第1回公開講座「日本のゲーム業界の現状と展望」

第1回公開講座「日本のゲーム業界の現状と展望」
登 壇 者:和田
洋一(社団法人コンピュータエンターテインメント協会 会長
株式会社スクウェア・エニックス 代表取締役社長)
馬場
章(東京大学大学院情報学環
日本デジタルゲーム学会
教授
会長)
開催日時:2
0
0
6年1
1月2
1日!
開催場所:東京大学
工学部新2号館9階 9
3B教室
馬場章(以下、馬場):本日はお忙しいところお集まり
いただきまして、どうも本当にありがとうござい
ます。いまご紹介に預かりました馬場でございま
す。きょうのゲストでいらっしゃる和田さんとは、
同年代です。
私は、DiGRA JAPANの会長を務めております。
皆 さ ん、ご 承 知 と 思 い ま す け れ ど も、DiGRA
JAPAN−日本デジタルゲーム学会を今年の4月に
設立しまして、5月には設立総会を開かせていた
だきました。これは、わたしの個人的な考えなのですが、ゲームを巡ってさまざまなコミュニティーがで
きて、それがお互いに、連携、協力をしていくということが重要ではないかと思っています。既に、家庭
用ゲームの業界団体として社団法人コンピュータエンターテインメント協会
(CESA)があります。さらに
個人加入制、会員制の開発者コミュニティーとして IGDAがあります。いままでゲームに関する学会もな
かったわけではないのですけれども、やはり国際的な発信力を持つという学会も必要ではないかというこ
とで、DiGRA JAPANという新しい学会を立ち上げました。さっそく来年の9月に国際会議を招致するこ
とになっております。皆さんのお手元にその資料があるかと思いますけれども、ちょうどいま、研究発表
の募集をしております。積極的にご研究を、来年の国際会議の場で発表いただきたいと思います。
実は、和田さんと、こんなに親しくお付き合いさせていただくようになったのは、今年の4月から8月ま
で経済産業省を事務局としてゲーム産業戦略研究会という勉強会を開催したことがきっかけでして、その
場では、これからの日本のゲーム産業の戦略をどうしていこうか、いろいろ知恵を出し合いました。その
結果として、2
01
1年まで約5年間を展望して、日本のゲーム産業の2つの未来像と3つの戦略をかかげて
8月2
4日に発表をしました。
2つの未来像というのは、1つは5年後の日本のゲーム産業界が魅力的なゲームを世界に先駆けて作るよ
うな、世界のゲームを率先する産業であろうという目標です。もう一つの目標は、社会から認められた産
業になろうという二つ目の未来像があります。三つの戦略と申しましたが、第1には、高度化していくゲー
ム機、そしてそれに対応するゲームソフトというものを、エンターテインメントの要素を損なうことなく、
日本が率先して技術開発をしていこうという開発戦略が第1の戦略です。それから、第2に新しいビジネ
ス戦略を練るということです。そして第3に、コミュニケーション戦略です。産業界が社会と積極的に対
−2
3−
話をしていき、その結果として、社会から正しく認知される、そういう姿を勝ち取ろうということです。
お読みになった方もいらっしゃるとは思うのですが、今も経済産業省のホームページに行くと無料でダウ
ンロードできると思いますので、感心のある方はぜひお読み頂きたいと思います。
DiGRA JAPAN では学術的な方面から、産業界あるいは開発者の方々と協力し合って一緒に進んでいくと
いう、そういう流れの中に加わっていただければと思っております。
実はその研究会の中でも議論したことなのですが、現在の日本のゲーム産業を、時間的な経緯の中、ある
いは数字――例えば一番分かりやすいのは市場規模の問題ですが――などいくつかの指標を元として、ど
ういうふうに見たらいいのかという議論があります。そのなかでよく質問されるのは、皆さんご存知のよ
うに、例えば日本のゲーム市場の隆盛と――2005年に関しては若干「例外」という言い方がされたりしま
すけれども――日本のゲーム市場というものは、縮小傾向にある、あるいは硬直化してきたと、そういう
言い方をされます。あるいは世界のゲーム市場を見た場合に、日本のゲーム産業が世界市場に占めるシェ
アといいますか、プレゼンスが低下してきているんだと、そういう危機を指摘される見方があるわけです。
それに対して、本当にそうなのか、という議論を行いました。そこで、最初に和田さんにお聞きしたいの
は、そういう歴史的な流れを見た場合に、今のゲーム産業というものは市場の縮小である、あるいは国際
市場におけるプレゼンスの低下というような、そういう切り口だけで本質が見えてくるのかどうか。和田
さんが捉えられてらっしゃる、現在の日本のゲーム産業のポジションに関して、お考えをお聞きしたいと
思います。
