彷徨する野宿者 自死と抵抗の間

『共生社会研究』 大阪市立大学共生社会研究会
2006 年
1号
3-12 頁
彷徨する野宿者━━自死と抵抗の間
青木 秀男
「阿倍野区役所は親切やし、阿倍野橋辺りで倒れて、救急車呼んで貰うて入院するつも
りや。桜が咲く頃にまた出てくるわ」[男,85](データの由来は後述)。生を凌ぐ老齢野宿者
の最後の選択……。彼は、すでに黄泉の国に旅立っただろう。
野宿者像の流動
日本に<新しい>野宿者が現れて 10 年、野宿者問題が多相化し、研究が分岐してきた。
問題の切り口も鋭利になった。野宿者研究は、一方で、野宿者と仕事・政策・階層・空間・
排除等の主題へ特化した。他方で、それらと繋がり/断絶しながら、野宿者の生活・意味・
ネットワーク・抵抗・宗教等の主題へ特化した。さらに、それらと繋がり/断絶しながら、
女性野宿者や若年野宿者へ、また、地方都市の野宿者や世界の野宿者へ、対象が特化/拡大
した 1)。この中で、研究の焦点は、構造(階層)から意味(実践)へ、野宿者の多数者(単
身男性)から少数者(女性、老齢者、障害者)へ展開し、それらを排除/抵抗の論題が架橋
する。野宿者像は、細分化し、いくつもの、新たな像を結びつつある。
本稿は、このような研究動向の中で、2 つの対称的な野宿者群を対象に、主題を設定し、
考察し、問題提起を試みる。一つ、死を待つ野宿者についてである。丸山里美は、「労働し
ていない/できない野宿者や女性野宿者」の、状況依存的な生活実践を分析して、労働し自
立し(排除に)抵抗する(男性)野宿者像に立つ研究を相対化し、批判した(丸山,2003:7)
2)。本稿は、自死の道を歩む男性野宿者の意味世界を分析し、彼女の視座の、フェミニズム
の問題機制を越えた展開と豊富化をめざす。二つ、抵抗する野宿者についてである。西澤晃
彦は、野宿者の社会的排除(
「檻のない牢獄」
)を分析し、そこで野宿者が「自己の再構築」
をなす可能性を探った(西澤,2005b:281)。本稿はまず、その可能性を探るには、野宿者の状
況規定と自己尊厳という、意味世界の動的過程の分析が必要なことを示す。次に、野宿者の
抵抗に言及した先行研究を検討し、社会的排除と抵抗の分析の要点を考察する。そして、魑
魅魍魎の社会的排除に対する微細な抵抗の解釈可能性について議論する。
本稿で用いる資料は、大阪市立大学環境問題研究会による野宿者聞取り調査(1999 年に大
阪市内の野宿者 672 人に対して行なわれた聞取り調査。以下大阪調査。データ引用は性別・年齢を[男,60]
と記す。原資料の閲覧と使用を許可戴いた同大学関係者に謝意を表する)、同報告書(大阪市大,2001)、
および、青木が収集したパンフレット・ホームページ情報・観察記録等に依る。
Ⅰ死を待つ野宿者
働かない野宿者
労働と自立。仕事(雇われ仕事であろうと、空き缶回収等の仕事であろうと)によって、
生活を凌ぐことができるか否か。これが、従来の野宿者研究の主要な関心であった。そこで
1
は、働ける、つまり、働く意思のある野宿者が、野宿者像の中心にあった。しかし他方に、
働く能力や意思を失った野宿者がいる。それは、働いているか否かの問題ではない。労働価
値の世界にいるか否かの問題である。大阪調査によれば、回答者(659 人)の 19.7%が、調
査当時
「無職」
で、
「無職」
者の 58.6%
(75 人)が、求職活動をしていなかった(大阪市大,2001:124)。
この人々が、すべて労働価値の世界にいないわけではない。しかしその多くが、女性野宿者
(大阪調査で 20 人、回答者の 3.0%)や老齢野宿者(同 70 歳以上 26 人、3.9%)とともに、
労働世界の周縁にある、野宿者の少数者であることは疑いない(大阪市大,2001:23,24)。働か
ない人々の存在に注目することは、野宿者像の描写に資するに止まらない。それは、野宿者
の間の階層性と、
野宿者世界にも貫く労働価値の権力性を暴くことでもある。
青木はかつて、
