「宇宙用ダストセンサ」のこれからと IIC

技術紹介
「宇宙用ダストセンサ」のこれからと IIC
丸 博史 *1
Maru Hiroshi
宇宙空間に浮かぶ大きさが 100mm ~数 mm のダスト(デブリおよびメテオロイド)は、高速(数 km/s)
で衛星に衝突すると故障を引き起こす可能性があることがわかっている。しかしながら、宇宙空間におけ
るこのダストの分布は不明である。これを計測するための宇宙用ダストセンサが有限会社 QPS 研究所殿
と株式会社 IHI 殿によって提案された。原理は薄いポリイミドフィルムに 100mm ピッチで直線パターン
をひき、これにダストが衝突する時の断線を電気的に計測するものである。
当社の制御システム事業部では JAXA 殿・IHI 殿からの契約のもとで、このダストセンサの開発を数年
前から行ってきた。ここでは今まで開発したダストセンサの紹介と今後の開発目標を紹介する。
キーワード:宇宙用ダストセンサ、衛星、宇宙ダスト(デブリ)、Printed Electronics
なっている。
1. はじめに
このセンサでは、100mm ~数 mm のダストの
宇宙用ダストセンサとは、薄膜のフィルムに
検出に使用される。なお、このダストセンサはダ
100mm ピッチで直線パターンをひいたものであ
ストが衝突した時の孔径が大きくならないよう
る。これに宇宙空間でダストが衝突すると貫通し
に、可能な限り薄膜を使用している。
パターンが断線する。これを電気的に検知する。
この原理は、QPS 研究所殿と IHI 殿の共同特許と
この検出原理と、製造プロセスの検証のため
QPS 研究所殿が研究室レベルのモデルを製作し
(1)
図 1 宇宙用ダストセンサ 計測原理図
(提供:JAXA/IHI) *1:制御システム事業部 技師長
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た。このモデルはダストを検出するピッチ 100mm
フィルムを用いたプリント板の製造は初めてであ
のパターンをもつ幅 1.2cm、長さ 10cm のリボン
り、担当者は製造歩留りや製造装置の整備にかな
8 本で構成されるセンサ部と、これをコネクタで
り苦労しながら製造・検査・試験を行った。セン
接続し断線等の状況を計測する回路部からなって
サパターンは、クラス 1,000 のクリーンルームで
いる。JAXA 殿はこのモデルで検出原理の妥当性
LDI(Laser Direct Imager) を 使 用 し て 描 か れ た。
の確認試験、および模擬ダストの高速度衝突試験
また、センサパターンの幅や、ピッチの幅の検査
(2)
(3)
によるセンサ部の性能評価を行った
。
は AOI(自動光学検査装置)を使用して行うこと
で、製造誤差の評価が可能になった。
写真 1 研究室レベル モデル(提供:JAXA)
写真 2 BBM(提供:JAXA)
次の課題は、センサ部の大面積化とセンサ部と
このモデルでは宇宙空間での耐熱環境性を評価
回路部の信頼性の向上であった。これに当社は
するために -65 ~ 125℃の熱衝撃試験を行い、試
JAXA 殿・IHI 殿とともに挑戦した。
験後に劣化していないことを確認した。これに
この挑戦の最初として BBM(Bread Board Model
:要素モデル)を試作した。このモデルでは厚さ
よって宇宙開発品と同等の品質が維持できる目途
が得られた。
12.5mm のセンサ部と、このセンサ部の断線を検
また、BBM を用いて JAXA 殿が模擬ダストの
知する部品を搭載するリジット部を一体化し 1 枚
超高速度衝突試験を行い、センサの検出性能が研
の基板とすることを目標とした。この一体化した
究室モデルと同等であることを確認した。
基板を製造するためにはフレックスリジット基板
2. フライトモデルの開発
の製造技術が必要で、このため宇宙用フレックス
リジット基板の JAXA 殿認定を持つ山梨アビオニ
クス株式会社殿に製造を委託した。
宇宙用ダストセンサのフライトモデルは、衛星
等に搭載されることを前提に、センサパターンの
このモデルのセンサの幅は 35cm、長さは 46cm
接続 / 断のデータを衛星等のバス機器に通信で出
である。両側のリジット部にはセンサパターンの
力できるものにした。このために市販の FPGA
断線を計測するためのコネクタを搭載した。山梨
(Field Programmable Gate Array) を 使 用 し て セ ン
