PJ7-1-2 教科「情報」におけるコンピュータ活用の実践的研究 メディア情報文化学科 田中 始男、飯田 豊 1 本研究の概要 2003 年に高等学校の普通教科に「情報」が加えられた。しかし、情報科の免許をもった 教員の不足や授業事例の蓄積の少なさなど、十分な事前準備がない状況でのスタートとな った。また、今回の学習指導要領の改定では、これまでの A,B,C の 3 科目から、 「社会と情 報」、 「情報の科学」という 2 教科に再編された。このようにめまぐるしくかわる環境で情 報科の教鞭をとる教員をサポートすべく、情報研修会をおこなった。2008 年度は「ネット ブック」と「携帯」をとりあげ、学校教育における可能性について検討した。 2 ネットブックの評価(田中 始男) 2.1 ネットブックとは PC 関連の雑誌等でネットブックという言葉が散見され、コンピュータ分類の一つのカテ ゴリとして認知されつつある。ネットブックと重複するイメージをもつ情報機器の名称と してはUMPC、ハンドヘルドPC、PDA、ノートPCといった言葉も使われる。”ネッ トブック”という言葉は次の特徴を持つノートPCに対して使われることが多い。 ・ノートパソコンよりも高携帯性(小型。外観も重視。 )である。 ・画面解像度は 1024x600 程度が主流である。 ・ワンスピンドル(HD)もしくはゼロスピンドル(SSD: Silicon State Disk)である。 ・Windows もしくは Linux のような標準的なPC向けOSを採用している。 ・標準的なキーボードとマウスで操作、タッチパネル機能は不採用である。 ・PCとしては比較的安価である。 ・無線LANと有線LANによるネットワーク接続機能がある。 小型化で携帯性の向上したノートPCであって用途(Web 閲覧等)と操作性を制限する ことで低価格を実現した製品群をネットブックと称することが多いようである。 ネットブックといえば一般には低価格を魅力とするイメージがあるが、実際にはネット ブックの販売価格(4万円∼6万円程度)と同程度の価格でデスクトップPCやノートP Cが多種多様に揃えられ、ネットブックの魅力を価格とする認識には誤りがあるといえる。 同価格帯の多種多様なPC群の中で、ネットブックは筐体のコンパクトさや携帯性につい て際立っており、これが大きな魅力となっていると思われる。実際、初期のネットブック は振動等に対する耐衝撃性の高いSSDを採用したことが話題として先行し、丈夫なモバ イルPCとして注目が集まっていた。 携帯性に優れた情報機器としては、いわゆる、携帯情報端末PDAやスマートフォン(携 帯電話等)があり、これらは製品として流通し、ユーザも多くなりつつある。これらとネ ットブックを比較すると、価格については大差なく、携帯性では、大きさと重量で比較す るとネットブックが不利である。それにもかかわらず、Web閲覧等の用途に限定される と思われるネットブックがPCユーザの注目を集めている。画面解像度、多種多様な既存 のソフトウェア群との互換性、PCとの操作の互換性等をPCユーザは重視しがちである ということかもしれない。 2.2 基本性能 基本性能の評価は1台のネットブックを対象とした。スペックは次のとおりであり、2009 年 2 月現在のネットブックとしては標準的である。 CPU:Atom プロセッサ N270 (1.6GHz)、 チップセット:モバイル インテル 945GSE Express+ICH7M、 メモリ: 1G バイト、 ビデオコントローラ: チップセット内臓、 液晶最高解像度: 1024x600、液晶サイズ: 10.2 型 WSVGA、 ハードディスク: 160GB、USB ポート: 3、外部ディスプレイ接続(アナログ): 1、 OS: Windows XP Home Edition SP3 ベンチマークソフト(CrystalMark2004R3)で測定した基本性能を表1に示す。その他 に2台のノート PC と本研修会で組立てたデスクトップ PC の測定も行った。VISTA ノー トは Windows Vista をOSとして搭載、CPUのクロック周波数はネットブックと比較的 近く、VISTA OSの下では、操作に対する反応の遅さに若干の不便さを感じながら も必要最低限のユーザ満足度は得られる程度のノートパソコンである。XPノートは Windows XP が普及し始めた頃のノートパソコンであり、2003 年頃には十分なユーザ満足 度が得られる程度に高性能であった。 