不 登 校 ・ ひ き こ も り の 理 解 と 対 応 宇部フロンティア大学/大学院 西村秀明 Ⅰ.はじめに 統計に見る、青年たちをとりまく日本社会の情況 ・不登校児童生徒数(平成 23 年度.年度間に連続又は断続して 30 日以上欠席.病気や経済的理由等を除く) 小学校 22,622 人(0.33%) 中学校 94,836 人(2.64%) 高等学校長期欠席者数 86,438 人(2.58%) 高等学校中途退学者数 53,937 人(1.61%) 高等学校原級留置者数 14,865 人(0.44%) ・ひきこもり者数の推計 (平成 22 年 2 月) [文科省] 15.3 万人 ふだんは家にいるが、近所のコンビニなどには出かける 広義の 自室からは出るが、家からは出ない 3.5 万人 ひきこもり状 自室からほとんど出ない 4.7 万人 態にある者 ふだんは家にいるが、自分の趣味に関する用事のときだけ外出する 46.0 万人 ひきこもり傾向のある者 155 万人 ・全国ひきこもり KHJ 親の会の推計(中高生不登校+ひきこもり) 69.6 万人 [内閣府] 1,636,000 人 ・朝日新聞によるひきこもり者数の推計(平成 23 年) 360 万人 ・ニート NEET(Not in Education, Employment or Training) 63 万人(平成 24 年.15 ~ 34 歳.同年代の 2.3%) ・フリーター(パート、アルバイト及びその希望者) 180 万人(平成 24 年.内、25 ~ 34 歳は 103 万人) [内閣府] ・非正規雇用者数(フリーターを含む) 324 万人(平成 21 年) [厚労省] ・雇用者に占める非正規雇用者の割合(25 ~ 34 歳) 26.1% ・ワーキングプア(年収 200 万円以下) (平成 23 年) 1,070 万人(23.4%) [時事通信] [国税庁] 生活保護水準以下で暮らす家庭は日本全世帯の 1/10、400 万世帯以上。 1,582,066 世帯(2,153,816 人) 生活保護世帯、人数 ・生活保護費(小、中学生をもつ 4 人家族.あくまで概算) [厚労省] 197,210 円(青森、山口)~ 218,180 円(東京) Ⅱ.不登校理解の推移 1.イギリス・アメリカにおける不登校の歴史 ・不登校が社会で問題となった国は、イギリスとアメリカ、そして日本だけ。 ・イギリスとアメリカ―― 1930 年代「怠け」。 ・1932 年、Broadwin,I.T.(イギリス)「学校での学習ペースがあわないとか、悪友がいるといった怠学について、一般的に認 められた理由で説明するのは困難な事例がある」 ①数ヶ月から 1 年に及び一貫した連続した欠席をする。 ②休んでいるときは、母親のそばにいるか母親の目の届く範囲にいる。 ③発症は突然で、それ以前の学習活動とか行動に変わったところがない。 ④理由は教師とか親に理解できないことが多い。 ⑤その原因は無意識の研究を通じて明らかになる。 ・やがて、精神分析学の影響で「神経症」問題として扱われ、「母子関係における過保護」がテーマとなっていく。 ・1939 年、Partridge,J.M.(イギリス)怠学児童を 4 タイプに分ける。 ①ヒステリー的怠学。 ②願望的怠学。 ③反抗的怠学。 ④精神神経症的怠学。 ――いずれも母子関係を問題にし、母親の過保護によって生じる、とした。 ・1941 年、Johnson,A.M.「学校恐怖症(School Phobia)の研究」~母子分離不安説の登場。 通常の怠学の非行的形態から区別し、「精神神経症的障害としての怠学がある」とし、それは「情緒障害」であり、「学 校恐怖症」と考えた。そして、その発症要因は―― -1- ①子どもの側の急性不安――身体的病や情緒的な葛藤。 ②母親側の不安の増大。 ③母親と子どもの間の初期の依存関係の極めて貧困な解釈――解決されていない依存関係がある(母子分離不安説) この 3 要因が相互に関連して「学校恐怖症」が出現するとした。「この症候群は基本的には、学校-子ども関係における 障害のサインではなく、学校がはじまる前の長い間に形成された“性格障害的なもの”にその原因がある」と提唱した。 ・この理論は、その後の不登校研究に決定的な影響を与えてしまう。 ・1945 年、Klein,E.(アメリカ)~処遇論において、恐怖の学校状況への固着を避けるため「できるだけ早く学校に戻す」こ とが治療に役立つ。親が一緒でなければ学校に行かれない子どもに対しては、親が一緒でもよいから、ともかく学校に行か せること、とした。 ・1948 年、Warren(イギリス) ①子どもと母親の関係において依存・甘やかしの関係があり、父親も含めた家族の力動の問題。そして、母親の不安、夫 婦の不和、両親の首尾一貫性に欠ける教育方針が発症の要因。 ②そして、子供はうつ症状をもつ。 ・1954 年、Suttenfield,V.(アメリカ)「父親の不在や家庭内での父親の役割放棄などが登校拒否発症の家族要因となる」 処遇①不安の軽減 ②自我の強化 ③母子関係の改善 ④恐怖症のメカニズムが学校に焦点をあてたままでいることを許容しない――できるだけ早く学校に戻す。 ・1955 年、Campbell,J.D.(アメリカ)、1959 年、Agras,S.(アメリカ)、1960 年、Hersov,L.A.(アメリカ)Davidson,S.(イギリ ス) Warren のうつ症状説を受け継ぎ、登校拒否の原因論としてうつ病説を唱え、うつ病の治療薬である imipramine を使用す るようになる。 ・1956 年、Coolidge,J.C.(アメリカ)「登校に抵抗すれば入院させて、そこから学校に戻すのがよい」 登校拒否を①神経症群と②性格障害群とに 2 分し、分離不安、幼児期の深い障害が原因であるとした。親への葛藤とそれ に伴う恐怖を学校に置き換え、学校恐怖になっていると理論構成した。 ・1956 年、Estes,H.R.(アメリカ) 「学校恐怖症」というのは実は誤った命名で、「分離不安症候群」が正しいと主張し、学校恐怖は単純な学校に対する恐 怖ではなく、また単純に学校を避けているわけでもなく、本質は母親と離れることに結びついた不安であると論じた。 いずれにしても、母子関係だけでなく父性の問題、家庭的問題、うつ病説など登場。イギリス やアメリカでは、不登校を「神経症」であるとか「性格障害」であるとか、“疾病単位”として の論争が盛んであった。その基礎は、Johnson,A.M. の「母子分離不安説」から脱するものではな かった。 ・1964 年、Leventhal,T.(アメリカ) 20 数年培われてきた「母子分離不安説」を批判する。これが学会で引き受けられて以降、不登校議論は影をひそめてい く。Leventhal の批判は、次の 2 点である。 ①もし学校恐怖の基本に分離不安があるとすれば、年齢が低ければ低いほど学校恐怖の出現頻度は高くなるはずである が、そのことは実証されていない(実際は、反対に年齢が高くなるに従って出現頻度が高くなる)。 ②もし分離不安説が正しいのであれば、子どもは学校に行くときだけでなく生活全般にわたって母親から離れることが 困難なはずであるが、実態は違って多くの子どもは学校に行くとき以外は分離に困難を示さない。 * 結局、子どもの処遇の場が教育、行政サイドから病院に移ったということに過ぎず、不登校の発症要因として社会的なもの(教育体制等) を無視することになっていった(横田)。 ・1965 年、ベトナム戦争勃発。長期化するに及んで、平和運動が市民レベルで展開、世論が学校教育に影響を与えていく― ― alternative school の設置と公認、school socialworker の複数配置と権限。また、アメリカでは不登校問題より銃・ドラッ グの問題や近親相姦の問題などがより深刻化していったという背景があり、社会が、また学会においても不登校を問題とし てとりあげなくなっていった。 -2- 2.日本での経緯 ・1960 年代に入って、日本では社会問題化してくる。高度経済成長と関連がある。戦後、1950 年代、不登校は 済的理由 ①家庭の経 ②本人もあまり学校へ行きたがらない、というものが半々で、このような「長欠生徒」が一般的であった、と 理解されていた。 ・1960 年、鷲見たえ子「学校恐怖症の研究」で Johnson,A.M. の理論を提出。 ①第Ⅰ群(小学校低学年)……母親への依存、分離不安。 ②第Ⅱ群(小学校高学年)……母親に対して依存的、拒否的、性格的問題。 ③第Ⅲ群(中学及び高校)……自我理想像に合致しない自身からの逃避。 以上のように説明。 * 以降、日本では「神経症性登校拒否」だとか「分裂病性登校拒否」だとか、“分類類型化”論議ばかりが華やかになる。 ・1963 年、山本由子 ①中核群……持続的に登校拒否。神経症状に乏しい。 ②辺縁群……出現様式、対人態度が一様でない。種々の神経症症状、分裂病を疑わせる症状がある。 ・1967 年、斉藤久美子 ①神経症的拒否群……母親との固着関係。 ②社会的未熟群………社会性の未発達。 ③汎学校不適応群……分離困難精神障害。 ④反応的一過性群……比較的高学年に起こる。契機が明確で予後良好。 ⑤怠学傾向群…………学校以外の世界の接触可能。 ・1968 年、平井信義 ①軽度………小学校低学年。登校するまでの期間が短い。 ②中等度……思春期に多い。朝起きず、自宅に閉じこもる。 ③重度………日中は全く寝ていて閉じこもり、暴力が激しい。 ・1978 年(S.53)、平井信義、不登校を親の養育態度で説明。 ①急性型……思春期に突然発症。 ②慢性型……幼稚園、学童期から発症する。 ――両方とも、ある程度は発達しているが未熟、あるいは全くの未熟として分類し、その原因は母親の養育態度であると 考えた。急性型は支配、干渉的とし、慢性型は溺愛、過保護と説明する。 そして、親の側の問題……過保護・溺愛・過干渉 子の側の問題……反抗期のないよい子に多い、とも言った。 そのころ、「母原病」なる本が登場、全国の母親は「諸悪の根元は母にある」みたいな風潮のなかで、何かにつけ被害を こうむることになった。 ――問題はすり替えられていったのである。文部省(文部科学省)にとってはとても都合が良かった。(既に 1960 年、経済審議会は教 育に「能力主義」を導入するよう要請。これを受けて中教審は「高度経済成長」を支える人材開発政策のもと、教育の高度化を約束す る。財界が第一の目標として教育に求めたものは、3 ~ 4 %のエリートを早期発見し、その者に対して充分な教育を保障するというこ とだった。) ・1978 年、福間悦夫 ①性格障害群……性格上の問題が大きく、徐々に発症。 ②神経症群………急性の心的外傷あるいは慢性の内的葛藤に起因し、発症は急で神経症状をもつ。 ③類精神病………精神病を思わせる所見をもつ。原因、誘因が不明。 ・1981 年、岡田隆介、Erikson の発達課題に基づいて分類。 ①第Ⅰ群……自発性の達成の障害。母親中心の家庭へ撤退する。 ②第Ⅱ群……同性、同年齢集団参加技術の障害。自己の内的世界へ撤退する。 ③第Ⅲ群……同一性の獲得の障害。趣味的世界への撤退。 ④第Ⅳ群……症状の世界へ撤退。性格偏奇、精神病などを含む。 -3- ・1983(S58)年、文部省(現、文部科学省)「学校不適応対策調査研究協力者会議」~指導資料を作成 ①登校拒否になる下地ともいえる登校拒否を起こし易い性格傾向ができている。自我の発達が未熟で自主性に乏しく、 すぐに逃避的になりやすい傾向がある。 ②このような生徒を生み出した原因は家庭関係にある場合がきわめて多い。 ――全学校に配布。学校社会に決定的な影響を与え続けてしまった、いわれなきレッテル! ――そういうなか、不登校は 1980 年代から激増を続けることになる。 ・1984(S.59)、奥地桂子、全国「登校拒否を考える会」を発足させ、全国のネットワークが形成されていく。 ・1985(S.60)、奥地桂子、「東京シューレ」を開設。「登校拒否を考える会」とともに、これまで不問に付され絶対化されて きた(“学校信仰”奥地語録)教育文化に投じた一石の波紋は大きく拡がっていく。 ――当事者が体験を語りはじめる。学校社会の実態が見えてくる。 ・1986 年、渡辺位「……当の子ども自身が内蔵する問題以上に、社会一般の登校拒否に対する見方は今なお偏見に満ちてお り、登校拒否を異常とし、問題視している。そしてそれは彼らのその後の生き方に重大かつ深刻な影響を与えているという ことを見逃してはならない」と警告を発する。 ・1987 年、高橋隆一 ①反応性不登校群………病前の適応は良好。心因と不登校との関連が明確。短期でよくなる。 ②神経症性不登校群……神経症的心理機制の役割が大きく、誘因と不登校との関連が不明確。人格にも問題がある。 ③性格障害性不登校群…性格に著しい偏りがあり、社会的にも不適応を起こしやすい。治療困難。 ④分裂病性不登校群……不登校経過中に精神分裂病性障害と診断できる群。 なお、「怠学」は治療の対象ではないとした。 ・1989 年、稲村博『不登校を放置しておくと、成人になって“無気力症”になる」と発表。各新聞社が記事として大きくと りあげる。 ・1989 年、石川憲彦、渡辺位ら“稲村博発言――学会論文”の批判を精神神経学会に提出。学会としての見解を求める。 ・日本児童青年精神医学会も、相当に踏み込んだ調査と事情聴取を行った。その結果、発表論文における証拠はあまりにもず さんであることが明らかにされる。 【稲村論文】 『不登校を放っておくと、おとなになって“無気力症”になる』と論じた。 【石川、渡辺らが精神神経学会に提出した要望書において問題視した点】 1) 登校拒否症、無気力症といった、病気として医学会が公認をしていない病名を使用することによって、「学校に行か ない」という個人の社会に対する意思表示を、個人病理化する危険 性。 2) 発表される数字をはじめとして、使用されているデータには多くの初歩的な誤りが含まれているにもかかわらず、 学会等で発表したという形式をとることで、あたかも客観的に公認されたかのごとき印象を与えるごまかしの危険 性。 3) マスコミの報道によって、善意ある教師や居住地域の人々が、登校拒否を早く直さないと無気力症で一生を台無し にしてしまうという不安をおぼえ、過剰な治療を推進させていく危険性。 4) 社会的な差別や偏見が増加していく危険性。 * この 4 点を中心に、学会としての意見を求めた。 【日本児童青年精神医学会の批判】 不充分なインフォームドコンセントによる強制入院や、入院後に週間にわたる通信・面会の禁止をはじめ、個室での 施錠(監禁)等、その対応に問題が多かったばかりでなく、「登校拒否症」や「無気力症」といった言葉の定義や概念 についても、『換言するなら、登校拒否とそれに関連した事象を社会病理も含め、多様な要因をもつにもかかわらず、 すべて個人――家族病理へと還元していくという危険性を意味する』と指摘し、『登校拒否児(者)の人権という視点 からみた場合、正当な学術的根拠を欠きながらも、なお医学概念を装うことによって、当事者に対し著しい不利益を もたらすものである』と批判した。