支出をコミット

日中産学官交流機構
第 10 回中国塾
日 時: 2015 年 10 月 3 日
講 師: 田中 修氏(塾頭 日中産学官交流機構特別研究員)
テーマ: 「当面の経済情勢と経済政策」
I.
8 月および 1 ー 8 月の主要経済指標
8 月の消費者物価は前年同月比 2.0%(7 月 1.6%)上昇。特に、サイクル性の高い豚肉が前月比+7.7%と高
騰局面にあり、消費者物価はもう少し上がる可能性がある。工業生産者出荷価格はマイナス幅が拡大。一
方、住宅価格は前月比低下した都市 26(7 月 29)、上昇 35(同 31)と改善。なかでも深圳は前年同月比
+31.8%と加熱気味。ただ、地方都市は依然下落している。例年、金の 9 月、銀の 10 月と取引が活発化する
不動産市場の動きに注目。8 月の工業は同+6.1%(7 月+6.0%)と横ばい。自動車は 7 月同-11.2%が 8 月
-6.5%とやや改善。消費は 7 月同 10.5%、8 月 10.8%と安定。
投資は、1-7 月前年同期比+11.2、1-8 月+10.9%と下落。しかし、新規着工総投資計画額は同+2.7%、資金
調達額も+6.8%と持ち直している。今年は新規着工が地方政府の資金難で 7-9 月にずれ込んだため。不動
産開発投資も 1-7 月同+4.3、1-8 月+3.5%と低迷しているが、1-8 月の分譲住宅販売面積は同+8.0%(1-7 月
6.9%)、販売額同+18.7%(1-7 月 16.8%)と取引は活発化。
対外関係では、輸出は 7 月前年同期比-8.3%、8 月-5.5%とマイナス幅が減少。一方、輸入は 7 月同-8.1%、
8 月-13.8%とマイナスが増えた。外資利用は 8 月同 22%と伸びたが、1-8 月を国別でみると、日本は同
-28.8%(1-7 月-24.2%)、米国も-19.6%と対中投資は減少。
金融では、8 月末の M2 は前年同期比+13.3%増で、今年の目標 12%を超過。財政では、8 月の全国財政収
入は同+6.2%(7 月+12.5%)で、この 2 ケ月国有企業に上納させた税外収入が一段落したとみられる。1-8 月
期の全国財政支出は予算の 60%を消化、地方財政支出も 59.1%消化と景気の下支え支出が窺われる。地
方政府基金収入は同-36.7%、そのうち、国有地土地使用権譲渡収入は-38.4%と減少。
II. 国務院特定テーマ会議(8 月 28 日)
経済運営は新たなプレッシャーに遭遇しているが、合理的区間を維持。潜在的成長力、リスクの制御能力を
有している。積極的財政政策と穏健な金融政策を引き続き実施し、上限と下限目標の区間コントロールを堅
持し、わずかな兆候から全てを見通し、柔軟に施策を発動。他方で、構造改革・構造調整に全力投入。投
資を高め、消費の潜在力を発揮させ、伝統産業の技術改造、企業の研究開発、イノベーション活動への支
援で新たな成長スポットを形成。行政の不作為は懲罰。
III. 発展・改革委員会徐紹史主任による全人代常務委員会への報告(8 月 27 日)
積極的財政政策と穏健な金融政策の実施しに際しては、イノベーションを支援し、金融リスクを防止・解消。
内需拡大では、投資プロジェクトを推進。構造調整では、「中国製造 2025」や「インターネット+」を進め、サ
ービス業・農業・農村の発展、生態文明建設を強化。改革では、行政、財政金融体制、投融資・価格体制、
国有企業などの改革を推進。対外開放では、「シルクロード経済ベルト、21 世紀海のシルクロード」、「北京・
天津・河北共同発展」、「長江経済ベルト」を重点推進。民生の保障・改善では、雇用・社会保障、教育・医
療・文化等の基本公共サービス、安全生産や社会管理の強化。
IV. 財政部楼継偉部長による全人代常務委への報告(8 月 27 日)
経済運営は鈍化のなかでの安定傾向、安定のなかでの好転の勢いが見えるが、好転の基礎は堅固ではな
い。水利、鉄道、バラック地区改造など重点プロジェクト建設を推進、中小企業を支援、PPP の活用、政府予
算の透明化。建築・不動産・金融業などに対する営業税を増値税に転換。中央と地方の権限と支出責任区
分を整理・合理化する。地方政府の債務管理の規範化と地方債発行の推進。地方債発行枠は 3.2 兆元に
増え、地方政府は一息ついたが、本年末の地方政府債務残高見込み 16 兆元は大きな問題である。
V. G20 における財政部長・人民銀行行長発言(9 月 4-5 日)
1.
