2 行列とベクトルの計算 行列のできるラーメン屋さん,コンサート会場の周りに前夜から長 い行列ができる,蟻の行列などのように,日常生活では行列という 言葉は≪多くの人間や生物などが列を作って並んでいるさま≫を表 すために使われることが多い. しかしながら,日常生活での言い回しとは異なり,線形代数で扱 う行列とは数を長方形の形に並べたものである.また,ベクトルと は数を横 1 列に並べたり,縦 1 列に並べたものである.この章では 行列とベクトルの基本的な計算方法を説明する. 2.1 ベクトルの表現 ≪ベクトルの成分と次元≫ 実数や複素数を並べて括弧でくくったものをベクト ルという.たとえば, ( ) 3 −1 はベクトルである.一般に,ベクトル ( ) a1 a2 · · · an (2.1) の中の最初(左端)の数 a1 を第 1 成分,i 番目の数 ai を第 i 成分といい,成 ( ) 分の総数 n を次元という.たとえば,ベクトル 3 −1 の次元は 2,第 1 成分は 3,第 2 成分は −1 である.また, ( ) −2 7 4 −5 の次元は 4,第 2 成分は 7,第 4 成分は −5 である.ベクトルを表示するため に,上の例では数を横 1 列に並べたが, a1 −2 ( ) 7 3 a2 , .. 4 , −1 . −5 an のように縦に並べてもよい.成分を横に並べたものを横ベクトル,縦に並べた ものを縦ベクトルという.また,a,x,y のような太字の英小文字でベクトル を表すことがある.さらに,すべての成分が 0 のベクトルは零ベクトルと呼ば れ,数字 0 の太字 0 で表現されることが多い. ¶ Tidbit: ベクトル空間 ³ 本書で紹介するよりもはるかに広い枠組みの中でベクトルは考えられてい る.たとえば,関数 f (x) = x や g(x) = x2 もベクトルとみなすことができ る.この場合,関数 f + g は (f + g)(x) = x + x2 と定義される.詳しいこ とは「関数空間」や「ベクトル空間」でウェブ検索をすれば調べることがで きる.ただし,理工系であっても,大学の初級課程のレベルでは実数や複 素数を成分とするベクトルに関する議論だけで線形代数の本質を学ぶこと ができる.このため,本書では数を並べた数ベクトルのみを扱う. µ 8 ´ 2.2 ベクトルのスカラー倍,和と差 ≪等しいベクトル≫ 2 つのベクトル a,b の次元が同じであり,対応する成分 がすべて等しいときに,a,b は等しいという. ≪スカラー倍≫ ベクトル a に数 λ を乗じたスカラー倍 λa とは a の各成分を λ 倍したものである. λa1 a1 λa2 a2 a = .. =⇒ λa = .. . . an −1 を乗じた (−1)a は単に −a と書かれることもある. ≪和と差≫ 同じ次元を持つ 2 つのベクトル a,b に対して和と差が定義され る.和 a + b は成分同士を加えたものとして,差 a − b は a + (−b) として定 義される. a1 b1 a2 b2 a = .. , b = .. . . an bn =⇒ a+b= a1 + b 1 a2 + b 2 .. . , a − b = a1 − b 1 a2 − b 2 .. . 3 7 例題2−1 a = −1,b = 4 とするとき,つぎを計算せよ. 5 −2 (1) −3a (2) 2a − 3b (3) 3a + 2c = b となるベクトル c (解答例)(1) −3a = −3 −1 = 3 5 = (2) 2a − 3b = 2 −1 − 3 4 = −2 − 10 −2 5 7−3·3 1 1 1 (3) c = (b − 3a) = 4 − 3 · (−1) = 2 2 2 −2 − 3 · 5 3 7 9 6 −2 3 ® © 7 −1 課題2−1 a = 4 ,b = 3 とするとき,つぎを計算せよ. ª −5 −1 (1) −2a (2) 3a − 2b (3) 4a + c = b となるベクトル c ( ) ( ) 1 i ,b = 課題2−2 i = −1 を虚数単位とする(i2 = −1).a = i −1 ª として,つぎを計算せよ. ® © √ (1) (1 + i)a (2) 2ia + (1 − i)b (3) ia + c = 2b となるベクトル c ® © ¶ まとめ:ベクトルのスカラー倍,和と差 ª ³ λ,µ を数(実数か複素数),a,b,c を同じ次元のベクトルとする.この ときつぎが成り立つ. (1) (λµ)a = λ( a) (2) (λ + µ)a = (3) λ(a + b) = λa + a + µa (4) a + b = b + (5) (a + b) + c = a + ( + c) (6) a + 0 = +a= µ ´ 実ベクトルの内積 2.3 ≪実ベクトル≫ すべての成分が実数であるベクトルを実ベクトルといい,複素 数成分が 1 つでもある場合は複素ベクトルという.