あもんノート ユークリッド幾何学、ニュートン力学から、相対論、宇宙論、量子論、 場の量子論、素粒子論、そして超ひも理論まで、理論物理学を簡潔にか つ幅広く網羅したノートです。TOP へは下の URL をクリックして行け ます。専用の画像掲示板で、ご意見、ご質問等も受け付けております。 http://amonphys.web.fc2.com/ 1 目次 第 29 章 アノマリー 3 29.1 ネーターの定理の復習 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3 29.2 アノマリー . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4 29.3 ゲージ理論のアノマリー . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5 29.4 標準模型におけるアノマリー相殺 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7 29.5 レプトン数とバリオン数の破れ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9 2 第 29 章 アノマリー 古典論で成り立っていた方程式が量子論で成立しなくなる現象を一般にアノマ リー (量子異常) といいます。この章ではまずアノマリーに関して一般的な議論を 行い、次に素粒子標準模型への応用を示します。 29.1 ネーターの定理の復習 一般に 4 次元時空上の場 ϕi (x) の作用 (作用汎関数) を S[ϕ] とし、ラグランジア ン密度を L = L(x) = L(ϕ(x), ∂ϕ(x)) とします : Z S[ϕ] = d4 x L(x). いま、場 ϕi (x) のある無限小変換 : δϕi = ²a Gai に対して作用が不変であるとすると、この変換に対するラグランジアン密度 L の 変分は、少なくとも時空の全微分で与えられるはずで、 δL = ²a ∂µ X aµ と表せます。²a は変換の無限小パラメータです。これらと、 δL = ∂L ∂L δϕi + δ∂µ ϕi ∂ϕi ∂∂µ ϕi から、 ∂µ X aµ = ∂L a ∂L Gi + ∂µ Gai ∂ϕi ∂∂µ ϕi を得るでしょう。右辺第 2 項を部分積分すれば、 ¶ µ ¶ µ ∂L ∂L ∂L − ∂µ Gai + ∂µ Gai ∂µ X aµ = ∂ϕi ∂∂µ ϕi ∂∂µ ϕi ですが、場の方程式 (オイラー・ラグランジュ方程式) のもとで、これは、 ∂µ j aµ = 0, j aµ = 3 ∂L Gai − X aµ ∂∂µ ϕi という保存則を与えます。これをネーターの定理といい、j aµ をネーターカレン トというのでした。 ネーターの定理は古典論における定理ですが、量子論においても単純な系にお いては代数方程式として成立します。しかしこれが成立しなくなる系も存在しま す。このことをこれから見てゆこうというわけです。 29.2 アノマリー 場の無限小変換 δϕi (x) = ϕ0i (x) − ϕi (x) = ²a Gai (x) に対して、無限小パラメータ ²a を一般に時空の関数とみなします。すなわちローカル化された変換を考えます。 Q このローカル変換に対し、場の経路積分 (汎関数積分) の測度 Dϕ = i,x dϕi (x) が、 µZ ¶ Dϕ0 = Dϕ exp i d4 x ²a (x)Aa (x) のように変化するとしましょう。このとき、 Z Z 0 iS[ϕ] Dϕ e = Dϕ0 eiS[ϕ ] ¶ µZ ¶ µ Z Z a 4 a a 4 δS[ϕ] a ² (x)Gi (x) = Dϕ exp i d x ² (x)A (x) exp iS[ϕ] + i d x δϕi (x) µZ µ ¶¶ Z δS[ϕ] = Dϕ exp i d4 x ²a (x) Gai (x) + Aa (x) eiS[ϕ] δϕi (x) µ ¶ Z Z δS[ϕ] Gai (x) + Aa (x) eiS[ϕ] = 0 ∴ d4 x ²a (x) Dϕ δϕi (x) ですが、これが任意の無限小パラメータ ²a (x) について成り立つので、グリーン 関数の経路積分表式に注意し、 ¿ À δS[ϕ] a a G (x) + A (x) = 0 δϕi (x) i という恒等式を得ます。h i は真空期待値を意味します。 さて、もし作用が今考えているグローバル変換に対して不変なら、 ¶ µ ∂L ∂L δS[ϕ] a Gi = − ∂µ Gai δϕi ∂ϕi ∂∂µ ϕi µ ¶ ∂L a ∂L ∂L a a = G + ∂µ Gi − ∂µ G ∂ϕi i ∂∂µ ϕi ∂∂µ ϕi i µ ¶ ∂L = ∂µ X aµ − ∂µ Gai = −∂µ j aµ ∂∂µ ϕi 4 なので、上の恒等式は、 ∂µ < j aµ (x) > = < Aa (x) > を与えます。