カントール集合上の極小力学系と作用素環

カントール集合上の極小力学系と作用素環
松井宏樹(千葉大学自然科学研究科)
1 序
作用素環はフォン・ノイマン環と C ∗ 環の 2 つの種類に分かれます。前者はいわば可測空
間の非可換化であり、それに対して後者は位相空間を非可換化したものと思えます。可測空
間の上で十分にぐちゃぐちゃした力学系を研究するのが、エルゴード理論と呼ばれるもので
した。エルゴード系があると、そこから自然にフォン・ノイマン環を作ることが出来ます。
そのようにして作られた環が元のエルゴード系のどのような性質を反映しているか等につい
て、既に多くの研究がなされています。私がこれから解説したいと思っている対象は、カン
トール集合の上の極小な自己同相写像のなす位相力学系と、それから構成されるある C ∗ 環
です。つまり、可測空間をカントール集合に置き換え、エルゴード性を極小性に置き換えた
上で、エルゴード理論とフォン・ノイマン環に対応するような類似を位相的な設定で展開し
たいのです。
このようなカントール極小系と C ∗ 環の理論が研究され始めたのは今から 15 年ぐらい前
のことです。円周上のダンジョワ同相写像から作られる C ∗ 環についての論文 [PSS] が、恐
らく端緒になったと思われます(研究の進んだ現段階から見ると最後の節の記述は興味深い
です)。その後、カントール極小系から出来る C ∗ 環が AT 環になることが [Pu] において示
され、[GPS] で強軌道同型という新しい同値関係が導入されます。
このノートでは作用素環に関わりのある主題を選んで、ほとんど証明は述べずに大雑把な
紹介をしたいと思います。証明が気になるという方やもっと力学系的な側面を知りたいと
いう方のために、参考文献は出来るだけ多く集めました。興味のある方は参照なさって下
さい。
2 基本事項
この節ではカントール極小系と C ∗ 環についての基本的な事柄をまとめます。
1
2 点集合の可算無限直積空間 {0, 1}N に同相な位相空間をカントール集合と呼びます。カ
ントール集合は位相空間として、コンパクト・距離付け可能・全不連結・完全という 4 つの
性質で特徴付けることも出来ます。位相空間 X 上の自己同相写像 ϕ ∈ Homeo(X) が非自
明な不変閉集合を持たない時(これは全ての軌道が X で稠密と言っても同じことです)、ϕ
もしくは (X, ϕ) は極小であると言われます。カントール集合 X と極小な ϕ ∈ Homeo(X)
の組 (X, ϕ) をカントール極小系と言います。
まずはカントール極小系の例を与えることにします。
例 1. カントール極小系の最も基本的な例は加算機変換と呼ばれているものです。2 以上の
自然数の増加列 {mn }∞
n=1 があって、任意の n について mn が mn+1 を割るとします。
X = proj lim Z/mn Z
とおくと、X はカントール集合でありかつ位相群になります。空間 X の上で (1, 1, · · · ) ∈ X
を足すという同相写像を ϕ とすれば、カントール極小系 (X, ϕ) が得られます。これを
({mn }n 型の)加算機変換といいます。
例 2. 次にダンジョワ系を説明します。まず無理数 α ∈ [0, 1) をとり、S 1 ∼
= R/Z における
α 回転 Rα を考えます。Q ⊂ S 1 を Rα 不変な可算集合で、特に 0 を含むものとします。Q
は互いに交わりを持たない高々可算個の Rα 軌道に分解されます。これを
Q=
K
[
{γk + nα; n ∈ Z}
k=1
と書きましょう。ただし K は有限もしくは可算無限の値です。また γ1 = 0 とします。S 1
の有界ボレル関数のなす環のなかで
C(X) = C ∗ (C(S 1 ), {χ[nα,nα+γk ) ; n ∈ Z k = 1, 2, · · · , K})
とします。円周 S 1 を点 nα + γk において切り開いたものが空間 X であると思えます。α
が無理数であったことから、円周を稠密な点で切断したことになり、X はカントール集合に
なります。円周上の α 回転は自然に X 上の自己同相 ϕ に拡張されます。(X, ϕ) がカントー
ル極小系であることは、もとの無理数回転が極小系であったことからすぐにわかります。
カントール極小系 (X, ϕ) と C ∗ 環の研究の出発点となったのは、次にあげるパットナム
の定理です。この定理を紹介するために接合積について説明します。
2
X がコンパクトな位相空間で、ϕ ∈ Homeo(X) としましょう。X 上の複素数値連続関
数の全体を C(X) と書きます。C(X) は可換な C ∗ 環です。いま u を不定元として、u と
