多重債務問題と生活再生支援のこれから

平成 21 年度厚生労働省社会福祉推進事業
多重債務問題フランス調査報告会
多重債務問題と生活再生支援のこれから
―フランスの先進事例から私たちが学んだこと―
後
日
時:2010年3月19日(金)13:00∼17:00
場
所:女性と仕事の未来館
主
催:グリーンコープ生活協同組合ふくおか
4階ホール
援
厚生労働省、金融庁、消費者庁、福岡県、労働者福祉中央協議会、全国クレ・
サラ被害者連絡協議会、セーフティネット貸付実現全国会議、行政の多重債務
対策の充実を求める全国会議、パルシステム生協連合会、生活クラブ生協東京、
岩手県消費者信用生協、日本弁護士連合会、日本司法書士会連合会
多重債務問題フランス調査報告会
12:30
開場、受付
13:00
主催者あいさつ
式次第
(グリーンコープ生活協同組合ふくおか
理事長
理事長代理
【第 1 部】司会
佐藤
田原
副理事長
幸子
小松
順子
実加)
訪問先と調査団の紹介
佐藤
順子
調査研究員からの報告
高橋
伸子
鳥山
まどか
陣内
恭子
吉見
やよい
行岡
みち子
質疑応答
まとめ
15:00−15:15
佐藤
【第 2 部】
<休
順子
憩>
グリーンコープ生活再生相談室の報告(室長
行岡
みち子)
グリーンコープの家計指導、生活支援の実践的なノウハウの紹介
家計表の作成とキャッシュフロー表にもとづく相談事例
(生活再生相談室
閉会あいさつ
16:55
(行岡
丸山、北島、一丸、堂端)
みち子)
終了
− 資料目次 −
頁
1
理事長あいさつ
2
調査研究員紹介
3
調査団日程・訪問先機関
4−13
調査研究員の報告(要旨)
14−23
グリーンコープ生活再生相談室報告
報告会ご出席のみなさまへ
ご あ い さ つ
本日はお忙しいなか、グリーンコープ生活協同組合ふくおか主催の「多重債務問題と生
活再支援のこれから―フランスの先進事例から私たちが学んだこと―」にご参加いただき
ましてありがとうございます。
私たちグリーンコープ生活協同組合ふくおかは「生命を育む食べもの運動」「地域福祉」
を中心に環境・平和活動、代理人運動など、暮らしの中のさまざまな課題を、組合員が主
体となって解決する方法・仕組みをつくり出してきました。その経験を基に市民の助け合
いの仕組みとして、金銭教育・消費生活支援・生活再生相談・生活再生貸付を四つの柱と
する「生活再生事業」を立ち上げました。2005年から約1年かけた組合員検討では、
真面目に働きつづければ平穏な暮らしが続くという「安心安全な日本」という状況認識も
崩れ、生命がないがしろにされている社会の状況を共有しました。そして2006年8月
「自分の生命も人の生命も同じように尊重する」という視点を大切にしたいとの組合員の
思いを守り通した事業として生活再生事業を誕生させることができました。同年8月の相
談室開設から多くの相談が寄せられています。また、弁護士、司法書士、行政とのネット
ワークや協力により、取り組みの実績と信頼を重ね、一昨年からは福岡県からの委託をい
ただき、組合員から広がった県民全体の事業となっています。
そのような経過の中、2009年9月に厚生労働省の調査事業として、フランス共和国
の多重債務対策の調査に取り組むことができました。本日の報告会に向けては、4名の嘱
託研究員の皆さんのご尽力のもと、そのほかほんとうにたくさんの方々にお力添えをいた
だきました。ご協力感謝申し上げます。今日の日本の経済動向から生活はいよいよ厳しく
なり、生活再生支援は今後ますます必要となってくると思われます。セーフティネット構
築に向けて、参加者のみなさまと問題意識を共有して解決につなげていきたいと思います。
最後に、現社会状況にあって、暮らしの経済問題は私たち自身他人ごとではないと思っ
ています。グリーンコープの生活再生事業を組合員の暮らしを守るだけではなく、広く日
本の暮らしを守る取り組みとして、さらに地域に根ざす運動・事業として、存在できるよ
うに育んでいきたいと思います。
