翻訳・英語・村上春樹 フィンランド語に訳されるので序文を書く。 フィンランドの読者に向けて 小説を書くというのは、自我という装置を 小説に集中して放心状態になり、休養中に 動かして物語をつくっていく作業 翻訳して消耗されたものを穴埋める 雨の日の露天風呂 翻訳はテキストが必ず外部にある。 チョコレートと塩せんべい 創作には原理的に作者の間違いはまずない 癖「しかし」か「だが」か 「くぐもった」 をよく使う 「鑑みて」は使ったことない アルフレッド・バーンスタイン ボヘミアン(勝手に削る) 良い文章というのは、人を感心させる文章 ではなくて、人の襟首をつかんで物理的に ジェイ・ルービン 中に引きずり込めるような文章だと思う。 ハーバード大の正教授 ( 「は」と「が」にこだわる) 翻訳とはエゴみたいなものを捨てること 小説は脱いだ自分の靴下 重訳(一度英語訳されたものからまた訳す) 翻訳はわりと楽しく読める はっきり言って、いまはニューヨークが 直訳が基本ではあるが、 出版業界のハブ(中心軸)なんですよね。 その上でそれぞれの文体がにじみ出る。 好むと好まざるとにかかわらず、そこを 語彙をどれだけ豊富に使うか、 中心に世界の出版業界は回っています。 わかりにくく、わかりやすく、美しく、 言語的に言っても英語が業界のリンガ・ 簡潔にシンプル、おもしろく、などなど フランカ(共通語)みたいになっています。 僕(村上春樹)にとっては「リズム、呼吸」 細かい表現レベルのことよりは、もっと 大きな物語レベルのものさえ伝わればよい 「グレイト・ギャツビー」は3つ4つ翻訳 が出ていてそれぞれ違うが十分感動できる 僕は文章というものがすごく好きだから、 優れた小説は多少の誤差を乗り越えて機能 優れた文章に浸かりたいんだということに するより大きな力がある なると思います。 言語体系がまるっきり置き換えられてしま どうせなら美しい日本語に接していたほう うと、全体的に何かちょっと違う世界の話 がいいだろうとは思う。テレビなんかの日 だな、という感じがする 本語はあまり接したくない。自分の言葉が 十分嘘だから、わざわざそれ以上嘘っぽい 韓国語やポーランド語に訳されたものは その国の人に感想を聞いて判断する 言葉を入れる必要はない(柴田) 参考文献:『翻訳夜話』文春新書 “Collectors” Raymond Carver (失業中の男の家に男が来る。以前住んでいた人の名前で「掃除機での無料掃除サービス が当たった」と称して中に入ってくる) Do I feel hot to you? he said. I don’t know, I think I might have a fever. He was 原文: still staring at the carpet. You have any aspirin? What’s the matter with you? I said. I hope you’re not getting sick on me. I got things I have to do. 訳文A: 私、熱がある感じですかね? 男は言った。どうなのかなあ、熱があるのかな あ。まだカーペットに見入っている。アスピリン、お持ちですかね? 具合でも悪いんですか? と私は言った。ここで寝込んだりしないでくださいよ。 こっちはやることがあるんだから。 訳文B: どうです私は熱くありませんか? と彼は訊いた。よくわからないな。どうも 熱があるようなんですがね。彼はまだカーペットをじっと見ていた。アスピリンは お持ちではありませんか? まったく冗談じゃないな、と僕は言った。こんなところで具合悪くなったりしな いでくださいよ。こっちにはやることがあるんですからね。 “Auggie Wren’s Christmas Story” Paul Auster (新聞に寄稿するクリスマスストーリーが思い浮かばず困っている作家に、いきつけの煙 草屋の主人が「昼飯をおごるならとっておきの話を聞かせよう」と申し出る) 原文: We walked down the block to Jack’s, a cramped and boisterous delicatessen with good pastrami sandwiches and photographs of old Dodgers team hanging on the walls. We found a table at the back, ordered our food, and then Auggie launched into his story. 訳文A: 我々はそのブロックにあるジャックの店まで歩いた。狭苦しくて騒がしいデリ カテッセンで、うまいパストラミ・サンドイッチを出し、壁にはブルックリン・ ドジャーズの古いチーム写真がかかっている。我々は奥にテーブルをひとつみつ け、料理を注文した。そしてオーギーが話し始めた。 訳文B: 我々は店を出て、ジャックスに出かけていった。ジャックスは狭苦しく騒々し い食堂で、パストラミサンドが美味く、昔のドジャースの写真が壁に並んでいる 店である。我々は奥の方のテーブルに座って、食事を注文した。それから、オー ギーが物語を語りはじめたのである。 『華麗なるギャツビー』スコット・フィッツジェラルド “The Great Gatsby” Scott Fitzgerald 別の作品で引用されていて印象に残った場面 (主人公は失恋し、人生の目的を失い、酒に溺れ、失業を繰り返し、抜け殻となった魂を 抱えて流浪の旅に出る。落ちぶれて、浮浪者と寝たある日の明け方、近くの海へ向かう) 人の振る舞いの基盤は スコット・フィッツジェラルドが書いている、 堅い岩である場 合もあれば、沼沢である場合もある 日の出とともに目をさました時、その言葉が頭に浮 かんでいた。私は、垢だらけで悪臭を放ち、汚れ、嘔吐物、鼻水、乾いた精液の上に砂を かぶったまま坐って、今の言葉と『華麗なるギャツビー』を思い、読んでから何年もたっ た今、今朝、それもつい先ほど読みでもしたかのように、無意識のうちにはっきりとその 言葉が頭に浮かんだのを不思議がった。 人の振る舞いの基盤は、堅い岩である場合もあれ ば、沼沢である場合もある 私は、酒を求めて全身が悲鳴を発し、煙草を求めて喉がふさ がるような思いを味わいながら、よろよろと立ちあがった。(中略) きみを必ず取り戻す 声に出して言った。 