トイレのことを気にしない生活

第 14 回HAB研究機構市民公開シンポジウム
「トイレのことを気にしない生活」
日時:2009 年 5 月 23 日(土)13:30~17:00
会場:昭和大学 上條講堂
座長:北田 光一 (千葉大学医学部附属病院)
深尾 立 (千葉労災病院院長・HAB 研究機構理事長)
開会の挨拶
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深尾 立 (千葉労災病院院長・HAB 研究機構理事長)
下部尿路症状の病態について
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伊藤 晴夫 先生
(千葉大学名誉教授)
下部尿路症状 -最新の治療法と予防法-
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阿波 裕輔 先生
(千葉大学大学院医学研究院)
ハルナール研究開発物語
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宮田 桂司 先生
(アステラス製薬株式会社)
総合討論
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あとがき
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岡 希太郎 (東京薬科大学名誉教授・HAB 研究機構広報委員長)
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叢書の目的
HAB 研究機構では市民公開シンポジウムを開催して、
一般の方に身近な病気を取り上げて、実際に治療や予防に
当たっている医師や薬剤師、そして製薬企業で治療薬の開
発を行っている研究者からご講演を頂いております。市民
公開シンポジウムと本叢書を通じて、医療や医薬品開発研
究の現状をご理解頂ければ幸いです。
そして、今日までにさまざまな薬が創り出されてきまし
たが、癌や糖尿病、認知症など、特効薬の創製が待たれる
難病も数多くあります。従来の医薬品の開発方法では特効
薬が作れなかった病気が、難病として残ったとも言えま
す。新しい医薬品の創製に、ヒトの組織や細胞がいかに貴
重であり不可欠であるかをご理解して頂きまして、市民レ
ベルで協力していくことの必要性を考えて頂ければ幸い
です。
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下部尿路症状の病態について
伊藤 晴夫 先生
(千葉大学名誉教授)
略歴
1960 年に東京大学教養学部理科 II 類修了。千葉大学医学
部 3 年次に入学、1964 年に千葉大学医学部卒業。1964 年
に千葉大学附属病院においてインターン(1 年間)。1965 年
に千葉大学大学院医学研究科入学、1969 年に終了。1971
年に千葉大学助手(泌尿器科学)。1975 年にシカゴ大学
Nephrology(F.L.Coe 教授)に留学(2 年間)。1978 年に千
葉大学講師(泌尿器科学)。1981 年に千葉大学助教授(泌尿
器科学)。1986 年に帝京大学市原病院教授(泌尿器科学)。
1996年 に千葉大学医学部教授(泌尿器科学)。1999 年に千
葉大学医学部附属病院副病院長(2 年間)。2001 年に千葉
大学医学部附属病院病院長。2005 年に城西国際大学客員
教授をへて現在に至る。
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司会者:伊藤先生は、泌尿器科学会では大変有名な方でい
らっしゃいまして、先生がお書きになった前立腺癌や尿路結
石などの一般向けの書籍は、ベストセラーになっております。
今日、先生には尿路症状につきまして一般的なお話をして頂
きます。私も、トイレが心配になっている歳でして、夜中に 2 度、
3 度と起きるものですから、今日は伊藤先生の話を、よく聞い
て、この後に話がありますハルナールを飲んで対策を立てよう
かなという様に思っております。伊藤先生、どうぞよろしくお願
いいたします。
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下部尿路症状の病態について
深尾先生、ご紹介あ
りがとうございました。ま
た、皆さま、ここにお集
まり頂きましてありがとう
ございます。
それでは最初に導入
といたしまして、「トイレ
のことを気にしない生
活」ということで、「下部尿路症状の病態について」お話しさせ
て頂きたいと思います。
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最近はQOL(生活の質)というのが、非常に重要視されてま
いりました。以前だったら、あまり命に関係ないと言われていた
わけですけれども、最近では、医療の主流になってきたという
状態であると思います。
<腎臓と膀胱>
これは、ご存じのことと
は思いますが、女性の
泌尿器系に関する解剖
図です。女性と男性で
は1点だけ非常に異な
った点があります。特に
排尿に関しては大きな
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男女差があります。図の説明を致しますが、腎臓がありまして、
尿管がつながっています。腎臓でつくられた尿は尿管を通り、
膀胱にためられて尿道から排尿される、これが女性の尿路、
