匿名言論の価値に関する分析

〔論 文〕
匿名言論の価値に関する分析
──アメリカ合衆国の裁判例を素材として──
岡 根 好 彦
目 次
そして,ネットワーク技術と言論の自由の関
Ⅰ はじめに
係に関する議論のひとつとして,匿名言論に関
Ⅱ McIntyre v. Ohio Elections Commission 事件
する問題が挙げられる。つまり,ネットワーク
Ⅲ マッキンタイア判決前の連邦最高裁判決
上におけるネット利用者相互のコミュニケー
1.NAACP v. Alabama事件
ションによって形成される社会内部では,ハン
2.Talley v. California事件
ドルネームと呼ばれる一種のペンネームやプ
3.Buckley v. Valeo事件
ロバイダーに登録された ID によってアイデン
Ⅳ マッキンタイア判決後の連邦最高裁判決
ティティが確立し,このアイデンティティに
1.C i t i z e n s U n i t e d v . F e d e r a l E l e c t i o n s
は,ネットを通じて認識される性格が付与され
Commission事件
るとともに,そこでの発言内容によって「知識
2.Doe v. Reed事件
や経験,職業などの属性も付与され,果ては体
Ⅴ 州裁判所の判決
格や容貌,人種・性別・出身・国籍や居住地域
1.善意基準(Good Faith Standard)を提示した判
「これらの属性
なども付与される」1 )。そして,
決
は発言内容のみから認識されるのであって,現
2.バ ランシングテスト基 準( B a l a n c i n g Te s t
実社会のアイデンティティとは切り離して存
Standards)を提示した判決
在し,現実とは異なる内容のアイデンティティ
3.略 式判決基準(Summary Judgment Standard)
となる可能性もある」2 )。ゆえに,ネットワーク
を提示した判決
4.そのほかの基準を提示した判決
上では,実名ではなく,これらペンネーム等に
Ⅵ 分析
よるコミュニケーションも頻繁になされてお
Ⅶ まとめ
り,その際には現実社会の人間の名誉が毀損さ
れる等の問題も生じている。もっとも,ネット
ワーク上における匿名性は完全であるとはいえ
Ⅰ はじめに
ず,通常のサイトであればアクセス記録が取ら
れ,その記録をもとに発信元を探ることは技術
近年のコンピューター・ネットワーク技術の
的に可能である。それゆえ,名誉毀損等の被害
普及によって,憲法学の世界においても,従前
者からその記録を開示するように裁判所を通じ
の議論の再検討や新たな議論の検討が積極的
て請求されることもあれば,プロバイダーとの
になされている。言論の自由に関する議論にお
契約書において個人情報等を特定の場合に開示
いても例外ではなく,名誉毀損やわいせつ表現
するように定められることもある 3 )。したがっ
といった,従来から検討されてきた問題につい
て,近時では,このような匿名による名誉毀損
て,ネットワーク技術に対応した見解が少なか
等に対し,被害者が実名開示をプロバイダー等
らず示されている。
に求めてよいのか 4 ),さらには法律等を通じて
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阪南論集 社会科学編
Vol. 51 No. 2
ネット利用者の実名登録をウェブサイトに求め
に反するか否かが争われた。会合は学校課税の
てもよいのかといった議論が各国でなされてい
是非を巡る住民投票について議論する目的で
る 5 )。
教育長が実施しようとしたものであり,リーフ
本稿では,このような,匿名の言論を発信し
レットには課税に反対する旨が記載されてい
た者の情報開示を求めることが憲法上許される
た。もっとも,リーフレットには虚偽や中傷は
のかという問題を検討する一環として,匿名の
なく,たとえば「税金の無駄遣いを止めるべき
言論に実名の言論よりも重要な価値,あるいは
だ」,
「子どもたちの教育や福祉を第 1 にすべき
実名による言論とは異なる価値があるのかに
だ」等の記述がなされていたにすぎなかった。
ついて分析していきたいと考える。すなわち,
また,当該条例では,選挙や選挙候補者の宣伝
他者の名誉等を保護する目的のもと,プロバイ
など政治的争点を内容とする表現を新聞やチラ
ダーに開示を求めたり,実名による発信を義務
シ等を通じて発信する場合には実名等を明ら
づけたりする等の規制を実施する場合,仮に実
かにしなければならない旨の規定があり,それ
名の言論にはない重要な価値が匿名の言論に
ゆえに,配布者は 100 ドルの罰金が課されてい
あれば,そのような規制の可否を判断するにあ
た 9 )。
たっては一般的な基準よりも厳しい基準が用い
連邦最高裁は,匿名の発行物すべてが有害で
られることになるし,重要な価値がなければ一
あること,あるいは法によってそれらが思想の
般的な基準が用いられることになる。わが国で
自由市場から完全に排除されることは認められ
はこの問題について,積極的な議論がなされて
ておらず,匿名の作品が修正 1 条の保障から除
いるとはいえないが,匿名言論には内部告発な
外される合理的な理由はないとの考えを示し
ど差別や迫害を受けるおそれがある場合におけ
た。すなわち,偉大な文学作品というのは頻繁
る意見の伝達が可能になる,偏見や先入観など
に偽名で記され,
「匿名のパンフレット,リーフ
を持たれることなく言論を受け取られる等の価
レット,小冊子,そして書籍も,人類の進歩に
値があるとの指摘もなされている 6 )。一方,ア
おいて重要な役割を果たして」きており,作者
メリカ合衆国特にその裁判所においては,匿名
が何者であるかという読者や公衆の関心にか
の言論を発信した者に対する実名開示の判断基
かわらず,著者自身が実名を明かすことについ
準が積極的に示されており,その過程で匿名言
て決定する自由を有していた。匿名を好む理由
論の価値に言及する判決が少なからず存在す
としては,経時的あるいは公的報復に対する恐
る。そこで,本稿では,アメリカ合衆国の裁判
怖,社会から追放される不安,または単にプラ
所の判決を参考に,この問題について分析して
