対象関係論に基づく心理療法の進め方

対象関係論に基づく心理療法の進め方
――内的マネージメントの観点より――
2016 年 10 月 2 日(日)横浜精神分析研究会
愛知教育大学 祖父江典人
はじめに
*現在の臨床状況
*対象関係論の醍醐味
第一部 対象関係論
Ⅰ、対象関係論とは
1、対象関係論の特色
1)一者心理学から二者心理学へ
*その背景:クライエントの変化
*欲動→対象関係へ
* 自己像と対象像の交互作用
・対象関係の原型:生後直後からの乳房との関係とスプリッティング
・統合と反復強迫:良い乳房が上回るということ
・他者に対するイメージ(対象像)と自己に対するイメージ(自己像)の連動
*無意識的コミュニケーションの視点の導入
・排出型投影同一化から始まる(クライン)
・投影同一化理論におけるコミュニケーションの視点
*愛と憎しみの心理学
・愛(L)憎しみ(H)+知ること(ビオン)
2)抑圧から排除への時代的変化
性愛の抑圧から攻撃性の投影同一化へ
*攻撃性の種々相
羨望→具象(殺人)→象徴等価物(妄想、幻聴)→被害感・自己否定感→身体・精神症状・行動化→通常の怒り→活動性
*攻撃性の裏:愛情系列
・攻撃性を中和化するもの:良い自己像、良い他者像
*攻撃性をどう見るかによって臨床観の違い
3)外的現実とは別の内的現実の提唱
・内的・外的ふたつの世界を生きる自己と対象
「やさしくて愛情深いその母親とは対照的に、子どもが超自我の懲罰に脅かされているということは、実に異様なことであ
る。すなわち、この事実から、私たちは決して、実在の対象と子どもに取り入れられた対象とを同一視してはならない」
(Klein,M.1927)
・成人のこころの中にある幼少期の無意識的対象関係の葛藤
4)ふたつの内的世界
妄想分裂ポジション(生後2ヶ月を頂点):
*部分対象関係
・迫害不安の世界
・「良い対象―良い自己」<「悪い対象―悪い自己」の分裂
*スプリットした内的世界
・強い理想化と迫害対象
・スプリットの反転
*スプリッティングの統合
・よい対象関係が勝る(Klein,M.)
参考)良性の投影同一化
*抑圧とスプリッティングの見分け方
抑圧:思ってもみなかった
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スプリッティング:極端な感情、一面的な感情
抑うつポジション(生後6ケ月~2歳頃):スタイナーのポジション論
*全体対象とそれに伴う不安
・抑うつ不安の世界
(前期):対象がなくなってしまう恐怖、見捨てられ不安
(後期):償いの念
対象喪失の経験
三者関係への参入
*それらに伴う躁的防衛:対象の脱価値化、勝利感、誇大感
5)無意識的空想の重視
*子どものプレイと成人の自由連想は同位的
*無意識的思考、思考の基
「不在の乳房」によるよい思考と悪い思考
6)転移の重視
*抵抗から転移へ
*意識的転移と無意識的転移
意識的転移のなかの無意識(スプリッティング):複眼の視点、スプリッティング
7)逆転移の重視
*狭義の逆転移:Tp の病理の反映
*広義の逆転移:正常な逆転移
*再演と共謀
再演:悪い対象関係の反復
共謀:偽りのよい関係性
*逆転移にも意識的なものと無意識的なものがあること
2、愛憎を扱う二系列の学派
1)クライン派
*内在論(内的対象関係の重視)
*攻撃性は一次的/攻撃性の解釈
2)独立学派
*外在論(環境側の世話の重視):
「母親の原初の没頭」
「ほどよい母親」
「ホールディング」
*攻撃性は二次的
*分離・不在の観点
3、対象関係の成長
1)部分対象関係から全体対象関係へ
*スプリッティングの統合