尿の運搬路です。
<膀胱・尿道>
これは矢状断ですが、
縦切りにしてみますと
このようになります。恥
骨の後側に膀胱があり、
尿道につながっていま
す。女性の場合には、
膀胱の後ろに子宮が
あります。その後ろに
は肛門と直腸があります。こういう解剖になっています。
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ところが、特にあとでまた問題になってきますが、骨盤底筋。
ここにあります筋肉群、これが尿失禁などに関連して重要な働
きをしているところです。
<腎臓と膀胱>
一方、男性ではどうかというと、腎臓、尿管、膀胱、尿道、こ
れは女性と同じですけれども、男性にはここに前立腺がありま
す。ちょうど膀胱から尿道に移行する出口に、関所のように頑
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下部尿路症状の病態について
張っています。前立腺
は、そこから分泌される
液が、精液の半分近く
を占めるので、生殖にと
っては非常に重要な器
官です。しかし、生殖期
間が終わったあとは悪
さばかりします。こんな
小さい器官ですけれど、前立腺癌、前立腺肥大症、あるいは
前立腺炎というように、ものすごい病気があります。病気の密
度からいったら、人体の中で一番頻度が高いと思います。
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例えば、前立腺癌というのは、最近非常に話題になっていま
すが、特に天皇陛下が手術されたことで注目されています。こ
の前立腺癌、人口の高齢化と食事の欧米化により日本でもど
んどん増えています。アメリカでは、男性の癌の約3分の1は
前立腺癌という統計があります。
女性は前立腺がないから非常にラッキーだと思っていると、
女性はこれに代わる乳癌が、やはりアメリカだと女性の癌の3
分の1ぐらいを占めています。
それはさておきまして、男性では、この前立腺が、高齢にな
ってからのトラブルの大きな原因になっています。
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<膀胱と前立腺>
これは、お尻を真っ
二つに切ったところで
す。このように膀胱が
あり、尿道から尿が出
ていくわけですけれど、
膀胱の出口にちょうど
尿道を取り囲むように
あるのが前立腺です。
あとで説明があると思いますけれど、前立腺が肥大すると、こ
の尿道を圧迫します。
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このように前立腺が尿道を取り巻いていることが、男性と女
性の差となっているところです。
<正常な排尿とは?(成人の場合)>
普段は、まったく意識
しないで排 尿していま
すが、だいたい1回にコ
ッ プ 1 、 2 杯 ( 200 か ら
400mL)の尿を排泄し
ています。1回あたりの
排尿時間は20~30秒
です。これ以上時間が
かかったら、長いかもしれません。1日の排尿量は、だいたい
1ℓ~1.5ℓです。排尿回数は1日に平均で5から7回ぐらいと言
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下部尿路症状の病態について
われています。だいたい3時間~5時間に1回排尿するというこ
とです。
若い時は力まないで
排尿します。途中で止
まったりしません。残尿
感もない。尿失禁ある
いは、尿の漏れはない。
尿をしても、またすぐ尿
意を感じることはありま
せん。普通、夜寝てから
朝起きるまでにはトイレに行かない。私も1回くらい起きますの
で、1回までは良いのではないかと考えていますが、一般には
このように言われています。尿意をはっきり感じ、ある程度の我
慢もできる、これが一応正常な排尿ということになっています。
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<正常な排尿とは?>
蓄尿は脳と膀胱など
をむすぶ神経の複雑
な協調作用によって行
われます。簡単に見え
る排尿ですけれども、
極めて複雑なメカニズ
ムによって、膀胱に尿
をためているときには、
脳のほうで、おしっこが出ないようにというような司令が出てい
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るわけです。膀胱が収縮しないように、弛緩させるように。そし
て逆に尿道のほうは漏れないように、しっかり押さえるように働
いています。これが蓄尿のときの状態です。
先程は、女性の場
合ですけれど、男性の
場合はここに前立腺が
ありますから、だいぶ複
雑になります。ただ、中
枢のほうは同じ、膀胱を
弛緩させるという点も同
じです。漏れないように
尿道と前立腺の部分で押さえる、ここが男性と女性では非常
に異なる点です。
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次に、排尿をするとき
はどうかというと、中枢
のほうで抑制の解除が
ありますと、今度はまっ
たく逆に、膀胱は縮まる
ように働いて、尿道は開
きます。すると正常な排
尿ができます。
男性における排尿の場合は、女性とまったく同じですけれど、
ここに前立腺があるので、1段階複雑になっています。
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下部尿路症状