和田洋一(以下、和田):最初に本日の対談全般に関わるようなご説明の仕方をしてみます。日本という問題を
ちょっとはずして考えます。
まず、ゲーム産業がシュリンクしているのかという話を聞くことがありますが、実際に、ゲームなるもの
に接している方々の数あるいは接している時間は、恐らく格段に増えていると思います。地域別にも増え
ていますし、個人としても増えていると思います。年齢層、地域は明らかに広がり、かつ増えております
し、それからゲーム専用機だけではなく、実に多くの方々が異なるハードでゲームを楽しんでいらっしゃ
います。そういったものも含めますと、ゲームを遊んでいる時間、それからゲームを遊ぶためにかけてい
るお金に関しては、ワールドワイドで見たときには、いまでも非常に成長し続けている、というのが私の
認識でございます。ただ、世界各地で調査されているデータは非常に限定されております。非常に限定さ
れているというのは、まず1つがゲーム機の上で動くゲームが対象であること。2つ目がプライマリ市場
であること。3つ目がパブリッシャーからの申告数字であること。これらの数字の合計がどうなっている
かということをずっと時系列で追っているということです。いま申し上げたものですと、たしかに頭打ち
であり、飽和状態という数字になるかもしれません。ただ実際にはその他のところで非常に大きな需要が
顕在化しているというのが実態だということが基本的な認識です。
歴史を踏まえてというご要望をいただきましたので、これまでの流れを大まかに申し上げますと、ゲーム
というのはおそらくアートの部分、それからテクノロジーの部分という非常に総合的な能力が要求される、
極めて新しいコンテンツであるという認識を私も持っておりますし、他の先生もよくゲームは総合技術と
か総合芸術とかいう話をおっしゃっておられていると思います。したがって、そもそもテレビゲーム、ビ
デオゲームなるものは、技術面、アート面双方の性能が求められますので、それを表現するための機械と
いうのは限られてきました。
基本的にはゲームを動かすためだけの専用機の上で動くというのがもともとの姿です。最初は、いわゆる
−2
4−
ゲームセンターの業務用ゲーム機ですね。言うまでもないことですが、
ゲーム以外の用途を予定せずに作られた、専用機中の専用機です。そ
の次に、家庭用でも、ある程度は業務用ゲーム機を代替するような機
械が開発されるようになり、アタリや任天堂といった会社が、家庭用
ゲーム機を導入しました。この間ずっとゲームはゲーム機または専用
機で動いてきました。
ただ、ここ2
0∼3
0年間は、ゲーム専用機に関しては汎用化の動きがあ
る一方で、汎用機に関してはゲームも動くというような、双方の乗り
入れということが起こってきました。これはハードのスペックが一般
的に上昇していったからですが、それに加えてふたつの動きがござい
ました。端的には、初期の段階で任天堂が、ゲーム機をゲーム以外の
目的でどうやって使うかということを試していました。私の元の会社
である野村證券では、ファミコントレードということで、巨大なアダ
プターをファミコンに付けて、株の注文をするという、そんなことを
一時やっていました。そういう非常に極端な例は別としましても、い
和田 洋一氏
社団法人コンピュータエンターテイン
メント協会 会長
株式会社スクウェア・エニックス 代
表取締役社長
くつかそういうトライアルがありました。
決定的に変わりましたのはやはりプレイステーション2で DVDプレーヤーが付いたことだと思います。
それから今回の次世代機は、ゲーム機側から見ても、もうほとんどマルチユースになっております。とい
うことで、ゲーム機側から見て、ゲーム専用機だけれども他の機能も持つようになった、ということがご
ざいました。
一方で、他の端末の処理能力もどんどん上がってきまして、パソコンではかなり昔から――あたりまえで
すけれども――ゲームはできたわけですが、グラフィックスボードを積むとか、特殊なことをやらなけれ
ばハイエンドなものは動かなかった。ですが、最近は、一般に買われるようなものでも、かなりのゲーム
ができるようになってきています。
それから携帯電話ですね。もう決定的に違うのは3∼4年前からの携帯電話の動きです。今は、携帯電話
をゲーム機のように使っている方もかなりおります。
ということで、専用機としてのゲーム機で動いていたゲームというのが、専用機の汎用化、汎用機のゲー
ム機化という相互乗り入れのなかで、ゲームが活躍できる端末が増えて、非常に多様化してきたという実
態があります。これは、先ほどの話に戻ると、端末の多様化の中で、統計データだけで見ると、ここ20年
間のいわゆる家庭用ゲーム機向けソフトの市場という統計に慣れておりますので、それ以外の数字がほと
んど捕捉出来ていない状態です。例えば、パソコンでのカジュアルゲームを無料にして、広告モデルで収
