他 動 的 合 気 術

特集第四部
年前から日本の伝統柔術「逆手道」を
( 武 道 場 ) と い う と こ ろ で、
BUDOJO
筆者は合気道の練習生たちを相手に
す。 そ の 一 つ、 秘 伝 で も ご 紹 介 し た
そこで 年半ほど前から彼らに合気
術を教え始めたところ大好評で、実際
きなくなります。
に止まり、まったく身動き一つすらで
流れるような見事な動きはたちどころ
す る と、 彼 ら が 日 ご ろ 訓 練 し て い る、
では、これからその教え方をご説明
し、併せてセミナーの様子をご紹介し
んでくれます。これが私にとっては何
始めるのに更に驚き、そしてとても喜
とその不思議な技が自分たちでもでき
から(笑)
、私が考えた方法で教える
2010年の秘伝 月号に掲載され
た「レポート欧州日本武術事情」でも
が予定されています。
す技ばかり練習しているのです。です
動をし、タイミングを外して相手を崩
事実です。彼らはただくるくると円運
まったくできない(知らない)という
に合気術に特化することを考えました。
気術セミナー〟と題して逆手道とは別
てしまうため、2011年からは〝合
他の合気道道場からの参加者が限られ
私の考える合気術の原理とその教え方
欧州合気柔術逆手道 倉部誠
のススメ
い他の合気道道場を使って教え始めた
教えています。ところが、
当初からずっ
ます。
ご紹介しましたが、ポーランドの合気
私が一番最初に気付いた合気術の原
理は、
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HIDEN Budo & Bujutsu
誰でも合気を体現し得る養成法
他動的合気術
本 誌シリ ーズ連 載「 欧 州 日 本 武 術 事 情 」
ところ、やはり期待通り沢山の合気道
でお 馴 染みの倉 部 誠 師 範が開 眼し 、欧 州
の合気道家たちに新風を巻き起こしてい
家たちがセミナーに参加して来ました。
まだ始めたばかりですが、参加者の
反応は一応に大好評で、まず合気術の
不思議な効果に驚き、
「そんなことが
できるはずがない」と疑い、一人ひと
り前に出てもらい自身で体験して初め
て納得します。そうして合気術が魔術
2011年の 月、 月とポーラン
ドの首都ワルシャワで合気道愛好者を
と気になってしようがないことが一つ
に教えると彼らの大半が直ぐにでき始
でも催眠術でもないことを分からせて
対象に合気術のセミナーを2回開催し
めます。逆手道と銘打つと柔術なので
道人口は 万人を超え、首都ワルシャ
1
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更に立地条件が良くて人が集まりやす
ワには 以上もの合気道道場がありま
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より嬉しいことです。
ました。この原稿は同年 月に書いて
ありました。それは、私たち柔術家が
文◎倉部誠
その
「逆転の発想」
に触れてみたい。
点とも言える単 純な稽 古 法で実 現した、
合 気で体 現される不 可 思 議な効 果 を、盲
合気」とでも呼べるだろうか。
るという「合気術」。
千葉県出身。高校時代は柔道を、大学では部
活で糸東流空手道を習う。社会人となった後、
兼相流柔術の分派である逆手道に出会い、約
十年を修業に励む。その後、欧州オランダに渡
るが、日本では1993年に逆手道創始者、田中
忠秀堂師範が没し、後継者もなく流派が途絶
えてしまったことを憂い、欧州の地で逆手道の
指導を開始する。以後、着実に伝承の輪を広げ
る中で、当地を皮切りに広く武道関係のネット
ワークを拡げて現在に至る。逆手道の研鑽の
中から独自に「合気術」の術理に気づき、近年、
積極的に指導を開始している。
その個 性 的 な 養 成 法 は、言 わ ば「 他 動 的
倉部誠 Kurabe Makoto
認識するところの〝合気術〟を彼らが
合気術セミナーの始動
!?