よって特に < Aa (x) >6= 0 の場合、これはネーターの定理の破れ、す なわち 保存則の破れ を意味することになります。 一方、もし作用が今考えているローカル変換に対して不変なら、この変換に対し、 Z δS[ϕ] a δS[ϕ] = d4 x ² (x)Gai (x) = 0 δϕi (x) であり、これが任意の ²a (x) に対して成り立つので、 δS[ϕ] a G (x) = 0. δϕi (x) i よって上の恒等式は、 < Aa (x) > = 0 を与え、特に < Aa (x) > 6= 0 の場合、これは 量子論の矛盾 を意味することになり ます。 Aa (x) を考えている変換 (対称性) のアノマリーといいます。また、その真空期 待値が 0 でない場合、この対称性がアノマリーを持つといいます。特にゲージ対 称性などのローカル対称性がアノマリーを持つことは理論として致命的で、この ようなアノマリーは特にローカルアノマリーと呼ばれます。 29.3 ゲージ理論のアノマリー ここで SU (N ) ゲージ理論が持つアノマリーについて見てみましょう。 ラグランジアン密度は、 L = ψ̄iγ ·Dψ + ¡ ¢ 1 µν tr F̄ F̄ . µν 2g 2 g は結合定数。ψ(x) は N 個の成分から成る、右手型もしくは左手型のディラッ ク場とします。共変微分は Dµ = ∂µ + Āµ で与えられ、Āµ (x) は N 次正方行列の ゲージ場です。場の強さ F̄µν (x) は、 F̄µν = [Dµ , Dν ] = ∂µ Āν − ∂ν Āµ + [Āµ , Āν ] で与えられます (詳しくは量子電磁気学の章参照)。L はゲージ変換、 ψ 0 = U ψ, Ā0µ = U Āµ U −1 − ∂µ U U −1 , 5 U = exp (−igθa T a ) に対して不変で、ここで θa (x) は変換のパラメータ、T a は SU (N ) の生成子で、 トレースが 0 の N 次エルミート行列です。 ディラック場、およびそのディラック共役の無限小変換が、 δψ = −igθa T a 1 + ²γ5 ψ, 2 δ ψ̄ = ψ̄ igθa T a 1 − ²γ5 2 と書けることに注意しましょう。ここで ² はディラック場が右手型のときは +1, 左手型のときは −1 を与える符号因子です。そうすると、ディラック場の経路積 分の測度は、 µ ¶ µ ¶ 1 − ²γ 1 + ²γ 5 5 Dψ̄ 0 Dψ 0 = Dψ̄ Det 1 − igθa T a Dψ Det 1 + igθa T a 2 2 ³ ¡ ¢ ¡ ¢´ a a a a = Dψ̄Dψ Det 1 + i²gθ T γ5 = Dψ̄Dψ exp Tr i²gθ T γ5 µZ ¶ ¡ a ¢ 4 a 4 = Dψ̄Dψ exp d x i²gθ (x) tr T γ5 δ (0) のように変化し、また、ゲージ場の測度は変化しないことがわかるので、この変 換のアノマリーは、形式的に、 ¡ ¢ Aa = ²g tr T a γ5 δ 4 (0) と書けます。ここで問題になるのは式中の δ 4 (0) の評価です。もしこれがただの 数なら、T a も γ5 もトレースレスなので、アノマリーは 0 ということになります。 しかし正則化のあり方によってはそうならない可能性もあります。 例えば、ゲージ不変な正則化として、 Z d4 k −ik·x −(γ·D)2 /Λ ik·x 4 δ (0) = lim e e e Λ→∞ (2π)4 を考えると、 (γ ·D)2 = γ µ γ ν Dµ Dν = に注意して、 ¢ 1 1 µ ν¡ γ γ {Dµ , Dν } + [Dµ , Dν ] = D2 + γ µ γ ν F̄µν 2 2 µ 2¶ µ µ ν ¶ k d4 k −γ γ F̄µν δ (0) = lim exp exp Λ→∞ (2π)4 Λ 2Λ µ µ ν ¶ −γ γ F̄µν −iΛ2 exp = lim Λ→∞ 16π 2 2Λ Ã ¡ µ ν ¢2 ! 2 µ ν iΛ iΛγ γ F̄µν i γ γ F̄µν = lim − + − Λ→∞ 16π 2 32π 2 128π 2 Z 4 6 と評価され、これを Aa の式に代入し、 tr(γ5 γ µ γ ν ) = 0, tr(γ5 γ µ γ ν γ ρ γ σ ) = −4i²µνρσ に注意すると、 Aa = ( ²µνρσ は 4 元レビ・チビタ ) ¢ −²g µνρσ ¡ a ² tr T F̄ F̄ µν ρσ 32π 2 を得ます。 右手型もしくは左手型のディラック場 (ワイル場) がゲージ場と結合したゲージ 理論 (その量子論) は、上式から生じるローカルアノマリーにより矛盾する可能性 があります。