姫路観光交流促進ワークショップ - 一般財団法人アジア太平洋観光交流

姫路観光交流促進ワークショップ
−観光とまちづくり−
報告書
日
時:平成16年2月6日(金)13:00 〜17:40
会
場:イーグレひめじ
(あいめっせホールおよび会議室・セミナー室)
主
催:姫路市・社団法人姫路観光協会
財団法人アジア太平洋観光交流センター
後 援 :国土交通省近畿運輸局・世界観光機関(WTO)アジア太平洋事務所
関西広域連携協議会・兵庫県・社団法人ひょうごツーリズム協会
西播磨観光協議会・姫路コンベンション推進協議会
姫路観光交流促進ワークショップ
主 催 者 挨 拶
石見利勝
(姫路市長)
会 場 風 景
基 調 講 演
西山徳明
(九州大学 教授)
パネルディスカッション
コ ー デ ィ ネ ー タ ー
茶谷幸治
(社団法人日本観光協会・都市観光活性化会議 委員)
分 科 会
分 科 会 A
担当パネリスト
中沢孝夫
<観光と中心市街地の活性化>
分 科 会 B
担当パネリスト
石崎祥之
<ホスピタリティと観光
〜姫路は観光客にやさしい町か?〜>
分 科 会 C
担当パネリスト
髙崎邦子
<播磨地域の集客力は
強いのか弱いのか>
報告及びまとめ
交流会
●目
次
プログラム
・・・・・・・・・・・
1
プロフィール
・・・・・・・・・・・
1
主催者挨拶
・・・・・・・・・・・
3
基調講演
・・・・・・・・・・・
5
パネルディスカッション
・・・・・・・・・・・
21
報告及びまとめ
・・・・・・・・・・・
37
新聞記事
・・・・・・・・・・・
47
●プ ロ グ ラ ム
13:00 〜 13:05
ご挨拶
財団法人アジア太平洋観光交流センター
姫路市長
石見 利勝
13:05 〜 14:00
柚木
治憲
基調講演
西山
14:00 〜 15:00
理事長
「地域遺産を生かした観光まちづくりの展開」
徳明 (九州大学 教授)
パネルディスカッション
コーディネーター
茶谷 幸治 (社団法人日本観光協会・都市観光活性化会議
パネリスト
中沢 孝夫 (姫路工業大学 教授)
石崎 祥之 (立命館大学 助教授)
髙崎 邦子 (JTB西日本営業本部 広報課長)
15:00 〜 15:15
休憩 (コーヒーブレーク)
15:15 〜 17:00
分科会
委員)
◆分科会A 講師:中沢 孝夫
テーマ:<観光と中心市街地の活性化>
◆分科会B 講師:石崎 祥之
テーマ:<ホスピタリティと観光〜姫路は観光客にやさしい町か?〜>
◆分科会C 講師:髙崎 邦子
テーマ:<播磨地域の集客力は強いのか弱いのか>
17:00 〜 17:40
報告及びまとめ
●プ ロ フ ィ ー ル
[基調講演者]
西山 徳明 (にしやま
のりあき)
九州大学 教授
1961 年福岡市生まれ。京都大学工学部建築学科卒業、京都大学大学院博士課程修了。
九州芸術工科大学芸術工学部環境設計学科助手、助教授を経て、2003 年 10 月より九
州大学芸術工学研究院助教授、2004 年 2 月より同研究院教授。専門は都市計画。
福岡市都市景観賞選考委員会委員、福岡県都市計画マスタープラン策定委員会委員等
を務める。
主な著書は、
『都市における文化遺産のマネジメント』、
『地域共生のまちづくり』
(共
著)、
『伝統的集落における歴史的環境整備を中心とした地域活性化方策の調査・検討
報告書』(共著)、『自律的観光とヘリテージ・ツーリズム』(共編)など。
-1-
●プ ロ フ ィ ー ル
[コーディネーター]
茶谷 幸治 (ちゃたに
こうじ)
社団法人日本観光協会・都市観光活性化会議
委員
1946 年大阪府生まれ。早稲田大学第一政治経済学部卒業。㈱電通でプランナーを経て、
㈱経営企画センターを設立、代表取締役として現在に至る。指導したマーケティングプ
ロジェクトは 100 を超える在野マーケターの第一人者。地域活性化プロジェクト、『ア
ーバンリゾートフェア神戸 93』、
『ジャパンエキスポ世界リゾート博』、
『和歌山ルミナ
リエ』及び『神戸ルミナリエ』、
『ジャパンエキスポ南紀熊野体験博』、
『しまなみ海道 99』
などの総合プロデューサーなどを、また、(社)ひょうごツーリズム協会ツーリズムプロ
デューサーなどを務める。
現在、(社)日本観光協会・都市観光活性化会議委員、宝塚市まちづくり研究所理事、関
西学院大学社会学部非常勤講師、関西大学社会学部非常勤講師。
[パネリスト]
中沢 孝夫 (なかざわ
姫路工業大学
たかお)
教授
1944 年群馬県生まれ。全逓本部勤務を経て、立教大学法学部卒業。
現在、姫路工業大学環境人間学部教授。専門は地域活性化論、中小企業論など。
「ひょうご経済・雇用戦略会議」委員などを務める。
主な著書は、
『地域人とまちづくり』、『変わる商店街』
、『中小企業新時代』、『トヨ
タを知るということ』など。また、「週刊朝日」の書評欄の執筆や「朝日新聞・播
磨版」で「まちが輝きを取り戻すとき」を連載(2003 年 3 月から 10 月まで)。
石崎
祥之
立命館大学
(いしざき
よしゆき)
助教授
1961 年京都市生まれ。立命館大学経営学部卒業、英国レスター大経済社会史修士課
程に留学後、立命館大学大学院博士課程修了。国連地域開発センター(名古屋市)で
都市環境プロジェクトに従事。現在、立命館大学経営学部助教授。
専門は交通経営論、交通論、観光システム論、観光産業論、国際ロジスティックス論。
大阪府将来像検討委員会委員などを務める。著書は「21 世紀の地域像」
(共著)など。
髙崎
邦子
(たかさき
JTB西日本営業本部
くにこ)
広報課長
大阪府生まれ。関西学院大学法学部卒業。株式会社日本交通公社に入社後、団体旅行
大阪支店において国内外で多数の出張・添乗業務に携わる。
1991 年JTBオーストラリア・オセアニア支配人室勤務のため、シドニーに赴任。
旅行業務のほか、運輸、小売、TV など幅広い分野での新規事業運営に携わる。
1993 年より関西営業本部営業開発部にて関西地域活性化のための調査・誘致活動を
行う。1997 年より現職。
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主
催
者
挨
拶
財団法人
アジア太平洋観光交流センター
理事長
柚木
治憲
アジア太平洋観光交流センターの柚木でございます。
本日は、皆様お忙しい中、このワークショップにご参加いただき、誠にありがとうござ
います。
私どものセンターは、国際機関でございます世界観光機関の業務を支援いたしますほか、
地域の観光振興等に関する業務もこれまで行ってきております。
今回、姫路市、姫路観光協会との共催で、
「姫路観光交流促進ワークショップ」を開催さ
せていただくこととなりました。
さて、本日のワークショップのテーマは、
「観光とまちづくり」というふうになっており
ます。今、地域の活性化、あるいは地域振興の大きな柱として観光というものが脚光を浴
びております。そして、この観光の振興のためには個々の観光資源だけに頼らず、まち、
あるいは地域全体をより魅力あるものにして集客を目指すという動きが広がりつつありま
す。すでにその成功例も各地に見られるところでございます。ただ、そういった魅力的な
まちづくりを実現していくためには、観光関係者だけではなく、地域全体の取り組みが当
然のことながら必要になってまいります。
ここ姫路には姫路城という世界遺産でもある第 1 級の観光資源があるわけですが、こう
いったものを活用しながら姫路、あるいは播磨地域全体の観光の魅力を高めるために、ど
うまちづくりを進めて観光客を呼び込んでいくのか、そういったことを考えるための手が
かりになればということで、今回このワークショップを開催させていただいた次第でござ
います。
本日は、まず九州大学の西山先生に「地域遺産を生かした観光まちづくりの展開」とい
う題で基調講演をお願いしております。
続いてパネルディスカッションでは、社団法人日本観光協会・都市観光活性化会議委員
の茶谷先生をコーディネーターに、また姫路工業大学の中沢先生、立命館大学の石崎先生、
JTBの髙崎様にそれぞれパネリストをお願いしまして、姫路、播磨地域の観光とまちづ
くりに関する問題点の提起などをしていただくこととしております。
その後、参加者と先生方が議論をし、意見交換をしていただく分科会を予定しておりま
す。
本日のこのワークショップが今後の姫路市、あるいは播磨地域の観光の振興、あるいは
地域の振興に少しでもお役に立ちますことを私どもとしては強く願っております。
終わりに、基調講演、またパネルディスカッションを引き受けていただきました各先生
方に厚くお礼を申し上げますととともに、共催の姫路市、姫路観光協会、その他このワー
クショップ開催にご支援、ご協力いただきました皆様に深く感謝申し上げまして、簡単で
ございますが、開始にあたってのごあいさつとさせていただきます。
本日はどうもありがとうございます。
-3-
主
催
者
挨
拶
姫路市長
石見
利勝
皆さん、こんにちは。
観光は姫路市のかねての課題でありますが、今日はご関心のあるたくさんの皆様に「姫
路観光交流促進ワークショップ」にお集まりいただきまして、ありがとうございます。
今日は大変ご多忙の中を、観光に関する専門の先生方にお集まりいただきまして、基調
講演、ワークショップをしていただきます。本当に感謝申し上げたいと思います。
姫路市はこれから観光に力を入れようということでございますが、皆さんご存じのよう
に、姫路市はかつて産業都市でありましたので、観光に頼って市政を運営していくという
経験があまりございません。観光客はたくさん来ておるのですが、その方々を歓迎し、そ
の方々が気持ちよく姫路で消費していただくという環境づくりといいますか、そういうあ
たりは非常に弱いと思っております。
今、時代は非常に便利になっておりまして、姫路城は東京にいても見ることができます。
播磨のそうめんも東京にいても食べることができます。要するに日本中の名物や名所とい
ったって、これはもうそこに行かなくても見ること、食べることができる時代になってい
る。そこをあえて姫路に来てもらわなければいけない。どうやって来てもらうか。そこは
市民の皆さんによってつくられる姫路のあり様、さらにはホスピタリティ、この辺が大事
になってきますので、結局は市民の皆さんと我々と、そして産業界がどういうパートナー
シップを組めるかということにかかっていると思います。
すでに姫路市は、もう 10 年も前に観光基本構想というものをつくっていまして、非常
にいい計画ができています。しかるに今の状態になっている。なぜか、結局、官が構想を
つくるだけ、これで全然実践がない。ここでやはり官と民と市民の皆さんによるパートナ
ーシップがこれから試されるという時に来ております。
京都の皆さんは、私がたびたび申し上げますように、確かに観光客が年間 4,000 万人、
今はちょっと 4,000 万人を切っていますが、観光客が来ますけれども、京都にある観光施
設、おいしい食べ物、1 番の消費者は京都の市民です。京都にあるいろいろなお祭、これ
を 1 番楽しんでいるのは京都の市民です。市民が自分の地域の生産物、地域の自分の文化・
伝統を愛さない限り観光なんてあり得ない。そういう意味では、石崎先生が言っておられ
ますが、ないものをねだるよりもあるもの探し、このあたりから頑張ろうではないかとい
うのが、この「観光元年」を今年うたいたいという姫路のお願いでありまして、今日ご参
加の皆様も先生方のお話を身につまされながら聞いていただきたい。姫路市と比較しなが
ら聞いていただいて、これからの姫路をみんなで盛り上げていくという最初のきっかけに
ぜひお願いしたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
ご参加の先生方への感謝と、ご参加の皆様のご健勝を祈念申し上げまして、あいさつと
させていただきます。
どうもありがとうございます。
-4-
基
調
講
演
「地域遺産を生かした観光まちづくりの展開」
九州大学教授
西山
徳明
九州大学の西山です。
今日は、このような大きな観光交流ワークショップの基調講演を仰せつかり、やや任が
重いと感じています。また、学生時代に 1 度姫路城に見学に来たぐらいで、ほとんど姫路
の街のことを存じ上げません。ご容赦下さい。
今、市長のごあいさつにも地域の宝物探しの話がありましたが、そういうものを私は「遺
産」と呼んでいます。そうした宝探しをどのように行っていくかというようなことに関し
て、日頃考えていること、また私が日頃関わっている地域の参考例を示させていただきな
がら、50 分ほどの時間ですが、お話にお付き合いいただきたいと思います。
まず、お手元の「地域遺産を生かした観光まちづくりの展開」というレジュメをご覧下
さい。およそこのレジュメに沿って、少し私の考えなどをお話しさせていただきたいと思
います。
最初から自分の写真入りで大変恐縮ですが、これはつい最近の中国新聞、1 月 29 日にた
またま掲載していただいた記事です。私自身、専門は建築の都市計画で、一般的には歴史
的な町並みの保存や、そうした地域の観光振興などについて、ここ 20 年間ぐらい携わって
きました。こちらには世界文化遺産の姫路城がありますが、「世界遺産」ということでは、
宮島の厳島神社を中心とする門前町のまちづくりのお話、それから岐阜県の白川村、白川
郷の世界遺産にも少し関わっており、日頃から世界遺産のことを考えなければならない立
場にあります。
最初にお話しするのは宮島の話です。宮島は厳島神社という、こちらの姫路城と並ぶ、
日本を代表するすばらしいスーパー国宝とも呼べる世界遺産を持っていますが、宮島の場
合は島全域が国指定特別史跡ということで、山自体も原生林を持つ山です。その弥山とい
う山を御神体として厳島神社ができて、1000 年に近い歴史を持っているわけですが、実は
この厳島神社の西側と東側に非常に古い歴史的な町並みが残っています。ところがこの町
並みは、特別史跡の中では文化財として位置づけられていません。特別史跡として価値づ
けられているのは厳島神社本体と、そしてその背景となる原生林を持つ弥山という自然の
山です。そしてそれら一帯が文化遺産という形になっているわけです。
私は、昨年、財団法人日本ナショナルトラスト(観光資源保護財団)を経由して宮島町
の商工観光課からある依頼を受けました。厳島神社周辺の門前町になかなか古い町並みが
残っているのだが、1 度診断してもらいたい。放っておくと町がどんどん壊れていってい
るようなので、果たしてこのまま壊れていくのを見過ごしていいものなのかと。要するに
厳島神社と背景の山だけを守って、周辺の町並みは迷惑をかけない程度に建て替えていけ
ばいいものなのか、それともそれ自体に価値があるのかということについての診断を頼ま
れました。
これまで文化庁などでも話題に上がったことがなかったので、それほどのものが残って
いるとは思わず、比較的軽い気持ちで見に行きました。ところが実際にはおびただしい数
の伝統的な建造物、江戸時代、明治時代、大正時代、昭和初期までに至る非常に貴重な民
家建築がたくさんありました。これは大変ですよ、ぜひ特別史跡というだけではなくて、
-5-
伝統的建造物群として拾い上げるべきであると言いました。歴史的町並みを文化財として
価値づけるには「伝統的建造物」という文化財保護上の言葉があるのですが、国指定の重
要伝統的建造物群保存地区ということも視野に入れて、もっともっと宮島の持つ環境とし
ての価値、遺産としての価値を高めていったらいかがですか、ということを地元に提案し
た内容を新聞でかなり大きく取り上げていただきました。
今まで私のような環境保全や町並み保存などをやる者が行っても、新聞の見出しにこう
いう「観光資源」という言葉が踊ることはありませんでした。私が考えるのは、もちろん
厳島神社と弥山という山だけでも十分世界遺産として今後も間違いなく観光振興を図って
いけるでしょう。しかし今実際に世界中の人たち、主に先進国の人たちが海外旅行をして、
そのような人たちが 1 番享受して喜んでいる観光資源とは何なのかということを考えた時
に、それはまさに、こうした文化遺産、つまりそこに人が住んで、その住人たちが受け継
いできた文化、あるいは家々や建物、環境、そのようなものの中に招き入れられて、住ん
でいる人たちと彼らの生活そのもの、住んでいる人たちが楽しんでいる日常の暮らしに触
れるという観光です。こうした観光形態が今、滞在時間も長く、また消費活動も促すとい
う形で、世界遺産をめぐる観光の中でも非常に注目を集め、また発展している、あるいは
息の長い観光となる可能性を 1 番含んでいるもの、観光の形態ではないかと考えられるわ
けです。このことについては後ほどまた説明させていただきます。ただそういう意味で、
宮島が今、観光で行き詰まりを感じているのであれば、なおさらそのような大切なストッ
クを生かして、世界遺産の価値をさらに高めていき、厚みのある観光資源の開発を行って
はどうですか、というようなことを提案したという話です。
今のは自己紹介がわりにお話させていただきましたが、今言いましたようなことを今日
は、全般を通じてちょっと頭に残しておいていただきたいと思います。
もう 1 つ、私はあまり映画は見ないのですが、たまたま私の家族が今話題の「ラスト サ
ムライ」という映画を見に行き、非常に感動して帰ってきました。そして買ってきたパン
フレットを読みました。侍を描いた初めてのハリウッド映画ということで、ずっと読んで
いくと、見開きに大写しの決闘シーンがありました。私はその決闘している 2 人ではなく、
その後ろの背景に興味を持ちました。ハリウッド映画というのは、セットにとことん金を
かけてやると聞いているので、日本の江戸時代の農村や、武家が隠れ住んだ里、あるいは
横浜などの街の景色をどのように描くのだろうかということに興味を持ち、実際に映画館
に見に行きました。
(写真を見せながら)これはどこのロケかわからなかったのですが、建物などは京都の
美山町にあるような茅葺の家のようなものから、ディテールに至るまでかなりうまくつく
