グループのサイズとヘッジの使用量について Contrasting Group Size and Hedge Use 入戸野みはる, コロンビア大学 Miharu Nittono, Columbia University はじめに ヘッジという概念は 1972 年、G. Lakoff によって紹介された。Lakoff は「ヘッ ジとは、真偽の二分法では表現できない曖昧な概念を示す働きをする語」(小田訳 1988)であるとし、鳥の例を挙げて説明を加える。「ツグミは鳥です。ワシも鳥で す。じゃあ、ニワトリはどうですか。ペンギンは。」 Lakoff は答える。「そう ですね。ニワトリは『まあ、いわば一種の』鳥と言っていいでしょう。ペンギン もまあ鳥と言っていいでしょうね。」この、『まあ、いわば一種の』(sort of, kind of) が G. Lakoff の言うヘッジである。 しかし、この用語は後に、R. Lakoff (1975) によって、別の意味合いで使用され ることになる。R. Lakoff は、話し手が自分の発言に確信がなかったり、発言の正 確さを保証できない場合に、そのような気持ちを伝える語句がヘッジだとし、さ らに、アメリカ英語における男女差の問題とこのヘッジを関連付ける。女性の話 し手は「自分の主張が正しいことを確信し、また、聞き手の心を傷つける恐れも ない。それにも拘わらず、話し手は、物事を主張したり、直接的に言うことで、 自分が男性的過ぎる、と人に思われるのを恐れてヘッジを使うことがある。しか し、このようなヘッジの使い方は、話し手の権威不足や、自分の話の訳が分から ないという印象を聞き手に与えることになる」(小田訳 1988)とし、ヘッジを「女 性言葉」(Women’s Language)の特徴として取りあげた。これを受け、1980 年、O’Barr and Atkins は法廷でのやり取りを分析し、社会的権威が高いほど、そして法廷で の経験の度合いが高いほど things like that, I think, I mean 等のヘッジの使用頻度が 低いことを実証した。そして「女性言葉」と呼ぶよりは「社会的権威の低い者の 言葉」あるいは、「弱者の言葉」(Powerless Language) と言い換えるべきであると 主張した。 1. 一方、Brown and Levinson (1987) は、politeness strategy の一環としてヘッジを捉 えている。さらに、最近では、話し言葉におけるヘッジの研究に加え、Hyland(1998, 2000)などを中心に、書き言葉におけるヘッジの研究が高まり、科学関連の雑誌、 学術論文といった書き言葉においてさえも、ヘッジを用いることの必要性を説い ている。このように、これまでの研究では、ヘッジに影響を及ぼす要因としては、 性別、社会的な地位、丁寧表現とのかかわりといったものが主なもので、本発表 の中心課題である、会話グループの人数とヘッジとの関係についての先行研究は、 93 現在までのところないと言ってもよい。 Baumann (1976) は、くつろいだ場でヘッジは頻繁に現れ、また、自分の意見、 主張を述べるような議論の場でもヘッジは多発すると指摘している。一方、Coates (1987) は親しい友人同士の間で、ヘッジは最も多く使用されたと報告している。 こうした先行研究を念頭に、本研究では、友人間の会話に焦点を絞り、会話がな されたグループの人数とそこで用いられるヘッジの数、種類、及び機能について究明す ることを目的とする。 データの収集 データの収集にあたっては、2000 年から 2004 年にかけて日本に住む男性 3 人、 女性 3 人の計 6 人にそれぞれ親しい友人を選んでもらい、二回にわたって会話を 録音してもらった。一回の会話時間は一時間で、話題による影響を避けるため、 一回目と二回目の間には最低三日間の間隔をおくものとした。このようにして、 本研究への資料提供者は主な 6 人 、そしてその話し相手 19 人の総勢 25 人で、年 齢は 30 歳から 55 歳までであった。(資料提供者 25 人の詳細については本稿末の 参考資料を参照のこと。) 2. さらに、6 人の主な参加者には前もって情報収集用紙を渡し、会話の録音後直 ちにその会話がどのような状況下で行われたか等を記入してもらっている。また、 ヘッジの使用目的を知るため、参加者とのインタビューも行った。 3. データの分析と考察 3. 1 ヘッジの定義とヘッジの選別 データの分析にあたり、本研究では、先行研究(Hewitt & Strokes, 1975; Holmes, 1984, 1995; Hyland, 1996 ら)を基に日本語のヘッジを次のように定義する。 「ヘッジとは陳述、質問、申し出、命令といった命題の中、前、または後ろに置か れて、以下五つの機能をもつものとする。 1) 情報の正確さに確信が持てないことを示唆する。(例:昨日家に帰ったのは八時ごろ だったかな。)⇒ 不確実さ/曖昧さを表示する機能 2) 感情表現を緩和する。(例:私さ、上司『だいっきらい』っていうか。。。) ⇒ 発話内容を緩和する機能 3) 意見、考えを曖昧にする。