情報提供資料 2011年8月 GSAM会長 ジム・オニールの視点 霧の向こうに見えるもの 先週は、金融市場に大変な混乱が起こり、多くの人は2008年終盤の最悪な時期を思い出されたかもしれません。 では、2008年と今の状況を直接比較することは、意義のあることなのでしょうか。また、この他にも様々な疑問 が浮かびあがります。現在の市場のバリュエーションは、G7のほとんどの国が、”日本型”のように数年に渡る低 成長時代に入ったのだという想定に基づいていますが、それは正しいのでしょうか。そして、この想定は、日本 とは違い、高い失業率と社会不安を伴うものなのでしょうか。そして、愛すべきBRICsや成長国が、世界経済の 成長を支えるのでしょうか。それとも、これらの国々ももはや命運尽きるのでしょうか。そして、もちろん、投 資家はどのようにして資産をふやすのだろうか、といった疑問などです。 残念ながら、私はすべての答えを持ち合わせているわけではありません。ここ数週間を振り返りつつ今週の主な ニュースを追い、世界経済の長期的な行方に関する基本認識に照らし合わせて、いくつか見通しを示したいと思 います。また、このところゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント(GSAM)社内で運用責任者やシ ニア・ポートフォリオ・マネージャーと毎日交わしていた、極めて刺激的な議論の雰囲気をお伝えしたいと思い ます。 概ねGSAM社内の総意は、引き続き世界経済に対する楽観論を保っています。現在の市場は米国について過度な 懸念を抱いているというのが当社の見方で、欧州に関しては多少の意見の違いがあるものの、政治的対応が早か ったことを評価しています。株式については、リスクの存在は認識しつつ、バリュエーションは非常に魅力的な ものとなっていると考えます。金融セクターも、こうした魅力的バリュエーションを提供するセクターのひとつ です。債券市場では、それほどバリュエーション上魅力な点はありませんが、米国と欧州の政策対応が速かった ため、少なくとも当面は、そのような政策対応の後押しを受けて勢いを保っていると思われます。通貨について は、どの主要通貨にも魅力を感じることが難しい一方、成長国市場の中にはいくつか魅力ある対象通貨がありま す。今週人民元高のペースが早まったことは、極めて興味深く、かつ適正な動きであると考えています。 <米国株式と米国経済、および世界の金融環境> 今週月曜日の安値で見ると、スタンダード・アンド・プアーズ総合 500 種株価指数(S&P500)は、7 月終盤の 高値から 200 ポイント以上の下げとなり、4 月末から 5 月初めにかけての高値と比べると、約 265 ポイント下げ ました。今後の米国と世界の他の国々の先行きを考えるためには、なぜこれほどの急激な動きが起こったのか、 1 そしてその意味が何であるかを理解することが重要なことと思えます。下げのほとんどは米国供給管理協会 (ISM)指数発表後の 8 月 1 日から S&P による米国債の格下げがあった直後の取引日である 8 月 8 日の間に起 きたのです。 ウォール・ストリートのアナリストの多くが語っている通り、今週明けの市場の弱さは、経済の弱さと景気後退 の可能性をはっきりと示すデータと軌を一にするものです。しかし、最近発表された経済指標とは矛盾します。 発表された経済指標の中には、予想値を上回るものもあったからです。例えば、最新の失業保険受給申請件数は 過去4ヵ月での最低値を記録し、大いに注目すべきものでしたし、自動車販売が引き続き回復しているというデ ータもありました。GSグローバル先行指標(GLI)においては、失業保険受給申請件数の変化は、大きな影響を 持つ要素であり、米国株式市場の行方を予測する貴重な統計的な変遷です。 特に金融セクターが弱いために、「緩和」後の連邦公開市場委員会(FOMC)から今週明解なメッセージが発せ られたにも関わらず、米国市場は日本型の数年にわたる低成長を織り込んだかのような動きを見せ、米国の潜在 成長率は著しく損なわれたと結論付けたかのようです。 米国と日本には、多くの違いがありますし、金融危機後の米国の回復は、ここまで極めて低調であったとは言っ ても、この両国を単純に比較するのが適切かどうかははっきりしません。米国の人口構成は日本に比べはるかに 良好ですし、政策立案者たちも、極めて柔軟です。