りあげていました。よく見ると後ろのほうに、椰子の木があり、ニュージーランドで撮っ
たとのことですが、そういう隠せない自然の背景は仕方がないにしても、かなりのお金を
注ぎ込んでこういう屋外のセットをつくり込んでいるのが分かりました。また、パンフレ
ットにはどうしても人が写りますので、映画の中で私がおもしろいと思ったシーンは写真
ではお見せできませんが、例えば明治の初めの横浜をつくり込んでいるものなどは、ちょ
っと日本映画ではなかなかここまでお金はかけられないのではないかというぐらい、非常
にリアルなもので、我々専門の者が見ても太秦の映画村どころか、本当に今、残っている
町で撮影しているかのような、なかなか出来のいいセットだなと感じました。
ところでこのパンフレットの中を読んでいますと、
「歴史の息づく街、姫路で初めてのハ
リウッド映画製作」とありました。先ほど市役所の方に聞いたところでは、実は初めてで
-6-
はなくて、ハリウッド映画は過去にも姫路で撮影されたということなんですが、それはさ
ておきこういう一文がありました。
「これほどの建物を複製で再現することは・・・」とい
うもので、助演の渡辺謙が日頃住んでいる姫路の円教寺というお寺のことです。私は、映
画で最初にこのお寺の全景、庭から見た景色が映った時に、日本にこういうところがあっ
たか、これだけ完全に新しいものを排除した、完全にオリジナルに近い形で残っているよ
うなお寺が今、日本にあったのだろうか、もしかしてこれは中国かどこかにあったものを
撮りにいったのかなと思っていました。
そして、監督が何と言っているかといいますと、
「これほどの建物を複製で再現すること
はとても不可能です。木材のひとつひとつ、匂い、光の当たり方、祈りを捧げるためにこ
こを訪れた無数の人々に長年にわたって踏まれ続けることによって磨かれてきた石畳の様
子などに過去を感じるのです」と、こういうことを言ってくれているわけです。欧米人が
日本に行かなければ、そこに行かなければ感じることができないというものがあるとする
と、まさにこういう言葉の中に包含されている日本の文化が持っている環境、それは対象
が物である場合もあるし、もしかしたらもう少し広く解釈してお祭のようなものとか、風
俗のようなもの、民俗のようなもの、いろいろあるかもしれませんが、こういうことを言
っているわけです。ハリウッドは、ここでなければできない、幾らお金を何億円かけても
絶対に再現することができないというものを姫路に求めてきて、そこで見つけ、そして、
逆に我々日本人がそれを見た時に、本当にびっくりするほどうまく使いこなしている。日
本人はあまりそういうところにそういうものがあることを知らないのに、ハリウッドはし
っかりその辺を見つけ出してしっかり使いこなした、ということに、1 つの日本の観光の
あり方というものに関するヒントのようなものを感じ取ることができました。
私はヘリテージ・ツーリズムということが一応専門であると知られています。ヘリテー
ジというのは訳せば「遺産」です。おおよそ今日のお話もそうですが、自然遺産というの
はほとんど手付かずの原始の自然のようなものしかありませんので、大半の自然は人との
関わりのなかで保全、継承されてきました。富士山のような自然の造形物でも、そこに人々
の富士山を愛でる文化があることによって「文化遺産」と呼ぶことができます。そういう
裾野を広く文化遺産というものを解釈すると、ほとんどあらゆるものをヘリテージ、文化
遺産としてとらえることが可能となります。そしてそういう文化遺産を享受する観光をヘ
リテージ・ツーリズムと呼ぶことができます。
ここで普通は出さないのですが、こちらは世界遺産を抱えておられますので、ICOMOS と
いうものも十分ご存じだと思います。ICOMOS というのはユネスコの相談機関であり、世界
遺産の登録を決めたり、世界遺産がきちんと守られているかどうかを常日頃監視している
国際的な NGO です。この ICOMOS は、ただ単に世界文化遺産の審査や管理をしているだけで
はありません。実は 25 年前の 1976 年に ICOMOS 文化観光憲章というものをつくり、それを
さらに 1999 年に改定しています。
この文化観光というのは、カルチュラル・ツーリズムのわけですが、私が今説明したヘ
リテージ・ツーリズムと同じと考えよいものです。ジャンボジェット機が飛ぶようになり、
またあらゆる便利な交通手段を手に入れ、観光客は行こうと思えばどこにでも行け、物理
的にはどんな資源にもアクセスできるようになりました。このように世界中の人々がマス
ツーリズムに参加できるようになった中で、そういうものを享受する文化観光とはいかに
あるべきかということに関して 1 つの指針を約 25 年前に ICOMOS が示しました。
25 年前の憲章では、観光客を遺産の高潔性や環境を物的に脅かすものとしてとらえ、主
-7-
に遺産を訪れる観光客と遺産を守ろうとする人々との緊張関係をいかに管理するかについ
て、注意を促す内容になっています。要するに観光客というのは迷惑な存在であり、大切
な文化遺産を守ろうとした時にはむしろ害である、だからいかにこの観光客と文化遺産の
間に塀を建て、ガラスを張り、観光客たちが大切な文化遺産をいかに踏みにじらないよう
にするか、ということを最大の目的として掲げました。これは当時の時代的背景や当時の
マスツーリズムの展開の勢いということを考えれば、むしろ当然の考え方でした。
しかし、それから 4 半世紀の時間が経ち、99 年にはこれが大幅に改定されます。これを
読んだ上での私なりの理解ですが、
「遺産保護に大衆レベルでの高い認識と支持がない限り、
政策的にも資金的にも支持を受けることはできない」ということを根拠に、
「訪問者が遺産
の価値に管理された方法でアクセスできるようにすることを保護の主要な目的に据える」
と書いています。もう少し読みますと、
「観光産業界は世界規模の観光の中で遺産の占める
位置の大きさと重要さにすでに十分気づいている。また、その脆弱さも認識しているとい
うことを前提にしていなければ成り立たない」と書いています。すなわち文化遺産という
ものを本当に守って将来につなげていこう、あるいは新しい文化遺産をきちんと発掘して
いこうと考えた時には、当然そこには資金が必要になってくる。維持するにも資金が必要
であり、見つけ出し、磨きをかけるにもお金が必要になってくる。しかし、そういうお金
というものは、結局その受益者である観光客に依存せざるを得ないというのが文化遺産保
護の宿命です。そうであれば、ただ 25 年前のような考え方で遺産と観光客の距離を遠ざけ
ていても、観光客もまた遺産の本当の意味を知ることができないままに薄っぺらな観光を
繰り返して、本来の意味でその遺産に対する理解が示されない。やはりそうではなく、き
ちんと遺産の価値や意味をわからせる、しっかり遺産に近づけさせて、ある場合は触れさ
せて、その価値を認識させた上で、逆にそのためのお金もちゃんと払ってもらう、対価を
払ってもらうということです。あるいはその遺産をただ見て、「ああ、よかった。きれい」
というだけではなくて、この遺産の管理のために自分は寄付をする、あるいは自分が何ら
かの形でアクションして、その遺産の保護に関わる。こういうふうな行為こそ今、ある意
味、ある階層の人たちが求めている質の高い文化観光、カルチュラル・ツーリズムではな
いかと、そういうことを言っていると読みとれるわけです。
ですが、それを運ぶキャリアやエージェント、観光産業界というのは一体どうなのかと
考えてしまいます。憲章では、こういう人たちも遺産が非常に壊れやすい脆弱なものであ
るということがわかってきている、むしろそういう人たちを退けるのではなく、そうした
セクターの役割、判断力を信じ、その力を借りて文化遺産観光をきちんと展開し、遺産を
保護していけば良いというように、ある意味、大きく考え方が転換してきたわけです。
この憲章における遺産の定義は、
「歴史的な都心、町並みや集落、宗教的な場所、文化的
景観、産業遺産地域、貴重な自然環境をもつ場所、博物館や美術館、また先住民が管理の
意志、権利または責任を持ち続けており、彼らにとって重要な意味を持つ古来からの場所
も含まれる」とあるように裾野がかなり広いということがわかります。それから、この憲
章が唱えていることでもう 1 つ大事なことは、遺産管理に関わるべき主体についてです。
今までは遺産とツーリストの 2 者の関係という形で考えられていたのが、そこにそれを守
るホスト社会、ホスト地域の人々の存在が大事であるということが明らかにうたわれてい
ます。それだけであれば昨今、どこでも言われるようになりましたが、ここではそれだけ
ではなく、地域住民やローカルコミュニティと言われている人たちの中にもさらに「ホス
トコミュニティ= the present‑day host community」と「遺産の所有者 = owners of historic
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property」「関係する先住民= indigenous custodians」の 3 種類があって、それらの人々
をきちんと遺産の管理や観光の開発に参加させていくべきであるということをうたってい
ます。ホストコミュニティというのは、まさにその遺産の近くに住み、その遺産を訪ねて
いった時に迎えてくれる人たちのことです。それから、その遺産を法的に所有している人
が存在しますが、必ずしも遺産周辺に住んでいるとは限りません。所有者が国家である場
合もあります。それから関係する先住民、要するに文化的な所有者、文化的な先住民、こ
ういうふうな人たちもいます。
日本の場合はこれら 3 者がバラバラであることはあまりなく、一体的な場合が多いわけ
です。例えば白川村の合掌づくりの集落という場合は、行った時に迎え入れてくれる地域
社会も白川の地元住民であり、その家や畑、田んぼ、山を持っているのも地元住民である
し、そしてそういうものをつくり出した文化そのものの後継者、数百年という文化を後継
しているのも白川住民の人たちです。そういう意味では日本ではこの 3 者を分ける必要は
あまりないのですが、海外、特にオーストラリアのアボリジニなど、そういう複雑なこれ
までの歴史的な経緯を抱えているところでは、この 3 者を常に意識してやらなければなら
ないと言っているわけです。この点は大事ですが、今日はこれ以上はお話する時間はあり
ません。
憲章ではさらに、その遺産を管理していくためには 6 つの大切な原則があるということ
も言っています。
1 つが先ほど言いました重要性、遺産の意義や価値です。本物の価値へきちんとアクセ
スをさせてあげるということをまずきちんと考えなければいけないということです。
2 番目は、しかしツーリズムと遺産というものは、もともとは矛盾する関係にあるので、
そこでどのようにすればお互いが持続可能な、今日のレジメのテーマのところにも書かれ
ていますが、持続的な関係を構築できるかということ。これはかなり地区地区、遺産遺産
のケースによって違うことに対処しなければなりません。
それから 3 番目が先ほど申し上げましたように、訪れた人が本当にここを訪れてよかっ
たとか、遺産の意味に触れてよかった、あるいは遺産の管理に自ら関わることができたと
いうことに充実感を覚えるような訪問者の経験を豊かにすることが大事であるということ
です。
また 4 番目も先ほど申し上げましたが、3 者、ホストコミュニティ、地域社会の人たち
というものにきちんと観光開発なり遺産の管理に参加させなさいということも言っていま
す。
最後の 2 つですが、参加させるだけでなくて、やはりきちんとそのホストコミュニティ
への利益の還元を図る方法を考えなければいけないということです。
また 6 番目として、遺産を改善するためのプロモーションの活用、これは言葉としては
ちょっとわかりにくいものです。ある特定の非常にすぐれた世界遺産のようなものがあっ
た時に、そこにばかり人が集中して、非常に薄っぺらな観光や滞在時間の短い観光、体験
の薄い観光で終わってしまっている。そしてそれが結果としてツーリズムの集中を生みだ
し、そのことが遺産そのものを損なうということが生じてしまっている。やはりその遺跡
を囲むさまざまな遺産であるとか、その地域社会がもたらすことのできるさまざまな開発
可能な観光資源、そういうものを適切に開発して、やはり中心となる遺産そのものに関す
る集中を避けるべきだということです。またそれと同時に、その地域社会が広く観光を展
開できるようなことをきちんと考えなければならないということです。そのためにそうい
-9-
うものをコントロールできるきちんとした主体がそういうプロモーションをやらなければ
いけませんよというようなことを言っているわけです。
これらを遺産管理の 6 つの原則というふうな形で提案しています。
様々な具体的な地域にこの 6 原則を適用してみると、成功していると言われる観光地、
なかなかうまくいっていない観光地域の診断の指標としてかなり使えるものとなっている
と言えます。これは ICOMOS のホームページのほうを見ていただければ、日本語はないかも
しれませんが、掲載されています。以上が 2 つ目の話題でした。
今日お話ししたい続いてのキーワードとして、
「エコツーリズム」と「エコミュージアム」
があります。現在、これまで述べてきたような遺産管理、あるいは遺産を生かした観光開
発ということを考える時に、今や避けて通れない観光開発上のキーワードと言えます。
「マ
スツーリズム、リゾート・ツーリズムからエコツーリズム、ヘリテージ・ツーリズムへ」
と、まず最初に書いています。マスツーリズム、リゾート・ツーリズムというものは、あ
る旅行の形態を指していますし、今後も全くなくなるということはなく続いていくと考え
ています。ですからそれと取って代わるという意味ではないのですが、そういうものばか
りであった観光からエコツーリズムやヘリテージ・ツーリズムへこれから少しずつシフト
していくことになると考えています。
エコツーリズムというのは、ここの文章を先に読むと、
「地域の自然や文化、風土や民俗
と、そこに住む人々との関わり方、関係性を見たり、体験したりして享受するツーリズム」
です。実はこれは私の解釈で、一般的にはエコツーリズムというのは、自然保護思想から
生まれたもう少し運動論的なものとして展開されています。大自然を楽しむようなタイプ
の観光に関しては、素人の観光客がドカドカと自分たちの判断で入っていったり、自然環
境のことを知らない観光業者が勝手に入り込んでいくと、自然や生態系が破壊されてしま
います。したがって、むしろ計画的に、地域の自然を十分知りつくし、その価値を説明で
きるインタープリターやレンジャーといった専門家ガイドがきちんと介在して、少人数で
環境に負荷を与えないようにして行う観光です。またそのガイドは別に外から来た専門家
でなくて、その自然に近く住み、その自然を 1 番よく知っている地域住民の人でもいいわ
けです。そういう人たちがエコツーリズムのガイドをすることによって若干の経済的収入
も得て、またその自然と付き合うことに余裕も生まれ、自然を保護していく上にもメリッ
トがあるというように、本当の自然保護を行うために、むしろその自然に観光客をきちん
と近づけてやる、アクセスさせるという、先ほどの ICOMOS の憲章と非常に似た発想に基づ
くものです。ある意味発端は自然保護思想から生まれたと言っても間違いないと思うので
すが、ただこのエコツーリズムは、今ではかなり解釈が広がってきています。必ずしも自
然資源ではなく、その自然の傍らに住む地域住民の文化に触れる、民俗に触れる、そうい
うこともエコツーリズムの対象という形で、その活動対象が広まってきています。ですか
ら現時点でエコツーリズムを説明するとすると、冒頭のような言葉で説明できるのではな
いか考えるわけです。
また、ヘリテージ・ツーリズムというのは、先ほども言いましたが、地球や地域の自然
に対し、人間が長年にわたって働き続けた結果として生み出されたものが文化遺産であり、
これを享受するツーリズムであると言い直すことができると思います。
実は、お手元の本日のレジュメの中の私から事前に出した文章で、遺産のことを別の言
葉で定義しています。日本語の「遺産」というと、単に「遺されたモノ」、あるいは「役目
を終えたモノ」、または「過去を物語るモノ」、
「親が遺してくれた遺産」という言い方もあ
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りますが、例えばユネスコが世界遺産で言っている「遺産」というのは、それは当然含ん
でいますが、もう少し意味が違うようです。現代を生きる人類にとって価値あるものであ
り、その価値を子孫にも受け継ぎたいと誰もが思うもの、すなわち「遺したいモノやコト」
です。したがって「モノ」だけではなくて、「コト」でもあるということです。その遺産、
「モノ」として存在している遺産に関わっている人々の暮らしや、その遺産を守っていく
ための地域社会のシステムなどが、ここの「コト」に当たるわけです。近年、ユネスコ世
界無形遺産条約というものもできて、
「モノ」そのもの、無形的なもの自体を世界的な条約
で守ろうというような話も、起こってきています。いずれにしてもそういう「遺したいモ
ノやコト」を総称して「遺産」と呼んでいるわけです。
これも 1 つの例として示しますと、先ほど話をした白川村の世界遺産の合掌づくりの集
落というのは、合掌づくりの建物だけが評価されたのではなくて、合掌づくりを今後もず
っと葺き替えていくことのできる地元の助け合いである「結」という仕組みが評価された
からです。法隆寺にしても木造の塔のみがモノとして評価されたわけではありません。要
するに白川村の茅葺は「結」という仕組みがあるからオーセンティックに未来に継承して
いけるとユネスコは判断するし、また宮大工さんがいるから法隆寺という木造建築が部品