C(X) で生成される ∗-環を考えます。ただし u 及び f ∈ C(X) は次の関係を満たすとし
ます。
uu∗ = u∗ u = 1X , uf u∗ = f ϕ−1
つまり u はユニタリであり、C(X) に対しては u と u∗ で挟むことにより ϕ によって定まる
変換を導くわけです。この ∗-環の元は
f−n u∗n + f−n+1 u∗n−1 + · · · + f0 + f1 u + · · · + fm um
という形をしていることになります。接合積 C ∗ 環とは、この ∗-環に適当な C ∗ ノルムを入
れて完備化したものです。このノートでは (X, ϕ) から出来る接合積 C ∗ 環を C ∗ (X, ϕ) と
書くことにします。
定理 3 ([Pu]). (X, ϕ) がカントール極小系であるとする。すると C ∗ (X, ϕ) は、単純・実
階数ゼロの AT 環になる。
「単純・実階数ゼロの AT 環」という言葉の意味を具体的には説明しません。重要な点は、
この「単純・実階数ゼロの AT 環」というクラスの C ∗ 環は、エリオットの定理によって既
に分類されているという事です。エリオットは 70 年代に、AF 環と呼ばれる C ∗ 環がその
K0 群によって完全分類される事を証明しました。AF とは approximately finite の略であ
り、有限次元の C ∗ 環で内側から近似できるという意味です。[E] で彼はその証明の技巧を
さらに進化させて、AT 環というさらに広いクラスの C ∗ 環が、やはり K 群によって完全に
分類されることを 90 年代に示しました。
ジョルダノ・パットナム・スカウの 3 人によって証明された次の定理は、カントール極小
系と C ∗ 環に関する理論における基本定理と言えます。
定理 4 ([GPS]). (X, ϕ) と (Y, ψ) を 2 つのカントール極小系とするとき、次の 3 条件は同
値である。
(i) C ∗ (X, ϕ) と C ∗ (Y, ψ) が C ∗ 環として同型。
(ii) K 0 (X, ϕ) と K 0 (Y, ψ) が単位元を持つ順序群として同型。
(iii) (X, ϕ) と (Y, ψ) が強軌道同型。
1 番目の条件はいいとして、2・3 番目の条件については説明が必要でしょう。
3
(ii) に現れる K 0 (X, ϕ) とは C ∗ 環 C ∗ (X, ϕ) の K0 群のことであり、単なる加群ではな
くて正錐から定まる順序構造を持っています。接合積 C ∗ 環の K 群はピムズナー・ボアク
レスクの定理によって計算できます。今の場合には
K 0 (X, ϕ) = C(X, Z)/{f − f ϕ−1 ; f ∈ C(X, Z)}
であって、正錐は
K 0 (X, ϕ)+ = {[f ] ; f ∈ C(X, Z), f ≥ 0}
となり、単位元は恒等関数 1X の定めるクラス [1X ] で与えられます。詳しくは述べません
が、この順序群はある種の条件を満たす「良い」順序群になっており、このようなタイプの
順序群は(単位元を持つ)次元群と呼ばれています。
カントール極小系 (X, ϕ) の例を先に挙げましたが、それらの K 群は何になるか、結果だ
けを紹介します。例 1 の加算機変換の場合は、
0
K (X, ϕ) =
½
¾
k
; k ∈ Z, n ∈ N
mn
K 0 (X, ϕ)+ = {r ∈ K 0 (X, ϕ) ; r ≥ 0}
[1X ] = 1
となります。例 2 のダンジョワ系の場合は、
K (X, ϕ) = Z ⊕ Z ⊕
0
K
M
Z
k=2
n
o
X
0
K (X, ϕ) = (a, b, (ck )k ) ∈ K (X, ϕ) ; a + bα +
ck γk > 0 ∪ {0}
0
+
[1X ] = (1, 0, 0)
となります。与えられたカントール極小系の K 群を計算する具体的な方法も知られていま
すが、ここでは省略します。
(i) と (ii) の同値性は、パットナムによって示された定理 3 とエリオットによる分類定理
からの当然の帰結です。ジョルダノ・パットナム・スカウの定理は、条件 (i)(ii) が力学系の
言葉で与えられる条件 (iii) と同値であると主張しています。
(iii) の強軌道同型という用語について少しだけ説明します。軌道同型とはその名のとお
り、それぞれの軌道を軌道に移す同相写像があるということです。正確に言えば、同相写像
F : X → Y が存在して任意の x ∈ X に対して
{F (ϕn (x)) ; n ∈ Z} = {ψ n (F (x)) ; n ∈ Z}
4