この節では,実ベクトルは 点の座標と対応することを復習し,2 つの実ベクトルの内積の定義と性質を確 認する(複素ベクトルの内積は 5 章で解説する). z y p2 p3 P2 p1 a = p 2 p 1 P3 = p2 p3 1 A O P1 O p1 p1 3 P1 x x Figure 2.1: 2 次元の直交座標系 p2 y p1 P2 = p2 0 Figure 2.2: 3 次元の直交座標系 ≪ベクトルの大きさ≫ はじめに,2 次元の直交座標系と 2 次元ベクトルの対 応を考える.平面上の点の位置は座標や位置ベクトルによって表される.中学 10 校や高等学校では座標は横に書かれること多いが,線形変換を扱う際には縦書 きで表現した方が便利である.たとえば,Figure 2.1 の点 A の位置は x 座標 (√ ) √ 3 3 と y 座標 1 を成分とする 2 次元ベクトル で表される.位置ベクト 1 (√ ) −→ 3 ル OA = も同じベクトルになる.ベクトル a の大きさはその長さで定 1 ( ) −−→ p1 義され,|a| のように絶対値と同じ記号で表す.ベクトル a = OP2 = の p2 大きさはピタゴラスの定理より √ −−→ |a| = |OP2 | = p1 2 + p2 2 である.Figure 2.2 に示したように 3 次元の直交座標系と 3 次元ベクトルの対 応も同様である.すなわち,点 P3 の位置は x,y ,z 座標の値を成分とする 3 p1 次元ベクトル p2 で表される.点 P3 から xy 平面へ下ろした垂線の足を P2 , p3 −→ P2 から x 軸への垂線の足を P1 とする.すると,3 次元ベクトル a = OP の長 さは,ピタゴラスの定理を三角形 OP2 P と OP1 P2 に適用 −−→ −−→ −−−→ −−→ −−−→ −−−→ |a|2 = |OP3 |2 = |OP2 |2 + |P2 P3 |2 = |OP1 |2 + |P1 P2 |2 + |P2 P3 |2 することによって −→ |a| = |OP| = であることが分かる. つぎに n 次元のベクトルを考え xn る.n は 4 でも 5 でも,100 でも p1 ⋮ 1000 でも構わない.我々は 3 次元空 pn Pn = pn −2 間の中で暮らしているので,n 次元 p pn −1 ベクトルといわれるとちょっとびっく n りするかも知れない.しかし,まず p1 ⋮ は単純に 100 次元ベクトルとは数が pn −1 x n −1 100 個並んだもの,n 次元ベクトル Pn −2 = pn −2 O 0 とは数が n 個並んだものと考えよう. 0 p1 ⋮ Figure 2.3 には x1 軸,· · · ,xn−2 p1, ⋯, pn −2 p P = n − 2 軸を 1 本にまとめることによって n n −1 p n −1 x 1, ⋯, x n −2 次元の直交座標系が模式的に描かれ 0 −→ ている.a = OP の長さはピタゴラ スの定理を n − 1 回適用することに Figure 2.3: n 次元の直交座標系 よって −→ |a| = |OP| = となる. 11 ≪実ベクトルの内積≫ 実ベクトル a と b の内積 (a, b) はおのおのの大きさ |a|,|b| と 2 つのベクトルがなす角 θ(0 ≤ θ ≤ π ) によって (a, b) = |a| |b| (2.2) と定義される(Figure 2.4 参照).この定義は,2 次元のベクトルに対しても, 3 次元のベクトルに対しても,n 次元のベクトルに対しても同じである.なぜ ならば,Figure 2.5 に示すように, −→ a = PA, −→ b = PB となるような点 P,A,B を選び,この 3 点を通る平面内で考えれば,2 次元 のベクトルの場合と同一であるからである. x 3 , ⋯, x n B b b P θ A θ a O a x2 x1 Figure 2.4: ベクトルの内積 Figure 2.5: n 次元空間における内積 ≪内積の成分表示≫ 高等学校では,内積 (2.2) をベクトルの成分で表すことも a1 b1 a2 b2 学んだ.n 次元ベクトル a = .. と b = .. の内積も . . an bn (a, b) = a1 b1 + a2 b2 + · · · + an bn (2.3) と成分の積と和で表現できる.