トピックス 最新のSARSの疫学および消毒に関する情報 国立感染症研究所感染症情報センター 主任 研究官 砂川 富正 ● SARSの概 況 2002 年 秋頃より中国南部・広東省で発生した原因不明の非定型性肺炎は、2003 年 3月にハノイ (ベト ナム)および 香 港 で、院 内 感 染としてそ れぞ れ 40 名以上 の患 者 発 生が 顕 在 化した 後 に 一 気に 世 界 的 な 問題となった。WHO (世界保健機関)は3月12日にGlobal Alert( 世界的な警報 ) を発し、3月15日、WHOは、 この疫病を 重 症急性呼吸器症候群、すな わち SARS(Severe Acute Respiratory Syndrome) と名づけ、 地 球 規 模で 警 戒 す べ き原 因 不 明 の 感 染 症として、Global Alert を発した。7月5日、台 湾において地域内 伝播が無くなったことを受けWHOは、SARSは一旦制 圧され たと宣 言した。そ の後、シンガポールおよび 台 湾において 実 験 室 内 感 染によるSARS患 者 の発 生 は散 発しているものの、地 域 的 、国 際 的 な 流 行には 至っていない(2003年12月20現 在 ) 。2002年11月1日より2003年9月26日までのSARS累積患者数は 8,098人、死亡者 数 は 774人を数えた1)。 最近発表された重要なSARSの疫学的知見 SARSに関しては日々知見 が 集 積 されているが、その 中で も 2003 年10月17日のWHOによる、SARSの 集団 発 生の 疫 学に関 する国際 的 研究 を 集 約した 報 告 2 )の発 表 は 重 要 で あり、今 後のSARS 対 策 に 大き な 影 響を及ぼ すもので あった 。主 な 疫 学 的 知 見を 以 下 のように 要 約し、項目によっては 解 説を 加 える。 1 SARSの潜伏期間は殆どの患者についてほぼ10日以内である。 中国本土など で は潜 伏 期間14日とする考 えもあるが( 筆 者 私信 ) 、中国も含 めほぼ 全 例に近 い多くの 患者 は潜 伏 期10日以 内で 説 明 出 来 るとさ れて いる。 2 SARSの感染性について、感染のリスクは第10病日ごろが 最も大きい。 発 症 前 の 者 に は 感 染 性はない。感 染 効 率 は、通常、発 症して1週間を 過 ぎ た以 降 の重 症 患 者 や、急速 に臨 床 経 過 が 悪 化して いく患 者に曝露された場 合 が最 も高くな るようである。症 状のある患 者が 発 症か ら5日以内に隔離された場 合には、二 次 感 染 はほとんど起こらなかった。気 道からのウイルス排出は第10 病日ごろに、便 からのウイルス排 出 は12 -14日目までに最も多くなり、共にそ の 後 漸減していく。 3 致死 率(Case - fatality ratios)は 全 体として15%と推定される。 WHOは5月に致死率に関する推定値を更新したが、中国 本土の報告が 非 常に低 いことを 除き、若 年層 に おいては 著 しく低く、高齢者層においては高くなっていた(65歳 以上:香 港 5 2% ) 。 4 2003年 2月1日以前に発症した3分の1以上の患者は 食用動物の取り扱い者であった。 この 情 報 は SARSウイルスの人間 社 会 への 侵 入を 考える時に 示 唆 的 で ある。この場 合 の 感 染 経 路と しては、食 品 の 摂 取というよりはむしろ、野 生 動 物 を 食肉用に加工する際にウイルスに曝露された可能 性 が あ る( 筆者コメント) 。 16 5 主要な感染経路は感染性呼吸器飛沫の粘膜 (目・鼻・口) への直接接触である。 空気感染を支持する証拠はない。 すべてのSARS 集 団発 生 の場にお いて、1人の患 者 が 平 均 3人を 感 染させたことは、SARSが 空 気中 の浮遊微小粒子よりも、むしろウイルスを 含んだ 飛 沫との直接接触により広がったと考える方が自然で ある。麻 疹 のような 空 気 感 染であれば(1人の患者が平均15 - 20人に 感 染 ) 、1人の 患 者はもっと多くの 感 染 を 発 生 さ せるで あろう。