【論説Ⅱ】シリーズ論説「リーダーシップとは何か」=第 1 回

【論説Ⅱ】シリーズ論説「リーダーシップとは何か」=第 1 回=
今年 4 月、北海道大学では新たに公共政策大学院を開設し、「PHP 政策研究レポート」創刊以来の監修者・宮脇淳氏が
院長に就任されました。PHP 政策研究レポートでは、「北海道大学公共政策大学院開設記念」として、シリーズ論説:
「公共政策とは何か」に加え、本号より「リーダーシップとは何か」をテーマに、組織や人材について考えるシリーズ
をスタートします。第1回は、「リーダーシップの源泉とは何か」です。
「リーダーシップの源泉」とは何か
〔目次〕
1.リーダーシップの概念
(1)救世主としてのリーダーシップの限界
(2)脱救世主型リーダーシップ
2.リーダーシップの基本関係
(1)現代におけるリーダーシップの基本
(2)脱縦型組織とリーダーシップ
3.まとめ
る意思がその背後には存在する。
1.リーダーシップの概念
こうした考え方は、三つの基本的問題点を有して
いる。第1は、通常のリーダーに対して手に余るよ
(1)救世主としてのリーダーシップの限界
従来にない新たなリスク社会を生み出す大きな
うな過度の重荷を背負わせること、第2は、リーダ
環境変化の時代において、リーダーシップの必要性
ーシップを強調することで受け身のフォロワーシ
が今まで以上に指摘されている。適切な政策が形成
ップ(職員の受け身の姿勢)を黙認する結果となる
されても、それを実行するプロセスでリーダーシッ
こと、第3は、リーダーとフォロワーの間の相互作
プが発揮されなければ、政策効果の帰着点は意図せ
用的側面を過小評価し、組織全体のガバナンスを軽
ざる方向に変質する。しかし、「リーダーシップと
視する結果となることである。すなわち、フォロワ
は何か」については、必ずしも明確に認識し共有さ
ーたる職員組織の問題、組織全体のガバナンスを軽
れているわけではない。この点を、まず掘り下げる
視する中で、ひたすら課題を機関車的に解決する救
必要がある。
世主としてリーダーシップを求め続ける傾向が存
「リーダーシップ」とは何か。一般的には、「階
在している。この点は、カリスマ的リーダーシップ
層社会のトップに座り、忠実なフォロワーの一団
によって改革が進んだ地方自治体等の組織でも中
(職員集団)のために、彼ら全員の努力の方向、ペ
期的に抱える問題である。なぜならば、以上の基本
ース、そして結果について決定する人間が持つ資
的問題点を抱えたままの組織では、たとえ一時的な
質」とされる。すなわち、組織のリーダーを「救世
リーダーシップによって改革に成功したとしても、
主」として捉え、リーダーシップを組織や地域の進
組織自体、地域自体の改革に対する再現力は存在せ
歩と同一視し、その進歩をもたらす救世主を渇望す
ず、リーダーシップを持つリーダーが組織を去れば、
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再びかつての体質に逆戻りすることになるからで
質」を形成する資質を持つことである。このことに
ある。こうした例は、多くの先進的地方自治体の組
より、前向きの創造性に対して再現力のある組織形
織等でも見ることができる現象である。
成が可能となる。
良きリーダーとなるためには、自らを単独の行為
者と考えずに、創造の相互作用的プロセスの一部と
(2)脱救世主型リーダーシップ
起業期や危機的状況において、救世主的リーダー
考えることが前提となる。したがって、そこで形成
シップが有効性を持つことは否定できない。しかし、
されるリーダーシップはカリスマ的な性格ではな
救世主的リーダーシップの限界を乗り越え、組織や
く、階層的性格を有することになる。すなわち、如
地域として進化していくためには、リーダーシップ
何なる組織内の階層者にもリーダーシップとして
の概念を再形成する必要がある。とくに、環境変化
の資質が求められることを意味する。
が恒常化する新たなリスク社会、情報化時代に入っ
た現代においては、決定的且つ恒常的なパイオニア
2.リーダーシップの基本関係
は存在しない。なぜならば、すぐに追随者が誕生す
るからであり、救世主的な個人の資質に依存してい
(1)現代におけるリーダーシップの基本
れば、組織や地域がどれほど先進的であったとして
現代に求められるリーダーシップが、フォロワー
も、時間の経過と共に劣化せざるを得ない。
と共にあり、内部から触媒としてリードする者とし
