二席 沖縄県文化振興会 理事長賞 金の屏風とカデシガー 中川 陽介

小説部門
おうおうそ
金の屏風とカデシガー
二席 沖縄県文化振興会 理事長賞
た る ま い
中川 陽介
他 魯 毎 が 父 汪 応 祖 の 跡 を 継 ぎ 南 山 王 に な っ た の は、 ま だ 十 代 の こ ろ で
あった。彼を推した南山の諸按司の間では
ーー英邁であられる。
と、もっぱらの評判であった。
それから十数年の月日がたった。
王を讃える声はもはや聞かれず
ーー器ではなかった。
とさえ、ささやかれている。
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理由は、他魯毎の父に対する思いが強すぎることにあった。
「父、汪応祖であれば」
「父、汪応祖が言うには」
他魯毎の口癖である。南山城での評定のとき、季節ごとの神事のとき、
他魯毎は父、汪応祖の業績や言葉をいちいち引き合いに出し、一同に話し
かける。
生前の汪応祖を知っている按司たちは、まだいい。唐への留学経験を持
ち、名君の誉れ高かった前南山王の面影を思い出せば、息子の言葉も素直
に聞ける。しかし、時は移り、今や前王を知らぬ按司も多い。
ーー父、汪応祖はこう言った。
他魯毎がそう切り出すと、若い按司たちは「またか」と肩をすくめ、顔
を見合わせて苦笑した。
「父、汪応祖が健在であれば、正月にわざわざ中山などへ出向くことは無
かった」
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馬上の他魯毎が、不服そうな声をあげる。
「今が大事な時です。ご辛抱が肝要」
くによしおおやく
他魯毎がいつもの口癖を言っても、南山一の忠臣国吉大屋久は、決して
笑ったりはしない。
しょうはし
琉球中山王尚巴志の御代七年(明の宣徳三年、西暦一四二八年)、正月。
この日の朝、他魯毎は島尻大里の南山城を出て、首里城を目指している。
ことほ
中山王尚巴志に年賀を言祝ぐためだ。
「南山の按司どもも、正月は首里に出向き、二日になって、ようやく南山
城へ来るという。世も末よ」
「それもこれも時の流れ。しかし、今日は大事な用件もござれば、どうか
辛抱下さいませ」
「分かっておる。辛抱せねば、南山はどうにもならぬ」
かねぐすく
厳しい表情を浮かべた馬上の主従とは裏腹に、磯の香り漂う兼城の浜道
「御意」
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は、早春の穏やかな光に包まれている。
首里城正殿の玉座には、中山、北山、南山の各按司たちから挨拶を受け
きりん
る尚巴志の姿がある。身につけた唐服は、深紅の生地に麒麟の刺繍。明王
朝では王族の位を示すという。
五十で父思詔王の跡を継ぎ、すでに七年。
次々に頭を垂れる按司たちに、穏やかな笑みで応える尚巴志の姿には、
厳しい時代を生き抜くうちに自然と身に付いた、威厳と貫禄とが満ちてい
る。
王から少し離れた場所には、北山滅亡後の今帰仁を治める息子の尚忠が
座り、さらにその横には美里大比屋や平田大比屋といった王弟たちが並ん
でいる。
正殿入り口に、供を連れた他魯毎が姿を現す。控えていた衛士が姿勢を
ただし、声を上げる。
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「南山王、他魯毎殿。ご登城!」
按司たちの視線が、一斉に南山王に向けられる。直後、軽いどよめきが
おきる。
他魯毎が身につけているのは、尚巴志王と同じ、深紅の生地に麒麟の刺
繍がほどこされた唐服であった。二人はそれぞれ中山、南山の王であり、
明国から認められた位階は同列である。当然、明国から賜る皮弁服も同じ
ものとなる。
しかし、実力が違う。かたや北山との激戦で勝利を得、琉球のほぼ全土
を治めることになった尚巴志。こなた地元の按司たちにすら、
ーー年賀の挨拶は中山のあとで。
と 言 わ し め る 南 山 王 で あ る。 少 な く と も 中 山 の 本 拠 で は 遠 慮 す べ き で
あったろう。
玉座のすぐ近くに控える国相懐機が、王にだけわかるよう、わずかに眉
を動かす。
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尚巴志は頷き「あの者は特別よ」と笑みを見せ、玉座から腰をあげる。
「これは南山王。わざわざのお出まし、痛み入ります」
尚巴志は他魯毎に歩み寄り、声をかける。
「尚巴志殿。ご無沙汰申しわけございませぬ。せめて新年の挨拶は一番乗
りと思い、早めに城を出たのですが、出遅れたようです」
頭を垂れる他魯毎の肩を抱きかかえるように、尚巴志は玉座のすぐ横に
置かれた華美な椅子に導く。
