1 株式市場全体のリターン(投資収益率) 株式市場全体を代表するのが市場指数である。市場指数を使って、株式市場全体が過去ど のように変動し、どの程度のリターンを生み出したのか、を確認してみたい。過去のリターン は決して将来を予想するものではない。しかし、株式投資における目安、或いは参考データと して利用できる。株式市場全体のリターンについては、3つの角度から考える。(1) 先ず、リ ターンの平均と分布 (又は変動とも言える) について、正規分布を参考にして分析する。 (2) 次にリターン自身のサイクルについて考える。リターンが時間の経過とともに (時系列的)、特 定のパターンを形成していれば、分布からは判断できなかった予測が可能となる。(3) 最後 に、株式市場全体のリターンが、別の経済現象と連動しているかどうか、について。これは統 計学的には回帰分析(regression analysis)といわれるもので、金利や為替、GDP や生産・出 荷統計、などのマクロ経済指標と、株式市場リターンとの連動があるかどうか、ということであ る。もし、連動する指標があれば、市場全体のリターン予測がより精確になる。 株式市場リターン計算のいろいろ−平均 7.5%とは? 「日本の株式市場は、平均で 7.5%の年率リターンであった」。この 7.5%の数字を理解する には多少の説明を追加する必要がある。 1) 先ず期間。これは 1970 年 1 月から 2002 年 9 月までの平均。 2) 次に、株式市場とは日経 225 指数で計算。 3) そして、計算方法。1971 年 1 月末日の日経 225 指数を、1970 年 1 月末日の 数値と比較して年リターンを計算する。同じような年リターンの計算を、一ヶ月ずつ ずらしながら、2002 年 9 月まで合計 381 ヶ月間(=12 ヶ月 X 31 年+9 ヶ月)計算し、 その平均を取ったのが 7.5%である。 期間、市場指数、計算方法、によってリターン数字が異なる場合がある。期間については、 1980 年代のバブル期の 10 年を取ると日経 225 指数で年平均、18.5%。崩壊後の 1990 年 代の 10 年では、−6.9%となる。市場指数には全上場銘柄を対象にした東証株価指数 (TOPIX)や証券経済研究所指数、一部の代表銘柄だけを含む日経 225、モルガンスタンレ ー指数(MSCI)、ファイナンシャルタイムズ指数(FT)、他多数がある。また MSCI や FT では、 配当金を調整した指数、配当金の所得税を考慮した指数、などもある。東証一部の市場リタ ーン(1996∼2001)は、日経 225 で−4.4%、証券経済研究所指数で−0.2%、TOPIX では −1.2%、というように指数間で結構ばらついている(上記 3)による計算方法)。 KEI アドバイザー 2 さらに大きな違いを生むのが計算方法である。リターンの計算では、ある一定の同じ時点を 取る必要があり、日毎の計算では引け値( 終値、、又はその日の最後の価格)、週毎では金曜 日の最後の指数価格、月次指数では月末の最終価格が使われる。勿論、こうした最後の指 数価格以外にも、株価は常に変化しており、従って指数も常に変動している。 年間リターン を計算する場合、各月の月末指数を使うのが普通であるが、その場合でも異なる計算方法 がある。 下の表では、 1999 年のリターンとして、3 つの数字がある。(A)36.8%は、99 年 12 月末指 数を、98 年 12 月末と比較したもの。(B) 10.9%は 98 年の各月末指数の平均と、99 年の各 月末指数の平均を計算、即ち、「平均指数のリターン」である。(C)の 12.2%は 99 年の各月 の前年からの変化(右列の−12.8 から 36.8 まで)を平均したもので、月次「リターンの平均」 となる。 日経 225指数 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 平均 1998年 月末 16,628.47 16,831.67 16,527.17 15,641.26 15,670.78 15,830.27 16,378.97 14,107.89 13,406.39 13,564.51 14,883.70 13,842.17 15,276.10 1999年 % 月末 リターン 14,499.25 -12.8 14,367.54 -14.6 15,836.59 -4.2 16,701.53 6.8 16,111.65 2.8 17,529.74 10.7 17,861.86 9.1 17,436.56 23.6 17,605.46 31.3 17,942.08 32.3 18,558.23 24.7 18,934.34 36.8 16,948.74 10.9 月次リターンの平均 12.2 (A) (B) (C) 平均と分布―株式市場リターン理解の前提 我々は「平均」という言葉を良く使う。