心不全診断薬と 心筋梗塞診断薬

活躍する三洋化成グループのパフォーマンス・ケミカルス
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心不全診断薬と
心筋梗塞診断薬
譽田大仁
医療産業分社診断薬グループ
チーフケミスト
[ 紹介製品のお問い合わせ先 ]
当社医療産業分社
体外診断用医薬品(以下、診断
不全である。心不全の基礎疾患と
った。現在心不全診断では前述の
薬)は、身体から採取した血液、
しては、拡張型心筋症、弁膜症、
①や②などの方法による「外側か
尿、だ液、ふん便、組織などを検
高血圧性心臓病の頻度が高いとい
ら診ること」と、今回述べる診断
体として各種の疾病に関する物質
われている。また虚血性心疾患に
薬による「内側から診ること」が併
の測定に用いられる。現在、市販
よる慢性心不全患者も増大してお
用され、従来からの心不全診療に
されている診断薬は約11,000種
り、高齢化社会を迎えてその対応
対して大きな変革をもたらした。
類にも及び、大学病院から診療所
が課題となっている。
に至るさまざまな医療機関で用い
従来からの心不全の診断方法と
NT- proBNPは心臓の心室から
られているだけでなく、ドラッグ
しては、医師による問診のほかに、
分泌される物質であり、76個の
ストアなどで目にする妊娠検査薬
①心臓が発する事象を物理量とし
アミノ酸から構成されるペプチド
までもがその範ちゅうに入る。当
て計測する装置(心電図など)
、②
たんぱくである。血圧上昇や心室
社が発売している『スフィアライ
画像などにより表現する装置(心
肥大などで循環血液量の増加や心
ト』シリーズは専用自動分析装置
エコーなど)
、が用いられてきた。
筋細胞へのストレスといった心臓
と組み合わせて使用するタイプの
これらの方法はいずれも「心臓を
への負担が増大すると、心室内に
、がん分野、
診断薬であり[図1]
外側から診ること」であるが、こ
NT-proBNPの前駆体が産生され
心臓病分野、甲状腺疾患分野、糖
こ10年で血液を検体として用い
る。この前駆体はたんぱく分解酵
尿病分野、感染症分野などを検査
ることにより、心臓内で分泌され
素の作用を受け、生理活性を有す
対象としている。
る物質、脳性ナトリウム利尿ペプ
るBNPと生理活性を有しないNT-
本稿では『スフィアライト』シリ
チド前駆体N端フラグメント
proBNPに分解され、血液中へ放
ーズのなかでも心臓病分野に焦点
(NT- proBNP)や脳性ナトリウム
をあて、心不全診断薬『スフィア
利尿ペプチド(BNP)を 測 定 す る
『スフィアライトproBNP』は、
ライトproBNP』と心筋梗塞診断
方法が保険適用され「心臓の状態
血液中のNT-proBNP濃度を測定
薬『スフィアライト トロポニン
を内側から診ること」が可能にな
する診断薬であり、心不全の診断
NT-proBNP とは
[図2]
。
出される
T』
について紹介する。
心不全の診断薬『スフィアラ
イト proBNP』
〈心不全とその診断方法〉
心臓は、必要な血液量を全身へ
十分に送り出すためのポンプとし
ての機能を担っている。このポン
プ機能が何らかの原因により低下
してしまい、その役割を十分に果
たせないことで生じた症候群が心
当社心不全診断薬『スフィアライト proBNP』
専用自動分析装置「SphereLightWako」
図1●当社診断薬と専用自動分析装置
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または病態把握に用いられる。な
pg/mℓを境とし、重症になるに
BNP』の開発では、化学発光試薬
お、市場ではBNP濃度を測定対象
従い数千∼数万pg/mℓへと測定
に新技術を加えることにより、必
とした診断薬も発売されているが、
値 が 上 昇 す る。 こ の た めNT-
要とされる幅広い測定レンジの実
NT-proBNPを測定するほうが測
proBNPを測定する診断薬には、
現を可能にした。
定検体として安定であるので取り
きわめて幅広い濃度範囲(測定レ
当社の従来の化学発光試薬では、
扱いやすい。
ンジ)に対応できることが求めら
NT-proBNPの高濃度領域を測定
れる。
する際には免疫複合体が密に配向
開発
図3に示すように『スフィアラ
してしまい、化学発光反応時の基
一般に健常な人の血液中のNT-
イトproBNP』に限らず当社の『ス
質供給を立体的に阻害してしまう
proBNP濃度はきわめて低く、20
フィアライト』シリーズの試薬構
という欠点があった。これに対し
