ウォン高対応が急がれる韓国の自動車産業

林廣茂のコラム<29>
ウォン高対応が急がれる韓国の自動車産業
2006 年 12 月 20 日
正念場の現代自動車
韓国経済は強大になった。世界第 10 位の規模の GDP である。国際社会がその強さを認め、その
強さに相応しい為替水準に向かってウォン高が進行中である。
韓国が IMF 危機に見舞われる1年前の 96 年、US$=W844.2(\=W727)だった為替レートが、97 年
末一気に US$=W1,415.2(\=W12.36)に下落した。40%超のウォン安である。国際社会から経済回復
のテコとなる為替のハンディを与えられたわけである。
韓国経済は、輸出産業である電子、自動車、造船などが中心になって努力した結果、3年弱で見
事に危機を克服し、以前よりも一段と強靭で筋肉質の経済に生まれ変わった。その強さが反映され
て 06 年 12 月中旬時点では、US$=W922.7(\=7.89)のウォン高になった。
輸出依存型の代表企業である現代自動車ケースを取り出して見る。現代は、急速なウォン高でこ
れまでの為替差益要因が消されてしまい、輸出採算性が悪化して、収益性の急速な低下に苦しん
でいる。
収益性を維持するために、ウォン高を海外市場での消費者価格に転嫁するのは自殺行為である。
現代車が、最大のライバルである日本車メーカーの車より高価格になれば、消費者離れが起きる。
現代のこれまでの最大の競争力要因である Second-and-Cheaper(日本車に較べて品質では同質
かやや劣るが、価格は 20%超安い)の製品戦略と、「HYUNDAI」のグローバル・ブランド化への長年
のマーケティング投資の効果が、失われないまでも、大いに弱まることになる。
だから、欧米市場で現代車の価格は徐々に上昇しているとはいっても、全ての車種で日本車の
それを上回るところまではいっていない。世界最大市場であるアメリカで、現代車の主力セダンの価
格は日本車と同等近くまで来ている。これが限界だろう。
ところで 12 月 14 日付けの朝鮮日報電子版によると、アメリカ市場で現代の小型車「アクセント=
韓国ではベルナ 1600cc」が、ライバル車であるトヨタ「ヤリス=日本ではヴィッツ」より 540 ドル高くな
ったとのことである。1 月∼10 月末現在、対前年同期比で−20%の販売台数である。今年アメリカ
に導入された「ヤリス」は、58,000 台を売る人気車になっている。
トヨタなどの日本勢と比較をしてみよう。
販売の海外市場への依存度でみると、韓国勢は日本勢よりも一段と海外依存度が高い。しかも、
海外販売台数の大部分(8 割)を韓国からの輸出に依存している。そのうえ、現代は大変ミリタントな
労組を抱えていて、今年一年間で、労組によるストライキや残業拒否による生産台数の損失は 115
千台(売上金額で約 1500 億円)といわれる(朝鮮日報電子版 12 月 17 日)。その分主として欧米で
の販売台数が減ったわけである。
現代はアメリカや中国で現地生産をしているが、全体からみればまだまだその台数は少ない。韓
国勢が為替変動、特にウォン高に振れた場合には、大変弱いことは明白である。
1
販売の海外依存度(%)
海外生産比率(%)
韓国勢
日本勢
韓国勢
日本勢
03
65
70
03
17
43
04
75
71
04
19
46
05
78
73
05
30
50
日本勢は、85 年のプラザ合意で円高が US$=\240∼¥250 から US$=\120∼¥125 へ一気にエス
カレートしたことを受けて以来 20 年をかけて、欧米やアジア諸国で量販車の現地生産を拡大してき
た。そして輸出は高級車(高い利益を生む)と現地生産の不足分を賄う程度の量販車に集約した。
並行して技術革新を続け特に小型車・中型車分野では、世界の First-and-Best としての地位を不
動にし、その強みを益々強化している。環境技術でも先鞭をつけ、トヨタやホンダがハイブリッド車の
世界標準となり、電池自動車などの次世代自動車の技術開発でも世界の先頭を走っている。
日本勢が為替変動の振幅に対してかなりの弾力性をもっていることがわかる。
海外市場での販売業績はどうか。
アメリカ市場(1 月∼10 月)で現代は、対前年同期比で+2.6%の約 632 千台を販売し、シェアも
4.5%に 0.2%伸ばした。「ソナタ」や「アジェラ(韓国ではグレンジャー)」などの中型車・準大型車の市場
での評価は大変高い。
