「現代ファイナンス理論入門」講義録

「現代ファイナンス理論入門」講義録
平成 15 年 7 月 11 日 13:30−15:00
講演:永原 裕一氏 (27 期/明治大学政治経済学部)
(於
50 周年記念会館)
本日は、金融工学(Financial Engineering)のお話です。金融工学は証券会社や生命保険
会社などの金融機関で非常によく研究されている分野です。現代ファイナンスの主流で
ある、モダンポートフォリオセオリーとオプション理論をお話します。モダンポートフ
ォリオセオリーは預金や株をリスクをできるだけ少なくして保有する方法を考え、オプ
ション理論は金融派生商品と呼ばれるものの価格理論を説明します。
1.ノーベル経済学賞と現代ファイナンス理論の発展史
(The Bank of Sweden Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel)
1900 L.Bachelier
初めてのオプション理論“Theorie de la Speculation”
1905 A.Einstein
ブラウン運動の研究
1920−30 N.Wiener P.Levy
数学としてのブラウン運動の研究
1933 A.Kolmogorov
測度論を基礎にした確率論
1944
K.Ito
確率過程論の基礎(確率積分 Ito の公式)
1950
J.Doob
マーチンゲール理論
1952 H.Markovitz
平均・分散モデル
(1990 年ノーベル賞)
“Portfolio Selection “, J of Finance, 7, 77-91
1964 W.Sharpe
CAPM
(1990 年ノーベル賞)
“Capital asset prices: A theory of market equilibrium
under conditions of risk”, J of Finance, 19, 425-442
1973 F.Black and M.Sholes
Option Pricing (B-S model)
(1997 年ノーベル賞)
“The pricing of options and corporate liabilities”
J of Political Economy, 81, 637-654
1973 R. Merton
Option Pricing
(1997 年ノーベル賞)
“Theory of rational option pricing”,
Bell Journal of Economics, 4, 141-183
1976 J.Cox and S.Ross
Risk Neutral
“The valuation of options for alternative stochastic
processes”, J of Financial Economics, 3, 145-166
1976 S.Ross
APT
“The arbitrage theory of capital asset pricing”,
J of Financial Economics, 13, 341-360
1
1979
1979
1981
J.Cox
S.Ross and M.Rubinstein
Binomial model
“Option pricing: A simplified approach”,
J of Financial Economics, 7, 229-263
J.Harison and D.Kreps
No Arbitrage and Martingale Measure
“Martingales and arbitrage in multiperiod securities
markets”, J of Economic Theory, 2, 381-408
J.Harison and S.Pliska
No Arbitrage and Martingale Measure
“Martingales and stochastic integrals in Theory of
Continuous Trading ”, Stochastic Processes and their
Applications., 11, 313-316
株価の動きとブラウン運動は「でたらめ」という点で似ており、確率過程という数学
の分野を通じて両方に関連しています。Markovitz と Sharpe がノーベル賞を受賞して、
ノーベル経済学賞に、はじめてファイナンスの分野が誕生したことになります。
2. ファイナンスとは.
