近年の交通事故発生状況と歩行者の安全対策

土木技術資料 55-9(2013)
報文
近年の交通事故発生状況と歩行者の安全対策
池原圭一 * 藪
雅行 **
事故類型別の死傷事故件数の推移を長期的な視
1.はじめに 1
点で見ると(図-1)、「人対車両」のように減少傾
平 成 24年 の 交 通 事 故死者 数 は 、 4,411人 と な り
向 の 事 故 が ある 一 方 で 、「 追 突 」 や 「出 会 い 頭」
前年 より 252人減少し た。し かしながら、 いまだ
のように顕著に増加し、近年は減少に転じている
多くの尊い命が交通事故により失われている。国
事故がある。
総研では、交通事故を削減するための課題を抽出
「人対車両」の減少要因は、道路側の対策とし
し、抽出した課題の対応方策を検討しており、幹
て歩道や道路照明等の整備、車側の対策として
線道路や生活道路で発生する交通事故、歩行者、
ABS 等 の 普 及 が 効 果 を 現 し 、 事 故 の 抑 止 に 繋
高齢者及び自転車が関わる交通事故について、傾
がっていると考えられる。一例として、図-2に歩
向及び特徴の分析を行っている。また、今後の対
道の整備延長と人対車両事故件数を示す。歩道の
策立案等の参考とするため、欧米を中心とした諸
整備とともに人対車両事故件数の減少及び事故の
外国の交通安全施策に関する情報収集及び整理を
抑 止 効 果 を 確認 で き る。 ま た 、「 追 突 」や 「 出会
行っている。
い頭」の増減要因は、車の量(自動車走行キロ)
本稿では、近年の交通事故の発生は減少傾向に
の増減と深く関係していると考えられる。図-3に
あるものの、全体の死亡事故に占める割合が増加
自動車走行キロと追突及び出会い頭事故件数を示
している人対車両の死亡事故の傾向及び特徴に関
す 。 自 動 車 走 行 キ ロ は 平 成 15年 ま で 増 加 し 、 平
する分析結果を紹介する。また、参考となる諸外
成 16年 以 降 は 減 少 に 転 じ て い る 。 こ の 増 減 に 対
国の取り組みを紹介する。
し、追突及び出会い頭事故件数は概ね一致してい
ることを確認できる。
2.交通事故の発生状況
2.2 死亡事故件数の推移
2.1 死傷事故件数(発生件数)の推移
死傷事故件数
人対車両
正面衝突
追突
事故類型別の死亡事故件数の推移を長期的な視
出会い頭
左折時
右折時
車両相互その他
車両単独
列車
350,000
300,000
250,000
200,000
150,000
100,000
50,000
0
S45 S46 S47 S48 S49 S50 S51 S52 S53 S54 S55 S56 S57 S58 S59 S60 S61 S62 S63 H1 H2 H3 H4 H5 H6 H7 H8 H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18 H19 H20 H21 H22 H23
図-1
事故類型別の死傷事故件数の推移 1),2)
────────────────────────
Recent Road Traffic Accidents Outbreak Situation and Road
Safety Measures to people
- 18 -
土木技術資料 55-9(2013)
180,000
160,000
160,000
140,000
140,000 歩
道
120,000
整
100,000 備
延
80,000 長
120,000
100,000
80,000
60,000
)
40,000
歩道整備延長
(km)
20,000
図-2
両」は全体の死亡事故に占める割合が増加してお
り 、 平 成 13年 の 「 人 対 車 両 」 は 全 体 の 死 亡 事 故
件数の28.3%であるのに対し、平成23年は36.2%
を占めている。
H22
H19
H16
H13
H7
H10
H4
H1
S61
S58
S55
S52
S49
あ る 。 し か し な が ら 、 平 成 13 年 以 降 、「 人 対 車
人対車両死亡事故の発生状況を整理するに当た
り、状態別及び年齢別の傾向を示す。
歩道整備延長と人対車両事故件数
600,000
平 成 13年 以 降 、 自 動 車 乗 車 中 な ど の 各 状 態 別
9,000
