情報提供資料 GSAM 会長 2013年3月 ジム・オニールの視点 キプロスは、決して危機を無駄に終わらせない 経済規模220億米ドルの国が1週間にわたって世界中の話題になるとは、一体どういうことなのでしょうか。私は 常々、中国は(少なくも2011年には)12.5週毎にギリシャ1国分の冨を創造していたとお話してきました。キプ ロスの経済規模であれば、1週間毎という計算になります。キプロスの銀行が来週月曜日に開店すれば、それま での閉店期間中に、中国はキプロス1国分の経済を創造していたことになるのです。私の見るところ、キプロス は、今や多くの戦略的問題の震源地になっています。少なくとも4つの問題が思い浮かびます(おそらく、実際 にはそれ以上あるのでしょうが)。第1に、欧州通貨同盟(EMU)は、事実上17カ国の連合のかたちをとっては いますが、その17カ国は、同じ利害を共有しているわけではないようです。第2に、こうした状況の中、多くの 意思決定は、欧州連合やユーロ圏の組織が行っているわけではなく、自国の議会共々「事を構えずにやりおおせ る」方法を主な基準として判断している主要な政治家たちが行っています。EMUは果たして生き残れるのでしょ うか、あるいは、今のシステムのままで生き残れるのでしょうか。第3に、舞台裏では、キプロス議会が銀行預 金課税関連法案を直ちに否決したことに関し、メリットを得るのはロシア政府なのでしょうか、それともドイツ 政府なのでしょうか。今回の問題によって、この2つの権力中枢間の大きな戦略課題が生じたのです。そして第4 に、そんなに簡単なことではないと思いますが、今回の危機を誰もが勝者になり得るチャンスに転じることので きる洞察力や想像力といったものが十分にあるのでしょうか。 チャンスを活かそうとしているロシア この数年、BRICからRを落とすことを提案するeメールが、毎週最低1通は送られてきます。この夏ロシアは主要 20ヵ国・地域(G20)の議長国となり、G20首脳会談はサンクトペテルブルクで行われます。主催国としてのロ シアは、現在会談のテーマ探しをしており、同時に、会議をイメージの改善の機会にしようとしています。実際 にロシアはその協力を得るため最近、ゴールドマン・サックスを雇いました。私は、社内で部署間のチャイニー ズ・ウォール(情報障壁)があるため、その件は関与していませんが。最終ページに1年先の利益予想ベースの 株価収益率のトレンドを示したグラフを添付しました。ロシアの数値は、他のBRIC諸国ならびに主要市場に比 べるとかなり大幅に割安であることが分かります。過去ずっとこのような状態が続いていたわけではありません が、2008年金融危機以降は、こういう状態が続いています。2001年から2010年までの10年間の初期には、ブラ ジルと比べて割高な水準で取引されていましたが、その頃のブラジルとの差は、現在の対ブラジルの割安度合い よりは、ずっと小さいものでした。ロシアに対する市場の印象は、控えめに言っても、あまりよいものとは言え ないでしょう。もちろん、それは、ロシアの内政に関わる問題です。 1 状況は、次のようなものです。「他のBRIC諸国に比べて、ロシアの株価は、大幅に割安となっており、それは、 この国に対する一般的なイメージによるものである。このイメージの悪さを変えるべく対策や機会を探ってお り、ちょうどもうすぐ世界最大の首脳会議の議長国を務めることとなっている。そして、220億米ドルという小 さな経済規模を有するキプロスの銀行には、ロシアの富裕層の預金が多く預けられている。こうした状況が、ロ シアに自助努力の機会、あるいは欧州連合をも救う好機であることは、誰が考えても、容易に分かることだ」 ドイツと欧州連合 この1週間はほぼずっと、ロシアの政策立案者に大きなチャンスありと考えていましたが、この話題について語 り合った人々の反応は、「チャンスなし」というものでした。理由は、欧州連合(あるいは、おそらく特にドイ ツ)が、それを望まないというものです。欧州連合にとって、何が気に入らないのでしょう。欧州連合加盟国中 のある国が、非加盟国に対して、どの加盟国より大きく依存していること、あるいはキプロスが依存することに よって「苦しまない」ことが気に入らないのでしょうか。あるいは、ロシアのやり方や、ロシア富裕層の欧州連 合内での活動を、欧州連合が承服できないのでしょうか。これらの中に正解があるとしても、私にはどれなのか 分かりませんが、欧州連合が行うべきは、他の誰もがするように、もっと大きな問題に対する答えを出すことで す。特に、先に挙げた4つのポイントに戻ると、欧州連合は欧州をリードしようとしているのか、あるいは、単 に起きたことを追いかけているだけなのか、特に、主要加盟国がさまざまな意思決定を行うことを見ているだけ なのかという点です。