経済の主体には企業、家計、金融機関、政府・日銀などがあります。家計は株式を買
ったたり、預金を預けたりします。金融機関は企業に資金を貸し出して、その金利分を
利益にします。また、企業が海外に投資するなどして、大きな経済が動いています。
株式・社債(直接金融)
企業
家計
貸出(間接金融)
預金
金融機関
国債購入
政府・日銀
海外投資(為替)
海外
・家計:貯蓄・株式・債券などの金融資産や不動産などのその他の資産の保有を(勘に
頼るのではなく)合理的に決定したい。
・企業:資金調達を合理的に決定したい。(株を発行すれば、銀行に借りなくて済む)
・政府・日銀 : 国民経済を安定的に運営していきたい。
→これらの目的のためには : 金融・資本市場で形成される金融資産価格や不動産価格
の形成メカニズムについて理解が必要になってきます。
①投資理論(Investment)
2
モダン・ポートフォリオ理論、デリバティブ理論、
金利・債券理論、アセット・アロケーション、リスク管理
ファイナンス理論
②企業財務論(Corporate Finance)
資本構成理論、設備投資決定、資金調達・配当政策理論
ファイナンス理論は、数学や統計を駆使して、このような価格メカニズムを求める学
問です。数学が社会にもっとも密接に関わっている分野が金融工学となります。
3.モダン・ポートフォリオ理論
マルコビッツのポートフォリオ選択問題
(1)投資収益率
株式の分析では、株価そのものではなく、投資収益率で考えていきます。これは、株
の銘柄によって、株価の大きさが全く異なっているからです。
投資収益率=
(現在の株価−前期の株価)+配当
前期の株価
今日の株価が昨日の株価より何%上がったかを表わしています。これを書き換えて、
Rt =
( P−
Pt −1 ) + Dt
t
Pt −1
~
(2)予想投資収益率( R )
~
予想投資収益率を確率変数とし、これを記号で R と表します。
(3) 期待値(リターン)
~
E ( Ri ) = p1 Ri ,1 + p 2 Ri , 2 + ・・・+ p n Ri , n =
n
∑p R
t −1
t
i ,t
ただし、
n:証券iの予想収益率のとりうる値の個数
Ri ,t :予想収益率のとりうる値のうち第t番目の投資収益率
Pt :第t番目の投資収益率が実現する確率
(例)
N 社の予想収益率の確率分布
景気状態
好況
平常
確率
0.2
0.5
予想収益率(%)50
20
不況
0.3
-40
~
E ( RN ) =0.2×50+0.5×20+0.3×(-40) =8(%)
(4)分散と標準偏差(リスク)
3
「リスク」
というと、株価が下がってしまうことを指しているように考えがちですが、
ポートフォリオセオリーでは、上がることも同様に「リスク」で、変動すること自体を
「リスク」と考えます。
{
}
~
{
2
~
}
σ i2 = p1 Ri ,1 − E ( Ri ) +・・・・+ p n Ri ,n − E ( Ri )
∑ p {R
n
=
t =1
t
i ,t
}
~
− E ( Ri )
{~
~
2
} ]
= E [ Ri − E ( Ri )
(例)
2
2
N 社の予想収益率の確率分布より
2
2
2
σ N2 = 0.2×(50-8) +0.5(20-8) +0.3×(-40-8) =1116
σ N = 1116 =33.4%
統計の言葉で、平均、標準偏差と呼んでいるものを、ファィナンスの言葉では、リタ
ーン、リスクと言います。
(5) ポートフォリオ(複数の株式を保有すること)の予想収益率
P を構成する証券 A と証券 B の比率(投資比率)は W A : W B(ただし、W A + W B = 1 )
とすると、
~
~
~
R p = W A R A + WB R B
(6)ポートフォリオのリターン
~
~
~
E ( RP ) = E ( R A ) × W A + E ( RB ) × WB
(7)ポートフォリオのリスク
~
~ 2
σ P2 = E [ R P − E ( R P ) ]
{
}
{
{
}
2
~
~
~
~
= E [ (W A R A + WB RB ) − (W A E ( R A ) + WB E ( R B )) ]
2
~
~
~
~
= E [ W A ( R A − E ( R A )) + WB ( RB − E ( RB )) ]
~
~
~
~
~
~
~
~
= E W A2 ( R A − E ( R A )) 2 + WB2 ( RB − E ( RB )) 2 + 2W AWB ( R A − E ( R A ))( RB − E ( RB ))
~
~
~
~
= W A2σ A2 + WB2σ B2 + 2W AWB E [ ( R A − E ( R A ))( RB − E ( RB )) ]