そして、連邦準備制度理事会(FRB)の統制の下、金融環境 は極めて緩和的状態に保たれています。 2008年に世界経済が、急速かつ深刻な景気後退に陥ったのは、米国やOECD諸国全般で、意図せざる金融環境 の緊張が大規模かつ急激に訪れたからです。しかし、2011年の現段階においては、そのようなことは起きていま せん。本レポートを書いている間のS&P500の水準で取引が終了すれば、米国金融市場は、過去で最も小規模の 緊張状況を経験したことになるでしょう。 さまざまな悲観的なニュースがあるにも関わらず、S&P500は、先週金曜日対比2ポイントのところまで回復して 取引を終えることになりそうです。 米国経済の回復を確実なものとするため、米国の政策立案者たちは、次なる目標として、米国企業が保有する巨 額のキャッシュを、できれば国内での設備投資や雇用創出に向けるよう奨励することを試みるものと推測しま す。こうした分野での一層の努力は、財政赤字という課題があろうとも、行われるものと思われます。 <強力な欧州の政策対応> 先週のViewpointsでは、世界経済や市場の撹乱要因になりそうな3つの点を取り上げましたが、その1つが米国経 済でした。また、3つの中で、最大の問題が欧州地域であり、3つめの点が中国であると申し上げました。これに ついては、後述致します。ギリシャ問題がイタリア、スペイン、そしてフランスにまで及びつつある今、欧州地 域についての心配をしないではいられません。この3ヵ国で“ギリシャ型”の金融問題が発生すれば、事態は極 めて大規模なものとなり、欧州を超えた問題に発展することとなります。 2 しかし、ちょうど連邦準備制度理事会(FRB)が突然米国を襲った意図せざる金融環境の緊張状況に迅速かつ適 切に対応したように、欧州の政策立案者たちは、地中海沿岸諸国が直面する問題への対応を行いました。議論を 呼んだ欧州中央銀行(ECB)によるイタリアならびにスペインの国債購入は、これまでのところ強力な威力を発 揮したようです。 ECBが具体的にどこまでこの債券購入を容認するかについては、多くの議論があるものの、これまでのところ、 その影響は極めて大きいものとなっています。イタリア国債10年ものの利回りは、昨年春の「突然の上昇」時の 水準を下回り、スペイン国債の利回りは、年初来最低まで下降しました。アナリストの多くは、この水準は短期 的なものであり、ECBの買入れ額がどれほど少なかったかを市場が知れば、ECBのコミットメントがどれほど弱 いかが判明するだろうとしています。それも1つの解釈ですが、正しいかは疑わしいところです。まったく逆の 理屈も立つからです。おそらく、ECBは市場の風向きを変えるために、それほど多くの債券購入をする必要はな かったかもしれません。さらに、ECBの関心は、介入の量よりも、タイミングや戦術にあったのかもしれません。 時が経てば分かることです。 いずれにせよ、多くの加盟国や保守的なドイツの明確な反対を押し切って、政策対応は実行に移されました。そ して、必要なのは、まさにこの政策だったのです。 今週、欧州地域でより大きな問題となったのは、突然フランスが注目を浴びたことです。これは、さまざまな意 味で、S&Pによる米国格下げの副産物と思われます。アメリカ人のコメンテーターの多くが、フランスが米国よ りも高い格付けを有することになったことへの苛立ちを示しているようです。フランスの政府部門が肥大化して おり、経済の潜在成長力も弱いと見ているからです。こうした批難が正しいのか否かはさておき、フランスが注 目されている主な要因がイタリアに対するフランスの投資額が巨額であることであり、その目は間違いなくフラ ンスとその金融機関に集まっています。金曜日のニュースで、第2四半期のGDP成長がゼロ成長となることが判 明すると、対フランス懐疑派が、これを格好の攻撃材料としました。ただし、多くのアナリスト等は、これを短 期的なものとして退けています。 フランスは、すべての格付け機関がトリプルAに対する支持を表明したため、週内の格下げを免れました。 来週の火曜日に、再度サルコジ仏大統領とメルケル独首相の会談が行われるというニュースが入ってきました。 この会談は、非常に重要なもので、この結果次第で来週の欧州の空気が決まりそうです。 会談の戦線は張られました。