2014 年度 日本都市計画学会 北海道支部 研究発表会 予稿集

2014 年度
日本都市計画学会 北海道支部
研究発表会
予稿集
目次
■2014 年度日本都市計画学会北海道支部研究発表会開催要領 ······································································· 1
■ポスターセッション研究発表タイトル ·································································································································· 2
■記念講演 ·············································································································································································· 3
■発表セッション ······································································································································································· 4
■研究発表予稿
「一般」部門 ········································································································································································ 5
「景観とまちづくり」部門 ··················································································································································· 19
平成 26 年 11 月 29 日
■2014 年度日本都市計画学会北海道支部研究発表会開催要領
日本都市計画学会北海道支部では、都市計画に関する日頃の研究内容や実践活動を発表する機会を広く設
けることを目的とし、第 3 回の支部研究発表会を開催します。発表いただく内容は研究論文に限ることなく、都市・地
域づくりの現場における実用性に寄与する実務報告や実践報告も含めたものとし、都市計画に関連する分野の
方々の情報交換や交流の機会になることを期待しております。
1.日時:2014 年 11 月 29 日(土)13:00-17:00
13:00
13:05
14:00
15:15
17:00
(17:30
開会
ポスターセッション
基調講演
研究発表セッション
閉会
懇親会)
2.場所:札幌市民ホール 第1・第2会議室(札幌市北区北 1 条西 1 丁目)
3.研究発表会の形式:ポスターセッション形式、および研究発表
4.内容
本発表会では、地域資源を活かしたまちづくり、都市文化、地方分権、サステイナブル、参加と組織、都市・地域
の再生、都市・地域経営、観光、交通、ランドスケープ、海外都市計画などをはじめとする、広く建築、土木、造園及
び関連分野の都市計画に関する計画、デザイン、分析、調査、事業等についての発表ポスターを募集し、応募者自
身が公開の場でそのポスター発表および一部についてはプレゼンテーション(口頭発表)を行うものとします。
発表ポスターは、都市計画に関するあらゆる内容について「一般部門」として募集しますが、このほかに「テーマ部
門」を設定し、潜在する発表者の掘り起こしを図ります。まず本年度より 5 年間については、研究発表会での議論の
活性化と積み重ねを図ることを目的として、「都市と田園」を統一テーマに設定します。その上で毎年、特に注目し議
論すべきサブテーマを設けることとし、本年度は「景観とまちづくり」を取り上げます。これら「テーマ部門(今年度は「景
観とまちづくり」)およびその他の「一般部門」への応募をふるってお願いいたします。
5.応募資格
発表者は、本会員であることを必ずしも求めません。発表内容は、未発表のものだけでなく、研究発表会などで発
表された内容、プロジェクトを別途発表したものであっても可とします。
6.参加費:500 円
※資料代を含む、懇親会は別途(P3参照)
7.その他
「一般部門」「テーマ部門」ともに、優秀なポスターには「支部長賞」「学生賞」「特別賞」(いずれも該当無しの場
合あり)が授与されます。
発表ポスターの表題と発表者、所属名は、支部のホームページや都市計画学会本部のデータベースに掲載されます。
8.後援
日本建築学会北海道支部、土木学会北海道支部、日本造園学会北海道支部、北海道都市地域学会、計画行政学
会北海道支部、日本都市計画家協会北海道支部、北海道市長会、北海道町村会、北海道開発局、北海道、札幌市
9.実行委員会
委員長
副委員長
委員
: 西山徳明(北海道大学)
: 小篠隆生(北海道大学)
: 愛甲哲也(北海道大学)、麻生美希(北海道大学)
池ノ上真一(北海道教育大学)、花岡拓郎(北海道大学)
及川宏之(ドーコン)、松岡佳秀(北海道庁)、久保勝裕(北海道科学大学)
窪田映子(KITABA)、坂井文(北海道大学)、生沼貴史(ドーコン)
村瀬利英(札幌市)、横山直満(北海道市長会)
アドバイザー : 宮島滋近(北海道開発局)
1
■ポスターセッション研究発表タイトル
「一般」部門
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
研究発表タイトル、◎研究代表者(所属)、連名者
掲載ページ
札幌市における有効空地・公開空地の利用と管理について
P6
◎佐々木 暢(札幌市役所)、坂井 文、越澤 明
小学校における札幌らしい交通環境学習推進事業の取り組み
P7
◎稲村 輝(札幌市市民まちづくり局総合交通計画部都市交通課)
再開発等促進地区計画の住宅整備区域における公共空地に関する研究
P8
-札幌市における利用管理に着目して◎新谷 綾一郎(北海道大学大学院工学院 空間性能システム専攻 建築システム講座
都市計画研究室)、坂井 文
札幌市における都市計画提案制度の運用と活用
P9
◎今瀧 亞久里(北海道大学大学院工学院)
札幌市北3条広場の整備
P10
-新たな憩いとにぎわい創出の場◎犬丸 秀夫、宗像 麻衣子(札幌市市民まちづくり局都市計画部 都心まちづくり推進室
都心まちづくり課)
震災被災地における「負の遺産観光」に関する利害関係者の意識
P11
-中国四川大震災後の北川羌(チャン)族自治県を事例として◎王 金偉(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院観光創造専攻)
まちの記憶整理事業 -地域性を重視した区画整理事業の提案P12
◎松浦 裕馬(北海道大学大学院工学院空間性能システム専攻 都市計画研究室)
押木 祐生、今瀧 亞久里、小池 温絵、花房 総一郎
Rebirth -場所性と強く結びついた生活空間の再生に向けた河川空間の提案P13
◎寺川 真末(北海道大学工学院都市計画研究室)、山崎 嵩拓、新谷 綾一郎、
桑澤 昇平
札幌市中心部における空き家・空きビルを活用した宿泊施設の実態に関する考察
P14
-ゲストハウスに着目して◎石川 美澄(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院観光創造専攻/共栄大
学国際経営学部)
札幌市における民間都市開発に係るデザイン誘導等の仕組みについて
P15
-都心部における土地利用計画制度と連動した誘導事例◎勝見 元暢(札幌市役所都市計画部地域計画課)
産業遺産の観光資源としての活用方法の変容
P16
-日本の「鉱業遺産」にみる価値の構築と受容の分析から◎平井 健文(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻)
函館ベイエリアの明日を考える 2014
P17
-(株)北洋銀行・(株)魚長食品・北海道教育大学函館校の金・産・学の連携事業をとおして◎青野 朋晃(北海道教育大学函館校国際地域学科)、佐々木 岳、池ノ上 真一
建設事業の事業地域における経済波及効果推計プロセス構築に関する研究
P18
◎伊藤 徳彦(一般社団法人北海道開発技術センター)、高野 伸栄
「景観とまちづくり」部門
No.
14
15
研究発表タイトル、◎研究代表者(所属)、連名者
掲載ページ
北海道美瑛町における田園景観の形成手法に関する研究
P20
◎麻生 美希(北海道大学 観光学高等研究センター)、宮城島 崇人
文化的景観の新たなモデルによる地域の魅力発掘とまちづくりに関する研究
P21
◎中林 光司(北海道大学大学院 国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻)
2
No.
16
17
18
19
20
21
22
研究発表タイトル、◎研究代表者(所属)、連名者
掲載ページ
土地利用を横断する河川軸に着目した沿川景観特性に 関する一考察
P22
-恵庭市漁川を対象として◎山崎 嵩拓(北海道大学工学院都市計画研究室)、坂井 文
周辺環境に対する建物の建ち方から見る共有された設計主題
P23
◎宮城島 崇人(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻)
麻生 美希
フィジー共和国レブカにおけるコミュニティを基盤とした文化遺産マネジメントに関する研究
P24
-世界遺産都市における文化遺産マネジメント状況調査報告◎山崎 弘(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻)
八百板 季穂
開発途上国における旧市街地保全の意義 -ヨルダン国旧首都サルト市の挑戦と課題P25
◎花岡 拓郎(北海道大学 観光学高等研究センター)、Lina Abu Salim、大槻 洋二
台湾台南市五條港歴史的都市街区の保全と観光に関する研究
P26
-住民と地域マネジメント組織の視点から◎許 玉萱(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻)
西山 徳明
電線電柱類が農村・自然域の景観に与える影響と効果的な対策手法について
P27
◎岩田 圭佑((独)土木研究所寒地土木研究所 地域景観ユニット)、松田 泰明
平取町のアイヌ文化と重要文化的景観の保全・活用について
P28
-沙流川流域の自然・文化資源と地場産業を活かした持続的な産業の創造を目指して◎貝澤 一成(平取町アイヌ施策推進課)
■記念講演
【論 題】北海道の自律構造を担う「自然と経済のエコロジカルデザインの創出」
【講 師】札幌学院大学教授・日本都市計画学会北海道支部長 太田 清澄 先生
【内 容】(講演にあたり太田先生から寄せられたコメント)
北海道の自律構造の構築の必要性が常に希求されていながら、確実なものになっているとは言い難いのではない
かと認識しています。
北海道の自律構造の構築において、少なくとも経済的側面から捉えれば「農業と観光の活性化」が柱になる事は
異論を挟まないものだと思っています。私自身このことを踏まえた上で、北海道の自律構造構築の基本的主題は、
「自然と経済のエコロジカルデザインの創出」にあると提起してきたところです。
一方において、都市計画領域においても「都市の縮退」という大きな課題に対峙していくことが強く求められています。
この機会に改めて「社会的共通資本」「2層の広域圏」等の基本的概念を基軸に、対象領域を都市域に矮小化す
ることなく、自然地域・田園地域・都市地域・里海地域を「流域圏」として統合的に捉える構造の必要性とこの構造
(デザイン)を創出していく「担い手」論について提起し、都市計画学会・北海道支部における大きな議論の足掛かりと
していきたいと考えています。
■懇親会
会場:Mia Angela IKEUCHI
住所:北海道札幌市中央区南 1 条西 2 池内 B1(札幌市民ホールから徒歩で 5∼10 分)
TEL:050-5522-3998
形式:立食パーティー形式
時間:17:30∼19:30
会費:3,500 円
3
■研究発表セッション
テーマ説明
(15:15∼15:20)
本年度で第 3 回を迎える日本都市計画学会北海道支部研究発表会では、今後の 5 年間、議論の活性化と
積み重ねを図るため、「都市と田園」を統一テーマに設定することにしました。この統一テーマの下、地域資源を活かし
たまちづくり、都市文化、地方分権、サステイナブル、参加と組織、都市・地域の再生、都市・地域経営、観光、交
通、ランドスケープ、海外都市計画など広く建築、土木、造園及び関連分野の都市計画に関する計画、デザイン、
分析、調査、事業等についての発表ポスターを募集しました。またこうした都市計画に関するあらゆる内容を「一般部
門」として募る一方で、5 年間の 1 年目に当たる本年度は「景観とまちづくり」のサブテーマを設定し、潜在する発表者
の掘り起こしを試みました。その結果、22 の研究論題の投稿があり(一般部門:13 題、景観とまちづくり部門:9
題)、この多様な研究・事業成果報告者を一堂に集めてポスターセッションを開催した後、それぞれの部門について、
研究発表担当委員で選考した選抜発表者による討議セッションを設けることで議論の深化を図ることとしました。み
なさまの活発なご議論を期待します。
西山 徳明(日本都市計画学会北海道支部副支部長・研究発表会実行委員長)
発表セッション1.一般部門
時間
(15:20−16:00)
コーディネータ:久保 勝裕
コメンテータ:小篠 隆生
◎発表者(所属)、連名者
15:20-15:32 ◎佐々木 暢
札幌市における有効空地・公開空地の利用
(札幌市役所)
と管理について
坂井 文、越澤 明
15:33-15:45 ◎王 金偉
震災被災地における「負の遺産観光」に関す
(北海道大学観光創造専攻)
る利害関係者の意識
15:46-15:58 ◎伊藤 徳彦
(一般社団法人北海道開発技術センター)
高野 伸栄
建設事業の事業地域における経済波及効
果推計プロセス構築に関する研究
発表セッション2.「景観とまちづくり」
時間
タイトル
(16:05−17:00)
コーディネータ:池ノ上 真一
コメンテータ:坂井 文
◎発表者(所属)、連名者
16:05-16:17 ◎宮城島 崇人
タイトル
周辺環境に対する建物の建ち方から見る共
(北海道大学観光創造専攻)
有された設計主題
麻生 美希
16:18-16:30 ◎岩田 圭佑
(寒地土木研究所地域景観ユニット)
松田 泰明
16:31-16:43 ◎山崎 嵩拓
(北海道大学工学院都市計画研究室)
