3.3 中波の異常伝播について 3.3 Report on abnormal transmission of middle radio wave SUGAI Hiroki 1.はじめに 世界的な海上遭難安全通信システムである GMDSS にお するが、夜間 3000 マイル以上の伝播は通常は考えられて いて、NAVTEX は近海海域である海岸から 400 マイル程度 いない。しかし現実には南極海域において 6000 マイルを越 を限度とした沿岸において航海と気象の警報や安全情報を える中波の受信の実体について再度、電離層について考慮 518kHz の FIB モードで放送されている。これは、300 ト した。ここで電離層について若干整理する。 ン以上の船舶にその搭載が義務つけられているものである。 中波の電離層伝播について 今回は、この NAVTEX 受信機を利用し、実習の一環として 中波の周波数帯においては、昼間は電離層反射波が吸収 東京∼バンコク(タイ)∼ポートルイス(モーリシャス) されてしまうため、大地導電率が低いほど、周波数が高い ∼フリーマントル(オーストラリア)∼南極海域∼ホバー ほど、電離強度は距離に対して急激に減衰する。夜間は強 ト(オーストラリア)∼ビューティーポイント(オースト い電離層反射波が E 層(高度 100km)から反射され大地に ラリア)までの受信記録を整理し、各 NAVTEX 放送区域に 戻ってくるとされている。従って、送信局付近では地表波 おける NAVTEX 受信状況を調査した。さらに同じく中波を が主体であるが、送信局から遠ざかるに従って地表波は減 使用しているディファレンシャル GPS(DGPS)の受信状 衰し、電離層反射は強くなる。さらに距離が遠くなっても、 態も同時に記録し電波受信状況を調査することを目的とし 電離層反射波は強くなる傾向を示し、遠距離まで比較的高 た。 い制度を持つ。つまり送信局から距離が遠くなるにつれて、 受信点には低角度で放射されたものが到達することになる。 2.方法 地表波と電離層反射波がほとんど同一の電界強度になる区 NAVTEX 受信機を使用し、 域では、別々な経路を通って到来した両電波が加わるため 航行警報・気象警報・気象予 合成電界強度はベクトル和になり、フェージングを生じる。 報などの情報、送信局識別符 地表波が共存する場合に比べると激しさはかなり少ないと 号、情報番号、受信誤字率な いわれている。1) *フェージング:主として日の出没の時に電離層の電 どの受信情報(ZCZC)の記録 及び整理を行った。 Photo.1 NAVTEX receiver 子密度が急激に変化し、地表波と空間波が干渉して また陸上送信局の位置から本船の GPS 位置との距離を航海 生じる雑音であり、到達時間差による位相差の違い 電卓で算出し、受信した誤字率(CER)(%)と比較した。 (0°∼360°)、伝播途中の減衰の違い、振幅強度 DGPS においてはレーダー画面の左側に現在の測位状況 の違いのため、合成波が強くなったり弱くなったり が DGPS によるものか、または GPS によるものか表示さ する現象をいう。 れており、いずれかに切り替わる場合、アラームが鳴り、 電離層(E 層)の変化g 測位方法の変化を知らせる。この切り替わった時刻を記録 日周変化と季節変化がある。日周変化は、統計的に電子 し、その記録から、一日の DGPS と GPS の受信時間を記 密度√cos x で表される。極地帯を除き電子密度は臨界周波 録し、比較検討を行った。 数(f0E)の二乗に比例することがいわれている。なお D 層は昼間と夏季に発生するが、夜間及び冬季は微弱または 3.結果及び考察 消滅する。 NAVTEX は世界航行区域( NAVAREA)において A から *臨界周波数:電離層はある周波数以上の電波は突き Z までの送信局が、4 時間毎に 10 分間放送している。また 抜ける。この最小の周波数を臨界周波数という。こ 情報の種類は航行・気象警報が約 7 割以上を占めることが れより電離層の最大電子密度を求められる。 いわれている。 f0=√N 送信局と本船の受信距離および誤字率では、南極海域に f0:臨界周波数は、N:最大電子密度の 平方根に比例する。 おいて夜間、最高 7868 マイル、誤字率 0.0%で受信した。 電離層の逐年変化 これは、送信局と本船がともに夜間であるとき異常伝播し 27 日の太陽の自転周期及び太陽の黒点数でよく表される たものである。中波での夜間における電波の伝播は、電離 約 11 年の太陽活動周期によって電離層が変化する。黒点数 層 D 層の消滅に伴う約 1400 マイル程度の反射伝播が存在 が増加すれば電離層の臨海周波数も増加する。