アビオニクス殿でも、厚さ 12.5mm のポリイミド
サパターンの計測と通信を行う回路素子の開発を
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行った。
た、同時にこのダストセンサを固定し、HTV の構
きょう
このダストセンサのフライトモデルは、BBM
体に固定するための筐体部も開発され納入された。
と同様に山梨アビオニクス殿に製造をお願いし
こ の フ ラ イ ト モ デ ル の セ ン サ は、 納 入 後 に
た。山梨アビオニクス殿では宇宙用のフレックス
JAXA 殿で打上げ環境等を模擬した、振動、衝撃、
リジット基板の生産技術をもとにベアボードと呼
熱平衡、熱真空試験の環境試験等を実施し、搭載
ばれるプリント板を製造し、これに部品実装(半
性の確認を行った。
田付け)を行った。この部品実装後に外形加工を
さらに、宇宙空間にある原子状酸素によるセン
行った。センサパターンは、リジットプリント板
サへの悪影響(ポリイミドの侵食)が懸念され、
おお
に蓋われている。この外形加工ではセンサパター
ンを蓋っているリジットプリント板を剥がすもの
である。この工程は非常に難しく、安定するまで
何回かの試作が必要であった。
写真 3 フライトモデル(提供:JAXA)
フライトモデ ルは、宇 宙 空間での実 証のため
HTV5 号機に搭載されて、H- ⅡB で 2015 年夏期に
打上げられることになった。このためのセンサは
2013 年上期に製造され、JAXA 殿に納入された。ま
写真 4 振動試験装置にセットされたダストセンサ
(提供:JAXA) 写真 5 HTV5 号機に搭載されたダストセンサ
(提供:JAXA) — 64 —
このため JAXA 殿がセンサ膜に耐原子状酸素コー
する必要がある。
ティングを行った。これでセンサの厚さが当初よ
また、ダストの軌道に関する情報を得るために
り厚くなり、その影響評価のため再度超高速度衝
は、精度の高い衝突時刻も重要なデータとなるの
(3)
突試験を実施し、問題ないことを確認した 。
で、ダストの衝突を加速度計等で検知することも
なお、2016 年には日本のある宇宙ベンチャー
検討している。このようにダストセンサシステム
企業が、このセンサを搭載した衛星を打上げる予
としては、多くのデータの収集・処理が必要であ
定であり、現在その準備を進めている。
る。
このためのコントローラ部は、ダストセンサ本
3. 改良型ダストセンサ
体とは分離した別 BOX を設ける方針である。こ
この方式のダストセンサの検出効率は、そのセ
れで個々の衛星とのインタフェースをコントロー
ンサ面積に依存する。例えば現状のダストセンサ
ラ部で取り、センサ本体の衛星ごとの変更をなく
は、センサの有効面積が約 0.1m である。これを
すことができる。これはダストセンサのシステム
高度約 500km で周回する衛星が搭載した場合に
化である。また、コントローラ部を本体から分離
は、搭載場所にもよるが、数十回 / 年程度の計測
することによって、限られた大きさのダストセン
確率である。
サ本体のセンサ有効面積の減少を可能な限り防
2
現状のダストセンサの大きさは、幅が 350mm、
長さが 460mm である。この大きさは、フレックス
ぎ、また複数のセンサのデータを集めることがで
きる。
リジット基板製造機械で加工できる最大のもので
ある。
この改良型ダストセンサシステムの開発は、今
後 JAXA 殿・IHI 殿との契約で開始される予定で
ダストセンサは、左右両側に回路素子等を搭載
ある。
するリジット部を持つ。また、センサ部を保護す
4. 次世代センサ
るためのカバーレイを約 10mm 持つ。これらが実
際にダストを検知するセンサ有効面積を縮めてい
宇宙空間のダスト環境を調べるためには、ダス
る。現状のフライトモデルは、両側にリジット部
トセンサを多くの衛星に搭載する必要がある。そ
とカバーレイを約 67mm、合計で 134mm 持って
のため衛星側とダストセンサのインタフェースを
いる。これはセンサ全長の 460mm に対し約 30%
少なく、また簡単にして、衛星側の負担を少なく
である。これからセンサの有効面積を増加させる
する必要がある。
ために、まずリジット部の小型化を行う。
ダストセンサと衛星との電気的インタフェース
また、面積を増やすためにはセンサ枚数を増や
すことも有効である。
は、電源と通信である。この中で電源は、センサ