いますが、 月にも3回目のセミナー
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からこちらが本気で掴んだり抑えたり
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いったん原理が分かれば、次から次
へと違う技が習得できます。
原理を使ったものだったからです。
うものがあり、この技がまさしくこの
手道の技の中に「小手引き投げ」とい
というものでした。この原理に気が
ついたきっかけは、私が教えている逆
とも相手は崩れてくれる」
きず、従って腕に大した力を入れなく
動かすことができれば、相手は抵抗で
その掴まれた箇所に力を入れずに腕を
「例えば手首などを掴まえられた場合、
というわけです。
できずに腕ごと持ち上げられてしまう
できませんから、ブロックすることが
が加えられて腕が上げられるのか察知
ることができれば、相手はどこから力
首に力が入らないようにして腕を上げ
ません。しかし、もしその掴まれた手
ブロックされて腕を上げることができ
して力を増してきますから、こちらは
力を直ぐに察知して、掴んだ手首に対
を掴んでいる相手は手首に加えられた
れた手首に力が入ってしまいます。手
上げようとすればどうしてもその掴ま
明します。手首を掴まれた状態で腕を
は 無 い の で す が、 そ れ で も 相 手 の ブ
げるのですから大した力が掛かるはず
てもらうのです。指をつまんで持ち上
の中指をつまんでもらい、それを上げ
やる方法は、第三者に掴まれている手
いので他人の力を借ります。私が良く
のは困難です。はじめは、とても難し
「言うは易し、行うは難し」
しかし、
で、頭で理解できてもそれを実行する
腕はらくらくと上がります。
ることを完全に忘れることができれば
に徹すれば、つまり手首を掴まれてい
首を掴まれていることに対して無意識
ばよいのです。あるいはその逆に、手
らないように十分意識して腕を上げれ
れならば静止している目標よりも、蝶
ことを忘れさせる方法に他ならず、そ
いますが、これは手首が掴まれている
に行くつもりで手を上げる」と教えて
す。他流派ではこの動作を「耳を掴み
ること無くスルスルと上がっていきま
ていることを忘れ、腕はブロックされ
の手に集中しますから、手首が掴まれ
れている手で掴みに行くのです。そう
そのひらひらと動く第三者の手を掴ま
蝶が飛んでいるイメージです。そして
次に、掴まれた手の上方で、第三者
に手をひらひらと動かせてもらいます。
ロックは効かずに腕は上がります。
他動的合気養成法 ステップ2
すると、意識はひらひらと動く第三者
例えば片方の手首を順で掴まれた状
態で、相手を崩して四方投げへ繋げる
これは腕を上げる際に手首に力が入
典型的な合気道の技を例にとってご説
他動的合気養成法 ステップ1
今 度は、 掴 まれた 腕の上 方で第 三 者に掌 をひらひらと 動 か
してもらう(①)。 その第三者の掌を掴まれた手で掴もうと
して腕を持 ち上 げていくと(②)、 ほとんど抵 抗を感じるこ
となく掴まれた腕はスルスルと上がっていき、 相手は吊り上
げられてしまう(③)。 大東流の口伝や八光流柔術の心的作
用 な どでは 「相 手の耳 を 掴みにいく」「耳 がかゆいと 思 え」
といった教えがあるが、いずれもこの方 法と同じく 「掴まれ
た 手 首 を 意 識 か ら 外 す」 効 果 を 狙っているが、この方 法 だ
と目標が動いているため、より集中力が喚起され、それだけ
「掴 まれている事 実」 を 意 識の外へ置 きや すい。ステップ1
ではあくまで第 三 者の力で腕を上 げたが、ステップ2ではよ
り能動的に自らの意志で腕を働かせることとなる。
「合 気は掴まれた箇 所に力を入れずに腕を動かすことで実 現
する」ことに気 づいた 倉 部 師 範 が実 践 する合 気 養 成の稽 古
法の一は 「掴 まれた 腕を第 三 者に上 げてもらうこと」。 相 手
に手 首を掴 まれた 際、 第 三 者に掴 まれた 手の中 指を軽 く摘
んでもらい( ① )、 あまり力を入れずに引っ張り上 げてもら
う( ② )。 すると、 たいした 力は掛 かっていないにもかかわ
らず、 相 手はブロックできずに腕 ごと吊り上 げられてしまう
(③)。
注意●ここでは第三者もたいして地あああああああああい k