*投影の減少
*取り入れの増加
2)万能感から悲哀へ
*有頂天な願望充足→部分的な願望充足
*自己と他者の限界を受け入れられる
*空想・思考の発達へ
3)主体の強化
排除されていた欲望・情動の自己帰属化
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Ⅱ、対象関係論的見立て(アセスメント)
1、 見立てにおけるハード面
1)Tp 側の条件
*病院(入院施設の有無)、クリニック、相談室など
*Tp のオリエンテーション、技量
*その他の現実的条件(時間、料金など)
2)Cl 側の条件
*精神医学的診断:抱えられる程度
*病態水準:抱えられる程度
*パーソナリティの類型(記述的分類)
*社会適応水準
*問題行動(行動化、非行、自傷行為など):不安を抱える力
2、 見立てにおけるソフト面
1)何を見立てるのか
*Cl の症状、問題の背後にある「こころのストーリーを読む」
2)どのように見立てるのか
*臨床像(会った印象:外見、容貌、服装、表情、振舞い方など)
*病歴の聴取
・主訴は何か
・発症時(問題・病気の発生)から現在までの状態
発症状況
発症契機
現在までの経過・状態
*生育歴の聴取
・幼少時から発症までの生育歴
どのような子どもだったか
友達関係はどうか
学校での様子はどうか
何か印象に残るエピソードはあるか
生育歴上不連続な変化はないか:特に思春期前後
・印象に残る夢:こころの中で消化されないテーマ
・最早期記憶
注)・事実レベル、一般論的な記述に終わらない
・人間関係のなかにいちばんその人らしさが出ること
・現象(行動・態度、人間関係など)の奥にあるこころの動きへの着目
*パーソナリティや生き方を知る(松木、2005)
*家族歴の聴取
・両親・兄弟などの人物像
Cl から見た主観的な情報
・ 職業・年齢などの客観的な情報
*面接への動機
・面接を受けようとする動機
・ 面接に求めるもの
症状の除去→いかに心理療法につなげられるか
社会適応(対人関係)の改善
* 心理療法の利用可能性
Ⅲ、見立てから面接方針へ
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1、見立てをまとめる視点
1)幼少期から反復されている対象関係の発見
*反復される未解決の葛藤――不安と防衛の観点より
2)想定される未解決の葛藤
*抑圧系列
・自己の一部の機能不全と抑圧機制
*分裂―投影系列
・自己像全体の損傷とスプリッティング・投影機制
2、見立てに添った面接方針
1))神経症レベル:自己の一部の機能不全
a)アイデンティティの基礎は形成
b)シンプルな転移
「表現されない自己」⇔「表現させない対象」
c)面接方針
*傾聴と情動の解釈による抑圧の緩和
*逆転移:概ね保護的、共感的
2)パーソナリティ障害レベル:自己像全体の損傷
a)アイデンティティの形成不全
*対象像よりも自己像の修復がプライマリー
b)マルチプルな転移
*多重チャンネルの転移
c)面接方針
*スプリッティングの緩和
・多重チャンネルの転移の解釈
*自我強化――内的マネージメントの観点(後述)
*逆転移の重要さ
・病理の裏側への眼差し
「抑うつポジションで機能すること」
(松木邦裕)
「こころの井戸を覗き込む」
(成田善弘)
ビオンの観点:羨望の底の悲劇性への眼差し
・病理を病理で終わらせぬ視点
【臨床素材】
:スキゾイド・ナルシシズムの女子
3、見立ての伝達
1)症状(問題)の力動的説明
・症状の背後にはこころの機能不全があること
