時間を費や
す人々は、彼らのチャクラの中で眠っている基本的な音が目覚め始めます。そして
、体の細胞と宇宙の音がもっと調和するように振動し始めます。何人かのスピリチ
ュアルマスターの弟子たちは、マスターが眠っているときですら、マスターの体か
らマントラの音が響いてくるのを聴いています。
毎日尐しずつ水滴をポットにたらしていくと、数滴の水であっても長い時間続ける
うちに水でいっぱいにすることができます。そのように、一日に唱えるマントラの
回数が尐なくても、毎日唱え続けることで、何年かするうちにたくさんの神聖なエ
ネルギーがチャクラに貯蔵されていきます。そして、今世で悟りに達することがで
きなかった人は、チャクラに貯蔵されたマントラの強さで、魂が次に転生するとき
には、若い頃からスピリチュアルな成長がしやすい条件にある家族のもとに生まれ
ていきます。
ガンジーは、カルマ・ヨーガだけでなく、マントラ・ヨーガも生涯にわたって修練
していました。人生の最後に、ガンジーの口からはマントラが何度も繰り返されて
いたのを多くの人々が聴いています。また、ビートルズのジョージ・ハリソンとジ
ョン・レノンは、人生に役立つ高い知識を渇望していました。それを満足させるた
めにインドを訪れ、マントラの効果を体験し、その経験から得たものは、豊かさと
国際的な名声を持つ彼らでも味わったことのないものでした。
彼らのマントラの体験が書かれた『Chant
and
be
Happy(詠唱と幸福)』(未翻訳)を読んでみてください。ジョージ・ハリソンは
、マントラがどのように彼を飛行機事故から救ったのか、インタビューに答えたこ
とがあり、彼の本『I,
me
,
110
Mine』(河出書房新社刊)で、「マントラは、音の構成で覆われている神秘的なエ
ネルギーです。そして、それぞれのマントラはその振動の中に確かなパワーを含ん
でいます。しかし、すべてのマントラの中でも、マハ・マントラ(自分にとって特
別な力強さを感じるマントラ)は、今世のうちに神を認識できる意識に達するため
の、最も簡単で最も確かな方法として指示されています」と書いています。ジョー
ジ・ハリソンのような成功者であっても、本当の幸福はマントラがあってこそ感じ
られたといっています。
地球上の大部分の人々は、彼のように世界的な成功や名声を獲得することが、完全
な幸福だと考えて夢を見ながら暮らしています。しかし、ほとんどの人たちは、ジ
ョージ・ハリソンが到達した成功と名声を同じように手に入れることはできないと
いうことを自覚しています。それでも心のどこかで大きな成功を追い求めてしまい
ます。仮にどうにか同じような成功を手に入れても、再び空虚感を感じ、ビートル
ズのメンバーがそうしたように、人生の意味を探し始めます。ですから、手遅れに
なる前に、できるだけ早くマントラのパワーを使い始めてください。
マントラは、あなたの運命をコントロールするためだけに使われるのではなく、悟
りを得るためにもその力を発揮するということを覚えておいてください。
参考のために、いくつかのマントラを紹介しておきます。この中からひとつ自分の
気に入るマントラを選んで唱えるようにしてもよいです。他にも多くのマントラが
ありますので、どれでも自分にとって特別な想いを感じるものがあれば、それを自
分の唱えるべきマントラにするとよいでしょう。生涯を通じて同じマントラを使用
することで、さらにマントラのパワーが効果的に働くようになります。このように
自分の特定のマントラとなったものを、マハ・マントラと呼びます。
★
Om オーム
ヨーガのクラスなどでもよく使われる基本的なもの。Omはブラフマ(宇宙意識)の
象徴であり、インド古代のほとんどのマントラはこのOmで始まります。
★
Om Namo Shivaya オーム ナモ シヴァーヤ
(シヴァ神{宇宙エネルギー}への礼拝)
★
Om Mani Padme Hum オーム
マニ
パドメ
フム
(蓮の花の上に宝石があるという意味で、仏教徒の人々がよく使用するマントラ)
★ Om Bhur Bhuva Sva Tat Savitur Varenyam Bhargo Devasya Dhimahi Dhiyo
Yo Na Prachodayat (ガヤトリー・マントラ)
オーム ブル ブヴァ スヴァ タット サヴィトゥル ヴァレーニヤム
バルゴ デヴァッシャ ディマヒ ディヨー ヨー ナ プラチョダヤット
(インド最古のマントラであり、太陽から働きかける光(知識)である宇宙エネル
ギーに捧げる)
111
★ Hare Krishna Hare Krishna Krishna Krishna Hare Hare
Hare Rama Hare Rama Rama Rama Hare Hare
ハレー クリシュナ ハレー クリシュナ
クリシュナ クリシュナ ハレー
ハレー
ハレー ラーマ ハレー ラーマ
ラーマ ラーマ ハレー ハレー
(インドで人気のあるマントラ、主クリシュナと主ラーマは、同じ神の生まれ変わ
りであり、両神に礼拝する)
マントラ・ディクシャ(秘儀の伝授)
音楽、言語、科学、スピリチュアリティに関するものなど、世界のあらゆる事柄を
理解するためのたくさんの本が世の中に出回っています。しかし、人間の心理とい
うものは、自分が完成させたい分野の教師に会うまでは、熱意を持ってその知識を
研究し、さらに深く突き進むことができないのだそうです。
大学の図書館には、あらゆる事柄を題材にした何百万冊もの本が保管されていて
も、生徒のためにすべての課目を教えられるように多くの教師を雇っています。教
師自身がその教える分野に情熱的な気持ちを持っているものなので、教師の話す言
葉には生徒の心を奮い立たせる力があります。
教師の教えからは、書物だけでは得られないような情熱を感じさせ、深く探究し
たくなるように生徒たちを導くことができるのです。生徒自身が強い探究心を持っ
ている場合には、書物だけでは満足できず、自ら最適な教師をみ見つけようと努力
することもあります。
一般社会の人々が書物を読むだけでなくマスターから指導を受けられるなら、人々
は魂の向上のためにマントラやスピリチュアリティの修練ができると聖者たちは確
信していました。そこで聖者たちは、マスターが人々に秘伝を伝授する「マントラ
・ディクシャ」という過程を発展させました。
マントラを詠唱しながら、マスターが儀式を受ける人の頭部に手を当てるように
したり、指を額に当てる場合、または離れたところからマントラを唱えるだけのこ
ともありますが、それによって生徒の魂はマントラの宇宙エネルギーを受け取って
いきます。そして、伝授された者は日常的に毎日定期的に、神への献身の心でマン
トラを唱えることをマスターに誓います。
この方法によって、生徒は、マントラを唱えるという責任を心に刻み、マントラ
によって魂を向上させるためのインスピレーションをマスターから得られるのです
。
マントラ・ディクシャは、五千年以上も続くインドの伝統であり、そして、それは
何百万人もの人々が人生の目的に達することを助けてきました。魂を向上させるた
めに、簡単で早く日常的に気軽にできるものであり、達成したい人生の目標がある
人は、マントラ・ディクシャを生涯で一度体験しておくべきでしょう。
112
しかし、マントラ・ディクシャの効果やグルの影響力を信じない人は、秘儀の伝授
を受けなくても、スピリチュアルな修行を続けることはできます。その場合には、
自分の目標を必ず達成するのだという強い熱意と情熱を持っている必要があります
。
若い頃からスピリチュアルな事柄に情熱を感じる人たちは、過去世でも修行してい
た可能性が高く、その熱意だけで目標に到達することも可能です。しかし、一般的
に、指導者から触発されなければ魂の向上につながる修練ができない人々が多くい
るので、そのように意志の弱い人たちには、とても効果的なものとなります。
運命を改善し、ストレスも減少させるマントラのパワー
技術の進歩とともにライフスタイルは急速に変化し、競争社会の中で暮らす人々は
ストレスを増加させています。大都市に住む人々の中で、ストレスを感じることな
く熟睡できる人の数はとても尐ないでしょう。
ストレスは、マインドの中で起きている否定的なコミュニケーションなのです。あ
なたがストレスを感じているときに、自分のマインドをよく観察してみると、否定
的な意識で情報交換をしていることがわかります。多くの人々が過去の人生で達成
できなかったことを後悔したり、将来に起こる出来事を心配し続けています。スト
レスの状態にあるときには、大多数の人たちが、過去や未来に関わる事柄と戦って
苦労を感じ続けています。
そのような人々というのは、将来の「計画」をするのではなく、将来を「心配」
してしまいます。
私たちが未来のことを心配したり、過去の思い出を繰り返し考えても、現在の自
分のまわりに起きている出来事を肯定的に変化させることはできません。これを理
解することが幸福になる秘訣なのです。
「心配」ではなく、「計画」や「アイデア」だけが状況を肯定的に変えるものなの
です。あなたが腹を立てたり、落ち込んだりした否定的な事柄を思い出し、「なん
でこんなことが起きるんだ」「なぜ、うまく事が運ばなかったんだろう」「なぜ私
の悪いうわさをするのだろう」「私のことを何と言っているのだろう」などと悩む
ことに毎日二時間くらい時間を使ってしまっているなら、一年間で七百三十時間を
無駄に使っていることになるのです。大切な自分の時間を無意味なものに捧げてし
まっています。物事の見方を変えて、この同じ七百三十時間を日常の心配事のため
に使うのではなく、何か人生の重要な面を考えるために費やすことも可能です。将
来を大きく変化させる計画やアイデアのために時間を有効的に使うなら、もっと明
るい未来を築くこともできるはずなのです。
实際のところあなたが何か重要な事柄を考えたくても、マインドをコントロールす
るための十分な時間をとることができないかもしれません。しかし、そうした状況
でも、後悔したり心配したりしてはいけません。なぜなら、重要なことに時間を使
113
えなかったときのあなたの損失が仮に二〇パーセントだとすると、あなたが心配す
ることでその損失を二倍くらいに増やしてしまうかもしれません。心配はあなたの
マインドに影響を与え、より良い未来をつくるために必要な次の新しい計画やアイ
デアを生み出すことに集中できなくなります。余分な損失を防ぐために、どんな厳
しい状況の中にあっても、自分のマインドをどうにか心配する気持ちから遠ざけ、
平和な状態にしなければなりません。
誰かがほんの尐し否定的な言葉を話しただけで、すぐに落ち込んでしまうという人
たちがいます。そのような人たちは、他人にいわれた言葉を一日中、または一週間
、一カ月以上忘れることができません。小さな批評もストレスとなっていきます。
人々は、他の人たちが常に自分に好意的であることを期待していて、自分を好意的
に思わない人がいるとすぐに腹を立ててしまいます。
そういった傾向を強く感じる人は、是非、覚えておいてほしいことがあります。ソ
クラテスやガンジーといった偉大な人物でさえ、妻や息子の深い理解を得ることが
できませんでした。同じような話は、他にも多くの天才といわれる人々にも起きて
います。考えるレベルが異なれば、理解できることも異なります。すばらしい考え
方を持った偉大な人物というのは、その人のまわりにいる人々すべてを理解させる
ことができないものなのです。人間同士のあいだで起こる誤解は、この世にいつで
も起こる自然現象なのだということを、私たちは、はっきり理解しておくべきでし
ょう。
すべての人間が、自分自身のことを考えるために多くの時間を必要としているのに
、他の人々があなたのことを理解しようという意識を持つことなど期待できそうに
ありません。誰もが自分自身の幸福を第一に考えて暮らしています。このことから
も、この地球上の大多数の人々が、他人が自分を理解しないのだと、不平をいって
いるのがわかるでしょう。妻は、夫が自分を理解していないといい、息子は両親が
自分を理解してくれないといいます。会社の社員は、社長が自分のことをちっとも
理解していないとグチをこぼします。地球上のすべての人々に好かれ、理解しても
らえる人物はひとりもいないのです。
蓮が泤の中を通って水面で美しい花を咲かせるように、あなたは、社会生活で起
こる細かいことに気をとられずに、人生の最高の目標に心を向けなければなりませ
ん。
歴史を見れば、天才ミュージシャンや科学者、スピリチュアルな探求者たちとい
った、後に世界の先駆者となった人々は、世界中が自分のことをどんなふうに考え
、何というのかなど、自分に関するうわさをまったく気にしないという独特の性格
を持っていたことがわかります。人々の批評によって彼らの興味や関心が逸れるこ
とは決してなく、批評する人々を嫌ったり悩ますことなどに、わずかな時間も使い
ません。彼らにとっては、他人の批評などくだらないことなのです。マインドが、
毎日小さなことで乱されていくなら、この世で最も偉大なアイデアを生み出すこと
などできません。
マインドは川のようなもので、否定的な考えは、海という目的地にたどり着くため
のきれいな水の流れを乱し、障害をつくり出す大きな石のようなものです。人間関
114
係の誤解が生まれるこの世の仕組みを理解しているなら、人生に起こる小さな事柄
に自分のエネルギーを無駄に使うのではなく、自分のエネルギーを有効的に使い、
人生の目的に向かって有意義な旅を続けていくことができます。誤解が生じること
があっても心配せずに、善い行いと平和な心で過ごしてください。どんな人にも誤
解は生じるものなのです。そして、一日二時間をどのように使うべきなのかを忘れ
ずに考えてください。
マントラは、人生の旅で出会うあなたの友人です。あなたが不安になったり、心が
乱され始めたと感じたなら、否定的に考えることをやめて、その代わりにマントラ
を唱えてください。
深く落ち着いた呼吸とともにマントラを唱えると、脳へ働く血液に変化が生じ、マ
インドにあった否定的な思考は不要なものとなり、平和な思考と入れ替わっていき
ます。あなたがマントラを繰り返し唱えたり、オームや他のマントラを聴いたりし
たときには、脳にある血液や水分などの液体に振動が生じます。その振動の影響で
平和な波動がマインドの中に広がり始め、不必要な思考が残るスペースがまったく
なくなっていきます。ゆっくりとした呼吸でマントラを唱えると、あなたのマイン
ドはさらに深く平和な状態になります。そして、深い呼吸をしながら、あなたが変
えたいと思う悪い癖や、实行したい新たな習慣を心の中で繰り返し思うならば、マ
インドはすぐにそれを受け入れて自然に实行できるようになっていきます。
そんなすばらしい力を持つマントラを、あなたの誠实な友人として認めてください
。そして、毎日最高の状態で人生の旅を続けてほしいと思います。
音とトランス・ダンス
ダンスには二つのタイプがあります。ひとつは、職業ダンサーとして踊るものや
パーティなどの多くの人たちが見ているところで行われるものです。そういったダ
ンスは、商業的に利益を期待するものだったり、評価を得ることが目的で行われて
いることが多く、踊る人がいつも他人の目を意識しています。踊り手の意識が外側
に向かっているので、ダンスを通じて自分自身を感じることはできません。
そのようなダンスは演技として人々を楽しませることが目的ですが、もうひとつ
、それとは異なった質を持つトランス・ダンスがあります。それは、自分の意識を
完全に内側に向けて自由なスタイルで踊り、他人が自分のダンスを見ていようがい
まいが気にしない状態をつくるようにして行います。そうすることで、演技すると
いう意識を超えた領域のものとなります。このようなダンスを行うと、自分自身の
魂とナード・ブラフム(音の神)の存在に気づいていきます。音の役割は大きな影
響力を持つので、使用する音楽は、宇宙の基本的な音であるOM(オーム)の振動
音が全体に表れているものであると最も効果的です。
そのような昏睡状態となるトランス・ダンスでは、毎瞬毎瞬は祈りと同じ意識にな
り、瞑想状態に入っていきます。そのときに、あなたが好きなスタイルで自由に踊
ることができます。自分が心地よく感じるような、あなたの感情を揺さぶる音楽を
115
選ぶと効果的です。
このダンスは、あなたのチャクラの流れを妨げていたエネルギーをすべて解放させ
ていきます。あなたの感情は溢れ出していきます。悲しみや笑い、怒りといったあ
らゆる感覚が湧き起こってきます。自然に溢れてきた感情をすべて神に差し出すよ
うにイメージしてください。感情を表に出すことで、自分の内側から不要なエネル
ギーを取り除くことができます。
あなたが好きなときにいつでもダンスを終わらせ、その後はゆったりと横たわって
ください。この宇宙の中にいる自分の存在を感じてみます。そして、だんだんと呼
吸がより深くなるように意識していきます。できるだけゆったりと時間をとり、そ
の後に、心の中でマントラを唱えたり、瞑想をすることができます。
マントラやトランス・ダンス、瞑想は、運命を改善しストレスを減尐させるための
技法となります。あなたが自分のストレスをコントロールできなければ、そのスト
レスが人生に否定的な影響を与えるということを覚えていてください。
ストレスは病気よりも悪いものとなります。肉体的な病気を持つ人は、医者、また
は何か治療する他の方法が必要だということがすぐにわかります。しかし、ストレ
スや憂鬱な精神状態で苦しむ人は、自分のマインドにある問題が原因となって、何
カ月も何年もそのような状態で生きていることに気づくことができないのです。そ
して、マインドからストレスの作用は肉体にも及び、体調にも影響を及ぼし、徐々
に状況は悪化していきます。
マインドと肉体は異なったものではありません。肉体は「固体のマインド」であり
、マインドが水だとすると、肉体は氷の状態なのです。氷は水からできているよう
に、マインドの状態が肉体の状態をつくるのです。マントラを唱えたり、トランス
・ダンスを始めると、マインドだけでなく肉体も助けることになります。マントラ
の音は、あなたの体の細胞一つ一つに広がり始めるからです。この原理を理解して
、意識的にマントラやトランス・ダンスを利用するなら、もっと高い効果が感じら
れるはずです。
第六章
運命とソウルメイト
現代の世の中を眺めてみると、人々の人生の中で、恋愛は重大な事柄となっていま
す。現代社会で本当の恋人を探すことは、神を見つけるよりも困難なことのように
思えます。仏陀は六年でこの世の真理を見つけ真の幸福を手にしましたが、多くの
116
現代人は、二十年も三十年も生涯のパートナーを探し続けていながら見つけられな
いでいます。
十八歳から三十歳くらいの若い人々は、パーティなど多くの人々が集まる社交的な
場に行くことも多くあって、たくさんの異性に出会うチャンスがあります。そして
、若い頃には、人生はすばらしく楽しみに満ちているように思えます。若者たちは
、この世のすべてにおもしろさを感じ、将来の希望に満ちています。そして、苦労
も乗り越える意欲があり、自分の目標に達成できる可能性を感じています。
それに、多くの異性と恋愛したり、プロポーズの機会も多くやってくるのがこの時
期です。しかし、恋愛を通じて、将来の生活を考えると、次第に理想を高く持つよ
うになっていきます。プロポーズされても結婚するべき相手なのか判断できず、迷
った末に断ってしまいます。また、この時期は新しい出会いもたくさんあるので、
長く恋愛関係を保つことにこだわらない人もいます。
二十代くらいのときには、友達同士の集まりで結婚の話題になったりすると、こん
な会話がよく聞かれます。
「人生をもっと楽しまなきゃ。結婚のことなんて今から心配することないよ」
「彼女はいい人だけど、でもね……」
「彼は私を好きみたいだけど、私はそんなふうに思っていなくて、いい友達ってい
う存在なのよね」
「結婚なんて理解できないな、今は自由でいたいから」
そんな彼らが、お見合い結婚を信じる素朴な文化に属する人々の話を聞くときの反
忚はこうです。
「お見合いなんて、おかしいんじゃない!!!
