1.はじめに (1)パワー・シフト

凋落させ、世界全体をより不安定なものにする
1.はじめに
可能性があるとマシューズはいう。この指摘は、
本政策研究レポートでは、これまでNPMか
本来、国際社会のパワー・シフトに関するもの
らPPPに至る思考を英国を中心として整理
であるが、今日の日本においても共通する。国、
してきた(2001年11月号及び2002年
地方自治体を問わず、グローバル化を進める金
1月号)。今回は、その完結編としてNPMと
融市場から多額の資金を調達することで財政
PPPの本質的な問題点を考察する。NPMや
運営が維持され、一方で政策形成への住民参加
PPPは、日本の行財政改革に大きな影響を与
が進展するなど、戦後50年にわたって形成さ
えると同時に、行政や住民に対しても新しい意
れてきた行政、市場、住民間のパワー関係に再
識を共有する重要な契機を提示してきた。そし
配分が生じている。その中で、行政が市場と市
て、現実に行政機関の効率性や公共サービスの
民との相互関係を試行錯誤しながら模索し続
質的改善にも一定の成果を生み出すに至って
けているのが実状である。
いる。しかし、一方において、英国ではその活
国家は、地域限定、領土限定型主権国家の論
用に適さない事例や失敗例なども見られるの
理に基づいて国益のために行動することを基
が実態である。そこで本稿では、NPMやPP
本とする。従って、全世界的公益を追求するこ
Pの取り組みに関する欠点や問題点を把握し、
とに対しては、本質的に制度的制約を持たざる
よりよい活用に向けた方法を検討する上での
を得ない。このため、主権国家の理論に基づい
材料を提示したい。
て活動する国家の連合体として国際機関が形
成され、構成する国家間の協力の場として全世
2.パワー・シフトの中のネオ・リベラリズム
界的公益を追求する枠組みが提示されている。
冷戦終結後の世界において、国際機関が環境問
(1)パワー・シフト
題や人道問題等について強いイニシアティブ
1997年、ジェシカ・マシューズは「パワ
を形成した事実も存在する。しかし、多くの場
ー・シフト」と題する論文の中で、冷戦構造の
合、国際機関は構成する主権国家の利益追求の
終焉は、国際社会における国家と市場(企業)
場としての性格を持ち、構成国の利益を克服す
そして市民社会の間に存在するパワー配分に
る独自の行動主体として位置づけるには困難
変動をもたらしたと指摘している(1)。グローバ
性が伴う。
ル化する市場の力に対して、国家が自立性とガ
これに対して、冷戦後の国際社会に大きくパ
バナンス力を失い自らのパワーを低下させつ
ワーを拡大させているのが市場(企業)である。
つある一方で、世界の金融市場を席巻する投資
投資ファンドや多国籍企業が強い影響力を及
ファンド、世界を舞台に活動する多国籍企業体
ぼすグローバル市場の形成は、地域限定、領土
はパワーを大きく拡大させ、同時に市民社会の
限定型主権国家の領域を越え、経済資源の移動
NGOなどもパワーを拡大させる傾向にある
を自由にする。そこでは、地域限定型、領土限
ことの指摘である。そして、その中で国家が自
定型の論理は経済資源の移動を制約する要因
らのパワーを維持するために、アドホックに市
として位置づけられ、非効率と判断される。国
場や市民社会との依存関係や同盟関係を構築
際社会における市場のパワー拡大は、市場機構
し行動していることは、国家のパワーをさらに
中心主義の新古典派経済学(new classical
「PHP 政策研究レポート」(Vol.5 No.58)2002 年 2 月
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economics)を基礎とし、貨幣政策の重要性を
という考え方は、行政の非効率性や硬直性を改
主張するマネタリズム(monetarism)や市場は
善する上で一定の成果を生み出している。しか
不断に需給均衡の状況にあるとする合理的期
し、一方で、長期・超長期にわたる資源配分を
待形成仮説論によって、政策形成に対してもさ
重視しないことから、社会の資源配分の歪みを
らにその影響を強めている。
生じさせている。加えて、グローバル化は資源
の同質化を進め地域価値を埋没させる。このた
(2)市場化チェックの行財政改革とグ
