初版はしがき

実践民事執行法・民事保全法
はしがき
初めに,裁判官になって3年目に民事執行・民事保全事件を担当する
まで,私自身,民事執行法や民事保全法をろくに理解できていなかった
ことを告白しなければならない。大学や司法研修所で基礎は教わったは
ずであるが,理論も手続もほとんど分かっていなかった。そこで,民事
執行・民事保全事件を担当すると決まってからあわてて本を読みあさっ
た。ところが,教科書・体系書は,学問的な水準は高いが,具体的な手
続の流れがイメージできなかった。これに対して実務解説書は,具体的
な 手 続 は 詳 し く 解 説 さ れ て い る が ,基 礎 的 ・ 体 系 的 な 説 明 が 省 か れ て お り ,
初学者が全体像を理解するのには適さなかった。このときの経験から,
以 下 の 条 件 を 満 た す 民 事 執 行 法 ・民 事 保 全 法 の 本 の 執 筆 を 思 い 立 っ た 。
① 民 事 執 行 法 ・民 事 保 全 法 を 初 め て 学 ぶ 人 が , 制 度 の 全 体 像 と 手 続 の
流れを理解しやすいものであること,②そうはいっても単なる手続解説
ではなく,理論的な説明もしっかりとされていて学問的な興味も湧くも
のであること,③具体的なケースに理論を当てはめるとどのように解決
できるのかという実務への応用が示されていること,④どの手続の,ど
の段階で,どのような書類が使われているかが示されていてイメージを
描けること,⑤通読するのが苦にならない面白い内容であること。
本 書 で は ,上 記 の 条 件 を 満 た す た め に 以 下 の 工 夫 を し た 。① 第 1 章 で ,
民事保全→民事訴訟→民事執行という,民事紛争が解決に至るまでの流
れ を 具 体 例 を 用 い て 説 明 し ,第 3 章 で 各 種 の 強 制 執 行 の ア ウ ト ラ イ ン を
示 し た 。ま た ,本 書 全 体 を 通 じ て 理 解 を 補 助 す る た め の 図 を 多 用 し た ( 図
3 8 機 関 車 民 事 執 行 法 1 3 2 頁 等 )。 ② 判 例 や 通 説 を 紹 介 し た 上 で , 疑
問点については積極的に私見を展開した(コラム21・違法執行・不当
執行と国家賠償請求92頁等)。③現実に生じうるケースを数多く設定
し て , そ の 解 決 策 を 示 し た (ケ ー ス 目 次 参 照 )。 ④ 各 事 件 類 型 ご と に 模 擬
記 録 を 用 意 し た ( Ⅰ 担 保 不 動 産 競 売 事 件 記 録 3 1 2 頁 以 下 等 )。 ⑤ 民 事
執行・民事保全に関する豆知識やエピソードをコラムとして豊富に織り
込 ん だ (コ ラ ム 1 3 執 行 官 っ て ど ん な 人 ? 4 9 頁 等 )
このような工夫により,民事執行法・民事保全法の体系的な理解と実
務的な問題解決能力を読者が実践的に修得できることが本書の目的であ
る。したがって,本書は,初めて民事執行法・民事保全法を学ぶ学習者
( 法 学 部 ・ 法 科 大 学 院 学 生 ,司 法 修 習 生 ,司 法 書 士 試 験 受 験 生 等 )か ら ,
実際に民事執行事件・民事保全事件に取り組んでいる実務家(裁判官,
裁判所書記官,弁護士,司法書士,法律事務所職員,金融・不動産会社
の社員等)まで,幅広い層の方を対象としている。
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本書の普通の読み方は,本文を最初から読み進めていき,記録を参照す
る 指 示 の あ る 部 分 で 該 当 す る 記 録 を 見 る と い う 方 法 で あ る ( 記 録 に は ,事
件類型ごとのローマ数字と全ての事件を通したアラビア数字の番号をつ
けてあり,本文中で引用する場合には[
]の中にこれらの数字を入れ
て い る )。 し か し , 本 書 の 記 録 は 単 な る 書 式 集 で は な く , 原 則 と し て 一
貫したストーリーになっている。例えば担保不動産競売事件記録であれ
ば,債務者が不動産に担保権の設定を受けるところから買受人に不動産
を 明 け 渡 す ま で の 出 来 事 が 含 ま れ て い る (さ ら に 動 産 執 行 事 件 記 録 と 債
務 者 は 共 通 )。 し た が っ て , 各 記 録 の 冒 頭 に あ る 時 系 列 に よ る 説 明 (3 1
3 頁 ) と 記 録 を 対 照 し な が ら 読 め ば ,手 続 の 流 れ を 物 語 の よ う に 把 握 す る
こ と が で き る 。な お ,京 都・大 阪 地 裁 の 事 件 と い う 設 定 に な っ て い る が ,
当然架空の設定であり,それらの裁判所で用いられている書式と完全に
同 一 で は な い 。ほ か に も ,現 実 の 問 題 に 直 面 し て い る 実 務 家 の 方 ( や 試 験
に 直 面 し て い る 学 生 ) は ,ケ ー ス を 読 ん で 対 策 に 役 立 て た り ,コ ラ ム を 拾
い 読 み し て 執 行 ・保 全 の 世 界 に 興 味 を 持 つ き っ か け に し て い た だ け れ ば
幸いである。
最後に,本書の執筆に当たって貴重な助言や資料提供をいただいた中
本 敏 嗣 氏 ( 大 阪 地 裁 執 行 セ ン タ ー 部 総 括 判 事 ), 花 木 美 夫 氏 (裁 判 所 書 記
官 ), 細 井 孝 文 氏 (同 ), 芦 田 幸 雄 氏 (龍 谷 大 学 法 学 部 非 常 勤 講 師 ・ 法 律 事
務 所 職 員 ) ,安 達 隆 治 氏 ( 同 ) ,龍 谷 大 学 法 科 大 学 院 の 教 え 子 で あ る 杉 山 文
洋 氏( 判 事 補 ),江 崎 由 貴 氏 ( 研 究 生 ) ,中 岡 元 樹 氏 ( 登 記 官 ) ,同 大 学 ロ ー ・
ライブラリアン中村有利子氏に心からの感謝を捧げたい。また,日本評
論社の柴田英輔氏には欲張りな企画の実現のため,さまざまなアイデア
を出していただいた。厚くお礼申し上げる。
2011年4月
平野哲郎
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