イバシーをできる限り保持したいという希望が
いきたいと考える 7 )。
考えられるが,いずれにせよ,少なくとも文学
発展の領域においては,実名の開示を要求する
Ⅱ M c I n t y r e v . O h i o E l e c t i o n s
Commission 事件
公共利益よりも匿名の作品を思想の市場に発信
する利益のほうが明白に優先される。したがっ
て,匿名を保持する著者の判断は,発行物の内
匿名言論に関するリーディングケースとし
容に関するほかの判断と同様に,修正 1 条に
ては,1995 年の McIntyre v. Ohio Elections
よって保障される言論の自由の一側面であると
Commission 事件 8 )があるので,はじめにこの
の判断を下した。そして,匿名で公表する自由
事件の判決について取り上げていきたい。
は文学的領域を超えて拡大しており,特に政治
同事件では,オハイオ州ウェスターヴィルの
的な問題における匿名の伝統は裁判所において
学校における会合に参加予定の者に対して匿名
尊重されていることが確認された 10)。
のリーフレットを配布したことが地域の条例
また,オハイオ州の条例に関しては,あらゆ
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Mar. 2016
匿名言論の価値に関する分析
る状況のもとであらゆる場所ですべての匿名言
た 13)。
論を禁じているわけではなく,あくまで選挙の
一方,スカリア裁判官は,匿名の選挙活動が
有権者に影響を及ぼすような匿名の文書のみを
憲法上の権利として見なされていたと思われる
制限しているが,同条例は選挙プロセスの方法
資料はまばらであり,おそらく匿名言論に対す
に関する規制ではなく表現内容に関する直接の
る政府の制限が選挙の風通しの良さと規律性に
規制であり,規制対象の政治的言論は修正 1 条
とって価値があるのか否かといった抽象的な議
が保障する核心部分である。一方で,州側は詐
論もなされてこなかったと反論した。そのうえ
欺的,中傷的な言論を防ぐこと,適切な情報を
で,本件条例は思想に対する規制ではなく,思
選挙民に提供することを理由に同条例の正当性
想が政治的な文脈で発信された際に単にその発
を主張するが,チラシの配布者がよく知られて
信者の身元を要求しているにすぎず,修正 1 条
いない一般市民である場合,その者の氏名や住
の周辺の議論であるとの考えを示した。また,
所は文書に対する読者の評価にほとんど影響を
実名開示を違憲としたこれまでの判決は,開示
与えることはなく,これらの利益は同条例を正
することで政府役人あるいは私的集団から報復
当化するには不充分であるとした 11)。
等を受けるに妥当な可能性を示した一部の者に
そして,合衆国憲法のもとでは,匿名は有害
対して開示を免除したにすぎないところ,本件
で詐欺的な行為ではなく,支持と異議に関する
リーフレットの配布者が報復等を恐れていたと
栄誉ある伝統であり,多数派の横暴からの盾と
の事情は見受けられない。確かに,報復等を受
なる。それゆえ,匿名は偏狭な社会のもとで不
ける危険性がある場合には匿名を保護すべきで
人気な個人とその思想を報復や抑圧から保護す
あるが,匿名によって責任を回避できることで
るために権利章典や修正 1 条で認められた表現
対立候補やその支持者による中傷表現が増加し
手段である。この点,匿名でいる権利が詐欺行
てしまうし,匿名の手紙や電話が信用できない
為の盾として濫用され,特に政治演説において
のになぜ匿名のリーフレットが「栄誉ある伝統」
は好ましくない結果が生じるかもしれないが,
になるのか理解できないため,すべての匿名言
一般的に,我々の社会では,その誤用の危険に
論を保護することはありえないとして,反対意
対してよりも言論の自由の価値に対して大きな
見を示した 14)。
重みを与えている。それゆえ,その誤用を禁止
Ⅲ マッキンタイア判決前の連邦最高
裁判決
するために匿名を全面的に禁止している州条例
は正当化できず,同条例に基づく州の処罰は,
目的を達成するうえで必要な関係にない,表現
1 .NAACP v. Alabama 事件
内容に対する規制であるため許されないとし
て,破棄差戻しの判断を下した
12)
。
マッキンタイア判決では,過去の様々な判例
なお,トーマス裁判官は,匿名言論の「栄誉
を引用して匿名言論に関する一定の見解を示し
ある伝統」がアメリカの歴史上に存在していた
た。そこで,匿名言論に対する連邦最高裁の見
かどうか,匿名言論の価値は何かではなく,
「言
解をより詳細に理解するために,マッキンタイ
論あるいはプレスの自由」が匿名言論も保護し
ア判決前の判例を次に見ていきたいと考える。
ているのかという観点から検討すべきとしたう
まず,1958 年の NAACP v. Alabama 事件で
えで,匿名での言論活動が歴史的に実践されて
は,国内における身分制度や人種差別の撤廃,
きたこと,匿名言論は個人あるいは社会にとっ
および権利の平等の促進を目的とした組織であ
て,実名開示の公益に優る言論の価値を有して
る NAACP(全米黒人地位向上協会)が,アラバ
いること,表現内容規制における厳格な基準を
マ州法で認められていない活動を無許可で実施
充たしていないことを理由に同意意見を示し
していたために活動の差止めを求められたとこ
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ろ,同州司法長官が,差止めの可否を判断する
の雇用機会を提供しない企業の製品の購入を控
ことを目的として,同協会に所属するアラバマ
えるように促すビラを匿名で配布したため,州
州内のメンバーの氏名と住所を開示するように
条例に基づき逮捕され,10 ドルの罰金を課され
裁判所に強制的に命じたため,そのような命令
ていた 17)。
が修正 14 条に違反するのか問題になった
15)
。
ブラック裁判官による法廷意見では,パンフ
ハーラン裁判官による法廷意見では,結社は
レット等が自由を守る手段として重要な役割を
メンバーリストに対する公的な問い合わせを拒
歴史的に担ってきたことに触れられたうえで,