システムとして太陽電池等のハーベスト電源(環
HTV の搭載でもそうであったが、衛星等を通
境発電)を衛星から独立して持つことを検討をし
してセンサデータを地上送信するには制限があ
たい。また、通信については衛星との配線を少な
り、センサパターン 1 点 1 点の生データを送信す
くするため、Zig Bee 等の無線をデータ通信に用
ることは効率が悪い。このためセンサ自体でデー
いることを検討したい。
タの編集を行い、衛星に渡すことが必要である。
さらに、衛星によって通信方式が違うことも考慮
また近年、回路基板の製造コストを下げるため、
印刷電気回路技術(Printed Electronics)の研究が進
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んでいる。この印刷電気回路技術は薄膜のフィル
謝辞
ムにパターンを印刷し、それを熱や光で固定する方
式である。この印刷技術では、有機半導体等を使
この宇宙用ダストセンサの原理の特許の使用を
用したアクティブな回路素子も実現している。これ
快く承諾していただいた IHI 殿、QPS 研究所殿に
により印刷技術で素子を含んだ基板の実現が一貫
感謝いたします。
また、この紹介を書くに当たって何度もチェッ
してでき、大幅なコストダウンの可能性がある。
ダストセンサ本体の大きさは、フレックスリ
ジット基板の製造工程による制限がある。この大
クをしていただいた JAXA 殿、IHI 殿の担当者の
方に感謝いたします。
さらに、実際にこのダストセンサを開発・製造し、
型化を図るためにも、この印刷電気回路技術の採
今後の改造や次世代型センサの開発に携わっても
用を検討したい。
衛 星 は 通 常 MLI( 多 層 断 熱 材:Multi-Layer
Insulator)で覆われている。この、MLI は衛星を
らう山梨アビオニクス殿には深く感謝するともに、
期待することが大です。
厳しい宇宙の熱環境から守るために不可欠な部材
参考文献
で、薄膜の数層(数枚)のポリイミドフィルムで
(1) JAXA ホ ー ム ペ ー ジ:http://www.ard.jaxa.jp/
構成されている。
research/kankyou/kan-sub5.html ( 最 終 ア ク セ
印刷電気回路技術では 5mm のポリイミドフィ
ス日 2015 年 8 月 12 日)
ルムの使用が可能である。これを用いて製造した
薄膜のダストセンサを、衛星の MLI の表面に装
(2) Y. Kitazawa, H. Matsumoto, O. Okudaira, P. Faure,
着することが可能であれば、熱的インタフェース
Y. Akahoshi, M. Hattori, T. Hanada, A. Karaki, A.
でも衛星の負担を減らすことが可能である。また、
Sakurai, K. Funakoshi, T. Yasaka : Research and
1 機の衛星に搭載されるダストセンサも増やすこ
Development on In-situ Measurement MMOD
とが可能である。
sensors at JAXA, The Sixth European Conference
on Space Debris, Darmstadt, Germany, April 22-
5. まとめ
25, 2013
宇宙用ダストセンサを世界の多くの衛星に搭載
(3) M. Nakamura, Y.Kitazawa, H. Matsumoto, O.
してもらうため、衛星とのインタフェースを最小
Okudaira, T. Hanada, A. Karaki, A. Sakurai, K.
にして衛星にやさしいものとしていきたい。
Funakoshi, T. Yasaka, S. Hasegawa, M. Kobayashi
: D ev e l o p m e n t o f I n - S i t u M i c r o - D e b r i s
Measurement System, Advance in Space Reserch,
Volume 56, Issue 3, 1 August 2015, pp. 436-448
制御システム事業部
技師長
丸 博史
TEL. 045-523-8319
FAX.045-523-8320
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