そして、『稲村会員の方法は厳密さを欠くものであり、また当事者の内面に配慮し たものと言えず、徹底して外部からの強制にどこまで適応できたかという結果を基準にしたものである』と結論づけた。 -4- ・1989 年、鑪幹八郎 ①学校教育の普及……………義務教育 100%、高校進学率 95%、大学進学率 35%以上。 ②社会的機会均等の理念……社会的、経済的な階層化が少ない。誰でも教育の機会は与えられている。 ③入試競争の激化……………高い知的能力に価値をおく。高等教育を受けた者が社会的に有利な構造。 ④学校教育の序列化…………社会的に有利な学校を求めて、予備校や各種専門学校まで組み込まれている。 ⑤学童、生徒の心的世界の二重性……能力や性格にふさわしいかどうかではなく、目的の学校に入学できるか、できないか が評価の基準。自分にふさわしい学校に入っても心的には挫折、目的の学校に入っても心的には挫折ということがある。 ⑥価値の多様化………………不登校を病理現象として捉えない。ライフスタイルのひとつ。 ・こういった推移のなかで、今まで問題にされてこなかった学校教育現場のあり方が、初めて問われるようになってくる。 ・稲村博の失脚とともに、不登校を病理現象として捉えないとする研究者の勢力が増してくるなか、1992(H.4)年、文部省(現、 文部科学省)「学校不適応対策調査研究協力者会議」は従来の考え方を大きく転換、「不登校は、その子の属性的問題に原 因があるのではなく、誰にでも起こりうる」ものと訂正した(訂正せざるを得なかった)。 ・――子どもの属性に関係なく、誰にでも起こりうるというのであるなら、それは学校に原因があるということを認めたわ けである。しかし、学校のシステムにはメスを入れず、不登校の対策として、以降、各相談窓口の拡充と適応指導教室の 激増、そしてスクールカウンセラー制度の導入という形で、何も変わらなかったどころか、子どもたちにとっては益々窮 屈なシステムで縛られていった。 *こういったシステムの延長線上に「ひきこもり」があると考えている。 ・2007 年 4 月、奥地桂子、日本初、文部科学省認可のフリースクール『東京シューレ葛飾中学校』開校する。今後とも、日 本の教育文化に重要な役割を果たしていくものである。 Ⅲ.不登校から学ぶ 1.不登校とは何か ・生き方のひとつの選択。学校システムからの離脱。進路変更。そういう意味では、脱サラ、離婚と同じ。生き方の問題。病 理現象ではない。また社会生活において、不利益を被ることがあってはならない。 ・人間は主体的に判断して生きている。 ・生きることで大切なのは、生きる目標である(ただ、生きているというだけでもいいが)。学校は手段。選択肢のひとつ。 ・不登校の原因――「本人にもわからないことがある」ことなどあるわけがない。信頼できないおとなには語らないというこ と(語っても、どうせ非難されるか反論されるだけで、みじめになるということをよくわかっている)。または、まだ言語 化できないということはある…… ・不登校は学校との関係性のなかに原因がある。多くはいじめであったり、教師の暴力(威圧)であったりする。ターゲット になる場合もあれば、そういう文化に嫌悪する場合もある。『学校が僕にあわない』ということ――例えば(学校という空 間が)息苦しい、息が詰まる。教師から暴力にあった。そういう子を見ているのが辛い。いじめられている。そういう子を 見ているのも辛い。僕は三角形なら学校は四角形、合わない。自分が自分でなくなる。居場所がない、等々。……学校に背 を向けていく。――それぞれの子どもたちにあった生き方があっていい。どういう成長の仕方があってもいい。生き方の進 路(路線)変更である。それは誰からも疎外されるものではない。ただ、そういう子どもたちに対して違ったかたちの支援 のシステムが社会に用意されていない。 ・不登校は親子関係に問題があるものではない(因果関係はない)。ただ、不登校を契機に、親子関係がとことん悪くなって いくということはザラにある。 ・学校絶対化のなかで、行かないという行動化に対して周囲から徹底的に責められる。 ・社会の用意したシステムからはずれていくことに、多くの親は不安を禁じ得ない。だからこそ、そこから親子の葛藤がはじ まる。そして、根性がないだの、脆弱だの、ダメ人間だのとレッテルを用意しては、多くの子どもたちはさらに傷つけられ ていく。 ・不登校の心性――「私自身の(学校に)行きたくないという思いは、すごく周りの人に迷惑をかけている存在で、でもまわ りを悲しませるわけにもいかず、ふ~と泡が消えるように消えてしまいたいと思って……私、もとからその場所にいなかっ た人間として、みんなの記憶から消えてしまえたらどんなに楽だろうって……」……その彼女が、はじめて「行きたくない」 という思いを親から真に受けとめてもらえたとき、「行かなくてもいいと思っていた自分っていうのは、いてもいいんだ。 生きていてもいいんだ。この世に存在していてもいいんだ!」という感覚があふれてきたという。――多くの場合、死と隣 りあわせで懸命に生きている。 -5- ・不登校の子の述懐――一本の線路を走っている人生という列車がある。その列車には多くの人々がひしめき合っていて、振 り落とそうとしている。振り落とされたらもう人生がないと思って、一生懸命しがみついていた。でも、とうとう振り落と された……振り落とされてはじめて気がついた。ポイントがあった! ・不登校の子と父親の会話――父親「社会は厳しい、人生は辛いものなのだから、しっかりがんばれよ!」……息子「人生が 辛いとわかっていたのなら、なぜ俺を産んだんだ?俺を苦しめるためなのか?」――『社会は楽しい、人生っておもしろい よ!』って教えられなかったら、それは我々おとなの責任なのではないか。厳しい社会とは一体何なのか?子どもたちは、 我々おとなのあり方をしっかり見据えている。 2.人間の成長にとって何が問題か ・経験的に、学校に行かないということ自体は、その子の将来に問題を残すものではない。 ・不登校という行動をとったことに対し、その子がどのように扱われたかがその子の自己イメージをつくり、これからの生き 方、価値観等に決定的な影響を与えていく。 ・多くの場合、臨床現場で問題になるのは学校に行っていたかどうかではなく(行っていても)どう扱われてきたかが問題な のである。生き方を見失う子どもたちは、共通して否定的な自己像を形成している。 ――生きていく主体であるその自分を否定して、人生を組み立てられるわけがない。 ・自己否定から自己肯定への援助を。――「この自分でいい」「自分って、結構ステキじゃないかと思っている!」「自分の頭 がものを考えているのがわかる」「もう一度生きてみようと思った」等々……大切な契機である。 『星のうさぎ』のおとしもの *『星のうさぎ』とは、山口県精神保健福祉センターで実施していた不登校グループ活動で、現在は 同様のグループを宇部フロンティア大学大学院附属臨床心理相談センターで開催している。 1.人生はとりかえしがつかない――とりかえしがつかなくても、やりなおしはいくらでもきく。 2.人生に遅れをとらぬよう――人生に遅れなどない。平均寿命 80 余年をどのように生きてもよい。 3.集団生活を体験しないと社会性が身につかない――どういう集団生活を経験したかということが問題。また、社会性とは 何か? 4.集団生活を体験しないと社会に出られない――出ている。勝手な想像をしてはいけない。 5.嫌なことがあってもわがままを言わず、適応力を身につけないと社会へ出てやっていけない――人間は適応したり不適応 を起こすから生きている。 6.嫌なことでも我慢しないと、楽な方へ楽な方へ流れる――楽に生きたい。また、人間は我慢できることとできないことが ある(人間は苦労するために生きるのか?楽な生き方を求めている。我慢に価値をおく企業社会)。 7.嫌なことから逃げてばかりいると、我慢できない人間になる――だから何?逃げるが勝ち。人間は逃げて生き延びてき た。我慢の反対・わがまま(こちらの期待に添わない行動をとるとき一般的にそう呼ぶ)は主体性。 8.いじめにも立ち向かう逞しさを身につけないと社会ではやっていけない――立ち向かうなどできないのがいじめ。また、 一瞬でもなぜいじめられなければならないのか。逞しさを身につけないとやっていけない社会とは何か。 9.言いなりになって甘やかすから家庭内暴力になる――子どもをギリギリのところまで追いつめるから家庭内暴力に到る。 また多くの場合、その子どもはそれまで親の暴力によって押さえ込まれていたという歴史をもつ。 10.父親は威厳をもって、きちっと叱って……、親父の出番――求めていなければ出ない方がよい。 11.両親、意見を一致させた教育方針を――両親意見を一致させて子どもを責めていることがある。不一致させても守るべ き。 12.何事も途中で投げ出さず、最後までやり遂げることが大切――嫌なことを無理してやり続けると、人間は疲弊する。関心 のあることは、やめろと言っても最後までやる。 13.友人は多い方がいい――少なくて何が悪い、否、いなくても生きていける。 14.何事も積極的に――積極性も消極性も事態に対するあり方(態度のとり方)のひとつ。物事よっては積極的になることも あれば、消極的になることもある。評価の対象ではない。 15.将来の(幸せの)ために今を辛抱すること――今をどう幸せに生きるかをなぜ教えないのか?教育は今よりも「将来のた め」を重視する。その将来とは何か。人間は常に今を、この瞬間を生きている。 -6- Ⅳ.ひきこもり理解の視点 えっ! 俺ってひきこもりか? 自分は「在宅生活者」だと思っていた。「自宅警備員」といった者もいる。 ・ 「新潟少女監禁事件」や「佐賀西鉄バスジャック事件」などで逮捕された犯人が、ひきこもり状態の青年であったということから 「青年期におけるひきこもり」が社会問題化した。 ・ 「ひきこもり」現象は昔からあった。 「ひきこもり」は人間のとる行動様式のひとつ、行動現象(ひとつの状況への適応行動)である。 ・精神疾患において、例えば妄想等の病状内容により「ひきこもる」という状態を見ることがあるが、それは精神疾患に罹患した者が 「ひきこもる」ということではなく、そこに生起する思考内容に基づく行動形態である。 ・人間は病気であるないにかかわらず、心理的事情・背景により「こもる」という行動様式をとる。 1.ひきこもり研究 ・1961 年、アメリカの Walters,P.A.は学生の間に起こっている student apathy について報告。 ・1978 年、笠原嘉は日本における student apathy を「退却神経症」として概念化する。青年期の無気力――ひきこもり状態を、 不安神経症、強迫神経症、抑うつ神経症、ヒステリーと同様、神経症圏の病像として捉えた。 ・1978 年、小此木啓吾は Erikson,E.H.のモラトリアム概念により、ひきこもる青年の心理的背景を論じる。 ・1980 年代、DSM-Ⅳで social phobia(社会恐怖・社会不安障害)、avoidant personality disorder(回避性人格障害)が登場し、 ひきこもりが概念化される。 ・1996 年、田中千穂子は、誰でもひきこもりになる可能性はあるとした。ひきこもりは一次的な避難の場・時間としてあり、 ひきこもりの状態を選択することは誰にでも可能性はあり得るし、間違っていることとは言えないと論述した。 ・1997 年、斎藤環はひきこもり状態をシステムとして捉え、個人、家族、社会のすべての領域で何らかの悪循環が生じてひ きこもりが生起すると解釈し、長期化することによってこれが安定したシステムとして作動すると説明した。 ・1999 年、近藤直司は「自己愛の病理」としてひきこもりを捉えた。つまり、現実世界との摩擦から自己愛的、万能的な内 的世界を保護するために対人関係からひきこもると説明した。 ・2001 年、花岡陽子、近藤卓はひきこもりについて、欧米においては幼少期の孤立の表現として用いられる場合が多いと報 告している。(あるいは、幼少期のひきこもりはうつ病を予測するものであるとして考えられたり、攻撃性を伴うひきこも りは精神分裂病(統合失調症)の発症を予測させるものではないかと論じられたりしているが、いずれにしても欧米での視 点は疾病との関連で論じられているようである。) 日本における「社会的ひきこもり」の一般的な定義からすると、ひきこもりに対する認識の違い、あるいは発生の仕方その ものの違いは、文化差や社会状況の差などあらゆる要素が含まれている結果であると考えられると解説した。 2.ひきこもりの定義 ・黒川昭登 (1996) ・近藤直司 (1997) :閉じこもりとは、18 歳以上で、身体に病気などの理由がなく、親の家に同居し、日中、通学や通勤、あるい は友だち付合いなど社会生活ができない状態で、経済的には親に依存して生活している人。 :①社会・経済的活動を回避した生活が 1 年以上に及んでいる。②精神分裂病(統合失調症)を背景としていな い。 ・富田富士也:ひきこもりとは人間関係を取り結ぶことに悩み、学校、社会、知人、そして親からさえも逃避し、人間関係を (2000) ・塩倉 裕 (2000) 拒絶すること。 :対人関係と社会的活動からの撤退が本人の意図を超えて長期間続いている状態。家族とのみ対人関係を保持し ている場合を含む。 3.生活様態について ・自室にこもる、家内にこもる、家族と顔をあわせない者も多い。夜中にコンビニ、本屋など限定的に外出するということも ある。家族と一緒に食事をとるという者もあるが、多くは食事は家族が自室まで運ぶ。家族が寝て以降に入浴、食事など行 動をとる場合もある。全く入浴しない者もいる。3 年間敷きっぱなしの布団で寝起きし、畳が腐って床が落ちたという事例 もある。完全閉居の者は小便を空き瓶にする。部屋(家)では早朝から新聞を待って、くまなく読むという者もある。多く は、テレビゲーム、インターネット他自分の興味に応じて生活しており、無為にしているという者に出会うことは希。中に は音楽を友にしている者もある。 -7- 4.臨床像――症状化について ・斎藤環は、非精神病性のひきこもりにおいても精神病性のひきこもりのような症状、例えば被害妄想、強迫症状、対人恐怖 症状など存在するが、これは二次的な症状として表れたものであると解釈している。 ・福田真也は、ほとんどの事例で、頭痛、めまい、耳鳴りなどの不定愁訴、アトピー性皮膚炎、気管支喘息などの合併、不安、 焦燥感、緊張感が見られ、抑うつ感、自己不全感、自己卑下、劣等感、自信のなさも目立つと報告。一方、うつ病のような 周期性、日内変動は乏しいこと、及び希死念慮をもつひきこもりの多いことに注意を促している(2000 年)。 ・斎藤環の調査:家族に話し相手が限られているか、全く会話がない………………… 60 % (1997 年) 不眠による睡眠薬の使用…… 68 % 昼夜逆転…………… 81 % 家庭内暴力…………………… 50 %以上 慢性的な激しい気分変動…… 31 % 軽度抑うつ状態…… 59 % 絶望感、希死念慮、罪悪感の経験(軽度のものを含め)…………… 53 % 5.ひきこもりの性格特徴 ・稲村博(1983 年) :ストレス耐性の欠如。 ・田中千穂子 (1996 年):小心で過敏、几帳面で潔癖、欲求水準が高く融通がきかない。 ・近藤直司(1997 年) :自己愛的な性格傾向、スキソイド・タイプ、「一つダメなら全部ダメ」「-か+か」といった強迫傾 向。 ・福田真也(1999 年) :自己愛的、罪悪感・自責感が強く、劣等感・不安焦燥感をもつ。自己への要求水準が高い。 *いずれもひきこもりの実態からかけ離れた理解である感は否めない。そういった性格傾向の者は世の中にザラにいる。僕(筆者)なんか ‘ストレス耐性’などまるでない。 6.ひきこもりのきっかけ ・田中千穂子(1996 年)は、思春期の子どもがひきこもりを始めるときというのは、不登校というあらわれを呈することが ほとんどである、と報告した。 ・斎藤環(1999 年)は、最初に問題が起こるきっかけが不登校であったとするものが 68.7 %(1983.1.~ 1998.12.の調査)あ った、と報告。また別に、斎藤はひきこもりについて、以前に不登校を経験したことがあるという者は 90 %にのぼるとも 言っている(1998 年)。 ・富田富士也(2000 年)は、不登校、高校中退、いじめ、就職拒否をひきこもりのきっかけとして報告している。 ひきこもりはそれまでの経緯の中で、学校社会との関係性において、何らかの問題が生起しているというエピソード に出会うことが多い。 7.対応 ・斎藤環(1997 年)は、はじめは両親のみが定期的に治療に訪れて、対応や環境の改善を図り、これと並行して本人の通院 も促していき、本人の治療につなげるという方法を紹介、ひきこもり事例では治療者との信頼関係が重要であるとした。 ・吉川悟(2000 年)は、家族からの援助要請によって相談が開始される場合が多く、まずは家族の心労に対するサポートが 不可欠であると論じた。 対応について、定説になっているものはない。そもそも社会現象としてある「ひきこもり」の解決とは何か。外に出 てくれば解決か。であれば、引っ張り出せばそれでよい(乱暴な言い方ですみません)。そういう事態ではないのである。 彼らのこころは解決していない。 -8- Ⅴ.ひきこもるということの心性 1.「こもる」ということ ・ 「ひきこもり」という現象は何も珍しい現象ではなく、人類が昔からとってきた行動様式のひとつであるに過ぎない。 ・元祖「ひきこもり」は天照大神(あまてらすおおみかみ)である。天照大神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)のおさまらぬ 乱暴な振るまいに業を煮やし、天の岩屋に引き籠もってしまった。(困った神々は手をかえ品をかえ天照大神の機嫌を伺う が、天野岩屋戸は開かれない。結局、天鈿女命(あまのうずめのみこと)が踊りを舞って大神が外へ出てくるという話)。 これは神話の世界であるが、人間がそういう行動をとるということについては太古の昔から承知していたことなのではない か。この「ひきこもり」の心性は、“腹を立てて周囲をシャットアウトする”というものだった。 ・戦国時代、敵に囲まれた武将たちは城に籠もって何とか防ぎ守ろうとした。「籠城」「たてこもり」という。終戦後、しかし 終戦を知らない横井庄一さんはグアム島のジャングルに 27 年間立て籠もった。同じく、小野田寛郎さんはルバング島で 30 年間の立て籠もりをしている。これらは、“危険から身を守るために安全な場所を確保して過ごす”ということだった。 ・日本国も、1853 年ペリー艦隊が浦賀に来るまで 2 世紀にわたって「ひきこもり(鎖国)」をやった。 ・鳥が巣に籠もることを「巣ごもる」という。その例えで、椿説弓張月の一節に「父忠重がさきに罪を得てしより、この 3 ~ 4 年は巣籠もり居て」というところがある。これは、“とても世間に顔向けできない”という心性で、“謹慎する”ということ を意味する「巣ごもり」である。 ・修行僧が山中に隠遁して修行を重ねる「山ごもり」というものがある。“自らに向きあって悟りを開く”という事態。忌中 の間、「こもって」経を読む「籠僧」というものもある。僧侶と「こもり」はとても密接な意味でつながっている世界なの ではなかろうか ・ 「冬ごもり」。両生類や爬虫類などの動物が冬の間巣に籠もって動かない現象をいう。摂食行動さえ起こさない。これは一部 の哺乳類にも見られるという。“過酷な環境を避けて、状況の変化を待つ”といったことを身につけているわけである。同 じように「繭ごもり」「さなぎ」という現象もある。幼虫が成虫に変化成長していく過程で欠かせない「こもり」の状態。 成虫に必要な組織へと変わっていかなければおとなにはなれない。言い換えれば、“成長の一過程で、他との接触を避けて 新しい自分自身を形成する”という事態といえる。 ・このように、昔から生き物は生活環境の変化や様々な心模様の中で「こもる」という行動様式をとってきた。人間生活の歴 史を見ても「こもる」という現象はあるものとして認識されているものであった。「こもる」とは、突きつけられている現 実状況に対してどのように生き延びようとするのか、その適応行動のひとつであると捉えることができる。人間はいつも外 に出て動き回るものだと考えていることの方が、そもそもおかしい。人間はあらゆる事情の中で、生き抜くために「こもる」 という形態をとってきたのである。 2.現代青年に見るひきこもり――こころの傷 ・経験的に、多くの「ひきこもる」青年は対社会的関係性(特に学校社会との関係性)の中で傷つけられた体験を持ち、かつ 周囲の無理解にさらされてそれが癒されない状況下にあると考えられる。 ・長期にわたって繰り返される被害、あるいは一度でも衝撃的は被害、傷つき体験は深刻である。 ・人間は傷つき心が疲弊してしまっているとき、その生活空間でどう適応していくか――「こもる」ことによって身を守り、 心を回復させるための行動様式をとる。不安を抱え、身動きできないでいるとき、せめて安全な空間に身を置いて自分を守 るために人は「こもる」のである。 ・クマは傷つくと巣穴に籠もって動き回らず、癒えるのを待つという。じっとしていることによって癒えていくことを知って いる。身に起こった事情に対する適応行動に他ならない。癒えればまた動き出す。 ・人間の心も同じで、傷つけば癒すことが必要である。じっと籠もり、穏やかにして癒す――そして、自分に向かいあい、自 分を発見し……「こもる」という事態の中では、そういったものすごいエネルギーがうごめいている心性があるように思わ れる。 ・我々は、「こもる」行動に目を奪われてばかりで、「こもる」こころに目を向けていない……。 ・3 年間ひきこもり、後に自己実現に向けてメディア関係の何かのアシスタントをやっているという青年の述懐。 ――彼は、「ひきこもってよくなかったと思うことは、友人がいなくなったこと。ただ、これはこれからの出会いででき ていくでしょう。また、ひきこもってよかったことは、この社会の価値観に惑わされない自分というものができまし た……」と言った。 私たちおとなは、自らの不安から「こもる」青年の不安をさらに煽ることをしてきてはいないか。私たちはもっと 現代社会の片隅で自らの生きる意味を失いかけている青年の心性に目を向けなければならない。 -9- Ⅵ.被害者学から見たひきこもり 1.被害者学【参考資料Ⅰ】について ・犯罪学が犯罪についての学問であるのに対し、被害者学(victimology)は被害についての学問であり、犯罪学は犯罪者と被 害者関係として捉えるが、被害者学は被害者と加害者関係としてこれを捉える。法的に犯罪として成立しなくても、被害を 受けた者があれば加害者が存在するのである。そして、被害の全容を明らかにすることによって(被害の構造、被害者の心 身変調など)、被害者支援への取り組みを構築する。 ・人間は対処能力を超えた精神的な打撃(心的外傷 trauma)を放置しておくと、後に「トラウマ反応」と呼ばれる精神的変 調を来すことがある。これは心の正常な反応であるが、被害が大きかったり、その後の対応が充分でなかったり、二次被害 が加わったりすると、こころの傷の「後遺症」として PTSD をはじめ様々な症状化が生起する。 被害者学ではトラウマ反応について、発症前性格と発症との間には関連性がないと捉えている。 2.ひきこもりと不登校の関係、及び心的外傷について ・ひきこもりのきっかけとして(既述)不登校であったり、過去に不登校を経験したことがあるというエピソードをもつ青年 が非常に多い。 ・学校という閉鎖された空間で生起する、教師の暴力や生徒間のいじめ【参考資料Ⅱ】などはトラウマとなるに充分であると 考えられる。 ・この状況から身を守るためには不登校という行動をとる。 ・多くの者が学校に行っているなか、学校に行かないという行動をとるだけでも大変な決断であるが、しかしそれに伴い「自 分は周囲と違ってしまった」「これからどうなってしまうのか」「生きる資格がない」などと大変な恐怖と不安に苛まれてい くことになる。 ・文部省(現、文部科学省)の設置した『学校不適応対策調査研究協力者会議』は 1992 年、不登校を「その子の属性的問題 に原因があるのではなく、どの子にも起こりうる」と答申した。 ・しかし、その対策としてはスクールカウンセラー制度の導入と適応指導教室の設置だった。その方向は、学校社会で何を経 験したのか、どのような理不尽な目に遭ったのかというようなことは不問に付され、あくまで登校を視野に入れた取り組み であるに過ぎない。 ・それどころか、不登校の子どもたちはいくら理不尽な目に遭ったことを告白しても、性格の脆弱性や生きる力の不足などと 言われて切り捨てられ(二次受傷)、さらに傷つけられていっているというのが現状であるなか、彼らは信頼する者に出会 わない限り決して真意を語らなくなってしまった。 ・こういった事態は、不登校――ひきこもり問題をさらに深刻にしている要因である。 ひきこもりについて、例えば不登校が問題なのではない。不登校によってどのように扱われたかが問題なのである。 3.被害者学とひきこもり ・ひきこもりる青年は、何らかの形で学校社会をはじめ生活環境の中で被害に遭っている。 ・被害に遭っているにもかかわらず、それが癒されるどころか、周囲の無理解からさらに二次被害に遭っている。 ・こういったトラウマ反応(あるいは後遺症)として、状態像としては生理的エネルギーを低下させるとともにひきこもると いう生活様態をとるようになると理解できる。 ・合併して精神的な症状化【参考資料Ⅲ】を来すことも多い。その症状は、トラウマ反応としての状態像と共通している。 ――症状化に伴い、服薬治療【参考資料Ⅳ】を受ける者もある。ただ、薬物は根本的な問題を消失させるものではない。 ちょうど熱冷ましのようなもので、熱を下げることにおいて楽になることはあるが、発熱の原因となるものに効果を あげているものではないのと同じである。精神的にイライラしたり、不安が高かったり、うつ状態がひどくなってい るとき、服薬によって多少ともその状態を軽減することは可能となることもあるので、薬はうまく利用することであ る。 ・ただ、症状というもの、全存在をかけた意味がある。いまを懸命に生きている存在理由として……。 ・症状というもの、(経験的には)“治そうと思っても治らない”、しかし“治そうと思わなくても治る”のである。 - 10 - ・大切なことは、失わされた本来の自己をとり戻すこと――否定的自己評価からの回復。 ――傷が癒え、再び自己の感性(自分の思いや考え方、物事の捉え方など)が自分のものとなって主体性を回復し、生き る望みとこれからの生き方が組み立てられていくとき、症状は全く意味を失う。 ・また、ひきこもりと併存して、昼夜逆転、家庭内暴力等、いわゆる問題行動の生起を認めることも多いが、これはこころの 傷(トラウマ)を理解しようとしない周囲との軋轢によって現象化する。こういった行動についても、それぞれ意味をもっ ている。ひきこもるにはひきこもるだけの心理的意味があるのである。 Ⅶ.ひきこもりの理解を通して――心理的支援について 1.疲弊したこころ――自己否定 ・彼らの多くは死と隣りあわせの中で必死に生きている。ある青年は、「シャボン玉がふっとはじけるように、すっと消えて しまいたい」とか、「朝、また目が醒めてしまうことの恐怖」を語った。 ・ 「生きる資格がない」「物の見方、考え方……すべてにわたって自分は周りの人間と違ってしまっている」と錯覚しているこ とも多い。それまで経験してきた人間関係の中で、自分という個性、存在が確信ではなく希薄になってしまっているのであ る。 ・しかし、それでも青年たちは自分の人生を無駄にしようなどとは決して思っていない。だから苦しみ、あがくのである。 ・従って、我々は青年たちの一見理解しがたい言動に振り回される。しかし、だからといって振り回されないようにすること ではない。大いに振り回されることこそ大切である。この舞台の主役は彼らであり、そのシナリオの先に自分自身を見つめ ていくことになる。 2.自己肯定へ ・――学校に依存しないという生き方があって良い。同様に、社会のシステム、社会の価値観にとらわれない「もうひとつの 生き方」があっていい。社会に迎合することだけが人生ではない。 ・後に、元気を回復した彼らは不登校の本質を「生き方の選択」「進路の変更」であると述懐した。 ・人生、とりかえしのつかぬ事でもやりなおしはいくらでもきく。 ・人生はいつからでもスタートできる。人生、平均 80 余年をどのように生きてもいい。 ・再度確認しておくが、子どもたちが教えてくれた元気になる(回復への)契機は、「この自分でいいと思えてから」であっ た。「この自分も結構素敵じゃないか」「もう一度、生きてみようと思った」と言った者もあった。好きな自分、嫌な自分、 トータルとしての自分を自分らしさとして自分のものにすること――肯定的自己像の形成であり、支援に関してとても重要 な契機であると考えている(Erikson,E.H.のいう「自己同一性」概念にも通ずる)。 ・吉本隆明は「自分の中に生じた違和感は大切にすること」であると説いた。それが個性であり、自分であるということの証 である。現代社会が求める価値観の呪縛から解き放たれ、大切にしていかなければならない事態である。 ・自分らしさを大切にした生き方を通して見れば、社会のシステムへの不適応は、まさに新しい文化の形成へと向かう息吹の 根源に他ならない。実は、社会のシステムの方が疲弊しているとも捉えられるのである。 3.ひきこもりの支援 支援の根幹――彼はあるがままの彼を尊重してくれる誰かがあることを実感し、彼がどのような方向を選んでも、それを尊重してく れるもののあることを経験する。 ・何度も言ってきたことだが、ひきこもる青年たちはこころを傷つけられる体験から、さらに二次被害に遭っていることが多 く、強固な否定的自己像を形成している。 ・まず、何をおいても傷は癒すことから。そのためには安全が保障される場、もうこれ以上傷つくことのない空間が保障され ること。快適に過ごせることが一番(それでも彼らには不安がつきまとっている)。とにかく癒していくことを中心に。私 たちのあり方がためされ、価値観が問われる。 ・次に、強固に形成された否定的な自己像の払拭が必要である。傷ついた本人の性格など属性的問題ではないという認識のも とに、事態の捉え直しと本人の心性を深く理解していく作業が重要となる。 - 11 - ・大切なこと――例えば、不安、辛さ、苦しさ、情けなさ、等々、こころを傷つけらる体験をすれば人間誰でもそのような感 情に支配されてしまうことは当然であることとして深くわかること。 ・人間はすべて自己回復力をもっている。基本的な姿勢は、その過程にしなやかにつきあうこと。 ・そして、癒えは気持ちの変化となって現れるが、その変化は意識できず自然であることを経験する。 ――ある、ひどい家庭内暴力で荒れていた青年、後におだやかな自分に戻り家庭内暴力はおさまった。どういうきっかけ があったのか尋ねると、彼は考えて、「……気が変わった」と言った。 ――ある、対人関係障害(恐怖)を起こした青年、バスに乗ると激しい動悸に襲われ、冷や汗が流れ、パニックになって 次のバス停に到着する前に降ろしてもらうことになる。後に、癒えて平気でバスに乗っている。どうして平気になっ たのか尋ねると、「……わかりません。ただ、どうもなくなっただけです」と言った。 ――ストレスで万引きが常習化してしまった青年。後に、そういった行為が消失する。何があったのか尋ねてみると、 「… …万引きしたいという気持ち(衝動)がなくなりました」と言った。 ――人間、“気というものは変わる”ものなのである。また、“癒える”とは、そういうことなのであろう。 ・彼らは特に頑張らなければならないのではない。安全、安心が確保され、否定的な自己像が払拭されていけば癒える。その ためにも、今ある彼、今ある彼の生き方(ひきこもり)が大切にされなければならない。支援にはそういったアプローチが 重要な視座となる。 ・心の回復について、彼らは頑張ったのではない。ひきこもり――癒しの空間で、苦しんだ→悩んだ→熟した→決めた……と いったプロセスのように見える。 ・“人間は一生をかけて変化する”生き物である。人間は常に今どこにいて、どこへ向かおうとしているのか、その自分とは 何かを問い続けながら今の生き様を形づくっている。 ・こころの平穏を獲得してから、またさらにこれからの自分というものに向きあっていくことになる。この“これから”を描 いていくプロセスを共有していくことがまた大切である。そして、その“これから”は我々おとなの期待に必ずしも添うも のではなく、その人その人が定め固めていくものでもある。そこに息づく命――生き方は多様である。 ・参考まで――教育は、「将来のために今を辛抱すること」と教えた。その幻想に惑わされないこと。「今を楽しむ」「今を生 きる」ということを誰も教えない……この延長線上に将来が描けるというものであるのに! ・こころ豊かな思い出は人生を支える。 【支援の図式化】 本来の自分を取りもどす契機――安全、安心が確保され、それ 性格の脆弱性や、 が充分保障される空間で心を癒す。癒えていくなかで否定的な 長期にわたって繰り返される受傷、 生きる力の不足など、 自己像は払拭され自分をとり戻す。 「自分て結構素敵じゃないか」 あるいは一度でも衝撃的な受傷体験は 実証根拠のない暴言で 心を壊す。深刻である。 切り捨てられていく。 社会的自己からの撤退と自己領域の確保(芹沢俊介) Erikson の自己同一性と役割同一性(Kraus) この自分でいい 一次受傷 二次受傷 ↓ ↓ 私には生きる 資格がない↓ ↓ 自分らしさの回復 身を守る ↓ 傷つけられる体験 → 否定的自己像の形成 ⇒ 癒やす 行動化…不登校 非行など 行動化…ひきこもり 症状化…神経症状など それぞれの生き様 ⇒ 肯定的自己像 → これからの 自己と向きあう ↑ ↑ 主体としての自己 生き方の模索 生き方の組み立て ↑ “夢”の具現化など 傷つけられたエピソード…… 「…すごく周りの人に迷惑をかけている存在で、でも周りを悲し 「社会の価値観に惑わ ――昨日のようによみがえる。 ませるわけにもいかず、ふ~と泡が消えるように消えてしまいた されない自分としての もう済んだことでは済まされない。 いと思って…私、もとからその場所にいなかった人間として、み 価値観が生まれました」 んなの記憶から消えてしまえたらどんなに楽だろうって……」 【精神的回復の指標~経験的に】 (きざし)何もしないでいることに退屈を意識できるようになる。 ① 自分が生きている主体であることが実感できる。 ② 自分のものの見方・捉え方に自信が伴っている。 ③ 人からの当を得ない批判・中傷を無視できる。 ④ 確信をもって選択的行動ができる。 ⑤ これから先の人生を想像することがそれほど苦痛ではない。 - 12 - 支 援 に お け る 基 本 的 な 視 座 こころに傷を受けた人に一番必要なものは、安定した関係の維持である。非常に傷つきやすくなっている人たちと安定した関係を築 くのは、それだけでも大変なことである(小西聖子)。 ひ き こ も り か ら の メ ッ セ ー ジ ひきこもりは何を訴えているのか。 ひきこもりはこの社会に何を問うているのか。 ――私たちは、ひきこもりから私たちの社会そのもののあり様が問いかけられている。 ――私たちは、ひきこもりから何を学ぶか。 4.事例 ( 1)某大学院生の離人症――大切な“夢” ( 2)新たな門出に際して混乱状態に陥った青年――甘えさせることの大切さ……「お母さん、手をつないで!」 ( 3)相談も振り回されるだけに終わった青年――「思春期を一緒にいてくれてありがとう」 ( 4)教育制度(6・3・3・4 制)に則らず、自己実現に向けた人生を歩む青年はたくさんいる ( 5)いじめ・うつ病からの生還―― 6・3・3・4 制に翻弄されない……人生はいつからでもスタートできる ( 6)多彩な症状化を見たひきこもり――お婆ちゃんの腰を揉んだそのとき…… ( 7)11 年のひきこもり――ひきこもっても出会いはある ( 8)完全閉居のひきこもり――シナリオライターに ( 9)対人関係障害・ひきこもり――トラック野郎に (10)ひきこもってよかった――社会の価値観に振り回されない自己の確立 (11)長期にわたるひきこもりに業を煮やした父親――「誰のおかげで三度の飯が食えているのか」……「俺の命もとってくれ」 (12)親と確執状態にあるひきこもり――親の死に際して葬儀をとり仕切る (13)家庭内暴力で荒れた青年――頭髪をカミソリで剃られるまで寄り添った母親 (14)恋愛したひきこもり――「そっとしていてくれてありがとう」 (15)立ち読みが日課のひきこもり――「誰のせいでもない。自分のせいだ」と言い残して…… (16)いじめ閉居のひきこもり――突然襲われた身体的変調のあと…… (17)一生のひきこもり――慢性骨髄性白血病……そこにもひとつの人生があった - 13 - 【参考資料Ⅰ――被害者学について】 1.被害者学とは ・例えば、「被害者を研究しなければ、犯罪の全容はわからない」という意識が被害者学(victimology)を生むことになった (諸澤英道)。 ・犯罪学が犯罪についての学問であるのに対し、被害者学は被害についての学問であり、被害の全容を明らかにすることによ って(被害の構造、被害者の心身変調など)、また被害者支援への取り組みが構築できる。 ・犯罪学は犯罪者と被害者関係として捉えるが、被害者学は被害者と加害者関係としてこれを捉える。法的に犯罪として成立 しなくても、被害を受けた者があれば加害者が存在するのである。 メ モ ①ガルーダ航空事故や地下鉄サリン事件、阪神・淡路大震災後、幾人もの人たちが心身症状態を呈する。 ・アメリカではベトナム戦争帰還兵の間で、ひきこもり、抑うつ、体調不良、薬物中毒、感情コントロールの喪失、攻撃性の爆発など 社会不適応が多く起こった。 ・1980 年、第一次世界大戦時に既に見られていた「戦闘における外傷神経症」から発展、DSM-Ⅲ(Diagnostic Statistical Manual)で初 めて PTSD(心的外傷後ストレス障害 posttraumatic stress disorder)が概念化される。 ②対処能力を超えた精神的な打撃(心的外傷 trauma)を放置しておくと、後に PTSD として身体的不調や心身症、うつ状態などに陥るこ とがあるということがわかる。 ・ケスラー報告(1995 年)では、全米調査(1990 ~ 1992 アットランダムによる面接調査)により、PTSD 有病率(一生のうち一度は PTSD になったことがある)は、男 5.0%、女 10.4%、平均 7.8%前後と報告されている。その内最も発症率が高いのはレイプで、レイプ被 害者の 49.5%が PTSD を発症していた。 ③ trauma はケロイドとして残遺するだろうが、PTSD は治る。 被 害 者 と は 被害者とは、被害にあった当事者はもちろん、被害を目撃した人、被害を聴いた人なども被害者となる 外 傷 的 な 出 来 事 直接体験……………戦闘、個人的な暴行(身体的攻撃、略奪や強盗)、誘拐、人質、テロリストの襲撃、拷問…自然災害または人災、激 しい自動車事故、致命的な病気の診断を受けること…… 目撃した出来事……暴行、事故、戦争または災害による他人の大怪我や不自然な死の観察、家族や親友が体験した個人的な暴行、激し い事故、大怪我、家族親友の思いがけない突然死、子どもの致命的な病気…… 一 次 被 害 と 二 次 被 害 ①一次被害とは、被害に遭うことそのものをいう。 ②二次被害とは、被害後心ない言動によってさらに傷つけられることをいう。例えば、被害というものは傷の軽重には関係ないのに「そ れくらいで済んで良かったね」などと不用意に慰めてみたり、被害にあって不安でたまらないのに「早く元気にならないとね」など と励ましてみたり、またやがて人は一般に“被害に遭うのは何か特別のことがあったからだ”と思いたくなる心理が働いて、被害に あったことを「注意が足りないから」とか、さらには「もともと、○○のような人だった」など関係ないことまで持ち出してみたり ……これらはすべて二次被害となり、被害者をさらに傷つけていくことになる。また、報道関係者が周辺に張り込んで普段の生活を 阻害させたり、被害者に「今の気持ちを聴かせてください!」などわかりきったことを強引に取材しようとしたり、番組制作のため 記者の望む答をするまでしつこく付き回ったり……これらのことも被害者の生活や気持ちを著しく踏みにじる、ひどい二次被害とな る。 ③二次被害は、被害からの回復を遅らせてしまう要因となる。 - 14 - 2.トラウマ反応 トラウマとは ある異常で破局的な体験の記憶から生じる不快なストレスの状態。その体験とは、傷つけられることに対して自分はも ろくないという被害者の感覚を粉砕してしまうような体験(既述「外傷的な出来事」)。 人間の心がある強い衝撃を受けて、その心の働きに不可逆的な変化を被ってしまうこと。 被害に遭うと、何らかの形で「トラウマ反応」と呼ばれる精神的な変調をきたすことがある。これは心の正常な反応であるが、被害が大き かったり、その後の対応が充分でなかったり、二次被害が加わったりすると心の傷の「後遺症」が残ることがあり、これを「トラウマ反応」 「トラウマ後遺症」と呼ぶ。 「トラウマ反応」や「トラウマ後遺症」には、次のようなものがある。 (1) 感情の変化 気分が沈んだり、逆に怒りや焦りが出現したりすることがある。不眠、食欲低下、不安、動悸、冷や汗をかいたり、呼 吸が苦しくなったり、手足のしびれやふるえが出現することもある。重い場合は、その人らしさが失われ、人格が変わっ てしまったようになることもある。 (2) 対人関係の変化 被害に遭うと、人とうまくやっていくことができなくなったり、学校、職業、家庭生活に支障をきたしてしまうことが ある。 (3) ASD(急性ストレス障害) 被害に遭うと情緒的混乱を来し、睡眠障害をはじめ、易怒性、過度の驚愕反応、集中力困難など様々な精神的不調に陥 ることがある。 また、急性期には解離症状を伴うことも多い。解離とは意識、記憶、同一性、知覚などの統合が崩壊することをいう。 解離を「トラウマ反応」の中心に置くという立場をとる学者もいる。 解離は、現実に対する認知を変化させ、感情と記憶、感覚を意識レベルから切り離す役割を果たす。そして耐え難い状 況において、このような切り離しは適応的に作用する(虐待を受け続けた人が「ある時点から殴られても痛みを感じない でいる方法を発見した」と話すのを聞くことは多い)。 ①麻痺 ・身体の運動麻痺……事件の起きたとき凍り付いたように動けなくなる、足が一歩も出なくなる、腰が抜けるといった 状態。 ・感覚の麻痺…………あまりにひどい苦痛にあった特、途中でふっと痛みがなくなる、苦痛がなくなる、恐怖感が消え るなどの状態。 ・感情の麻痺…………悲惨なことがあっても悲しみがわいてこない。葬式で悲しいのに涙が出てこないなどの状態。冷 酷な人間と誤解されたり、自分でもそう思ってしまうこともある。 ②現実感の喪失 今起こっていることが本当のこととは思えない。目の前で事件は進行しているのに恐怖感もなく、どうも別のところ で起こっているのを見ているみたいだという状態。一枚ベールで隔てられたような感覚。劇をやっているような感じ、 リアルさがない、現実に起こっている感じがしない、などの体験。トラウマの経験の間、トラウマ直後などには頻繁に 生起し易いといわれている。 ③離人体験 観察する自分が、観察される自分から離れる感覚。自分が自分の身体から抜け出して、別のところから自分を見てい るというような体験。レイプ被害に遭っている間にこれが生起したという人もいる。非常に疲れたときやストレスのか かったときにも起こることがある。 ④解離性健忘 記憶の障害。例えば、事件のことが思い出せない、忘れてしまったということではなく、記憶のある部分が「切り離 される」ということ。記憶喪失。 ⑤解離性遁走 例えば、ある時ふっといなくなって別のところで発見される、あるいは自分が気づくというもの。記憶障害を伴う。 別の名前の別人としてしばらく生活しているということもある。 - 15 - ⑥解離性同一性障害 多重人格。一時の記憶や感情だけでなく、自分が自分自身であるという感覚の一部が「切り離される」というもの。 複数の人格がひとつの身体に住みついているかのごとくである。ある間はある人格が表面に出、またある間は別の人格 となるが、その人格間の記憶は共有されていない。「多重人格」といってもたくさんの人格があるのではなく、自我の同 一性が「切り離されて」統一されていないという状態。つまり、「ひとつとして完全な人格がない状態」ということ。 (4) PTSD(心的外傷後ストレス障害) これには三つの症状がある。 ①過覚醒 外傷以前には存在していなかった持続的な覚醒亢進症状。リラックスするということがなく、いつも緊張しビクビク している状態。戦争が終わって内地に帰ったのに、兵士の心は戦場にいるのと同じで、眠れず、物音に過剰に反応した りする、そういう状態。電話の音、ブレーキの音など、音に過敏に反応し、冷や汗がでたり、鼓動が早くなっていつま でも収まらない。感情のコントロールが悪くなり、イライラしたり、集中力を失ったりするということも起こる。様々 な睡眠障害の出現――入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、熟睡感のなさ……このいずれもが生起する。 ②侵入 決して自分で思い出そうとは思わず、むしろ考えまい、避けようとしているのに、突然外傷的な出来事が侵入、想起 される。忘れ去ったつもりでいても、事件のニュースなどがきっかけとなることがある。自分でコントロールできない。 感覚だけでなく、感情も生々しい。 ・フラッシュバック 想起の内容が現実のことと感じられる。事件が再びリアルに体験され、見当識に混乱が起こって実際に身を守ろうと したり、暴れたり、物を壊したりという行為が生起することがある。これをフラッシュバックという。フラッシュバッ クが起きていたことについて、記憶が曖昧なこともある(気がつくと、「自分は何をしていたのかわからない」と表現さ れる)。 ・悪夢 出来事についての反復的で苦痛な夢。夢の中で苦痛や恐怖などの感情がよみがえる。目が醒めても恐怖感が持続した り、身体に冷や汗をかいたり、震えが起こったり、身体症状も随伴する。 ③回避(麻痺) 外傷に関連する思考、感情、会話を回避する(外傷に関する会話をすると、侵入的想起が起こる)。恐怖の再体験を避 けるために、事件を思い出させるような報道、場所、人を避けてひきこもるようになることがある。感情を麻痺させて 心がそれ以上傷つかないようにする心理機制で、生きている感覚、喜びなども同時に失ってしまうこともある(感情が わいてこない、実際には悲しい、腹が立つといったような感情が麻痺し、大変つらいと思われる体験を淡々と述べる… …)。また、外傷的出来事があまりに苦痛であるとき、出来事についての健忘が起こることがある。この健忘は記銘・保 持の障害ではなく、想起(再生)の障害。一部を思い出せないということもある。 * PTSD 症状があればすべて PTSD であるというわけではなく、症状が一定の基準以上であること、外傷体験の暴露が明白であること、症 状の持続期間が 1 ヶ月以上続いていることが必要(DSM-Ⅳ)。1 ヶ月以内で消失するものは PTSD とは診断しない。PTSD は、基本的に 慢性の障害である。 *事件から 1 ケ月経過していないけれども重篤な症状が見られる場合は ASD(acute stress disorder)と呼ぶ。 (5) 一般的な精神障害 ①うつ病…………抑うつ気分、興味や喜びの喪失、思考の停滞、集中力・行動力の減退などを主症状とする精神障害。自 殺念慮が生じることも多い。 ②不安神経症……はっきりとした根拠もなく不安を覚え、そのことにより日常生活に支障を来す障害。突然、動悸や息苦 しさが襲ってくるパニック発作(不安発作)を伴うパニック障害と、慢性的な不安に絶えず悩まされる 全般性不安障害とに大まかに分けられる。 ③依存症…………アルコールや薬物などの使用が増え、依存症に陥ることがある。 ④その他…………統合失調症、摂食障害、強迫性障害など、発症のきっかけとなる場合もあると考えられている。 - 16 - 【参考資料Ⅱ――いじめについて】 1.「いじめ」の定義 ・「同一集団内の相互作用過程において優位に立った方が、意識的に、あるいは集合的に、他方に対して精神的、身体的苦痛を 与えること」(森田洋司、清水賢二)。 ・「逃げられない閉じた集団((学校)のなかで、対抗力のない弱者に対して、正当な理由なく繰り返される私的制裁」(清水賢 二)。 ・「学校及びその周辺において、生徒の間で、一定の者から特定の者に対し、集中的、継続的に繰り返される心理的、物理的、 暴力的な苦痛を与える行為を総称するものであり、具体的には、心理的なものとして『仲間はずれ』、『無視』、『悪口』等が、 物理的なものとして『物を隠す』、『物を壊す』等が、暴力的なものとして『殴る』、『蹴る』などが考えられる」(東京地裁八 王子支部判決)。 2.「いじめ」の構造 1)「いじめ」の四層構造(森田洋司) ・ 「いじめ」は、加害者、観衆、傍観者、被害者の四層からなる構造によって特徴づけられる現象である(森田)。 ・つまり、加害者、被害者だけでなく、まわりでこれを『はやしたり面白がって見ている』観衆と、 『見て見ぬふりをする』 傍観者があるという構造をもつ(森田)。 ・いわば教室全体が“劇場”であり、観衆や傍観者が否定的な反応を示せば、いじめはなくなるか、あるいはいじめの標的 が他へ移されていく。加害者にもよるが、「いじめ」が誰に、どんな手口で、どれだけ長く行われるかは、むしろかなり の数にのぼる観衆層と傍観者層の“反応の仕方”によって決まってくる。――つまり、舞台と観客との反応によって進行 する状況的ドラマである(ジュリスト)。 ・一方、「いじめ」の場面では舞台と観客とは固定された役割ではなく、観衆や傍観者は常に舞台の上の被害者に回る可能 性がある。――結局、被害者はこれ以上事態が悪化することを恐れて口を閉ざすし、加害者、観衆、傍観者においても、 被害者へと陥れられることを恐れて口を閉ざし、表面化しない(ジュリスト)。 2)「いじめ」と「ふざけ」の違い ・ 「いじめ」は、その事実があったかどうかについては、被害者の認識、受けとめ方で決定されるものである。 ・教育側は、常に『いじめではない』 『単なる悪ふざけ、いたずら、けんかである』と主張し、問題と真剣に向きあわない。 ・ 『ふざけ』であろうが、『いたずら』であろうが、それが継続的になされ、被害者に精神的、身体的苦痛を与えるものであ れば、回復しがたい心の傷となる。 3)「いじめ」の見えにくさ ・ 「いじめ」かどうかは、被害者の受けとめ方によって決まる。 ・ 「いじめ」は、『遊び(○○ごっこ)』、『ふざけ』、『けんか』などを偽装する。 ・加害者は、口封じのために脅すなど「いじめ」発覚の阻止行動をとる。 ・被害者は、「いじめ」の激化を恐れて口を閉ざす。 ・教師に相談すれば、『ちくった』ということで「いじめ」が激化することもあるし、他方、逆に『それくらいのことで弱 音を吐くな』 、『おまえにも問題があったのではないか』、『社会に出るためには耐えることも大切』とかたしなめられ、さ らに傷つけられる。――そのようなことは、観衆、傍観者もよくわかっているので「いじめ」の事実を申告することをた めらい、一層「いじめ」を見えにくくしている。 3.「いじめ」の背景 ・1960 年、ときの池田内閣は「国民所得倍増計画」を唱え、ここから世界に冠たる経済大国日本を築きあげていく。――経済 審議会は教育に「能力主義」を導入するよう要請、これを受けて中教審は「高度経済成長」を支える人材開発政策のもと、教 育の高度化を約束する。 ・財界が第一の目標として教育に求めたものは、3 ~ 5 %のエリートを早期発見し、その者に対して充分な教育を保証するとい うことだった。 ・教育現場では偏差値を基準にした選別と序列化を形成。義務教育でありながら大量のついていけない児童をつくっていった。 - 17 - ・財界がもうひとつ教育に求めたものに「管理強化」という側面があった。これには、安保闘争との関連があった。―― 1960 年の安保闘争は、多くの知識人、労働者、学生が安保破棄を求めて戦った。70 年安保に際しては、67 年にはじまる東大、日 大の学生運動の延長線上で迎えることになる。これに際して、高校生までが参入してきた。これに財界はあわてたと言われて いる。ここから著しい管理強化がはじまった。 ・校則による細かい規則と罰則。体育系教師を中心に校門を固める(体育系教師も、ある意味で犠牲者)。 ―― 70 年代半ば、これに反発する校内暴力の嵐が全国を吹き荒れる。 ・折しも、1970 年代は高度経済成長がピークに達する。――消費水準の上昇、大衆消費社会・情報化社会の到来、東海道新幹 線の開通、高速道路網の整備、巨大団地の出現……企業においては、採用・昇進に学歴、出身学校がものをいう時代に……も はや高校進学率も 90 %を超え、進学熱が高まり、多少の経済的余裕は教育費へ回すという時代。 ・これに目をつけた財界は「内申書」重視の方針を打ち立てる。――この中心は、『校則を犯す者、教師に反逆的な者に対し、 進学の手だてを絶つ』というものだった。これで、子どもたち、親をも縛りつけて、徹底した管理統制を図っていった。 ・こうして、一見校内暴力は沈静化していったかに見えたが、実はこれに変わって 1980 年代から“いじめ”“不登校”が激増し ていくことになる……。 ・要するに、『子どもが主人公』、『個性重視の教育』は建前だけで、学業の高度化、画一的な管理統制の強化がなされ、教育の 養成する方や尺度に合わない子どもは規格外として排除する傾向にあるなか、いわゆる受験競争の激化とともに、学校は非常 にストレスフルな環境となってしまったのである。 ・教師による“体罰”も「いじめ」に大きな影響を与えていると考えられる。 ・こういった教育環境におけるストレスや、教師の“体罰”による教師への不信感、不満、怒りの感情は、必然的に他の誰かに 向けられることになり、その対象として同級生が選ばれる。 4.逃げる ・「いじめ」から身を守るためには“逃げる”こと――。現状では、それが一番か……。 ・しかし、構造上なかなか逃げられない。逃げるとさらにひどい目に遭うと考える、あるいは教師に相談しても同様、 「いじめ」 は激化してしまうと経験上知っている。 ・恐怖は判断力を鈍らせるし、また身動きできなくさせてしまう。 ・一方、『学校には行くべき』であり、『学校に行かないでいると社会人になれない』という幼少期からすり込まれた神話に、本 人はもとより家族もまた縛られている。 ・『学校に行かない生き方』――『もうひとつの(別の)生き方』、もっと言えば『多様な生き方』『自己実現の仕方』があるこ とを知らないという不安も関与している。また、そういったバイパス、別のシステムをたくさんつくっていくのも社会の責務 であると考える。 ・「いじめ」――あらゆる事情が絡まって、なかなか申告しないことが多い。しかし、心理的負担は必ず日常生活のなかで異変 (いつもの彼と違う……)として察知できるはずである。周囲が気がつき、“守る”ことが重要である。 - 18 - 【参考資料Ⅲ――統合失調症、及び‘うつ状態’を呈することのある青年期の主なこころの障害】 A.統合失調症の診断基準(DSM-Ⅳ-TR) 1.統合失調症(Schizophrenia) A. 特徴的症状:以下のうち 2 つ(またはそれ以上)、おのおのは、1 カ月の期間(治療が成功した場合はより短い)ほとん どいつも存在: (1) 妄想 (2) 幻覚 (3) まとまりのない会話(例:頻繁な脱線または滅裂) (4) ひどくまとまりのないまたは緊張性の行動 (5) 陰性症状、すなわち感情の平板化、思考の貧困、または意欲の欠如 注:妄想が奇異なものであったり、幻聴がその者の行動や思考を逐一説明するか、または 2 つ以上の声が互いに会話してい るものであるときには、基準 A の症状を 1 つ満たすだけでよい. B. 社会的または職業的機能の低下:障害の始まり以降の期間の大部分で、仕事、対人関係、自己管理などの面で 1 つ以上 の機能が病前に獲得していた水準より著しく低下している(または、小児期や青年期の発症の場合、期待される対人的、 学業的、職業的水準にまで達しない). C. 期間:障害の持続的な徴候が少なくとも 6 カ月間存在する.この 6 カ月の期間には、基準 A を満たす各症状(すなわち、 活動期の症状)は少なくとも 1 カ月(または、治療が成功した場合はより短い)存在しなければならないが、前駆期ま たは残遺期の症状の存在する期間を含んでもよい.これらの前駆期または残遺期の期間では、障害の徴候は陰性症状の みか、もしくは基準 A にあげられた症状の 2 つまたはそれ以上が弱められた形(例:風変わりな信念、異常な知覚体 験)で表されることがある. D. 失調感情障害と気分障害の除外:失調感情障害と「気分障害、精神病性の特徴を伴うもの」が以下の理由で除外されて いること (1) 活動期の症状と同時に、大うつ病、躁病、または混合性のエピソードが発症していない. (2) 活動期の症状中に気分のエピソードが発症していた場合、その持続期間の合計は、活動期および残遺期の持続期間の合 計に比べて短い. E. 物質や一般身体疾患の除外:障害は、物質(例:乱用薬物、投薬)または一般身体疾患の直接的な生理的作用によるも のではない. F. 広汎性発達障害との関係:自閉性障害や他の広汎性発達障害の既往歴があれば、統合失調症の追加診断は、顕著な幻覚 や妄想が少なくとも 1 カ月(または、治療が成功した場合は、より短い)存在する場合にのみ与えられる. 2.統合失調症の病型(Schizophrenia Subtypes) ・妄想型(Paranoid Type) 以下の基準を満たす統合失調症の一病型: A. 1 つ、またはそれ以上の妄想、または頻繁に起こる幻聴にとらわれていること B. 以下のどれも顕著ではない:まとまりのない会話、まとまりのないまたは緊張病性の行動、平板化したまたは不適切な 感情 ・解体型(Disorganized Type) 以下の各基準を満たす統合失調症の一病型: A. 以下のすべてが顕著にみられる. (1) まとまりのない会話 (2) まとまりのない行動 (3) 平板化したまたは不適切な感情 B. 緊張型の基準を満たさない. - 19 - ・緊張型(Catatonic Type) 以下の少なくとも 2 つが優勢である臨床像をもつ統合失調症の一病型: (1) カタレプシー(蝋屈症を含む)または混迷として示される無動症 (2) 過度の運動活動性(明らかに無目的で外的刺激に影響されないもの) (3) 極度の拒絶症(あらゆる指示に対する明らかに動機のない抵抗、あるいは動かそうとする試みに対する硬直した姿勢の 保持)あるいは無言症 (4) 姿勢(意図的に不適切なまたは奇異な姿勢をとること)、常同運動、顕著な衒奇症、顕著なしかめ面などとして示され る自発運動の奇妙さ (5) 反響言語または反響動作 ・識別不能型(Undifferentiated Type) 基準 A を満たす症状が存在するが、妄想型、解体型、緊張型の基準は満たさない統合失調症の一病型 ・残遺型(Residual Type) 以下の基準を満たす統合失調症の一病型: A. 顕著な妄想、幻覚、まとまりのない会話、ひどくまとまりのないまたは緊張病性の行動の欠如 B. 陰性症状の存在、または統合失調症の基準 A の症状が 2 つ以上、弱められた形(例:風変わりな信念、普通でない知覚 体験)で存在することによって示される障害の持続的証拠がある. 3.他の精神病性障害 ・統合失調症様障害 ・失調感情障害 ・妄想性障害 ・短期精神病性障害 ・共有精神病性障害(二人組精神病) ・ [一般身体疾患を示すこと]による精神病性障害 ・物質誘発性精神病性障害 ・特定不能の精神病性障害 4.統合失調症の主な症状 ・陽性症状~幻覚、妄想、滅裂思考、興奮など発病前にはなかった病的な状態が活発となり、対人関係や日常生活に支障が出 る。 ・陰性症状~意欲や自発性の低下、感情の平板化、対人接触性の低下など、健康なときに見られていた活動や表情、感情がな くなったり低下する。 5.統合失調症の一般的経過 入院 前駆期 急性期極期 (急性統合失調症状態) 退院 臨界期 (急性下降期) 平常状態 寛解期前期 2~4週間 2週間~2ヶ月 6ヶ月~1年 - 20 - 寛解期後期 B.