どうやったら、よく知りもしないデートしたこともない人と結婚できるんだろう」
何年か経ち、その当時二十歳、三十歳だった人たちが三十代、四十代になっていき
ます。すると、状況は一変します。彼らは気に入った人の気を引こうとしますが、
うまくいきません。だんだんと社会から阻害されているように感じ始め、いうこと
も変わり始めます。
「最近、自分にぴったり合う人を見つけるのは、とても難しいね」
「なんで、みんな、私を理解してくれないんだろう」
「なんでこんなに恋愛にストレスを感じるんだろう」
「自分のスタイルがよくないのかな」
「わたし太っちゃったかなぁ。どこか良いヨーガスタジオかスポーツジム知ってる
?」
そのような人たちの中には、最後には生涯をひとりで過ごすことになってしまう人
もいます。そして、結婚相手に高い望みを持つ人だと、満足するパートナーを見つ
けられる確率は減ってしまいます。
117
ほとんどの人々が、自分はちゃんと物事がわかっていて、自分の恋愛生活くらいコ
ントロールできると考えています。そして、独自の恋愛観を持っているので、自分
の気に入るような生き方をしたいと思っています。自分は理想の人に出会うことが
できて、自分にとってふさわしい人がどの人なのか見分けられると信じきっている
ところがあります。
時間をかければ、簡単に相手を理解できて、長所や短所もわかると思っていますが
、ひとつ忘れていることがあります。それは、恋愛関係においても、相手を見分け
るという意識の部分に、運命の影響が働いていることです。
自分でパートナーを見つけるのだと考える人々は、間違いのない相手を選ぶために
、結婚する前に長い時間をかけて相手を理解しようとします。そして、長年つきあ
った恋人と結婚した後で、この相手に間違いがないと思っても、お互いのちょっと
したことから別居や離婚に至るケースが多々あります。また、そうした数多くの離
婚話を耳にします。
人々は、運命というものが、恋愛や結婚にもその役割を果たしていることを忘れて
しまっているのです。運命の影響下では、人間の賢さなど、まったく当てにならな
いのです。
恋愛関係に潜む運命のドラマ
理想の人を見つけることができるかどうかは、あなたが持っている運命次第です。
ほとんどの人たちが探し求める理想のパートナーの条件は、誠实で魅力的で、頭も
よくて、経済力もあって、自分のことを一番理解してくれるやさしい人をイメージ
しています。
しかし、運命の助けがなければ、トップクラスのセレブでも、世界的に成功してい
る人であっても、その人が期待するようなパートナーを獲得することはできません
。そして、良いパートナーと巡り合う運命を持つ人は、その人がごく普通の人であ
っても自分が望むようなパートナーを得ることができます。そうした实例が、この
世の中にはたくさんあります。
運命が良くない人の場合には、結婚する前に、何千人もの人と会って自分にふさわ
しいかどうか正しく判断したつもりでいても、結局は悲しい結末を迎えていきます
。しかし、良い運命を持つ人は、たった一度の出会いの場で、理想の人が自分の目
の前に現れたり、友人に紹介されたり、家族が最良の人を選んで勧めてくれたりす
るので、苦労せずに適切な人と結婚することができます。
運命の働きを考えたときには、自分で「ソウルメイト」を見分けることができると
は限りません。恋愛や結婚生活を自分でコントロールできると信じるのは、おとぎ
118
話を信じるようなものです。
人間は、運命に操られている操り人形のようなものです。この世のステージでは、
魂は霊的に特別な理由でお互いと接触します。それが結婚であってもビジネスであ
っても、友達関係やその他のつながりであっても、すべては理由があって出会って
いきます。
恋愛関係でも、運命はとても謎めいた働きをしていきます。私が以前、聖者から聞
いた恋愛物語をここで紹介してみましょう。
ある弁護士が書類を偽造して、ひとりの女性から財産を根こそぎ奪い去りました。
その後、その男は死んで、来世では貧しい家に生まれました。しかし、昼夜をいと
わぬ勤労の果てに億万長者となって、街でも有名な人物になりました。
ある日、彼はクラブでとても魅力的な女性に出会い、その美しさの虜になりました
。そして、なんとか、彼女との交際をものにして、彼は友達に、彼女は自分のソウ
ルメイトである気がするといって回りました。
一年の交際の末、めでたく二人は結婚して、半年が過ぎました。
すると、問題が起こり始め、彼は暴力を振るい始めたのです。そして、ある日、彼
が妻を殴ろうとしたとき、誤ってマンションの高いところから転落し死んでしまい
ました。
その後、裁判が行われ、法廷でその判決結果が出されました。
「これは事故であり、法律に従って、彼の財産はすべてその妻が相続する」と裁判
官は言い渡しました。
この妻こそが、その男が前世で騙した女性だったのです。そして数ヶ月後、その女
性は別の男性と出会いました。
これと似たような運命的な恋愛話は、世界中の至るところで起きています。
運命の作用は夫婦関係だけでなく、息子や娘、両親、友達、上司、それに、飼って
いるペットなど、自分の身近な存在はすべて、過去世からの運命に基づいて関わり
があうように仕組まれています。ある人たちは良いカルマのつながりで出会い、ま
た、ある人たちは悪いカルマのつながりで出会います。そのため、幸福を感じさせ
てくれる人もいれば、不幸を運んでくる人もいます。
人間は、自分の脳を巧みな方法で使い、人々を助けることを思いついたり、害を及
ぼすようなことを考えたりします。それは、運命が人間の脳に働きかけて、私たち
が受け取るべき状況を实現させるために、人間の考えをコントロールしているから
です。したがって、運命がどのように働いているのかは、人間にはまったく予想が
つきません。
119
見えない運命が私たちをコントロールしていて、自分の意思ではどうにもならない
ことを知っても、人は幸福になるために、過去世からの良いカルマで結びついてい
る人と結婚したいと願います。しかし、相手と何度もデートを重ねたとしても、ど
のようなカルマで結びついているかを判断するのはとても難しいものです。恋人が
、将来、自分を助けてくれる人なのか、自分を傷つける人なのかは、人間の能力で
見極めることはできません。
古代インドで、ジョーティッシュ(占星術)を学んでいた弟子たちも、その答えを
知りたいと思っていました。マスターたちは、運命は非常に神秘的に作用している
ので、完全に人々のカルマの関係を見つけることは簡単ではないと言いました。し
かし、マスターたちは小さな手がかりを与えてくれたのです。
それは、お互いのホロスコープを比べる方法でした。
私たち一人一人は、この地上の適切な場所に、適切な時期に、惑星と星座の配置が
特定の位置になったときに生まれるように運命づけられています。そして、その同
時代に、あなたと過去世でつながりをもつ魂たちも生まれてきます。
私たちが地球上に生まれるとすぐに、運命の種がチャクラに芽生え始め、過去世で
結びつきのある人々に出会うドラマが始まっていきます。この誕生の仕組みから、
それぞれの誕生時の惑星の配置を見比べることで、お互いの相性がわかる特別な技
法「クンドゥリ・ミランKundli
Milan」(異なるホロスコープを見比べること)を発達させました。この方法によっ
て、相手があなたにとってどんな相性となるのかを確かめることができます。
生まれたときの宇宙にある惑星の配置が似ていたり、つり合う配置を持つ人と結婚
すれば、良いカルマの結びつきを持つ確率が高く、二人の関係はすばらしい調和を
生み出す可能性が高いのです。
インドで何千年と使われてきた「クンドゥリ・ミラン」の技法は今でも活用されて
いて、それを活用したほとんどのカップルが幸せな結婚生活を送っています。その
ため、インドの離婚率は五%以下だと予想されています。
インドでは今日でも、社会的な成功を収めた大金持ちや有名な映画スターですら、
結婚するときにはジョーティシ(占星術師)から必ずアドバイスを受けています。
クンドゥリ・ミランは、国民的なインドの習慣なのです。
しかし、今の人生で自分と相性の良い相手と結婚しても、あなたの魂がこの宇宙で
永久的に幸福になるという意味ではありません。なぜなら、今生で相性が良い関係
にあるのは、それぞれの持つ過去世からのカルマのつながりによる結果だからです
。
過去世で良い関係だったからといって、今の人生でもお互いに良い態度でいられる
かは別問題です。結婚後の日常生活で、それぞれがいつも完璧に正しく行動できる
わけではありません。自分の持つ運命によって、時には間違えた判断もしてしまい
120
ます。
この地球上の大多数の人たちが、自分の選んだ相手と結婚しても、しばらくすると
、問題を感じ始めて、幸せに暮らせないでいます。そして、多くの妻や夫たちが、
自分のソウルメイトだと思っていた相手に殺される事件も起きています。
愛情関係というものは、男女のそれぞれの想いで成り立っています。どちらか一方
的な想いでは仲の良いカップルになれません。良い関係を保つために、あなたがい
くら愛情を注いで、いつも良い態度でいられるように努力しても、相手の心までコ
ントロールすることは難しいものです。あなたが一〇〇%の愛情と心をパートナー
に捧げても、あなたのパートナーがいつまでもあなたとともにいるかどうかは確か
ではありません。
男性も女性も自分の幸福を求めて生きています。夫は自分の幸福のために妻を愛し
、妻は自分の幸福のために夫を愛します。そのため、自分の幸福が脅かされるよう
な問題が浮かび上がったときに、二人の関係は壊れてしまうのです。自分の考える
快適さや心地よさを常に与えてくれる人がソウルメイトだと考えていると、いつか
は苦い思いをすることになります。
多くの人々が、ソウルメイトに出会うことを夢見ています。そして、神はそれぞれ
の魂のために出会うべき特別な相手をつくり、もしも自分のソウルメイトと出会っ
たなら、永遠に一緒にいられると信じていたりします。しかし、そうしたソウルメ
イトのイメージは、宇宙の真实からすると勘違いしたものです。
仮に、天国でソウルメイトや家族と暮らすことになっても、「私の家族」と「あな
たの家族」、そして「敵の家族」といった違いをつくることになります。つまり、
魂が、神の王国でも、同じ家族と暮らしたいと思い、自分の家族を認識できるなら
、気の合わない人たちの家族も認識することができるはずです。
白人と黒人を分けて考え、宗教の違いから、天国でも気の合う人たちとつくるコミ
ュニティの中で暮らしたくなるでしょう。そうなれば、天国はやがて地上にいたと
きと変わらない状況をつくってしまい、やがて地獄に変わっていきます。
神はそれぞれの家族ごとに、別々の天国を用意しなければならなくなります。しか
し、そんなわがままな天国が存在するはずがありません。神がそんなおとぎ話のよ
うな計画をするはずはないのです。
あなたは自分の「ソウルメイト」が、あなたを永遠に幸福にすることができると期
待しているかもしれませんが、そのような永久的な関係はないのです。
たとえば、東京や他の大都市で人々がより良い将来を築くために、仕事を変えたり
、ガールフレンドやボーイフレンドを変えたりするように、人々は過去世からそれ
ぞれが生まれ変わり、もっと幸福になるために、この世の人間関係は変化すること
が人生の課題になっています。つまり、今世において、人間関係は変化しても構わ
121
ないものなのです。
仮に、あなたの死後にソウルメイトの魂に会ったとしても、その時間も永遠ではあ
りません。お互いに自分のカルマに基づいて再びこの地球に生まれてこなくてはな
らないからです。そして、地球に再び生まれたときには、宇宙はカルマの秘密を守
り、再びお互いの存在に気づくことはありません。
スティーヴンソン博士の研究でも、過去世を覚えているほとんどすべての子供たち
の証言では、過去世での家族とはまったくつながりのない家庭に生まれているとい
う結果が出されています。
宇宙の法則では、過去世のカルマから深いつながりのある者同士が、生まれ変わる
たびにいつも恋人になるわけではありません。今世でガールフレンドだったとした
ら、次に転生するときには娘として生まれるかもしれません。
魂が他の魂にとても愛着を感じていると、その死後、転生のサイクルを長く待たず
に、すぐに身近な人間関係として生まれることもあります。たとえば、ある男性が
とても深く愛していた女性がいて、何かの原因で男性が亡くなり、その後、その女
性が他の男性と結婚したとします。亡くなった男性の魂が、彼女とともに過ごした
い想いが強いとき、彼女の子供として生まれてくる可能性もあるのです。
しかし、通常は、人間は異性に対して強く引かれる感情があるために、生まれ変わ
るときに、母親、父親または兄弟などの形としてではなく、恋愛関係として「ソウ
ルメイト」に出会うことを望みます。出会う魂の関係が、生まれ変わるたびにガー
ルフレンドだったり、娘や母親だったりするのではありません。
魂自体は性別を超越しているので、男性でも女性でもありませんが、神は、物質的
な宇宙の機能を効果的に運ぶために、ポジティブ(男性)とネガティブ(女性)とい
う二極性によって互いを引きつけるように、人間の肉体を創造しなければなりませ
んでした。
この世で、恋愛関係から完全な幸福を得ることは難しいのですが、この世で異性関
係をまったく無視して生きることもできません。生まれるときには必ず、男性か女
性のどちらかの肉体を持たなければならないようにできています。
私たちは、異性に引かれるように仕組まれて生まれ、そして、異性を求めて人生を
送ります。この世に男と女が存在し、恋愛やセックスが存在しているということに
は、大きな意味が隠されています。男女関係で起こる人生の問題を自分の中で解決
しない限り、心の平和は決して訪れません。
常に人は異性のことを考えるようにつくられていて、それを無視して幸せに生きる
ことはできないのです。一生涯、異性のことを考えないようにして生きようと思っ
ても、それには無理があり、とても不自然な精神状態になります。
122
なぜ異性関係がそれほど必要なものなのか、はっきりと理解していなければ、どん
なにスピリチュアルな修行を積んでも、完全な心の幸福を感じることはできません
。
異性関係が完全に理解できたときには、魂に性別がないように、肉体を持っている
この物理次元でも、男女という二極性を超えた意識で生きることができます。男女
の意識を超えて、魂を意識できたときに、運命の支配者になることができます。
私たち人間は、真の幸福を得るために、この男女というポジティブとネガティブの
二種類のエネルギーを理解して、その二つの関係から生じる問題にわずらわされな
い意識を持つようにならなければなりません。
宇宙の真実は、魂には男女の性別などなく、どんな家族にも属さず、どんな宗教の
メンバーでもなく、出身国の違いもなく、すべての魂は同じ宇宙の永遠の存在なの
です。それが確信できるまでは、どんな魂も神の王国(悟りの獲得)に入ることが
できないのです。
神がつくった男女関係とセックス
あなたが、これまで生きてきた中で必要不可欠な男女の成り立ちを考えることなど
今までになかったと思います。恋愛においても運命の支配者となるために、まず、
宇宙の中でなぜ男女が存在して、そして、セックスが存在しているのかを考えてみ
ましょう。
科学的な見方で、男女というものを考えたときに、男性と女性が新しい生命を生み
出すためだけなら、この地球にセックスが存在する必要はないはずです。他の生物
の中には、セックスをしなくても繁殖を始めるための多くの選択技があります。バ
クテリアや樹木など、性交なしで独自の中で生命を再生させることができます。そ
して、樹木の寿命は何千年もあります。
女性と男性が存在し、なぜセックスというものを必要とするのかということに関し
て、いまだにはっきりした科学的な答えは出ていません。
何百万年も前にこの地球に初めて生命といえる単細胞生物であるアメーバが誕生し
た頃は、この宇宙で性別の違いはなかったことが科学的に確かなこととされていま
す。この地球で最初の昆虫はパートナーの助けなしで、バクテリアや樹木がしてき
たように、長い期間単体で繁殖行為をしたと科学的には信じられています。
そして、この宇宙の歴史のどの時代に、単体だけで繁殖する古いスタイルから、性
交することで繁殖する新しいスタイルに変えようと考えついたのでしょうか。宇宙
がつくられた初期の段階で、「偶然」二つの生物がオスとメスの異なる性器を持っ
て生まれ、繁殖し始めたというのは考えられないことです。生物はその新しいアイ
123
デアを思いつかなくても、この地球上で性交という行為なしで十分快適に繁殖して
いたはずなのですから。
長い歴史を遡って、性交というアイデアを発達させた天才的な最初の小さな昆虫は
どれだったか、科学的に完全に見つけ出すことはできません。
そして、宇宙ができた初期に、あらゆる生き物が生存をかけて困難な状況を乗り切
ろうとしてする中で、オスとメスが性交できるようなお互いを見つけ出すために、
パートナーを獲得する戦いも生じます。そうなれば、自分が生き残る戦いだけでは
なく、パートナーを見つけるためにもっと動き回らなければならないという、さら
に危険な状況をつくることになります。そんな危険を冒すでしょうか。
「なぜ」「どのように」最初の昆虫が性交というアイデアを得たのか、いつまで性
交なしで繁殖に成功していたのかは、最大の疑問です。なぜなら、初期の宇宙に存
在していた昆虫などの種は、別な繁殖方法が必要だと気づけるほど高度な知性を持
っていなかったことが明らかだからです。
仮に、ある昆虫がその当時の繁殖のスタイルはよくないと考えたとしても、単体で
繁殖できる別な方法を発展させることもできます。性的接触を持つためにライバル
とも戦わなければならず、そんな危険な考えを本当に思いついたでしょうか。
ある昆虫が性交のアイデアを思いついたとしても、それまでは単体で繁殖できてい
た体なので、別の昆虫も性的な経験を持つ準備ができていなければなりません。仮
に、性交というコミュニケーションができたとしても、その行為から繁殖できると
ころを、以前に一度も見たこともないのですから、その行為が子孫を残す保証はな
かったはずです。
このように、この宇宙で、性交が起きたのは、ただの「偶然」なのか、生き物によ
ってすでに「計画」されていたものなのか、科学者は頭を悩ませています。ただの
偶然ならば、尐なくとも二つの生物が、同時期に二種類の別々な性質を持つ体をつ
くり、繁殖という新しい同じアイデアを持つ奇跡が起こらなくてはなりません。最
も小さい昆虫が「計画」したのなら、そのようなすばらしいものを宇宙の初期に計
画できる能力を持つのでしょうか。
セックスの神秘さえ科学的にはまだ解決されていませんが、別のさらに驚くべき神
秘があります。
それは、セックスとともにオルガスムが存在する理由です。オルガスムがなくても
、性交だけで子孫を繁殖することはできます。
最初にオルガスムを感じ始めたのがどの生物なのかも、科学的には明らかになって
いません。オスとメスが一緒に偶然オルガスムを感じ始めることは不可能です。ひ
とつの生物がオルガスムを体験したとしても、他の生物にもその感覚を持たせるこ
ともできないでしょう。
124
両方の昆虫の体は同じような構造をしていたはずです。しかし、なぜ、片方だけが
性交によって妊娠するという難しい責任を引き受けて、長い時間自分の体内に別な
生命を維持して生活するようになったのかもはっきりわかっていません。メスだけ
でなく時にはオスも、両方が妊娠を共有できたかもしれません。生命が誕生したと
きには、同じ体を持っているのですから、妊娠の仕組みをどのような形にも発展で
きたはずです。
このように、現在当たり前に存在している男女の仕組みは、謎だらけなのです。
そして、人々は、男女というものを深く理解できないまま、異性関係に悩まされて
生きています。
人間社会では、妊娠に関しても複雑な状況になっています。忙しい生活を送って
いたり、自分のやりたいことをして社会で成功するために、子供を産みたいと思わ
ない女性も増えています。時には男性が子供を欲しがらなかったりする場合もあり
ます。
何百万年前のこの地球に、いつセックスが始まったのか、確かなことは誰にもわか
りません。そして、人が生涯にわたって体験するセックスとともに、オルガスムが
存在することにも大きな謎が秘められています。
この地球上で、多くの生物、そして、多くの人がセックスをしていますが、人間は
オルガスムだけを得るために繁殖システムもコントロールしています。
考えてみると、この世で男女が愛を求めてお互いを追いかけていますが、なぜ男性
と女性がこの地球全体に存在しているのかも謎のままです。ほとんどの人にとって
、セックスは快楽を感じる行為であり、また、他の生き物と同じように、子孫を残
すためのものと考えています。そして、セックスに潜んでいる宇宙の奇跡に気づく
こともなく死んでいきます。
しかし、深い瞑想によって高度な意識に達した人たちは、宇宙の中に存在するセッ
クスと神の存在のあいだに、とても微妙なつながりがあることに気づきました。彼
らは、男女とセックスが存在することだけで、神の存在を証明することができると
確信したのです。
セックスを理解できれば、神も理解できます。そして、聖者たちは、男女の両極性
から意識を自由にするための技法として、タントラ・ヨーガ(人間の意識を織るこ
と、広げることを意味します)を開発しました。
人間は、タントラの技法からセックスというものを理解し、セックスからも神の神
秘を知ることができるようになりました。セックスを楽しんでいるあいだも、セッ
クスが何であるか、そして、それがなぜ宇宙の中に存在するか、私たちが、なぜ別
のパートナーに引きつけられるのかということを理解することに成功できたなら、
その人は運命の支配者と呼ばれるにふさわしい人物です。
この世では、男女の欲望が生み出す人生問題は、汚れて見え、神聖さを感じられな
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い状況が多くあります。しかし、男女がお互いをコントロールしようとする欲望を
