「自己」にかかわる心理学的研究の計量書誌学的分析

「自己」にかかわる心理学的研究の計量書誌学的分析
―1980 年代以降のわが国の学会誌における論文タイトルを対象として―
○里見香奈 1・成田健一 2
(1 関西学院大学大学院文学研究科・2 関西学院大学文学部)
キーワード:自己,計量書誌学,論文タイトル
A 30-year bibliometric analysis of psychological research on self in Japanese peer reviewed journals.
Kana SATOMI1 and Ken’ichi NARITA2
(1Graduate
School of Humanities, Kwansei Gakuin Univ., 2School of Humanities, Kwansei Gakuin Univ.)
Key Words: self, bibliometrics, article-title
「自己」に関しては古くから数多の心理学的研究がなされ
ている。わが国の実証的な研究に限っても,その全体像を理
解することは極めて困難であろう。それら諸研究を整理し体
系的に捉える試みとして計量書誌学的手法がある。つまり,
論文の書誌情報 (著者,タイトル,発表年等) をもとに,自
己に関する心理学的研究(以下,自己研究)の諸論文を定量
的に示すことで,客観的にその概観を知ることができる。
本研究では,わが国の学会誌の論文タイトルに注目して文
献を収集し,実証的な自己研究を計量書誌学の手法を用いて
整理したい。とりわけ,実証的自己研究が多様化してきた
1980 年代以降の論文を対象とし,発表年代,対象年齢群,
掲載雑誌を中心に定量的に自己研究の動向を検討する。これ
により,心理学的研究における自己研究の位置づけや展開が
明らかになると考えられる。
方 法
収集対象となった雑誌・論文 まず,実証的な自己研究が掲載
されやすいと考えたわが国の学会誌 11 誌を選択した。これ
らの学会誌に 1980 年から 2013 年の 33 年間に掲載された,
何らかの形でデータを得ている実証論文 (書評,展望・総
説,意見などを除く) から自己研究論文 (以下,自己論文)
の収集を試みる。タイトル中に「自己」に関連した 4 種類の
語のいずれかを持つ論文を自己論文とみなし収集した。収集
対象の学会誌並びに収集のキーワードである「自己」に関連
した 4 種類の語を Table 1 に示した。
結果および考察
自己論文が掲載された学会誌並びに自己論文で研究の対象
となった年齢群について,それぞれの経年変化を検討するた
め,1980 年以降を 5 年刻みにした発表年代とのクロス表を
Table 2 に示す。紙幅の関係で学会誌については全自己論文
の中で相対的に高い割合を占めていた 3 誌 (合計で全自己論
文のうちの 52.4%) のみを示した。
学会誌 11 誌の 33 年間における実証論文数は総計 7911 件
となった (Table 2 最下段参照) 。このうち,自己論文は
1016 件であった。すなわちわが国の学会誌に掲載された過
去約 30 年の実証論文のうち自己論文が約 1/8 を占めること
となり,
「自己」が極めて注目されやすい概念であることが
論文数から定量的に示された。自己論文数の経年変化につい
ては,80 年代後半において,実証論文の増加率に比べて
(前年比 1.3 倍)
,著しい増加率を示した (前年比 2.4 倍)。
この年代の自己論文のタイトル並びに掲載学会誌を見ると,
これまで以上に実験的な自己研究が増加しており,多様性の
端緒が開かれていた。
学会誌の経年変化からは,パーソナリティ研究では 2005
年以降自己論文の数 (17→53 件) が急増していた (Table 2
上段参照) 。この年代の自己論文のタイトルを見ると,
「自
己」に関連した語を以前にも増して幅広く含んでおり (a:15
→36 件,b:1→8 件,c:0→5 件,d:1→9 件),自己研究が多
様になってきていると言える。
次に対象年齢群を見ると,全自己論文の中でも,大学生を
対象とする研究が 51.5%~68.0%と,発表年代を問わずもっ
とも多かった。一方,乳幼児・小学生を対象とする研究は,
80 年代前半においてのみ当該年の自己論文の中で 39.4%を占
めたが,それをピークに近年減少傾向にあり,ここ数年はわ
ずか 9.0%となっている。このように自己研究の対象は相変
わらず大学生が多く,乳幼児・小学生並びに中高生に関する
自己研究は相対的に減少している (2010 年代ではそれぞれ
9.0%,16.3%)。若年層の研究が大学生も含めた成人・高齢者
層の研究に比べ相対的に減少する傾向は一般に自己研究以外
においても見られる。自己研究における対象年齢群ごとの経
年変化の特徴については,タイトルのテキストマイニングな
どを援用し,より深い検討が必要であると考えている。
Table 1 収集の対象となった学会誌と「自己」に関連した語
応用心理学研究,カウンセリング研究,感情心理学研究,教育心理学研
学会誌*1
究,実験社会心理学研究,社会心理学研究,心理学研究,心理臨床学
研究,青年心理学研究,発達心理学研究,パーソナリティ研究
「自己」に a)自己 (self, セルフ)
関連した語 b)自我 (ego, エゴ)
c)アイデンティティ (identity)
d)接頭語に「自」をもつ単語*2 (自尊感情・自尊心, 自意識・自己意識, 自
身, 自分, 自伝, 自伝的記憶, 自称詞)
*1)50音順。なお旧誌名をもつ雑誌は、当該の旧雑誌も対象としている
*2)収集対象から除いた語…自殺,自閉症,自然,自発,自律・自立,自記式など
Table 2 学会誌および対象年齢群ごとの自己論文数の経年変化
学会誌*1
対象年齢群*2
自己論文数
実証論文数
1980-1984
パーソナリティ研究
教育心理学研究
18 (54.5%)
11 (33.3%)
心理学研究
乳幼児・小学生
13 (39.4%)
中高生
11 (33.3%)
17 (51.5%)
大学生
成人・高齢者
2 (6.1%)
1 (3.0%)
その他*3
33 (100%)
614
1985-1989
25 (31.6%)
26 (32.9%)
18 (22.8%)
31 (39.2%)
41 (51.9%)
10 (12.7%)
1 (1.3%)
79 (100%)
772
1990-1994
1 (0.8%)
31 (25.8%)
32 (26.7%)
24 (20.0%)
31 (25.8%)
73 (60.8%)
13 (10.8%)
1 (0.8%)
120 (100%)
1046
発表年代
1995-1999 2000-2004
13 (7.4%)
17 (9.7%)
49 (28.0%) 33 (18.9%)
39 (22.3%) 28 (16.0%)
25 (14.3%) 22 (12.6%)
37 (21.1%) 43 (24.6%)
119 (68.0%) 116 (66.3%)
24 (13.7%) 31 (17.7%)
5 (2.9%)
5 (2.9%)
175 (100%) 175 (100%)
1227
1306
2005-2009
53 (20.7%)
30 (11.7%)
44 (17.2%)
20 (7.8%)
57 (22.3%)
169 (66.0%)
43 (16.8%)
3 (1.2%)
256 (100%)
1638
2010-2013
合計
37 (20.8%)
121 (11.9%)
15 (8.4%)
201 (19.8%)
30 (16.9%)
210 (20.7%)
16 (9.0%)
138 (13.6%)
29 (16.3%)
239 (23.5%)
118 (66.3%)
653 (64.3%)
24 (13.5%)
147 (14.5%)
10 (5.6%)
26 (2.6%)
178 (100%) 1016 (100%)
1308
7911
*1,*2)括弧内の母数は当該年代における自己論文数(なお対象年齢群については,複数の発達段階を対象としている論文は重複して収集されているため割合 (%)の合計は100%を超える)