坂井 文
16:44-16:56 ◎貝澤 一成
電線電柱類が農村・自然域の景観に与える
影響と効果的な対策手法について
土地利用を横断する河川軸に着目した沿川
景観特性に関する一考察
平取町のアイヌ文化と重要文化的景観の保
(平取町アイヌ施策推進課)
全・活用について
4
■研究発表予稿
「一般」部門
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
研究発表タイトル、◎研究代表者(所属)、連名者
掲載ページ
札幌市における有効空地・公開空地の利用と管理について
P6
◎佐々木 暢(札幌市役所)、坂井 文、越澤 明
小学校における札幌らしい交通環境学習推進事業の取り組み
P7
◎稲村 輝(札幌市市民まちづくり局総合交通計画部都市交通課)
再開発等促進地区計画の住宅整備区域における公共空地に関する研究
P8
-札幌市における利用管理に着目して◎新谷 綾一郎(北海道大学大学院工学院 空間性能システム専攻 建築システム講座
都市計画研究室)、坂井 文
札幌市における都市計画提案制度の運用と活用
P9
◎今瀧 亞久里(北海道大学大学院工学院)
札幌市北3条広場の整備
P10
-新たな憩いとにぎわい創出の場◎犬丸 秀夫、宗像 麻衣子(札幌市市民まちづくり局都市計画部 都心まちづくり推進室
都心まちづくり課)
震災被災地における「負の遺産観光」に関する利害関係者の意識
P11
-中国四川大震災後の北川羌(チャン)族自治県を事例として◎王 金偉(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院観光創造専攻)
まちの記憶整理事業 -地域性を重視した区画整理事業の提案P12
◎松浦 裕馬(北海道大学大学院工学院空間性能システム専攻 都市計画研究室)
押木 祐生、今瀧 亞久里、小池 温絵、花房 総一郎
Rebirth -場所性と強く結びついた生活空間の再生に向けた河川空間の提案P13
◎寺川 真末(北海道大学工学院都市計画研究室)、山崎 嵩拓、新谷 綾一郎、
桑澤 昇平
札幌市中心部における空き家・空きビルを活用した宿泊施設の実態に関する考察
P14
-ゲストハウスに着目して◎石川 美澄(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院観光創造専攻/共栄大
学国際経営学部)
札幌市における民間都市開発に係るデザイン誘導等の仕組みについて
P15
-都心部における土地利用計画制度と連動した誘導事例◎勝見 元暢(札幌市役所都市計画部地域計画課)
産業遺産の観光資源としての活用方法の変容
P16
-日本の「鉱業遺産」にみる価値の構築と受容の分析から◎平井 健文(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻)
函館ベイエリアの明日を考える 2014
P17
-(株)北洋銀行・(株)魚長食品・北海道教育大学函館校の金・産・学の連携事業をとおして◎青野 朋晃(北海道教育大学函館校国際地域学科)、佐々木 岳、池ノ上 真一
建設事業の事業地域における経済波及効果推計プロセス構築に関する研究
P18
◎伊藤 徳彦(一般社団法人北海道開発技術センター)、高野 伸栄
5
1
札幌市における有効空地・公開空地の利用と管理について
佐々木 暢*, 坂井 文**,越澤 明***
Mitsuru Sasaki*, Aya Sakai**,Akira Koshizawa***
Keywords: 特定街区, 総合設計制度,維持管理,札幌市
2.まとめと考察
1.研究の背景・目的・方法
我が国の都市部では、建築物の高度利用化を進める一方
1)人目につかない公開空地への駐輪などが見られたことか
で、市街地環境の整備を行うことが求められている。その
ら、建物の配置と有効空地及び公開空地の配置や規模、選
手法の中に、都市計画法に基づく特定街区と建築基準法の
定した建築材料、植栽の配置などが管理の状況に影響して
基づく総合設計制度がある。政令指定都市をはじめとする
いたと言える。有効空地と公開空地を適切に管理するため
多くの都市では、市街地環境の整備改善を行うことを目的
に、整備後に起こりうる課題を想定した上で、事前協議を
とし、特定街区では有効空地、総合設計制度では公開空地
行う必要があると考えられる。
2)管理者による制度の把握について、特定街区は管理者
が設置されてきた。
が制度について把握していない事例が多く見られた。一方、
札幌市においても両制度が運用され、有効空地及び公開
空地が設置されてきた。特定街区の運用件数は減少傾向に
総合設計制度は公開空地の管理実態に関する報告書の提出
あり、総合設計制度の運用件数は一時期増加傾向にあった
を札幌市が管理者に義務づけていることもあり、管理者が
が、現在は減少傾向にある。しかしながら、今後も両制度
制度について把握している事例が多く見られた。管理者の
の運用が続く可能性はある。また、既に設置されている有
制度への理解を向上させる方法として、行政側は有効空地
効空地及び公開空地の利用と管理は続いていく。そのため、 と公開空地の管理の状況について、報告書等を提出させる
ことが有効であると考えられる。
有効空地及び公開空地の利用と管理の状況について実態を
3)制度の運用に関して、特定街区は根拠法の変更が行わ
調査することは、私有の公的な空間を整備する上での課題
れたり、都市計画審議会を行う自治体と都市計画決定を行
に知見を与えると考える。
以上より、本研究では札幌市で運用された特定街区と総
う自治体が異なり、制度が運用された経緯を資料として保
合設計制度に着目し、有効空地と公開空地の利用と管理の
管されないことがあった。一方、総合設計制度は協議と許
実態について明らかにし、特定街区と総合設計制度の課題
可を同一の自治体で行うことから、制度が運用された経緯
について考察することを目的とする。
を示した陳述書を保管する体制がつくられていた。資料を
研究方法は、行政資料等の文献調査、札幌市地域計画課、 適切に保管するために、制度の運用は事前協議から決定及
庁舎管理課及び管理課と民間管理会社 9 社へのヒアリング、 び許可まで、一つの自治体が一貫して行うことが望ましい。
また、今後の制度改正に対応した資料の保管方法を検討し
現地調査による。
ていくことが必要であると考えられる。
図 有効空地の利用と実態の調査の例
*札幌市役所
**北海道大学大学院工学研究院
***一般財団法人住宅生産振興財団
6
City of Sapporo
Graduate school of Eng., Hokkaido Univ., Ph.D.
The Machinami foundation., Dr. Eng.
2
小学校における札幌らしい交通環境学習推進事業の取り組み
稲村 輝*
Hikaru Inamura*
Keywords: モビリティ・マネジメント、交通環境学習
生を除いた各学年での研究授業の実施、③教諭が主体とな
1. 背景
札幌市では、運輸部門からの二酸化炭素の排出割合が高
った授業の実施、④指導案集の作成、副読本作成について
く、また将来的に公共交通の利用率の低下が見込まれてい
の検討、Webプラットフォームによる情報提供、教諭を
る。このような状況の中、公共交通を中心とした環境に優
対象とした
「札幌らしい交通環境学習フォーラム」
の開催、
しい交通体系の確立が重要であり、「札幌市まちづくり戦
⑤こども環境情報紙エコチルと連携した公共交通について
略ビジョン」、「札幌市総合交通計画」において、過度な
考える作文コンクールの実施、交通事業者と連携した体験
自動車利用を抑制し、公共交通の利用を促進するモビリテ
学習の実施、学識経験者・行政機関等との連携体制の継続
ィ・マネジメントを今後の公共交通に関する施策として位
である。
置付けている。
4.26 年度の取り組み
このような背景のもと、小学生のときから公共交通の重
要性を認識し、積極的に利用するという交通行動を身に付
26 年度の取り組みとして、交通環境学習の拡大を図る
けられるよう、小学校における札幌らしい交通環境学習推
ため、3 年間の研究授業の結果等を踏まえ、小学校 3 年生
進事業を平成 23 年度に開始した。
向け副読本を作成することとした。教諭が執筆を分担して、
案を作成し、研究授業での検証も加え、26年9月に完成し
た。副読本は、3 年生社会科単元「もっと知りたいみんな
2. 検討体制
23 年度から 3 か年にわたり(公財)交通エコロジー・
のまち」及び同「さぐってみよう昔のくらし」に対応した
モビリティ財団の支援を受け、学識経験者、学校関係者、
ものとなっており、公共交通の良さや路面電車、バス、地
交通事業者及び行政機関の担当者等で構成される「札幌ら
下鉄の移り変わりなどを学べるものとなっている。札幌市
しい交通環境学習検討委員会」において、学習プログラム
内204 校の3 年生約1 万4 千人の児童に10 月に配布した。
等の検討を行ってきた。また、委員会に設置した小学校教
5. 今後について
諭を主体とするワーキンググループでは、授業内容の検討
を行った。26 年度からは、学校関係者で構成される「札幌
本取り組みは、小学校教諭が主体となり、学習指導要領
らしい交通環境学習プロジェクト」を立ち上げ、取り組み
を踏まえた学習プログラムを構築し、さらに、副読本や指
を継続している。
導案、教諭が授業で提示する資料等も作成していることか
ら、小学校における持続的実践の可能性が高いと考えてい
3. 25 年度までの取り組み
る。今後も関係団体等と連携しながら、交通環境学習をよ
(1)目標
り多くの小学校に広げ、過度な自動車利用が引き起こす社
会的ジレンマ問題の解決につなげていきたい。
交通環境学習を推進するに当たり、3 年間の目指すべき
方向性として、①学習指導要領と連動した学習プログラム
の開発、②1 年生から 6 年生まで、各学年におけるMM教
育の実施、③教諭が主体となった授業の実施、④札幌市内
小学校へのMM教育の広がり、⑤関係団体等の連携体制の
構築という 5 つの目標を立てた。
(2)実施結果
25年度までの3年間の実施結果は、①②教諭を主体とす
るワーキンググループでの学習プログラムの検討、③2 年
*札幌市市民まちづくり局(City of Sapporo Community Development & City Planning Bureau)
7
3
再開発等促進地区計画の住宅整備区域における公共空地に関する研究
-札幌市における利用管理に着目して-
新谷 綾一郎*, 坂井 文**
Ryoichiro Shintani*, Aya Sakai**
Keywords: 事前協議, 維持管理協定, 集合住宅, 地区施設, 1号施設
多く訪れ、防犯上の課題や、施設破損が多く見られた。
1.研究の背景・目的
3.まとめ
都市の高密化が進む中で、良好な都市環境の維持創出を
調査結果から公共空地の利用管理状況および住環境に対
目的に、多くの容積緩和型の制度が設けられてきた。
1988 年に創設された再開発地区計画では、工場跡地や鉄
する影響は、
各地区の土地利用ごと異なる傾向が見られた。
道跡地などの大規模空閑地を対象に、高度利用・複合市街
調査結果から、公共空地の利用管理における課題として、
以下の3点が挙げられると考えた。
地の形成を目的としている。その際に必要な公共施設を、1
号施設・地区施設(以下公共空地と表記)として民間の建
(1)維持管理費
築物または敷地の一部に指定する。計画には事前協議を行
維持管理費に関する課題は、2 点挙げられる。
うことで、地区内の一体的な公共施設整備を可能にした。
1 点目は、管理責任者の費用負担である。通常の分譲住宅
制度導入から 26 年を経て、
全国で 200 を超える地区で决
部分であれば、多くの事例や、一定の利用者という初期条
定がなされている。札幌市においても全国政令指定都市の
件から維持管理費の予測がある程度可能であるが、平岡地
なかで最も多い 14 地区での决定がなされ、
整備から時を経
区に見られるように管理費用削減のために閉鎖される公共
た地区の数も増加している。当初は商業・業務用途への転
空地も発生しており、公共空地の管理については予測が難
換が主であったが、近年では住宅整備が行われる事例も増
しい。
また桑園地区のように、
外部利用者による破損など、
加している。住宅整備区域においては、公共空間の質が居
立地により想定外の費用負担が生じる可能性がある。
(2)管理体制の引き継ぎ
住環境に密接に関わっていると考えられ、公共空地の維持
管理をめぐる実態を明らかにすることは当面の課題である。 集合住宅においては、整備主体と管理主体が異なること
そこで本論では、札幌市における再地区による住宅整備
が主である。実際の管理主体である住民は、制度等に関す
区域における公共空地を対象として、利用管理状況を明ら
る理解が十分でない状況があり、本来恒久的に維持される
かにし、適切な制度運用方法および公共空地のりよう管理
必要がある公共空地が閉鎖される状況等も生じている。
方法について考察を行うことを目的とする。
研究の方法は、
(3)未整備地
行政資料・文献の調査、現地調査、公共空地の利用管理主
同制度は大規模空閑地を主な対象としており、全ての区
域を整備するまでに長期間を要する。そのため多くの未整
体へのヒアリング調査とする。
2.現況調査
備地が発生することが見込まれるが、こうした未整備地に
札幌市の全 14 地区のうち、分譲住宅の整備が行われた 7
おいては日常的な維持管理が行われず、環境の悪化や無断
駐車・無断駐輪が生じている状況が多く見られる。
地区の事例から、住宅高度利用地区・住宅業務複合地区・
4.考察
商業業務集積地区の類型により、平岡中央地区・学園前駅
周辺地区・JR 桑園駅周辺地区を対象として調査を行なった。 公共空地の整備には、各地区の傾向に合わせた計画が必
平岡地区では、他の地区と比較し、より有機的なの整備
要であり、事例の蓄積とその知見を活かした事前協議が行
がおこなわれた。一方で、住民活動などで活用されること
われることが望ましい。まず第一として、適切に事業の評
は少なく、一部管理が適切でない状況も見受けられた。
価を行なっていくことが求められる。また、住宅敷地内の
学園前地区では、複合用途の緩衝となるように公共空地
公共空地は、容積緩和の対象となっているが、居住者にそ
が整備、活用されていた。地区広場は、外部と適切な緩衝
の意識がみられない状況である。今後は行政や事業者が中
を設けることで住民にも積極的に活用されている。
心となり、管理を行う方針の明文化や、地区内で一体の組
織づくりを行うことで、自立的かつ持続的な利用管理が可
桑園地区では、商業用途の導入により住民に供する公共
能な「枠組み」をつくり提供することが求められる。
空地整備には制約が見られた。また立地上、地区外の人が
*北海道大学大学院工学院修士課程・Master’s course., Graduate school of Eng., Hokkaido Univ.