「平均」には計算によって得られる統計的な数字ではあ るが、単語としては典型的とか、標準的とかいう意味が込められている。例えばサラリーマン の標準的 「月一ゴルファー」 のイメージは、服装やゴルフ道具はプロ並みでも、スコアは 95 前後であろう。しかし、何でも平均を取れば、「標準」が得られるか、というとそうでもない。小 指程度のマツタケを平均しても、マツタケの標準をイメージすることは出来ない。では、平均 KEI アドバイザー 3 の裏には何があるのだろうか? 「平均」の裏には、「分布」がある。分布の中でも「正規分布」が最も有名で、釣り鐘を縦に切 ったような正規分布のグラフを見た人は多いだろう。正規分布を言葉で説明すると、「平均を 真ん中にして、それ以上、或いはそれ以下に漸減的に、且つ対称的に広がった分布」、という ことが出来る。ゴルフで言えばスコアー、投資の場合にはりターン、マツタケの場合では大き さ(長さや重さ)、が分布と平均の対象である。こうした対象においては、平均とその直前、直 後の数字が最も多く、其れゆえ標準的であり、平均から離れた数字や状況は少なく、従って 例外的となる。 我々が「平均」という時には、その裏に正規分布、或いはこれに類した分布をイメージしてい るのである。 同じ平均値を持っていても、異なる分布になる場合がある。正規分布とは考え られない分布は、平均を出してもあまり意味が無い。 平均と分布 10 95 人数 8 6 4 2 0 70 80 90 100 ゴルフスコア 110 120 上のチャートは24人づつの二つのグループがゴルフをした結果を、横軸に70台、80台という スコア、縦軸にその人数を入れたものである。どちらのグループも平均は95。しかし、実線の グループは90台と100台で合計14名、点線グループは8名であった。後者のグループは実 力が非常に分散しており、平均値ではそのグループ全体の特徴を表現出来ない。 分散の程度を表すのが、「標準偏差」と言われるものである。ゴルフの例では実線グループ が 12.9、点線グループは 16.4 の標準偏差で、従って点線グループは分散が高い、と言う結 論になる。平均値の95は解りやすいが、標準偏差の 12.9 とは何であろうか?16.4 は確かに 12.9 より大きいがどう違うのだろうか?標準偏差は分散の程度を示すので、実際の分散に KEI アドバイザー 4 変換してみると解りやすい。 その場合、常に平均値からのどれだけ離れているのか、がポイ ントである。平均=95、標準偏差=12.9 という場合、平均値 95 を挟んで、下の方が 82.1= 95−12.9 と、上の方が 107.9=95+12.9 との間に、24 人中の多くが集まっている、というこ とである。24 人中の「多く」といった場合、全体の約3分の2を意味することが多い。即ち、24 人x2/3=16 名となる。 即ち、ゴルフの例では、両グループともに 24 名の内、各々16 名のスコアが、 実線グループでは、 82.1∼107.9 点線グループでは、 78.6∼111.4 の範囲に入っている、というのが平均と分散から理解出来る。平均を基準に競技をしたので あれば、引き分け。全員のスコアの集中度を加味すれば実線グループの勝利、となる。 上記グラフで、横軸のゴルフスコアを大雑把に 70 台、80 台、と取った為に、正確性に欠ける ことになってしまった。 本当の正規分布をつくる為には、横軸の目盛りは可能な限り細かくす る必要がある。また人数についても、24 人ではなく、100 人、1000 人、一万人、と多ければ多 いほど、数字は正確になる。 東京株式市場のリターン分布 東京証券取引所第一部の日経225指数を使って、年間リターンの分布を調べ、今後の株式 投資の指針としたい。1970 年 1 月末の日経 225 が、1 年後の 1971 年 1 月末にどう変化し たか、を年間リターンと定義する。次に 71 年 2 月末から 72 年 2 月末まで、というように、1ヶ 月づつずらしながら、2002 年 9 月末までの指数で同様な年間リターンの計算をすると、381 個の数字が取れる。グラフの横軸にリターンを 10%づつ区切り、そこの当てはまる月数を縦 軸にいれてチャートを作成したのが下の図である。Mはマイナス10%未満、Pはプラス10%未 満のリターン。この年間リターンの定義には、その間の指数の変動は全く考慮されていない。 