特許英語翻訳メモ - 三協国際特許事務所

2002/10/08
三協国際特許事務所
http://www.sankyo-pat.gr.jp
特許英語翻訳メモ
筆者プロフィール
氏名 結束一男(けっそくかずお)
経歴 1964.3 埼玉大学文理学部理学科卒業
1964.4-1995.9 ミノルタ株式会社勤務
1996.2-2002.5 日本電産株式会社勤務
2002.6三協国際特許事務所勤務
1967.11 ミノルタにおいて、特許課に配属されて以来、今日まで
特許業務に携わる。
特に、1986.10-1992.3 には、ハネウエル v.ミノルタ米国特許侵害訴訟
を含む数件の米国特許訴訟に携わり、その後、日本機会輸出組合、工業
所有権専門委員会、日本知的財産研究所、日米知的財産訴訟委員会、日
本知的財産協会、知的財産管理委員会において委員を歴任、米国特許訴
訟についての講演多数。
特許の出願実務に携わっていたときには、英文で明細書を作成し、米
国弁護士への鑑定依頼なども英語ベースで行っていた。
現在は、三協国際特許事務所において外国特許出願業務に携わる。
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I.
はじめに
以下は、筆者の長年にわたる実務経験から得た筆者なりの英文明細書の翻訳について
の心構え、実務知識、メモ等を纏めたものである。筆者は、現在、外国特許出願業務に
携わっており、その業務を通して、ポジティブ、ネガティブ(反面教師とて)に得た翻訳
に関する知識を蓄積したもので、今後もその蓄積を重ね、適当なタイミングで、このメ
モも改定していく予定である。
特許の量から質への転換の必要性が叫ばれて久しいが、実際の実務レベルで実行され
ない限り意味が無い。外国出願明細書でもっとも重要なものは、その英語表現力であり、
今後、権利行使の機会が増えると共に、明細書の質が厳しい評価の目にさらされる機会
も増える。又、出願の審査においても、日本の会社からの出願では、英語表現力、現地
代理人とのコミュニケーション能力の不足から、本来許可されるべきものも拒絶になっ
ていたり、許可されたクレームも、欠点を持ったままの例も多い。
このメモが、より質の高い英文明細書を目指しておられる実務家及びその監督者のお
役に立てば幸いである。尚、このメモは、単に、英文明細書だけでなく、技術英語全般
に通じるものも多い。
II.
英文明細書作成の基本的スタンス
1.翻訳とは
和文英訳は、日本語で表現された内容を理解して、それと同じ内容を native English
speaker に伝わるような英語で表す。本当に内容を理解し、一語一語は対応しないが、
文章全体として元の日本語と同じ内容を適確な英語で表すのが、本来の翻訳であり、日
本語の内容を外れてそれらしく表現するのは逃げた翻訳である。どう表現したら、日本
語の内容を native English speaker に伝えられるか、正面から取り組む姿勢が必要で
ある。
禅の言葉に「説似一物即不中」というのがある。「説いて一物に似たりと言えども即
ち当らず」と読むが、翻訳においても、ずばり当った翻訳でなければならない。
内容を理解し、例えば、単数複数の区別、日本語では省略されている主語や目的語、
暗黙の了解として文面に出ていないことだが、英文では必要なことなどを補足すべきこ
とは多いが、勝手な解釈で、新たな内容を加えたり、日本語とは異なる内容になっては
いけない。
2.日本語を離れて英文だけ見て通じるか
元の日本語と英語を見比べて対応しているように見えても、日本語を離れて英語だけ
を見て意味が通じなければ翻訳したことにはならない。つまり、翻訳された後は、英語
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だけが一人歩きし、しかもそれを読むのは通常 native English speaker であり、native
の英語感覚、ロジックで読む。自分が書いた英語が native にどう理解されるか認識し
ながら英文を作成すべきである。
3.日本語の理解
翻訳に先立って日本語を理解する必要があるが、翻訳者は必ずしもその対象技術の専
門家でない場合が多い。翻訳者は、可能な限り技術内容を理解するよう努力すべきであ
り、必要に応じて,日本語作成者とコミュニケーションを図るべきである。
III.