超えた意識でセックスというものを考えられたなら、セックスは宇宙の中に仕組ま
れた非常にすばらしいものであることが理解できます。
そのような純粋なセックスの起源と神秘を知ろうとしたたくさんの人たちが悟りに
至っています。そして、悟りの中では、魂は永遠のソウルメイトである神に出会い
ます。
それぞれの魂にとって永遠のソウルメイトとは、人ではなく神なのです。この世で
神に到達しなければ、永遠に幸福になれないのです。そして、セックスに潜む神秘
と精神性の向上、そして特別な宇宙の科学を理解するために、タントラ・ヨーガの
技法があります。
セックスと神とタントラ・ヨーガ
りんごが木から落ちたときに、そこには引力というすばらしい神秘が常に働いてい
て、その神秘の力をニュートンは理解しました。そのように、人間の体がセックス
の状態になったときにも、神聖で偉大な宇宙の力が働いています。タントラの技法
を使って修行していたヨギたちは、セックスの源は神であるということを発見しま
した。
人々は、木からりんごが落ちるのを見て知っていても、引力を感じながら生活して
いるわけではありません。そのように、タントラについて知らなくても、人々はセ
ックスをしてオルガスムを楽しみ続けることができます。普通の人たちは、オルガ
ズムの中で、自分自身の内側に神が住んでいることを感じられるとは想像もしませ
ん。
古代聖典『バガヴァッド・ギータ』には、神とセックスに関する記述があります。
「私はこの宇宙の源である。魂は愛で私のところへ到達する。この宇宙の中に存在
するすべては、私が要因となってつくられた。この宇宙全体は、私の顕現全体から
拡張した小さな形相である。私は
海洋であり、私は山である。私はセックスである」と書かれています。
宇宙に存在するものすべてが神のエネルギーでできています。この世に存在するセ
ックスは、決して罪ではありません。精神性の向上を邪魔することなどないのです
。
神の至福は、この世のすべてに行き渡っていて、セックスにも神の至福が反映して
います。
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女性の体は男性を引きつけるために、そして、男性の体は女性を引きつけるために
、神はセックスの機能をつくりました。人間が人生を楽しみながら、神の至福を感
じられるように計画されたものです。セックス自体が、神の別な姿なのです。
しかし、高い意識を持つ人だけが、本来のセックスの意味を理解することができま
す。タントラの修練を通じて、セックスの中に神の存在を理解した聖者たちがいま
す。しかし、セックスの行為をせずに、セックスの中に神の存在を知った人たちも
います。
全存在の中に神の顕現を理解するようになったラーマクリシュナ・パルマハンサと
いう聖者がいます。彼の名前で設立された「ラーマクリシュナ・ミッション」は現
在でも全世界で活動しています日本での窓口は日本ヴェーダンタ協会)。彼は、こ
の世のあらゆるものの中に神の存在を感じることができました。そして、セックス
の中にも神の存在があることを知っていました。売春婦や犬の性交を見るだけで、
彼の意識は超越的なレベルに向かって流れ始め、自分の意識を失ってしまうことも
ありました。しかし、こうした現象は、科学的な見方で考えようとしても理解でき
ないでしょう。
人は、性的な事柄を通じて、自分の意識をもっと高いレベルに向かわせることがで
きなければ、スピリチュアリティを理解したことにはならないのです。スピリチュ
アリティを完全なものにするための方法のひとつに、タントラがあります。
宗教的にセックスが悪いことのように考えられていたりしますが、神の目から見れ
ば、セックスは恥でも罪でもありません。神自身の「きらめく光」なのです。もし
も、セックスが罪で許されない悪いことであるなら、神は子孫を残すための別な方
法を人間に与えることもできたはずです。しかし、神はセックスという方法が最良
だと考えました。
オスとメス、男性と女性がお互いに引かれあう感覚があることで、短い期間に子供
をつくるチャンスができます。この地球上で人類が社会生活を続けるために、子孫
を残していくことができる最適な方法なのです。セックスは、人種や国の違い、社
会的な階級差、宗教、人それぞれが持つ観念といった人間がつくった限界を壊すた
めに、すばらしい役割を果たしています。
貪欲でセックス好きな人は、地獄に行くと思っている人たちもいますが、すべての
人間は、誰に教えられなくても自然にセックスに興味を持つようにつくられていま
す。神がすべての魂を地獄に入れるようにつくるとしたら、すべての魂は宇宙の父
である神の愛から無視されていることになります。しかし、神自身が宇宙の中でセ
ックスという計画をつくったのですから、そんなことはありません。神の愛でセッ
クスがつくられました。神が男性の体と女性の体を創造するときに、男女がお互い
の体をうまく引き付けあうようにつくったのです。
しかし、人々は子供の頃からセックスについて多くの誤解をしています。人々は、
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セックス欲と神はまったく正反対のことだと思っているので、セックスを神々しい
ことだと考えられません。神聖な場所でセックスの話をしたりしませんし、聖なる
神の前でそのような汚いことなど話せないと考えます。しかし、人々は实生活でセ
ックスをやめることはありません。
こうして、人間社会はとても複雑な状態となりました。人々は、神に近づきたくて
も、セックスから得られる至福をあきらめたくありません。そのため、スピリチュ
アリティは、世界の一般的な人々からは奇妙なものであると考えられてきたのです
。人々は、神の恩恵を得ようと、大衆の影響を受けて形式的に聖地を訪問し続けて
います。そして、セックスに興味のないフリをしながら、寺院を参拝しますが、实
生活の中ではセックスやお金を神のように大切なものとしています。
人がタントラを理解できたら、このような多くの混乱を取り除くことができます
。タントラの教えによれば、セックスを除外してスピリチュアリティを完成させる
ことはできないといいます。
人間社会の中で人々がセックスを複雑に考えないように、古代インドのすべての寺
院には、神の形相としてシヴァリンガが供えられています。シヴァリンガは、人間
が日常に存在するセックスからも、意識を神へ向け始めることができるというメッ
セージなのです。タントラは寺院でも修練できるものです。
世界最初のセックスについての文献である『カーマ・スートラ』は、一般のセック
スに興味があった人が書いたものではなく、聖者ヴァッツァエンによって書かれま
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した。彼はニヤーヤ哲学の解説もした人物です。ニヤーヤ哲学は、『ヨーガ』『ヴ
ェーダンタ』『仏教聖典』などと並ぶインド哲学の中の重要な文献のひとつです。
しかし、およそ千年前に、インドは外国から攻撃され、侵略者によって長い期間統
治されていたために、インドの社会的な基準と文化は外国の影響を受けて、タント
ラ・ヨーガの技法はインドの一般社会から姿を消してしまいました。
私が子供の頃には、古代のインドの人々がセックスについて考えているなんて思い
もしませんでした。しかし、私はスピリチュアルな旅をしているときに、セックス
に関する秘法を探り始めました。私は、古代からタントラと深く関わりを持つ多く
の場所を訪れました。そして、そのような場所のひとつであるカジュラホを訪れた
ときに、タントラ・ヨーガを修行しているヨギニ(女性のヨーガ修行者)に会いま
した。
そのヨギニは、私にタントラの深い哲学的な意味を教えてくれました。そして、タ
ントラというものは、セックスと人生と宇宙の新しい真实を見るためのものである
ということを深く理解できたのです。
私がインドのいろいろな場所を訪ね、そして海外の国にも訪れてみると、多くの人
々は、スピリチュアリティとタントラについて正しい知識を持っていないことがわ
かりました。そうした深い知識を持っていない人々は、セックスを完全にやめるこ
とで神を知ることができるとまわりから教えられています。しかし、セックスをや
めたからといって、神を知るレベルに到達できるわけではありません。
宇宙の真实は、セックスであっても何であっても、何かをあきらめることで神を知
るのではなく、深い「情熱」を持つことで神を知ることができるのです。何かを達
成できるカギは、情熱にあります。世界的な天才音楽家は、音楽に対する強い情熱
があって成功します。天才科学者がう生まれるのも、その人の持つ情熱が偉大な考
えにたどり着かせるのです。神を知るのも、強い情熱によって、神に気づくことの
できる意識へと変化していきます。
成功する人というのは、達成したい何かに対して強い情熱を持って、まっすぐにそ
の方向だけを考えて進んでいきます。しかし、多くの人々は、幸せになるために、
究極の真实を何としてでもつかみたいと思うほどの強い情熱を持って生きてはいま
せん。
そして、人々は、知識の浅い教師から、セックスに反対する教えを受けてしまい、
性的な事柄に対して否定的な意識を持っています。それによって、实生活ではセッ
クスを必要としているにもかかわらず、倫理的な考えではセックスをまったく否定
されているので、セックスに対する意識が二つに分かれ、どのように対処したらよ
いのか困る状態になってしまいます。
普通の人々は、「聖職者」はセックスを楽しむことは決してないというイメージを
持っています。そして、多くの宗教に関する教師たちが、大衆から指示されたいと
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いう願望を持ってしまうために、人々の期待に合わせて、正しい聖職者だと認めて
もらえるように、セックスをしないと証明し始めたのです。
本来、悟りを目指す人は、物質的なものを手に入れたいという欲望を捨てるために
修行をします。完全に物質的な欲望がなくなった悟りの段階に達すると、「自分の
もの」という意識から離れた執着のない状態になるので、自分の持ち物、自分の家
、自分の家族といったものを持たなくても、十分に幸福な状態で暮らすことができ
ます。
執着のない状態とは、何かを持っていても誰かに盗まれないかと気にすることもな
く、何かを持っていなくても貧しいと思って自分のものを増やそうとしないものな
のです。そのように、自分の家や家族があっても、なくても気にならない人たちで
すが、神を知った至福の状態になると、常に神を想っていたいので、何も持たない
暮らしのほうが自由でずっと快適になります。
普通の人々は、結婚して家族を持つことが幸せにつながると思っているので、聖者
たちが異性に関心を持たないことが信じられません。そして、一般の人々が聖者た
ちの暮らしぶりを見て、異性にまったく興味がなく、セックスをしないことが本物
の聖者なのだと思い込むようになりました。
悟った人であっても、自分の家を所有して、家族とともに優雅に暮らす人たちもい
ます。人々の持つ異性運によっては、多くの出合いのチャンスが自然にやってくる
人もいます。その人にとって、自分のまわりの状況が自然なものに感じられるなら
、結婚生活を続けても何も問題になりません。
あなたが悟りを開いて、パートナーにも子供たちにも真理を伝えていけるなら、
家庭を持ったとしてもすばらしい人生を送ることができます。しかし、家族が自分
の悟りを邪魔するのなら、自分の魂の向上のためにひとりになるほうがよいのだと
、聖者たちは教えただけなのです。
セックスにおける女性の役割
世界中のそれぞれの文化の中で、人々は性的な事柄に対して異なった観念を持って
暮らしています。しかし、どの文化でも基本的には、セックスに対して男性が主導
権を握って楽しむような風潮にあり、女性が積極的になることを嫌う傾向にありま
す。いつでも女性は犠牲者の立場に置かれてしまいます。
セックスは自然な感覚として肉体に備わっているものなので、罪を感じる必要はな
いのですが、社会の中では、汚れた罪深いことのようにされています。そのため、
自然な反忚を表現することができず、女性は特に混乱しています。
しかし、この異性関係を幸福なものにするためのカギを握るのが女性なのです。タ
ントラの技法では、重要な役割が女性側にあります。女性は男性と比べて、本質的
に陰の要素が強く、繊細で忍耐強く、深い精神面の働きを重視できるようにつくら
れています。男性は陽の要素が強く、肉体的な面で力が発揮できるようにつくられ
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ています。
そして、魂が向上するためには、人の意識が、肉体のレベルから精神のレベルへ向
上し、そして、精神のレベルから魂のレベルへ向かって進まなければなりません。
女性は持って生まれた性質で、その意識がすでに精神レベルにあります。男性は肉
体レベルから意識の向上を始めなければならないので、タントラの技法を使うとき
には、女性が先生となることで、男性を次の精神レベルへと導くことができるので
す。
通常のセックスでは、男性は肉体の満足を得ることに集中していきますが、女性は
精神的な幸福感を求める傾向が強いので、ゆっくりとその過程を楽しみ、愛情を深
く感じたいと思っています。男性は女性の体に意識が向いていくので、相手の肉体
を楽しもうとします。しかし、女性は相手の体を見て楽しむ感覚はなく、女性の意
識は自分自身の感じる感覚に集中していきます。男性は外側にある肉体に集中し、
女性は内側にある感覚に集中していきます。そのため、意識の向上を目指したとき
には、女性のほうが楽に魂の意識レベルに移ることができるのです。
タントラでは、セックスをするときに、「第三の目」と呼ばれている眉間のとこ
ろへ自分の意識を集中させます。お互いに自分の眉間を意識しながらセックスをす
ることで、女性が男性の意識を肉体から精神へと向かうように助けることができま
す。
そうして、定期的にタントラの技法を行い続けるうちに、女性も自分の意識が魂
のレベルへと向かい、男性も肉体レベルから精神レベルへ、そして、やがて魂レベ
ルへと向上していきます。
タントラによって、男性は人生の神秘を解き明かせるように女性から助けてもらえ
るので、女性は男性にとって女神なのです。そのため、たくさんあるタントラの本
の中で『ヨニ・タントラ』というタイトルがつけられている文献があります。ヨニ
とは女性器を意味しています。
「女性は女神であり、女性は生きるために必要な存在であり、そして、女性は本物
の宝石である」とタントラの文献に記述されています。
古代インドの古典的なタントラのセックスは、男性がタントラの先生のところへ
行き、男女がこの宇宙に存在する神秘を教えてくれるように頼みます。現代人から
すると、とても不思議なことですが、科学的にも解明されていない宇宙の神秘をタ
ントラの先生は説明できたのです。
女性が、セックスに関して、社会が押しつけてきた考えに混乱されずに、罪の意識
を感じることなく、はっきりとセックスの意味が理解できたときに、女性は男性に
タントラの技法を教えることができます。
しかし、女性が、社会的なセックスのイメージに影響されて、セックスが悪いもの
だと感じたままでは、タントラを理解することができません。
現代社会の中で、女性は性的な事柄にどう対処したらいいのかまったくわからなく
なっているように見えます。女性は、すばらしい男性を見つけようとおしゃれをし
131
て、男性の気を引くためにセクシーな服を着たりします。しかし、セックスに興味
を持っているような態度を見せると、社会的な批判を受けるので、セックスに興味
のないフリをします。
人々は、女性は、性に対してあまり興味がなく、男性はとても興味を持っているも
のだと思っています。一般的に、男性はポルノ雑誌を見ますが、女性がそのような
雑誌を買って見ることはありません。女性はポルノ雑誌ではなく、恋愛小説を読む
ものだと考えられています。
もしも、女性にとって、愛が一番大切なことなら、男性からではなく、両親や兄弟
姉妹から愛情をもらうことができます。それに、失恋という苦い経験をしなくても
すみます。しかし、女性は、異性を引きつけられるように、外見を美しく魅力的に
するために大金を使います。そして、そのお金をつくるために働いているようにも
見えます。
人々は、他人の日常的な話は忘れても、他人の恋愛関係のうわさ話は絶対に忘れま
せん。なぜなら、人々が人間関係で一番興味のあるものが、恋愛関係だからです。
ほとんどの人々が異性とつきあうことを望んでいます。特別なボーイフレンドやガ
ールフレンドがいないと、人間的に欠陥があるように思われたりします。
女性が男性から愛されたいと思うのは、内側に隠されている性的な感覚を満足させ
たいという自然な働きがあるからです。人間も他の生き物も、宇宙の計画によって
生まれたときから、異性に引きつけられセックスに関心を持つように仕組まれてい
ます。その自然な感覚を社会の中では否定されてしまうので、女性の生き方は混乱
しています。美しくセクシーに見られたい半面、脚や胸を見られることを嫌います
。しかし、男性が興味を持って自分を見てくれないとなると、もっと魅力的になっ
て見られようとします。
女性は、性的な感情を言葉に出して相手にいうことができずにいます。そして、長
年夢見てきた「王子様」を見つけたいと願っています。その王子様は、自分に愛情
とセックスを生涯与えてくれる人だと思っています。
多くの女性は、両親が勧める男性と結婚しようとは思いません。若い頃から自分の
イメージする王子様を探しています。しかし、ほとんどの女性は、どのように探し
たらよいのかわからず、自分から積極的に声をかけるのではなく、ただ王子様が現
れるのを待っているだけなのです。
女性から声をかけることはおかしなことだという社会の風潮があるので、この世に
は何十億人という男性が存在していても、たくさんの男性の中から選ぶのではなく
、自分に声をかけてきた男性の中から選ぶことになってしまいます。やっと声をか
けてきてくれた男性も、自分にふさわしい相手かどうかは確かではありません。積
極的に声をかけてくる男性は、多くの女性とつきあうことに慣れていたりして、誠
实かどうかは疑わしい場合も多くあります。
132
そして、この世には、やさしくて誠实であっても、シャイな男性もたくさんいます
。シャイな男性は、女性に断られるのを恐れて、声をかけられずにいるのですが、
積極的になれない男性にも、異性に引かれセックスに興味を持っています。そして
ある日、シャイな男性が勇気をふるって女性をデートに誘います。しかし、その女
性は、彼に馴染めない感じの印象があったりして、その誘いを断ってしまいます。
そして、その女性は友達に、「私が理想の人と出会えるのはいつなのかしら、やさ
しい誠实な男はどこにいるんだろう」とこぼすのです。
この宇宙で、男女の性別がつくられたときに、男性が先にプロポーズしなければな
らないと決められていたわけではありません。現代においては、女性は男性がプロ
ポーズしなければならないと考えているので、積極的に行動してくれるある程度の
強引さのあるタイプの男性を期待します。そうかと思えば、理想のタイプは心のや
さしい人だといいます。
男性は、女性が期待する「やさしさ」と「強引さ」をどのようにバランスをとって
行動したらよいのかわからなくなってしまいます。シャイな男性がどんなにやさし
くて誠实でも、女性は自分からつきあいたいとは言わないので、強引で積極的な男
性が簡単に女性を射止めて、すぐに恋愛関係がスタートします。
神の創った宇宙の計画では、セックスは、性交とオルガスムと子供をつくるためだ
けにあります。セックスをすることで、ダイヤモンドや高級車といった何か他の物
を手に入れるために計画されたわけではありません。女性は男がセックスを期待す
ることに文句をいいます。しかし、異性関係からいろいろな物を期待する女性のほ
うが、男性からすれば自分勝手に思えるのです。
セックスは人間社会の中で誤解されたものとなってしまいました。そこで、異性関
係を改善するためには、まず、女性は、宇宙的な視点でセックスを理解しなければ
なりません。セックスに関する社会的な世間のうわさを気にして心配したりせずに
、異性と深く関係するセックスというものを自分の人生にうまく取り入れていかな
ければなりません。
異性やセックスに対して、女性の心の中にためらいや不安、罪の意識などが潜んで
いるうちは、タントラのセックスで悟りの段階に達することも、男性を悟りに導く
こともできないでしょう。それに、タントラを实行する前に、セックスの相手を見
つけるのも難しく感じるはずです。
多くの現代女性たちは、若くて知的で魅力のある女性がより良いパートナーを得ら
れると考えますが、良いパートナーに巡り合えるかどうかは、自分の持つ運であっ
て、外見の美しさや知性ではないのです。「ステキな女性はいつも悪い男に会う」
という皮肉なことわざもあります。
そして、異性関係の悩みから解放されないうちは、真に人生を楽しむことができま
せん。
133
男女関係で女性が陥る間違い
私がインドのリシケシュで、外国人女性と話したときのことです。彼女は、タント
ラとスピリチュアリティに関する本を読んでいました。そして、彼女は私に、「私
は本当に心から神を信じていて、輪廻転生や悟りについてもっと知りたいと思って
いるのだけれど、ひとつだけ自分の中に引っかかるものがあって、スピリチュアル
なことを深く考えられないでいるの」と言いました。
「それは何ですか?」と私は尋ねました。
「私が若かった頃、たくさんの男性とおつきあいする機会があったのに、今では誰
も近寄ってこなくなってしまったわ。おつきいできる男性が現れないかと何年も待
っているんだけれど、全然チャンスはやってこない。独りになるのが怖くて、今、
私とつきあってくれる男性がいたら、誰でもオーケーしちゃおうかと思っているく
らいよ」と彼女は言いました。
「なんで待つ必要があるんですか?
