知の知の知の知 - 社会福祉法人大阪手をつなぐ育成会

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診療所
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中 央
事務局
研究所
しらさぎ
つなぐの
さくら
大阪+知的障害+地域+おもろい=創造
知の知の知の知
社会福祉法人大阪手をつなぐ育成会 社会政策研究所情報誌通算 2453 号 2015.5.13 発行
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読売新聞連載の松本俊彦さん
「自傷」患者への助言をまとめてお届けします【kobi】
松本俊彦さん
「自傷」患者への助言(1)なぜ自分を傷つける?
読売新聞 2015 年 5 月 7 日
手首を刃物で切るリストカットなど、自分を故意に傷つける「自傷」
。中高生の1割が経
験し、エスカレートすると自殺の危険性も高めてしまう。一人で苦しむ当事者に向けて、
語りかけるように書いた本「自分を傷つけずにはいられない―自傷から回復するためのヒ
ント」
(講談社)を出版した精神科医、松本俊彦さん(47)に話を聞いた。(岩永直子)
松本俊彦(まつもと・としひこ)さん
国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長、自殺予防総合対策センター副
センター長。1993年、佐賀医大卒。
「自傷行為の理解と援助」
(日本評論社)
、
「ア
ルコールとうつ・自殺―『死のトライアングル』を防ぐために」(岩波書店)など著
書多数。
東京都小平市の国立精神・神経医療研究センターで
――自傷とは、どのような行為ですか。
「刃物で皮膚を切る、たばこで自分にやけどをさせる、体をかむ、と
がったもので皮膚を突き刺す、頭を壁にぶつけるなど様々な方法で自分
を傷つける行為です。自殺とは違い、このぐらいなら死なないだろうと予測しながら、軽
く傷つけるのが特徴です。同時に、アルコールや薬物への依存、摂食障害も抱えているこ
とが多いです」
――なぜ、そんなことをしてしまうのでしょうか。
「自傷する理由として、リストカット経験のある若者の6割が怒りや恐怖、緊張、絶望
などの不快感情を和らげるためと答えています。死にたいぐらいつらい今を何とか生き延
びるためという人もいます。つまり、自傷には心の痛みに対する『鎮痛効果』があり、そ
れを求めて、繰り返される傾向があります。ただ、長期化すると効果が薄れ、エスカレー
トして自殺につながる可能性も高まります」
――誤解もありますね。
「周囲や本人だけでなく、精神科医でさえ、
『人の関心や注目を集めたいからだ』と言う
人が多いのですが、これは間違いです。96%の人がひとりぼっちの状況で自傷し、それ
を周囲に隠しています。つまり、アピールとはむしろ正反対で、誰の助けも借りずに自分
でつらい気持ちに対処しなくてはいけないと思い込んでいる。それなのに、当事者さえも、
『私は弱いから切ってしまうんだ』
『周囲の気を引こうとしているのかもしれない』と言う
のですが、実際は誰にも見えないところで切っているし、気を引くにはとてもささやかな
方法で切っています。多くの人が思っている誤解は、本人もどこかでそう思うようになり、
ますます自分は駄目なのだという駄目出しの悪循環につながっていると思います」
――自分で対処しないといけないと思うのはどうしてでしょうね。
「結局、むかついた時にその場で、
『今の言葉はむかついたよ。どうしてそんなこと言う
んだよ』と言える人は、大爆発しないで済むのですが、自傷する人は我慢して、我慢して、
我慢して、それで限界を超えると大爆発となってしまいやすいのです。それで大爆発して
ギャーギャー言うと迷惑な存在となり、誰も本人のメッセージを受け取ろうとしなくなる。
有効でないコミュニケーションを仕掛けちゃうのですね。そういう意味で、僕はもっと愚
痴っぽくなれ、愚痴をたくさんこぼしている人ほど長生きするんだと患者さんによく言う
のです。それに自分は弱くて駄目だと思い込んじゃっているから、強くならなくちゃ駄目
だと思って、つらい状況や人間関係にいつもとどまろうとする傾向があります。ですから
つらいことから逃げろ、愚痴を言え、この2点が大事だと思って伝えています」
――今回、当事者に向けて書こうと思われたのはなぜですか。
「これまで自傷について書いた本は、専門家や支援者向けのものだったのですが、結構、
当事者が読んで、非常に助かったという手紙をくれたりするのですよ。でも、難しい専門
書を読める人ばかりではないし、自傷ってものすごく誤解されている。精神科医療の専門
家ですら、根本的な誤解をしていて、受診した当事者がかえって傷ついているということ
もよく聞きます。海外の研究でも言われているのですが、多くの人は精神科を受診した経
験があり、失望しているのですね。私のところに来る人も、複数の医者に会った後で来る
