活躍する三洋化成グループのパフォーマンス・ケミカルス 93 心不全診断薬と 心筋梗塞診断薬 譽田大仁 医療産業分社診断薬グループ チーフケミスト [ 紹介製品のお問い合わせ先 ] 当社医療産業分社 体外診断用医薬品(以下、診断 不全である。心不全の基礎疾患と った。現在心不全診断では前述の 薬)は、身体から採取した血液、 しては、拡張型心筋症、弁膜症、 ①や②などの方法による「外側か 尿、だ液、ふん便、組織などを検 高血圧性心臓病の頻度が高いとい ら診ること」と、今回述べる診断 体として各種の疾病に関する物質 われている。また虚血性心疾患に 薬による「内側から診ること」が併 の測定に用いられる。現在、市販 よる慢性心不全患者も増大してお 用され、従来からの心不全診療に されている診断薬は約11,000種 り、高齢化社会を迎えてその対応 対して大きな変革をもたらした。 類にも及び、大学病院から診療所 が課題となっている。 に至るさまざまな医療機関で用い 従来からの心不全の診断方法と NT- proBNPは心臓の心室から られているだけでなく、ドラッグ しては、医師による問診のほかに、 分泌される物質であり、76個の ストアなどで目にする妊娠検査薬 ①心臓が発する事象を物理量とし アミノ酸から構成されるペプチド までもがその範ちゅうに入る。当 て計測する装置(心電図など) 、② たんぱくである。血圧上昇や心室 社が発売している『スフィアライ 画像などにより表現する装置(心 肥大などで循環血液量の増加や心 ト』シリーズは専用自動分析装置 エコーなど) 、が用いられてきた。 筋細胞へのストレスといった心臓 と組み合わせて使用するタイプの これらの方法はいずれも「心臓を への負担が増大すると、心室内に 、がん分野、 診断薬であり[図1] 外側から診ること」であるが、こ NT-proBNPの前駆体が産生され 心臓病分野、甲状腺疾患分野、糖 こ10年で血液を検体として用い る。この前駆体はたんぱく分解酵 尿病分野、感染症分野などを検査 ることにより、心臓内で分泌され 素の作用を受け、生理活性を有す 対象としている。 る物質、脳性ナトリウム利尿ペプ るBNPと生理活性を有しないNT- 本稿では『スフィアライト』シリ チド前駆体N端フラグメント proBNPに分解され、血液中へ放 ーズのなかでも心臓病分野に焦点 (NT- proBNP)や脳性ナトリウム をあて、心不全診断薬『スフィア 利尿ペプチド(BNP)を 測 定 す る 『スフィアライトproBNP』は、 ライトproBNP』と心筋梗塞診断 方法が保険適用され「心臓の状態 血液中のNT-proBNP濃度を測定 薬『スフィアライト トロポニン を内側から診ること」が可能にな する診断薬であり、心不全の診断 NT-proBNP とは [図2] 。 出される T』 について紹介する。 心不全の診断薬『スフィアラ イト proBNP』 〈心不全とその診断方法〉 心臓は、必要な血液量を全身へ 十分に送り出すためのポンプとし ての機能を担っている。このポン プ機能が何らかの原因により低下 してしまい、その役割を十分に果 たせないことで生じた症候群が心 当社心不全診断薬『スフィアライト proBNP』 専用自動分析装置「SphereLightWako」 図1●当社診断薬と専用自動分析装置 三洋化成ニュース ❶ 2011 秋 No.468 または病態把握に用いられる。な pg/mℓを境とし、重症になるに BNP』の開発では、化学発光試薬 お、市場ではBNP濃度を測定対象 従い数千∼数万pg/mℓへと測定 に新技術を加えることにより、必 とした診断薬も発売されているが、 値 が 上 昇 す る。 こ の た めNT- 要とされる幅広い測定レンジの実 NT-proBNPを測定するほうが測 proBNPを測定する診断薬には、 現を可能にした。 定検体として安定であるので取り きわめて幅広い濃度範囲(測定レ 当社の従来の化学発光試薬では、 扱いやすい。 ンジ)に対応できることが求めら NT-proBNPの高濃度領域を測定 れる。 する際には免疫複合体が密に配向 開発 図3に示すように『スフィアラ してしまい、化学発光反応時の基 一般に健常な人の血液中のNT- イトproBNP』に限らず当社の『ス 質供給を立体的に阻害してしまう proBNP濃度はきわめて低く、20 フィアライト』シリーズの試薬構 という欠点があった。これに対し ∼125pg/mℓ程度である。しか 成は、4つの要素からなる。