各国の経験を職場・労組でどう活用していくか

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第9回
国際いじめ学会
報告会
各国の経験を職場・労組でどう活用していくか
内藤 忍 さん
独立行政法人
労働政策研究・研修機構
副主任研究員)
参加者は実務家が多い
「第9回
国際職場のいじめ学会」は、6月18日、19日、20日の2日半に渡って
開催されました。
まず、この学会はどういうところかということについてです。
2008年にモントリオールで行われた学術会議で設立された、職場のいじめ
ハラス
メントの領域を専門とする研究者と実務家の会員で構成されます。2年前は150人でし
たが今は200人弱います。かなり小さな学会です。
2年に1回大会を開催しています。2008年はモントリオール、2010年はウェー
ルズのカーニフ、2012年はコペンハーゲン、今回がミラノです。
前回は200人の参加者でしたが、今回は34か国から222人が参加しました。11
0の報告が行われ、30のポスターセッションがありました。小さな学会の割には報告数
が多いかなと思います。ただ聞きに来たというよりは、ほとんどの人が報告をしています。
特徴は、設立の時からそうなのですが、研究者が中心ではないということです。問題の
特殊性があるのかもしれませんが、研究者と特に実務家が非常に多く、半々ぐらいかもっ
と多いという印象です。
日本からも前回は10人、今回も7~8人参加しています。研究者と弁護士等の実務家、
ハラスメントのコンサルタント、運動関係の方がたです。研究者の関心も進んで少しづつ
参加者も増えてきています。今回も私たち以外にも日本からの参加者も報告しています。
アジアからは、日本以外は香港から1人。アジアからは少ないです。
韓国で職場のいじめの問題がないかというとそうではありません。研究は進んでいない
ようですが、国レベルではないですが調査は始まっています。新聞等が報道を始めている
ということで、非常に大きな関心を持っているのかなと思われます。
韓国にも日本の労働政策研修研究機構のような組織・韓国労働研究員(KLI)があり
ますが、初めて研究機関が取り上げ、広報誌の今年10月号は職場のいじめを特集すると
聞いています。そこには私も寄稿しますが、おそらく韓国の研究者というよりは諸外国で
はどうなっているかがメインの特集だと思います。関心が広がっているということだと思
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います。
大会がいつか日本で開催されることになるのが夢です。
前日の17日には予備会合(Preconference)として専門研究グループ(Special Interest
Groups)会合と大学院生が集って研究報告をする PhD Seminar が開催されました。専門
研究グループとは、いろいろな分野があるなかで共通の関心を持つ者が集まるグループで、
8回大会でも9回大会でももたれました。
私はその中の「法的問題」に参加しました。これは大会本体で報告する人たちもみな参
加します。前回からの2年間の間にどのような法政策上の問題で進展があったかというこ
とをそれぞれ報告して議論していきます。
共通の傾向があったり、そうでなかったりいろいろありますが、報告し合って、課題に
向かって研究グループとしてどういうアクションができるか、例えば、これまでだと雑誌
で職場のいじめの特集を組んで、法律問題をみんなで書いていこうというようなことを話
しあったりしています。今回は、オーストラリアで法政策の動きがあったので、それにつ
いて議論をしました。
さらにこのグループは、学会の前日に集まって議論をするだけでなくて、その後ウエブ
とかメールで情報交換をしたりしていてネットワークづくりにも役立っています。
そして18日、19日、20日と大会が開催されました。
プログラムからはたくさんのセッションがあることがわかります。
Keynote Speachga が初日の最初と2日目の最初と昼に行われます。著名な研究者や実務
家が話をします。各分野のセッションで様々な報告があるというのが特徴かと思います。
私は、初日の午前中は、
「法制度と賠償(Legislation and compensation)
」、最後の日は
「差別(Discrimination)
」の分科会に参加しました。
今回の私たちは2人で3本の報告をしました。2つが口頭発表で1つがポスターセッシ
ョンです。
1つは私の「日本のケース論の分析」です。報告時間は15分で質疑時間5分です。
内容は、日本の状況とパワーハラスメントをめぐる法的問題がどこにあるかを説明した