下記のチャートでも明らかなように、日経225指数の年間リターンは正規分布に近い形をし ている。平均は 7.5%、標準偏差は 22.8 である。これは何を意味しているかというと、株式市 場の年間リターンは、平均値を中心にした周辺に数字の多くが集中している、ということであ る。勿論今後もこうなる、という訳ではない。しかし、20%以上下落する場合、あるいは 40% 以上上昇する場合(こちらはむしろ歓迎すべき結果だが)、はかなり例外的であった、ということ である。ちなみに、20%以上の下落は 44 ヶ月で全体の 11.5%。 KEI アドバイザー 5 1年 月数 80 70 60 50 40 30 20 10 0 -40 -30 -20 -10 M -7.8 50%の範囲 -15.3 68%の範囲 95%の範囲 -38.1 P 10 20 30 40 50 60 70 80 7.5 22.8 7.5 0.67x標準偏差 30.3 7.5 53.1 1x 標準偏差 2x 標準偏差 ここでもう一度標準偏差と平均との関係について触れる。ゴルフスコアの例で、「平均+/−標 準偏差」に 3 分の2のプレーヤーが入っている、と述べた。「標準偏差」に何の形容詞も付け なかったが、実はこれは「1x標準偏差」のことであり、ここにおける「1」に替わって「2」とか 「0.5」とか付けることで、範囲を変えることが出来る。 東証1部の日経225リターンに基づいてこの関係を説明しよう。「7.5%+/−22.8」という場合、 正確には「7.5%+/−(1x22.8)」ということであり、381 ヶ月の年間リターンの内、3 分の2が、 -15.3%から 30.3%の間にあることを述べている。では平均を挟んで381ヶ月の 50%が入る リターンの範囲はどうなるであろう。結論だけを述べると、「1x22.8」に替わって、「0.67x22.8 =15.3」を使う。即ち、-7.8=7.5−15.3 から 22.8=7.5+15.3 までに半数の月が入ることに なる。逆に、95%という殆どの範囲を求めるのであれば、「2x標準偏差」となり、この場合は2 x22.8=45.6 となるから、その範囲はー38.1%から 53.1%である。(上記チャートの下に纏めて ある) リターンが高いほうの結果になるのは大歓迎であるから、50%の範囲の下限である ー7.5%より悪くなったのは 25%となり、確率は 4 分の1となる。 この 4 分の1の最悪期を避 ける方法が見つかれば、ノーベル賞の可能性があるかもしれない。 株式市場リターンの予測は可能か?―アクティブとパッシブ リターンの分布で、標準偏差の左側にある、大きなマイナスを避けることが出来れば、より高 KEI アドバイザー 6 いリターンを得ることが出来る。ここが株式投資の最大のポイントでの一つで、大きなマイナ スになることを事前に予想できるか?或いは、大きなマイナスを避ける上手い手法 (tools)を 持てるかどうか?、ということになる。可能であるという立場をとる人と、不可能だという立場 を取る人と、並存しているのが現状。私の立場は、予測の可能性はかなり低い、といわざると 得ないが挑戦するに値する程度に可能である、と思う。 リターン予測、或いは大きなマイナスを避けるという場合、二つの面があり、ひとつは株式市 場全体、もう一つは個別銘柄のリターン予想。一般的に株式投資の方法に、「アクティブ運 用」と「パッシブ運用」という基本的で、対立するものがある。これはこの株式市場と個別銘柄 の二つの面をどう考えるか、によって決まる。株式市場、個別銘柄の具体的な手法(tools)に ついては、又別のセクションで説明する。 株 式 市 場 予測可能 予測可能 予測不可能 A B 個 別 銘 柄 予測不可能 C D A: これはアクティブ運用の最も積極的なもので、市場の動向によって、運用金額 (或いは投資金額中の現金比率)を調整したり、銘柄を選ぶ場合も市場指数にはあ まりとらわれず、大胆に行う立場である。市場リターンを上回り、かつ大きなマイナ スになる可能性も少ない。 B: 株式市場は不透明きわまるので、運用金額や現金比率は安定的に保つ。一方、 投資銘柄の選定については A と同様に積極的に行う。少なくとも、株式市場を上回 るリターンが確保できる。しかし、市場全体がマイナスになる場合は、マイナスのリタ ーンを蒙ることもある。 C: どの銘柄が上昇し、どの銘柄が下落するかは、神のみが知ることである。従っ て、できるだけ市場指数と同じ組合せ、或いは、市場動向と連動するように組合せ た銘柄に投資する。しかし、市場の予想は可能であるから、現金比率や運用金額を 大幅に変更することによって、リターンを高める。B と同様に株式市場を上回るリタ ーンを得られ、且つマイナスリターンの可能性も少ない。 