(例:昨日お見合いパーティーで会ったひと~、いまいち、タイ プじゃなかったかも。)⇒ 発話内容を緩和する機能 4) 自分の行動に言質を与えないようにする。(例:また来週、会えるとは思うけど。。でも、 よくわかんない。。)⇒ 発話内容を緩和する機能 5) 話し手が発言する権利を確保、維持したり、聞き手を会話の中に積極的に参加 させる。(例:それって、あのう、なんか、なんか、何ていうの、いいかげんにしろって感じじゃな 94 い?)⇒ 会話を円滑に進める機能 また、これまでの先行研究では語彙表現(lexical hedging devices)のみにとどまっ ていたが、本研究では、ヘッジの意味領域を拡大し、語彙以外の手段によるもの (non-lexical hedging devices)、例えば、笑い、ポーズ、イントネーション、(「だ体」 から「です・ます体」への)スタイルシフト、省略なども含めるものとした。 そして、より正確な結果を得るために、言語学者であり日本語教育にも深く関 わっている 2 名の日本人に、上記の定義と二、三のヘッジの用例、そして実際の データの中から、男性同士の会話、女性同士の会話それぞれ一時間分のスクリプ トを渡し、コンテキストからヘッジだと思うものに印をつけてもらった。その後、 2 人が選んだヘッジと筆者が選んだものを一語一語比較検討し、ヘッジの選別作 業を行った。 3. 2 分析と考察 12 時間分の会話(2 時間 x 6 人)、すなわち、12 グループの会話から(138 種類) 12,900 個のヘッジを収集した。各会話グループの人数、使われたヘッジの数の内 訳については、表 1 を参照されたい。便宜上 12 グループには G1、G2 といった具 合に、グループ番号がつけてある。会話をする人数にはまったく制限は加えなか ったが、12 の会話グループ中、構成人員が 2 人のグループが 6 組、3 人のグルー プが 3 組、4 人のグループが 3 組あった。 表1 グループ別に見るヘッジの使用頻度(一時間の会話における) Conver -sation Group G1 Hide (M) & M3* G2 Hide (M) & F3 ** G3 Akira (M) & M2 & F1 G4 Akira (M) & F1 G5 Taka (M) & M1 & F1 G6 Taka (M) & M1 G7 Chiho (F) & F1 G8 Chiho (F) & F2 G9 Rie (F) & F1 G10 Rie (F) & F2 G11 G12 Shoko (F) Shoko & F1 (F) & F1 Lexical 687 (79%) 672 (81%) 857 (85%) 693 (82%) 636 (80%) 896 (86%) 1,137 (87%) 1,281 (83%) 1,236 (86%) 898 (82%) 800 (82%) 995 (86%) Nonlexical 185 (21%) 163 (19%) 152 (15%) 150 (18%) 158 (20%) 145 (14%) 171 (13%) 256 (17%) 202 (14%) 202 (18%) 172 (18%) 156 (14%) 10,788 (83.6%) 2,112 (16.4%) Total 872 (100%) 835 (100%) 1,009 (100%) 843 (100%) 794 (100%) 1,041 (100%) 1,308 (100%) 1,537 (100%) 1,438 (100%) 1,100 (100%) 972 (100%) 1,151 (100%) 12,900 (100%) Type of Hedge Total * M3 indicates that, in addition to the key participant, there are three other males in the group. ** F3 indicates that, in addition to the key participant, there are three other females in the group. 表 2 は、グループの人数と、それぞれのグループにおける 1 人のヘッジ使用数 の平均値であり、さらに図 1 はそれをグラフに表したものである。グラフから、 2 人のグループの方が、3 人のグループよりヘッジの使用頻度が高く、さらに 3 人のグループの方が 4 人のグループより全体的に使用頻度が高くなっていること が見てとれる。つまり、グループの人数が少なければ少ないほど、ヘッジの使用 95 頻度が高くなっていることがわかりる。これは、事実、筆者の仮説、「1 人あたり が用いるヘッジはほぼ同数である。従って、グループが大きくなればなるほど、 グループ全体としてのヘッジの使用数は多くなる」という考えをみごとに覆すも のであった。 