絶する権利があること,および支部がある州か
本件条例に関しては,あらゆるパンフレット等
ら強制的にリストを開示されることから保護さ
に対して実名開示を要求しており,中傷,虚偽
れる,個人あるいは組織の権利があることを主
といった表現に限定されているわけではなく,
張できるとの判断が下された。そのうえで,信
またそれらの表現を取り締まる目的であるこ
念や意見を発信するために結社で活動する自由
とが立法記録で指摘されているわけでもない
は,言論の自由を包含する修正 14 条のデュー・
ため,正当性は認められないとの判断が下され
プロセス条項によって保障される不可分な側面
た 18)。
であり,その信念等が政治的,経済的,宗教的,
また,実名の開示に関しては,情報配分の自
文化的な問題に関連しているかどうかとは無関
由とそれによってもたらされる言論の自由を制
係に,州がこの自由を制限しようとすれば厳格
限する傾向が疑いもなく認められる。つまり,
な審査に服することになる。なぜなら,裁判所
匿名によるパンフレット等は迫害を受けてきた
は,政府の行為によって言論やプレス,結社と
集団が過酷な政策や法に対して批判する手段と
いった不可欠な自由が侵害されてきたことをこ
して歴史的な役割を果たしてきており,時に匿
れまでに確認してきたからである。そして,特
名が言論の自由に関して最も建設的な役割を
定の信念を支持する結社の会員資格を強制的に
担っていたことは明白である。したがって,本
開示することは,特定の宗教や政党の支持者に
件条例については,開示とそれに伴う報復の恐
識別可能な腕章を身につけさせることと同様,
怖によって重要な公的問題に関する平和な議論
結社の自由を制約する行為であるとの見解が示
が完全に思いとどまらせることになり,このよ
された。そして,本件の開示命令に関しては,
うな役割が果たせなくなるために無効であると
過去に開示によってメンバーが経済報復や雇用
の考えが示された 19)。
の喪失,肉体的な威圧そのほか公衆の敵意にこ
もっとも,クラーク裁判官による反対意見で
れまで晒されてきたため,開示を強制されると
は,憲法が匿名の自由について言及しているこ
これらの危険を怖れて結社の参加が躊躇される
とはなく,あくまで言論の自由の問題として本
ことになるので,結社の自由に基づく運動に対
件条例を検討すべきであるとしたうえで,憲法
する実質的な制限の可能性を伴っていると言わ
で選挙権以上に厳格な保護が求められる権利は
ざるをえないとして,そのほかの理由も示され
なく,本件条例で匿名を規制しなければ,中傷
たうえで,破棄差戻しの判決が下された
16)
。
や虚偽といった表現が濫用され,条例で規制す
る以上に選挙運動に関する公益が害されること
2 .Talley v. California 事件
になるため,本件条例が言論の自由を侵害して
次に,1960 年の Talley v. California 事件では,
いるとまでは思われないとして疑問が呈されて
チラシを配る際にその配布者や作成者等の氏名
いる 20)。
を掲載しなければならないと規制したロサンゼ
ルス市条例の合憲性が争われた。原告は,ロサ
3 .Buckley v. Valeo 事件
ンゼルス市内において,黒人やメキシコ人等へ
1976 年 の Buckley v. Valeo 事 件 で は,1971
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Mar. 2016
匿名言論の価値に関する分析
年 連 邦 選 挙 運 動 法(the Federal Election
等から脅迫や嫌がらせを受けて回復不能な損害
Campaign Act of 1971)の規定および同法に関
を被ることになるとの主張につき,そのような
連する内国歳入庁規約の規定の合憲性が争われ
損害が常に生じるかは断言できないし,仮に損
た。具体的には,政治献金の上限規制,選挙運
害が生じたとしても少数政党にも公正な配慮を
動資金に関する報告と開示等の規定が,ほとん
保障するために損害の証明は合理的な可能性を
どすべての重要な政治的なコミュニケーション
示す程度で足りるので,匿名を認める必要はな
に対する制約となり修正 1 条に違反するのか等
いとの判断が下された 23)。
が問題となった 21)。
Ⅳ マッキンタイア判決後の連邦最高
裁判決
裁判官全員一致の意見では,政治献金の上限
規制が修正 1 条に違反するかという点につい
て,最も多額の寄付を納めた者が候補者や公務
1 .C itizens United v. Federal Elections
員の活動に不適切な影響力を与えることを防止
Commission 事件
するという規制目的をもって修正 1 条に対す
る制限を正当化することはできない,当該規定
次に,マッキンタイア判決後の連邦最高裁で
は議会選挙や大統領選挙における具体的な費
は匿名言論に対してどのような判断が示されて
用の制限が設けられているものの,裁判所はそ
いるのかについて,2 つの代表的な最高裁判決
の上限を判断できる能力がなく,その費用を調
を通じて見ていきたいと考える。
整するような立法活動を議会は実施していない
ま ず,2010 年 の Citizens United v. Federal
等を理由として,違憲であるとの判断が下され
Elections Commission 事件では,大統領選挙候
た
22)
。
補者を批判する内容のドキュメンタリー映画を
また,選挙運動資金に関する報告と開示が修
作成した非営利法人が,ケーブル会社を通じて
正 1 条に違反するかという点については,確か
オンデマンド配信およびそのテレビ広告を提供
に,献金等の上限規制と異なり,報告と開示は
しようとしたところ,合衆国法典が候補者の当
選挙関連の活動に何ら限界を設けるものではな
選または落選を主張するための支出を規制し,
いところ,開示の強制が繰り返し修正 1 条の信
また,2002 年超党派選挙運動改革法(Bipartisan
念等を深刻に侵害してきており,開示を強制す
Campaign Reform Act of 2002: BCRA)が一定