D: 株式市場も個別の銘柄も、不確実性の支配するところである。しかし、株式市 場からの長期的リターンは他の投資と比較すると魅力的。従って、市場とほぼ完全 に連動するインデックスファンドを作るか、或いはそうした投資信託に投資する。こ の場合の投資リターンは市場と全く同じである。 KEI アドバイザー 7 株式市場リターン予測は可能か?―サイコロの目と株式市場全体のリターン 株式市場指数の年間リターンの特徴について、正規分布における平均と標準偏差の側面か ら説明をした。次に、正規分布の左側、即ち大きなマイナスになる可能性を避ける可能性に ついて触れ、アクティブ運用とパッシブ運用の差を述べた。ここではもう一度株式市場の予測 の可能性を、全くの偶然に基づくもケースと比較して考えてみたい。 サイコロは1∼6 までの、所謂「目」を持っている。夫々の目が出る可能性は、「イカサマ」を使 っていない限り均等で、6 分の1である。この一つのサイコロを 2 度振り、2回の目を足した時 の数字に注目する。即ち、下のように1+1=2 から、6+6=12まで、36 の数字があり、実 際に夫々の順番で出る可能性は、当然36分の1である。 1+1=2 2+1=3 、、、、、、、、、、6+1= 7 1+2=3 2+2=4 、、、、、、、、、、6+2= 8 、、、、、、 、、、、、、 、、、、、、、、、、 、、、、、、 1+6=7 2+6=8 、、、、、、、、、、6+6=12 次に合計額がどう言う分布になるかを見よう。合計が2になる場合は一回のみ、12になるの も6+6の一回のみ。3は1+2とその逆の場合の2回、というふうに36個の数字を分類する。 その結果は次の通り。 合計額: 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 回数: 1 2 3 4 5 6 5 4 3 2 1 これをチャートにすると、次のように正規分布になる。平均は7、標準偏差は 2.4。平均を中心 に、4.3 から 9.4 に 3 分の2が集中する、ということである。こうしたときに、「サイコロを 2 度振 って、11か12が出たら、2万円進呈する。但し、7以下が出たら3千円出しなさい」と言われ たらどうするか?確率的には、2万円x(36 分の3)=1,666 円、3 千円x(36 分の21)=1,750 円、との比較である。確率論は、所謂「事前」の可能性を論ずる時によく使われる。ではこの 賭けを実行したとき、即ち、「事後」では、1 万円をもらったか、3 千円を失ったか、の二つに一 つである。 同じような正規分布といっても、「サイコロの目の合計」と「株式市場のリターン」とでは、その 性格がかなり異なる。サイコロの目はまったくの偶然性が支配する世界である。しかし、そう した世界でも、ルーレットがゲームとして好まれ、しかも「ツキ」とか「サイクル」とかで予測しよ うと試みる。もっとも、ルーレットというゲーム自身を楽しむ人は、あまり損得を考える必要が KEI アドバイザー 8 ないのかもしれない。映画の時代劇でみる丁半博打も同様で、とこまでが賭けのゲームで、 どこまでが「投資対リターン」の関係なのか、やっている本人以外は解らない。最も、賭場を 開帳する親分さんにとっては、ビジネスとしての「投資対リターン」を考えているのだろう。 組合せ 二つのサイコロの目合計 7 6 5 4 3 2 1 0 2 3 4 5 6 7 8 合計の数 9 10 11 12 株式市場は原則的に「ゲーム=賭け事」の世界ではなく、「投資対リターン」の世界である。 自動車会社において、生産ラインを増設するかどうか、という設備投資。政府が新しい高速 道路を建設するかどうか、という公共投資。将来ノーベル賞を取れるような学者や研究者、或 いはベンチャー会社を起こすような経営者、を育てるために、幼稚園や小学校から始まる教 育投資。夫々の投資は、程度の差こそあれ、予測にもとづいたリターンを期待している。勿論、 損をすることも、期待通りに育たないケースも多い。 株式市場に影響を与える要因は無数にある。しかし、これまでに多くの学者、研究者、実務 者、が株式市場全体、及び個別企業の株価、とそれに影響を与える要因について、その因 果関係を分析している。より具体的な因果関係や理論的説明は別の個所で説明するが、そ の要点は以下の通り。 z ある銘柄だけに影響を与える要因―新技術による新製品投入、新しい販売網 開発による収入増加、生産技術の改善によるコスト削減、など。 z ある産業全体に影響を与える要因―政府の規制解除による競争自由化、消費 者の所得上昇による売上効果、人口構成の変化に伴う需要の高度化、など。 