こうした現代において求められるリーダーシッ
て、集団の中に埋もれない自己意識を持ち、組織が
プとは、職員や地域住民などフォロワーとの相互作
醸し出す固有の「存在の質」を形成する資質を持つ
用を視界に入れた概念であり、組織や地域自体の持
人間であることは、前節で見たとおりである。この
続的再現力の形成を意味する。持続的再現力とは何
リーダーとフォロワーとの基本的関係は如何にあ
か。それは、構成する人的資源や環境が変化しても、
るべきか。
常に組織・地域全体として一定の応用力を確保し、
第1に求められることは、リーダーがフォロワー
救世主的リーダーシップがなくても組織等がある
のために道を示し、フォロワーはそこで最善を尽く
程度対応できる範囲と質を高めることである。それ
して示唆された方向へと道を進んでいく体質を形
により、特定の資質や偶発的結果に依存するのでは
成することである。
なく、一定の範囲の変動であれば恒常的に対応でき
第2に、フォロワーが道を造るためにリーダーを
る資質を常に組織や地域が持つことを意味する。
利用することであり、フォロワーはカリスマ的権力
改革に対する英知も意味もリーダーだけによっ
のある人物の受動的で反応的な道具ではなく、リー
て創造されるものではなく、またフォロワーだけに
ダーにどこを歩くべきかを示す仲介者的存在でも
よって与えられるものでもない。「方向」と「目的」
あることである。
はリーダーとフォロワーとの間の相互作用を通じ
第3に、フォロワーの持つ恐れを克服するために、
て形成される。したがって、現代における良きリー
リーダーは開放的な討論を行い、様々な不安につい
ダーの条件は、フォロワーと共にあり、内部から触
てその姿と形、深さと広さについて議論し共有する
媒としてリードする者として、集団の中に埋もれな
ことである。
い自己意識を持ち、組織が醸し出す固有の「存在の
第4に、リーダーは「身を委ねること」をうまく
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実践し、コミュニティの考えをまとめると同時に
には、縦型構造の形成とそれを通じた問題解決型の
人々の意思の前に自らを投げ出すことである。
意思決定が極めて有効に機能したからである。
そして、リーダーは、リーダーシップを単独行動
縦型構造では、①各階層ごとに意思決定への参加
ではなく相互の「行動と対話」と見なし、フォロワ
者の数を限定化できること、②トップダウン方式に
ーの信念の基礎を「追随する人という立場からコト
より代替案をオープン化せずに限定化できること、
を形成していく人」という立場に変化させることが
③シェアや行政サービスの拡大など単一性を持っ
必要である。
た価値観の形成と維持が容易なこと、④右肩上がり
以上によって、リーダーは、自分を組織内の「行
の下では結果予測の確実性が比較的高く且つ各主
動と対話」、「共有された統治」の一部分と考え、
体間で共有しやすいこと、⑤問題解決に向けた意思
単独の行為者ではなく、創造の相互作用的プロセス
決定の導線がトップダウンにより直線的であるこ
の一部と考えることが可能となる。リーダーを過剰
と、⑥縦型ネットワーク内では全体の調整により最
な重圧から解放することも可能となり、リーダーシ
適化が可能なことなど、安定的な環境の中で問題解
ップ能力を神話化せず、組織全体に浸透させること
決に向けた意思決定を効率性・有効性高く行うこと
ができる。とくに、日本の経済社会は成熟化の時代
に適している。こうした縦型組織には、救世主型リ
を迎えており、様々な領域の構成員が異なる利害を
ーダーシップが有効性を持つ。同時に環境が安定し
持ち、それを支える資源は欠乏している。こうした
た時代においては、強いリーダーシップが不在でも
状況においては、開放的な議論が展開されなければ、
組織を維持することは、ある程度可能であった。
構成員間の関係は空洞化し組織や地域全体の価値
これに対して、環境変化時には縦型組織の意思決
が無化する危険性がある。こうした危険性を克服す
定だけでは機能し難くなる。その理由としては、①
るには、リーダーが中心となって開放的議論を展開
国民・住民生活の多様化、企業活動の多様化などに
し、自らの考えを提示しながらコミュニティの考え
より単一性を持った価値観の形成と維持が困難と
をまとめていくことが必要となる。現代のリーダー
なっていること、②多様化、多元化に伴い代替案の
シップとは、フォロワーの追随する意思を創造する