るような修正 1 条に対する重大な侵害は,単に
期間内に放送通信等を利用して候補者の当落を
いくつかの正当な政府の利益を示すだけでは正
主張することを禁じるとともに,通信の費用負
当化できない。それゆえ,厳格な基準に服する
担者の氏名および住所の開示等を義務づけてい
とともに,政府の利益と開示が求められる情報
たため,これらの規定が言論の自由を制約して
との間に「相関関係」あるいは「実質的関係」が
違憲であるか争われた 24)。
認められなければならず,修正 1 条に対する抑
ケネディ裁判による法廷意見では,まず,本
止効果が直接的であろうと間接的であろうと,
件支出規制に関しては,その対象が政治的言論
あるいは,故意であろうと必然の結果であろう
であるため,厳格審査基準で判断すべきとされ
と,その審査は必要であるとの考えが示され
たうえで,巨額の資金力による選挙過程の歪み
た。そして,本件開示に関しては,選挙人が候
を防止する等 25)の正当化理由いずれもが認め
補者を評価する際の支援になること,不正を防
られないとして,修正 1 条に違反するとの判断
止すること,上限規制違反の有無を知るための
が下された 26)。
データ収集における本質的な手法になることと
また,通信の費用負担者の氏名および住所の
いった公益があるとした一方で,本件で開示す
開示等の合憲性に関しては,言論者の情報を開
れば少数政党に献金した者や組織が政府の役人
示することで,脅迫や報復を受け,言論の萎縮
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阪南論集 社会科学編
Vol. 51 No. 2
につながるという証拠は示されておらず,むし
ゆえ,住民投票を求める請願の開示が全体とし
ろ,インターネットの発展に伴い,情報が開示
て修正 1 条に違反することはないとの判断が
されれば迅速に企業の株主や選挙人に必要な情
下された 30)。
報が提供され,彼らが適切な判断を下すことが
もっとも,連邦最高裁としては,本件の情報
できるようになるため,合憲であるとの判断が
開示によって署名者たちが脅迫等に晒されるこ
下された
27)
。
とになるという具体的な害を理由として,州公
文書法が本件請願に適用される限りで違憲と主
2 .Doe v. Reed 事件
張することは,合理的蓋然性を証明できれば認
次に,同年の Doe v. Reed 事件では,ワシン
められ,この点については連邦地裁で係争中で
トン州議会で提出された,同性愛者の権利義務
あることが確認された 31)。つまり,連邦最高裁
に関する法案について,
「ワシントンの結婚を
は,開示が一般的に修正 1 条の権利を侵害する
守 る 会(Protect Marriage Washington)
」が 同
ことは否定しつつも,個別的な事件において当
法案の否決に関する住民投票の実施を求める請
事者の修正 1 条の権利が侵害されうることは
願書を署名付きで提出したところ,被上訴人等
否定しなかった 32)。
がワシントン州公文書法(Washington Public
Ⅴ 州裁判所の判決
Records Act)に基づき署名者の氏名等の情報
も含めた請願書のコピーを求めたため,請願書
1 .善意基準(Good Faith Standard)を提示
の発起人等から請願書の公開の差止めを求める
した判決
訴訟が提起された。なお,上訴人側からは,住
民投票を求める請願書に公文書法を適用するこ
以上のように,連邦最高裁では,匿名言論に
とは違憲である,署名が公開されれば脅迫や報
関する問題は,主に政治的言論に対する開示の
復などの対象になりうるので公開は違憲である
可否が検討される際に言及される傾向にある。
との主張がなされた 28)。
一方で,州裁判所では,名誉毀損等の言論が
ロバーツ裁判官による法廷意見では,署名が
ネットワークを通じて匿名で発信された場合に
特定の法律を覆すべきである等の政治的見解
おける開示の可否について検討される際に主に
を示しており,修正 1 条に関する審査に服する
言及されている 33)。本稿では,これらの判決も
としたうえで,投票過程に関係する情報開示は
概観していきたいと考える。なお,州裁判所で
「厳密な審査(exacting scrutiny)
」
,すなわち情
は匿名言論の開示につき様々な判断基準が提示
報の開示と十分に重要な政府利益との間に実質
されているので 34),これらの基準を概観する形
的な関連性が求められ,州の利益は修正 1 条の
で,州裁判所の判決をみていきたい。
権利よりも優らなければならないとの考えが示
まず,ヴァージニア州の裁判所では,善意基
された 29)。
準(Good Faith Standard)という,開示を求め
そして,本件の情報開示については,投票過
た原告に最も有利な判断基準が示されている。
程の公正さを保持するという州の利益は,州政
たとえば,名誉毀損的表現や機密情報を発信し
府が州民の提案プロセスの公正と信頼を守るた
た者に対して法人の原告が訴訟提起し,事実審
めに広い裁量を有しており,また,選挙過程に
裁判所が文書提出命令をプロバイダーであるア
おける透明性と説明責任の確保を一般的に促進
メリカオンライン社に発した事件において,事
するために重要である。加えて,開示によって,
実審は,問題の言論が訴訟可能である,または
署名の有効性を確認するための手続を補い,ま
請求する情報が訴訟を進めるうえで必要である
た,署名偽造等の虚偽を防ぐことに役立つため
ことについて原告が正当かつ善意であることを
に,実質的関連性も一般的に認められる。それ
充たす証拠があれば提出命令を認めるとの基準
38
Mar. 2016
匿名言論の価値に関する分析
を提示した 35)。
定である旨の通知を試みていること,②訴訟可
なお,事実審は,この基準を示した理由とし
能な内容を含む言明を特定していること,③当
て,実名を得るための低い敷居は匿名者の言論
該事件が匿名の開示を求めることができる一応
の自由を制限することになるが,匿名の利益よ
のケースであると裁判所が判断していること,
りも原告の機密情報の利益が優るため,また,
④匿名言論に対する修正 1 条の権利と開示の必