人が多いのです。そんな人たちに、直接届くように書けば、救われる人が増えるのではな
いかと願って当事者向けの本を書きました」
――そもそも、なぜ自傷するようになるのでしょう。ほかの手段ではなく、自傷を選ぶ
人の傾向はあるのでしょうか。
「多くの要因が絡み合っています。遠い要因としては、自分に対する虐待や、家庭内暴
力などで誰かが暴力を受けているのを見て、間接的に暴力を受けていたということもあり
ます。やはり、暴力の持つパワーをそこで学習してしまっていますから。親の離婚や親の
アルコール・薬物問題など不適切な養育環境が背景にあることもあります。それから、生
まれつき奇形があったり、病気がちであったりして、自身のイメージが悪くなってしまう
ことも遠因として挙げられます。ただし、そういう人たちが全員やるわけではありません。
では、近くにどういう原因があるかというと、一つは、周りに自傷する人がいて、そうい
う方法を学んでしまうということがあります。また、インターネットなどで、自傷に肯定
的なサイトを楽しんでいる人は自傷しやすくなりますし、今現在、親やパートナー、親友
ら大事な人と葛藤関係にあったりするとしやすくなります。大事な関係なのに、本当のこ
とを相手に言えず、支配・被支配の関係にある場合ですね。そういう関係性があると、自
己評価が低いために、相手に自己主張してしまったら見捨てられるのではないかという気
持ちが常にある。言葉をのみ込んでしまうけれども、結局、やり場のない気持ちが残り、
自傷で一時しのぎをしようとする。他には、自分が自分であるという感覚が一時的に失わ
れ、その間の記憶が抜け落ちてしまったりする『解離性障害』を抱えている人、それから、
お酒や薬物を乱用していてしばしば酩酊状態になっている人は、自分の衝動をうまくコン
トロールできなくなりやすく、自傷をしやすいと言えます。ともかく、自傷という行為の
背景には、このようなたくさんの要因が絡み合っているのです」
――最初は、誰かがやっているのを実際に見たり、ネット上で見たりして始めることが
多いのですか。
「確かに、そのように誰かが自傷をしている場面を目撃し、その影響を受けて自傷を始
める人もいます。たとえば単なる好奇心から、あるいは、『そうやると気持ちが楽になるな
ら』と期待して、自傷を模倣するわけです。しかし、それをきっかけにして自傷にハマっ
てしまう人は確実にいます。それから、まったく他人の影響なし、それこそ『リストカッ
ト』なんて言葉さえ知らないうちに、何となく自分を傷つけていたという人もいます。そ
ういう子の場合、小学生の頃から、自傷の萌芽的な行動をしていることもあります。たと
えば、学校の授業で算数の問題ができなくて怒られたりすると、自分を罰するために、あ
るいは、自分に活を入れるために、シャープペンシルとかコンパスとかでちくちくやって
いたりする。これも一種の自傷です。こうしたことを繰り返しながら、中学生くらいにな
る頃には、
『刃物で切る』という方法へとエスカレートすることもあります。特に虐待を受
けている子は、無意識のうちに始めることがあります」
松本俊彦さん
「自傷」患者への助言(2)自傷から回復する方法
読売新聞 2015 年 5 月 8 日
――自分ではどのような対処ができるのでしょうか。
「まず、何がきっかけで自傷するのか知ることです。自傷を繰り返す人は、皮膚を切る
のと同時に、つらい出来事やつらい感情の記憶を意識の中で『切り離し』、『なかったこと』
にしてしまっています。ですから、自分でも何が原因なのか、何が自傷のきっかけなのか、
わからないでいることが少なくありません。このきっかけを知るために、
『自傷日誌』をつ
けてみるのも一つの方法だと思います。誰といて、何をしていた時に、自傷を含めた自分
を大事にしない行動を取っているのか、丁寧に記録をつけていくと、自分は何が引き金で
自傷をしているのか見えてきます。それがわかったら、次に毎日の生活の中でできるだけ
引き金を避ける工夫をしたり、運悪くその引き金に出合ってしまった時に、自傷の代わり
に行って気をそらすことのできる『置換スキル』を身につけたりするのがよいでしょう。
ちなみに、この置換スキルは、刺激的な方法と、心を落ち着かせる鎮静的な方法と2種類
あります。刺激的な置換スキルとしては、例えば、手首にはめた輪ゴムをぱちんとはじく、
紙を破く、大声で叫ぶ、氷を握りしめるなどがあります。血を見るとほっとする人は、腕
を赤く塗りつぶすという方法もあります。逆に心を落ち着かせる鎮静的な置換スキルとし
ては、ゆっくり筋トレをしながら深呼吸をする。深呼吸しながら瞑想する、気持ちを文章
にしてノートに書く、絵を描く、静かな音楽を聴く、などが
良い方法です。何より効果的なのは、信頼できる人に話すこ
とです。『信頼できる人』とは、
『切りたい』とか『切ってし
まった』とか打ち明けた時に、叱ったり、悲しげにしたり、
不機嫌になったりしない人です」
東京都小平市の国立精神・神経医療研究センターで
――支援者はどうあるべきなのでしょうか。
「まず、告白してくれたり、傷を見せてくれたりしたこと