ベンチマーク値の 比較で明らかなよう 表1 ベンチマークソフトによる基本性能比較 に、ネットブックの 性能は 基本的な処理能力、 メモリアクセス、H Dアクセスについて ネットブック 同等であり、グラフ Intel Pentium M 1.4GHz ィックスについて若 デスクトップ て、ユーザが3DC DD OGL 5348 4644 4284 7485 2316 2930 674 6490 6842 5410 4557 3486 1746 1165 4799 5935 2566 2042 4282 2902 471 IntelCeleron M 1.7GHz XP ノート ネットブックに対し FPU MEM HDD GDI VISTA ノート は XP ノートとほぼ 干低くなっている。 ALU 27137 24706 13915 5543 8872 11321 27653 ALU:整数演算と標準的処理の能力、FPU:実数演算、MEM:メモリ読み書き、HDD:ハ ードディスクの読み書き、GDI・DD・OGL:描画能力 Gゲームや高精細映像再生等を期待しないことを考慮し、グラフィックス性能については 価格低減のために処理能力を抑制していることが予想される。 Windows Vista ではマシン性能を評価する指標として Windows エクスペリエンス イン デックスが使われている。測定したサブスコアを表2に示す。VISTA ノートの値は高くな く、使用ソフトウェアによってはコンピュータの反応の鈍さに不満を感じる可能性を示し ている。表1の測定値をネットブックと VISTA ノートで比較すれば、ネットブックの基本 性能が劣っていることがわかる。したがって、このネットブックに Windows Vista をイン ストールした場合、ユーザは不満を感じる可能性が高いことがわかる。測定値の比較から 判断して、現在、多くのネットブックで OS として Windows XP が採用されていることは 妥当であるといえる。用途を限定しているネットブックでは Windows Vista で得られるメ リットは少なく、実際の操作において円滑な操作性等が期待できる Windows XP を採用し たことが高いユーザ満足度に結びついたと言える。 表2 Windows エクスペリエンスインデックス(サブスコア) プロセッサ メモリ グラフィッ ゲーム用 プライマリ クス グラフィックス ハードディスク VISTA ノート IntelCeleron M 3.6 4.5 2.6 3.0 4.5 6.0 5.5 7.9 5.9 3.0 1.7GHz デスクトップ ネットブックに評価用にインストールした主なソフトウェアは次の通りである。 ・文章作成や表計算処理ソフトとして MS-Office2007-Personal、軽量化・低コストの ために OpenOffice.org.3.0。 ・Web ブラウジングで一般的に使われる IE、Fire Fox、Acrobat Reader、 Flash Player、 映像再生ソフト等。 ・CG制作のための Shade 8.5 Professional。 ・ウイルス対策ソフトやディスク管理ソフト。 ・テキストエディタ、ファイル圧縮・解凍ソフト、通信端末ソフト等、いわゆるユー ティリティソフトとして著名で小規模なソフトウェアを適量。 これらをインストールした結果、 ドライブC: のディスク使用量は 12.4GB となった。 4GBのSSDを搭載するネットブックが発売当初は注目されたが、最近、容量不足が 指摘されている。対策として16GB 以上の記憶装置または HD を搭載する機種が増えて いる。16GBの容量があれば、ここに掲載した程度のアプリケーションは使用でき、用 途を限定するケースでは十分な容量であるといえる。 2.3 ソフトウェア使用感 ネットブックの使用目的としては、主に Web 閲覧などが挙げられている。前述の基本性 能を有しているので Web 閲覧について、コンピュータの処理能力の面では大きな支障はな い。ただし、画面解像度 1024×600 では、ほとんどの Web ページでスクロールバーを使用 することとなる。XGA 以上の画面解像度を想定した Web ページでは必要情報の見落としが 発生する可能性が高く、特に閲覧経験の無い不慣れな Web サイトでは問題が発生する可能 性がある。 文章作成や表計算(ワード、エクセル)については、表1に示したように十分な処理性 能があるため、処理速度にかんしては実用に支障のないレベルである。ただし、画面の狭 さ(低解像度)は、Web 閲覧と同様に問題となる。その他のソフトウェアでも同様で、例 えば、Shade でも、マウス操作に対する追従性等は問題がないが、画面の狭さ(低解像度) のために実用的な作業はできない。