このような害悪ある行為から企業を守る無視で
要性とのバランスを裁判所が考慮していること
きない利益を州は有していることを挙げてい
を充たせば,開示命令の請求が認められるとし
る 36)。
た。そして,本件では,匿名者の書き込みによっ
て株価が影響したとは考えられず,当該言明と
2 .バ ラ ン シ ン グ テ ス ト 基 準(Balancing
原告企業が主張する損害との間に十分な関係が
Test Standards)を提示した判決
認められないとの結論が下された 38)。
カリフォルニア州北部地区裁判所では,商標
3 .略 式 判 決 基 準(Summary Judgment
権侵害等で訴訟提起した際に,相手方を特定
Standard)を提示した判決
するための開示の可否が争われた,Columbia
Insurance Co. v. Seescandy.com 事件において,
デラウェア州最高裁では,Doe v. Cahill 事件
匿名や偽名の言論を認めれば,相手を困惑させ
において,開示の要件が最も厳しい基準のひと
たいと願う者が訴訟や開示命令を求めてくる恐
つである略式判決基準が採用された。同事件で
怖がなくなり,開かれた討論や活発な議論がな
は,4 人の匿名者がインターネット上の掲示板
されるようになるとともに,繊細かつ親密な関
に名誉を毀損する,またはプライバシーを侵害
係に基づく情報が得られるようになるとして,
する発言をインターネット上のニュースサイ
バランシングテスト基準という一応の判断基準
トで発信したため,スマーナ市の議員である原
をもって開示の可否が判断された。すなわち,
告が実名の開示命令を請求し,その可否が争わ
①開示を求める原告に特異性が認められる,②
れた。具体的には,原告について,
「長く関わっ
個人の特定に善意をもって尽力している,③棄
ている者は,明白な精神の悪化は言うまでも
却されないと思われる,④なぜその情報が必要
なく,性格の欠如にも気づいている」,
「パラノ
なのか説明された,あるいは開示を求める相手
イアである」等の書き込みが事件の発端となっ
方が限定された要望書を提出しているといった
た 39)。
事情があれば,実名の開示を求める命令を下す
まず,州最高裁は,インターネットの登場に
との基準が採用され,本件では相手方の特定を
よって,より多様な人々が公的な議論に参加で
求めることが一定期間可能であると判断され
きるようになり,経済的あるいは社会的不平等
た
37)
。
や,思想の自由市場を支配する少数の強力な話
また,ニュージャージー州控訴裁判所では,
し手によって多くの市民が参加を禁じられてい
ヤフー掲示板に製薬会社である原告企業に対し
た公的討論の本質が変化したことに言及した。
て名誉毀損的コメント等を投稿した者の実名開
そして,ネット上の言論はしばしば匿名であ
示 に つ い て 争 わ れ た,Dendrite International,
り,良くも悪くもネット上の聴衆は言論の内容
Inc. v. Doe 事件において,匿名で発言するため
でのみ評価しなければならないが,そのような
によく確立された修正 1 条の権利と,原告側が
特徴によって,人種や身分,年齢による差別が
有する財産と評判に関する権利とのバランスを
比較的少ない議論が約束されることになる。そ
とらなければならないとしたうえで,4 つの判
れゆえ,ネット上の言論を保護する際には,匿
断要素を用いた判断が下された。すなわち,①
名の言論まで保護されることになるとの考えを
匿名の投稿者に対して刑事の命令等を求める予
示した 40)。
39
阪南論集 社会科学編
Vol. 51 No. 2
そのうえで,原告が開示を求める際には,①
によって検討すべきとの考えが示された。そし
略式判決を覆すくらいの事実をもって請求しな
て,インターネット上における意見の自由な交
ければならない,②相手方に通知するための合
換は匿名でコミュニケーションできるネット利
理的な努力に従事しなければならない,③主張
用者の能力に左右され,もし召喚が強制されて
の本質的な部分について一応原告有利なケース
匿名が奪われてしまえば,インターネット上の
であると証明するに足りる証拠を提出しなけれ
コミュニケーションひいては修正 1 条の権利
41)
。そして,た
に対して萎縮的効果が生じてしまうので,証拠
とえば,公的人物に対する匿名者の名誉毀損の
の開示手続において匿名の利用者を特定するこ
場合,原告は①相手方がその言明を発信したこ
とについては慎重に審査しなければならない。
と,②原告に関する内容であること,③言明が
一方で,訴訟当事者の開示が問題となったシー
発行されたこと,④第三者が名誉毀損的な性質
スキャンディードットコム事件等とは異なり,
を備えたコミュニケーションであると理解でき
本件で開示が求められているのは当事者ではな
たこと,⑤その言明が虚偽であることを示さな
い者の情報であって,その開示がなくても手続
ければならない。以上が踏まえられたうえで,
を進めることができる。ゆえに,シースキャン
本件については,いかなる閲覧者も言明が意見
ディードットコム事件等よりも開示に厳しい基
であって真実の内容であるとは信じないことを
準が採用されるべきであって,具体的には,①
理由に,実名開示の請求を拒否した 42)。
その開示命令が善意をもって,あるいは不適切
ばならないとの基準を提示した
な意図ではなく発せられたか,②その情報が請
4 .そのほかの基準を提示した判決
求あるいは弁明の核心部分と関連しているか,
最 後 に,Doe v. 2 TheMart.com, Inc. 事 件 に
③その識別情報が直接的かつ実質的に請求ある
おいて,ワシントン州西部地区連邦地方裁判所
いは弁明と関連しているか,④その情報が,請
では,被告に対してというよりは,証人に対し
求や弁明が他の手段では得られないことを証明
て開示を求める際の基準が提示された。同事件
あるいは反駁するために効果的であるかという
では,カリフォルニア州中央地区連邦地方裁判
4 つの要素から可否を判断する基準が提示され
所において,原告企業の株主が,市場における
た。そして,本件については,経営陣に対する
詐欺行為を理由として経営陣に対する集団訴