の 死 者 数 は 概 ね 減 少 し て い る も の の 、 平 成 20年
8,000
500,000
7,000
400,000
6,000
5,000
300,000
追突+出会い頭事故件数
自
動
車
走
行
キ
ロ
以降における歩行中の死者数は横ばいであり、ま
た自動車乗車中を上回っている(図-5)。
4,000
(
4,000
200,000
考 え ら れ る 。「人 対 車 両」 に つ い て も減 少 傾 向に
2.3 人対車両死亡事故の発生状況
0
S46
0
3,500
3,000 億
キ
2,000 ロ
)
100,000
自動車
走行キロ(億キロ)
2,500
H21
H18
H15
H12
H9
H6
H3
S63
S60
S57
S54
S51
S48
0
S45
自動車乗車中
3,000
1,000
0
図-3
k
m
60,000
人対車両事故件数
40,000
20,000
追
突
+
出
会
い
頭
事
故
件
数
の衝突時の安全性が増したことも貢献していると
(
人
対
車
両
事
故
件
数
180,000
歩行中
死
者 2,000
数
自動車走行キロと追突及び出会い頭事故件数
1,686
1,500
1,442
点 で 見 る と ( 図 -4)、 平 成 初 期 以 降 は 減 少 傾 向 に
1,000
あり、特に「車両単独」は大きく減少している。
500
628
これは道路側の対策として防護柵や視認性の高い
513
333
10
0
H13
区画線等の効果が考えられ、車側の対策としては、
H14
H15
平 成 6年 4月 以 降 の 新 型 車 に 義 務 化 さ れ た 前 面 衝
自転車乗車中
図-5
突試験、同時期のエアバックの普及等により、車
死亡事故件数
人対車両
正面衝突
追突
出会い頭
H16
自動車乗車中
左折時
右折時
H17
H18
H19
H20
H21
H22
自動二輪車乗車中
原付乗車中
歩行中
その他
H23
状態別死者数の推移
車両相互その他
車両単独
列車
6,000
人対車両
車両単独
5,000
H3
4,000
28.3%
23.4%
29.3%
26.5%
5.4%
5.1%
6.3% 10,547件
12.6%
4.5%
14.4%4.9%
H13
8,414件
13.4%
16.5% 6.2%
19.8%
4.9%
5.5%
36.2%
H23
4,481件
15.0%
10.0%
6.7%
3,000
2,000
1,000
0
S48 S49 S50 S51 S52 S53 S54 S55 S56 S57 S58 S59 S60 S61 S62 S63 H1 H2 H3 H4 H5 H6 H7 H8 H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18 H19 H20 H21 H22 H23
図-4
事故類型別の死亡事故件数の推移 1),2)
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土木技術資料 55-9(2013)
平 成 23年 の 歩 行中 の死 者数 1,686人 の 内 訳 を見
る と 、 65 歳 以 上 の 高 齢 者 が 約 2/3 を 占 め て い る
52, 3%
(図-6)。
3.1 横断中の事故対策例
歩行者の横断中事故対策として、例えば、ユト
37, 2%
476,
28%
15歳以下
レヒト市(オランダ)では、横断歩道の途中に交
16~24歳
通島を設けて、一旦車道方向に歩行者を向けるこ
25~64歳
とで車道上の車と歩行者がお互いを正面から認識
65歳以上
1121,
67%
で き る 横 断 歩 道 の 事 例 が あ る ( 写 真 -1)。 ま た 、
通学路の横断歩道には、カラーポールが設置され
ている事例がある(写真-2)。
歩行中死者数の年齢別内訳(平成 23年)
図-6
者の事故への対策例を紹介する。
2.3.1 道路別の人対車両事故
平 成 23年 の 人 対 車 両 の 死 亡 事 故 件 数 の 内 訳 を
幹線道路/生活道路別にみると、幹線道路では横
断中に死亡事故が多く発生し、生活道路において
も横断中の死亡事故は多い。また、生活道路では
幹線道路に比べ対背面通行中(人が道路延長方向
に歩行している時の人対車両事故であり、車が人
の正面または背面から向かってきた時の事故)の