表 2 12 グループにおける話者一人当たりのヘッジの平均数(一時間の会話における) Group Size Group of 2 Group of 3 Group of 4 Group Number G9 G7 G12 G6 G11 G4 G8 G10 G5 G3 G1 G2 Average number of hedges per person 719 654 576 521 486 422 512 366 265 252 218 209 Lexical hedges 618 569 498 448 400 347 427 299 212 214 172 168 Non-lexical hedges 101 85 78 73 86 75 85 67 53 38 46 41 図1 12 グループにおける話者一人当たりのヘッジの平均数(一時間の会話における) Average Frequency of Hedges Group of 2 people Group of 3 people Group of 4 people 800 700 600 500 400 300 200 100 0 2Fs 2Fs 2Fs 2Ms 2Fs 1M & 1F 3Fs 3Fs 2M s 3Ms 4Ms & 1F & 1F 1M &3F Conversation Group: Number and Gender of Participants さらに、表 3 及び図 2 は、グループのサイズ別に見た話者一人当たりのヘッジの 平均数を表している。話し手が 2 人のグループが用いたヘッジの平均数は 563、3 人 のグループは 386、4 人のグループは 226 となっている。つまりこれは、構成人員 2 人のグループは 3 人のグループの 1.5 倍、また 2 人のグループは 4 人のグループ の 2.5 倍多くヘッジを使用しているという計算になる。 96 表3 グループのサイズ別にみる話者一人当たりのヘッジの使用頻度 (一時間の会話における) Size of Conversation Group Group of 2 (n = 6*) Group of (n = 3) Group of 4 (n = 3) Average number of hedges per group /per hour 563 386 226 Lexical hedges Non-lexical hedges 480 83 318 68 226 186 * Indicates the number of groups consisting of 2 people. 図2 グループのサイズ別にみる話者一人当たりのヘッジの平均数(一時間の会話における) 600 Average Frequency 500 400 300 200 100 0 Group of 2 Group of 3 Group of 4 Size of Conversation Group ではいったいなぜ、このように小さいグループの方がヘッジの使用頻度が高い という結果が生まれたのであろうか。それには様々な理由が考えられるが、本研 究にあって最も重要なのは、会話のトピックであった。 表 4(次ページ)は 12 グループでなされた会話の主なトピックをまとめたもの である。例えば、左上グレーの部分は、アキラ(男性)とよう子(女性)の 2 人のグ ループにおいてなされた主な会話内容を示している。ここでは、よう子の仕事上 の悩み及び、よう子がコンビ二でボーイフレンドと大げんかをしてしまったとい う話が中心となった。一方、右下グレーの部分、同じアキラを中心とした男性 2 人、女性 1 人の合計 4 人のグループになると、ロックがいいか、J ポップがいい かといった好きな音楽について、また、コンピュータは Mac か、PC か、といっ た話題に終始している。 97 グループのサイズ別にみる会話のトピック 表 4 Group of 2 Name of interlocutors -Akira(M) -Yoko (F) Conversation topic Problems at work, Yoko’s fighting with BF, mutual friends, etc. -Taka (M) -Hiroshi (M) Problems at work, Hiroshi’s relatives, etc. -Chiho (F) -Keiko (F) Problems at work, family problems, books they read, etc. -Rie (F) -Satomi (F) Satomi’s wedding, Satomi’s fiancé, Rie’s omiai party, etc. Shoko’s eccentric mother, Shoko’s dead cat, animals, etc. Shoko’s eccentric mother, their job, mutual friends, etc. -Shoko (F) -Mayumi (F) (Conversation 1) -Shoko (F) -Mayumi (F) (Conversation 2) Group of 3 Name of interlocutors -Taka (M) -Kazu (M) -Kazu’s wife (F) -Chiho (F) -Keiko (F) -Aki (F) Conversation topic -Rie (F) -Yoshiko (F) -Eri (F) Mutual friends, Prof. Kato, shopping, TV programs, etc. Their job, restaurants near their company, Kazu’s house, etc. Favorite restaurants, blood types, diet, food, shopping, etc. Group of 4 Name of interlocutors -Hide (M) -Eisaku (M) -Gori (M) -Taro (M) -Hide (M) -Matsu (F) -Chiyo (F) -Hana (F) -Akira (M) -Zen (M) -Zen’s wife (F) -Jun (M) Conversation topic In-service training they were taking, bars around their school Mutual friends, Hide’s children, Hide’s travel to NY, etc. Japanese economics, music, computers, mutual friends, Zen’s child, etc. このように、一般的にみて、2 人のグループでは個人的な悩みを打ち明ける、 仕事場での人間関係に関する問題、日常生活の不満、お願いごとなどが多く、一 方、3 人、4 人のグループになると会話の内容は、むしろ、冗談をも交えた軽いも の、また、情報交換を中心としたものになっている。つまり、2 人のグループで ヘッジが多発しているのは、2 人のグループにおいてはプライベートな話が多く それに付随してヘッジも増加しているからだと考えられる。 それでは 2 人のグループでは実際どのような会話がなされたのか、また、どん なヘッジが用いられたのか見てみよう。例 1 は、広告代理店に勤めるしょう子が 獣医のまゆみに、自分の母親についての悩みを打ち明ける場面である。 例 1 話者:G11 しょう子(女・42歳・広告業) & まゆみ(女・38歳・獣医) 話題:『雨にぬれた白いワイシャツ』 (Turn) 1 しょう子: あのう、長くつきあった女の友達が、私が入院した時にうちの母親と一緒に病院きてくれた んだけど、彼女が言ったね。「あのう、こんなこと言うのなんだけど、ああいうお母さんだった らちょっと重たいね。 やっぱ、けっこうヘビーだね。」 ほんとに、あのう、やっぱり、精神的に未発達なんでしょう ね。自我が発達できなかったのかな。 2 まゆみ: まあ、まあ、あのう、時代かもしれないんですよね。時代。 3 しょう子: 時代も、あるけど。。。。 同じような状況でも自分の家族とかさ、自分のやりたいこととか、 そういうのに打ち込んでいくじゃない? 結局、それが全くなかったんで。。。 だけど、あれ はさああ、ほんとに、あのう、なんちゅうの?夕立の、雨にぬれた白いワイシャツ?、ベター っとして。。。 4 まゆみ: あああ。それは辛いよ、でも。 部分はヘッジ 98 次に 4 人のグループの会話の例を見てみよう。例 2 は警察官のひでとその妻の 松、松のいとこのチヨとはなの 4 人で、旬の「越前がに」を食べながらの会話で ある。 例 2 話者:G1 ひで(男・42歳・警察官) & 松(女・40歳・警察署事務員) & チヨ(女・40 歳・会社員) & はな(女・42歳・教員) 題:『かにで無口』 (Turn) 1 ひで: 2 チヨ: 3 松: 4 ひで: 5 6 7 8 9 チヨ: はな: ひで: チヨ: ひで: オレ、かにの肉とるのあんまりうまくねえんだ、オレ あと会話のテープ聞いてみたら、かにでみんな無口になっちゃったりして。 かにで無口、ははははは。 かにで無口だよ、ほーんと、テープ聞いてみたら「だれもなんにもはなしてねえよ」 みたいな。 テレビだと映像が、なんか、なんか、みんな止まっちゃう ほんとにあるんだね、かにのために。 宴会で騒ぐ時には、絶対、かにとっちゃあいけない。 かにとっちゃあ、いけない、はは。 「かに膳」だとか、あんなところで商談やってたら話がはずまんから、だめだ。しゃぶし ゃぶなんかやると取り合いになって、これまた話がはずまんし。。。 次に会話のグループの人数とそこで果されるヘッジの機能という点から、考察 を加えてみたい。ヘッジの機能は三つに大別できる。 (前述のヘッジの定義の部分 を再度参照のこと。) 一つは、「不確実さ/曖昧さを表示する機能」である。友人間での会話の目的の 一つは情報交換にある。この情報交換において、話者はできるだけ正確な情報を 伝えたいと考える。しかし、情報不足により正確な情報を聞き手に与えることが できないことがある。例えば、相手に「昨日、何時に家に帰ったの?」と聞かれ て、どうしてもはっきりした時間が思い出せず「八時ごろだったかな」と答えた とする。この「ごろ」 「かな」は、ここで問題としている情報の正確さに関わる機 能を果たしているヘッジに分類される。 二つ目は自分の感情表現の緩和、意見や、考えの直接表現を避けるなど、発話 内容を緩和したり、伝えようとしている情報に対し話し手がどのように考えてい るのかといった発話態度を表すものである。