-最新の治療法と予防法-
阿波 裕輔 先生
(千葉大学大学院医学研究院)
ご略歴
1997 年に佐賀医科大学医学部医学科卒業。同年に千葉大
学泌尿器科に入局。千葉大学医学部附属病院泌尿器科(研
修医)。1998 年に千葉大学大学院医学研究院博士課程(外
科系後腹膜臓器機能学)入学。1998 年に労働福祉事業団横
浜労災病院泌尿器科(研修医)。1999 年に栃木県厚生連塩
谷総合病院泌尿器科(医師)。2001 年に千葉大学病院泌尿
器科(医員)。2002 年に千葉大学大学院医学研究院博士課
程(外科系後腹膜臓器機能学)修了。2002 年に労働福祉事
業団横浜労災病院泌尿器科(医師)。2003 年に千葉大学病
院泌尿器科(医員)。2004 年に千葉大学大学院医学研究院
泌尿器科(助手)。2007 年に千葉大学大学院医学研究院泌
尿器科(助教)。2009 年より邦和会船橋クリニック。
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司会:この次は阿波先生にお話しいただきます。千葉大学大
学院医学研究院の助教でいらっしゃいます。ご略歴は書いて
ありますので遠慮させていただきます。では、阿波先生、どう
ぞよろしくお願いいたします。
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下部尿路症状
-最新の治療法と予防法-
皆さま、こんにちは。
本日は、このような機会
を与えていただきました
HAB研究機構の皆さま
に謝辞を述べさせてい
ただきます。
それでは早速、「トイ
レのことを気にしない生
活 下部尿路症状 -最新の治療法と予防法-」ということで
話させていただきます。
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「トイレのことを気にしない生活」という主題ですが、高齢化
社会を迎えるようになりまして、女性においては主に尿失禁、
男性においては、前立腺肥大症に伴う排出障害が問題となっ
てきています。また、男女共通の症状である、頻尿、尿意切迫
感を伴う過活動膀胱という症状症候群の概念も、マスメディア
を通しまして認識されるようになりました。本日は下部尿路症
状について、最新の治療と予防についてお話しいたします。
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<膀胱とは・・・>
まず膀胱についてお
話いたします。膀胱を
辞書で調べてみますと
大辞泉ですけれど、膀
胱とは、「骨盤内にあり、
腎臓(じんぞう)でつくら
れ尿管を経て運ばれる
尿を一時たくわえておく
筋性の袋状の器官。尿は前方に続く尿道を経て体外に排出
される」と書かれています。膀胱は、通常500~600mL位の尿
をためることができます。
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<膀胱は尿路の一部>
続いて解剖図を見て
みますと、男性と女性
では、膀胱まではほぼ
一緒ですけれど、伊藤
先生のお話にもありまし
た、男性には前立腺が
あり尿道が長い、女性
は尿道が短いという違
いがあります。
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下部尿路症状
-最新の治療法と予防法-
<骨盤内の解剖-男女の違い->
この解剖学的な違いを
見てみますと、女性は
尿道が短いゆえに、少
しの刺激で失禁してし
まうという構造となって
いて、男性の場合は、
膀胱の下の前立腺が大
きくなると、逆に尿をし
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にくくなる構造となっているのです。
<膀胱の働き>
膀胱の働きを見てみ
ますと大きく2つ、蓄尿
期と排尿期があります。
蓄尿期では膀胱は一
般的に、ほとんど膀胱
の筋肉自体が弛緩して
いますが、失禁をしな
いように、尿道括約筋と
いうものが収縮して、尿を貯めます。では今度は排尿期、おし
っこをするときにはどうなるかというと、膀胱の筋肉自体が収縮
し始めまして、それとほぼ同時に尿道括約筋という筋肉が弛
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緩します。これらの膀胱の収縮と、尿道括約筋の弛緩が、協
調がうまくいかないと排尿困難などが起きる原因になります。こ
れらの2つの働きがとても重要となっているのです。
<種により、膀胱の働きが少し異なる>
種によって、膀胱の働
きが異なります。ヒトは
先程ご説明とおりで、通
常、蓄尿期に尿をため、
排出期に尿を出しま
す。
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イヌでは、縄張り争い
に尿を使っているので、行動中は、おしっこをあまりためてい
ないと考えています。
ラクダにいたっては、乾燥した気候に適応するために、膀胱
を、水分を蓄える臓器として利用することができるということで
す。余談ですけれど、ラクダのこぶに水がたまっているという
説は、実は脂肪が蓄えられていて体温の上昇を防いでいると
いうことです。
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ハルナール研究開発物語
宮田 桂司 先生
(アステラス製薬株式会社)
ご略歴