~
~
~
~
この式において E [ ( R A − E ( R A ))( R B − E ( R B )) ] の部分は、証券 A と証券 B の予想収
~ ~
益率間の共分散となっていて、 Cov ( R A , R B ) と書きます。
{
}
}
同じ動きをする株価を2つ買うと、動きは2倍となり、リスクが高くなってしまいま
す。ところが、逆の動きをする株価を2つ買うと、それぞれがお互いの動きを相殺し合
4
って、あまり動かなくなり、リスクが小さくなります。これをポートフォリオ効果とい
います。同じような動きの株価をたくさん買うよりは、なるべく反対に動く株の組合せ
で買った方がリスクが小さくて済みます。
(8)相関係数 ( ρ A, B )
ρ A, B =
ただし、−1 ≤
a. 0 <
~ ~
Cov ( R A, RB )
σ A ,σ B
ρ A, B ≤ 1
ρ A, B ≤ 1 のとき
相関係数が正のときは正の相関があり、1に近づくにつれ相関が強くなります。
b. − 1 ≤ ρ A, B < 0 のとき
相関係数が負のときは負の相関があり、−1に近づくほど逆相関が強くなります。
c. ρ A, B = 0 のとき
無相関。
2個以上の証券でポートフォリオを形成した場合、その投資比率を変化させることに
よりリスクとリターンの組み合わせの軌跡(投資機会集合)が得られます。
(9)ポートフォリオの効果
5
ポートフォリオの標準偏差で測ったリスクは、証券 A と証券 B のそれぞれの標準偏
差に投資比率で加重した値 (W Aσ A + W Bσ B ) よりも小さいか( − 1 ≤ ρ A, B ≤ 1 のとき)、
同じになる( ρ AB = 1 のとき)になるかなので、必ずポートフォリオ効果がはたらきま
す。
2証券のケース
①正の完全相関 ( ρ ab = 1) ②負の完全相関 ( ρ ab = −1) ③ ( −1 <
~
E(R p )
ρ ab < 1)
①
②
③
A
①完全に相関するものは直線になります。
②完全に逆相関すねものは折れ直線になります
③株価にはだいたい何らかの相関が少なからずある
ので、①と②の間の曲線になります。AとBのリ
スクは必ず完全相関のときより小さくなります。
(ポートフォリオ効果)
B
σp
多証券の投資機会集合
~
E ( Rp )
A
B
この曲線内が株式市場の投資機
会集合です。この中でどの株の組
合せとウェイトが一番望ましい
かを考えます。
σ
C
(10)投資家の選好
6
~
効用関数 U = E ( R ) − λσ
私たちは、
「危険回避的な投資家」といわれています。
i) リスクの程度が同じなら、期待収益率の最も高い投資対象を選好する。
ii) 期待収益率が同じなら、リスクが最も低い投資対象を選好する。
2
~
E(R)
U2
>
U1
>
U0
*
A
*
B
*
C
σ
(11)効率的フロンティア
~
E ( Rp )
U2
U0
U1
A
*T
B
*D
点Tは、投資機会集合の中で最も効
用が大きくなる株の組合せです。ま
た、曲線 ATD を効率的フロンティ
アといい、この曲線上の点を効率的
ポートフォリオといいます。さら
に、点 D を最小分散ポートフォリ
オといいます。
C
σ
マルコヴィッツは、リターンとリスクだけで株式市場を語るので、その手法は2パ
ラメータアプローチと呼ばれ、ポートフォリオ効果をはじめて定式化した人です。
シャープの CAPM
7
(1) 安全資産の導入
リスク資産と安全資産(リスクフリーレート)を組み合わせたポートフォリオの投資
機会集合を考えます。安全資産とは、銀行預金のように変動しないもので、リスクは0
です。
W f :安全資産への投資比率
Wi
:リスク資産(i)への投資比率 (W f + Wi = 1 → Wi = 1 − W f )
R f :リスクフリーレート(安全資産の金利)
~
E ( Ri ) :リスク資産(i)の期待収益率
σ f :安全資産の標準偏差
σ i :リスク資産の標準偏差
~
E ( Ri ) − R f
~
E ( RP ) =
×σ p + Rf
…(*)
σi
~
E ( Rp )
N
A
(*)の一次関数
T
Rf
B
C
σ
安全資産とリスク資産が存在する場合、効率的フロンティアは安全資産を示す点 R f
から、リスク資産を示す双曲線に引いた接線 R f − T − N になります。接点である T は
接点ポートフォリオと呼びます。
8
(2)資本市場線
全ての投資家がモダン・ポートフォリオ理論に従って同じ選択行動をとると仮定して、
人々の個人的に合理的な最適化行動が集計された市場においてリスク証券の価格がど