男性が女性を誘うように、あなたも誰かを誘ってみたらいいじゃないですか」とア
ドバイスしてみました。
「どうやって?」
「いつでもどこでも自分から気楽に男性に話しかけるだけで大丈夫ですよ。男性が
多く集まるところはないですか?」
「だけど、まわりの人たちの目が気になって、女性から話しかけるなんてできない
わ」と彼女は言い、
「文化と社会的習慣はずっと同じじゃないですよ。時代が変わればいろいろな習慣
も変わっていきますから」と私は話しました。
私は、彼女が肉を食べることや、たタバコを吸うことがとても好きなのを知ってい
たので、こう話してみました。
「肉を食べたり、タバコを吸うことを社会の中で教わったみたいに、男性が常に社
会をコントロールする立場にあって、女性はその後に従うようにしつけられている
けれど、その習慣も自分で変えるしかないんですよ。あなたが生まれる前の時代は
、お見合い結婚が当たり前でした。今のあなたの社会では恋愛結婚が主流になって
いて、自分で自由に相手を見つけるほうがいいと思っていても、男性から先に声を
かけるべきだと信じていますよね。
たぶん、将来の女性はもっと積極的に行動するようになっていて、女性の方から男
性を誘うのがあたりえの社会になるかもしれませんよ。そのときには、昔の女性を
かわいそうだと思うかもしれませんね。そうだとしたら、あなたが今、その未来の
進んだ女性になって、現代の習慣を変えるきっかけを作ってもいいんじゃないです
か?このまま何もしなければ独りでいることになるかもしれないんだったら、挑戦
してみるべきですよ。」
彼女は独りで生きていくことを怖れているけれど、大胆な行動をとるのも気が進み
ませんでした。
「どうしたらいい?」
134
彼女は途方に暮れているようでした。そこで、私は彼女が自信を持てるように、さ
らに良いアイデアを話してみました。
「ほとんどの男性は新しく女性に会う機会があったら、そのチャンスを逃すような
ことはしないし、見知らぬ女性だったとしても、断ることはないですよ。女性のほ
うにつきあう準備があれば、女性がボーイフレンドをつくるチャンスは無限にある
んですから。女性がまわりの人たちの目を気にしないで、自分から行動することが
できれば、女性は自分の選んだ男性とすぐにつきあうことができますよ。男性が女
性を誘っても、断られることのほうが多いですけどね。この男の心理をうまく利用
したらいいんですよ。
今度、パーティに参加したり、レストランに行ったりして、男性がいたら、第一印
象が良い男性のそばに行くようにして、話すきっかけを自然につくったらどうです
か。最初に何を話したらいいかは、その場の状況に合わせて、あなたが自然に考え
つくでしょうし、一度会話が始まれば、あとは自動的に話が進むものですから」
「でも、よさそうな人だと思って話しかけることができたとしても、本当にいい人
かどうかはわからないじゃない。それに、つきあい始めたって、ずっといい関係で
いられるかもわらないし」と、彼女はまだためらっていました。
「最初に男性のほうから女性に近づくときにだって、その男がいい人物だっていう
保証はないですよね。それに、今の社会では、男性から声をかけて結婚したとして
も、ほとんどのカップルが離婚しているじゃないですか。でも、一度、相手と会話
してみたら、その男性のことが尐しは理解できるでしょうし、そのまま会話を進め
るか止めるかは、あなたが判断してもいいんですから。
あなたから近づく方法は、別な利点もありますよ。あなたが好意的に感じる男性だ
けを選ぶチャンスができるんです。大勢の女性の中から、男性の方があなたを選ん
でくれるのを待っているより、あなた好みの男性と出会える確率は高いじゃないで
すか」
彼女は、私の提案以外に良さそうなアイデアがないので、仕方なくやってみようと
いう気になったようでした。
彼女は自分の国へ帰ってから、私の勧めた方法を試し始めました。しかし、最初は
男性とうまくコミュニケーションがとれず、彼女は私にEメールを送ってきました
。
彼女は何人かの男性と話しができても、緊張してグラスを持つ手も震えて、話す声
もうわずってしまい、「うまくいくはずがない」と言いました。
私は、彼女を勇気づけたいと思って、メールの最後に尐し別なアドバイスを書きま
した。
「ヘンリー・フォードが言っていた『自分ができると思えば、できる。できないと
思えば、できない』という言葉があります。ほとんどの女性ができないと思ってい
るから、成功しないんです。でも、あなたができると思えば、絶対に成功しますよ
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。何でも最初からうまくできる人なんていませんから、まだまだチャンスはいくら
でもあります。この地球上に何十億と男性がいて、その中のたったひとりをみつけ
るだけでいいんですよ」
そして、彼女の挑戦は続き、だんだんと自分の態度に自信が持てるようになりまし
た。半年が過ぎた頃、彼女からメールが来ました。彼女が夢にみていた男性とつき
あい始めたと書いてありました。
私は、「今から、タントラとスピリチュアルについて、神を知るために学ぶことが
できますね」と返事を送りました。「やってみるわ」と彼女から返事が来ました。
しかし、彼女は彼氏と仲良くすることに夢中になり、結婚生活を充实させたり、将
来の計画を考えることで頭の中がいっぱいになっていきました。
それから三年が過ぎて、私は、彼女のことは気にすることもなくすっかり忘れてい
ました。
そんなある日、また彼女からメールが送られてきました。彼女の結婚生活は悪い方
向へ流れ、ついに離婚となってしまったのでした。
私は、メールの最後に、「あなたは、自分好みの男性を見つける秘訣を知っている
んですから、また見つけてみたらいいじゃないですか。でも、今度は、恋愛や結婚
をしても、人生の真实をみつけるということを絶対に忘れてはダメですよ」と付け
加えました。
女性は、異性関係での愛情やセックスが気になっているのであれば、何か行動を起
こして、その問題を自分の中で消化してしまわなければなりません。男性にも言え
ることですが、いつまでも異性が気になったままだと、人生でもっと大切なことを
学べないのです。
自分の魂が成長するために、神や悟りを理解しようという心の準備もできなければ
、幸福を得るためにとても役に立つタントラの方法を取り入れることもできません
。
恋愛関係で問題があると、特に女性は精神的な部分に強く影響していくので、男
性よりも女性のほうが精神的に落ち込みやすく、仕事もうまくこなせなかったり、
生活の他の面でも大きく影響してしまいます。結婚は大きな人生の課題となってい
ますが、結婚や異性関係の問題が自分の身に起きたとしても、それに影響を受けず
、自分の意識をコントロールできるようにしなければ、真の幸福はやってきません
。
異性関係の問題は、この世が存在する限り終わることがないのです。結婚や離婚
など、パートナーとのあいだで問題が起きても、それによって自分の人生が台無し
にならないように心の準備をしてください。
136
宇宙レベルで考える結婚
女性は、結婚できれば幸せになれるといつも夢を見ていますが、实際の結婚生活は
理想的なものではありません。この世でつくられたものはいつでも壊れるものです
。結婚というシステムも人間がつくったものであって、神が定めた宇宙の法則では
ありません。
結婚は、尐人数の自分の家族の幸せを考えて暮らすことになるので、地球規模で
考えたら、天国のような地球を目指しても、地獄に変わるようなシステムなのです
。
それがどんなことなのかをこれからお話しします。
世界の約三%の裕福な人々が、自分の家族の幸せのために、地球上の七〇%の天
然資源を所有しています。裕福な人々は、世界中にいる多くの貧困層の人々や、水
や食料といった生きるために最低限必要なものも手に入れられない子供たちがいる
ことも知っています。
しかし、自分の裕福な生活レベルを変えることは考えずに、表立った会話の中で
は、人権や平等、公平ということを主張して、何か世の中のために善い行いをして
いるかのように言います。そんな彼らも寺院や教会に行き、家族の幸福を祈ること
もあります。
そして、それほど豊かでない人々は、一生懸命、お金持ちの人たちと同じレベルに
達しようと努力します。そうした人々も、有名人が行くような最高のレストランで
家族と食事をしたりすることを夢見ています。頑張って何とか裕福なお金持ちと同
じレベルまでのし上がったとしても、もっとお金を稼ぎたくなります。
セレブの奥様たちは、他の人たちよりも、どれだけ高価なものを身につけているの
か競争意識を持って暮らしています。夫は妻に、高価なダイヤモンドや服をたくさ
ん買ってあげなければなりません。
こうしたことで、人間社会は精神的に病んでしまう人が増えているのです。
世界の三%の最もお金持ちの人々が、その収入の五%を寄贈するなら、世界の九〇
%の問題は一晩で解決できます。しかし、そのようなお金持ちたちは、どうしたら
収入を増やせるかばかりを考えていて、世界中で起きている問題を考える時間があ
りません。
宇宙は、ジャングルにある天然資源のすべてを人間が奪ってしまうのではなく、鳥
がヒナたちに餌を運ぶように、自然と調和できるやり方で自分の子供たちに必要な
ものを与えるように人間に期待しています。
そして、自分の家族だけを考え、自然と宇宙の法則に基づいた家族関係を理解しよ
うとしない強欲な人々は、死後に、彼らの魂は不利な運命を背負ってしまいます。
強欲な金持ちが死んだ後、その魂は暗い運命を持つのだと、古代聖典にも伝えられ
ています。西洋の聖書にも、「金持ちが神の王国に入るより、ラクダが針の穴を通
るほうがもっと簡単だ」(口語訳新約聖書、マルコによる福音書、第十章二五)と
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書かれています。ラクダが針の穴を通るより難しいということは、金持ちが神の王
国へ入るのは、まったく不可能だということになります。
自分の家族のために無意味な欲望を満たして、エゴを育てていたりする人は、その
カルマを自分で返済しなければならないことを知らなければなりません。いくら家
族のためにお金を残したとしても、自分が死んだ後は、何も自分とは関係がなくな
り、欲望でつくった自分のカルマだけを次に転生する人生に持っていくことになり
ます。
あなたが運命の支配者になりたいならば、この世での愛情関係を永遠な関係だと
誤解してはいけません。現在の人間関係は、今の人生だけにある一時的なものなの
です。悟りを得た人々の人生を見ると、その多くの人たちが、家族を一番に考える
ような家庭生活を送っていません。彼らは、昼も夜も、家庭のためにお金を稼ぐた
めだけに過ごしたりはしませんでした。彼らは、人間性を向上させるために時間を
使ったのです。悟りに至る人たちというのは、家族のために余計なエネルギーを使
わずに、自分の魂の向上のために多くのエネルギーが使えるように、家庭運のない
人が多いものなのです。
宇宙は、彼らに悟りやすい状況を与えてくれています。ですから、結婚運、家庭
運がないという人は、別な面で宇宙から助けられることにもなります。
社会の中で、男女が結婚という制度で暮らさなくても、もっと自由な仕組みで恋愛
をして、必要とする状況で子供をつくり、自由な関係で一緒に生活するようなこと
もできるはずです。健康で知性がある男女ならば、適切に子供をつくることもでき
て、将来の人間社会を明るいものにすることもできます。
また、結婚という制度がない社会は、神も認めています。神の視点から見れば、子
供やパートナーは個人の財産ではありません。魂がこの世を経験するチャンスをつ
くるために、男女という仕組みがあって、肉体の関わりで家族関係があります。し
かし、個々の魂は誰のものでもありません。
もしも、女性や子供たちが、ひとりの男性に頼らなくてもよければ、家族にぜいた
くな生活をさせるために、男性が富を集め続けることもありません。人間は、結婚
制度にこだわらずに、その時代の状況に合った快適に暮らせる他の制度を選んでも
いいはずです。なぜなら、人間がどんな制度をつくっても、神は気にしたりしない
からです。
そして、幸福を考えたときに、特に女性は、最初に自分のイメージする完璧な結婚
相手を見つけてから、タントラを試そうと考えないことです。もしも、完璧なパー
トナーを簡単に見つけることができて、誰でも幸せになれるのであれば、タントラ
や悟るための古代からの智慧が存在することもありません。
この世でタントラの知識が必要ではない時代などないのです。必ず異性との問題が
一生ついて回ります。男女のあいだで起こる問題を解決する方法を知らなければ、
生涯のパートナーを得ることもできず、悟ることもできずにこの世から去らなけれ
ばなりません。あなたが生まれる前にも、数えきれない人々が、悟りにも到達でき
138
ず、異性関係でも失敗して死んでいきました。
宇宙の計画は、人間が悟りを目指して成長するためにつくられています。ただ家庭
を持つためではないのです。あなたが恋愛で失敗したとしても、落ち込む必要はま
ったくありません。これを理解しておかなければ、あなたがレストランなどで、他
の家族が仲良く一緒にいるのを見たら、自分も家庭を持たなければ幸せになれない
と思ってしまうでしょう。
人は、動物などの生き物にも家族のつながりがあることを知ってはいても、他の生
き物の家族のことをそれほど重視して考えないのと同じように、神は、人間の家族
関係というものをそれほど重要視していません。いつの時代にも地球上で何百万も
の人たちが、毎日生まれては死んでいきます。ただ新しい家族のところへ生まれ変
わり続けていくだけなのです。
家族関係を重視しないといっても、邪険にすることとは違います。この世で魂の成
長ができる機会を与えてくれた家族は、尊敬に値する存在です。家族に執着するの
ではなく、家族の人たちの魂を思いやり、誠实に接してください。そして、家族の
魂も成長できるように、忚援してあげてください。
平和で幸せに暮らすために、まず、女性が大切な人生の本当の目的を知っておく必
要があります。そして、自分のパートナーにしっかりと説得力のある言葉でその人
生の目的を説明して、男性の心に、幸福になる人生の考え方を教え込むべきなので
す。
男性は女性よりも、生まれつき自分の成功のために自分中心に考える傾向を持って
いて、物質的な肉体レベルで生きています。もし、女性が裕福な暮らしに憧れて、
ブランド品や豪邸、高級車などを男性から与えられることを考えて暮らすなら、男
性も女性も肉体レベルのことばかり考えていることになり、魂の成長ができなくな
ります。
現代人は、自分だけのパートナーになる「ソウルメイト」を見つけるために、生涯
の時間を費やしてしまいます。男性も女性も、自分のパートナーが別の人とつきあ
っていないか、別の人のことを想っていないかと気にして、何とか自分だけのもの
にしようとします。そうした相手を想う情熱は相当なものです。その情熱をパート
ナーとの心配事に使わず、お互いを通じて神の存在を知るために使うべきなのです
。
タントラの方法を实践すると、パートナーとの関係をもっといいものにすることが
できます。今世で生きているあいだに、理解しあえるパートナーと出会える時間は
充分に用意されています。
恋愛関係を通じて、運命の支配者になることもできます。タントラの方法で悟りに
達することは、僧侶が瞑想によって悟りを得るよりも早く達成できるのです。セッ
クスのときに、僧侶が瞑想するのと同じように、自分の内面を深く見つめていくこ
139
とで、意識のレベルを向上させることができます。そして、内面を感じながらマン
トラを唱え続けていきます。
唱えるマントラは、第五章で紹介したように自分が気に入ったマントラならどんな
ものでも構いません。日常生活でマントラを唱えることが習慣になっている人であ
れば、いつも唱えているマントラをセックスのときでも無理なく使うことができる
と思います。しかし、普段マントラに親しむ機会がない人ならば、自然に無理なく
マントラを唱えられるように、オームやラームなど唱えることばが短く簡単に覚え
られるものを選ぶとよいでしょう。
では、タントラの方法をもう尐し詳しく紹介していきましょう。
セックスで悟りを得るタントラ哲学
ある男性が、自分の性的な悩みを私に相談してきました。
「私の先生が言うように、自分の性的な欲望を抑えようと何年も努力してきたんだ
けれど、どうしてもコントロールすることができなくて、いつも罪悪感を感じてし
まうんだ。私は、神に到達できるような人間じゃないのかもしれない」と彼は悲観
的になっていました。
「セックスは、神がつくりたかったもので、性的な衝動は、自然発生的でコントロ
ール不可能なものなんですよ。でも、性的なことに罪の意識を感じるなら、それを
解決するとてもいい話があります。
セックスからでもスピリチュアリティに興味を持って、神の方へ向かい始めること
も可能なんです。だからあなたがセックスをするときにだって、スピリチュアリテ
ィにもっと目覚めることもできるんです」と私は説明しました。
「そんなこと、どうやって?」と彼は不思議そうでした。
「簡単なタントラの方法を試してみてください」
「その方法って、どんなもの?」と彼は興味深々でした。
そして、私は尐し詳しく話してみました。
「女性と一緒にいるときに、性的な衝動が湧いてきたら、自分の体や精神がどんな
ふうに変化していくのか、しっかりと観察していきます。細胞一つ一つが徐々に目
覚めていくような感覚をすべて見逃さないようにします。あなたが、女性を抱き締
めながら、性欲が高まってきたときに、ゆっくり深い呼吸を数分間続けてください
。そうすると、あなたの意識は深くなっていきます。そして、彼女の体を触るとき
に、感情がもっと高まってきたら、すべての感覚を意識的に観察していきます。
パートナーと性交し始めたら、なぜそんな感覚になるのか考えてみてください。
しばらく動きを止めて自分の内面を心の目で見ていきます。そのときにどんな意識
の変化が起きているのかすべてを実観的に観察しながら続けていきます。
できるだけゆっくりと呼吸して、できるだけ自分のマインドを観察し続けます。
あなたの意識を神のほうへ向けて、その感覚を長く保つようにします。それに、そ
のときにマントラを唱えてもいいんですよ」
「セックスするときにマントラだとか、ゆっくりしたやり方が何で必要なの?」
「すべての人たちがお坊さんのように座って、長い時間瞑想するなんてことできな
140
いですよね。普通の人が瞑想しようとしても、雑念がたくさん湧いてきて心が休ま
る暇なんてないんですから。
タントラの哲学では、セックス自体が、神聖な行為なんですよ。セックスというも
のは、二つのすばらしい出来事が同時に起きていることになるんです。セックスの
ときには、雑念が浮かんでこない状態になっていきますよね。まるで、完全に風が
静まったときの水面のように、何も波立つものがなく、まわりの情景が鏡のように
映っているようになるんです。
それに、セックスは神が人間に与えたもので、このセックスの意識状態こそ神のし
るしなんです。だから、その神聖さに触れることで人間は至福を感じるんです。
オルガスムに近付くほど考えることが減って、だんだんと思考が止まって何も考え
られない状態になっていきます。急いで終わらせてしまわないように、オルガスム
に近づいた状態をできるだけ長く保つようにするんです。この状態こそが、神に接
するための瞑想と同じ状態なんです。なので、マントラを心の中で唱えるのも効果
的なんです」
「でも、オルガスムを我慢できないですよ」
「できるだけやってみてください。オルガスムが起こっても、神聖な状態は続いて
います。そのときには、オルガスムの感覚の中で神の顔を思い浮かべて、神と体面
しているその至福を味わっていくんです。オルガスムは、ほんの数秒間だけ、神と
接触していることを普段よりもっとはっきりと感じられるすばらしい現象なんです
。オルガスムのすぐ後というのは、思考が止まったようになります。僧侶の人たち
が何年もかけてこの意識状態になるように瞑想の修行をしますが、オルガスムの後
は、人のマインドが自然に深い瞑想状態になるんです。オルガスムのその数秒間だ
けは、エゴも消えているものなんですよ。
その後に、横になってもいいし、瞑想するように座った姿勢でもいいので、神に接
しているという感謝の気持ちでいてください。そして、眉間のところへ意識を集中
させて、できるだけ長いあいだ、自分をリラックスさせてください。
そして、心を開いて、エゴにとらわれずに愛をこめて神に祈りを捧げてください。
神に向かって、オルガスムの中でほんの尐し神の一部を感じるだけではなく、神全
体を啓示してくださいと願ってください。人生は短いものなので、できるだけ早く
その啓示が欲しいと強く想って、あなたが心を開けば開くほど、神聖な世界へ入る
扉ももっと開かれていきます。
そして、セックスで満足を得るときには、女性の肉体を使っていると思わないでく