ローバル・ガバナンス
め、市場経済における同質化された資源による
グローバル市場のパワー拡大は、地域限定型
規模の原理の下でその分配をさらに偏ったも
で活動する国家や地方政府への批判を強め、行
のとしやすい。長期的、中短期的の両面で資源
財政改革の面では福祉国家の実現や経済活動
配分の偏りを拡大させる要因となるのである。
に対する国家の介入を批判し、自由と責任に基
こうした問題を社会進化論として捉え、「ダー
づく競争、市場原理を重視する新自由主義
ウィンの進化論(1859年)は、自然科学の
(neo-liberalism)を志向する。具体的には「小
理論だが、政治・経済のイデオロギー追求や利
さな政府」、「官から民へ」、「税負担軽減」
益追求に再三利用され、「社会進化論」として
などの政策が展開される。新自由主義は、米国
世界に大きな影響を及ぼしてきた。適者生存、
のレーガン、英国のサッチャー、日本の中曽根
弱肉強食は自然の法則であり、自己利益追求は
内閣における行財政改革の基本的理論とされ
善であり、それが社会にも進歩をもたらすとす
たほか、財政金融の面では70年代半ば以降、
る認識は人々の倫理観に組み込まれ、大量死、
国家主導の開発体制が破綻したチリで経済復
頻発する民族紛争、過剰生産、過剰消費、環境
興のための経済自由化政策として実践され、8
破壊などに象徴される20世紀の暗い側面に
9年には債務危機後の構造調整と市場改革の
つながった。20世紀の倫理では地球社会はも
方向性を示すワシントン・コンセンサス
はや保てない」とする指摘もなされている(2)。
(washington consensus)としてとりまとめら
また、経済学者のポール・クルーグマンは、I
れている。そこでは、財政規律、税制改正、規
/Sバランス論の立場から市場自由主義ない
制撤廃、インフラへの優先的予算配分、民営化
し金融自由主義を至上とする「ワシントン・コ
など10項目の政策勧告が提示されている。本
ンセンサス」が、金融危機をもたらすと指摘し、
コンセンサスは米国政府や国際機関の対中南
米国経済のグローバル化は進んでおらずニュ
米援助政策でも基本として位置づけられた。現
ーエコノミー論は間違いであるとする主張を
在では、本コンセンサスがさらに発展し、行政、
展開している。
司法、教育など広範な制度やそこでのガバナン
グローバル化された市場へのパワー・シフト
スを問いかける「第二世代改革」の段階に至っ
が高まる中で、もっとも重要な課題はグローバ
ている。こうしたワシントン・コンセンサスで
ル・カバナンスをいかに形成するかである。グ
も、新自由主義的イデオロギーである市場原理
ローバル・ガバナンスの概念は、『Our Global
主義が明確に提示されている。
Neighbourhood』(Oxford Univ.Press1996)の中で
グローバル化した市場機構を中心とする考
「地球社会の統治、管理運営、自治の意味を含
え方、すなわち行財政に対する市場化チェック
み、個人と組織、私と公とが共通の問題に取り
競争を強める。その結果、経済資源は効率性と
「PHP 政策研究レポート」(Vol.5 No.58)2002 年 2 月
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組む多くの方法の集まりであり、そのプロセス
に影響を与える可能性がある。しかし、こうし
は利害調整的かつ協力的である」と定義されて
た格付け以上に、日本に対する海外投資家の信
いる。グローバル・ガバナンスは、全ての行動
用は先行して急速に低下している。昨年春以降、
主体の協働による協力であり、国家、市場と並
海外投資家の日本に対する投資姿勢は冷え込
んでパワー・シフトを構成する市民社会の役割
む一途にあり、資金のポートフォリオ配分にお
を大きく取り込むものとなっている。(3)
いても日本市場の下振れリスクを勘案し、当初
予定していた対日投資額のウェートを引き下
げる傾向が目立ってきている。投資家の日本に
3.パワー・シフトと日本の行財政
対する実態上の格付けは、もはやA格ではなく、
(1)グローバル化市場へのパワー・シフト
BBBまで低下しているとする指摘もある。B
現在の日本においては、新自由主義に基づく
BBの格付けは、郵便貯金の資金運用対象適格