本日の報告会をあらたなスタートとして、今後もみなさまのご支援、ご協力を賜りたい
と存じます。どうぞよろしくお願い申しあげます。
2010年3月19日
グリーンコープ生活協同組合ふくおか
理事長
田原 幸子
調査研究員紹介
【グリーンコープ生協ふくおか嘱託研究員】
高橋
伸子
(生活経済ジャーナリスト、金融庁多重債務者対策本部有識者会議委員)
佐藤
順子
(佛教大学福祉教育開発センター講師、全国クレジット・サラ金問題対策
協議会セーフティネット貸付実現全国会議副代表)
鳥山
まどか(北海道大学大学院教育学研究院 助教)
陣内
恭子
(マネー塾主宰、実践的金銭管理教育研究家)
【グリーンコープ生協ふくおか所属研究員】
吉見
やよい(グリーンコープ 家計とくらしの応援ワーカーズ円縁代表)
行岡
みち子(グリーンコープ生協ふくおか 生活再生相談室室長)
【協力者紹介】
小林
実
パリ在住
<ゲランドの塩>などの産地交流の情報窓口。グリーンコープ連合顧問。今回の調
査・研究に向けての事前調査や訪問先のコーディネート、通訳、資料の翻訳等を担当。
調査団日程・訪問先機関
日程
1
訪 問 先
10:00 - 12:00
労働・社会関係・家族・連帯・都市関連省
(旧来の労働省)社会アクション総局
Direction Générale de l’Action Sociale
(DGAS)
11 Place des martyrs du Lycée Buffon,
75015
ジャクリーヌ・ルボン氏
9月17日 木 社会アクション総局予防・社会同化と権利への
アクセス政策室主任
14:00 - 15:30
ジョルジュ・グルーコヴィエゾフ氏
レクチャー
CICP(NPOセンター)にて
21ter, rue Voltaire 75011 Paris
ジョルジュ・グルーコヴィエゾフ氏
リヨン第二大学企業と公的機関の経済研究室
(LEFI = http://lefi.ish-lyon.cnrs.fr/)
所属経済学者
ダブリンのトゥリニティ・カレッジ
G2 Research & Training研究員
貧困と社会排除観測所委員
17:30 - 18:30
金融セクター諮問委員会
Comité consultatif du secteur financier
(CCSF)
la Banque de France
31 rue Croix des Petits Champs
75001 PARIS
エマニュエル・コンスタンス委員長
2
9:00 − 12:00
多重債務委員会
Commission de surendettement
(フランス銀行バスチーユ支店)
9月18日 金 Antenne économique
3 bis place de la Bastille 75004
PARIS-BASTILLE
14:00 - 16:00
社会労働研究所
INSTITUT DE TRAVAIL SOCIAL ET
DE RECHERCHES SOCIALES(IRTS)
145 bis, avenue Parmentier 75010 PARIS
フランシス・ルトゥリエ所長
オディル・フランセス事務局長
10:00 − 12:00
公共金融教育研究所
Institut pour l'éducation financière du
public
3
9月21日 月
106, rue du Bac 75006 PARIS
Palais Brongniart ‒ 28, Place de la Bourse 75002 Paris
アラン・ベルナール氏
スクール・カトリック雇用、連帯経済部部長
ベルナール・マルクス氏
公共の金融教育のための研究所顧問
10:00 - 12:00
クレジュス
Crésus-Paris (NPO)
4
14:00 − 16:00
スクール・カトリック(NPO)本部
Le Secours Catholique
14:00 - 16:00
パリ市アクションセンター
Centre d’Action sociale de la Ville de