に対して、
『打ち明けてくれてありがとう』と感謝するところから話を始めてほしいです。
そのうえで、
『次に切りたくなった時には、切る前にちょっと相談してくれないか』と頼み、
『もし間に合わなくて切っちゃったとしても、そのことも報告してもらいたい』と伝える
ことです。そして、
『自傷がよいか、悪いか』などといった善悪の判断はひとまず棚上げし
て、何があったのか話を聞いてあげてほしいです。話を聞いた後には、彼らがつらいと思
っていることを支援するために誰がいいのか考えて、『今度一緒に保健所へ行ってみよう』
とか、
『スクールカウンセラーに話をしてみたら』とか、『一緒に病院に行ってみるか』な
どと提案する。もしそこで不満があったとしたら、
『じゃあ、今度は別のところに行ってみ
ようか』とつなぎ直しをする。そういったことをお願いしたいです」
――専門家につないだ後も、うまくいっているかフォローをして、時折、『気に掛けてい
るよ』とメッセージを送るということでしょうか。
「そうですね。内閣府の自殺対策でも、『気づき、つなぎ、見守り』というキャッチコピ
ーをうたっていますが、これは自傷する若者たちの援助にも当てはまります。まず、『気づ
き』とは、自傷を見て見ぬふりをせずにちゃんと向き合ってあげ、自傷したことを叱責せ
ずに何があったのか聞いてあげることです。そして、『つなぎ』とは、専門家につなぐこと
であり、
『見守り』は、その後も時々はその人に近況を尋ねてフォローするという意味です。
こうした関わりは、自殺だけでなく、自傷の相談にもそのまま役立つ態度ですね」
――叱られたとか、驚いて悲しい顔をされたというのは、患者さんはよく経験している
ことなのでしょうか。
「多いですね。パートナーの場合は、だいたい頭ごなしに叱責する。『何バカなことをや
っているんだ! 今度やったら別れるぞ!』とかですね。そう言いながら実際には別れず
に、叱責する関係を続けるんですよ。親、特に母親の取る態度で一番多いのは、見て見ぬ
振りです。本当はびっくりしているんだけど、どう声をかけていいのかわからなくて、悩
んでいるうちに、結果として当事者は『親は怖くて見ることができないのだ』というメッ
セージを受け取ってしまう。こういうパターンは親を責めることもできなくて、特に親も
うつだったり、過去に精神科にかかっていたりする場合は、『自分が心が弱かったから子ど
ももこうなってしまったのではないか』という自責感が強いんです。それがショックで、
子どもに対して言葉が出なくなり、結果的に見て見ぬ振りになってしまう。そういう意味
では、親のサポートも必要なんです」
――家族やパートナーのサポートは、自傷からの回復のために必要なのでしょうか。
「関わってくれるなら、こんなにありがたいことはないですよね。だって、彼らにとっ
て一番影響力があるのは、大切なパートナーや家族なんですから。ただ、難しいのは、家
族にしてもパートナーにしても、ずっと翻弄されている気がして疲れ切っていたり、『善意
で関わっているつもりなのに、自傷されると自分が攻撃されている』と感じがしたりする
んですよ。そうすると、支援していても、『なんでお前は、俺が仕事で忙しい時に限って切
るんだ』などと、逆に本人を責めてしまうことがあります。そんな時に、
『ぜひ協力を』と
医師が呼びかけても、
『医者までつるんで私たちを責める気か』ということになってしまう。
家族やパートナーに理解や協力を求める際には、慎重に進める必要があると思います。ま
た、ただ熱心に関わればよいわけでもありません。たとえば、本人を24時間態勢で監視
して自傷させないようにするということになると、かえって逆効果の場合もあります。あ
るいは、本人の出先にいちいち電話をして、『お前、遅いな。また何か変なことしようとし
ているんじゃないのか』というふうになってしまったりとか。そうではなくて、よいサポ
ートとは、ほどよい距離で、適度に本人を自由にさせてくれて、そっと後ろから見守って
くれるような関係の中で行われるべきです。もちろん、容易なことではありません。家族
がそれをやり続けるには、私たち専門的な援助者が家族やパートナーをサポートすること
が必要でしょう」
――サポートとは医師が行ってくれるのですか。
「それでもいいし、保健師さんとか民間団体のカウンセラーでもいいと思います。秘密
を守ってくれて、家族の味方に立ってくれる人が必要だと思います」
――ただ、家族やパートナーが当事者を傷つける人である場合は、離れることも必要な
んでしょうね。
「そうです。もちろん、周囲が変わってくれるならありがたいけれど、人が人を変える
ことはできません。変えることができるのは自分だけ。若い患者さんと親御さんとどちら
が変化が早いかを見てみると、どう考えても若い患者さんの方なんですよ。年を取ると人
は変わりにくいですから。だからそんな時には、『見切りをつけよう、親を捨てよう』と言
うことが、一番有効だったケースもあるんですよね」
――虐待などがあった場合は、逃げるしかない場合が多い気もしますが、関係性が改善