市場原理主義、グローバル化と少子・高齢化と
の最下限に位置する。
いう二大潮流の中で、経済そして経営環境が急
こうした日本国債の格付けの実態が財政運
速に変化し、経済・社会のパワー・シフト、ト
営に直接の大きな影響を与えたことはまだな
ランスフォーメーションが強く志向されてい
い。その背景は、日本の金融機関の資金運用が
る。その中で、前節で整理したグローバル化し
金融危機時を含めて、換金性の高い、リスク・
た市場へのパワー・シフトの影響を日本の財政
ウェートもゼロの日本国債にシフト(国内的質
は強く受けている。そうした流れは、日本の財
に逃避)していることにある(日本国債の外国
政の効率性とそれに基づく資源配分の同質性
人保有率は5−6%程度であるが、金額的には
を求める一方で、多様な文化を融合する柔軟性
日本の生保業界の保有分とほぼ同額であり、外
を持った政策展開を強く制約する。
国人の日本国債への投資動向が金融環境の変
グローバル化の財政への影響は、国際金融市
動要因となり得ることに留意すべきである)。
場からの日本国債への評価に現われている。国
98年の日本長期信用銀行の破綻時において
際金融市場に影響を与えるS&Pやムーディ
も、日本の金融機関の資金投資は、海外ではな
ーズ・インベスターズ・サービスによる日本国
く日本国債に大きくシフトしている。こうした
債の格付けの引き下げが続いている。ムーディ
金融機関のドメスティックな資金運用とそれ
ーズの格付けでは、98年11月にダブルAに
を支えた閉鎖的な金融制度が日本の財政制度
引き下げられ、2001年12月4日に「Aa
を支え、グローバル化から距離を置いた地域限
3」とダブルAの下限に達している。その後も
定的資源配分を形成してきた。しかし、国債の
依然としてネガティブ評価であることから、ソ
格付け引き下げや金融改革とともに、これまで
ブリンの格付けとしては、2002年の段階で
財政制度の中核を形成してきた財政投融資制
シングルAも視野に入りつつある。格付け引き
度の見直しが進むなど、日本財政に対するグロ
下げの背景には、日本の構造改革が経済減速の
ーバル化の波は着実に拡大してきている。また、
スピードに比べ著しく遅いことなどが上げら
2002年1月16日に日本銀行は国債売買
れる。ソブリン格付けの低下は、2005年に
基本要領を見直し、各年限の新発債2銘柄を除
導入予定の格付けによるリスクウェートを含
く残存期間1年未満の国債も売買の対象に加
む新BIS規制の始動により、さらに日本財政
え、日本銀行による国債買切り拡大の措置を
「PHP 政策研究レポート」(Vol.5 No.58)2002 年 2 月
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とっている。こうした措置は、大規模な流動性
地方債発行額は、前年度比6.2%増の12.
供給が必要となる金融危機へのリスク管理と
7兆円である。短期的な資金不足以上に重要な
しての意味を持つとともに、将来の「国債の貨
点は、中長期的、構造的問題である。地方財政
幣化」につながる懸念はあるものの、適格担保
は、制度的危機に直面している。後で詳細に見
の対象拡大、ロンバート貸出制度の導入など金
るように、第一は、10年危機の存在である。
融政策のグローバル化を進めるものと言える。
地方財政は、借金返済、退職給与支払、社会資
経済的視点でグローバル化とは、国や地方自
本の更新投資などの需要がこれから10年間
治体の領域を可能な限り取り除き、資金、人な
に集中し危機が深刻化する。第二は、財政と金
ど経済資源の移動を自由にすることを意味し
融の循環構図の限界である。地方基金を中心と
ている。具体的には、地域限定的な規制が緩和、
したこれまでの地元金融機関との相互依存関
撤廃され基準が世界的に標準化されること、市
係がグローバル化の中で崩れ、地方自治体と金
場の需要や価格が同質化されること、金融市場
融機関の関係にも市場原理を積極的に取り込
の規制が急速に取り払われる中で、資金移動が
む必要性が生じている(資金供給をグローバル
世界的に自由になること、などである。国際化
化が進む金融市場に依存し、一方でローカルな
が国家の枠組みの存在を前提とするのに対し
政策を展開するところに捻れがある)。第三は、