労働「能力」を尺度とする寄せ場の差別構造を分析し、寄せ場の最周縁に労働「不能力」者
(老人・身体「障害」者、被爆者)が位置づくとした(青木,1989:94)。この指摘は、寄せ場
からも放逐された野宿者の、街頭世界の最周縁にある、働く能力と意思を失った人々にも、
基本的に妥当する 3)。彼・彼女らは、二度、労働世界から放逐された人々である。
野宿者の生と死
野宿者にとって、労働の能力と意思の喪失は、
「死」に直結する。ゆえに「働かない」4)・
「働けない」は、労働価値を突き抜け、生/死の世界の問題となる。大阪市で、1998 年に
169 人(大阪市生活福祉部調べ)(毎日新聞大阪版 1999.5.6 夕刊)、2000 年に 213 人の野宿者 5)が
行路病死した(「大阪市における野宿者死亡調査」研究者調べ)(釜ヶ崎,2005.8)。行路病死者は増加
傾向にある。その最大の原因は、野宿者の老齢化である。213 人の行路病死者で、死亡年齢
60 歳以上が、82 人であった。身体が疲弊した野宿者には、これで十分に老齢年齢である。
また、女性が 4 人であった。さらに、死亡場所は、路上 111 人、公園 51 人で、死亡状態は、
テントの中 39 人、布団・毛布の中 23 人、段ボールハウスの中 19 人で、死亡時の所持金は、
100 円以下(餓死状態)が 34 人であった。憐れな末路である。行路病死者には「働く」野
宿者も含まれる。しかし、
「働く」
「働かない」のどちらにせよ、人々は、餓死・凍死・病死
していった。今、高齢・病弱で無収入の野宿者の前途に、確実に行路病死が待っている。そ
の死の横には、野宿者の、死に臨む、または死を受入れる/拒む意味世界がある。2000 年
の行路病死者で、自殺は 29 例であった(釜ヶ崎,2005.8)。
「5 年野宿してて、野宿者が自殺し
たのを何度か見聞きしてるで。普段利用してるトイレで、顔見知りが首吊り自殺してたこと
もあったで」[男,52]。野宿者は、その境遇を懸命に生き、苦難に踠き、
「ある時点で」
「生き
る」緊張の糸を断つ。では野宿者は、その時、自ら境遇をどう捉え、
「生きる」意思をどう
断ち、
「死ぬ」ことをどう受入れるのか。この生と死の転変の中に、野宿者の、排除の真相
と、意味世界の深層を窺うことができる。
筆者はかつて、寄せ場労働者の意味世界を、<ミジメ>と<ホコリ>を極点とする精神の
葛藤過程として描いた(青木,1989:164-175)。<ミジメ>とは、状況の即自的・諦念的な意味
づけの志向性であり、その先に死の世界がある。<ホコリ>とは、状況の対自的・対抗的な
意味づけの志向性であり、その先に生の世界がある。労働者は、2 つの世界を往復する(単
純な二項対立ではない)
。この枠組みは、圧倒的な<ミジメ>への傾斜において、野宿者の
意味世界にも妥当する。その際、3 つの野宿者像が立ち現れる。一つ、生活の自立をめざす
野宿者である。それには、野宿生活の自立をめざす野宿者も、野宿生活の脱出をめざす野宿
2
者も含まれる。自立の基本的手段は労働である。しかし、福祉を受けながら生活の自立をめ
ざす野宿者もいる。自立をめざす野宿者は、そのような自己に<ホコリ>を抱き、自己の世
界を積極的に表出する。しばしば、自立を妨げるものに抵抗する。このような野宿者を<自
己統合型>と呼ぼう。二つ、偶然の境遇に身を委ねて、その場その場の困難を凌ぐ野宿者で
ある。この人々が自立をめざすには、境遇は苛酷すぎる。出会う人や偶々の機会がもたらす
生活資源に縋って、身を守るのが精一杯である。このような野宿者を<状況依存型>と呼ぼ
う。丸山が取り上げた女性野宿者が、これに当たる。彼・彼女らの人生は、偶然が支配する。
その点で、この人々は、<ミジメ>の世界に生きる。しかし、生き方が他律的であろうと、
困難を凌いで身を守る(身の置き様を模索する)点で、この人々には、明確な「生きる意志」
がある。三つ、境遇に身を丸ごと委ね、どう困難を凌ぐかの模索を放棄し、生ける屍のよう
に、<ミジメ>の虚無に生きる野宿者である。この人々は、