ださい。女性の体は、神がいる寺院なんです。女性は女神で、男性は祈りを捧げる
献身者でもあるんです。男性は寺院にいるのと同じことになるのですよ。セックス
の過程では、会話をできるだけ尐なくして、意識を自分自身の内側に向けてくださ
い」
「私の意識が向上できるんですか?」
「できますよ。セックスのときに、悟りが人生の目的だということを忘れなければ
141
ね」
「魂が完全に目覚めるのに、どのくらい時間がかかるものですか?」
「それは、どのくらい強く真实を知りたいと望んでいるかによりますね。僧侶の人
たちが修行する通常の瞑想でも一日で悟ることはできませんから、何年もかけて修
行します。仏陀も悟りの意識レベルに到達するのに、六年かかっています。タント
ラもそれなりに練習が必要なんです」
「でも、タントラのやり方でセックスをしたら、相手の女性にバカな男だと思われ
て、私から離れていきませんか」と彼は心配しました。
「理性的につきあっても、ガールフレンドやボーイフレンドと別れることがありま
すよね。あなたがつきあうなら、相手の女性もスピリチュアルに関心がある人か、
セックスを超えたものを知りたいと思っている人のほうがいいかもしれません。
でも、そうしたことに興味のない女性とつきあうことになったら、あなた自身の中
でタントラのやり方を意識するだけでもできますよ。ぜひやってみてください」と
私は彼に言いました。
それでは、タントラを行うときのポイントをもう尐し理解するために、タントラの
文献に書かれているものをいくつか紹介しましょう。
『ヨニ・タントラ』には、
「タントラを始める前に、マントラを百八回暗唱した後、女性を抱きしめて、献身
者(真理の探究者)は、彼女の胸にやさしく触れ、頬にキスをする」
「女性と性交するときには、いつも瞑想をすること」と書かれています。
また、『ヴィギャン・バイラヴ・タントラ』には、
「パートナーを抱きしめ、あなたの感覚が震え出したら、その内側の感覚を深く感
じること」
「性交を始めたら、肉体が熱くなっている状態をできるだけ保ち、すぐに終わらせ
てしまわないようにする」と書いてあります。
太古の昔から現代までに、多くの教師たちが独自の方法でタントラを教えてきまし
た。タントラを行う人が、セックスと人生と神の真实に真剣に目覚めることを目的
としたものならば、どんな教え方でも問題はありません。
タントラを行うことで、男性と女性の感情や意識は、ただの男女関係ではなく、神
に向かって流れていきます。いつもパートナーのことを二十四時間、一年中考えて
過ごしても、パートナーが別の相手を見つけて自分から離れていくかもしれません
。そうなれば、パートナーに捧げてきた時間は無駄になり、ひどく落ち込むことに
なります。
しかし、そのような一年間をパートナーと過ごしても、あなたの感情と意識を一〇
〇%神に捧げているならば、無駄になるものは何もなく、あなたの魂はもっと高い
意識レベルへ向上しているはずです。あなた自身とパートナーの両方がそれを理解
できるなら、今世で一番いい生き方ができます。
142
タントラは、心理学的にも物理的にも、男女の関係を改善するものになります。タ
ントラの技法を实践すると、魂は神に近づくようになるので、男性と女性の意識は
もっと自然で純粋になり、お互いの関係はさらにいいものになっていきます。タン
トラを理解した男女は、幸福をお互いの関係からもらおうとしなくなります。お互
いの肉体の中にいる神の現れがオルガスムだと理解できるからです。
男性と女性が引かれあうのは、神の働きがそこにあるからです。セックスは、人間
が神聖さを強く感じるようにつくられているので、私たちは異性と恋をすると幸福
に感じるのです。
通常の瞑想で、意識がサハスラーラ・チャクラに上がっていくように、タントラを
实践するときにも同じように、すべてのチャクラは活発になり、意識はサハスラー
ラ・チャクラに達していきます。普通のセックスでは、スワディッシュターナ・チ
ャクラ(性欲と性器に関係するチャクラ)が活発に働き始め、オルガスムのときに
、人の意識がジャンプして頭の頂点のサハスラーラ・チャクラを体験します。そし
て、ほんの数秒体験するとすぐに意識は体の下のほうにあるチャクラに戻ってしま
います。
しかし、悟りの状態では、魂は完全にサハスラーラ・チャクラと融合したままにな
り、ヨギたちが言う「宇宙のオルガスム」を体験するのです。タントラによって達
するゴールも、他の修行方法で到達するゴールも同じものです。そこでは、完全に
神と一体になった至福だけを感じるのです。
ほとんどの男女は、幸福を得るために異性を追いかけています。本当のセックスが
何なのかを知らずに、恋愛関係から幸せになろうとするのは意味のないことなので
す。セックスについて深く考えようとする機会がない人たちは、恋愛で意識を向上
させるタントラの方法を知ることがありません。
タントラが社会に浸透していた古代のインドでは、男女の関係はとてもうまくいっ
ていました。しかし、東京やニューヨークなどの現代の大都市では、ほとんどの異
性関係が破局を迎えます。ですから、この時代にこそタントラの知識が必要なので
す。
タントラの实践で、自分の内側の魂に触れると、自分ひとりでも悟りに向かう修行
ができるようになり、自分の人生を幸せな状態にすることができるようになります
。そうなれば、恋人があなたと一緒にいてもいなくても、気にならなくなり、あな
たの幸せを壊すことがなくなります。
今こそ、なぜセックスが宇宙に存在するのかを、両親がためらわずに子供たちに教
えるべきです。親たちが子供にセックスについて話しをしなくても、若者は性的な
ことに関心を持っていきます。
本来のセックスはマインドの向上につながるものなのに、若者たちは正しくセック
スの意味を教わることがないので、若い頃から、異性関係によってマインドはダメ
143
ージを受けてしまいます。このような異性関係をうまくコントロールしようとして
も、解決法が見つからずにただ混乱していくだけになります。そして、大人になっ
てからも一生解決できずにいます。
あなたが異性やセックスの悩み事に使うエネルギーは相当なものです。タントラを
实践することで、その無駄にしてしまっているエネルギーをマインドの向上のため
に使うことができるのです。
タントラは、異性関係を改善していきますが、自分のマインドの向上だけに使うこ
ともできます。タントラを数カ月間实践すると、その人のすべてのエネルギーが全
部のチャクラを通り、サハスラーラ・チャクラまで流れ始めます。そして、人生に
生かせるさまざまなアイデアが浮かびやすくなります。
あなたがこのタントラの哲学を知っても、「ソウルメイト」に出会うことを望んで
いるなら、ジョーティッシュで相性を見るクンドゥリ・ミランを試してみてくださ
い。
この人生をあなたと共にする恋人や結婚相手の関係は、生涯続くかもしれないし、
一時的なものかもしれません。あなたが本当の幸せを感じるために、この世のもの
は、いつでも変わる可能性があることを覚えておいてください。それに、いずれに
しても、この世の人間関係は死のときが来れば、必ず終わるものなのです。その別
れが、どちらかがこの世を去るときなのか、死が来る前なのか、その時間的な違い
があるだけです。
一生涯、同じパートナーとつきあうことが最良だと思い込んでいる女性が多いので
すが、そうした考えも、相手を自分のものにしたいと思う自分勝手な人々の欲によ
って、社会の中でできあがったものです。
魂の向上を目指しているなら、パートナーが何回変わろうと、何も問題にはなりま
せん。神が罰することもありません。結果的に、ひとりのパートナーと生涯を共に
したというのでも、もちろん構いません。
一般の人々とは逆に、あまり異性に関心を持てないのであれば、無理にタントラの
方法にこだわることもないのです。他にも瞑想などで、神の至福を感じ悟りに到達
することができます。神に向かう想いがとても強いときには、仏陀のように異性が
気にならない場合もあります。
しかし、心の底では異性に関心があるのに、仏陀の真似をして関心のないフリをし
ても、何の役にも立ちません。異性に関心があるなら、パートナーを見つけること
が神に通じる近道になります。性的衝動自体が神の現れであって、罪深いものなど
ではありません。男女が神のエネルギーの一部に触れるようにと神自身が計画した
ものです。神が男女を結びつけるキューピッドの役割として、セクシャリティとい
う感覚を人間の中に仕組んだのです。
144
そして、若い人たちほど、このタントラの方法を实践するといいのです。年をとり
過ぎてしまうと、異性に対する感情も、若いときに比べて薄れていきます。人々が
異性に対する情熱から、タントラを理解して実践するなら、他の方法よりも比較的
楽に「宇宙の源のオルガスム(神)」を体験することができます。
人生の大きな転機にもなる恋愛や結婚というものを正しく考えて、魂の向上につな
がるすばらしい異性関係を持ってほしいと思います。
145
第七章
運命を超越する
すべての魂は、輪廻転生を繰り返しながら、悟りに向かう旅をしています。悟り
の状態とは、魂がカルマと運命の働く領域を超えていく状態のことを言います。一
般的な人々は、この世での楽しみと幸福感を味わうことを望んでいるので、どうし
て運命を超える必要があるのかと不思議に思うかもしれません。
人は音楽(音)と神、セックスと神は異なるものだと思っています。それと同じ
ように、幸福と神(悟り)が異なるものだと考えています。
しかし、人はセックスと音楽が二つの異なった形で現れた神の姿だということを
忘れています。そして、幸福も同じように、神が別な形で現れたもので、幸福は、
カルマと運命の法則を超えたところに存在するものなのです。すべての偉大なマス
ターたちは、人々がカルマと運命の法則を超えられるように、悟りに向かう気持ち
にさせるように教えてきました。
太古の昔から、人は永遠の幸福を探してきました。しかし、億万長者になっても、
お金だけでは幸せになれません。たとえば、裕福な人が、お金を使って高級ワイン
を飲んで、酔っぱらって仕事や税金、家族などにあるさまざまな問題を忘れていら
れたとします。そのときに、自分をとてもすばらしく感じて、そのすばらしい気分
のままでいたいと思います。このように、お金持ちだけでなく、すべての人々がそ
れぞれに、この物質社会の複雑な暮らしから解放されるための場所を探しています
。しかし、スピリチュアリティに関しての知識がない人々は、カルマと運命の働く
領域を超えていくことが、人の心に本物の幸せを運ぶということがわかりません。
インドのブッダガヤに行くと、シッダールタ王子が悟りを開いた一本の菩提樹があ
ります。満月の夜に、シッダールタの意識は悟りの状態に触れました。王子の体に
強力なエネルギーが爆発したように湧き上がって、そのすばらしいエクスタシーの
感覚の中で、自然に王子の体は踊り始めました。王家に属していた王子でも、これ
ほどすばらしい感覚を経験したことはありませんでした。シッダールタは、内側か
ら込み上げて来るエネルギーを自分でコントロールすることができずに、樹の下で
一晩中踊り続けていました。このとき、王子はカルマと運命の働く境界を突き破り
、悟りに達したのです。
シッダールタが悟りを得たとき、人生の目的が何であるかが理解できたので、そ
の後、王国に戻って家族と暮らすこともできました。しかし、自分が知った人生の
本当の目的と本当の幸せを得る秘訣をこの世の人々に伝えて回ることを選び、王国
には戻りませんでした。
スピリチュアルな修練などに興味を持たない人々は、王家の人々や金持ちだけが
、本当の幸福を味わっていると思い込んでいるので、自分も金持ちになって成功す
ることばかり考えて過ごしています。シッダールタは、この世の成功や王国からは
得られない永遠の幸福を人々にはっきりとわからせたいと思いました。そして、物
質的なものを手に入れて感じる幸福ではなく、人の心の中でだけ理解できる本当の
幸福がどんなものなのか、その秘密を伝えようと、伝道の旅に出ていきました。
シッダールタ王子は、王国に住み、美しい妻と愛らしい息子がいても、何か欠け
ているものを感じていたのです。
運命の働く領域を越えて悟りを得ることが、本当の幸福へ向かう道なのです。カ
146
ルマと運命の働く領域と、その働きがなくなり悟りの領域に入る境目があるのです
。私たちが、家族や財産から永遠の幸福を得る計画をして生活するなら、カルマと
運命の領域から抜け出せずに、大きな間違いをすることになります。
仏陀のように、カルマと運命の働く領域を超えた魂は、どのくらいの期間幸福を
味わっていられるのかと疑問に思う人たちもいます。この肉体が死ぬまでなのか、
死んだ後も続くなら、死後、何時間、何年くらい続くのか、などと考える人もいま
す。
時間という概念を超越する
私たちは「時間」が存在していると思っているので、「一日」とか「一年」などと
時を計算します。人々が生まれてから、時間が経過していくことを意識しながら生
きています。人々が生まれる時間があり、時間とともに成長し、ある年齢になれば
学校へ通い、結婚するときが来て、子供が生まれるときというものがあります。人
々は「時間」の存在を感じながら暮らし、すべての出来事を時間で計算して計画し
ていきます。しかし、この「時間」というものも、謎めいたものです。私たちのこ
の宇宙に存在している「時間」を科学的に定義しても、別な神秘的の面が現れてき
ます。
アインシュタインも「時間」の神秘性を次のように説明しています。
「熱いストーブに手を置くなら一瞬が一時間にも感じます。かわいい尐女と一緒に
いる一時間は、一瞬のように感じます。これが相対性理論です」
アインシュタインがいうように、「時間」は心の持ち方で違った見方になります
。眠っている人たちは、時間が過ぎていることに気づきませんが、町を歩いている
人たちは、時間が経過していることを知っています。時間を感じない睡眠は、どん
な人にとってもすばらしい休息のときとなります。
億万長者でも、貧乏人でも、時間があればベッドに横たわってゆっくり眠りたい
と思います。貧乏人は自分が貧困であることを忘れ、金持ちは数えきれないほどの
問題を忘れて眠ります。しかし、目覚めると、また現实世界の問題に悩みながら活
動を始めなければなりません。金持ちは自分の会社へ行き、貧乏人は道ばたに座っ
て人々にお金をせがみます。しかし、どんな社会的な地位についていても、眠りに
ついたときには、みんな同じように自分の現实を忘れていきます。
たとえば人が五時間眠っても、一分しか経っていないように感じます。お酒を飲
んだ後も、あなたの時間の感覚は薄れていきます。そのように、神も、時間の経過
に気づいていない人のような意識状態なのです。神にとって、一秒も何億年も同じ
時間に感じます。悟りに達した人たちも同じように、「時間」の感覚を超えた意識
を持っていて、二十四時間いつでもすばらしい休息の中で生きています。
眠っている人も悟っている人も、同じようにすばらしい状態を感じています。し
かし、その眠りと悟りに違いがあります。眠っているときは、人の魂は自分が存在
しているかどうかを忘れています。そして、悟りの場合は、その人の魂が宇宙の中
に存在していると気づいていても、宇宙にあるものにいっさい興味がない状態なの
です。それは、お酒に酔った人が、自分のまわりで起きていることに、ほとんど興
味がない状態に似ています。
147
悟りに達していない人の魂は、時間が存在すると感じています。悟りに達した魂は
、時間の感覚がなくなってしまいます。仏陀の魂は、この地球上で自分の肉体を去
ってから、二千五百年もの時が経ったことを感じません。仏陀の魂にとって、「時
間」は止まったままなのです。悟りを開いた三十五歳以降、仏陀のマインドから「
時間」という感覚は消えてしまいました。
神は、七つの色と七つの音と五大要素を宇宙に創造したとき、この宇宙にカルマ
と運命のドラマが展開するように、「時間」というものを計画しました。そのため
、人々はこの世に生まれると、生涯のあいだずっと時間に追われて過ごしているの
です。神は、この宇宙を創った後、惑星と宇宙がうまく運行するように「時間」を
創りました。
神はじっと宇宙の様子を眺めています。子供がコマを回して遊ぶとき、その回転
している様子をじっと見つめるように、神は宇宙の中で起きている出来事をただ観
察しています。
科学も、この宇宙ができる前は、時間というものが存在しなかったという考え方を
しています。
神と個々の魂は、この目に見える宇宙と時間がつくられる以前に存在していまし
た。
魂が七つの色と音、五大要素の作用を超えて、カルマと運命の働きが及ばない領
域に入り、悟りに達するとき、「時間」という感覚も超えていきます。
ある人の魂が、瞑想やタントラの技法で神に近づき始めると、七つの光と音と五つ
の要素の謎を理解し始めます。そして、「時間」というものが何であるかもっとは
っきりとしてきます。その魂は、カルマと運命の働く領域を超えるようになります
。その過程で、さまざまな種類の音や色が現れ始めます。そして、時には、肉体の
感覚がなくなり、マインドは時間を感じない状態になって、冴えきった意識が強く
弾けていきます。
こうした感覚を、それぞれの魂は、個々に異なったいろいろな現象として体験し
ていきます。
あなたも自分の独特な体験をしていきます。しかし、その最初の体験では、自分
はこの宇宙の中で、肉体だけの存在じゃないと気づく人たちがたくさんいます。
魂は、大地の要素から離れ、水の要素に移っていきます。体内には多くの血液や
水分がありますが、普段は自分の体の七〇%は液体でできているとは感じられませ
ん。鏡を見たり自分の体を触ったりする限りでは、そんなに多くの液体が体内にあ
るようには思えないものです。魂が水の要素のレベルになると、その人は、体内に
ある液体の存在が感じられるようになります。血液が動いている感覚や水分が体に
行き渡っていく感覚、蒸発していく感覚がわかるようになります。
そして、悟りに向かう修練をさらに続けると、魂は、火の要素を感じ始めます。肉
体を動かしているエネルギー源を感じ、食べた物を消化するには、この火の要素が
必要なことも感じられていきます。そして、さらに風の要素を体験するようになり
ます。体の重みが感じられなくなり、空中に浮かんでいるような感覚になっていき
ます。
そして、魂の意識レベルがさらに向上していくと、空間の要素を体験し、自分の
148
存在がどこまでも広がって、宇宙空間を感じ始めます。そして、ここで終わらずに
、もっと向上すると、空間も超えた何かを感じます。空間よりもさらに微妙な微か
な感覚を見つけ始め、空間も消え、物質として感じられるものは何もない領域に達
していきます。この意識になったときに、本当に存在しているのは、肉体ではなく
、すべての物質要素(地、水、火、風、空)を超えたものだと感じ始めます。
人々はこの悟りに向かう旅で、それぞれのマインドにいろいろな変化が起り、た
くさんのすばらしい体験をしていきます。私自身も、これまでにいろいろな体験を
してきましたが、最も驚くような経験は、マインドの中に突然衝撃がやってくるよ
うになったことです。脳の中が突然、オルガスムのエネルギーで充満しているよう
な感覚になり、予想もしない自然の強力なパワーを感じて、自分の頭を手で押さえ
て、その衝撃を静まらせようとすることさえあります。
あなたも、悟りを目指して進むときには、いろいろな体験をしていくと思います
。自分のエゴと向きあわなければならないこともあります。驚くような感覚を体に
感じるかもしれません。しかし、特別な体験をしたからといって自負心を育てては
いけません。誠实に、そして、熱意を持って、悟りへ向かっていく心の準備をして
ください。
私たちは、自分の肉体になれ親しんで暮らしているので、魂は、この世が現实だと
思っています。そして、見えない神の世界は本物ではないように感じます。しかし
、スピリチュアルな意識で生きていくと、魂は、この世は夢のようなものだと感じ
始めます。私たちが眠っているあいだに夢を見て、起きたときに、あれは夢だった
と思い、夢の中の出来事は違うレベルのものだと考えます。
一度深いスピリチュアルな物質世界を超える経験をすると、この世で起きている
ことが夢の中の出来事のように思えてきます。しかし、そうしたスピリチュアルな
修練をしていない人にとっては、「魂」や「スピリチュアリティ」が、夢の世界の
ようで違和感を感じます。この物質的な世の中と自分の肉体が関わる人間関係が唯
一の現实だと思って、この世のものに執着しています。人々は、自分のまわりで起
きる出来事が永遠に続くと勘違いしています。その勘違いが、人生で苦しむ原因に
なっていることに気づいていないのです。
悟りの状態では、マインドがこの世のすべての状況をはっきりと見渡せる意識を
持つようになります。どんな人も、この短い人生の中で、できるだけ早く運命の働
きがある領域を抜け出す必要があります。
この世とは違う別な世界に興味がある人は、毎日定期的に修練をするなら、数カ