を取り替えながらも、その木造文化のオーセンティシティというものが継承されるとユネ
スコは認めたわけです。そういう仕組みのようなものは「コト」と呼んでもいいかなと考
えるわけです。
それをもう少し拡大解釈すると、つまり現代の私たちの暮らしの中にある変わらぬ大切
なものが時を経て評価され、新たな遺産となり得るというように考えることができます。
それが世界遺産になるかどうかは別としても、少なくともそういうように遺産というもの
をとらえることでいろいろな考え方が生まれてきます。世界遺産だけを特別なエリートと
して切り離して考えるのではなく、そこからヒントを得て、文化遺産というものと、自分
たちの日頃の生活というか、例えば地域の観光振興ということを少し連動させて考えてみ
たらいかがでしょうかというのが、実は今日の私の 1 番述べたい話です。
そこで、話をまたちょっと戻しますが、先ほどエコツーリズムの話はしました。識者の
中では、エコツーリズムかエコミュージアムかということに論争があったりもするのです
が、私からするとエコツーリズムというものはそういう一種のモーブメントや考え方、あ
るいは観光開発の考え方でして、エコミュージアムとはそれを具体的に展開していく仕組
みのことを指していると理解しています。
エコミュージアムについてはこの後少し事例を出しますが、昨今では、日本中でかなり
流行している「地域まるごと博物館」とか、「屋根のない博物館」とか、「地域まちじゅう
博物館」といった言葉で展開しています。しかしそうした実際に展開している事例を少し
追いかけてみても、本質的な部分で骨抜きになっているものが結構見られます。私は実は
このエコミュージアムにかなり本気で取り組んでいます。これも私の勝手な定義ですけれ
ども、
「エコミュージアムというものはどういうものですか」ということをもし問われたと
すれば、このように答えられるでしょう。まずエコミュージアムにはテリトリーが必要で
ある。それは物語としてのまとまりを持つエリアであると。要するにある 1 つの文化のま
とまりが 1 つの領域としてきちんと説明されて、そこにはその文化を説明する物語があっ
て、それをまず最初にエコミュージアムを考える時に、どこまでの範囲をテリトリーと考
えてエコミュージアムを展開するか、要するに「屋根のない博物館」とは言いつつも、歩
いていてどこで終わるのかわからないようなものでは困るので、きちんとテリトリーを設
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定する(説明する)必要があります。
それから 2 つ目が、エコミュージアムは必ずテーマを持っているということです。フラ
ンスが発祥のエコミュージアムですが、イギリスには、鉄の歴史というテーマを設定し、
鉄がつくり出された鉄鉱石の採石場とか、溶鉱炉とか、それから製品をつくる場所、最終
的にできた世界で初めての鉄橋とか、そういうものを 1 つのセットにして、鉄のミュージ
アムを展開している事例もあります。必ずそういうテーマがしっかりしている必要があり
ます。そのテリトリーを説明するテーマがきちんとわかりやすく存在しているということ
です。
例えば、姫路市観光基本計画という資料を事前にいただいたのですが、その中で姫路の
現在の観光の状況というものをみると、内容的には今日のあらゆる先端的な観光的な課題
やツールがたくさん盛り込まれています。しかし、全体のテーマがなかなか見えてきませ
ん。もし今、姫路市の観光というものを外から見た時に、わかりにくいものがあるとする
と、多分テリトリーとか、テーマの話がやや不足しているのかなと、私はわからないなり
に感じました。
それから、エコミュージアムは現地で本物を保存するということ、そして遺産と人との
関係を地域ごと保存するということが大切です。
「保存」という言葉については、よく「文
化財保存」と言うと、もう何もできないとか、凍結するとか言いますが、それほどの強い
意味ではありません。むしろ「継承」するという言葉の方が適切かもしれません。ただ大
事なのは、もともと博物館というのは世界中、あるいは地域中から本物を博物館という箱
の中に持ってきて、陳列ケースの中に並べて見るというものでした。そういう意味ではエ
コミュージアムはそのものが本来あった場所にそのまま保存して、そのものがある環境と
ともに享受する。それがエコミュージアムの魅力でもあるし、だからこそテリトリーが必
要であり、オープンエアである、屋根のない博物館である必要があるわけです。
それからエコミュージアム、ここは大切です。先ほど市長さんのお話にもありました。
京都は観光客 4,000 万人と言っていますが、実はあれは 3,000 万人以上は多分市民で、い
わゆる観光客、入込み客ではなくて、人出客だと思うのです。そしてその市民が 1 番楽し
んでいるという話がありました。このエコミュージアムの最初のお客さんは、地域住民あ
るいは市民であるということが非常に大事なことです。それは別の言い方をすれば地域の
文化継承者であるということです。文化という言葉がちょっと硬すぎるのであれば、要す
るにその資源をつくり出したり、担っている人たち、市民そのものが主人公となっている
ミュージアムであって、住んでいる人たちがそれを喜んだり楽しんだりしているものに、
外の人がうらやましがって見に来るというのが理想であるということになるわけです。
フランスなどのエコミュージアムをみると、本当に儲けや稼ぎを度外視して、自分たち
だけで本当に楽しんでいるだけのエコミュージアムも実際にあります。経済的に豊かでな
くても、心で非常に豊かにやっているという印象を受けるところもあります。ただ日本の
場合はもう少し目的的であっていいとは思います。しっかりとした観光振興というものと
結びつけて考えることは十分可能だと思うのですが、この辺はベースとして従来の観光地
や博物館の考え方にはありませんでした。すべて反対側のことを言っていると思っていた
だいていい部分もあります。こういうことがポイントとなります。
簡単に説明しますと、エコミュージアムというのは生活環境博物館と言う人もいます。
先ほど言ったように、博物館というのはやはり博物館という箱、実は建物そのものも博物
館の展示品である場合もあるわけですが、そこに収集品を集めてきて、そこに専門家がい
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て、学術的に評価されたものを飾るというのが伝統的な博物館の姿です。それに対してエ
コミュージアムというのは、ある程度のテリトリーが明確であって、1 つの村であったり、
町であったりする。まちづくりの「まち」という単位でもいいと思うのですが、そこに対
して来訪者が来て、コアミュージアムをまず訪れます。コアミュージアムというのは情報
が集まる場所です。ここに行くとこの地域の情報がすべてわかる。そしてサテライトとい
うのが本物の展示品です。そのサテライトを訪れた人は、コアで得た情報を持ってサテラ
イトを回って、そのエコミュージアムを体験していく。そこに必ず住民が介在して、それ
ぞれのサテライトの説明をしてくれたり、あるいはさまざまなサービスをしてくれたり、
説明をしてくれる住民が必ずそこに存在します。だから明治村みたいなものではないわけ
です。
これも同じようなことでして、日本にエコミュージアムを紹介された新井先生という方
が紹介されているものですが、地域の文化を大切にしようと思えば、当然その知識の宝箱
であるお年寄を大切にしなければならないということや、そういう住民が育っていかなけ
ればならないという話、地域の特性というものをそれぞれに拾い上げていって、それをわ
かりやすい形で外に知らせていってあげようというようなことが大事になるわけです。
エコミュージアムのシステムを説明すると、テリトリーがあるエリアで固まると、コア
があって、コアには情報の拠点がある。そしてサテライトがいろいろあり、これらがディ
スカバリー・トレイル(発見の小径)で結ばれています。この小径はテーマやストーリー
を理解するために設けられます。したがって、コアで得た情報を持って、例えばこの赤の
線に従って行ったら、その地域の中で、もしかしたら製鉄の歴史が学べるかもしれない。
それから緑色の線を行くと、江戸時代の歴史的な足跡をめぐることができるかもしれない。
青いのをめぐると、後で萩の話をしますが、もしかしたら明治維新の足跡をたどれるかも
しれないというふうなストーリーが明確にあって、それをテリトリーの中で展開していく
ということがエコミュージアムの 1 つのシステムです。
これは非常に小さな例ですが、福岡県の吉井町に全国に 62 地区ある国の重要伝統的建造
物群保存地区、歴史的な町並みの保存地区の 1 つがあるのですが、ここでたまたま私の研
究室の学生と一緒に女子学生 3 名が自分たちで歩き回って、自分たちの目に映った興味深
いもの、拾い上げた地域の宝物、あるいはおもしろい場所やおもしろい乗り物、そういう
ものや彫刻など、それからその町が伝建地区になった根拠となっている歴史的な建造物を、
彼女らの感覚でスケッチしたものを地図(図 1)に落としたものです。実はこの中に、い
ろいろな色がついた線が道に沿って掲載されています。これは実は複数のトレイルがこの
中を駆けめぐっていることを示しています。地区内をめぐる水の物語を知るためのトレイ
ル、お寺や社を知るためのトレイル、産業と建築を知るためのトレイル、それから時間の
ない人にいいとこ取りのトレイルというものを設定して、1 つの地区の中を複数のトレイ
ルがめぐっているように設定しました。訪れた人が、本当はエコツーリズムのように誰か
地元の詳しい人が一緒に連れてガイドで歩いてくれるのが 1 番いいのですけれども、そう
できないわけですから、こういう形で、特に都市観光などはそうはいきませんので、こう
いうことをやっています。実はこれに近いものは幾らでもあるのです。ガイドマップとか、
何とかルートとか、何とかめぐりとか、回るバスとか、いろいろあるのですが、きちんと
したコンセプトやこういう理念に基づいてトータルにコーディネートされていないがため
に、どこにでもある単なるルートマップに終わってしまっています。また、つくる側も本
当にこういう意味や意義をきちんと理解していない、あるいはそれに反応する形でそれぞ
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れの拠点(サテライト)が展開していないという例が多々見られます。サテライトと指定
されている場所の人がテーマもストーリーも理解していないので、観光客がなぜ来たのか
わからない、というようなことがあると、こうしたシステムは全く機能しないことが理解
いただけると思います。
(図 1)
吉井町のまちめぐり案内マップ(表・裏)
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そこで、実は観光地といってもいろいろな種類がありますが、私は、観光地の類型を説明
する時に、こういう説明の図(図 2、3)を発案して、説明に使っています。横軸に当たる
のは観光資源の固有性です。要するにそこにしかない観光資源というのは固有性があって、
そこに行かなければ見られないものが左側に位置します。一方でテーマパークのようにお
金さえ投入すればある意味、世界中どこにでもつくることができるような新規資源型の観
光地は右側に位置します。縦軸は、実際に観光が展開する空間、観光客が訪れて歩き回る
空間と、住んでいる人たちの生活空間がどれくらい切り離されているか、混じり合ってい
るかということを指標にしたものです。上に行くほど両空間が分離しており、下に行くほ
ど融合し、混じり合っています。
これによると、例えば先ほどから言っている白川村などは最も資源の固有性が高く、し
かもそこに人がどやどやと入り込んできますから、町並み型観光というのはここ(左下)
に入るわけです。
一方で、全く反対(右上)に位置するのは、例えばフロリダ州にあるディズニーワール
ドのような、湿地を埋め立てて 1 つの都市をつくって、周辺の都市から独立してしまって
いるような観光地を示します。こういうようなものが 1 番両極にくるだろうと思います。
ラスベガスなど、あるいはハワイにあるような大規模リゾート・コンプレックスみたいな
ものも右上に入ります。細かいものは時間がありませんので説明しませんが、この図によ
ってテーマパークのハウステンボスとか、歴史都市遺産観光地の京都であるとかも説明で
きます。
今言いましたように、例えば複合リゾートや単体のリゾートは右端の上方に位置します。
それからいわゆる非常に大事な、姫路にとっても大事だし、これはいろいろな意味で日本
のツーリズムには欠かせない要素ですけれども、アーバン・ツーリズムは右下です。ここ
で言うアーバン・ツーリズムには、あまり歴史的な要素や文化遺産的要素は入っていなく
て、むしろ都市的な利便性や買い物、グルメ、あるいはアミューズメント、そういうもの
を資源とする狭い意味でのアーバン・ツーリズムを指しています。そしてテーマパークと
いうのは中央あたりくるであろうと説明できます。
実は、遺産というものも大きく分けると自然遺産、それから考古学的遺産、都市遺産、
集落町並み遺産に分けて理解できます。
まず、自然遺産というのは、先ほど述べましたが、手付かずの自然、あるいは人間の文
化的なものとの交流がほとんどないような自然地域を自然遺産に入れています。ですから
グランドキャニオンであるとか、あるいはギニア高地というふうな世界遺産、これらは非
常に限られているし、世界ですでに発見され尽くしていて、これから増えることはほとん
どありません。また、別の言い方をすると、そういう自然というのは当然ながら人間の社
会と切り離されているからこそ存在しているし、それに価値があるわけですから、分離度
が 1 番大きいと言えます。
その次にくるのが考古学的遺産です。考古学的遺産というのは一般的に発掘によって発
見され、明るみに出てくるものですから、たとえその真上に人が住んでいたとしても、そ
の住んでいる人と発見される遺産との間にはほとんど何の関係もない。所有関係もないか
もしれないし、文化的なつながりもない場合が多いです。したがってたまたま町の中で見
つかれば町じゅうが観光の目的地になることもありますが、基本的に人の生活圏との脈絡
がない形で存在するツーリズムです。これは別の言い方をすると、その発見された考古学
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的遺産というものを説明できるのは考古学者、あるいは歴史学者しかいないということで
す。インタープリター、インタープリテーションという言葉がありますが、文化や遺産の
意味を説明すること、インタープリテーションというのは言葉を翻訳するという時に使う
のと同じで、文化を翻訳する、あるいは歴史を翻訳するわけですが、インタープリターは
どうしても専門家や考古学者、あるいは歴史学者ということになって、住民がなかなか介
在できません。要するに観光資源として開発する時に住民が介在しづらい遺産類型と言え
ます。
それに対し、都市遺産や集落町並み遺産というのは、自分たちが住んでいるエリアに人々
を招き入れ、自分たちが培ってきた、継承してきた文化を観光資源として提供していくと
いう意味において、まさに住民がインタープリターになり得る類型です。ただ一方では、
自分たちが住む場所そのものに観光客を招き入れるわけですから、1 つには荒らされやす
い。あるいは住んでいる人が経済力をつけていった時に、自ら自分たちの資源を近代化の
欲求や利便性の欲求によって破壊していくというふうなことが顕著に起きていくというこ
とがあります。こうした観光資源、都市文化遺産に関しては、住んでいる人の自律性、自
ら立つというよりも自ら律するという意味での自律性が期待される類型になるわけです。
このように 4 種類の遺産類型と同時に、リゾート・ツーリズムやテーマパーク、アーバ
ン・ツーリズムというものをこの平面の中にプロットしていくと、おおよそ図のすべての
場所が埋ってしまうように、うまい具合になるわけです。私は開発途上国の観光開発担当
の方に説明する時に、こういうものをお見せして、国家レベルでのツーリズム開発を行う
のであれば、ぜひともこういうバランスのいい観光をやってほしい、リゾートばかりでも
長持ちしないし、遺産ばかりをやっていてもやはり長持ちしない。全体としてバランスの
いい観光というものを考えていってほしいし、それぞれの観光に必要となるホストの存在
の仕方や、例えば観光開発をしようとした時に、誰を勢いづけてやればその資源が発展し
ていくかということに関して、類型によって全然違うのだということを改めて認識しても
らうようにしています。そうした意味でこちらの姫路市のように、市域も非常に広く、さ
まざまな遺産を持っているという意味では、こういうふうな類型図というものもちょっと
頭に入れて、現在の観光のパターンというものをシミュレーションしてみてはいかがかな
と思うわけです。
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(図 2)
(図 3)
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最後に 2 つの事例の話をさせてください。
私は今は福岡市に住み、隣町の太宰府市の文化遺産を生かしたまちづくりに関わってい
ます。多分名前は誰でもご存じで、何があるかと言われた時に、最初に出てくるのは菅原
道真の太宰府天満宮でしょう。学問の神様の太宰府天満宮です。これは年間数百万人の観
光客を受け入れていますし、あとは市域の大半が国の指定史跡になっています。特別史跡
としては、日本では非常に珍しい陸上の構造物である水城という古代の城壁のようなもの
がありますし、昔の条坊が非常に広範にわたって残っていて、また大宰府政庁もあります。
しかし実際はそれらの北西にある百数十万人の人口を抱える福岡市の郊外都市、ベッドタ