**北海道大学大学院工学研究院准教授・Ph.D・Assoc.Prof.,Graduate school of Eng., Hokkaido Univ., Ph.D.
8
4
札幌市における都市計画提案制度の運用と活用
今瀧 亞久里*, 坂井 文**
Aguri Imataki*, Aya Sakai**
Keywords: 地区計画,合意形成,未利用地,高さ規制,高齢化,既存不適格建築物
これらの中には、時代の変化に対応できていない都市計画
■研究の背景と目的
の問題に関する提案もあり、そうした都市の問題に対する
近年、まちづくりの住民参加が多様性を増すなか、平成
15 年に創設された都市計画提案制度によって、土地所有
制度運用が多いことが特徴の一つとしてあげられる。また、
者やまちづくりに関わる NPO 等が都市計画決定権者に都市
こうした都市の問題は提案地区以外でも発生しており、市
計画提案をすることが可能となった。この制度によって、
は共通の課題として対応が求められると思われる。よって、
それまで受け身だった住民がより主体的な立場で積極的に
本研究では各問題における提案制度の利用の実態を整理し、
都市計画に関わることが期待されている。しかし、現在全
その成果と課題を明らかにする。
国 71 都市(平成 23 年度)で制度が運用され、151 件の提
本研究の調査では都市の問題の解決のために提案制度を
案が行なわれたが、その中で複数の提案があった都市は
利用した事例の中から、多くの地区で同様の提案が行なわ
33都市である。大半の都市では1件の提案実績しかなく、
れた問題として、未利用地問題への対応、マンション問題
5 件以上の提案があった都市は 6 都市に限られため、多く
に端を発する高さ制限の導入を対象にする。さらに、今後
の都市では都市計画提案制度の利用が活発化していない状
より一層問題が増加し対応が求められる問題として、高齢
況にあるといえる。
化問題に対応した提案、既存不適格建築物の建替に関する
提案を対象にする。
そうした中、札幌市では平成 25 年までに21 件の提案が
あり、全国最多の実績を有している。これは、次点の都市
■まとめ
の倍以上の提案数である。制度運用開始から 10 年が経過
本研究で明らかになった都市計画提案制度の成果と課題
し、制度の運用の実態と課題を明らかにすることは意義が
は 3 点が考えられる。
あると考えられる。また、提案数の多い札幌市の運用実態
第一に、ある地区の提案制度の利用が他地区での提案制
に着目することは、制度の活発な利用を考察する上で意義
度の利用の契機になることや、情報等の活用があることと
があると考えられる。
そこで、本研究は札幌市における都市計画提案制度の運
いった、波及的な効果がある。この様な事例では、住民同
用に着目し、その実態と方針、制度運用の課題を明らかに
士の連携が見られるなど効果的である。こうした効果の促
し、提案制度の活発な利用と全国的な普及に向けた方策の
進のためには提案制度の情報をより一層活用しやすい体制
考察を行うことを目的とする。
が求められると思われる。
第二に、都市計画決定の内容に柔軟性が見られることや、
決定にかかる期間が行政主導の場合よりも迅速な場合が見
■本研究の研究対象地区
られることがある。しかし、住民の合意形成の過程が疎か
札幌市の提案制度を利用した21件は図1の通りである。
になる可能性や提案者自身の負担が大きくなることは課題
であり、行政としては合意形成過程の重要性の周知や人的
な支援の方策などが求められると思われる。
第三に、提案制度の利用によって、地区住民による協議
会の設立など住民の自主的なまちづくり活動に繋がること
が見られる。しかし、そうした住民の活動の多くは、提案
制度の利用を目的とした一時的なものであり、継続的な活
動に発展しにくい点に課題があると思われる。
*北海道大学大学院工学院修士課程
(Master s course. , Hokkaido University)
**北海道大学大学院工学研究科准教授・Ph.D. (Assoc.Prof. , Hokkaido University,Ph.D.)
9
札幌市北3条広場の整備
5
-新たな憩いとにぎわい創出の場-
犬丸 秀夫 , 宗像 麻衣子
Hideo Inumaru , Maiko Munakata
Keywords: 札幌の魅力を発信、民間活力導入、広場条例、エリアマネジメント
(4) 空間特性
1、趣旨
都心部のまちづくりは、「都心まちづくり計画」
(平成
札幌の観光資源であるとともに歴史的資産である
14 年策定)及び、それを補完する「さっぽろ都心まちづく
北海道庁赤れんが庁舎前に位置し、イチョウ並木
り戦略」
(平成 23 年策定)に基づき、世界に向け札幌の魅
や木塊レンガが現存している、歴史的にも景観的
力を発信し、市民生活を豊かにする都心の創出を目指して
にも優れた価値を有する空間となっている。
いる。この考えに基づいて、都心部で展開されている公共
(5) 整備手法
空間の整備の1つである、「札幌市北 3 条広場」が平成26
整備にあたっては、隣接ビルの建設を行った三井不
年7月19日にオープンした。この場所は、かつて都市計画
動産株式会社及び日本郵便株式会社がビル建設を機
道路「北 3 条通」として利用されていたが、都心をにぎわ
会とした公共貢献の一環として実施しており、全国
いあふれる空間とするため、さまざまな利用が可能な広場
的にも珍しい公共施設整備の手法で、民間活力導入
に生まれ変わった。
のモデル事業となるものである。
3、運営管理
広場を公の施設として位置付けるとともに、柔軟な
活用(イベントの実施、オープンカフェの設置など)
を可能とするため、札幌市北 3 条広場条例(平成 25
年札幌市条例第 38 号)を制定した。
また、施設の運営・維持管理については、民間ノウ
ハウの活用等によるサービス向上及び経費の節減を
図るため、指定管理者制度を導入しており、広場の
指定管理業務は、隣接する札幌駅前通地下広場の指
【札幌市北 3 条広場の様子】
定管理者でもある札幌駅前通まちづくり株式会社が
行っている。札幌駅前通地区のエリアマネジメント
2、整備概要
を実践している同社の運営によって、広場だけの取
(1) 供用開始
組にとどまらず、地下広場との連携や同地区全体の
平成 26 年 7 月19 日(土)
にぎわい創出につながる活動が期待されている。
(2) 施設概要
位置:札幌市中央区北 2 条西 4 丁目及び北 3 条西 4
丁目(西 5 丁目線から札幌駅前通までの区間)
延長:約 100m
標準幅員:約 27m
面積:約 2,800 ㎡
(3) 設置目的
都心のみならず札幌の魅力・活力を高め、豊かな市
民生活の実現につながることを目的に、道路を広場
とすることにより、さまざまな活動や気軽に憩うこ
とができる空間を設置。
【活用事例:SAPP‿RO Flower Carpet 2014】
所属 札幌市市民まちづくり局都市計画部都心まちづくり推進室
City of Sapporo Community Development & City Planning Bureau Urban Planning Department Urban Development Promotion
Office
10
6
震災被災地における「負の遺産観光」に関する利害関係者の意識
- 中国四川大震災後の北川羌(チャン)族自治県を事例として-
王 金偉*
WANG Jinwei*
Keywords: 地震, 負の遺産, 観光資源化, 利害関係者
Ⅰ.はじめに
を傷つける恐れがあることである。実はこの点は利害関係
2011 年3 月11 日にM9.0 規模の東日本大震災が起き、東
者も認識している。次に、自然環境への負荷である。もと
日本一帯に甚大な損害を与えた。しかしそれに伴い、多く
もと北川県は生態系の回復力が弱い地域であり、地震の影
の遺構や爪跡が貴重な負の遺産として残された。どのよう
響と、さらに後の観光開発によってもたらされた環境変化
にこれら「負」の遺産を「正」に転換し、復興に役立たせ
により、敏感な生態系が不安定な状態にある。さらに、地
るのか、また、その負の遺産は観光資源化すべきなのかと
元住民を政府や企業が軽視する状況も見てとれる。観光開
いう点について、多くの学者も課題視しているが、それら
発の計画段階で、住民側の意見は充分に反映されず、また
の議論は十分なされているとは言い難い。なぜなら、負の
雇用への影響も限定的である。防災教育やビジネスについ
遺産の観光資源化が被災者などの利害関係者に与える心理
ての教育も徹底されず、地元住民が観光資源化に不満をも
的かつ倫理的な影響を配慮しなければならないからであり、 っている。
この点については、世界各地の先行事例から学ぶことが重
以上に述べたような問題を解決していく上で、次のよう
な課題が挙げられる。まず、政府や企業はコミュニティ、
要であるといえる。
そこで本稿では、2008 年に起きた、M8.0 の四川大地震
特に犠牲者の家族の気持ちを最優先に配慮し、過度な商業
で甚大な被害を受けた中国の北川羌族自治県(以下「北川
化を防ぐなど、被災者に心理的な障害を与えないようにし
県」と略す)を事例に取り上げ、参与観察やインタビュー
なければならない。また、政府や企業、NGO などは、負の
を行い、「負の遺産観光」に関連の深い利害関係者のニー
遺産を観光開発する公益性と防災教育的意義を周知し、社
ズや期待を明確にしたうえで、「負の遺産観光」の現状と
会的合意を形成するとともに、利害関係者が各自の責任と
課題に関する検討を試みた。
義務を明確にした上で、負の遺産の観光開発に協働して取
Ⅱ.結果と考察
り組む必要がある。最後に、「コミュニティ第一」の理念
先行研究を参考にしつつ調査した結果、
「負の遺産観光」 を固め、震災跡を真に所有する者としてのコミュニティの
の利害関係者は観光関連企業、観光客、コミュニティ、サ 利益を保護することである。これは観光の利益を地元に還
元する意味もあり、ひいては生態系を保全していくことに
ポーターの 4 種類に分けられることがわかった。
北川県においては、利害関係者の「負の遺産観光」に対
する観点は外部の者と食い違うことがある。現在、多くの
もつながる重要な課題である。
Ⅲ.おわりに
学者や政治家は犠牲者と被災者への不敬を避けるため、負
北川県の事例分析を通じて、東日本大震災の被災地に対
の遺産の観光資源化に反対している。それに対して、ほぼ
して以下のような点を指摘できるであろう。まず、事前協
全ての利害関係者は賛成の立場をとる。なぜなら、彼らは
議や協力体制を確立し、多くの利害関係者の意見を聴取し、
観光を通じて負の遺産の保護・活用を実践することで、震
ニーズや期待を十分に調査することが重要である。また政
災の記憶の風化が防止でき、さらに被災者の心の癒し、犠
府や企業には、国民に震災跡など「負の遺産観光」の公益
牲者への追悼や慰霊などの機会を提供できると考えている
性や、防災教育としての意義などを周知し、観光開発への
からである。加えて防災教育への貢献や雇用、ビジネスチ
偏見や誤解を解くことが求められる。さらに、負の遺産の
ャンスの拡大も見込まれる。さらに、彼らは「負の遺産観
観光資源化を震災復興の手段とする事に関する社会的な合
光」には潜在的な成長力があると考えているため、その未
意を得ることが重要である。最後に、負の遺産や生態系の
来に大きな希望を抱いている。
保全と観光開発を両立させることが最も重要である。以上
一方で調査の結果、以下のような問題が指摘できる。ま
ず、前述したとおり、負の遺産の観光資源化が被災者の心
のことから、復興や防災教育、および後世に災害の記憶や
遺産を残す効果が期待できよう。
*北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院
Graduate School of International Media, Communication and Tourism Studies, Hokkaido University
11
7
まちの記憶整理事業
- 地域性を重視した区画整理事業の提案 -
松浦裕馬*,押木祐生**今瀧亞久里***,小池温絵****,花房総一郎*****
Yuma Matsuura*, Yuki Oshiki**,Aguri Imataki***,Harue Koike****,Souichirou Hanabusa*****
Keywords: 区画整理事業 , 歴史性の継承 , 駅前開発 , 中間領域 , ソーシャルキャピタル
を導入し使い続けていくことであるが、今回はその概念を
■Site:篠路駅東口周辺地区
篠路は札幌市の都心より約 8km に位置する札幌市の地域
都市に用いる。
中心核である。札幌でも古い歴史を持つ篠路地区は、1955
従来の区画整理・再開発事業のように、経済性や利便性
年に札幌市と合併するまで篠路村として自立していた。農
の追求により、まちの らしさ を無視した、画一的な整
業地帯として発展し、現在も農地と隣接する傍ら、郊外住
備手法による、画一的な景観が創出される事には問題があ
宅地として多くの人口を要する。
ると考える。われわれは篠路駅前の持つ、歴史的な中心性
近年、篠路駅の東口周辺地区にて、区画整理事業の計画
とそのポテンシャルに着目し、篠路駅前だからこそ必要な、
策定が進行中である。篠路駅東口周辺地区は、札幌軟石や
人々の生活と使い方に密着した地区の在り方と事業方法を
赤煉瓦を使用した蔵など、農業を基幹に発展して来た篠路
考える。最終的に篠路への愛着や誇りが育まれるまちづく
独特の風景を残しつつも、狭隘な道路や低未利用地、駐輪
りを住民とともに形成していくことを目標とする(図 1)。
場の不足や駅前広場の必要性等、生活利便性への課題を抱
■Strategy:街並を維持しつつ創出される中間領域
-土地に付与される新たな価値「ソーシャルキャピタル」従来の区画整理事業は既存の建物を取り壊し、建て替え
■問題意識:歴史性喪失の危惧
る事を前提として減歩、換地設計が行われてきた。従って
篠路駅東口に対し篠路駅西口地区も多くの蔵が立地して それまでの街並が、区画整理事業が行われる事で失われて
いたが、東口地区同様に生活利便性への課題を抱えていた。 しまう事が多々あった。それに対し、本提案では既存の地
そういった背景から篠路駅西口にて再開発事業が行われ、 割や建物の配置を出来る限り維持し、建物の建て替えも最
2009 年に完了した。しかし、この事業によりかつての農 低限に抑える。その際、広場や道路拡幅等の生活利便性改
地区をネットワーク化させる
「中
業倉庫は取り壊され、ロータリーやマンションに取って代 善の為の公共用地と共に、
間領域」を整備する(図 2)
。
わった。利便性と経済性を追求した事業手法によって、あ
従来の区画整理事業は、減歩による土地の整形、周辺の
りふれた景観が誕生し、 篠路らしさ がまた一つ失われ
都市インフラ の整備が進む事で「減歩後の土地=減歩