∼125pg/mℓ程度である。しか
成は、4つの要素からなる。この
て今回開発した化学発光試薬は新
しながら心不全が疑われる400
なかでも『スフィアライトpro
規に加えた成分によって、高濃度
『スフィアライト proBNP』の
領域でも免疫複合体を疎に配向さ
。これ
せることに成功した[図4]
により立体障害による酵素反応の
心筋細胞
基質供給不足を解消させ、高濃度
たんぱく分解酵素
前駆体
での測定レンジを拡大させること
心筋細胞への
ストレス
当社の従来技術での化学発光試
血圧上昇
心室肥大
心筋虚血
分解後血液中へ放出
ができた。
薬と新規化学発光試薬との測定レ
ンジの比較を図5に示す。
NT-proBNP
現在『スフィアライトproBNP』
BNP
は多くの大学病院や循環器専門病
院などで心不全の診断や慢性心不
図2●ストレスなどによる NT-proBNP の産出 ( イメージ図 )
全患者の経過観察(モニタリング)
に使用されている。また、病院で
の診断だけでなく、企業検診にも
固相ビーズ
用途が広がってきている。
酵素標識抗体液
化学発光試薬
免疫反応緩衝液
化学発光試薬
心筋梗塞の診断薬『スフィアラ
イト トロポニンT』
固相ビーズ:サンプル中の測定対象物を固定化する
免疫反応緩衝液:固相ビーズとサンプルとの反応の場として用いる
酵素標識抗体液:シグナル増幅に必要な酵素を含む溶液
化学発光試薬:酵素量を化学発光によりシグナルとする
〈心筋梗塞とは〉
心筋梗塞は、心不全と並ぶ心臓
にかかわる重大な疾患である。血
図3●当社診断薬『スフィアライト』の構成要素
基質
栓などの原因により心臓の血管が
基質
詰まって血液の量が低下し、心臓
POD
の筋肉が酸素欠乏となることで壊
の際には大抵強い胸痛が感じられ
るが、痛みが数十分以内で収まる
免疫複合体
従来の化学発光試薬 死してしまった状態を指す。発症
D
D
PO
PO
D
POD
PO
PO
D
POD
POD
ビーズ
( 担持物質 )
狭心症とは異なり、心筋梗塞の場
新規の化学発光試薬
:抗体 :抗原(NT-proBNP) :酵素標識抗体
POD
合は痛みが持続することが特徴で
ある。
世間一般では心筋梗塞は突然発
図4● NT-proBNP による化学発光機構の比較
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心不全診断薬と心筋梗塞診断薬
症するとの印象があるが、直接
1×108 の原因である「血栓による血管の
詰まり」の根源をたどると「血管
崩壊・血栓の形成」といった一連
の過程が存在し、体の中ではそ
のリスクが知らず知らずのうち
に進行している場合がほとんど
。このプラークの形
である[図6]
当社新規化学発光試薬 化学発光量
中でのプラークの形成→成長→
当社従来品化学発光試薬
1×106 (cps)
1×104
成には主にコレステロール、肥
10 100 1,000 10,000 NT-proBNP 濃度 (pg/mℓ)
満、ストレス、糖尿といった因
子が関与しているといわれてお
図5●当社化学発光試薬の測定レンジ比較
り、カロリー過多の食生活やス
トレス社会にさらされる現代人
血管内皮細胞
においては、特に注意が必要で
血栓
ある。
心筋梗塞の診断とトロポニンT
心筋梗塞の診断では、心電図
プラークの成長
きれいな血管
の確認とともに、血液マーカー
となるトロポニンTやCK-MBな
プラーク
どの測定が行われる。なかでも
る特異性が高く「2007年改訂版
プラークの崩壊と
血栓の形成
プラークの形成
トロポニンTは心筋梗塞に対す
図6●プラークの成長と血栓の形成 ( イメージ図 )
急性冠症候群の診療に関するガ
イドライン」
(日本循環器学会)で
心筋細胞
もその有用性が認められている。
トロポニンTは心臓の筋肉を構
、
成する繊維の1つであり[図7]
通常は血液中に存在しない。
しかしながら心筋梗塞によっ
ミトコンドリア
トロポニン T
て心臓筋肉細胞の壊死および破
壊が始まると、トロポニンTが
筋肉 血液中へ流出してくる。臨床上
で心筋梗塞と判断される際の血
▲
図7●心筋細胞とトロポニン T
液中のトロポニンT濃度は0.1ng
よく測定できるかどうかが重要
分に確保できるように開発を進
/mℓ以上であるが、臨床現場で
であり、測定感度に対する要求
めた。なかでも、①免疫反応用
はその後の生存率や治療などの
はきわめて厳しい。
緩衝液への新規非特異性反応防
観点から、心筋梗塞発症の手前
『スフィアライト トロポニン
止剤の添加、②酵素標識抗体液