限定化が困難となり、多くの代替案の提示とその中
意思に変えることと言える。
でのオープン型の選択が求められるようになって
いること、③何よりも重要な点として、投入資源へ
の制約が強まる中で経済全体そして社会全体で単
(2)脱縦型組織とリーダーシップ
純なスリム化ではなく、従来の行動様式の変革が求
開放的な議論をベースに新たなリーダーシップ
められていること、などを上げることができる。
を展開するために、現代の組織は従来の縦型・階層
横型組織が問題抽出に有効に機能する理由は、異
型・ツリー型から横型・ヘテラルキー型・スポンジ
なる視点、異なる資源を融合させる点にある。縦型
型に変化している。
従来の縦型構造は、インクリメンタリズム、右肩
組織における価値観の単一性を横型組織形成によ
上がりの環境の下では極めて有効に機能してきた。
って積極的に取り払うことで、新たなリスク社会の
戦後日本の経済社会が成長と共に各分野において
抱える問題点や視点に関する新たな意識化を実現
専門化、分業化を進めてきた中で、専門化、分業化
できる。さらに重要なことは、横型組織の場合、内
した各主体を一定の方向に価値づけて行動させる
外の環境変化、あるいは実現すべき目標の変化に伴
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い、核となる主体を柔軟に移動させることが可能な
4年)で指摘されている点は、第1に、問題の定式
点である。縦型組織では、主体の臨機応変な移動は
化と問題の解決とが同一化すること、第2に、唯一
セクショナリズムなどの壁により困難な場合が多
最善の定式化である保証がないこと、第3に、問題
い。このため、組織内のネットワーク自体がルー
解決策の設計と評価が同時進行すること、第4に、
ル・ドライブ型となり、ミッション・ドライブ型の
一つの問題が他の問題の徴候としての意味を持つ
体質を生み出し難く、時代の変化と共に陳腐化しや
こと、第5に、ユニーク・非再起的であること、第
すい体質を持つ。セクショナリズムが比較的形成し
6に、インクリメンタリズムとしての体質を持ちや
にくい横型組織による主体移動の可能性を維持す
すいこと、である。
第1の「定式化と問題の解決が同一化すること」
ることは、環境変化への対応力を高めると同時にリ
とは、問題定式化(問題の構造化)に関して必要と
スク対応力も強める要因となる。
縦割組織の構造は、解決に向けた良質の意思決定
する情報の過不足が生じやすく、その質は問題解決
を提示する。しかし、問題がどこに存在するか、問
に向けた意思決定者の発想の質と視点によって大
題抽出には必ずしも適していない。なぜならば、参
きく左右されることを意味する。横型組織に参加す
加者を限定し、価値観を単一化させた中で閉鎖的な
る個々の意思決定者の発想と質には限界があり、抽
代替案を問題意識の構造として持ちやすいからで
出された問題が政策課題全体の中で如何なる位置
ある。また、組織のフラット化や権限の下部組織へ
づけにあるのかの認識にも乏しい。このため、全体
の委譲は、ピラミッド組織に比べて意思決定への参
の中での問題の位置づけを明らかにしてから選択
加人数を減少させ、問題解決への導線を直線化しや
肢を抽出して行く意思決定のプロセスが取りにく
すい。しかし、価値観の単一化や意思決定の基準を
く、意思決定者が抽出した問題点が同時に解決策で
最適化できるとは限らず、結果予測の確実性を生み
あると認識される場合が多い。したがって、提示さ
出すともいえない。現実には、縦型・横型の意思決
れた解決策が枝葉末節的なものであったり、本質的
定システムが両極端として存在することは希有で
解決策とは結びつきにくい遠隔的存在であること
あり、むしろ部分的に混在している場合が多い。意
も少なくない。
思決定の基準の最適化と結果予測の確実性をもた
以上の点は、第2の「唯一最善の定式化である保
らすには、その前提として情報の質的改善と組織内
証はないこと」に結びつく。問題認識に関して必要
での共有システムの構築が必要となる。
とした情報に過不足があり問題の枠組みや質に違
もっとも重要なことは、意思決定の前段に位置す
いが生じるため、問題抽出やそこから提供される解
る問題点の抽出には、横型が重要な役割を果たすこ
決策の形式的相互比較はできても、グレードや位置
とである。社会的問題点は、この混乱の状況から抽
づけの違う解決策を実質的に比較することはでき