たのではないだろうか。
前の土地」となる事が前提とされてきた。それに対して本
一方、篠路駅東口では区画整理では再開発の反省を踏ま
提案では、減歩により、公共用地と共に創出された中間領
え、篠路らしさを考え、誇りを持てるまちづくり Civic
域における様々な活動や交流が、ソーシャルキャピタル
Pride の実現を目指すべきであると考える。
(人間関係資本)という新たな価値を生む 心のインフ
えている。
ラ となる。それによって「減歩後の土地の価値>減歩前
■Concept Proposal「篠路のリノベーション」
リノベーションとは古くなった建物を壊さず新たな価値観
図 1.中間領域にて創出される賑わい
の土地の価値」
となり、地域全体のCivicPride が形成され
ていく。
図 2.本提案における減歩
*, **,*** 北海道大学大学院工学院空間性能システム専攻建築システム講座修士課程(Hokkaido University)
****, ***** 北海道大学工学部建築都市コース(Hokkaido University)
12
8
Rebirth
- 場所性と強く結びついた生活空間の再生に向けた河川空間の提案-
山崎 嵩拓*, 寺川 真未*, 新谷 綾一郎*,桑澤 昇平**
Takahiro Yamazaki*, Mami Terakawa*, Ryoichiro Shintani*, Shohei Kuwazawa**
Keywords: 河川空間、都市デザイン、篠路、場所性
3.水際を使いこなしたまちづくりの提案
1.篠路地区と旧琴似川
札幌市の北東部に位置する篠路地区は、札幌の中でも比
篠路駅に近接し、河川空間と生活空間が比較的近い距離
較的早い段階から集落を形成してきた場所である。集落形
にある街区を今回の提案の対象地とした。当街区は管理さ
成期から、まちの中心部に流れていた琴似川(現在の旧琴
れていない河畔林が生活と河川の距離を広げている他、沿
似川)は物流や食糧生産の用水の利用など、篠路の人々は
川の土地利用は空地・駐車場化が目立ち、建築物の老朽化
川の魅力を享受した生活を営んでおり、暮らしの中心には
が問題視され、街区単位での更新が求められている。さら
旧琴似川があったといえる。
に街区西側に面する道での拡幅や、隣接する街区における
その後、宅地化が進む状況下でも旧篠路川を中心に市街
地形成は進められてきた。しかし、放水路が新設されたこ
と、川から離れた場所での大規模な宅地造成が進んだこと
区画整理が予定されており、周辺環境が大きく変わる敷地
である。
本提案では、水・緑・地形によって構成された特徴的な
もあり、「川のまち」としての面影は薄れつつある。
空間である水際を建築の敷地内に取り込んだ整備を行い、
2.旧琴似川の現状
生活と河川の物理的・心理的距離を密にすることで、場所
篠路地区には旧琴似川を含め、大小複数の河川が貫流す
る。例えば旧琴似川放水路は、大雨・増水時の放水を行っ
に根付いた生活空間の再生を以下の手法により実現する。
①公共空間として水際を使いこなす
て洪水被害を防ぐ
「防災」
機能をもった河川である。また、
川の両岸を取り囲む公共空間を設置することで、川をま
五ノ戸の森を流れる伏籠古川は多様な生態系の生息地とな
たいだ新たな動線を生み出し、水と人の流れが交わる「川
っており、「環境」機能を有しているといえる。対して旧
のまち」篠路の拠点を作る。
琴似川は河道が狭められており、現在は水の流れを失って
②生活空間として水際を使いこなす
いる。かつては生活に欠かせない河川であり開拓の基軸と
現在の住居は、道路を中心に建築物の配置が決定される
して機能していた川でも、現在は位置づけが曖昧なものと
場合が多い。この配置では川との間にデッドスペースが生
なっている。
まれ、物置等が設置される傾向がある。そこで、川に向け
旧琴似川の河川区域に面する土地利用を見ると、空き地
た建物配置をすることで水際の使いこなしを促進させる。
や駐車場が目立っており、資材置き場として利用されてい
る例が複数存在した。川に面して建つ建築物も、その多く
が道路側に正面を設けており、川に対しては裏面を向けて
いる。このことは、河川区域の環境悪化を助長している。
また、流れのない淀んだ川にごみが放置されたまま残って
いる箇所も散見あった。
一方で河川に面した住宅の中には、河川区域を取り込む
ように活用する生活が見られた。河川区域内でのガーデニ
ングや家庭菜園を設けているものや、川に面する周辺住民
のみが私的に利用する橋が架けられるなど、水際をうまく
使いこなしている。また、旧琴似川沿いの一部では、コミ
ュニティガーデンの設置や、まちのボランティア団体が植
樹活動を行うなど、地区の人々が集い憩う場として利用さ
図 水際をつかいこなした生活空間(平面図)
れている。
*北海道大学工学院(Hokkaido University)
**北海道大学工学部(Hokkaido University)
13
9
札幌市中心部における空き家・空きビルを活用した宿泊施設の実態に関する考察
-ゲストハウスに着目して-
石川 美澄*
Misumi ISHIKAWA*
Keywords: 都市観光, 空き家活用, 宿泊施設, 個人旅行者
なお、11 月にはさらに 2 軒の GH が開業予定だが、それぞ
1.研究の目的と背景
本発表の目的は、札幌市中心部における空き家・空きビ
れの所在地は豊平区と北区の予定である。
ルを活用したゲストハウスと称される宿泊施設の分布と経
年変化を整理した上で、今後の札幌市における都市観光と
ゲストハウスのあり方について考察することである。
近年、国内の都市部や観光地を中心に、相部屋や素泊ま
表 1 札幌市中心部における GH の概要
No.
所在地
許可年月
開設者
以前の
物件用途
GH-A
白石区
2001.11
個人
集合住宅(1 棟)
りを基本とした比較的低価格で利用できるゲストハウスや
GH-B
中央区
2008. 9
法人
戸建て
バックパッカーズホステルと称する宿泊施設(以下、GH と
GH-C
中央区
2009. 2
個人
集合住宅(住戸)
略記する)の開業が相次いでいる。札幌市中心部も例外で
GH-D
中央区
2009.11
個人
戸建て
GH-E
中央区
2010.12
個人
集合住宅(住戸)
戸建て
はなく、2001 年を皮切りに小中規模の GH 開業が確認され
GH-F
中央区
2012. 2
個人
る。特に、2000 年代後半からは毎年のように GH が開業し
GH-G
中央区
2013.10
個人
戸建て
ている。
GH-H
中央区
2013.12
法人
宿泊施設
この現象の背景には、訪日外国人旅行者(とくに個人旅
※札幌市における環境衛生営業施設一覧の「旅館(旅館・ホテル等)
」
(2014
年 9 月現在)ならびに筆者による新聞・雑誌記事分析を基に筆者作成。
行者)の増加や LCC(格安航空会社)就航に伴う宿泊需要
の高まりという社会動向が関係していると推察される。ま
た、GHはWi-Fi環境が整っているという利便性、滞在費を
安く抑えられるという経済性などの理由から訪日外国人旅
行者のみならず、日本人旅行者からも一定の支持があると
考えられる。しかしながら、GH の動向や実態に関する先
行研究は限られていることから不明瞭な点も多い。
4.都市観光における GH の役割と課題
ニューヨークやバンコクといった都市ないし主な観光地
では、高価格でプライベート空間を重視したホテルから低
価格帯でコモンスペースなどが配されている GH まで多種
多様な宿泊施設がみられる。そのため、旅行者は個々の金
銭面や TPO、価値観に応じてそれらの中から滞在先を選択
できる。
2.方法
一方、GH が登場するまでの札幌市では、旅館の多くは
本研究は、GH 経営者に対するヒアリング調査、GH に関
する新聞・雑誌記事および個々の GH が発行しているフラ
イヤーなどのメディアの収集・分析、参与観察などの調査
方法を採用している。
定山渓温泉エリアに集積しており、中心部での宿泊滞在は
シティホテルやビジネスホテルないし数軒の民宿・ペンシ
ョン・ユースホステルから選択するほかなかったと考えら
れる。札幌市における都市観光を発展させていくためには、
多様な選択肢を用意することが重要となる。空き家等を活
3.札幌市中心部における GH の概要
用した GH の出現は、今後の都市観光のあり方を検討する
2014 年 9 月末現在、札幌市中心部では 8 軒の GH が営業
している(表 1 参照)。これら 8 軒は、いずれも戸建や集
合住宅、廃業となったビジネスホテルなどの空き物件を改
装改修して営業している。各 GH の定員は規模によって異
なるが、おおむね 10 数名∼30 名までと比較的小規模であ
る。また、2000 年以降、札幌市内で最も早期に GH を開業
した表 1 の GH-A は白石区に立地しているが、それ以外の
上で重要な役割を果たすものと思われる。
今後の課題としては、①中央区以外の場所で営業してい
る GH の経営者の意図を整理すること、②GH 同士あるいは
GH と他の宿泊形態による過度な価格競争や一時期みられ
た「ペンションブーム」のように乱立したのち廃業する例
が後を絶たないという現象に陥らないためにも、個々の経
営者の実践や考え方の把握・分析が挙げられよう。
GH は中央区(すすきの・大通エリア)周辺に集中している。
*共栄大学国際経営学部(Kyoei University)、北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士後期課程(Hokkaido
University Graduate School of International Media, Communication, and Tourism Studies)
14
10
札幌市における民間都市開発に係るデザイン誘導等の仕組みについて
- 都心部における土地利用計画制度と連動した誘導事例 -
勝見 元暢*
Motonobu Katsumi*
Keywords: 土地利用計画制度, デザイン誘導, 協議調整
れた。
1.はじめに
人口減少時代を迎え土地利用需要が低下する中、都市
本事例は、特定の建築計画に関して、事業者等の協力
空間の質の向上を図るためには、個々の建築行為の機会
のもと協議調整を重ねて誘導を図ったケースであるが、
を捉えたデザイン誘導の重要性が高まると考えられる。
不特定多数の建築行為を対象とする面的なデザイン誘導
本発表では、土地利用計画制度と連動した協議調整の
を行おうとする場合は、協議の根拠を規定することが検
仕組みにより良好な空間形成を誘導した事例を報告す
討課題となる。
(2) 都心創成川東部地区
る。
当地区は、都心の東側に位置し、歩道や公園等の都市
基盤が不足している状況の中で、マンション等の建設が
2.建築計画の協議調整に係る一般的な法制度等
一般的に、行政が建築計画に何らかの形で関与し、デ
進む動向が高まっていた。この動向を適切に誘導し、良
ザイン誘導を図る仕組みとしては、建築基準法の総合設
好な市街地環境の形成を図るため、41.7ha のエリアを
計制度に基づく許可や、景観法に基づく届出における協
対象に地区計画(H18 都心創成川東部地区地区計画)を
議調整があげられる。
決定した。
しかしながら、これらの協議調整は、既決の都市計画
地区計画では、敷地内にオープンスペースを確保する
を前提に建築主からの個別申請をきっかけとしてなされ
こと、生活利便機能を設けることなどの地域貢献に応じ
るものであり、協議前に建築計画もある程度練られてい
た容積率制限の緩和規定を定めるとともに、緩和対象を
る例も多いことから、都市計画の視点からの誘導という
「充分な緑化を図ることにより周辺市街地環境の向上に
点では限界がある。
寄与すると市長が認めた建築物」とすることで、認定協
議の根拠規定を地区計画に定めている。
これにより、個別の建築更新について協議調整を行う
3.地区計画の新しい活用手法による協議調整事例
こととなり、市街地環境の向上に寄与する建築行為が積
(1) 北2西4地区
当地区は、札幌の目抜き通りである札幌駅前通に面し、
み重なり、H26.10 までに 15 棟の誘導が図られた。
また、国の重要文化財に指定されている北海道庁旧本庁
同様の仕組みは、その後、大通交流拠点地区地区計画
舎(赤レンガ庁舎)の正面に位置する街区で、札幌の都
(H19)
などにも導入しており、都心部の重要なエリアで
心部にとって極めて重要なエリアである。
質の高い空間形成がなされていることから、デザイン誘
開発プロジェクトでは、誘導用途の導入、駅前通公共
導の有効な仕組みであると考えられる。
地下歩道への接続、展望スペースの整備、DHCプラン
トの整備などの公共貢献を評価し、容積率制限を緩和す
4.おわりに
これらの土地利用計画制度と連動したデザイン誘導の
る都市再生特別地区の都市計画決定を行っている。
都市計画決定にあたっては、
「企画提案書」
の形式で、
市と事業者との間で整備内容をあらかじめ共有した上で、
仕組みは、様々な応用が可能であり、都市空間の質の向
上に寄与できるものと考えられる。
地区計画(H19 道庁東地区地区計画)において地区施設
本報告の事例は、いずれも都心部におけるもので、容
や建物用途等を地区整備計画に定めて担保しているが、
積率緩和をインセンティブとして誘導した事例であるが、
具体的な制限としては定められない建築計画の詳細に係
例えば、住宅地や駅周辺等の拠点においても、各市街地
る内容についても、地区計画の方針として定めている。
の目標や課題に合った協議調整の方向性を見出すことに
この方針に基づき、H19 の都市計画決定から H26 の竣工
より、地域特性に応じた展開が可能と考えられる。
に至るまで協議を重ねたことで、質の高い空間が形成さ
*札幌市役所市民まちづくり局都市計画部・Urban Planning Department, Community Development & City Planning Bureau,
City of SAPPORO
15
11
産業遺産の観光資源としての活用方法の変容
- 日本の「鉱業遺産」にみる価値の構築と受容の分析から -
平井 健文*
Takefumi Hirai*
Keywords: 産業遺産,近代化遺産,炭鉱,価値,真正性,観光資源
1.本研究の背景
本研究の背景は以下の 3 点である.第 1 に,端島(軍艦
島)に象徴される近年の産業遺産に対する注目の高まりで
ある.第 2 に,産業遺産が「最後に残された地域資源」1)
として,地域振興,特に観光資源として活用される現状で
ある.第 3 に学術的背景として,国家の権力装置としての
写真1(左) マイントピア別子(端出場地区)の観光坑道
写真2(右) マイントピア別子(東平地区)の貯鉱庫跡
文化遺産批判を脱し,地域や企業の実践に目を向けた,産
4.志向性の変容の過程と構造:価値の構築/受容を例に
業遺産研究に対する人文科学的な新しい成果の蓄積である.
