こうち男女共同参画センター「ソーレ」/講演会記録 H19年度 デートDV防止講演会 「デートDVって何?~最初は小さな暴力~」 日時 平成20年11月17日(日)13:30∼15:30 会場 大会議室 講師 中島幸子 (NPO法人レジリエンス代表、DVコンサルタント、ソーシャルワーカー) DVの被害に遭った経験がきっかけとなり勉強を始め、1991年に米国にて法学博士号取得。1997年か らDVについての講演活動を開始。2003年にソーシャルワーク博士号取得。同年、東京で「レジリエンス」を 結成。東京と横浜で女性のための「こころのcare講座」を毎月行っている。 杏林大学非常勤講師。 ●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○ ◇DVは力(パワー)と支配(コントロール) 今日はデートDVについてお話します。DVとデートDVの違いは、 基本的には付き合っているか、それとも結婚しているかという形で分け られることが多いと思います。付き合っている人というのは必ずしも若 い人たちとは限らないけれど、現状は、若い人たちが対象となることを デートDVと呼んでいます。 私たちレジリエンスのメンバーは、私を含めて何人かが被害体験があ ることからこの活動を始めています。DVといっても様々な形で起き得 ます。暴力の種類も違いますし、関係性も違います。例えば、私の経験 はたまたまこのデートDVという形のものです。相手とは一緒に暮らし てもいなかったし、結婚もしていなかったし、子どももいなかった、そ れでも4年半の間、私は逃げられないと思いこんでいました。 パワーとは何か。上にいる人は力を持っています。下に置かれている 人は「力を持ってはいけない」と言われています。上の人の意見は正し く、下の人の意見が上の人の意見と違っていたら、下の人が間違ってい るとされる。それが上の人が持つ力、パワーです。パワーは権力とか、 力の差とか、力関係です。でも、このパワーは計りにくく、見えにくく、 形もありません。では、どうやって気づけるでしょうか。コントロール とは何かというと、上から下に対して降ってくる制限や強制のことを表 しています。上にいる B さんが☆さんを思い通りに動かそうとしている、 1 こうち男女共同参画センター「ソーレ」/講演会記録 あるいは B さんの考えしかないという言い方をしている。暴力を使って ☆さんを B さんの意見に合わせていくように仕向けるのです。一方的な もの、一人だけが正しいとされるところ、それが DV の関係性のなかでは 見えてきます。 ◇暴力の種類 暴力の種類は主にを身体的暴力、性的暴力、経済的暴力、精神的暴力 の 4 つに分類できるかもしれません。世の中で DV はどういうものと思わ れているでしょうか。人が死んでしまうような暴力、死にかけるような 暴力、身体的暴力の中でも程度のひどいものが DV として報道されていま す。しかしそれだけではありません。 ◇トラウマ これらの 4 種類の暴力からの影響の根っこ、土台は共通しています。 それはトラウマ、深い心の傷つきということです。4 種類とも心の傷つ きとして根を張ります。自分が転んで骨折するのと、人から暴力をふる われて骨折するのでは、トラウマになるかならないかが違ってきます。 人から暴力をふるわれて骨折したら、その骨折に伴う感情はものすごく 重い感情だからです。 この根っこがどれだけ深い部分にまで入っているかによって、ワーク の必要性も変わってきます。例えば、☆さんがBさんから離れて、安全 な場所に行ったとします。でも、心が軽くならないのはなぜか。この土 台の心の傷つきの部分が自分の中に残っているからです。されたことは 傷跡として残っているから重いのです。この根っこというのは悪質な雑 草みたいなもので、抜こうとしてもブチッときれてしまうようなもので す。草はちぎれても根が残っていてそこからまた生えてくるのです。そ んな形のものが残されているのですから、心に対してのケアは大切にな ってきます。 ◇尊重について 尊重について、ここで、尊重のない会話の例を出します(図 13)。これ は別に DV というわけではなく、誰でもやってしまいがちな尊重のない会 話です。ミドリさんとブルーさん。ミドリさんが『お前コーヒーに砂糖 なんか入れてるの?』、ブルーさん「うん、甘いのが好きなんだ」『マジ で。コーヒーに砂糖なんて邪道だよ』 「えっ、そう、おいしいよ」 『はあ? 普通入れないだろ、まずそう』「おかしいかな」『絶対変だよ、砂糖なん 2 こうち男女共同参画センター「ソーレ」/講演会記録 て入れるやついないよ、子どもじゃないんだから』「そうなんだ」『当た り前だよ、そんなの常識だよ、なぜ、そんなのわかんないの』という会 話。たぶん、誰でもミドリさんのようなせりふ、言ったことがあると思 います。ここではコーヒーに砂糖を入れるか、入れないかという話です。 どちらが正しい、間違っているという話ではなく、どちらもありなんで す。私は入れない、あなたは入れる、どちらも OK、それが尊重です。自 分の考えがいかにも正しいと打ち出すことは尊重が欠けています。