することもあるのでしょうか。
「もちろん、親が変わることもあるし、親が一生懸命関わっているケースもたくさんあ
ります。ただ、逆に『あれはしつけだった』と言い張って、『なぜ今さらそんなことを言い
出すんだ』とか、
『俺はやっていないぞ』とか攻撃する場合もある。そうなると、そういう
話を聞けば聞くほど本人の回復も悪くなるので、離れた方がいい。それに、過去のトラウ
マがある場合、親が今さら土下座して謝罪しても、本人の自傷が止まるわけではないとい
うのも確かなことです。引きこもりの子どもが家庭内暴力をしている家庭の場合、親をね
ちねち責め続けて、親に嫌がらせをすることに血道を上げすぎていることがありますが、
それは不毛だと思います。そういう場合も離れた方がいい。離れてたまに会う関係になる
と、とても関係が良くなることもあるんですよ」
松本俊彦さん
「自傷」患者への助言(3)やめられない理由
読売新聞 2015 年 5 月 9 日
――自傷は、つらい状況から自分を楽にするため、生き延び
るために行われていて、ある意味、前向きな行為でもあると書
かれています。それでも続けるべきでないのはなぜなのでしょ
うか。
東京都小平市の国立精神・神経医療研究センターで
「死にたいくらいつらい今を生き延びるために、ほかにいい
解決策がなかったから、やむなく自傷をしているわけですから、
自傷したことを頭ごなしに叱ったり、責めたりするべきではありません。しかし、これか
ら先長く続く人生の中で、つらいことが起こるたびに自傷することに賛成できるかといえ
ば、それはできないです。なぜなら、それは根本的な解決策ではなく、一時しのぎでしか
ないからです。自傷を続けてその場その場はしのいでも、自傷の原因となる自分を傷つけ
る人間関係などを根本的に解決しない限り、さらに深刻化、複雑化していく可能性があり
ます。また、繰り返し行っているうちに、自傷の鎮痛効果は薄れ、より深く切ったり、以
前よりもささいなことで切ったりと、エスカレートしていきます」
――先生が診ている患者さんで、長い人はどれぐらい自傷を続けているのですか。
「長い人では20年ぐらいですね」
――そういう人はある意味、安定的に自傷をコントロールしているとも言えますね。
「そうとも言えるんです。うんとエスカレートしたら、もっとおおごとになってしまう
ので、そういう意味では変にバランスが取れているんです。ただよく診てみると、摂食障
害や、アルコール・薬物の乱用なども行いながら、何とかしのいでいる。表向き、何とか
適応はできているんですが、表面上繕っている姿に対し、内側の壊れ方や傷つき方は半端
なくて、時間が経てば経つほど治療が難しくなってしまう傾向があります。本当はつらい
のに自傷することでそのつらさに『蓋をして』
、いわば自分に嘘をつき、周囲に気づかれな
いように自傷を隠して他人にも嘘をつく。こういう生活を長くしていると、心は鎧をかぶ
ったようになり、話をしていても、本当にとりつく島のない感じになってしまいます。心
が閉じていくんです。たとえ結婚していても、恋人がいても、友人がいても、誰に対して
も壁を作っていて、なんだかとても孤独に見えます。自傷しながら生きるというのは、一
義的には、危機を回避する手段として否定はしないですが、長期的には、地獄のような孤
独への近道のように感じられることもあります。何重にも 鎧を着て、人を絶対に信じない
という気持ちが強くなって、心を開かない、助けを求めない。そもそも周りの人がひどか
ったからじゃないか、と言われれば、確かにそうなのですが」
――治療を受けようと本人が思うようになるのは、何がきっかけになることが多いので
すか。
「精神科を受診することが治療になるかどうかは別として、自傷の人の中には、眠れな
い、あるいは、意欲が出ない、といった自傷以外の問題を主に訴えて精神科に受診する方
が多いように思います。もちろん、切った傷痕をたまたま周りの人に見つかってしまった
のをきっかけにして支援につながる人もいます。その際、周りの人の中に、適切な対応を
してくれる人がいて、恐る恐るでも心を開いてみたことがよい結果をもたらすことがあり
ます。その支援のための社会資源の一つとして精神科医療もありますが、医療以外にもい
ろいろな人や相談機関が役に立ちます」
――精神科医療だと、どのような治療が行われるんでしょうか。
「そこが問題なのですが、自傷イコール精神科医療というふうには考えないでほしいと
思います。まず、自傷経験者が1割もいるということは、その全員が精神科治療が必要な
レベルではないと思うんです。また、精神科医療につながることの弊害もあります。具体
的にはその弊害は二つあって、一つは治療薬という形で薬を早く経験することで、薬の持
つ別の力に気づくことになり、薬物の乱用や過量摂取につながる恐れがあるということで
す。もう一つの問題点は、精神科医療制度、あるいは診療報酬の問題で、一人ひとりの患
者さんに時間をかけて話にじっくりと耳を傾ける、といったスタイルでは経営的に成り立