て、グローバル化は、国家等の枠組みすら取り
郵便貯金の民営化問題である。これは郵便貯金
除こうとする。このため、地域限定型で活動す
の資金に多くを依存してきた地方財政の資金
る国や地方自治体に対する批判が強まること
繰りに大きな影響を与える(仮に完全に民営化
は既に指摘したところである。地域限定型の活
したとすれば、国家信用を背景としたこれまで
動は、自由な経済活動を阻む非効率な要因とさ
の財政部門への運用を徹底して見直す必要が
れるからである。グローバル化の中で「多国籍
ある)。
企業や他の地域が形成した基準」に追随するだ
けでは日本経済・社会の安定を期待することは
(2)グローバル化市場の中の行財政改革
できない。グローバル・スタンダードを自ら形
日本経済に対するグローバル化の影響を考
成する力、そして、地域の異なる資源を重視し
える場合、グローバル化がもたらす価格の同質
たローカル・スタンダードの形成が求められる。
化も重要な課題となる。具体的には、中国を中
そこでは、グローバル・スタンダードに対応し
心としたアジアからのデフレ圧力の増大であ
つつもそれに翻弄されない地域の価値を融合
る。このことにより、経済のグローバル化が進
する柔軟な体質、すなわち「一国多制度」の思
む一方で財政赤字を支えてきた貿易黒字や国
考が重要となる。
民貯蓄の大きな伸びを期待することはもはや
こうした流れの中で、例えば日本の地方財政
できない時代を迎えた。そうした中で、他の経
は、全体として大きな資金不足に直面している。
済主体にリスク移転する形の歳出削減型財政
総務省が示した2002年度地方財政対策で
再建に限界があることは明白である。官民そし
は、地方財政計画が87.6兆円、前年度比1.
て公私関係を見直し、地域を主体とした財政シ
9%減、地方単独事業は同10%の大幅減とな
ステムそして政策形成のシステムが必要とな
った。この結果、地方自治体の投資的経費は2
る。それは、行財政に関するパワー・シフトの
0兆円前後にまで減少する可能性がある。一方、
再構築であり、その実現に向けては「行政活動
「PHP 政策研究レポート」(Vol.5 No.58)2002 年 2 月
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の相対性」と「ガバナンス構築」の考え方が重
官民ともにリスクを自ら受け止め積極的に管
要となる。
理できる領域を拡充した行財政制度の構築が
第一の「行政活動の相対性」とは、行政活動
行財政改革の最終目的と位置づけられる。リス
のパフォーマンスは絶対的なものではないこ
ク回避型からの脱却は、財政運営と密接な関係
と、したがって常に民間企業や市民の活動との
を有する日本の金融システムにとって大きな
比較を通じて客観的に評価・検証することを意
課題である。日本国債の格付け低下や金融機関
味する。
の破綻等が生じるたびに、金融機関の資金運用
第二の「ガバメント・ガバナンス」とは、企
は「国内的質への逃避」、すなわち日本国債へ
業活動を株主、取引先、消費者、地域住民など
の回帰を続けてきた。しかし、このことが一方
が監視する企業統治と同様に、行政活動を議会、
で財政規律を緩め日本経済全体のガバナンス
市場、住民などが多面的に監視・評価できるシ
を形骸化させる要因ともなっている。
ステムを構築し行政の情報を共有することで、
行政の意義として指摘されるのは「市場の失
住民等の行政依存や財政錯覚の実態(受益と負
敗」の存在である。社会・経済活動は「市場の
担の乖離)をも見直すものである。
失敗」を常に伴う。行財政の本来の役割は、こ
金融改革そして情報化・市場化・グローバル
の市場原理がもたらす歪みを補完し社会的厚
化の進展は、国、地方自治体を巡る経済をはじ
生を極大化するため、所得の再分配等を行うこ
めとした環境変化を恒常化させ、その深度を大
とである。市場の失敗は、情報の非対称性、取
きくする。この環境変化に対応しながら地域価
引費用の障害、独占・寡占等市場支配力の存在、
値を融合させて行くためには、機能・リスクの
交換の限界、外部性の存在など様々な要因によ
分散化を図ることが求められる。そこでは、従
ってもたらされる。しかし、こうした市場の失
来の行政におけるガバナンス形態の見直しが
敗は、全ての政策あるいは政策執行手段の正当