らを使っていないことを示 すために中 指を摘んでいるが、 実
際の練 習においては危 険 ( 脱 臼 な ど) 防 止のた め、 3 本 以
上の指、もしくは掌を掴むようにして行う。
HIDEN Budo & Bujutsu
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す。
りは、遥かに効果的に技を習得できま
ならば模範演技をただ脇で見ているよ
うに工夫すれば良いのです。この方法
恐らく私が理解した5つの原理のどれ
もできない技に遭遇しますが、それは
使っているのかが分かり、すぐにその
れている写真だけを見て、どの原理を
す。また他の先生方が合気術を演技さ
面白いもので原理が分かると、それ
を応用した技は次から次へと生まれま
これら5つの原理に共通するものを
考 え る と、 合 気 術 の 定 義 が で き ま す。
他の機会を見つけてご紹介できればと
ては、他の4つの原理ともどもいずれ
思います。
意識で力を制御する
もしたら、ポーランドの
ワルシャワに合気術がで
きる合気道家たちが沢山
(了)
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増え続けています。これらの技につい
遥かに効果的です。
更には合気術の定番とも言える「合
気肩落とし」にももちろん応用できま
つまり私なりに理解した合気術とは、
行きます。あと1〜2年
それと同じ動きを自分だけでできるよ
この原理は合気上げにも、もちろん
活用できます。
す。これなどは本当に簡単にマスター
にも当てはまらない原理を使った技に
「意識で制御した力を使って、一種の
ナーはこれからも続けて
HIDEN Budo & Bujutsu
のように動いている目標を使うほうが
れずに両腕をシズシズと持ち上げれば
違いありません。そのような時「合気
術の世界は深く広い」ことを思い知ら
錯覚状態に陥れて相手をコントロール
技ができます。ただ時々、どうやって
よいのです。
できてしまいます。
力いっぱい押し下げても下がらない相手の腕が、意識した力を作用
両手首を相手に掴まれ押さえつけら
れている状態で、この両手首に力を入
初心者にこの技を教える場合、私は
次の方法を使います。
合気術の原理5種
ました。
する方法」ということになります。
されます。
セミナー風景。 初めて見た合気
術が早くもでき始めて会心の笑顔
がこぼれる受講者たち。
1)両腕の肘の位置を、掴まれている
横に伸ばした相手の片腕をこちらの片腕で押し下げる実験をして見せ
両手首と同じか、心持ち低い位置に落
2011 年の秘伝 4 月号で養神館合気道の中島孝雄師範が紹介されていた、
とす。
どのように大きな違いが結果として現れるのかを知ってもらうために、
同じ腕で力を出しても、そこに意識を加えるのと加えないのとでは、
はもちろん、他の〝合気術〟も初めて目にする人たちばかりでした。
つまり他の柔術の技と決定的に違う
のは、力を加える際、頭で(あるいは
なおこの合気術セミ
これら5つの原理に基づいて、現在
私が使える技は 本となりました。現
ます。
在でも毎月一本のペースで新しい技が
クラス 2 人を含め、多数が参加してきました。その誰もが「合気上げ」
私は今述べた原理のほかに4つの原
理を考え付き、それらをまとめると表
BUDOKAI( 武道会)の練習生をはじめ、他の合気道道場からも指導者
の5つとなります。
2011 年 に 2 回 開 い た セ ミ ナ ー に は、 会 場 と な っ た 合 気 道 道 場
これは次に述べる、腕を肘から動か
し や す く さ せ る た め の 予 備 段 階 で す。
させると1/ 3位の力でも軽々と下げられます。これは原理1の活用に
他なりません。中島先生は初心者でも分かるように〝相手の腕が2本
もちろんこの原理が一度マスターでき
そうしたイマジネーショ
れば、肘の位置などどこにあろうが関
りと把握できていれば、
方策です。原理がしっか
係なく合気上げはできますし、手は開
押し下げるための一つの
手であろうが握手であろうが関係あり
わらないようにして腕を
ません。肘の高さを下げるのと同じで、
触している部分に力が加
開手のほうが慣れないうちは簡単とい
ンなど使わずとも、単に
腕を下げるだけで事足り
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と同じで、腕と腕とが接
