なぜ日本人にはマリッジ・プレミアムがあるのか?:労働意欲 - So-net

なぜ日本人にはマリッジ・プレミアムがあるのか?:労働意欲仮説の検証
富山大学 経済学部 経済学科 2年
杉本真理
1.イントロダクション
酒井順子氏は、ベストセラーとなった『負け犬の遠吠え』の中で「マトモな
男は結婚している」と指摘している。
「マトモな男」を「経済力がある男」と定
義すれば、
「経済力のある男は結婚している」と言い換えることができる。つま
り、経済力のある男性ほど結婚し、経済力のない男性ほど未婚であるため、未
婚者の中から経済力のある男性を探し出すのは難しい、ということになる。
これに対して、大阪大学の大竹文雄教授は、
『経済学的思考にセンス:お金がな
い人を助けるには』の中で、二つの因果関係を指摘している。一つは、酒井氏
が指摘するように、経済力のある男性ほど結婚しているという因果関係であり、
もう一つは、結婚することによってマトモな男(経済力のある男性)になった
という因果関係である。いずれの因果関係が正しいかを検証することは、きわ
めて重要なことである。
大竹 (2005: p.34) は、経済学で議論されるマリッジ・プレミアム(marriage
premium)という言葉で後者の因果関係を説明している。マリッジ・プレミアム
とは、結婚が所得に与える純粋な影響のことを示す。大竹 (2006 pp.34-35) で
は、所得に影響を与えると一般に考えられる要因である学歴、職業、年齢の効
果が同一である既婚男性と未婚男性を比較した結果、既婚男性の所得が高い、
という研究結果を紹介している。アメリカと日本どちらの国においても、男性
は結婚していると高い賃金が得られるという結果が得られている。1 その意味で、
「結婚している男は、経済力がある」という酒井順子氏の観察はアメリカと日
本においては正しいことになる。
では、なぜ、
「結婚している男は、経済力がある」のだろうか?本研究の目的
は、後者の因果関係に焦点を当て、日本人のマリッジ・プレミアムの原因を分
析することである。
大竹 (2005: pp.34-36) は、マリッジ・プレミアムを説明するための仮説とし
て、以下の5つの点を紹介している。
(1)分業仮説:結婚すると男性は家事から解放されて仕事に専念できるため
日本人のデータに基づく研究では、男性についての研究として樋口 (1991)、女性につい
ての研究として川口 (2001) がある。
1
1
生産性が上がり、女性は家事負担が増えるので仕事の生産性が低下する。
(2)労働意欲仮説:結婚した男性は、家計を担うため責任感が生じて労働意
欲が高まり、生産性が高くなる。
(3)シグナル仮説:結婚したという情報が、男性が信頼できる人間であると
いうシグナルとして機能するため、より重要な仕事を任されるようになる。
(4)差別仮説:雇い主が結婚した男性を優遇するように差別しているために、
結婚した男性の賃金が高くなる。
(5)経済学者には把握できない「隠れた魅力」仮説:学歴や職業等の通常の
統計で得られる指標ではなく、リーダーシップや容貌といった特性が労働市場
での生産性を高めていると同時に、その特性が結婚市場でも魅力も高めている。
このうち、最後の仮説は結婚が賃金の増減にまったく影響を及ぼさないという
ものである。魅力ある男は結婚もしているし、経済力もあるということである。
本論文では特に労働意欲仮説を検証する。本論文で労働意欲仮説を支持する
理由は、ほかの仮説に比べて最も日本人の実情に合っていると考えられるから
である。たとえば、分業仮説では、妻が家事労働に従事することが前提にある。
しかし、女性が社会に進出し、女性が外で働くことが一般的になっている現在、
家事を妻に任せっぱなしにするのではなく、夫も家事をしなければならない時
代であるため、日本の実情に合っているとは言い難い。また、シグナル仮説、
差別仮説では、職場において、上司や雇い主が結婚を契機としてその人を信用
したり、特別扱いをしたりすることを仮定している。しかし、男性の未婚率の
上昇や離婚率の上昇、職場の上司が仲人になるケースの減少などの下では、必
ずしも、このような形での信用や特別扱いが一般的であるとは言えないだろう。
また、もし、これらの仮説が正しいとすれば、結婚した女性にも同じ傾向が現
れるはずである。しかし、女性にはマイナスのマリッジ・プレミアムがあるこ
とが、川口 (2001) によって明らかとなっている。そこで、本研究では、労働意
欲仮説を検証する。2
2節ではデータについて説明し、3節では実際にデータに基づく検証を、4
節では結論を述べる。
2.データについての説明
分析では、厚生労働省の平成 16 年『21 世紀成年者縦断調査』の集計データ
を用いる。ここでは労働意欲仮説のうち、結婚した男性は、家計を担うために
2
隠れた魅力仮説も有力であると考えられるが、データ上の制約から、労働意欲仮説を中
心に議論する。
2
責任感が生じて労働意欲が高まるかどうか、という点について検証する。これ
を検証するためには、
(1)仕事を持っている既婚男性と未婚男性について、そ