「もういい」と「生きる」緊張
の糸を断ち(断たれ)
、その場その場をドロドロに生きる。生きる意思も関心も目途もない。
目前には死があるのみ。彼・彼女らは、
「緩慢な自殺」
(額田,1999:114,185)の道を歩む人々で
ある。このような野宿者を<自己解体型>と呼ぼう 6)。
解体する野宿者
<自己統合型>の野宿者の意味世界の分析は、蓄積がある。野宿者の労働・自立・抵抗に
関する研究は、すべてこれに当たる。<状況依存型>の野宿者の意味世界の分析は、丸山の
研究がこれに当たる。文貞実の研究(文,2005)は、その中間といえよう。しかし、<自己解
体型>の野宿者の意味世界の分析は、まだない。そこで次に、大阪調査の聞き取りの中で、
死について直接言及した野宿者の言葉を手掛りに、
<自己解体型>の野宿者の意味世界を覗
いてみよう(29 人の 34 事例)
。それは、野宿者の生と死の実相を照らすに止まらず、野宿
者の多数者も少数者も含めた、圧倒的な排除の(極限の)人間的意味を教えている。ただし、
言葉と現実の死の間には、それぞれの距離がある。言葉の整理は、青木の(強引な)解釈に
依る。まず、死の意味づけである。一つ、抗議の死である。
「ここ(公園)を立ち退け言わ
れたら、首くくって死んだる」[男,61]。これは、生きるための死であり、<自己解体型>の
死ではない。二つ、境遇への絶望である。「立ち退き要請には無条件で従うけど、そう言わ
れたら、あとは淀川に飛び込むしかないなぁ」[男,70]。「こんな生活やったら死んでもどう
なってもええ。悪なったら病院に入ればええ」(男,50)。三つ、境遇のカオスである。
「(生活)
保護受けたけど、安定した生活を自分で放ったんやから、なんも言えん。なんで自殺なんか
しようと思たんやろ。人間ゆうんは、暇んなるとなに考えるか分からへんなぁ」[男,57]。四
つ、気力の喪失である。これに体力の衰えが重なる。「死なん程度に生きていければ、それ
でええ」[男,52]。「人生終わりや。先のことは考えてない」[男,64]。「死ぬんを待つだけや。
年取ったら、生きたい思わん」[男,63]。「もう歳で先は長うない」[男,72]。「85(歳)やし、
もうすぐ自分は死ぬやろ。今さら、期待することなんかない」[男,85]。「そんなこと聞いて
どないすんねん。あとはもう死ぬだけやのに」[男,52]。
「もう歳やから、やがて死ぬんをひ
たすら待つだけや」[男,64]。五つ、生の意味の喪失を死の意味が補填することもある。「人
は死ねばゴミといっしょや」 [男,56]。「今は野宿してるけど、人間は死んでも肉体が死ぬだ
けで、魂は死なんのや」[男,62]。
次に、死に方の予感・願望である。一つ、自然に死ぬことの予感である。
「死ぬ時は死ぬ
3
んやから、成り行きに任せる」[男,70]。
「自分はきっとここ(テント)で死ぬんやろな」[男,57]。
「残りの人生を天に任せるだけや」[男,64]。二つ、安らかな死への願望である。「もう安ら
かに死ねたらそれでええ」[男,57]。
「老人の施設で、碁や将棋さしながら、残りの人生過ご
して、安らぎの中で死んでいきたい」[男,65]。「楽に死ねる注射を配ればええんや。ここに
居てる人はみんな死にきれん人ばっかりや。病院に、内科・外科みたいに、自殺科を作れば
ええんや。きっと行列できるで」[男,57]。三つ、生きることの見限りである。早く死んで、
生の苦痛から解放されたい。
「これから、あまり生きとうない」[男,63]。
「自分の人生、もう
ええんや」[男,57]。
「もうすぐ死ぬから、どうでもええわ。さきぃ、長うない」[男,64]。「こ
んな生活してると、死のう思う時がある」[男,55]。
「俺は 50(歳)で死んでもええ思ってた。
50 で死んでたかった。死んでたら、こんな目(野宿生活)に遭わんですんだんや」[男,59]。
「いつまでも生きてればええいうもんでもないし、自分の命は自分で始末をつける」[男,59]。