また、欧州連合と主要加盟国は、外に、そして将来に向かって目を向けるのか、あるいは、 内に目を向け、過去を振り返るのかという点です。今の状況は、欧州連合にとってロシアとの関係を大きく改善 させるためのチャンスなのではないでしょうか。疑問は尽きません。我々はこれに対する答えを待っており、そ して、その中には、市場がパニックを起こさないように、すぐに解決されなければならない問題もあるのです。 キプロス以外の動き 今週非常に素晴らしいと感じたのは、キプロスの騒動にも拘らず、市場が非常に静かであったことです。これは、 結局、キプロスの経済規模がわずか220億米ドルであるせいかもしれません。それと今週は欧州を除いては、世 界の他の地域からの経済ニュースが引き続き改善傾向を示していたからでしょう。いくつか拾ってみましょう。 1. 3月のフィラデルフィア連銀製造業景気指数が予想外に良く、新規受注に改善が見られたこと。 2. 3月の月初来20日までの数字を見ると、韓国の輸出が幾分改善していること。 3. 中国については、HSBC製造業購買担当者指数(PMI)の速報値が、51.7へと予想を大きく超えて上昇し、 新規受注の増加が見られたこと。 4. 日本では、最新の日銀短観が、強い数字ではないものの、予想を上回る改善を見せたこと。この予想には、 前回調査の結果から類推された予測値も含まれています。 すべてのデータが改善を見せたわけではなく、220億米ドルの経済規模のキプロスの問題を、欧州の他の国々に 波及させないという非常に重要な問題との関連で見ると、欧州の購買担当者景況指数(PMI)の速報値は深刻な 下落を見せ、景気低迷の状況はすぐには解消しないことを示唆しています。ユーロ圏は、新たな危機ではなく、 何か前向きの進展を必要としています。欧州景気の弱さは、他の地域に比べて際立ったものとなりつつあります。 2 英国でさえ、今週発表されたデータでは、小売売上高の上昇が、何とか予測を上回ったのです。 英国の予算 例年通り英国議会での予算演説が行われましたが、予想通りマクロ経済的には、予想を上回ることも目新しい政 策もほとんどないものでした。唯一あったとすれば、イングランド銀行に対する「支援」の再要請でした。ミク ロ経済的な動きについては、やや興味を引かれるものがありました。例えば、法人税率の追加引下げや、「中間 所得層」に対し、新規住宅購入の際に住宅ローン補助を行う、あるいはビールに対する税率の引下げ等です。何 とエキサイティングなニュースでしょう。 私にとって予算の中でより注目したいと思ったのは、未だに残っている奇妙な習慣です。ちょっと偏屈なところ のある英国人を表しているという意味では、微笑ましいことかもしれませんが、予算審議の一連のプロセスに関 する膨大な量の報道にはあきれてしまいます。重要性から見ると、予算演説が11月に出される秋季財政報告書に とって替わられてから何年も経つからです。 日本への期待 先週、黒田新総裁が、日銀の舵取りを行う新たなキャリアをスタートさせました。新総裁には2%のインフレ目 標を達成するために、発言すべきは発言するという姿勢があるように思えます。1〜2名の人たちが、インフレ目 標達成に成功してもそれを2%に止めるのは難しく、日本はインフレ上昇スパイラルに入るのではないかと指摘 しているのを目にしました。しかし、そうなったとしても、少なくとも当初は今抱えている問題よりはましなの ではと思います。円は、明らかに、一直線に円安をたどる軌道からははずれ、最近の円の動きから見れば、少し 鈍い動きをするようになるのではと予測しています。但し、黒田新総裁による予想もしなかったような新たな動 き、そして(あるいは)米国経済見通しが再び上方修正されて米国の債券市場が大きく下落することがあれば話 は違ってきます。 米国のテクノロジー企業が保有するキャッシュ 3月19日火曜日のフィナンシャル・タイムズには、非常に興味深い記事が載っており、それには、米国のテクノ ロジー系の企業が、驚く程のキャッシュを貯め込み続けていると報じられていました。その記事によると、その 総額は、1兆4,500億米ドルであり、そのうちアップルが1,700億米ドルとのことです。記事はさらに、総額のう ち8,400億米ドルが国外に預けられているとしています(彼らのために、キプロスの銀行には、あまり多くが預 けられていないことを祈ります)。この問題には、多くの角度から興味深い見方ができます。例えば、米国の緊 縮財政よりも大きなデフレ要因となるのではないかという疑問もあります。もう少し前向きに見るなら、突然、 このキャッシュを使う方が合理的かつ流行になった場合、何が起こるかということも考えられます。一方、配当 金引上げに対する圧力も高まってきそうです。 再び欧州へ 今週のレポートは、再び欧州に戻って終わろうと思います。