益を得ている場合は、上の統計数字からは完全に落ちています。これは、実は莫大なマーケットです。実
際にゲームを作っている人たちにお金が入ってはいかないのですが、ユーザーの方々はお金を払っていま
す。
様々な端末でゲームが動くようになったのですが、家庭用ゲーム機向けソフトの統計データのみが連続し
て発表されていることから、あたかもシュリンクしているように思われているということなのだと思いま
す。実際としては非常に広がっている、というのが現実的な見方です。そこで最初のご質問なのですが、
恐らく今後の話に関連することとしましては、この端末の多様化にしたがって、色々な新たな問題が出て
−2
5−
きたと思っています。
一つは、端末をどのように使うかというのはその人のライフスタイルに結び付いているということです。
携帯電話をどう使うか、パソコンをどう使うか、テレビにどう向かうかというのは、その人のライフスタ
イルにぴったり合致しています。ゲーム機というのは、ゲームをするために買う機械ですが、それぞれの
端末が相互乗り入れをする中で、各々の端末を各人がライフスタイルのなかでどう位置付けるかというこ
とが極めて多様になっております。そうすると、色々なライフスタイルに対応する、あるいは色々なライ
フスタイルを選択している人々にゲームが接するということになります。そこで、指摘がありました、
「社
会性」ということが出てくるわけです。つまり、いわゆるゲーマーだけの市場ではなくなったということ
です。ゲームがひとつのエンターテインメントとして定着し、ゲームが実際に動く端末が極めて多様になっ
たということで、日常的にゲームに接するようになり、ゲームの社会における位置というのが突然クロー
ズアップされてきたということだと思います。一方、ゲームデザイン自体につきましても、用途としてエ
ンターテインメントだけではないものが登場し、それがシリアスゲームなどいくつかの分野としてまた枝
分かれしてきているということだと思います。
大まかにこれまでの歴史を踏まえて、というふうにご質問いただきましたので、あえて申し上げましたが、
ゲーム専用機からではなく非常に多様な端末でゲームが遊べるようになって、つまり多様なライフスタイ
ルにゲーム自体が接するようになったということから、チャンスも危機も双方内包してしまっている、と
いうのが現状ではないかというような考え方でございます。
馬場:ありがとうございました。お話の最後の部分の「エンターテインメントとして定着してきた」という表現
に、私は非常に納得します。それは、ゲームが社会に接続をしたという言い方もできると思います。それ
だけ社会の中であたりまえな存在になってきていると言えるでしょう。それは間違いないと思うのですが、
ご指摘があったように、それに付随して出てきた問題もあります。私が大学で、ゲームの業界に進みたい
という学生から相談を受ける第1の問題としまして、ゲーム業界に行くことに親が反対しているというこ
とがあります。それをどう説得したらいいか、という相談が一番多いんですね。親が行かせたがらないゲー
ム産業という、そういう一方の見方と、それからいま和田さんがご指摘になった、そういう新しいゲーム
産業の見方とのギャップを、どういうふうに埋めていくのかというのは、緊急の課題というところがある
のではないかと思います。端的な例としては、一部の家庭用ゲームソフトが有害図書に選定されまして、
あたかも、ゲーム=悪というふうに頭から決めてかかっている人たちも存在するわけです。社会的な広が
りと、それからそれに伴って発生してくる社会的な果たすべき役割があるかと思います。
その辺りで、産業界に身を置いていらっしゃる和田さんとしては、これからどういう風に進めていくのか
を、これまでのお取り組みについてもご説明頂きながら、お話を伺いたいと思います。
和田:社会との接点が大変増えてきたというのは、ゲームというコンテンツが「私はゲームをやるんだ」という
明確な意思を持ってゲームを遊ぶユーザーではない、ライトな動機のユーザーに接してきたことで、いろ
いろな問題が起きているということだと思います。ゲームとは何か、という自分なりの定義があってゲー
ムに向かう人ではない人にまで影響を与えるぐらい、ゲームというコンテンツが広がってきたというとこ
ろが、事の本質だと思います。一部において、ゲームについて、子供にとって悪影響があると決めつける
誤解があるという話が馬場先生の方からありましたが、おおよそにおいて、まずそういうことを仰ってい
る方はゲームをやったことがない方ではないでしょうか。やったことがないのに、ゲームは子どものもの
だ、小中学生のものだと勝手に思っているわけです。全国民が楽しむエンターテインメントの1ジャンル
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6−