ウンとして発展しています。ですから太宰府市民にとっては福岡市のベッドタウンという
認識が大半であって、言われてみるとこういう歴史的な資源もあるな、正月ぐらいは初詣
に行こうかという感じで、市民の意識と、実際にある様々な文化遺産との関係がほとんど
希薄な状況にある都市です。
これに関しては観光サイドではなく、文化保護サイドから文化財の保存活用計画という
大規模な計画を策定中です。この計画はもともと、数年後にできる国立歴史博物館の観光
インパクトを地域で受け止めるために、その地域の文化財を活用した観光振興を図りたい
という考え方に基づくものです。その時に太宰府市はすでに「まるごと博物館構想」とい
う行政計画を企画部局で立ており、それを本当に実体化していくための資源整備やルート
づくりを、先ほどのエコミュージアム的な発想を導入して行こうとしています。そのため
の実際のコンテンツになるものも探してほしい、それからそういう大切なものをより深く
掘り下げ、拾い上げて将来に継承していきたい、つまりは文化遺産を拾い上げて継承して
いきたいということがあり、その課題に取り組んでいます。
現在は、こういう古代の政庁跡、古代都市跡というものの場合はほとんど陸上構造物が
残っていないので、柱礎の石のレプリカをモニュメンタルに残すというような形でしかあ
りませんで、史跡の空間をほとんど何に使っていいかわからない状態です。こういうもの
をどうしていったらいいかというのが市の悩みでもあるわけです。
また一方で、先ほどは宮島のお話をしましたが、太宰府天満宮にも門前町が残っており、
歴史的な町並みとしてもかなり残っているということがわかりました。
(図 4)
太宰府市における文化遺産リストの作成イメージ
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ちょっと理屈っぽい話になりますが、太宰府市のまちづくりについてこういう発想を思
いつきました。まず、太宰府の文化遺産というものをリスト化(図 4)しようという話で
す。これは世界遺産リストと、リスティングという考え方では同じものです。ただレベル
は全然違います。だから身近にあるような、埋もれているものを拾い上げて、それを文化
遺産としてきちんとストーリーづけて説明します。市民も訪れた人にその言葉を使って説
明できます。それから行政はそういう文化遺産の性格をうまく利用して都市開発を行って
いったり、観光開発を行っていったり、民間は商品開発を行っていったりします。そのた
めの要するにもととなるネタづくり、ネタのリストづくりとして、あるいは保護対象のリ
ストとしてつくろうという話です。
実際にどういうものを対象として見つけ出すかというと、たとえば「空間遺産候補」が
あり、それは「地域空間に埋もれていて、価値が顕在化していない遺産」です。実は地下
に埋もれていて価値が顕在化していない遺産はすでに法的に保護されています。それは文
化財保護法で位置づけられていている埋蔵文化財です。埋蔵文化財があるかもしれない可
能性のある土地に関しては、そこで開発を行う時には開発者負担で発掘調査を必ずしなけ
ればならなりません。だから無為になくなることは絶対にありません。必ず調査を経てで
ないと開発できないという、つまりは先に唾をつけておくという手法を文化財保護法は賢
くとっているのです。しかしそれは地下に埋もれて見えないものに対してだけです。地上
にあって見えないもの、見えているけどその価値に気づいていないもの、あるいは昔はた
くさんあって当たり前だったけれども、今や希少になってしまい、放っておくとなくなっ
てしまいそうなものというものについては、今のところ拾い上げる制度的手段がないわけ
です。それは太宰府市に限らず日本中のあらゆる町、少しでも歴史を持っている町であれ
ばどこででも同じ状況だと思います。
そこで私は、地域の空間に埋もれていて顕在化していない遺産を「埋蔵文化財」に対し
て「空間遺産」と呼び、人の生活に埋もれていて価値が顕在化していないものを「生活遺
産」と呼ぼうと考えたわけです。この「生活遺産」
「空間遺産」という言葉は、後でリステ
ィングの時に使われるのですけれども、そういう「空間遺産」や「生活遺産」と呼んで、
それを拾い上げよう、埋蔵文化財と同じように拾い上げようと考えたわけです。例えば戦
前、あるいは大正、明治に建ったような 1 軒の民家があるとします。これは指定文化財に
なるほどでもないし、登録文化財になるほどでもない。しかし、この界隈に数軒残ってい
る。住んでいる人だって大事に住みこなしている。そうであれば、そういうものを今は文
化財保護法は評価しませんが、これをきちんと独自の条例によって評価をして、それをリ
ストに挙げていこうと考えているわけです。あるいは人の生活に埋もれているもの、これ
はお祭とか、風習とか、方言とか、いろいろな物語とかですが、そういうふうなものを市
民のみんなで共同作業で拾い上げていって欲しいと思います。そして、これはどうだろう
か、文化遺産と言えるかどうかということについては、多少専門家とも組んで、そしてそ
れがクリアすれば太宰府の文化遺産 1 番、例えば「菅原道真に関わる遺産」とか、あるい
は「古代都市大宰府に関わる遺産」という形で、誰が見ても聞いてもすぐにわかるような
ネーミングをしていきます。時間を経るごとにどんどん新たな文化遺産が増えていっても
いいという仕組みです。
その拾い上げられた遺産は、建物群であったり、塀、土塀、樹木であるとか、自然物な
ど、実はいろいろなものが組み合わされてできていますから、それをきれいにカテゴリー
によって分けていきます。また、人に属している無形のものであるとか、書物に属してい
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るものであるとか、さまざまなものは生活遺産として、これは動産と考えてもいいし、目
に見えない無形遺産と考えてもよいですが、そういうものは生活遺産としてリスティング
していきます。ある 1 つの遺産は、こういうふうなものが複合的に構成要素として構成さ
れて、ある遺産が 1 つ説明できる。もちろんこの要素が別の遺産を説明する要素にダブっ
ていても全然かまわない。そういうことは恐れずにともかくどんどん地域の文化遺産を拾
い上げていって、それをまちづくりや観光開発や都市開発のモチーフとして生かしていこ
うというのがこの計画のもくろみです。
こういうふうな考え方のベースを頭に入れた上で、さらに山口県の萩市の事例の話をし
ます。萩は、海に面した三角州が昔の城下町で、今年の 11 月で開府 400 年の歴史を持って
います。17 世紀に日本でつくられた 130 幾つあるといわれる近世の城下町の中で、1 番よ
く昔のままの街路網や姿を留めている旧城下町だと言われています。この図は、江戸時代
の絵図をそのまま今の地図(地形図)に落としたものでして、赤色が町人町です。紫色は
寺社、それから白色は武家屋敷関係、緑色は荒地や畑となっていますが、実はこれを私の
ほうでおよその性格分けをし、町人の町であるとか、上級武家の町であるとか、中・下級
武家の町であるとか、百姓たちが住んでいたとか、そういう仕分けして、実際に現地調査
をかけました。それでさまざまな環境資源、先ほどの例で言うと、空間要素に関するもの
がどれぐらい残っているかということを、建物とか、墓地とか、緑系樹木、土塀、レンガ
塀、生垣、石積み、門、塀、石段と、かなり大変でしたが、こんなものをすべて、伝統的
工作物、井戸、伝統的屋敷建築、武家屋敷、それから寺社建築、伝統的町家建築というふ
うなものもすべて拾い上げて 1 枚の地図(図 5)に落としてみました。すると文化庁の担
当官もびっくりするほどすごくリッチなものが残りました。もちろん非戦災であったとい
うことはありますが、萩ほど残っているところはないにしても、これもやはり歴史的な都
市においては必ず多かれ少なかれ持っているものだと思います。
こういうように萩市の場合は行政計画で「まちじゅう博物館」
(図 6)というものをすで
に構想しており、これを都市遺産のリストと、それを守っていったり、新たにつくってい
ったりするような再生産のシステムと、そして「まちじゅう博物館」として観光とリンク
させてつなげていく仕組み、これはエコミュージアムの考え方で展開することを今、萩市
では試みているわけです。
今、こういう文化遺産、身の回りにあるもの、放っておくと忘れられてしまって失われ
ていきそうなものをもう 1 度再評価して、そしてそれに物語を与え、きちんと文化遺産と
して位置づける。太宰府はそのために、文化遺産条例というものを市でつくって、そうい
う文化遺産の発掘、リスティング、そして保全、保存、活用ということを実際に展開しよ
うとしています。一方、萩市の場合は行政計画としてエコミュージアムのシステムを使っ
て、それを展開していこうとしているわけです。
- 20 -
(図 5)萩市旧城下町エリアの景観資源分布図
(図 6)
萩まちじゅう博物館の全体システム概念図
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こちら姫路市の場合は、冒頭にお話ししたように、外から見た時に今はスーパー国宝姫
路城一点張りに近いものがありますが、今後は厚みを増して行く必要があると思います。
要するに姫路城だけではなく、それをつくりあげてきた環境や、周辺の人の暮らし、民俗、
歴史、そういうふうなものが外の人にも内の人にもわかる形で文化遺産として再発見され、
底上げされることです。姫路城がポンと独立峯で建っているという形ではなく、そういう
ものに支えられていて成り立っているという姿が見える形態です。最高の峰は多分、姫路
城というものがこれから 100 年先まで続いていくのだと思いますが、その周辺のまちづく
りの取り組みというものは、いろいろな形があり得るのではないかということの 1 つのヒ
ントにしていただければと思い、以上のようなお話をさせていただきました。
私からのお話は以上にさせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。
- 22 -
パ
ネ
ル
デ
ィ
ス
カ
ッ
シ
ョ
ン
コーディネーター
茶谷
幸治 (社団法人日本観光協会・都市観光活性化会議 委員)
パネリスト
中沢
孝夫 (姫路工業大学
石崎
祥之 (立命館大学
髙崎
邦子 (JTB西日本営業本部
教授)
助教授)
広報課長)
○茶谷
約 1 時間にわたって先生方のお話をお伺いしたいと思いますが、ズバリ姫路の観光にどこまで
迫れるかというところをポイントにしてお話を進めてまいります。
私、肩書きで日本観光協会云々となっていますけれども、これは国のインバウンド、つまり外国か
らいらっしゃるお客様が大変少ないというので、何とかしなければいけないと、今、国のほうで重要
政策としてとりあげておられますけれども、その会議がございまして、その委員をやっているだけの
話で、日頃は博覧会をやったり、イベントをやったり、ツーリズムをやったりという何でも屋のプロデ
ューサーでございます。今日は各方面で大変見識、ご造詣の深い先生方のお話を伺えるというこ
とで、その進行役でここに座っております。よろしくお願いいたします。
まず、姫路、あるいは姫路の観光について、先生方は概括的にどういうふうに評価しておられる
か、あるいはとらえておられるかといったような、ちょっと広いお話から攻めてまいりましょう。
中沢先生、いかがでしょうか。
○中沢
私は姫路に来て、まだ 3 年しか住んでいないものですから、全く部外者というか、そういう感じで
すけれども、ただ姫路というとどうしても姫路城なんですけれども、姫路城はどっちみちあるもので
あって、姫路城ということよりは、例えば姫路城と好古園があって、その間のお堀に沿って入って
いった道の裏の秋の美しさというのはたとえようもないものがあるなという感じがするのです。ただど
ういうわけだか、あそこに本当にかわいい猫がいつも捨てられているので、大体歩いているのです
けれども、通るたびにかわいそうでしょうがない。あるいは円教寺の秋、これは贅沢にすぎるという
ほどすばらしいものなんです。
僕は観光ということを自分で考えたことがないので、お客の側として町を見たらどうなるのかとい
う時に、これはやはり愛想のない町であるという感じがするのです。また僕はそれでよいというふう
に実は思っているのです。私はいつも本でも何でもきちっと固有名詞を挙げることにしているので
すけれども、例えば「龍力」の酒があって、姫路の穴子があって、かまぼこがある。これ以上何がほ
しいのかという感じがしているのです。十分幸せであるというふうに私は思っているのです。
先ほどの市長さんのあいさつと逆行して申し訳ないのですけれども、ここは製造業が非常にすぐ
れておりまして、有効求人倍率もここのところ、結構上向いている。なかなかいいなという感じがす
るのです。ただ、観光というのは何なのかという時に、観光のプロがいるので全く見当はずれに言
うのですけれども、僕は観光というのはリピーターが来ないところというのは観光地足り得ないとい
う気持ちがある。何度も行きたがる町、それは景観、いわゆる風景なのかどうかという時に、風景は
ないよりあったほうがいいに決まっている。だけどあの店はちょっと行ってよかったねとか、あそこの
レストランのシェフはよかったねとか、あのテーブルはよかったねとか、あるいは路地を歩いている
時のあの路地のたたずまいはよかったねという小さな思い出みたいなものを、人は「あそこに行っ
てきたよ」と言う時、割と大事にするのです。姫路城というのは誰が行っても見られるもの、好古園
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も誰が行っても見られる。だけど自分の体験した姫路みたいなものを多分人は大事にするのだろ
うと。だからその体験をさせるという小さなホスピタリティは姫路にはない。私はまたそれが姫路のよ
さであるというふうに思っているのです。例えば回遊する仕組みとか、そういうのはないなと思うの
ですけれども、ではそれをどうやってと思うのです。
ちょっと長くなって申し訳ないのですけれども、皆さんはまだ観光にあまり関心を持っていない。
例えば「るるぶ」という雑誌があって、姫路、竜野、赤穂などが 1 冊になっているのですけれども、
私の勤め先のバス停というのは 9 年ぐらい前のバス停の名前になっていてそのままになっている。
「短大前」となっているのです。誰も直してくれと言わない。今度また大学の名前は「兵庫県立大
学」と変わるから、3 つぐらい昔の名前が多分そのまま残る。でも誰も平気なんです。だからなかな
か住民意識がそうはならないと、そんな感じがする。ただし、裏道、路地はこんなすばらしい町はな
いと、これは私、密かにいつも自慢しております。
○茶谷
愛想のない町だと、非常に愛情のある意味で愛想のないというお言葉が出てまいりましたけれど
も、それで十分幸せなんだと、それでいいじゃないかと、観光のとらえ方はいろいろあるけれどもと
いう問題提起をとりあえずいただきました。
後で中沢先生は分科会のほうで「観光と中心市街地の活性化」と、姫路も御幸通りを取り上げる
わけではありませんけれども、どうなのかという問題がございます。皆さんと一緒になって議論をし
ていただくという時間がございます。それを踏まえてまたここでご報告をいただくということになって
おります。
次に石崎先生、同じことなんですけれども、姫路の観光というのを先生はどういうふうにとらえて
いますか。
○石崎
あえて今の中沢先生にけんかを売ってみたいと思うのですが、要はそれでいいじゃないかと思う
ことがだめなんだという話をしようと思うのです。そもそもなぜこの場でいわゆる国連機関の 1 部で
あるAPTECがこういう形で後援をして、言い方は失礼ですけれども、地方都市でこういう会議を
するかという意味と関わるのですけれども、環境問題が盛んに議論された時に シンク・グローバリ
ー アクト・ローカリー と、グローバリーにものを考えて、行動は地方からと、こういう話があったけ
れども、観光も恐らく同じようなものだと思うのです。グローバルに状況を考えるならば、これは私が
言ったわけではなくて国立民族学博物館の石森先生が言われた話ですが、今まで観光の歴史を
見た場合、移動という点で見れば 4 つぐらいの大きな時期に分かれる。1 次、2 次、3 次、4 次の観
光革命があったという話です。大体 50 年おきぐらいに起こっているという話です。
簡単に言いますと、1860 年ぐらいにヨーロッパで、これは鉄道が発明されたことによって国境を
越えた大移動というのを人類が初めて経験をした。
それから 50 年経つと 1910 年あたりに、今度はアメリカで車を利用して国内旅行が非常に盛ん
になると同時に、アメリカの人間が海を渡ってヨーロッパに行く。これはタイタニックなどに代表され
る豪華客船の時代が一種の技術革新としてこれを支える。
第 3 次はそれからまた 50 年経った 1960 年代にジェット機というものが発明されて、日本人など
はこの恩恵を最大限受けた。ジャンボ機の登場が 70 年なのであえてジェット機と言いますけれども、
それのおかげで日本人は海外に気楽に出られるようになった。その結果、統計上どういうことが起
こっているかというと、今は去年のSARSで減りましたけれども、年間 1,500 万人ぐらい日本人は海
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外に出ているわけです。ところが、では日本に来ている外国人のお客さんはどれぐらいいるか皆さ
んご存じですか。実はその 3 分の 1 の 500 万人いくか、いかないかと、こういうふうな数字になって
いる。極めてアンバランスな話になっている。
そういう状況の中で、確かに今、姫路は製造業が非常にすぐれていることによって食べているの
かもしれないけれども、これからもう少し先、ずっとその状態でいけるのですかということを考える必