月もすれば、何かの変化を感じ、別な世界があるという感触が得られるはずです。
そして、一度でも意識が向上する経験をした人は、スピリチュアルな道を進んでい
くことをあきらめることはないでしょう。
修練をしていて、カルマと運命の働きを超えた領域に入った魂は、過去世からの
良いカルマと悪いカルマの影響で、自分の人生に起こる出来事の心配をしなくなり
ます。良いカルマの結果ですばらしい事が起きても、何かを得た喜びで有頂天にな
ることもなくなり、悪いカルマの結果で悲惨なことが自分の身に起きても、悲しん
だり嘆いたり不安になったりすることもなくなります。そして、どんなときでも心
の平安が壊れることがないのです。そのように悟った魂は、良いものを望むことも
なく、悪いことを恐れて避けようとすることもなく、常に幸福な心の状態で人生は
とても安定しています。
149
そして、自分が何も持っていなくても穏やかな心で楽しく生きていられるので、
何かを要求するということがありません。それに、必要な出来事が自分のまわりで
自然に起こっていくと知っているので、未来を心配することもありません。このよ
うに、この世で何かを自分のものにして楽しみたいという欲望がないので、魂が再
びこの世に生まれて来る必要がなくなります。
カルマと運命の働きは、これまでにもお話ししてきたように、人が現在つくった
カルマを未来で受け取らなければなりません。悟ることができなかった魂は、再び
この地球上に生まれてきます。しかし、悟った人の魂は欲望を持たないので、カル
マの波動を発しなくなります。
宇宙の法則を考えると、悟った後に、カルマの作用がすべてなくなれば、魂は肉
体にいる必要がないので死んでしまうはずです。しかし、仏陀のようなたくさんの
聖者たちが、自分のカルマを消化してしまった後も生き続けているのはなぜなのか
、疑問を感じる人もいると思います。
たとえば、自転車に乗って走っているとき、ある程度長く走り続けていると、ペ
ダルを漕がなくてもしばらくそのまま走り続けていきますが、再びペダルを漕がな
ければ、いつかは自転車が止まります。
そのように、悟った人々は、欲望もカルマの作用もなくなるのですが、過去世か
らのカルマの作用で、体の中にあるチャクラは作動し続けています。悟りに達した
魂は、その余力で体を動かしている働きも止めることができますが、ほとんどのマ
スターたちは、そのまま自然に体が動かなくなるまで生き続けます。
マスターたちは、できるだけ多くの人々に自分の得た大切な宇宙の真理を伝える
ために、自分の肉体を使っていきます。そして、この世を去った後、再びこの世に
生まれてくることはありません。その魂は、永遠に神の至福の中に融合していくか
らです。
来世に生まれるには、その肉体をつくるための欲望が必要です。欲望のない魂は
、受け取るカルマの結果がないので、再び生まれてくるための肉体をつくる作用が
働かないのです。
もしも、あなたがこの生涯のあいだに、カルマと運命を超えることができなけれ
ば、来世でまた同じような成長の過程を経験し、人生に悩み、苦労しながらやり直
さなければなりません。この地球上で死んでいった九九.九九%の人たちが、同じ
ような人生を繰り返し生きています。
あなたとあなたのまわりの人たちの人生で起きた過去の出来事、そして、これか
ら将来に予想される出来事をここで考えてみてください。
子供の頃は、おもちゃにとても興味を感じます。尐し成長すると、友達と仲間を
つくり、一緒に遊ぶことに夢中になります。
十代になって、ファッションや音楽、異性にも興味が湧いて、自分の人生でもロ
ミオとジュリエットのような恋愛を夢見るようになります。
二十代を過ぎてくると、自分の仕事に成功を求めていきますが、結婚のことも考
え始めます。長い時間、鏡の前でおしゃれをチェックして、最高のパートナーを探
し始めます。
愛情があり、自分を認めてくれて、やさしく、いつでも自分を幸せにしてくれる
人でないと、自分の心が動きません。それ以外の異性が近寄ってきても、まったく
興味がないのです。何年も探し続けても、自分の理想のタイプに出会わなければ、
落ち込んで悩み始めます。恋人ができても、相手が自分から離れていってしまった
150
ときは、自分を振った相手が後悔するのを期待しています。
自分が気に入らなくなったときには、どうにか別れたいと思うのだけれど、自分
が振られるのは簡単に許せないものです。
やがて三十代、四十代になっていきます。
愛情を感じる相手や魅力的な相手をなかなか見つけられません。望みどおりの恋
人を見つけても、長くつきあううちに欠点も目につき始め、普通の人に感じられて
きたり、イヤになってきたりします。そして、別れ話になり、また新しい理想の相
手を探し始めます。
結婚しても状況はそれほど変わらず、同じように相手と合わない部分が出てきて
、離婚になり、壊れるたびに理想も高くなっていきます。
恋愛や結婚の悩みを持つ人たちの中には、経済的な豊かさや成功、名声といった
面でも期待が大きくなり、そうした面で充实している人に魅力を感じるようになっ
ていく人もいます。
あなたが、そうした人たちに、人生の謎を考えさせるためにスピリチュアルな本
を渡しても、彼らは本を開くこともしないでしょう。彼らが手にする本は、すぐに
成功してたくさんお金を稼ぐ方法が書いてあるものに限られていきます。そうして
、世の中で成功を味わい始めると、彼らのエゴはもっと育っていきます。そして、
一度何かで失敗すれば、ひどく落ち込んでしまいます。人生は終わることなく、同
じことを繰り返しながら続いていきます。
そして、ある日、鏡で自分の顔を見て、しわをみつけてがっかりします。人生でや
り残していることがたくさんあるのに、人生に輝いていた太陽の日は沈みはじめて
いることに気づきます。人間の生命のはかなさを感じつつ、成功を獲得するために
競い合ってきた人生の流れを変えようとは思いません。そこで何かをあきらめてし
まうと、まわりの人たちから負け犬のようにうわさをされ、笑われるのが恐ろしく
感じてしまいます。体が動く限り、社会の中で競争しながら生きて行きます。
そうして時が過ぎ、六十代、七十代になって、とても歳をとったと实感する頃、
自分も忙しく生きてきたけれど、息子も孫も同じように競争社会の中で戦いながら
生きていて、お互いにゆっくり話をする時間もない状態だったりします。町に出て
人ごみの中にいても、ひとり寂しさを感じるようになったります。次第に体もうま
く動かなくなり、病気の心配も出てきます。若い頃のように、スポーツをして自由
気ままに何かを楽しむ気持ちも湧かなくなります。そして、成功を目指して戦った
ライバルのことも、過去の恋人や愛人のことにも忘れていきます。
さらに年をとっていくと、考えることといえば、体を健康に保つことだけしかな
くなり、近づいてくる死を恐れ始めます。病院に通い続けても、時間は確实に肉体
を変化させていきます。ついに最後の息をひきとり、肉体は焼かれ、灰になって、
ひ孫の世代になると、思い出してくれる家族もいなくなります。
百年も経てば、地球上に自分がいたことを覚えている人は誰もいません。ほとん
どすべての人たちが、同じような人生の流れを体験してこの世を去ります。
しかし、その現实を認識できると、人はもっと楽に生きることができます。
強いエゴを持つ人は、有名人になりたかったり、スーパースターになりたかった
りします。そうした人は、その時代の人々に忘れられない強い印象を残しますが、
百年も経てば、同じように忘れ去られていきます。現代人も百年前のスターのこと
など覚えていないのですから。
151
人々は将来に夢を見て生きていきます。過去のことを気にしている暇などありま
せん。将来、インターネットがさらに発展しても、ビル・ゲイツ氏の名前すらいつ
かは忘れられてしまうでしょう。
そうした偉大な功績を残した有名人でも、この世を去るときには、その成功を何
ひとつ持っていくことができません。魂は、この世で行ったカルマだけを持って旅
立ちます。多くの人々を助けたい想いで行ったことが結果的に偉大な功績となった
のであれば、来世で良いカルマの種が花開きます。
「名声」と「お金」は、肉体と関係しています。魂とはつながりがありません。魂
は、肉体が滅びた後に、名声もお金も恋人も家族も、この地球に残して、カルマの
効力だけを運んで旅をしていきます。
この生きているあいだに、本当の人生の目的を理解しなければ、他の大勢の人た
ちと同じように、同じような苦しみのある人生を何度も生きなければなりません。
あなたも人生で経験する一時的な喜びに心を踊らせても、必ず問題を感じるときが
やってきます。
魂の向上に必要な情熱と熱意
魂の向上を目指し、運命の作用を超えなければ、本当の幸福を感じることはでき
ないのです。この世での成功も死とともに消えて、カルマと運命を超えて悟ること
もできないことになります。
スピリチュアルな生き方をしたいと思っている人は、年齢とともに増えていく欲望
と、肉体に起きる変化はどの人にとっても同じようなものだとよく理解して、本当
の幸福を得ることのできる悟りに向かって生きる計画を立ててください。
そして、若いうちから人生の目的を考え始めるほうがいいでしょう。若者が何か
を達成したいと願う情熱はとても強いものです。成功や恋人を求める想いとエネル
ギーは活気に溢れていて、何でもやれる肉体的なパワーもあります。悟りを目指す
なら、強い情熱が失われていないときに始めるほうが楽に到達できます。一般的に
、三十代、四十代を過ぎると、それまでに身に付けた知識や観念形態を変えること
がだんだんと難しくなっていきます。もちろん、何歳になっても、その情熱で魂を
向上させることができますが、多くのすばらしいマスターたちは、三十代のときに
悟っています。
仏陀も、シッダールタ王子だった若い頃、とても繊細な心を持っていて、そして
情熱的でした。
王子は、最も美しい女性ヤショーダラを自分の花嫁にするための、「獲得試合」
に参加して、試合に勝ち、ヤショーダラを妻にすることができたのです。そして、
その熱意と情熱は、人生の究極の目的を知ることにも力を発揮していきます。美し
い妻とすばらしい王国の生活と、究極の人生の目的である悟りの両方を楽しむこと
ができました。
しかし、熱意と情熱が足りない人々は、家庭や仕事の満足も永遠の幸福を知る悟
りも獲得することができません。人々は計画を立てるだけで終わってしまいます。
どんな分野でも、何かを成し遂げるには、情熱と熱意が最大の秘訣となるのです。
アインシュタインは自分のことを「私には、特別な才能などありません。ただ、
情熱的で好奇心旺盛なだけです」と言っていました。
152
シッダールタは、人々の人生に起こる病気や老いていく苦しみ、死というものが
なぜ存在するのか。そして、人間の最良の生き方は何なのか。それをどうしても知
りたいと思った時点で、五〇%悟った状態だったのです。残りの五〇%は修行によ
って完成させたといえます。
普通の人々はとても忙しく暮らしていて、この世に起こる病気や老い、死という
ものを超えることまで考える時間がありません。それに、スピリチュアルな修行は
とても難しく感じます。
普通の人は自分が病気になったときに、病気のことを考えます。歳をとってから
老いていくことを考えます。实際に死が迫ったときに、死というものを考えます。
しかし、自分の身にふりかかった瞬間に考えても、何も対処することができません
。それでは遅すぎます。
多くのマスターたちが悟りを得ることに成功できたのは、誰の人生にも起きるこ
とを、自分の身に起きる前に考えることができたからです。自分が病んで老いて、
そして死んでいく前に、人生の適切な計画を立てることが、悟りを完成させる秘訣
なのです。偉人となるような人々は、適切な生き方ができるように、予測できるこ
とを計算して、明日、何が起きてもよいように、常に最善な方法を計画していきま
す。
本当の幸福を理解するために、人は人生についてもっとよく考え、正しい知識を学
んでいく必要があります。本当の幸福を獲得した偉大な聖者たちは、人生に起こる
事柄について考えることができるように、人ごみから離れて静かな場所を見つけて
、ゆったりとした時間をつくっています。
神のことを知りたいという情熱が増していくほど、スピリチュアリティという本
当の幸福につながるものがわかっていきます。なぜなら、知識が増えていくほど、
もっと知りたくなっていくからです。尐ししかわからないときには、さらに知りた
いと思う感覚も尐ないものなのです。
スピリチュアルな知識を増やすことができるように、簡単に日常でもできるマン
トラから始めるのも良いし、瞑想、タントラなど、自分が实践したいと感じるもの
を選んで、定期的に続けていってください。
五感を使って意識を目覚めさせるタントラの技法
意識を向上させる技法はこれまで紹介してきたものだけでなく、他にもたくさん
の方法があります。タントラの方法も、セックスを利用するだけではなく、視覚や
聴覚、味覚、嗅覚、肌で感じる触覚というように、肉体の感覚を通じて意識を向上
させることもできます。セックスも謎が多いものですが、普段それほど意識してい
ない体の五感というものも不思議なものなのです。
この五感を感じる原点を魂のレベルで理解すると、私たちはカルマと運命の法則
を超越することができます。私たちの体で感じるすべての感覚は、神が創造したこ
の宇宙に存在しています。感覚というものにも神の力が働いています。神の存在を
体で感じられるものが五感なのです。
人々は、人間の肉体の作用を科学的に考えます。宇宙に起きていることを観察し
、地球上にあるものを分析するのも、物質的な分子や電子の動く様子を計算して結
論を出そうとします。いつも物理的な次元で起きていることを観察し続けています
153
。
しかし、タントラは、同じ現象を別な視点で観察します。まず最初に、自分自身
の体に起きている神秘を感じていきます。生きている肉体は毎日何かに反忚してい
ます。食事で味を感じる舌の感覚、臭いを嗅ぎ、まわりの状況を見る眼の感覚、音
を聞き、呼吸をすれば空気の流れを感じます。
私たちは無意識に肉体を使っていて、五感で感じることが当たり前で何も不思議
に感じません。何かの事故に遭って、体が不自由に感じない限り気にすることはあ
りません。しかし、こうした感覚すべてが、实に不思議なものなのです。
タントラの教えでは、この宇宙の神秘を知りたいなら、空を見上げて宇宙を見る
のではなく、自分自身の体を観察しなさいといいます。それは、自分に一番近いと
ころにあるもので、自分で感じているものだからです。
自分の肉体でいろいろなことを経験しています。このタントラの方法で肉体の機
能を使って体験する学びも、魂のレベルを向上させていくことができます。私たち
の肉体にある視覚や聴覚などのすべての感覚は、三つのタイプの使われ方をしてい
ます。
ひとつは、生きるために必要な機能として体の感覚を使います。これは、動物な
どの他の生き物が使っている感覚レベルになります。
二つ目は、体に感じる感覚で「楽しみ」を感じることができます。これは、動物
などにはない人間だけが持っている感覚になります。
三つ目は、体に感じる感覚の中に、神の反映を知ることができます。これは、タ
ントラ・ヨーガの修行者などが神の存在を感じるレベルになります。
たとえば、私たちの眼というものは、三つの使い方ができます。人間も他の生き物
も、まわりのものを見ることに使っています。そして、人間だけが、絵画鑑賞をし
たり雑誌や本を読んだりして、眼を使って楽しむことをします。また、タントラの
修行者がするように、「見える」という視覚の不思議な力を観察して、神を知るた
めに使うこともできます。自分が見ている対象物ではなく、見ているその眼の働き
自体に意識を向けていくと、見えるという自分の感覚の中に、神の作用があること
を感じるのです。
一般的に考えれば、眼にいったいどんな神秘があって、眼から神を知るなんてこと
ができるのかと思うでしょう。あなたがきれいな空を見たり、広大な海を見たりし
たときに、「わー、なんてきれいなの!」と感動したとします。でも、空や海に向
かって発したこの感動の言葉は、眼が言っているわけではありません。自分の眼は
生まれたときから一緒の肉体にあるので、眼で見ることができる能力の神秘を感じ
ていないのです。しかし、その神秘の力がいつでも、あなたの眼に働いているので
す。
事故などで一度視力を失った人は、とても不自由な思いをします。普通に生活す
るのも難しく、何かを見て楽しむこともできません。何十年も視力を失って苦労し
た後に、奇跡的に視力が戻ったなら、見えるというだけで感動します。自分が視覚
を持っているという不思議を体験して、見えるということが、なんてこんなにすば
らしいのだろうと思います。そのような体験をした人は、言葉にできないくらいの
すばらしさを感じ、見るものすべてが美しいといいます。見えるようにさせている
神の力がそこにあるとしか思えなくなるのです。
154
では、人間が自分の持っている感覚というものに、どんな反忚をしているのかを
、次に紹介する話から考えてみてください。
あるとき、科学者たちが、「視覚」の大きな奇跡を理解するために、生まれつき
目の見えない子供たちを無人島に連れていきました。そして、その子供たちには、
「眼で見る」ということが人間の体にあるということをいっさい教えないようにし
ていました。
子供たちの体に問題があると指摘する人は誰もいません。人間はみんな自分たち
と同じように生きていると、子供たちは信じています。子供たちは、自分に障害が
あるとは思ったことがありませんでした。
その無人島で盲目の子供たちは成長し、大人になります。全員が同じ状況の中で仲
良く暮らし、不平をいうこともなく、精神が不安定になったり争いが起こることも
まったくありません。見えなくても他の感覚が発達しているので、生活に必要なこ
とは問題なく何でもできます。彼らの聴覚は鋭くなり、小さな音の違いも聞き分け
ることができます。危険が迫っても、音や気配からうまく判断して身を守る特殊な
能力が発達していきました。
盲目であっても、全員が環境に対忚しながら、問題を感じることなく平和に暮らし
ていたのです。
科学者たちは、盲目の彼らを観察し続けました。成長して大人になっても、「視
覚」が必要だと想像する者はひとりもいませんでした。
そのような研究結果を考えると、太古の昔に、小さな生き物が、ある日突然、視
覚を持とうと思うことはありえないということです。仮に、視覚を持とうと思って
も、自分の能力でつくれるものではありません。何かの助けが必要なはずなのです
。
最大の宇宙の神秘は、私たち自身の体の中にすでに持っています。近すぎて気づ
いていないだけなのです。自分の一番身近にある神秘を考えることができなければ
、本当の幸福を感じることは難しいのです。
科学的に考えると、「視覚」に疑問を感じません。科学は近代的なものですが、
何千年もの昔の聖者たちは、深い瞑想によってこの宇宙の出来事を解明してきまし
た。そして、聖者たちが発見したのは、この地球上にいる生き物が持つ眼というも
のは、神自身が別の形で現れたものだったのです。セックスが神の反映だったよう
に、体にあるすべての感覚は、神自身が別の姿で現れているものなのです。タント
ラの教えでは、「視覚」からでも神を見つけられるといいます。
『ヴィギャン・バイラヴ・タントラ』にも、そうしたことを教えている詩が残され
ています。
「あなたに気づきなさい
やさしく思いやりを持って
歌うとき、見るとき、味わうとき、
絶えずいるもの(魂と神)を発見する」
また、『ケナ・ウパニシャッド』には「それ(神)は、眼で見ることができない、
なぜなら、見ている眼が神だから」と記述されています。
155
タントラでは、神を視覚から理解するために、何かを見るときに、意識して見な
さいと教えます。あなたが、美しい月を見て驚いたとき、あなたの眼の奇跡も意識
してください。もしも、いつか、あなたの眼から外側を見ている何かの力に気づい
たら、あなたは運命を半分超えたことになります。
同じように、他の感覚からも神を知ることができます。鼻で香りを嗅ぐということ
からでもいいのです。花を手に持って、数秒か数分おきにその香りを鼻の感覚を意
識しながら嗅いでいきます。鼻の内側の皮膚は反忚するだけですが、自分の内側で
花の香りに気づいている存在は何なのか意識してみてください。
肉体の持つ感覚を判断している「何か」は、頭で計算している自分とは別な存在で
す。ただ感じている存在(魂)に気づいてください。
耳は言葉の音を聞くことに使われています。動物も耳で音を聞いています。しか
し、人間は、ただ聞くだけではなく、楽器や歌から音楽などの音を「楽しむ」とい
う感覚を持っています。ここまでは誰でも自然に感じている感覚ですが、タントラ
の方法は、もっと意識的に聴いて、私たちの耳に働く「神聖な聴力」に気づくよう
にさせます。
生殖器は、繁殖のために使われ、生き物は主にこの目的で使い続けます。そして