1980 年 3 月に北海道大学大学院獣医学研究科修士課程形
態治療学専攻を修了。1980 年 4 月に山之内製薬株式会社
入社。2004 年 4 月に山之内製薬株式会社薬理研究所 所長。
2005 年 4 月にアステラス製薬株式会社薬理研究所 副所長、
筑波大学客員教授 基礎医学系。2007 年 10 月 にアステラ
ス製薬株式会社開発薬理研究所 所長。
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司会者:それでは、第3席目に入りたいと思います。「ハルナ
ール研究開発物語」ということで、前立腺肥大に伴う排尿障害
の治療薬として、世界で初めて日本で開発されて、世界的に
もかなり活躍している医薬品ということで、その開発物語につ
いて、これからお話をうかがいます。演者はアステラス製薬株
式会社の宮田先生です。
実は、先ほどお話をうかがいましたら、入社されたときにはこ
の医薬品の開発が始まっていて、奥さまはこの開発に携わら
れたというお話でございました。要旨を見ていただくとわかるよ
うに、薬というのは目的を持って開発が始まるわけですけれど
も、そのとおりになかなかいかない部分があって、ほかにも同
じような経緯で実際に市場に出ている薬もあるわけです。そう
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ハルナール研究開発物語
いったところの裏話も含めて、開発が非常に大変だというとこ
ろも皆さんにご理解いただければということで、お聞きになっ
ていただければと思います。
それでは、どうぞよろしくお願いいたします。
北田先生、女房のこと
も 含 め 、 ご紹 介 を い た
だきましてどうもありがと
うございます。アステラ
ス製薬、宮田でござい
ます。本日は、このよう
な発表の機会を与えて
いただきまして、深く感
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謝を申しあげます。
ただ、あまり宣伝になってもいけないと思いますので、ハル
ナールの話は、もちろん中心にさせていただきますけれども、
一般的に医薬品というのが、どのようにつくられていくかという
ようなことを最初にお話しさせていただいて、後半のほうで実
際にハルナールのお話をさせていただきたいと思います。
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<ハルナール>
まずハルナールの概
略ですが、先ほど伊藤
先生、阿波先生のほう
からもお話ししていた
だきましたけれども、一
般名はタムスロシン。
適応症は、前立腺肥
大症(BPH)に伴う排
尿障害です。標的分子が、アドレナリンのα1受容体。その作
用メカニズムですけれども、このα1受容体を遮断する、あるい
は拮抗するというのがメカニズムです。
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このハルナール自身は1980年に合成されまして、その後13
年かかり、最初は徐放性のカプセルとして市場に出ています。
その後さらに利便性を上げるということで、今度は口腔内崩壊
錠、これはもちろん水ですとか、ぬるま湯と一緒に飲んでもけ
っこうですけれども、水がなくても口の中で、唾液で溶ける、こ
ういうような性質の錠剤というのを2005年に上市しています。
このハルナールというのを、どのようにして、こういう名前をつ
けたかということですが、先ほど阿波先生のお話にもハルンケ
アというのがありましたが、「ハルン」というのはドイツ語でして
「尿」のことです。そういうようなことで、この泌尿器系の薬剤に
は「ハル」とか「ハルン」という言葉がけっこう出てきます。
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ハルナール研究開発物語
もう1つ意味がありまして、「尿の出が青春(ハル)時代のよう
になる薬剤」という、青春時代のように、よくおしっこが出てほし
いと、そういうようなことで「ハルになる」という意味も裏のほうに
あります。こういうことで、このハルナールという名前がつけられ
ています。
<新薬誕生までの一般的プロセス 11~15年の歳月>
まず最初に申しあげ
ましたように、新薬誕
生までのごく一般的な
プロセスということで、
どのように研究開発が
おこなわれるかというこ
とを、ご紹介申しあげ
たいと思います。
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まず最初に、新薬候補、あるいは、その開発をする候補とな
る化合物を探索しますが、ここに3年から4年の年月がかかりま
す。このあと、この候補品を絞りまして、それをさらに2年から3
年かけて前臨床試験というのがおこなわれます。ここまできて、
ようやく人の治験のほうに進むわけです。
臨床試験あるいは治験とも言いますけれども、平均的に5年
から7年、長いものでは10年以上かかるというものもけっこうあ
ります。ここで臨床効果がはっきりしたあとに、いわゆる承認申
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請ということで、日本では厚生労働省、アメリカの場合には
FDAになりますけれども、ここに、この薬剤を上市させてくださ
いということで申請をしまして、そこで約2年ぐらいかかりますけ
れども、審査を経てよければ承認される。