となる時、2 つのカントール極小系 (X, ϕ) と (Y, ψ) は軌道同型であると言われます。因み
にこの定義はカントール集合上の極小系に対してのみ意味のある概念で、連結な空間の場合
だと軌道同型は自動的に共役を意味してしまいます。エルゴード論の場合には、フォン・ノ
イマン環の同型類は元のエルゴード系の軌道同型類に対応していました。ところが位相的な
設定では少しだけずれて、「強」軌道同型が対応することになります。「強」が付いているの
だから、普通の軌道同型よりはもちろん少しだけ強い条件です。具体的には、軌道同型を与
える同相写像 F によって定まる軌道コサイクルが高々 1 点を除いて連続になることを、要
請します。詳しくは [GPS] を参照してください。
カントール極小系の研究に欠かせない道具として、ブラッテリ図式によるモデル定理
[HPS] があります。この定理のおかげで、抽象的なカントール極小系をある種のグラフに
よって目で見える形で捉えることが出来ます。上に挙げた定理もモデル定理を使うこと
によって証明されます。しかしここでは詳しく説明する余裕がないので、興味のある方は
[HPS] を御覧になって下さい。
3 カントール極小系の自己同型
ジョルダノ・パットナム・スカウによる論文 [GPS] 以来、カントール極小系に関するさま
ざまな研究がなされました。彼ら自身も、[GPS3] においてほとんど 1 対 1 となるような拡
大による K 群の包含を調べたり、[GPS2] において充足群の群構造を研究したりしました。
[GPS] の結果を力学系の枠組みで証明しようという試みが [GW] でなされましたが、肝心の
軌道同型定理(先に挙げた定理 4 とは異なります)の力学系的な証明は未完です。[S, S2] に
よって強軌道同型と位相的エントロピーの関係が明らかにされました。カントール極小系に
よる II1 型エルゴード変換の位相的実現問題は [O] で解決されましたが、III 型の場合など
興味深い未解決問題もあります。個別のカントール極小系については、[DHS, GJ, GJ2] な
どの論文があります。局所コンパクトカントール極小系の研究は [D, M4] で始められ、位相
スペクトラムのハウスドルフ次元に関する [M6] の結果などがあります。
この節では数あるトピックの中でも、カントール極小系の自己同型が引き起こす C ∗ 環の
自己同型とその分類という主題に的を絞って、これまでに明らかになった事柄と未解決問題
を解説したいと思います。
(X, ϕ) をカントール極小系とします。ϕ と交換する X 上の自己同相写像を自己同型と言
い、その全体を C(ϕ) と書きます。こう書くと普通は ϕ と交換する X から X への連続写像
の全体を指す(実際 [M3] ではそういう記号の使い方をしています)のですが、ここでは自
5
己同相に話を限ることにします。C(ϕ) は明らかに ϕ 自身を含みますが、ϕ で生成される整
数群 Z にしかならないこともあります。と言うより「感覚」としては、そのような自明なも
のになってしまう事の方が多いように思います。しかし C(ϕ) が大きい群になるような例を
人工的に構成することも容易なので、これから述べることは決して無意味ではありません。
γ ∈ C(ϕ) としましょう。前節で説明したように、C ∗ (X, ϕ) は C(X) と u で生成される
∗-環を何らかのノルムで完備化したものでした。f ∈ C(X) を f γ −1 に送り、u は動かさな
いとすることにより、この ∗-環の自己同型が得られます。この自己同型は完備化に伸びるの
で、C ∗ (X, ϕ) の自己同型が出来ます。これを s(γ) と書きます。このようにして得られる自
己同型 s(γ) を何らかの意味で分類したいというのが目標なのですが、現在までのところ成
果はあまりあがっていません。ここでは分類に向けた最初の一歩として、[M] において得ら
れた s(γ) の不変量について説明したいと思います。
s(γ) について考えようという時、その K 群への作用がまず最初に気になります。その答
えは簡単で、f ∈ C(X, Z) に対して [f ] という同値類を [f γ −1 ] に移す写像が誘導されるこ
とになります。この K 0 (X, ϕ) の自己同型は mod(γ) と書かれます。ここで
T (ϕ) = {γ ∈ C(ϕ) ; mod(γ) = id}
としましょう(T は trivial の T のつもり)。パットナムの定理より C ∗ (X, ϕ) は「単純・実
階数ゼロの AT 環」になる事がわかっています。A をこのクラスの C ∗ 環とし、α ∈ Aut(A)
を自己同型としましょう。この時、α が K 群に自明な作用を導くことと、α が近似的内部