という認識ではなくて、ゲームは子供のものであると考えているわけです。それとのギャップに、初めて
接する方としては戸惑われたんだと思います。
われわれ産業界としましては、子供から大人までが楽しむエンターテインメントの1ジャンルだから当然
様々なレベルのものがあるんだ、ということを認識しています。もちろん、明らかに社会的・倫理的に問
題があるものは駄目ですが、今、家庭用ゲームソフトで認められている暴力表現というのは、普通にテレ
ビなどで放映されている映画よりも、はるかにマイルドです。
つまり、ゲームは子どものやるものだという先入観が原因となって、戸惑いが起きているということだと
思います。そこで、ゲームとはどういうものかということを、われわれ産業界からも、もっと積極的にア
ピールしていかなければいけないと考えています。いままでは遊んでいただける方に遊んでもらえればい
いという一面がありましたが、そうではなくて、やはり我々からゲームを現在は遊んでいない方々にも積
極的にアピールする必要がある、という問題意識があります。
それから、アピールする際に、表現の内容によっては、さすがに小学生がこれをやるのはちょっと早いの
ではないか、ということがあります。それは、父兄の方から見ても分かるような区別を補助的に行うこと
が必要だと思います。それからゲーム自体がエンターテインメントではもちろんあるのですが、他の用途、
例えばリハビリとか学習とかいうことに使うことによって、表現メディアとしてのゲームということを、
もっとご理解いただくという努力も必要になってくるのではないかと思っております。
いずれにしましても、社会とのコミュニケーションを、もっと深く広く持つのがわれわれの義務だと思っ
ています。
馬場:ゲームの場合にはレーティングというのがあるわけですけれども、最近、家庭用ゲーム機に関して、学校
の壁新聞のような物に記事を提供されて、全国の学校に啓発というか、啓蒙というか、そういう活動をさ
れたということを伺っているのですが、そのことについてご紹介いただけますでしょうか。
和田:今のレーティングの問題に限って言いますと、こういう仕組みになっています。私どもゲームソフトメー
カーがゲームを作ります。そして、そこと利害関係のない第三者機関―コンピュータエンターテインメン
トレーティング機構(CERO)というレーティングの機関があるのですが、そこで個々のゲームについて、
大体どれぐらいの推奨年齢かということを審査してもらいます。審査をした結果、それをパッケージに表
示します。
「これはAランクです」とか「Bランクです」などですね。あるいは、1
8歳未満は見ないほう
がいい、という「Zランクです」などもパッケージに表示します。それからお店で販売して頂くわけです
けれども、そのお店で、本当にマークで表示されているレーティングにふさわしい年齢の方が買っている
かどうかということをお店の方にチェックしていただいています。ゲームを作る人とそれを客観的に評価
する人と販売店の三者が一体となって運営しているというのがこのレーティングの仕組みです。
しかし、この仕組みをご存知の方は残念ながらまだ非常に少ないのです。そのためそもそも「レーティン
グって何だ?」とか、保護者の方から見て、何をどう目安にしたらいいかという啓蒙活動が必要になるわ
けです。ご紹介いただいた業界活動の一環としまして、保護者の方やお子さんにも知って頂くために、学
校や販売店にも一種のポスター・ポップを貼るといった取り組みを、夏休み前に実施したのも一例で、そ
ういったキャンペーンを繰り返し行っています。自治体で発行されている発刊物などにもどんどん載せて
頂いて、ご理解を深めていただきたいと思います。
ここがしっかり理解されると、ゲームにおいてもターゲットとする年齢にふさわしい表現というのができ
るようになり、面白さの深みというのが出てくると思います。今は、お互いに恐る恐るやっていますから
−2
7−
どうしてもその境界線を意識して、無難なほうに無難なほうに行って
しまいますが、そうではないきちんとした表現というのもできるよう
になってくると思っています。一種の開発環境のひとつとしてメー
カーが捉えるべきである、というように考えています。
馬場:ここから先は、私の個人的な考えなのですが、私が参加している映像
コンテンツ倫理懇談会というものがあります。家庭用ゲームソフトの
レーティングは CEROがおやりになっているわけですが、それ以外に
エンターテインメントのレーティングをされている、映倫やビデ倫、
ソフ倫といったレーティングの団体があります。CEROさんのおやり
になっているゲームソフトのレーティングだけではなくて、他のレー
ティング機構のレーティングも、一般の方に知られていないというの
馬場 章氏
