化学工場における事故リスクと安全文化

S07B09
T.KOTANI
【リスクの回避と工学の役割】
化学工場における事故リスクと安全文化
小谷 卓也
(化学工学会 SCE ー Net)
1. 講義の目標
日常の生活に必要な身の回り品とは切っても切れない関係の深い製品を製造するのが化学プ
ラントだが、普段人目に触れることはほとんどない。そして、この種の施設は、ほんの少しのミスで
大災害を惹き起こしているもののその事故の実態はほとんど知られていない。本講義では、海外
の大災害事例、国内の複数回事故を起こした事業所での面談調査などから得られた原因の紹介
と、事故防止のための「安全文化」の確立の必要性についての理解を深めることを目的とする。
2.講義概要
本講義は以下の5部からなる。
● 講義内容と要点の紹介
● 事故リスクが小さいプラントとは
プラントの事故リスクを小さくするため必要な技術的要素は、業種が化学・石油・エネルギー・半導
体・食品・環境・鉄鋼・造船などの業種に関係なく、共通している。
● 海外化学プラント/薬品の事故例
下記の事故現場の状況を写真や図解入りで紹介、化学薬品の原料は製品を扱う設備の事故
の恐ろしさや判明している原因、そしてそのリスクを避けるためになすべきことなどを説明する。
― 北海採油プラットフォーム爆発(ヨーロッパ)
― 硝酸アンモニウムの事故(アメリカ・ヨーロッパ・アジア)
― 石油改質装置の爆轟(アメリカ)
― 休止中の塔の爆発(アメリカ)
― 地震/津波により破損/漂流する貯槽(アメリカ・日本・インドネシア)
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硝酸アンモニウムの事故
Azote de France TOULOUSE倉庫爆発
地震/津波により破損/漂流した貯槽
移動距離300m
● 国内プラントの事故の起こる時期と原因
国内の事故解析例として、国の委託を受けて 2003 年に実施された「高圧ガス保安法関連事故
の原因解析調査」結果を紹介する。この調査は、今後の政策決定に反映させるために行われたも
ので、調査チーム 8 名のうち 4 名がこの講座「リスクの回避と工学の役割」の講師であった。
この調査では、当時石油精製および化学産業等の産業事故が増加傾向にあるため、高圧ガス
保安法上の事故を対象に各企業の本社及び事業所(合計 327 箇所)における実態をアンケート調
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査し、さらに複数回事故を起こした事業所でのヒアリング調査を行った。解析結果の詳細は省略し、
事故発生時の運転状態と事故の直接原因比率の変化について大まかに説明する。
運転を定常運転と非定常運転に分けると、非定常運転時の事故のほうが頻度が高いという結
果が得られているが、他の調査でも同様なことが明らかになっている。
また、現場での事故防止対策としては、マニュアルの整備その他形式を整えるほうに力点が向
いていたようで、その実施環境すなわち企業内の安全風土、いわゆる安全文化に言及した回答
は少なかった。これは、そういうことを自由に外部に公表できる企業環境にないことも考慮する必
要があろう。
4.4 事故直接原因比率変化
(180事業所アンケート)
化学非定常58∼03
化学非定常98∼03
石油非定常98∼03
石油非定常58∼03
石油定常58∼03
石油定常98∼03
化学定常98∼03
化学定常58∼03
0%
マニュアル定量化不足
20%
40%
その他マニュアル不備
60%
80%
設備劣化・設計不良
100%
教育・訓練不足
上記ヒアリングで得られた非定常時の事故原因と海外の事故原因をレビューし、何が足りない
かを考える。産業界での最大の関心事は「どうすれば事故をなくせるか」であり、「教育やマニュア
ルの整備」「自動化の促進」「故障のない装置の使用」などいろいろなことが言われるが、ソフトで
あろうとハードであろうと人が考えて作り使用しているものである以上、事故防止はどれだけヒュ
ーマンエラーをなくすことができるかにかかっている。このエラーをなくための環境、安全文化がど
れだけ整っているかが結果を左右する。
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● 大事故と安全文化
時間に限りがあるため紹介できる事例は少なく、解説も意を尽くすものとは言いがたいが、紹介
した国内外の事故の原因を総括してみると、単に技術的に優れているだけでは事故は防止でき
ない。優れた技術や設備を持っていてもそれを生かすのは人間であり、その人間の不注意・怠
慢・思い込み・規則違反などヒューマンエラー(人的過誤)が大きくかかわっており、このヒューマン
エラーを生じないような環境――英米では safety culture(安全文化)という言葉が使われている―
―を整える必要がある。
ここでは、企業や団体のトップマネジメントから現場の第一線に至るまでの各階層に亘って、優
れた技術を生かす環境をかもし出すカルチャー、つまり、安全文化を確立するためなお一層の注
意と努力が要ることを説明する。なお、この講義の締めくくりとして、政府機関から安全文化にか
かわる事項に関し懸念を表明された外国の事故例を紹介する。
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