ネプチューンの子

異文化の旅 チュニジアを行く1998-19
a072 チュニジア紀行8日 バルドー博物館 (続き) アポロン
ネプチューン ユリシーズ
バルドー博物館(写真)は 3 階建てで、
展示空間はかなり広い。シキブさんの説
明をメモしながらあちらこちらを眺め、
要所の写真を撮るのはけっこう慌ただし
い。だいぶメモを取り損なった。
入口の先で紀元前後のキリスト教徒を
描いたモザイクや墓石を眺める。このこ
ろはまだキリスト教は公認されていない
から迫害を受けていた時期になろう。そ
のせいかモザイクの顔は悲しげであるが、
表現は確かであるし、 2000 年経ったにも
かかわらず絵柄がしっかり残されている
(写真 )。
1 階は素通りして 2 階に上がり、ローマ
・カルタゴの間に入る(次頁上写真 )。部
屋のつくりはムーアスタイルである。 2 層
分を吹き放した大空間で、 1 層目の細身の
柱にアーチ、 2 層目の吊り柱にアーチとイ
スラム風に仕上げてある。この部屋には
ポエニ・カルタゴを滅ぼしたあとのロー
マ・カルタゴ時代の作品が展示されてい
る。シキブさんはアポロン=アポローン
apollon 像を指さす(次頁下写真 )。ローマ
・カルタゴの劇場で発見された 2 世紀の作
品である。アポロンはギリシャ神話に登場するゼウスの息子で、太
陽、芸術、美の神である。同じくゼウスの子で、狩猟、純潔の女神
アルテミスと双子になる。古代ローマではどこの都であれ、 331 年
のキリスト教公認以前はローマの神々が祀られていたし、ローマ神
話はギリシャ神話と混交していたから、ローマ・カルタゴにアポロ
ン像が飾られていても何ら違和感は無かったはずだ。
次にシキブさんはオルフェウス=オル
オエウス=オルフェ Orphee を説明する。
オルフェウスはギリシャ神話に登場する
吟遊詩人で、竪琴の名手である。妻のエ
ウリュディケー=エウリュディケが毒蛇
にかまれ命を落としてしまった。嘆き悲
しんだオルフェウスはゼウスの長兄に当
たる冥界の王ハーデースにエウリュディ
ケを返してくれるよう懇願する。オルフ
ェウスの素晴らしい竪琴に感動したハー
デースは後ろを振り返ってはいけないと
の条件を付けてエウリュディケを返すが 、
オルフェウスは後ろを振り返ってしまい
エウリュディケは冥界に戻ってしまうと
いうギリシャ神話だ。
像を見ただけでは物語が浮かんでこな
い。惜しいかな、ギリシャ神話にもロー
マ神話にも詳しくないから、シキブさん
の説明を聞かないと物語が浮かばず見方
が平面的にとどまってしまう。バッカス
やヴィーナスも眺めるだけになった。お
いおい知識を補充しよう。
スースの間に入る(次頁上写真 )。天井
はイスラム独特のドーム天井である。こ
の部屋の床にスースで発見された広さは最大級のモザイクが敷き詰
められている。モザイク片にはチュニジア産、ギリシャ産、イタリ
ア産などの大理石が用いられていて、その当時のスースの繁栄ぶり
が表れている。モザイク画には動物や当時の暮らしぶりが映し出さ
れている。動物たちは躍動感にあふれているし、何よりアフリカに
生息した動物の様子がリアルだ。人間の顔が描かれているから古代
ローマ時代の作であろう。
次のドゥガの間には「ネプチューンの勝利」のモザイクが飾って
あった 。ネプチューン Neptune( ローマ神話 )=ポセイドン Poseidon
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(ギリシャ神話)は海を司る神で、冥界を
司るハーデースの弟にあたる。天界~地上
を司るゼウスはネプチューンの弟なので、
長兄ハーデース、弟ネプチューン、末弟ゼ
ウスになる。ギリシャ神話では 3 兄弟が話
しあって、天界~地上の神ゼウス、海の神
ネプチューン、冥界の神ハーデースになっ
たそうだ。ちょっとしたギリシャ神話の知
識があればモザイク画の理解を助けてくれ
よう。このモザイク画では中央に四頭立て
の馬車?に乗って海を進むネプチューン=
ポセイドンが描かれている(写真 )。四隅
には四季を表すバラ、麦、ブド
ウ、オリーブを象徴する女神、
四辺には四季ごとの収穫の様子
が描かれている。ドゥガで発見
された 3 世紀の床用モザイクで 、
見応えがある。前述したが、複
製品でもドゥガの住宅に残され
ていればもっと臨場感があり、
当時の暮らしや文化が実感できた、と思う。工夫を期待したい。
ドゥガの間の次のエル・ジェムの間の先にモザイクの間があり、
ここにドゥガで発見された ユリシーズ Ulysses(英語)=オデュッ
セウス Odysseus(ラテン語)が展示されている。オデュッセウスは
ギリシャ神話の英雄で 、ホメーロス( 紀元前 8 世紀末 )の叙事詩「 オ
デュッセイア Odyssea(ラテン語 )」の主人公でもある。トロイア
戦争で活躍していて、トロイアの木馬を考案し、勝利に導いた英雄
でもある。その後さまざまな苦難の旅をしていて、その物語の断片
は子どものころに読んでいるが、すっかり忘れていた。ユリシーズ
=オデュッセウスの冒険のうちのいくつかのモザイクが展示されて
いる。次頁写真はその一つで、ジェルバ島に向かうユリシーズ=オ
デュッセウスの船が中央に、右手に 3 人の魔女が描かれている。魔
女は美しい歌声で航行を惑わし遭難させてしまう魔力を持ってい
る。ユリシーズ=オデュッセウ
スは、船員には魔女の歌声を聞
かせないように耳栓をさせ、自
分はマストに体を縛り付け、耳
栓を付けずに歌声を聞き大暴れ
するという物語である。ドゥガ
の古代ローマ人はこうしたモザ
イク画で室内を仕上げ、生活に
彩りを与えていたのであろう。同時に、こうしたモザイク画のなか
で育った子ども達はいつの間にかローマ
神話=ギリシャ神話を覚えてしまったは
ずだ。アフリカで育っても古代ローマに
引けをとらない知識を身につけることが
できることになる。やはり古代ローマ人
は優れものだ。
2 階には噴水を中央に置いたパティオや
総司令官ベイの寝所、トルココーヒーコ
ーナーなど、当時のイスラムの暮らしぶ
りが公開されている。上写真はイスラム
風ドームを見上げたところで、仕上げの
プラスター透かし彫りが実に見事である。
下写真はトルココーヒーコーナーで、富
の象徴?だったそうだ。トルココーヒー
が強大なオスマン帝国をイメージさせた
のだろうか。こうした豪壮な館にうかが
えるような放漫な散財で破産したのだか
ら金に目がくらんだともいえるが、その
お陰で博物館として一般に公開されるこ
とになったのだから塞翁が馬ということ
か。 90 分ほどの見学では見切れないが、
けっこう疲れた。次の目的地シディ・ブ
・サイドに向かう 。
( 9812 現地 、2014.2 記 )
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