後、現在の訴訟の類型、判例にみる職場のいじめ行為にはどういうものがあるかを厚生労
働省のワーキンググループが発表した6つの行為類型に沿って説明しました。
現在までに裁判上に表れたパワーハラスメントの定義を説明して日本での課題を挙げま
した。
私は、差し止め請求の問題が一つの方法論としてありうると思っています。例えば、日
本でエールフランス事件では、暴力事件ですが、差し止め請求を認めました。しかし西谷
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商事事件では、
「生命、身体または名誉といった人格的利益以外の人格的利益を内実とする
人格権」についても侵害行為の差し止めができる場合があるとしたが、請求を認めません
でした。
いじめは労働者の人格権を侵害したりメンタル疾患を引き起こす可能性が高いですが、
金銭賠償では充分に回復されないという性質を持っているので予防が何より重要と考えて
います。今後は、あまり認められてきていない差し止め請求をいかに認めさせていくかが
課題だと思っています。そういう問題意識で、今後の法政策のあり方の1つとして、職場
いじめの予防に重点を置いた特別法もしくは規定を導入して、できる限り未然に防止させ
る政策に転換すべきであると思っています。
これは、今日報告するオーストラリアの話とつながる部分があります。
オーストラリア
いじめ事案の申立てに14日以内に結論を出す
私が参加した分科会で印象に残ったのは、オーストラリアの Peter Hampton の報告「オ
ーストラリアの公正労働委員会の新しい反いじめに関する審判管轄について(The new
anti-bullying jurisdiction of the fair work commission)」です。
公正労働委員会は昔からあるのですが、今年1月から新たにいじめに関する紛争を取り
扱うことになりました。報告した方は、連邦の公正労働委員会の委員であり、いじめ紛争
に関する処理を中心に担っています。
2012年10月に、下院の教育と雇用に係る常設委員会が、まず報告書「Workplace
Bullying – We just want it to stop」を発表しました。「We just want it to stop」は当事者
の一番多かった声からタイトルが命名されたと書いてあります。金銭賠償や加害者の懲罰
ではなくて、まずはいじめを止めてほしいということです。報告書の段階からどういう法
律が成立するかは見えていますがそういう出発点でした。
報告書にはたくさんの当事者を含む意見が載せられていたことを踏まえて、委員会とし
ての23の勧告が載っています。例えば、安全衛生にかかわるトレーニングやいじめに関
する情報、啓発、研究、職場のいじめがどれくらい蔓延しているかの調査をもっとするな
どです。
これをうけて2013年2月、政府は、公正労働委員会を根拠づけている「制定法20
09(Fair Work Act-2009)
」を改正することを発表します。内容は、公正労働委員会
は、いじめ事案の申立てを受理した場合に14日以内に結論を出さなければならないこと
になります。そして「いじめが起き、継続しているかどうかを確認。もしそうであるなら
ば、いじめの継続を中止させるのに適切と考えられるあらゆる命令を出すことができる」
という権限を与えるというものです。
公正労働委員会は裁判所ではないので、差し止め請求という言葉は使用されていません
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が、命令を出すことができるということになりました。ただし金銭的な命令を出すことは
できません。今後は変わるかもしれませんが現時点ではそうだということです。
公正労働委員会は、前身は1901年に設立された英連邦斡旋仲裁裁判所です。現在の
委員会は、労働関係の問題を幅広く扱う「制定法2009」に基づく独立した審判所(審
判委員会)です。イメージとしては独立した委員会ですので日本では労働委員会にも近い
のかもしれません。現在はさまざまな問題、最低賃金、労働条件、集団的な案件から個別
的なものまですべてを取り扱います。
新しいいじめ紛争に関する審判管轄については、申立ては労働者側からと決まっていま
す。労働者に Worker をあてています。Worker か Employee(従業員)かということでは、
従業員は割と狭く捉えられていてそこに入り切れない人が出てきますが、そういう人たち
を保護するために Worker という枠が出てきていいますので広い範囲の定義となっていま
す。
取り扱いガイドには、法律には細かいことは書いていないので、さまざまないじめの定