不可欠となる。
性を担保するものではなく、また、行政が自ら
例えば、金融改革に際し、日本の行財政が全
積極的な行為をなすべきことの必然性を意味
体として抱える共通の課題に、「リスク回避型
するものでもない。市場の失敗への対処として
から管理型」への転換がある。これまでの市場
は、第一に「私的メカニズムによる克服」が優
リスク回避型における政策展開の本質は、市場
先されるべきであり、第二に市場の失敗を克服
外の所得再配分によるセーフティネットを前
する手段として「何もしない」という選択肢が
提とする「負担・責任の転嫁と利益誘導」であ
常に存在する。私的メカニズムによる克服とは、
った。これに対して、市場リスク管理型の本質
市場の失敗を民間セクターの中に存在する非
は、市場内も含めたセーフティネットの再構築
市場的原理の活用によって克服する方法であ
を前提とする「評価・責任の明確化と選択均等
り、パートナーシップやボランティアなどによ
の実現」にある。この意味から行財政改革の最
る公共財の供給が代表例である。また、市場の
終的な目的は、「社会全体のリスク配分の現状
失敗が政策の失敗によって誘発されている場
を明らかにし、パワーの再構築を図ること」と
合には、政策の失敗を是正することで私的メカ
言い換えることが可能となる。すなわち、国を
ニズムを正常化することができる。
中心とした官の権限のスリム化、機能の効率化
問題は、行政、市場、住民のパワー配分と相
を進める一方で、民による過度な官依存を改め、
互関係を如何なるガバナンスの中で構築する
「PHP 政策研究レポート」(Vol.5 No.58)2002 年 2 月
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かである。先にマシューズは、国家が自らのパ
進めることが困難となる。一定の経済規模を形
ワーを維持するために、アドホックに市場や市
成した今、日本経済がリスクを踏まえた成長を
民社会との依存関係や同盟関係を構築し行動
実現するには、異質な資源による競争を実現し
することで、国家のパワーをさらに凋落させ世
て行く必要がある。
界全体の不安定さを助長する可能性があると
地理的条件、自然環境の違いなどによって地
指摘していることを紹介した。同様のことは、
域間に経済的格差が存在することは当然であ
日本の行財政改革の取り組みにも指摘するこ
り、また異質な資源を活用しリスクを踏まえた
とができる。今日、国や地方自治体は市場への
多面的な成長を実現するには地域間財源配分
対応を強め、一方で政策形成への住民参加など
システムの確立が不可欠である。また、国がひ
の取り組みも進めている。こうした取り組みが
とつに統合されるためには富裕地域から不足
ガバメント・ガバナンスの枠組みを持たず、グ
地域への財源の移転が必要であり、これは先進
ローバル化された市場の持つ短視眼的視点、そ
各国においても行われている。しかし、日本の
して資源の同質化の中で進められるとすれば、
ように補助金や交付税等について実質的に細
その仕組みはアドホックな依存関係の堆積に
かく中央政府の規格が設定され、施設・制度等
過ぎず、日本そして地域社会の不安定さを助長
の青写真が添付されている仕組みは例外であ
する結果をもたらしかねない。そこで、次節で
る。例えば、分権の代表例として取り上げられ
は、パワーの再配分が過去の日本の行財政改革
ることの多いスコットランドでは、国家予算の
において、どのようなガバナンスの中に位置づ
うち10パーセント相当分を受け取っており、
けられてきたかを整理する。
その枠組みは分権後も維持されている。ただし、
移転される財源は全て使途の自由な「包括財
(3)異質な資源の競争
源」である。その使途については、住民に直接
グローバル化と地方分権の取り組みが地域
責任を負うスコットランド議会で議論される
自立の方向性をなぜもたらしていないのか。そ
ことになっている。
れは、国と地方の行財政関係が地方分権という
また、地方分権や自立という言葉を、地域政
言葉ほど実態的に進んでおらず、地域が自主的
策に必要な資源を全て自給する自己完結型、独
に地域のことを決定できる「自己決定」の仕組
立型と理解することは適切ではない。それぞれ
みも構築されていないことによる。戦後50年