たないのです。そのため、短時間の診察でかなりの患者数をこなさなくてはならなくなり
ます。でも困ったことに、自傷をする子たちは、人を信じていないから、短時間ではなか
なか心を開いてくれない。たとえ30分の面接時間を取っても、大事な話は最後の5分間
になってやっと出てくるような感じです。そうすると、今の診療の中で、きちんと助けて
あげることができない。重症化した場合は、そんな精神科でも役に立つことがあるんです
が、早くに来過ぎて、早くに絶望すると、本当に大事な時につながれなく恐れがあるんで
す。だから、その手前で色々な情報を与えて、精神科に行かなくても済む人はそれで対処
してほしい。そんな気持ちもあって、今回の本を書いたというのもあります。ただ、それ
でもやはり最初から精神科に受診した方がよい人もいます。そういう人は、今回の本の中
で、合った医者を探すヒントも書きましたので、いい医者に巡り会えるといいなと願って
います」
――どのぐらいになったら、受診した方がいいという目安はありますか。
「自傷は、それ以外の問題もいくつか抱えていることが多いので、自傷の重症度だけが
その人の重症度を決めるわけではないということに注意が必要です。それでも絶対に受診
した方がいいのは、記憶が飛んでしまって、気づいたら自傷していたなど、解離性障害を
合併している時。それから自傷が持つ、心の痛みに対する鎮痛効果が弱まっている人です
ね。自傷する人は自殺したくてしているのではなく、死にたいぐらいつらい今を生き延び
るために切っていることが多いのですが、切っていない時には、漠然と、消えてしまいた
い、死んでしまいたいという気持ちの中で生きていることが多いんですよ。自傷の持って
いる心の痛みを抑える鎮痛効果が薄れると、普段の消えてしまいたいという思いが圧倒し
て、強くなってしまうんです。切っても切らなくても消えたい、死にたいという気持ちが
続いている。こうなったら間違いなく、受診した方がいいでしょう」
松本俊彦さん
「自傷」患者への助言(4)精神科医療の限界
読売新聞 2015 年 5 月 10 日
東京都小平市の国立精神・神経医療研究センターで
――自傷って現代病なのでしょうか? いつ頃から自傷行為は知られ
るようになってきたのでしょう。
「自分で自分の体を傷つける行為は、実は聖書にも書かれているほど
昔から見られる現象なんですよ。古くから様々な部族のなかで、病気の
快癒祈願や魔除けなどの宗教的儀式の一環として、あるいはコミュニテ
ィの秩序を維持するための儀式として様々な自傷が行われてきたことがわかっています。
例えば、ある未開部族では成人になるための通過儀礼として自傷が行われていたという報
告もあります。要するに、自傷とは、一方で自殺に近い極があり、他方で祈りや誓いとい
う、人間の文明や文化に欠かせない創造的で前向きな要素も含む行為なんですよ。そうい
えば、武士が昔行っていた血判状なんていうものは、まさにその『誓い』の部類に入るか
もしれません。もしかすると、現代、自傷を繰り返す人たちのなかにも、そうした、自殺
につながる部分と前向きな部分の両極を行ったり来たりしている面があるのかもしれませ
ん。つまり、一方で自殺したいという気持ちがあって行い、一方では自分の決意表明とし
て行っているといった具合に。1970年代、80年代に、シンナーを乱用したりする非
行少年たちの間で、火のついたたばこを肌に押しつける『根性焼き』を行うのがはやった
ことがありました。実はこれも立派な自傷の一種です。現代のリストカットと同じ意味で
やっている人もいるし、自傷の痕が仲間を形成するという意味もある。過剰なタトゥーと
かボディーピアスの一部も自傷の一種と言えますが、例えば20~30年前なら、タトゥ
ーは裏社会のイメージですけれども、今はファッションとなっています。20年ぐらい前
なら、耳たぶ以外のところにピアスをつけている人は、ちょっとやばいと感じる価値観が
あったと思いますが、今はちょくちょく見かけます。ですから、何が問題ある自傷なのか
という軸は、時代や文化とともに変わってくるけれども、人類は古くからあらゆる方法で
自分を傷つけることをしてきたということは言えるかもしれません」
――現在、問題となっている自傷はいつ頃から始まったものなのでしょうか。
「現在の自傷のタイプの源流となったのは、1990年代に高校生で自傷をしていたイ
ンターネット上のアイドルでした。その人は、自傷したり、精神科の受診者として体験記
を報告したり、薬物を乱用していることを書いたりしていたのですが、独特の鋭い感性が
あって、生きづらい若者の共感を得ていたのです。最終的に、高校を卒業した直後に自殺
してしまったのですが、インターネット上に書いていたものが本にまとめられ、一部のマ
ニアやジャーナリストが取り上げて、祭り上げることで流行したんです。2000年ぐら
いになってから、私の診察室にも自傷する人がやってきて、
『先生、この本を読みましたか』
などと、しょっちゅう聞かれるようになりました」
「2000年というのは精神科医療の曲がり角なんです。例えば、前年にSSRIとい