要があるかなということで、次に 2010 年あたりの第 4 次観光ビッグバンと言われる頃になると、今度
は今のジャンボ機をしのぐ、スーパージャンボという 600 人から 1,000 人ぐらい乗れるというふうに
言われていますが、こういう飛行機がそろそろ出てくる。これによって 1 次はヨーロッパ、2 次はアメ
リカ、3 次は日本を含む先進国が大旅行ブームを迎えたわけですが、第 4 次はこのアジア中心の
大観光ブームが起こりそうだと、こういう話です。
その中心はどこかというと、皆さん容易に想像がつくと思いますが、中国なんです。統計で取っ
ただけで 13 億の人口があります。そうすると、そのうちの 10%が 2010 年に海外旅行をするように
なったら、実は今の日本の総人口と同じだけの人間が新たに海外旅行をする。どこに来るかという
話になると、日本人の歴史を振り返ってみたら、最初はどこに行ったか。我々は最初はヨーロッパ
に行ったわけではないのです。やはり東南アジアのグアムあたりから始まって、ハワイに行き、西海
岸に行き、オーストラリアに行きというふうな行動パターンだった。そうすると、2010 年あたりに中国
の人がひょっとしたら大挙して日本に観光に来てくれるかもしれないというような状況を考えたら、
今は製造業で食っているかもしれないけれども、鉄もたまたま今は中国の経済ブームで潤ってい
るみたいですが、その後、その状況が本当に後 10 年続きますかということを考えたら、ひょっとした
らもうそろそろ、今、逆に言うと、余裕のある時に次の時代へのステップとしてそういう時代に備えた
ことを考えておかないとだめなんじゃないでしょうか、というのが基本的に今日申し上げたいことで
す。
そういう点では姫路でそういう外国人の方を含めた、たくさんの方に来ていただけるようなことが
できれば、これは日本国中でいろいろな意味で非常にいい教訓にできるのではないかと、そういう
点で今日のこういうシンポジウムをやる意味があるのではないかと思っております。
以上でございます。
○茶谷
別にけんかをお売りになっているわけではないと思うのですけれども、なかなかするどいご指摘
でした。つまり産業構造がどんどん変わっていくと、これから観光で食っていく時代ではないかと。
○石崎
そうです。だんだんそこに移行する。
○茶谷
アジアの人間がドヒャーッとやって来るのに、姫路は指をくわえているだけでいいかというお話し
でした。確かに 500 万人近いインバウンドの方、インバウンドというのは日本国内にやってこられる
外国人の方ですが、今はほとんどが中国、台湾、韓国の方々なんですが、数は少ないのです。兵
庫県にいらっしゃるのが 5.6%といいますから、20 数万人、約 30 万人という統計が出ていまして、
姫路市は 0.8%、つまり 4〜5 万人ということなんですね。世界遺産を抱えている割には少し少ない
かなという気はしますね。もったいないですね。という視点があるわけです。
さて、石崎先生には「ホスピタリティと観光」という分科会を後で皆さんと一緒に議論をしていただ
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きます。
3 人目は髙崎さんです。髙崎さんはある意味では実際の観光の業務に携わっておられるプロで
すけれども、今のお 2 人の先生の意見を踏まえて、この姫路をどうとらえているのですか。ここは売
り物になっているのですか。その辺をお伺いしたいです。
○髙崎
まず、中沢先生に「るるぶ」の件をおわび申し上げないといけないなと思いました。そういうのはち
ゃんと更新をしないといけないということをまず反省いたします。
私どもJTBは旅行・観光ということでお仕事をさせていただいておりますので、その目的地として
の姫路がどうかという点をご紹介させていただきます。その前に個人的な話になるのですけれども、
私自身が兵庫県の育ちでございまして、今も住んでおります。姫路という所には、阪神間というか、
関西の人はまず必ず遠足で来たことがあるのだろうなと思います。私自身も小学校の遠足で訪れ
た姫路城で写生をしたり、お弁当を食べたりしたのを、姫路といえばまず 1 番に思いつきますし、
そういう意味では必ずどなたの頭の中にも姫路というもの、姫路城というものがあると、これはすごく
大きなメリットなんじゃないかと考えています。
あまりいい例ではないので、思い出していただくのも申し訳ないかもしれないのですけれども、昨
年台湾人の医師、SARSにかかったか、かかっていないかという、その時点ではまだわからなくて、
結果としてかかっていた方が、関西を観光されたルートに姫路城も入っておりました。実はJTBで
は、台湾人の方が回られたコースを応援しようということで、「がんばれキャンペーン」を行いました。
私も新聞記者の方 10 名ほどをお連れしまして、全く同じルートを回り、こんなに元気なのに風評被
害で大変だからその払拭のためにも「とにかく記事を書いていただいて応援しよう」という動きをし
たのです。その時、10 人の記者の方のうちの 7 人の方が姫路城には遠足で来たと。そのうちそれ
以来初めて来たという方が 6 名いらっしゃいました。要するに小学校か中学校の時の遠足で来て、
それから初めて来ましたという方が 6 名、全く初めてという方が 2 名で、その 2 名は関東ご出身の
方だったのですけれども、皆様口を揃えておっしゃったのは、天守閣まで上っていただいて中を
見学し、景色を見たら、すごくいいなと。いろいろな歴史的な意味や物語も残っていて、そしてそ
れがわかりやすく解説されているのであれば、次はぜひ家族を連れて来たいというような感想を
口々におっしゃったのが非常に心に残っています。ただし、そこに至るまでのアクセス、例えば駐
車場から姫路城まで歩く道中はがっかりでした。全く楽しみがないのです。ちょっと覗いてみたくな
るようなお店があったりとか、ちょっと見て楽しいような看板や案内があるとか、季節によっては多分
お花が咲いたりとかはあると思うのですけれども、ゆったりお茶を飲んでみようかと思うようなところ
は見つけられませんでした。帰りに食事をしてみようかとか、買い物をしてみようかといったところも
ちょっと見つけられませんでした。ちょうど「ラスト サムライ」のロケの頃で、その話題性も含めて大
きな記事にはしていただき、私の目的としては非常に満足したのですけれども、折角ある宝物を生
かしきれていないなぁと非常に残念に思った次第です。
今のは姫路城といういわゆるランドマークについてのお話なんですけれども、多分もっといろいろ
と、いいもの、先ほどちょっと中沢先生にお話をお聞きするだけでも、隠れたというか、私たちが知
らないだけなのかもしれないのですが、地元の方だけが知っている、もしくは地元の方にしてみた
らこんなのはそんなに魅力のあるもの、ほかの人に紹介できるようなものとは違うのではないかとい
うものが、意外と今の観光客、お客様が求めていらっしゃるものだったりするということがありますの
で、そういう隠れた宝物を探してみたいなと思いました。
この後の分科会では、今の現状を私どものデータも含めてご紹介しながら、そのあたりを探って
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いきたいというふうに思っております。
○茶谷
髙崎さんには後で分科会で、「播磨地域の集客力は強いのか弱いのか」と、こういったことをテー
マに皆さんと少し議論をしていただきたいと思っております。
さて、今のお話を踏まえて、私のほうからちょっとお伺いしたいのですけれども、石崎先生、姫路
城に大体 70 万人少しの方がいらっしゃった。一時は 100 万人を超えていたことがあるのです。大
分落ちていますね。去年はどうでしょう。去年のデータは見ていないのですけれども「武蔵」があり
ましたね。「開かずの間」にお人形さんが飾られて、あれで少し回復したということを伺っております
けれども、この数字をどうとらえておられますか。
○石崎
一般的にそういうふうになるだろうなと思うのですけれども、京都などでも石庭で有名な竜安寺に
聞いてみましたら、1 カ所で過去最高だったのは万博の時の 180 万人という数字がある。今は半減
して 90 万人ぐらいですから、そういう点ではさっきの西山先生のお話にもありましたけれども、マ
ス・ツーリズムでとにかくどこでもいいから行けばいいという時代から、だんだん落ち着いて何か一
種の「どこか行けばいい」から、「何かを求めて旅をする」という時代になってきたのではないかとい
う気はするのです。
その点で、またある意味で、先ほどの髙崎さんのお話とも絡むのですけれども、今後の姫路のヒ
ント、これはあとの分科会でも言おうと思っていたのですけれども、単にお城がありますよ、お城を
見せますよというだけでは多分そのあたりが、戻っても要は 100 万までだろうなと。今のお話にもあ
りましたが、1 回写生したらとか、見たらということで終わってしまうのではないか。そこから少し深掘
りをする必要があるのではないかというふうに思うのです。
その点で言いますと、例えば「ラスト サムライ」もそうだと思うのですけれども、お城があるから、
例えば外国人の観光客の方は、例えばサムライの時代はどんな生活をしていたのだろうか、そう
いうのを見たいと。あるいは彼らが食べていた物を食べてみたいという、そういう欲求があると思う
のです。果たしてそれに今の姫路が応えられているのかどうか。こういう立派な会館があって、お
いしいレストランもあるけれども、そこで出されるのは言ったら悪いけれども、日本国中どこにでもあ
るのと同じ料理だと。だけどここで例えばその当時、殿様が食べていたものですよというものを一品
でもいいから復元をして、お城を見ながら食べれるようにすれば、これはまた 70 万人来た人がさら
にリピーターになるような、あるいは 100 万人を超えるような形になるのではないかというふうに思い
ます。
○茶谷
お城という資源を生かして全体を盛り上げていくという戦法をとったほうがいいということですね。
髙崎さん、その点はどうですか。やはり物足らないですか。
○髙崎
さっきも少し触れたのですけれども、旅行自体が、昔は旅行すること自体、観光するということ自
体が目的だったと思うのですが、もう今はそれは手段になっている。これだけ旅行・観光が身近に
なりますと、どこかへ行って何かを見るというよりは何かをする。先ほど「小さな思い出」・「自分の体
験した姫路」というキーワードが出ておりましたけれども、そういった部分がすごく大事なんです。
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私どもJTBでも毎年いろいろな調査を行っておりまして、「何を目的に旅行をしたいか」とお聞き
した時に、「おしゃべり」という目的がだんだん上位に上がってまいりました。これはつまり極端な言
い方をしますと、コミュニケーションを取ることが目的で、それができれば姫路に行こうが、ハワイに
行こうがいいと、そういう方がいらっしゃるということです。だからそういう方にとってはコミュニケーシ
ョンを取るという環境を整えてさしあげるということが実は最も重要だったりする。それでついでにと
言ったらごめんなさいですけれども、姫路城が見えるホテルの部屋でおしゃべりをすれば、その話
題でも盛りあがれてすごくいいなと。そういう方も増えてきているというのは事実ですので、これだけ
皆さんの心の中にあって、皆さんが知っている大きなもの(姫路城)を利用しながら、尚且つほか
のものでも、もっとPRをしていくことが必要なのではないかと思います。
○茶谷
つまり旅行そのもの、あるいは旅行者が変質をしていると。単にお城だから行くという時代ではな
いと。物見遊山で温泉だからいいだろうとか、観光バスでという時代はそろそろ変わりつつあると。
姫路でもそれがあらわれていると。
○髙崎
そう思います。移り変わっていくといいますか……、もちろんまだそれを見たいという、未だに見
たことがない方は先ほどでも 10 人のうち 2 人という確率ではあるのですが、そのほかの 8 名の方は
やはり観光への嗜好がどんどん進化していく、つまり求めていかれるものも多様化していると思い
ます。
○茶谷
中沢先生、私は姫路にしばしばお伺いしているのですが、実は「武蔵」もちょっと手がけましたの
で、姫路城もしばしば行っているのですけれども、実は 1 番の楽しみは魚町で 1 杯飲むことなんで
す。こんな楽しいところはないのです。
○中沢
魚町は私は最近あまり行ってなくて、せいぜい週に 3 日ぐらいでございます。今の髙崎さんのお
話はとてもよくわかるのです。利用しながらほかのものを、もともとはそんな程度のものだと私は思
っておるのです。私の中の姫路城があればそれでよい。ただ、私は金を儲けること、そのためにど
うしたらよいかという意思を持つことはとても大事なことだと思っているのです。その時に観光が必
要だったらもちろん観光はよろしいでしょうと思うのですけれども、この町は安定した雇用がある、こ
れはとても大事なことなんです。これは捨ててはいけないのです。10 年後、20 年後のことはわかり
ませんけれども、10 年後、20 年後の観光のことについてもやはりわかりません。ただし、よい町、活
性化している町というのは内需が大きいのです。よそから来た人にお金を払ってもらうこともあるけ
れども、内需なんです。これだけ製造業の出荷額が大きい町が外に行って消費してしまうのはもっ
たいなかろうという気持ちがまずあって、内需を大事にしていく、それが必要である。
その時に何が必要なのかといいますと、例えば私は姫路の魚町まで行かなくても、その手前ぐ
らいのところ、西二階町あたりの路地には第 1 級のビストロが何軒もあると、そう思っているのです。
名前を挙げろと言われれば私はすぐに挙げますよ。遠くから来ていただくに値するほどの店が幾
らでもあるというふうに思っています。ただその時に大事なのは、個々のお店がどれだけ自分のと
ころにお客を引き込もうと努力をしているかなんだと思うのです。御幸通りはあれだけ人が通って
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いるのだから、店の中にお客がいないというのは、そのお店はやはり相当努力する必要がないほ
ど豊かなんだろうなと、そう思う以外にないのです。私の授業の時にレポートを出させると、おみぞ
筋のどこどこのお店に行くと、いつも 1 時間ぐらいしゃべってしまうとか、すばらしい奥さんがいると
か、1 時間もしゃべっていてはお店も商売にならないだろうなと思うのだけれども、そういったことが
ある。そうすると、その店はいつも盛っているという印象を与えてくれるだろうと。
姫路はよそから人が来るという非常に幸運な町なんです。例えば長浜が 1 日 2、30 人しか通らな
かった通りに、年間 220 万人も人が集まるようになったのは、あの町の人たちが自らの町で儲けよ
うとする熱意、それを持ったということです。そのためにはどうしたらよいのかと。長浜という町は行
った方はみんなわかると思うのです。あれはただのテーマパークなんです。ほとんど根拠がないの
です。ガラス屋さんとか、オルゴール屋さんとか、あの町はおみやげ屋さんとレストランなんです。
ではあそこのガラス工房がどれだけすばらしいのかと。私は取材した関係がありますから、本の中
でうんとほめましたけれども、しかし東京の墨田区にあるタキナミガラスの工房に比べたら、歴史も
生産も 20 分の 1 ぐらいのものであると思うのです。それでもいいのです。長浜という物語を彼らは
自分たちでつくったのですから、それがすばらしいのです。
だから私たちは姫路城というすでにすばらしい遺産がある。しかしその遺産につかまろうとすれ
ば、私たちは遺産を食いつぶす 3 代目、4 代目なんです。そうなってしまう。そうではなくて、私た
ち自身がどのような金を儲ける遺産をつくる意思を持つかどうかなんです。ただ、それが必要かど
うかということは私にはわからないです。私はやはりよそ者ですから、今のままで十分幸せなのだと
いう気分がどうしてもしてしまうのです。
○茶谷
わかりました。議論が大分かみ合ってきたというか、ほぼ同じようなことをおっしゃっているというこ
とになってきたのですが、長浜も 220 万人、小布施も 100 万人を超えてということで、いろいろかま
びすしいのですけれども、これは相当労力、お金を使って努力しておられるのです。それであれを
維持するのは大変で、現に長浜もかなり落ちてきています。そういうことからいくと、そういう観光地
づくりはこのままでいいのかどうかという議論も実は 1 部でされてきているのですけれども、湯布院
だとか、小布施だとか、長浜だとかは何しろスターケースですから、とりあえずいいことにして話を
進めようという議論が多すぎるのです。
それからいくと、姫路というのはいわば何もしていないけれども、本物のものがごろごろあると。こ
れがそこそこ集めるものだから、いわば楽な町ですね。これでいいのかというのが先ほどから石崎
先生がおっしゃっていることなんですが、やはりよくないのですか。
○石崎
それはないところからしたらうらやましくてしょうがないです。だってお城がある。京都などはもっと
贅沢です。腐るほどありますからね。ただ、逆に言うと、京都が問題なのは、たまたま過去 2 年間は、
先ほどの髙崎さんのところのJTB、SARS騒ぎで去年も底だと言われるぐらいものすごく落ち込ん
だと。そのかわりが全部京都に来てくれたおかげで、折角一時期出かけていた危機感がなくなっ
たところに、私はむしろ今、危機感を持っているのです。そういう中でいろいろなものがあるのだけ
れども、申し訳ないけれども、今のところは京都もまだあるだけで終わっている。これをさっき言っ
たように深掘りをすれば幾らでもあるのに、それをしていないということに対する何か不安が自分に
はある。
1 つの例を言いますと、祇園の舞妓さんというのがいますね。今の人にしたら真っ白なんです。そ