「もう 3 回、自殺未遂した。はじめは、ダムに飛び降りて、ネットにひっかかって助かっ
た。次は、手首切ったけど、浅かったんで失敗した。3 回目も手首切ったけど、助けられて
未遂やった。早う自殺したい。2~3 日うちに、駅のホームに飛び込もうかな」[男,52]。四つ、
死ぬ意思も失った場合である。人々は、もうどうでもええと、ドロドロに生き、死んでいく。
ドロドロは心だけでない。身を繕うなど遠い世界のことで、
「汚いシャツに裸足で、汚い格
好をしている(面接者の観察)
」[男,52]。それは、
「急激な自殺(自死)
」への道である。
「こ
んな生活やと、病気治す気にもなれん。肝臓癌やけど、酒も止めとらん」 [男,50]。「ワシ、
肝臓と肺が癌やねん。倒れて病院へ担がれたけど、1 日で逃げて帰ってきた。咳も痰も出る
けど、検査では嘘言うた(と言いいながら、
『若葉』をプカプカ吸っていた~面接者)
」[男,56]。
野宿者は、苦難と屈辱の生を諦め、ある時/次第に、死を受入れ、死を予感し、死までの
日数を悶えて、または慎ましく、またはドロドロに生きる。死の旅は、死の意味の模索の道
程であり、生と死の揺れ方は、みな異なる。途中で自死する人もいる。どれもこれも、終末
はすべて、孤独の死である。社会的排除は、こうして完了する。
生者と死者
青木はかつて、釜ケ崎の越冬闘争を舞台に、生者(日雇労働者)と死者の序列構造を分析
した(青木,2000:232-233)。生存競争が支配する日常的世界では、生者が死者に君臨し、死者
は忘却の彼方に放逐される。共通の運命を確認しあう非日常的世界(越冬闘争)では、此岸
の地獄を見た死者が、生者に君臨する。生者は、死者に自己の運命の涯を見る。野宿者世界
でも、これと類似の生者/死者関係が展開される。しかしそこでは、死が(遥かに)日常化
し、生者の孤独の横には、いつも死者がいる。そして日々、仲間の死を見取る。野宿者は、
死(者)との距離(遠い/近い)で、自己統合型~状況依存型~自己解体型に序列化される。
それは、野宿者世界の、生活資源や人間関係資源の大小による序列構造と異なる、もう一つ
の序列構造である。死を待つ野宿者は、男女・老若のだれであれ、序列構造の底辺にある。
生者の最周縁にあり、死者の最近縁にある。彼・彼女らは、
「意味世界の少数者」である。
ドロドロに生きる野宿者は、
「生きる屍」である。涙はとっくに涸れ果てた。
兄ちゃん、ボランテアかいな。このおっさん、このままおったら、野垂れ死ぬで。雪も、
降ってきたで。こら、もたんわ。そやそや、そういや、この前、あっちで一人、こっちで
4
一人、死んだで言うて、脅かしたらな、やっぱり、死にとないんやな、ぐったりしてたお
っさんが、起き上がって、よろよろ、よろよろ、歩き出しよったで。ほんまや。時には、
そんな励ましようも、あるんやで。はははは。そういうわいも、あおかん(野宿)や。明
日はわが身や。因果なもんや。うんうん、分かってんねん。
パトロールの若者に近寄る野宿者の言葉である。1997 年 12 月 31 日深夜。場所は釜ケ
崎近くの商店街。空気が凍る。蹲る男の頭にチラチラ雪が降る。戸を締めた商店の中から
テレビの紅白歌合戦が聞こえる。窓の外は死者の世界である。
Ⅱ社会的排除と抵抗
社会的排除論
近年、野宿者の境遇を社会的排除の結果とし、それへの反転を抵抗と捉える社会的排除論
が、賑わっている。西澤は、野宿者の生に、アガンベンの「剥き出しの生」
、つまり「例外
空間に捕らわれた人びと
制裁与奪の権利を握られたまま主体性─個が送呈しうる可能
性・潜勢力としての生─を剥奪され、感情や尊厳を喪失した生」
(西澤,2005b:265)を重ねた。
その上で、野宿者が自己を再構築する可能性を、野宿者集団の社会的世界、つまり「行為の
準拠枠となるものの見方を共有することによって結果として成立した人々のまとまり」(西
澤,2005b:276)に見た。そして、この社会的世界こそ、野宿者の存在証明の「要石」であり、
「否定の対象でもあるその世界は、