の段階である微小心筋障害の状
T』の開発
への新規免疫反応促進剤の添加、
態を、いち早くとらえることが
先の図3で示したように当社診
などを新技術として採用すると
。そのため
重視されている[図8]
断薬は4つの要素から構成され
ともに、化学発光試薬も『スフィ
に は 診 断 薬 の 側 面 か ら い え ば、
るが、
『スフィアライト トロポニ
アライト proBNP』で開発した化
0.02∼0.1ng /mℓの濃度を精度
ンT』の開発では測定の感度を十
学発光試薬を用いることで目標
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心不全診断薬と心筋梗塞診断薬
を上げることも効果的である。今
急性冠症候群
回はトロポニンTの測定に適した
新規免疫反応促進剤を採用し、免
健常な状態
急性心筋梗塞
不安定狭心症
心臓突然死
疫複合体の生成反応速度を上げる
ことに成功した。
これらの技術を用いることによ
って『スフィアライト トロポニン
T』の最小感度(10%CV値)は
トロポニン T
0.02ng/mℓ
低濃度
トロポニン T
高濃度
0.1ng/mℓ
0.017ng/mℓを実現し、同種の
診断薬の中でもトップレベルの感
度性能を実現した。さらに欧州心
図8●心筋梗塞とトロポニン T 濃度の関係
臓病学会/米国心臓病学会のガイ
表1●トロポニン診断薬の最小感度比較
診断薬
ドラインが要求している感度性能
最小感度(10% CV値)(ng/mℓ)
(心筋梗塞発症の手前の段階であ
スフィアライト トロポニンT
0.017
A社診断薬
0.030
る微小心筋障害の状態をいち早く
B社診断薬
0.032
とらえることができるレベル)を
C社診断薬
0.060
D社診断薬
0.060
満足することから、高感度のトロ
最小感度(10% CV値):測定値のばらつきが10%以下となるときの濃度で、この数値が小さいほど感度が高い
[表1]
。先の
『スフ
ることができた
悪性新生物 30%
ィアライトproBNP』同様『スフィ
心疾患 15.9%
)
アライト トロポニンT』もさまざ
死亡率 人
( 口 万対
280
260
240
220
200
180
160
140
10 120
100
80
60
40
20
0
昭和 22 ポニンT診断薬として差別化を図
肺炎 10.1%
まな医療機関で使用されており、
脳血管疾患 11.1%
心筋梗塞の診断に幅広く貢献して
いる。
これからの社会と診断薬との
かかわり
厚生労働省の「平成22年人口動
30 40 50 60 平成 2 7 17 20 年 注:1) 平成 6・7 年の心疾患の低下は、死亡診断書 ( 死体検案書 )( 平成7年1月施行 ) において「死亡の原因欄
には、疾患の終末期の状態としての心不全、呼吸不全等は書かないでください」という注意書きの施行
前からの周知の影響によるものと考えられる。
2) 平成 7 年の脳血管疾患の上昇の主な原因は、ICD-10( 平成 7 年 1 月適用 ) による原死因選択ルールの明
確化によるものと考えられる。
出所:厚生労働省「平成 22 年人口動態統計月報年計の概況」
図9●主な死因別にみた死亡率の年次推移
態統計月報年計の概況」によると、
心臓病の死亡率はがんに続いて第
。がんとは異な
2位である[図9]
り多分に生活習慣の要素が強くか
かわる心臓病は、今後の高齢化社
性能を達成した。①、②について
まい、測定感度が向上しないこと
会に向けて増えていくことが予想
以下に説明する。
がある。今回用いた新規非特異反
される。
①免疫反応用緩衝液への新規非特
応防止剤は従来型の防止剤を高分
今回紹介した心臓病の診断薬は
異反応防止剤の添加
子量化した構造となっており、固
もちろんのこと、自分の体の中の
通常、測定感度を向上させるた
相ビーズ表面へのきょう雑物質の
出来事を数値として客観的に把握
めには、測定に供する検体の使用
吸着を強力に抑えることで、ノイ
できる診断薬の役割はますます大
量を増やす方法が検討される。し
ズ増大を防ぐことに成功した。
きくなるといえる。当社も種々の
かしながら、量を増やしすぎると、
②酵素標識抗体液への新規免疫反
よりよい診断薬を市場に送ること
同時に増えた検体中のきょう雑物
応促進剤の添加
を使命と考え、日々開発を進めて
質が固相ビーズ表面に多く吸着す
測定感度を向上させるためには、
いる。
ることでノイズが大きくなってし
測定に必要な免疫反応の反応速度
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