酪農と肉用牛経営の連携による 受精卵移植を活用した地域畜産の展開

現地事例
酪農と肉用牛経営の連携による
受精卵移植を活用した地域畜産の展開
─北海道:上士幌町─
─北海道:上士幌町─
本道の十勝管内上士幌町に開設されているJA全農ETセンター(以下「ETセンター」と記す)
は、平成10年開設以来、全国・全道に優良受精卵の供給施設として活動を展開してきています。
さらに受精卵の導入を地域の改良・増殖につなげ定着させるために、JA、普及センター等と連
携し、技術指導や受精卵受け入れ体制の整備などの仕組みづくりを進めながら、
受精卵活用の連携による酪農と肉用牛経営の効果的な畜産振興に努めてきていま
す。
このETセンターの取組について紹介します。
(社)北海道酪農畜産協会
経営支援部
1 地域の概要
経営支援課長
迫 田 耕 治★
数は25戸で、うち和牛(黒毛)飼養農家は22戸、
繁殖牛飼養頭数は335頭である。
上士幌町は、大雪山の東山麓、十勝管内の北部
ETセンターの立地する「ナイタイ高原牧場」
に位置する、自然豊かな農業と観光の町であり、
は、上士幌市街から約10分の距離にある、日本一
面積約700k㎡で、うち農用地1千haのほか公共
広い、総面積約1,700ha(東京ドーム358個分)の
牧場(ナイタイ高原牧場)が1.7千haとなってい
牧場で、夏季シーズンには観光客が多く全国から
る。
訪れている。8月には「熱気球フェスティバル」
人口は約5,400人、
が開催されている。
世帯数2,300世帯。
農家数は200戸のう
ち家畜飼養戸数は
116戸と、約半数以
上となっている。
乳用牛飼養戸数
は91戸で、乳用牛
飼養頭数は15,717
頭。肉用牛飼養戸
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表1
上士幌町の畜産の状況(平成17年)
3 ETセンターの取組
2 ETセンターにおける受精卵移植の状況
北海道・十勝という全国でも有数の畜産地帯で
盧
の立地という条件を生かし、ETセンターの受精
開所当時の状況:ETへの理解不十分
ETセンターでは、それまで受精卵移植の研究
卵移植頭数は約8千頭、道内の移植件数の約1/3、
成果を生かし、わが国の畜産振興に資する方策と
国内有数の施設となっている。
して、わが国の畜産の最大基地である北海道、そ
のなかでも畜産が大きな位置を占めている十勝に
表2
体内受精卵移植頭数
展開していくことを決定。そしてその取組を維持
発展のためには、地元の理解・支援が不可欠と考
え、まず上士幌町の畜産、そして十勝の畜産を支
援していくことを計画した。
一方、地元では、農家戸数・家畜飼養戸数の減
少、飼養頭数の伸び悩み、改良の停滞等による市
場評価の低迷、繁殖成績の低下等の問題があり、
これらの対応策として、ETセンターでは、セン
またETセンターの受精卵採卵・移植の技術は、
ターの持つ高いET技術の活用を提案した。
全国でもトップクラスで、性判別受精卵でも高い
その当時は、まだ黒毛和種のET産子の分娩、
受胎率となっており、今後さらに性判別凍結卵の受
産子の管理、人工哺育育成技術等が定着していな
胎率の向上のための技術確立を課題としている。
かったので、ET産子牛の市場での評価も不安定
受胎率が高いため、移植経費(受精卵代、技術
で、黒毛和種ET素牛生産において、受卵牛を提
料等)が低コストとなり、生産者の経済的な負担
供する酪農家の理解も得られていなかった。
は少なくなっており、このことがまた、利用の拡
大にもつながっている。
また、研修等を通じて、移植技術者の養成、技
術の向上・伝播も図っている。
そのため、ETセンターではまず地元のJA等と
連携して、生産者等への理解を進める取組を行う
こととした。
盪
地域への受精卵移植の普及のための取組
ETセンターでは、開所当時から(特に当初の
表3 ETセンター場内での黒毛和種体内受精卵の受胎率(D60)
3年間)、JAを核としたET黒毛和種素牛生産事
業の構築のための研修会を60回程度実施してきて
おり、この取組が現在の地域でのET利用の普及
の礎になっている。
ET関連技術の向上のため、獣医師・ET師等を
対象とした移植技術研修やET技術研修会を実施
し、多数の参加を得ている。さらに道立畜産試験
場、帯広畜産大学、十勝農協連等と連携して、受
胎率向上のための飼養管理や哺育育成技術に関す
る現地研修会を開催したり、また、ET技術等の
情報発信のため、「ETセンターニュース」を月次
で発刊しており、その内容は随時、HPにも掲載
している。
採卵作業(ETセンター)
蘯
生産者に利用し易い受精卵供給方式の実施
ETセンターでは、受精卵の供給の方法には次
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現地事例
の4つの方法をとっている。
表6
ET センターの体内受精卵供給実績
①センター生産方式
ETセンターの供卵牛及び受卵牛から受精卵・
ET妊娠牛を生産
②預かり精液生産方式