3.で示した内容の背景に,
まず国家の役割を指摘できる.
文化庁による近代化遺産という概念の創出と普及は,
「鉱業
遺産」の保全活用に大きな役割を果たした.特に文化庁が
2.本研究の目的と方法
1.の背景を踏まえ,本研究においては,社会的な変化を
受けて,産業遺産の観光資源としての活用方法が変容して
近代化遺産の全国悉皆調査を補助事業として展開したこと
が,各地域で産業遺産の文化的価値の気づきを促した.
いると仮定する.そして,その変容の過程を,産業遺産に
そして産業遺産が普及する中,国家は産業遺産を「現代
対する価値の構築と受容という観点から明らかにし,地域
の国家的紐帯を維持するツール」2)として用い,国民国家
での実践に対して示唆を得ることを目的とする.
の枠組みから価値を構築するが,一方で企業は自社の礎を
事例は,日本各地の鉱山・炭鉱跡を便宜的に「鉱業遺産」 築いた「聖地」としての「顕彰」という価値を構築するよ
と呼称して取り上げる.
「鉱業遺産」は,規模や地域に対す
うになった 3).
また地域住民は,
以上 2 者の文脈とは別に,
るインパクトから,産業遺産の代表例として考えられる.
地域形成への貢献,あるいはその過程での負の記憶までを
方法は,実地踏査と,現地での「鉱業遺産」の保全活用
内包して,
独自に産業遺産の価値を構築するようになった.
こうした価値構築の多様化に応ずるように,価値を受容
に関わる主体へのインタビュー調査を採用した.
する観光客の側も多様化している.従来型のレジャー施設
を楽しむ層から,一切の価値づけを排除して,美的対象と
3.事例の検証:レジャー施設志向から真正性志向へ
各地の事例の検証から,
「鉱業遺産」の観光資源としての
して産業遺産を鑑賞する 4)というあり方まで生じている.
活用方法に大きな変化があることを見いだせる.これを,
レジャー施設志向から真正性志向へと要約する.
すなわち, 5.「鉱業遺産」の北海道における新しい「実践」に向けて
1980 年代の「鉱業遺産」の活用とは,観光坑道や売店,土
4.で示した多様性を考える上で,価値の真正性に優劣が
産物屋の整備などの「レジャー施設化」を意味していた.
ないことに留意せねばならない.複数の主体による,多様
しかし 2000 年代以降では,
原姿保存,
ボランティアガイド, な真正性の構築/受容を担保することが,旧産炭地を多く
歴史的価値の明確化を基軸とした,
「真正性を保った保全活
有する北海道における「鉱業遺産」の活用においても今後
用」が志向されている(表,写真 1・2 を参照)
.
求められてくると考えられる.
表 日本の代表的な「鉱業遺産」の活用方法の変容
(夕張炭鉱跡を除いて,両者は現在において共存の関係にある)
【参考文献】
1)木村至聖
(2009)
,
「産業遺産の表象と地域社会の変容」
,社会学評論, 60(3),
415-432
2)山本理佳(2013),「
「近代化遺産」にみる国家と地域の関係性」,古今書
院
3)森嶋俊行
(2011)
,
「旧鉱工業都市における近代化産業遺産の保存活用過程:
大牟田・荒尾地域を事例として」,地理学評論,84(4),305-323
4)岡田昌彰(2003),「テクノスケープ:同化と異化の景観論」,鹿島出版会
「鉱業遺産 」
夕張炭鉱跡
レジャー型施 設
真正性型 施設・取組み
石炭の歴 史村
夕張市石 炭博物館
足尾銅山跡
足尾銅山 観光
足尾歴史 館
佐渡金銀山跡
史跡佐渡 金山(道遊坑 )
史跡佐渡 金山(宗太夫 坑)
生野銀山跡
史跡生野 銀山
史跡生野 銀山+「鉱石 の道」
別子銅山跡
マイント ピア別子(端 出場地区) マイント ピア別子(東 平地区)
*北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻 修士課程
Graduate Student, Dept. of Tourism Invention, Graduate School of International Media, Communication and Tourism Studies,
Hokkaido University
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函館ベイエリアの明日を考える 2014
-(株)北洋銀行・(株)魚長食品・北海道教育大学函館校の金・産・学の連携事業をとおして-
青野 朋晃*, 佐々木 岳**, 池ノ上 真一***
Tomoaki Aono*, Takeshi Sasaki**, Shinichi Ikenoue***
Keywords: 函館ベイエリア,観光,港町,産業遺産の再生,地域連携,産業連携
1.事業概要
当該事業は、港倉庫群を中心とした函館ベイエリア地区
の実態把握をとおして、当該地域の役割と今後の具体のあ
り方について提案することを目的とし、(株)北洋銀行、
(株)魚長食品、北海道教育大学函館校という金融業界・
産業界・学界の各セクターが協働して実施する PBL 型の教
育プログラムである。
2.背景と目的
函館は、夜景、朝市、イカといった全国的に有名な観光
図 1 箱館絵図(1808) 出典:北大北方資料室
資源をもち、年間約 500 万人が訪れる地域である。とこ
ろが本年 4 月には過疎地域指定を受け、人口減少が顕著
な問題となっている。他方、従来は自然地形や立地とい
った観点から、交流・交易の要衝であり、外部との交流
を前提に、自然と社会と人とが地域を動かし発展させて
きたメカニズムをもつ地域であったと言える。しかし、
現在の観光や都市計画の有り様を見ると、かならずしも
そのような地域特性を活かしているとは言い難い。
そこで本事業では、港町としての機能喪失の一因と言
われる青函連絡船廃止(1988)後に役割を終えた倉庫群
図 2 函館真景/浅野文輝(1882) 出典:北大北方資料室
などの産業遺産が立ち並ぶウォーターフロン
トの再開発で観光地として整備され、民間事
業者が中心に開発、運営されている函館ベイ
エリアを対象とし、当該地域への主要な出資
元である(株)北洋銀行や、約半分近くの土
地・建物の運営に携わる(株)魚長食品が史
資料や事業関連データ、現場の関係者や顧客
への調査機会の提供といった協働体制によっ
て取り組む。事業主体としては、北海道教育
大学函館校に拠点をおく地域づくり支援型の
学生組織「ユースフル函館」が、自然環境、
歴史、社会、経済、文化といった切り口から
調査分析を行い、ベイエリア地区・(株)魚
長食品、あるいは函館市や道南地域・津軽海
峡圏といった観点から、今後の方策について
図 3 函館ベイエリア地区等の航空写真 出典:Google マップ
具体的に提案することを目的とする。
*ユースフル函館,北海道教育大学函館校人間地域科学課程地域創成専攻
**ユースフル函館,北海道教育大学函館校国際地域学科国際協働グループ
***北海道教育大学函館校,講師,博士(観光学)
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建設事業の事業地域における経済波及効果推計プロセス構築に関する研究
伊藤 徳彦*, 高野 伸栄**
Norihiko Ito*, Shin-ei Takano**
Keywords: 公共事業,事業効果,経済波及効果,推計プロセス,地域産業連関表,建設部門分析用産業連関表
億円,雇用者所得額で 120 億円の誘発されていることがわ
1.はじめに
本研究は,地域経済の持続的発展に向け,事業の効果を
詳細に把握することのできるよう,先ず,事業地域内産業
かった.波及倍率は 1.455 倍であった.
4.おわりに
連関表と建設部門分析用産業連関表を用い,産業連関分析
ケーススタディから,工事の発注は全体工期 10 年のう
により,建設事業の事業地域における経済波及効果を,産
ち,3 年度目にピークを迎える一方,実際の工事はその翌
業部門別・工事部門別・暦年別に推計するプロセスを構築
年から本格化していること,また,本格化以降は,毎年安
する.次いで,過疎化の進む,地方部の高規格幹線道路整
定的に自治体予算と同額の域内需要が創出されていること
備事業でケーススタディを行い,推計結果の考察から,プ
等を論理的に示すとともに,これらの推計結果が経済セン
ロセスの有効性,妥当性を明らかにするものである.
サス等の各種統計と同様の傾向にあることを確認し、推計
土木工学ハンドブック(土木学会編)から,「プロジェ
プロセスの有効性,妥当性を明らかにすることができた.
クト実施に伴う事業効果の計測」を図-1 に示す.本研究は, その結果、推計プロセスを構築することができた.
プロジェクト(事業)の工事費から,資材費等や営業余剰
プロジェクト(事業)
等,賃金を経て,事業地域の,最終需要と生産額・所得・
雇用を計測するプロセス(図-1,黒太線)を扱う.
工事費
資材費等
用地・補償費
営業余剰等
賃金
2.推計プロセス
家計所得
本研究の推計プロセスの全体像を,2 年を工期とする,
2つの工種A・Bから構成される建設事業を例として,図-2
家計消費支出
に示す.特徴は,建設事業の経済効果を,各工事費に着眼
住宅投資
貯蓄
地域別最終需要(財・サービス)Y
し,工種・工期の情報を用いて,産業部門別・工事部門
産業間の波及
別・暦年別に,詳細に推計するプロセスを構築することに
ある.各工事の情報は,簡便に行えるよう,発注機関の入
財産所得
生産誘発効果
投入係数の逆行列
地域別生産額 X
札情報提供サイトから web 調査で把握する方法を採用し
た.
所得再分配効果
地域別所得 V
地域別雇用 E
雇用効果
3.ケーススタディ
高次効果
ケーススタディの建設事業は,北海道内における総延長
20km の1 種3 級の一般国道の自動車専用道路を整備するも
図-1 プロジェクト実施に伴う事業効果の計測
のである.事業地域は,2つの自治体から成り,平成26年
5 月現在の人口の合計は 2,500 人と公表されている.
事業地域内産業連関表は,事業地域を構成する 2 つの自
治体を域内とするものであり,筆者らが,国土交通省北海
道開発局の公表する産業連関表をベースに作成したもの
(平成 17 年生産者価格,17 産業部門)を用いた.建設部門
分析用産業連関表として,「一般分類表(平成 17 年生産者
価格,108 産業部門)
」を用いた.
推計の結果、年間総需要 234 億円の事業地域において,
高規格幹線道路整備事業により,6 ヶ年で,231 億円の建
設投資が成され,生産額で 336 億円,粗付加価値額で 168
*正会員 一般社団法人北海道開発技術センター調査研究部
**正会員 北海道大学大学院工学研究院北方圏環境政策工学部門
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図-2 推計プロセス
「景観とまちづくり」部門
No.