のように形成されているかを考えます(資本市場理論)。
市場が均衡した(すべての資産について需要と供給が等しくなった)状態がどのよう
に形成されているかを単純化するために以下の仮定を設定します。
[仮定1]
全ての投資家は危険回避的に行動し、保有資産の収益率に関して期待効用の最大化を
図る。また、投資家は最適ポートフォリオを投資収益率の期待値と標準偏差(または分
散)という2パラメーターのみに基づいて選択できることを知っている。
[仮定2]
証券市場は、
①すべての投資家は、彼らの取引がそのときの市場価格に影響を及ぼすほど大きく
はなく、プライステーカーとして行動する。
②全ての証券は完全に分割可能であり(1円の投資も可能)、完全な流動性を備えて
いる。
③証券の投資と保有にともなう取引コストや税金は存在しない
という意味において完全市場である。
[仮定3]
リスク証券の空売りは、無制限に許容されている。
[仮定4]
全てのリスク証券の数量は、期首において所与の定数である。
[仮定5]
全ての投資家は証券の期待収益率、分散、共分散について相等しい予想を形成する。
(同質的予想の仮定)
[仮定6]
全ての投資家は同一の利子率で希望するだけ貸借できる。
これらの仮定のもとで、投資機会集合で説明した図における接点ポートフォリオ(T)、
及び効率的フロンティアは全ての投資家に共通のものとなります。したがって、全ての
投資家はリスク資産のみから構成されるポートフォリオについてはただ一種類の最適
ポートフォリオ(T)を選択します。また最適ポートフォリオの投資家間の違いは安全
資産と接点ポートフォリオの組み合わせ比率の違いです。
(分離定理)
重要なのは[仮定5]で、このような経済学的な強い仮定をおくと、つきせのようなこ
とが言えます。
ポートフォリオ(T)が市場の均衡状態を表すためには
①ポートフォリオ(T)は市場に存在するすべてのリスク証券を含むものでなければな
らない。
9
②個々のリスク証券がポートフォリオ(T)に占める比率が、リスク証券の市場全体の
中で実際に存在する割合(時価総額比)に等しいようなポートフォリオでなければなら
ない。
この様な条件を満たしたとき、接点ポートフォリオ(T)は市場ポートフォリオ(M)
となります。
~
市場ポートフォリオの収益率の期待値を E ( RM ) 、標準偏差を σ M とすると、効率的
ポートフォリオのリスクとリターンの関係は以下の図のような直線 R f − M − M ′ で
表せ、この直線のことを資本市場線(Capital Market Line)と呼びます。
~
E ( RP )
M′
M
~
E ( RM )
*
資本市場線
Rf
σP
σM
(
)
~
この資本市場線は傾き E ( RM ) − R f / σ M ,切片 R f の直線であるから次式で表せられ
ます。
資本市場線(CML)
~
E ( RM ) − R f
~
E ( RP ) = R f +
σP
σM
資本市場線は次のような意味を持ちます。
1. 上の式は、均衡における効率的ポートフォリオのリターンはリスクの正の一次関数
であることを示しているので、リスクが大きくなればリターンも大きくなる。
2. 資本市場線の傾きは、投資リスク1単位減らすにはどれだけリターンを犠牲にしな
ければならないかを表している。
10
(3)資本資産評価モデル(Capital Asset Pricing Model :CAPM)
十分に分散化された市場ポートフォリオを保有する投資家にとって、個別証券の投資
リスクの尺度は、その個別証券を単独で保有する場合の標準偏差ではなく、ポートフォ
リオに組み入れたことによってポートフォリオ全体のリスクがどのように変化したか、
つまりポートフォリオのリスクの増減(ポートフォリオのリスクに対する限界的寄与)
によって測定されます。ところで、個別証券(i)のリスクの限界寄与率を測る大きさ
は
~ ~
Cov( Ri , RM )
σM
と計算することができます。この限界的寄与率の値を CML のリスク値に代入すると、
以下の CAPM 均衡式が得られます。
資本資産評価モデル(CAPM)
(
)
~
~
E ( Ri ) = R f + E ( RM ) − R f β i
~ ~
Cov( Ri , RM )
ただし、 β i =
2
σM
証券市場線(Security Market Line : SML)
~
E ( Ri )
SML
~
E ( RM )
M
Rf
βi
β M = 1 .0
このシャープの研究の後、世界中で市場の株を全て買い揃えるようなインデックスフ
ァンドという商品が売られるようになりました。
11
4.オプション理論
(1)オプションとは
コール・オプション:ある商品を満期日に、ある価格(権利行使価格 K)で買える
..