自己同型であることが同値である事が知られています(これもエリオットの結果です)。α
が近似的内部自己同型であるとは、A のユニタリーの列 {un }n が取れて、
α(x) = lim un xu∗n
n→∞
が任意の x ∈ A について成り立つことを言います。つまり内部自己同型の全体 Int(A) の、
然るべき意味での閉包 Int(A) に属しているという事です。まとめると
γ ∈ T (ϕ) ⇔ s(γ) ∈ Int(C ∗ (X, ϕ))
となります。
北大の岸本晶孝先生の一連の研究によって、AT 環の自己同型の分類を考える上で AInt(A)
というクラスの自己同型が重要であることが認識されました。AInt(A) とは、A のユニタ
リーの path (ut )t∈[0,1) によって
α(x) = lim ut xu∗t
t→1
6
for all x ∈ A
と書ける自己同型 α の全体で、当然 Int(A) の正規部分群になります。次の定理が岸本先生
によって得られた AT 環の自己同型の分類定理です。
定理 5 ([K, Theorem 5.1]). A が単位元を含む単純で実階数ゼロの AT 環であるとする。
α, β ∈ Aut(A) がともにロホリン性を持ち、αβ −1 ∈ AInt(A) であるならば、両者は外部共
役である。つまり γ ∈ Aut(A) とユニタリー u ∈ A が存在して、Ad uα = γβγ −1 となる。
ロホリン性の定義についてはここでは触れません。自己同型がいつロホリン性を持つかと
いう事についても、岸本先生の結果がいくつか知られています。興味のある方は論文を御覧
になって下さい。
[KK] において、Ext 群に値を取るある不変量によって、自己同型 α が AInt(A) に属する
かどうかを判定することが出来るという事が示されました。この不変量を現在の設定で計算
すると次のようになります。
まず γ ∈ T (ϕ) としましょう。カントール極小系 (X, ϕ) の不変測度 µ をひとつ固定しま
す。いま各 [f ] ∈ K 0 (X, ϕ) に対して、mod(γ)([f ]) = [f ] ですから
f − f γ −1 = g − gϕ−1
となる g ∈ C(X, Z) が取れます。ϕ の極小性よりこの g は定数関数のずれを除いて一意に決
まります。従って g を µ で積分した値は R/Z の値として意味を持ちます。この対応が実は
K 0 (X, ϕ) から R/Z への準同型を定めていることがわかります。Hom(K 0 (X, ϕ), R/Z) か
ら Ext(K 0 (X, ϕ), Z) への自然な商写像でいま得られた準同型を落としたものを η(γ) と書
くことにします。これが [KK] で議論された不変量に一致します。まとめると次を得ます。
定 理 6 ([M]). 上 の 設 定 で 、γ ∈ T (ϕ) に 対 し て 、η(γ) = 0 と な る こ と と s(γ) ∈
AInt(C ∗ (X, ϕ)) となることが同値である。
この η(γ) という Ext 群に値を取る不変量は、上で述べたように C ∗ 環の自己同型の性質
と関連しているわけですが、純粋に力学系的な視点から見てどのような意味を持っているの
かというのは、興味深い問題だと思われます。
以上の議論では無限位数を持つ γ ∈ C(ϕ) を念頭に置いていましたが、有限位数の場合に
は少し違ったアプローチが可能です。また C ∗ 環の自己同型としても、有限位数の場合には
Z/nZ 作用として考えるべきなので、話がまた少し違ってきます。ここでは [M2] で得られ
た結果を紹介するだけに留めておきます。
7
定理 7 ([M2, Theorem 3.3]). (X, ϕ) をカントール極小系とする。T (ϕ) がもし有限群
H を含めば、H は巡回群である。
4 Z2 極小系
この節ではカントール集合上の Zd 極小系について、知られている結果や問題意識などを
解説したいと思います。
可算離散群 G がカントール集合 X に作用しているとします。作用を (γg )g と書きましょ
う。単位元以外の全ての g ∈ G に対して γg が固定点を持たない時、この作用は自由である
と言われます。また任意の点 x ∈ X の軌道が X で稠密である時、この作用は極小であると
言われます。G = Z の場合を単にカントール極小系と呼んだわけですが、一般の群作用に
関しては、基本的な問題意識として次のスカウ予想があります。
予想 8. G が従順な可算離散群であるとする。G が X に自由かつ極小に作用している時、そ