義・解釈が書いてあります。
委員会の命令は、基本的には予防できるものに限定されます。つまりいじめが起きて継
続していることが大前提で、同じ職場で働いていて、いじめをこれからも受けるリスクが
あり、予防し得るものに限られるということになります。そうでなければ止めるという命
令を出す必要がないので、申立があっても委員会で取り扱われる案件はかなりの程度ふる
い落されることになっていきます。
委員会は、手続きを他の案件と同じように進めていくので、例えば使用者や相手側に出
頭命令を出すなどの手続きが適用されるというメリットがあります。
詳細な取り扱いガイドがあり、これにのっとって進めていきます。
、最終的には命令とな
りますが、その過程で調停とか仲裁ができる余地があればそういう解決をして行くことも
できます。
実際に、1月から5月31日までのデータの報告がありました。283件の命令を求め
る申立てがあったということです。
参考までに、同期間に不公平解雇の件数がどれくらいかというと5837件です。これ
と比較すると少ないですが、始まったばかりで知名度も高くないなかでは比較的多いとい
えるのではないかということです。
最終的には156件が命令に至ったということです。
いくつかの特徴は、対象は Worker というですが実際は96%が employee だったという
ことです。
興味深いのは、申立人の多数は100人以上の組織であったということです。申立人が
明らかにしたことによれば、日本と共通すると思いますが、加害者は彼らのマネージャー
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かスーパーバイザーの場合がほとんどです。
報告者の方は、始まったばかりなので何とも言えないといいながら、必ずしもすべての
職場いじめ事案にこの紛争処理が適切であるというわけではないので、現時点ではすべて
に万能な方向ではないということはありますが、少なくてもなるべく早い段階で行為を止
めるということは必要なので、今後もなるべく適切に処理していきたいということでした。
委員会はいじめ問題についてこれまで専門的に取り組んできたところではなかったので、
委員会がさらに職場のいじめ問題の分野の研究や実務についての発展を勉強していく必要
があるだろうと言っていました。それだけ特殊な問題であるということです。
必ずしも申立に対して命令が多いわけではありません。すべてに命令が出るわけではあ
りません。基本的には予防できるものに限定されるということから今後もその傾向は続い
ていくだろうということでした。
1年に1回運用状況の発表があるということです。
委員会がいじめ問題を扱うことを決める時に、イギリスのACAS(独立した労働紛争
の解決機関)のいじめ紛争処理を参考にしたということです。実際にACASでどのよう
なことがなされているかということが、委員会から取り組み開始前にレポートが出ていて、
その良い点、悪い点をみて取り入れたということです。
私はいじめ紛争をどのように解決していくか、どのように早い段階で止めさせて深刻な
事態に陥らせないかというこが大きな課題だと思っています。差し止め請求が重要だとい
う問題意識と関連していたので、興味を持っていますので、オーストラリアの取り組みに
ついては今後も注目していきたいと思っています。
LGBはヘテルセクシャルの2倍いじめを受けやすい
「差別」の分科会では、世界で職場いじめの問題をけん引している著名なイギリスのプ
リマス大学のダンカン・リウス教授とマンチェスター大学のヘルゲ・ホーエル教授の研究
報告がありました。この教授の方たちが今、特に研究の中心テーマにしているのが、職場
いじめを受けている人たちは何らかの「保護特性」を持っていることが多いということで
す。保護特性とは、例えば性が女性、高年齢者、障害者、性的マイノリティなど、イギリ
スの差別禁止法に列記されています。
特にその中で今調査委しているのがLGB(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル)です。
日本ではLGBTといってトランスジェンダーが入ります。このような性的マイノリティ
が職場いじめを受ける確率が非常に高いという調査をされました。
コペンハーゲン大会の時も調査結果を報告していたのですが、この間にイギリスで大規
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模な調査を行いました。規模は、1200人のヒヤリング調査です。それから50組織の
インタビューです。あと75人のヘテルセクシャルの人たちにもインタビューをしていま
す。