出される。縦型だけでは、むしろ問題点の抽出は困
ず最善策を抽出することが難しい。
第3の「問題解決策の設定と評価が同時進行する
難となる。問題抽出と問題解決の意思決定は同質で
こと」とは、網羅的に列挙された問題解決策が比較
はない点に留意すべきである。
問題抽出に適した横型組織が生み出す問題点に
評価されることはなく、個別に評価され意思決定さ
ついても認識し活用することが必要である。『政策
れることを意味する。悪構造の場合、良構造と異な
科学の基礎』宮川公男著(東洋経済新報社、199
り代替案について既知の領域への限定化等が行わ
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れずに模索されることから生じる課題でもある。
3.まとめ
第4の「一つの問題が他の問題の徴候を持つこ
と」とは、問題が単独で存在することは希有であり
今日のリーダーシップの危機は、フォロワーシッ
相互に連鎖して存在することを意味する。しかし、
プの危機でもある。従来型のカリスマ的・強制的リ
抽出された問題の位置づけが不明確な場合、問題の
ーダーシップだけでは、共通の価値観を形成するこ
連鎖の中で「徴候から始まり本質」に至るまでのど
とは困難である。異なった局面や時期において、異
の位置づけの問題かを認識することはできない。こ
なった種類の能力・技能が必要とされる。なぜなら
のため、第1で指摘している問題抽出と問題解決の
ば、環境変化が早く且つ大きい時代に入り、様々な
解が一致する結果をもたらしやすい。
変化に敏速に対応するため、既存組織図にはない、
第5の「ユニーク、非再起的であること」とは、
逐次、形成・解消を繰り返すスポンジ型集団の存在
悪構造が持つ問題抽出の特性であり、異質な資源を
が必要となる。そこでは、権威付けによるリーダー
組み合わせることで様々な角度から検討し画一的
シップの意味は低下し、価値観の共有を柱とするリ
な価値観にとらわれないことによってもたらされ
ーダーシップが不可欠となる。また、機転を利かす
る利点でもある。一方で、問題に対して共通性を持
だけではなく動機付けも重視し、状況にあった多彩
った解決策を提示することができず、混乱した解決
な才能を配置する能力もリーダーには求められる。
策が混乱したまま存在し続ける可能性もある。
こうしたヘテラルキー型、スポンジ型組織に適し
第6の「インクリメンタリズム体質」とは、悪構
たフォロワーの存在が必要となる。組織に必要なの
造での問題認識がどの問題解決に向けた連鎖のど
は、第1に、少人数の専門家でマネジメント支援の
こに位置し、どの程度のレベルに位置する解決策で
核となる人々、第2に、独立して契約ベースで働く
あるかを明確化しにくいため、問題解決策の位置づ
外部の人々、第3に、キャリアを考慮する必要のな
けが低位で狭視的である場合、漸次的解決策となり
い融通のきく労働力である。こうしたフォロワー相
解決策自体がインクリメンタリズムの体質を持ち
互間で深い共感を持つことが必要であり、従順さよ
やすいということである。
りも同意による運営と高い自律性を持った小ユニ
以上の指摘からも整理できるように、悪構造の場
ットの運営が重要となる。こうした運用には、いか
合、抽出される問題にユニーク性、多彩性、非定型
なる組織においても、顧客、従業員、債権者、供給
性等の特色があるものの、一方でその問題が持つ因
者、または一般的な大衆が最も重要であるという事
果関係内での位置づけやレベルについては何も語
実に対する基本的な理解、そして才能、価値観、危
らない。したがって、そこで抽出された問題点を個
機に対して尊敬を示す人々と一緒になって働く姿
別的且つ直接的に解決策に結び付けることには危
勢がリーダーシップには不可欠となる。
険性が伴う。こうした問題点を克服するためにも、
また、環境が変化する輻輳したリスク社会のリー
横型組織のフォロワーと共にあり、内部から触媒と
ダーに求められる要素は、正しいビジョン、正しい
してリードする者として、集団の中に埋もれない自
コミュニケーション、正しい行動である。そして、
己意識を持ち、組織が醸し出す固有の「存在の質」
こうした要素を直感的プロセスを通じて適用でき
を形成する資質を持ったリーダーシップが求めら
る能力が、リーダーには必要である。
れるのである。
(次号につづく)
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