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れで観光客は正直に言います。「本物を見ると気持ちが悪い」と言います。美白 A さんか祇園の舞
妓かというぐらい気持ち悪い白さです。ところがある人がなぜあんなに白いのかということを考えた。
今、祇園のお茶屋さんと言われるところは全部蛍光灯、白熱灯を使っているのですが、ある人が
考えた。よく考えたら昔は電気など使っていないよと、ではそれをやめて、ろうそくを使おうかという
話になった。どうせ凝るなら和ろうそくだと。京都の駅前に 1 軒だけあります。和ろうそく屋さんに頼
んで、それでろうそくを 2 本立てたら、何とも言えない幻想的な雰囲気が出た。それでそのろうそく
の明るさに合わせた白さなんだということが初めてわかった。そういうふうなことが幾らでもできるの
に、京都もいろいろな理由があってほとんどやっていないという話です。今のでも実は立てただけ
で、もっと本格的にやろうと思ったら燭台がいるのだそうです。何と再現しようと思ったら、燭台屋さ
んに言わすと、ろうそくを立てるのに 2 ついるのですけれども、1 本 60 万円、2 本で 120 万円かか
るのだそうです。幾ら電球が買えるのだろうなというぐらいの話になるので難しいのはわかるけれど
も、それができればこれは京都にしかできないオンリーワンのまた新しい商品ができる。それでさっ
き言ったように、折角本物のお城があるのだから、それをもっと活用する方法はあるのではないで
しょうかというのが私の思いです。
○茶谷
よくわかりました。
髙崎さん、少し話を広くとらえまして、今日は姫路の方だけではなくて、西播磨一帯の方がいらっ
しゃっていると思うのですが、姫路市はもともと西播磨の盟主です。この西播磨というところはどうな
んですか。いわゆるアベレージで見て、お客さんを呼んでこれるのですか。
○髙崎
今、現状で言うと、大変申し訳ないのですけれども、例えば旅行会社、私どもは商売ですので、
売れるというところに対しては力を入れてキャンペーンもしますし、お客様を引っ張ってこようという
努力もいたします。どうしてもやりやすいところ、売れそうなところから取り組みます。そういう意味で
言うと、「そんな旅行会社なんかに頼らない」という意思を市民の方が持たれて、独自でプロモーシ
ョンされるということも必要だと思うのです。
先ほど中沢先生がおっしゃったこと、内需が大きい町が地域活性化しているというお話があった
のですけれども、まさに旅行や観光でお客様を呼んでくるという意味でも同じことが言えると思いま
す。内需というとらえ方がちょっと違うかもしれないのですけれども、言い得て妙だなと思いますの
は、結局その地域の方が「本当にウェルカムと思ってくださっているのかどうか」という点が、お客
様が行って喜ぶか、喜ばないかというところのキーポイントになっているような気がするのです。
先ほど旅行が非常に身近になって目的から手段に変わったというお話をしたのですけれども、そ
れだけお客様はいろいろなところに行かれていますので、すべてを同じ土俵で比べてしまわれる
のです。だから西播磨であっても、この前ディズニーランドに行った時はどうだったから今度の西
播磨はどうだろうという同じ土俵、もしくはハワイ、ヨーロッパ、そこさえ同じ土俵に上がる時がある。
それだけいろいろなところに旅行に行かれている方は、つくられたホスピタリティとか、とりあえずお
金を落としてほしいから「こんにちは」とか、「いらっしゃいませ」と言うというのは全部ばれてしまうの
です。だから「本当に心の底から来てくれてうれしい」とか、もしくは「私の自慢のこの町のここを見
てよ」というふうな迫力みたいなものが 1 番大切で、そういうものがあると、「もう 1 回来よう」とか、ある
いは「すごく楽しかったな」というふうにお客様は思われるのです。最近のお客様は「本当に怖い
な」と思いますけれども、その辺は絶対だませません。じゃあ姫路の受け入れる方々は、本当のと
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ころどうなのかなというのが気になるところです。
○茶谷
今、すごく微妙な発言をされたのは、JTBという旅行会社から見ると、西播磨が旅行商品としてあ
るか、ないかというのは微妙なんだけれども、そうではなくて内需を高めたり、あるいはそういったコ
ミュニケーション、本物のホスピタリティ、そういったものを高めることでできあがる需要というのはあ
るのではないかということですね。
○中沢
例えば自分の親戚であるとか、友達が遠くから来た時に、やはり「連れて行きたい店」というのが
姫路の中にたくさんあるわけです。そういうことだと思います。例えば明石の商店街の人たちと討
論した時に、明石は魚がおいしい地域である。だけどテレビで放映される行列のできるお店という
のは、明石の人は誰も行かないようなまずいところへ行列ができてしまっていると。あんなのが明石
の魚だと思われたらとんでもないと怒るわけです。
○茶谷
「るるぶ」に書いてある。
○中沢
だから「ちょっと待て」と言っているのですよ。「もしあなた方が行っているお店に行列ができたら、
あなた方はどこで魚を食べるのか。まずいところで食べるのか」と言ったら、「それは困るな」と。そ
んなものだというのです。例えばちょっと改築をしてしまいましたけれども、「飲食店 B」が姫路のチ
ャンピョンであるということを悲しんでいる人はいっぱいいます。確かに「あそこの穴子、姫路の穴
子がどうかね」などと言われると、ちょっと悲しいという感じがするのだけれどもしょうがない。でもそ
んなものであると思うのです。
ただ大事なのは、やはり自分たちがいつも行きたくなるようなお店があれば、それは必ず遠くから
来た人も行くお店になるはずだということなんです。そのために 1 つ大事なのは、観光地というの
は遠くに友達を持っているという感じがするのです。つまり遠くの人間がその町の物語を書くので
す。「行った時にこうであった」「私の知っている京都はこうである」というようなね。つまり姫路出身
の人たち、あるいは姫路を訪れた人たち、遠くにいる人たちにどれだけ姫路の路地やお店を語っ
てもらえるのかという、そういう努力はしたほうがいいかもしれないという、そんな感じはするので
す。
それと、大きな仕掛けによって何かをガラッと変えるというのはやはり無理であるという見解を私
は持っているのです。小さな何かをつくりだして、それがちょっと成功したらその隣に何かをつくり
だすという、こういうものでやっていく以外にないと思うのです。何度も言いますけれども、すでにお
城みたいな立派なものがあるのだから、お城に頼るということはやめる。どっちみちなくならないの
だから、心配ないのです。ほかのことをやったほうがいいなという感じがどうしてもします。
それと、行政というのは姫路市とかを考えるのです。それは当たり前なんです。だけど遠くのほう
から見ていると、「竜野もいいしなあ」とか思うのです。だから一緒にやはり考えたほうがいいかなと
いう感じもするのです。
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○茶谷
ここで少しだけ角度を変えまして、住民、つまり姫路であれば姫路市民の皆さんの生活の質の問
題と、それから観光の問題ということを少し取り上げていただきたいのですけれども、観光を追及し
ていくということと、住民の生活の質が上がっていくということがうまくリンクするかどうかという問題を
先生方はどう考えておられますか。
○中沢
姫路はよそと比べるとちょっと土地が高いので、ちょっと暮らしにくいと思います。
○茶谷
土地が高いということが欠点だと。
○中沢
一般的にはそれはちょっと高いと思います。店を開くのにすごく難しいとか、新規参入がしにくい
です。ここのメインストリートその他は相当高いですから、新規参入はしにくいです。もうゆったりし
ているわけですから、古いお店が頑張ってくれればいいけれども、そこに新規参入がしにくくなっ
たら、それは全体にゆったりしてしまうというか、活力が出てこないですよね。古い店はストックがあ
りますから。
○茶谷
その辺の問題については分科会で徹底的にやっていただければと思います。
石崎先生、今の問題ですけれども、住んでいる方の満足感、あるいはクオリティーと、観光客を
迎える、観光地として育成するというか、自分たちもそれに対応していくということとの関係、バラン
スは……。
○石崎
バランスですね。多分今の姫路の入り込み客数から言うと、ほとんど問題ないと思う。ただ、これ
が本当に増えてきた時にはかなり深刻な問題になるなと。それに対しても今から準備をしておいた
ほうがいいかもしれない。
1 例を言いますと、例えばうちの大学は今、滋賀県と京都にあるのですけれども、京都のほうは
場所がいいというか、悪いというか、駅から遠くて金閣寺の南側にあるのです。それで 4 月と 5 月に
新入生を含めて学生がブーブー文句を言う。京都駅、あるいはターミナルからバスに乗れないと
言うのです。なぜかというと、修学旅行生がどっと金閣寺とか竜安寺を目指してバスに乗るので、
込むわ、慣れていないからお金を出すのに時間がかかるわで、いつも 20 分で行くのが 40 分かか
る。とにかくあいつらをたたき出したいという文句は常に出るのです。「ではね」というふうに逆に言
ったら、「それはわかるよ」という話をしておいた上で、「でも彼らが乗ってくれるおかげでバスの便
数が多くなっているんじゃないの」というふうに言うと、学生は「あっ、そう言われればそうですね」と
いうふうに改めて再評価するわけなんです。
だからそういう点では、ある程度京都みたいに多くなりすぎると、今言ったみたいに観光客の利
害と住民の利害がちょっと反するところがあるのだけれども、しかしそれは今のバスの例でも端的
に出ているように、考え方、発想を少し変えて、観光客がそこに落としてくれているいい影響も評
価して、それを住民を教育していくというか、そういうふうに意識を変えていくというのがある程度の
- 32 -
数を超えてきたら、必然的に必要になるのかなというふうに思います。
○茶谷
名所旧跡の観光ということになると、局地的に混雑があったり、そこが俗悪に開発されたりというこ
とがありますけれども、先ほど西山先生の講演にもございましたように、エコ・ツーリズム、あるいは
ヘリテージ・ツーリズムであるといった観点から、それが持っている自然、あるいは歴史・文化遺産、
文化資源そのものを観光資源にしていくということは、そこに住んでいらっしゃる方々にとっても生
活の質が上がっていくということにつながると考えるわけにはいかないですか。
○石崎
私はそれはそうだと思います。だからやはり今、中沢先生がおっしゃったように、よそから、あるい
は遠くの友達に対して、「こんなにいいのがあるんだよ」というふうに例えばほめられれば、それは
やはりその町のプライドにつながるわけですし、私などはとにかく来てもらうということはいいことだと
思う。ただ、むやみに来たらいいという問題ではなくて、西山先生がおっしゃったように、やはりより
点的に展開するのではなくて、面としてそれをいかにうまく分散させるかということを考えていく必
要がある。その場合の主役はやはり住民になるのではないかと。
京都などでも紅葉の時というのは、とにかく 11 月はどのホテルもなぜか客室稼働率が 100%を
超えるというところが続出するのです。1 日で 2 回ぐらい客室を売ったりするというひどいことをやっ
ているのですけれども、その時には特定の時間の特定の道路はとにかく混む。それで京都市民は
それを知っていますから、「あそこはやめとき、こっちに行きなはれ」というふうに言う。「あそこの紅
葉ばかり見んでもこっちも十分きれいやで」と、あるいは「ここだったら歩いていけるから」と。やはり
地元ならではの情報を知っていると、それを聞いた人は 1 つの穴場情報を教えてもらって喜ぶわ
けです。それも 1 つのホスピタリティになるのではないかと。だからそういう意味で地元とのコミュニ
ケーションがあれば、そういう問題も多少なりとも緩和されるし、その方向にもっていかないと、特定
の時に特定の場所に集中するということは、観光を長い目で見たらやはりよくないことだというふう
に思います。
○茶谷
髙崎さん、この問題は非常に微妙な問題なんですけれども、例えば姫路の観光を考えた時に、
ドッと人が来てほしいというイメージがあるんですよね。
○髙崎
私が言うのも何なんですが、旅行会社の今までの功罪の罪の部分として、例えば一過性のイベ
ントがあったり、「どこそこがいいらしい」と聞くと、沢山のお客様をワーッとバスで運んで、それこそ
お手洗いを貸していただいたり、渋滞をひきおこしたりしてと。でもだんだんと人気が落ちてきて、
だめになったらもう次を探すという時代が確かにありました。ただ、先ほども申し上げましたように、
お客様の好みや、希望の行き先もどんどん変わっていく中で、それではいけないと。先ほど西山
先生の講演でもございましたけれども、「持続可能な」という部分が大変重要で、これからはもうそ
れほど高度経済成長をする時代でもありませんから、ゆっくり腰を据えて長続きするような観光地
を応援していこうと考えております。
例えば私どもJTBでも「ファーブル」というエコ・ツーリズムのツアーを出していますが、通常よりも
ちょっと料金が高いのですけれども、地元の方が語り部として地域を解説してくださるという商品は
- 33 -
催行率が非常に高いのです。その商品は爆発的には売れないのですけれども長く続く。一過性
で爆発的に売れる商品と、少しずつでも売れ続ける商品。今後は後者を選ぶという選択は、これ
からは絶対増えてくると思うのです。
○茶谷
それは最近になって出てきた現象ですか。
○髙崎
そうです。ここ 2、3 年のことだと思います。だからまだ今はニッチなんですけれども、これからその
ニッチがたくさん集まって大きくマスになる。市場の大きな部分を占める可能性は大いに期待でき
ると思います。
○茶谷
JTBがそういうふうに考えておられたら、これは力強いということになりますけれども、中沢先生、
そういう観点から見たら姫路そのものというのはもう少しポリッシュアップというか、表に出していいと
いう資源はありそうな気がするのですけれども。
○中沢
たくさんあると思うのですけれども、最初の話と関わってくるのですけれども、例えばハングリー精
神というのは、「あなた、持ちなさい」と言って持てるものではないところがあります。例えば灘のけ
んか祭りというのは、私は 1 つの観光資源になると思うのです。あそこの商店街の人たちとか、地
場の人たちと討論とか、勉強会などをしていて、なぜあれで稼がないのかという話になると、「祭の
日に金儲けなどしていたらみっともない」とか言い出すわけです。わかるのです。当事者にとって
はその日のために何か稼いできたという気分がひょっとするとあるかもしれない。まさしくその祭を
楽しむために 1 年を働いてきたのかもしれないのです。その日に自分が店を開いてやっていたら
ほかの人に迷惑がかかるという気分になってしまうかもしれない。だから祭の当事者がそのまま盛
り上がっているだけで、それを金儲けしているのは、全然遠くから来た屋台の人が儲けていると、
あれはそれだけのことなんですよ。はっきり言いましてあれは内需ではなく外需なんです。そういっ
たところがあります。だからそれを悪いと言えるかどうか、観光として見た時にどうなのか。僕は観光
のプロではありませんので、なかなか難しいなと。地域の活性化の問題からだったら言えますけれ
ども、ちょっと違うと思います。
○茶谷
その地域の活性化のために観光をどう使っていくかという視点に立って考えてみましたら、例え
ば姫路城と今の御幸通り、あるいは先ほど出てきた西二階町でもいいのですけれども、何となくま
だ遊離していますね。そうではないですか。
○中沢
回遊する仕掛けがないですから遊離しているのです。要するに 2 号線までで分かれてしまってい
ますから、2 号線から駅側は生活の町及びビジネスの町であって、2 号線からこっちはバスが来る
町なんです。分かれてしまっているのです。だからあれをつなぐ工夫がいると思います。
- 34 -
○茶谷
お城に行かれた 70 万人のお客さんは、南に下がらないでそのままバスに乗って帰ってしまった
と。
○中沢
あの 70 万人は要するに「飲食店 B」が姫路だと思っているわけです。
○茶谷
このシンポジウムはやたらと固有名詞が出てきますね。後で謹んでおわびと訂正をいたします。
○中沢
おわびはしますけれども、訂正はしません。
○茶谷
すばらしいところなんですけれども、1 つはそういう構造になってしまっているということですね。と
いうことは、その構造を引っくり返すのは交通の利便性を少し変えてみるだとか、道をどうだとかい
うのはあるけれども、それはできますよね。しかしこっちにいらっしゃいよという迫力というか、ハング
リー精神もいるのではないかと。
○中沢
だから引っ張ってくる腕力というか、引っ張ってくるだけの熱意というか……、別に来んでもかま
わんと思っていたら、やっぱり来ないですよ。
○茶谷
問題は唯一その点にあるというふうにお考えになっていますね。
それは石崎先生、どうですか。
○石崎
祭の点で言うと、非常に難しい点があると思います。京都には 3 大祭があって、特に祇園祭など
は、実は今、中沢先生がおっしゃったように、町衆が自分たちの心意気を示す場だったのです。
だから夜になると自分たちの家の玄関に家宝を飾る。あれは言ったら悪いけれども金持ちの見せ
びらかしです。だけどその代わりに町を支えるのは自分たちだということで、維持費の経費も全部
自分たちが出していたわけです。それがご存じのように、京都の場合、着物産業がだめになって、
軒並みその道筋の繊維問屋さん、あるいはそういうアパレル関係がだめになって、マンションに建
て替わっているわけです。その町を支える中心が町衆からだんだん地方自治体などに変わりつつ