F 層におい ては、黒点数の最大年は最小年の約 4 倍の電子密度となる 7 ことがわかっている。なお昨年は 164 個の太陽黒点数が観 を選択した。Fig1 よりこちらのほうがより正確な考察をおこ 測されており、本年は高い活動周期と思われる。 なうことが可能である。 地球磁界の影響 Fig2 では近距離のほうが逆に誤字率が大きく、遠距離にな 電離層内を電波が到達すれば、フレミングの左手の法 るにつれて誤字率が小さくみえる。よって受信距離と誤字 則により磁界に直角に作用する。電子の運動方向では、電 率には比例関係がみられなかった。Fig1 より一ヶ所での送信 子がらせん状に振動することが知られている。2) 局の受信状況より両者の関係の分析を試みたが明確な結果 統計的な臨界周波数と地磁気緯度との分布曲線は、北半 は算出できなかった。また近距離での誤差においてはロラ 球と南半球とで対象となっており、熱帯地方、中緯度地方、 ン C の例をとると電離層反射より内側の約 800 マイル以内 高緯度地方に大別できる。 での直接電波を受信したものにはノイズや大気の影響を受 最高使用可能周波数 MUF と最も実際の使用に適した周 けたものもあると考えられる。 波数を FOT 最適通信周波数といい、以下の要因の影響を受 Fig3 、Fig4 には DGPS の受信状況を示した。Fig3 は東京― ける。 バンコク間の 1 日の受信状況を示し、Fig4 はバンコク―モー 1. 通常は制御点(電離層反射点の地球上の位置)の状況 リシャス間の1日の受信状況を示した。 2. 太陽活動度:11 年周期の黒点数(0∼約 190) Fig3 3. 月日による電離層の季節変化と日周変化:冬季の変化 をみるとやはり電離層の D 層が消失すると考えられ る夕刻から夜中までは受信時間が長く、多くのデータを記 が大きい。 録した。しかし、Fig4 に示す夜間においても受信記録のない すなわち制御点によって MUF 曲線は変化する。 期間も存在した。 *S/N 比:S 信号と N 雑音との比で S/N=1で同等、S/N=100 Fig4 では D 層の消失が考えられる夕刻から夜中までであ で信号が雑音の 100 倍であることを示す。S/N 比が大きいほ っても受信時間はほとんどない。2 つのグラフは位置的には どよく受信できる。送信電力を倍にしても受信電界強度は平 異なった場所であるため、一概に述べることはできないが、 方根の 2 倍にしかならない。 どの地域においても夕刻から夜中まで異常伝播が必ず起こ 最低使用可能周波数 LUF は通信に使用できる周波数の るという結果にはならなかった。 最低限界の周波数をいう。減衰量は距離に関するもの、第 1 さらに今回本船が航海した航路における一日毎の DGPS 種減衰量:電離層を突き抜ける際に受ける減衰量、第 2 種 の受信状況を Fig5 に示した。横軸には日付をとり、縦軸には 減衰量:電離層で反射するために受ける減衰量、第 1 と第 2 その日の DGPS の受信時間を示した。 の減衰量は、季節及び時刻によって変化する。なお MUF 今回の航海では 2003 年 1 月 17 日まで DGPS の受信があ と LUF から 2 地点間での通信可能な周波数を知ることがで ったため、その日までの受信結果を きる。 みると日付によっても受信時間が大幅に異なることがわか 以上のことより本船が航行中の NAVTEX 受信局からの Fig5 にまとめた。Fig5 を る。DGPS は NAVTEX のように送信局を判定することがで きず、例として、A 局から DGPS の送信があったとしても 受信記録および受信結果から考察を行う。 受信記録回数は各受信局 300∼400 回で東京港出港から 次の瞬間には B 局からの送信に変わることも考えられるた 受信した順に受信番号をつけた。受信した時の本船の緯度 め、中波の異常伝播に対する考察をおこなうのは NAVTEX 経度と受信局の位置との距離を航海電卓で算出した。なお 異常に困難である。 DGPS においても NAVTEX と同じく電波の中波を使用 表示の時刻は地方時とした。 Fig1 は受信したすべての NAVTEX の誤字率と受信距離の しているため、同じことが考えられるが、今回の航海では 関係を示し、各送信局における受信状況を考察した。 地球を縦横に移動し、本船と送信局の間には大陸があり、 Fig1 をみると非常にばらつきが大きく、相関係数(R2)は 電波の送信を妨げる障害物が多く存在し、さらにその海域 0.0044 とほぼ無関係といってよい結果となった。