差異としての自己を取り出させる準拠枠となることによ
って、剥き出しの生への還元に抗するための最後の砦ともなる」(西澤,2005b:282)とした。
渋谷望も、アガンベンを例に取って 7)、「強制収容所、難民キャンプ、仮設住宅、ホームレ
ス、棄民、そして成長しつつある『第四世界』(カステル~青木)
。これらに共通するのは、
その住民を、常態化した例外状態のなかで生と死のあいだに永続的に待機させ、彼らを非人
間化/動物化することによって生き延びさせることである」
(渋谷,2003:215)とし、その上で、
「アンダーグラウンド」
(第四世界~青木)こそ「自律的な空間」であり、
「あらゆる尺度の
外部で……自律的な空間を膨張させ、卑小なオーバーグラウンドを飲み込むこと。これこそ
善悪の彼岸において闘われる能動的な抵抗の形態ではないだろうか」
(渋谷,2003:238)とした。
さらに、野宿者運動の活動家たちは、2005 年 1 月にブラジルで開催された「持たざる者の
フォーラム」参加の報告の中で、
「グローバル資本主義のもとで日々強化される搾取と抑圧
にさらされ、同時に社会的に排除され周辺化された『声なき/持たざる』存在、すなわち失
業者、野宿者移住労働者、スラム住民、被差別カースト、先住民族などの人々」
(フォーラム
報告,2005:7)の世界横断的な反グローバリゼーション運動を呼びかけた 8)。
抵抗の条件
西澤・渋谷・フォーラム報告の野宿者把握の鍵概念は、「社会的排除」である。野宿者は
社会の周縁空間に排除された人々である。その上で、西澤は、野宿者の社会的世界に、排除
に抗する最後の砦を見た。渋谷は、第四世界の自律性に能動的な抵抗の空間を見た。フォー
......
ラム報告は、排除された人々の境遇に世界連帯の必然性を見た。しかしながら、なぜ最後の
5
砦なのか。なぜ抵抗の空間なのか。なぜ連帯の必然性なのか。そこには、排除と抵抗を繋ぐ
内的な論理がない。厳しい排除の説明の次に、抵抗が接木される。西澤は、野宿者の社会的
世界に「自己の再構築」の機能を見た。しかしそれも、抵抗への積極的論拠とはいい難い。
もとより、抵抗可能性をもつのは、<自己統合型>の野宿者だけである(実際に抵抗を実践
するのは、そのまた一部である)
。ではその可能性は、どう紡がれるのか。これを明かすに
は、野宿者の意味世界に分け入らなければならない。抵抗の道には、2 つの障壁がある。一
つ、野宿者の状況規定である。つまり、自らの排除を「不当な」ものと見ているか否かであ
る。排除を排除と認識できない時、抵抗の可能性は閉ざされる。二つ、野宿者の自己尊厳の
感覚である。つまり、排除(が強いる苦難と屈辱)を(もはや)忍従し難いものと思うか否
かである。排除を忍従可能なものと思う時、抵抗の可能性は閉ざされる。野宿者は、この 2
つの障壁を越えた時、抵抗の可能性を現実のものとする(抵抗を実践するには、さらに、実
践の機会がなければならない)
。野宿者は、社会状況(野宿者問題の緊要度や、野宿者支援
運動や諸々の社会運動の興隆)に、その自己像を規定される。自らの境遇を排除と捉え、忍
従し難いものと思う自己像は、その結果である 9)。状況規定も自己尊厳の感覚も、自己と社
会状況の相互作用の産物である。その際、野宿者の内集団が構築する(西澤のいう)社会的
世界(
「運命を共有する多くの仲間がいる」という意識)が、決定的な役割を果たす。その
時野宿者は、
(負けが分かっていても)排除に抵抗する。抵抗が生自体となる。
抵抗の定義
ところで、抵抗とは何か。抵抗(の仕方)の定義が問題となる。ここで抵抗を、排除に抗
する行為としよう。すると次に、排除の定義が問題となる。野宿者の抵抗については、既に
若干の議論がある。中根光敏は、
「<排除された領域>から現代社会を理解するということ
せめ
は、
『排除』に対する『抵抗』を手がかりとして、その鬩ぎ合いをポリティクスとして解読
しようと試みること」(中根,1999:94)と述べ、「『組織されざる階級闘争』というスローガン
...