「さ、私の隣に」
「ありがとうございます」
尚巴志の手厚い歓待に、他魯毎は恐縮の笑みを浮かべつつ、諸按司より
一段高い位置に置かれた椅子に着座する。
「あの方はなぜああも特別扱いなのですか」
尚巴志の孫、尚思達が父親の尚忠に尋ねる。
「他魯毎殿の亡き父、汪応祖殿は、我が父の古いともがきでな」
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「不運な最後を遂げられたと聞きましたが」
「これ、正月の席ぞ」
「申しわけありません」
「まぁ、
それもあって、
忘れ形見である他魯毎殿を、父は実の子供同然に思っ
ておられる」
「なるほど」
尚思達があらためて南山王に視線を送る。
ふくよかな頬と大きな瞳は、亡き父汪応祖王によく似ているという。
ーーあれが貴族の顔か。
尚思達は、自分たち尚家のものとは違い、生まれながらの貴種である他
魯毎の立ち居振る舞いを、飽きずに眺めている。
その後も一時ほど年賀の挨拶を受けたあとで、尚巴志はようやく自由の
身となった。場所を書院に移した親しい者のみの歓談の席で、「尚巴志殿」
と他魯毎が話しかける。
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「なんでしょう?」
尚巴志が手にしていた杯を置く。
「実はお頼みしたき儀がございまして」
「他魯毎殿の頼みとなれば、なんなりと」
尚巴志が穏やかな笑顔を見せ頷く。
「我が国では、今年も明国への朝貢船を仕立てようと考えております。し
かし、金屏風がなかなか手に入らず、困っているのです」
「金屏風」
「大和でも手を尽くして探したのですが、見つかりませぬ。仕方なく、こ
うして尚巴志殿におすがりしている次第です」
「いや、他魯毎殿のお悩みはよく分かります。確かにこのところ、金屏風
を手に入れるのはとんと難しくなっております」
尚巴志は言って顔を曇らせる。
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の 時 代 か ら さ か の ぼ る こ と 五 十 年 前 の こ と。 元 を 倒 し、 明 を 建 て た
ここ
うぶ
洪武帝は、周辺の国々に朝貢を促し、使者は琉球にもきた。いち早く呼び
かけに応えたのは、中山王察度であった。洪武帝は察度の早々の入貢を喜
び、貢ぎ物に倍する宝物を下賜し、遅れて南山、北山も朝貢を許される。
朝貢貿易は、貢する側に莫大な富をもたらす。毎回、貢ぎ物の何倍もの
価値の宝物を、明国皇帝から賜るからだ。しかも、貿易の儲けは、王が独
り占めできる。各王は朝貢という役得を得、富と権力を蓄積させてゆく。
琉球からの朝貢品は多種多様にわたる。中でも喜ばれたのが馬と硫黄で
あった。絶えず北方の民との戦に明け暮れる明としては、荷役用の馬と、
火薬の原料硫黄とは、どうしても手に入れたい物資であった。
もうひとつ、特に喜ばれる貢ぎ物が、屏風であった。
しゅちょう
屏風の起源は大陸にある。日本書紀によれば、朱鳥元年(西暦六八六年)、
筑 紫 の 国 に 到 来 し た 新 羅 の 使 者 に よ っ て も た ら さ れ た 貢 ぎ 物 の 中 に、
「屏
風」の文字がある。
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その後数百年の間に、屏風は日本独自の発展を見せ、この時期(室町時
代初期、十五世紀初頭)には、六曲一双と大型化。花鳥風月の題材を鮮や
かな岩絵具で描写した、絢爛豪華な工芸品となっていた。
明国皇帝は、この日本独自の屏風をことのほか喜び、琉球からの貢ぎ物
には必ず加えるようにと達した。
屏風であれば何でも良い、という訳ではなく、明国から細かな注文がつ
いた。
贅沢に金ぱくを張った金屏風で無ければならず、題材も大和の物語や寺
の縁起などは喜ばれず、もっぱら華やかな花鳥風月を扱ったもののみに限
られた。
琉球の王たちは、大和との交易で金屏風を手に入れた。対価は相当な額
であった。それでも金屏風が無ければ朝貢そのものが危うくなる。なんと
か算段して遣明船に乗せた。
ただでさえ貴重な金屏風だが、その入手は時代を経るとともに、ますま
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す困難になってゆく。応永八年(明国建文三年、西暦一四〇一年)室町幕
府による明国への朝貢、いわゆる勘合貿易が始まる。以降、大和から明国
への朝貢品の中にも、金屏風が必ず加えられる。毎回三双(六隻)という
数だ。
大和からの遣明船は、毎年のように繰り返され、計十九回。後年には、
李朝への貢ぎ物にも金屏風は使われる。