実際,Figure 2.5 の三角形 PAB に関する余弦 定理 |AB|2 = |PA|2 + |PB|2 − 2|PA||PB| cos θ すなわち,|b − a|2 = |a|2 + |b|2 − 2|a||b| cos θ を利用すれば, ) 1( 2 (a, b) = |a||b| cos θ = |a| + |b|2 − |b − a|2 2 ) ( n n n ∑ ∑ ∑ 1 (bj − aj )2 = bj 2 − aj 2 + 2 j=1 j=1 j=1 ) ∑ 1 ∑( 2 aj bj = (2.3) の右辺 = aj + bj 2 − (bj 2 − 2bj aj + aj 2 ) = 2 j=1 j=1 n n 12 となる.同値な 2 つの定義 (2.2) と (2.3) からベクトル a と b がなす角 θ を cos θ = (2.4) から求めることができる.特に,a と b が直交するときには (a, b) = (2.5) が成り立つ.一方,0 ではないベクトル a と b が平行になるのは a = kb となる実数 k が存在するときである. ® © 課題2−3 下の図のベクトル a,b に対して,−2a,2a+b,a−3b,2b−a ª を図の中に書き込め. b a ( ) ( ) 1 −3 例題2−2 a を実数,x = ,y = とする. 2 a 3π (1) x と y がなす角が になるような a を求めよ. 4 (2) x と y が平行になるような a を求めよ. (解答例)(1) (x, y) = −3 + 2a,|x| = √ 5,|y| = √ 9 + a2 である.(2.4) より 3π 1 2a − 3 √ √ = cos = −√ 4 5 9 + a2 2 (2.6) となる.両辺を自乗して a に関して整理すれば (a + 1)(a − 9) = 0 が得られる が,a = −1,a = 9 のうち (2.6) を満たすのは a = −1 だけである.したがっ 13 て,求める a は a = −1 である. (2) x = ky なる実数 k が存在するときに x と y が平行になる.成分の比較 1 = −3k ,2 = ka より k = −1/3,a = −6 が得られる. ® ( © 課題2−4 a を実数,x = ª ( ) ) 1 a ,y = とする. −1 1 (1) x と y が直交するような a を求めよ. π (2) x と y がなす角が になるような a を求めよ. 3 (3) x と y が平行になるような a を求めよ. 2 1 課題2−5(TAチェック) a,b を実数,x = a,y = −1 とする. ª 0 b ® © (1) x と y が直交するような a,b を求めよ. (2) x と y が平行になるような a,b を求めよ. 1 π −1 がなす角が になるような a を求めよ. (3) x と z = √ 4 2 a 2 ® © a + 1 −1 課題2−6(TAチェック) a,b,c を実数,x = b ,y = 0 ª c 3 とする. (1) x と y が直交するような a,b,c を求めよ. (2) x と y が平行になるような a,b,c を求めよ. © ® ¶ まとめ:実ベクトルの内積 ª ³ λ を実数,a,b,c を同じ次元のベクトルとする.このときつぎが成り立 つ. (1) (a, b + c) = (a, b) + (a, (3) (λa, b) = (a, b) = ) (2) (a + b, c) = (a, c) + ( (a, b) (4) (a, b) = (b, (5) (a, a) ≥ 0 であり,等号は a = µ , c) ) のときのみ成立 ´ 14 2.4 ベクトルによる図形の表現 ≪直線のベクトル方程式≫ 平面 上の直線の方程式としては y = ax + b(a,b は実数)が中学校 や高等学校では使われる.これ は直線を 1 次関数のグラフとし て捕らえた表現であり,分かり やすいが,y 軸に平行な直線を 表現できない.一方,x = cy + d という表現は x 軸に平行な直線 を表現できない. ここでは,直線上の 1 点の位 置ベクトルと直線の方向を示す ベクトルで直線を表現する.た y P a 3 2 P0 −2 O x Figure 2.6: 直線のベクトル方程式 ( ( ) 2 とえば,Figure 2.6 のように点 P0 = を通り,a = の方向に伸びる 1 ( ) −→ x 直線を考える.するとこの直線上の点 P = の位置ベクトル OP はある実 y 数 t を用いて −→ −−→ OP = OP0 + ta −2 2 ) で表される.逆に,このように表現される点全体 −→ −−→ OP = OP0 + ta (t は実数) (2.7) は P0 を通り,a の方向に伸びる直線全体と一致する.(2.7) やこれを成分ごと に書いた ( ) ( ) ( ) x −2 2 = +t (t は実数) (2.8) y 2 1 を直線のベクトル方程式という. 