ただし、外部ディスプレイへの接続が可能なネットブ ックについては、机上使用では高解像度(XGA 以上)の外部ディスプレイの活用で画面の狭 さから生じる問題は解消される。 2.4 LINUX マシンとして ネットブックで他のOSを使う必然性を感じるユーザは少ないと思われる。すなわち、Web ブラウジングやメール添付ファイルの閲覧に目的を限定すれば、OSへの拘りは無意味で ある。しかし、例えば、ソフトウェア開発等を目的とする場合には Linux OS を使うメリッ トもある。ここではネットブックで Linux を使う方法について簡単に述べる。①ブート可 能なUSBメモリを作り、②それに fedora Linux の live CD 版をインストールする。この USBメモリを使えば、ネットブック(USBメモリからブート可能な機種に限る)で簡 単に Linux 環境を実現できる。USB メモリに Linux をインストールする作業は比較的簡単 である。まず、次のように二つのソフトウェアを入手する。 ・Fedora live CD をダウンロードする。 (2009/03 現在は Fedora10 が推奨) ・”liveusb-creator”というソフトウェアをダウンロードする。 liveusb-creator は Fedora live CD 版をブート可能な状態でUSBメモリへ格納する windows アプリケーションソフトである。USB メモリへ Linux をインストールする様々な 方法があるが、liveusb-creator と Fedora live CD 版の使用が最も簡単であると思われる。 作業のために GUI が用意されているので特に使用法等を調べる必要はないが、使用方法等 の詳細が様々な Web サイトで紹介されている。 (検索サイトで liveusb creator で検索す れば多数の例が見つかる。) 2.5 その他・雑記 新OSや新ソフトウェアが提供する新しいサービス等を魅力としてユーザの買い替え需 要を喚起する手法がPCに関わるソフト・ハードウェア企業の従来の戦略であったと言え る。 新OSの誕生(必要とするコンピュータ資源の増大)→新OSへの需要拡大→高性能 ハードウェアの普及 という従来のサイクルはネットブックには当てはまらない。OSを ダウングレードし、ハードウェアの性能を落としたPCを多くの人が購入している状況で ある。現状のOS(Vista)や新OS(Windows 7)が提供する新サービスに魅力がなかったため か、ユーザの欲求が既存のサービスで満たされたためか、理由は明確ではないが、PC購 入に対する考え方の変化(従来は新OS・新ハード指向)がネットブックというカテゴリ を誕生させたと考えられる。 3 ケータイでつくる学びの共同体(飯田 豊) 3.1 学校教育とケータイ ケータイによる若年層のインターネットアクセスは、その弊害ばかりがクローズアップ され、青少年保護の観点から規制の動きが加速している。文部科学省は先日、小中学校へ のケータイの持ち込みを原則禁止とする通知を、全国の教育委員会などに示した。ほとん どの学校が既に持ち込み禁止を実践している現状においては、この通知が大きな波紋を広 げることはなかったのだが。 ケータイによる通話やメールは、ほとんどの場合、家族や友人といった親密な間柄、あ るいは仕事上の人間関係のなかで用いられる。ケータイが媒介するコミュニケーションは、 端末のアドレス帳に登録されている電話番号やメールアドレスの相互関係にもとづいてお り、端末に搭載されたカメラで撮り溜めた静止画や動画は、たいていこの内部で共有され、 外部に公開されることのほうが少ないです。その外に踏み出すこと自体が危うい行為、慎 まれるべきこととして捉えられているのが実情である。 ある種の規制が必要だということは理解できるのだが、これはあまりに保護主義的すぎ るのではないだろうか(インターネットが登場した頃、ここまで面倒な話が浮上すること を誰が予測できたのか・・・)。小中学生に対しては、 「ケータイを所持させるか否か」と いう選択ばかりが問われているのが現状だが、いつかは所有することが避けられないとい う前提に立つならば、どういう使い方を子どもたちに期待し、それを家庭や学校がいかに 支援するのかという前向きな議論がなされていないのは奇妙なことと言えよう。 こうした現状において、高等教育のなかでは現在のケータイをどのように捉え、子ども たちに何を教えるべきなのではないだろうか。 