を掲げるのであれば、その可能性は『階級的な集団性の獲得』ではなく、
『個人レベルでの
抵抗』に見出すべきだ」
「この個人レベルでの抵抗は、社会変革の主体として立ち現れるわ
..
けではなく、社会変革を促す要因となりうる」
(傍点は原文)(中根,2001:17)とした。青木は、
もが
公園からの野宿者排除に場面を絞り、排除に逆らう抵抗戦略を分析し、
同時に、
「生きる踠き」、
つまり街頭出し抜き戦略(street smart strategy)( Livingston,2004:554)10)の実践を、
「公園
排除を遠ざける行為」であり、それは抵抗の「土壌」となるとした(青木,2005:62)。妻木進
吾は、野宿者が街頭で構築する「生活構造」を分析し、
「野宿生活が構造化された生活とし
てあるならば、そして目指すべきものとして行政が用意する『自立』像、
『自立』へのルー
トがその構造化された生活との間に齟齬を来すのであれば、
野宿し続けるという『選択』
は、
構造化された野宿生活を維持するための抵抗としてなされる」(妻木,2003:23)とした。西澤
は、妻木の所論を批判した上で、
「野宿者にとっての、日常的な抗いが抵抗へと連接してい
く隘路」(西澤,2005b:283)について言及した。丸山は、偶発的な人間関係に依存して生きざ
るをえない、労働していない/できない野宿者や女性野宿者を念頭に、「適応/逸脱、抑圧
6
/抵抗、主体性/受動性といった二項には還元されえないような野宿者たちの生の営み」
(丸
山,2003:8)を分析し、
「野宿者の抵抗の可能性が、もしあるとするのなら、……野宿者と非
野宿者との間に引かれようとする境界線にゆさぶりをかけていく動態の中に、それは一瞬立
ち現れては消えていくものだろう」
(丸山,2003:50)とした。
抵抗について再論
野宿者の抵抗をめぐる議論は、次のように整理される。一つ、中根・青木・妻木・西澤は、
<自己統合型>の野宿者を、丸山は、<状況依存型>の野宿者を念頭に議論を展開した。両
者は関心が異なる。丸山の関心は、<自己統合型>の野宿者の「労働・自立・抵抗」パラダ
イムを批判することにあった。二つ、野宿者の生活実践の位置づけである。青木は、野宿者
の公園排除の場面での抵抗を論じた。その上で、野宿者の日常的実践(街頭出し抜き戦略)
を「踠き」とし、それを抵抗の「土壌」とした。妻木は、行政の自立像から逸れる、野宿者
の街頭での生活構造の構築=生活実践を抵抗と呼んだ。丸山は、生活実践を抵抗と読んだ上
で、抵抗論を批判した。他方、中根は、個人レベルの抵抗を、社会変革を促す「要因」とし
た。西澤は、野宿者の日常実践を「抗い」とし、それから抵抗への隘路を論じた。
そこで、抵抗と「踠き」
「抗い」の関係が問われる。その前に、
「踠き」と「抗い」は、排
.....
除を凌いで生きる営みという点で、
ともに、個人の日常的実践を指すものとする。
その上で、
ここでは、
「抵抗の意思をもった(と解釈される~青木)実践」(松田,1999:14)を抵抗とし、
...