日本勢は、新車投入が遅れた日産を除いて好調だ。トヨタは絶好調で、前年比+12.2%の約 2,113
千台を販売し、シェアは 15.5%と前年比 2.3%ポイント上昇した。ホンダも+3.9%の約 852 千台を販売し
た。両社ともに、現地生産拡大を加速させつつ、ハイブリッド車や供給が間に合わない車種(カロー
ラ、カムリ)を日本からの輸出によって需要増に応えている状態が続いている。
両国勢の販売の好調さは、小型車の需要拡大という消費構造の大変化のおかげである。ガソリ
ン価格の高騰はもちろんのこと、燃費の向上も小型車人気を押しあげている。現代の現地生産車
の「ソナタ」、ホンダの「シビック」や「フィット」、トヨタの「カムリ」「カローラ」「ヤリス」、そして「サイオ
ン」シリーズといった小型車・中型車の販売が続伸している。
ところで現代の最大の問題は収益性の低さである。
06 年上半期の販売一台当りの収益性を相対比較すると、現代車一台当りの収益性(=100)に対
して、トヨタ車は 360、ホンダは 330 だった。現代車の生産性を一台生産する時間数でみると、トヨタ
やホンダの 1.56 倍もあってもともと収益性は低かったのだが(04 年時点)、最近のウォン高を受けて
急激に輸出採算性が下がったことがダブルパンチになって、一段と収益性を押しさげた。
ちなみに起亜と GM 大宇の収益性は現代(=100)に対してそれぞれ僅か 5 前後である。06 年の第
3四半期の純利益でみると、現代(と起亜)は合わせて 40 億円近い赤字を計上した。
韓国勢の収益性の悪化は欧米先進国の安定期市場で顕著である。現代の
Second-and-Cheaper 戦略がウォン高に直撃されたからである。他方 BRICsなど新興国(自動車市
場としては生成期か発展期の入り口にある国々)では、現地生産が中心で、しかも低価格の入門車
で日本勢よりも優位に立っている。コスト競争力もある。一台当たりの収益性は低いが、シェアを拡
大すれば利益額は増える。
2
ここにきて現代自動車による中国とインド、そして東欧での現地生産が急拡大する兆しがある。
中国で現代は外国勢として VW、GM に次いでシェア 3 位(7.0%、06 年 1 月∼7 月)、インドでは現代
はマルチ・ウドヨク(スズキ)、タタに次いで 3 位(15.1%、06 年 4 月∼9 月)である。東欧 4 カ国(チェコ、
ハンガリー、ポーランド、ルーマニア)で見ると、現代はシェア 3.2%(05 年)で更に拡大中である(日本
勢 3 社<J3のトヨタ、日産、ホンダ)合計で 9.9%)。
中でも中国とインドでのシェアの優位性をテコにして、同じく BRICsへの投資を増やしている日本
勢に先んじて現地生産を加速させてシェアを拡大し、量産効果で収益性を高めることを狙っている。
中国の市場規模は 05 年の 5,852 千台から 10 年には 10,000 千台に拡大すると見込まれている
が、現代はシェア 10%を目標に生産能力を備える計画である。インドは 10 年には、BRICsの中で中
国に次ぐ生産能力 300 万台を備える自動車生産国になろうとしている。インド市場でのシェア拡大と
欧州市場などへの生産基地の確保を目標に、現代は 10 年には年間 60 万台の生産能力を持つこと
になるだろう。
欧米での現地生産はこれからである。アメリカ・アラバマ州で 05 年 5 月に稼動を始めた現代の現
地工場産の「ソナタ」と「サンタフェ」が、06 年 10 月時点で、現代のアメリカ市場での販売台数の 2 割
強を供給している(トヨタは 54%、ホンダは 78%)。欧州ではチェコに欧州市場狙いの工場があるが、
まだ売上貢献度は低い。今後ウォン高が定着することは確実なので、現代はアメリカや欧州で、社
運をかけて現地生産の拡大、そしてデザイン⇒生産⇒販売までの現地開発車の実現に取り組むこ
とになるだろう。
もう一つ現代にとって、大型の高級車ブランドを本格的に開発してアメリカ市場と西欧市場に導入
することが不可欠になるだろう。
量販車の現地生産の拡大が続けば、国内市場は低迷しているのだから、国内生産量が一気に
減少する。一台当たりの収益性が高い高級車を国内で開発・生産し、それを輸出に振り向けること
で、国内の空洞化を防ぎかつ利益を確保することが求められるだろう。
80 年代の終わりから 90 年台の初頭にかけて、アメリカ市場に、トヨタが「レクサス」、ホンダが「レ
ジェンド」、日産が「インフィニティー」でそれぞれ高級乗用車シリーズを導入した。日本で生産してア