権利。売れる権利はプット・オプションといいます。「権利を売買する」ということが
ポイントです。この権利の価値をオプション価格(プレミアム)といい、この価値を求
める理論がオプション理論です。
例)単期間二項モデル
(権利行使価格 K=1050)
0期
株価
1000
満期
1100
(uS)
900
(dS)
(S)
今月 1000 円の株が3ヶ月後に 1100 円か 900 円のどうちらかになるとします。1050 円でこの株を買
える権利を買った人は、、、
権利行使する(1100−1050=50)(Cu=uS−K)
コール
C
権利行使しない(0)(Cd)
1100 円になったときは、株を買ってその場で株を市場に売れば 50 円の利益になります。また、900
円になったときは、「オプション」なので、別に買う必要はなく、権利を行使せず終わります。
(2)簡単な単期間二項モデルによるオプション価格の導出
キーポイント:株式h単位とコール 1 単位とを組み合わせ、満期時にリスクのないキャ
ッシュフロー(資金の流れ)を得る。このポートフォリオをヘッジ・ポートフォリオと
いいます。
取引の内容
コール 1 単位の売り
0期
キャッシュフロー
株式h単位買い
−C
hS
hS−C
uS≧K
−Cu
huS
huS−Cu
dS<K
−Cd
hdS
hdS−Cd
満期
満期時においてリスクがないためには、次式が成立して、
huS−Cu=hdS−Cd
12
hについて整理すると、
h=(Cu−Cd)/ ((u−d)S)
(ヘッジ比率)
(1)の例では、Cu=50, Cd=0, u=1.10, d=0.90, S=1000 であるので、
hの計算をすると、h=0.25となります。
キーポイント:ここで、このポートフォリオはリスクゼロであるから、その投資収益率
は金利と等しくならなければならない(無裁定理論 ノー・アービトラージ:もし、リ
スクなしで、
プラスの収益が得られれば、金利でお金を借りて投資が出来ることになり、
みんながその取引をするので(裁定取引)、その価値は高くなり結局金利並しかリター
ンは得られなくなります。)
上の理論から、金利rとすると、
(hS−C)(1+r) = huS−Cu
この式から先程のヘッジ比率を代入し、C について整理すると、
C=
(1+r−d)Cu +(1 − r − d) Cd
( u− d)(1+r)
(1)の例では、r=0.01 であるので、上の式に代入すると、
C=27.23 となり、これがコール・オプションの価格となります。
ここで、p=(1+r−d)/(u−d)とすると、上の式は
C={pCu+(1−p)Cd}/(1+r)
ここで、pは確率となり、リスク中立確率といいます。(1)の例では、p=0.55 です。
この式の意味は、0 期のコール・プレミアムは、満期時のコールのキャッシュ・フロー
を、リスク中立確率pで、期待値を取り、金利rで割り引いたもの(現在価値化)です。
このリスク中立確率下(リスク中立な経済)での株式の投資収益率は、金利に一致しま
す。
{puS+(1−p)dS}/S = 1 + r
つまり、理論的には、どうやっても金利分しか稼げないことになります。
(3)ブラック・ショールズ・モデルとマーチンゲール理論
ブラック・ショールズ・モデル
二項モデルをn期間化し、nを無限大まで拡張すると、以下のブラック・ショールズ・
モデルが得られます。
C = SN (d1 ) − Ke − r (T −t ) N (d 2 )
d1 =
ln(S / K ) + (r + 0.5σ 2 )(T − t )
σ T −t
、 d 2 = d1 − σ T − t
13
N (d ) :標準正規分布の累積密度関数
σ :ボラティリティ
T :満期
t :現時点
以上の理論は、数学では確率解析学・確率過程論とか称される分野で、数学科の上級
生から大学院クラスのレベルです。ファイナンス理論として研究は完成されており
(1990 年代)
、後は金融工学として様々な技術上の研究課題があります。
5.経済物理学とは
1997 年に経済物理学(Econophysics)という造語が登場しました。これは、物理