保守的な立場のドイツ人たちは、メルケル首相が、欧州に肩入れするような、いか なる動きをすることにも否定しているようです。こうした見方に対する多くの報道にも関わらず、もう一方の反 対勢力はメルケル首相に、欧州支援の姿勢を取るようにと求めているという点を見逃してはならないと考えま す。ドイツの首脳は、その他の国の首脳と同じく、時にはこうした反対勢力の言う通りに動くことも必要で、そ うすることでリーダーシップを発揮してきました。よく引き合いに出すのですが、かつてコール首相は、西ドイ ツマルクと東ドイツマルクの1対1の交換を行うような助言は受けていませんでしたが、そうしたのです。 欧州地域の財政的な統一と、その一環としての真のユーロ債券の発行を支持する声は、高まりつつあります。こ のユーロ債券発行を支持する最も詳細な議論は、2010 年にシンクタンク、ブリューゲル(BRUEGEL)から発表 されています。強い財政規律を持つ強力な欧州の機関に保証された債券という考え方は、広がりを見せています。 3 欧州連合が、この件に関し 9 月に発表する内容は、最近行われた欧州金融安定ファシリティー(EFSF)に関す る提案への各国の承認よりも重要とは言わないまでも、同じくらいの重要性を持っています。アナリストたちは、 サルコジ〜メルケル会談からも、この件に関する手がかりを得ようとするでしょう。 これに加えてさらに、問題含みの欧州地域諸国に対し課せられた金融株空売り規制という発表されたばかりのニ ュースがあります。このことが、長期的に見ると、何の解決策にもならないことは確かです。しかし、政策立案 者たちが、戦いに臨む覚悟を鮮明にしたという意味はあると思います。 <ユーロやスイス・フランを買うべきか> 先週のViewpointsでは、現在の円とスイス・フランは過剰に評価されていて、9月に同じ水準を維持しているか については、異論ありと申し上げました。すでにスイス・フランは、この2日間で、大幅に下落しました。スイ ス・フランの急速で大幅な値上がりを当然ながら警戒したスイス国立銀行(SNB)の政策立案者たちは、この過 大評価を修正するために、緊急措置を採るとの姿勢を示しました。彼らの提案は、マイナス金利を導入するとい うもので、これは実際に1970 年代に暫定的に実施されたことがあるものです。そしてもっと興味深いのが、一 時的ながら、ユーロにスイス・フランをペッグ(固定)させる案です。多くの意見は、1ユーロ1.15〜1.20スイ ス・フランとしています。こうした政策には、スイス・フランがユーロに対しこのような水準になるまで、過剰 流動性を継続的に追加保有することが必要となります。スイス・フランがこれ以上強くなることによる悪影響を 考えると、こうした政策導入を考慮する意味があるのではないかと思うのです。ただし、この政策は、他のすべ ての努力が成功しなかった場合の最後の手段として考えられるべきものと思われます。 この件を木曜日に考えた際に、こうしたスイス国立銀行の動きをECB、そしてG20各国が支援することが賢明で あると思えました。スイス・フランが「リスク回避」行動を支える役割を果たしたことを考えると、G20が協力 してスイス・フランの価値を公正価値に近づけることが、おそらくすべての国にとって、そしてスイスにとって も有益なことではないかと考えます。ところで、ゴールドマン・サックスは、ユーロ対スイス・フランの公正価 値は1.44と見ています。 言うまでもないことですが、こうしたことが話題になるだけで、ユーロ/スイス・フランの相場が7%も戻りま した。このこと自体が、どれほど多くの人が、リスク回避のためのヘッジ手段として、この組合せを利用してい たかを物語っています。 スイス国立銀行が来週採る措置、あるいは発表する内容は、サルコジ 〜メルケル会談の内容と同じくらい興味深 いものです。あるいは、もう少し投資機会としてメリットがあるかもしれません。 <中国が救済にやって来る> 先週、3つめに採り上げたトピックスが、中国でした。多くの月次データの発表に先立って採り上げたのですが、 その中には、非常に重要な消費者物価指数も含まれていました。そして、期待した通りの重要な数字が発表され ました。前年同期比の消費者物価指数は、予想値上限の6.5%と発表され、アナリストの多くは、今年末から来年 にかけて、急速な反転があるという確信を深めているようです。