農家の精液を預かり、ETセンター供卵牛から
採卵して凍結受精卵で供給
③預かり供卵牛生産方式
農家から供卵牛と精液を預かり、ETセンター
4 ETセンターと連携した地域の畜産振興の
取組(JA上士幌町での取組)
で採卵して凍結受精卵とET妊娠牛で供給
④預かり受卵牛方式
JA上士幌町では、ETセンターが開設された時
農家から受卵牛(育成牛)を預かり、ETセン
から地元の畜産振興にETセンターの利用・連携
ターで受精卵移植したET妊娠牛を供給
を行っている。JAでは、肉牛農家の希望に基づ
き年間の受精卵移植についてETセンターと契約
このうち、ET妊娠牛の供給は、17年度で全国
を行うとともに、受卵牛(ホルスタイン未経産牛)
へ1,200頭余りになっている。生産者の状況や要
を提供する酪農家と生まれたET産子牛を購入す
望にあわせ、利用しやすい方法が使えるようにし
る肉牛農家との間で、産子の受渡条件等を定めた
ている。
契約を交わしている。
ETセンターの立地する「ナイタイ」には町営
表4 各生産方式による受精卵供給個数(平成 17 年度:道内)
牧場もあり、ここに町内の酪農家がホルスタイン
未経産牛を預託。ETセンターとナイタイ高原牧
場に隣接しており、受精卵移植はETセンターの
職員が実施している。このことも受胎率が高いこ
とにつながっており、地元の利点となっている。
表5
ET 妊娠牛の供給実績
盻 地域の改良・増殖につながる受精卵の供給体
制の構築
ETセンターの体内受精卵の供給実績は、年々
増加しており、17年度で約8,400個となり設立当
初の5倍近くになっている。供給先も、17年度で
は地元十勝管内が全体の1/4を占め、道内供給が
30
移植した牛は酪農家が引き上げ分娩させるが、
6割を占めるが、道外にも増加しており、道内及
生産された黒毛和牛の子牛は酪農家が初乳を給与
び全国に優良な受精卵を供給する体制が構築され
後(約半日)に、町内の肉牛農家が引き取り育成
てきている。
する。肉牛農家は、後継牛として保留し牛群改良
を図り、また販売して収益の確保を図っている。
5 今後の課題
このため、上士幌町管内の黒毛和種繁殖牛の育種
価(BMS)は、年々向上してきており、受精卵
移植が地域の黒毛和種繁殖牛の改良につながって
きている。
さらに推定育種価の高い(道内順位200番以内)
牛については、雌牛は1産後にETセンターへ買
受精卵移植を活用したさらなる畜産・酪農生産
の拡大振興のためには、以下の課題を検討してい
く必要がある。
盧
受胎率・育成率の更なる向上によるET産子
い戻され供胚牛となり、去勢牛は肥育センターに
牛の低コスト化
預託され枝肉情報が採取される。
現状でもETセンターの受胎率は、他と比較し
このような取組から、上士幌町の農家の出荷す
る素牛の市場評価は高く、価格も高くなっている。
また畑作農家でも繁殖雌牛を飼養しないで、
ても高い水準にあるが、さらに向上を図り、また、
飼養農家の飼養技術の向上も図っていけば、ET
産子の低コスト化が図られ、農家経済にも大きく
ET産子のみの飼養を始める農家もでてきている。
寄与していくであろう。
平成16年は黒毛和種肉用牛飼養戸数22戸のうち2
盪
戸が、17年は3戸がET産子のみの飼養農家とな
っている。
町内の肉牛農家は畑作との複合経営のため、労
働力等の課題から規模拡大が難しい中で、ETを
利活用することにより、販売頭数・販売額の確保
地域内一貫肥育体系の構築
採卵に供用する雌牛には、血統等から推察して
採卵をしている場合もある。育種価が推定である
雌牛では、肥育結果から育種価を判明させ、地域
の改良に資するようにすることが重要である。
育種価が判明し優良雌牛が確保された場合、
が図られ、農家経営に貢献しており、地域での肉
ETを使えば優良雌牛からの後継牛を大量に作出
用牛の位置付け大きくなってきている。
することができる。
このように上士幌町でのETの取組は、地域の
そのためにも、肥育成績を把握するため地域内
黒毛和種繁殖牛の改良・増殖に大きく貢献してい
一貫肥育体系の構築が必要となる。
るだけでなく、出荷頭数や販売額の増大にもつな
蘯 酪農経営との更なる連携の強化。乳肉複合経
がり、肉牛農家や酪農家の農家経済、地域経済に
営の展開
も大きく寄与している。
酪農経営の受精卵に対する認識は高くはなって
表7 JA 上士幌町管内の受精卵移植取組実績
きているが、さらに酪農経営と肉牛農家の連携を
強化して本道の肉用牛の振興を図っていきたい。
また、酪農経営は生産調整に対処するため、収
益の確保策が求められているが、受精卵による黒
毛和種素牛生産(販売)もその対策の一つである。
現況の酪農経営での黒毛和種受精卵の取組は、
表8
上士幌町管内の育種価(BMS)の推移
ET産子の初生販売の形態が多いが、これを乳肉
複合(黒毛和種繁殖牛を飼養)に進めていく取組
を検討していくことも必要であろう。
表9 JA上士幌の子牛市場価格の推移(千円・%)
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