、人間は、楽しむためにも使います。さらに、一部の人たちは、タントラの方法を
实践して、悟りのために使います。
人間の体にあるすべての感覚は、スピリチュアルな力が働いています。眼や耳がな
くても、ない状態で生命を維持することも可能です。見たり聴いたり臭いを嗅いだ
りする機能がなぜあるのか。最初の生物にどのようにできたのかは、科学的に解明
できません。なぜ、奇跡の力が私たちの体にあるのでしょうか。
人間は、この奇跡の力と一緒に生まれて、奇跡の力を使って生きて、最後に奇跡
の力の働く中で死んでいきます。しかし、ほとんどの人たちは、この奇跡の力にま
ったく気づかずにいます。奇跡の力が、神自身の現れなのです。
アインシュタインは、次のように言っていました。
「この人生を生きる二つの道がある。すべてのものが奇跡に満ちているか、何ひと
つ奇跡が起きていないか」
アインシュタインは、この宇宙に起きているすべてに奇跡を見ていました。普通
の人々は、その奇跡が見えていないだけなのです。人々は、毎日同じ生活を何年も
繰り返し、私たちはまるで機械のようになってしまい、人間の生活にある奇跡を忘
れてしまいました。その生気のない眠ってしまっている意識を目覚めさせる必要が
あります。
一般的に、人は奇跡というものを好みます。わくわくする体験をしに出かけたり
、ミステリー小説やサスペンス小説を読んだり、マジックショーも好きです。奇跡
は自分の外側で起きるものと思っていて、いろいろな場所に興奮するものを探しに
行きます。
ほとんどの人たちは、生涯のあいだ、いつも自分の体に起きている衝撃的な奇跡
にまったく気づいていません。しかし、もしも誰かが、自分の体に起きている奇跡
を発見できたなら、その人は想像の世界のサスペンスやミステリー小説などに、お
もしろさを感じなくなります。子供たちが喜ぶネコとネズミの物語に大人たちが興
156
味がないように、それまで楽しんでいた空想のつくられた奇跡は、くだらないこと
のように感じられてきます。
自分の体に起きている奇跡を感じた人は、一番偉大な奇跡は、自分がこの地球に
存在していることなのだと思い始めます。そして、強い情熱と信仰心で人生という
謎を解くことに専念していきます。
その奇跡に気づくことができた人たちがマスターとなっていきます。その中のひ
とりに仏陀となったシッダールタ王子がいます。
ひとりの男がやってきて、シッダールタに尋ねました。
「あなたは神ですか?」
「いいえ」とシッダールタは答えました。
「救世主ですか?」
「いいえ」
「それでは、あなたはいったい何者なんですか?」
「仏陀である」
仏陀(Buddha)とは、サンスクリット語の単語です。それは、「目覚めた者」を意
味します。その後、シッダールタは仏陀の名前で有名になりました。
なぜシッダールタは目覚めた者だといったのでしょうか。
仏陀は、他の人たちはみんな、眠っているといいたかったのです。他の人たちがま
だ知らない人生深い真实に目覚めたといいたかったのです。
仏陀はこの世を去るまで、「目覚めなさい」というメッセージを人々に伝え続け
ました。仏陀が「目覚めなさい」と人々に言うと、人々はみな、眠ってなんかいな
いのに、いったい何をいっているのだろうと不思議に思いました。人々は、しっか
り働いているし、家族の面倒も見ていて、いろんな活動をしているから眠っていな
いと思っています。
仏陀の死後約二千五百年が過ぎた今でも、人々は仏陀のいった「目覚める」とい
うことがわかりません。仏陀がわかったことが人々にはわかりません。数えきれな
い人々が生まれて、眠った意識のまま死んでいきます。
尐しでもこの世の神秘的な真理に目覚め始めた人は、全宇宙の奇跡が見え始めて
いきます。見え始めた人は、この世の真理はとてもはっきりとした単純なものに感
じます。そして、宇宙に起きている奇跡が、他の人たちに理解されないことに驚き
ます。人々がつまらないことにエネルギーを使い果たして、すばらしい真实を知ろ
うとしないことが不思議でなりません。
地球上の大部分の生き物は、住む場所や繁殖のために相手を探し、生きるために
食べ物を探して生きています。他の人たちの生活をみ見ても、家族を持つこと、住
む場所を快適にすること、生きるために食べること、地球上で暮らす日常のことだ
けを考えています。これでは小さな虫とあまり変わりがない意識で生きていること
になります。
仏陀はそれをとてもかわいそうに思いました。人間には、他の生き物と違って、
もっとすばらしい生き方ができます。仏陀はそれを人々に教えて、彼らを助けたか
ったのです。
157
アインシュタインは、「宇宙と人間の愚かさ、このたった二つのことだけが無限だ
。しかし、宇宙の無限さに関しては確かだとは言い切れない」と言っていました。
すばらしいメッセージを伝えようとしていても、人々は忙しく暮らしていて、そう
した偉人の言葉に興味を持ちません。人々の日常には小さな問題がたくさんありま
す。自分の体のラインが気になり、美しくないと落ち込んで、恋人が浮気をしたこ
とで悲しみます。そして、子供が自分のいうことを聞かないとイライラして、自分
の才能をわかってくれる人がいないと嘆きます。誰も、仏陀やアインシュタインが
なぜ宇宙の神秘について話していたのかを考える時間がありません。人生の問題を
解決できるアイデアについて考える時間がないので、人が抱える問題はこの世から
なくならないのです。
人生には、自分が望むようなことだけが起きることは絶対にありません。それに
、仏陀やアインシュタインなどの偉大な人の考えを理解しようとする気持ちになら
ないので、この世に起こる問題から誰も逃れることができないでいます。あなたの
人生はやがて終わりを迎えますが、あなたの不平や不満は終わることがありません
。
海辺に座って空を見ながら、「なぜ自分がこの宇宙にいるのか」と考えたり、仏
陀が、他の人たちは「眠っている」と言ったことやアインシュタインが人間は「愚
かだ」と言ったことを考えてみてください。できるだけすぐに、考えられる時間を
作ってください。
「神って本当にいるのかなぁ」と言う人もいます。でも、この世にあるものを意識
的に見れば、至るところで神が踊っていることがわかります。
この千年のあいだに、たくさんの人たちが悟りに達しています。しかし、地球上
にいるすべての人々を悟らせることができませんでした。それにも理由があります
。その参考になる話を紹介しましょう。
あるところに、代々生まれつき盲目の人たちだけが住んでいる町がありました。
全員が眼が見えない種族だったのです。
そして、その町に、外部から眼の見える普通の人がやってきて、その町の住人に
、あなたたちは盲目だということを話します。しかし、町の人たちは、その人のい
うことがまったく信じられません。
生まれつき盲目でも何不自由なく生きてきて、眼で見るということさえ理解でき
ないのです。
町の住人が集まって、外部から来た人の話をし始めます。全員が盲目なので、眼
が見える話なんておとぎ話か何かのようにしか思えません。
そして、町の人たちは、みんなで話すうちに、盲目の自分たちは正常で、眼が見
えるといっているヤツが異常で頭がおかしいという結論に達しました。
このように、宇宙の真理が何であるかわからなくても、真理を知らない人々がそ
の集団の大多数を占めていると、知らないことが正常に思えてきます。仏陀や悟っ
たマスターたちはほんの尐数です。真理に目覚めた人のほうが異常だと人々は思う
ものなのです。
この肉体を持っている限り、病気にもなり、時間とともに年をとり、肉体は衰え
て、死がやってきます。必死にくい止めようと努力しても、肉体の変化を止めるこ
とはできません。そして、肉体が持つ人間関係でも、誤解が生じたり、別れがあっ
158
たりします。
カルマと運命の法則を理解して、こうしたこの世に起こる出来事に、恐れを感じ
ることがなく、不満に思わない人が、カルマと運命の働く領域を超えた者となって
いくのです。
これまでに紹介してきたチャクラを整えるための宝石やマントラを活用したり、
瞑想やタントラの技法を利用して、あなたの魂を向上させ、真の幸福を手にしてほ
しいと思います。あなたが神の存在を感じたときには、自然に体が踊り出し、すべ
ての迷いは消え去っていきます。
世界中すべての人々は、楽しみを感じるために、音楽(音)、色(光)、アイデ
ア、セックスを日常生活に使っています。その日常の中で、スピリチュアルな意識
を持って、神である宇宙の「究極」の音楽、色、アイデア、オルガスムについて探
究していくと、宇宙にあるものすべてに神の存在を感じるようになり、宇宙に存在
している自分の永遠の魂を理解できるようになります。永遠の魂を理解した人だけ
が、運命の支配者となります。
幸運と幸せな人生をつくるレシピ
これまでに紹介してきたさまなざな技法を簡単にまとめてみました。これから紹
介する項目の中であなたがやってみたいと感じるもの、日常で实行できるものから
やり始めてください。ひとつのことを楽にできるようになったら、もっとできると
感じるものが増えていきます。無理にやろうとすれば、できないと感じてしまいま
す。楽しく始められるところから、人生の考え方を改善していってください。
そして、項目の中には、運命を向上させるための技法だけでなく生き方の注意点
や日常生活で心がけることなども紹介していますので、定期的にチェックしてみて
ください。
あなたの意識が向上していくと、以前と違った感覚を持って読んでいる自分に気
づくと思います。自分の持っている観念を変えることは容易なことではありません
。辛抱強く、でも楽しく人生の修行をするように続けていってください。やがて、
自分の変化と成長が感じられるようになります。
★マントラを唱える
声に出して唱えてもよいし、心の中で唱えてもよいので、いつでもどこでも、時間
があるときにできる限り唱えると、マントラの神聖な波動で、あなたの魂とそのま
わりの場を浄化し、魂がもっと向上しやすくなっていきます。
★瞑想をする
体をリラックスさせたら、眉間のアッギャ・チャクラに意識を集中していきます。
毎日、定期的に、五分でも十分でも、続けられる範囲でできる限り続けていくうち
に、人生と運命の神秘が明らかになっていきます。他にもいろいろな瞑想法がある
ので、自分の気に入るものを選んで行うとよいでしょう。
★タントラ・ヨーガの实践
159
五感を使って、見る、聴く、嗅ぐ、味わう、触るものを利用して、体に感じるもの
から、そして、パートナーとのセックスから、自分の内側に存在する神を感じてい
くようにしてください。
★ダンスをする
ひとりのときでも、パーティのときでも、音楽は、神の顕現だということを忘れず
に、自分の好きな音楽で、神を感じながら踊ってください。瞑想にもなり、タント
ラの实践もできます。
★恋愛を正しく理解する
この世の恋愛関係は、一時的なものです。いつでも自由に変化する世界で生きてい
ます。それぞれが自分の幸せを見つけるために生きています。相手もその人自身の
幸せを考えて未来を決めていきます。そして、一生に一度だけの結婚が正しく、離
婚はいけないことだと神が決めたわけではありません。恋愛は神が仕組んだ神聖な
ものです。異性を求める気持ちがあるなら、相手が去っていっても気にせずに、新
しい相手を見つける努力をしてください。
お互いが本当に幸せになるためには、パートナーも一緒に魂の向上ができなければ
なりません。どちらかひとりが真の幸福を理解できても、相手が魂の向上を目指す
気持ちがなければ、やがてすれ違いが生じてきます。パートナーと一緒に本当の幸
福を理解できるように、スピリチュアルな関係を目指してください。
悟りを目指す人たちの中には、異性関係を避けようとする人もいますが、心の中に
異性への関心があるのに、それを拒否し続けていては悟りに到達することはできま
せん。すべての人の存在が魂として感じられ、肉体の男女を超えた意識になったと
きに、初めて自然と異性という分けた意識がなくなります。恋愛関係は悟りの邪魔
にはなりません。異性への関心は、神の導きであることを忘れないでください。
★結婚に永遠の幸福を求めない
ソクラテスの妻は、恐妻で有名でした。ある生徒が「私は結婚するべきでしょうか
、それともしないほうがよいでしょうか」とソクラテスに質問しました。ソクラテ
スは「結婚に対する私のアドバイスなら、もし、きみが良い妻をもらえば、幸せに
なるだろう。もしそうでなければ、きみは哲学者になれる」と答えました。そして
さらに、「結婚しても、独身のまま一生を終わっても、どちらにしても人は後悔す
るものなんだよ」と言っていました。
人は結婚によって永遠に幸せになるのではありません。結婚してもしなくても、自
分の魂の存在が理解できない限り、人は満足することがないのです。
★菜食主義になる
160
肉や鶏、魚などを食べてきた人は、尐しずつ菜食に切り替えていってください。他
の生き物の命を奪わなくても、十分に生きていくことができます。あなたが自分の
舌を満足させるために、生き物の命を食べるなら、いつかはそのカルマの結果を受
け取るときがやってきます。
もしも、あなたが他の人たちに菜食を勧めて、多くの人々が菜食になれば、あなた
はたくさんの命を救うことになります。それに、人々を悪いカルマから救うことに
もなるので、来世であなたの運命は良いものとなって、あなたの魂はもっと向上し
やすくなります。
★ラッキーストーンを身につける
宝石に興味がある人は、オシャレのためだけではなく、浄化の儀式を受けた自分に
必要な種類の宝石を身につけてください。
★時間の使い方をチェックする
人生の大切な時間を、心配事に使わないこと。心配しても事態は何も変わりません
。偉大な人物になっていく人は、自分の目標に向かって、それを成し遂げるためだ
けに時間を使います。自分の魂の向上につながることに意識を集中して、時間を無
駄にしないでください。
★生活を心配せずに真理を目指す
神を知ることや真理を知るために時間を費やすことで、あなたは、現实生活で成功
できずに、人生を無駄にしてしまうんではないかと心配しているかもしれません。
しかし、人は神や宇宙の真实に意識を集中させたとき、その人のマインドの力は神
聖なレベルに成長して、この世の生活に必要なものは自然に手に入るようになりま
す。魂の向上を目指す生き方をしていくと、やがてあなたは、未来に心配を感じる
ことがなくなります。
★あなた自身を知る努力をする
この宇宙で重要なものは、あなた自身です。あなたの持ちものもお金も、あなたの
家族や恋人も、地球上では重要なものに見えますが、あなたが楽しむものであって
、あなた自身ではありません。そうしたものを失ったときに、自分自身がなくなっ
たかのように嘆きますが、あなたの魂とは別なものです。そうしたものは、いつか
は地球に残していかなければなりません。自分自身の永遠の魂を知ろうと心に決め
てください。
★失うことを恐れない
財産、恋人や家族といったこの世のものは、死のときには、必ず全部を失います。
人生の途中で失っても、もっと価値のあるカルマと運命の知識があれば、この世で
迷うことはありません。
161
★この世の成功に惑わされない
お金を稼ぐ方法や事業に成功するための方法を教える人たちもいますが、こうした
ものを得るための知識は、あなたを増々苦しめていきます。さらに多くのものを手
にするために、前よりももっと欲望が増えて、もっと忙しくなっていくからです。
★お金よりも価値のあることを考える
あなたは、神や宇宙のことを考えるよりも、お金を稼ぐことを考えるほうが自然に
感じるかもしれませんが、経済的なことを第一に考えるのは、人間の自然なマイン
ドの作用ではありません。社会の中で教育されたために、お金のことを最優先に考
えるべきだと洗脳されているだけなのです。学校や社会で学んできたことは、肉体
を維持するための知識でしかありません。
経済的なことが気になって、スピリチュアルなことを第一に考えられないという
人は、マインドを整え直すために、二年から五年くらいかけて、自身を本当に幸せ
にするための知識でいっぱいにする必要があります。地球上に存在している自分の
肉体ではなく、宇宙に存在している自分の魂を感じるようにしてください。いくら
お金を稼いでも、あなたの魂は向上しません。
★お金の使い方
お金を良い目的のために使うなら、お金自体は悪いものではありません。もし、神
の恩恵でたくさんのお金が自然にあなたのもとへ入ってきたら、良い活動をしてい
るところへ、余分なお金をいくらか寄付をしてください。他の人々の魂も向上でき
るような援助をすることで、あなたの運命はもっと好転していきます。
あなたが見返りを求めずに他の人々に援助の手を差し伸べれば、神はあなたを援助
して、悟りに向かいやすくしてくれます。お金も肉体もいつかは自分から消えてし
まう儚いものです。私たちは、お金の使い方次第で、良くも悪くもなります。
★善い行いをする人は、美しく、才能に溢れる人物になる
仏陀のところに、ひとりの女性が訪ねてきて、世の中には、他の人と比べて容姿の
美しい人や特別な才能を持っている人がなぜいるのかと質問をしました。そして、
仏陀は言いました。
「他人に親切にするやさしい心を持つ人は、来世で美しい容姿を持つように生まれ
、他人の成功に嫉妬せずに、心から祝福する人は、来世で特別な才能を持って生ま
れる。そして、他の人たちのためにたくさん寄付をする人は、来世で大金が入って
くるようになる」
生まれつき徳をしていると感じる人がいて、他の多くの人から見れば一見不公平
にも思われますが、ちゃんとした理由が隠されているのです。スピリチュアルなこ
とを探究して、宇宙の真理を他の人たちに伝えることが、最善で最も価値のある行
いだと仏陀はいっていました。今世で悟ることができなかったとしても、人々に本
当の幸せを伝えたいという想いで生きる人は、来世で、他の人たちよりも楽に悟り
162
に達することができるでしょう。
★古代聖典に残されている本物の真理を学ぶ
人生の本当の目的を知ってください。永遠の幸福がどんな種類のものなのかを理解
して、はっきりと自分の目標を定めて人生を歩んでください。
★正しい考え方を選ぶこと
肯定的な生き方をするために、どんな思考を持つべきなのか、注意して選んでくだ
さい。自分が正しいと判断した生き方が、本当の幸福に導くものでなかったら、そ
の努力も無駄になり、最終的に迷ったままで今生が終わってしまいます。本当の幸
せは、社会の中で競争することでは得られません。
勝ち負けがある限り、負ければ落ち込み、勝ち続けても、負ける恐怖でさらに緊張
は増していきます。この世の競争社会で勝ったからといって、魂のレベルが向上す
るわけではありません。すべての個々の魂は、宇宙のマインドである神の一部だと
気づくことが、魂を向上させます。
★現代の情報社会をうまく活用する
仏陀が真理を探究し始めてから悟るまで、六年という年月がかかりました。真理を
求めてジャングルに入り、グルを求めてさまよい、効果的なアドバイスを得るまで
にとても時間がかかりました。
しかし、現代では、多くの文献も残されていて、インターネットやメディアの普
及もあり、知りたいと思えば、簡単に情報が手に入る時代に生きています。仏陀の
時代と比べると、もっと早く悟ることも可能な時代なのです。
ですが、こうした知識を得られる幸運も、大きな戦争や自然災害が起きれば、い
つでも消えてしまいます。今のうちにこの情報網を活用してください。いつかやろ
うと考えるなら、あなたは時を逃すかもしれません。
★魂の向上を真剣に考える人たちとつきあう
真剣に真理を探究している人たちとだけ、スピリチュアリティについて話してくだ
さい。宝石商だけが、实際の宝石の価値を見極めることができるように、本当の真
理を学ぶ者だけが、本物のスピリチュアルを見極められるのです。
東京やニューヨークなどの大都会に住む人たちは、若い頃からビジネスの成功に
ついてまわりの人たちから話を聞いて育つので、自然にお金のことを中心に考え始
めます。一方、インドやチベットなどの聖者が多く住む場所で育つ人たちは、幼い
頃からスピリチュアルな話を聞いて育つので、いつも悟りについて考えて生きてい
きます。
あなたがどんなマインドの習慣を持つかは、まわりの人々の影響を受けていきま
す。心の平和は、悟りを目指さなければ得られません。本物のスピリチュアルな人
たちの側で良い影響を受けてください。
163
★神を知るために重要なことは、宗教にこだわらないこと
ひとつの宗教にこだわるなら、あなたは神を知ることができません。ある人物を
信仰する人々の集まりが小規模のときに、その集団はカルトと呼ばれます。そして
、何十年も何百年も経つとやがて規模が大きくなり、信者も増えて社会的な地位も
獲得するようになったときには、宗教と呼ばれます。
悟りを開いたマスターのところへ人々が教えを受けに集まり始め、マスターの死
後、マスターの名前だけが残り、宗教団体の活動は続いていきます。残された人た
ちが生前のマスターの教えを後世に伝えていくうちに、代々受け継がれる教えが元
の教えとは尐し異なって変化してしまうことがあります。