うだけのことです。
掴みに行く」ということ
2)両腕を肘から前方へ押し込む。
る「
(手解きの際)耳を
これが難しい動作で、どうしても腕
を動かそうとすると手首に力が入って
これは他流派で教えてい
しまいます。そこでまた第三者の出番
上下に重なって存在すると想像して力を掛ける(腕を押し下げる)
〟と
説明されていましたが、
です。第三者を背後に回らせ、自分で
腕を動かす代わりに、その人に両肘を
押してもらうのです。そうすると掴ん
でいる相手は、大した力を加えていな
いのに本当にあっけなく吹き飛ばされ
育つことを期待しており
ます。
るように後方へ倒れます。これで本人
は、どの程度の(小さな)力で、どの
ように腕を動かせばよいかを実際に自
分 の 体 で 体 験 で き る の で す。 あ と は、
合気術セミナーをポーランドで開催
他動的合気上げ
掴 まれた 両 手の肘 を 掴 まれている 手 首 と 同 じか、 低い位 置に落 とした 状 態で、
背 後から第 三 者に両 肘を押してもらうと、 たいした 力を加 えずともあっけなく
合気が掛かり、 相手は後方へ崩されてしまう(①〜②)。
合気肩落としの実践
腕の力を使わずに動かすコツを掴むと、 後 方から相 手の肩に両 手を掛 けて倒 す
「合 気 肩 落とし」 も 容 易にできるよ うになる。 背 後 から 両 肩に両 手 を 載せ、 手
に力を入れることなく下へ腕を下げると、 相手は腰から崩れ落ちる(①〜④)。
両腕二人取り 合気落とし
合気術・原理5種
原理1 検知できないように力を加えて相手を崩す
掴まれたり掴んだりして接する部分に力が作用しないように腕
や手を動かすので、相手はどの力がどのように伝えられたか察
知できず、従ってブロックできない。
原理2 合気接触状態を創りだし、幻覚させて相手を崩す
相手にごく軽くデリケートに接触することによって、接触させ
たこちらの手や腕が相手の体の一部と錯覚させ、相手が自分で
バランスする自由を奪い、こちらの手や腕を動かすと相手は自
分の体が動いたと感じて抵抗せずに崩れてくれる。
原理3 接触部分から離れた目標に力を加えて相手を崩す
掴んだ箇所ではなく、そこから離れた相手の体の部位、例えば
肩や腹などに力が加わるように意識して力を作用させる方法。
相手は突然思いもかけない部位に力を感じて抵抗できない。
原理4 腕や手を動かさず、気の力で相手を崩す
こちらの手や腕の移動を伴わず、接触点を介して意識で力を伝
達して相手を崩す合気術。
原理5 相手の想定外である波動力を利用して相手を崩す
相手の体に波動〈振動〉で力を加えると、相手はその様な状況
を全く想定していないため、抵抗の仕様がなく崩れてしまうこ
とを利用する合気術。
意識で)
、その掛け方を制御するとい
う点にあります。ですから柔術の場合
は技を教えるのに手の開け方や腕の動
かし方で説明すれば技は伝わりますが、
同じ教え方では合気術は指導できませ
ん。教わったとおりに手や腕を動かし
ても、意識で力を制御することが実現
できないからです。合気術を教えるの
に、従来は柔術と同じに手や腕の動か
し方で指導していましたが、これでは
教わるほうがなかなか上達できないの
は至極当たり前のことです。
私が考えた「原理で合気術を教える」
ということは、まさに〝どうやったら
意識で力を制御できるか〟を直接的に
HIDEN Budo & Bujutsu
教えることに他なりません。教わるほ
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■
「原理が分かると、どんどん技が生まれる」とい
う倉部師範。両手をガッチリ取られたところから
掴まれた腕を体側へ引き寄せ、一体感をもって
重心を下げていくと、抵抗できずに床まで崩さ
れてしまう二人、仰向け状態で合気が掛かり、
床から立ち上がれない(①〜⑥)。
うが早く上達できるのは当然です。
相手は丁度エレベーターで上昇
する感覚で、肩ではなく腰に重力
を感じて崩れる。初心者は⑤のよ
うに、腕と体との角度を固定して、
膝を折ることで重量を相手に掛け
てみる。この時、カクンッと急に
落ちるのではなく、ごく普通の動
作で行うだけで良い。あとは、い
かに膝を折らずに同じ動作ができ
るか、ということになる。
※来春には倉部師範のこの合気術をまとめた書籍&DVD「できる
合気術(仮題)」がBABジャパンより刊行予定。乞う、御期待!