多くの8月消費者物価指数の予測は、6%を下回 4 り、また、年末までには、インフレは5%を下回るところまで戻ると見ています。私も、こうした見方に賛成で、 このことが中国経済の見通しにどれほど重要であるかは、強調しきれません。特に、中国経済の先行きは、我々 にとって、重要なことだからです。このインフレの動きは、基本的には、良い知らせと言えましょう。 多くのメディアのコメンテーターが、驚くほど大きかった7月の貿易収支黒字に注目しているのは、興味深いこ とです。多くの人が、いかに物議を醸すことを好むかという証拠です。しかし、彼らが言及していないのは、年 初来の貿易黒字は1,800億米ドルと、年率ではGDPの約2.1%にしか達していないことです。この背景にある大幅 な黒字の縮小に気付いた人がほとんどいないことも、驚きです。 ともかく、今後の消費者物価指数の見通しが良好だったことを受け、また、おそらく今後の経済成長が国内依存 型であるべきで、G7依存型であってはならないことを再認識した結果、中国の政策立案者たちは、人民元高のス ピードが早まることを突然容認し始めると同時に、金融政策についてタカ派的発言をすることを止めました。こ れは、世界が推奨したことであり、他の国々にとっても必要なことです。 先週申し上げた通り、次の世界規模での株式市場の上昇は、中国の政策の転換によって始まると信じており、今 後もこの考えは変わらないと思います。この点から、地場のA株式市場が週を通じて堅調であったことは、非常 に興味深いことでした。 すべてを振り返って思うのは、何という 1 週間だったのだろうということです。しかし、8 月の霧(現在でも、 多くの霧がありますが)の向こうにあるものを見通せる人たちにとっては、多くの希望的な兆候があります。特 に欧州での問題が複雑化していることを考えると、困難を脱したとはとても言える状況ではありませんが、しか し、多くの人が未だに考えているほど厳しい状況でもないように思えます。 加えて、英国の街角で今週起こったおぞましい出来事にも関わらず、プレミアリーグが戻ってきます。これによ り、英国で、そして世界の市場で先週起こった不幸な事態を、過去の記憶として忘れ去ることができると良いと 願っています。 ジム・オニール ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長 (原文:8 月 12 日) 本資料に記載されているゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント(GSAM)会長ジム・オニール(以 下「執筆者」といいます。)の意見は、いかなる調査や投資助言を提供するものではなく、またいかなる金融商 品取引の推奨を行うものではありません。執筆者の意見は、必ずしもGSAMの運用チーム、ゴールドマン・サッ クス経済調査部(執筆者の前在籍部署)、その他ゴールドマン・サックスまたはその関連会社のいかなる部署・ 部門の視点を反映するものではありません。本資料はゴールドマン・サックス経済調査部が発行したものではあ りません。追記の詳細につきましては当社グループホームページをご参照ください。 5 本資料は、情報提供を目的として、GSAM が作成した英語の原文をゴールドマン・サックス・アセット・マ ネジメント株式会社(以下「弊社」といいます。)が翻訳したものです。訳文と原文に相違がある場合には、 英語の原文が優先します。 本資料は、特定の金融商品の推奨(有価証券の取得の勧誘)を目的とするもの ではありません。本資料は執筆者が入手した信頼できると思われる情報に基づいて作成されていますが、弊 社がその正確性・完全性を保証するものではありません。本資料に記載された市場の見通し等は、本資料作 成時点での執筆者の見解であり、将来の動向や結果を保証するものではありません。また、将来予告なしに 変更する場合もあります。経済、市場等に関する予測は、高い不確実性を伴うものであり、大きく変動する 可能性があります。予測値等の達成を保証するものではありません。 本資料の一部または全部を、(I)複写、写真複写、あるいはその他いかなる手段において複製すること、(Ⅱ) 弊社の書面による許可なく再配布することを禁じます。 © Copyright 2011, Goldman Sachs. 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