一般に,a 6= 0 ならば (2.7) は P0 を通る方向 a の直線のベクトル方程式に なる.なお,a = 0 ならば (2.7) は 1 点 P0 のみを表す. 例題2−3 つぎの直線のベクトル方程式を求めよ. ( ) ( ) −1 2 (1) 2 点 , を通る直線 (2) 直線 y = 3x + 1 −3 3 ( ) 2 (3) 点 を通り y 軸に平行な直線 −2 ( ) ( ) ( ) 2 −1 3 (解答例)(1) 直線の方向は − = であるから,この直線のベ 3 −3 6 クトル方程式は ( ) x y ( = ) −1 −3 ) ( +t 6 15 (t は実数) ( ) ( ) ( ) 3 1 −1 である.なお, は や と平行だから 6 2 −2 ( ) ( ) ( ) 1 x +t (t は実数) = y −3 ( ) ( ) ( ) −1 x = +t (t は実数) y 3 なども同じ直線を表すベクトル方程式である. ( ) ( ) 1 0 (2) この直線の方向は であり, を通るから,ベクトル方程式はつぎ 3 1 の通りである. ( ) ( ) ( ) 0 x = +t (t は実数) y 3 ( ) 0 (3) 直線の方向は であるから,ベクトル方程式はつぎの通りである. 1 ( ) ( ) ( ) 2 x = (t は実数) +t y 1 ® © 課題2−7(TAチェック) つぎの直線のベクトル方程式を求めよ. ª ( ) ( ) 2 1 を通る直線 (2) 直線 2x + 3y = 1 , (1) 2 点 −1 2 ( ) 3 を通り,傾きが −1 である直線 (3) 点 −1 ( ) 2 を通り x 軸に平行な直線 (4) 点 −2 例題2−4 ベクトル方程式で表現されたつぎの 2 直線の交点を求めよ. ( ) ( ) ( ) x 0 1 = +t (t は実数), y 1 3 (解答例) 交点では { ( ) ( ) ( ) x 2 1 = −s (s は実数) y 3 2 t=2−s 1 + 3t = 3 − 2s が成立する.上の式の t を下の式に代入すれば,1 + 3(2 − s) = 3 − 2s となり, ( ) s = 4 である.したがって,交点は である. 16 ® © 課題2−8 ベクトル方程式で表現されたつぎの 2 直線の交点を求めよ. ª ( ) ( ) ( ) x −1 1 = +t (t は実数), y −3 2 ( ) ( ) ( ) x −2 2 = +s (s は実数) y 2 1 平面上の直線と同じ考え方に基づいて,3 次元空間における直線も,さらには, n 次元空間における直線も (2.7) と同じ形のベクトル方程式で表現される. たとえ 1 2 2 1 ば,3 次元空間の 2 点 −1 と 3 を通る直線の方向は 3 − −1 = 2 −1 −1 2 1 4 であるから,ベクトル方程式はつぎの通りである. −3 x 1 1 y = −1 + t 4 z 2 −3 ≪ベクトルによる円の表現≫ 直線だけではな く,いろいろな図形がベクトルを利用して表 ( ) p1 現される.たとえば,P0 = を中心とす p2 (t は実数) y P る半径 r の円の方程式としては θ (x − p1 ) + (y − p2 ) = r 2 2 2 P0 がよく使われるが,これは円を中心からの距 x 離が一定の集合として捕らえた表現である.こ の考え方を少しだけ変更してみよう.長さ r O のひもを用意し,その一端を原点から P0 ま で移動し固定する.その後,もう 1 つの端を Figure 2.7: 円のベクトル方程式 引っ張ってぐるぐる回せば円を描ける.こう して, ベクトルを利用した円の表現 ( ) ( ) ( ) cos θ x p1 +r (0 ≤ θ ≤ 2π) (2.9) = p2 sin θ y ( ) x が得られる(Figure 2.7 参照).ここに,P = は円の上の点,θ は線分 P0 P y が x 軸の正の方向となす角であり,0 ≤ θ ≤ 2π はひもの端をぐるぐる回すこ とに対応する. 17 ¶ Tidbit: 楕円,双曲線,放物線のベクトルを利用した表現 ³ 楕円,双曲線,放物線もつぎのようにベクトルを利用して表現できる. ( ) ( ) ( ) x2 x 0 2 cos θ 2 楕 円: 2 + (y − 1) = 1 ⇐⇒ = + (0 ≤ θ ≤ 2π) y 1 sin θ 2 x2 双曲線: 2 − (y − 1)2 = 1 ⇐⇒ 2 ( ) ( ) ( ) x 0 ±2 cosh t = + (t は実数) y 1 sinh t ( ) ( ) ( ) x 4 3(t + 1)2 放物線:x = 4 − 3(y + 1) ⇐⇒ = − (t は実数) y 0 −t 2 ここに cosh t = µ 2.5 1 1 t (e + e−t ),sinh t = (et − e−t ) は双曲線関数と呼ばれる. 