気分(感情)障害(Mood(Affective) Disorders) 1.躁病エピソード(Manic Episode) ・高揚した気分と活動性の増大が中心的症状。軽躁病では、心身とも好調で饒舌、社交的であり、社会的逸脱が少ないために 病気と認識されにくい。重症になるにつれ、気分の高揚が一段と増して爽快感にあふれ、楽天的に物事を捉え、自己評価が 高くなって尊大な態度をとようになるため(易刺激的、易攻撃的)、トラブルが生起しやすい状態となる。 ・観念奔逸がみられ、新しい観念が次々にわき起こって多弁となるが、内容があれこれ移動して一貫性が欠落する。誇大妄想 を起こすこともある(統合失調症にみられるような奇怪さはない)。 ・精神運動性興奮の状態になり、行動がまとまらない。金銭面や性的側面でも抑制が欠如して過剰な行動をとりやすくなり、 社会的問題をひきおこすことがある。 ・不眠が生じるが、本人には苦痛ではない。朝早く目覚めて活動を開始、疲労を知らない状態が続く。 ・治療は、気分安定薬(抗躁薬)による薬物療法が中心。リーマス(炭酸リチウム)、テグレトール(カルバマゼピン)、デパ ケン(バルプロ酸ナトリウム)などが使用される。状態像によっては、抗精神薬物などを併用する。 2.うつ病エピソード(Depressive Episode) ・中核となる症状は、抑うつ気分、悲哀感、 うつ病の診断ガイドライン(ICD-10) 絶望感、興味と喜びの喪失、活力の減退、易疲労感の増大などで 【典型的な症状】 ある。人生に希望がもてず、希死念慮を抱くことも希ではない。 A 抑うつ気分 ・抑うつ気分は、一般的に朝のうちに強く、夕方から軽減するとい う日内変動が認められるという特徴がある。 ・意欲低下、精神運動抑制、持続力や集中力の低下、重症例ではう つ病性昏迷がみられることがある。 B 興味と喜びの喪失 C 活動性の減退による易疲労感の増大や活動性の減少 【他の一般症状】 a ・思考は抑制(または制止)され、内容は悲観的、自責的で、劣等 集中力と注意力の減退 b 自己評価と自信の低下 感や罪責感を抱きやすくなる。また重症例では、罪業妄想、貧困 c 妄想、心気妄想を起こすこともある。 d 将来に対する希望のない悲観的な見方 ・睡眠障害(多くは不眠症状で、早朝覚醒が典型的)、食欲不振と体 e 罪責感と無価値感 自傷あるいは自殺の観念や行為 重減少、倦怠感、頭重感胃腸症状や便秘、性欲低下などの身体的 f 睡眠障害 不調が生起する。抑うつ症状が前面に出ず、身体的不調の訴えを g 食欲不振 中心としたものに「仮面うつ病」がある。 以上が少なくとも 2 週間以上持続すること ・うつ病の諸症状は違和感が強いため、患者は何らかの病気に罹患 しているという自覚(病識あるいは病感)をもっている場合が多い。 軽 症:典型的な症状二つと他の一般症状二つ 病気の原因を自分の性格に求め、自責感を強める傾向があるので 注意を要する。 中等症:典型的な症状二つと他の一般症状三つ以上(四 つ以上が望ましい) ・治療は、抗うつ薬による薬物療法が中心。トフラニール(三環系・ 重症:典型的な症状三つと他の一般症状四つ以上 イミプラミン)、アナフラニール(三環系・クロミプラミン)、ル ジオミール(四環系・マプロチリン)、パキシル(SSRI・パロキセチン)、トレドミン(SNRI・ミルナシプラン)などが使 用される。状態像によっては、精神安定薬、睡眠導入薬などが併用される。また、重症例で自殺の危険が強く急を要する場 合や、薬物が使えない(あるいは効果が期待できない)場合、電気けいれん療法を用いることもある。 3.双極性感情障害[躁うつ病](Bipolar Affective Disorder) ・双極性感情障害は、同一患者に高揚した気分(躁病エピソード)と抑うつ気分(うつ病エピソード)の両方が一定期間持続 して出現するものをいう。 ・20 歳前後の発病が最も多く、躁病エピソードのみを反復するタイプは極めて希である。 ・うつ病ないし躁病のエピソードは周期的に起こり、その持続期間は少なくとも 2 週間以上で、多くは数ヶ月続く(平均では、 うつ病エピソードで 6 ヶ月、躁病エピソードで 4 ヶ月)。 - 21 - (参考)躁状態、うつ状態の精神・身体症状の比較 感 気 分 身体感情 爽快 躁 状 態 好調 情 意欲・行為 思 考 自 我 感 情 個 人 面 社 会 面 形 式 面 内 容 面 高揚 やりすぎ 観念奔逸 誇大的 亢進 身 体 機 能 不眠(早朝覚醒) 好機嫌 健康感 自己評価過大 多弁・多動 脱線 食欲亢進 易刺激 疲れず 自信過剰 行為心迫 濫費 性欲亢進 楽観的 精神運動興奮 外出・訪問 暴力 うつ状態 憂うつ 不調 低下 制止 閉居 悲哀 制止 微少的: 不眠(浅眠、早朝覚醒)、 過小 寡言・寡動 厭世 罪責・貧 朝方抑うつ 淋しい 自責 昏迷 自殺 困・心気 食欲低下、やせ 不安 劣等感 焦燥・徘徊 (妄想) 便秘 焦燥 悲観的 虚無妄想 性欲低下 苦悶 絶望 不健康感 日内変動 無感情 頭重、頭痛、肩こり、 しびれ、発汗、口渇、 倦怠 大熊輝雄「現代臨床精神医学」第 7 版(1997) 4.反復性うつ病性障害(Recurrent Depressive Disorder) ・うつ病のエピソードが反復し、躁病の診断基準を満たす気分高揚と過活動性のエピソードを欠くことで特徴づけられる。 ・初回エピソードの平均発症年齢は 40 歳代で、各エピソードの持続期間は 3 ヶ月から 12 ヶ月(中央値は約 6 ヶ月)である。 ・双極性感情障害に比べて反復の頻度は少なく、エピソードの間は通常完全に回復する。 ・気分障害の約 80%を占める。また、重症度の如何にかかわらず、個々のエピソードはしばしばストレスフルな生活上の出 来事によって誘発される。 ・治療は、症状に対応した薬物療法が中心である。 C.いわゆる神経症範疇の気分(感情)障害 Ⅰ.持続性気分障害(Persistent Mood(Affective) Disorders) 1.気分変調症(Dysthymia ――神経症性うつ病/抑うつ神経症) ・明らかなストレスに関連して、何らかの現実体験が引き金となり反応性の抑うつ状態を呈したもの。躁病エピソード、双 極性障害、うつ病エピソード、反復性うつ病性障害(単極性うつ病)などの臨床症状・診断基準を満たさない程度の慢性 的抑うつ気分に支配され、長期にわたることが特徴である。 ・うつ病エピソードでみられるような気分・自律神経症状の日内変動が目立たず、不安・焦燥感が強いことも特徴。自信喪 失、悲観、取り越し苦労などの症状も認められる。 ・調子がよいといえる時期を数日か数週間もつが、ほとんどの期間(しばしば数ヶ月続く)は、疲れと抑うつを感じている。 ・何事にも努力を要し、楽しいことは何もないと感じ、不平を述べ、不眠がちで不全感をもつが、日常生活で必要なことは 何とかやっていけるという点も特徴のひとつである。 ・治療については薬物療法が一般的であるが、実際には効果があまり期待できないということが多い。心理的背景による反 応として生起するものであり、精神(心理)療法が重要となる。 2.気分循環症(Cyclothymia) ・持続的な気分の不安定さを中核とし、軽い抑うつや軽い高揚の期間が認められる。安定した状態が数ヶ月続くこともある。 ・双極性障害や反復性うつ病性障害の診断基準を満たすほど重症であったり遷延したりしない。 ・気分の動揺は比較的穏やか。気分の変化があっても目立たない。高揚気分の時期は、楽しい感情が支配するという程度な ので問題化しにくく、医療の対象とならないことが多い。 - 22 - Ⅱ.いわゆる“新型うつ病”と言われているものについて 1.分類 ・『双極性感情障害』や『反復性うつ病性障害』など、病相の周期や経過などが従来からいわれている“定型”とは違った かたちの状態像として認められるという意味で、『非定型うつ病』あるいは『気分変調性障害』が“新型うつ病”に該当 すると言われている。 ・ただ、 “新型うつ病”と言われるものは、 『気分変調性障害』の診断基準とも合致しない局面をもった、文字通り『非定型』 で、従来の『定型』とは違った以下の特徴がある。 ①感情反応的で、常態的に‘うつ’に支配されているとは限らず、楽しいことがあれが気分良く元気に過ごす。 ②過眠傾向にある。 ③過食・体重増加の認められることが多い。 ④気分は、夕方から夜に向けて悪くなる。 ⑤人の顔色をうかがい、他人からの批判に大変敏感。 ・こういった特徴的な状態像が認められ、対応も若干の違いがあるものの(例えば、‘励まし’が有効に作用することもあ る、など)、基本は‘うつ’なのであり、そこを見誤ってはいけない。 2.性差 ・圧倒的に女性に多く見られ、10 ~ 30 代女性の‘うつ’がこのタイプではないかと言われている。 Ⅲ.気分(感情)障害の発症率 *従来の『定型』に関しては、3~5/1,000 の発病率と言われていたが、今日『非定型』含めその診断基準も幅が広くなったとい う背景もあり、また昔ほど精神科に対する偏見も減少して受診率が増加したという影響もあって、『うつ』は非常にたくさん の人々が罹患する病気であるということがわかってきた。 1.DSM-Ⅳ-TR ・有病率 2.WHO(2001) 1.0%~ 4.9%(平均 2.8%) ・有病率 3.日本(厚生労働省 約 2.0% 6.5% ・生涯有病率 2002) 約 6.7% ・生涯有病率 ・過去 12 ヶ月間にうつ病を経験した人 2.0% 20 歳~ 30 歳 ・平均発病年齢 D.‘うつ状態’を呈することのある青年期の主なこころの障害 Ⅰ.(恐怖症性不安障害を除く)他の不安障害(Anxiety Disorders) 1.全般性不安障害(Generalized Anxiety Disorder) (参考)神経症の分類 ・全般的、持続的に、いかなる特殊な周囲の状況にも限 定されない不安の支配。 不安神経症 全般性不安障害 パニック障害 パニック発作 恐怖症性不安障害 広場恐怖、パニック障害 社会恐怖 社会恐怖 特定の恐怖症 特定の恐怖症 強迫神経症 強迫性障害 強迫性障害 ヒステリー 解離性(転換性)障害 解離性障害、転換性障害 身体化障害 身体化障害 多重人格障害 解離性同一性障害 恐怖症 する傾向がある。 ・通常は数ヶ月、連続してほとんど毎日不安の一次症状 を示し、次の要素を含んでいる。 ①心配(将来の不幸に関する気がかり、イライラ感 集中困難など) ②運動性緊張(そわそわした落ち着きのなさ、筋緊 張性頭痛、振戦、身震いくつろげない) ③自律神経性過活動(頭のふらつき、発汗、頻脈あ るいは呼吸促迫、心窩部不快、めまい、口渇など ・他の症状、とりわけ抑うつが一過性に(一度につき 2,3 日間)出現することがある。 DSM-Ⅳ-TR 全般性不安障害 ・この障害は、慢性の環境的ストレスに関連して生起す ることが多いとされ、またその経過は動揺し、慢性化 ICD-10 従来の分類 心気神経症 心気障害 心気症 離人神経症 離人現実感喪失症候群 離人症性障害 心因性疼痛症 持続性身体表現性疼痛障害 疼痛性障害 抑うつ神経症 気分変調症 気分変調性障害 適応障害 適応障害 適応障害 原始反応 急性ストレス反応 急性ストレス障害 外傷神経症 外傷後ストレス障害 外傷後ストレス障害 - 23 - 2.混合性不安抑うつ障害(Mixed Anxiety and Depressive Disorder) ・不安症状と抑うつ症状がともに存在するが、どちらのタイプの症状も別々に診断できるほど重くないという混合型。 ・いくつかの自律神経症状(振戦、動悸、口渇、胃の激しい動きなど)が必ず存在する。 ・この障害の症状が、著しい生活文化やストレスとなる生活上の出来事と密接に関連して出現する場合は、「適応障害」の カテゴリーに入る。 Ⅱ.重度ストレス反応および適応障害(Reaction to Severe Stress, and Adjustment Disorders) 1.急性ストレス反応(Acute Stress Reaction) ・強い身体的、精神的ストレスに反応して発現し、通常数時間か数日以内でおさまる著しく重篤な一過性の障害。 ・ストレスの原因は、身体的健康に対する重大な脅威(例えば、自然災害、事故、戦闘、暴行、強姦など)による外傷体験、 また肉親との死別や自宅の火災のような社会的立場や人間関係の非常に突然かつ脅威的な変化の体験である。 ・混合した、変動する病像を呈する。初期「眩惑」状態に加えて、抑うつ、不安、激怒、過活動、ひきこもりなどがみられ るが、一つのタイプの症状が優勢となることはない。また、パニック不安の自律神経徴候(頻脈、発汗、紅潮)が認めら れることが多い。 ・ふつう衝撃的な出来事の体験から数分以内に出現し、2、3 日以内(しばしば数時間以内)に消失する。 ・コード化されてはいないが、衝撃的な出来事による急激な変化に対処できなくなると“災害マニー”と呼ばれるような 急性の躁状態に陥ることがある。 2.外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder) ・例外的に著しく脅威的な、あるいは破局的な性質をもったストレスの多い出来事(例えば、自然災害または人工災害、激 しい事故、他人の変死の目撃、あるいは拷問、テロリズム、強姦あるいは他の犯罪の犠牲になることなど)あるいは状況 に対する遅延した反応(外傷後、数周から数ヶ月にわたる潜伏期間があるが、6 ヶ月を超えることは希)として生起する。 ・典型的な諸症状に、無感覚、情動鈍化、他人からの離脱、周囲への鈍感さ、アンヘドニア(快楽喪失)、外傷を想起させ る活動や状況からの回避、回避するにもかかわらず突然生ずる侵入的回想(フラッシュバック)、反復して外傷を再体験 する夢(悪夢)などがある。また通常、過剰な覚醒を伴う自律神経の過覚醒状態、強い驚愕反応、不眠が認められる。 ・生起する諸症状にともなって、不安、抑うつ状態に支配されることも多く、自殺念慮も希でない。また、アルコールある いは薬物の過度の服用へと陥る要因となることも多い。 3.適応障害(Adjustment Disorder) ・通常の生活の中で体験する葛藤的な出来事による反応として生起する。 ・症状は多彩で、抑うつ気分、不安、焦燥、心配、ひきこもり(あるいはこれらの混合)などが主であるが、反抗、暴力、 非行などの行動をとることもある。 ・原因となる出来事から 1 ヶ月以内に発症し、6 ヶ月を超えない(6 ヶ月を超えるものは、下位分類「遷延性抑うつ反応」 に分類される)。 【短期抑うつ反応(Brief Depressive Reaction)】 ・1 ヶ月を超えない一過性の軽症抑うつ状態。 【遷延性抑うつ反応(Prolonged Depressive Reaction)】 ・ストレスの多い状況に長い間さらされたことへの反応として生起する。 ・持続は 2 年を超えない軽症抑うつ状態。 【混合性不安抑うつ反応(Mixed Anxiety and Depressive Reaction)】 ・不安と抑うつ症状の両方が顕著に存在する。 ・ 「混合性不安抑うつ障害」に分類されるほど重くないもの。 Ⅲ.恐怖症性不安障害(Phobic Anxiety Disorders) 1.