この て今回開発した化学発光試薬は新 しながら心不全が疑われる400 なかでも『スフィアライトpro 規に加えた成分によって、高濃度 『スフィアライト proBNP』の 領域でも免疫複合体を疎に配向さ 。これ せることに成功した[図4] により立体障害による酵素反応の 心筋細胞 基質供給不足を解消させ、高濃度 たんぱく分解酵素 前駆体 での測定レンジを拡大させること 心筋細胞への ストレス 当社の従来技術での化学発光試 血圧上昇 心室肥大 心筋虚血 分解後血液中へ放出 ができた。 薬と新規化学発光試薬との測定レ ンジの比較を図5に示す。 NT-proBNP 現在『スフィアライトproBNP』 BNP は多くの大学病院や循環器専門病 院などで心不全の診断や慢性心不 図2●ストレスなどによる NT-proBNP の産出 ( イメージ図 ) 全患者の経過観察(モニタリング) に使用されている。また、病院で の診断だけでなく、企業検診にも 固相ビーズ 用途が広がってきている。 酵素標識抗体液 化学発光試薬 免疫反応緩衝液 化学発光試薬 心筋梗塞の診断薬『スフィアラ イト トロポニンT』 固相ビーズ:サンプル中の測定対象物を固定化する 免疫反応緩衝液:固相ビーズとサンプルとの反応の場として用いる 酵素標識抗体液:シグナル増幅に必要な酵素を含む溶液 化学発光試薬:酵素量を化学発光によりシグナルとする 〈心筋梗塞とは〉 心筋梗塞は、心不全と並ぶ心臓 にかかわる重大な疾患である。血 図3●当社診断薬『スフィアライト』の構成要素 基質 栓などの原因により心臓の血管が 基質 詰まって血液の量が低下し、心臓 POD の筋肉が酸素欠乏となることで壊 の際には大抵強い胸痛が感じられ るが、痛みが数十分以内で収まる 免疫複合体 従来の化学発光試薬 死してしまった状態を指す。発症 D D PO PO D POD PO PO D POD POD ビーズ ( 担持物質 ) 狭心症とは異なり、心筋梗塞の場 新規の化学発光試薬 :抗体 :抗原(NT-proBNP) :酵素標識抗体 POD 合は痛みが持続することが特徴で ある。 世間一般では心筋梗塞は突然発 図4● NT-proBNP による化学発光機構の比較 三洋化成ニュース ❷ 2011 秋 No.468 活躍する三洋化成グループのパフォーマンス・ケミカルス 心不全診断薬と心筋梗塞診断薬 症するとの印象があるが、直接 1×108 の原因である「血栓による血管の 詰まり」の根源をたどると「血管 崩壊・血栓の形成」といった一連 の過程が存在し、体の中ではそ のリスクが知らず知らずのうち に進行している場合がほとんど 。このプラークの形 である[図6] 当社新規化学発光試薬 化学発光量 中でのプラークの形成→成長→ 当社従来品化学発光試薬 1×106 (cps) 1×104 成には主にコレステロール、肥 10 100 1,000 10,000 NT-proBNP 濃度 (pg/mℓ) 満、ストレス、糖尿といった因 子が関与しているといわれてお 図5●当社化学発光試薬の測定レンジ比較 り、カロリー過多の食生活やス トレス社会にさらされる現代人 血管内皮細胞 においては、特に注意が必要で 血栓 ある。 心筋梗塞の診断とトロポニンT 心筋梗塞の診断では、心電図 プラークの成長 きれいな血管 の確認とともに、血液マーカー となるトロポニンTやCK-MBな プラーク どの測定が行われる。なかでも る特異性が高く「2007年改訂版 プラークの崩壊と 血栓の形成 プラークの形成 トロポニンTは心筋梗塞に対す 図6●プラークの成長と血栓の形成 ( イメージ図 ) 急性冠症候群の診療に関するガ イドライン」 (日本循環器学会)で 心筋細胞 もその有用性が認められている。 トロポニンTは心臓の筋肉を構 、 成する繊維の1つであり[図7] 通常は血液中に存在しない。 しかしながら心筋梗塞によっ ミトコンドリア トロポニン T て心臓筋肉細胞の壊死および破 壊が始まると、トロポニンTが 筋肉 血液中へ流出してくる。臨床上 で心筋梗塞と判断される際の血 ▲ 図7●心筋細胞とトロポニン T 液中のトロポニンT濃度は0.1ng よく測定できるかどうかが重要 分に確保できるように開発を進 /mℓ以上であるが、臨床現場で であり、測定感度に対する要求 めた。なかでも、①免疫反応用 はその後の生存率や治療などの はきわめて厳しい。 緩衝液への新規非特異性反応防 観点から、心筋梗塞発症の手前 『スフィアライト トロポニン 止剤の添加、②酵素標識抗体液 の段階である微小心筋障害の状 T』の開発 への新規免疫反応促進剤の添加、 態を、いち早くとらえることが 先の図3で示したように当社診 などを新技術として採用すると 。