(上述の定義の 2) 3) 4) に当た る。)例えば、 「私さ、上司『だいっきらい』っていうか。。。」にみる「っていうか」 や、 「昨日お見合いパーティーで会ったひと~、いまいち、タイプじゃなかったか も」にみる「いまいち」 「かも」は発話内容の緩和の機能を果たしている。こうし た「っていうか」「いまいち」「かも」といったヘッジを使用することによって、 まず話者は断定を避け、いつでも言い抜けのできる余地を残しておくことができ る。またヘッジは人との直接的な対立を避け、人間関係を円滑に進めるための機 99 能をも備えている。相手に自分の意見を述べる。その時、相手の意見は自分とは 異なっているかもしれない。それを予め考慮して、ヘッジを差し挟む。つまり、 ヘッジは相手と自分との関係を壊さないための「言葉のクッション」とも言える。 三つ目は、話し手が発言する権利を確保、維持したり、聞き手を会話の中に積 極的に参加させるなどその時の会話を円滑に進める機能である。 この三つのヘッジ機能が明らかになったところで、では、果して、グループの 大きさによってヘッジの使用目的・機能に違いがあるのかどうかを調べてみたい。 図 5 は 3 つの大きさの違うグループにおいて、情報が曖昧であることを示すヘ ッジがどのぐらいの割合で用いられたかを表している。この機能の割合は 3 つの グループとも全体のほぼ 20%にあたり、グループ間には大きな差は見られなかっ た。 図5 グループのサイズ別にみる「不確実さ/曖昧さを表示する」ヘッジの割合(%) 30 20 10 0 Group of 2 Group of 3 Group of 4 次に 3 つのグループが発話内容の緩和のために用いたヘッジの数であるが、こ こで図 6(次ページ)を参照されたい。会話グループの人数が少ない方がこの機 能を持つヘッジの使用頻度が高いことがわかる。 図6 グループのサイズ別にみる「発話内容を緩和する」ヘッジの割合(%) 60 50 40 30 20 10 0 G ro u p o f 2 G ro u p o f 3 G ro u p o f 4 100 この発話内容を緩和するヘッジが実際の会話にどのように現われたかは、上述、 例 1 のしょう子とまゆみの「雨にぬれた白いワイシャツ」をもう一度見ていただ きたい。特に発話内容緩和に用いられたヘッジには会話中、下線が施してある。 次に三番目の機能、会話を円滑に進める機能と会話グループの人数の関 係であるが、図 7 に見るように、この機能のヘッジは、グループが大きくなれば なるほど使用頻度が高くなっている。大きいグループになればなるほど会話が円 滑に進むようみんながヘッジを用いて一層の努力をしている様子が数値の上でもはっ きりとうかがえる。 図7 グループのサイズ別にみる「会話を円滑に進める」ヘッジの割合(%) 60 50 40 30 20 10 0 Group of 2 Group of 3 Group of 4 また、発権確保の競争率が激しい、大きなグループにあっては一度確保 した発言権は何があっても放さないという努力のあともみてとれる。以下 例 3 は女性 3 人の会話であるが、「て形」でセンテンスを終えるという方 法によって、あたかもまだ自分の会話が継続しているかのような印象を相 手に与えている。 例 3 話者:G8 ちほ(女・31歳・大学職員) & あき(女・31 歳・会社員) & けいこ(女 31 歳・会社 員) 題:「やっぱり道がいいわねえ、なんて。。。」 (Turn) 1 あき: おじさん一家と、うちの母親がまじって、その新潟の遠縁の家に行って来たんだっ て。。。そうしたら、ほら、なんていうの、あのう、あのう、なんだっけ、なんていうの?なんか、な んか、日本の前の総理? 田中角栄? 2 ちほ&けいこ: うん。 3 あき: で、母親は、ほんとに やっぱりみちがいいねえ、なんて。。。 びっくりしちゃった て。。。 やっぱりすごいわとか言って。。。 101 もう一つ、ヘッジが大きいグループでどのように機能しているのかの例を見てみよう。 例 4 は六ヶ月間生活を共にして特別現職教育を受けている四人の警察官の会話であ る。 例4 話者:G1 話 ひで(男・42 歳・警察官) & ごり(男・46 歳・警察官)、太郎(男・42 歳・ 警察官)、栄作(男・50 歳・警察官) 題: 「海千、山千」 (Turn) 1 栄作:今度の特捜検の人、みんなユニークなやつおるなあ。 2 ひで: ここにいるみんなもユニークなんじゃないの。 みんな、ほら、自分のカラーができて るし。。。 3 栄作: できてるけんなあ。 4 ひで: うん。できてる。それだから、やっぱり、うまくいくんじゃないんすか。 5 太郎: やっぱ、そりゃ、各県で、大なり小なり、もうこなしてきてるからなあ。 6 栄作: そう、そう、そう。 7 ひで: 海千、山千ばっかりだからなあ。 8 ゴリ: その通り。 Turn 2 で、ひでは巧みに(栄作の意見には反対せずに)その場にいる 4 人の警官 のユニークさを指摘する。その際、ヘッジを用いて自分の意見を緩和し、同時に その場に居合わせた他の 3 人の考えをも伺う。Turn 3 で栄作が同意する。