楼継偉財政部長は今後、9-10%の成長は不可能。2020 年までに過剰在庫、過剰生産能力の構造調整
を完了し、投資・輸出から消費依存に転換する構造改革は難しい調整プロセス。経済の適度な成長を
維持し、構造改革を断固として推進していくと強調している。
2.
周小川人民銀行総裁も同様で、中国の株式市場のバブルは不断に累積していた。8 月下旬の調整局
面は国際的な影響を及ぼしたが、その後は落ち着いてきている。人民元は長期的切り下げの理由はな
く、安定傾向にあり、金融改革をさらに深化。
VI. 夏季ダボス会議(大連)における李克強総理挨拶(9 月 10 日)
中国経済は鈍化の中で安定傾向にあり、安定のなかで好転。年間主要目標は実現見込み、経済構造は急
速に最適化されている。製造業が粗放型成長から集約型成長に、投資依存から消費と投資がバランスのと
れた成長に転換する過程では経済が減速することは止むを得ない。小型零細企業、農業、鉄道、水利、バ
ラック住宅の改造等、重点的に資金投入する「方向を定めたコントロール」、市場変動に合わせてきめ細かく
政策を打つ「タイミングを定めたコントロール」を行うので、中国経済にはハードランディングは出現しない。
個人貯蓄率は高く、外貨準備もあり、相当な金融総量があり、これを実体経済に流し込むことが重要。
VII. 景気テコ入れ策
李克強は国務院常務会議を三度開催し、テコ入れ策を決定。8 月 26 日には、ファイナンスリースの発展加
速、輸出促進のための負担軽減。9 月 1 日には、中小企業発展基金を設立し、中小企業に資金供給を行う
とともに、固定資産投資の自己資本比率を軽減。9 月 16 日の会議では、行政の簡素化・権限の委譲と開放、
小型・零細企業への支援等が適切に実施されているか第三者評価を行った。そして、イノベーション・プラッ
トフォームを作り、イノベーションを促した。固定資産の加速度償却の優遇範囲を拡大し投資誘導策を決定
した。
報
告: 張 玉萍氏(東京大学教養学部 非常勤講師)
テーマ: 「近代中国人の日本観―戴季陶とその時代」
戴季陶は「国父」孫文に仕え、中国国民党の権力が蒋介石に継承される際のキーパ
ーソンであった。激動の近代を生きた戴季陶の目からみた日本人観を紹介したい。
まずは、孫文と蒋介石との関わりから戴季陶の人となりに迫ってみたい。
孫文は 1866 年生まれ。84 年清王朝打倒を目標とした興中会を設立。1905 年中国同盟会を東京で、その後、
香港、シンガポール、ホノルル、サンフランシスコで支部を立ち上げる。辛亥革命後の 12 年、中華民国成立
とともに初代臨時大総統に就任。その後、袁世凱に追われ、14 年政治亡命中の東京で中華革命党を起こ
す。19 年 10 月 10 日上海で中国国民党を結党するも、25 年肝臓がんで死亡、享年 58 歳。
蒋介石は 1887 年生まれ。1906~11 年間に二度日本に留学、08 年に中国同盟会に加入。28 年国民政府主
席、32 年国民政府軍事委員会委員長、38 年に中国国民党総裁、48 年に中華民国総統、49 年中国共産党
に敗れ、台湾に遷都、75 年死去、享年 87 歳。
戴季陶は 1891 年四川省生まれ、05 年日本留学、09 年に中国で新聞記者となったが、清王朝を厳しく批判
したため(ペンネーム:戴天仇)ペナンに政治亡命し、11 年、中国同盟会に加入、辛亥革命にも参戦。12 年
孫文の機密秘書兼日本語通訳となり、孫文逝去までの 13 年間側近として仕える。28 年国民政府考試院長、
48 年国史館長。性格は情熱的で忠誠心が強い人であった。優れた政治・外交家で、雄弁かつ先見の明を
持つ思想家でもあったが、現実と理想の乖離に悩み、神経衰弱・神経痛に苦しむ。49 年 2 月、睡眠薬自殺、
享年 59 歳。
戴季陶と蒋介石は 1914 年日本に政治亡命中、義兄弟の契りを結んだ。二人の政治理念は一致、生涯無二
の親友となる。孫文の側近であった戴季陶は孫文への接近を蒋介石に助言した。
戴季陶の政治理想は、統一・独立の近代国家を建設し、富強中国を実現することで、孫文の三民主義を尊
崇。階級闘争ではなく国民革命の形で民主主義を実現しようとした。