ただしディラック場が複数ある場合は、それらのアノマリーへの寄 与が相殺されることがあります。例えば、右手型と左手型が常に対になっていて、 完全なディラック場を成しているなら、符号因子 ² の存在に注意して、アノマリー は正確に相殺されるでしょう。すなわち、ベクトル型のゲージ理論は安全といえ ますが、右手型と左手型がアンバランスなカイラルなゲージ理論の量子論は矛盾 を引き起こす可能性があるわけです。一般に理論がカイラルであるために現れる アノマリーをカイラルアノマリーといいます。 (余談) カイラルアノマリーは、アドラー (1969)、ベル・ジャキフ (1969) によって最初に発見さ れましたが、ここで示したような経路積分の測度からの系統的な導出は藤川 (1979,1980) によるも ので、藤川の方法 (Fujikawa method) と呼ばれます。 29.4 標準模型におけるアノマリー相殺 例えば、素粒子標準模型はカイラルなゲージ理論ですが、そのローカルアノマ リーは綺麗に相殺され、矛盾を起こさないことが知られています。このことを証 明しておきましょう。 標準模型のゲージ群は U (1)Y ×SU (2)×SU (3) であり、カイラルな物質場は、 ² Y d2 d3 lL u lR d lR qL qRu qRd -1 -1/2 2 1 1 0 1 1 1 -1 1 1 -1 1/6 2 3 1 2/3 1 3 1 -1/3 1 3 の 6 つでした。Y は超電荷、d2 は SU (2) の表現次元、d3 は SU (3) の表現次元を 意味します。各ゲージ変換のアノマリーは、 λi σa gc gT → g Y, g 2, 2 a 0 7 という置換により得られるはずで、U (1)Y , SU (2), SU (3) の部分は、順に、 X −² ¡ 0 ¢ µνρσ ² tr g Y F̄ F̄ µν ρσ , 32π 2 物質場 µ a ¶ X −² σ Aa2 = ²µνρσ tr g F̄µν F̄ρσ 2 32π 2 物質場 µ ¶ i X −² λ Ai3 = ²µνρσ tr gc F̄µν F̄ρσ 32π 2 2 A1 = (a = 1 ∼ 3), (i = 1 ∼ 8) 物質場 で与えられることになります。一方、行列表記の場の強さ F̄µν は、各物質場につ いて、 µ ¶µ ¶ a i σ λ a i F̄µν = ig 0 Y fµν +ig Fµν +igc Fµν 2 2 と評価され、括弧部分は物質場が SU (2) や SU (3) の基本表現のときに加えられる と考えます (記号については素粒子論の章参照)。これを代入し、各アノマリーは、 X A1 = (A111 + A112 + · · · + A133 ) , 物質場 Aa2 X = (Aa211 + Aa212 + · · · + Aa233 ) , 物質場 Ai3 X ¡ ¢ = Ai311 + Ai312 + · · · + Ai333 物質場 のように展開されるでしょう。各項の後ろ 2 つの添字 1, 2, 3 は、それぞれ場の強 さの U (1)Y , SU (2), SU (3) からの寄与を拾ったことを意味します。 ¡ ¢ tr σ a = 0, tr λi = 0, tr σ a {σ b , σ c } = 2δcb tr σ a = 0 に注意すると、項のいくつかは自明に 0 とわかり、残る項は、 X X X A111 , A122 , A133 , 物質場 X 物質場 Aa212 = 物質場 X 物質場 物質場 Aa221 , X Ai313 = 物質場 X 物質場 Ai331 , X Ai333 物質場 です。しかしこれらも 0 になることが以下のように確かめられます。 X X A111 ∝ ²Y 3 d2 d3 = − (−1/2)3 ·2 + 03 + (−1)3 物質場 物質場 − (1/6)3 ·2·3 + (2/3)3 ·3 + (−1/3)3 ·3 = 0, 8 X A122 ∝ A133 ∝ X 物質場 Aa212 = X ²Y d2 = −(1/6)·2 + (2/3) + (−1/3) = 0. d3 =3 物質場 同様に ²Y d3 = −(−1/2) − (1/6)·3 = 0, d2 =2 物質場 X X X Aa221 = 0, 物質場 X X 物質場 Ai333 ∝ 物質場 X X Ai313 = Ai331 = 0. さらに、 物質場 ²d2 = −2 + 1 + 1 = 0. d3 =3 レプトンとクォークが存在して、初めてローカルアノマリーが相殺されること に注意してください。レプトンだけの理論、あるいはクォークだけの理論では矛 盾を起こしてしまうのです。また、レプトンやクォークの超電荷が少しでも異な れば、やはり矛盾を起こしてしまいます。