集団訴訟において利用者の情報を開示すること
訟を提起した際に,経営陣側が株主に対して損
が直接的かつ実質的に関連していることを経営
害を与える行為を与えていないと反論し,ある
陣側は証明していないとして,召喚の破棄が認
電子掲示板上の書き込みの投稿主 23 名の召喚
められた 44)。
を求めたところ,その中の 1 名が修正 1 条に基
Ⅵ 分析
づく匿名の権利を理由に拒絶したため,召喚の
可否が争われた。なお,掲示板上では,同企業
の最高経営責任者が従業員を騙している,不正
以上,匿名言論に関する連邦最高裁や州裁判
行為を働いている等の書き込みが投稿されてい
所の判決を概観してきたが,これらの判決を素
た 43)。
材に,匿名言論の価値に関する分析を試みてい
ジリー裁判官による法廷意見では,マッキン
きたいと考える。
タイア判決などの判例が引用され,匿名の言論
まず,連邦最高裁では,主に政治的言論に対
が修正 1 条で保障されるとしたうえで,本件の
する開示請求がなされた場合に匿名言論の価値
書き込みについては,中核の言論ではないこと
に関する議論がなされることになるようであ
か ら,厳 密 な 審 査(exacting scrutiny)で は な
る。つまり,政治的な主張や選挙運動を行う者
く,通 常 の 厳 格 審 査(normal strict scrutiny)
やその関係者に対して身元の開示を求めること
40
Mar. 2016
匿名言論の価値に関する分析
が言論の自由を侵害するのかが問題になった場
の一内容として匿名を保護すべきであるとい
合に匿名性の価値について言及されている。一
う,連邦最高裁の立場を確認する判決や,イン
方で,州の裁判所では,そのような場合に加え
ターネット上のコミュニケーションに限定して
て,名誉毀損表現等の書き込みを投稿したイン
匿名の保護を認める判決が下されており,両者
ターネット利用者に対する開示請求の可否が問
の判決いずれも匿名に別個の価値を見出そうと
題となる場合においても,匿名言論の価値につ
しているようである。もっとも,匿名が保護さ
いて議論されることになるようである。では,
れることによって利用者の言論の自由の価値が
政治活動における匿名言論の議論とネットワー
強化されるとは限らず,本稿で取り上げた判決
ク上の書き込みにおける匿名言論の議論に違い
では,政治的言論ではなく名誉毀損的言論等が
があるのかというと,本稿で取り上げた裁判例
問題になっていることもあって,むしろ,相手
には前者の判決を明らかに引用している判決も
方の権利が優先され,開示が比較的許容されて
みられることから,両者を別個の問題であると
いるように見受けられる。したがって,連邦最
特に捉えてはいないようである
45)
。
高裁も州裁判所も匿名言論に何かしら特別な価
ゆえに,本稿では,匿名言論の価値について,
値を見出そうとしつつも,仮にそのような価値
両者に関する判決を一体的に分析しながら考察
が認められたからといって,当該言論に対する
していきたいと考える。まず,連邦最高裁が匿
規制の違憲性判断につき,通常よりも判断基準
名言論に対してどのように捉えているのかに
が厳格になるところまでは至っていないと考え
ついては,マッキンタイア判決以前とその後で
られる。
は若干考えを異にしているようである。すなわ
Ⅶ まとめ
ち,マッキンタイア判決以前の連邦最高裁は,
歴史的な背景を根拠に,実名で言論を発信する
と報復や脅迫を受ける可能性のある者の言論の
以上,本稿では,匿名言論に通常の言論とは
自由を保障するという意味で匿名による言論を
異なる価値が認められるかについて,アメリカ
保障しなければならず,また,匿名による言論
合衆国の判決を素材に検討した。
活動を保障するほうが実名による言論活動を促
匿名言論の開示がどのような場合に問題にな
すよりも思想の自由市場への貢献が高いとの考
るのかについては,主に,連邦最高裁では政治
えを示している
46)
。一方で,マッキンタイア判
的言論の場合,州裁判所では主にネットワーク
決後の連邦最高裁は,言論が開示されることに
利用者による言論の場合に検討されているが,
よって報復や脅迫を受けることになることを充
後者では前者の判決が引用されていることもあ
分に証明できたケースはむしろ存在しないこ
り,問題となる言論自体の価値は異なるかもし
と,選挙活動等においては州政府に広い裁量が
れないが,匿名性に関する理論については特に
認められること,実名を伴う言論のほうがむし
差異はないと捉えられている。
ろ選挙人の判断に資することを理由に,開示を
そして,匿名言論の価値につき,アメリカの
許容している傾向にある。いずれにせよ,連邦
裁判所では,歴史的な背景を理由に,修正 1 条
最高裁では,タリー判決においてクラーク裁判
の権利を保障するための一手段として匿名性を
官が指摘しているように,言論の自由に対する
保障すべきとの立場が示されているが,近年で
貢献の程度という観点から,匿名の言論が通常
は,むしろ歴史的には匿名を開示することによ
の言論よりも高い価値があるのか否かについて
るデメリットが証明されていないとして,匿名
積極的に論じられており,その意味では匿名言
性の価値を重く捉えず,開示を認める傾向にあ
論が特別扱いされているといえよう
47)
。他方,
る。もっとも,開示が認められない場合も示唆
州裁判所では,修正 1 条の権利を保障するため
していることから,匿名言論の価値を一切認め
41
阪南論集 社会科学編
ていないというわけでもなく,同国の議論はわ
Vol. 51 No. 2
されることも少なからずある。たとえば,両者の
関係に言及した論考として,東浩紀・浜野智史編
『ised 情報社会の倫理と設計・倫理篇』
(河出書房
新社,2010 年)など,後者について検討した論考
として,大谷卓史「インターネットにおける匿名性
はいかに正当化されるか?」吉備国際大学政策マ
ネジメント学部紀要第 3 号 43–58 ページ(2007 年)
など参照。本稿では,主に言論の自由との関係か
ら検討したいと考える。
8 )McIntyre v. Ohio Elections Commission, 514 U.S.