京の都で描かれる金屏風、しかも明国皇帝のお眼鏡に叶うほどの一級品
を、遠い琉球で手に入れるのは、南山王といえども、この時期、非常に難
しくなっていたのである。
尚巴志による北山征伐以降、琉球のほぼ全島が、その支配を受けた。そ
の中で、かろうじて他魯毎統べる南山王国が存続できていたのは、蓄えた
財の力であり、朝貢貿易のおかげであった。金屏風はその朝貢貿易を、ひ
いては南山の存亡さえも左右する、大事な貢ぎ物であったのだ。
話しを聞いた尚巴志は、他魯毎を連れて首里城の宝物殿へと向かう。
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「先日、息子の尚忠が海賊を追い、伊是名へ参りました。首尾よく海賊ど
もを討ち取り、海辺の洞窟にあった隠れ家を襲ったのですが、その際、多
くの宝物を見つけました」
廊下を歩きながら、尚巴志は言葉を続ける。
「金や珊瑚はもとより、刀剣や鎧兜、胡椒や象牙など、どう見ても我らが
明へ贈った品々までもが隠されていました」 「海賊は唐行きの船を襲ったのですね」
後ろを歩く他魯毎が眉をひそめる。
「その中に、確か金屏風があったはず」
宝物殿の前で、尚巴志は衛士に命じて扉を開けさせる。輝くばかりの宝
物の中、部屋の中央に置かれていたのは、午後の明るい光を受け、黄金に
輝く屏風であった。
、横半間(九十センチ)ほどの板が、六枚連結
縦一間(百八十センチ)
されたものが一対。 二席/金の屏風とカデシガー/中川 陽介
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左右に並べると、幅が五間(九メートル)にもなり、その迫力は見るも
のを圧倒する。
「これは…」
おしどり
他魯毎は屏風に対峙して立つと、画面をじっと見つめる。全面に金ぱく
が張られ、その上に鮮やかな岩絵具で、山野の風景が描かれている。美し
く咲き誇る菖蒲や牡丹。池にはつがいの鴛鴦が泳ぎ、空には金の雲が浮か
んでいる。どの絵も繊細な筆致で、丹念に書き込まれている。
「すばらしい品だ」
他魯毎が屏風を見つめたままつぶやく。
「さすが他魯毎殿。お目が高い」
尚巴志が賛同の意を表す。
「幼いころ、父が屏風を見せてくれたのを覚えています。父はその品を明
国へ送る前にしばらく手元に置き、長い時間見入っていました」
「気にいったのですね」
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「手元に置きたかったはずです。最後は南山のため、と言って、桐箱に納
めました」
「そうですか。汪応祖殿は屏風がお好きでしたか」
尚巴志の視線は、屏風を見つめている。しかし心はかつての友、汪応祖
に向かっていた。
「そうだった。汪応祖殿はなにより美しいものがお好きだった。王の作ら
れた豊見城も、それは美しい城であった」
他魯毎は屏風を見つめる尚巴志の横顔をそっと見て、息を飲んだ。
ーーずいぶんと年をとられた。
時間のある時には、
父の月命日にも南山を訪れてくれる尚巴志であった。
馬上の中山王は、常に背を伸ばし、その言動は青年のようにはつらつとし
ていた。
今、独り言をいいながら、目を細めて屏風をのぞく尚巴志は、昔話を繰
り返す老人のようであった。
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「荷馬車を用意します。お帰りの際、一緒にお持ちください」
宝物殿の前で、尚巴志が他魯毎に告げる。
「ご厚意、感謝いたします」
「あなたの役に立てれば、私はそれだけでうれしいのです」
他魯毎は無言のまま、尚巴志に頭を下げる。言葉を口に出せば、涙がこ
ぼれそうであった。
南山への帰り道。
国吉大屋久が他魯毎に声をかける。
「さすが、他魯毎殿。まさかこれほどたやすく屏風を手に入れられるとは」
「私の手柄ではない。父と尚巴志殿とのつながりがあればこそだ」
「御意」
南山王一行の右手には、汪応祖王の築いた豊見城の美しい石垣が見えて
いる。初めて爬竜船が浮かんだのは、汪応祖王が若かりしころ、城の前に
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広がる大湖の水面であった。
「今年も爬竜船の船足比べを?」
国吉大屋久の問いに、他魯毎が大きく頷く。
「父の始めた嘉例だ。みな楽しみにしている」
ーーであれば、秋には必ずや朝貢船を仕立てねばならぬな。
国吉大屋久は鞍の上で考え込む。爬竜船の船足比べも、なかなかに費え
がかさむのだ。
ーーそれにしても、中山王の気前の良さよ。
直接文を交わしていると聞く。国吉大屋久は、
最近では室町の御所とも、
今回のことで、改めて中山の勢いを感じた。
他魯毎は、目の前のそびえる豊見城を眺めている。