あるのです。そういう点ではこれから同じ規模の町を同じように、それこそ友達に誇れるようにしよう
と思ったら、従来の形ではないもの、中沢先生がおっしゃったように、やはり自分たちの楽しみの
ためがベースかもしれないけれども、同時に稼ぐという発想も入らないとだめだというふうに思うの
です。
京都の場合は、そういう点ではマイナス面で言うと、京都のそういう経済力が衰えたという面もあ
るのですが、その一方では逆に言うと、今までその地域というのは非常に排他的で、飲食店にしろ
何にしろ、ほかの人が入ってお店をやりたいと思ってもできなかった地域だった。でも今は売り物
が出るようになって、そういう新たな人が新たな発想でやれるようになったという点では、むしろビジ
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ネスチャンスは出てきていると。そういう点ではプラスマイナスゼロだし、ある意味で現実は常に変
わるものですから、それに対してやはり現実は現実として見据えて、ではそれをどうしていけばより
よい形になるかということをやはりそれぞれの立場で考えていくというのが必要なのではないかとい
うふうに思います。
○茶谷
中沢先生、今の石崎先生の話なんですけれども、要するに……。
○中沢
おっしゃるとおりで、「そうですね、まったくです」と言う以外に何もないのです。
○茶谷
観光という形で姫路にいらっしゃる方々を、いわばビジネスの機会としてとらえて、それでもっと
商売をしていく、あるいは新しいいろいろな事業を興していくということに活用していくということに
は問題ないですね。
○中沢
現在は残念なことに、姫路城に来ているのであって、姫路という地域に来ているわけではないと
いうふうに私は見ています。姫路の人というのはNHKにうんと感謝をしないといけないと思うほど
いろいろな形で放映してもらっている。例えばあれだけお城が映っても、「武蔵」をやったからお客
が来たかというと、そんなことはない。やはり地域が折角これだけ人が来るのだからあの連中に金
を落としてもらわなくてはもったいないと、そういう意思を持たないことにはなかなかだめなんじゃな
いかと。今あるものを生かすだけではだめだと。
それで姫路城で言えば裏にいろいろ小さな町があるのですけれども、裏のお堀のほうの町とか、
もう半分崩れたような塀とか、いっぱいありまして、車では通れない路地がたくさんあって、そういっ
たところにまで人が来てくれる。でもそれは生活の道だから来ないほうがいいのかななんて思った
りするのだけれども、僕はそういったところに、裏道や路地に来てもらえる場所というのはいっぱい
あるなという感じはしているのですけれども。
○茶谷
ということは、姫路というのはまだそういう隠された資源がたくさんあると。
○中沢
そうです。もったいなく放置されているのです。
○茶谷
そういうことですね。それをうまく使っていけばいろいろな事業というか、産業と言うと大げさでしょ
うが、ここの経済活動に資していくと。
○中沢
そうなんですが、ただ私は私の知っている姫路にあまり人は来てほしくないという感じがやはりあ
ります。春の姫路は嫌いであると、特にお城の表側の春は嫌であると、混みすぎるとかございまし
- 36 -
て、これはアンビバレンツなところはありますね。
○茶谷
でも姫路城の桜は本当に見事ですからね。
さて、髙崎さん、そういうふうに市場といいますか、観光の世界というのは大きく変わりつつあると
いうことを実感されていると思うのですけれども、世情で議論されていることというのは、意外に何
か古い観光のイメージをそのまま引きずっているように思いませんか。
○髙崎
そうですね。観光ということがここ最近クローズアップされてきて、「ビジット・ジャパン・キャンペー
ン」が行われたり、海外からお客様をお呼びするためのCMに小泉首相が出られたりという動きは
あるのですが、では本当に現場ではどういう議論が行われて、お客様に来ていただくということを
考えた時に、お客様の動向をしっかり分析して、マーケティングされているのか。やっていることは、
今までとあまり内容が変わっていないのではないかと思ってしまいます。
例えば私どもでもJTBの競争相手、これは少し昔ですと単純にほかの旅行会社であったわけで
す。しかし、今、熟年層の方を対象にした時に、旅行に行くのか、家のリフォームをするのかという
ことが同じ土俵上での競争相手です。若い方でしたら、FM携帯を買うのか、旅行に行くのかと、
そういう消費財との競争も始まっています。お客様のほうがどんどん進化していらっしゃる中で、そ
ういう分析とか、マーケティングということが必ず必要になってきているというふうに思います。
○茶谷
ということは、「商品」という言葉を使うと、皆さんはちょっとわかりにくいかもしれませんけれども、
そういうお金の使い方というのは、いろいろな他の商品、冷蔵庫を買ったり、携帯電話を買ったり、
音楽を聞いたりするのと同じベースの上で成立をするようになってきたと。特別に余り物で、お金
が残ったから旅行に行くのではないと。
○髙崎
そうではないですね。「何に使おうとかな」、「何で楽しもうかな」と思ったときに、そういったものが
すべて同じ土俵上で勝負するということです。それだけ旅行が身近になったということではあります。
例えば今、私は中沢先生の、「春の姫路は嫌いです。特に姫路城は嫌いです」というお話をお聞
きして、逆にそういうふうなプロモーションの仕方もあるなと思ったのです。地元の方が「その時来ら
れたら嫌や」と思うものを見たいというか…。
○茶谷
見せたくないと。
○髙崎
....
逆にそれだけ素晴しい物なのだろうと想像するわけです。それをお客様もこっそり見てみたい。
仲間に入れてほしいと思われる方も多いと思うのです。だから本当に難しいのですけれども、裏の
気持ち、みたいな部分も含めて考えていかなくてはいけないのではないかと思います。
- 37 -
○茶谷
姫路市がなされた平成 14 年度のいろいろな調査によりますと、姫路に観光でいらっしゃる方々
のほとんどは個人の旅行者で、団体の旅行者というのはほとんどいらっしゃらない。ということにな
りますと、あそこから見た姫路城がいいとか、それからこの季節のこの桜越しがいいとか、中沢先生
は「そういうのが集まるから困るのだ」とおっしゃるかもしれないけれども、ここのこれがうまいんだと
か、そういったことを当然考えていらっしゃるのですね。パンフレットは参考にはするけれども自分
で行くんだと。そういう人たちがまだ少ないから、姫路の観光というのはひょっとするとパッとしない
かもしれないけれども、どんどんそこへ重きというか、力点が置かれていくと、この町というのはすぐ
れたものがいっぱいあるということになって、それがいろいろな方に注目されて、観光客を集めて
いるという時代がそろそろ来ているということですね。
この辺をベースにしながら、この後の各分科会、皆さんと先生方といろいろ議論をして、皆さんの
思っておられることをぶつけていただきたいと思います。
この場では結論といいますか、まとめをしないで、その後でもう 1 度、「実はこういうことでしたね」
ということを振り返って結論めいたもの、あるいはまとめといったようなことを皆さんにお聞きいただ
きたいと思います。
分科会のほうもどうか皆さんこぞって参加していただきまして、ひとつ日頃の姫路に対する思い
をぶつけていただきたいと思います。
とりあえず先生方、この場はありがとうございました。
- 38 -
報 告 及 び ま と め
○茶谷
皆さん、長い討論をしていただきましてお疲れになったかもしれませんが、今日半日、わざわざこ
の会場におみえいただいて、実はこういうことだったと、そういう何か 1 つ、2 つは持って帰っていた
だきたいという思いでございます。
これから、各分科会のまとめを各先生方からご報告いただきまして、それを受けて若干の討論を
して、実はこういうことではないかという 1 つのまとめというか、まとまりのようなものを模索していきた
いと思っております。
それでは先生方、どうもお疲れさまでございました。なかなか皆さん熱心な議論をされていたよう
で、私もお伺いしたらマイクを持って離さない方がいらっしゃいました。カラオケではよくあるのです
けれども、しゃべり始めたら止まらないという方もいらっしゃいました。最近の皆さんはなかなかお
話がお上手です。しかも各分科会はテーマがあったのですけれども、クロスオーバーいたしまして、
ホスピタリティの話は全分科会から出ておりましたし、資源の話も出ておりました。しかしそこのとこ
ろはひとつ各先生方のまとめという形でご報告を頂戴したいと思います。
中沢先生からお願いいたします。
○中沢
20 人の方からご発言をいただいたものですから、全部を紹介するわけにはいかない、ほんの少
しだけです。
それで何人もの方が共通して言ったことは、やはり姫路の表玄関である駅前のタクシーは何とか
ならんかという話です。駅前から「お城まで」と言うと、「歩いて行ったほうがいいよ。健康にもいい
よ」と言う。それを播州弁でやられたら、多分よそから来た人はたまらんだろうなという感じがするの
です。返事もしないとかです。それは皆さん経験していることで、すごく大事なことだろうと思うので
す。これは口コミのイメージをつくるのですごく大きい。姫路のタクシーのネガティブな評価というの
は何とかせんといかん大問題だと思います。これは何人かの方が言いましたけれども、みんな思っ
ていることであると、これは指摘せざるを得ないです。それがまずネガティブなマイナスのお話でご
ざいます。
いろいろな意見が出ましたけれども、例えば「おもてなし元年」にしたいと、どうしたら来た人に満
足してもらえるか、私たち自身が考えたいというような発想です。
それと同じ方ですけれども、姫路の駅の周辺を自分たちの物語の舞台にしていきたいと、やはり
そういった志みたいなものがとても大事なものだなと思いました。
それともう 1 つ、例えば町の人が、以前はそのまま町で買い物をした。それが引っ越したりしてな
かなかそうはならなくなってしまったというようなこと。
それからもう 1 つ、みんな自分の地域を知らなさ過ぎるのではないかと。だから地域住民が意識
改革をして、少し自分の地域を知る。地域を歩いてみるとか、そういったいろいろなことをしてみた
らどうかというようなご意見が出ました。
それと同時に、例えば大塩の地域がすばらしいとか、たくさん意見が出ました。
もう 1 つ、市会議員の方が 2 人いらっしゃいましたので、行政が頑張るところはどこなのかというよ
うなこととか、あとは例えば龍野町の日赤病院がなくなってしまったこと、もう少し早くみんなで気が
つくべきだったと。
ただそういった意味で、みんな学習をしてきている。ここ 4、5 年です。私は大学で地域活性化
- 39 -
論というのを教えているものですから、いろいろなところでインタビューをしていると、町の人たちの
共通した意識として、ここ 4、5 年ものすごい学習効果が出てきている。何とかしなければいけない、
何とかなるはずだという意見はあちこちで聞いていて、私の属した分科会も全体としてそういうご意
見だったということでございます。
あとはまとめるにしては個別の話が非常に多かったです。無料の自転車を置いたらどうかとか、
いろいろ出ていましたけれども、とりあえずそれだけにします。
○茶谷
今、皆さんが学習をしてきていると、皆さんが少しずつ学んできているというのは、町の活力を維
持するとか、町の魅力を維持するためには……。
○中沢
かつてあった魅力をつくりたいと。
○茶谷
それがなくなりつつあると。危機感も感じたと。だからこのままでいいのかという意味の学習でもあ
るのですね。
○中沢
そうです。まとめと言うと変なんですが、私、最後に申し上げたのですが、姫路市をどうするとか、
全体をどうするというのは、市長さんとか市役所の人が考えればいいのであって、個々の人は自分
の周りをどうするかということで十分であるというふうに私は申し上げたのです。
○茶谷
自分の周りを少し危機に感じているということでしょうか。
○中沢
地域というのは私に言わせると何かといいますと、イメージできるのは学校区がせいぜいです。
学校区というのは人口にして 3、4,000 から 4、5,000 まで、そういうイメージなんです。生活の場と
いうのはそういう場所なんです。
○茶谷
ありがとうございました。
それでは石崎先生、ホスピタリティがテーマでした。
○石崎
ホスピタリティと観光、うちの分科会Bが 1 番羊頭狗肉パターンでございまして、私がやりましたの
で、実はこの単語が 1 番少なかったのはうちの分科会ではないかというふうに思っています。
最初に西山先生の格調の高い基調講演の時に、後ろからやすらかな寝息が聞こえてまいりまし
たので、うちの分科会の目標は皆さんにお休みいただかないということ、起きていただくということ
を最大の目標にいたしまして、20 人の方すべてに発言をしていただきましたので、やっている間に
実はこちらがまとまらなくなったのです。観光のボランティアをされている方もいらっしゃいましたし、
- 40 -
ホテルをやられている方もいらっしゃいました。タクシー業界の方もいらっしゃいました。そういう点
では皆さんに発言していただくことによって、姫路の今の観光を取り巻く状況がつぶさにわかりまし
た。
そういう中でまず最初に出てきたのは、皆さんいろいろな思いをお持ちになって活動されている
のに、意外に横の連携ができていないと。たまたま実はガイドさんにどう申し込むかというところか
ら始まって、今までそれこそマス・ツーリズムの場合は鉄道会社なり旅行会社が予約制ということで
申し込まれるというパターンだったのですが、今、個人化というのがパネルディスカッションでありま
したけれども、そういう中で実は今のところ、個人でホームページでガイドさんが予約できるように
はなっていない。ひょうごツーリズム協会のお話では、兵庫県内で 20 ぐらいの団体がすでに登録
されているのだけれども、なぜか姫路はその中に入っていないという問題が出てきました。そういう
点ではまずお互いのコミュニケーションをよくするところから、やっていけばいいのではないかとい
うのが前半の部分です。
その上で皆さんからいろいろな意見をいただきましたが、なかなかまとめることができないので、
茶谷先生がご専門のスロット分析というのをやりましょうかという話になりました。スロットというのは
物事を強み、弱み、機会、脅威、この 4 つに分けて、皆さん思いつくままに入れてくださいねという
のを 1 人ひと言ずついただいたら、出るわ出るわ、最後に「早く終わってください」という紙をいただ
くぐらいまで出たのですが、その中で例えば強みの中では、近くに温泉があるじゃないかというよう
なところ、あるいは女性を主役にしたドラマがたくさんあるよというような話、お祭もあるし、2008 年
には和菓子の博覧会までやると、そういういろいろな資源が出てきたわけです。
その一方で弱みとしては、例えば駅前にあった駅のトイレがいつの間にか撤去されていて、タク
シーの運転手さんが行くトイレがないという問題です。それから観光案内所もあるのだけれども、お
城の前まで来ないとないという問題、案内板が韓国語とか中国語のが少ないと、こういうふうな問
題、中に博物館の館長さんがいらっしゃったのですが、建物が活用されていないとか、大胆な意
見がありました。
そのほか機会としては、例えば西山先生が言われたように、「ラスト サムライ」があれだけあった
のでこの機会を逃す手はない、やはりこれを積極的に今やればいいというのと、広域連携という点
では、例えば竜野とか赤穂と組むようなコースだってできるよと、こういう機会なんです。
脅威としては、ただでさえ今でも宿泊客が少ないところに新しいホテルができると、これが業界
にとっての脅威という意味だと思うのですが、おもしろかったのは、機会として赤穂と竜野の連携が
組めるというのに対して、脅威としては神戸に吸い寄せられて、ここまでお客さんが回ってこないと、
こういうふうなご意見もあったわけです。
その中で私が申し上げたのは、強みというのは、お城があるという強みは、逆に言うとお城に頼
りきってしまうという問題を起こす。そういう点では強みは弱みに転化してしまう。でも逆に言うと、弱
みだってやり方次第によっては強みに転化することができますよと、そういうふうな話になったわけ
です。そういう点では中にはではそういうふうな弱みとか強みをいいほうに転化させていくには一
体どういう層をターゲットにして、どういうやり方をすればいいのかという具体的なところまでというご
要望もあったのですが、残念ながらそのあたりで時間になりましたので、実は市民の皆さんが非常
にいい意見をお持ちで、あとはそれの組み合わせ方によって姫路の方向性は見えてくるよというよ
うなところで終わったと、こういうところです。
○茶谷
わかりました。
- 41 -
ではひとまず髙崎さん、お願いいたします。
○髙崎
私の分科会は、私がしゃべりすぎたということもあったのですけれども、9 名の方のご意見をお伺
いさせていただきました。とにかく皆さんとても真剣にお考えになっていらっしゃるというのがひしひ
しと伝わってまいりました。
最初、「宝物探し」というテーマでいろいろな地域の宝物を教えていただいたのですが、少しの
時間でも千姫やお茶、お雛様、お城めぐり、いろいろな「モノ」や「コト」が出てきて、やはり「この地
域は宝物がいっぱいあるのやな」というのを皆さんも実感されたのではないかと思います。
その中で宝物中の宝物、姫路城については、お城はもう最大の宝ではあるのだけれども、逆に
宝物すぎてほかがかすむと、お城しかないという印象をお客様が持ってしまわれる。そこは強みで
もあり、逆に弱みでもある、つまり宝物の生かし方をどうするのかという問題提起があったと思いま
す。
それから、ホスピタリティという点につながるのでしょうが、やはり意見として出ていましたのは、い
わゆる公共交通事業の従事者、バスやタクシーの運転手さん達が本当にお客様をウェルカムと思