Paris
15 place des Abbesses 75018 Paris
5-8 avenue Daumesnil (12e), 75589
Paris Cédex 12
9月22日 火 エマニュエル・モヤール氏
クレジュス・パリ、マイクロクレジット担当者
フランソワーズ・ポルト=ラアル氏
パリ市社会アクション局第12区支部長
ナタリー・ヴァンサン氏
パリ市社会アクション局
第12区支部社会福祉課課長
フランスにおける多重債務者の救済と再発防止策
―ネエルツ法施行から 20 年・国はどう動いたか―
1979 年にローンに関する規制が撤廃されたのを契機に、フランスではリボルビング
返済方式の消費者金融やクレジットカード、低中所得者向けの住宅融資が拡大し、多重
債務に陥る人が急増した。しかし、国は消費者の”借りすぎ”に問題があるのだとして
対策を打たず、銀行の収益拡大が優先されるうちに、多重債務はやがてフランス全体の
社会現象として認識されるようになる。そこで 1989 年に消費者担当相のヴェロニッ
ク・ネエルツが、多重債務に関する法整備を提案した。
ネエルツ法―1990 年に施行されたこの法律により、良識ある債務者は“自らの職業
的でない債務についてその全体の支払いが不可能になったとき”に多重債務委員会に救
済を求められるようになった。全国各地のフランス銀行支店に設置された同委員会は、
以来 20 年にわたり、債務者と債権者の間に入って多重債務問題の解決に努める役割を
担ってきた。
その後、同法は 1993 年に制定された消費者法にそのまま組み込まれるが、増加する
一方の債務者の申請書類の処理に手間取る状況であった。そのため 1995 年に法改正が
行われ、多重債務委員会自身が裁判所から執行官を得て、和解交渉を強力に推し進める
か、勧告にするか、の裁量権を持つようになった。1998 年には債務の全面的な帳消し
を認める権限も得るが、多重債務者の救済は困難を極めた。そこで再生不可能と評価さ
れた債務者が新たな手続き―2年間のモラトリアムあるいは個人再生(自己破産)に進
ませる―を多重債務委員会が担うべく、2003 年にボルロー法が制定された。
一方、それまで民間まかせだった多重債務者の統計データ(バロメータ―)を国が収
集し、的確に対策が打てるような体制を整えた。具体的には 2004 年にフランス銀行本
店に設置された金融セクター諮問委員会(注:債務問題に限らず、さまざまな金融機関と顧
客の間に起こる課題を解決すべく調査・検討を行ない、その結果を政府のさまざまなアクション
につなげる提案をする組織)において、上限金利(暴利規制)の維持、返済事故情報を登
録する“FICP(国定ファイル)”の改善、マイクロクレジットの実験、金融排除問題な
どについて勧告を出している。
私たちはフランス在住のジャーナリスト・小林実氏への調査依頼、フランス銀行のホ
ームページなどから以上の情報を事前に入手し(詳細は報告書 PART1)、多重債務救済
の現場で活躍する“家庭経済ソーシャルワーカー”を国がどのように養成し、現場で実
際にどう活躍しているのかに強い関心を抱いて渡仏した。
現地調査では、多重債務問題に詳しい経済学者ジョルジュ・グルーコヴィエゾフ氏の
レクチャー(同 PART6)を受けてから、金融セクター委員会(同 PART2―Ⅰ)と多重
債務委員会(同 PART2―Ⅱ)を訪問した。驚いたことにジョルジュ氏は、
「多重債務問
題の発生から 30 年近く国家は見物人で非調整役だった」
「フランスは行政的、法的な解
決策のよい枠組みを持っているように見えるが限界もある」として、多重債務委員会の
問題点や再発防止策の死角などに触れられた。
然るに日本がお手本とすべき成果が得られるかどうかに一抹の不安を覚えながら金
融セクター諮問委員会を訪問したわけだが、国(フランス銀行)が多重債務問題に真摯
に取り組んでいる姿勢を即座に理解した。自らがブラック情報の登録や抹消を行い、各