そのため 重視されている[図8] 断薬は4つの要素から構成され ともに、化学発光試薬も『スフィ に は 診 断 薬 の 側 面 か ら い え ば、 るが、 『スフィアライト トロポニ アライト proBNP』で開発した化 0.02∼0.1ng /mℓの濃度を精度 ンT』の開発では測定の感度を十 学発光試薬を用いることで目標 三洋化成ニュース ❸ 2011 秋 No.468 活躍する三洋化成グループのパフォーマンス・ケミカルス 心不全診断薬と心筋梗塞診断薬 を上げることも効果的である。今 急性冠症候群 回はトロポニンTの測定に適した 新規免疫反応促進剤を採用し、免 健常な状態 急性心筋梗塞 不安定狭心症 心臓突然死 疫複合体の生成反応速度を上げる ことに成功した。 これらの技術を用いることによ って『スフィアライト トロポニン T』の最小感度(10%CV値)は トロポニン T 0.02ng/mℓ 低濃度 トロポニン T 高濃度 0.1ng/mℓ 0.017ng/mℓを実現し、同種の 診断薬の中でもトップレベルの感 度性能を実現した。さらに欧州心 図8●心筋梗塞とトロポニン T 濃度の関係 臓病学会/米国心臓病学会のガイ 表1●トロポニン診断薬の最小感度比較 診断薬 ドラインが要求している感度性能 最小感度(10% CV値)(ng/mℓ) (心筋梗塞発症の手前の段階であ スフィアライト トロポニンT 0.017 A社診断薬 0.030 る微小心筋障害の状態をいち早く B社診断薬 0.032 とらえることができるレベル)を C社診断薬 0.060 D社診断薬 0.060 満足することから、高感度のトロ 最小感度(10% CV値):測定値のばらつきが10%以下となるときの濃度で、この数値が小さいほど感度が高い [表1] 。先の 『スフ ることができた 悪性新生物 30% ィアライトproBNP』同様『スフィ 心疾患 15.9% ) アライト トロポニンT』もさまざ 死亡率 人 ( 口 万対 280 260 240 220 200 180 160 140 10 120 100 80 60 40 20 0 昭和 22 ポニンT診断薬として差別化を図 肺炎 10.1% まな医療機関で使用されており、 脳血管疾患 11.1% 心筋梗塞の診断に幅広く貢献して いる。 これからの社会と診断薬との かかわり 厚生労働省の「平成22年人口動 30 40 50 60 平成 2 7 17 20 年 注:1) 平成 6・7 年の心疾患の低下は、死亡診断書 ( 死体検案書 )( 平成7年1月施行 ) において「死亡の原因欄 には、疾患の終末期の状態としての心不全、呼吸不全等は書かないでください」という注意書きの施行 前からの周知の影響によるものと考えられる。 2) 平成 7 年の脳血管疾患の上昇の主な原因は、ICD-10( 平成 7 年 1 月適用 ) による原死因選択ルールの明 確化によるものと考えられる。 出所:厚生労働省「平成 22 年人口動態統計月報年計の概況」 図9●主な死因別にみた死亡率の年次推移 態統計月報年計の概況」によると、 心臓病の死亡率はがんに続いて第 。がんとは異な 2位である[図9] り多分に生活習慣の要素が強くか かわる心臓病は、今後の高齢化社 性能を達成した。①、②について まい、測定感度が向上しないこと 会に向けて増えていくことが予想 以下に説明する。 がある。今回用いた新規非特異反 される。 ①免疫反応用緩衝液への新規非特 応防止剤は従来型の防止剤を高分 今回紹介した心臓病の診断薬は 異反応防止剤の添加 子量化した構造となっており、固 もちろんのこと、自分の体の中の 通常、測定感度を向上させるた 相ビーズ表面へのきょう雑物質の 出来事を数値として客観的に把握 めには、測定に供する検体の使用 吸着を強力に抑えることで、ノイ できる診断薬の役割はますます大 量を増やす方法が検討される。し ズ増大を防ぐことに成功した。 きくなるといえる。当社も種々の かしながら、量を増やしすぎると、 ②酵素標識抗体液への新規免疫反 よりよい診断薬を市場に送ること 同時に増えた検体中のきょう雑物 応促進剤の添加 を使命と考え、日々開発を進めて 質が固相ビーズ表面に多く吸着す 測定感度を向上させるためには、 いる。 ることでノイズが大きくなってし 測定に必要な免疫反応の反応速度 三洋化成ニュース ❹ 2011 秋 No.468
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