神奈川県 産業技術総合研究所 工芸技術センター NO.2 VOL.33-2 2003.10.1 産地業界の活発な動きに注目 第3回 全国「木のクラフトコンペ」 テーマは「森に聴く」に決定 「現地視察会」で観光地の情報収集 作り手のプライドが海外製品に打勝つ! 「小田原・箱根 木製品フェア2004」実行準備委 去る7月9日、厳しい観光工芸品の現状把握と打 員会が、青年部会を主体に活動を開始しました。 開策を求めて、県工芸産業振興協会主催による清里・ 来秋開催に向けて各事業部会が企画の検討を進 めている中、全国公募の木のクラフトコンペ募集テー マは「森に聴く」に決定しました。 過熱ぎみの情報化社会の中で、急速なデジタル 化は人々の生活環境を大きく変えています。 軽井沢方面への現地視察会が開催されました。 近年の観光地は、ご当地ものや外国人向けの商 品が目立ち、従来の「観光土産品屋」は敬遠され る傾向にあり、観光客はアウトレットのブランド 品に群がっていました。 今回の募集テーマは、「スローライフ」が注目さ 特に今回の視察では、軽井沢プリンスショッピ れている様に「本当にこれで良いのだろうか」と言っ ングプラザ内にある木製品主体の、我蘭憧(がら た問いかけであり、作り手としての原点を見つめ んどう)の店主嶋田氏と情報交換を行いました。 直した新しい提案を呼びかけています。 また、販路開拓や技術の交流を目指した新しい 企画も検討しており、産地を挙げたこのイベント が「世界の木工都市小田原・箱根」としての情報 発信の源となることが大いに期待されます。 デザインの高度化を図る 「木製品新商品開発事業」スタート その中で、「伝統技術を生かした現在のライフ スタイルにマッチした本物であれば売れる」との 作り手には有り難い情報を頂きました。 また、「これを作らせたら一番であると言った 作り手と多く出会いたい」との要望もあり、7月 下旬に商品の搬入をした結果、販路開拓に結び付 くことができました。 昨年度、「箱根・小田原からモダン・クラフトの 提案展」と題して京都と東京の丸善ギャラリーに おいて展示発表会を開催しましたが、本年度の事 業がこの夏スタートしました。 現在、参加10社が個別指導会などを通じて外部 専門家のデザイン指導を受け、産地固有の伝統技 術を現代に生かした新作の開発に取り組んでいます。 店内は嶋田氏の 趣味とも言える 木製品の品揃え。 そのため、商品 知識は非常に豊 富である。 豆茶器に感動す る店主と奥さん 今回提案されたアイデア約40点は、作り手の創 意工夫が求めらており技術的な課題も多いですが、 景気回復の兆しが見えない状況は、先行きの不透 箱根・小田原の木の文化を生かしたデザインとなっ 明な社会情勢を反映した厳しい市場環境を作り、 ています。 新製品開発を益々困難な状況にしています。 来春、岡山県の丸善ギャラリーで開催する発表 生産者側にとっては自己防衛の限界とも言える 会が成功するよう、当センターとしても参加企業 最悪の状況の中で、この様な積極的な活動から何 の開発力の向上に結びつく支援を行いたいと考え らかの打開策が生まれることと思います。 ております。 (工芸意匠チーム 小堀 誠) 技術を支える人々 一ノ瀬 益夫氏 大正14年 4月22日生(78才) 小田原市板橋在住 その55 技術を学ぶにはもってこいの仕事でした。そのうえ、 直しの仕事は、作るときと違って傷にあわせてそ 一ノ瀬益夫氏は、手挽き鋸で厚さ8厘(2.4mm) の時々で様々な工夫をする必要があり、仕事に教 の寄木板を中通ししたり(2枚にひき割ること)、 わりながら新しい技術を生みだす良い機会となり 幅5寸7分(170mm)の大鉋を自由に使いこなした ました。この楽しみはやってみないとわからない りすることのできる当業界最後の職人の一人です。 かもしれません。 当業界で最初に神奈川文化賞を受賞された一 多くの創作寄木や寄木の床張りなど、他人がや ノ瀬鶴之助氏の次男として生まれ、長男同様、 らない寄木仕事を手掛けて目立ったためか、「一 父親に仕込まれて指物技術を習得されました。 ノ瀬は寄木屋だ」と思っている人が多いようですが、 事情があって長男が独立したため、益夫氏が 後を引き継ぐことになりました。 古武士を思わせる風貌からは想像できない優 指物であればどんな仕事でも出来るように努めて きましたし、実際注文された品物で「これはでき ない」と言ったことはありませんでした。 しい笑顔でユ−モア溢れた話をしてくれました。 〔修行時代〕 父親は、その子の希望で進学するもよし、職 人になりたければそれもよしという方針でした。 