地の多重債務委員会からの情報に基づいて多重債務者の数や質の変化を分析して実態
把握に努めているからこそ、法改正もスピーディで、その運用にも不断の見直しがされ
てきたわけだ。多重債務を誘発するリボルビング貸付けや広告のあり方など、日本と共
通の課題への取り組みも、各担当大臣のイニシアチブが強く感じられた。
また、上限金利の撤廃やホワイト情報の交流など日本の金融業界が同様に要望してい
る点に対して、消費者保護の立場から認めない主張を貫いていることを知ったのも収穫
だった。総量規制は法定されていないものの、「一般的に年収の3分の1を超える貸付
けは行われていない」との情報も得た。国の機関が消費者に重大な影響を及ぼす規制の
改廃にあたり、それを検討する委員会の構成やテーマの設定のしかたの公平性、公正性
が法的にも担保され、かつプロセスの透明性が図られている点は、日本の多重債務者対
策の検討の場に限らず見習うべき点が多そうである。
多重債務委員会は、ジョルジュ氏の指摘どおり対症療法的な行政処理が中心で、書類
を提出した本人と面談をしない点などに疑問を感じないわけではなかった。とはいえ、
申請書類を無料で受け付け、債務整理や個人再生法の適用まで自己負担のない仕組みは
日本には存在しない。日本でも全国各地に設置された多重債務者対策の会議体に行政が
関与しているが、フランスで社会アクション総局や自治体のアクションセンターなどの
公的福祉部門(報告書 PART3 に詳述)が多重債務者の状況をしっかり受け止め、委員
会への書類申請や生活再生をサポートする連携体制を組んでいるのは素晴らしいお手
本といえよう。なお、セーフティネット貸付けへの国の関与(社会団結基金)も大変興
味深い事実だが、それについては機会を改めて言及したい。
(高橋伸子)
フランスにおける公的機関(社会福祉領域)の取り組み
―社会アクション総局とパリ市アクションセンター―
調査初日に訪れた社会アクション総局は、福祉政策、保健政策、社会政策、社会連帯
政策の実行や各政策間の調整を担う、総勢約 300 名のスタッフからなる組織であり、
日本でいえば厚生労働省に近い役割を果たしている。そして、最終日に訪問したパリ市
アクションセンターは、日本の福祉事務所に相当する機関であり、貧困や経済的問題、
社会的排除、障がい者、高齢者、住宅問題など様々な問題・困難全般に対応する、多機
能を持った公的組織である。アクションセンターでは、相談に訪れた人に対する直接的
な相談支援が行われており、支援に伴って必要となる行政や司法、学校、保健、多重債
務委員会、金融機関など他の機関への対応や仲介の窓口としての役割も果たしている。
公的機関における家庭経済ソーシャルワーカーによる支援を、パリ市アクションセン
ターを例に述べれば概ね以下のようなものである。
相談者がセンターを訪れると、社会福祉一般を担当するソーシャルワーカーが初回面
接でアセスメントを行い、生活や問題の全体像を明確化する。その後、家庭経済ソーシ
ャルワーカーと社会福祉ソーシャルワーカーが連携して聞き取り、情報提供、生活支援
等を行うことになる。どのようなソーシャルワークにおいても必ず「家計」の問題に突
き当たるし、家計の問題を抜きには支援を行うことは不可能であるというのが基本的な
考え方である。
家庭経済ソーシャルワーカーは、相談者が現在どのように家計管理をしているのかを
聞き取りの中から検討する。多くの場合は本人も把握できないほど混乱している。現在
債務がどのくらいあり、返済能力がどの程度あるのかを、個人を尊重しつつ、最低生活
が維持できることを念頭に置きながら、相談者と一緒に整理していく。
また、多重債務委員会より決定がなされ、返済計画が示された人に対して、家計が健
全になるまで、助言や助力の形で側面から支援を続けることもアクションセンターとセ
ンターのソーシャルワーカーの役割となる。
家計の状況が明確になったのちは、相談者が自分で家計管理ができるよう、指導的な
サポートを行う。簡易家計簿に記録する習慣をつけていくなど、ワーカーそれぞれが相
