不妊治療の最新事情

病薬アワー
2013 年 1 月 28 日放送
企画協力:社団法人 日本病院薬剤師会
協
賛:MSD 株式会社
不妊治療の最新事情
埼玉医科大学産科・婦人科
教授
石原 理
●不妊には卵子の加齢が大きく関係している●
本日は、最近の不妊治療に関係する大きな変化について、ご紹介したいと思います。
その第一は、不妊治療を受ける女性の皆さんご自身に起こりつつある変化です。厚生労
働省から発表された2011年の人口動態統計によれば、平均初産年齢、つまり初めてのお子
さんを産んだ女性の平均年齢が30.1歳となり、ついに30歳を超えました。2000年にはこの平
均初産年齢は28.0歳でしたから、わずか11年で2歳以上上昇し、急速に高齢化が進んだこと
になります。この背景には、高学歴の女性が増えたこと、キャリアのために子供を持つ時
期を遅らせる女性が増えたことなど、多くの要因があると思われます。
ところが、女性の妊娠しやすさは20歳台が高く、年齢が上がるほど低くなります。そし
て35歳を過ぎると急速に低下し、これには卵巣にある卵子の加齢が大きく関係すると考え
られています。子供を持ちたいと思う年齢が上昇してきたことは、同時に、その願いがな
かなか叶わない、つまり不妊症の女性が増えることにつながります。もちろん、不妊症の
原因には様々な種類があり、男性側の原因も約半数のカップルに見つかります。けれども、
これからお話する最近の不妊治療のことを考えると、加齢に伴う卵子の老化はとても大切
なポイントとなってきます。
●SETにより生殖補助医療での多胎妊娠が減少した●
本日お話する、最近起こっている大きな変化の二つ目は、不妊治療の方法についてです。
体外受精など、生殖補助医療と呼ばれる治療により生まれてくる子供たちの数は、わが国
では1年間に3万人近くになりました。これは、すべての生まれる子供のほぼ37人に1人
ということになります。また、この数は最近10年で約2.5倍増加しました。すなわち、わが
国の生殖補助医療は、最近10年で急速に発展し普及したと言えるのです。ところが、生殖
補助医療の方法に、2007年以降、画期的な変化がありました。それは、体外受精などで得
られた胚を子宮に移植するときに、戻す胚の数を原則として一つに制限したことです。
1978年に、体外受精による初めての子供であるルイーズ・ブラウンさんがイギリスで生
まれました。このとき以来、生殖補助医療による妊娠率を高めるためには、一度に多数の
胚を子宮に移植することが必要であると世界中で広く信じられてきました。しかし、複数
の胚を同時に移植すれば、双子以上の多胎妊娠の可能性が高くなります。事実、世界の多
くの国では、生殖補助医療による妊娠のうち20~25%が、いまだに多胎妊娠となっていま
す。多胎妊娠では、早産と未熟児の出生につながる可能性が上昇するほか、様々な母体の
合併症が増加します。こうした母親と子供双方へのリスクを低下させるためには、戻す胚
を一つにすること、これをSingle Embryo Transfer(SETと略します)が、これが最も根本的
な解決策となることは明らかです。
わが国では、多くの体外受精クリニックのご努力とご協力により、SETへの移行がとても
順調に進みました。SETに移行することにより、その周期の妊娠率は少し低下します。けれ
ども、胚を凍結して次の周期以後に戻すことが可能ですので、1人の患者さんについての
全体の妊娠率は低下しません。SETの比率が70%を超えた最近、わが国の生殖補助医療によ
る多胎率は、約5%となりました。スウェーデンなど北欧諸国と並んで、最も安全で先進
的な生殖医療を提供する国の一つに日本はなったのです。
こうなると、生殖補助医療のための卵巣刺激など、ほかの部分の治療法も大きく変化し
ます。以前のように、できるだけたくさんの卵子を獲得することを目標とする卵巣刺激法
は、もはや時代遅れとなりました。できる限り安全に、必要な数の卵子を得ることが、最
も優先されるべきこととなったのです。体外受精などを行う場合、卵巣で複数の卵胞を育
てるために、卵胞刺激ホルモン製剤、すなわちFSH製剤を連日注射する方法を用います。FSH
製剤は、現在、その効果にロット間較差がなく、自己注射も可能なレコンビナント製剤が
中心となっています。そのため、安全確実で、コンプライアンスの高い卵巣刺激が可能と
なりました。同時に必要最小限の数の卵胞を発育させる投与量を選択することが容易にな
りました。また、卵巣刺激の最中に、自然の排卵を起こしてしまう内因性LHサージの出現