私は、弟たちと違って勉強があまり好きでなかっ たので、かってに高等科を一年でやめてしまっ たが、親はまったく何も言いませんでした。 そのかわり仕込みは厳しく、私の呑み込みが 悪い場合は勿論のこと、他の弟子が失敗した場 合でも「お前がついていて何だ」と怒られました。 弟子は、よそ様から預かった大切な子供なの だから、息子であれば率先して面倒をみなけれ 今の寄木は小物が多いですが、この仕事の醍醐 ばいけないというわけです。他の弟子は叱られ 味は床張りなどの建築仕事だと思います。ヨ−ロッ ても殴られることはなかったのに、私はよく殴 パの宮殿では昔から床に寄木貼りを使ったものが られました。その上、食事も弟子の皆が食べ終わっ あり、日本でも皇居などの床の一部に寄木貼りを使っ た後でしか食べられませんでした。一緒に仕込 ています。それを真似てか応接間の床を2分強 まれているのに、呑み込みの点でも技術的なこ (7mm)の板で寄木貼りする仕事が7件あり、1件 とも仲間の面倒をみなければならないのだから、 は自分だけで仕上げましたが、出来上がったとき 歯をくいしばって人一倍努力するほかありませ の満足感は何とも言えない感慨深いものです。 んでした。 〔若い人たちへのメッセ−ジ〕 仕込みは厳しかったが、仕事を離れると案外ひょ うきん者で優しい父親でもありました。 〔職人時代〕 誰もが他より余計に稼ぐことに夢中になって 今は何をやっても食っていけますから、満足の 行く仕事を楽しんですることが大切だと思います。 若い人が積極的に「直し」の仕事をするような 産地になることを願っています。 いるなかで、私は良いものを丁寧に作ることに また、寄木の醍醐味は腰壁や床張りなどの建築 心掛けました。余計に稼ぐことを目指している 仕事にあるので、ホテルや旅館のロビ−などの仕 と職人というより商人的になってしまうし、あ 事に進出できるよう頑張ってもらいたいものです。 くまで職人でありその誇りをずっと持っていた 私も多くの職人から様々な指物技術を学んでき いと思っていたので、時流に乗り遅れても腕を たので、わかることはすべて伝えていきたいし、 磨くことを目標としました。 それが年寄りの義務だとも思っています。 そのために、人の嫌がる「直し」の仕事を積 このように語ってくれた一ノ瀬さんは、案外話 極的に引き受けました。直す価値のある品物は 好きで気さくな方でした。気軽に接してその技術 どれも良い仕事がしてあり、見えない所に様々 を積極的に吸収したいものです。 な工夫が隠されているもので、腕の良い職人の (取材:里吉健二) 相 談 ・ 支 鎌倉彫における手刳り加工実技研修事例 コストの関係から鎌倉彫角盆木地のほとんどは 援 事 例 研究職員企業派遣事業について 企業の製品や技術の開発に際し、職員を派遣し 木工ルータで加工されていますが、ルータ加工だ て研究開発を支援する「出前型技術者派遣」事 けでは木地盆の縁の角部分を微妙に厚くしたり、 業で、主任研究員 彫刻が施される中央部分を若干厚くしたりするこ 事業第1号として、19日間(月平均3日)小田 とが困難です。 原市内の漆器製造業者へ派遣しました。 林 保美を当センターの本 そこで、機械加工の利点に手加工の良さを加え た製品作りの一例として、鎌倉彫木地盆の手刳り ・企業の開発課題は? 加工の実技研修を行ない、研修生の実習をとおし 支援依頼のあった企業は、小田原漆器として て、そのコツや改善点について当センター倉田俊 従来からケヤキの木地に摺漆仕上げを主体とし 一技能技師が鎌倉に出向いて指導しました。 た漆器を作ってきましたが、競合する製品が多 く、また漆塗装としての特色に欠けるため、全 国レベルの競争では歯が立たない状況にありま した。 これらを打開するため、平成12年から自社内 に漆塗装部門を設立し、製品開発に努力してき ましたが、思うように商品開発が進まず厳しい 状況は変わらないことから、当センターが長年 蓄積してきた漆塗装技術の支援を仰ぎ、付加価 値の高い漆器商品を開発したいと考えました。 依頼企業と相談の結果、開発課題を「小田原 ・加工のポイント 漆器としての特色ある漆塗装を利用した商品開 ●手刳りするおもて面の加工は、叩きノミの一種 発」とし、自社の新商品について、漆塗装担当 である「丸ノミ」及び「十能ノミ」と「突きノ の従業員から提案できるようにするための漆塗 ミ」及び「曲りノミ」を使って行ないます。 装方法の開発とそれに伴うノウハウ技術を支援 ●墨付けされた材料に丸ノミでフチを回し、底の しました。 面は十能ノミで平らに荒彫りします。