さらに日本の場合には、薬の値段というのは、自分たちでつ
けるのではなくて国が決める。薬価が決められて初めて世に
出る、となります。全体を平均しますと、だいたい11年から15
年。もちろん長いものでは20年近くかかるものもあります。
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<新薬候補(開発)化合物の探索研究(3~4年)>
もう少し詳しくお話し
しますと、特に初期の
段階で、この新薬候補
の化合物を、どういう
ふうに探索研究をして
いくかということですが、
何といっても最初に情
報を分析しまして、どう
いうテーマをやるか、ここがもちろん大事なわけです。
これは、すなわち、その標的となる疾患、あるいはその目的
とする薬理活性を決めるということで、例えば、このハルナー
ルの場合には、標的疾患というのは、前立腺肥大症に伴う排
尿障害。薬理活性というのは、α1受容体遮断作用ということに
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ハルナール研究開発物語
なります。
これらの情報はどこから持ってくるかということですが、基本
的には、これまでの各社の、いわゆる自社研究の蓄積、ある
いは文献情報、論文情報、学会での情報。最近よく出てきま
すが、ゲノム情報等を含むような特許に関する情報。さらには
医療ニーズ、これはアンメットメディカルニーズ(UMN)という
ことで、満たされない医療ニーズと訳されますが、実際に医療
の現場でどういうようなお薬が求められているか、あるいは実
際に出ている薬にどのような欠点があるか、そのようなことを出
版している調査機関もあります。
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さらには直接専門の先生方をお伺いして、例えば泌尿器で
したら、今日の伊藤先生、あるいは阿波先生を訪問して、どう
いう薬が泌尿器では必要でしょうかとか、満足度はどうでしょう
か、そのようなことも意見をお伺いして、これらの情報を総合的
に考えてテーマをつくる、こういうのが最初の段階です。
こういうテーマができますと、じゃあ今度はどういう化合物を
つくっていったらいいか、それがリードとなる化合物ですけれ
ども、狭い意味ではここが創薬の開始になるわけです。
リード化合物といいましても、現在ではハイスループットスクリ
ーニング(HTS)といいまして、例えば何十万、何百万という化
合物、この中からリードとなる化合物を見つけるというのが、ご
く最近では主流になっていますけれども、これからお話しする
ハルナールの場合には、まだこういうハイスループットスクリー
ニング(HTS)というような技術はもちろんありませんでしたの
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で、私どもは、あとからご紹介しますが、自社化合物の構造を
修飾するということで、リード化合物の創製を始めています。
自社になければ当然、他社の特許化合物の情報等が公開
されたあとに、そういうものを参考に化合物をつくっていき、見
つけたリード化合物を最適化するという、これが、スクリーニン
グという言葉をよくお聞きになるかと思いますが、狭い意味の
スクリーニングでありまして、3年から4年はかけます。
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<リード化合物の最適化(スクリーニング)>
いまのリード化合物
の最適化、スクリーニ
ングということですけれ
ども、なぜ最適化が必
要かということですが、
基本的にリード化合物
として見つけたものが、
そのまま薬になるとい
うことはほとんどありません。目的とする作用をできるだけ大き
くする、例えばハルナールでしたら、そのα1受容体に対する
選択性を高めたり、あるいは活性そのものを高めたり。さらに
は、経口吸収性といいまして、せっかく強い化合物をつくって
も、投与したときに吸収されなければ何の意味もありません。も
ちろん静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与という直接注射で
入れるという方法もありますが、やはり経口投与が一番楽です
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ハルナール研究開発物語
ので、経口投与できればそれにこしたことはないということで、
経口吸収性を調べます。
一方、望まれない作用として、いわゆる副作用ですが、薬理
作用のなかでもいらない薬理作用、毒性、代謝等の欠点、こう
いうところはなるべく小さくしていくということで、望むものと、望
まないものの差を大きくしていく、これが最適化の過程です。
それを生物試験によって絞り込んでいきます。大きくin vitro、
in vivoという言葉がありますが、in vitroというのは細胞レベ
ル、あるいは臓器レベルです。例えば動物の腸管を持ってき
たり、動物の心臓を取り出してきたり、取り出したものでの試験
がin vitro試験。あるいは動物をそのまま、ラットならラット、イ
ヌならイヌを、例えば麻酔をした状態とか、麻酔をかけずにそ
のままとか、そういう生体のまま用いるのがin vivo試験といい
ますけれど、その手法を使ってやっていきます。
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