その勢 いに乗り、再度ひでは Turn 4 においてヘッジを用いて自分の意見を述べ、同時に 仲間の同意を得ようとする。その後、太郎がひでに同意するための理由を述べる (Turn 5)。そして、Turn 7 において、ひでは「ユニークさ」とは様々な経験を積ん だゆえに生まれた「海千、山千の」特質であることを示唆する。最後に沈黙を守 っていたゴリがひでの意見に同意して(Turn 8)、ここで一つの話題が終結する。こ のようにみんなの考えを一つに集約させることは連帯感の強化につながり、友人 同士の会話目的の最も肝要な部分である。この結束のプロセスを成功させるため に、すなわち、一堂に会している者の同意を得て、最終的にグループとしての結 論により効果的に到達させるために、ヘッジは重要な役割を果たしているのであ る。 4. 日本語教育への研究結果の応用 4. 1 初級日本語クラスでの実践とその教育的効果 筆者が現在教えているコロンビア大学では二週間に一度「チャット・クラブ」 という自由参加型の会話のセッションを行っているのであるが、この「チャット・ クラブ」に参加した一年生の学生から昨年(2007 年)このような悩みを(英語で) 打ち明けられた 「先生は会話が上手になりたかったら、 『チャット・クラブ』に行きなさいとい 102 つも言いますが、実は問題があります。僕は話し相手が 1 人の場合にはうまくコ ミュニケーションができるのに、2 人、3 人になった場合どのように会話に参加し たらいいのかタイミングがつかめまず、ただただ沈黙してしまいます。そして、 いいようのない疎外感を味わいます。また、クラスではあまり練習する機会がな かったので、相手をどのように会話に参加させればいいのか分かりません。」 それを聞いた時、本研究の結果を改めて思い出さずにはいられなかったのであ る。2 人で行う会話と、人数がそれ以上になった場合とでコミュニケーションの 形態が違い、それに付随してヘッジが果たす機能も大きく異なっているにもかか わらず、その点を日本語を教える際に考慮していなかったことに気がつかされた のである。 そこで、今回の研究結果の応用として、特にここ一年、筆者が担当する一年生 のクラスで以下、二点を実践してみた。 一つは、教科書の会話に(フォーマルな会話、インフォーマルな会話ともに) ヘッジが出てくるたびにヘッジだということを指摘し、その機能を説明するとと もに、コミュニケーションを行う上で非常に大切な手段であることを強調する。 参考までに、以下例 6 は筆者の学校で使用している教科書中に現れた友人同士の 会話であり、 部分は、筆者がヘッジだとして学生に指摘した部分である。 例 6 教科書にみるヘッジ 表現 (「みんなの日本語」より抜粋) 小林: 夏休みは国へ帰るの? タワポン: ううん。帰りたいけど。。。 小林君はどうするの? 小林: どうしようかな。。。 タワポン君、富士山に登ったことある? タワポン: ううん。 小林: じゃ、よかったら、いっしょに行かない? タワポン: うん。いつごろ? 小林: 八月の初めごろはどう? もう一つは、ペアワークに加え、「トリプルワーク」(3 人 1 組でのアクティビティー)、「クワト ロワーク」(4 人 1 組でのアクティビティー)の数を増やすことであった。実際に用いたトリ プルワークの一例として Work in groups of three. Two people should talk about something such as the weather, their hobbies, daily life, etc. The other person should try to interrupt and change the subject. が挙げられる。 こうした二点の実践は、学習者にさまざまな面で大きな効果をもたらしたよう に思う。 事実、先ごろ(2008 年 4 月 27 日に)1 年生を対象に行ったヘッジの指摘とトリプ 103 ル、クワトロワークに関する意識調査では、次のような回答が得られた。 (以下、学生が日本語で書いたものである。文法、語彙に誤りがあるが、そのま まを伝えたいがため、あえて訂正は加えなかった。) 1) ヘッジは何ですか。私はまだよくわからないですが、先生がいつも「ヘッジ、 ヘッジ」と言っていますから、きっと大切だと思います。 2) 先生は、「二年生になったらヘッジがたくさん使えます」と言いました。二年 生のクラスは楽しいですね。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 3) いつもヘッジについてかんがえましたから、みなさんの日本語はじょずうにな ったと思います。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・・・ 4) 2007 年の秋学期より私の日本語が日本語“like”になりました。 5) 春祭りのプレゼンテーションで私たちのシンティン・リンさんは 2 番になりま した。それはいつもと同じに、クラスのみんながいっしょにいて「シンティン ・ ・ ・ さんがんばれ」と言ったからです。グループでいっしょにするは便利です。