広場恐怖症(Agoraphobia) ・単に開放空間に対する恐怖ばかりでなく、群衆がいるとか安全な場所(通常は家庭)にすぐ容易に逃げ出すことが困難で あるなど、空間に関連する状況に対する不安が含まれる。 - 24 - ・家を離れること、店、雑踏および公衆の場所に入ること、あるいは列車かバスか飛行機で一人で旅行することに対する恐 れなどもこのカテゴリーの範疇となる。 ・心理的症状あるいは自律神経症状は不安の一次的発現であること、また抑うつ、離人症、強迫症状および社会恐怖などの 症状を見せることもあるが、それを中核とする病態ではないこと。 ・広場恐怖的な状況にあるとき、パニック障害をともなうことがある。 2.社会恐怖症(Social Phobia) ・比較的少人数の集団内で他の人々から注視される恐れを中核とし、ふつう社会状況を回避するようになる。 ・人前での食事、人前での発言、あるいは異性と出会うこと、さらには家族以外のほとんどすべての社会状況を回避するこ ともある。 ・視線、赤面、手の振戦、嘔気、尿意頻回などを訴えとすることも多い。 ・心理的症状、行動的症状あるいは自律神経症状は不安の一次的発現であること、また抑うつ症状をともなうこともある。 ・症状は、パニック発作へと発展する可能性も含んでいる。 Ⅳ.強迫性障害(Obsessive-Compulsive Disorder) 1.強迫思考あるいは反復思考を主とするもの(Predominantly Obsessional Thoughts or Ruminations) ・強迫思考とは、常同的なかたちで繰り返し心に浮かんでくる観念、表象あるいは衝動である。 ・強迫思考は無意味なものと認識されているにもかかわらず、(抵抗を試みても)本人の意志に反して侵入してくる。 ・強迫症状は、少なくとも 2 週間連続してほとんど毎日存在し、生活する上での苦痛か妨げの原因となっている。 ・しばしば抑うつ症状を呈する。また、ときにパニック発作や軽い恐怖症症状を見せることがある。 2.強迫行為(強迫儀式)を主とするもの(Predominantly Compulsive Acts (Obsessional Rituals)) ・強迫行為あるいは強迫儀式とは、何度も繰り返される常同行為である。 ・通常、強迫行為は無意味で効果がないと認識しているが、(抵抗を試みても)抜け出すことができない。 ・強迫行為は、少なくとも 2 週間連続してほとんど毎日存在し、生活する上での苦痛か妨げの原因となっている。 ・ときに抑うつ症状を呈する。 3.強迫思考および強迫行為が混合するもの(Mixed Obsessional Thoughts and Acts) ・強迫思考と強迫行為の両方の要素をもつもの。 Ⅴ.解離性(転換性)障害(Dissociative(Conversion) Disorders) 1.解離性健忘(Dissociative Amnesia) ・通常、最近の重要な出来事の記憶喪失で、器質的な精神障害、中毒、あるいは過度の疲労などに起因しない。健忘は、事 故や予想外の死別などストレスの多い性質の外傷的出来事に関係し、部分的かつ選択的であることが多い。完全で全般化 した健忘は希。 ・器質性脳障害による健忘は通常逆行性だが、解離性健忘は前向性がほとんどである。また、即時想起は正常でも 2、3 分 後の想起ができない短期記憶障害の健忘状態(コルサコフ症候群)は認められない。 ・解離性遁走(Dissociative Fugue)の部分症状でもある。 ・健忘にともなう感情状態は極めて多様であり、抑うつ症状も認められるが重篤であることは希である。 Ⅵ.身体表現性障害(Somatoform Disorders) 1.身体化障害(Somatization Disorder) ・病像は多発性で繰り返し起こり、しばしば変化する身体症状を訴えるが、適切な身体的説明が見出せない。身体症状は身 体のどのような部分や器官系統についても起こるが、消化器系の感覚(疼痛、おくび、嘔吐、嘔気など)および異常な皮 膚感覚(掻痒感、灼熱感、うずき、しびれ、痛みなど)、できものが最もよくみられる。性に関する訴え、および月経に 関する訴えも多い。 - 25 - ・これらの障害において、ある程度の注意を惹こうとする(演技的な)行動がしばしば認められる。 ・顕著な抑うつ症状および不安症状がしばしば存在する。 2.心気障害(Hypochondriacal Disorder) ・本質的な病像は、繰り返される検索や検査により何ら適切な身体的説明ができないにもかかわらず、一つあるいはそれ以 上の重篤で進行性の身体的障害に罹患している可能性への頑固な信念、あるいは不具や醜形があるだろうという頑固なと らわれである。 ・顕著な抑うつと不安がしばしば存在する。 ・50 歳以降に初めてこの障害が現れることは希で、症状と障害の両方の経過は通常慢性かつ動揺性である。 Ⅶ.他(Ⅰ、Ⅱ、Ⅳ~Ⅶを除く)の神経症性障害(Neurotic Disorders) 1.神経衰弱(Neurasthenia) ・二つの病型がある。一つは、精神的な努力の後に疲労が増大するというタイプで、精神的な易疲労性が中心。注意を散漫 にさせる連想あるいは回想の不快な侵入、注意集中困難や非能率的な思考として特徴づけられる。もう一つは、努力の後 に身体的あるいは肉体的な衰弱や消耗が強調されるタイプで、筋肉の鈍痛と疼痛とくつろげなさの訴えで特徴づけられる。 ・両型とも、めまい、筋緊張性頭痛、全身の不安定感など、不快な身体感覚がみられる。また、精神的及び身体的な健康状 態の悪化に関する心配、易刺激性、アンヘドニア(快楽喪失)、軽度の抑うつと不安の共存なども一般的にみられる。 ・初期と中期には睡眠障害の認められることが多い。逆に、睡眠過剰が目立つこともある。 ・いかなる自律神経症状や抑うつ症状があっても、この症候群では易疲労性と衰弱が強調され、低下した精神的身体的能率 を心配しているという点で特徴づけられる。 2.離人・現実感喪失症候群(Depersonalization-Derealization Syndrome) ・自分自身の精神活動、身体、あるいは周囲が非現実的で疎隔され、あるいは自動化されているかのように質的に変化して いると認識される障害。 ・離人症状――自分自身の感性あるいは経験を分離されている、よそよそしく、自分のものでない、失われていると感じる。 自分自身を遠くから眺めているようだという訴えをよく聴く。 ・現実感喪失症状――人々あるいは周囲全体が非現実的で、よそよそしく、人工的で、色彩がなく、生命感が失われている ように見える。そこは、人々が不自然な演技をしているステージのようだという訴えがよく聴かれる。 ・この障害は単独の形で経験することは少なく、一般的にはうつ病、恐怖症性障害、強迫性障害との関連で生じる。また、 統合失調症の変身妄想、影響妄想、被支配妄想、あるいは解離性障害、認知症の初期、側頭葉てんかん発作前の前兆と発 作後の二次的現象としても生起することがある(もし、この症候群が他の疾患の一部として生じているならばその疾患が 主診断として優先される)。 Ⅷ.摂食障害(Eating Disorders) 1.神経性無食欲症(Anorexia Nervosa) ・持続する意図的な体重減少によって特徴づけられる障害。 ・診断は以下による(すべて含むこと)。 ①体重が期待される値より 15%以上下まわる、あるいは Quetelet's Body-Mass Index が 17.5 以下。 ②「太る食物」を避ける。また、自ら誘発する嘔吐、緩下剤の自発的使用、過度の運動、食欲減退剤あるいは利尿剤の 使用などが 1 項以上存在する。 ③肥満への恐怖の存在。ボディイメージの歪みの存在があり、自分の体重の許容限度を低く設定している。 ④視床下部下垂体性腺系を含む広汎な内分泌系の障害が認められる。女性では無月経、男性では性欲、性能力の減退を 起こす。また、成長ホルモンの上昇、甲状腺ホルモンによる末梢の代謝変化、インシュリン分泌の異常など認められ ることがある。 ⑤もし発症が前思春期であれば、思春期に起こる一連の現象が遅れたり停止することもある。具体的には、成長の停止、 少女では乳房が発達せず、一次生の無月経が起こったり、少年では性器が発達しないままでいたりする(回復により 思春期はしばしば正常に完了するが、初潮は遅れる)。 ・抑うつ的あるいは強迫的な症状、同様に人格障害の諸特徴を伴うことがある。 ・慢性消耗性疾患、脳腫瘍、クローン病(原因不明の炎症性腸疾患のひとつ)や吸収不全症候群のような腸の障害との鑑別 が大切。 - 26 - 2.神経性大食症(Bulimia Nervosa) ・発作的に繰り返される過食と体重のコントロールの過度に没頭することを特徴とする。 ・この障害は、神経性無食欲症に続いて起きたと見なせることがある(反対の順序で起こることもある)。 ・過食と嘔吐を繰り返すパターンが形成されることが多い。 ・嘔吐の繰り返しによって電解質の異常、身体的合併症(テタニー(血液中のカルシウムやマグネシウムが低下することにより、 手足の筋肉に強い拘縮を起こして、手足が屈曲して数分間持続する病態)) 、てんかん発作、不整脈、筋力低下)、高度な体重減 少が生じやすい。 ・診断は以下による(すべて含むこと)。 ①持続的な摂食への没頭と食物への抗しがたい渇望が存在し、短時間に大量の食物を食べ尽くす過食のエピソードに陥 る。 ②食物の太る効果に、次の 1 つ以上の方法で抵抗しようとする。 1)自ら誘発する嘔吐 2)緩下剤の乱用 3)交代して出現する絶食期 4)食欲減退剤や甲状腺末、利尿剤など薬物の使用。 5)糖尿病の患者に大食症が起これば、インシュリン治療を怠ることがある。 ③肥満への病的な恐れから成り立ち、自らに厳しい体重制限を課すが、それは理想的または健康的と考える病前の体重 に比べてかなり低い。また、数ヶ月から数年にわたる間隔をおいて神経性無食欲症の病歴が、常にではないがしばし ば認められる。 ・抑うつ症状が見られることも多く、うつ病性障害との鑑別に注意。 3.非定型神経性大食症(Atypical Bulimia Nervosa) ・神経性大食症の診断基準(①~③)のうち、1 つ以上が欠けているが、その他は同じであるというものに用いる。例えば、 正常体重または過剰体重であっても、過食とそれにともなう嘔吐あるいは緩下剤の使用など認められれば、この範疇に入 る。 ・抑うつ症状をともなう部分的な症候群も珍しくない。うつ病性障害の診断基準を満たせば、2 つの診断をつける。 4.他の心理的障害と関連した過食(Overeating Associated with Other Psychological Disturbances) ・死別、事故、外科手術、情緒的苦悩を与える出来事に対する反応として肥満にいたった過食。 ・「気分障害」や「混合性不安抑うつ性障害」など、心理的障害の原因としての肥満はそれぞれの障害カテゴリーにコード 化し、加えて肥満の型をコード化する。神経遮断作用のある抗うつ薬、その他薬剤の長期投与による副作用の「薬剤性肥 満」についてもこのカテゴリーから外す。 ・肥満はダイエットの動機となり、その結果として軽い感情症状(不安、落ち着きのなさ、衰弱、刺激性)、あるいは希に 重篤な抑うつ症状(ダイエットうつ病)を引き起こすことがある。この場合も、それぞれ適切な障害カテゴリーにコード 化した上で、ダイエットを示すために「他の摂食障害」を、加えて肥満のタイプをコード化する。 Ⅸ.習慣および衝動の障害(Habit and Impulse Disorder) 1.病的窃盗(Pathological Stealing(Kleptomania)) ・この障害は、物を盗むという衝動に抵抗するのに何度も失敗することで特徴づけられ、それらの物は個人的な用途や金儲 けのために必要としない。 ・店から窃盗を働くというエピソードの間には、不安、落胆、そして罪悪感を覚えるが、それでも繰り返される。一方、行 為の前には緊張感が高まり、その間や直後には満足感もあると訴えるのが通常である。 ・病的窃盗は、以下のものから区別されなければならない。 ①明白な精神科的障害なしに繰り返される万引き(窃盗行為は、より注意深く計画され、個人的な利得という明らかな 動機がある場合)。 ②器質性精神障害。記憶力の減弱および他の知的能力の低下の結果として、商品への支払いを繰り返して怠ること。 ③窃盗をともなううつ病性障害。うつ病患者の一部に、窃盗を行うものがあり、うつ病性障害が続く限りそれを反復す ることがある。 - 27 - 【資料Ⅳ――精神科領域で使用する主な薬物】 Ⅰ.抗精神病薬物 1.主な種類 名 称 主 な 商 品 名 作 用 1.フェノチアジン誘導体 ・クロルプロマジン コントミン、ウィンタミン 鎮静作用、抗幻視・幻覚、抗不安・緊張・抑うつ (50~450 ㎎分服) ・塩酸クロルプロマジン 25 ㎎、 ベゲタミン A 鎮静作用(主に、他の睡眠薬が効かない場合に使用す 塩酸プロメタジン 12.5 ㎎、 ベゲタミン B(ベゲタミン A の成分が約半分量) フェノバルビタール 40 ㎎ ・レボメプロマジン ることが多い)、抗不安作用 (鎮静:1 日 3~4 錠分服。催眠:1 日 1~2 錠を就寝前) ヒルナミン、レボトミン、ソフミン、プロクラジン 鎮静、催眠作用が強い。また、抗抑うつ作用がある (25~200 ㎎分服) ・プロペリシアジン ニューレプチル、アパミン、イリヤキン、プロペチル 鎮静作用、自発性低下・無為・陰性症状にも有効 (10~60 ㎎分服) 2.ブチロフェノン誘導体 ・ハロペリドール セレネース、リントン、ハロミドール、コスミナール 抗幻覚妄想作用、抗せん妄、精神運動興奮の鎮静作用 (0.75~2.25 ㎎分服→ 3~6 ㎎分服) ・ブロムペリドール インプロメン、プリペリドール 抗幻覚妄想作用(セレネースより弱く副作用も少ない) (3~18 ㎎分服.36 ㎎まで可) ・チミペロン トロペロン 抗幻覚妄想作用 (0.5~3 ㎎→ 3~12 ㎎分服) 3.ベンザミド系薬物 ・スルピリド ドグマチール、アビリット 抗精神病作用と抗うつ作用、鎮静作用は弱い ~150 ㎎を 3 回に分服 胃・十二指腸潰瘍 150~300 ㎎(最大 600 ㎎)分服 うつ病・うつ状態 300~600 ㎎(最大 1200 ㎎)分服 統合失調症 ・ネモナプリド エミレース 抗幻覚妄想、感情鈍麻にも適用、鎮静作用は弱い (9~36 ㎎分服.60 ㎎まで可) 4.ベンジソキサドール誘導体 ・リスペリドン リスパダール 抗幻覚妄想、感情鈍麻にも適用、鎮静作用は弱い 1 ㎎を 1 日 2 回→ 2~6 ㎎を 1 日 2 回で分服. また、錐体外路系の副作用が少ない 12 ㎎まで可 5.イミノジベンジル系薬物 ・クロカプラミン クロフェクトン、パドラセン 抗精神病作用、鎮静、気分調整、陰性症状にも有効 (30~150 ㎎を 3 回に分服) ・モサプラミン クレミン 抗精神病作用、鎮静、気分調整、陰性症状にも有効 (30~150 ㎎を 3 回に分服.300 ㎎まで可) 6.チエピン系薬物 ・ゾテピン ロドピン、セトウス 鎮静、気分調整、精神運動興奮に有効、抗そう作用; (75~150 ㎎分服.450 ㎎まで可) 陽性症状・陰性症状両方に効果 (セロトニン・ドーパミン拮抗薬(SDA)) 7.