う副作用の少ない抗うつ剤の発売が始まりました。それまで、うつ病はとても診断基準が
厳しくて、患者数も少なく、精神科医は、抗うつ薬を出す時も副作用が強いだけに考えに
考え抜いて、覚悟を決めて出す、という感じだったのですが、2000年くらいを境にそ
れまでよりははるかに気楽に抗うつ薬を処方できるようになりました。機を同じくして精
神科の診療所の開設ブームもあり、患者さんが底あげされ、病気じゃないけれど生きづら
さを抱えたリストカッターたちが、精神科に訪れるようになったのではないかと思います。
彼らなりに自分たちの生きづらさに、
『精神科診断』という名前を与えようとしたのかもし
れません。そこで彼らはどういう目にあったかというと、リストカットは治療の対象とは
見なされず、
『パーソナリティー障害』の患者にしばしば見られる問題行動の一つとして捉
えられ、
『それをしたら治療はできない』という限界設定の条件として使われてしまったん
です。その一方で、安易に処方薬が出された結果、体を傷つける代わりに嫌なことがあっ
たら薬を飲むという対処法を学ぶ人も少なくなく、救急医療機関では過量服薬で搬送され
る患者が、薬物依存症の専門病院では処方薬依存症の患者が増えてしまいました。そうい
う意味では、自傷する若者と、精神科医療は、2000年以降、あまりいいお付き合いが
できていなかったと言えるかもしれません」
――逆に精神科は自傷を増やしてきたのですか。
「そういう面も完全には否定できないという気がします。というのも、処方薬の乱用で
酩酊している状態では、衝動的になりやすいし、痛みも感じにくいわけですから、傷も深
くなりやすい。それを精神科でどうにもできないまま、ただ頭ごなしに説教を繰り返す。
その頭ごなしの説教が自傷する若者にやり場のない怒りを生じさせて、ますます自傷をエ
スカレートさせる。おそらくこうした不適切な対応をしてきた精神科医の多くが、自傷と
はどのような行為なのかを十分に理解できていなかったように思います。これは医者に限
らない話ですが、自傷ってあまりにもありふれていて、そして手あかにまみれすぎていま
す。ですから、ろくに勉強しなくてもわかった気になってしまっている、という援助者は
少なくないように思うのです。そういう援助者の対応こそが当事者を苦しめているわけで、
そこを何とか変えたいと思っています。なるほど、自傷経験者は若者の1割もいるわけで
すが、これを『大変な問題だ』と心配する人がいる一方で、『それって一種の流行だよね』
と捉えられ、軽く見過ごされてしまうのが心配です」
――自傷というのは、いわゆる精神科の教科書でしっかり勉強する1項目というわけで
はないのですか。
「今の教科書はわかりませんが、少なくとも2000年頃までは、自傷をきちんと取り
あげている教科書はありませんでした。1970年代の終わりに、精神分析を行っている
医師が海外で言われている概念を紹介したことがありましたが、その先生方は、精神分析
学の理論にもとづいて、自傷を『手首の人格化』と名づけていました。手首を人格化して
攻撃しているのだと。いわんとするところはわからなくはないですが、精神分析の門外漢
には、たとえ専門家でも共有できない言葉でしたし、診察室で自傷を繰り返す患者さんを
前にしたときにまったく役に立たない言葉でした。要するに、精神科医もよくわかってい
なかったのでしょう。目の前で手首を切っている人をどうすれば助けることができるか考
えなくてはならないのに、こんな自己満足的な抽象的な言葉で解説したってしょうがない。
ともかく、教科書に書かれていた記述はせいぜいこんなところで、それを除けば、その行
為の意味にしろ、具体的な対応方法にしろ、教科書にはほとんど記述がなかったといって
よいでしょう」
「私が研修医の頃も、指導医や上級医から教えられてきたのは、『自傷イコール境界性パ
ーソナリティー障害によく見られる、周囲を振り回す、人騒がせな行動の一つ』という理
解でした。そして、治療を始めるにあたっては、『治療中は自傷をしません』という約束を
させ、それを守れない人は治療しないという枠組みで診療することを指導されてきた経緯
があります。その結果、境界性パーソナリティー障害と診断された人たちは、『招かれざる
客』として、医者から治療を拒否される、いわば医療ネグレクトの被害を受けるようにな
ってしまったように思います。しかしきちんと観察すれば、自傷する人が全員、境界性パ
ーソナリティー障害かといえばそうとは限らず、多く見積もってもせいぜい半数程度でし
かなく、その半数の人も数年後にはその診断が消えています。人の性格はそう簡単に変わ
るものではないですから、その意味で、そのパーソナリティー障害という診断自体もはな
はだ怪しいといえます。こうした事実が明らかになるにつれて、海外の専門家のあいだで、
『自傷イコール境界性パーソナリティー障害』と決めつけるべきではなく、また、たとえ
その診断に該当したとしても、
『自傷がとまらないこと』『自傷せざるを得ない状況にある