受信距離 における季節なども異なったなど不特定な要素が多すぎる が小さければ誤字率が下がり、受信距離が大きければ、誤 ため、明確な結論をだせるようなデータが得られなかった 字率も高くなるという予想していたような単純な結果は得 と考えられる。 ることができなかった。個々の受信データの中には受信距 前回の本船の航海においてはアメリカから日本まで太平 離 200nm 程度にもかかわらず誤字率が 15%を超える記録 洋を横断する際に、今回とまったく同じ方法で、NAVTEX や受信距離が最高の 7868nm でも誤字率 0.0%の記録もみら の受信データを解析する実験をおこなっていたが、この時 れた。 には受信距離と誤字率には比例関係を示す結果がでていた。 Fig2 は那覇の送信局における受信状況であり、横軸に本船 これはアメリカから日本に向かうほぼ直線の航路であり、 の受信緯度を示し、負の値は北緯、正の値は南緯を示して 間に陸などの電波を妨害するような障害が存在しなかった いる。縦の両軸には受信距離と誤字率の状態を示した。那 ために、そのような明確な結果が得られたと考えられる。 覇の受信記録は今回の伝播距離が一番大きいため、この局 今回の航海においては中波の異常伝播と誤字率の間に明 8 確な関係を見出すことはできなかった。しかし、伝播距離 受信距離( nm) 状態によって中波はこれだけの距離を伝播可能であること がわかった。 以上のことから NAVTEX や DGPS によって電波の受信 状況や電離層の考察をまとめると ① 受信距離と誤字率は比例関係にはならない。 ② 中波は 7000nm 以上の伝播が可能。 ③ D層の消失する夕刻から夜中までに必ずしも中波の 9000 8000 7000 6000 5000 4000 3000 2000 1000 0 25.0 20.0 15.0 10.0 5.0 0.0 誤字率( %) 7868nm で誤字率 0.0%の受信記録は本船の新記録であり、 64.91 64.91 42.72 32.50 11.59 11.58 7.73 7.68 -8.44 -14.97 −(北緯) 異常伝播が起こるとは限らない。 これからの計測を行うための条件と欠点を述べると +(南緯) F i g . 2 NAVTEX Receive condition of Naha NAVTEX においては 同じ場所で1日毎の受信時間を把握する。 ⑤ 送信局の位置と受信位置を明確に定めておく。 60 ⑥ 大陸などの障害物を考慮する。 50 受信時間( min) ④ DGPS においては ①DGPS の送信局の位置がはっきりしないため分析は困 難である。 ②アラームの感度が低いため、受信の切り替えが起こっ 40 30 20 10 てもアラームがならない場合がある。 0 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 など、克服しなければならない条件と欠点が多く考えられ 受信時刻(時) た。 Fig.3 DGPS Receive condition at 9/12/2002 しかし、実際問題として、本船の趣旨はあくまで海洋観 測と実習生の教習であるため以上のような条件を満たすこ 60 受信時間( min) とは困難である。 よってこれからの課題は以上の条件をいかに乗り越え、 欠点をどのように抑えるかということである。 参考文献 50 40 30 20 10 1)無線工学.財団法人,電気通信振興会,2001 0 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 2)空中線及び電波の伝わり方,電波振興会,1966 受信時刻(時) 受信時間(h) 0 2000 10000 13 1/ 8 1/ 3 1/ 9 /2 12 4 /2 12 9 /1 12 4 /1 12 /9 12 4000 6000 8000 受信距離(nm) 24 22 20 18 16 14 12 10 8 6 4 2 0 モーリシャス︱フリーマントル y = 0.0004x + 5.6769 R2 = 0.0044 80.0 70.0 60.0 50.0 40.0 30.0 20.0 10.0 0.0 バンコク︱モーリシャス 東京︱バンコク 誤字率(%) Fig.4 DGPS Receive condition at 18/12/2002 日付 Fig.1 NAVTEX Receive condition of all area Fig.5 DGPS Receive condition every day 9
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