334(1995).
なお,同判決に言及した邦語文献として,藤田・
前掲注 6 )76–78 ページ。
9 )Id. at 337-340.
10)Id. at 341-343.
11)Id. at 343-353.
12)Id. at 357.
13)Id. at 358-371(Thomas, J., concurring).
14)Id. at 371-385(Scalia, J., dissenting).
15)NAACP v. Alabama ex rel. Patterson, 357 U.S.
449, 451-454(1958).
16)Id. at 460-463.
なお,同判決に対しては,本質的には政治的表
現の自由や結社の自由が問題となったケースであ
るため,匿名言論そのものを理論化した判決では
ないとの指摘もなされている。志田陽子「匿名性
-≪国家から把握されずにいる自由≫の側面か
ら」公法研究第 75 号 105 ページ(2013 年)
。
17)Talley v. California, 362 U.S. 60, 60-62(1960)
.
18)Id. at 62-64.
19)Id. at 64-66.
20)Id. at 70-72(Clark, J., dissenting)
.
21)Buckley v. Valeo, 424 U.S. 1, 6 -12(1976)
.
22)Id. at 29-51.
23)Id. at 64-68, 72-74.
24)Citizens United v. Federal Elections Commission,
558 U.S. 310, 318-322(2010)
.
25)なお,資金力の歪みについては,インターネットな
ど現代コミュニケーション技術の発達によって,
個人が安価で影響力を行使できるようになったた
め,言論者の資金力の平等化は正当化理由にはな
らないと判断されている。
26)558 U.S. 310, 322-366.
27)Id. at 366-371.
なお,同判決およびその先例を分析した邦語文
献として,辻雄一郎『情報化社会の表現の自由』
251-295 ページ(日本評論社,2011 年)参照。
28)Doe v. Reed, 561 U.S. 186, 190-193(2010)
.
29)Id. at 194-196.
30)Id. at 197-199.
31)Id. at 199-202.
が国でネットワーク利用者に対する開示請求の
対応を考慮する際にも少なからず参考になると
思われる 48)。
いずれにせよ,今後も,ネットワーク利用者
が増加するのに伴い,名誉毀損的言論等がネッ
ト上で発信される頻度も増大するおそれがあ
る以上,匿名言論にどの程度の価値が認められ
るのか,実名の開示がどのような場合に認めら
れるのかに関する議論が続くことになるだろ
う 49)。
注
1 )町村泰貴「サイバースペースにおける匿名性とプ
ライバシー
(一)
」
亜細亜法学第 34 巻第 2 号 74 ペー
ジ(2000 年)
。
2 )町村・同上。
3 )情報ネットワーク法学会=社団法人テレコムサー
ビス協会編『インターネット上の誹謗中傷と責任』
285 ページ[会田和弘]
(商事法務,2005 年)
。
4 )プロバイダーの開示責任については,アメリカの
議論を分析した論考として,岡根好彦「コンピュー
ター・ネットワーク上の名誉毀損表現の二次的
責任-通信品位法第 230 条と Zeran v. America
Online Inc. 事件判決に関する評価を中心として
-」法学政治学論究第 93 号 37–68 ページ(2012 年)
参照。
5 )たとえば,韓国では,一定数以上のユーザーが利
用するサイトに対して利用者に住民登録番号等
を要求した「制限的本人確認制」について,
「自由
な意思表明を萎縮させる」ことを理由に違憲決定
が下されるなど,以前から積極的に議論されてい
る。なお,同国の実名制に言及した邦語文献とし
て,田坂創「インターネットと匿名言論」政治学研
究第 41 号 65 ページ(2009 年)参照。また,同国の
名誉毀損事情を検討した邦語文献として,朴容淑
「韓国におけるメディアによる名誉毀損に関する
研究――政治家及び高位公職者に関する名誉毀損
訴訟を中心に-」九大法学第 103 号 143–170 ペー
ジ(2011 年)等参照。
6 )藤田康幸「匿名の表現の自由とインターネット」法
とコンピューター第 18 号 74 ページ(2000 年)
,千
代原亮一「インターネットにおける匿名言論の保
護」大阪成蹊大学現代経営情報学部研究紀要第 3
巻第 1 号 215 ページ(2006 年)など。
7 )匿名性の問題に関しては,
「匿名表現の自由」と「匿
名性そのものの自由」に分かれ,前者は言論の自
由との関係,後者はプライバシーとの関係で検討
42
Mar. 2016
匿名言論の価値に関する分析
その言論が事実というよりも意見の表明である
と受け取りやすい等の特徴があるため,そのよ
うな特徴も考慮すべきと主張する。S. Elizabeth
Malloy, Anonymous Blogging and Defamation:
Balancing Interests on the Internet, 84 Wash. U.
