コンパニオンアニマルと感染症

アボット感染症アワー
2005年9月2日放送
コンパニオンアニマルと感染症
みずほ台動物病院 院長 兼島 孝
●ペットとコンパニオンアニマル●
「動物からの感染症」で、世界中が揺れています。BSE をはじめ、SARS、鳥インフル
エンザなど経験し得ない疾患が次々に出現しているからです。国民は「動物」や「感染症」
というキーワードに敏感になり、
「身近な動物からの感染」にも気を配るようになりました。
そこで、医療従事者として「身近な動物からの感染」を知ることにより、適切な対応と指
導が行えるようにお話ししたいと思います。
表題にあるコンパニオンアニマルとは伴侶動物と呼ばれ、愛玩動物と呼ばれるペットよ
り、より人に身近な動物として扱われ、ただ単に餌を与え、可愛がるだけの動物から、家
族同様に接する対象をさします。
これは最近の飼育状況や飼育形態の変化を見れば理解できます。
●国内における飼育状況●
平成 16 年度には、国内において犬が 1,200 万頭、猫が 1,100 万頭飼育されていると報告
がありました。10 年前と比較して犬は 300 万頭、猫は 400 万頭の増加です。犬においては
初めて雑種犬の比率を純血種の比率が追い抜きました。飼育経験の調査では、犬は約 40%
の世帯で、猫は約 13%の世帯で飼育した経験を持っていました。さらに、動物を飼ってみ
たいと言う飼育意向については犬では 53%、猫で 21%の世帯で考えているのが現状です。
以上のように犬猫の人気は続いています。
さらに、飼育種類も犬、猫、小鳥、カメ、ウサギ、ハムスターなどの一般的な小動物か
ら爬虫類のイグアナや国内には存在しない小型哺乳類のカンガルーネズミなどなじみの薄
い動物も、テレビの影響もあり、飼われるようになりました。
●輸入動物の動向●
動物輸入のピーク時には年間 400 万頭もの動物が輸入されました。約半数の 200 万頭は
カメやイグアナなどの爬虫類で、次いで約 110 万頭がウサギやリス、ハムスターなどの小
型齧歯類、そして約 60 万羽の鳥類、7万匹の両生類、3 万頭の哺乳類でした。輸出大国で
ある米国や中国は輸入動物に対する規制が強く、自国への動物の輸入を認めず、日本へ輸
出するのみとなっています。
家畜を除いた検疫のある動物としては、「狂犬病予防法」で犬、猫、スカンク、アライグ
マ、キツネがあります、また「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」
(以下「感染症法」)ではサルで輸入禁止地域の指定および検疫があり、平成 15 年にペス
トや野兎病(やとびょう)などの感染症を侵入させるリスクが高いとされるプレーリード
ッグが輸入禁止となりました。さらに同年、蚊で媒介されるウエストナイルウイルスの侵
入を防ぐために無検疫だった小鳥などの鳥類、これは対象国の約8万羽が、これまでに前
例のない大規模な検疫の対象となりました。他にはニパウイルスや未知の感染症に対して
コウモリ、ラッサ熱などでヤワゲネズミ、SARS 関連でイタチアナグマ、タヌキ、ハクビシ
ンが検疫対象となっています。しかし、これら以外の多数の輸入動物の検疫は行われず国
内に無防備に輸入されているのが現状でした。
しかし、2005 年9月より動物の輸入届出制度が本格的に施行されるようになりました。
詳細は「アボット感染症アワー」本年2月4日放送分『ペットの輸入届出制』を参照して
ください。
この新しい検疫制度により、動物を輸入する時には衛生証明書が必要になり、旧態のシ
ステムよりは動物からの感染症のリスクはかなり減ると考えられています。
●Zoonosis(動物由来感染症)●
Zoonosis(ズーノーシス)とは WHO の定義で、
『人間と脊椎動物の間を自然に行き来す
ることが出来る感染症』とあり、「人獣(畜)共通感染症」
、「動物由来感染症」と呼ばれて