学者が実験をくりかえし物理理論をたえず変更していくように、経済学も景気や株式な
どの経済現象を観察することによって、その実証性を第一義として物理学などのモデル
を経済にあてはめようとするものです。
1.近代経済学の成立と物理学
荒川章義著「思想史のなかの近代経済学」によると、
「解析力学の分析方法を経済
学の分析方法に、物体の振る舞いの分析手法を人間の振る舞いの分析手法に、そのまま
導入することを可能にしたのは、この近代経済学という学問が、思想的には一八世紀(フ
ランス)啓蒙の哲学から生成され、形式的には一八世紀(フランス)啓蒙の哲学を代表
する科学の理論である解析力学から生成されたという事実そのものにほかならない。言
い換えれば、近代経済学という固有の認識のあり方は、あの一八世紀(フランス)啓蒙
の哲学の産物にほかならなかったのである。」と述べている。このように、経済学の成
立に物理学の中のひとつの分野である解析力学が重要な役割を持っていたことは疑い
ようがない。しかし、経済学はその後独自に、一般均衡理論を中心として数学的に高度
な展開を見せた。これは、荒川氏も述べているように、「本来啓蒙の哲学以降誕生した
社会科学という学問は、
社会科学者と呼ばれる人たちが、人間の行動の類型性や規則性、
人間社会の類型性や規則性を研究する学問のことにほかならない。しかし、当然のこと
ながら、社会科学者と呼ばれる人たち自身、実は一人の人間にすぎないのであるから、
「人間一般」の行動の類型性や規則性を理解するためには、別にわざわざ「他人」の行
動や思考を「観察」(observation)したりする必要は毛頭ない。むしろ、まずは「自分
自身」の「内的経験」を少々振り返り、その後「類推」の力により、この「自己観察」
を「他者」に投影し、「他者」の行動の類型性や規則性を理解することにすれば十分だ
ろう。言い換えれば、「人間一般」や「人間社会一般」の行動の類型性や規則性を理解
するためには、まず第一に「自分自身」のそれを少々「内省」(introspection)するこ
とにすればよいだろう、というわけなのである。」
さらに引用すると、「当時の社会科学者たちは、この社会科学の内省的方法は、自然
科学の経験的方法より客観性を欠いた研究方法にすぎないと考えるどころか、むしろよ
り客観性・厳密性の高い研究方法にほかならないと考えたのであった。なぜなら、自然
科学の経験的方法の場合には、われわれ観察者と観測対象たる自然の間には、文字道り
14
のさまざまな(距離の、スケールの、人間の知覚の限界の、などなどの)「距離」や「障
害」があり、それゆえ観察者と観察対象との関係はつねに「間接的」関係に止まらざる
をえないのに対し、社会科学の内省的方法の場合には、われわれ観察者と観測対象たる
自分自身の間には、まったく「距離」や「障害」は存在せず、それゆえ観察者と観察対
象との関係は必然的に「直接無媒介」の関係のただ中にあるように見えるからである。」
とある。
2.統計力学の発展と「シナージェティクス」
当時の解析力学に代表される物理学は分析的・構成的であり、いわゆる近年批判されて
いる要素還元主義的なものであった。このようにして、近代経済学は内省的・要素還元
主義的に高度な数学の助けをかりて体系化されていったのである。一方、物理学はその
「距離」のおかげで自然現象をたえず観察し続けて発展した。17世紀末からニュート
ンに始まる要素還元主義的な方向としては、分子・原子・素粒子と量子力学や素粒子論
へと発展していった。しかし他方では、大きな分子の集団を扱う気体分子運動論は確
率・統計の考え方を基礎に集団としてのさまざまな特性を導く統計力学という新しい物
理学を生み出していった。
18世紀に、ベルヌーイが最初に気体の圧力を原子の運動で説明して以来、19世紀の
マクスウエルによって気体分子運動論が提唱され、さらにボルツマンやギッブスによっ
て状態数によるエントロピーの概念や不可逆過程など、平衡状態での統計力学の基礎が
確立されていった。20世紀も半ば以降は、ノーベル化学賞受賞者のイリヤ・プリゴジ
ンによる「散逸構造」やレーザー物理学のヘルマン・ハーケンの提唱する「シナージェ