この加工 漆塗装室の設定とその調整を行ない、当該企 では、刃先が鋭利であることに加えてノミのカ 業に適した塗装方法の開発と改良について支援 ツラがゆるんでいないことが大切です。 しました。 ●次に、突きノミでフチを突き、角隅の丸い部分 次に、当該企業の主力製品に対し、試作塗装 は曲りノミで円を描くように刃物をすべらせて を行い、それらを専門的に評価し、工程の簡略 加工します。そして底面は豆鉋で平らに加工し 化と製品の試作を行ないました。 ます。この工程で盆の縁の角部分を微妙に厚く し、角隅の丸い部分を若干深く削ります。また ・支援成果 狂い防止と底面を平らに見せるため、彫刻が施 これらの支援を受けた結果、企業としては、 される中央部分を若干厚くしたりするなどルー 漆塗装部門の従業員が試作・提案を行うことが タ加工では困難な手刳りの味をだします。 できるようになりました。 ●うら面のフチの加工は平鉋で行い、角の丸面は また、企業からは、当該派遣期間中に得られ 豆鉋で削ります。手刳りの技術に慣れると変形 た成果を踏まえ、試作品を商品として流通させ 盆の制作も可になり、鎌倉彫に新しい風合いを るべく、更に改良・改善を加える努力をしてい 加えることもできると思いますので、この技術 きたいとの回答がありました。 の習熟が大切です。 <手刳り加工についてのお問い合わせは> ℡ 直通 35-5230 倉田へ <この事業についてのお問い合わせは> ℡ 直通 35-1678〜9 里吉又は浅井へ お 事 業 予 知 情報提供を目的に次のセミナーを開催します。 ●鎌倉地域セミナー 場 所:鎌倉彫工芸館 師:鎌倉考古学研究所 時:10月29日(水) 場 所:工芸技術センター ますのでご覧ください。 期 日:10月1日(水) 〜10月17日(金) 場 所:工芸技術センター 1階工芸品展示室 ◎第300回審査会 テーマ:物作りのユーモアとアイデア 講 新製品開発に取り組みました。 斎木 秀雄 氏 ●小田原地域セミナー 日 7月23日(水)にアイデア提示し、12企業が 完成した試作品の展示会を、次のとおり開催し 18:00〜 テーマ:鎌倉市内発掘出土の漆器製品について 講 工 芸 協 か ら ◎新製品開発の展示会 産地業界に必要なデザイン・技術などの様々な 時:10月7日(火) せ 定 ◎産地情報セミナー 日 ら 師:挽物玩具・江戸独楽 広井 政昭 氏 ※このセミナーは次の業務成果発表会と同時開 日 時:10月21日(火)15:00〜 場 所:工芸技術センター ※登録申請をお待ちしています。 <問い合わせ先> TEL,0465-35-3024 催といたます。 事務局 多田 幹雄 ◎工芸技術センター業務成果発表会 産学公の研究成果、指導事例、技術情報などを 発表し、成果の普及と技術移転を図り、併せて参 催 加者との交流や情報交換を行います。 日 時:10月29日(水) 13:30〜 場 所:工芸技術センター 内 容:製品開発力向上支援 データーベースの利用 塗装とスクリーン印刷の欠陥対策 漆仕上げの新製品開発 ◎伝統工芸フェスティバル 郷土で育まれた貴重な技術・技能に親しんでい ただくため、毎年11 月の全国伝統工芸品強調月 間に合わせて小学生を対象に(15 日は一般県民 を含めて)所内公開を行います。 日 時:11月12日(水)〜15日(土) 場 所:工芸技術センター 内 容:寄木・象嵌、小田原漆器などの展示 説明と実演 ◎技術交流フォーラム 日 時:10月9日(木) 場 所:工芸技術センター テーマ:環境対応の塗料と接着剤 ※なお、鎌倉彫業界対象のフォーラムも年度 内に開催予定です。 も の ◎伝統工芸品まつり 「小田原漆器・箱根寄木細工」展 期 日:10月9日(木)〜10月14日(月) 場 所:箱根湿生花園 主 催:伝統小田原漆器協同組合 小田原箱根伝統寄木協同組合 産地の物作りへの提言 NCルータ利用の効果ほか し ◎第20回伝統的工芸品展 期 日:10月16日(木)〜 10月20日(月) 場 所:高島屋横浜店 ◎第31回鎌倉彫創作展 期 日:10月25日(土)〜11月3日(月) 場 所:鎌倉彫工芸館 主 催:伝統鎌倉彫事業協同組合 ◎2003伝統工芸ふれあい広場・富山 期 日:11月6日(木)〜9日(日) 場 所:高岡テクノドーム ◎2004全国伝統的工芸品まつり 期 日:平成16年2月4日(水)〜10日(火) 場 所:東武百貨店池袋店及び 全国伝統的工芸品センター この印刷物は再生紙を使用しています
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