東京大学大学院情報学環 教授
日本デジタルゲーム学会 会長
がありまして、一緒に宣伝活動ができないかというので、懇談会をやっ
ています。
大学の関係者として、私ともう一人の先生の二人が参加しているので
すが、その中で感じるのは、映倫など他のレーティング機構の方々が不熱心ということは決してないので
すが、一番熱心なのが実は CEROや CEROから出ていらっしゃる委員の方なのですね。熱心なのですが、
パーセンテージを取ると、実は認知度は一番低いという現状があります。映倫の、映画のオープニングの
ところで出てくる映倫のマークに比べると、ゲームソフトに印刷されているゲームレーティングのマーク
の認知度が低いという結果が出ているわけです。CEROの思いが伝わってない、十分に認識されてないの
だな、と毎回委員会に出て思っています。
さきほど和田さんがおっしゃったように、実はレーティングというのは表現の可能性を広げます。時々開
発者の方から、レーティングされると色々縛りがきつくなって開発に差し支える、というお話を伺います
が、ゲームソフトというのが社会的な存在になったという前提で物事を考えていくと、実はきちんとレー
ティングされていくことによって、対象年齢が明確になり、より表現を深めていくことが可能になるとい
うことがあると思います。あくまでも、これは国が規制しているものではなくて業界のほうの自主規制と
いう形をとっているわけですが、発想の転換といいますか、それが必要だと思っています。新しい時代を
迎えようとしている、あるいは迎えた日本のゲーム産業だからこそ必要ではないかなと思っております。
以上が私の個人的な見解といいますか、日々感じている印象です。
新しい段階を迎えようとしているという、そういうお話で今日は進んできたと思います。産業界としても
新しい取り組みをされようとしていると伺っています。例えばその中で、CESAが毎年9月に開催されて
いらっしゃいます東京ゲームショウですが、先日発表しましたゲーム産業戦略の方では、ゲーム産業だけ
に限らず、例えば映画であるとかアニメであるとか、そういう産業も含めて、あくまでも仮の名前ですが、
「国際コンテンツカーニバル」というものを開催して、コンテンツの各タイプの業界が一緒になって、日
本からの情報発信力を強めたらどうかという、そういう提案もあります。そういう中で、日本のゲーム産
業として世界への情報発信をどういう形で強化していくかという観点から見たときに、例えば今後の東京
ゲームショウがどうなっていくのか、あるいはいま申し上げたコンテンツカーニバルとの関係はどうなっ
ていくのか、そのあたりの考えをお聞かせいただけますでしょうか。
和田:まだ概要は全然決まってないみたいです。ただ、一つだけ言えるのは、仮にコンテンツカーニバルとする
−2
8−
としても、それ1個にイベントが収斂されてしまうという話ではなくて、ゲームショウはゲームショウで
掘り下げていく、映画は映画で掘り下げていって、他は他で掘り下げていく。その上で、それぞれに参加
している人たちと共通の場を持てないかというのが問題意識になっていますね。1個になっちゃうんじゃ
ないかという誤解があるようなのですが、そうなることはないです。イベントとしてやりようがないです
から。そうではなく、個々で深めながら、他業態との人的な交流というのを促す、共通の物理的あるいは
物理的ではない場をどうやって提供するか、というのが問題意識みたいですね。そこにわれわれも賛同し
ているということです。
東京ゲームショウも、一言で言いますと日本のゲーム関連のイベントは国際性がなくなっているのです。
これはとてもまずいことだと思っています。東京ゲームショウを主催する CESAの発表では、どんどん海
外からの参加が増えています。確かに増えているのですが、地域が非常に限られています。
東京で発信したことをもって世界に発信したとみなす参加者は誰もいません。やはり、国際的な動きのな
かで、東京というのが希薄になっているというのは、残念ながら事実です。それをいかに高めていくかと
いうことが大切だと思います。やはり技術的にも、それから芸術的な観点でも日本のクリエイターの水準
は素晴らしいと思います。ただ、日本が遅れている点として、言葉の壁はかなりありますね。ほとんどの
ゲーム関連の論文が英語で書かれているということは、壁としては大きいです。それと、こういった学会
がなかなか日本で行われる機会がなく、どうしても飛行機に乗らないと参加できない状態だということも
あります。あるいは、例えばここ4∼5年の動きで言いますと、アメリカの大手ゲーム会社などは、明ら
かに映画産業・スポーツ産業との蜜月状態になっています。今はもう相場が上がりすぎて、これはこれで
大変なことになっているのですが、そういった異業種との交流に関してのルートがあったというところに