「見ろ。なんと美しい城だ。豊見城、爬竜船、色鮮やかなこの唐服。南山には、
いたるところに父の生きた証が残されている」
他魯毎の言葉に、国吉大屋久が大きく頷く。
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ーーもう一度会いたい。会って話しを聞いてみたい。
他魯毎は幼い頃より何度も抱いた願いを、今また心に思い浮かべた。し
かし、それは決して叶わぬ願いであった。
数日後、中山よりの使者が南山を訪れる。
ーー国吉大屋久殿を。
と名指しし、用件は言わずに
ーー首里城までご足労願いたい、
と言う。
ーー難儀なことにならねばいいが。
国吉大屋久は不安な気持ちで首里へ出向く。
「お呼びだてして申しわけありません」
中山の国相懐機が、国吉大屋久の待つ書院に慌ただしく入ってくる。
「先日の屏風は、次の船に?」
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懐機が尋ねる。
「そのように考えております」
国吉大屋久之の言葉に、懐機は笑顔で頷く。
「実は、ちとお頼みしたい儀がございます。少しばかり米を融通願えませ
ぬか」 切れ者、と噂の懐機である。話しの進め方がいかにも早い。
「 首 里 城 の 増 築、 龍 潭 池 の 造 営、 大 伽 藍 の 建 立 と、 我 が 中 山 は こ こ 数 年、
普請に継ぐ普請におわれ、工人であふれております。彼らを食わす米が、
至急必要なのです。南山より、幾ばくかの米を融通願えれば、大いに助か
るのですが」
直接そうとは言わぬが、懐機は屏風の代償を求めているのだと、国吉大
屋久は理解した。
「分かりました。早速我が王に申し伝えます」
「できれば、この件は、私とあなたの間で済ませたい」
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「なぜ?」
「二人の王に、余計な心配はかけたくない、とでも申しましょうか」
懐機が笑顔で国吉大屋久の顔を覗き込む。
「分かりました。手配しましょう」
「ぜひ、お願いいたします」
よほど忙しいのだろう。懐機は笑顔で頷くと席を立ち、首里城の奥へと
姿を消す。
「米か」
南山への帰り道、国吉大屋久は馬に揺られつつ、ため息をつく。南部の
米どころといえば八重瀬、具志頭、佐敷といったところだが、いずれの間
切も、すでに中山の勢力下にある。
南山領で米がとれるのは、高嶺と豊見城ぐらいであった。その他の土地
は、珊瑚の岩の上に薄くアカンチャー(赤土)が乗っているだけで、稲作
には不向きであった。
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高嶺間切りは、豊富な地下水と肥沃な土で、稲作が盛んである。特に南
山城のお膝元、大里には、どのような日照りでも決して枯れることの無い
湧水〈カデシガー〉が有り、流域は作物がよく実った。
ーーしかし、高嶺の米に手をつけるわけにはいくまい。
カデシガー流域の米を手放せば、冬には領内の食料が足りなくなるのは
明白であった。
ーー金屏風があれば明国へ船が出せる。皇帝よりの下賜品をもとに商いを
興せば、他領から米を買い集めることもたやすい。冬までに米を買い、中
山にはこれを送ることとする。
これからも中山には、朝貢船を仕立てるたびに、屏風の手配を頼むこと
になろう。
ここは懐機殿の申し入れを飲むしか他に道は無いように思える。
国吉大屋久の頭の中では、すでに明に遣わす船の算段が始まっている。
とうたび
唐旅という言葉が琉球にある。文字通り、海を渡り大陸へ向かう船旅の
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ことであるが、ほかに「あの世に行く」という意味もある。この時代、大
陸への渡航は、それほどに危険を伴うものであった。
夏の終わりに明へと向かった南山の朝貢船からは、秋になってもなんの
音沙汰もなかった。順風であれば、ひと月とかからぬ船旅である。なにか
あった、と考えざるを得ない。
なにかとは、遭難したか海賊の襲撃にあったか、である。ほんの数年前
には、進貢船が海賊に襲われ、乗組員が多数殺されるという事件が起きた
ばかりであった。
南山の進貢船よりも前に明に渡っていた中山の船が那覇に帰って来る
と、異変は確実になった。彼らの滞在中、福州の港に、南山の船は姿を見
せなかったというのだ。
当ての外れた南山は窮地に追い込まれた。
明から下賜される宝物の多寡は、進貢船が運ぶ貢ぎ物の質と量によって
決まる。財政的に逼迫していた南山では、無理をして、今回の船に多くの