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17
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21
22
研究発表タイトル、◎研究代表者(所属)、連名者
掲載ページ
北海道美瑛町における田園景観の形成手法に関する研究
P20
◎麻生 美希(北海道大学 観光学高等研究センター)、宮城島 崇人
文化的景観の新たなモデルによる地域の魅力発掘とまちづくりに関する研究
P21
◎中林 光司(北海道大学大学院 国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻)
土地利用を横断する河川軸に着目した沿川景観特性に 関する一考察
P22
-恵庭市漁川を対象として◎山崎 嵩拓(北海道大学工学院都市計画研究室)、坂井 文
周辺環境に対する建物の建ち方から見る共有された設計主題
P23
◎宮城島 崇人(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻)
麻生 美希
フィジー共和国レブカにおけるコミュニティを基盤とした文化遺産マネジメントに関する研究
P24
-世界遺産都市における文化遺産マネジメント状況調査報告◎山崎 弘(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻)
八百板 季穂
開発途上国における旧市街地保全の意義 -ヨルダン国旧首都サルト市の挑戦と課題P25
◎花岡 拓郎(北海道大学 観光学高等研究センター)、Lina Abu Salim、大槻 洋二
台湾台南市五條港歴史的都市街区の保全と観光に関する研究
P26
-住民と地域マネジメント組織の視点から◎許 玉萱(北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻)
西山 徳明
電線電柱類が農村・自然域の景観に与える影響と効果的な対策手法について
P27
◎岩田 圭佑((独)土木研究所寒地土木研究所 地域景観ユニット)、松田 泰明
平取町のアイヌ文化と重要文化的景観の保全・活用について
P28
-沙流川流域の自然・文化資源と地場産業を活かした持続的な産業の創造を目指して◎貝澤 一成(平取町アイヌ施策推進課)
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北海道美瑛町における田園景観の形成手法に関する研究
麻生 美希*, 宮城島 崇人**
Miki ASO*,Takahito MIYAGISHIMA**
Keywords:景観形成、開拓、農業、田園、
農家の建物が顔をのぞかせ、遠景には十勝岳連峰が見える
1.研究の背景と目的
2004 年に制定された景観法は、地域の景観特性を保全
という独特の田園景観を生み出している。起伏に富んだ地
し伸張させる法制度として、多くの都道府県や市町村に導
形の中を道路網が広がっており、道路を起点として見える
入されている。景観法は、景観形成を行うエリアを設定し、 景観は変化に富んでいる。
必要に応じてそれぞれの自治体の景観特性や景観形成の方
3.景観形成の手法
針に基づき区域区分し、一定規模以上の開発行為等に対し
美瑛町独特の田園景観の保全をするためには、特に丘の
て届出制度を設け、区域ごとに定められた基準に基づき開
上で行われる開発行為をコントロールする必要がある。し
発行為の指導を行う枠組みを持つ。多くの自治体がこの枠
かし丘と沢とは表裏一体であり、その起伏は細かく、丘陵
組みで景観形成を行っているが、2 つの点において、この
景観が広がるエリアを明確に特定しにくい。また、特定の
枠組みがどこまで景観を形成する上で有効なのか疑問が残
眺望景観を保全するにあたり、視点場からの距離では景観
る。一つは、どの地域においても景観特性に基づく明確な
への影響の強弱を計ることはできない。近い場所での開発
区域区分が可能なのか否かという点、もう一つは、最低限
でも沢に立地していれば景観に影響を与えない一方で、遠
守るべき基準を設定するだけで魅力的な景観を形成するこ
い場所での開発でも丘の上に立地していれば景観に非常に
とはできるのか否かという点である。本研究では、この 2
大きな影響を与えるものとなる。また、開発地の周辺に樹
点の問題意識に基づき、北海道美瑛町を対象に、美瑛の景
林があるか否かで景観に与える影響は大きく異なる。
観特性を伸張するための景観形成の仕組みを構築すること
そのため、保安林や農地法・農振法によって転用等の開
を目的としている。
発の規制がなされていない土地を「開発危険地」として抽
2.美瑛町の景観特性
出し、それらの土地がどのような地形上に位置しているの
美瑛町の景観は、十勝岳の噴火により放射状に流れた河
か、その地域のコンテクスト、視点場となる道路や展望台
川の浸食で形成された「沢」と、浸食されずに残った「丘」 との関係性、樹林地の有無などの景観形成を行う上での条
とで構成される「波状丘陵」の地形が特徴的であり、山岳
件を明らかにした。土地ごとのそれらの条件を元に、開発
地の自然と明治中期からの農地開拓により形成された。
行為等を行う上で景観形成上配慮すべき点を示したカルテ
を作成することにより、実効性の高い景観形成の指導が可
能となる。
また、宅地造成の際の切土や盛土のあり方、建物の色
彩・意匠・高さなどが景観から逸脱しないよう、景観形成
基準を定めるとともに、町内の優良開発事例を紹介し、質
の高い開発の誘導を試みている。この優良開発事例は、建
物の色彩や様式の評価ではなく、美瑛町の気候風土上、理
にかなっている農家の事例や、周辺環境を読み解いた上で
快適かつ魅力的な住まいや店舗づくりを行っている事例な
美瑛町の田園景観
開拓者たちは森を切り開き、湧水等の水の確保と、風を防
ど、外構も含む建物の建ち方を主に評価し、施主も参考に
ぐことのできる沢地に居住し、沢の平坦地を水田に、丘の
できる内容となっている。
傾斜地を畑に開墾した。また、開墾が困難な樹林地は薪や
このような開発危険地カルテと優良開発事例の提案とい
建材を調達する里山や造林地として活用した。そのため、
う独自の景観形成の仕組みにより、きめ細かな景観形成が
丘に直線的な区画割りの畑や樹林地が広がる中、沢にある
可能となる。
*北海道大学 観光学高等研究センター 特任助教
**北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院後期博士課程, 北海道大学観光学高等研究センター学術研究員, 一級建築士
20
15
文化的景観の新たなモデルによる地域の魅力発掘とまちづくりに関する研究
中林 光司*, 西山 徳明**
Koji Nakabayashi*,Noriaki Nishiyama**
Keywords: 文化的景観、開拓景観
本研究は、従来単なる「景色」または「自然」として評
た景観を評価した点が優れていると考えられる。しかし上
価されてきた地域景観を、
「文化的景観」として再評価する
記選定基準のように、農村景観重視であり、より時代が近
ことで、その隠されたあるいは気づかれていない本質的価
い開拓地の景観、昭和高度成長期の木造プレハブ住宅や都
値の解明を試みるものである。
市景観など現代生活に直結した景観が軽視されていると感
地球上の土地は、
ごく限られた手つかずの自然地を除き、 じられる。今後さらにこれら、軽視されている景観につい
そのほとんどが、上古から現代にいたる連綿と続く人類に
て発掘するとともに、選定基準の中で新たな景観地の項目
よる自然への介入( 開墾) によって改変され続けてきた
の追加の提案も、今後の研究の中で進めたい。
ものである。それら人の手が入り、人間が居住し利用する
また、新たな「文化的景観」として、時間と空間(農耕、
土地の姿は、
その文化財的価値や種類に違いはあるにせよ、 牧草、森林、水利用、家屋等)が連担した景観構成につい
て、新たなモデルとして定義を試みる。事例としてあげる
あまねく「文化的景観」として捉えることができる。
一方、
実際に観光資源として利用されている地域景観は、 阿蘇の評価は「自然景観」であったが、人と草原が千年に
知床のような「自然景観」や札幌市の「時計台」といった
渡るストーリーを伴い現代まで続く景観を残している。さ
単なる景色としての施設や街並みが主である。また、文化
らに新たな文化的景観として「開拓景観」を定義づけし、
的景観としての世界遺産登録を目指している阿蘇のような
その概念を検証していくが、北海道などに存在するダイナ
事例においても、観光資源としては火山景観など「自然景
ミックな景観のモデルがあり、共通のイメージとして「開
観」のみ認知され、表層のみをステレオタイプ化して捉え
拓」と言う語がある。既往の研究の検証から隠田、小規模
られているが「文化的景観」で読み解くと、千年の人と草
の棚田など個人や小集落単位の開墾を除き、国家、大グル
原のストーリーで世界遺産登録を目指す価値をもっている。 ープが計画的開墾を行ったうち、技術の飛躍的発展を基礎
本研究では、特に北海道観光に顕著と言える前記のよう
に江戸時代に勧められた新田開発期から幕末明治期、戦後
な、景色や施設を対象とした見学・写真撮影巡礼旅行に矮
にかけて行われた大規模な開墾や干拓とすることが出来る。
小化された評価に甘んじている現状を問題視し、正当な価
今後社会学、農業土木史、景観学に関する文献論文を用い
値評価に基づく新たな観光資源の創造の可能性を提示し、
た検討、写真や実際のフィールド調査により「開拓景観」
特に近年衰退が激しく、地域活性化への方向性を見いだせ
を定義していく。事例として、札幌市を都市景観の観点か
ない、国内特に北海道の諸地域に対し、生活の場、訪問す
ら、北海道他都市ではカルデラ景観の赤井川村、衛星から
る場、経済活動の場として「選ばれる地域」へと導くため、
確認可能な大規模「開拓景観」のパイロットファーム(別
現在顧みられていない景観や生活様式、歴史、文化、自然
海・中標津町)
。丘の景観の美瑛町。本州では明治期の福島
の中に眠るストーリーを発掘、評価し、これまで埋没して
県安積地区、昭和の干拓の秋田県大潟村、北海道と同じよ
いた地域に光をあてる手法を構築することを目的とし、現
うな原始的環境にあった沖縄県南大東島などと同様の開拓
在も合理的と考えられる土地利用や生活様式が支えている
地を対象とし、それぞれの特徴魅力を検討し定義を確立し
景観を価値あるものとして提示し、住民の土地に対する尊
ていく。なお、北海道の景観に対しては「自然景観」を尊
崇や愛着や価値観を再生させ、それを他者(観光者や将来
重するあまり「文化的景観」の観点からの評価が疎かにな
の移住民など)と共有することにより、地域創造・保全活
っていると考えられるので、
「開拓景観」の事例を研究し、
動に誘うことが出来ると考える。
各地域の価値付けを行っていくこととしている。また、文
次に日本の「文化的景観」は、文化庁で選定基準を定め
献を用いて海外の事例も併せて研究する。対象としては、
ているが、従来の有形文化財、史跡名勝天然記念物、伝統
長年干拓事業で国土拡大をしたオランダ、
米国中西部開拓、
的建造物群の制度で保護できなかった生活・生業に着目し
NZの開拓(マオリとの関係など)を傍証としていく。
*北海道大学大学院観光創造博士課程 Hokkaido University Graduate school doctor course
**北海道大学観光高等研究センター教授 Hokkaido University Center for Advanced Tourism Studies Professor
21
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土地利用を横断する河川軸に着目した沿川景観特性に関する一考察
- 恵庭市漁川を対象として -
山崎 嵩拓*, 坂井 文**
Takahiro Yamazaki*, Aya Sakai**
Keywords: 土地利用,沿川景観,景観軸,森林法,都市計画法,農振法
3.ゾーンごとの沿川景観の実態と土地利用規制
1. 研究の背景・目的及び方法
景観法施行から 10 年が経過し、
景観計画の策定が全国で
自然景観ゾーンの上流部沿川は国有林が主であり、区域
進められている。その内 9 割が計画範囲を行政区域全域と
により風景林に指定される。ダム管理者による景観配慮事
設定し、土地利用を問わない良好な景観を目指している。
業が下流域の景観改善に寄与している。下流部の民有林は
本研究の対象である恵庭市は景観形成基本計画(以下、
森林法上の区域区分が設けられ、一部では景観への配慮が
景観計画)を策定し、自然・都市・農業地域ごとの方針・
位置づけられている。また水源地保護活動が NPO 法人を中
指針を提示している(図)
。更に市の中心を貫流する漁川を
心に連携で行われ、水質保全・景観維持に寄与している。
景観軸と位置づけ、各地域を横断する軸という視点で方針
都市景観ゾーンの河川区域内には緑地等が整備されてい
が示されている。本研究では土地利用をつなぐ恵庭市漁川
る。沿川景観は主に建築物によって構成され、一部地区計
を研究対象とし、景観計画と関連法定計画間の比較、実態
画が決定されるが色彩等に規定はない。近隣町内会等によ
調査、土地利用施策の分析を通じ景観特性を明らかにし、
り「河川愛護会」が組織され、定期的な花植え・清掃や、
広域における良好な景観形成方策の考察を目的とする。研
稚魚放流により多自然型河川の維持・管理が行われている。
究方法は計画・文献調査、現地調査、ヒアリングとする。
農村景観ゾーンは農振計画を中心に、防風林に関わる森
林計画、田園住宅地に関わる都市マスと、計画が横断的に
2.景観計画と法定計画間比較
恵庭市では景観計画の他、森林法・都市計画法・農振法
関わる。市では農村景観を都市の資産と位置づけ、節度あ
に基づく法定計画(以下、森林計画・都市マス・農振計画) る活用を目指している。景観を享受する自転車道等の整備
が策定されており基本方針等が提示されている。そこで本
が行われるが、農業施設や河川工作物の景観上の配慮は位
章では景観計画の方針と法定計画間の比較を行った。
置付けられていない。また農業地域を4区分した区域ごと
各ゾーンで人工物に対して定性的な表現を用い、規模や
色彩に関する方針を掲げている。都市マスでは誘導にあた
の農家らにより、