死亡事故がやや多く発生している(図-7)。
【幹線道路(1,022件)/生活道路( 548件)別の内訳】
12.8%
生活道路
19.5%
9.3%
37.4%
写真-1
交通島で直角に曲がる横断歩道
(出典:ユトレヒト市提供資料)
20.4%
0.5%
9.2%
幹線道路
0%
22.0%
20%
10.6%
43.8%
1.4%
40%
60%
13.0%
80%
100%
対背面通行中
横断中-横断歩道
横断中-横断歩道付近
横断中-横断歩道橋付近
横断中-その他
その他
人対車両事故件数の道路別内訳(平成 23年)
図-7
2.3.2 年齢層別の人対車両事故
平 成 23年 の 人 対 車 両 の 死 亡 事 故 件 数 の 内 訳 を
年 齢 層 別 に 比 較 す る と 、 65 歳 以 上 は 、 横 断 中
( 横 断 歩 道 や 横断 歩 道 付近 以 外 の そ の他 箇 所 )の
死亡事故が多く発生している(図-8)。
【 65歳以上( 1,105件)/ 64歳以下( 531件)別の内訳】
64歳以下
12.1%
16.9%
10.2%
29.6%
写真-2
カラーポールを設けた通学路の横断歩道
(出典:ユトレヒト市提供資料)
30.3%
0.9%
65歳以上
9.5%
0%
22.1%
20%
9.6%
1.1%
40%
60%
80%
ニューヨーク市の事例では、高齢者の交通事故
100%
対背面通行中
横断中-横断歩道
横断中-横断歩道付近
横断中-横断歩道橋付近
横断中-その他
その他
図-8
3.2 高齢者の事故対策例
12.7%
45.1%
に よ る 死 亡 者 の 割 合 が 全 体 の 約 39% を 占 め る こ
とを背景に、高齢歩行者の歩行速度の低下など高
人対車両事故件数の年齢層別内訳(平成23年)
齢歩行者が抱える問題の分析結果と道路環境(歩
行者信号、道路幅員など)から重点的に対策を実
3.諸外国の取り組み
施する地域を選定し、横断距離の短縮、信号現示
人対車両事故に関連した諸外国の取り組みとし
の改良、車両の規制等の高齢者のための安全道路
て、我が国の事故内容の多い横断中の事故、高齢
プログラムを策定・実行している。図-9は、分析
- 20 -
土木技術資料 55-9(2013)
結果の一例であり、高齢歩行者の事故データを地
図上で可視化し、さらに赤線で囲われた各街区内
で発生した事故地点データをもとに、事故が発生
していない地点についても事故の発生確率を推定
(カーネル密度推定)している。写真-3及び写真4に横断距離を短縮した事例を示す。
死者
重傷者
張り出した歩道部
カーネル密 度 推 定
写真-4
歩道の張り出しによる横断距離の短縮
(出典:ニューヨーク市提供資料 3 ))
3.3 その他の対策
諸外国においては、上記3.1や3.2のようなハー
ド対策の他にも、広報活動、教育プログラムなど
と併せて実行することで、交通安全に対する意識
を高めたり、ドライバーの行動を変えるようなこ
とも重要な取り組みと位置づけられている。
4.まとめ
本稿では、我が国の近年の交通事故の発生状況
を踏まえ、主に人対車両の死亡事故について述べ
図-9
高齢者のための安全道路プログラムの分析結果
(出典:ニューヨーク市ホームページ 3 ))
るとともに、この中で横断中の事故、高齢者の事
故が多いことに着目し、関連する諸外国の対策事
例などを紹介した。
今後においても、交通事故の発生状況の分析、
対策の立案及び評価など、交通安全施策への反映
に役立つ調査・検討を行っていく予定である。
参考文献
1) 交通事故統計年報、(財)交通事故総合分析センター
2) 交通統計、(財)交通事故総合分析センター
3) http://www.nyc.gov/html/dot/downloads/pdf/safest
reetsforseniors.pdf
4) http://www.nyc.gov/html/dot/html/sidewalks/saf
eseniors.shtml
池原圭一 *
国土交通省国土技術政策
総合研究所道路研究部
道路空間高度化研究室
主任研究官
Keiichi IKEHARA
歩行者のための安全地帯
写真-3
安全地帯の整備による横断距離の短縮
(出典:ニューヨーク市提供資料 4 ))
- 21 -
藪
雅行**
国土交通省国土技術政策
総合研究所道路研究部
道路空間高度化研究室長
Masayuki YABU