っているのかどうかというところは、皆さん問題意識としてお持ちなんだなと。観光に来られるお客
様に 1 番に接する方々ですから、その印象がイコール姫路の印象になってしまうということは十分
ご実感いただいており、その上で「何とかしなければならない」と思っているのに「何ともならない」
みたいなジレンマを大変お感じになっていらっしゃるようですね。これは、地元の方が勇気を持っ
て声をあげていかない限り、何ともなりません。
それから「連携」ということの大切さ。当然観光というのはその地域 1 つの点で収まることではあり
ません。そのことを皆さんご認識いただいた上で、例えば「お城」というテーマであれば、姫路、赤
穂、竜野というお城の連携であったり、1 つのテーマを決めた上で、様々な広域的な地域の連携を
今後は考えていかなければいけないというお話が出ました。本当に素材というか、我々のことばで
言うところの売り物はたくさんあるなというのを実感として感じました。
他にも情報伝達の方法、例えば観光インフォメーションのとり方は、訪日外国人のお客様と日
本人のお客様で、全然違うということも事例を持ってご紹介しました。例えば皆さんからも、インタ
ーネット情報で韓国の方がたくさん来てくださった事例もご紹介いただきました。最も重要なのは、
様々な切り口が多種多様に分かれている中で、それをどう掛け算していったらこの地域にとって 1
番ふさわしいプロモーションになり、観光地づくりができるのかというところです。なかなかまとめると
いうふうにはいかないのですけれども、そういう問題意識を皆さんに共通認識としてお持ちいただ
けたのではないかと思います。
○茶谷
ありがとうございました。
随分多岐にわたっていろいろなご意見を頂戴したようでございまして、先生方も何をどうまとめる
か、相当苦慮されておられたようでございます。
残り時間、少しだけ私に時間を頂戴しまして、というのはまだ私の意見を生でぶつけたことがご
ざいませんので、ちょっと聞いていただきたいと、1 番おいしいところで発言して申し訳ございませ
ん。
まず、姫路は、観光資源ということをとってみれば、本当に多様ですぐれたものがたくさんあるとこ
ろだということがよくわかりましたし、皆さんもそのことはよく認識されていると思います。それをどの
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ように生かしていったら自分たちの暮らしや、この町の経済、あるいは活気、そういったものに 1 番
生かされていくのかなというところが少し読めていないという気がしました。
それで、2 つ、非常に大切な視点を今日は与えていただきました。
1 つは、中沢先生のご報告にもありましたように、所詮は自分たちが幸せになるということは、自
分の周りの身近のところに元気がついて、それが非常に気持ちよくて、いわば皆さんが生き生きし
ているということが 1 番なんですよというご指摘で、まちづくりというのはそれしかないのだと。ほか
の大きなことは市長さんや市の方に任せておけばいいと、まさに観光の視点も実はそこに移りつ
つあるのです。
どういうことかというと、外からやってくる人たちはそれを見たいのです。そこの人々はどんな暮ら
し振りで、どんな気持ちよさを味わっているのだろうかということを見たいのです。ですからちょっと
横丁に入って、どんなものを食べているのだろうとか、ここのお地蔵さんは何だろうとかというような
ことに結構興味があるし、のれんをくぐってちょっと親父さんとしゃべって、お酒を飲むというのにも
興味があるし、そういうことになってきているのです。ただ、あまりずけずけと入り込まれてくると、自
分たちの生活が脅かされるということにもなりますし、それからそこまでご開陳したくないよと、入り
込まれたくないよという気分もありますので、そこの接点が非常に難しいのですが、私はこれからの
日本の観光というのは、その問題を抱えつつ、ここまでやってきたなという気が実はしております。
一方で、観光バスに乗ってドーッと姫路城に 70 万人やってこられるというこの行動もそう簡単に
なくなるわけではない。これはこれとして重要なことなのですが、もう少しまちの細部にかかわる重
要性というのが増えてきているというふうに感じました。
もう 1 点は、その細かなことといいますか、日常的に自分たちの周囲にある魅力、この時のこれが
うまい、桜がきれいだ、紅葉がすばらしいといったようなことが地元の行政や住民になかなか観光
という視点ではとらえられていないのです。とらえたくないと、よそ者には言いたくないということもあ
るのでしょうけれども、ちょっと観光という目でとらえると、なかなかすばらしいことがあるのです。
1 つは、人に見てもらうということを意識しますから、これは女性のお化粧やファッションと一緒で
ありまして、ちょっとはきれいにしてみようという意識が働くわけです。これは非常に重要なことで、
やはりそのことで自分の気持ちにも張りがでてくるわけです。来られる方も気持ちいいと言ってくれ
る。これがホスピタリティの問題と結びついてまいりまして、やはりよく思われたいと思う。そう思うか
ら少しはいらっしゃった方に丁寧にお答えをするとか、やさしくお迎えするようになるのです。その
ようによく思われたいというのがつまり観光なんです。ですから姫路の観光というのは、外に対して
は少しはよく思ってよと、我々もここはいいと思っているのだからという姫路市民の意識でもあるん
です。
2 つ目にいいところは、外からのお客さんがお金を落としてくれる可能性があるということです。姫
路にやってこられるお客さんは財布の中にお金を持ってやってこられて、それを使いたいと思って
おられるのです。使ってくれるのは市民で十分だというふうに考えますと、市民の皆さんの数、50
万人以上には経済はふくらんでいかないのです。ところが外から入ってこられる方がお金を落とさ
れると、その部分は経済規模としてはふくらんでいくわけです。あまりそのことばかり考えていきま
すと、少し卑しくなってきまして、何でもかんでもお金に換えてやろうということになるのかもしれま
せんが、多少はそういうふうに思ったほうが人に丁寧に、あるいは親切に接するというのもやりやす
くなるし、それから自分たちの周りで「ここをよくしようよ」という気分も育てやすくなるという気がいた
します。これが皆さんがおっしゃっていること、少しはハングリー精神を持ってそういうものに対応し
ていったらどうかということだと思います。
それで、振り返ってみれば、姫路市には観光資源がたくさんあるのです。例えば今日のお話で、
- 43 -
広峯神社のことはあまり出てきませんでしたけれども、吉備真備が開いたと言われるすばらしい神
社で、京都の八坂神社に神様を持っていったぐらいですから、そこの本家というか、本宮になるわ
けです。それから瑞巌寺がございます。天台宗の立派なお寺です。書写山はこれはなかなかすぐ
れたすばらしいところだというのは、「ラスト サムライ」でも証明されたところなんですけれども、とい
っても書写山に年間 30 万人の方はいらっしゃっていないですよね。もう少しおいでになってもいい。
中沢先生は「もういいよ」とおっしゃるかもしれませんけれども、あの紅葉のすばらしさ、山を少し歩
いて、摩尼殿に近づいていくまでの雰囲気というのは、これはなかなかのものであるけれども、実
はあまり知られていないのです。神戸に住んでいる人は知らない方が多いでしょう。大阪に住んで
いる人はまるっきり知らないと言ってよいでしょう。ましてや舞台があって、舞台づくりがすばらしい
などという事実も誰も気づいていないかもしれないです。だからそんなことを少し活用していくと、も
っと簡単に容易に姫路の観光というものの力を借りた元気づけというのはできるのではないかと思
います。
今、750 万人という入れ込み客数、これは数え方がいろいろあるので必ずしもこの数字だけを取
り上げたくないのですが、1 つの指標で言うと、これを 1,000 万人にするという計画が姫路市にはあ
ります。この 1,000 万人という数字は私から見るとそんなに難しい数字ではないと思っているので
す。では誰がこれをやるのかというと、姫路城は今の 70 万人強を 100 万人にすると、たった 30 万
人しか増えないですがこれは大変なことで、それを「行政がやらなければいけない、あれは国宝だ
から国がやればいいんだ」と言っても、これでは追いつかないのです。市民みんなでこの町全体
が集客力を高めて、ここで消費される方の数を増やしていく。必ずしもその人たちに「さあ、お金を
使え」と言うことが目的ではないのだけれども、そんな意識を持つことによって逆にこの町がもっと
もっと魅力というものを磨いていけるのではないかと。お化粧の上手な女性が必ずしもそれだけで
魅力的だとは申しませんけれども、1 つの要素として「あっ、いいな」ということにはなるのではない
かと。やはり小粋な女性だったり、ファッションにすぐれている女性だと、それで魅力があるというこ
とになるのではないかと。たとえが少し間違っているかもしれませんけれども、そういう部分も十分
に都市づくりとしてはあるのではないかと思います。
その前提に、そういったことは都市をつくる上で非常に重要なことなんだという認識が必要です。
今までは鉄や船をつくっていることが重要で、こういう観光で人を迎えるということは、これは副次
的なことなんだ、余計なことなんだというふうに思ってきたのです。これは姫路市だけが思ってきた
のではないのです。残念かな日本中が思ってきたのです。なかなかこれが改善しないということも
石崎先生の言葉にございましたし、これからアジアの人たちがお金を持って、「さて、どこへ行くん
だ」ということになったら、日本を素通りしてヨーロッパに行ってしまうと、この傾向はもう出ているの
です。これは恐ろしい話でございまして、やはり日本に来てもらいたい。東京だけというのではなく、
やはり関西にも来てもらいたい。関西の中でも、やはり姫路に来てもらいたい。それで姫路に来れ
るのかというと、旗頭にする資源は姫路城で十分なんです。その十分な姫路城にお客さんが 70 万
人ちょっとというのはやはり寂しいかなと。なぜそうなのかなとなったら、そのよさを認識していない
のだなと、十分に生かしきっていないのだなということになるのではないかというふうに私は思いま
す。
ほかの町でも今、日本国中で実は観光によるまちづくりというのは盛んです。北海道から沖縄ま
で、私、あちらこちらにお伺いしますから、本当に石垣市まで行って同じようなお話をしてまいりま
したけれども、どこでも同じことを考えておられるのです。だからどこの町が本気でやるかです。「考
えている」という気運は大分醸成されて皆さんもよくわかっておられるのだけれども、本当にやって
いくかです。これをやるところが「1 抜けた」ということでスッと前を走られるのでしょうね。
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東京都も危機感を持っておられる。あの東京が危機感を持っておられる。というのは実は東京
は上海やソウルに勝たないといけないのです。東京が大阪に勝つなんていうものでは許されない
のです。そうするとこれは大変なことで、どうすれば都市として観光の魅力をつけるかというのが東
京都の課題なんです。だから東京にも頑張ってもらって、日本へ来るたくさんの方を引きつけても
らいたい。とりあえず東京を目指して来ていただいてもいいのです。ついでにこっちにも来ていた
だいて、ここも見ていただくという、そんな流れがワッと出てくればいいなと。それが出てくるかどう
かは皆さんの考え方次第かなと。「迫力」というふうに私はプログラムに書かせていただいたのです
けれども、皆さんの熱意次第かなと。あとは全部ある。見せるものもある。売るものもある。お客さん
が喜ぶものもある。施設もある。でも迫力不足だけは、これは人間のやることですからどうしようもな
いという気がいたしまして、この姫路の豊かな観光資源と、それから非常に豊かな人材を前にして、
ここが爆発したらすごいなというふうにも思った次第であります。
最後になっていささか口幅ったいことばかりを申し上げましたけれども、このシンポジウムを締め
くくるにあたりまして、最後にもう 1 度先生方から、「実は姫路に言いたいことはこれなのよ」というと
ころをお伺いして終わりたいと思います。
それでは中沢先生、お願いいたします。
○中沢
私は言いたいことを言い過ぎているものですから、もうありません。今度また飲みましょう。
○石崎
ではご一緒に飲みましょうと、言って終わりたいのですが、最後に 1 つだけ。
先ほど簡単に外国人の方をお迎えするということを言ったのですけれども、これは結構難しい。
日本人と明らかに行動パターンが違いますので、これはこれからかなり研究することが必要かなと
思います。京都で言いますと、お寺が一説には 3,000 ありますと言われますが、実際は 1,300 ぐら
いらしいのですけれども、外国人観光のプロと言われる人に聞いたら、「この中で外国人を連れて
行ってわかってくれるお寺は 5 つしかないですよ」というふうに言われた。どこかというと、「清水寺、
三十三間堂、平安神宮、二条城、金閣寺、ここだけです。あとは無駄ですからやめてください」と
いうふうに言われた。
なぜこの 5 つかというと、一目でわかる。1 番の清水寺は舞台があるでしょ。飛び降りてごらんと
言ったら誰もやらないそうですけれども。三十三間堂、観音さんが 1,000 体あるでしょと、わかるの
です。平安神宮、大きな赤い鳥居があるでしょ、これもわかる。二条城はお城でしょ。金閣寺はキ
ンキラキンでしょと、これはもうわかる。ところが困るのは銀閣寺です。連れていったら銀閣寺はシ
ルバーかと聞かれる。そんなものは全然塗っていないじゃないかと。金閣寺はキンキラキンなのに
なぜこちらは銀ではないのだというふうに言われる。天竜寺と銀閣寺は絶対に見分けがつかない
と。連れて行くだけ無駄だというふうに言われた。それぐらいある意味でちょっとデフォルメをしない
と外国人の人というのはなかなか来てくれない。
姫路はそういう点では圧倒的に日本の本物中の本物のお城があるわけですから、これでもうド
ンと闘える。そういう点では外国人の方をお迎えするにはいい条件を備えている。そのための条件
は先ほど茶谷先生のほうが言われたので、そのあたりを参考にして、今後 10 年の国際競争を勝ち
抜いていただきたいというふうに思います。
以上でございます。
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○髙崎
先ほどからお話に出ておりました、「身近なところだけでもいい」というのと同じだと思うのですけ
れども、いろいろなお客様と接していまして、「住んでいいところが訪れてもいいところだな」と思い
ます。「住んでいい」というのは、つまり住民の方々が自分たちの生活のクオリティーを追及されて
いるということだと思います。わざわざ特別にお客様を迎えるというふうに思わなくても、自分たち
の生活をよくするために自分たちの周りを見直して、身近なところから、ちょっとした気持ちから考
えていったら、最終的に心からのウェルカムに結びつくと。自分たちの町をもう 1 度見直す努力を
しようという心意気は今日の分科会でも十分に感じられましたので、それをちょっと意識しておやり
になるのか、無意識のうちにやるのか、あるいは、無意識のうちにほったらかしてしまうのかというこ
とだけでも随分違うのだろうと思っています。
それから、いろいろな成功事例、成功と言われている事例もご紹介したのですけれども、すべて
のところに共通しているのは、観光産業に従事している人以外から出てきているリーダーシップを
持った経済人の方がどこの事例でも存在している。黒子的に隠れている方も、もちろんいらっしゃ
るのですが、まことに僭越ですけれども、姫路にもそういう方々が必要なのではないかと。そしてそ
ういう方々に共通しているのは、「自分の町を何とかしなければいけない」と切実に思っていらっし
ゃる。先生の言葉をお借りするとそれが迫力となって周りに伝わってくるわけです。この地域には
今までお話ししてまいりましたこと、そういった下地・ベースを十分お持ちなのだから、きっとすごく
いい観光地なり、いい町になっていくのではないかという確信を持っております。
○茶谷
ありがとうございました。
今日はこれ以上の具体的な手法に至るまでの話にはならなかったのですけれども、その点につ
きましては、また各先生方、具体的にいろいろ材料をお持ちだと思います。皆さんのほうからまた
お尋ねいただけたらと思います。
また、西山先生からもすばらしいエコ・ツーリズムのお話、ヘリテージ・ツーリズムの考え方をお示
しいただきました。今日のパネルディスカッションの内容とも非常にオーバーラップする基調講演
を頂戴したというふうに考えております。
それから、最後まで熱心な討議、各分科会で討議を経た後までこうしてお聞きいただきまして、
姫路の観光のために皆さんがどれだけ熱意を持って立ち向かっておられるかということがよくわか
りました。これをしばらく持ち続けてやっていただきたいと思います。21 世紀はこれしかないというこ
とですから、21 世紀を生き抜くためにも姫路の観光というものを少し盛り上げていくことを皆さん自
らの力で試みていただきたいと思います。
今日は本当にありがとうございました。先生方、どうもありがとうございました。
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●新 聞 記 事
神戸新聞
平成 16 年 2 月 7 日(土)
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平成15年度姫路観光交流促進ワークショップ報告書
(平成16年3月発行)
財団法人 アジア太平洋観光交流センター
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