チエノベンゾジアゼピン系薬物 ・オランザピン ジプレキサ(MARTA)*1 統合失調症の陽性症状(幻覚、妄想、興奮)及び陰性 (5 ㎎~ 10 ㎎を 1 日 1 回.10 ㎎維持.20 ㎎まで可) 症状(意欲低下、自閉)、抗不安・緊張・抑うつ 8.その他 ・アリピプラゾール *2 エビリファイ(DSS) 統合失調症の陽性症状、陰性症状、両方に効果。また、 統合失調症:6~12 ㎎開始量。6~24 ㎎維持量。1 回 または 2 回分服。30 ㎎まで可 躁状態:24 ㎎開始量。そして、 12~24 ㎎を 1 日 1 回 双極性障害の躁状態に効果。ドーパミン、及びセロト ニンに対して調整的に作用する。 “うつ病” “うつ状態” の補助療法としては申請中。 服用。30 ㎎まで可 *1)Multiacting Receptor Targeted Antipsychotic *2)Dopamine System Stabilizer - 28 - 2.薬理作用 ・抗精神病薬に共通する薬理作用として、ドーパミンD2受容体遮断作用がある。また、種々の程度のアドレナリン受容体遮断作用、抗セ ロトニン作用、抗コリン作用を有する。 3.副作用 1.錐体外路系 アカシジア(静座不能)、振戦、筋強剛、舌のもつれ、流涎、仮面様顔貌、言語障害、寡黙・寡動、嚥下障害、急性ジストニー、遅発性ジ スキネジアなど 2.精神神経系 3.消化器系 眠気、脱力倦怠感、不眠など 口渇(唾液分泌減少)、食欲不振、便秘、時に麻痺性イレウス 4.循環器系 5.その他 めまい、起立性低血圧、心電図異常 薬物性肝障害、薬疹、乳汁分泌、無月経、体重増加、脳波異常 6.希ではあるが、重篤な副作用 悪性症候群(高熱、筋強剛、頻脈、発汗、無動寡黙などの諸症状から成る) ・錐体外路系症状には抗ドーパミン作用に、その他の副作用は主に抗アドレナリン作用や抗コリン作用に基づく。 ・アカシジア:ハロペリドール 29.1%、クロルプロマジン 10%発現。 ・眠 気 :ハロペリドール 3.5%、クロルプロマジン 18.9%発現。 ・口 渇 :ハロペリドール 3.5%、クロルプロマジン 9.5%発現。 ・錐体外路系の副作用には抗パーキンソン薬である塩酸ビペリデン(アキネトン、タスモリン、ビカモールなど)または塩酸トリヘキシフ ェニディール(アーテン、パーキネス、トリフェジノン、トレミン、トリヘキシン、セドリーナなど)を投与する。 Ⅱ.抗うつ薬、抗そう薬、気分安定薬 1.主な種類 名 称 主 な 商 品 名 摘 要 1.三環系抗うつ薬 ・イミプラミン トフラニール、イミドール 抑うつ、うつ状態;遺尿(昼、夜);また、鎮痛補助 (25~75 ㎎分服→ 200 ㎎、300 ㎎まで可) 薬として偏頭痛や群発頭痛、神経痛などに使用される (10 ㎎錠:幼児… 1 回 3 錠、学童… 3~5 錠分服) ことがある; (25 ㎎錠:幼児… 1 回 1 錠、学童… 1~2 錠分服) また、パニック障害、過食症などにも応用 ・クロミプラミン 抗 ・アミトリプチリン ・ノルトリプチリン アナフラニール 抑うつ気分、不安・焦燥;遺尿(昼、夜);また、鎮 (10 ㎎錠:5~10 錠分服、25 ㎎錠:2~4 錠分服) 痛補助薬として偏頭痛や群発頭痛、神経痛などに使用 (10 ㎎錠:幼児… 1~2 錠、学童… 2~5 錠分服) されることがある; (25 ㎎錠:幼児… 1 錠、学童… 1~2 錠分服) また、パニック障害、過食症などにも応用 トリプタノール、ノーマルン、アミプリン 抑うつ、不安・焦燥;夜尿;また、鎮痛補助薬として (30~75 ㎎分服→ 150 ㎎、300 ㎎まで可) 偏頭痛や群発頭痛、神経痛などに使用されることがあ (夜尿:10~30 ㎎就寝前) る;また、パニック障害、過食症などにも応用 ノリトレン 抑うつ、不安・緊張;夜尿;また、鎮痛補助薬として (10~25 ㎎分服、150 ㎎まで可) 偏頭痛や神経痛などに使用されることがある; また、パニック障害、過食症などにも応用 ・アモキサピン う ・トリミプラミン アモキサン 抑うつ、うつ状態、不安・緊張;パニック障害、過食 (25~75 ㎎を 1~数回分服。1 日 300 ㎎まで可) 症、偏頭痛、神経痛にも応用 スルモンチール 抑うつ、うつ状態、不安・緊張;パニック障害、過食 50~100 ㎎を初期用量。200 ㎎まで漸増、分服 症、偏頭痛、神経痛にも応用 300 ㎎まで可。 ・ロフェプラミン アンプリット 抑うつ、うつ状態、不安・緊張;パニック障害、過食 (10~25 ㎎を初期用量。150 ㎎まで漸増、分服) 症、偏頭痛、神経痛にも応用 ルジオミール 抑うつ、活力減退、精神運動抑制;パニック障害、過 2.四環系抗うつ薬 ・マプロチリン - 29 - (30~75 ㎎分服、夕食後・就寝前 1 回でも可) 食症にも応用 ・セチプチリン テシプール、ビソプール 抑うつ、うつ状態;パニック障害、過食症にも応用 ・ミアンセリン塩酸塩 テトラミド (3 ㎎を初期用量、6 ㎎まで漸増分服) つ 抑うつ、うつ状態;パニック障害、過食症にも応用 (30 ㎎を初期用量、60 ㎎まで増量。1 回又は分服) ・ミルタザピン レメロン(NaSSA)*3、リフレックス(NaSSA)*3 抑うつ、うつ状態、不安・緊張 15 ㎎から開始。15~30 ㎎を就寝前服用。45 ㎎ まで可 3.その他 ・フルボキサミン ルボックス(SSRI)*1、デプロメール(SSRI)*1 抑うつ、うつ状態、強迫性障害、不安障害 (50 ㎎分服→ 150 ㎎を 1 日 2 回で分服) ・パロキセチン パキシル(SSRI)*1 抑うつ、うつ状態、パニック障害、強迫性障害、不安 (抑うつ:1 回夕食後 10~20 ㎎→ 1w ごと 10 ㎎増→ 20~40 ㎎) 薬 障害 (パニック:1 回夕食後 10 ㎎→ 1w ごと 10 ㎎増→ 30 ㎎) (強迫性:1 回夕食後 20 ㎎→ 1w ごと 10 ㎎増→ 40 ㎎、50 ㎎まで可) (不安障害:1 回夕食後 10 ㎎→ 1w ごと 10 ㎎増→ 40 ㎎) ・セルトラリン ジェイゾロフト(SSRI)*1 抑うつ、うつ状態、パニック障害、不安・緊張;摂食 (25 ㎎を初期用量、 100 ㎎まで適宜増減。1 回服用) 障害、強迫性障害、社会不安障害、PTSD などに応用 ・ミルナシプラン ・デュロキセチン ・炭酸リチウム トレドミン(SNRI)*2 抑うつ、うつ状態、パニック障害;慢性疼痛の鎮痛補 (25 ㎎分服→ 100 ㎎、高齢者 25 ㎎→ 60 ㎎) 助にも応用 サインバルタ(SNRI) *2 抑うつ、うつ状態、不安・緊張;糖尿病性神経障害に (20 ㎎→ 40 ㎎維持量。 60 ㎎まで可。 1 回服用) ともなう疼痛 炭酸リチウム、リーマス、リチオマール 躁状態、興奮、闘争行動 400~600 ㎎分服→ 3 日~1w ごと 1200 ㎎まで増、 改善後 200~800 ㎎ 気 ・カルバマゼピン テグレトール、レキシン、カルバマゼピン 躁状態、興奮、てんかんの痙攣発作・精神運動発作; (精神運動発作、てんかん:200~400 ㎎分服→徐々増 1,200 ㎎まで可、通常 600 ㎎) 三叉神経痛 分 (躁状態、興奮状態:200~400 ㎎分服→徐々増 1,200 ㎎まで可、通常 600 ㎎) (三叉神経痛:200~400 ㎎分服→ 600 ㎎、800 ㎎まで可) 安 ・バルプロ酸ナトリウム 定 ・クロナゼパム 薬 デパケン、バレリン てんかんの小発作・焦点発作・精神運動発作・混合発 (400~1,200 ㎎分服、年齢・症状で増減) 作、躁状態;偏頭痛、群発頭痛、鎮痛補助 リボトリール、ランドセン てんかんの小発作・ミオクロニー発作・失立発作・点 (成人・小児:0.5~1 ㎎分服→ 2~6 ㎎) 頭てんかん・精神運動発作・自律神経発作;不随意運 (乳・幼児:体重 1 ㎏あたり 0.025 ㎎分服→体重 動、躁状態、うつ状態、各神経症に応用 1 ㎏あたり 0.1 ㎎) *1)Selective Serotoninn Reuptake Inhibitor *2)Serotonin Noradorenaline Reuptake Inhibitor *3)Noradrenergic and Specific Serotonergic Antidepressant 2.薬理作用 ・抗うつ薬は、神経終末におけるセロトニンやノルアドレナリンの再取り込み阻害、及びモノアミン酸化酵素阻害によるシナプス間隙のセ ロトニンやノルアドレナリン濃度の上昇に作用。 ・三環系抗うつ薬には抗コリン作用もあり、口渇などの副作用に関連する。 ・炭酸リチウムの抗そう作用は、シナプス後部の細胞内情報伝達機構におけるイノシトールリン脂質代謝回転の抑制に関係していると考え られている(仮説)。 3.副作用 ・三環系抗うつ薬:口渇、眠気、便秘、起立性低血圧。希に排尿困難、瞳孔調節障害、振戦などが生じることもある。 ・四環系抗うつ薬:嘔吐、悪心。三環系でもノルトリプチリンに同様の副作用がある。 ・炭酸リチウム :多尿、嘔気、軟便、手指の細かな振戦。嘔吐、下痢、粗大手指振戦、言語障害などは中毒前駆症状として注意を要する。 - 30 - Ⅲ.抗不安薬 1.主な種類 名 称 主 な 商 品 名 作 用 と 摘 要 1.ベンゾジアゼピン誘導体 ・ジアゼパム セルシン、ホリゾン、ソコナン、リリーゼン 抗不安作用強力、心身症、緊張、抑うつ、筋緊張の軽 (2~5 ㎎分服、外来は原則 15 ㎎以内) 減 (3 歳以下:1~5 ㎎分服、4~12 歳:2~10 ㎎分服) ・クロキサゾラム セパゾン、エナデール 鎮静・催眠、抗うつ、不安神経症、心身症、パニック (3~12 ㎎分服、年齢・症状により増減) 障害 ・アルプラゾラム ソラナックス、コンスタン、メデポリン、メンビット 心身症、抗不安・鎮静・催眠、筋弛緩、抗うつ、パニ (1.2 ㎎ 3 回分服、年齢・症状により増減、2.4 ㎎まで可) ック障害に効果、強迫性障害 (高齢者:0.4 ㎎ 1~2 回分服→症状により増、1.2 ㎎まで可) ・ロフラゼプ酸エチル メイラックス、アズトレム、スカルナーゼ 抗不安・緊張・鎮静・催眠、筋弛緩、心身症 (2 ㎎ 1~2 回分服、年齢・症状により増減) ・オキサゾラム セレナール、ネブスン、ベルサール、トッカータ マイルドな抗不安作用、催眠、心身症 (1 回 10~20 ㎎を 1 日 3 回服用、年齢・症状で増減) ・ロラゼパム ・ブロマゼパム ワイパックス、アズロゲン、ユーバン 抗不安・緊張・抑うつ、心身症、代謝系が単純で高齢 (1~3 ㎎分服、年齢・症状により増減) 者によい レキソタン、セラニン 抗不安作用が強い。抗うつ、鎮静・催眠、筋弛緩、心 (神経症・抑うつ:6~15 ㎎ 2~3 回分服、年齢・症状で増減) 身症 (心身症:3~6 ㎎ 2~3 回分服、年齢・症状により増減) ・クロルジアゼポキシド ・メダゼパム ・フルタゾラム ・フルトプラゼパム コントール、バランス 抗不安作用。抗うつ、心身症、パニック障害、不眠症、 (成人:20~60 ㎎分服。小児:10~20 ㎎分服) 自律神経失調症、更年期障害、緊張型頭痛、腰痛 レスミット マイルドな抗不安作用。抗うつ、心身症、パニック障 (1 日 10~30 ㎎。年齢・症状により増減) 害、不眠症、自律神経失調症、更年期障害 コレミナール 心身症。マイルドな抗不安作用。抗うつ、パニック障 (12 ㎎を 3 回分服。年齢・症状により増減) 害、不眠症、自律神経失調症、更年期障害 レスタス 強い抗不安作用。抗うつ、睡眠障害、心身症、パニッ (2~4 ㎎分服。年齢・症状で増減。高齢者は 4 ㎎まで) ク障害など。作用時間が長い(半減期 190 時間)。 2.チエノジアゼピン誘導体 ・エチゾラム デパス、セデコバン、アロファルム、エチカーム 抗不安作用強力、 (神経症・うつ病:3 ㎎分服、年齢・症状により増減) 心身症・神経症の他、睡眠障害、筋収縮性頭痛など (心身症・筋緊張:1.5 ㎎分服、年齢・症状で増減) (睡眠障害:1~3 ㎎就寝前、年齢・症状により増減)(高齢者:1 日 1.5 ㎎を限度とする) ・クロチアゼパム リーゼ、ナオリーゼ、リリフター、リルミン 心身症、抗不安・緊張・抑うつ・睡眠障害、筋緊張緩 (15~30 ㎎分服) 和 セディール(セロトニン作動抗不安薬) 抗不安作用、抗うつ作用、心身症、恐怖症 3.その他 ・タンドスピロン (30 ㎎を 3 回分服。年齢・症状で増減。60 ㎎まで可) 2.副作用 ・睡眠作用による眠気、筋弛緩作用によるふらつきが生じやすい。 ・ロフラゼプ酸エチルは半減期が長い。高齢者には注意を要する。 - 31 - Ⅳ.睡眠薬 1.主な種類 名 称 主 な 商 品 名 摘 要 1.血中濃度短時間型 ・トリアゾラム ハルシオン、ハルラック、バルレオン、アスコマーナ 不眠症、麻酔前投薬。超短半減期の睡眠薬 (0.25 ㎎就寝前、0.5 ㎎まで可、年齢・症状により増減) (高齢者:1 回 0.125 ㎎~0.25 ㎎を限度とする) ・ゾルピデム マイスリー 不眠症(統合失調症、躁うつ病に伴う不眠は除く) (5~10 ㎎就寝直前、10 ㎎を限度、年齢・症状で増減) (高齢者:5 ㎎より開始、10 ㎎を限度、症状で増減) ・ゾピクロン アモバン、ドバリール、ゾビクール、スローハイム 不眠症、麻酔前投薬 (7.5~10 ㎎就寝前、10 ㎎を限度、年齢・症状で増減) ・ロルメタゼパム ロラメット、エバミール 不眠症 (1~2 ㎎就寝前に服用、適宜増減。高齢者は 2 ㎎まで) ・ブロチゾラム レンドルミン 不眠症、麻酔前投薬 (0.25 ㎎就寝前に服用。適宜増減) ・塩酸リルマザホン リスミー 不眠症、麻酔前投薬 (1~2 ㎎就寝前に服用、適宜増減。高齢者は 2 ㎎まで) 2.血中濃度中・長期型 ・フルニトラゼパム ロヒプノール、サイレース、ビビットエース 不眠症、麻酔前投薬 (0.5~2 ㎎就寝前、年齢・症状により増減) (高齢者:1 回 1 ㎎を限度とする) ・ニトラゼパム ・エスタゾラム ネルボン、ベンザリン、チスボン、ネルロレン 不眠症、麻酔前投薬、てんかん(点頭てんかん、ミオ (5~10 ㎎就寝前、年齢・症状により増減) クロヌス発作、失立発作、焦点性発作);抗不安 ユーロジン 不眠症、麻酔前投薬;抗不安 (1~4 ㎎就寝前、年齢・症状により増減) ・フルラゼパム ダルメート、ベノジール、ネルガード、インスミン 不眠症、麻酔前投薬;抗不安 (10~30 ㎎就寝前、年齢・症状により増減) ・ニメタゼパム エリミン ・ハロキサゾラム ソメリン 不眠症;抗不安 (3~5 ㎎就寝前、年齢・症状により増減) 不眠症;抗不安 (5~10 ㎎就寝前、年齢・症状により増減) 2.副作用 ・血中濃度短期型においては、服用後、もうろう状態が現れたり、入眠までの、あるいは中途覚醒時の出来事を記憶していないことがある。 ・血中濃度中・長期型においては、翌朝への持ち越し効果が生じる。高齢者には、意識レベルの低下やふらつきから転倒が起きやすいので、 成人の半量程度を使用する。 - 32 -
© Copyright 2025 Paperzz