談者に合わせて工夫をしながら―そこには、家計簿など使用するモジュールの工夫とい
うことも含まれる―支援を続ける。この作業を通じて、相談者本人が自らの弱点や欠点
に気づくことも少なくないとのことであった。
このように、家計管理ができるようになることは支援の目的の一つではあるが、それ
が最終目的でも、目的のすべてでもない。このような支援が成功する人もいれば、うま
くいかない人もいる。うまくいかない人というのは、簡単な管理の方法については理解
しても、もっと根本的な問題を抱えているためである。たとえば、離婚によるメンタル
上の問題、失業の問題、アルコール依存の問題などが多重債務を引き起こしている面も
否めない。そのような人々に共通する特徴として、自信のなさと不安定さがあげられる。
したがって、相談者の話をよく聞いて、本人が問題を認識し、自信を回復し、安定につ
ながる助言・支援が重要になる。このような「背景問題」についてまでも考えるのが、
社会福祉を担う者としての役割だということが強調された。
このことは、アクション総局でも強調されていた点である。ソーシャルワーカーには、
利用者の抱える問題の原因分析(失業や疾病、希望や意欲の喪失など)に基づき、彼・
彼女らが現状を脱出し、希望や意欲を回復する努力をサポートするようなソーシャルワ
ークを行う役割が期待されているとのことであった。
ところで、今回のフランス調査においてしば耳にした発言がある。それは次のような
ものである。「生活上の問題や困難を抱えている人の多くは、本来有している権利が損
なわれ、自身もその事実をわかっていないことが多い。その権利を明らかにし、回復で
きるようにすることが重要である。」これが、NPO などの支援団体関係者からだけでは
なく、社会アクション総局やパリ市アクションセンターなどの、いわゆる「公的機関」
の職員も重要な問題として論じていた点が印象的であった。「損なわれた権利を明らか
にし、回復する」という言い方が成り立つのは、そこで言う「権利」が、単なる「権利
論」として宙に浮いているのではなく、日々の生活を支える具体的な事柄として、人々
に認識され、あるいは議論されているからこそであろうと思われる。これは日本とは大
きく状況が異なる点だろう。
また、そこで言われる「権利」の内容も、日本より幅広いものであると感じられた。
それは、「自分のお金の状況を把握してコントロールできる」、「自分の人生を主体的に
生きられる」(家計管理指導をはじめとするソーシャルワークの目的もここにあるとい
える)といったものである。フランスでは RSA という新たな所得保障の仕組みが導入
されたところであったが、これは従来よりも就労支援を強化したものである。日本の場
合は、「福祉を受ける権利」に対する「就労(ないしは自立)の義務」という文脈でと
らえられることも多いが、フランスでは就労は義務であると同時に、権利であり、その
権利を保障するための福祉としても位置づいていることがうかがわれた。この点につい
ては今後の研究課題としたい。
一連のヒアリングを通して、改めて、日本にも家庭経済ソーシャルワークを導入する
必要性を認識したところであるが、同時に、いくつか留意しておく点があることにも気
付かされた。
一つは、フランスと日本では、管理すべき「家計」の範囲が大きく異なる点である。
たとえば、ほとんどお金をかけずに学校に行くことができるフランスに対して、たとえ
「義務教育」段階にあっても様々な費用のかかる日本にあっては、管理しなくてはなら
ない「お金」も「期間」も甚大である。社会福祉政策や制度、あるいはソーシャルワー
ク実践の中に「家計管理支援」を取り入れるに当たっては、同時に、家族に加重に課せ
られた家計負担・責任を社会化していく方途についても構想することが重要である。
もうひとつは、「収支合わせができるようになること」や「借金を返し終えること」
それ自体がソーシャルワークの最終目的では必ずしもない点である。支援を通じて問題