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貢ぎ物を積んだ。それがすべて失われたのだ。
明国からの宝物が無くとも、中山と約束した米は用意せねばならない。
そこには大国中山に対する、小国南山の意地もあった。
「米を渡すなどと、勝手な約束をして、申し訳もございませぬ」
腹でも切りそうな悲痛な表情で、国吉大屋久が他魯毎に頭を下げる。
「お主に落ち度はない。それよりも腹立たしいのは、尚巴志よ。父との思
い出話で人をたばかり、裏ではお主に金屏風の代償を求めておったとは」
他魯毎は、父親の名を利用されたり、汚されたりすることが、なにより
許せない。
「このこと、尚巴志殿は与り知らぬことと、懐機殿はおっしゃっておりま
した…」
「その懐機を咎めぬ尚巴志は、やはり同罪だ」
「それは…」 「とにかく、かき集めてでも、奴らに米を送るのだ。のちのち、南山は約
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束を違えたなどと言われたくない」
「ははぁ」
国吉大屋久に、怒りに我を忘れた他魯毎をなだめる術は無い。
それは前南山王、汪応祖の命日のことであった。南山城内にある御嶽で
は、南山最高の神人のもと、域内の按司たちが皆集まり、盛大な拝みが行
われていた。
遅れて尚巴志も南山城に到着する。
「中山王の一行である。開門を」
近衛兵が門番に告げるも、門は開かない。
「これは何の真似だ?」
同行した王弟、平田大比屋が怒声を上げる。
と、わずかに門が開き、南山王他魯毎が姿を現す。
「南山王殿。今日は汪応祖殿の命日。お参りにうかがいました」
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尚巴志が笑顔で告げる。
「なりませぬ。お帰りください」
他魯毎が無表情に告げる。
「なんと!」
激昂する平田大比屋を押さえ、尚巴志が問う。
「我らが墓前を参るのに、なにか問題でも?」
「我らを小国と侮る中山の方々に、誇り高い父の墓前をけがされたく有り
ませぬゆえ」
「どういうことです?」
なおも尚巴志は笑顔を崩さない。
他魯毎は黙って尚巴志を見返している。
息の詰まるような時間が過ぎ、尚巴志は笑顔のまま、馬にまたがり南山
城をあとにする。
「無礼ものめ」
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他魯毎はつぶやいて城門の奥へと身を消す。
「南山王が大変な無礼を働いたと聞きました」
首里城書院の間で、懐機がかしこまる。
「なにがあったのだ」
尚巴志の問いに答え、懐機がことの次第を説明し「結局、金屏風の代償
に米を要求した私が悪かったのです」と頭を下げる。
「 南 山 王 も い い 大 人。 苦 労 せ ず に 望 む も の が 手 に 入 っ た の だ。 本 来 な ら、
あちらから何かしら礼を言って来ても良さそうなもの。国相殿に落ち度は
ない」
尚巴志は言って手元の白湯で喉を潤す。
「 生 ま れ な が ら の 貴 人 と い う の は あ あ い う も の な の だ ろ う。 人 の 情 に 疎 い
のだ。それより、南山の進貢船が戻らぬと聞いた。さぞや困っているに違
いない。今回の米、ただではなく、銭を出して買い取ることにしよう」
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「それは名案。さぞや南山王も喜ばれることでしょう」
懐機は言って王の前を下がる。
このころの尚巴志は、忙しい。
浦添から首里へと遷都してまだ日が浅い。 城の大手道に建築中の〈中山門〉を始め、普請が続いている。今帰仁か
ら座喜味城に移った護佐丸や、私貿易で力を蓄える勝連の望月按司など、
領内に不穏な動きも見える。
海外に目を向ければ、シャム、チャンパ、パレンバンと交易の相手国が
増え続け、王国の貿易船は、ひっきりなしに大海原を駆け巡っている。尚
巴志には、南山に関わっている時間などないのだ。
ーーしかし、驚いた。南山城の門前にいたあの男、父親似と思っていたが、
とんでもない。
尚巴志は沈痛な面持ちで考え込む。
た ぶ ち
門前でこちらをにらむ他魯毎の目は、王殺しの叔父、達勃期に瓜二つだっ
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たのだ。
米をもらうのではなく、適価で買いとりたい、という中山の申し入れを、
他魯毎は受け入れた。それなら米は金屏風の代償ではなくなり、南山の面
子も立つ。
ーーこれからも金屏風を手に入れるために、中山の力を借りねばならりま
せぬ、何事も穏便に、
と国吉大屋久は説く。
ーーたかが屏風のために、中山王に頭を下げ続けるのか!