L. Rev. 1187, 1190-1192(2006)
. また,リズキー教
授とコッター教授も,ネット上の言論については,
平均的にみて,匿名ではない言論よりも匿名の言
論のほうが価値は低いと捉えられていると主張す
る。Lyrissa Barnett Lidsky & Thomas F. Cotter,
Authorship, Audiences, and Anonymous Speech,
82 Notre Dame L. Rev. 1537, 1559(2007)
.そ し
て,現実では,確かにマッキンタイア判決等を引
用する判決が多いものの,それらの判決内容はま
ばらであるとの指摘もなされている。See Jasmine
McNealy, A Textual Analysis of the Influence of
Mcintyre v. Ohio Elections Commission in Cases
Involving Anonymous Online Commenters, 11
First Amend. L. Rev. 149(2012)
.
46)同 旨 の 学 説 と し て,Anne Wells Branscomb,
Anonymity, Autonomy, and Accountability:
Challenges to the First Amendment in
Cyberspaces, 104 Yale L. J. 1639(1995)
.
また,フルームキン特別教授は,すべての人間
が自分の述べたすべてを知られたいと望むほど
勇敢ではないため,匿名を保障することでいく
つかの臆病な言論が促進されることになると主
張 す る。A. Michael Froomkin, Legal Issues in
Anonymity and Pseudonymity, 15 Info. Soc’y 113,
115(1999)
.
あるいは,ガードナー特別教授は,匿名性が保
障されれば,政治家は民主的意思決定に本質的に
関わる 2 つの情報,すなわち自身の政治的な信条
や,選挙人や市民の好み等から身を隠して気軽に
演説できるようになり,また,市民も自らの意見
を述べたり他人の意見を批判したりすることがで
きるようになると主張する。James A. Gardner,
Privacy, Democracy, and Elections: Anonymity
and Democratic Citizenship, 19 Wm. & Mary Bill
of Rts. J. 927, 930-933(2011)
.
47)なお,学説では匿名言論の価値を報道の自由と
の関係で捉えようとする主張もなされている。
See Robert G. Natelson, Does“The Freedom of
the Press”Include a Right to Anonymity? The
Original Meaning, 9 NYU J.L. & Liberty 160
(2015)
.
48)町村教授は,アメリカで示された,匿名の権利を
認める理由は日本においても妥当するとともに,
「匿名による表現行為が単なる実名表示による不
利益を回避するという消極的な理由によるだけで
なく,表現者の自己実現の一つとして主体的に選
32)なお,同判決の邦語文献として,前田正義「判研」
海保大研究報告第 56 巻第 1 号 31–43 ページ参照。
また,匿名言論に関する一連の連邦最高裁の判決
について分析した邦語文献として,高橋義人「パ
ブリック・フォーラムにおける匿名性と情報テク
ノロジー」琉大法学第 87 巻 23–30 ページ参照。
33)なお,志田教授は,ネットワーク上の匿名言論に
ついて,
「行政の業務確保と簡便化のためにネット
参加者を行政が一方的に把握することが憲法上許
容されるか」に関する問題と,
「私人間の表現トラ
ブルや経済トラブルの防止や事後救済のために加
害者と目された者のアイデンティティの把握を一
方的に行うことが許されるか」に関する問題に分
かれると指摘している。志田・前掲注 16)107 ペー
ジ。
34)裁 判 所 で は,こ れ ま で に 最 低 で も 7 つ の 判 断
基準が示されているとの指摘がなされている。
Nathaniel Gleicher, John Doe Subpoenas: Toward
a Consistent Legal Standard, 118 Yale L.J. 320,
337(2008)
.
また,各判断基準を分析している,ほかの論
考 と し て,Jonathan D. Jones, Cybersmears and
John Doe: How Far Should First Amendment
Protection of Anonymous Internet Speakers
Extend?, 7 First Amend. L. Rev. 421, 425-443
(2009)
; Sophia Qasir, Anonymity in Cyberspace:
Judicial and Legislative Regurations, 81
Fordham L. Rev. 3672-3680(2013)
.
35)In re Subpoena Duces Tecum to Am. Online,
Inc., 52 Va. Cir. 26(Cir. Ct. 2000)
.
36)Id. at 35.
37)Columbia Insurance Co. v. Seescandy.com, 185
F.R.D. 573(N.D. Cal. 1999)
.
38)Dendrite International, Inc. v. Doe, 775 A.2d 756
(N.J. S. Ct. App. Div. 2001)
. 39)Doe v. Cahill, 884 A.2d 451, 454-455(Del. 2005)
.
40)Id. at 455-456.
41)Id. at 457. もっとも,実名の開示がなければ証拠
を得ることが不可能であるときに提出は必要ない
とも言及した。Id. at 463.
42)Id. at 463-465.
43)Doe v. 2 TheMart.com, Inc., 140 F. Supp. 2 d
1088, 1089-1091(W.D. Wash. 2001)
.
44)Id. at 1091-1098.
45)志田教授も,
「インターネット外で蓄積されてきた
裁判例がインターネット上の匿名問題でも先例拘
束性をもつものとして扱われている」と主張する。
志田・前掲注 16)107 ページ。
もっとも,マロイ教授は,インターネット上の言
論が従来よりも普及しやすく,永久的で,アクセ
スしやすいゆえに,たとえば,ネット上の読者は
43
阪南論集 社会科学編
Vol. 51 No. 2
田明子「インターネット上の名前・アイデンティ
ティ・プライバシー」情報管理第 57 巻第 2 号 93―
94 ページ(2014 年)
。
択され得るという積極的な側面ももっている」と
主張する。町村・前掲注 1 )77―78 ページ。
49)なお,近年のインターネットサービスの多様化に
より,開示の程度や相手方について様々なケース
がありうることにも留意しなければならない。折
44
(2015 年 11 月 20 日掲載決定)