川崎市岡本太郎美術館 学習レポート事例 学習レポート 題材名 :倫理 夏季特別講座 「TARO と出会う日」 (ギリシャ哲学 ~ 芸術論を学んだ上で) 学校名 横浜市立桜丘高等学校 学 年 人 期 間 数 二年次生 選択者 自由選択群(2単位) 全29名中 指導者 地歴公民科 希望者 近藤 7名 哲史 時 間 2年次生 開始 2008年 6月 日 終了 2008年 8月 日 授業回数( 2 )総時間( 2単位時間 ) 学習の目的 【1:この講座の位置づけ】 本題材は、夏季休業期間を利用した、希望者のみの特別講座として行った。通常の授業の中で、ギリシャ哲学を学 び、芸術論を学んだ上で、夏季休業を迎える本校の「自由選択群:倫理」の流れを生かし、体験的な学習を通して生 徒のより深い理解を目的としている。 【2:生徒の学習状況】 ギリシャ哲学の単元では、その最終段階として、プラトンのイデア論やアリストテレスのヒュレー・エイドスの考 え方を学んでいく。その学習の中で生徒は、「目の前にあるすべてのものは、その物質という存在を超えたところに、 もう一つの意味を持って存在している」「その意味をとらえ、深めるためには、理性の働きが必要である」という、 ごく基礎的な形而上学的とらえ、またはその考え方を学ぶ。その物質存在そのものに内在する何かを、プラトンはイ デアととらえ、アリストテレスはエイドスととらえた。これらのとらえ方は、我々の日常生活にも十分置き換えるこ とのできるものであることも、生徒は学んでいる。 その次の単元(芸術論)とのつなぎ目として、ピカソの「ゲルニカ」や「泣く女」を提示し、物質としては画面と 画材であるが、その物質から生徒自身が何を感じ取ることができるかを考えさせる。そこには、怒りや悲しみ、精神 の爆発といった様々な感想があげられた。その上で、「ゲルニカ」作成の背景やキュビズム誕生の背景を説明し、作 者の思いやエイドスが、表現としてその物質に内在しているということに気づかせる。そこからさらに、ベートーベ ンの「第九」・「運命」や、ロダンの「地獄の門」にまつわる様々なエピソードを交えながら、積極的に作品に内在 している思いを感じ取っていった。これらの学びを通して、人生の中における「芸術」というものの興味深さや、お もしろさ、または深みや重要性を学ぶ。 【3:本単元(TARO と出会う日)の目的】 上記の学習をさらに深め、実物の芸術作品からあふれ出るエネルギーを体感するために、岡本太郎美術館の見学を 企画した。ダイナミックかつ自由でビビットな太郎氏の作品から発散されるエネルギーは、芸術とは何かを考えたこ ともない高校生にも強烈に伝わっていくものであると判断し、岡本太郎美術館を選定した。コピーや写真ではない実 物の迫力を感じることで、生徒の感受性を刺激し、内省を促しながら、物質存在を超えたところでの太郎氏とのやり とりを経験させることを本講座の目的としている。ギリシャ哲学で学んだ形而上学的なもののとらえを振り返りなが ら、最後、生徒同士のミーティングの中で、それぞれの感じ方の違いも交換することで、「作品に内在する思いのと らえ方はその受け手によっても異なってくる」ということを気づき、生徒の中の「芸術」というものの価値をより深 みのあるものにすることも、同じく目的としている。さらに言えば、その後、生徒が何らかの芸術作品に出会ったと きに、自ら積極的に、その作品と対話していこうとする態度を養うことができれば、本講座の目的は十分すぎる成果 を得るということになる。 川崎市岡本太郎美術館 学習レポート事例 学習内容 ・通常の講座で、ギリシャ哲学の学習から形而上学的なとらえ方を学んでいることを前提とする。 ・同じく、芸術論の単元で、作品に込められた思いや魂を感じ取ることが、芸術のひとつのとらえ方であると、学ん でいることを前提とする。 ・夏季休業前の講座でアナウンスを行い、参加者を募る。希望者に参加承諾書を配り、保護者の承諾を得る。 以下、当日の流れ 8月27日 倫理特別講座 川崎市立岡本太郎美術館 本日の流れ! 事前に配った美術館見学時の注意 13:00 集合 出欠確認 13:10 出発 徒歩 13:30 到着 一階ガイダンスルームにて 徒歩 の通り、鉛筆でメモをとってくだ 徒歩 さい。ペン不可です。 挨拶→視聴覚教材(20分弱) 13:50 常設展示見学(約40分) 14:30 自由見学(約20~30分)気になる作品ととことん向き合いましょう 作品解説有り(メモりましょう) (この中で休憩も挟ん下さい) 15:00 3階の創作アトリエに集合 「TAROを考える」(振り返りとミーティング) (約30分程度) 美術館からお借りした、アートカードを使いながら、それぞれの感じたことを 自由に述べ合います。 ・気に入った作品と、そこから感じられたもの。印象。届いたエネルギー。 ・制作時の作者の気持ち(魂)を考える。 (どんなエイドスが込められているのか) (イデアがあるとしたら、どのようなイデアを想起するか) ・それぞれの感じ方の違いを発見する。 └→そこからまたテオーリア。 15:40 事務連絡の後、自由解散 (翌日の記念館見学希望について) 資料1(活動の様子) 川崎市岡本太郎美術館 学習レポート事例 資料2(生徒感想レポート 抜粋) ・「今日の芸術は、うまくあってはいけない きれいであってはならない ここちよくあってはならない」 この言葉を読んだとき「んっっっっ!?」ビックリしました。なぜなら、芸術とは美を追究してつくるもので、 見た目は大事だと思っていたからです。でも太郎さんの作品にふれ、テオーリア(観想)してみると、うまくな くても、きれいじゃなくても、見た目がここちよくなくても、その人の思いやエイドスを感じ取れる、一生懸命 つくられた作品が芸術だと思えてきました。「人の評価を求めて、形の整ったモノより、自分らしさを表現する ことが大事なんだ!」と言われている気がします。 ・私のお気に入りの作品 「森の掟」(1950年) まさに今の環境問題に訴えかけているような気がする絵です。それはさておき、お気に入りの理由は色づかい です。背景のグリーンのグラデーション、インパクトのある赤で描かれた猛獣。パッと見は暗く恐ろしさを感じ させるイメージなのに絵に見入ってしまう不思議さや、絵に込められたエイドスの多さも、気に入った理由です。 見る度にテオーリア(観想)してしまう、常に新しい発見ができる作品です。 ・美術館の感想 いつもは、眺めて気に入った作品をじーっと見る。どんな技法が使われているのかを見る。という感じでしたが、 今回は倫理の特別講座なので、作品一つ一つに込められたエイドスを感じ取ろうと、どんな気持ちで描いたのか な?など、普段やりもしない見方ができました。この見方、考え方を生活に取り入れ新しい発見を沢山できると いいな~と思いました。 ・美術館見学の感想 テストまで一週間もないこの日、行くか行かないべきか迷っていましたが、前者を選んで本当に良かったと心 から思います。この日、私はいくつもの「魂」と出会いました。・・・(中略)・・・彫刻の部屋もあって、そこで私 は運命的な出会いをしました。“NON”!! かわいすぎです。スロープの横のスペースにも、小さな“NON“がい て、癒されました。 ・・・(中略)・・・ 著者でもある太郎さん。スキーもできる太郎さん、カラスと住んでる太 郎さん・・・。いろんな太郎さんがそこにはいました。なんて多様な、なんてアクティブな!!と、その部屋は。 たくさんの太郎さんに囲まれて、ずっと居ても飽きないくらいでした。 ・・・(中略)・・・ 最後のミーティング で、意見を言い合っていた時、みんなの意見と私の意見とは、全体的には一緒でも、部分部分、感じ方が人によ って違うことを知りました。たくさんの考え方が聞けて良かったです。最後に、80歳になっても“喜怒哀楽” をエイドスとして作品に吹き込める岡本太郎の若きエネルギーは破裂寸前であった。「芸術は爆発だ!!」 教材例 ・ミーティング時にアートカードのセットをお借りした。生徒がそれぞれ作品を選び、感想を語るのに使用した。 反省 当初の目標はおおかた達成されたように思う。高校の倫理の授業と、岡本太郎氏の作品をどうつなげていくか、 ここに悩みながら、二年が過ぎ、三年目の夏に初めてこのような形で特別講座を実践することができた。単位制 高校であり、自由選択群という特性上、興味のある生徒に絞って行う形が非常に有効であったように思う。しか し逆に言うと、これ以上の形で参加を促すことは難しいと言うことも再確認できた。芸術は、最終的に個々人の 感性によるところが大きい。その営みに理性の働きを加えることが、果たしてすべての生徒に有効であるとは言 い切れないからである。とにかく、ギリシャ哲学で初めて認識する形而上学的な思考を、生徒の身近なフィール ドまで近づけ、内省を促すことができれば幸いである。また、結果として、私自身の敬愛する太郎氏と生徒との、 純粋な出会いの場として本講座が一役買うことができれば、至上である。
© Copyright 2024 Paperzz