(戴季陶の日本観の変遷)
留日期(1905-09 年)、日本は憧れの対象であり、第二の故郷でもあった。辛亥革命期(1910-12 年)、日本は
中国の敵国だと主張。討袁運動期(1913-16 年)、日中提携を唱えた孫文の影響を受けて、日本との提携は
可能であり必要だと主張。護法運動期(1917~18 年)には、7 回も訪日、日本に軍事・財政援助を求めたが
失敗。日本の中国に対する二面的外交に翻弄されて日本を批判するようになる一方、支持してくれる日本
の民間人がいたため、提携と批判を主張。五四運動期(1919~23 年)には、日本の社会主義者たちとの交
流を通じて得た社会主義思想を用いて日本を分析し、日中両国の平民連合を唱える一方、日本の特権階
級を批判。国民革命期(1924~28 年)には日本幻滅論を持つようになる。1927 年に 2 か月間訪日中、日本
軍部との接触で日本の中国侵略は止められない、日本との提携は不可能と判断。また、23 年の関東大震災
後、日本が文化的にも退廃的になったと考えて、日本幻滅論を持つようになった。帰国後、1927 年 4 月、日
本に関する重要な著作『日本論』を発表。南京政府時期(1929~49 年)、文化を重視した戴季陶は日本を
敵ではなく仇とする日本非敵論を唱えた。日本とは同文同種なので、一時的に仲が悪くなっても、仇をとれ
ばまた友になれるが、本当の敵はソ連共産党、さらに、その手先である中国共産党と考えた。日本は中国と
の 2000 年の交流を通じ、中国文明に大きな影響を受け、文化面では決して異質ではない。ところが文化も
全く異なり、交流期間も短いソ連の社会主義、共産主義思想は中国には全くあわないものだとした。事実、
45 年中国国民党は日本に勝ったものの、49 年には中国共産党に敗北、台湾に逃れる羽目になった。
戴季陶の日本観は、日本を知り、理解し、そして日中両国の平等な関係を求めることであった。彼は現在で
も中国における第一級の知日家といえる。反日(日本の中国侵略への反対)ではあるが、嫌日ではない。日
本人を軽視する風潮のなかで、日本を謙虚に研究すべきだとし、日本研究の重要性を唱え、中国が自ら富
強となれば、日本も中国の友になると主張した。
今、中国は富強を実現しつつあり、戴季陶の日本観は現実味を帯び、日中関係の未来は希望に満ちてい
るといえる。ただ、両国が平等な関係を築くには、両国民の努力がより一層求められる。一方、中国としても
これから思想・文化上、多くの国の人々が心から受け入れられるような普遍的価値を創造することが必要に
なっていると思われる。
講
師: 北野 尚宏氏(国際協力機構 JICA 研究所 副所長)
テーマ: 「中国の対外援助政策と一帯一路構想」
(中国の対外援助の概要)
中国の対外援助実施体制は、商務部対外援助司が対外援助政策とその実施を統括。無償援助(含む技
術協力)、無利子借款、円借款にあたる元建ての優遇借款等、活発な対外援助活動を実施。商務部以外に、
農業部、教育部、財政部、国家発展改革委員会や人民銀行、中国輸出入銀行(中国輸銀)、国家開発銀
行(中国開銀)も経済協力に関与。中国の援助は南南協力と呼ばれ、その特徴は“平等互恵、共同発展”と
いう WIN-WIN の考え方である。中国アフリカ協力フォーラム、上海協力機構など地域ごとの枠組みを通じて、
アフリカ、ASEAN、中央アジア等に大きな支援をコミット。また、2015 年 9 月の国連総会で 20 億ドルの南南
協力基金を中国自ら創設すると宣言、米中首脳会談では気候変動対策に 200 億元をコミット。国連諸機関
を含むマルチとの協力にもこれまで以上に踏み込んだ。中国の 2013 年の対外援助額は ODA の定義に近
似させた講演者らの推計で 71 億ドル、援助額順位は OECD 開発援助委員会加盟 28 か国中 6 位であった。
援助分野はインフラが多く、地域別にはアフリカ 50%超、アジア約 30%、ラテンアメリカが続く。
(新たな金融メカニズム)
AIIB、BRICS 開発銀行、シルクロード基金と次々に新しい支援機関を設立、中国開銀、中国輸銀も資本