2 2 ´ 行列の表現 ≪行ベクトル,列ベクトル,・ ・ ・≫ 実数や複素数を長方形の形に並べて括弧で くくったものを行列という.たとえば, ( ) 3 −2 0 (2.10) 4 5 1 は行列である.数の横の並びを行といい,上から順に,第 1 行,第 2 行,· · · と いう.行がベクトルであることを明示する際には行ベクトルという.縦の並び を列と呼び,左から順に,第 1 列,第 2 列,· · · という.列をベクトルとして ( ) 扱うときは列ベクトルと呼ぶ.(2.10) の場合は,第 1 行ベクトルが 3 −2 0 ( ) 0 が第 3 列ベクトルである. であり, 1 行の数が m,列の数が n である行列を m 行 n 列行列とか m × n 行列と 呼ぶ.行と列の数が等しいときには n 次正方行列という.たとえば,(2.10) は ( ) 1 −2 は 2 次正方行列である.ベクトルも行列の一種である. 2 × 3 行列, 0 3 n 次元横ベクトルは 1 × n 行列,m 次元縦ベクトルは m × 1 行列である. ベクトルと同様に,行列を構成する数を成分という.行列 a11 · · · a1j · · · a1n .. .. .. .. .. . . . . . (2.11) ai1 · · · aij · · · ain . . . . . .. .. .. .. .. am1 · · · amj · · · amn の i 行 j 列目に位置する成分 aij は i 行 j 列成分とか (i, j) 成分とか呼ばれ る.大きな行列の成分をすべて表示することは煩わしいこともあり,行列を A, ( ) B ,X ,Y のように英大文字で表したり, aij のように (i, j) 成分で代表した りする. 18 ( ) 1 0 ≪単位行列,零行列≫ のように aij = 1(i = j ),aij = 0(i 6= j )で 0 1 ある正方行列は単位行列と呼ばれ E や I で表現される.すべての成分が 0 の 行列は零行列と呼ばれ,英大文字 O で表記される.E ,I ,O は他の一般の行 列を表すためには使用しない方がよい. ≪等しい行列≫ 行列 A,B の行の数も列の数も等しいとき A,B は同じ型を 持つという.また,2 つの行列 A,B が等しいとは,A,B が同じ型を持ち,対 応する成分がすべて等しいことである. ≪転置行列≫ 行列 A の行と列を入れ替えたものを転置行列といい,左肩に t を付けた tA で表す.転置行列を表す記号を使えば,縦ベクトルも 3 ( ) −2 ≡ t 3 −2 0 0 のように横書きすることができる. 例題2−5 (2.10) の転置行列はつぎの通りである. ( t ® ) 3 −2 0 = 4 5 1 © 課題2−9 つぎの ª に適切な記号などを入れよ. (1) A が m × n 行列ならば tA は × (2) (2.11) の転置行列の (i, j) 成分は ® 行列である. である. © 課題2−10 つぎの行列の転置行列を計算せよ. ª ) ( −2 1 ,A4 = 0 −2 ( ) 0 1 0 0 0 1 0 A5 = ,A6 = 0 ,A7 = 0 5 ,A8 = −2 2 0 1 2 0 3 0 ( ) ( ) A1 = 4 0 ,A2 = 0 −1 0 ,A3 = ( ) 0 , 0 0 −1 0 0 3 0 行列はベクトルを並べたものとして考えることもできる.(2.11) の第 1 行ベク ( ) ( ) トル a11 · · · a1j · · · a1n を u1 ,· · · ,第 i 行ベクトル ai1 · · · aij · · · ain ( ) を ui ,· · · ,第 m 行ベクトル am1 · · · amj · · · amn を um と置けば,(2.11) はこれらを縦に並べたものとなる. 19 · · · a1j .. .. . . · · · aij .. .. . . · · · amj ( また,(2.11) の第 j 列ベクトル t a1j 1, 2, · · · , n),(2.11) は a11 .. . ai1 . .. am1 a11 .. . ai1 . .. am1 · · · a1j .. .. . . · · · aij .. .. . . · · · amj · · · a1n .. .. . . · · · ain .. .. . . · · · amn · · · a1n u .. 1 .. . . · · · · · · ain = (2.12) ui . .. · · · . . . um · · · amn ) · · · aij · · · amj を v j と置けば(j = ( = v1 ··· vj ··· vn ) (2.13) のように列ベクトルを n 個並べて表現できる. 