【相談9】退職後のカルテの保存義務は? キーワード:カルテ、診療録、診療情報、プライバシー、個人情報保護、医師法 医師です。 私は、いわゆる雇われ医院長として、クリニックの管理者をしております。この度、私は退職し、別の 医師が新たに同様の立場で管理者になることになりました。患者さんの利便性も考え、私が管理者の間に 来院された患者さんのカルテはそのままクリニックに残し、次の管理者に引き継ぐ予定ですが、病院の管 理者には、カルテ等の保存義務があると聞いたのですが、退職後は私自身には保存義務はないと考えてよ ろしいでしょうか。また、後任者に引き継ぐことを患者さん全員に説明して承諾いただく必要はあります でしょうか。 【回答】 カルテなどの医療記録については、医師法第24条1項で「医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関 する事項を診療録に記載しなければならない。 」と記載義務が規定されており、同条第2項で「前項の診療 録であって、病院又は診療所に勤務する医師のした診療に関するものは、その病院又は診療所の管理者に おいて、その他の診療に関するものは、その医師において、5年間これを保存しなければならない。 」と規 定されています。したがって、病院や診療所の勤務医の診療に関する記録は病院や診療所の管理者が、勤 務医以外の医師の診療に関する記録はその医師が、5年間保存することになっています。相談者はクリニッ クの「管理者」としての立場で記録を保存していたわけですから、当然退職後は、保存義務はなくなりま す。 また、保存義務は管理者としての立場に付随する義務ですから、管理者が変われば次の管理者に保存義 務が承継されることは法律上当然のことですので、後任者に引き継ぐことをわざわざ患者さんにご説明す る必要はありません。 【説明】 病院や診療所の「管理者」については、医療法第 10 条に「病院又は診療所の開設者は、その病院又は診 療所が医業をなすものである場合は臨床研修等修了医師に、歯科医業をなすものである場合は臨床研修等 修了歯科医師に、これを管理させなければならない。 」と規定されており、通常はいわゆる「院長」を指し ます。記録を管理するのはこの院長ということになります。したがって、院長が交替すれば義務者も交替 します。 次に、後任者への引き継ぎについて説明します。患者さんは、「そのクリニックの患者さん」であって、 「管理者や担当医の患者さん」ではないので、管理者や担当医が変われば当然に後任の管理者や担当医の 患者さんも引き継がれます。したがって、特に引き継ぎに関する説明は不要です。 ただし、もし相談者が、非常にセンシティブな個人情報を患者さんから聞いており、それが治療上後任 者に引き継ぐことが必ずしも必要な情報ではなく、かつ、患者さんが相談者に対してだけ告げており、後 1 Medical-Legal Network Newsletter Vol.9, 2011, Sep. Kyoto Comparative Law Center 任者といえども伝えてほしくないという意向を持っていた(あるいはそれが推測できる)ような場合であれ ば、それをカルテに記載して引き継いでしまうことは秘密保持義務(刑法第 134 条)に違反するおそれがあ りますので、注意が必要です。 なお、 「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取り扱いのためのガイドライン」(平成 16 年・ 厚労省)では、本人の同意を得ずに「第三者」に情報提供をすることを原則として禁止する個人情報保護法 第 23 条に関して「同一事業者内で情報提供する場合は、当該個人データを『第三者』に提供したことには ならないので、本人の同意を得ずに情報の提供を行うことができる。 」とされています。したがって、日常 の診療業務の中で、後任者に情報を引き継いだり、他科にコンサルトしたり、少し大きな病院でカンファ ランスをしたりするような場合に、情報の共有について患者さんの同意を得ることは必要ありません。 派生的な問題として、患者さんが、相談者による治療を引き続き受けたいということで、相談者が勤務 する別な病院に通ってきた場合に、前のカルテが使えるかですが、特に法律上の規定はありませんが、通 常院内規定によって貸出しなどをしているものと考えられます。上記ガイドラインでも「診療所Aを過去 に受診したことのある患者が、病院Bにおいて現に受診中の場合で、病院Bから診療所Aに対し過去の診 察結果等について照会があった場合、病院Bの担当医師等が受診中の患者から同意を得ていることが確認 できれば、診療所Aは自らが保有する診療情報の病院Bへの提供について、患者の同意が得られたものと 考えられる。 」と説明されています。 (回答者:平野哲郎 龍谷大学法科大学院准教授) 2 Medical-Legal Network Newsletter Vol.9, 2011, Sep. Kyoto Comparative Law Center
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