調査結果は、例えば、全体としてLGBはヘテルセクシャルの Employee より2倍いじ
めを受けやすい、ゲイの男性は異性愛者に比べると倍いじめを受けているとかの数値がた
くさんあります。
どの属性ごとにみても異性愛者よりもいじめを受ける可能性が高いということです。例
えば、直接的にバイセクシャルであることを言葉に出していじめるだけでなくて、普通に
いじめを受けている中で、属性を見るとバイセクシャルであったりするわけです。
これはイギリスだけではなくて、日本でも起きているのではないかなと思っています。
ヨーロッパの基準ではそのようないじめは差別の範疇に入り、差別禁止法のハラスメン
トに相当するということになるのですが、日本では差別禁止法のような包括的禁止法がな
いので、今は一般的ないじめの中に入っていて、差別として特別の保護を受けることなく、
かつ裁判でも争われることもないなかにいます。
「差別」の分科会で印象に残ったのは、日本の実態もみてみる必要があるのではないか
と思いました。
イギリスもそうですが、日本の場合は実際に職場でカミングアウトするといじめられる
ということがあります。だからそこまで鮮明に出ないということもあります。ただ、いじ
めが起きないから問題がないのではなく、それ以前の職場でカミングアウトできないで悩
んでいるということが問題で、また別の問題です。同じ問題が早晩起きるのかなと思いま
す。
2つの問題とも、日本に対しても示唆に富む課題だと思いますので今後も取り組んでい
きたいと思います。
質問・回答
質問 イギリスではいじめにはどのようなものがあるのでしょうか。
回答 日本とほぼ同じだと思ってもらっていいと思います。一番多いのは暴言、きつい
言い方です。日本と違うのは、差別や暴力は別の法律で裁くことができます。
イギリスだけでなく、いじめに関して標準化された尺度があります。それには無理
な要求をする、例えば〆切が間に合わないはずなのに間に合わせろというとかの項目
も含まれています。
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質問 就業規則について気になるのは、非正規労働者が増えている中で、彼らが制定に
関与するということは難しいのではないかと思われます。
回答 制度上は従業員の関与があることにはなっています。しかしそれをやらない企業
もありますし、やるとしても形式的だったりします。意見を言うだけなので考慮され
ずにそのままということもあります。
労働者側からの関与というのは形式的ではなく、作成段階から関与するということ
です。
非正規も関与することは不可能ではありません。組合に加入することも出来ますし、
従業員代表の場合には代表を選出する母数には入ります。
制度上はそうなっていますが事実上はあまり関与できないということになっている
ということです。非正規労働者は関与できないし声を上げずらいというなかで、いじ
め事案ではより当事者になりやすいというのは問題だと思います。
回答 紹介した論文が協調しているのは、さまざまな職位の従業員が関わることという
ことです。それだと、例えば基本的な就業規則を作るだけだとごく一部の従業員の意
見や組合の意見があれば十分なんですけど、それだけでなく現場の声を聞くことが重
要であるとあります。この主張からは、当然非正規労働者からも意見聴取をおこなう
とか、きちんと関与させるということが重要になってくると思います。
私たちはイタリアに行く前にカナダに行きました。カナダでもノバスコシア州の組
合のいじめ関連の会議に参加しました。そこで非正規の報告をしました。そうしたら
日本の非正規問題はぜんぜん伝わらなくて、想像がつかないらしく、すごい質問を受
けました。イタリアでも同じでした。
質問 保護特性のなかでいじめのリスクがあるということについてです。例えば男職場
ではリスクが高いとか、若い職場で高齢者が少ないと高いとかは何となくわかります。
それとは別に、職業による違い、例えばホワイトカラーの職場とブルーカラーの職場
でも違うと思いますし、就業規則について常時話される職場と、就業規則がない職場
とではいじめのリスクは違うと思います。職業別リスクについては話は出なかったの
でしょうか。
回答 職業別、職種別、産業別のデータは調査や研究結果は結構出ています。
私たちの調査でも例えば医療やサービス業、製造業が多い、いじめを受ける率が
高いという結果は出ています。国際的にも出ています。ただホワイトカラーか、ブ
ルーカラーかについては、職場によって起きる行為は違います。それへの対処が就
業規則でいいのかどうかは違ってくる可能性があります。
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