2.6 行列のスカラー倍,和と差 ≪スカラー倍≫ ベクトルと同様に,行列 A に数 λ は A の各成分を λ 倍したもの a11 a12 · · · a1n λa11 λa12 a21 a22 · · · a2n λa21 λa22 λ .. .. .. = .. .. . . . . . . . . am1 am2 · · · amn λam1 λam2 を乗じたスカラー倍 λA と · · · λa1n · · · λa2n .. .. . . · · · λamn (2.14) であり,−1 を乗じた (−1)A は単に −A と書かれる.行列 A とそのスカラー 倍 λA は同じ型を持つ. ≪和と差≫ 同じ型の行列 A と B に対して,和 A + B は成分同士を加えたも のとして,差 A − B は A + (−B) として定義される.したがって, b11 b12 · · · b1n a11 a12 · · · a1n b21 b22 · · · b2n a21 a22 · · · a2n A = .. .. . . .. .. .. , B = .. . . . . . . . . . . bm1 bm2 · · · bmn am1 am2 · · · amn ならば 20 a11 + b11 a21 + b21 A+B = .. . a12 + b12 a22 + b22 .. . ··· ··· .. . a1n + b1n a2n + b2n .. . (2.15) am1 + bm1 am2 + bm2 · · · amn + bmm a11 − b11 a21 − b21 A−B = .. . a12 − b12 a22 − b22 .. . ··· ··· .. . a1n − b1n a2n − b2n .. . (2.16) am1 − bm1 am2 − bm2 · · · amn − bmm となる.A + B や A − B の型は A や B と同じである. 例題2−6 つぎの行列のスカラー倍,和や差を考える. ( A= ) ( ) 0 2 −3 1 −1 0 , B= , 4 0 2 −1 1 2 0 2 C = −3 4 , 0 2 2 −3 4 D= 1 −2 1 (2.17) A と B は同じ型,C と D も同じ型であり, ( ) 2A + B = , 3C − 2D = となる.しかし,2 × 3 行列である A や B と 3 × 2 行列である C や D の型は 異なるので,A と C の和や B と D の差は考えない. ® © 課題2−11 (2.17) の A,B ,C ,D に対して,つぎを計算せよ. ª A + 2 tC , 3D + 2 tB , B −t C , D − 3 tA © ® ¶ まとめ:行列のスカラー倍,和と差 ª ³ λ,µ を数(実数か複素数),A,B ,C を同じ型の行列とする.このとき つぎが成り立つ. (1) (λµ)A = λ( A) (2) (λ + µ)A = (3) λ(A + B) = λA + (5) (A + B) + C = A + ( A + µA (4) A + B = B + + C) (6) A + O = µ +A= ´ 21 2.7 行列の積 ≪積が定義されるための条件≫ 2 つの行列 A,B の積 AB は A の列の数と B ( ) ( ) の行の数が一致するときにだけ考えられる.A = aij が m×n 行列,B = bij ( ) が n × p 行列のとき,積 AB = cij は m × p 行列として a11 .. . AB = ai1 . .. am1 n ∑ · · · a1j .. .. . . · · · aij .. .. . . · · · amj a1k bk1 k=1 .. . ∑ n aik bk1 = k=1 .. n . ∑ amk bk1 k=1 · · · a1n .. .. . . · · · ain .. .. . . · · · amn b11 · · · b1j .. . . . .. . . bi1 · · · bij . . . . ... .. bn1 · · · bnj n ∑ ··· a1k bkj ... ··· .. k=1 n ∑ k=1 . ··· n ∑ · · · b1p . .. . .. · · · bip . .. . .. · · · bnp .. . ··· ... aik bkj .. . ··· .. . amk bkj · · · n ∑ a1k bkp k=1 .. . n ∑ aik bkp k=1 .. . n ∑ a b (2.18) mk kp k=1 k=1 のように定義される,すなわち,積 AB の (i, j) 成分 cij は cij = ai1 b1j + ai2 b2j + · · · + ain bnj 1 ≤ i ≤ m, 1≤j≤p (2.19) である. 