いますが、最近では「ヒトと動物の共通感染症」と呼ばれることも多くなりました。症状
の発現パターンにはヒトも動物も重症化するパターン、ヒトは重症化するが、動物は無症
状のパターン、ヒトは軽症だが、動物は重症化するパターンなどがあります。
WHO の報告によると Zoonosis は世界中に約 840 種存在するといわれ、そのうち重要と
されているのは 122〜166 種で、日本ではその半分弱が問題となっています。
「感染症法」に「動物由来感染症」の一部が指定され、サーベイランスが行われていま
すが、この患者数の統計は始まったばかりであり、日常診療する機会の高い他の「動物由
来感染症」はあまり認知されていないのが現状です。また、このサーベイランスはヒトを
対象と行われており、動物のサーベイランスはシステムが出来ていないのが現状です。
●コンパニオンアニマルからの感染●
国内において問題になる「コンパニオンアニマルからの感染症」は約 40 疾患ありますが、
時間の関係上、医療従事者が比較的遭遇しやすい感染症についてお話します。
症例は皮膚糸状菌症です。小学生の娘さんへのクリスマスプレゼントとして、仔猫を購
入しました。購入時に仔猫の鼻の一部分に脱毛が認められました。ペットショップ併設の
動物病院で皮膚糸状菌症と診断されていましたが、ペットショップの店員が『ヒトへは感
染しません』という、飼い主への不適切な指導を行っていました。
仔猫の鼻の脱毛は治療を行い、約4ヶ月後には生え揃い、治癒したように見えました。
その頃から女児の皮膚の発赤が目立つようになり、頭部へ拡がりました。
母親は動物からの感染を疑わず、皮膚科へ通いました。既往歴などからアトピーと診断
し、治療を続けましたが、悪化するばかりでした。
数件目の皮膚科にて皮膚糸状菌症と診断されました。飼い猫は検査の目的で当院へ来院
しました。
購入時の脱毛は治り、見た目では皮膚糸状菌症は疑えませんでした。念のために検査を
行いましたら、犬小胞子菌が分離されました。
その後、ネコも女児も適切な治療を行い、ネコの犬小胞子菌は除菌され、女児も発毛し、
治癒しました。
●動物は友達だけど恋人ではない●
以上のように、「動物由来感染症」には動物側に無症状の場合もあり、飼い主は感染源が
動物という認識が低いまま来院されることもあります。疑わしい症例には、動物飼育歴や
接触歴、また海外などでの接触歴の問診も有用かと思われます。
「動物からの感染」で一番重要なことは、感染経路を断ち切ること、または病原体に触
れないことであって動物を
排除
することではないと思っています。
国内において発生のあるコンパニオンアニマルからの感染は、接触感染が主であるので
手洗いや節度ある接触で感染経路を断ち切ることが可能です。さらに、ノミやダニなどの
外部寄生虫は動物病院で適切な駆虫を行うことでもコントロール出来ます。
最近多く見受けられる口移しで餌を与える飼い主には、動物側にも悪影響を与えるので
避けるよう指導する必要があります。
当院では動物との接触に関しての指導で、『動物は友達だけど恋人ではない』と指導して
います。つまり、友達と遊んだ後に手洗いをしますが、友達と始終一緒に寝起きをしない
し、口移しでご飯を与えないのと同じ感覚で動物と接してくださいとお話ししています。
この指導は具体的で受け入れやすいと感じています。
●医療と獣医療の連携●
ヒト医療において「動物由来感染症」が発生したら、悲しいかな動物が悪者にされ、排
除される傾向にあります。改正された感染症法ではヒト-ヒト感染において人権を考慮し、
差別がないように配慮してあります。
ペットが「コンパニアオン・アニマル」と呼ばれる昨今、感染源=動物=悪者の構図を
変えなければいけないと思っています。
今後は動物を排除せず、医療と獣医療が緊密に連絡を取り合い、ヒトもコンパニオンア
ニマルも治療する体制を取りたいと切に願っています。