を認識し、自信や希望を回復できるようにすることが重要だというのが、今回私たちが
学んだ重要な知見である。
日本において、以上のような視点が抜けたまま、家庭経済ソーシャルワーク導入の議
論が進められるようなことがあれば、「家計管理支援」の元で「家族責任」がますます
強化され、貧困・低所得をはじめとする社会的不利を負った家族を一層追い詰める結果
となるだろう。
(鳥山まどか)
フランスの家計助言者育成と金融教育について
―家計管理指導の国家資格紹介と金融教育の現状―
フランスには、低所得者が社会から排除されることを減らすためにさまざまな福祉関
係の支援施策があり、もともと所得が少ない家族の家計改善は、家計の管理だけででき
るわけではなく、福祉制度を用いながら生活を支えていた。その実務者、家計の助言者
として「家庭経済ソーシャルワーカー」(Conseiller en Economie Sociale Familiale、
以後CESF)という国家資格がある。毎年 600 人が資格を取得し現在 7000 人が活躍
中。社会的な需要も大きい職種だとの説明を受けた。今回、社会労働研究所(Institut de
Travail Social et de Recherches Sociales)で、CESFとして活躍中の方から話を伺
ってきたのでカリキュラムを中心に報告する。
CESFは、日本で言えば社会福祉
CESF資格取得コースの例
士などのソーシャルワーカー、家計管
理のアドバイスを行う一部のファイナ
社会福祉学科(大学)
修了者のコース
BTSを取得するコース
バカロレア取得者
ンシャルプランナー、多重債務等の社
BTS -ES F 取得講座 2年
会問題に立ち向かう相談員などの役割
試験合格
入学試験(試験と面接)
が担えるよう学習と研修を受けている
CES F資格 講座
1年
試験合格
人のイメージ。
理論学習概略(詳細は報告書を参照ください)
DC 1
DC 2
DC 3
DC 4
社会家庭経済学理論・方法論
ソーシャルワーク実践理論・方法論
コミュニケーション、記述
政策と制度、パートナーシップ、
調停と交渉のコンセプト
実践外国語
理論学習合計
140 時間
250 時間
40 時間
90 時間
20 時間
540 時間
CE SFの履修内容
は
理論学習 540 時間、
実習(研修)560 時間の
合計 1100 時間。
4 つのカテゴリーの取得
が必要 で再チャレンジ
可能な期間は 5 年間。国
家資格合格率は 70∼90%程度と地域差がある。
日本は、低所得者の家計管理アドバイスや多重債務者の家計再生の相談において、職
場での研修と実際の相談事例で研鑽しているのが実態である。家計の改善や生活の再生
のためにアドバイスを必要とする相談者数は増加しており、適切なアドバイスができる
専門家の絶対数が不足すると考えられる。職業教育コースとして、社会保障制度に精通
し、家計管理と金融知識に強く、指導、教育ができる専門家の養成を急がなければなら
ないという視点で日本の既存の資格のカリキュラムをみると、偏りがあり、CESFの
ような生活設計、社会保障制度、消費生活関連、福祉、金融経済、家計管理、カウンセ
リング、心理学など幅広く学ぶ職業訓練は準備されていない。複数の専門分野の知識を
併せ持った、すぐに現場で相談に乗ることができる力を持つためのカリキュラム開発が
必要である。仕事をしながら一部ずつ履修していくコースと学生として新規に学ぶコー
スでの養成で、即戦力と中長期の相談員の確保を目指すことができる実務者養成を急ぐ
べきではないかと思う。
フランスには社会人となっても休職しスキルアップを図ることができる「職業教育基
金」という職業訓練のしくみが準備されている。同じ会社に戻らなくてはならない縛り
もない。この生涯学習の環境にはうらやましさを感じた。1 つの資格講座を作れば問題
が解決するというわけではない。人を育てる国全体の仕組みづくりにも参考になる制度
がフランスにはたくさんあるのではないかと感じた調査訪問であった。
