中岡 志保 芸者の民族誌的研究 —— 東京の花柳界を事例として —— 本

論 文 審 査 の 要 旨
博士の専攻分野の名称
博 士 ( 学 術 )
学位授与の要件
学位規則第4条第1・2 項該当
氏名
中岡 志保
論 文 題 目
芸者の民族誌的研究 —— 東京の花柳界を事例として ——
論文審査担当者
主
査
教 授
髙谷
紀夫
審査委員
教 授
佐野 眞理子
審査委員
教 授
三木
直大
審査委員
准教授
長坂
格
審査委員
教 授
窪田
幸子(神戸大学)
〔論文審査の要旨〕
本論文は芸者と花柳界に関する民族誌的研究の試みである。
本論文の主な目的は,日本の花柳界の動態に関して,ホックシールドの「感情労働」
の分析概念を批判的に援用した民族誌的考察である。民族誌的データは,1993 年以降,
集中的参与観察期間としては,2007 年 4 月から 2008 年 9 月までの 17 ヶ月の間,筆者
が花柳界に一人の芸者として身を置いた臨地研究に基づいている。
本論文の主な論点は次の三点である。
第一に,花柳界関係者の行動と言動をもとに,先行研究において,ケアワーク,な
らびに接客業としてのセックス産業研究で活用されてきた「感情労働」の分析概念を
活用し,芸者と花柳界の文化的社会的変容の構図を明らかにすること。第二に,花柳
界というコンタクト・ゾーンで展開する「セクシュアリティ」イメージと,花柳界の
伝統との関係に分析を加えること。第三に,第一と第二の分析結果を踏まえ,過去と
連続する「セクシュアリティ」イメージを払拭しようとする現代の観光化の動向をた
どり,京都の花柳界の成功例を参照しながら,東京の花柳界の現状と課題を問うこと
である。
本論文は,研究の視座を明示した序章と,記述と分析の5章,考察より構成される。
第1章では,先行研究に対する批判的評価から,花柳界に関わる伝統性のルーツと
消費されるイメージが明らかにされる。第2章では,東京の花柳界の過去と現在が,
臨地研究のデータを基盤に記述される。第3章では,幸田文の『流れる』と一次資料
を参照しながら,コンタクト・ゾーンで展開する関係者の交渉とその特徴が提示され
る。第4章では,観光化の文脈で再構築される花柳界の変容に関して,京都の先例を
参照しながら分析が加えられる。第5章では,分析概念「感情労働」を批判的に活用
しながら,芸者の感情管理の在り方が変容してきたことに関して分析が加えられる。
考察は,本論文全体の総括である。
本論文で明らかになったのは次の3点である。
第一に,花柳界における「芸」と「セクシュアリティ」のイメージの相克の構図で
ある。具体的には「芸を売る仕事」に従事する目的で芸者になった女性たちが,
「芸」
の管理者の要請により,商品化された「芸」と,
「芸能者」としての自己とを,商品イ
メージとして管理しているのである。その文脈に「セクシュアリティ」のイメージも
表象されている。筆者は,
「芸」の評価をめぐる当事者性に注目しながら,豊富な一次
資料から,的確にその構図を描写している。
第二に,観光化と伝統の再構築に関する考察である。観光化に芸者が組み込まれて
いく過程では,芸者の「セクシュアリティ」のイメージ向上が欠かせない。その文脈
において芸者は,
「芸」に加え,
「芸能者」としての感情を管理されることになる。
第三に,第一,第二で指摘した点を踏まえ,他方芸者の私的領域に照射し,同領域
にこそ,ジェンダーが関与する労働と,管理されない「セクシュアリティ」が潜んで
いることが明らかにされ,セクシュアリティ研究の新たな可能性を示唆している。
本論文の学術的功績は,第一に,先行研究の批判的評価,及び一次資料等に基づく
実証的考察を展開し,花柳界というコンタクト・ゾーンで展開する人間模様に関する
分析を切り口にその動態を解読した点,第二に,協力者との信頼関係により,詳細な
民族誌的記述を達成した点である。第三に,セクシュアリティ研究に引用に十分値す
る豊かな民族誌的事例を提供した点である。
以上,審査の結果,本論文の著者は博士(学術)の学位を授与される十分な資格が
あるものと認められる。