3.2 共同体を形成しにくい、パーソナルメディアとしてのケータイ ケータイには現在、数えきれないほどの機能が搭載されていて、もはや「電話」ではな いと言われるのだが、他者とのコミュニケーションの道具としては、一対一の「電話」の アナロジーがいまだに失効していない。ブログやSNSを介しておこなわれるコミュニケ ーションも、その実、線的なメッセージの積み重ねであり、どうしても俯瞰性を欠いてい て、立体的な共同体を形成しにくいのが実情である。 このままではもったいない、というのが僕の率直な印象である。契約者数が頭打ちのな かで規制論議が高まっていて、業界は守りの姿勢を強めている。ケータイの技術水準はき わめて高く、豊饒な可能性を秘めているにも関わらず、現在の閉鎖的な社会状況のなかで は、そのポテンシャルが十分に発現できていない。産業的にも文化的にも柔軟性が足りな いと感じる。 そこで僕は数年来、こうした硬直化した現状を揉みほぐすための実践研究に、問題意識 を共有する仲間たちと取り組んでいる。2004 年に NTT ドコモ モバイル社会研究所の受託研 究として始まった MoDe Project(モバイル・メディアの文化とリテラシーの創出を目指し たソシオ・メディア研究)の成果は、 『コミュナルなケータイ ̶モバイル・メディア社会を 編みかえる』 (岩波書店、2007 年)にまとめさせていただいた。 3.3 ケータイでつくる学びの共同体 3.3.1 ケータイだけで絵本をつくる 3.3.2 ケータイってなんだろう? ー大切で、あやうくて、楽しいメディアをふり返る ワークショップ 3.3.3 3.4 ケータイ・カンブリアン ケータイを活用した社会実験 ̶南海放送ケータイ・トレール! 今年度、ケータイとウェブ、ラジオを連動させたクロスメディアの社会実験を、愛媛県 の南海放送で試みました。この実験では、公募やスカウトで集まった高校生のグループに 3 ヶ月間、町に出て取材活動をしてもらいました。取材に使った道具は、放送局の専門的な 機材ではなく、三脚を取り付けた普通のケータイです。ケータイの動画機能を使って町で 出会った人たちに取材し、撮影した動画はすべてウェブサイトに掲載されます。そのなか で特に面白かった声は、ラジオの深夜番組のなかで毎週、取材のエピソードと併せて紹介 されます。ラジオでは音声しか聴けないけど、ウェブサイトでは映像とともに活動の軌跡 を辿ることができ、ひとつひとつの動画に対してコメントを書き込むことができます。 この社会実験は、日本民間放送連盟が助成しているメディアリテラシー実践プロジェク トの一環としておこなわれたのだが、JST(科学技術振興機構)の CREST(戦略的創造研究 推進事業)である「メディア・エクスプリモ」という研究グループと一緒に取り組み、ウ ェブに独自のシステムを実装した。ワークショップを積み重ねることによって、高校生や 放送局の人たちと一緒に、メディアの行く末について考えてきた。 60 年代以降のラジオは、若者からお年寄りまで幅広い世代に親しまれており、番組のパ ーソナリティを媒介として、お互いに顔の見えないリスナーのあいだに、仲間意識のよう な感覚をつちかってきた。マスメディアといってもテレビとは違って、ラジオは共同体形 成に長けた、等身大のメディアだったといえよう。 それに対して、今の子どもたちにとって身近な、等身大のメディアといえばケータイで、 それを日々、仲間意識をつちかう道具として利用している。しかし、そのつながりを俯瞰 するのは難しく、どうしても広がりが見えづらい(高校生のあいだで「3 分ルール」といっ た慣習が生まれたのも、この特性の裏返しと考えられる) 。 そこで、高校生たちにとって身近な、ケータイという道具を取っ掛かりにして、ラジオ の面白さを再発見できないかということを考えたわけである。ケータイやウェブサイトを クロスメディア的に用い、あるテーマのもとに地域の人びとの声を聞き、音源を手に入れ る。番組を構成し、マイクの前で語り、リスナーの共同体を生み出すことを体験すること で、メディアが共同体を形成する道具であることを経験的に理解してもらうことにした。 さらに、ケータイを通して、地域の多様性や人間のあり方など、社会の諸相についての認 識を深めるということを試みた。 このように、ケータイの「安全」で「正しい」使い方を説くばかりでなく、地域や学校 をはじめとする日常生活を基点として、その将来像を思い描くということを試みてきた。 ケータイを徹底的に遊び倒すことで、どうしても満たされないこと、あるいは危ういこと がらにも気付いていく――そういう道筋があるのではないだろうか。
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