実務上の心得
1. 名は体を表さない
往々にして、部品の名前を挙げただけでその部品の全機能を示している、あるいは実
施例の特徴を全て盛り込んでいると錯覚をしているようなクレームに会うが、名前は単
にインデックスであり、クレーしたい特徴はクレームの中で明確に表現すべきである。
例えば、折り曲げ部を bend
edge というだけでは、どこがどのように折り曲げられて
いるのかの説明が無ければ、単に折り曲げている部分があるといっているに過ぎない。
中位概念のクレームを意識する場合、折り曲げ部のより具体的な構造や、目的、機能を言
うことにより意図する効果も言える。
2. ロジック、因果関係
日本語を英語に直訳すると論理構造、言葉の順序が逆になり、引用関係、代名詞の使用
がやりにくくなるので、文脈を工夫すべきである。日本語では、背景説明を長々とした後
で、主文が来る。英語は逆に主文が先に来る。即ち、英文では大事なもの、話しのポイ
ントほど前に来る。いくつかのパラグラフからなるときには、重要な内容ほど先に来る。
和文英訳のとき,文脈も英語のロジックに合わせることにより,より、自然な、つまり、
native speaker に受け入れられる英語になる。
3. 主語、目的語、動詞の対応
主語がものであるのに、動詞は、人間が行うものを使っている場合が間々ある。又、動
詞と目的語がマッチしない文を見かける。更に、日本語では、一つの文章の中で、主語
が変わってしまうことがある。英訳の場合、絶えず個々の述語の主語を意識する。
4. 省略
日本語では主語、目的語などが省略されることが多いが、英語では許されない。
英語では,会話でも、 I、 you を明確に主語とすることが多い。手紙などでは、Iが
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繰り返されることを避ける。
又、日本語では、暗黙の了解を前提に説明や言葉を省略して、後はお互い共通の環境
下で分かりあえると済ませる場合が多い。英訳の時には,日本語における言外の意味、
行間の言葉を補なう必要がある。
例えば、AとBが離れている、異なる、結合されているなどという場合、日本語では当
然「お互いに」離れている、異なる,結合されていることを意味として、「互いに」を
説明していないで済ますことが多い。AとBが離れている,異なる,結合されていると
いっても、互いにそうなのか,別のCとそういう関係にあるのかは断定できない。日本
文の前後から、「何と」そのような関係になっているか読み取り、英文中で明確にする
必要がある。
5. 英語のリズム
日本語では仮名と漢字が入り混じっていて、漢字が文章の中の特定の単語を強調する
役割を担っている。英語では、ずらっとローマ字が並んでいるだけで、文章を見ただけ
では、強調点が分からない。読み手は、目で追いながら、頭の中で声を出し、強調すべ
き単語は強調するように読んでいる。それゆえ、自然な英文は、スムーズに読むことが
出来る。読みながら、引っかかるときには、文章が間違っているか、おかしな文脈であ
る。
6.専門用語
専門用語の誤訳は、発明の趣旨を変えてしまうので、慎重に選ぶ。
7.辞書
英語で辞書を引くことを consult dictionary と言うが、医者や弁護士に相談するのも
consult である。つまり、辞書を引くときには、医者や弁護士に相談するように、辞書
と対話しながら必要な訳語を見つけていく。和英翻訳の際、和英辞典に頼り、その日本
語の単語に対応する英語の単語を拾い出すだけでは不十分であり、用例から、英語の意
味するニュアンスや、自分が作っている英文の中でどのように扱うかを考える必要があ
る。更に、その単語が、native にとって、日本語で意味していたのと同じ内容に受取
られるかどうか、英和辞典、英英辞典で確認することを勧める。又、シソーラスにより、
類似の単語の中から、最適なものを選ぶことも必要である。特に、その言葉が、その出
願の key word の時はなおさらである。その言葉が、技術用語の時には、同じ技術分野
の特許公報から用例を探すのが確実である。
IV.
1.