彼我の格差があると考えております。
ただ、潜在的には非常に素晴らしい人材がおりますので、日本のあらゆるイベントを国際化するためにい
くつかの手を打たなければいけないと思っています。その一つは東京ゲームショウの国際化そのものです
し、あるいは東京ゲームショウというパブリッシャーの観点と CEDECという開発側(デベロッパー)の
観点ですね、それから双方マッチしたところのゲーム大賞の3つを上手くインテグレートするというのも
一つのアイデアかもしれないと思います。それから、CEDECの国際化というのも東京ゲームショウの国
際化と同時に考えれば、相乗効果がかなり働くのではないかと思っています。
いずれにしても、ポイントは、世界の中で日本・東京が発信源となることを推進していくことでしょう。
また、日本のクリエイターにはそれをする資格がある、と思っております。具体的な方策としては、コン
テンツカーニバルもありますが、少なくともゲームの中だけでも東京ゲームショウ・CEDEC・ゲーム大
賞を有機的にリンクさせることによって、多方面からの参加者が集まる機会が提供できれば良いと思って
いますし、国際間のやりとりというのももっと活発に推進していきたいと思っています。
馬場:いまご指摘のあった東京ゲームショウの国際化ということでまず思い浮かぶのは、E3――世界最大の
ゲームショウで、毎年5月にロサンゼルスで開催されてきたわけですけれど――が、来年から方針が変更
になって、招待客を中心に5,
00
0人規模の B to Bの機能を中心に、7月に開催するというような方針が発
表されております。そうすると、B to Cという、ユーザーの方々のお祭り的な要素も持っている世界最大
のゲームショウがなくなってしまうわけです。では、東京ゲームショウが、
「それに代わって」という言
い方は癪なんですけれども、世界最大のゲームショウになっていくという、そういう展望はありますでしょ
うか。
−2
9−
和田:やはりそうなるべきだと思います。E3は一般ユーザーの方々向けの、というより正確にはメディア向け
の発表会という観点とトレードショウとの観点の二つがありました。トレードショウそのもの自体はあま
り一般向けに盛り上がる話ではないわけですがきちんと機能していた。一方で、東京ゲームショウは、あ
る頃から国際的な色彩というのがだんだんなくなってきました。そうすると国内パブリッシャーの国内市
場向けの営業活動というのは毎月行われているわけで、わざわざ東京ゲームショウでやる必要はないわけ
です。つまり、東京ゲームショウは、実は位置付けとしては専ら一般ユーザーの方々向けになっていった
という歴史的な経緯があります。これは、わたしは悪いことだとは思っていません。ただ、今から E3に
代わって、というのも確かに腹が立ちますが、世界に向けての発信地というときに、海外のパブリッシャー、
デベロッパーあるいはバイヤー、そしてメディアを呼び込もうと思うと、トレードショウの観点というの
を強化しないと成り立たないのです。要するに、一般ユーザーの方々向けの機能というのを落とさないで、
一方でトレードショウの色彩を今から付加して強くしていくというところで、結果として双方を持った、
世界で唯一のゲームショウになっていけるのではないかというふうに思っております。ですから、一般ユー
ザーの方々向けがなくなって B to Bになるということではありませんし、日本で完結するということでも
ありません。世界の中で、日本・東京が発信地になるために、今の日本国民一般向けという色彩だけでは
なく、トレードショウの色彩を持たせないと国際色が出てこないので、世界の中の日本にはなれないとい
うのが問題意識ですね。
馬場:ぜひ、そういうふうになっていただきたいと思います。
B to Bのお話がありましたけれど、私は2
003年頃から本格的にゲームの研究を始めるようになって、海外
にも行くようになりました。海外に出て何に驚くかというと、日本のゲームやゲーム開発者に対するリス
ペクトが凄いということです。国際的に著名な方、例えば宮本茂さんであるとか、あるいは DiGRA JAPAN
の理事もされている岩谷徹さんだけではなく、様々なクリエイターについてもよく知っている。海外の開
発者の方だけが知っているのではなくて、ユーザーの方々も非常によく日本のゲームのこと、あるいはゲー
ムの開発者のことを知っているんですね。そういう海外のリスペクトというのは、国内については絶対に
分からないな、というふうに感激をしました。来年9月に DiGRAのインターナショナルカンファレンス
を東京で開くのですが、まだ何をやるって決まっていないのに、
「絶対行くから」と言う海外の研究者も
いるんですよ。シリアスゲームサミットというのが先月の末にワシントン D.C.で2日間あったのですが、
そのときにも「いつやるのか?