このようなアノマリー相殺は偶然とは 考えにくく、標準模型の背後にはレプトンとクォークを統一する何かしらの統一 理論があると予想されます。 29.5 レプトン数とバリオン数の破れ 標準模型はレプトンに関するグローバル位相変換、 lL 0 = e−iθ lL , u0 u lR = e−iθ lR , 0 d d lR = e−iθ lR に対して不変で、この不変性に伴う保存量がいわゆるレプトン数です。この変換 のアノマリーは、カイラルアノマリーの式で gT a → 1 とし、レプトンに関する寄 与だけを拾うことで得られるはずで、 X −² ¡ ¢ µνρσ Al = ² tr F̄ F̄ µν ρσ 32π 2 レプトン µ ¶µ ¶ σa a σb b nf µνρσ 0 −1 0 −1 ² tr ig fµν + ig F fρσ + ig Fρσ ig = 32π 2 2 2 µν 2 2 ´ ´³ ³ −nf µνρσ + ² ig 0 (−1)fµν ig 0 (−1)fρσ 2 32π nf g 02 µνρσ nf g 2 µνρσ a a = ² f f − ² Fµν Fρσ µν ρσ 64π 2 64π 2 と計算されます。nf は世代数で、通常の標準模型では nf = 3 です。 同様に標準模型はクォークに関するグローバル位相変換、 qL 0 = e−iθ/3 qL , qRu 0 = e−iθ/3 qRu , 9 0 qRd = e−iθ/3 qRd に対して不変で、この不変性に伴う保存量がいわゆるバリオン数です。そのアノ マリーは gT a → 1/3 とし、クォークの寄与だけを拾うことで得られるはずで、上 と同様な計算で、 Ab = X クォーク ¢ nf g 02 µνρσ −² µνρσ ¡ nf g 2 µνρσ a a ² tr F̄µν F̄ρσ = ² fµν fρσ − ² Fµν Fρσ 96π 2 64π 2 64π 2 となるでしょう。 よって、レプトン数の 4 元カレントを jlµ , バリオン数の 4 元カレントを jbµ とす ると、少なくとも真空期待値において、 ∂µ jlµ = ∂µ jbµ nf g 02 µνρσ nf g 2 µνρσ a a = ² fµν fρσ − ² Fµν Fρσ 64π 2 64π 2 が成り立つはずで、この式は標準模型におけるレプトン数およびバリオン数の破 れを示唆しています (∗) 。ただしこれら保存則が破れる場合でも、(レプトン数 − バ リオン数) は厳密に保存します。 (*注) バリオン数の破れの可能性はインスタントンやスファレロンと呼ばれるトポロジカルな 解の経由により実際にあり得ると考えられています。ただしその遷移確率はエントロピー (状態数) 的な制約により非常に小さくなるだろうと予想されています。 10 索引 あ アノマリー . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3, 5 インスタントン . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .10 か カイラル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7 カイラルアノマリー . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7 さ スファレロン . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10 な ネーターカレント . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4 ネーターの定理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4 は バリオン数 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10 藤川の方法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7 保存則 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4 ら 量子異常 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3 レプトン数 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9 ローカルアノマリー . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5 11
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