の地域で異質な資源を活用した得意分野に特
間の日本の財政政策は、均衡ある国土の発展の
化し、分業体制の中で相互に異なる資源を共有
名の下に、中央集権型の画一的資源配分を行っ
する仕組みこそ重要である。その際に、地域と
てきた。その結果、日本全体の生活水準の向上
して達成すべきナショナルミニマムを具体的
には資しても、日本国内の資源の同質化を進め、
にどのような水準に設定するか点検し議論し
多彩な文化の融合そして異質な資源による競
自己決定できるパワー・シフトとそのガバナン
争を困難にしてきた。資源の同質化が進めば、
スの仕組みを作っておくことが自立への前提
そこで展開される競争は規模と効率性によっ
条件となる。
て支配されやすい。加えて、同質化する基準が
ここで重要な点は、第一にPPP理論でも指
グローバル化の中で画一化すれば、画一化した
摘しているように「公共サービスの提供は行政
基準が機能不全に陥った瞬間にリスク管理を
に独占されるべきではないこと」である。公共
「PHP 政策研究レポート」(Vol.5 No.58)2002 年 2 月
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サービスのうち行政が主体となって提供する
て経営されている。英国の鉄道は、レールトラ
サービスを行政サービスと定義づければ、行政
ック社が一元的に全国の地上施設を維持管理
サービスは公共サービスの一部であり全部で
し、旧英国国鉄を100程度に分割民営化した
はない。戦後の日本では行政側のシーズが経済
企業が路線使用料(ほぼ固定料金制)を支払い
成長で拡大してきたことから、公共サービスの
使用権を獲得する中で鉄道経営する上下分離
中で行政サービスの占める割合が拡大し、公共
方式となっている。こうした仕組みを機能させ
サービスは行政が提供するものとする意識が
るために、鉄道規制庁などが監視する仕組みを
企業や住民側にも拡大してきた。こうした現状
形成している(99年からは、鉄道設備投資推
を改め、公共サービスの提供は、行政だけでな
進を担う鉄道戦略庁が規制機関となってい
く民間企業や住民も主体となることができる
る)。そのレールトラック社が、2001年1
仕組みを拡充し、行政、企業、住民が並列的な
0月に33億ポンドの負債を残して倒産した。
関係で役割分担すべきである。このことにより、
この倒産を契機に、NPM理論時代から引き継
地域ごとの価値も形成されやすくなる。また、
がれてきた官民協力のあり方について再整理
行政や企業に加え、市民たる住民が役割分担す
すべき段階を迎えている。再整理の基本は、官
ることでグローバル化からのパワー・シフトの
民連携のガバナンスの問題である。英国レール
影響と緊張関係を形成することが可能となる。
トラック社倒産の大きな原因として、輸送量の
もちろん、この場合、単純な並列関係ではなく
拡大にもかかわらず保守量をほぼ一定に固定
公共サービスの継続性確保の観点から、行政は
化し施設の老朽化を招いたこと、民間鉄道会社
公共サービスを担う企業等に対してモニタリ
に対する設備使用料の設定がほとんど固定制
ング機能を強化しなければならない。
であったため安定収入が確保され経営改善に
第二は、顧客主義の下でニーズに偏りがなく
インセンティブを持ち得ない制度となってい
ても提供すべきシーズの存在を軽視してはな
たこと、高配当の確保を優先し安全維持の面の
らないことである。市場にシフトした顧客ニー
コストを削減したこと、などが上げられている。
ズは長期的資源配分の適切性を軽視する性格
このため、レールトラック社買収に意欲を示し
を強めやすい。従って、短期的ニーズに偏らな
ているドイツのウェストLBや米国の投資会
いシーズの形成が必要となる。
社である Babcook&Brown は、安全とシステム運
営に関する部分は非営利として分離し、その上
で資金調達について政府保証は不要との意向
4.英国レールトラック社の失敗(PP
Pの課題)
を提示している。英国のレールトラック社の倒
産は、官民協力において公共サービスとは何か
NPM理論を発展修正したPPP理論の実
の問いかけと役割分担の明確化がいかに重要
践においても、さらに取り組むべき課題が残さ
かを提示し、それなしでの政府への民間資金の
れている。英国のレールトラック社は、94年