どうやって行けばいいんだ?」と質問攻めにあいました。まぁ「飛行機
に乗ってくれ」と言ったんですけれども(笑)。開発者やユーザーに限らず、研究者ですら、日本の開発
者やゲームタイトルに対するリスペクトがすごいというのが分かりました。やはりこれに答えていく必要
が、日本にいるわたしたちの側にはあるということを痛感しました。そういったことを考えて、来年の
DiGRAの国際会議は9月という、東京ゲームショウに近い設定をさせて頂いています。今のお話の中で
あった、日本のゲーム開発者が優秀である、というところなのですが、ゲーム産業が新しい時代を迎えよ
うとしている今、産業振興の要は人材育成だと思っています。人材育成という点では、ゲームは多様な職
種があって、様々なスキルが要求される、難しい世界だと思っています。そこで、これからのゲーム産業
における人材育成は、どういう考え方に基づいて進めていけばいいとお考えですか。
和田:その時々とか状況に応じまして、戦術はすごく変わると思います。ですが、絶対にやらなければいけない
ことは、参加者を増やす、裾野を増やす、他業態と交流するということに尽きると思います。これを実現
する仕組みをどうするかということが問題の中心だと思います。ここですぐ具体的に、じゃあ今のプログ
−3
0−
ラムの技術がどうこうとか、描画能力が、というのもあるのですが、そういうことではなくて、交流を深
める、裾野を広げるということです。そのためにやらねばばらないのは、ここでまた元に戻ってしまうの
ですが、社会との接点、ですね。社会的に認知されたのだから、もっと踏み込んで、社会に貢献して、さ
らに「ああいう業界、ああいう仕事がしたいな」というふうに認知される。それこそ小学生が「野球選手
になりたい」と言うように思われるかどうかだと思います。先ほど先生がおっしゃったように、親が止め
るという業界はまずいですよね。
「ああそうか。よくぞ志した」ということを思ってもらうまでは行かな
くても、少なくとも普通になってほしい、と思います。
それから、ゲーム産業もあまりにも閉じた世界だったので、外からは見え難いように思います。例えば通
信技術について非常に能力の高い学生がいるとします。実はオンラインゲームってとんでもないレベルの
能力が必要なのですが、そのオンラインゲームをやろうとは思うことはなく、通信会社の、あるいはデバ
イスメーカーに入ることが多いわけです。就職先としての選択肢に上がってこないという問題があるのだ
と思います。こうした状況をどうやって変えていくかということで、社会的な認知を得るということがあ
るんだと思います。ひとつの工夫としては、先ほどのイベントに絡めたアイデアとしては、ゲームのアカ
デミー賞のようなものにしていきたいと考えています。これは「国際的」という意味では必ずしもないで
す。どういうことかというと、いまのゲーム賞は全部、アカデミー賞でいうと作品賞なんです。例えば、
作品賞があって、監督賞があって、
男優賞があっ
て、女優賞があって、特殊効果があって、音楽
があってと、アカデミー賞って分かれています
よね。そうすると、それぞれの分野についての
トッププレーヤーの顔が見えてきます。そうす
ると、自分が何を目指したいか、自分がこんな
ことをしたい、こんな人になりたいという目標
が、かなり明確に分かるわけです。また同時に、
他分野の人たちから見てゲームがとっつきやす
くなるのではないかと思います。例えば、昨年
度の日本ゲーム大賞の大賞が「脳を鍛える大人の DS トレーニング」
(脳トレ)と「ファイナルファンタ
ジー XII」(FFXII)でした。それはそれで「ああ、たしかにすごいな」と思っていただけると思いますが、
それ以上やりようがないんです。とりあえずプログラムが組めるという方がいたとしても、そのゲームの
制作に関して、どういう人たちがどう関わっているか、見当がつかないわけです。また、
「おれは絵がう
まい」という方がいたとしても、
「でも、どう関わったら良いんだろう?」と分からなくなってしまう。
そうしたときに、例えば日本ゲーム大賞のアート賞のように分野で賞を設けることによって一種の交流が
深まるんじゃないかなと考えています。そしてこのような活動をもっと理論的に深めていくのがこういっ
た場や CEDECであって、それぞれの中身が深まっていけばまた他業態との交流などにより、もっと裾野
も広がるんじゃないかと思います。こういうことをこまめに続けることが大切だと思います。いまゲーム
産業は、他産業や社会との接点が限られているにもかかわらず、奇跡的に優秀な人が集まっているという
状況なのです。開発スタッフの能力向上が、とか、歴史的にこれだけすばらしい人材が、といった話もあ
りますが、私が言うのもなんですけれども、それはラッキーな偶然だと思います。これはもう、天が与え
た使命としか言いようがないと思います。そういう人たちが、何かよく分からないけれども、とんでもな
−3
1−
い能力を発揮して、今の産業を作り上げてくれているわけです。ただ、今からゲーム産業が第2ステージ、
第3ステージに向かっていくというときに、偶然はそんなに続くものではありませんので、やはり門戸を
開いて、他の産業との交流を深め、広げていかなければいけないと思います。そのための工夫というのを、
いかに行っていくかがこれからは重要だと思います。
馬場:わたしが2
0
03年に IGDAと協力して、東大で初めてゲームの授業を開講して、2年間連続して授業をやっ