他魯毎が悲痛な声をあげるも、
ーー辛抱が肝要。何もかも、南山のため。
との忠臣の言葉には、従うしかなかった。
冬を前にしたカデシガー流域の田んぼに、左三つ巴の旗を立てた荷馬車
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が溢れ、収穫された米を次々に積み込んでゆく。
驚いたのは南山の諸按司と領民である。ただでさえ収穫量の少ない領内
の米をすべて中山に売ってしまえば、冬以降、食料不足に陥ることは明白
であった。
「南山王は金屏風欲しさに、カデシガーの米をすべて売り渡した」
噂は瞬く間に領内に広まった。
ーー民の米は中山からの金で、新たに買い入れる。
国吉大屋久は必死に説得しようとするも、飢えへの恐怖から、民は徒党
を組んで南山城へと押し寄せた。
城壁の武者走りに登り、門前で声を上げる領民を見た他魯毎は、表情も
変えずに「首謀者を捉え、皆の前で処刑せよ」と国吉大屋久に命ずる。
「民を殺すのですか?」
驚く国吉大屋久に、他魯毎は続ける。
「父、汪応祖は言った。南山は法と礼の国と。洪武帝の範もある。その例
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小説部門
に従うまで」
「しかし、彼らは飢を恐れでここまでやって来ただけです。米は十分に足
りている、と話して聞かせるのが上策と思いますが」
「私の言うことが聞けぬというのか」
「他魯毎様、ここが辛抱のしどころです。領民あっての南山。彼らに背を
向けられれば…」
「どうなるのだ?」
「北山の二の舞かと」
「わかった。法に従わぬのであれば、お主の職を解く。国吉の城に戻れ」
「他魯毎様!」
「下がれと言っている」
国吉大屋久を城から追い出すと、他魯毎は兵を武装させ、南山城の大手
門を開ける。
領民たちは驚いて後ずさる。門の向こう側には、武装兵が何十名も槍衾
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を作り、今にもこちらに向かって討って出そうな勢いなのだ。
「下がれ、下がれ!」
最前列にいた領民が後ろの者に怒鳴る。しかし、人が多く群れ過ぎてい
て、簡単には下がれない。
「やれ」
他魯毎が下知を下す。南山兵が槍を振りかざし、前進する。
槍にすねを刺された民が悲鳴をあげる。
「逃げろ! 殺されるぞ!」
南山兵に蹴散らされ、あっという間に門前の人垣が崩れる。
「深追いは無用」
他魯毎の言葉に、兵は槍を収め、門は再び閉じられる。あとにはその場
に倒れ込み、うめき声をあげる領民の姿があるのみであった。
ーー南山王、横暴なり。
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小説部門
ーーご成敗を。
南山の民の声が、諸按司を通じて中山に届く。しかし、民の怨嗟の的で
ある南山王は、不慮の死を遂げた友の息子ーー。
「いかがしたものか」
珍しく尚巴志が弱音を漏らす。
「 他 魯 毎 殿 は、 王 の 器 で は ご ざ い ま せ ん。 こ の 先、 国 を 保 ち 続 け る こ と、
はなはだ困難かと」
静まり返った首里城書院の間で、懐機が思い切ったことを穏やかな口調
で言う。
「では、どうする?」
「この際、王は廃すべきです」
「嫌だと言ったら? 汪応祖殿の息子を殺すのか?」
「大里間切の按司となすればいかが? 当初は異を唱えられることも多い
と存じますが、
時が経れば、
下ろした荷の重さに気づかれ、安堵なさるはず」
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「さすが国相殿。それであれば他魯毎の面子も立つ」
「話して聞かぬ場合は、少々荒っぽい手段も必要でしょう」
「兵を向けるのか」
「それもこれも、他魯毎殿の背負う荷を下ろさせるため。先の南山王殿も
きっと納得なさるでしょう」
「そうか。そうだな」
「殿がお出ましになると、他魯毎殿も意地になられます。どなたか名代を
お立てになるのがよろしいかと」
「平田大比屋がいい。あやつは交渉ごとに長けておる」
「御意」