「あなたがお困りの症状(問題)の改善には、こころの中に抑え込まれている/こころの中から閉め出している気持ち
とこころの繋がりをよくする必要があるかもしれません。こころに抑え込まれたり/こころから閉め出したりしてい
る気持ちが、形を変えて今の症状(問題)をもたらしているかもしれないからです。たとえば、症状(問題)の背後
には、あなたも気づかないような苦痛な悲しみ(怒り、自己嫌悪、他者不信)などの気持ちが潜んでいるかもしれま
せん。そこに気づいていくことは、こころの奥との繋がりを回復させ、あなたの困っている症状(問題)の改善をも
たらす可能性があります」
・スラッシュで分割した前者が抑圧モデル、後者が投影モデル
2)症状(問題)と生育歴との関連の説明
*神経症モデルの場合
「小さい頃から厳しい父親に従ってきたんですね。でも、内心はそれが苦しかったかもしれません。その結果、苦しく
ても我慢して頑張る性格に育ったのかもしれませんね。それで、今の職場で上司から無理な残業を命じられても、我
慢して応えることに繋がっていたのでしょう。そうしたことに、こころが持ち堪えられなくなって、うつに陥ったの
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かもしれません。ですから、この面接でもう一度自分のこころの奥にある気持ちを見つめ、ご自分の気持と対話する
必要があるかもしれません」
。
*パーソナリティ障害モデルの場合
・通常は生育歴と関連付けはしない
4、面接の契約
*面接契約(クライエントの期待と面接者の提供できるものとの合意)
自分を見つめることを通して問題(症状)の背後にあるものの理解
*面接構造の設定
場所、面接時間、面接頻度など
面接方法(対面法、90 度法、120 度法、自由連想法など)
キャンセル時の連絡方法
プライバシー保護
第二部 内的マネージメントの観点
Ⅰ、耐え難い情動と内的マネージメント
1、耐え難い情動を扱う精神分析
1)耐え難い情動
フロイト:性愛
クライン:羨望(破壊性)
ビオン:不在(原初的対象喪失)
ウィニコット:原初的分離「奈落に落ちること」(原初的自己喪失)
2)耐え難い情動の受け皿の問題
フロイト、クライン:自我の力
ビオン:コンテイナー
ウィニコット:ホールディング
3)精神分析における対象側の機能の登場
フロイト、クライン:対象側の愛の前提
解釈の投与
ビオン、ウィニコット:対象側の機能の不全を視野
2、重症例に必要なマネージメントの観点
・患者に合わせた技法の修正(パラメーター)
・外的治療構造ではなく、自我支持としてのマネージメント
(内的マネージメント)
・自我支持としてのコンテイメント論
Ⅱ、内的マネージメント論生成の淵源
1、 すべてはフロイトの陰性治療反応から始まった
*そもそも狼男の中に陰性治療反応への言及
*治療への抵抗としての陰性治療反応
無意識的罪悪感、分析家への攻撃、死の本能
2、 死の本能と陰性治療反応
*彼岸論文からの転向
「快感原則よりもより原始的でかつ根源的であり、より本能的な反復強迫」
3、 陰性治療反応という用語のもたらす共感不全
・Freud,S.(1920,1923):無意識的罪悪感、分析家への攻撃、死の本能
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・Klein,M.(1957) :分析家への羨望
・Rosenfeld,H.(1975):破壊的ナルシシズムの表れ
*その後のクライン派
・両ポジションを通過することの心的苦痛の防衛(Steiner,J.)
・触れ合いが心的苦痛をもたらすことの防衛(Joseph,B.)