z 経済全体に影響を与える要因―為替相場の変動による輸出・輸入の変化、金 利政策の変更、政権交代に伴う経済政策の変更、税制改革の需要への影響、 KEI アドバイザー 9 会計制度の変更による利益への影響、など。 こうした、個別企業的、各産業的、或いはマクロ経済的・政治的要因は、サイコロを転がすよ うな単純なものではない。その影響を予測することは難しいだけでなく、こうした要因の発生 自身が予測不可能な場合が多い。そうはいっても、株式市場におけるリターンは、サイコロの ような全くの偶然が支配する世界と比べると、より予測の可能性が高いと言えるであろう。 投資期間と株式市場全体のリターン 投資の基本姿勢の第4として、「投資期間」をあげた。ここでは投資期間の差が、株式市場の リターンとどのような関係にあるかを説明する。日経225指標に基づいて、年間リターンの分 布を平均と標準偏差で考えた。同じ方法で、年間ではなく、2 年間継続して投資した場合の年 率リターン、或いは 3 年、5 年、10 年という期間で継続して投資した場合の年率リターンを計 算し、夫々の期間毎に平均と、標準偏差を比べてみる。結論を先に述べると、期間を長くする ことによって、平均値はあまり変化せずに、標準偏差が小さくなってくる。 計算結果を纏めると以下の表のような数字となり、それを図にすると、平均値がほぼ横ばい の状態で、最高値・最低値の差が、年数を長くすることによって縮小していることが解る。 日経 1年 225 年率 最高値 99.4 平均値 7.5 最低値 -41.1 標準偏差 22.8 120.0 100.0 80.0 60.0 40.0 20.0 0.0 -20.0 -40.0 -60.0 1年 2年 年率 61.9 6.8 -29.3 3年 年率 35.8 6.4 -24.2 5年 年率 30.4 6.0 -14.6 7年 年率 26.4 6.3 -9.6 10年 年率 19.5 6.6 -8.6 17.2 13.7 11.2 9.5 8.1 7年 10年 2年 最高値 KEI アドバイザー 3年 5年 平均値 最低値 10 1970 年1月以降の日経225指数を使っている為に、1 年では381個であった数字が、5年 年率計算の場合は 333 個、10 年の年率の場合は 273 個に減少する。分布グラフにしてみる と、下の 3 つのチャートのように、分布の範囲が狭くなってくるのが解る。ここで言えることは、 長期間の株式投資において、そのリターンの変動が小さくなることである。しかし、だからと言 って、損をしなくなると言うことではない。 あくまで可能性のことを述べているのであり、損をし ない最善の方法は、株式市場の動向を予想することである。 1年 80 70 60 50 40 30 20 10 0 -40 -30 -20 -10 M P 10 20 30 40 50 60 70 80 5年 100 80 60 40 20 0 -40 -30 -20 -10 M KEI アドバイザー P 10 20 30 40 50 60 70 80 11 10年 140 120 100 80 60 40 20 0 -40 -30 -20 -10 M P 10 20 30 40 50 60 70 80 株式市場全体のリターンのサイクル リターンの分布が、平均値を中心とし、その周辺の数字に集まることは解った。しかし、これ は単に結果を見て解説しているに過ぎない。今後 1 年間のリターンはどうなるか、については 何も語ってくれていない。何とか今後のリターンを予想することは出来ないのだろうか?この 方法には 2 種類あり、リターン自身をサイクルから予測する方法、そして、他の要因との連動 性を求める方法である。 先ず、例によって 1 年間のリターン(上のチャート)と 5 年間の年率リターン(下のチャート)が時 間の経過とともにどのように変動しているかをグラフで確認しよう。 1 年リターンと日経225指数の推移 120.0 100.0 80.0 60.0 40.0 20.0 0.0 -20.0 -40.0 -60.0 J-71 J-73 J-75 J-77 J-79 J-81 J-83 J-85 J-87 J-89 J-91 J-93 J-95 J-97 J-99 J-01 45,000.00 40,000.00 35,000.00 30,000.00 25,000.00 20,000.00 15,000.00 10,000.00 5,000.00 0.00 KEI アドバイザー 12 5 年リターンと日経225指数の推移 35.0 30.0 25.0 20.0 15.0 10.0 5.0 0.0 -5.0 -10.0 -15.0 -20.0 J-71 J-73 J-75 J-77 J-79 J-81 J-83 J-85 J-87 J-89 J-91 J-93 J-95 J-97 J-99 J-01 45,000.00 40,000.00 35,000.00 30,000.00 25,000.00 20,000.00 15,000.00 10,000.00 5,000.00 0.00 チャートに強い分析家なら、上手い説明が可能かもしれない。