を増強し、更なる資金提供体制を整えている。また、中国保険投資基金、中国ユーラシア経済協力基金、海
上シルクロード発展基金等、様々な資金協力メカニズム構想が打ち出されている。
(「一帯一路」)
「一帯一路」は 3 本の陸上シルクロード、2 本の海上シルクロードからなり、五通(政策の交流、施設の連結、
貿易の精通、資金の融通、民心の相通)がスローガン。中国は、沿線の国家開発計画、地域協力枠組と協
調することで、「一帯一路」を国際的概念にまで昇華したい意向。他国からの中国の戦略的意図への疑念に
は、各国国民の理解を得るべく積極的に取り組んでいる。重点国として、パキスタン、インドネシアやカザフ
スタンが挙げられている。また、中国・モンゴル・ロシア、新ユーラシアランドブリッジ、中国・中央アジア・西ア
ジア、中国・インドシナ半島、中国・パキスタン、バングラデシュ・中国・インド・ミャンマー(BCIM)という具体
的な 6 大経済回廊構想も発表されている。
(「国際生産能力協力」=「産能協力」)
「産能協力」は本年 5 月に指導意見が出され、李克強首相が中南米、フランスの訪問時や OECD でのス
ピーチで言及。発展改革委員会は産能協力の具体化に取組み始めている。その内容は過剰生産となった
中国の製造業の市場開拓を目的とし、製造業のレベルアップ、輸出振興と海外投資のために先進国との提
携を積極的に深めようとしている。
(セクター別・地域別動向)
「一帯一路」構想の例をみると、超高圧送電線を結び、電力をロシア・モンゴル・カザフスタンから輸入、パ
キスタンに輸出という構想がある。また、シルクロード基金の第一号案件として、パキスタンのコラッド水力発
電所への 16.5 億ドル投資案件は、三峡集団の子会社から同プロジェクトの実施企業に資金を流す枠組み
だが、世界銀行グループの国際金融公社(IFC)が、この子会社に出資、プロジェクトを推進。IFC 出資により
国際的な社会環境配慮を担保。鉄道については、北京からアスタナ・モスクワ・ミンスク・ワルシャワ・ベルリ
ン・ロッテルダムを繋ぐ構想もある。更にブタペスト・ベオグラード間の高速鉄道建設に中国が協力合意。
また、中国輸銀は同構想の実現に向けて、東南アジア各国の 46 プロジェクトに借款供与。2015 年 7 月、
ラオスとタイの国境~バンコクの標準軌鉄道整備に基本合意。カンボジアでは道路整備を積極的に行って
おり、中国がトップドナーとなっている。マレーシアではペナン島とマレー半島を結ぶ二本目の橋建設に中
国輸銀がファイナンス。ベトナムではハノイ市内鉄道の一本が、中国輸銀のファイナンスで建設。南アジアに
おいて、中国・ミャンマー・バングラデシュ・インド(BCIM)を結ぶ交通路整備が動きつつある。中央アジアと
中国を結ぶ四本目のパイプライン(トルクメニスタン-タジキスタン―キルギス―中国)が着工。バングラデシ
ュでは自己資金によるパドマ川架橋プロジェクトを中国企業が受注。ネパール大震災に、中国はインドととも
に大きな支援パッケージを約束。また、中国はネパールとの間の二本の幹線道路改修に無償資金協力で
実施。しかしながら、中国支援が頓挫した例もある。スリランカの首都コロンボでは中国開銀が中国企業にフ
ァイナンスし、巨大なポートシティを建設する構想が政治的要因で凍結状態となっている。
(国際機関・二国間援助機関と中国との開発における関係強化)
世界銀行グループは 2010 年開始の中国 ASEAN 投資協力基金(第一期 10 億ドル)に IFC が出資。2015
年に中国と貧困撲滅と開発促進に向けた 5 千万ドルの信託基金設置に合意。アフリカ開発銀行や米州開
発銀行とはプロジェクト資金の一部を中国が外準を利用して協調融資する基金設立協定を締結。アフリカ開
発銀行との Africa Growing Together Fund(10 年間で 20 億ドル)は徐々に実施中。中国は 2015 年に OECD
開発センターにも加盟し、OECD との協力を本格化。また、今回の米中サミットで、USAID と商務部は米中
が関心ある食料安全保障などの分野での協力協定を締結、今後の動きが注目される。