農振計画に基づき環境保全会が組織され、
景観作物の作付や農地周辺の花植え等が行われている。
り地区計画の決定による住環境向上等を位置づけているが、 4.まとめと考察
他法では継承されない。また景観形成へ向けた組織づくり
(1)景観計画と土地利用法定計画の連携
等、行政主導が望ましい項目の継承は計画間で異なる。実
良好な景観の管理においては景観計画と各法定計画が連
施事業を明記する農振計画では組織的取組みが位置付けら
携する事でソフト・ハード両面から担保する事が望ましい。
れるが都市マスに記述はなく、景観計画に基づく事業とし
その際に農業地域の組織的活動に関する景観農振計画の策
ても実施されない事から方針の達成が現状では困難である。 定、森林地域では任意計画に位置付ける事が考えられる。
自然景観ゾーン
自衛隊関連地区
都市景観ゾーン
行政境界線
農村景観ゾーン
漁川(景観軸)
(2)土地利用ごとの市民活動変化への対応
地域ごとに居住者数や属性が異なる事で市民活動に差が
生じている。都市地域では町内会等による愛護会、自然地
域では NPO 法人等である。意見聴取及び公民連携により継
続的な民間による景観管理を進めることが望ましい。
(3)土地利用ごとの景観資源活用方策
都市地域を含む土地利用の横断では、景観資源の適切な
活用により景観づくりや管理を促進する事が考えられる。
その際に自然地域では風景林と位置付けた保全、農村地域
では農業用施設の景観配慮を位置づける事が望ましい。
図 恵庭市の各景観ゾーン概況
*北海道大学工学院 (Hokkaido University)
**北海道大学大学院工学研究科 (Hokkaido University)
22
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周辺環境に対する建物の建ち方から見る共有された設計主題
-美瑛町の丘陵地を事例として-
宮城島 崇人*, 麻生 美希**
Takahito Miyagishima*, Miki Aso**
Keywords: 類型, 建ち方, 環境, 景観, 農家, 共有, 設計主題,
序 美瑛は長きにわたり人々が丘陵地で農業を営むことに
林の位置やアプローチの取り方によって周囲からの見え方
よってかたちづくられた雄大な農業景観を有する。その豊
が大きく異なる。なかには道路インフラの再整備に伴い、
かな風景や環境を求めて 1980 年代頃から移住者が増えは
農家の移転が推奨されたことで同時期に建て替わった建物
じめ、丘陵地の宅地化が進行した結果、周囲の環境と馴染
群もみられる。近年新たに宅地化された丘の頂部では、建
まない建物が目立ってきた。一方で昔ながらの農家の建物
物を囲う要素を持たず、周囲にさらされた「丘の丸見えタ
が風景に溶け込んで見えるのは、丘陵地の環境に対する農
イプ」
、林の中に埋もれるように建物を配置することで、眺
家の建ち方に、
無意識的に共有されてきた建ち方の規範や、 望と落ち着きのある空間の両方を確保する「丘の林埋没タ
特徴的な環境のなかで建物を建てる際に特に考慮する必要
イプ」
、眺望を確保する方向を絞り、背面に防風林などの背
があることがら(以下、共有された設計主題)が内包されて
景を持つことによって、風景のなかで建物の輪郭を目立た
いるからである。そこで本研究では美瑛の丘陵地における
せずに眺望を確保する「丘の眺望側開放タイプ」などがみ
建物の建ち方を捉えることで、美瑛の景観の構造の一端を
られた。類型相互の関係を示した体系図においては、これ
明らかにするとともに、個々の建築設計に参照可能な、共
まで建物が建たなかった場所が宅地化されるのに応じて建
有された設計主題を導くことを目的とする。
ち方が多様化していることがわかり、建物による美瑛の景
地形・インフラと建ち方の構成 例えば古くからある農家
観の構造が一望できる。
の建物は、水利用と交通(物流)インフラの合理性と、丘
から吹きつける風雪や、風で飛ばされる土から住宅を守る
必要性などから、沢地の道路近くに住宅を建て、最も水路
に近い部分を水田とし、建物と丘の間に防風林を配してい
る。このように丘陵地における建物の建ち方はインフラと
地形によって生じる敷地の特性に対し、住宅や畑、小屋な
どの要素がどのように配置されているかという構成として
捉えることができる。そこで丘陵地にまたがる 5 つの地区
において、道路沿いから確認することのできる合計 372 の
建物を資料とし、航空写真と現地調査に基づき、建物の建
ち方の構成を捉え、共通した特徴を持つものを類型として
抽出した。さらに産業やインフラなどの環境条件の変化に
図 1 緩斜面-道近接タイプにおける Good Example の例
Good Exampleに見る共有された設計主題 各類型における
照らしてそれら類型相互の関係を捉え、美瑛における建物
優良事例をGood Example(図1)として取り出し、その建ち方
の建ち方体系図として整理した。
の工夫を検証することで、
「高低差に応じた要素の配置」
、
建ち方の類型と体系図 まず農家の基本的な建ち方とし
「眺望と防風のバランス」、「要素で領域をつくる」、「外
て、道路、水路、畑の高低差に応じて建物がさまざまなレ
部空間を活用する」,「くぼみに建てる」、「小さい単位を
ベルに配置される「ひな壇タイプ」及び「溝フィットタイ
反復させる」、「プライバシーを確保しつつアプローチを
プ」
、
幹線道路からの引き込み道路でアプローチする周囲よ
確保する」などを共有された設計主題として導いた。
りくぼんだ敷地に建物群を配置する
「緩斜面̶離れ小島タイ
結論 以上、丘陵地の建物の建ち方の構成を捉えて類型
プ」
、
斜面と道路に挟まれた細長い敷地に一列に建物を配置
化し、類型相互の関係を捉え、景観の構造の一端を明らか
する「山裾張付きタイプ」の3つの原型を見出した。地形
にした。さらに各類型の優良事例を詳細に検討することに
が緩やかな道沿いに建つ「緩斜面-道近接タイプ」は、防風
より、美瑛の丘陵地における共有された設計主題を導いた。
*北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院後期博士課程, 北海道大学観光学高等研究センター学術研究員, 一級建築士
**北海道大学観光学高等研究センター特任助教
23
18
フィジー共和国レブカにおけるコミュニティを基盤とした文化遺産マネジメントに関する研究
-世界遺産都市における文化遺産マネジメント状況調査報告-
山崎 弘* , 八百板 季穂**
Hiroshi Yamasaki*, Kiho Yaoita**
Keywords: 世界遺産, レブカ, フィジー, リビング・ヘリテージ,
民が自分達の地域を愛し、誇りを持っているという印象を
―1.研究の背景と目的
フィジー共和国の旧首都レブカ(Levuka)は、先住民族の
うける場面が多く、住民が住み続けながら町並みを守って
文化と入植者の文化が混在しながら融和し町並みが形成さ
いくことができる仕組みが必要であると考えられる。
れた過程とその町並みがもつ景観的な特性に対して OUV
② 島内の観光業とフィジー国内における観光業に関して
(顕著な普遍的価値)が認められ、2013 年 6 月に世界遺産
に登録された。
の調査に関して
現在、レブカタウンを訪れている観光客は一日平均 5 組
世界遺産登録を契機に、世界的にレブカが注目をあつめる
10 人程度で、それらの多くがオーストラリアなどの近郊
一方で、フィジー国内ではそれらの歴史的町並みの保護制
国からの短期滞在者で観光による経済効果は少ない現状で
度が十分に整備されていない上に、建築を修復する技術が
ある。しかし 2006 年のクーデター以前はダイビングショ
乏しく、世界遺産登録をきっかけとした外部資本による無
ップなどの観光店舗や飲食店が観光客でにぎわっていた時
秩序な観光開発が行われる可能性も高いため、今後、歴史
期もあり、住民の多くは観光の持つ経済効果を十分理解し
的町並みの保護に関する制度的・技術的な整備や開発コン
ている。また観光立国を推進している政府観光省は大規模
トロールの基準の整備は急務であるといえる。
リゾート開発をメインに考えており、レブカに対する観光
また、閉鎖が決定している缶詰工場に経済的に依存して
地として期待は皆無に等しく、文化遺産等を扱う教育省に
いるオバラウ島において、住民たちの経済的基盤の安定の
おいても観光開発についての展望がない現状である。民間
ため、持続可能な町並み保全を資源とするコミュニティに
レベルでも、国際空港がありフィジー観光の基点となるナ
根ざした観光開発も同様に急務であるといえる。
ンディ周辺の旅行代理店や観光情報提供所においても、ま
そのため、今後のマネジメント方針等を検討するために、 た周辺のリゾートエリアにおいてもレブカの情報を得られ
2014 年7 月22 日∼9 月1日にかけて歴史建築の保護方針の
る場所は一切無かった。一方で、世界遺産に登録されてい
検討と、今後の観光開発に向けての基礎的調査を行った。
るレブカタウン内に点在する歴史建築と町並みの数々に加
2.調査概要と得られた知見
え、オバラウ島内おいても歴史的価値の高い建築や工作物
① 歴史建築の保全と景観の管理に向けての調査に関して
が散見される。また、海の透明度の高さや豊富な魚類、多
2006 年時の調査で確認されていた 103 件の内、5 件が消
様な歴史や文化を伝える多くの小集落、ホスピタリティあ
失していた。消失理由としては、サイクロンや火災などの
ふれるフィジアンの国民性などコミュニティに根ざした観
災害によるもののみであり、防火・防災対策の整備は必要
光開発を行っていく上で可能性を感じられる要素が多くあ
であるが所有者の都合による建て替え等はなかった。しか
った。
し、一方でタウン内の建築において、所有者と使用者が異
3.考察
なる場合が多く、また所有者が海外に居住している家や空
レブカの抱える文化遺産マネジメントに関する問題は、
き家も見られ、維持管理上の問題も生じている。また丘陵
日本の歴史的な町並みにおいても同様に顕在化し、解決が
地にある歴史建築において、住民や使用者による歴史性を
模索されているものであり、日本の伝統的建造物群保存地
損なう改修が施された事例も見られ、改修基準の整備が必
区制度や文化的景観制度、エリアマネジメントなどの住民
要であるといえる。非歴史建築においては、低所得者が居
が住み続けながら、主体的に保全に取り組む枠組みが応用
住する過度にメンテナンス不足の住宅や材質的に景観を阻
可能ではないかと考えられる。また豊富な観光資源があり
害している建築、レブカタウンの建築様式から大きく外れ
ながら未開発で、外部資本の参入も見られないこと、住民
た建築なども見られ、修景基準の整備の必要もあるといえ
の地域愛が強いことが確認できたことから、コミュニティ
る。その一方で、地域住民からレブカが好きで一生住み続
を基盤としたエコミュージアムコンセプトに基づいた観光
けたいという意見や歴史建築を買い求めてきた外部資本の
開発を行うことのできるポテンシャルは高いと考えられ
誘いを断ったというエピソードも聞くことができ、地域住
る。
*北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院 Graduate School of International Media Communication and Tourism
Studies, Hokkaido University
**北海道大学観光学高等研究センター Center for Advanced Tourism Studies, Hokkaido University
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開発途上国における旧市街地保全の意義
- ヨルダン国旧首都サルト市の挑戦と課題 -
花岡拓郎*, 大槻洋二**, リナアブサリム***
Takuro Hanaoka*, Yoji Otsuki**, Lina Abu Salim***
Keywords: 歴史的町並み・集落、旧市街地、歴史的景観、保全、景観管理、開発途上国
ジェクト「ヨルダン国サルト市における持続可能な観光開
1. 都市開発と旧市街地の保全
ヨルダン国においては 1990 年代後半から進めた積極的
発プロジェクト」の一環として 2012 年から2015 年まで実
な国際化と海外資本受け入れに伴う都市開発、生活文化の
施予定。「サルトエコミュージアム計画」を策定し、コミ
変容、急激な人口増によって各都市の歴史的景観を消失さ
ュニティ開発、観光開発、文化資源管理、景観管理を基幹
せてきた。現在も止まない都市部の開発機運は、旧市街地
とする一体的なまちづくりを進めている。)
の保全に必要な人材、資金、技術、材料などの確保におい
ても妨げとなっており、そこに浮かび上がる課題は日本の
3. サルト市の試み
高度経済成長期のそれと同様である。
3.1 固有の価値の把握
ヨルダン国内における歴史的町並み・集落の調査、分析
を行い、旧市街地と認められるエリアにおいて歴史的建造
2. 歴史的都市サルトの現状と課題
サルトを含むヨルダンの都市においてはいずれも断続的
物群を残している都市はサルトが唯一であることを示し、
な人口増によって都市保全の基盤ともなる人口管理さえも
ヨルダン国内におけるサルト旧市街地の重要性を明らかに
ままならない状況にある。またサルトにおいては流入人口
した。また、旧市街地の文化遺産としての価値を、残存す
の受け入れに伴う地域社会の変化が、旧来から暮らす住民
る歴史的建造物の視点だけではなく、伝統的な都市文化が
の流出を促し、手放された歴史的建築物が人口増を受け止
息づいている点にも注目し、都市の文化的景観として評価
める不動産となる傾向にある。こうした物件の数多くが文
し、サルトの普遍的価値の記載図書の初案を完成させた。
化遺産としての価値認識の不足から乱暴、粗末な扱いによ
サルトの普遍的価値を生み出している文化的景観の構成
って改築、毀損され、その後放棄される例が後を絶たな
要素が実証的に確認できるコアの範囲、無為な都市開発か
い。
らまもるためのバッファの範囲についても併せて検討し
サルト市においては建築確認申請に類する制度が運用さ
れ、歴史的建築物の取り壊しは原則として避けられている
た。
3.2 サルト市の主導による修理事業モデルの開発
が、その修理が地域住民によって行われた実績はほとんど