しかし、過去の株価の動きから、 将来を予測出来るのであれば、株式市場がもっと人気を集めて良いはずである。こうしたトレ ンドとか、サイクルによって、今後の株式市場を予想するのは、難しいと思う(個別銘柄とそのリ ターンについて、を参照)。そうはいっても、株式市場や他の金融市場が、投資家の心理的要因 で変動することが多く、チャート分析も否定することは出来ない。年間リターンの動きからみる と、年間リターンが縮小し、マイナスゾーンになったら注意、マイナスリターンがプラスリターン に変わったら強気、になっても良いかもしれない。個別銘柄については、過去の価格や出来 高に基づいた投資方針は、あまり成功しない、という検証結果が出ており、個別銘柄の集合 体である株式市場のよそうも、価格指数の過去の動きだけで将来を予測することは、難しい 様だ。 株式市場全体のリターンと経済活動の連動性―回帰分析 株式市場のリターン分布やリターンのサイクルと比較して、「株式市場と経済指標との連動 性」はより信頼性が高い予測方法と一般的に見られている。確かに次のような説明は良く耳 にする。 z 金利低下は株式市場にとって好材料である。特に日本のような銀行借入の多 い経済では、金利要因は大きい。 z 日本は輸出立国である。 原材料を輸入し、かつては鉄鋼や家電、現在は自動 車やハイテク商品、を輸出することで成り立っている。為替が円高になると、ドル 収入が一定であれば円収入が減少し、従って利益が減少する。 一方輸入販売 KEI アドバイザー 13 業者は増益になる。 z 原油価格が上昇すると、日本のようなほぼ100%輸入に頼る経済は、大きな打 撃を受ける。 z 中国が世界の工場になりつつあり、日本の製造業は空洞化しつつある。この傾 向はますます加速し、日本株投資はもはや期待は持てない。 以下に二つの事例を挙げてみよう。一つは、金利や国全体の生産水準と株式市場との関係、 もう一つは、自動車産業の株価と国内販売及び為替動向の関係である。 120.0 100.0 TOPIXリターン 80.0 60.0 40.0 0.00 20.0 0.0 -20.0 5.00 10.00 15.00 20.00 -40.0 -60.0 短期金利 上のチャートは、東京株式市場指数(TOPIX)の年間リターンとその時点の短期金利(ここでは CD3 ヶ月もの)の組み合わせを点でプロットしたものである。 手間を省く為に、毎月はなく、3 月、6 月、9 月、12 月末の年間 4 つの組み合わせだけを入れた。短期金利水準が低いと、企 業は設備投資を増やし、経済全体を活発化させ、企業や個人所得を増加し、企業利益の各 台と経済成長に貢献する。従って、金利が低い時、例えば上の図では5%から左の部分の時 に、株価は上昇し、右の部分では其れほどでもない、と説明される。しかし、その関係は確か に認められるが、それほで明白でもない。短期金利5%前後の時、株式市場リターンはプラ ス・マイナスの分散がかなりある。 こうした二つの時系列データが、どのような連動関係にあるか、を分析する方法は、統計的 には、回帰分析と呼ばれる。殆ど直線に近い線が、点の間に引かれている。これは回帰直線 と呼ばれ、正規分布における平均値に似た役割がある。(この線を引く為に計算する方法を、最 KEI アドバイザー 14 小 2 乗法という) 正規分布では平均値、回帰分析の場合は回帰直線の周辺に、多くの数字が 集まっている、と言う意味である。 次のチャートは、鉱工業生産指数の前年比と TOPIX の年間リターンとの組み合わせである。 生産活動が活発化し、その伸び率が高まると、TOPIX リターンが上昇する、という関係が、 かなりハッキリと読み取れる。回帰直線は明らかに右肩上がりになっており、例えば生産指 数が10%上昇した時の TOPIX リターンはプラスの範囲に多く集まっている。 TOPIXリターン% 120.0 100.0 80.0 60.0 40.0 -30.0 -20.0 20.0 0.0 -10.0-20.0 0.0 10.0 20.0 30.0 -40.0 -60.0 生産指数% 同様の関係を業種に当てはめたものが次の2つ。自動車セクター指数のリターンと、国内販 売台数をプロットしたもの、及び円の対ドルレートが円高(チャートの左側)、或いは円安(右側) になった場合、である。