ようやく気持ちが晴れたのだろう。尚巴志は明るい声で衛士を呼び、平
田大比屋を登城させるよう申し付ける。
数日後。李朝からの使者と面会中の尚巴志のもとに衛士が駆けつけ、小
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声で何事かを告げる。
「まことか、それは」
言葉を聞いた尚巴志は表情を変える。
使者への挨拶も早々に、尚巴志は奥へと向かう。
奥の間には、鎧をまとった武者がいて、苦しそうに肩で息をしている。
全身に血しぶきをあびたその姿が、南山城にていくさ始まる、という第一
報を如実に裏付けている。
「どうしてそのようなことに!」
尚巴志が武者に問う。
「始め南山王殿は、平田大比屋殿の話しを静かに聞いておられました。し
かし、王を降り按司となればいかがかと切り出すと、たちまち態度を変え、
気づくと、我らは幾重にも敵に囲まれておりました」
「で?」
「 ど ち ら か ら 打 ち か か っ た か は わ か り ま せ ぬ。 あ っ と い う 間 に 両 軍 入 り 乱
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れ…」
「して、戦況はいかに?」
懐機が尋ねる。
「お味方、苦戦」
武者は歯を食いしばり、悔しそうに告げる。
「諸按司の動員が叶わぬ今、南山王一人が動かせる兵は、せいぜい百。そ
れでも万が一を考え、平田大比屋には五百の兵を預けたのだぞ」
尚巴志が表情を曇らせる。
「 南 山 城 に は 存 外 に 多 く の 兵 が お り ま す る。 捕 ら え た 敵 に 話 し を 聞 く と、
その多くは南山王が用意した支度金目当ての山賊や野盗の類。しかし、中
には北山や先の中山の遺臣なども入城しているようです」
「で、その数は」
懐機が尋ねる。
「我らと同数、もしくはそれ以上かと」
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「南山王はよほどの金持ちと見える」
懐機が言って白羽扇で胸元をあおぐ。
その時、廊下に慌ただしい足音が聞こえ、新たな伝令が部屋に飛び込ん
でくる。
「申し上げます! 平田大比屋殿、討ち死!」
「なに!」
「そ、それはまことか!」
尚巴志と懐機が同時に叫び声をあげる。
「大里付近に討って出た城方と合戦中、伏兵に背後を突かれ、お味方、総
しんがり
崩れ。殿を守られていた平田大比屋殿は、何本もの矢を体中に受けられ…」
「伏兵とは、どこの兵だ」
懐機が伝令に詰め寄る。
「おそらく、豊見城の兵かと」
「支城にまで兵を置いていたとは、これは思っていたより手強い相手だ…」
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冷静に戦況を分析する懐機は、呆然とした表情を浮かべ座する尚巴志に
気づく。
「殿。お気を確かに!」
「佐敷以来、長いこと私を支えてくれた平田大比屋が、まさかこのような
つまらぬいくさで…」
「殿。座喜味や勝連が不穏な動きを見せている今だけに、早急にこの戦を
終わらせることが肝要かと」
「分かっておる。分かっておるが…」
尚巴志は右手を自らの額にあて、しばらく絶句する。
「殿」
懐機の呼びかけに、尚巴志がようやく顔をあげ、厳しい声で下知を与える。
「美里大比屋を呼べ。彼の者を大将に、美里、越来、浦添、宜野湾らの兵
を動員。南山の諸按司にも、兵を寄せるよう伝えよ」
「御意」
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片膝を着いた伝令が叩頭する。
「兵が揃い次第、我も出陣する。佐敷勢にそのように伝えよ」
「かしこまりました」
数名の伝令が書院の間より駆け出す。
「懐機よ」
尚巴志が国相に呼びかける。
「はっ」
懐機が答える。
「いくさはこれで最後にしたいものよの」
尚巴志の瞳に光るものがある。
「御意」
懐機は静かに顔を伏せる。
かたき
南山城を巡る攻防は熾烈を極めた。北山滅亡後、この城は尚巴志を敵と
する者たちの最後のよりどころとなった。かつての王朝の遺臣たちにとっ