4、 フロイトが晩年自我心理学的観点を強めた必然
*陰性治療反応を通した自我による抵抗への気づき
「治ること自体が新たな危険であると自我にみなされるからである」
(1937)
*フロイトに見る自我支持の視点
・弱化する自我を助ける分析
「自我の中に侵入してくるエスに対して自我が怯え、分析家への協力を怖れる。それに対して、分析家は激励し安
心させてやる必要」
(1940)
Ⅲ、自我強化の視点――内的なよい自己との繋がり
1、内的なよい感覚世界との繋がり
*重症例における内的なよい感覚の乏しさ
・スターン、D.N.:「生気情動」
2、対象希求性の解釈
*スプリットされた対象希求性からの解釈
・Tp への信頼の芽
・よい自己の芽の醸成
3、考え判断する力の強化
*Tp への依存:依存的で未熟なケースにおいて判断を預ける傾向
4、コンテイニング機能の育成
*情動を持て余す Cl:スプリットした情動の意識化に伴う
*情動の表出を促すセラピーの危険性:行動化等
*気持ちを抱えることも含む複眼的解釈の必要性
・依存したい気持ちと抱えようとする気持ちの複眼的視点
5、アイデンティティの芽の形成――良性の投影同一化を通して
*肯定的自己像の形成
*逆転移の果たす役割
・対象支配の裏にある底知れぬ孤独感
・うんざりすれども憎めなさ
・未熟さと裏腹の純粋さ
*病理の裏返し:被支配性⇔サポーター
6、セラピーにおける「生きた」関係
・ウィニコット的セラピー観
セッションと言うのは苦痛で当たり前:
「真に苦悩している人にのみ有効」
・ビオン的セラピー観
関わり(こころとの出会い)の本質とは何か
Ⅲ、ビオン理論は内的マネージメント理論でもある
1、 早期のこころの授乳理論としてのコンテイナー理論
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*毒素の消化理論
・痛みに耐えられる自我を育てる:こころの器づくり
・コンテイナー理論とは毒素(攻撃性)を消化する理論である
怒り→痛みへの情動的意味の変換
・未熟な自我を育てる:陰性治療反応における自我の努力(悲鳴)
*「心的苦痛」の視点は自我の悲鳴への眼差しである
・陰性治療反応という「言い知れぬ恐怖」
*コンテイナーにおける無意識重視の別側面:直観
・平等に漂う注意との類似性
「ただ耳を傾けてさえいればよい」
(1912)
2、 早期の自我強化としての「複眼の視点」
*スプリットを使う早期自我に対するマネージメント
・攻撃性の背後に痛みを見る視点:スプリットされた自我の痛み
乳児の泣き声の奥に潜む「言い知れぬ恐怖」
・PS ポジションにおける抑うつ次元的な情動の捉え方
*精神病的思考の中にみる「複眼の視点」
・象徴等価物理論への批判
・精神分析理論の超自我化への警鐘
画一化された攻撃性解釈の弊害
3、 関わりの本質としてのマネージメント
――becoming O
*「情緒の攪乱」にみえる関わりの本質へ:
「寄り添う」から「向き合う」へ
・ビオンのセミナーにみる情緒の攪乱
「ふたつのパーソナリティが出会うとき、そこに情緒の嵐が生まれます」
「なぜ売女ではいけないのか」
・出会いがもたらすコミュニケーションへの着眼
「かわいい少女に話し掛けているはずなのに、若い女性であるとわかるのはなぜなのか」
・「精神分析の理論というのは、空にいるひばりが『飛び上がることも下りることもできなくてキーキー泣き叫んで
いるすずめ』であると信じるのと本質的には変わりません」
*こころの蒼古性との出会い
・「私たちはなぜ次のことを当然のこととして考えるのでしょうか。すなわち、ブラームスのバイオリン協奏曲のソ
ロパートをある人が演奏しており、そしてその見解は正しいものであると。そして、ソリストが公衆の面前のな
かで実はマスターベーションしているということを知っている人の見解より優れたものである、ということをで
す」
*関わりの本質に向けて――体制や超自我との対決
「精神分析理論は虎の皮の縞模様に過ぎない」
・なぜオーバースタンディングとは言わないのか
・記憶なく欲望なく理解なく
*手ごたえのある関わりへ
参考文献
祖父江典人(2008)
:
『対象関係論の実践――心理療法に開かれた地平』新曜社
祖父江典人(2010)
:
『ビオンと不在の乳房――情動的にビオンを読み解く』誠信書房
祖父江典人(2015)
:
『対象関係論に学ぶ心理療法入門』誠信書房
祖父江典人・細澤仁編著(2017 予定)
:
『日常臨床に活かす精神分析』誠信書房
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