米国特許明細書に関する心構え
クレームの key
word を裏付ける明細書の記載は以外に少ないことが多い。その
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一言、一行があればと臍を噛むことは多い。
2.クレームでは、antecedent base を明確にする。つまり、クレームの中で説明する
部品やコンポーネントは、予め、何らかの形で、特定した上で、他の部材との関係や、
その作用について言及する。予め示されていない部材について、the や said を使うと
112 条の拒絶になる。
3.mere catalogue of the parts
日本の明細書では、クレームのみならず、明細書本文、実施例の説明においても、部品
名を列挙してことたれりとしていることが多い。又、更に、始末が悪いのは、その個々の
部品に、色々と修飾語を加え、文章が非常に長くなることがある。Native の米国特許明
細書での、実施例の説明は、narrative であり、文章も適度な長さになっている。
日本の明細書の、課題を達成するための手段の部分では、クレームをそのまま引用し
ている場合が多い。その結果、文章が非常に長く、且つ複雑になる傾向がある。米国の明
細書では、複数の文章で、一つの subject matter を説明している。
4. 日本の明細書の課題では、従来技術の欠点を解消することを目的とする、従来よ
りも部品点数を減らすという記載が多いが、そのようなことをしているのは発明者であ
る人間であり、発明という「もの」の立場から考えると、そのような欠点を持たない(free
from such defect)とか、部品点数が少ないとかという表現になる。
発明の目的について、native speaker が出願した米国特許明細書では、欠点を解消し
たというような negative な表現よりは、positive に表現することが多い。
5. comprise、 have、 include は目的語以外も含むことを意味している open
word
である。I can speak English. は、a few word でもしゃべれれば、yes である。
又、発明の要旨や実施例の説明において、クレームと同様に、X comprises A、B.C and
D というよな文章にし、且つ、個々のエレメントに長々と修飾語をつけることが多いが、
英文の明細書作成の時には、ばらして、文章を作り直した方がよい。
6.日本の明細書ではやたらと「等」を使う。等の中にどのようなものが含まれるか明示
がないと意味が無い。直訳は、etc. and so forth だが、通常は and the like、 or the like
とした方がよい。ただ、より正確には、内容をよく理解してより適切な表現を求めるべ
きである。
7.装置の発明に関し、実施例の構成の説明では、その構造が客観的にどのようになっ
ているかを記載する。日本のクレーム表現では、「挿入し」、「設け」、「接続し」という
ように、装置の発明にもかかわらず製造法を説明しているような表現が多い。客観的な
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構造の説明では、「挿入されている」「設けられている」
「接続されている」というような
表現になる。
V.
英語表現の具体的事例
1. 管理
日本人の好きな言葉に「管理」というのがあるが、常に、manage と訳すと的外れ
になることがある。担保も同様。日本語とその対応する英語とのニュアンスの違いを認
識し、本来日本語で言わんとしていたことをどう表現すれば、同じ内容が英語で伝わる
か考えながら、翻訳する。怪しい、不安な言葉については、英英辞典で英語本来の意味を
確認する。又、実際には、装置のデータに基づいて人間が管理しているのに、装置が管
理手段を備えているというような言い方をしている場合がある。これは、日本語が、主
語を省略したり、曖昧に使ったり、一つながりの文章の中で、いつのまにか主語が替わ
ったりするように、日本語では主語の概念が曖昧なことに起因するが、英語では、厳密
な対応を心がけるべきである。
2. 出来る
日本語で出来ると言ってあっても、英語では、can を省いた方がよい場合が多い。英
語の can はそれが可能、可能性があるということで、実際にやっているかどうかは問わ
ないが、日本語では、実際にやれたことを出来たと言う。
3.一般に英語では、出来るだけ受動態は避けるべきとされているが、技術英語において、
ものを主語にする場合、受動態にせざるを得ない場合が多い。
4.英文の1センテンスにおける論理構造は比較的に単純な場合が多く、言うなれば、
言葉のブロックを積み上げる感覚。日本語は、木造建築になぞらえられ、非常に複雑な
場合がある。このようなときには、一度、日本文を分解して、英語で作り直す必要があ
る。
5.英文では、一つのパラグラフは、数行内にまとめ、大事な内容ほど先に持っていく
のが原則である。英語の論理構造に従った単語、句、節の配置を配慮しながら纏めるよう
に心がける。日本人の英訳では、往々にして、修飾句と被修飾語とが離れすぎていて、
文脈上その関係がわからなくなる場合が多い。例えば、動詞と副詞句とが離れすぎてい
て、その間に別の動詞が入っていて、文脈上は間の動詞を副詞句が修飾するようになっ
てしまう例が多い。