例題2−7 (2.17) の行列の積を考える.A と B は 2 × 3 行列,C と D は 3 × 2 行列であるから,積 AC ,DB などが定義される.実際, ( ) 0 2 ( 0 2 −3 −3 4 = AC = 4 0 2 0 2 ) 2 −3 ( 1 −1 0 1 4 = −1 1 2 −2 1 ( BD = ( ) 0 2 0 2 −3 = CA = −3 4 4 0 2 0 2 22 ) ) ( 2 −3 1 4 DB = 1 −1 −2 1 ) −1 0 1 2 = である.なお,AC ,BD は 2 × 2 行列であるの対して CA,DB は 3 × 3 行列 であるから AC 6= CA,BD 6= DB である. ® © 課題2−12 つぎの行列の積を計算し,簡潔な形に整理せよ. (1) ( ª cos θ sin θ − sin θ cos θ )( ) )( ) ( 1 b 1 −b cos θ − sin θ (2) 0 1 0 1 sin θ cos θ ≪行列のべき乗≫ A が正方行列ならば,積 AA = A2 が定義される.A2 も同 じ型の正方行列になるので,A3 ,A4 ,· · · も Ak = AAk−1 によって順次定義さ れる. ® © 課題2−13 課題2−10の行列 A1 ∼ A8 について積を定義できるか否 ª かを調べ,定義できる場合には計算せよ(A4 2 ,A8 2 も含めて 22 通り). ≪行列の積の表現≫ (2.18) に現れる行列 A の第 i 行ベクトルを ai ,B の第 j 列ベクトルを bj とすれば,ai は 1 × n 行列,bj は n × 1 行列であるから積 ai bj が定義される.この積を定義にしたがって計算すると ai bj = ai1 b1j + ai2 b2j + · · · + ain bnj となり,(2.19) に示された A と B の積 AB の (i, j) 成分と一致する.このこ とは,A を行ベクトルを縦に並べた形で書き,B を列ベクトルを横に並べた形 で書けば,積 AB をつぎのような形で表現できることを示している. a1 b1 a1 a2 ( ) a2 b1 AB = .. b1 b2 · · · bp = .. . . a 1 b2 a 2 b2 .. . am b1 am b2 am · · · a1 bp · · · a2 bp .. ... . · · · a m bp (2.20) また,A はそのままにして,B だけを列ベクトルを横に並べた形で書けば ( ) ( ) AB = A b1 b2 · · · bp = Ab1 Ab2 · · · Abp (2.21) のように計算することもできる. ≪積の非可換性(AB 6= BA)≫ 実数や複素数 λ,µ については λµ = µλ であ 23 るが,行列の積に関しては AB と BA が等しいとは限らない.たとえば, ( ) 0 0 2 −3 A= と B = −3 4 0 2 0 に関しては,AB は定義されるが,B の列の数と A の行の数が一致しないので BA は定義することさえできない.また, ( ) 0 2 0 2 −3 A= と B = −3 4 4 0 2 0 2 の場合,AB も BA も定義されるが,2 × 2 行列である AB が 3 × 3 行列である BA に等しくはなりえない.さらに,A,B が同じ型の正方行列であれば AB も BA も同じ型の正方行列であるが,つぎのように AB 6= BA となる場合も ある. ) ( ) ( ( ) ( ) 1 −1 1 1 A= , B= ⇒ AB = , BA = 1 1 0 1 ≪行列の転置と行列の積≫ 行列の転置と行列の積については t(AB) =t B tA が 成立する. ) ) ( 1 0 1 1 とする.すると ,B = 例題2−8 A = 2 1 0 1 ( ) ( ) ( ) ( 3 1 3 2 t t AB = , (AB) = , BA = , (BA) = 2 1 1 1 ) ( ) ( ) ( ) ( 3 2 1 0 1 2 t , tB tA = A= , tB = , tA tB = 1 1 0 1 1 1 ( であり,t(AB) =t B tA,t(BA) = が成立している. ( ) 一般の場合については,まず n 次元の横ベクトル a = a1 a2 · · · an と ( ) 縦ベクトル b =t b1 b2 · · · bn を考える.