このことは、頻 回の 手洗いのような基 本 的 な 感 染 制 御 手 技 が、この疾 患の 拡散速度を落とさせる上で大きな役割を果たす、と言う考えを支持するものである。 6 医療従事者が特に感染リスクにさらされている。 医療従事者がSARS患者全体の21%を占めている。特にエアロゾルを発生する行為(緊急の心肺蘇生、 挿管、吸引等)に関与していた者のリスクが高いとされる。 7 小児はめったにSARSに罹患しない 現時点で、小児から成人に感 染した事例は2例が 報 告されているのみで、小児 から小児への感 染 は報告 されていない。血 清 学 的 調 査 が 期 待 される( 筆 者コメント) 。ま た 妊 娠 中 の S A R S 感 染 に お い て は 垂 直 感 染 の 報 告 は 無 い 。 香 港 で は10 例 の 健 康 で あった 妊 婦 の 感 染において3例の 死 亡 があり、妊 娠 第1三 半 期に 感 染 し た 5 例にお いて1例の 死 亡と4例 の 自 然 流 産 が 発 生した 。 8 航空機内での感染伝播のリスク 国際 線フラ イト 5 便 が、有 症 状 の可能 性例 から乗 客や乗務員へのSARS感染に関連があるとされた 。 そ の 一つ、あるフライトにおいては、72歳男性が香港P病院を訪問し、有症状態で航空機に搭乗したこと がスーパー・スプレッディング・イベント(Superspreading event:一人の患 者 から 大 量 の 二 次 感 染 者 が 発 生した 事 例 )に関 連して い るとされ た 。 未確定な情報としては、全 体 で 2 9 例 の 二 次 感 染 例 が、有 症 の 可 能 性 例 に 関 連しているとされる。 3月27日にWHOが航 空 機 の 利 用 に 関 連して 出 国 時 スクリーニング や そ の 他 の 対 策 を 含 む 旅 行 勧 告を 発表した後は、航空機内での感染伝播が確認された形跡はない。血清学的な検証がこれらのスクリー ニングの精度を評価するために必要である。 わが国において発表されたSARSの消毒に関する情報 2002年12月18日、国立感染症研究所感染症情報センターホームページにおいて、 「SARSに関する消毒(三訂版) 」3) が掲載された。この中での最大のポイントは、国内における最近の知見として、食 器・野 菜 洗浄用の家庭用合成 洗 剤が SARSコロナウイルスの処理に効果が高いことが実験的に確認されたことである。効果が確認されているのは成分とし て直鎖アルキルベンゼンスルホン酸 ナトリウムもしくはアルキルエーテル硫酸エステルナトリウムを16%以上含むもの である。消毒および清掃はSARS感染が確定されなくても、疑い患者が発 生した段階で実施する必要があり、実際 の消 毒にあ たっては、最寄りの保健 所 等 と相談して適切な対応を取ることになるが、家庭などでの消毒における選択 肢が増えた。詳細は同ホームページ等を参考にしていただきたい。 参考文献 1)WHO.Summary of probable SARS cases with onset of illness from 1 November 2002 to 31 July 2003 〈 http: // www. who. int /csr /sars /country/ table 2003̲09̲23/en / 〉 2)Consensus document on the epidemiology of severe acute respiratory syndrome( SARS) . WHO/CDS/CSR/GAR/2003.11 〈http: // www.who. int /csr/sars /en / WHOconsensus.pdf 〉 3)国立感染症研究所感染症情報センターホームページ「SARSに関する消毒(三訂版) 」 〈http: // idsc.nih . go. jp /others /sars /sars03w/ index .html 〉 17
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