の職業観、特に、仕事に対する責任感・使命感に違いがあるかどうか、
(2)既
婚男性が特に責任感や使命感を持っているかどうか、を比較すれば良いことに
なる。平成 16 年『21 世紀成年者縦断調査』は、調査対象となった成年男女の
結婚・出産・就業の実態と意識の経年変化の状況を継続的に観察することを目
的とした調査である。この調査では、既婚男性と未婚男性の職業観についての
質問項目があり、両者を比較することができるため、本研究ではこの調査結果
をもとに労働意欲仮説を検証する。
この調査では、職業観を把握するため、責任感・使命感に関係する項目や、
それ以外の項目など、様々な調査項目を持っている。本研究に関係のある責任
感・使命感に関係する項目として、
「生計を維持するため」
・
「家計に余裕を持つ
ため」・「経済的に自立するため」・「社会人の責任や義務」・「社会に認められる
ため」・「人間的な成長のため」・「趣味、娯楽等の費用を得るため」・「特別な意
義はない」・「分からない」「不詳」がある。「分からない」と「不詳」は、責任
感・使命感の無さを評価するために、分析対象とする。以下の3節では、具体
的にデータから観察される傾向を労働意欲仮説と照らし合わせて議論する。
3.データに基づく検証
図1のグラフは、平成 16 年『21 世紀成年者縦断調査』のうち、この2年間
で結婚した男性での職業観についての回答状況をまとめたものである。集計対
象は、第1回独身で第2回、第3回ともに回答を得られ、この2年間に結婚し
た者である。3 この調査の特色は、同一の調査対象者に対して毎年調査を行う
点である。そのため、ある特定の個人について、婚姻・就業状態の変化、意識
の変化を、把握することが可能である。
グラフのうち、最初の6つの項目は責任感を持って仕事をしているかどうか
を把握する項目である。
「経済的に自立するため」以外は未婚男性より既婚男性
の方が約5∼10%多いのが特徴的である。特に顕著に表れていたのは、
「生計
を維持するため」・「家計に余裕を持つため」であり、約10%の差があった。
結婚すると家族、家計の中心は自分となるため今まで以上の所得が必要とされ
る。また、子供が産まれれば、追加的に養育費もかかるため、この傾向は強ま
るだろう。結婚する前は自分一人の生活だけを考慮して暮らせればよかったが、
結婚後は家族の生活も養っていかなければならない。つまり、結婚している男
第1回は平成 14 年 11 月実施の調査、第2回は平成 15 年 11 月実施の調査である。第3
回は本分析で使用する平成 16 年 11 月実施の調査に該当する。
3
3
性は結婚していない男性より責任感を高く持って仕事に励んでいると判断する
ことができる。
一方、
「趣味、娯楽等の費用を得るため」
・
「特別な意義はない」
・
「分からない」
・
「不詳」という項目では、すべて未婚男性で少し多い傾向が観察される。
「特別
な意義はない」という項目に関しては、約3%未婚男性のほうが高いことがわ
かる。この結果は、家計を担っていない分、未婚男性は仕事に対する意識、生
計を立てていこうとする意識が既婚男性よりは薄いことを示している。
4.結論
3節の結果より、結婚すると男性は仕事に対して責任感を持つことが証明さ
れた。責任感を持つということは、労働意欲を高めて仕事に取り組んでいる姿
勢そのものを表している。それに比べて結婚していない男性は、家計を担う中
心ではないため、経済的な責任もそれほど重くない。男性は結婚して責任感が
生じ、労働意欲が高まるため、労働意欲仮説にしたがえば、この労働意欲が生
産性や所得に反映されていると考えることができる。したがって、本分析より、
日本の男性に関しては、結婚している男が経済力を持つというエビデンスを、
労働意欲仮説によって説明することができる点が、示されたと言える。
5.参考文献
大竹文雄 (2005)『経済学的思考のセンス:お金がない人を助けるには』中央公
論新社
川口章 (2001) 「女性のマリッジ・プレミアム−結婚・出産が就業・賃金に与え
る影響」『季刊家計経済研究』、51 号、夏、pp.63-71
酒井順子 (2003)『負け犬の遠吠え』講談社
樋口美雄 (1991)『日本経済と就業行動』東洋経済新報社
4
図1
90.0
80.0
70.0
60.0
既婚
未婚
%
50.0
40.0
30.0
20.0
10.0
詳
不
計
に
家
生
計
を
維
持
す
る
余
経
た
裕
め
済
を
的
も
つ
に
た
自
め
立
社
す
会
る
人
た
社
の
め
会
責
に
任
認
・義
め
人
務
ら
間
れ
趣
的
る
味
・娯 な成 ため
長
楽
の
等
た
の
め
費
特
用
別
を
な
得
意
る
義
は
な
い
わ
か
ら
な
い
0.0
職業観
注:責任感・使命感と関連のない項目として、「社会に貢献するため」「働くこ
とが生きがい」「能力や専攻・資格を生かすため」「その他」がある。これらの
項目は、ここでは省略している。
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