て――夏学期、冬学期、続けてやりましたので全部で4学期やったのですが――そのとき延べの受講生が
7
5
0人いました。その内の半分が将来なんらかの形でゲーム産業に関わりたいと考えていました。さらに
その3分の2の学生が、開発者としてゲーム産業、ゲーム会社に就職をしたいという希望を持っていたん
ですね。東大の学生が全部でどれだけいるか知らないですけれども、恐らくすごい数字になるのではない
かと思いました。ただ、非常に困ったのは、学生から見て就職のための情報が少なすぎて、なかなか中が
見えてこない。あるいはどこに接触すればいいのか分からない、というのがありました。ですので、ぜひ
これからは、例えば、就職部に求人票が貼りだされる業界とか、そのあたりを一つの目標にして頂ければ
と思います。非常に分かりやすい目標ですけれども、それが出来れば、優秀な学生がゲーム業界を目指す
ようなルートが確立してくるのではないかな、と思っています。
時間が少なくなってまいりましたので最後のトピックになるかと思うのですが、最後にお聞きしたいのは、
DiGRA JAPANのような、こういう学術組織に対して産業界はどのように見てらっしゃるか、あるいはど
ういうことを期待されるのか、というのをお伺いしたいと思います。特に私たちの DiGRA JAPANの場合
には、学術研究団体ではありますけれども、研究者だけの閉じたコミュニティーではなくて、開発者の方々
も個人単位で参加して頂くことも出来る、研究者と同じ土俵で議論をしていくという、そういうやり方を
重視していて、実際に会員の方の所属内訳を見ると、開発者の方々がかなりを占めているんですね。まだ
会員になっていない方は、この際にぜひ会員になってください(笑)。多分、皆さんのお手元に入会申込
書をお配りしているかと思います。
学会としてはちょっと特異かもしれませんが、それだけ産業界との連携を重視しています。特に、ゲーム
のような研究というのは、産業と切り離された研究は存在しないと私たちは考えております。そういった
点で、学会に対して期待して頂くことがあるとすれば、どういう活動、どういうあり方を期待しているの
かというのを最後にお伺いしたいと思います。
和田:やはりさきほどもお話いたしました、人材の層が厚くなる、交流する、ということが、一層重要になって
くる中で、非常に良質な触媒になっていただければと思います。多様な方々が交流するようになるきっか
けはいろいろあるでしょう。例えば、現状の産業下でもコラボレーションというのはもちろんあります。
そのひとつの触媒、接点というのが学術的なところにもあると思っています。例えば、先ほどの通信技術
とか、描画についての能力とか、あるいは社会科学的なアプローチでもってゲームをどう捉えるか、とい
うようなことは、ゲーム業界が説明するだけではなく、それを研究素材として深めて頂くことによって、
様々な分野の方々にリンクしてくる訳です。そういう意味での触媒になって頂けるのが、ゲーム業界とし
ては一番ありがたいと思います。ゲームは総合的なコンテンツですので、あらゆる観点から探求でき、も
のすごく面白い分野なのではと思います。どの観点からも探求できるということは、どの観点とも隣接分
野を持っているということですから。こうした点で触媒になって頂けると私どもとしては一番有難いです
し、産業全体としても非常に厚みが出てくると思います。
馬場:あたたかいご支持と勝手に理解させて頂きまして、いわゆるコンテンツ産業の中でも、特にゲーム産業と
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いうのはある意味特殊だと思っています。特殊というのは、言い方が悪いのかもしれませんけれども、リー
ダー的な存在ではないかと思っています。経済的にいえば当然のことで、これまで指摘されているように、
映画であるとかアニメであるとかに比べて、対外貿易においてこれまでは――多分これからもそうだとは
思うのですが――非常に優等生だった、ということが言われています。もう少し注目したいのは、他のコ
ンテンツ産業に与える影響力というのも、特にゲーム産業というのは強いのではないかと思うわけですね。
例えば、CGの技術一つをとってみてもそうですが、例えば、アニメーションとも密接な関連があって、
そういうのが、常に最先端の技術からゲームに使われて、あるいはゲームで開発されています。それが他
の分野、ジャンルあるいはタイプに波及していく、そういう波及効果という点でも、ゲームというのはリー
ダー的な存在ではないかなと、私は思っていまして、ゲーム産業あるいはゲームというのは非常に面白い
な、と思っているわけです。
最後に、和田さんからあたたかい、強いご支持をいただいたところで、残念ではあるのですが、本日は時
間が来てしまいました。最初にご紹介しましたように、今日のこの座談会は DiGRA JAPANの会誌の第1
号に掲載させて頂くことになっています。そこでもう1度復習していただけるので、この座談会をこれか
ら皆さんと一緒に、日本のゲーム産業やゲーム研究を考えていくきっかけにしていただければと思います。
きょうは皆さん、どうもお忙しいなか、ありがとうございました。
和田:どうも、ありがとうございました。
馬場:皆さま、どうもありがとうございました。
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