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6.日本語の主語をそのまま英語にすると、その主語にたくさんの修飾語がついていて
頭でっかちになることが多い。いかに頭を軽くするか常に注意する。
7.hole と opening
言葉に対する感覚の違い。日本語では穴又は孔と表現されてい
ても、native speaker の英語感覚では、opening という場合が多い。 英語の native
speaker がどう受け取るか考える
8.日本語では、名詞、動名詞を漢語的につなげて一つの名詞を複雑に修飾することが
多い。それを単純に英語でも、名詞の前に名詞や動名詞を並べて修飾しているが、慣用
的に許される範囲を認識して使い、別の修飾技法と合わせて使う必要がある。
9.次のような英語らしい表現は、米国人と付き合ったり、native が書いた英文に触
れることにより得られる。身に付けて、使い慣れるようにすると、native とのコミュ
ニケーションがスムーズになる。
feel comfortable、 make room、 at this stage of game、 have nothing to do with、
up to my ears、 up to you、 get in touch with、 come across、 phantom line、
threaded for screw、 1 through 5、 a、 b、 c and d、 schematic illustration、 locate、
I miss you、
10.穴や空間の周囲:日本語では、穴や空間とそれを取り囲む壁との概念的分化が不
明確である。穴に部品を取り付けるとか、孔に部材を係止するというような表現がある
が、穴を形成してる壁に部品を取り付ける、又は係止すると表現すべきである。
11.次のような和英辞典では出てこない英語特有の表現も英文明細書から学び、活用
するよう心がければ、より英文らしい英文が書ける。in the vicinity of、 close to、
adjoining、 serrated、 corrugated、 knurled、 custody、 dispense with、 facilitate、
contour、 flush、 bear、 assume、 in turn、 depend、 scissors linkage、 maintain
the plate level、 yield、 cross-track direction、 dispense with、
12.日本語の「内面」は必ずしも内側にある面ではなく、単に内部の意味で使うこと
があるので注意。本当は何を言いたいのかよく考えてから訳す。
13.関係代名詞の先行詞は原則としてすぐ前であることを認識すべき。therebetween、
thereof などもその先行詞が離れ過ぎないよう、文脈からそれがわかる範囲で使うべき
である。日本人は往々にして、内容的に分かるはずだとして、かなり離れても強引に修
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飾句を離して使うが、英語としては、文脈から当然それと分からなければ意味不明とな
る。場合によっては、通常の翻訳では、先行詞と関係代名詞との間に介在するような句は、
別の場所に移して挿入句として使うとか、倒置法を使うとか出来るだけ、文脈を工夫し
て、先行詞と関係代名詞とを近接させる。
14.付帯的状況を示す with 節の有効活用。With the member being operated by A
というような、付帯的状況を示す句は使い慣れれば便利である。
15.関係代名詞か分詞構文か
叙述的に説明する場合、分詞構文で修飾するか、関係代名詞を使うか迷うことがある
が、関係代名詞を使うと、主語や目的語の相互関係、時制、修飾関係等が明確になる代
わりに、複文になる故に文脈が複雑になる。分詞構文の方がスマートに見えるが、主語
や時間的関係などが曖昧になる。それらをわきまえて使い分けるべきである。
16.和歌には枕詞、序詞があるが、それと同様に、日本語では、
「言ってみる」の「み
る」のようにそれ自体意味をなさない言葉があり、英語のときは省略可能。「突出する
ように形成されている」は「突出している」で十分。
17.日本では、中学校の英語授業で、始めの頃に There is a book on the desk. を習
うためか、日本人は、There is を使うことが好きである。英文の明細書ではあまり見
かけない。どのようなときに使ってよいか、見極めて使うべきである。
18.日本の明細書では、回転駆動、昇降駆動というように、部材を動かすことに関し、
運動内容に「駆動」の語を付加することが多いが、移転や昇降を他動詞として使うとこ
ろで駆動の意味は内包されており、あえて、駆動を訳す必要は無い。
19. 日本語では、部品や部材の名前を繰り返して言うときにも、長い形容詞をつけ
たままで繰り返すが、英語では、他の名詞と区別できる限り、出来るだけ短くし、定冠
詞をつけることで長々とした再掲を避けている。代名詞の効果的利用も英語特有である。
代名詞を日本語に訳す場合は、元の名詞を繰り返して使った方が素直な日本語になるこ
とが多い。
以上
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