メリカに輸出するという SCM を採用した。このケースから、現代は大きく知識を習得することができ
るはずだ。
現代がアメリカ市場で、これまでの Second-and-Cheaper 戦略に加えて、Second-but-Better(日
本勢の後追いだが、たとえば「レクサス」を越える高級車を導入する)戦略に上級移行(グレードアッ
プ)して日本勢を追撃できるかどうか。今後 2∼3 年の現代の動きを注目したい。
韓国人の自家用車族は日本人よりもお金持ち・・・
韓国内の自動車販売台数は今年も低迷している。成長率は良くても 4%くらいで、年間 120 万台前
後の販売量になると見られる。
しかし中身を見ると、輸入車は対前年で 40%近くの販売増を記録しているし、国産車でも大型高級
車ほどよく売れている。反面日本市場は勿論のこと、欧米の成熟市場でも人気沸騰中の小型車が
韓国ではさっぱりと売れないのである。
3
しかも、である。韓国の国産車の販売価格は、ウォン高のせいでもあるが円ベースに換算すると、
日本国内の日本車よりも高い。つまり、韓国車は日本車よりも高価格になっているのだ。
10 月現在韓国で輸入高級車は 32,947 台が新規登録され、前年同月比で+37.8%の増加率である。
昨年に続き「レクサス」シリーズが 1 位(5,183 台)である。最高級モデルである「レクサス LS」の価格
は、米国の2倍以上だが最も人気がある。
国産の中型・大型車でも、一
主要モデルの排気量別販売台数の割合
段と高級仕様の車種に人気が
集まっているが、同じ車種なら
モデル
排気量別モデル
4.5ℓ
3.8ℓ
排気量が少ないモデルを消費
者は購入している。つまりでき
エクウス
る限り高級車で排気量は少な
目のモデルが、排気量が多い
下位モデルより人気が高い。
ニューオピラス
右の図表で見るように、最高
級車種「エクウス」では、最上
グレンジャー
級モデル 4.5ℓよりも1ランク下
の 3.8ℓや 3.3ℓサイズが良く購入
されるし、「ソナタ」では 2.0ℓサ
ソナタ
イズが最も良く売れる、といっ
た具合である。
トスカ
高級車を持っていることを誇
りたい(見栄を張りたい)反面、
経済力は伴わない消費者像が
3.5ℓ(2 月で生産中止)
3.3ℓ
3.8ℓ
3.3ℓ
2.7ℓ
3.8ℓ
3.3ℓ
2.7ℓ
3.3ℓ
2.4ℓ
2.0ℓ
2.5ℓ
2.0ℓ
1.8ℓ(8 月に発売)
販売割合
6.4%
3.9%
6.9%
46.9%
3.2%
44.8%
52.0%
1.3%
10.9%
87.8%
0.1%
1.6%
98.3%
1.3%
98.5%
0.2%
<1∼10 月、資料:現代自・起亜自・GM大宇>
出所:朝鮮日報電子版(11 月 17 日)
浮かびあがる。
そのうえ、日本車の同等レベ
ルの車種や排気量サイズと韓国車のそれとのそれぞれの国内価格を比較すると、韓国車が日本
車と同等か高いのである。「韓国人の自家用車族は、日本人よりもお金持ち」と思えてくるではない
か。下の図表の指数は、同等モデル比較で韓国車の一番安いモデルをウォン換算で 100 として計
算している。
日本車
韓国車
カローラ (1.5ℓ )
140 163
アバンテ (1.5ℓ)
100 105
アコード (2.0ℓ )
95 105
SM5 (2.0ℓ)
110 135
クラウン・マジェスタ (4.3ℓ)
175 205
ソナタ (2.0ℓ 3.3ℓ)
100 140
グレンジャー (2.7ℓ 3.8ℓ)
100 140
チェアマン (2.7ℓ 3.8ℓ)
143 191
エクウス (3.3ℓ 4.5ℓ)
177 297
出所:朝鮮日報電子版(11 月 12 日)を基に筆者が変更を加えた。
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小型車はさっぱり売れない不思議な市場が韓国である。現代のミニバン「ラピタ」、GM大宇のハ
ッチバック車「カルロス」、セダンの「ジェントラ」、現代のハッチバック車「クリック」などは、今年 1 月
∼10 月でせいぜい数百台∼数千台しか売れていない。欧米や日本では小型車人気が沸騰し、しか
も日韓両国メーカーが小型車で世界市場の成長を担っているのだ。しかし一方のお膝元である韓
国の小型車の不人気は特筆に値する。ここにも韓国人の高級車志向・大型サイズ志向という独特
の「お金持ち志向」が伺える。
以上
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