変革への期待 ~フランス大統領選挙~ 前回取り上げたドイツ大統領の権限が中立的 権力なのに比べ、隣国フランス大統領の権限は 強大だ。大統領には首相の任免権や議会の解散 権が与えられ、非常時ともなれば独裁的な権限 を行使できる。また直接選挙で選ばれ、死亡す るなど特別な事情がない限り任期中の交代がな いのもドイツとは違う。選挙後5年の国の行く 末はまさに大統領の双肩にかかっている。 5月6日に実施された第2回投票(決選投 票)は再選を狙うサルコジ候補(国民運動連 盟)とオランド候補(社会党)の対決となっ た。 4 月 22 日 の 第 1 回 投 票 で は サ 候 補 が 27.2%、オ候補が28.6%の票を獲得し、選挙戦 は最後まで先を走るオ候補と追い上げるサ候補 という構図で進んだ。 主な争点は三つあった。経済危機の下で10% 超と高止まりする失業率と雇用問題。そして深 刻化する移民問題と極右の台頭。経済に関して はメルケル独首相と共にユーロ圏の緊縮路線を 主導してきたサ候補に対し、オ候補は路線変更 と高所得者への課税強化を訴えている。これら の争点に目新しさはなく、一向に解決の糸口を 見い出せない現政権への不満は高かった。な お、第1回投票で3位(17.9%)に食い込んだ 極右・ルペン候補の支持票取り込みが焦点に なったことも見逃せない。 5年前に続き、決選投票の当日にフランス北 東部の主要都市シュトラスブールを取材した。前 回はサ候補と仏史上初の女性大統領を目指すロ ワイヤル候補(社会党)の新人対決となり、話 題性だけみれば当時の方が高かったように思う。 市内に張られたポスターの趣がまた、日本と はずいぶん違う。両者とも基調は青。空や海の 広大な風景を背景に、極めて簡潔なキャッチコ ピーを配している。サ候補は「強きフランス」 、 オ候補は「変革は今」 。政党名はどこにも見当 たらず、候補者の名前が小さい点も共通で、サ 候補に至ってはなんと1センチ角しかない。現 職の自信だろうが、それにしても。いずれにし ろ、シンプルで清浄な印象を与えるため、フラ ンス流に突き詰めたスタイルがこれだ。 小学校体育館に設けられた投票所に来ていた 30代男性に関心事を尋ねたところ、教育と不法 移民という答えが返ってきた。EU 議会を擁し 観光客に恵まれる同市は活気にあふれ、経済問 左:サルコジ候補、右:オランド候補 題の優先度は比較的低いのかもしれない。彼が 支持するのはオ候補。理由は「変化が期待でき るし若いから」。両氏とも57歳なので歴代大統 領と比べての若さだろうが、閉塞を打破する活 力をオ候補に感じているようだった。 決戦投票の結果はオ候補が51.6%を獲得して 勝利し、8割を越す投票率が国民の関心の高さ を示している。日本人のなかには「誰が首相に なっても同じ」という脱力感いっぱいの意見を 持ち選挙に無関心な人も珍しくないが、フラン ス人から同様の言葉を聞くことは想像に難い。 大統領を選ぶことは相当の覚悟が求められる行 為であり、無責任に向き合うにはあまりに重い 選択だから。 (在独ジャーナリスト 松田 雅央) 候補者名の書かれた2種類の投票用紙が手前の テーブルに置かれている。有権者はどちらかを 選び、封筒に入れて投じる。やり方は実に簡単 日経研月報 2012.6 1
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