これまで明文化されてこなかった景観形成や修理・修景
ない。景観形成に関わる基準などの詳則は無く、その認可
に関する基準を景観管理ガイドラインとして立案した上で、
は各項目に係る決裁者の判断に委ねられている。
それに則った修理事業をサルト市の直営事業として始めて
また、約 1,000 棟の歴史的建築物を残し、類い希な都市
いる。この試みはそれまで主として省庁が行ってきた事業
景観を誇るサルトにおいては特殊な事情が存在している。
を、市レベルの裁量の元で行い、サルトの地域社会に計
日本を含めた海外から「文化遺産としての旧市街地を保護
画・設計レベル、施工管理レベル、安全管理レベルなど、
し、観光開発する」という目的が掲げられた大型資金援助
それぞれの段階で技術を蓄積させようとするものである。
による大規模事業(街路舗装や外装の修繕など)が政府機
関によってしばしば実施されている。それは旧市街地の美
4. 今後期待される成果
観向上に寄与する一方、技術を保有する首都アンマンなど
サルトの地域社会を構成するステークホルダによる文化
他都市の業者と外国人労働者によって事業が実施されてい
遺産価値の啓発普及、景観管理、修理事業モデルの開発と
るため、サルトの地域社会に技術が残されず、歴史的建造
実践を通し、地域社会による主体的な旧市街地保全システ
物の価値を失わせる工事をしてしまうなど、多くの課題も
ムの確立を目指している。この試みは途上国からの脱却と
生じさせてきた経緯がある。
いう国家的使命のはざまで脅かされている旧市街地の保全
上述のような現状と課題が存在している中で、サルト市
という大きな課題を、政府主導ではなく地域社会が主体と
のスタッフと著者らのグループは下記のような取り組みを
なって果たそうとしている点に意義を有しているといえ
推進している。(*JICA 国際協力機構による技術協力プロ
る。
* 北海道大学観光学高等研究センター 特任准教授(Hokkaido University)
** 萩市役所歴史まちづくり部 統括専門官(Hagi City),***サルト市役所都市整備特別局(As-Salt City, Jordan)
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20
台湾台南市五條港歴史的都市街区の保全と観光に関する研究
- 住民と地域マネジメント組織の視点から -
許 玉萱*, 西山 徳明**
Yuhsuan HSU*, Noriaki NISHIYAMA**
Keywords: 歴史的都市街区, まちづくり, 観光地化
1目的
台南市は台湾で最も早く開発された地域である。17 世紀
オランダ統治時代では行政及び貿易を統括する中枢となり、
清朝時代初期の鄭氏政権下には台湾首府が置かれ、政治・
経済・文化の中心地となった。後に日本統治時代を経て、
それぞれの時代の特色ある歴史的都市街区を数多く残して
いる。これらの歴史的価値のある建造物群が、台湾社会の
急速な発展による開発圧力の下、急速に失われている。
そうした背景の中、台南市の財団法人古都保存再生文教
基金会の活動により、歴史的建造物の重要性が知られるよ
うになり、その保護と活用の動きが始まった。そして古い
町並みが観光振興された地域では、観光客の増加に伴い地
域住民の生活に影響が出たり、過度に商業化されたために
地域の特色を失ってしまいつつある地域など、観光地化さ
れることで起こりうる負の側面も垣間見えてきた。
先行研究では歴史的建造物の商業活用、政策、古都基金
会に関しての研究や考察はあるが、観光振興された地域の
住民に関するアプローチはなかった。本研究では、現在、
台湾台南市で古い町並みが観光のブームとなっている地域
「五條港」の中の3つの対象地を取り上げ、観光振興され
た地域の住民への影響について調査研究を行い、地域住民
の生活を守りながら、且つ商業化されても地域の特色を失
うことのない持続可能な観光振興について考察を行う。
2調査項目と方法
(1)台湾における文化財保全の法制度の問題点と台南市の
歴史街区振興条例について
台湾の文化財保全の法制度と台湾台南市の歴史的都市街
区の保存と研究の到達点についての文献調査を行う。台南
市の歴史街区振興条例と実施について、現地の関係当局で
の文献資料の閲覧を行い、担当者にインタビューを行う。
(2)台南市の歴史的都市街区の現状と課題把握
歴史的建造物の保全と活用事例の調査、また観光ブーム
となった後の影響、行政の担当者・NGO・市民・商業関係者
へのインタビューの実施。
(3) 民間組織の役割
現地の民間組織の活動についてのヒヤリング調査を行う。
地方自治体の歴史的環境保全と活用において起こる地方自
治体と住民の間の問題と、関係組織の仲介などにより問題
解決のきっかけを作ることができた事例や逆に残されてい
る問題点等について、現地調査により把握、考察する。
3結果
対象地域の中で観光客が最も多い神農街(通り)は、台
湾の他の有名な歴史的町並みの観光地とは違い、今も住民
が古い建物の中で暮らしている。この地域には活躍中の民
間団体が複数あり、それらの目的は元々観光客を呼び込む
ことではなく、地域の古い町並みを残すことであった。そ
の結果、歴史的建造物が多く残され、魅力ある町並みにな
り、地方自治体の政策である芸術的街作りの活動の場とな
り、テレビ等のメディアにより広まり現在に至る。この地
域の町内会長と住民への聞き取り調査では、観光振興後の
彼らの日常生活は観光客に影響されることが多くなったこ
とが分かった。例えばゴミや交通問題の他、観光客が許可
なく住民の暮らし様子の写真を撮ることなどがある。
次に多く観光客が来ている対象地は正興街であり、メイ
ンストリートは商業地区にあるが、
住宅地も多く含まれる。
住民は観光客が多くなることについて概ね歓迎であり、否
定的な意見は少なかった。その理由として商業関係者によ
り自発的に作られた組織があり、ゴミ問題等を解決したた
めで、現在は地域住民からのクレームは少ない。
3つ目の対象地は近年注目を浴びている信義街であり、
カフェや民宿が 2 年間で 6 店から 17 店に増えたが、
観光客
が 3 つのエリアで最も小規模のため、地域住民への影響も
小さい。インタビューの結果、住民と観光事業者の間には
廟が重要な中間組織として機能しており、住民は新しい経
営者に対し友好な態度を持っている。
古都保存再生文教基金会の実行委員長へのヒアリング調
査において、地域の NGO 団体は歴史的建造物の商業活用が
ブームになることは予想していなかった。本来の目的は歴
史的建造物の価値を広め、多様な価値観を持ってもらうこ
とであり、
その方針は観光振興された今も変わっていない。
4結論
同じ歴史的背景を持っている地域(五條港)の中でも、主
な調査対象とした 3 つのエリアには大きな違いがあった。
上記の調査結果によると、特に住民の観光客に対しての印
象、もしくは観光振興を行うことについて、3 つ地域の発
展の背景、地域内ネットワーク、NGO の積極的な活動の有
無は全て、
地域住民の観光振興への考え方に影響している。
歴史的建造物の保全については、地域の観光振興が行わ
れ、事業としての規模が大きくなるにつれて、地域住民の
生活への影響や意見が無視され易く、中間組織によるマネ
ジメントが無い場合には、歴史的な建造物自体は残される
が、住民の協力が得られず、住民の所有物である歴史的建
造物も真正性が損なわれ易い傾向にあった。持続可能な観
光を行うためには地域住民のエンパワーメントも不可欠で
あり、その為には中間組織や NGO の参入、学術機関との協
力が有効なことが分かった。
*北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院観光創造専攻 修士課程 Hokkaido University, Graduate School of
International Media, Communications and Tourism Studies, Master's Program of Tourism Creation Major
**北海道大学観光学高等研究センター Hokkaido University, Center for Advanced Tourism Studies
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電線電柱類が農村・自然域の景観に与える影響と効果的な対策手法について
岩田 圭佑*, 松田 泰明*
Keisuke Iwata*, Yasuaki Matsuda*
Keywords: road landscape, utility poles, rural area, effective measures for landscape improvement,
両側への個別配電や通信の供給が少ない区間においては横
1.研究の背景と目的
電線電柱類が沿道の景観に与える影響に与える影響は、
道路背景に美しい景観を有する北海道では特に大きく、地
断線が必要とならないため、景観向上効果が高い。
特に片側に魅力的な景観を有する道路では、眺望を妨げ
ない側への片寄をすることで、高い効果を得られる。
域の魅力を損なっている事例が少なくない。
本研究では、北海道の郊外部、特に農村・自然域を対象
として、電線電柱類の景観阻害を低減する効果的な景観向
(4)セットバック・沿道樹木の活用
道路からできるだけ離れた位置に設置することで、電柱
類の存在感を低減することができる。
上策について検討することを目的とする。
また、防雪林や防風林などの沿道の樹木等を活用し電線
2.電線電柱の課題とその要因
電柱の存在感を低減する手法をはじめ、より積極的な対策
(1)電線電柱類の増加
として、電柱と道路の間の路傍植栽を活用することにより、
近年、通信需要の拡大や、新規通信会社の参入により、
通信線の増加・太径化や電柱類の増設が進み、景観阻害が
印象的で良好な道路景観の創出を図ることも可能である。
(5)電線電柱の工夫
茶系塗装などは、開放的な景観や積雪時にはかえって目
更に大きくなっている。
立ってしまうこともあるため、実施には慎重な検討が必
(2)道路占用の増加
道路法施工例では、原則として道路敷地内の電線電柱の
要。
占用を認めていない。しかし、占用許可の基準や運用が明
木製電柱も電線類の荷重が少ない場所に限られるなどい
確でないため、占用位置が効果的でない事例や、電線類の
くつかの課題があるが、自然的・牧歌的な景観では有効な
横断占用が比較的頻繁に発生している。
手法で、民間施設内などで採用されている.
(3)現状の景観対策における課題
景観対策として電柱に茶系塗装する例があるものの、積
雪地域では冬期にかえって目立ってしまうなど、周辺と調
和していない事例がみられる。
3.景観向上策の提案
(1)電線地中化
観光地の郊外道路において独自に地中化に取り組む自治
体もある。郊外部では、市街地における既存の手法よりも、
低コストで効率的な施工方法が検討できる。
(2)配線ルートの変更
土地利用の制約が少ない郊外部では、安全面や景観面で
効果をあげることができる。しかしながら、合意形成、電
線類の保安等の観点から問題もあり、これらの手法が適用
できる条件はある程度限定される。
(3)片寄せ
既存の電柱が設置されている路線において、電線を片側
に集約・共架して配線する手法である。郊外部など、沿道
*独立行政法人土木研究所 寒地土木研究所 地域景観ユニット
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写真-1 電線電柱設置位置の違いによる景観への影響
(上:実際の写真,下:フォトモンタージュ)
22
平取町のアイヌ文化と重要文化的景観の保全・活用について
-沙流川流域の自然・文化資源と地場産業を活かした持続的な産業の創造を目指して-
貝澤 一成*
Kazunari Kaizawa*
Keywords: 文化的景観、アイヌ文化、持続的
平取町は北海道日高地方の西端に位置し、総面積
743.16 ㎞2 で東西52.8 ㎞、南北41.1 ㎞とやや三角形に似
た形です。
北海道の 背骨 といわれる日高山脈の最高峰「幌尻岳」
からへ清流「沙流川」が太平洋に向かって流下し、河岸段
丘を形成しています。上流域で見られる緑色片岩、いわゆ
る「アオトラ石」は、縄文期北海道及び東北にまで流通し
ていたことが最近の青森県の三内丸山遺跡の発掘調査から
わかっています。沙流川流域は、古くからアイヌ民族の生
活・生業の場であり、その伝統がさまざまな形で受け継が
れて、現在にいたっています。「北海道二風谷及び周辺地
域のアイヌ生活用具コレクション」など多くの文化財があ
り、平成 25 年には「二風谷イタ」
「二風谷アットゥシ」が
伝統的工芸品に選定されています。主力産業は農業で、
「びらとりトマト」や「びらとり和牛」は品質が優れ、ブ
ランドとして知られています。
平取町は、平成 19 年に全国で 3 番目、北海道で唯一、
「アイヌの伝統と近代開拓による沙流川流域の文化的景
観」として、重要文化的景観に選定されました。
平成 24 年度以降、沙流川流域、特に平取町内の文化的
景観がどのように形成されてきたのかを文献等をもとに自
然、歴史・社会、景観などの調査の結果、アイヌ文化の諸
要素を現在に至るまでとどめながら、開拓期以降の農林業
に伴う土地利用がその上に展開することによって多文化の
重層としての様相を示した極めて貴重な景観という平取町
ならでは文化的景観の価値認識を深めました。しかしなが
ら、社会経済の変化によりその価値は常に消滅の危機にあ
ることから、現在、太古から現在に至る歴史と沙流川を軸
とする景観構成要素の再確認と追加選定による景観の保
全・活用を進めるべく二次選定に向けた調査を行っていま
す。
併せて、文化的景観に関する認識は地元ならびに広く一
般にも未だ不足していることから、札幌・平取間の文化的
景観シャトルバスの運行と地元ガイドの育成を継続的に行
っています。平成 22 年に「アイヌ文化振興基本計画」を策
定し、町内外の様々な取組みと連携しながら「生業に結び
つき、息づくアイヌ文化の継承」を目標に、地域資源と地
場産業を活かした持続的な産業の創造を目指しています。
平取町文化的景観のレイヤー構造
*平取町アイヌ施策推進課・課長(Biratori Town Office)
28
2014 年度
日本都市計画学会北海道支部研究発表会
実行委員会