導入が官民関係の信頼性を損なうばかりか、事
から民営化に着手、97年に完全民営化され、
業の失敗とそれに伴うグローバル市場からの
それ以降も制度的に大きな見直しが繰り返さ
企業買収を余儀なくすることを示唆している。
れてきた。100%民間資本の企業に移行した
一方、英国政府は、レールトラック社をニュー
ものの、国からの支援を前提とした企業体とし
トラックというNPOに引き継ぎ、新規投資は
「PHP 政策研究レポート」(Vol.5 No.58)2002 年 2 月
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プロジェクト毎に特定目的会社を設立して資
の肥大化などを背景に、「サイレント・コミュ
金調達する仕組みを提示している。
ニティ」の体質を強めてきた。
こうした問題は、インフラ系事業の完全民営
行財政改革や政策評価の導入などにおいて
化が共通に抱えるものであるが、同じような上
も、地域価値の形成を明確に図り、評価軸とし
下分離方式で鉄道経営を行っている欧州鉄道
て効率化を求めていく領域と非効率を容認し
では会社間の連携確保の明確化を進めること
ていく領域を自ら形成し、非効率領域に対する
で英国で生じた事態を回避している。連携に関
財源をローカルな小循環の中に確保すると同
するガバナンスの質の問題である。
時に、グローバル市場からの調達資金をローカ
ルに投資できる変換機能を拡充する必要がある。
NPMやPPP理論に基づくパワー・シフト
5.まとめ
とそのガバナンスを形成する手段として、都道
日本の行財政改革を考える場合、財政と密接
府県や政令指定都市だけでなく市町村におい
な関係にある金融市場で進むグローバル化市
ても、政策評価制度の本格始動あるいは導入に
場へのパワー・シフトの問題を踏まえることが
向けた検討が活発化している。政策評価制度は、
不可欠である。国や地方自治体が行財政を通じ
評価軸の設定や評価プロセスのあり方、そして
て展開する地域限定型の活動は、グローバル化
地方自治体の基本条例や住民投票制度などを
の視点からは資源の同質性と自由な経済活動
通じて、地域の政策展開に民間企業や住民の参
を阻む非効率な要因として評価される。このた
加を進め、地域価値を共有すると同時にグロー
め、行財政改革では、グローバル化する市場に
バル化等地域の外部要因として存在する「脅威
対応するための効率化に向けた取り組みを進
と機会」を認識する上で、極めて重要な機能を
める一方で、住民ニーズへの対応を進め地域と
果たす。しかし、その一方で政策評価はNPM
しての生き残り策を模索する必要がある。こう
理論の実践形のひとつにすぎず、評価基準等の
した模索は、NPM理論やそれに続くPPP理
設定如何ではグローバル化を単純に進め地域
論などに支えられた政策評価、公会計改革、P
価値を埋没させる結果をもたらす危険性も大
FIなどにより実践されている。しかし、こう
きい。その意味で、地方自治体で導入されてい
した取り組みをアドホックな姿勢で行政機関
る政策評価制度の本質が何かを整理すること
が進めることは、グローバル市場と住民の狭間
は、グローバル化の中のパワー配分のあり方に
で地域社会の安定を一層損ねるものとなる危
地方自治体がいかに対面しているかを分析す
険性がある。行政、市場、住民のパワー配分が
る上で重要な課題となる。
変化する中で、とくにパワーを強めつつある市
【注】
場と住民のパワー配分をガバナンスできる構
(1)J.Mathews. “Power Shift ”Foreign Affairs
造を形成することが行政の大きな役割となっ
Vol.76. NO.1, 1997(邦訳「中央公論」1997
ている。そこでは、役割分担と責任に支えられ
年 3 月号)
(2)功刀達朗「国際協力とNGO」日本計画行政学
た「レスポンシヴ・コミュニティ」すなわち、
会『計画行政』通巻55号、1998が詳しい。
応答する地域社会の形成が必要となっている。
(3)功刀・前掲論文8頁。
これまでは市場原理と資源の同質化、行政国家
「PHP 政策研究レポート」(Vol.5 No.58)2002 年 2 月
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