こと』自体を治療の対象とすべきだという声が上がりはじめたのです。そして、そのよう
な変化のなかで、自傷と向き合って治療に挑む人たちが出始めたわけです」
松本俊彦さん
「自傷」患者への助言(5)あきらめずに、人との関わりを
読売新聞 2015 年 5 月 11 日
東京都小平市の国立精神・神経医療研究センターで
――今の若い人って、人間関係のストレスも多く、不景気
で就職もままならず、自傷しやすい時代に生きているのかな
と想像するのですが、どうなのでしょうか。
「診療現場で自傷する人がばーっと増えたのは、確かに2
000年ぐらいの就職氷河期と言われる時代だったと思うの
ですが、そのような社会情勢と自傷がどう関係するかはあま
り安易に結論を下さずに、慎重に吟味すべきだと思います。というのも、自殺もそうです
が、国民のだれもみな一様に貧困であった時代って必ずしも自殺が多いわけではないんで
すよ。
『以前に比べて貧しくなった』とか、『周りと比べて自分だけ貧しい』といったよう
に、人は、かつての自分や周囲との『格差』に傷つく傾向があります。そのような意味で
の『格差』であれば、格差社会は自傷を作りやすいと言うことはできるかもしれません」
「また、ヨーロッパの自傷と自殺を巡る研究で明らかになっているのですが、ハンガリ
ーという国は自殺が非常に多いのに、10代の自傷が少ない。逆に、イギリスでは自殺は
少ないのですが、10代の自傷はとても多いのですよ。でも、これは不思議な結果です。
というのも、自傷は長期的に見ると自殺の危険因子なのですから。実際、10代のときに
1回でも自傷をしたことがある人は、そのような経験がまったくない人に比べて、10年
以内に自殺で死亡する確率が数百倍高いという報告もあります。なぜこのような関係にな
るのでしょうか? これは僕の勝手な思いこみかもしれませんが、自傷をすることがもし
かすると周囲に対するSOSとなって周囲の支援を引き出し、結果的に自殺しないで済ん
でいる。一方、自傷をすることも許されない環境では、SOSも出すことができず、最終
的に自殺へと追い詰められやすいのかもしれない……そんなふうにも思えます」
――今、日本では自殺の数は減ってきていますが。自傷は増えているのでしょうか。
「今年度の自殺のデータは詳しく検討していないですが、平成24、25年度のデータ
を分析すると、団塊の世代の自殺が減っているんですよね。若い人たちの自殺は全然減っ
ていない。若者の自殺って、中高年以上の自殺と何が違うかというと、リストカットや過
量服薬のような、致死性の低い自傷行為を繰り返しながらだんだんエスカレートして、そ
のエスカレートの果てに最終的に自殺で死亡しているという傾向があるんです。内閣府が
提唱する自殺対策のあり方も、この2、3年、若年者対策に力を注ぎつつあります。しか
し、若年者対策に関しては、いまだに日本では科学的根拠があるものがありません。例え
ば私たちの研究では、睡眠キャンペーンみたいなものは中高年以上にはいいのですが、若
い人にとって不眠は自殺の危険因子とはならないことが明らかにされています。若年者の
自殺の危険因子としては、自傷行為のような致死性の低い自己破壊的な行動に注目すると
いうのも一つの方策なんじゃないかとも思います」
――今、人との関わりが、若い人では、直接の対面の関わりではなく、ネットとかスマ
ホでのやり取りが増えていることはストレスを増やしている気がするのですが、自傷との
関係はどうでしょうか。
「もしかすると多少は関係しているのかもしれませんね。よく自傷をする患者さんのな
かで、自分の自傷した傷の写真や動画を自傷系のサイトに掲載している人がいますが、そ
うした写真は自傷予備軍の若者にとっては、自傷へと背中を押す刺激となり得ます。見て
いるうちに自傷に肯定的になり、慣れが生じて、だんだんと自傷に対する抵抗感が薄れて
しまいます。また、昔自傷していて、今はしなくなった人でも、そのような写真を見ると
久しぶりに自傷したい気分が高まってしまうこともあります。こうした写真や動画は、自
傷を周囲に伝染させる重要な要因になり得ます。知っておいてほしいのは、自傷には伝染
性があるということです。どの学校でも学校全体で調査を実施すると、自傷経験者は中高
生の約1割なのですが、クラスごとに見てみると、めちゃくちゃ多いクラスとめちゃくち
ゃ少ないクラスの差が激しいんですよ。この結果は、自傷が『教室』という単位では伝染
が起こっている可能性を示します。ネットやスマホの普及と自傷との関連についていえば、
もう一つ、危惧すべき状況があります。LINEにしてもそうですし、メールにしてもそ
うですが、昔に比べると、われわれは人の返信を待てなくなっています。困難で過酷な状
況をすぐにでも解決したい。人に相談するというまどろっこしい方法に比べると、自傷は
短時間ですっと手軽にできる解決法です。そういう意味では、現代の若者はかつてよりも
こらえ性がなくなっている面はあるのかもしません。昔だったら、恋人からの返事が手紙