「もたない(と解釈される)実践」を「踠き」「抗い」とする。抵抗の意思の有無は、行為
の動機とその背後の状況規定の差異を示す証であり、行為者(野宿者)と他者(例えば行政)
の相互関係を直接に規定して、抵抗の転轍手となる。その意味で重要である。問題は「踠き」
「抗い」の解釈である。松田素二は、「多様で変革の過程にその主体が関与している」なら
ば、
「行為者の意図にかかわりなく実践を抵抗として定位できる」とし、
「明確な抵抗の意思
をもたない抵抗」の対象化を試みた(松田,ibid.)11)。ここには、次のような、権力と抵抗を
めぐる問題意識がある。松田は、ハード・マクロ・ホモジニアルな権力像を前提とした従来
の抵抗論に対し(松田,1999:10-15)、権力のソフト化(強制する権力から自発的服従を導く権
力へ)
・ミクロ化(日常生活で作用する権力の網の目)
・ヘテロ化(権力者像の多様化)に対
抗する、ソフト・ミクロ・ヘテロな抵抗の可能性を指摘した(松田,1999:188-191)。それは、
日常実践の過程の中に嵌め込まれて作用し続ける」(松田,1999:191)もの、「押しつけられた
法や規範を利用して、その目論見とは別な多様なものを創造していく異化の過程」であった
(松田,1999:194)12)。このような理解を踏襲するなら、野宿者の日常実践も抵抗ということ
になる。なぜなら野宿者は、その存在自体が排除の対象である。魑魅魍魎の(ソフト・ミク
ロ・ヘテロな)排除の力は、野宿者の生活の細部にまで忍び込んでいる
13)。他方、野宿者
...
は、圧倒的な権力により与えられた資源を、自己の生存に活かして生きるしかない。にもか
....
かわらず、青木は、野宿者の日常実践を<抵抗>とは呼ばない。理由は 3 つある。一つ、
上述した、抵抗の意思の有無の差異的な意味である。二つ、抵抗の意図のない行為は、研究
者が、その行為の機能を抵抗と解釈してはじめて成立する抵抗である。そこには、第三者の
解釈という主観が関与している。解釈次第では、抵抗も抵抗でなくなる。三つ、
「踠き」
「抗
い」と「抵抗」の間には距離がある。「抵抗」に至らない「踠き」「抗い」もある。「踠き」
7
「抗い」に「敵」の自覚はない。他方「抵抗」には、つねに「敵」の自覚がある 14)。
自死と抵抗
本稿は、死を待つ野宿者と踠く/抵抗する野宿者について、少々の議論を行なった。人間・
野宿者には多様な生があり、多様な死がある。いかに野宿者が共通の運命に曝されようと、
その多様性は些かも減じない。本稿は、その一端を窺ったにすぎない。とはいえ、他者の生
と死を解釈することの傲慢さを痛感する。それほどに、人間の意味世界は深く、遠い。他方
....
..
で、野宿者が、一人ひとりと、排除によって殺されている。それは、私の社会の私の問題で
ある。人の死を、座視できるはずがない。研究は、その悲劇を分析・解釈・説明する。そし
て社会に投げ返す。それは小さな営みである。しかし研究には、それしかできない。
本稿は、野宿者研究に向けて、問題の解明のほんの糸口を示した。野宿者は、いつ、なぜ
生の緊張の糸を断つのか。どう死を待つのか。野宿者は、いつ、なぜ踠きから抵抗へ至るの
か。どう抵抗するのか。死を待つ野宿者と抵抗する野宿者、それぞれの背後に、どんな苦難
に耐え、どんな意味世界に住む野宿者が控えているのか。そして彼・彼女らは、どんな集団
性と序列構造を作り上げるのか。最後に、魑魅魍魎の排除は、野宿者一人ひとりを、どう捕
らえ、彼・彼女の生殺与奪の力をどう振るうのか。そして彼・彼女らは、どんな社会の恐怖
を見るのか。これらすべて、まだ無回答である。
注
1)近年の(若手研究者を中心とした)野宿者研究に、例えば、次のものがある。野宿者と政策(北川,2005)
、
階層(萩原,2001)(大倉,2003)、空間(水内,2001)、市民(堤,2002)、排除・抵抗(西澤,2005b)、仕事
(山口,2001,2004)
(渡辺,2004)
、生活(妻木,2003)
、意味(青木,2005)
、宗教(白波瀬,2004)
、女性(丸
山,2003)(文,2004)、若者(林,2002)
、地域(藤井・田巻,2003)
、世界(小玉他,2003)
。野宿者研究の増
勢は著しい。またグローバリゼーションのもと、産業先進国・発展途上国・旧社会主義国に、
「新しいホ