を抑えるために、GnRHアゴニストに加え、GnRHアンタゴニスト製剤も使用できるように
なりました。さらに、クロミフェンなど経口排卵誘発剤で卵巣刺激を行う場合も増えてい
ます。いずれにしても、おしなべて、よりマイルドで安全性の高い卵巣刺激法が標準的な
方法となってきたのです。
胚を一つだけ移植するSETへの移行にともなう大切な変化はもう一つあります。それは、
いったん凍結して、その後に融解した胚を移植する周期の増加です。2010年の統計では、
凍結融解胚の移植周期は、すべての移植周期のうち56%を占めます。わが国では、凍結融
解胚移植の方が、新鮮胚移植よりも治療成績がよいため、生まれた子供の数で見ると、3
分の2近くが凍結融解胚を移植した周期となっています。これは、わが国の体外受精クリ
ニックにおける胚の凍結融解技術が極めて高いことが、その大きな理由です。実際、欧米
諸国でも、わが国の治療スタイルが注目され、SETと凍結融解胚移植への移行が急速に始ま
っています。
さて、このようにSETへの移行が順調に進んだ結果、わが国における多胎の分娩数は著し
く減少しました。厚生労働省の統計では、多胎分娩のことを複産とよびますが、最も件数
が多かった2004年には、1年間に1万3,215件あった複産が、2010年には1万0,558件となり、
2,600件以上減少したのです。この複産の急速な減少には、生殖補助医療による多胎妊娠が
この間に約2,400件減少したことが大きく貢献したものと思われます。
しかし、2010年の年間出生数が約107万人であることを考えると、自然に発生した多胎妊
娠は、さらに少ないと考えられます。たとえば、不妊治療がまだ普及していない1975年を
例にとると、この年の出生数が約200万人で複産が1万1,953件でしたから、わが国で発生す
る多胎は、0.6%程度に過ぎなかったわけです。2010年の出生数107万人では、複産数は6千
件余りになるはずという計算になります。ただし、自然発生の多胎率は女性の年令が上が
るとともに上昇することが知られています。先ほどお話した、この間の初産年令の著しい
上昇により、もう少し自然発生の多胎が増加しているはずですが、これを確かめる方法は
ありません。
●一般不妊治療での多胎妊娠減少が課題●
いずれにしても、わが国の複産のなかに、生殖補助医療によらない多胎妊娠、おそらく
は排卵誘発など一般的な不妊治療による多胎が、相当数含まれていることが推定されるの
です。しかし、どのような排卵誘発法や不妊治療が、多胎妊娠に結びついているのかを知
るには、どうすればよいでしょう。生殖補助医療のように限られた登録施設においてのみ、
治療が行われているわけではなく、より多くの施設で排卵誘発による治療は行われていま
す。排卵誘発による多胎妊娠発生についての網羅的な調査報告は、国内外ともに、これま
で行われたことがありません。
そこで、日本産科婦人科学会生殖・内分泌委員会は、日本産婦人科医会のご協力を得て、
日本全国の産婦人科標榜施設5,783件を対象に、2011年1年間に発生した排卵誘発による多
胎発生の実態を知るためのアンケート調査を行いました。その結果、62%の施設から回答
があり、1,084例の多胎妊娠について、報告をいただきました。この調査については、まだ、
詳細な解析が終了しておりませんので、ここでは、その一部だけをご紹介します。
この調査によると、わが国で2011年に発生した一般不妊治療による多胎のうち、58%は
FSH製剤を投与した周期でした。一方、多胎のうち38%は、クロミフェンなど経口排卵誘発
剤の投与により発生した多胎でした。また、一般不妊治療による多胎のうち約15%の155例
は、品胎、すなわち三つ子以上の多胎妊娠でした。品胎以上の多胎妊娠のうち84%は、FSH
製剤を投与した周期でした。
これらの結果は、いくつかの重要なポイントを示しています。まず、広く一般的に使用
されているクロミフェンなど経口排卵誘発剤により、実は相当数の多胎妊娠が発生してい
ることが示唆されます。ただし、経口剤による多胎妊娠の大半は双胎妊娠となり、品胎以
上はまれです。一方、性腺刺激ホルモン製剤の注射治療では、品胎以上のよりリスクの高
い多胎妊娠が発生していることが、第二のポイントとなります。
生殖補助医療による多胎妊娠発生については、SET によりほぼ解決いたしました。した
がって今度は、一般不妊治療による多胎に目を向ける必要があります。性腺刺激ホルモン
製剤だけでなく、経口治療薬を含めた排卵誘発法の適応や投与法について、多胎妊娠を減
少させるための戦略を、総合的に立案することが要請されています。