ミド リさんの押しがきついので、ブルーさんが自分らしさをキープすること ができなくなり、ブルーがどんどんミドリに変わっていくのです。 人間関係で、このようなことが起きる場面はたくさんあります。尊重 が欠けることにつながりやすいキーワードが、いくつかこの中にありま す。例えば、 「普通」 「常識」 「当たり前」 「みんなそうしてる」、これらの 言葉は要注意です。なぜなら、 「普通」と言われたら、言われている人は いかにも自分が「普通じゃない」 「おかしい、変な人」と言われている気 になります。 「普通」とは何なのか、本当に全国共通の常識なんてあるの か、考えることも必要です。 ◇周囲の無理解 デート DV であろうと DV であろうと、☆さんが相談している人が「そ んなに大変なら別れなさいよ」と言ったら、☆さんは瞬間的に「この人 何もわかっていない」ということがわかります。☆さんも「別れたほう がいい」と言われるのはたぶんわかっているのです。わかっているけれ ども、そこで別れたくないと思ったり、別れにくいと思っていたり、ど うしていいかわからないところがあるから、相談に来ているのです。こ こで、「別れたらいいじゃないの」と言われて、「はいそうですか」と、 どんどん人が別れていたら統計でも DV の数はどんどん減っているはずで す。 「あなた、よっぽどのことしたんじゃないの?だから相手が怒ったん じゃないの」というのは、暴力を正当化する理由があるという言い方で す。しかし、暴力を正当化できる理由はありません。 ◇周囲にできること 「愛する、愛される」と「束縛する、束縛される」は全然違います。 「愛 する、愛される」には尊重が含まれています。「束縛する、束縛される」 には尊重が含まれていません。でも、メディアが同じ使い方をしてしま ったら、間違った情報がものすごく出回ってしまいます。私たちがこう 3 こうち男女共同参画センター「ソーレ」/講演会記録 した話を高校などでする際に、女子高生からの質問はほとんどが束縛の 話です。 「自分が束縛されたいと思っていたら、別にいいんじゃないです か」と言う質問が多いのです。 「愛されたい」と思うのは、もちろん健全 なことです。束縛は最初の数日間は愛されている証だというように感じ られるかもしれませんが、これが長期にわたってどんどん悪化していっ たときに、人がそこでどれだけ苦しむことになるかを伝えなければいけ ません。例えば、最近の若い人たちの間では、B さんが☆さんに対して、 GPS の機能のついた携帯電話を持たせる、ということも出てきています。 常に自分の居所が 24 時間監視されることになるのです。B さんがメール を送ってきたときには、とにかくすぐに返信しないと大変なことになる。 常に携帯を見ていないといけないのです。その束縛の大変さを考えてみ てください。 「そんなに大変だったら、私が B さんに文句を言ってきてあげよう か?」これも危険なことになります。何故なら相談していることが B さ んにばれて更なる暴力につながってしまう。親にやっと相談したときに、 親が「何でもっと早く言わなかったんだ!」ということもあります。親 の気持ちとしては分かりますが、それを言ったら、☆さんは余計傷つい てしまい、もう相談したくないと思ってしまう可能性もあります。親の ショックな気持ちは別のところで処理することにして、まずは「言いに くいことを言ってくれてありがとう」と言う言葉に言い換えることがで きたらと思います。 「何故」 「どうして」という言葉は傷ついている人には、すごく重く感 じる言葉だと思います。自責の念が強くなっている時期に、「何故」「ど うして」という質問をされると「私がいけないの?」というところにつ ながりやすい言葉だからです。 では、何ができるのかというと、誰かが相談に来られたときには、で きるだけ多くの情報を、トランプを机の上に並べるようなイメージで渡 してください。トランプ 1 枚 1 枚が情報を表していると考えて、例えば、 こういう本がありますよ、というカードかもしれません。例えば、アウ ェアの山口さんの「愛する。愛される」というデート DV の本だったり、 別な本だったり、あるいは「どこそこの図書館に行ったらデート DV のビ デオがありますよ」ということかもしれない。あるいは相談窓口だった ら「どこそこが月曜から金曜の何時から何時までやっているみたいです よ」、インターネットだったら、「こういうサイトがありますよ」という ことです。手渡しではなくテーブルに並べるイメージというのは、☆さ 4 こうち男女共同参画センター「ソーレ」/講演会記録 ん自身がたくさんのトランプの中からやってみるかどうかを選ぶことが 大切だからです。本人が自分の力を取り戻すためには、自分が選ぶとい うところからスタートするのです。やってみたら合わないかもしれませ ん。試行錯誤です。一人の人に合った方法がみんなに合うわけではあり ませんし、やってみないとわからないことです。だからこそ、たくさん の選択肢が必要なのです。ひとつやってみて、合わなかったら、別なも のをやればいい。情報は持っていて損をしません。情報は、人の中に入 ったときに、その人の知識になります。知識は力となります。