フランスの金融教育の現状としては、今回訪問した公共金融教育研究所が積極的に学
校教育への導入を図るほか、さまざまな金融機関や団体がホームページやテレビ番組、
冊子等を媒体に、直接、間接的な学習の場を作りだしていた。
訪問先で話を伺ったベルナール・マルクス氏が経済学者であるためか、金融機関に対
して、もっと偏りのない必要な情報を出すことが大切、銀行の担当者が倫理観を持って
いないこともあるから、個人は自分を守るために学ばなくてはならないとはっきり言わ
れる点に共感できた。
フランスは、カトリック信者が多いこともありお金の話をしない傾向にあるそうだ。
アメリカやイギリスとは金融に関しての考え方が違うことを強調されていた。学校にお
いては、子どもたちにお金の話をさせることで所得格差を顕在化させることにつながる
との恐れもあり、これまでは、教師の取り組みがなかなか進まなかったようだ。日本は、
戦後から貯蓄推進を中心に金銭教育が進められていたが、貯蓄から投資への流れの中で
金融教育の高まりを見せたのは 10 年ほど前から。今回は実践的な活動を見ていないか
らではあるが、フランスの金融教育は、アメリカの影響を受ける前の日本の状況と似て
いるように感じた。
実践的な金融教育というのは、知識を身につけるだけではなく日常生活で活用できる
レベルの力を持たせることで、身の丈に合わせた消費、金融取引の範囲で生活するなら
ば個人の多重債務は減るはず。個人がお金を融通しあう仕組みの中で、金融経済の知識
と知恵と技術を持つことが‘幸せになるために金融と上手に付き合うこと’につながる。
これからも一層、実践的な金銭教育、金融経済教育を担い広げていきたいと思ういい
機会となった。
(陣内恭子)
フランスにおける個人的マイクロクレジットについて
―スクール・カトリックと<クレジュス>の取り組み―
スクール・カトリックの取り組み
フランスでは代表的なカトリック系の国際人道支援 NPO。フランス国内各地だけで
はなく世界中に支部を持ち、国内では多重債務問題を含めた社会問題や海外では多くの
人道支援を行っている。全国で 69,000 人が活動し内職員(有給)は 1,000 人。県に
1 支部、100 前後の支部があり、半分の支部がマイクロクレジットを実施していた。年
間 1 億 2 千万ユーロ(15 億 6 千万円)の予算があり、90%が 100 万人の寄付金による。
マイクロクレジット基金として 22 万ユーロ(約 3 千万円)が予算化されていた。
全国の支部で 150 万∼160 万人の緊急事態の人たちに対して食料の提供や物質的援
助等の緊急支援をするうちに一部が多重債務状況に陥っていることがわかる。ほとんど
の人が深刻な状況で各県のフランス銀行支部内に設置されている多重債務委員会へ相
談にいくように指導している。多重債務問題はその状況をできるだけ把握した上でマイ
クロクレジットを貸付けるが、お金の問題を人に相談することを恥ずかしく思うネガテ
ィブな気持ちが多重債務問題を早期に解決する壁になっている。
多重債務状態が分かった時点で多重債務委員会へ提出する書類を書く作業をアシス
トし、債権者(銀行)との仲裁を行い借入金の期間の延長や和解交渉をする。また、特定
の食料品屋と提携し安く買えるシステムを作り生活費の軽減をし、家計が立てられるよ
うに指導する。教育を担っているボランティアは、①消費と生活者の関係②予算管理、
家計管理③小切手、銀行カード、クレジット等の基本的な金融に関する研修が行われる。
2003 年に独自のマイクロクレジット「個人プロジェクト貸付」という名前の小さな
ローンの貸付けを始め、アラン・ベルナール氏をはじめ職員、ボランティアは情熱を持っ
て取組んでいた。マイクロクレジットの保証基金を創設し、50%をスクール・カトリッ
クで準備し、銀行に働きかけ 50%の保証を獲得した。銀行は通常 20%のリスクしか負
わないが、スクール・カトリックが連帯保証人になり助言をし、定期的に家計管理教育
する等のバックアップすることを条件で連携に成功した。