すると ( ab = a1 a2 ( b a = b1 b2 t t b1 ) b2 · · · an .. = a1 b1 + a2 b2 + · · · + an bn . bn a1 ) a2 · · · bn .. = b1 a1 + b2 a2 + · · · + bn an . an 24 ) , である.すなわち, t (ab) = ab = t bt a (2.22) である.一般の行列については,(2.20) のように,A を行ベクトルを縦に並べ た形で書き,B を列ベクトルを横に並べた形で書けば (tB)(tA) は t t t b1 b1 a1 t b1 t a2 · · · t b1 t am t t t t t t t b2 ( ) t b2 a1 b2 a2 · · · b2 am t t t t ( B)( A) = .. a1 a2 · · · am = .. .. .. .. . . . . . t t bp bp t a1 t bp t a2 · · · t bp t am と表現される.(tB)(tA) の (i, j) 成分 t bi t aj は (2.22) により,AB の (j, i) 成分 aj bi に等しい.したがって,t(AB) = (tB)(tA) である. ≪実行列≫ ベクトルの場合と同様にすべての成分が実数である行列を実行列と いい,1 つでも複素数成分がある場合は複素行列という.行列 A,B が実行列 ならば (2.20) より積 AB の (i, j) 成分は A の第 i 行ベクトルと B の第 j 列 ベクトルの内積に等しい.逆に,実ベクトルの内積は行列の積の形で表現でき ( ) ( ) る.実際,縦ベクトル a = t a1 a2 · · · an と b =t b1 b2 · · · bn の内積 (a, b) はつぎのように (a, b) = t ab = t ba と表される. b1 ( ) b2 t (a, b) = a1 b1 + a2 b2 + · · · + an bn = a1 a2 · · · an .. = ab . bn ® © ¶ まとめ:行列の積 ª ³ λ を数(実数か複素数),A,B ,C を行列とする.このときつぎが成り立 つ. (1) λ(AB) = (λ )B = A( (3) A(B + C) = A (5) AI = A= (7) t (AB) = t (8) AB + ) C (2) (AB)C = A(B ) = ABC (4) (A + B)C = A + (6) AO = C A= t BA とは限らない(一般に AB BA である) µ ´ ≪実対称行列≫ tA = A を満たす実行列を実対称行列という.この場合 A は必 然的に正方行列になるので n 次実対称行列のように呼ばれる.(1.3)∼(1.5) の ような x,y の 2 次方程式や (1.7)∼(1.10) のような x,y ,z の 2 次方程式は 実対称行列を用いて行列形式で表すことができる. 25 例題2−9 x,y の 2 次方程式を 2 次の実対称行列 A,1 × 2 実行列 B , 実数 c を用いて ( ( ) ( ) x x x y A +B +c=0 y y ) (2.23) √ √ の形に書くことができる.実際,(1.3) の 7x2 −6 3xy+13y 2 +4 3x+4y−12 = 0 はつぎのように表される. ( )( ) ( ) ) x ( ( ) x x y + − =0 y y © ® 課題2−14(TAチェック) つぎの 2 次方程式を 2 次の実対称行列 A, ª 1 × 2 実行列 B ,実数 c を用いて (2.23) の形に書け. √ √ (1) 2xy + 4 2x + 2 2y + 9 = 0 √ √ (2) x2 + 4xy + 4y 2 − 2 5x + 5y = 0 例題2−10 x,y ,z の 2 次方程式を 3 次の実対称行列 A,1 × 3 実行列 B ,実数 c を用いて ( x x x y z A y + B y + c = 0 z z ) (2.24) の形に書くことができる.実際,(1.7) の 2x2 +2y 2 +4z 2 +2xy +2yz +2zx−5 = 0 はつぎのように表される. x x ) ( ( ) y + x y z =0 y − z z ® © 課題2−15(TAチェック) つぎの 2 次方程式を 3 次の実対称行列 A, ª 1 × 3 実行列 B ,実数 c を用いて (2.24) の形に書け. √ √ (1) 6x2 + 4xy − 2yz + 4zx + 2y − 2z + 1 = 0 √ (2) 4x2 + 3y 2 + 3z 2 + 4xy − 2yz + 4zx − 3z = 0 (3) x2 + y 2 + z 2 + 2xy − 2yz − 2zx − 3 = 0 26
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