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 6) 大きいグループのアクチビテイは、やくに立ちました。とくに私はshyですか ・ ら、グループのアクチビテイはとてもいいれんしゅうですよ。 7) 人がたくさんいるとき、いつ話しますか。どう話しますか。少しだけわかりま した。来年、これについてもっと勉強したいんです。 初級から中級レベルの日本語教科書に見るグループのサイズと へッジ では、日本語の教科書の中では会話のグループのサイズとヘッジとはどのよう に扱われているのであろうか。 この点を究明するために現在アメリカの大学で使用されている初級から中級レ ベルの主な教科書 7 種類を選び、本研究と同じ条件にするために、友人同士とい う設定で行われた会話例を拾ってみた。 その結果、会話は 2 人で行われるものという固定観念からか、また、2 人の会 話の方が決められた時間内に学生が話す回数が多い上、暗記しやすいという理由 からか(この点に関してはさらに詳しい研究調査が必要だが)、表 5 に見るよう に、2 人の会話が 100%近くを占め、3 人、4 人の友人間でなされる会話はほとん ど含まれていないということが分かった。また 2 人の会話にあっても、そこに盛 り込まれたヘッジの数・種類という点においては、実際に筆者が収集した友人同 士の自然の会話と比較すると、全体的にかなり少ないというのが実状である。 4. 2 104 表5 日本語の教科書(初級から中級レベル)に現われた友人同士の会話 友達同士 の会話数 教科書 (Informal/Casual Speech) 1 A 58 2 B 42 3 C 23 4 D 11 5 E 11 6 F 7 7 G 6 2 人の会話 57 (98%) 39 (93%) 21 (91%) 11 (100%) 9 (82%) 7 (100%) 6 (100%) 3 人の会話 4 人の会話 1 (2%) 3 (7%) 2 (9%) 2 (18%) おわりに Holmes(1984)は、英語を母国語とするものと英語の学習者とを比較し、両者の 大きい違いの一つは、用いるヘッジの種類とその使用頻度にあり、母国語を母国 語らしくしているものの一つはヘッジの使用であると指摘している。これはまさ しく日本語にも当てはまることで、日本語を日本語らしくしているものの一つは ヘッジの使用ではなかろうか。従って、これから会話のテキストを開発する際に は、積極的にヘッジを入れる必要があるとともに大きなグループ単位で行われる 友人同士の会話例をも増やしていく必要があるのではないかと思われる。また、 「はい、ペアーお願いしま~す」というところを、3 人、4 人のグループでの活動 (トリプルワーク、クワトロワーク)に変え、学生に違った環境で会話の練習を させる機会を与えるよう提案する。 5. 本研究では、グループの人数が 2 人から 4 人までの友人同士の会話分析を中心 に見てきたが、今後は、会話グループの人数を 5 人、6 人、7 人と増やし、グルー プのサイズとヘッジの使用量についてさらに考察を進めていきたい。 参考文献 小田三千子 1988 「Hedge についての一考察―社会言語学的観点から」 『東北学院大学紀 要』80 巻 155-176 田中よね他 1998 『みんなの日本語 初級 I 本冊』 スリーエーネットワーク Brown, P., & Levinson, S. (1987). Politeness: Some universals in language usage. Cambridge: Cambridge University Press. 105 Hewitt, J. P., & Stokes R. (1975). Disclaimers. American Sociological Review, 40(1), 1-11. Holmes, J. (1984). Women’s language: A functional approach. General Linguistics, 24 (3), 149-177. Holmes, J. (1995). Soft and low: Hedges and boosters as politeness devices. In J. Holmes, Women, men and politeness (pp. 72-114). London: Longman. Hyland, K. (1996). Talking to the academy: forms of hedging in science research articles. Written Communication, 13 (2),1996, 251-281. Hyland, K. (2000). Disciplinary discourse: Social interactions academic writing. London: Longman. Lakoff, G. (1972). Hedges: A study in meaning criteria and the logic of fuzzy concepts. Papers