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て、この城はようやく見つけた自らの居場所であり、死に場所であった。
死を覚悟した兵は手強い。文字通りの捨て身であるからだ。
「目指すは首里城!」
他魯毎の思い切った采配に奮い立った南山勢は、雄叫びとともに城から
討ってでる。
数倍の兵力をもつ中山軍も、南山勢の死にものぐるいの突撃に押しまく
られ、小禄あたりまで押し戻される始末であった。
次々に新手を繰り出す中山に対し、寡兵で戦う南山勢に疲れが見えるこ
ろ、深紅の唐服をまとった他魯毎が、戦の最前線にその姿を見せた。
「みなのもの、大義。勝利の暁には、首里でも、今帰仁でも、好きな城を
あたえようぞ」
他魯毎の大言を信じる者はいないが、鎧もまとわずに矢面に立つ王の心
意気は、十分に兵の心を捉えた。
「王を討たすな!」
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「南山王を守れ!」
南山勢は再び盛り返し、さらに二里も中山勢を押し込む。
勝敗の行方を決めたのは、懐機の奇策であった。那覇の港から兵を満載
した船を出し、南山城の南、名城付近に上陸。数百の中山勢が、城の背後
を一気に突いたのだ。
他魯毎王を始め、主立った武将を外に出していた城は、あっけなく落ちた。
帰る城を失った南山勢は浮き足立ち、総崩れとなる。それまで日和見で
あった南山按司たちが、こぞって中山に味方し、南山の敗残兵は、あちこ
ちで袋だたきに合う。
中山兵に追われ、わずかな手勢とともに兼城海岸の高台〈山顚毛〉にま
でやって来た他魯毎は、兵たちに落ちるよう下知する。
「よく戦った。これで南山の名は永遠に語り継がれる。大義であったな」
他魯毎の言葉に兵たちは涙する。
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「すまぬが、
立ち去る前に、
誰か私の首を討ってくれ。それが最後の頼みだ」
南山王の言葉に、兵たちは顔を見合わせる。
「私が」
そう言って前に出る者がある。
「お主…」
他魯毎が絶句する。声を上げたのは、国吉大屋久であった。兵たちは南
山一の重臣の指示に従い、その場を去ってゆく。
「そうか。父の代から南山を支え続けたお主が最後をみとってくれるなら、
それに勝る喜びは無い。礼を言うぞ」
「王よ。ここは私と一緒に落ちましょう」
「なんと!」
「こんなところで、南山の血を絶やしてはなりませぬ」
「しかし…」
「いつか王はおっしゃいました。豊見城、爬竜船、唐服と、南山には父君
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の思いがあふれていると」
「うむ」
「あの時、私は思ったのです。父君の残したもので最も大事なもの、それ
は他魯毎殿であると」
「国を保つこともできぬこの私が…」
「南山に長く仕えた私だけが知っています。亡き汪応祖殿が、もっとも大
切にし、もっともご自慢にし、もっとも誇らしく思われていたもの、それ
は、それは…」
国吉大屋久の言葉は涙で続かない。
「分かった。みなまで言うな」
他魯毎は静かに頷く。
「だからこそ、私は名を惜しむ。ここで命を断つからこそ、私の名は、最
後の南山王として、長くこの地に語り継がれるに違いない」
「他魯毎様」
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「父に誇れる息子でありたい」
他魯毎は小さな笑顔を見せると、高台の縁へと歩いてゆく。王の覚悟の
言葉を聞いた国吉大屋久には、もはや止める手だてはない。
他魯毎の目の前には、西の空、慶良間の島影に沈もうとする、太陽が見
えている。赤く燃える空を映し、海は黄金に輝いている。 「まいる」
他魯毎は穏やかな声で別れを告げると、断崖から身を投げる。
「他魯毎様」
国吉大屋久は、その場で膝をつき、肩を振るわせる。
背後では、高嶺の丘で黒い煙を吐き、炎上を続けていた南山城の大屋根
が、ゆっくりと崩れ落ちてゆく。
(了)
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