支援者や 周りの人が渡した情報を、 「私にはこんなのありえない」と☆さんがその ときには却下するかもしれません。でも、情報としては持って帰ってい ます。もしかしたら数週間後に「あの人があんなことを言っていた」と、 取り出すことが可能になるのです。また、必ずしもアドバイスしなけれ ばならないということもありません。わからないときには「わかりませ ん」と言うことも大切ですし、☆さんにとっては自分の話を批評せずに 聞いてくれるということが大きな支えになることも多いのです。 ◇離れるという選択肢 逃げるということが、すべての☆さんにとって正解であるかというと、 必ずしもそうではないと思います。人によっては B さんのもとに居続け ながら、どうやって自分の安全を確保できるのか考え続ける☆さんもい ます。それは一人ひとりが決めることです。その人の人生ですから、周 りが決めるようなことではありません。ただ、その本人が決めるときに 十分な情報が必要です。その情報をきちんと伝える役目というのは周り の人がすることなのです。特にデート DV の場合は若かったり、そういう 知識がなかったり、どういうところに相談窓口があるかわかっていなか ったりするので、それを伝えていく。そういったいろいろなサポートを 受けながら、本人が決めていくのです。 B さんから離れることは崖っぷちから飛び降りるぐらい大変なことだ と、私は捉えています。周りの人が代わりに飛ぶことはできません。で も、飛べといって押すのもちょっと違うと思います。本人が自分の意志 で飛ぼうと思うこと、そして本人がそのタイミングを選ぶというところ もポイントだと思います。飛んだ後すぐに人生が良くなるということは なかなかありません。誰の人生であろうと、つらいことは必ず発生しま す。その時に、あの崖から私は飛びおりることができたんだから、これ も乗り越えられるはずと思えるような実績につながるためには、その崖 を飛ぶ時には、自分の意志とタイミングが大切になってくるのです。周 5 こうち男女共同参画センター「ソーレ」/講演会記録 りの人ができることは「もし、あなたが飛ぼうと思う日がきたら私たち は下で待っています」ということを伝えることだと思います。 ◇ジャックは自分の中にいる 若い頃は恋愛に対していろんなことを空想したり、夢を抱いてしまい がちです。テレビをつけても映画を観ても、漫画を観ても、登場人物は 「絶対君を幸せにしてみせる」などと言います。すると「自分の人生で、 私を幸せにしてくれる人は誰だろう」と捜し始めたりするのです。映画 「タイタニック」で、ジャックはローズのために死んで行きます。する と、私のジャックはどこなの?と思ってしまうんです。だんだん年を取 ってくると現実にジャックなんているわけがないとわかってくるのです が、若い間は、誰かいるはずと思うのです。自分が自分を幸せにするだ けでも大変なことなのに、人を幸せにするなんていう魔法を持っている 人がいるわけがないのです。ジャックは自分の外にではなく、自分の中 にいます。誰の中にも自分を幸せにできるジャックがいます。外ばかり 見ていたら自分の中にいるジャックに気付きにくくなります。 私の中には暴力の影響によって弱くなってしまった部分があり、そこ は例えば大雨が降ったら雨漏りをするような場所になってしまっていま す。でも、雨が降ると雨漏りすることがわかっていたら、そこにバケツ をおくことぐらいはするのと同じで、私が私のためにできることをする のです。日常生活の中で、自分と 24 時間、365 日間一緒にいるのは自分 しかいないということを忘れないでください。だから私の専門家は私で す。どんなに有名な精神科医であろうとカウンセラーであろうと、私の ことを知っているのはほんの一部です。ですから、もしその人が言って いることと自分の感覚が違ったら、自分の感覚を大切にしてください。 自分が自分のことを一番よく知っていると思います。 ◇PTG 自分の人生はこうなるはずだったという思いや夢、希望は誰にでも、 ある程度あると思います。被害体験とは道に大きな岩が落ちてきて通れ なくなるようなものです。すると新たな道を行くしかない。基本的には 歩いているところに目線をおくということが、大切です。トラウマから スタートしている道であれば、どうしても傷つきや、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder)系のものが目立ちやすいです。でも、この道も PTSD 系 のものばかりではありません。もう一つの要素に名前を付けることがで き た と し た ら PTG と 呼 べ る か も し れ ま せ ん 。 ト ラ ウ マ の 後 ( Post 6 こうち男女共同参画センター「ソーレ」/講演会記録 Traumatic)に成長(Growth)という言葉が入るのです。あの経験があっ たからこそ、今の私がいる。あの経験を乗り越えてきたからこそ、今の 私にはこういうことができる。ですから、この道沿いは傷つきばかりで はないということも忘れないでください。 7
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