五百年、千年と経つうちに、文化も社会的な習慣も変化して、昔の言葉は理解し
にくいものとなってしまい、マスターの死後、实際のマスターから直接教えを聴く
こともできません。
そして、正しく受け継がれていくはずの教えも、宗教団体のリーダーとなる人々
の支配欲によって、教えの一部も変更されて、異なった方向へ使われ始めていくこ
とがあります。信者を増やすことに執着して、考え方の違う別の宗教と対立してい
きます。亡くなってしまったマスターは、それを注意することもできません。
さまざまな新興宗教が誕生して、自分こそが高次元の神聖さを持つ者で、偉大な
マスターの生まれ変わりだと言い出す人や、神に選ばれた特別な人物だという人も
います。なかには、数年後に地球に危機が訪れると予言して、その新しいリーダー
を信じる者だけが救われるといい、人々の心に恐怖を与えてマインドをコントロー
ルしていきます。
ある人たちは、自分たちの宗教と他の宗教の信じる神に順位をつけて、自分の信
じる神がどのくらい高位の次元にいるのかと比較したりします。そして、人々も高
い次元に行きたいと願うようになり、この世での社会的な競争が終わると、魂はあ
の世でも競争していくことになります。
このように、ひとつの宗教だけが正しくて、死後に高い次元の天国へ行けると信
じている人たちが大勢いますが、私たちは、こだわりなく、すべての考え方を見比
べる必要があります。ひとつの考えに洗脳されていては、真实を理解することがで
きません。
偉大なマスターの名前で、大規模になった宗教団体の指導者が、悟っているとは
限りません。強い信仰心だけで、自分の宗教だけが正しく、他のものは間違えてい
ると主張して対立しているなら、この地球に平和はやってきません。自分の宗教の
正しさを認めさせようとして、他の宗教との対立や嫌悪感が最大になると戦争に発
展していきます。
そうした強い信仰心を持つ人々は、魂が救われるという夢を見て生きていくので
、政府のいうことよりも宗教リーダーのいうことに従っていきます。国の力よりも
信仰の力のほうが強力になります。昔から、賢い政治家たちは、そうした信仰の力
を使って国民を支配してきました。
あなた自身とあなたの家族や友人、地球上に生きるすべての人々を守るためにも
、信仰に惑わされずに、正しいスピリチュアリティを知ってください。
实際に悟った人たちで、特別な救世主や、カルトや宗教グループを信じていた人
はいません。神だけを信じて悟りに達しました。一般の人々にとって、救世主やカ
ルト、宗教グループなどは、奇妙で理解しがたいものがあり、本当の幸福につなが
るスピリチュアリティは、なかなか手にすることができない状況になっています。
164
あなたは、この本を読んで、本当の幸福へつながる道を確かめることができたな
ら、正しく实践して、迷っている他の人々を正しく導いてあげてください。
★お墓に執着しない
日本では、先祖のお墓を大切に守る習慣がありますが、死後に魂はお墓に住むわけ
ではありません。立派な墓がないと成仏できないと教えられて、お墓に執着してし
まう魂もいます。スピリチュアルなことを学ぶ機会のなかった魂は、家族のことが
忘れられなかったり、生前にやり残したことに執着して、なかなか来世へ転生する
ことができずにいます。そうした魂が地上をうろついていて、生きている人に幽霊
となって見えることがあります。
ヒンドゥー教の人たちはお墓を持ちません。それに、地球上に起きる自然災害な
どで、昔の人たちの多くの墓が消えてしまうこともありますが、お墓がなくても、
魂に何も悪い影響はありません。
そして子孫が、亡くなった先祖の魂を向上させることはできません。自分の魂の向
上は、自分自身でしかできないのです。肉体を持ったこの世での行いと態度でしか
、魂は向上することができません。死んでしまった後は、生まれ変わらない限り、
魂はそのときの意識のレベルで留まってしまいます。生きているあいだに再び人生
を学んで成長するために、魂は次の肉体を持つように生まれ変わらなければなりま
せん。
自分の魂の向上を考えるなら、お墓の心配をするのではなく、今生きているうち
に、本当の幸福を理解できるように努力するべきです。お墓のために使う大金を、
生きているあいだに、自分の魂の向上につながることに使うべきでしょう。そして
、他の人たちにこのスピリチュアルな知識を伝えて、他の魂を助けることも、自分
の魂の成長につながります。
★自分の信念をチェックする
神や輪廻転生を信じているという人や、お金のパワーは信じられるけれど、神を信
じていない人もいます。人の考え方にはいろいろなものがありますが、悟りを得た
り、事業で成功したり、实際に信じているというものを獲得していく人の数は極わ
ずかです。
はっきりとした自分の信念を持っている人だけが、自分の目標に達することができ
ます。多くの人たちは、自分の本当の信念があいまいになっているので、達成する
ことができません。自分の心の中で何を深く信じているのかをチェックしてくださ
い。
★心の底から神を求める
小さな子供が母親を求めて泣き叫ぶように、あなたが神を求めて泣き叫ぶとき、神
のほうからあなたに近づいてきます。
かくれんぼ遊びは、子供の成長を助ける効果があります。母親が毛布にくるまっ
て、小さな子供から見えないように隠れます。尐し賢い子供なら、静かに考えなが
165
らお母さんを探していきます。すると、お母さんは、できるだけ見つからないよう
にもっと上手に隠れようとします。しかし、あちこち捜探すことをせずに、ただ大
声で泣き叫ぶ子供だったら、母親はずっと隠れているわけにはいきません。しばら
くしたら、お母さんから子供のところへ近づいていきます。
神も母親と同じように、すぐには見つからないようにこの宇宙の中で上手に隠れ
ています。計算の得意な科学者が宇宙をいくら探しても、神は増々上手に隠れてし
まいます。しかし、心から神を求めて子供のように泣き叫ぶ聖者のような人には、
神はいつまでも隠れていることができません。神は聖者のような魂だけでなく、ど
んな魂も愛しているのです。
自分の賢さを証明しようと神を探すなら、神を見つけることはできないでしょう
。でも、エゴのない純粋な心で神を恋しがるなら、神は隠れていることができませ
ん。この世のいろいろなことを知っていて、頭がいいといわれる人よりも、単純で
純粋な人のほうが神を見つけやすいのです。
あなたが恋人を求めるように神を求めるなら、あなたが神を知る日は近いでしょ
う。神への愛を育ててください。今世で神を見つけることができなければ、また来
世でかくれんぼ遊びをすることになります。
★この本との出合いも、運命によって導かれたもの
アイデアも運命に支配されていることは、すでにいろいろと説明してきました。こ
の本には、古代から伝えられてきた本当の幸福をつかむ秘訣が詰まっています。悟
りを得たマスターたちのアイデアが載っています。
たくさんの過去世で自分の魂を磨く修行をしてきた魂は、この本を手にする運命に
あります。宇宙は、あなたのスピリチュアルなカルマを運命に変えて、この本と出
合うように仕組んでいるからです。過去世で自分の成長を考えたことのない魂は、
この本を目にしてもまったく興味を示さないかもしれません。
この本に書かれている内容がとてもよくわかる人は、スピリチュアルな修行をす
でにしていて魂の成長がとても進んでいる人だといえます。そうした人たちの中に
は、近い将来、今世で悟りに到達できる人もいるでしょう。そして、真の幸福が何
かを理解できる意識レベルに達した人なら、他の人々も完全に幸福になれるように
、悟りを目指すことを伝えていきたくなるはずです。
スピリチュアルな生き方をしていても、今世で悟りに到達できなかった人の魂は
、悟りを得ることができるように、また生まれ変わっていきます。悟りまで到達で
きない人は、今世でスピリチュアリな旅を始めたばかりの魂だったり、人生の目的
をもっとはっきり深く知るための転生だったりします。そして、次に生まれ変わっ
たときには、魂の意識レベルはとても高くなっているので、悟りやすい状況が与え
られて、仏陀(目覚めた人)となることができます。
★神と運命の仕組みを思い出す
光と音とアイデアは神であること、そして、光と音とアイデアは運命にもなること
を思い出してください。
★繰り返し読んで实践する
166
何度でもこの本を読んでください。魂の意識レベルが向上していくと、読むたびに
、新しいことに気づくはずです。同じ言葉でも、魂の意識レベルが違えば、理解の
しかたも違います。一度読んだだけでは理解できないところもあるでしょう。人の
意識が何かの観念でしばられていると、正しい意味が読み取れないこともあります
。
この本に書いてある古代からの智慧を読んで、实践しようと心に決めてください。
实生活で活用するうちに、あなたの意識レベルは上がっていきます。そして、再び
読むと、それまで気づかなかった自分自身のことがもっと深く理解できるようにな
っていきます。
生きることに疲れて、人生の目標がなくなってしまった人たちへ
人生に何の望みも希望も無なくなり、自殺まで考えてしまうようなとき、この世
のものすべてにあきらめの気持ちを持っています。实は、この精神状態は、シッダ
ールタ王子が、老いた人や病気の人、そして死というものを見たときの精神状態と
同じなのです。王子はそのときに深く考えさせられて、苦痛ばかりの人生は、いっ
たい何のためにあるんだと思い始めました。美しい妻も、かわいい息子も、病気に
なって苦しむことがあるかもしれないし、尐しずつ年老いて、やがては必ず死んで
いくというなら、生まれることにいったい何の意味があるのだろうかと王子は考え
込みました。
現代でも、人の置かれた環境はそれぞれ違いますが、多くの人たちが同じように
、この世に嫌気がさして、どう生きていったらいいのか途方に暮れています。しか
も、その大部分の人たちが死を選んで自殺に走ってしまいます。死を考えたときに
、適切なアドバイスが得られたら、悟りに向かうことは簡単になります。
实は、一般の人たちよりも、自殺を考える人のほうが、悟りに近い意識を持って
いるのです。もったいないことに、悟りに向かうせっかくのチャンスを無駄にして
しまっています。本当に残念でなりません。
生きていく中で、良いことばかりは起きません。人生に嫌気がさすこともありま
す。自殺をすれば、肉体がなくなるのと同時に、精神的な問題もなくなると考える
かもしれませんが、肉体は死んでも精神的な悩みや想いは魂とともについて回りま
167
す。
このようにいうのは、古代の聖者たちだけではありません。現代の医師たちも認
めています。病院で亡くなった患者の人たちの中で、臨死体験をして生き返った人
の記録が残されています。人が死んだ後も、生きていたときの感情はそのまま残り
、怒りや悲しみ、愛情を感じながら、肉体を持たずに生きている自分がいます。や
りたいことがあっても、肉体がないので、思っていることを实行に移すことができ
ません。そのため、自殺した場合には、何か悩みを持っているものなので、その魂
の精神状態はもっと複雑になってしまいます。
自殺した人の魂は、満足のいく状態がつくれないので、幽霊となって、いつまで
も地球上を浮遊することになってしまい、なかなか次に転生できないことが多いの
です。新しい肉体を持って、魂の意識レベルを向上できずにいます。
自殺を考える人に思い出してほしいことがあります。偉大な人物となった人たち
は、同じように、この世の出来事に疑問を持ち、肉体の死を体験する前に、「精神
的な死」を体験しています。そして、世の中の見え方が変化して偉大な活動をし始
めることが多いのです。
「マハトマ」とは偉大な魂を意味する言葉です。マハトマ・ガンジーの名前で有名
になったそのガンジーにも、心の痛む体験がありました。カンジーがアフリカに行
ったときのことです。一等席のチケットを買い、列車に乗ろうとしました。しかし
、車掌は、肌の色が黒いというだけで、ガンジーのことを身分の低い者だと思い、
列車から追い払ったのです。ガンジーは一等のチケットを持っていても、列車に乗
せてもらえなかったことがありました。
しかし、そのときに、自分の社会的な地位や世の中のことを冷静に見る機会がで
きました。そして、エゴが消えて、ガンジーの内側で偉大な人格が目を覚ましたの
です。
植物の種が乾いて、一度死んだような状態になることもありますが、そんな種か
ら再び芽が出て成長していくこともあります。そのように、人のマインドが「死」
のような状態になったり、「悲観的」な状態になったときこそ、もっと良い生き方
に気づくことができます。「美しい植物」となる偉大な人格は、マインドの状態が
止まるような経験をしたときに生まれるものなのす。
欲望を満足させることで、人は一時的な幸福を感じます。常に何かを獲得しようと
しているときには、もっと高い宇宙レベルで人生を考えるようなマインドにはなれ
ません。悲観的な想いも、使い方によっては、偉大な力になります。人生に嫌気が
さして、この世の物事にうんざりしたときには、自分の中で何かを得ようという欲
望が静まっています。その状態でなければ、人は高い意識レベルで生きるというこ
とを理解できないものなのです。あなたも、人生で悲観的になった経験があるなら
、それを誇りに思うべきなのです。
シッダールタ王子が、人生を悲観して旅に出て、永遠の平和と幸福を見つけた後
でも、王国に戻ることがなかったことから、平和と幸福は、家族や財産など、富を
持つことにあるのではないとわかります。
この宇宙にある本当の幸福とは、普通の人が考えるものとは違う何か別の秘密が
あります。シッダールタが悟りを開いて仏陀となった三十五歳からこの世を去る八
十歳まで、お金がなくても平和で幸福な気持ちで生きることができたのです。
この世がイヤになったなら、死を決意する前に、シッダールタのように、この宇
168
宙に隠された本当の幸福を知る旅に出てみるべきです。どうせ死ぬのなら、一度、
死ぬ気でスピリチュアルな世界を探究してみることもできます。
トランプのゲームで、最後のカードを使い切らずに残したままで、勝敗の決着を
つけようとしてはいけません。つまり、最後に手元に残っているチャンスは、死を
選ぶことではありません。自分の魂を知るための探究が残されています。この世の
物質的な成功をあきらめることができた人なのですから、悟りに向かうには最適な
状態です。
仏陀やガンジーが感じた悲観的な心の状態は、あなたが感じるものと同じなので
す。そして、あなたも、仏陀やガンジーのように楽観的な人物になって、本当の幸
福を発見して、彼らと同じように、人々に希望の光を与えることもできるようにな
ります。
精神的な死を体験しない限り、本当の人生の目的は理解できないものだとも言え
ます。本当のスピリチュアルな旅は、「死」を学ぶところから出発します。「死」
というものを考え始めた人は、悟りに向かう準備ができた人です。
今すぐに、スピリチュアルな探究を始めてください。
169
おわりに
日本のみなさんへ
日本は「日出づる国」と呼ばれています。ジョーティッシュ(インド占星術)の見
方で日本という国を考えると、太陽の影響を大きく受けていることになります。
日の出に近い時間帯に生まれた人は、他の時間帯で生まれる人よりも肉体的なエネ
ルギーをたくさん持っています。そのように、太陽は、日本の物質的な面が向上す
るように援助する働きがあります。太陽の影響から、他の国と比べて活動的になれ
る国なので、日本人はとても勤勉に働きます。
しかし、別な点では、太陽は一番目のムーラダーラ・チャクラとつながりがあり
ます。その影響から、日本人は、食べたり飲んだりすること、美容と健康を気にし
て効果的に改善できるものを求めていったり、体を美しく見せるようなファッショ
ンに興味を持つ傾向が強くなります。日本人の意識は肉体に関わることに興味を持
って活動する傾向にあります。
この宇宙は、太陽と月の二つの相反するエネルギーによってバランスが保たれて
います。たとえばひとつのコインには、表と裏の二つの面が必ず存在しています。
表だけのコインは存在しません。太陽のエネルギーは、コインの片側の面になり、
その裏面が月のエネルギーになります。
人間の体も同じようにこの二つのエネルギーでバランスをとっていくようにつく
られています。地球上で、太陽の日ざしをたくさん受けている場所もあれば、何カ
月も太陽の日ざしが受けられない場所もあります。人々は自分の住んでいる場所の
気候に合わせて、太陽と月のエネルギーのバランスを取るように生活していく必要
があります。日本でも、北と南にある地域では多尐違いが出てきますが、日本の国
全体が、社会的に太陽の影響を大きく受けていると考えたときに、月のエネルギー
も取り入れてバランスをとる必要があるのです。
日本でも、立派な侍は、瞑想をする習慣を持っていました。侍たちは、脳に働く
太陽と月のエネルギーのバランスを取って冷静に物事を考えるようにしていました
。しかし、近代になって、産業が発達し始めると、人々は物質的なものを中心に考
えるようになり、月(スピリチュアル)のエネルギーをほとんど取り入れなくなっ
てしまいました。
現代では、日本は経済大国となり、技術革新に力を入れて、物質的に豊かな国に
なりました。経済発展のために、インドからITの技術者も受け入れはじめましたが
、現代では不可欠になっているIT技術は、何千年もの昔、インドの聖者たちが、宇
宙を知るために発達させた数学の能力が基になっています。
聖者たちが発達させた計算能力は現代のIT技術に生かされ始めました。しかし、
聖者にとって、数学の能力は、宇宙の謎と人間が生きていくべき人生の目的を知る
ために必要不可欠なものでした。高度で複雑な計算方法は、宇宙の神秘を知るため
に、必然的に生まれたものなのです。
近代になって、人々は、経済発展のためだけに、こうした計算能力を使ってきま
170
したが、宇宙の謎を解明して、地球に生まれてきた意味を知るために使わなければ
、本当の幸福を手にすることはできません。日本人だけでなく、どんな国の人でも
、短い人生の期間だけを考えて、飲んだり食べたり、着飾ったり、自分の財産を増
やすことだけを考えて生きる人は、いつかは落ち込むことを経験して、悲しむ日が
必ずやってきます。
日本がインドから何かを輸入するならば、古代のスピリチュアルなアイデアを取
り入れるべきです。物質社会となって、物を得るだけでは人は永遠の幸福を感じま
せん。不足してしまっている精神面の知識を増やしてバランスをとる必要がありま
す。物質面と精神面のバランスが取れてくると、ストレスを感じて生きる意欲を失
っている人々が、生きる意味を見出せるようになって、日本はもっと住みやすい環
境になるはずです。
地球上の歴史を見ても、世界の富を求めて、自分の国を領土を広げようとしてき
た国が、一番幸福な国となったわけではありません。かつての大英帝国は、多くの
国を植民地化して、インドも約二百年間イギリスに統治されていました。しかし、
その後、次第に領土は減り、繁栄していた時代とは比べものにならないほど国の面
積は小さくなり、社会的な問題も増えています。世界征服を目指した他の国も同じ
ような状況になっています。物質的な富をいくら増やしても、永遠に幸福を感じら
れる暮らしにはなりません。
自分の国を豊かにしたいならば、一番価値のある「スピリチュアルな知識」を手
に入れることなのです。スピリチュアルな知識だけが、国民を幸福にすることがで
きます。そして、いつの時代でもその価値が衰えることはなく、代々受け継がれて
いくなら永遠に幸福な社会が続くのです。
日本は、IT産業の知識だけではなく、スピリチュアルな知識も含めた「完全な知
識」を輸入するべきです。国民が幸せに生きていくための社会は、どうあるべきな
のかを考えていく必要があります。日本の将来を明るいものにするために、科学的
な技術と経済力を使って、「人の人生はどうあるべきなのか」という重要な答えを
人々に示す努力をするべきです。
その答えを見つけるためには、生まれ変わる魂というものや宇宙に隠されている
仕組みを理解しなければなりません。日本の国が、人間の人生を深く考え、宇宙の
中で私たちがこの地球に生まれてきた理由を理解することができれば、一番大切な
生き方を国民にも世界の国々にも指導することができます。
日本人は、仕事をするときに、仲間と力を合わせて間違いのないすばらしい働きを
します。他の国にはない国民性を持っています。もしも、日本人の多くの人たちが
、スピリチュアルな良い情報を伝えるようになって、日本の社会に浸透するように
なれば、日本人特有の気質が生かされて、本当の幸福を達成する国民が増えていく
はずです。そうなったときには、経済大国である日本がスピリチュアル大国になっ
て、世界の中でも、最も幸福な国になっていくことも考えられます。私は、日本の
みなさんが本当の平和と幸福を实現して、他の国々の見本になっていくことを期待
しています。
171
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