の力学系はあるカントール極小系と軌道同型になる。つまり極小な自己同相 ϕ ∈ Homeo(X)
が存在して、
{γg (x) ; g ∈ G} = {ϕn (x) ; n ∈ Z}
が任意の x ∈ X に対して成り立つ。
エルゴード論の場合はどうだったかと言うと、従順な可算離散群の保測エルゴード作用は
全て軌道同型でした。位相的な設定でも同様のことが成り立つのではないかというのが、上
のスカウ予想です。
この予想に関しては今のところ、手も足も出ないという状況です。フォレストは [GPS]
の手法を真似することにより、X の「小さい」例外集合を除いては軌道同型を達成する
ことが出来るという結果を [F] において示しました。しかしその例外集合の扱いこそが最
も難しい部分であり、スカウ予想の解決には程遠いと考えられています。予想が肯定的
に解決されている自明でない例としては、カントール極小系の d 個の直積による Zd 極
小系があります。(X1 , ϕ1 ), (X2 , ϕ2 ), . . . , (Xd , ϕd ) を d 個のカントール極小系とする時、
Y = X1 × X2 × · · · × Xd の上に ϕ1 , ϕ2 , . . . , ϕd から定まる Zd 作用を考える事が出来ます。
明らかにこの作用は自由かつ極小です。実は [GPS] の結果を用いると、この力学系はある
(ひとつの)カントール極小系と軌道同型であることが示せます。力学系としては単に d 個
の直積ですから何という事もありませんが、軌道同型になるという結論は全く自明ではあり
ません。
8
最後に AF 埋め込みに関して私が得た結果を説明したいと思います。
カントール極小系 (X, ϕ) から接合積 C ∗ 環 C ∗ (X, ϕ) が作られました。この環が AT 環
になることは先に説明したとおりです。AT 環は AF 環に(環として)埋め込むことが出来
るので、C ∗ (X, ϕ) は AF 埋め込み可能であることになります。さらに、カントール極小系
でなくても、(X, ϕ) がコンパクト空間上の自己同相写像による力学系の時、接合積 C ∗ 環
C ∗ (X, ϕ) がいつ AF 埋め込み可能であるかは既に [Pi] において研究されています。AF 埋
め込み可能であるのは力学系 (X, ϕ) が擬非遊走的であるときでありまたその時に限る、と
いうのが結論です。
このように環の同型類そのものではなくて、AF 環に埋め込むことが出来るかどうかとい
うのも、C ∗ 環論ではひとつの興味の対象になっています。ところが Z 作用ではなくて Zd
作用になると、今までのところほとんど何もわかっていませんでした。ボアクレスクは [V]
において、コンパクト空間上の Z2 作用から出来る接合積 C ∗ 環が AF 埋め込み可能になる
ための必要十分条件を求めよ、という問題を出しています。この問題に対する部分的な結果
が [M5] において得られました。証明には [B] の結果を AT 環にまで拡張しておく必要があ
るのですが、その際に [KK] のテクニックが鍵となり、、前節でも出てきた Ext 群に値を取
る不変量が重要な役割を果たすことになります。
定理 9 ([M5, Theorem 3]). X がコンパクト空間で、T, S ∈ Homeo(X) は互いに交換
する自己同相とする。T, S によって定まる Z2 作用が極小であり、かつある (n, m) ̸= (0, 0)
に対して T n S m が条件 (#) を満たすとき、C ∗ 環 C ∗ (X, T, S) は AF 埋め込み可能である。
ただしここで、自己同相写像 γ が条件 (#) を満たすとは、任意の空でない γ 不変開集合
U に対して、V ⊂ U となる空でない γ 不変開集合 V が取れる事をいう、と定義します。上
の定理は Z2 極小系から生じる接合積 C ∗ 環は(条件 (#) さえ満足すれば)AF 埋め込み可
能であると言っています。この見慣れない条件 (#) というのが気にかかるのですが、今の
ところ Z 2 極小系でこの条件を満たさない例は知られていないので、かなり緩い条件である
と言って良いと思われます。先にスカウ予想について述べましたが、もしこの条件 (#) が
軌道同型問題とも絡んでくるようであればとても興味深いのですが、本質的な条件なのか単
にテクニカルな条件に過ぎないのか現状では判断できないでいます。
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千葉市稲毛区弥生町 1 − 33
千葉大学大学院自然科学研究科
松井宏樹
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