日本の自動車生産台数のうち、約半分が国内販売となっており、国 内販売の伸びは、自動車株のリターンと大いに連動している。これに反して、為替レートの変 動は、其れほど明確ではない。概して、円高がプラス、円安がマイナスの影響を与えているこ とは読み取れる。為替レートのような、経済全般に影響を与え、しかもその影響が生産コスト や個人消費に複雑にからみあう場合は、2 変数だけの分析には限界がある。 KEI アドバイザー 15 自動車株リターン% 150.0 100.0 50.0 0.0 -60.00 -40.00 -20.00 0.00 20.00 -50.0 国内販売% 40.00 60.00 80.00 自動車株リターン% 150.0 100.0 50.0 0.0 -40.0 -20.0 0.0 20.0 40.0 -50.0 為替円高(−)% 少ない事例ではあるが、株式市場や特定の業種が、経済指標と時系列的に連動している場 合があることを確認した。 分布やサイクルだけでは難しかった、株式市場の予測が、時系列 データの回帰分析を用いると、ある程度の連動性を見ることが出来る。 しかしながら、これで全てが解決した訳ではない。 経済指標の予想を先ず行い、それに基 づいた株式市場全体や特定の業種のリターンの予想を行うのが、回帰分析の基本である。 為替や金利のように、あまりにも広範な経済行動に影響を与える場合は、2 つの時系列変数 の関係が不明確になる為に、変数を増やして分析する、所謂多変数回帰分析という方法が 今では一般化している。変数が一つであろうが、多数であろうが、株式市場の予想には、先 ず経済指標の予想が必要である。そして、問題はこうした予想がどの程度信頼できるかどう KEI アドバイザー 16 か、ということである。 予想の信頼性 「予想は当らない」場合が多い。(株)QUICK が、「QUICK Survey System (QSS)月次調 査」、という株式調査を1994年以来実施し、投資専門家の予想情報集計を行っている。 そ の内容が、「投資家の予想形成と相場動向―QSS サーベイデータによる分析」という本に纏 められている (若杉 敬明、 太田 八十雄、浅野 幸弘 編著、2001年9月26日、日経 BP 企画)。 今後の株式市場の予測に関しては、一ヶ月、三ヶ月、六ヶ月後の日経平均を予想しているの だが、「相場の動向をほとんど予想していない、と結論づけざるを得ない」、と述べている (p 35)。また12月に、翌年の10年国債の利回りを予想する過去4回の調査結果についても、 「調査時点の経済環境や相場環境に左右されると言えよう。そうだとすれば、調査結果は相 場予想として活用されるよりも、解答者のセンチメントを知るための資料としての意味があ」る という (p200) 。さらに、現在の「超低金利」も、事前には予測されることはなかったようであ る。 何等かの予想や前提、或いはモノサシに基づかなければ、株式投資は出来ない。予想の信 頼性が落ち込んだ時、それに替わる指標として注目を浴びてきたのが、もっと現実、或いは 足元の数字を見詰める方法である。「予想か、足元か」、という対立は未だ決着していないが、 具体的には、「成長株投資(グロース Growth)」と「割安株投資(バリューValue)」との対立、とい う言葉で代表される。 詳しくは、個別銘柄の説明のセクションで扱うが、株式市場全体の株 価収益率(PER)を特に注目し、ポートフォリオの平均 PER が市場平均より高くなりがちなの が「グロース派」の特徴。「バリュー派」の特徴は、むしろ株価純資産倍率(PBR)を中心に、ポ ートフォリオの平均 PBR を市場平均より低めにする傾向がある。 残念ながら、市場全体の株価収益率(PER)や株価純資産倍率(PBR)などの数字は、株価指 数、出来高、時価総額、などの数字と比較すると、一般の投資家には手に入りにくい。勿論 日々の数字は新聞紙上で公表され、日銀のデータ集(ダイヤモンド社発行)に1981年以来の 実績利益ベースの PER が入っている。 しかし、最近の不良債権問題やリストラに関連して、 大幅赤字になる大企業や大銀行の決算の影響で、計算できなかったり、200倍以上の異常 値が続いたりで、信頼性が低い。また1982年以来の予想利益ベースの PER と比較すると その落差が大きく使いにくい。こうした評価データ(PER, PBR, 配当利回り、一株当たりキャッシ ュフロー)は、個別銘柄により多く使われているようだが、今後は株式市場全体の評価にも使 われ、そうすればもっと手に入りやすくなるだろう。 