先週木曜日は、2週間前に訪れたイタリアに戻って 3 いました。私は、ゴールドマン・サックスを去った後の道として、グリッロ氏と彼の五つ星運動のエコノミック・ アドバイザーとなる計画について、ある方からお話を頂いていましたが、何らアクションもとっていませんでし た。そこで、3つの点について、私の講演に来られた方に質問をしました。第1問。私の友人であるグリッロ氏に 投票した人はいるか。だれも「はい」と答えませんでした。第2問。2020年までにイタリアがまだユーロ圏に止 まっていると考える人は何人いるか。ほとんどの人が、イタリアはユーロ圏に止まると答えました。そして第3 問。もしモウリーニョ(サッカーのレアル・マドリードの監督、ジョゼ・モウリーニョ)が選挙に立候補してい たとしたら、何人の人が投票したか。あまり多くの手は上がりませんでしたが、数人の手が上がりました。おそ らく(モウリーニョが2008年から2010年まで監督をつとめた)インテルのファンでしょう。 いくつかのイベントで、イタリアについて、また、イタリアがしなければならないことについて、多くの質問を 受けました。数週間前にチェルノッビオで話したことを繰り返しました。つまり、イタリアは、経済成長を促進 するための政策を追求し、成長を促す改革を行い、そして緊縮財政を意図した政策を止めることです。イタリア の景気循環調整後の財政状況は、G7(主要7ヵ国)の中で最良です。それも、いくつかの国に比べると、格段に 良いのです。その点は、間違いありません。質問に答えるうちに、ユーロ加盟国の中では、イタリアとフィンラ ンドの景気循環調整後の財政状況が最良であることが分かりました。 「北」ユーロと「南」ユーロではなく、 「フィ ンニット(FinIt=FinlandとItaly)です。 ユーロ圏の問題が非常に不安定になりつつあるように見える中、イースターが近づいてきました。キプロスの銀 行システムを支援する信頼に足る策が、今週末に見つかることを望みたいものです。もしそれが見つからなけれ ば、来週もまた課題に直面することになります。多くの政策立案者が、危機を決して無駄にしないという考え方 に同調してくれることを望みましょう。皆さんに幸運がありますように。 4 ジム・オニール ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長 (原文:3 月 22 日) 本資料に記載されているゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント(GSAM)会長ジム・オニール(以 下「執筆者」といいます。)の意見は、いかなる調査や投資助言を提供するものではなく、またいかなる金融商 品取引の推奨を行うものではありません。執筆者の意見は、必ずしもGSAMの運用チーム、GSグローバル・イ ンベストメント・リサーチ、その他ゴールドマン・サックスまたはその関連会社のいかなる部署・部門の視点を 反映するものではありません。本資料はGSグローバル・インベストメント・リサーチが発行したものではあり ません。追記の詳細につきましては当社グループホームページをご参照ください。 本資料は、情報提供を目的として、GSAM が作成した英語の原文をゴールドマン・サックス・アセット・マ ネジメント株式会社(以下「弊社」といいます。)が翻訳したものです。訳文と原文に相違がある場合には、 英語の原文が優先します。 本資料は、特定の金融商品の推奨(有価証券の取得の勧誘)を目的とするもの ではありません。本資料は執筆者が入手した信頼できると思われる情報に基づいて作成されていますが、弊 社がその正確性・完全性を保証するものではありません。本資料に記載された市場の見通し等は、本資料作 成時点での執筆者の見解であり、将来の動向や結果を保証するものではありません。また、将来予告なしに 変更する場合もあります。経済、市場等に関する予測は、高い不確実性を伴うものであり、大きく変動する 可能性があります。予測値等の達成を保証するものではありません。BRICsSM、N-11SM はゴールドマン・サッ クス・アンド・カンパニーの登録商標です。 本資料の一部または全部を、弊社の書面による事前承諾なく(Ⅰ)複写、写真複写、あるいはその他いかな る手段において複製すること、あるいは(Ⅱ)再配布することを禁じます。 © 2013 Goldman Sachs. All rights reserved. <審査番号:95773.OTHER.MED.OTU> ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第325号 日本証券業協会会員 一般社団法人投資信託協会会員 一般社団法人日本投資顧問業協会会員 5
© Copyright 2024 Paperzz