多くの債務者は金融知識がなく、リボルビング方式のローンの悪に陥っている。今ま
でのローンとマイクロクレジットの違いを説明し現状を救済するローンだと理解させ、
スクール・カトリックの援助がなくても一人で歩くことができるまで同道(付き添う)
し助言することが役割だと考えられていた。
国は、2005 年に政府 50%の「社会団結基金」を作り、残りの 50%を銀行で賄うと
いうマイクロクレジットを創設した。スクール・カトリックの取り組みが政府を動かす
ことができた。長い時間を要したが、国や銀行の認識も変わり、マイクロクレジット制
度そのものが困難を抱えた人々との橋渡しができたと評価されていた。
債務者が再生するまで同道するスクール・カトリックの取り組みは、多重債務問題
で相談にこられる方々に寄り添い、自ら生活が再生できるように取り組んできたグリー
ンコープの生活再生事業と同じだった。
今後、多重債務問題を国の重点課題として取り組むためには、国や銀行、民間(NPO
を含む )の連携の仕組みづくり、そこを担う相談員の育成、家計管理や金銭教育のツ
ールの開発、改善が必要だと考える。今回の調査研究が生かされることを切に願う。
(吉見やよい)
<クレジュス>:社会的多重債務地方会議所の取り組み
<クレジュス>とは社会的多重債務の地方会議所のイニシャルであり、20 年の歴史
を持つ NPO である。全国に 18 支部を持つ連合会組織で、支部のみならず公共機関や
民間組織と連携した出張所でも多重債務相談を受け入れ、情報を与え、アドバイスし、
当人に寄り添いながら社会的、法的、財務的、心理的解決方法を見つける努力を行う。
私たちの活動と共通する内容が多く、親近感を覚えるものであった。
具体的には多重債務状態の解決に向けてのサポートは勿論のこと、そのような状態に
陥らないための予防や予後の生活のための金融や家計管理教育などに取り組み、訪れた
人たちに彼らが有する権利を丁寧に知らせ、人としての尊厳(自尊心)を生活の場で身
近に具体的に確信できるように取り組んでいる。多重債務や貧困状態、そのほか銀行か
ら排除されお金を借りることが出来ない人たちの資金問題の解決も<クレジュス>の
大切な役割としている。家計に必要な生活資金の手当て(個人的マイクロクレジット)
のために社会福祉事務所での給付以外に、2008 年から銀行と連携した低利の貸付に実
験的に取り組み始めている。これは 2005 年、フランス政府の「社会団結基金」の創設
により、保証金が準備されたことを背景としている。そのほか銀行や電気、ガス会社と
連携し、多重債務や生活困窮者を掘り起こして予防する取り組みを行い、彼らの利用料
金の低減にも取り組んでいる。
多重債務や貧困の問題を地域社会の課題に押し上げ、<クレジュス>やスクール・カ
トリックなどの様々な NPO や NGO がフランス共和国の大きな連帯の器の中で、相互
に、銀行や企業や福祉事務所や行政と強力に連携して解決を模索している。その活動資
金は行政の助成金と市民の寄付金とで賄われ、多くのボランティアが支えている。公的
機関や民間組織の各所で耳にした連帯と言うことばが人々や社会を動かし、多重債務や
貧困への対応策の実態を積み上げ、国や地域社会の制度をくまなく編み上げようとして
いると実感することが出来た。
振り返って、金融庁の多重債務問題改善プログラムでは、「借りられなくなった人に
対する顔の見えるセーフティネット貸付けの提供」として「『顔の見える融資』を行う
モデルを広げていく取組み」などを謳いあげている。しかし、日本における『顔の見え
る融資(貸付)』は、岩手県や福岡県などの一部の地域で行政との連携がすすんでいる
ものの、他の県ではほとんど孤独に取り組んでいる。多重債務問題改善プログラムは、
その意味では各地の心ある団体や集団の努力と自然成長に委ねられたままである。『顔
の見える融資(貸付)』が地域社会に広がるように、国や地方行政が、もう一段の具体
的な方策を模索されるよう強く求めたい。
(行岡みち子)