ームレス」が現れている。青木は、2002~04 年に、ロサンゼルス・台北・サンパウロ・マニラ・プラハ・
ワルシャワで、それを確認した。今、ホームレスの国際比較研究が始まっている。
2)文は、「無力な」女性野宿者が、社会の周縁(公園)に避難することで、労働市場や男性が強いる困難
な状況(搾取や暴力)から自らを解放していく様を分析した(文,2005)。そこで、周縁はアジールとし
て機能し、女性野宿者はその機能を活用している。
3)寄せ場にはもう一つの差別の軸がある。それは、市民社会の差別の母斑、つまり、被差別部落出身者・
在日コリアン・沖縄人・アイヌに対する差別である(青木,1989:97)
。近年は、これに外国人労働者が加
わる。しかし、野宿者社会では、その生存環境が厳しいあまり、これらの人々に対する差別は、ほぼ潜
在化している。
4)「働かない」とは、
「働くことを諦めた」の意であり、絶望的な就労機会の主観的表現である。
「働かな
い」=「怠け者」などという表象は、論外である。
5)この資料では「野宿者の」となっている。もとより、行路病死者のすべてが野宿者なのではない。
6)石田忠は、被爆者の生活史を分析し、被爆者の、被爆の記憶に苛まれる状態から被爆者的存在形態を所
与として受け止める状態への展開を、<漂流>から<抵抗>へとした(石田,1973:23-26)。これを野宿
者に適用すると、<状況依存型>・<自己解体型>が<漂流>、<自己統合型>が<抵抗>に照応する。
7)西澤も渋谷も、アガンベンを引用し、強制収容所のユダヤ人の「剥き出しの生」を野宿者の生に重ね、
8
「例外状態」の排除を強調している。しかし、野宿者の生とユダヤ人の生はあまりにも遠い。排除の質
も形も異なる。排除言説の過度の抽象化には、現実の排除力の希釈化という新たな危険が潜んでいる。
8)その論法は、「帝国」に散在する大衆(マルチチュード)に世界変革の可能性を見る、ネグリとハート
の問題意識を想起させる(ネグリ・ハート,2000:4-3)
。
9)筆者の印象では、野宿者(支援)運動をもつ東京や大阪と、もたない地方都市(例えば広島)では、野
宿者の自己像は異なる。前者では、後者よりも、自分が野宿者になった原因を社会の責任と見倣す野宿
者が多い。他の野宿者を仲間と見倣す野宿者も多い。ボランティアに対する抵抗感も小さい。ただしこ
の指摘は、野宿者の、都市間比較の意識調査による実証が必要である。
10)これは、山口恵子の「生き抜き戦略」
(survival strategy)(山口,1997:108)と同じものである。
11)小田亮も、同様の視点から、人々の「
『生き抜く』ための実践」は、
「支配的な空間である条里空間を平
滑空間にじっさいに変容させている」のであり、その意味で、
「日常的実践を『抵抗』と呼ぶことに意味
がある」とした(小田,2003.12)
。
12)打越正行は、暴走族の若者研究を念頭に、圧倒的な力に対峙する敗者のやり方、つまり「与えられたモ
ノやことばをその状況で切り貼りしてなんとかしようとした結果に構築される<ブリコラージュ>」こ
そ、
「近代社会における統制にも関わらず普遍的に存在しダイナミックに誕生しているという意味で<抵
抗>といえる」
(打越,2004:9)とした。この「ブリコラージュ」は、松田の「異化の過程」に照応する。
13)魑魅魍魎の排除は、多様な抵抗を結果する。青木は、野宿者の公園排除に場面を絞り、強制排除に対す
る 3 つの抵抗の仕方、つまり、現住地継続型(
「近くで暫く待機して、撤去が終ったら戻るだけや」
)、他
地域移動型(「追い出されたら、他んとこでテント張るつもりや」
)、条件付応諾型(「住むとこ保障して
くれるんなら、立ち退いてもええ」
)を抽出した(青木,2005:63-65)
。
14)ちなみに、抵抗は、即、野宿者運動ではない。運動への参加には、個人の利害を含み、それを越えた動
機づけがなければならない。また、参加の機会がなければならない。野宿者は、個人で抵抗はできても、
ともに決起すべき仲間がいなければ、運動はできない。参加の動機は、運動の目標に沿う中心的(顕在
的)な動機だけではない。副次的(潜在的)な動機もある。野宿者が、出される食事を当てに集会に参
加する等は、その例である。このように、運動は、抵抗と位相を異にする。
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