KEI アドバイザー 17 予想は予想自身より、予想が変化する方向が株価との関係では重要である。上に挙げた、 QUICK の予想形成に関する本でも、センチメントの変化とか、コンセンサス予想の形成と推 移、とかに触れてその意義を述べている。これは経済動向、株式市場や債券市場全体に対 してだけではなく、個別銘柄についても言える。例えば、米国では、1970 年代に最初に注目 され、その後「コンセンサス予想とその変化」という情報を販売するサービス会社が出来るま でになった。 投資目標―リターン目標をどう設定するか? 株式投資から、どれだけのリターンを想定したらよいのだろうか?これを決定する要因は、個 人個人に共通のものもあるし、夫々特殊なものもあり、ともに多様である。家族構成、収入、 年齢、健康状態、職業、人生観、などなど経済的、非経済的なものが混在している。ここでは その全てについて触れることは出来ないので、インフレとリターンの関係から、リターン目標 の設定について述べる。 次の表は、別のセクションで触れた短期金利、長期金利、インフレ、株式市場リターンを纏め たもの。1970 年以降、数字によっては 2001 年末まで、又は 2002 年 9 月までの集計で、そ の全期間にわたる数字と、10 年毎(1970 年代、1980 年代、1990 年代)に分けてある。 結論的に述べると、目標リターンは 3 つの部分の合成と考えることをお勧めする。表の最後 にあるように、基本金利、インフレ、株式プレミアム、を設定し、その合計を株式投資からの目 標リターンと考える。 基本金利とは、最も本源的な、あるいは本来の意味での金利、と言う 意味である。英語では、"Time value of money" 即ち、「貨幣の時間的価値」と呼んでいる。 「現在の消費を控えて、将来の消費の為に貯蓄をする」わけだから、現在の消費を控える為 の代償としての金利、ということになる。勿論インフレ要因を含んでいない利率だが、これは やはり個人差があるだろう。 基本金利が、インフレを除いた実質金利であるから、どの程度を上乗せするかであり、経済 環境や見通しの影響が大きい。株式プレミアムは、株式市場特有の変動、即ちリスに対して の報酬と考える。 こうして、基本金利、インフレ、株式プレミアムの3つの部分から、自分が目 指すリターンの目標を設定すると考えやすい。個人個人の所得や消費水準との関係だけで なく、相続などから得られた資産の有無、家族構成、年齢、人生観までがこれらのレベルに 影響を与えると考えられる。 KEI アドバイザー 18 リターンとインフレ 全期間 70年代 80年代 90年代 実数 3ヶ月 CD 10年国債 5.2 5.7 7.7 7.6 6.5 6.7 2.8 4.0 インフレ率 3.8 9.1 2.0 0.8 インフレ後 3ヶ月 CD 10年国債 長期ー短期 1.4 1.9 0.6 -1.6 -1.6 -0.0 3.9 4.2 0.3 1.6 2.8 1.2 日経225 (実数) 7.5 1年 6.8 2年 6.4 3年 6.0 5年 12.8 13.9 11.5 9.2 19.2 18.3 17.7 15.6 -5.0 -5.7 -4.6 -1.6 日経225 (インフレ後) 3.8 3.7 1年 3.1 4.8 2年 2.7 2.4 3年 2.3 0.1 5年 17.2 16.3 15.7 13.6 -5.8 -6.5 -5.4 -2.4 3.0 3.0 10.0 16.0 1.5 1.0 2.0 4.5 基本金利 インフレ 株式プレミアム 目標リターン 1.5 3.5 4.0 9.0 3.0 6.0 6.0 15.0 上の表における目標リターンは参考に掲げたものであり、恣意的な数字を入れたものである。 基本金利の 1.5%は、インフレ修正後の 3 ヶ月物 CD レートの全期間(1.4%)と 1990 年代 (1.6%)に近い数字を採用した。但し、1970 年代と 1980 年代は石油危機とバブル経済を考 えてその倍の 3.0%を使った。 インフレは 1.0%∼6.0%まで、期間に応じて変えてみた。 株 式プレミアムはもっと難しいが、全期間で 4.0%とし、期間に合わせて異なる数字にした。 現 状に基づいた目標リターンはどの程度になるのだろうか?インフレはマイナスゾーンに入って おり、一年定期金利は1%の 10 分の一前後という水準である。基本金利 1.5%にゼロインフ レを足し、株式プレミアムを上記の中で最低の 2%とすると、3.5%となる。ここ 1∼2 年先を見 た場合の株式投資リターン目標ではないだろうか? KEI アドバイザー
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