で1週間でも待てたのに、LINEですぐレスポンスが来なかったり、いわゆる『既読ス
ルー』されたりすると、嫌われたんじゃないかと不安になり、それが自傷する理由になっ
てしまったりします」
――耐える力が弱くなっているんですね。
「ただ、だからネットがいかんのかというと、そういうふうにも思っていないです。や
っぱり援助を求める能力の乏しい人たちの中には、Twitterとかメールとか、イン
ターネットの情報だったら助けを求められる人もいるんですよね。間口を広げてくれてい
るし、匿名性もかなりあるからです。ネットだけの支援で救われるかというと、いささか
問題かもしれませんけれども、そこが直接の対面の援助に近づく入り口になるんだったら、
ネット文化も大いに結構ということにだってなりますよね」
「とにかく私は、良くも悪くもたくさんの人に出会ってほしいなと思っているんです。
自傷する子たちをたくさん診てきて、良くなっている子もたくさんいる。そして、これは
医者として微妙な気持ちにもなるんですけれど、良くなった子たちを見ていると、どうも
診察での私とのやり取りで良くなっている人はほとんどいないという気がするんです。む
しろ回復のきっかけとなっているのは、診察室外、リアルな世界で体験する、様々な出会
いであることが多いのです。そう考えると、私たち医者がやっていることっていうのは、
結局は、そのような出会いの場面、最初のきっかけを作ることであり、若者たちの出会い
の場面を邪魔しないこと、あるいは、そのような出会いの機会を手に入れるまで、何とか
生かし続けるということだけだ……なんて言えるかもしれません。おそらく本当の意味で
の自分らしく生きることができるきっかけは、たぶん診察室の外側にあるんですよ。その
意味では、出会いのチャンスが絞られちゃうと、回復のチャンスも減ると言えるのかもし
れません。そして、出会いのきっかけを作る道具として、もしかするとネットもあり得る
かもしれませんね」
――支援者として、お勧めのNPOとか団体はありますか。
「難しいのは、結局、その機関が良いのではなくて、機関の中にいる誰々さんという支
援者が良いということじゃないですか。だから行ってみたけれど、別の人が対応したらだ
めだったということがある。そういう意味では、『どこそこの機関が……』などと固有名詞
を出しにくい面があります。それに、結局のところ、援助者が能力を発揮できるのは、本
人の力だけではなくて、持っている枠組みとか、時間的な余裕といった、個人以外の要素
も無視できないと思います。たとえ優れた援助機関でも、こんなふうに大手のメディアが
紹介すれば、おそらく人が殺到し、結果的に支援サービスの質は低下してしまうおそれも
あります。とにかく、何が合うかは人によって違うんで、いろいろな援助機関、相談機関
に当たってほしいと思います。ただ、そのなかであえて一つだけ紹介しろと言われれば、
私は各都道府県・政令指定都市に少なくとも1か所は設置されている、精神保健福祉セン
ターをお勧めします。というのも、そこは地域の様々な支援団体の情報を持っています。
したがって、そこで啓発用のパンフレットをもらったり、専門機関につなげてくれたりな
どと、様々な援助者に助けてもらうことができるはずです。いずれにしても、とにかくた
くさんのつながりを作りましょう。また、関わってもらっている自分の援助者同士で、言
っていることがバラバラで意見が一致しないこともあるでしょう。その場合には、『自分に
都合のいいところだけ取り入れる』というので良いと思います。少なくとも全部鵜呑みに
するようなことはダメです。とにかく頼れるロープはたくさんの方がいい。それが私の考
えです。例えば、精神科の処方薬で依存症になっている人のほとんどが、精神科医療を受
ける中で依存症になっている。でも私は、だから精神科はいかんのだとか薬物療法はいか
んのだとは思いません。ただ、処方薬依存症の患者さんを思い浮かべると、そのほとんど
は、薬だけで自身の苦境を何とかしようとしてきた人たちが多いのです。たとえば、医者
には、自分が本当に困っている家庭内の問題を話すことなく、ただ薬で意識をぼんやりさ
せるといった具合です。そういう意味では、依存にならないための一番いい方法は、脳性
まひの当事者でもある小児科医、熊谷晋一郎さんも言っていますが、とにかく依存先を増
やすことでしょう。たくさんのところに依存すれば、何か一つに過度に頼ることはなくな
ります。精神科の治療でいえば、医者から処方された治療薬にも頼るけど、医者やカウン
セラーに話を聞いてもらうことも大事。加えて、保健所の保健師さん、あるいはデイケア
や自助グループの仲間にも支えられている。こんなふうにたくさんのものに依存すること
が、依存症を防ぐ最善の方法ではないかと思います」
――最後に今、自傷で苦しんでいる読者にメッセージを。
「人なんかもう信じないと思っているかもしれないけれど、あきらめずに、いろんな人
にアタックしてみてほしいです」
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