きみがおれの岩になるのだ 『愛と名誉のために』ロバート・B・パーカー And, after boasting this way of my tolerance, I come to the admission that it has a limit. Conduct may be founded on the hard rock or the wet marshes, but after a certain point I don’t care what it’s founded on. ところで、このように自分の寛容の精神を一応誇った後で、それにも実は限界があるとい うことをぼくは認めざるをえない。人間の行為には、堅い岩に根ざした行為もあれば、ぐ しゃぐしゃの湿地から生まれた行為もあるわけだけれども、ある点を越えればもう、その 行為が何から出ているのかなどと、ぼくは考えておれなくなってしまうのだ。 とまあ、自分の忍耐力についてこのように偉そうに講釈を垂れたあとで、それにもやはり 限度をあることを、進んで認めなくてはならない。人の営為は堅固な岩塊の上に築かれて いるかもしれないし、あるいは軟弱な泥地に載っているかもしれない。しかしあるポイン トを過ぎれば、正直なところ何の上にあろうが、僕としてはどうでもよくなってしまう。 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』 私は四本めのミラー・ハイライフのプルリングをとって彼女にわたした。 「あなたは自分の人生についてどんな風に考えているの?」と彼女は訊いた。彼女はビー ルには口をつけずに缶の上に開いた穴の中をじっと見つめていた。 「 『カラマーゾフの兄弟』を読んだことは?」と私は訊いた。 「あるわ。ずっと昔に一度だけだけど」 「もう一度読むといいよ。あの本にはいろんなことが書いてある。小説の終りの方でアリ ョーシャがコーリャ・クラソートキンという若い学生にこう言うんだ。ねえコーリャ、君 は将来とても不幸な人間になるよ。しかしぜんたいとしては人生を祝福しなさい」 私は二本めのビールを飲み干し、少し迷ってから三本めを開けた。 「アリョーシャにはいろんなことがわかるんだ」と私は言った。 「しかしそれを読んだとき 僕はかなり疑問に思った。とても不幸な人生を総体として祝福することは可能だろうかっ てね」 「だから人生を限定するの?」 「かもしれない」と私は言った。 「僕はきっと君の御主人にかわってバスの中で鉄の花瓶で 殴り殺されるべきだったんだ。そういうのこそ僕の死に方にふさわしいような気がする。 直接的で断片的でイメージが完結している。何かを考える暇もないしね」 私は芝生に寝転んだまま顔を上げて、さっき雲のあったあたりに目をやった。雲はもう なかった。くすの木の葉かげに隠れてしまったのだ。 「ねえ、私もあなたの限定されたヴィジョンの中に入りこむことはできるかしら?」と彼 女が訊いた。 「誰でも入れるし、誰でも出ていける」と私は言った。 「そこが限定されたヴィジョンの優 れた点なんだ。入るときには靴をよく拭いて、出ていくときにはドアを閉めていくだけで いいんだ。みんなそうしている」 彼女は笑って立ち上がり、コットン・パンツについて芝を手で払った。 「そろそろ行くわ。 もう時間でしょ?」 私は時計を見た。十時二十二分だった。 「家まで送るよ」と私は言った。 「いいの」と彼女は言った。 「このあたりのデパートで買物して一人で電車で帰るわ。その 方がいいのよ」 「じゃあここで別れよう。僕はしばらくここにいるよ。とても気持がいい」 「爪切りどうもありがとう」 「どういたしまして」と私は言った。 「帰ってきたら電話をくれる?」 「図書館に行くよ」と私は言った。「人が働いている姿を見るのが好きなんだ」 「さよなら」と彼女が言った。 “Hard-boiled Wonderland and the End of the World” I pulled the ring in a can of Miller and handed it to her. “But how do you see you?” she asked. “Ever read The Brothers Karamazov?” I asked. “Once, a long time ago.” “Well, toward the end, Alyosha is speaking to a young student named Kolya Krasotkin. And he says, Kolya, you’re going to have a miserable future. But overall, you’ll have a happy life.” Two beers down, I hesitated before opening my third. “When I first read that, I didn’t know what Alyosha meant,” I said, “How was it possible for a life of misery to be happy overall?” But then I understood, that misery could be limited to the future.” “I have no idea what you’re talking about.” “Neither do I,” I said. “Not yet.” She laughed and stood up, brushing the grass from her slacks. “I’ll be going. It’s almost time anyway.” I looked at my watch. Ten-twenty-two. “I’ll drive you home,” I said. “That’s okay,” she said. “I’ve got some shopping to do. I’ll catch the subway back. Better that way, I think.” “I’m going to hang around a bit longer. It’s so nice here.” “Thanks for the nail clippers.” “My pleasure.” “Give me a call when you get back, will you?” “I’ll go to the library,” I said. “I like to check out people at work.” “Until then.” She said.
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