ティクス」によって非平衡状態の統計力学が研究されてきた。経済物理学の中で主に用
いられているのはこの非平衡状態の統計力学の概念である。トニス・バーガ著 (新田・
永原共訳)「複雑系と相場」によると、
「シナージェティクスとは、システムの要素が相
互作用しているような多構成要素の科学、すなわち複雑系の科学であると定義できる。
適切な条件の下では、システムを構成する要素は独立に行動するよりもむしろ相互に協
同するであろう。物理学、化学、生物学においては複雑系の構成要素は極めて多様であ
りうる。同様に、要素間の相互作用も大きく変化するであろう。それにもかかわらず、
ヘルマン・ハーケンのような初期の研究者達は、ミクロ的な詳細とは別に、多様な問題
の間に密接な類似性を発見したのである。マクロ的な類似性には、状態遷移、不安定性、
臨界変動、自己組織化などが含まれる。このマクロレベルでの記述こそが、シナージェ
ティクスの領域が学際的である根拠となっているのである。」とある。
3.複雑系の経済学
ここ数年複雑系の経済学といわれる一連の研究が行われてきた。これを整理してみると、
① カオスを発生させるような非線形方程式などから経済モデルを構築する
② 経済システムや市場を複雑適応系として捉え、GA(Genetic Algorithm)やニュー
ラル・ネットワーク、エージェント・ベース・アプローチなどシミュレーションを
用い経済を考える、
③ 統計力学の手法・概念、またその他の物理モデルを広く適用し、市場や経済システ
ムの理論化を行ったり、数理生物モデルなどを適用し Heterogeneous Agent のモ
15
デル化などを行う経済物理学的アプローチ
4.「複雑系と相場」におけるモデル
バーガは株式市場のモデル化を行うにあたって、キャランとシャピロの「社会的模倣理
論」(Callen and Shapero (1974))とその数学モデルの基である「シナージェティクス」
を広く社会学に応用し「Sociodynamics」を提唱しているワイドリッヒの「社会集団の
分裂現象モデル」(Weidlich (1971))を適用した。ワイドリッヒは、物理学のモデルで
ある、Ising モデルを応用して、意見の対立+と−のモデル化を行った。以下はその
応用としての、バーガの株式市場のモデルである。
最後に、ファイナンス理論を見ると、いかに確率論や統計学が社会の中で使われてい
るかがよく分かります。高校時代に、ぜひ統計の分野にも興味を持って、勉強していた
だけたらと思います。
参考文献
・津村・榊原・青山 (1993)「証券投資論」 日経(証券アナリスト用教科書)
・ 野口・藤井 (2000)「金融工学」 ダイヤモンド
・ 刈屋武昭 (2000) 「金融工学とは何か」 岩波新書
・ 荒川章義 (1999)「思想史のなかの近代経済学」、中公新書
・ TAC (1998) 「証券分析 レベル1テキスト」
・マンテーニャ、スタンレー(中嶋真澄訳)(2000)「経済物理学入門」
、エコノミスト
社
・トニス・バーガ(新田功・永原裕一共訳)(1999)「複雑系と相場」、白桃書房
・ワイドリッヒ、ハーグ(寺元英他訳)(1986)「社会学の数学モデル」東海大学出版社
・Callen, E. and Shapero (1974) ,``A Theory of Social Imitation '', Physics Today, July.
・ Vaga, T. (1990), ``The Coherent Market Hypothesis'', Financial Analysis Journal,
November-December, 36-49.
・Weidlich, W. (1971), ``The Statistical Description of Polarization Phenomena in Society '',
British Journal of Mathematics and Statistical Psychology, 24, 251-266.
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