from the Eighth Regional Meeting of the Chicago Linguistic Society, 183-228. Lakoff, R. (1975). Language and woman's place. New York: Harper Colophon Books. Meyer, P. G. (1997). Hedging strategies in written academic discourse: Strengthening the argument by weakening the claim. In R. Markkanen & H. Schröder (Eds.), Hedging and discourse: approaches to the analysis of a pragmatic phenomenon in academic texts (pp. 21-41). New York: Walter de Gruyter. O’Barr, W. M., & Atkins, B. K. (1980). “Women’s language” or “powerless language”? In S. McConnell-Ginet, R. Borker & N. Furman (Eds.), Women and language in literature and society (pp. 93-110). New York: Praeger. Smith, V., Siltanen, S. A., & Hosman, L. A. (1998). The effects of powerful and powerless speech styles and speaker expertise on impression formation and attitude change. Communication Research Reports, 15(1),27-35. 参考資料 Group G1 (4)* G3 (4) G5 (3) G7 (2) G9 (2) 情報提供者の詳細 Role Name Gender Age Occupation Role Name Key Hide** M 42 inspector Key Hide M 42 Co- Eisaku M 50 inspector Co- Matsu F 39 Gori M 46 inspector Chiyo F 39 Taro M 42 inspector Hana F 42 Key Akira M 33 lecturer Key Akira M 33 lecturer Co- Zen M 35 programmer Co- Yoko F 33 correspondent Zen’s wife F 32 house wife Jun M 33 lecturer Key Taka M 34 jewelry designer Key Taka M 34 jewelry designer Co- Kazu M 35 Co- Hirosi M 31 jewelry designer Kazu’s wife F 38 Key Chiho F 31 Key Chiho F 31 office worker Co- Keiko F 31 Co- Keiko F 31 Aki F 31 Key Rie F 30 professor Co- Yoshiko F 55 lodge owner Group G2 (4) G4 (2) G6 (2) jewelry designer make-up artist office worker G8 (3) office worker Key Rie F 30 professor Co- Sayuri F 30 researcher G 10 (3) 106 Gender Age Occupation inspector office worker office worker Lecturer office worker office worker Key G 11 (2) Co- Shoko Mayumi F 42 copy writer F 38 veterinarian G 12 (2) Key Participants: 6 (3 men and 3 women) Eri F 31 office worker Key Shoko F 42 copy writer Co- Mayumi F 38 veterinarian Co-participants: 19 (7 men and 12 women) TOTAL: 25 participants (10 men and 15 women) * Indicates number of participants per group. ** The names of participants and institutions shown in this study are all pseudonyms. 107
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